日本民族の宗教観はスピノザ的である
2025 FEB 21 21:21:42 pm by 東 賢太郎

金星が明るいです。西空に高いです。2月15日に1等星の100倍の明るさになりました。なんたって目立つし、夜明けに出たと思えば宵にまわったり、位置も明るさもコロコロ変わる金星は子供心に気を引かれる存在でした。天文図鑑によるとどうやら地球の兄弟らしい。位置が微動だにしない北極星やオリオン座はというと、こっちは遥か遥か遠くの存在で、太陽はその仲間のひとつであって地球はその周りを回っている。そういう遠近感というかスケール感というか、気絶するほど巨大な空間が頭上に開けているというぴんと張った感覚。これが頭の中にプラネタリウムみたいに設定され、空間は英語でスペースですからそれがいわゆるひとつの “宇宙” であって、僕にとってそれは宇宙人とか宇宙戦艦ヤマトとかそういう類いのものではなく、すぐれて「静的な物質的存在」であり、いまでもそうあり続けてます。
そうすると、たまたま生まれた地球と呼ばれる物体の、その上に立って、いま空を眺めている自分は誰なんだろうという謎かけのような漠たる疑問が自然と泉のように湧き出てきたのです。それが何歳ぐらいのことだったかは覚えてませんが、ここに書いた学園祭の出来事が7才なのでそれよりは前でしょう(99.9%の人には言わないこと | Sonar Members Club No.1)。とても大事な理解は、その疑問は天文学や物理学では解けないということです。星を素粒子まで分解して解明しても、どうしてそれが「在る」のか、どうしてそれを在ると判断している自分(の意識)が「在る」のかは説明できないからです。それを解くにはどうしても哲学に踏みこむ必要があるということを、13年後に、その学園の講義で知ったのです(ハイドンと『パルメニデスの有』 | Sonar Members Club No.1)。さらに後になってショーペンハウエルやデカルトの本を読みましたが答えは書いてない。ところが、やっぱり同じことを悩んだんじゃないかと思える男の本に出会って勇気づけられたのです。それがオランダの哲学者スピノザ(1632 – 1677)のエチカです。
デカルト(1596 – 1650)については私見を述べました(学校で学んだことでなお残っているもの (3) | Sonar Members …)。スピノザはその方法論の偉大な後継者です。アムステルダムの富裕なユダヤ人貿易商の子に生まれますが、聖書、ユダヤ教と異なる宗教観を唱えたためにコミュニティで異端者扱いされ、シナゴーグから石もて追われます。父のビジネスも負債だらけで立ちいかなくなってしまい、やむなくレンズ研磨で生計をたてますが、怯むことなく自己の哲学を「エチカ」-幾何学的秩序によって論証された-に総括して2年後に45才で世を去りました(ちなみにレンズ研磨者としても欧州最高の1人で、顕微鏡を作った “微生物学の父” レーウェンフックのレンズは彼のもの)。そうしたエンジニアに通じる知性はエチカの副題に明白で、ユークリッド幾何学的な体系をとった演繹法でロジックを積み上げる様は壮観であります。まず尋常でないのは高等教育を受けず独学でエチカを書いたこと(音楽ならモーツァルトに匹敵する天才と思料)。次に、自ら宇宙の謎を解き確信に至った信念をもって聖書の「神」という既成概念をぶち壊したこと。ユダヤ教であれキリスト教であれ神は当時の万人の精神的基盤であり、王侯貴族の権力のフェークのレゾンデトルであり、さらに世俗的には膨大かつ強大な宗教シンジケート構成員の飯の種であった、それのアンチテーゼを唱えるのはガリレオ・ガリレイの例を引くまでもなく身の危険があり、現にスピノザも殺されかけました。緻密なロジックを積み上げたのは信念の正しさへの自省であると同時に、既成勢力の攻撃に対し反論するなら来いと身を守る屈強の鎧(よろい)でもあったと考えます。
第一部「神について」の根幹「すべて在るものは神のうちに在る、そして神なしには何物もありえずまた考えられない」(定理15)という非人格的な神概念の設定は斬新です。ゆえに無神論と攻撃されましたがデカルトの前例があり誰も有効な反論はできなかった。神がすべての結果の原因で、しかも自らは何の原因も要しない万物の内在的原因であり(神即自然)、万物は神がそうあるべく決定した通りにあってそれ以外のあり方はない。自然に偶然はなく原因のみがあって目的というものはない。つまり人間が自由な意思で目的を持って行動することで世の中は成り立っているという目的論的世界観を全否定したのが画期的です(人間があると思っている自由は実はない)。つまり思惟(観念)の世界と延長(物質)の世界に因果関係はないが、ほぼ同時に起きているのは両方とも神が造ったから(心身平行論)とします。北極星やオリオン座が在る理由はなく、神がそう決定した通りに在り、空を眺めて自分は誰なんだろうと漠たる疑問に困惑している自分も神がそう決定した通りに在る。この宇宙観は一見すると人為的ですが、そう仮定することで解はここにあったと腑に落ちる(包括的整合性がある)ことから信奉するに至りました。
何が腑に落ちるかというと、観念も物質も、意思も行動も、物質も精神も時間も因果も感情もすべて神が決めた(”プログラム” した)とするならシミュレーション仮説とも、量子力学とも、ゼロポイントフィールド仮説とも、ヒンズー教由来のアカシックレコードとも根本的なところで矛盾しないからです。我々が観測できる宇宙は質量の4%しかなく96%は正体不明のダークマター、ダークエネルギーであることがわかっていますが、量子論の二重スリット実験のごとく観測によって見えなく(ダークに)なる物質かもしれず、在るのかないのか、在るならば物理的に何か、何のために在るかを考えても意味はなく、何の因果関係もない我々の思惟(観念)が正体を見出すことはない、何故なら神がそのようにプログラムを書いたものだからというものかもしれません。その前提で僕がイメージするのはスタニスワフ・レムがSF『ソラリスの陽のもとに』で描いた「海」の汎宇宙版で、小説ではそれは意志をもって人間をトリックするのです。そのトリックは異常に(非現実的に)リアルであって、まるで生身の人間(死んだ彼の妻)という記憶や触感を伴った三次元ビジョンが人間に観測できる、つまり思惟(観測)させることができる、だから、そのことにおいて自分も存在する(我は思惟しつつ存在する)。この小説は映画化され、それを観て漠たる恐怖を覚えたのですが、1度目は何が怖かったのかわかりません。もう1度見返して、根源はそこにある、つまり、トリックして最後は自分を殺す犯人は実は自分だという所にあったことに気づきます。これは量子論のマルチバース(多宇宙)の置換のようでもあり、量子論と対立したアインシュタインも「信じるのは人間の運命と行動に関心を持つ神ではなく、スピノザの非人格的な神である」と述べているのだから包括的な哲学というしかありません。僕も長年星を眺めてきた直感から唯一絶対の神の存在を確信しており、複数ある宗教はその表現の多様性であって同じ富士山を四方八方から眺めていると考え、決して無縁ではいられず怖ろしさを体感し、しかしそれを考えるのは無為なことと観念しているのです。我が家は浄土真宗ですがそれは先祖がそうだったということで、個人的には何教徒でもなくスピノザ的な非人格的な唯一の神を信じ、神社でも寺でも教会でもいかなる宗教施設においても、その絶対的な存在(being)に祈っています。
以上のようにスピノザの哲学は神即自然(汎神論)といえるものであり、徹底した西洋の合理主義の産物ではあるのですが、一方で、我が国の「八百万の神」(自然界のあらゆるものに神が宿る)という神道にも通じるように解せるのは大変興味深い。神道はすべてのものに魂があると主張するアニミズムとされますが、それは生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは精霊が宿っているという考え方です。八百万(やおよろず)という言い方が象徴しているように“神”は民衆の周囲にあまねく存在するもので、姿かたちがないがないため「祭礼の度ごとに神を招き降ろし、榊・岩石や人などの依代(よりしろ)に憑依(ひょうい)させることが不可欠」でした(憑き物になるという考えは能、狂言にも現れます)。何にでも憑くゆえに「八百万」であるのです。明治政府によって国家神道となって神社ができてもご神体がないのは、姿を特定できない以前にそもそもが汎神論的であったことが理由ではないでしょうか。
だから神道は偶像を拝む仏教とは水と油であって、便宜的、慣習的シンクレティズムである神仏習合は本来不可能なのです。当初は理解が浅薄で、神仏をも丸呑みしてしまうほど日本人の宗教観はおおらかで “多神教的” なのだと考えておりました。恐らく、現代の多くの日本人はそう考えているのではないでしょうか。しかし、「鰯(いわし)の頭にも信心」は鰯を拝んでいるのではなく、対象となる神様(精霊)に鰯という魚の精神的な性質を見出して拝んでいるのでもありません。そこに精霊である神様が宿っており、何に宿っていようが「精神的本質が統一されている」と感じるから拝んでいるのです。ということは、古来の神道は「すべて在るものは神のうちに在る、そして神なしには何物もありえずまた考えられない」(エチカの定理15)に該当する汎神論(すべてのものは、それぞれの精神や魂を持つのではなく同じ本質を共有している)であったと考えられないでしょうか。多神教とは神の類似品が多くあるという意味です。多が大きくなれば無限であり、無限とゼロは数学的に等価ですから無限の多神教は一神教だからご神体がないと考えられないでしょうか。
神道の存在は江戸時代に本居宣長らの国学者が古道として再構成し、明治政府が国家という新統治概念の思想的背景として統一するまで歴史の表舞台にはあまり現れませんが、脈々と日本人の精神構造の中で生き続けていました。僕は香港に2年半住んでいる間に東南アジア主要国はほぼ訪問したのですが、寡聞にして、日本人はアジア人であるからどの国民ともある程度は同質的だろうと思っていました。しかし、知れば知るほどそうではないのです。皆さんご自身でお考えになってみてください。古来より「清めの文化」が日本だけにあるのはなぜでしょう?中国、韓国、シンガポールのトップスクール(最難関大学)の男女比はほぼ50/50ですが日本だけ80/20なのはなぜでしょう?そして、なぜどれだけ武士の天下になっても万世一系の天皇が脈々と続いてきたのでしょう?
