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慶応高校の毛の長さという甚大な問題

2023 AUG 21 17:17:49 pm by 東 賢太郎

甲子園を見ているとけっこう毛が長い。今日の慶応対土浦日大なんか両チームとも長い。かつてよりの時流といえばそれまでだが、甲子園の準決勝でこれはとても驚きだ。なにせ僕の時代、電車に乗っても硬式野球部の奴らはお互いにすぐわかる。頭が坊主(丸刈り)の集団なんて、お坊さんはあんまり群れないだろうしめったにいないからで、記章やカバンで校名を見て緊張が走ったりした。僕はスポ刈りだった。それでも慶応の子よりずっと短かい。しかしだ、それでもなんだか坊主の方が強そうに見えるのである。何の根拠もないが毛を刈ると戦闘員っぽい気持ちになるのはたしかであった。それが集まると戦闘集団の一体感が出ることは戦う上で大きなメリットだからか軍隊はGIカットなど世界的にそうだ。

坊主も毛の長さに段階があって「五分刈り」からテカテカに青光りする「五厘刈り」まである。清原や中田翔(左)の五厘は球界の紳士のイメージはないが読売は禁止してないと思われる。軍人の髪形だが高校野球の原点でもあり日本文化の奥底を見る。マッカーサーはA級戦犯を思想犯まで処刑し、古来からの日本文化を焚書で抹殺しようと試みた。そこで大政翼賛会から一転し、御用新聞として生き残りを図った緒方竹虎の朝日新聞、正力松太郎の読売新聞がそれぞれ「夏の甲子園大会」、「読売巨人軍」の母体となって野球を振興した。日本の軍部を解体して非武装化し、国民を米国化したいGHQの戦略に取り入ったのだろうが、そこで軍隊刈りが禁じられなかったのは興味深い。

高校で入部してまず圧倒されたのが3年生の頭だ。全員が坊主。すれ違えば誰しも道を譲る。中でも主将Hさんの迫力あるビジュアルは半端でなく、強打は相手投手がビビるせいと思ったほどだ。ところが不思議なことに僕等の代はスポ刈りOKになった。うさぎ跳びや水飲めないなど「野球部あるある」はみなあったからチョロい部ではなく、たぶん3年が強烈すぎて2年部員が少なく、長髪世代の我々新入生をたくさん勧誘する作戦に出たのではないか。それでたしか15人ぐらいは入った。それでも夏からの新チームは捕手HさんとK、左翼Sさん、右翼Yの五厘組をはじめほとんどが坊主で、スポ刈りは主将の遊撃Sさん、一塁Tさん、二塁OとY、外野SとHだったが、彼らも坊主姿をどこかで見た気はする。

かように高校野球はGHQの検閲をくぐりぬけて密かに生き残った軍国調世界である。日大アメフト部の問題で「体育会カルチャーは消せ」のGHQ並の激震が走ったが、体育会どころか軍隊である高校野球はけしからんという声はあんまりなかった。なぜなら日本的な保守精神の深淵に触れるものがあるからだ。我々の親世代は甲子園のプレーボールのサイレンを聞くと空襲警報を思いだした。戦闘開始の効果音には最適で、プロレスと同様にサーカスとして国民のガス抜きにする意図があったのではないかと思われるが、盧溝橋事件の年はサイレンの代わりに進軍ラッパが鳴ったから野球に軍隊を重ねて見る文化は戦前から日本にはもうあった。本塁に向けて血気盛んな五厘刈りの兵士たちが走ってきて整列、礼、そしてサイレンとともに初球が投じられ両者が激突する。その舞台には南方戦線のジャングルを行軍する兵士を焦がした灼熱の太陽、むっとする草いきれと地面の照り返しがふさわしい。だから野球は夏だ。夏こそ野球だ。僕はそのイメージが体に染みついてどうにも消えない。

僕的に強そうに見えないが

いま思うと、坊主のみならず「野球部あるある」は立派な全体主義である。毛を刈るとうまくなるわけでないと考えるのは個人主義だ。どっちが正しいかは理屈で結論が出ないからどっちが強いかで決まる。当時の強豪校は例外なく坊主である。だから坊主とやると負ける。「そうだろ?だから言っただろ、毛を切るとうまくなるんだよ」「なるほど、そうか」。そんなはずないことでもみな信じるようになる。ナチスにしろ大日本帝国にしろ、全体主義国家はそうして成り立ってきた。試合に出ない大衆もその一員であることで安心し、総帥を信じ、強いという心地良さを味わっていた。でも強さと毛の長さは科学的に関係ないのだからいずれ嘘がばれる。全体主義国家はそうして終焉を迎える。

慶応高校はそれをぶっ壊したと僕には見える。たかが毛の長さの話ではない。

 

 

 

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Categories:______高校野球

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