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これからやってくる「オンディマンド時代」

2023 JAN 25 2:02:12 am by 東 賢太郎

What can you do for me today、Mr.Azuma(東さん、今日は何をして下さるのですか)?」

約束の時間ちょうどにドアが開いて現れると、足が自由でないS氏は無言のままテーブルの向こう側にゆっくりとまわって、僕の真正面の椅子に大儀そうに腰かける。英国王室御用達のGIEVES & HAWKES製と思われるスーツに身を包んだ40がらみの小柄な紳士だ。にこりともせずノートを開くと、検事が尋問内容を書き取るみたいにしてペンを構え、僕の目を見て2、3秒ほど完全に静止する。そこで決まって口から出る判で押したように毎回まったく同じ冒頭の質問が挨拶代わりなのだ。「今日は**株を買ってほしくて来ました、Sさん」。僕の答辞もいつもおんなじこれにしていた。

そして「なぜそれを買うべきか」をゆっくりと話す。今日はペンが動かない。ああだめかな。案の定、5分ほどで彼は Thank you. と小声で僕を制止し、立ちあがって慇懃にドアに向けて送り出す格好をする。無言のお払い箱なのだ。この屈辱はいま思い出しても耐え難い。大英帝国植民地の支配者たちはこんなだったのだろうかと思った。しかし、これでめげては任務は勤まらない。何回かに1度はペンがサラサラ動く時もある。すると今度はネガティブな質問の矢がこれでもかと飛んでくる。うまく身をかわさないと即死。やはりご苦労さんのゲームオーバーなのだ。だから予定の30分を無傷で満了すればまず成功と考えていい。この場合は勇躍オフィスに戻る。何時間か、今か今かと待っていると、夕刻に電話が鳴る。来たぞ!!周囲がシーンとなって聞き耳を立てる。お薦めした**会社株式の数十億円分の買い注文執行が厳かに委託される。わかりにくい英語だ。聞き間違えたら一大事で、2,3回も確認のリピートをする。周囲はそれでわかる。受話器を置くと大拍手が起きる。代々ノムラでS氏のアカウントを担当できるのはエースのしるしなのだが、裏舞台ではこうした緊迫の綱渡りが行われていた。

S氏はノムラが最大手だからといって手心を加えて注文をくれることは一切なかった。世界一の証券会社だと思いあがっていた当時の社内では批判するムードがあったが、相手は10兆円も運用する世界一の機関投資家であり、S氏はそこで認められ雇われているマトモな人物なのだ。だからオーダーが少ないのはこっちの実力不足なのだと僕は擁護していた。批判する人たちはその緊迫の裏舞台など知らないし知ろうともしないし、特に東京本社などアホばかりで想像だにしてない。全盛期の野村の内部もレベルはそんなもんであり、わけもわかってない奴らが偉そうなこと言うなという気持があった。S氏が本当に平等だったことは毎回のプレゼンの自分の出来不出来でわかっており、その感触通りの結果になることで体感したプロの自負があったのである。その方法でこそ良質の情報が集まるということを逆に目の前で教わり、ビジネスは正攻法に勝るものはないことを思い知った。できれば人間関係で仲良くなってビジネスしたい怠惰な僕だったが、勉強と訓練という正面突破で注文をいただくしかなく、おかげ様で力をつけてもらったことを今も感謝している。

1980年代当時のロンドン。stock broker(証券マン)とfund manager(機関投資家の運用者)の仕事は大なり小なりそんなものだった。運用者はひっきりなしに数多ある各社の証券マンの訪問を受け、毎日何十もの「なぜ買うべきか」を聞く。腑に落ちれば買い、そうでなければ無視し、用がない株は売り、それを年末まで毎日くり返すと、1年間の相場のすったもんだの中での彼の “ファンド運用成績” が出る。これが運用者の通信簿だ。ファンドの運用益が増えていれば彼の会社はそれを宣伝してお客が増える。だから彼の出世と報酬はそれにかかっている。こちらとしても、推奨の成果で彼の信任を得ればそれに貢献したお駄賃としていただく手数料が天文学的に増えたから通信簿であり、日本国内の支店では想像もできないだろうが毎月数千万円、トップセールスである僕は他の顧客も入れるとピーク時は毎月3億円の手数料収入があった。後に社長になるドイツ、スイス、香港現法の店の収入ぐらいをひとりで稼いでいたことになる。