以上から僕は日本民族が根底で共有している宗教観はスピノザ的な側面があると結論しました。同じ聖書を信じながら偶像崇拝を禁じるユダヤ教、イスラム教ではなくそれを許容するキリスト教が欧州世界を制覇し、日本でも偶像のない神道は仏像を許容する仏教と混交することでて徳川幕府の統治の道具となった。即物的に見れば、人間がビジュアルに弱いという盲点を突いた宗教が栄えたといえるかもしれません。しかし、「北極星やオリオン座がなぜあるのだろう」という疑問に答えるためには、統治に使えるか否かは何らの貢献もありません。伊勢神宮、明治神宮、靖国神社の存在に我々は国家という認識を否応なく付加していますが、神道の精神は皇室にとどまらず、国家がなかった時代から民衆のプライベートな空間で仏教や祖霊信仰と混交しながら心の深奥に脈々と根づいて途切れませんでした。それは例えば家長が祈願のために大晦日の夜から元日の朝にかけて氏神神社に籠る習慣だった初詣(はつもうで)が、それをしない日本人はほとんどいないほどの国民的行事になっていることからも伺えます。神道という日本人の民族性の根幹は僕の知る限りどの外国人にも一切見られぬ特質、美質であって、国家が国のかじ取りを誤ろうが未来に途切れることがないスピノザ哲学の如きレジリエンス(弾性エネルギー)を有することを確信しています。政治がいくら堕落しようと絶対に触ることのできないサンクチュアリのようなもので、日本よりもっと堕落する可能性のある世界の政治状況の中に置かれても、北極星のごとく不動の位置を占め続けることができるということです。
最後に、今を時めくイーロン・マスク氏です。彼は履歴を見るに資質的に理系的、エンジニア的人間と思われ、ペンシルベニア大学ウォートンスクールで物理学士と経済学士を1995年取得したと主張し、学校は2年後の1997年に授与したとしているようです(wikipedia)。物理と経済のダブルは日本では東大理学部数学科に入って経済学部に転入した日銀の植田総裁しか知りませんが、別に変わり種でも二刀流でもなく、経済学は日本的仕分けなら理系学問でその仕分けの方が変わり種なだけです。そんなことよりマスク氏が専門バカではなく哲学書も読みこんでクロスオーバーな関心をもっていることのほうがよほど重要です。こういう人は日本ではあまり見たことがありませんがGAFAのトップは口を揃えてビジネスには数学と哲学が大事と発言しており、日本人とは最も精神構造が異なると思える点です。縦割り社会のそれぞれでトップになろうという人と、宇宙原理を解読しようという人は人生のモチベーションがまったく違います。クロスオーバーもクロスボーダーもへったくれもないわけです。彼がそういう学習プロセスを経て自分なりの哲学を確立し、それをビジネス化していることに注目です。
https://youtu.be/YRvf00NooN8?si=_vleSRZkwr6Oh-HT
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ハイドンと『パルメニデスの有』
2025 JAN 20 16:16:20 pm by 東 賢太郎

ハイドンが40才で作曲した太陽四重奏曲Op.20を鑑賞したのは、2005年に買ったウルブリヒ弦楽四重奏団のCDで目覚めてからです。シューベルトやモーツァルトが亡くなった年をこえて完成されている作品にそうなってしまったのはなぜか。理由は3つあります。①ジャンルでカウントするので作品番号20が若書きに見えた➁曲名が意味不明(出版時の表紙に太陽の絵があっただけ)③シュトルム・ウント・ドラング期という解説が不勉強で意味不明。
ということで、要は「高級品」に見えず食わず嫌いしていたのです。そんな曲を長時間かけてきく意味を感じませんし、レコード屋でなけなしの金で何を買おうかとなって、並み居る高級品の中でそう思えない2枚組を選ぶことは50才になるまで一度もなかった、そういうことです。僕において高級とは希少性や値段の意味ではありません。英語ではluxury, premium, high-endなどですが、やっぱりどれでもない。高級の「級」は段階、「高」は比較で、それは受け取る人間が判定します。同じワインを飲んでどう思うかは十人十色で、皆さんが「赤い」と思っている色彩もそうであることがわかっています。つまり、判定している対象物は「あるがまま」で一個ですが、している人間が十人十色なのです。
この「ある」(有る)を突き詰めた思想家がパルメニデス(BC515/10〜450/45頃以降)です。大学で最も難解だった授業というと、哲学の井上忠先生による『パルメニデスの有』に関する講義をおいてありません。これが日本語と思えぬほどまったくわからない。ソクラテス以前の思想が理解できないショックは駒場のクラス全員が少なからず共有したのではないでしょうか。なんでこんなわけわからんものをと思いましたが、あれはたぶん思考訓練だったんですね。叙事詩の解釈が哲学になり、完全なものは球体をしているなんて宇宙的な命題が忽然と表明される。そういう講義は寝るんですが、先生の訥々とした話しでシュールな時間が流れ、打算なくそれに浸るのが教養だという贅沢感を噛みしめました。はっきりいって講義内容はほとんど理解しませんでしたが哲学は面白そうだという直感と、ギリシャ行きてえなあという夢が沸き起こりました。10年後に真夏のパルテノン神殿に立った時の心の底から噴き出す歓びは昨日のことのように覚えてます。
無知を悟り、これを端緒に哲学をかじり、「有るは認識」の理解に至ります。アリストテレスの『形而上学』につながること、言語が与える思考の呪縛は現代でも世界を支配しているという理解は生きる上で有益でした。感覚よりも理性(ロゴス)を優先する理性主義もロゴス=言語ですから明快に定義された言語によって進められるべきで、古代ギリシャの政治がそうだったし現代もディベートが基本でない国は西洋にありません。G7国だと自慢するならそれなしに民主主義などあり得ないわけで、言語で政策も語れない総理大臣が選ばれる日本とは何なのか、非常に示唆に富みます。ご興味ある方は先生の学位論文要旨をどうぞ。
http://gakui.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/cgi-bin/gazo.cgi?no=213152
ワインはパーカーの点数が高ければ誰にもおいしいわけではないです。十人十色では収拾がつかないので多数派がいいね!と言うと「おいしい」というタグを貼るのです。それが「級」で、いいね!が六人より七人が上、これが「高」です。両方合わさって「高級」。レコード屋でなけなしの金で買う最低基準より上のクオリティの音楽。これが僕の「高級な音楽」の定義で、太陽四重奏曲は3つの誤解で「不合格」にしたという失敗例をお示ししました。クラシックといってもベートーベンすらまったく感動できない作品はあるし、人間だから性の合わない作曲家もあるし、そういう曲を僕がブログに書く意味がありません。「名曲名盤おすすめ」みたいな本がありますが、本になるほどたくさんのおすすめ曲がある人は「合格点のバーが低い」わけで、クラシックという嗜好品でそれとなると太陽の絵で楽譜を買う人向けということになりましょう。
LP、CDの音源を所有する楽曲のカードは家に約300枚あります。感動できない作品、性の合わない作曲家の作品もあるとはいえpetrucci等で楽譜も調べて耳と目で楽曲をそこそこ記憶しております。ここまで行くと消費した時間もそれなりで、本業には微塵も関係ないのに人生をかけてしまったホビーでした。それでもブログに残したいのは旅行記のようなものだからです。面白いという方がおられればそれはそれですが99%は自己満足です。元気ならば半分の150曲ぐらい、深く書きたいのはもう半分の7~80曲程度でしょうか。僕はプラトンのイデア論の信奉者ですから感動の根源は100%楽曲にあると考える主義で、つまらない曲だって何度も聴けばわかるという経験論は否定します。パルメニデスの説くとおり「無が有ることはない」のです。
演奏なしでは楽曲は認識できませんが、ストヴィンスキーが述べたとおり「鐘は突けば鳴る」で、正確にリアライズすれば感動できるように楽曲はできています。だから演奏はよほど酷くなければ良し。毎日ピアノに向かってシューベルトとラヴェルを弾きますが、そんなレベルでも感動。そうなるように音を組成する作業がコンポジション(「一緒に置く」「組み立てる」が原意)で、どっちも指が感じる「いい所に音を置いてるなあ・・」という匠の技への感動なのです。あらゆる芸術家の中で作曲家と建築家はエンジニアであるというのが僕の持論です。エンジニアは理系です。モーツァルトはひらめき型の天才ではありますが、ベースとなった能力は卓越したエンジニア的学習能力で、3才で精巧な大型プラモデルの設計図を読み解いてあっという間に組み立ててしまう類いの神童であり、それが魔笛やレクイエムを生んだわけではありませんが、それがなければあの高みまでは至らなかったでしょう。「可愛らしいロココのモーツァルト」的な表現は僕からは千年たっても出ません。あっても一時の装いで彼の作曲の本質に些かの関係もありません。
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732 – 1809)が18世紀後半にかけてシュトルム・ウント・ドラング期を生きた人であるのは事実です。絶対王政時代のバロック音楽(厳格なポリフォ二ー音楽)を脱した旋律+伴奏の「ギャラント様式」(ホモフォニー音楽)の装飾や走句を多用する明るく明快な音楽がフランスに現れますが、羽目をはずさない均整の取れた音楽であり、そうではなく、主観的、感情的スパイスを加えて気分の急激な変化や対立を盛り込もうという「多感様式」のホモフォニー音楽が北ドイツに現れます。これが同時期にドイツ文学に出現した概念を援用してシュトルム・ウント・ドラングとも呼ばれるものです。代表格とされる作曲家は大バッハの次男カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714-1788、以下C.P.E.バッハ)です。ウィーン少年合唱団員だったハイドンは音楽理論と作曲の体系的な訓練を受けておらず独学でしたが、名著で知られるフックスの『グラドゥス・アド・パルナッスム』の対位法と、後に重要な影響を受けたと認めるC.P.E.バッハの作品を研究したことが知られています。
独学をベースに古典派を形成して弦楽四重奏、交響曲で「父」の称号が与えられるハイドンのエンジニアリング能力も驚くべきですが、「音楽家は自分自身が感動しなければ、他人を感動させることはできない」と主張したC.P.E.バッハの影響下でソナタに短調楽章やフーガを入れるなど「多感様式」の特徴を取り入れた音楽を書いたのも事実です。問題はそれを1770年代後半の文学運動に対する語に当てはめて呼ぶかどうか、それに何か看過できぬ理由や鑑賞への利益があるかどうかというだけです。C.P.E.バッハの影響はモーツァルトにもあることから、私見は否定的です。明白な痕跡として、1753年作曲の6つのクラヴィーア・ソナタより第6番ヘ短調(Wq.63-6)の第1楽章をお聴きください。
ピアノ協奏曲第20番K.466第2楽章で激しい短調になる中間部に現れる印象的な和声進行が聴きとれます。ソナタに短調楽章やフーガを入れるばかりかC.P.E.バッハを1785年に引用までしてるのですから、外形的には「モーツァルトはシュトルム・ウント・ドラングの作曲家だ」と主張しても誤りではないですが、少なくともそうレッテルを張る人を知りませんから同じ外形のハイドンだけにそう主張する根拠もありません。モーツァルトはハイドンを模したとされますが、K.466の例はハイドン経由でなくC.P.E.バッハの直輸入です。
二人は親子ほどの年齢差があるという反論がありそうですが、彼にはハイドンより13才年上の図抜けて有能な父親というマネージャーがいたため著名作曲家の楽譜へのアクセス環境は劣らず、息子の学習能力はこれまた図抜けていたのです(父子で当たり前のように交わしていた他人の楽譜の品評が書簡集で確認できます)。ハイドンは温和な性格でモーツァルトと友好関係にあったことは、一緒に四重奏を演奏し、その勧めでフリーメ―ソンに入るなどから事実でしょう。しかし弟子にしたイグナス・プレイエルほどのメンターシップを見せるまでではなく(そこはレオポルドへの配慮かもしれませんが)、仲は良くとも能力が拮抗したエンジニア同士ですから、テスラとエジソンではありませんが、二人はC.P.E.バッハの様式の導入においてライバル関係にもあったと考えるのは不自然でないでしょう。
ハイドンは1768年~1773年頃にシュトルム・ウント・ドラング期とされる特徴をそなえた楽曲を多作します(交響曲第26~65番、太陽四重奏曲を含む)。それが12~18才のモーツァルトの研究対象となったことは間違いありませんが、なぜハイドンが舵を切ったかは諸説あります。最も信頼できるのは1776年の自伝にある以下の言葉です。
私は(エステルハージ侯爵の)承認を得て、オーケストラの楽長として、実験を行うことができた。つまり、何が効果を高め、何がそれを弱めるかを観察し、それによって改良し、付け加え、削除し、冒険することができた。
この発言、とりわけ「実験」(Experimenten)という言葉ほど、彼が(作曲家がと言ってもいい)エンジニアで理系の資質の人であるという僕の主張を裏付けるものはありません。こういう人の行動や事跡をあらゆる文系的な要素だけを取り出して解釈するのは、はっきり書きますが間違いです(僕もそういう人間なので)。彼はウィーン合唱団時代からC.P.E.バッハを研究して影響があったことを認めていますが、自分はさらに冒険したのだ、世間から孤立した私には、自分を疑わせたり、困らせたりする人が近くにいなかったので、私はオリジナルになることを余儀なくされた、と断言している孤高の人なのです。その意味で、モーツァルトも同様です。唯一ちがうのは、彼は大バッハ、その息子たち、ヘンデル、ハイドン以外の作曲家は父も含めて歯牙にもかけずオリジナルになったことです。後世の学者を含めた普通の人が想像する世の中の風潮、他愛ない流行、良好とされる人間関係、思慕の念の如きものを僕は一切排除してザッハリヒに物を見ます。才能が才能を知る。「あるもの(有/在、ト・エオン)はあり、あらぬもの(非有/不在、ト・メー・エオン)はあらぬ」(パルメニデス)。
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学校で学んだことでなお残っているもの (3)
2024 DEC 29 9:09:30 am by 東 賢太郎

どうして鉄の匂いが好きなんだろう?
