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読響定期 ダニエル・ミュラー=ショット讃

2026 JUL 17 16:16:53 pm by 東 賢太郎

指揮=セバスティアン・ヴァイグレ
チェロ=ダニエル・ミュラー=ショット

ジークフリート・マトゥス:怒り狂う女(Furien-Furioso)(日本初演)
ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番 変ホ長調 作品107
ルディ・シュテファン:交響的楽章(1910年)(日本初演)
R.シュトラウス:交響詩「死と変容」 作品24

毎度何の先入観もなく聴いている読響定期。この日も直前に入場しプログラムは一瞥だけ。時間の制約ということもあるが、あえてこのスタイルで楽しんでいるのは、30分前までの喧騒から音楽の世界に切り替わるのが非日常、心の滋養になるからだ。クラシック音楽はどれも作曲家、演奏家の強烈なパトスが封じ込められており、俗世間を瞬時に断ち切れ、別世界に遊べる。それは同時に誰も立ち入れない自分だけの空間である。そして入ってしまえば30分も1時間も出てこれない。パトスを浴びた後、自分がどうなっているかは予想もつかないのだ。

日本初演が2つもありまさに一期一会。このシリーズの贅沢な点である。 60年も聴いているわけで、何を今更という曲よりありがたい。「怒り狂う女」(1999)は、「外見上の愛想の良さや親切心の陰に潜む不誠実で狡猾な存在を音楽の魔力でお祓いしよう」という含意の作品だ。ラチェット、フォレクサトーンいう打楽器は通常は隠し味で使うものだが後者は曲の終結で主役級の扱いだ。Vn群の音がとても良かった。コンマスのソロを含め最高レベルの音だ。マトゥスは東独の国宝的存在の作曲家で基本的にオペラの人のようだ。静寂の後、金管の咆哮から全管弦打楽器が錯綜する部分は呪術的で春の祭典のイメージになる。

シュテファンは処女オペラがフランクフルト歌劇場で初演された俊英だったが、第1次大戦で28歳で戦死した。出身地のヴォルムスはマインツの南、マンハイムの近くでありバーデンバーデンの行程で通った馴染みの地だ。ヴァイグレは元フランクフルト歌劇場指揮者であるから思い入れがあるのは自然だろう。彼はプフィッツナーのカンタータ「ドイツ精神について」 作品28の日本初演(2026年1月20日)も行ったが、この作曲家もフランクフルト出身であり、僕にとっても思い入れがある。交響的楽章はオルガン付きの大管弦楽の音楽で後期ロマン派のタッチをとどめつつシェーンベルクに向かっていく和声音楽という点でシュレーカーの先駆を思わせる。 23歳でこれを書いた人が生きていればと誰をも嘆かせる内容の濃い音楽だった。

最後の「死と変容」。R・シュトラウス25歳の作品であるこれを交響的楽章の後に置く。23歳のルディ・シュテファンの後に。もし彼が生きていれば!無言のメッセージはすべての聴衆の心の奥底に届いたのではないか。前半2曲を共産主義政権下の作品でまとめ後半はそれだ。なんという周到なプログラムだろう。「死と変容」はクレンペラー、ケンペ、チェリビダッケなどが耳にあるのでなかなか評価は難しい。「私が作曲したことは全て正確だったと、今こそ言うことができる。私は今しがたそれを文字通り体験してきたのだよ」という作曲者の死の間際の言葉があるのでもっと幽玄な音を求めてしまうところが好みの問題だ。

あえてショスタコーヴィチを最後に書くのは、ダニエル・ミュラー=ショットのチェロがあまりに素晴らしかったからだ。僕は1984年にロンドンでロストロポーヴィチを聴いたが(シューマンとボッケリーニ2番)、もうあんな豊潤でエネルギーのある音には二度と出会えないと思っていた。それ以来あまたのチェリストを聴いてきたが、確かにそうだった。ところがこの日、これこれ、これがロストロの音だった!というのに出会ったのだ。

僕が聴いた名演奏家たち(ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ)

調べてみたところ、ミュラー=ショットの楽器はNBC交響楽団の出席チェリストだったハーヴィー・シャピロから譲り受けたフランチェスコ・ゴフリラー「サフィール」(1727)だ(ちなみにお値段は200万ドル、今のレートで3億円)。GPTによるとロストロが1984年にロンドン公演で演奏していたチェロはストラディの「Davidov」だったと出てくるがGPTはあんまり当てにならない(それ以前に並行して使った楽器にゴフリラーもある)。ロストロはシャピロを「世界で最も偉大なチェロ教師」と呼び、ミュラー=ショットはロストロを「恩師」と呼んでいるので同じ流派と考えていいのかもしれない。このへんは西村さんのご意見を伺いたいところだ。

ドイツ本流の巨匠への階段を駆け上がるチェロ奏者、ダ …

この日のショスタコーヴィチ。音の美感と動感のバランスがとれ、Sym5番の第3楽章を思わせる緩徐楽章のハーモニクスの神秘感も良かった。ロストロの特徴でもあったエネルギーポテンシャルの高いハイポジションの音が今も耳に残る。終了後に、大学オケでトランペットだった友人と「ヴィオラコンチェルトを聴いた感じだったね」とうなずきあった。暖色系で太目でまろやか、それでいて雄弁な音質はホルンと融和する。モーツァルトは好きなヴァイオリンの音色を「バターのよう」と形容したがミュラー=ショットの音にも当てはまるだろう。C弦の低音もハイポジと連続性ある柔らかみがあり隆々と伸びる。アンコールのJ.S.バッハ無伴奏第3番ジーグも全曲を所望したい魅力があった。美音の嵐でお腹はいっぱい。至福の夕べだった。

 

Categories:______ショスタコーヴィチ, ______リヒャルト・シュトラウス, ______演奏会の感想

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