80年代、高度成長を成し遂げた日本の株式はシティで注目の的だった。一般の個人や年金基金は買いたくても情報がないので運用会社にお金を委託して日本株に投資してもらっていた。株式投資の元祖である英国には古くから世界的に著名な運用会社が数多くあり、良い成績を上げて委託資金を増やす激しい競争がくりひろげられていたのである。だから各社は日本株運用部門を設けて英国人でキャリアのある専門家(fund manager)を雇ったが、日本語ができない彼らは株を選別する有能な日本人証券マンの情報提供が絶対に必要だったのだ。この関係は花と蜜蜂に似ている。蜂は蜜を求めて花に群がる。花は蜂が来ないと受粉できないから蜜は惜しまなかった。だからロンドンには日本の証券会社が中小から銀行系に至るまで、甘い蜜の匂いを嗅ぎつけてウンカのようにこぞって現法をつくり、失礼だが英語もままならない程度の営業員をおいてでも注文の片割れをもらおうと猛烈なセールスをかけていたのである。日本の証券業界の歴史において1980年代のロンドンほど巨大なビジネスチャンスがあったことはない。その時代に6年そこにいて、ノムラというダントツ世界No1の会社の株式営業デスクのヘッドだった僕は幸運だった。

その蜜が売買手数料だ。当時はそれが公定であり自由化される前だった。だからネゴや割引の余地がなく有能な運用者よりも有能な証券マンの方が年俸が高かった。僕にも水面下で外資から凄い年俸のお誘いが来たが、それほど日本株ブームはロンドンを席巻していた。日本企業のサラリーマンだから僕の給料はまったくたいしたことなかったが、それでもシティではノムラの名刺はいっぱしのバリューがあって普通の人でも名前ぐらいは知っており、まさに肩で風を切って歩いていた。日本の文化まで流行になり、ロンドンに日本食レストランが増えだしたのもこのころだ。ただ我々の労働環境は過労死しておかしくないほど常軌を逸しており、出社は毎朝6時半、東京本社株式部と連絡をとり、調査部から情報を収集し、昼間は蜜蜂としてシティ中を飛び回り、夕刻には運用者の自宅にまで電話をかけ、深夜1時2時まで会社で翌日の準備のための侃々諤々の会議をした。中世の奴隷だってもう少しは楽な暮らしだったろう。

リーマンショックと共にそんな夢舞台は消えた。しかしあの What can you do for me today?の記憶は強烈で忘れない。「君は僕に何をしてくれるの」?いやあ、なんて本質を突いた質問なんだろうと感動すら覚える。「はい、賄賂を差し上げます」という事件が最近あった。民間人だって「おいしいことしてあげますよ」と “税金たかり屋” どものコネ、ヌキ、談合、身内贔屓みたいな “ズル” は横行している。ところが、これが軽いタッチでひょっこり内部告発されるのは防ぎようがない。ネットで大炎上してさらし者になり、一瞬で罪人だという「私刑」が科される。何を弁解しようと書かれたらサーバーに残って永遠に汚名は消えない。したがって、会社経営も裏口**みたいのが表に出ると非常にまずい時代になったと考えるのは常識だ。社会的責任に欠ける、サステナブルでないと社会的制裁を受けたらつまはじきになって、世界の機関投資家はSDG、ESGを満たさない会社は自動的に投資しないから株価も下がる。すると大株主でもある彼らは社長の首を株主総会で切るだろう。だから大企業であるほどひとたまりもなく、これからは上場しているメジャーな企業が率先してビジネスを正攻法に収斂させていかざるを得ないのである。表ではコンプライアンス重視をうたいながら水面下で品質不正やリコール隠しをしていたような企業は、いくら新聞、テレビの表の報道を制御しても、ネットだけで世の中を見る人のイメージを覆すのは至難の業だ。その人口は間違いなく大多数になり、新聞、テレビしか見ない老人は死んでいく。僕は日本人が善人になると言っているのではない、ポリコレに弱いから最も安心な正攻法になるしかないのだ。正攻法の権化であったS氏の質問は、いわば未来を予見していたわけで、ますますストライクに思えるのである。