そう考えだしたのは小学校のクラスにそういう子はひとりもいなかったからです。みんなと姿かたちが違うというのはありましたが、鉄についてはもう劇的にメガトン級に違うわけで、そういう人たちと何をして遊べばいいのかわからずなかなか仲間にはいれませんでした。
沸点1535°の「鉄の匂い」を知る人はあまりいないでしょう。嗅いだのは小田急線が登戸から和泉多摩川駅に向けて速度を落とす下り坂でブレーキ(鉄)と車輪(鉄)がキイキイ悲鳴を上げて擦りあい、摩擦熱で溶解した部分が台車から夜陰に向けてオレンジ色の花火のごとく散りばめられた時です。細かなものは鉄粉となり錆びて線路の砂利を赤く染めます(これは火星の色ですね)。何台も通るのをしぶとく待ち受けていると時に大きめのがポトンと踏切の線路わきに落ちます。ここぞとばかりそれを拾って箱に入れた時にのみ匂いは仄かに感知できるのです。楕円形で薄い煎餅ぐらいの大きさで淵は指が切れるぐらい鋭いイガイガがあり、表面は艶やかな銀色です。光があたると虹色に輝くのが美しく、誇らしげに親に見せたらお前何やってんだと大変な騒ぎになりました。この鋳鉄制輪子による踏面ブレーキが廃止されて機会は消滅しましたが、電車の車輪と線路にどうしようもない衝動的関心をもっており、将来の夢は鉄道会社に入って保線の仕事について毎日線路を調べることでした。
鼻血が出たときの血が同じ匂いであることに気づいたのはのちになってです。父から酸素を運ぶヘモグロビンは鉄を含んでおり、血は鉄の赤色素で赤いと教わりましたが、さらに中学ぐらいになって、重金属元素Fe=鉄は地球上では生成されないことを知ったのは青天の霹靂でした。ということは、恒星が一生の最後に超新星爆発し、宇宙空間にばらまかれた鉄で我々の身体はできているということを意味するからです。いま振り返ると、その思考方法はいっぱしに論理的です。それは思いついたものではなく間違いなく教わったものでしたが、残念ながら学校ではなく推理小説(特にヴァン・ダインとエラリー・クイーン)からでした。そこから以下のことが推理されてきます。我々は両親から生まれましたが、元素としての母体は宇宙の誕生(137億年前)から地球の誕生(46億年前)までに死んだ恒星の残骸です。鉄は地球の最大の素材でもあって総重量の約30%も占めます。人類が誕生したのはおよそ500万年前のアフリカですが、地球はその時点ですでに45億9500万年も存在しており、鉄を供給した恒星(一般に何億年も生きる)の一生は少なくとも1ラウンド終わってます。地球の時間のおしりのたった0.1%しか生きてない我々の存在は本当に1ラウンド目なのでしょうか?
そんなのはSFネタだと笑う人は少なくともエラリー・クイーンのたてる大胆な推論と論理的な解決に快感を覚えたことのない人でしょう。では、火星の大気にはキセノン129という人工的な核分裂によってのみ発生する同位体が含まれており、自然に存在するウランの0.72パーセントしかないウラン235の放射線量が多い地域も2か所あるという事実をどう説明するのでしょう?人工的な核分裂というなら何者かが火星で核爆発をおこしていなくてはなりません。宇宙規模では隣の庭のような火星でそれがおき、現人類は誰も知らないのはなぜでしょう?その何者かが核によって絶滅した可能性を否定するにはその痕跡がないことを示す必要がありますが、悪魔の証明は困難です。NASAは沈黙しますが火星移住に実現可能性を示す明確な根拠がなければイーロン・マスクは計画しないでしょう。彼は斯界の最先端の科学者たちからヒアリングした結果としてこの世界が仮想空間でない確率は「数10億分の1」と語り、「シミュレーション仮説」(我々はコンピューター・シミュレーションの中で生きているとする説)の信奉者であることを明らかにしています。僕は科学者に話は聞いてませんが直感的なその信奉者です。なぜなら、未だ謎である「 “物質” と “生命体”との接合点」の問題を解く必要がなくなり、なにより、シンプルにイメージできます。何事も真実はシンプルだと思っているからです。
イーロン・マスクが正しいならば、地球上の生命は昔の理科の教科書にあったオパーリン説のように雷で誕生したのでもどこかの惑星や彗星から飛来したのでもなく、シミュレーション・プログラムを書いた者、すなわち創造主(または神、またはAI)の “作品” なのであり、そうである確率は(数10億-1)/ 数10億だからほぼ100%です。火星を舞台にしていた前のラウンド(ゲームソフト)は飽きられて “核戦争ボタン” によってデリートされ(リアルなゲームなのでちゃんとキセノン129とウラン235が発生)、新しいラウンドが今度は地球を舞台に始まっている。我々人類はスーパーマリオの登場人物のような80億個のキャラクターであって、ゲーム内の世界(我々が観測できている宇宙)は認識していますが、我々に認識できない場所からスクリーンで見ている者が我々のすべての行為、行動を操作しています。そんな馬鹿なと思われましょうが、その仮説と矛盾しない結果が1983年に米国の脳科学者ベンジャミン・リベットが行った実験により得られています。人間は何らかの行為をする0.5秒前に脳が筋肉に電気信号を送る準備をし、0.35秒前に行為をする意図に気づき、0.15秒前に行為をしようと思い、0.05秒前に行為を指示する電気信号が脳から筋肉に送られ、0時点で行為が起きることが実証されたからです。つまり、我々は自らの自由意志でその行為をしたと思っていますが、実はそうではありません。皆さんがスーパーマリオで遊ぶときマリオを動かそうとリモコンボタンを押しますが、押すのが常に先ですからマリオの意思決定を測定すればリベット実験の結果が得られます。
この実験を自由意志の否定と解釈するなら哲学者には大問題です。「人間は考える葦である」(パスカル)なる思想は自由意志の存在が人間の究極のよりどころと仮定して成り立ちます。人類史上もっとも疑り深かったと僕が考えている人物はフランス人のルネ・デカルト(1596 – 1650)であります。彼は見えているもの全部を積極的に疑いまくって、最後に残ったものだけを真実と認めました。そのひとつが「我思う、ゆえに我あり」です。「我」が誰かに「思わせられている」なら「我あり」は否定されます。すなわち、絶対普遍の論理的帰結として、自分は存在しないことになってしまう。哲学が素晴らしいのはこういうところで、数学だとX=1が解答としてそれそのものは何の意味も持ちませんが「我思う、ゆえに我あり」は誰もがわかることです。僕は哲学書を読み込む訓練をしておらず浅学の誤解があるかもしれませんが、命題はロジカルなのでわかってしまう。問題はそこに至る論拠ですが、デカルトは心(精神)と体(延長)は別物としながら両者は相互作用があると心身合一の次元を認めて矛盾します。数学だとここでアウトですが定義領域が数字より広い言語を素材とするのでそうならないのが違いという理解をしています。
現代人にとって大事なのは彼が導いた解答の正誤ではなく、論理こそ神の真理に至る唯一の道という方法論への絶対的な帰依です。これなくしてその後の科学の発展はなく、彼が考案したx軸、y軸の「デカルト座標」なくして我々が中学で学ぶ数学はなく、演繹法という論理が導く結論に対しては権力者がどんな大声で怒鳴ろうが脅そうが、静かにQ.E.D.(証明終了)である。これは帰依というより思想なのではないかという疑問はとても深いもので僕に語る資格はありませんが、少なくともそれなくして数学の問題は絶対に解けません。解けなくても生きてはいけますが、こと知識人である条件としてはその方法論への絶対的な帰依の有無は人間と猿の境界線のようなものです。
当時の人類でこの重みを知る人はほぼ皆無で、重みは教会で聖書や賛美歌にきく神の言葉だけにありました。そこで語る神官の頭に往々にして宿っている混濁、誤謬、邪念などが混入し真理には程遠い。よって神まで存在証明Q.E.D.の対象としたデカルトの「疑わしいものは排除」する精神は現代流にいうなら「文系的なもの」は真理の追及には無意味として除去であり、超理系的な彼は歴史学・文献学なども哲学界の先人の業績も一顧だにしていません。批判されましたがそれは論理というものが論理的でない人間には妙に見え、それに帰依した人物をまだ見たことがなかったということでしょう。
僕はデカルトの哲学は論理を「美しい」と感じる「美学」の裏返しと想像しています。ここだけは論理でなく、きれいな景色を美しいと感じ、そうでないなら感じないという何らエモーションのない空気のようなもので、いわゆるアプリオリな性質です。僕も受験勉強で論理(数学)が美しいと感じた瞬間があり、そこから思想も音楽の聴き方も変わった気がするので共感します。生きる知恵としては演繹のみを認めるデカルトよりフランシス・ベーコンのイギリス経験論がしっくりきますが(つまり非論理派だらけの人間界を論理だけで泳ぐのは困難と悟った)、それは多分に英国で6年厳しいビジネスをした経験からと思われます。父方は物理学者ふくむ理系寄りであって僕自身文系的なものはさっぱり興味なく、星を眺めた末に見えているものは信用ならないとなった自分はアプリオリにはデカルト派と思われますから、ベーコン派に転じたそのこと自体が「人間はアプリオリには決まらない」とする経験論を身をもって証明しています。
17世紀のヨーロッパを概観してみると、フランスはルイ14世の絶頂期でプロテスタントが弾圧され、イタリアではガリレオが地動説で宗教裁判にかけられたように、王侯、貴族、カソリック教会という “保守利権” の牙城でした。それは科学、数学、論理学なんぞとは程遠い “ド文系世界”であり、そこにルネサンスでエッジを得て進化しつつあった “理系の波” が押し寄せた結果、絶対王政、宗教、科学のバランスに変革が起き、市民革命への萌芽が生じた世紀です。1648年にパスカルの原理、1655年にホイヘンスが土星の衛星タイタンを発見、1684年にライプニッツが微積分学を発表、英国では1687年にニュートンが万有引力の法則を発表するなど科学に大きな楔を打ち込むほどの進展があり、音楽でも神の摂理を数学的な美で解き明かしたJ.S.バッハがドイツに現れます。バッハを単にキリスト教音楽と理解しているとわかりませんが、彼はルター派の教会音楽家で、ビジネス的妥協があったカソリック仕様のロ短調ミサ曲以外はプロテスタントの礼拝のためだけに書いた “理系の波” 派の人です。
こうした「理性」を輝かしいと思わない反知性主義の人と僕は根源的に交わりようがありません。ちなみに猫は猫の世界の理性があります。1億年も前から生存のために磨きぬいてきた畏敬に値するものだから、懸命にビジネス界で生存してきた僕は猫とはぎりぎりのフロントにおいて大いに共感しあえるのです。面白いのはそれを持ってない猫は見たことがありませんが人間はたくさんいるということですね。銀のスプーンをくわえて生まれただけという王侯、貴族にも知的な人はいましたが、その典型のカテゴリーと認識されました。そういう一族が権力を握り続ければヨイショするだけの三流人材が取り巻きとして栄えてしまい、集団としての人類は頭から腐ります。百年後にフランスで革命が起きて王族は罪もなく殲滅されたのは気の毒でしたが、絶対王政、宗教、科学のバランスが変革した帰結です。シミュレーション仮説からは人類を滅ぼさないためゲームの管理者が制御ボタンを押したのではないかと思います。管理者は人類を超える科学の所有者ですから人類を繫栄させるなら自分に近い資質を重視するでしょう。つまり「理性」を「輝かしい」と感じるルネサンス的人間を選別したのではないか。滅ぼされたブルボン、ハプスブルグ、ロマノフ王朝は文化を残してくれましたが民衆はそれで飯を食えません。全員を幸福にできるのは科学の進歩です。今後もそれしかありませんし火星移住もその内です。
僕は学校で法律と経済学はやりましたが、物理・化学も哲学も音楽も門外漢の独学です。それらをまとめてリベラル・アーツといえばもっともらしいですが下手の横好きともいえ、関心という尺度なら圧倒的に後者であり、無関心な前者で飯を食っています。どうしてこうなったんだろうとアプリオリの自分、コンピューターならディファクトのOSに関心をいだき先祖のルーツを調べましたが、それを考えるのは自分のOSでしかなく、先祖がどうあろうと答えは鉄の匂いが好きだった自分の中だけにありというなんでもない結論に至りました。「我思う、ゆえに我あり」です。この言葉を学校で教わってもわからないのは、わかるはずのないものを知識として教えてしまう学校の勉強でOSがバージョンアップすることはまずないからと思われます。僕のそれがフル稼働したのは明らかに20才あたりです。バージョンアップすることはついぞなく、下降の一途で今に至ってるのに今の方が賢いと思える。うまく書けてるんですね。
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小池都知事の英語力を判定する
2024 APR 20 1:01:49 am by 東 賢太郎

英語がうまい人を「ぺらぺら」という。この語は漱石が「坊ちゃん」に使っているから古い。ぺらでもべらでも構わないが、要するに何を言っているのかわからないものの擬態語だから犬のわんわんに等しい。猫と会話できるなら「あの人、猫語にゃーにゃーだよ」という感じだ。我々は誰しも日本語ぺらぺらだがそれ以上でも以下でもないように、外国語もぺらぺらだからその国の大学を卒業できるわけではない。
政治家に必要な英語力なるものは、相手を動かすための複合的なパワーである点でビジネス英語に似るだろう。その観点からすると、動画で見る小池都知事の英語はうまい。政治家の中なら偏差値70だろう。発音のそれっぽさという点でも余裕で使いこなしているという点でも間合い・抑揚という点でも、ネイティブと相当な時間を費やさなければこうはならないと断言できる。しかし、とすると不思議なのだ。なぜカイロ・アメリカン大学からカイロ大学に転校したのだろう。学問的意図かというとそうも思えない。前者は米系私立大学で英語だから頑張れば卒業できたかもしれないし、そうしていれば何の問題もなかったわけだ。両校の違いを知る日本人は多くないだろうから、もし箔をつける目的だったならあまりリスクリターンの良くない選択だったように思える。
とすると「女帝」にある以下の仮説がより説得力を増す。中曽根総理とコネのあった父親が現地でそれを使い、エジプト政界有力者が “面倒を見よう” となった。軍政下だから大学は従うため、有力者のお墨つきを得れば「卒業」でも「首席」でも大学は否定しない。よって日本で自信をもってそう発表した。お墨だけだから卒業年月日はない。したがって、それのある名簿に載らない。卒業証明書も出しようがない。しかし有力者の決定を覆せないカイロ大は卒業していないとは言わない。よって、消去法的に、「カイロ大を卒業している」のだ。
だから2020年に日本で「嘘だ」と騒ぎになっても証明書は出なかった(よって「困ってるのよ」となり、今の偽装工作問題になっている)。2022年に小池氏はカイロ大学を公務として訪問し歓迎されているが、喉から手が出るほど欲しいはずの卒業証明書をなぜもらってきていないのかもそれなら説明がつく。押しても引いても出なかったのならカイロ大は政治に配慮しつつも学府の矜持は守ったことになる。小池氏が声明文を自作したとしても大学は自らが書いたとは言わず、エジプト国家(大使館)が裏書するだけだ。しかし大学も偽物だとは言わないのだから、「卒業がなかった」という証明は物証からは難しいのではないか。
この有力者の後継者が現在の有力者で、小池氏が日本国でODA等に関わる権力を握ることはエジプト政府にとって格好のポジションだから、私文書偽造罪で裁判になれば2020年のお手盛り声明を大学もが追認して救い、しかし卒業証明書は出さないまま小池氏の弱みを握る政略に出る可能性は否定できない。となると、法律違反であろうがなかろうが、それ以前に、小池氏が政治家でいることは日本国のリスクであるという主張には反論が難しくなる。岸田氏がアメリカ盲従なら、小池氏はエジプトのそれになるかもしれないという疑念は否定できなくなるからである。
この事態をまねいた種は小池氏が自らまいたものだから自分で除去するしかない。ただ、マスメディアにも責任がある。エジプト留学帰りだ、要人のアテンドもしてる、きっとアラビア語は堪能なのだろう。ここで彼らは「ぺらぺら」だけで海外の大学を首席卒業できると本気で信じたか、疑いはもちつつも商売として祭り上げたか、いずれにせよ彼女をキャスターに起用するなどして囃したて、様々なストーリーをまつりあげ、その国民的人気に乗じて政治家が群がってくることで『小池百合子というキャラクター』を国民の脳裏に植え付けることに成功したのである。それは小池百合子その人ではない。彼女に似てはいるが画面上だけに存在するバーチャルなイメージである点、ボーカロイドの初音ミクや、そらジローや、チコちゃんや、ひこにゃんや、くまもんや、つば九郎のようなものだと考えた方がわかりやすい。
小池氏を揶揄するわけではない。その現象はフランスのマルクス主義理論家、哲学者、映画監督であったギー・ドゥボールが看破した「スペクタクル」であるといっている。ここで詳述しないが、彼の著書によれば「社会」はマスメディアが生成して拡散するイメージ(表象)が支配し、イメージの集合体としてではなく、それが媒介する人と人との関係のことをいうようになる(もちろん政治もだ)。発刊は1967年だが半世紀を経て世界はまさにその通りの様相を呈している。トランプ大統領の出現はその象徴であり、小池百合子のキャラ化もその素地に根を張っている。だから彼女は選挙に圧倒的に強く、楽勝で東京都知事になり、キャラ化したら醜怪なだけの自民党議連のお歴々をぶっ飛ばせたのである。
もっと具体的に書こう。昭和のころ、銀幕のスターたちは映画館でしか顔を見ないにせよ、ファンには生身の人間として認識されていた。サユリストの間では吉永小百合はトイレに行かないという伝説があり、そう信じたいファンが多そうだなというフィーリングの伝播は “さもありなん” だという婉曲な形態でもって、彼女は半ばキャラクター化されてはいた。しかし、それがどうあろうと、昭和の世の中においては吉永小百合は早稲田大卒の女性であった。かたや初音ミクはというと、女性のようだが年齢も出身地も不詳であり、学歴はあるかないか誰も知らない。しかしファンにはどうでもいい。キャラクターとはそうした性質のものであり、それでも人気があって人が集まるのだから銀幕スターと何が違うのかということになり、社会も政治もイメージによってドライブされていくのである。それが「スペクタクルの社会」というものだ。我々はすでにその中に住んでいるのである。
つまり、これを世相の移り変わりであるとして、小池百合子は時代の申し子なのだで終わってはいけない。ドゥボールの「スペクタクル」は今も社会構造を根底から変えつつあるムーヴメントである。人気=権力であるという接合点を媒介して、日本の政界は芸能界と “同質化” した。参議院に芸能人やスポーツ選手が数合わせでいたのとは根本的に異なる、遺伝子交換に類するともいえるおぞましき交配現象がおきている。このままいけば、キャラで釣られる低学歴層が多数派になって国を動かし、とんでもないポピュリズム政権が誕生して独裁者が日本を破滅させかねないし、民主主義の手続きを経ながら日本を共産主義国家にすることだって可能だろう。
いま、大手メディアは報じないがネットメディアが取り上げている小池氏の学歴詐称疑惑を見るにつけ、僕はちょうど10年前に社会を騒然とさせたもうひとつの「キャラクター」を思い出している。それは、内容こそ違えども、「外国に渡って外国の利害に知ってか知らずか関わってしまい、日本を舞台として日本において利用されたと思われる女性」に関わるものであった。これが当時の稿である。
小保方さんはハーバード大学に留学した女性科学者であり、安倍内閣の「女性が輝く社会づくり」キャンペーンの花形であり、電通やマスメディアによって割烹着を着せられてテレビに登場し、「STAP細胞はあります」と世界を驚かせる論文をNature誌に発表した。日本人女性初のノーベル賞か!と報じられて世間の耳目を集め、あっという間に国民的キャラクターにまつりあがったのである。ここが小池氏のデビューと重なる。
当時、僕の関心は、セルシード社の株価がNature誌掲載と同時に急騰した裏にあると感じた不正取引(らしきもの)を調査することにあり、専門外のSTAP細胞に関心はなかった。ところが、しばらくして、小保方氏の論文にデータ改竄が見つかり、ハーバード留学も単なる数か月の短期ステイであり、密室での実験の結果STAP細胞は再現できないことが、これまた大々的に報道された。