僕がテレビを見ないのも、日経新聞の購読をやめてしまったのもそういうことなのだ。 You can do nothing for me today (今日も何の役にも立たないね)と、見ながら毎日感じるようになったからだ。見逃したから経営を誤ったとか相場で損したなんてことは一度たりともないしこれからも確実にない。情報も娯楽もオンディマンドで完全に足りる時代であることは高齢者で ITリテラシーに欠ける僕ですら実感してしまっている。ペンが動かない証券マンは5分でお払い箱。これは冷徹ではあるが、メディア業界であれなんであれ、「ビジネスの基本原理だった」ということが白日の下に明らかになりつつある。原理は世の東西も時代も問わず不変なのである。正攻法でやるためには血縁や義理や私情はもちろん旧習や思いこみやノスタルジーなどばっさりと断ち切るしかない。それにしがみついて利益が出ていても、サステナブルでないと世間が冷徹に烙印を押す時代になってしまっているからだ。S氏は優良な情報を永続して集める必要があった。だからノムラと親密にしなかった。高い手数料を払うのだから情報は集まると冷徹に計算し、オンディマンドで各社の証券マンを呼び集め、競わせたのだ。お金に人情はない。冷徹なものだ。だから冷徹こそお金を増やす正攻法以外の何物でもないのである。衰弱する日本企業はどんなに人情経営が好きであろうと、どんどんその流れに飲まれていかざるを得ないだろう。

ということは雇用市場で何が起きるか、賢明な若者の皆さんはもう結論が見えただろう。What can you do for me today?すべての仕事において、あなたは雇用者やお客さんにそう問われる時代になるのだから、それに決然と答えられるようになればいいのだ。雇用者は、必要な「do」をしてくれるならロボットや AI でぜんぜん構わない。コストも安い。だから人間しかできない「do」を見つけることだ。例えば、僕の今の仕事は AI には絶対にできない。人間でできる者もまずいない。こうなれば確実にお客様から代金をもらえるし、資産を増やしたい人が減ることはないだろうから希少性からすれば今よりもっともらえる時代になるだろう。中世の奴隷以下の仕事は大変な意味があった。そんな経験は誰もしたことがないから鉄壁の参入障壁であり差別化要因になったのだ。お金をもらいたければ意味のある事を必死に勉強し、しのほの言わず粛々と訓練を積むしかない。これを当たり前と思わないならあなたは世間に甘えがあるが、世間はあなたを甘やかすほど余裕はもうない。

いい大学へ行けばそう教育してくれるだろう?とんでもない。米国留学した者はわかる。日本は明治時代とほぼ変わらない教育を営々とやっている浮世離れした大学ばかりで、そもそも存続する価値がないばかりか、そこのディマンドに合致するからという理由で雇われてる先生たちにその能力がないことぐらいちょっと考えれば誰でもわかるだろう。誰でもわかることで嘘をつくのは大変に難しいのだ。テレビで偏向情報や屁理屈をたれ流しているコメンテーターの類はみんなテレビ局や自分の利益のためにポジショントークを売る嘘つきだが、そんなもので騙される人は世代交代とネット情報への依存度アップで急速に減っていくからこの連中もやがて消える。そうして新聞、雑誌と同様にテレビも存在価値を失い、お茶の間には「かつてテレビと呼ばれた受像機」がネットでオンディマンド番組を見るためだけに残るだろう。