科学の姦計と証券市場の姦計。実は「その両者が日米にまたがった同一犯の仕業である可能性がある」と指摘したのが上掲ブログと一連の補遺だ。胴元は米国だからだろう、本件を当局は捜査しなかった(と認識している)が、その帳尻は魔女狩りの如き小保方さん叩きによって合わされたかに見える。とすれば彼女は科学者としての心得の是非はともかく、巨悪に利用されて贖罪させられた犠牲者であるとも考えられる。同稿は毎日数万回ペースで読まれて多くの方の知るところとなり、不審なファイナンスが中止になるなど、天下の公器である証券市場が詐欺師に悪用されるのを抑止する一助にはなったと自負するが、後味はけっして良くはなかった。
小池氏が現況をどう打開するのかはわからないが、違法性があるとするならそれが立証されるか否かの可能性は既述のように思え、畢竟、最後の審判は有権者にゆだねられるのではないだろうか。僕は小保方氏の科学者としての心得についてだけは厳しく批判した。嘘となりすましの横行は国の幹を腐らせ、日本をますます衰退させるだろうが、真実・真理をひたすら追求するはずの科学者がそれに淫する図を見せられて心底衝撃を受けたからだ。政治は必ずしも真実・真理に基づいて行われるものではなく、国家の安泰と国民の幸福を得るための方策が何かは自国だけの都合で決まるわけでもないが、憲法が定める国民の多数決だけで常に最適解が出てくるわけでもない。それを導く叡智があり、その実行力を有し、正義に忠実な人が望まれる。国民はそれを審判するだろう。
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シューベルト ピアノ・ソナタ第4番イ短調
2024 JAN 13 23:23:04 pm by 東 賢太郎

「知識人の生態」はお読みの方も多いと思うが面白い書だ。西部邁氏はそれを①インテレクチュアル(真正知識人、村はずれの狂人)➁インテリジェント(似非知識人、勘定者)③インテリゲンチャ(政治活動家、口説の徒)に分類する。そして「人は金を儲けるとか、栄誉を得るとか、社会の風波のなかで自己を主張するとかいうような種々様々な目論見をもって知識人であるのではない。人は自分自身のために、自分自身にもかかわらず、自分自身に反してどう拒みようもなく知識人なのだ」とオルテガを引用し、「真の知識人への傾きは、知識そのものを超越せんとする知識を求めることにほかならぬ」と説いている。想像になるが、西部氏ほどの方がああした最期を選ばれるほど救いようのない日本への絶望というものは、知識人が➁の馬鹿ばっかりになってしまい、元からそればかりである権力者に輪をかけている現状への歯止めになりようがなくなった①への絶望ではなかったかと考える。まったくの同感であり、それこそ本来は西部氏が日本を救えた極めて少数の本物のインテレクチュアルであったことを示している。氏がそれを断念して自ら世を去ってから6年が過ぎた。ご懸念されたことは面妖で腐臭がただようほど如実になっている。日本人は平均収入がシンガポール人の半分もない貧乏人になり下がり、政治は沈む船の一等船室を争う君側の奸だらけ。被災した能登は40億円、ウクライナには10兆円も出す総理大臣がアメリカに国賓待遇で呼ばれて悦に入る。京都の人の「先の戦」は応仁の乱だがこれは内乱だ。国家の危機となると唐に占領された白村江の戦までさかのぼる。いま、日本国は奈良時代以来、最大の国家的危機にある。
自分の生活は➁の集団の中で、自分もいっぱしの➁であることによって贖われてきた。西部氏はそれを知識を切り売りする売春婦とされるが、やってる張本人として断言しよう。これまた、まったくその通りだ。それでも資本主義社会において家族、仲間、猫を守る方便としては甘んじるしかなかった。だから、本来はショーペンハウエル派で “浮き世” にあまり関心がなく、孤独だろうが村はずれの狂人であろうが①でいたい自分という人間はどこかで「精神の均衡」を整えるしかない。長年クラシック音楽にのめりこんで過ごしてきたのはそれもあったかと自己省察を与えてくれる書でもあった。僕は歌を歌ったり楽器を演奏するなどして他人に聞いてもらおうという自己顕示の衝動はまったくない。天文学者か医者になりたかったのは恒星の物理や人体の組成を研究したいサイエンティスト的衝動があったからで、神学には向いていたかもしれないがあまねく人為性の物事に関心はない。人為で唯一の例外が音楽だったのは、研究しても僕の能力では不可知のものがそこにあり、宇宙や人体の神秘に通じることを悟ったからだ。こういう生き方において➁や③というものは、それになることはおろか接するのもおよそ時間の無駄であり、こと音楽鑑賞においても①である以外に居場所はない。
今年の正月は日本国を大きな事件が襲った。疲れた。そういう時になにくれとなくピアノに座る。譜面台にあったシューベルト「4つの即興曲D899」第1番ハ短調を弾いた。といってもたどたどしい。上手な人に弾いてもらうほうがいいにきまってるが、鑑賞が目的ではない。そこにはピアニストという彼、彼女が介在してしまう。人間だからどんな名人であれ主義主張や感性が合うとは限らないのだ。いっぽう、音楽を紡ぎ出さずにはいられなかったシューベルトには「そうしなくてはおれない何か」があったと僕は信じている。ただただ自分自身のためにどう拒みようもなく書いたがそれが何かは語っていない。それを僕は知りたい。直接本人に訊ねるしかないではないか。
シューベルトが4つの即興曲D899を書いたのは病気で命を絶たれる前の年、1827年だ。死因は水銀の中毒が引き起こした神経症とされるがそれは当時のパラダイムにおける病名で、現代では腸チフス説、水銀中毒説、梅毒説がある。梅毒に罹ったことは確実のようであり、水銀は当時はその治療薬として処方されていた。それが最先端医療だった時代の記録から真相は量りようがないが、大元の原因は第3期に至って症状が軽重をくり返していた梅毒であり、最期に腸チフス(のようなもの)を併発したのではないか。
神経症とされたほど変調のあったシューベルトの精神状態がどう作品に投影されたかは興味深い。同じく梅毒説が確定しているロベルト・シューマンは交響曲第2番、チェロ協奏曲において、作曲の構造上にまでは及んでいないが、僕の感性では曲想に明らかに変性があり、病が理性の領域まで至ったと思われる痕跡が垣間見えて心が痛む。作品番号を付すことが控えられたヴァイオリン協奏曲でそれはついに構造にまで至る。彼は梅毒後期の精神障害に至って死んだと思う。シューベルトにそうしたことが起きていないのは僅かな救いに思えるが、D899第1番ハ短調の曲頭のハ短調から変イ長調のテーマになって目まぐるしくおこる調性の変転は、彼の個性ではあるがそれもあるかもしれないと感じた。あくまで弾いてみてのことだ。これはソナタの第2主題ではない。調性の旅路が変イ長調に戻って不意に現れる天上界の浮遊みたいな8小節にいたっては、これを第3主題と呼ぶかどうか不毛なことを悩む前にソナタと見るのをやめようとなる。本人もそう思ったので呼ばなかったのではないかと思うが、そんなものを捨ててもこれを書かざるを得なかったところにシューベルトの心の真実がある。以前にも述べたが、これはぞっとするほど、天使が妖艶に化けたかのように異様に美しい。何の前触れもなく不意にぽっかり現れて陶然とさせるが、弾いてみると、右手の4つにたいして、左手は6つで、これは僕には「魔王」の右手のアレに聞こえる。悪魔が潜んでいる。
こういうものはもしかしてショパンにインスピレーションを与え、同じ調のワルツ第9番のような曲、やはり漫然と弾けばなんでもないが、アルフレッド・コルトーがやったやり方、彼以外はひとりもやらないしできもしない風な弾き方をされると初めてそうかもしれないと気づくのだ。しかしショパンは一見散文的にみえるがそこまで逸脱はしない理の通った感性の男で、シューベルトでは予想もつかない霊的な現れ方のものをひとつの書法として個性にしてしまった。D899第1番の2つ目のテーマは、気紛れじみているが絶妙に置かれた伴奏音の導きによる色、明度、光彩のうつろい、グラデーションであって、それに添ってあるときは悲嘆に胸を絞めつけられ、あるときは諦めで沈静し、あるときは希望を見て安堵の歓喜を歌い、あるときは絶望に恐れおののいて絶叫するといった人間の弱くて脆いものが赤裸々に投影されてゆく。背景では冬の旅、魔王、ドン・ジョバンニ、運命が通奏低音のように蠢いている。こういう音楽を書いた人間はかつて地球上に存在した何百億人の人類でも彼しかいないのだから、その根源が病気であれ生来の性格であれ、それがシューベルトなのである。実働15年ほどで1000曲もの作品を書き音楽史にこれほどの大きな足跡を残したのに、与えられた人生はモーツァルトより4年短く享年は31才だった。
では31才のベートーベンは何をしていたか?聴覚が減衰してゆく端緒期にあり、運命の暗い淵を予見して自殺まで考えることになるが、それでもジュリエッタ・グイチアルディという女性に恋して月光ソナタを書いていた。後世は彼を不毛の恋多き男として描くのがステレオタイプとなっており、たしかに多情と思われるエピソードは目立つ。ただ、それはモーツァルトの劣情を殊更に面白がるのと同様に彼らの音楽創造の根源を理解するのに何ら重要でない。男は一皮むけばみなそんなものだからである。大作曲家の肖像画は聖人君子のようだが、そういう理解は絵本で笑っていたヒグマと友達になれると信じるようにうぶなものだ。女性、フェミニストにはご理解を賜りたいが、ベートーベンの多情は逃げようのない病魔からの逃避でもあったと思う。女性に好かれようとふられようと難聴はじわじわ進行して彼を恐れおののかせ、何であれそこから逃れるための夢中になれる時間は大事だったのである。