そうなると、今の意識のまま漫然と大学に行って漫然と就職して生きてるあなたも、滅びる職業についてしまっている確率が高まっており、もしそうならやがて失業するか、しないまでも失意の人生になりかねない。では何を職業にすべきか、どこに就職すればよいのか。そこで週刊誌の大学生の就職人気ランキングなどに頼るならもう人生終わりである。「あなたは何ができますか?」が入社試験で、採用もオンディマンドになるのだから「学歴」や「青田買い」など戦後の集団就職と同じぐらい死語になり、ディマンドのある教育を施せない大学は潰れて、あなたのゼミの先生も失業するのだと頭の中でシミュレーションをしておくことをお薦めする。「東大卒?あっそう、で、キミ、何ができるの?」。あのころ、できることなど何もなかった僕は今なら思うような就職はできないだろう。しかし、16年海外にいたので、日本でしか通用しない学歴のおかげでこうなったわけではないことが証明されている。東大卒でなくてもノムラに入れなくても、きっとなんとかなっただろうというぐらいの自負は持っていいと思っている。

ちょっと考えれば誰でもわかるだろう。東大にそんなに価値があるならそこで教えてる先生は企業から引っ張りだこになるはずだが、そんな話はついぞ聞いたことがない。僕がウォートンスクールで証券分析論を習ったM先生は前年までウォールストリートでもトップクラスの高給取りであるメリルリンチの役員だった。そんな雲の上の人のリアルな講義が半年も聞け、実技指導までしてもらえる。これが年2千万円の高い授業料を払ってでも行く価値のある大学というものでなくて何だろう。お断りしておくが、僕は大学が職業専門学校だと言ってるのではないし、学問と教養が人間形成において必須であると何度も主張してきたし、母校である東大を心から愛しているし、後輩たちには日本国をリードする人材になって欲しい。だからこその苦言なのだ。

しかし僕ごときの批判で東大が変わることは99.99%ない。なぜか?明治時代、富国強兵のために東大は創立され、それイコール国家であり、その知恵があるから日本国は世界最速の成長を遂げて一流国になることができた。それが今や世界大学ランク39位で毎年ずるずると下がっており、それがいつまでも1位である日本国も、GDPは今のところ世界3位だが実は39位ぐらいへの下降線をたどっている。東大はその先行指標ではないか。これは皆が思ってるが認めたくないことなのだ。だから言わない。言っても変わらないのに言わないのだから「99.99%東大は変わらない」と言ってる僕が正しい確率は99.99%以上だろう。そんなにテッパンで変わらないものを変えろと一人で声高に叫ぶなど見苦しいだけだからプライドにかけて言わない。この思考回路のどうどう巡りゆえに東大に限らず日本の保守的なるものはどんなに凋落しようと何十年たっても遺跡のように「変わらない」のである。

大人たちは自分もその価値体系のおこぼれにあずかっていい思いをしてきたし今もしている、だから自分が生きてもいない20年後はもういいやと諦めてるのだ。自民党の議員もそうだ。2028年には中・露を合算した軍事予算は米国を抜き、水爆を1500発保有して30分で本土にいる米国民を1億人殺すことができるようになる。その中露が日本に核爆弾を打ちこんだら米国が代わりに中露と核戦争をしてくれるだろうか?するわけないだろう。もう核の傘なんてものは存在しないのだが議員は誰もこれを言わない。マスコミも言わない。言わないのは噓つきだとさえ誰も言わない。防衛予算をGDP比2%にして在庫処分のトマホークを買っても中露は痛くもかゆくもないことも議員は誰も言わない。こんな腐った連中が政治をやってる。20年どころか10年もたたないうちに日本はとてつもなく見たくない景色の国になってしまうのではないか?そのころリーダーになる若い皆さんにはおこぼれすら枯渇しており、戦うエネルギーも枯渇してないだろうか。心配でならないのだ。だからこれを書いておくのは、何もおきなくても若者の心に警鐘を鳴らせればいい、それが税金で勉強させてもらって海外でいろんな経験を積ませてもらった一国民の責務と考えた次第だ。ちなみに僕が採用したいのは東大卒であってもなくてもいいが「やるべきことは雨が降っても槍が降っても最後まで責任持ってやります。やらなかったら坊主になります」という人だ。

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Categories:自分について, 若者に教えたいこと

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