いっぽう、シューベルトには失恋した幼なじみテレーゼ以外に浮いた話がほとんどなく、身体的コンプレックスもあり女性にモテなかったようだが、それがあっても十分にモテたモーツァルトがいた。当時の寿命や医療環境を鑑みても35才で急死したモーツァルトの短命感は否めず多くの疑念、憶測を呼んだわけだが、31才のシューベルトの死にはそれもない。彼がモーツァルトほど著名でなかったせいはあるが、梅毒罹患という事実はサークル内外で周知だったと考えれば辻褄が合う。気の毒でしかない。ロベルト・コッホによって細菌が病原体であることが証明される半世紀も前であり、何に呪われているのか知らなかった彼は自分の体に日々おこる得体の知れぬ変調に悪魔の所業を見たようにおびえたに相違ない。この一点においてはベートーベンは先達の巨人であるばかりでなく同胞でもあり、音楽をもって病に打ち勝った英雄は思慕と尊敬の対象になったろう。だから彼は先人のスコアに学び、演奏という一過性の行為以上に作曲という時を忘れる高次の思索的行為に没頭していったと思われる。シューベルティアーデは友人たちが用意したハレの場でそればかりが有名になっているが、彼の内面をわかる者はない。病とは孤独なものだが死はもっとそうだ。彼は常にピアノに向かって作曲することでおぞましい現実から意識をそらすことができたのだ。健康であり、ハレの場で楽しいばかりの人生だったなら彼にとって喜ばしいことだった。しかし、後世に生まれた我々は珠玉の如き作品群を耳にできなかっただろう。
以上はあながち空想でもない。僕は54才にして水疱瘡にかかった経験がある。40度の発熱と共に体中に発疹がびっしりと現れて顔面まで痣だらけになった。自分に起きてしまったことは理解したし薬ももらったが、あまりの姿に鏡の前でぞっとした。もしあのままだったら今の人生はなく、その恐怖が後にパニック障害の原因となったかもしれないが、それも含めて我が運命だったと了解するしかない。ただいえることは、多くの人が語っているようにこの「内なる悪魔」は恐いということだ。説明してもわかってもらえないからさらに孤独に追い込まれもする。それから逃げるためきつい仕事をしているのかと問われても絶対に違うとは言い切れない。現に、結果論として、怠惰な僕が会社を14年存続させてきたし、カミングアウトした長嶋一茂氏は空手のチャンピオンにまでなられた。命にかかわる病ではないから長い目で見れば「おかげ様で」になるかもしれないという意味で運命であり、もはや人生の一部になっていると考えるしかない。
話をベートーベンに移そう。僕は彼の性格のあれこれや行動の一部はパニック障害に由来したかそれを誘発したと考えており、交響曲第5番のような闇から光へという性質の音楽創造には「おかげ様」の寄与があったと信じている。経験者として語らせていただくなら、作曲家の聴覚喪失という想像を絶するストレスがそれをもたらさないほうがよっぽど不思議であり、20世紀にそれが病気として分類されるまでは「性格」とされ、天才なのだからさもありなんとされてきただけだろう。レッスンで意に添わない弾き方をする弟子の肩に噛みついても「癇癪持ち」と記録されてきたわけだが、2百年前の人類はそれが普通だったという証拠もなさそうである。そのような症状の発現を彼の完全主義、コーヒー(カフェイン)依存が助長し、毎日昼に1リットルのワインを飲むというアルコール依存に陥ることとなったが、それでも作曲家を続けられたのだから誰も病気とは思っていない。たぶん、それは誤りだ。なぜなら作曲に没頭すること自体が最高の薬だからである。専門家のご見解はいかがだろうか。
そんなことが彼らの音楽創造の根源を理解するのに重要かという議論はあろうが僕は肯定派である。助平という男性一般の性質をモーツァルトが発揮しても何の特殊性もないが、これは特殊であって精神の産物である音楽の創造過程に影響なしと言い切る根拠はない。かような考察を巡らす精神こそ西部邁氏が「知識そのものを超越せんとする知識を求めることにほかならぬ」と看破したもの、すなわち “インテレクチュアル” な人間の実相である。拙稿の読者はみなそれであろうし、そうあろうと思う若者は学べばいい。そこでご紹介したいのがアンドラーシュ・シフが20年前にウィグモア・ホールで行ったベートーベン・ レクチャー・リサイタルのビデオだ。僕のような聴き手、すなわち、作曲家の遺伝、学歴、職歴、性格はもちろん経済状況、恋愛歴、病歴までもが創造の根源に関与したはずだという観点から楽曲を知りたい者にとってシフのレクチャーは価値がある。彼は譜面を音化するだけの達人ではなく、なぜベートーベンがその音をそこに置いたかを膨大なレパートリーの記憶から知的に考察し哲学する音楽の “インテレクチュアル” だからだ。
弾いた人しか知り得ないものが多々あることがよくわかる。音楽を語る、評論するという行為は文さえ書ければ小学生でもできるが、例えばスポーツにも経験者でなければわからないことがある。「ホームランの感触は?」という質問は答えようがない。やった人は知ってるが硬式球は芯を食うと「無感触」なのだ。そう答えるわけにもいかず困った選手は「最高で~す!」と絶叫、スタンドがワーッとわく。これは素人界だけで成立する一種の芸、出し物である。これと変わらない出し物でバッジを維持できる国会議員という芸人。裏金で全員逮捕だ!でスタンドを沸かせるだけの地検特捜部。無知な素人をだますだけの日本国劇場が末期に近づいていることを見抜いた西部氏の慧眼には敬服するしかない。クラシック界でも楽譜も読めない評論家がホームランの感触の類を素人に語る芸が商業的に成立していた時期があったが、レコ芸とともに消えた。シフがいうところのサイエンティストである僕には何の関係もない。そのシフのレクチャーだ。英語だがとても分かりやすい。
第27番ホ短調作品90をお聞きいただきたい。
26番と27番の間には5年の中断があると語っている。弟カールの死にまつわる家庭問題と借金、結婚への望みが絶たれたことによる失意のストレスで補聴器を使っても会話困難になるほど難聴が悪化していたスランプ期だ。1813年、イギリス軍がフランス軍に勝利したことで書かれた「ウエリントンの勝利」は時流と昂揚に乗って欧州各地を演奏して回って稼ごうという西部氏いわく➁(勘定者)の活動であったが、それと精神の均衡を得るための①の活動であったと思われるピアノソナタを翌1814年に着手した。満を持した新作27番は速度表示等をドイツ語表記にし2楽章に凝縮した書法による創意と革新にあふれた作品となり、本作を後世は「ベートーベン後期の入り口の作品」と評することになる。その年に17才だったシューベルトは、作曲の先生サリエリに「君の作品はハイドン、モーツァルトの真似ばかりだな」とこきおろされて悩んでいたのであり、27番に注目しなかったはずがない。
27番の第1楽章はこう始まる。
(楽譜1)
シューベルトにはこれと同じリズム、同じ fとp の対話でいきなり主題から始まる曲があるのをご存じだろうか。ピアノ・ソナタ第4番イ短調 D 537だ。これが出だしである。
(楽譜2)
さらに27番を見てみよう。第2楽章はこう始まる。
(楽譜3)
なんという喜々とした、歌に満ちた素晴らしい音楽だろう!シフは「巷ではベートーベンは歌が書けないというが、誤りを認めねばならないだろう。これはまるでシューベルトだ。ベートーベンが先だけどね(笑)」と語っている。まったく同感だ。僕は楽譜3が好きでよく弾いているが、そのたびにアレに似ているなと感じる。旋律など外形がではない、雰囲気、気分、スピリット がである。
それがシューベルトのピアノ・ソナタ第20番の第4楽章だ。これだ。
(楽譜4)
20番はシューベルトが亡くなる直前、1828年に書かれた白鳥の歌だ。ところが、この第4楽章はある若書きのアレンジであることが知られている。
ここで再びソナタ第4番が出てくる。その第2楽章なのだ。これだ。
(楽譜5)
野原を一歩一歩ふみしめて散歩するようで、20番とずいぶんイメージは違う。しかし明らかに楽譜4と5は同じ旋律である。しかもこちらはホ長調でありベートーベン27番と同じだ(20番ではイ長調になっている)。
つまり、シューベルトはベートーベン27番を研究し、そこからのインスピレーションでソナタ4番を書いた可能性がある。27番は1814年、4番は1817年と作曲時期も平仄が合っている。ちなみに楽譜1、2は「ウエリントンの勝利」第1部の最後、フランス軍撤退のテーマだ(短調にアレンジされたマールボロ行進曲)。
1817年!ここで重要な指摘をしたい。シューベルトの人生を破滅に追い込んだ忌まわしい過ちのことだ。その年、彼はエステルハージ候のハンガリーの別荘に招かれ令嬢たちの音楽教師をして素晴らしい時を送っていた。フリーランスとして初めて報酬をもらい、ペピという29才の女中と関係してしまった。そこで梅毒をもらったのである。1818年の出来事だ。
自分はもう生きられないだろう。万感の想いをこめて書いたであろうピアノ・ソナタ第20番。それを締めくくる楽章で10年前の、まだ健康で歓喜に満ちていた日々を回想した。彼の心に去来したものは知れないが、そこには罪も恨みも後悔もない。聞こえるのはただただ素晴らしい歌だけだ。
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メタバースとウサギ狩り(猫と人の場合)
2022 FEB 9 18:18:54 pm by 東 賢太郎

2年も家にいたもので、身体じゅうがばきばきだ。凝ってるなんてもんじゃない、固まってる。毎週マッサージに通うことにした。かかりつけのHさん(女性)が「思うんですけど、東さんお肌きれいですよね」ともちあげてくれた。「そう?オレ67だよ」「えー?」なんてお決まりの会話があってふと考える。これって「50」だったんだよなぁ。
帰りに腹がへった。13時半だ。ふらっとラーメン屋に入ると、いつも混んでるのに客がひとりもいない。カウンターに座ってそうかと思い、一番高いのを注文した。親父はいつもながら愛想がない。もう今日はあきらめて閉めるんだろう、無言で暖簾をおろしに外に出て、戻りがてら「どうぞ」と水をくれた。スープの塩梅がいい職人だ。「ごちそうさま」を言って出た。
家でこれを読む。面白い。國分功一郎氏はここで「退屈」を哲学している。「ウサギ狩りに出かける人を不幸にさせる方法がある。ウサギをあげることだ」。彼はウサギが欲しいのではない、狩りに夢中になって退屈から逃れたいのだ。ショーペンハウエルいわく退屈は人間の敵で、その恐怖から人は社交にいそしむ。社交はもともとしない僕は、だから、退屈してないか、しても怖くないかだと思っていた。ところがこの本によると持って生まれた能力を使わずにいくら衣食住が足りても退屈は退治できない。とすると、もう能力全開で生きてない僕は退屈男であって、ゆでガエル状態で慣れちまってるだけかもしれない。おかげで、じゃあ何かやってみるかという気になってきた。身体は落ちてるから運動はやめとこう。でも頭は大丈夫だ。落ちてないからでない、十分に落ちてるのでたぶんそれに気がつかないからだ。
いっときパニック障害になった。大変だった。それを考えないようにしないとまたなってしまう。恐ろしいから意識をそらそうと闇雲に走ってみたり、鏡を見たり、どうでもいい電話をしたりする。でも、一番いいのは仕事をすることだったのだ。それも一番、めんどうくさくて嫌なやつを。そっちに意識をやって懸命に何事もないように時間をやりすごす。なんだ、俺は人生の時計を早回しする為に生きてるのかなんてことになった。
猫はどうなんだろう。テレビ番組で「猫って鼻がいいんですね」なんて驚いてる。人の1万倍らしい。その嗅覚で獲物をみつけて追っかける。逃げ方を予測して最適な方向に最適な速さで加速する。カーンと打球音でぱっと足が出る外野手みたいだが人間は何千回も練習しないとできない。猫はすぐできる。こんなことができるAIはまだないらしい。そんな猫なのに、つかまえても食えないと知っている玩具にじゃれる。親からもらった能力を全開にする喜びに浸りたいからだろう。家猫はエサが出て楽だなんて言ってはいけない。ウサギ狩りの猫にウサギが出ているだけ。退屈なのだ。
いまメタバース空間について考えている。もちろん事業としてだ。事業は哲学だとつくづく思う。考える葦しか成功しないからだ。GAFAのオーナーもイーロン・マスクも成功要因は創造だ。そのことがいかに重大かって、マスク氏の個人資産はトヨタの時価総額より大きい。創造はオンリーワンである。だから成功する。それを聴覚なしでしたベートーベンは記憶から音を選んだ。選んだのは心の耳だ。耳は変わらないから記憶が多い年寄りの方がいい種目もあるだろう。そう考えることにした。2年は大きい。コロナは体は固くしたが頭の中の時空は柔らかくした。仮想三次元空間。インターネットの収束先は間違いなくそこだ。これは割と性に合う世界だがまだ頭に回路がない。ちんけな創造に終わるなら時間の無駄だ。でもそれが僕の全速力なら退屈はしのげるご利益はある。無駄なのに。なんだ、ウサギ狩りに出るんだ。
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差別はする方が猿なみである
2020 JUN 8 12:12:54 pm by 東 賢太郎

僕がラヴェルやモーツァルトが好きだからといって、白人至上主義に組しているわけではないことを示すのが本稿の大きなテーマである。
ジョージ・フロイド事件は南北戦争以来くすぶっている米国の黒人差別問題がオバマ時代を経ても収まっていない現実を世界に知らしめ、社会問題として各地に伝播しつつあるが、実は多民族国家の米国だけの話ではなく、「多勢に無勢」が「いじめ」に発展するのは実は人間の万国共通の悲しい性(さが)であるというもっと根深い本質が背後にある。形を変えて大なり小なりどこの国にだってあることなのだ。わが国では古来より「長い物には巻かれろ」と教える。「長い物」に正義があるかどうか哲学的に論じようではないかということではなくて、単に少数派になるといじめにあうからやめとけという処世術だ。
「白人」という言葉は「東洋人」がそうであると同じほど曖昧であるので、ここでは「キリスト教徒である白人」と限定しよう。19世紀から現代に至るまでの2世紀をその白人が(他の白人の力も使いつつ)実質的に地球を支配したと考えるのは、事実か否かを問うのは困難としても否定してかかることも同じほど困難だから認めるしかない。その2世紀はアメリカ合衆国の台頭、隆盛の歴史とほぼ重なり、どの国であれそれ抜きに歴史の教科書が地球史として客観性を保つとは思えないという妥協でもある。しかし中世の暗黒時代の白人にはその片鱗すらないのは皆さまが世界史で学ばれた通りだ。高度に知的なギリシャ文明はアラビア語世界に知識、文献として保存されていたし、武力ではモンゴル人が戦火を交えた白人をことごとく殺戮してロシアを征服し現在のバルト三国の地域まで死の恐怖に陥れていた。古代に遡れば中国文明に羅針盤、紙、印刷術、火薬など現代文明の利器の源流があり、智においても力においても白人が絶対優位だなどという証拠はどこにもない。
ではなぜ今そうなっているかというと、ルネッサンス運動による哲学と科学の探求、それを個人にミクロ化することを可能にした市民革命、そしてそれらの最大の果実となった産業革命による資本の蓄積において未曾有の成功を遂げたからだ。それは疑う余地もなく人類史における白人の巨大な業績ではあるが、といってそれだけで永遠に優位で居続けることを保証する能力の優位性の証明にはならない。多くの白人は否定すると想像するが、その自意識に合理性がないことは上述のとおり歴史が証明しており、白人支配が続くことに正義を認めるのは白人だけである。ということは、後述するが、合理性、正義なき優越感は差別を生む元凶であるということを論理的に意味しており、彼らにとってジョージ・フロイド事件が不幸なアクシデントだったのは、それが満天下に証明されてしまい、世界の隅々に殺人場面までが放映され、格別の反差別主義者ではないが人道主義者だ平和主義者だという世界の広範な思想の人々をも動員してのムーヴメントに発展してしまう兆しになりかかったことだ。
ここで僕が歴史の視点を学んだ本をご紹介する(既読の方も多いだろう)。人類はひとつの生物種ホモ・サピエンスであるという歴史観から世界史を宇宙の創造からの地球史として書いたハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells, 一般にはH.G.ウェルズ、1866 – 1946)のA Short History of the World (1922)(邦題『世界文化小史』、講談社学術文庫)である。一言で評するなら小説みたいに易しくエキサイティングな世界通史だ。我々が学校で教え込まれている民族や国家という視点が実は矮小であり、「日本は小さな島国」なる思い込みも自信の欠如も実はご無用であり、宗教がかった「世界国民」的思想ではなく、独善的利益追求のための醜怪なグローバリズムでもなく、ともすれば理論的な共産主義に近いがサイエンスに足場があることで同化はしない。ウェルズは英国人だが下層の出でオックスブリッジでも既得権益者でもなく、市民革命の恩恵で平等に得たサイエンスの知識でファクト(事実)に忠実に世界観を構築したと僕は想像する。
この書物が第1次世界大戦前に書かれなお命脈を保つばかりか新鮮ですらあることは、彼が1891年に四次元の世界について述べた論文『単一性の再発見』を上梓し、『タイム・マシン』を1895年に、『透明人間』を1897年、『宇宙戦争』を1898年に書いたSF小説の父であった豊かな想像力と無縁でないだろう。その視点は学問の府における歴史学の主流にはなっておらずこれで受験勉強することはあえてお勧めしないが、いずれ気づかれることだが、学校が教科書で教える世界観や知識は皆さんが現実の社会で生きていく羅針盤としては甚だ不十分なのである。歴史は人間が生存を希求した1万5千年余りの生々しい足跡であって、歴史学なる方法論だけで探れるものでなく、物理学、心理学、生物学、社会学、経済学、法学、医学、疫学、哲学、考古学、気象学、地質学、天文学、建築学、芸術、料理、軍事における戦略論、兵器の進化などを横断的に包括的に理解しないと全貌は到底理解も把握もできないことは留意されたい。
私事になるが僕が最も詳しい西洋史はクラシック音楽史だが、それとて作曲家の楽譜や手紙や文献だけをいくら研究しても全面的に「一面的」であり、例えば「モーツァルト家が借金まみれだが貧困ではなかった」証拠があるが音楽学者は合理的な説明を見つけていない。彼が戦時のオーストリア通貨の大インフレで「意図的にBSの負債勘定を増やす高レバレッジ戦略を採っていた」と僕が解釈するのは証券マンの眼で当然だよねとしか見えないからである。それが合理的なのだ。音楽学者に経済学や為替理論を学べという気はない。貧困に追い込まれて死を悟り悲愴なレクイエムを書いたという通説を否定しようと思えば職業的リスクの伴う人たちだから仕方ない。ましてモーツァルトは親父譲りで徹底して数字に細かく利に聡く、そもそもあの楽譜が書ける人がそんな馬鹿であるはずもないと主張すれば音楽学者という職業には就けないだろう。レクイエムを教科書通りに聞いて涙したい人の邪魔をする気はないが、都市伝説で自分史が塗りこめられたモーツァルトが気の毒だと同情するばかりだ。
歴史学を軽んじる不遜さは持ち合わせていないつもりだ。その学問ひとつをとっても人間が一生で習得できる時間はそれでいっぱいであり、上述のすべての学問の専門家であることは物理的に不可能だから横断的包括的アプローチは主流にはなり得ない。それだけだ。ただ我々は自分の学習と知恵でミッシングリンクを埋めていくことはできる。その日々の作業こそが「生きる」ということだし、そうして生きれば人生はいつも新鮮な発見に満ちているのだ。宇宙の創生から俯瞰すれば、自分という卑小な存在の生き様も人類史という壮大な大河ドラマもH.G.ウェルズ流に「理解」するのが自然と思うし、なにより素晴らしいのは、その視点に立ちさえすれば、誰もが、学校で赤点だろうが落ちこぼれようが、古めかしい学問という鎧をまとうことなく簡単に歴史を咀嚼して自分なりの歴史観、ひいては世界観、宇宙観を所有することができるということだ。
肌の色で能力が決まるわけでもなく人類史へのこれからの貢献には、人種によって参加資格を隔てる優劣があるとも思わない。
と僕が結論する勇気を持てるのは同書を楽しんで読めたからであり、そうであるならば、産業革命の余韻が終焉を迎えつつある21世紀初頭の今、もしかすると長く続いた白人優位は風前の灯火なのかもしれないという考えに、ヘーゲルのアウフヘーベンとして至ることも可能となる。ポスト・コロナは日本の時代などという卑小な手前味噌の話ではなく、5万年のホモ・サピエンス史のスコープで眺めてそう思えてしまう。進行しつつある米中のヘゲモニー闘争はその端緒かもしれないし、北朝鮮という人口2千5百万の貧しい東洋の小国が核保有しただけで覇権国アメリカと対等に渡り合い脅かしている情景は第2次大戦はおろかベトナム戦争時点でも想像できなかった。太平洋戦争時点で日本が核保有できていたという想像は、米国の核爆弾開発が同盟国ドイツから亡命した科学者に多くを負ったものであったことからして決して空想ではなく、白人の覇権というものがそう予定調和的でも盤石でもないことは明白だということだ。
すなわち、人種や国の優位性はその時々に変遷するもので、たまたま優位にある者が下位の者に懐く差別という感情には何ら合理性もなければ正義もないのである。まして自己の便益で奴隷として連れてきた人たちを200年もたってなお差別するような利己的で理性を欠く心性の者は、これから21世紀に生きていく人類が幸福に共存していく方向に逆行する人たちではないかと思う。人間や国家や条約や法律や規則の存在の合理性、正義というものは、個人でも一国でもない、ホモ・サピエンス全体の繁栄という視点でしかとらえられなくなるだろう。なぜなら我々はすでにポスト産業革命という新たな歴史の入り口にいるからだ。「合理性」と「正義」。このどちらも持ち合わせずに生きている者、いわば動物的な原理で動く者はものの必然として猿と変わらないという結論に達することを妨げないというのが僕の立場である。
駒場の教材だった「価値の社会学」(写真)は東大生になったと実感した難解さだったが、半分も理解できなかったものが今はわかる。名著であり娘に与えて読ませている。筆者、社会学者の作田啓一氏は後に我が国特有の「自虐史観」への対抗イデオロギーとして「侵略戦争の開始も含めて、何でもかんでも日本の戦前のあり方は正しかった、反省などする必要は全くないと主張する史観」を「自大史観」と呼んだが、「安倍晋三はこの史観を全面的に打ち出すイデオロギー内閣を作り出した」と第1次安倍政権時のご自身のブログに書かれている。第2次政権も作田氏の慧眼どおりに物事を進めているように思われる。ここでその是非は論じないが、そこに合理性と正義があるかどうかは皆様のお考えに委ねることにしたい。
差別者の発想のベースは、しかし、自大史観であろうと書いてもほぼ異論の余地はないだろう。そうでなければ他者を差別する自我に内的根拠がないことになるからである。どんな歴史観であれ100%合理的でないとまでは言い切れないが、それが正義か否かはいかなる文明においても不分明であるが故にどこでも差別は起こり得るのだ。長い物(強い者、戦争の勝者、ジャイアン)が歴史を書けるのは絶対的正義なるものは世のどこにも存在しないからで、宗教の戒律とて信者にとっては正義に近似的だが絶対普遍ではないから十字軍の虐殺は異教徒には正当化はされないし、原爆投下もしかりである。ジャイアン視点のドラえもんは書かれていないし、書いても共感されないだろうし、産業革命の余熱が冷める21世紀においては更にその傾向が強まるだろう。
私見では安倍政権が何をしようと国家の正義と合致し合法的であれば良しとするが、後者に該当しないと思われる事例が現れ(アンリ事件、検察官定年延長)、まして、国家の正義と政権の正義との乖離が客観的に観測され、政権がすべて正しく反省などする必要はまったくないという史観が暗にではあるが表明された時点において(男にはそれをやっちゃあお終いの一線がある)我が身の正義しか念頭にない政権として認識せざるを得なくなってしまった。このこと(国家正義に合致した正義のなさ)はノブレス・オブリージュが欠落しているということを自動的に意味し、貴族の資格のない者が貴族然と君臨している腐敗臭と不快感に富んだ印象を必然として与える。支持率低落の原因は、支持者だった穏健な保守層がその臭いの悪さを感じてのことだ。比較的アッパーなインテリであるこの層の去就が無党派浮動票の動静に影響力があることは2009年衆院選や都知事選の小池の乱で実証された。
ジョージ・フロイド事件が米国の極右、極左に利用され、暴徒が法を犯して更なる差別が助長される。それを連邦軍が武力で抑圧するのが正義ならトランプは習近平を批判できなくなる。政治の正義とはそれほど重たいものなのだ。その矛盾を解こうと聖書を持ち出したが、彼に宗教は似合わないばかりか選挙用パフォーマンスと見抜かれ、自由主義、共産主義を問わず長い物が正義という超イデオロギー的なガバナンス正当化ドクトリンにすがるしかない事においてはプーチンも金正恩も交えて似た者同士であることが露呈しつつある。彼らの視点はますます内政に向き、資本主義下ではせいぜい貧富の二極だった(それでもリーマン後の10余年で急速に進んで歪を生んだ)が、さらに変質して差別、被差別のニュアンスで二分される方向に行きかねない様相を呈してきたことを危惧するばかりだ。
皆さまが人種の壁の高さをどれほどご存知かはわからないが、16年海外でそれを俯瞰し体感した経験からするに、総じて日本人は性善説的であり害を及ぼさない限り外国人には優しい国民性だ。ただアジア人に対しては特別な感情があり、確たる理由なく日本人が上だという目線を持っている。明治時代の洋学修得と富国強兵の先行で国民がそう考えても仕方がない外形的実体があったことは事実だが、早い遅いと能力とは別個であり、目線の高さは遥かに度を越している。我が父親も世代一般程度にはその傾向はあり、僕もその影響と無縁に育ったわけではないが学問で理性は獲得できた。理由がないのだから自分は非合理であり、日本人が民族的に優位という考えを論拠とした正義は更に根拠がない、従ってそれで差別するなら俺は猿と変わらないと結論されることになり今はそうではなくなっている。
黒人(ケニア人)がルームメートだったことがある。一時のことで親しくつき合ったとまでは言えない。ありとあらゆることに驚いたが、KFCのチキンの食いっぷりは忘れない。白い大きな歯でかぶりつき、バキバキと骨ごと噛み砕き(その壮絶な音は今も耳に残る)、こっちが半分も終える前にショーみたいに数本の骨片が皿にきれいに並んだ。同じホモ・サピエンスといえ我々はあの野性を失って1万年はたつのだろうかとたじろぐ迫力であり、アフリカには棲めないと観念した瞬間だった。それでも我々は20万年前にアフリカにいた一人の女性(ミトコンドリア・イヴ)から地球上に生まれ、枝分かれして日本列島に来た者の子孫なのだ。科学がそう証言する以上日本が神話の説く特別な国ではなく、アジアの中で格別に神に愛でられ特別に優勢な遺伝子を持つこともなく、同胞への優位を示す上から目線には合理性も正義もないことを知るのである。
音楽の話に戻ろう。楽才はホモ・サピエンスだけが持っている才能の一部分である。白人の優位を否定してかかる僕の中でモーツァルトやラヴェルへの敬意も偏愛までもが解かれるかというと、それはない。その音楽に絶対普遍の価値があると思うことが必要十分条件で、そのことと彼らの肌の色や女癖やホモの性癖は何の関係もないという判断と一緒に白人優位否定は処理されるからだ。それは犯罪において「罪を憎んで人を憎まず」(罪刑法定主義)と同じ思想で「音楽を愛しても人は必ずしも愛さず」である。といって作曲家の属性を調べているのは人の脳への唯物論的関心からで、脳と曲との相関性の要因分析である。おそらく同系統の人たちがハイドンの遺体から頭部を盗みアインシュタインの脳を切り刻んだりしていたと想像するが僕は大学の法医学で見せられた変死体の写真で食事が困難になったからそっちへは行かなかった。
黒人が音楽でモーツァルトに劣るかというと、そればかりは何とも言えない。モーツァルトのような音楽を書き、演奏し、しかも彼に影響まで与えた黒人ジョゼフ・サン=ジョルジュがいたという雄弁な事実はこの稿にご紹介した。
だからといって、彼がモーツァルト級の作曲家であったとは作品を聴く限り断言する自信はないが、古典派の時代でも肌の色が才能の優劣を決定的に左右したのではなかろうというぐらいは表明できると思う。それが200年の時を経てジャズの時代ならどうか?今度は逆にモーツァルトが モントルー・ジャズ・フェスティバルでピアノ即興できますかという問いになる。
どちらも故人となったが、マッコイ・タイナーとボビー・ハッチャーソン(ヴィブラフォン奏者)のビデオをぜひご覧いただきたい。
このドイツでのライブ演奏会の楽興に、ジャズ好きであろうとなかろうと、二人の巨匠の尋常でない能力を否定できる人はいないだろう。ご両人とも「象牙の塔」仕込みでない叩き上げで、どうやってこの破格の作曲、演奏能力を身につけたかは謎だ。モーツァルトのそれは父親仕込みだが「学校は秀才を作るが天才は作れない」を地で行っている事に関して3人は同等に思える。もしも、この1時間22分の「JazzBaltica 2002」のチケットとウィーン国立歌劇場のドン・ジョバンニのチケットと、どっちかひとつあげるよといわれたら僕は真剣に迷う。
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見えている現実はすべてウソかもしれない
2020 APR 29 1:01:54 am by 東 賢太郎

見えている現実はすべてウソかもしれない。そう考えたのはアルトゥール・ショーペンハウエルを読んでいる時でした。急に閃いたのです。ただし、これから彼の驚くべき著書を読まれる方に誤解のないように書いておくと、彼は以下に述べるようには言っていません。あくまでこの尊敬する哲学者が弱冠30才で看破した宇宙の真相を僕が理解した限りにおいて、そこに僕の妄想が入ったものにすぎないのですがひとつだけある確固たる経験的な理由によって、この妄想にはけっこうリアリティーがあるのです。それを実感として味わえるのは日本人男性の100人に5人しかいないかもしれませんが。
僕はわからない色があります。それを妻や娘は「薄い緑よ」なんていいます。本当にそうだろうか?そう思ったのです。すべてはこの疑問から発しています。見えている現実ってなんだろう?同じものが自分と違って見えている人が世の中には確実にいる。それが僕にとってのまぎれもない現実であり、だとすれば僕はその人たちとは全然別個の世界を見てここまで生きてきたことになります。経験論者であると何度も書きましたが、それが「薄い緑」だとその人たちが口をそろえて認識するようには経験していないのだから、それ(お茶でした)は僕にとって、存在しないに等しいのです。
統計があって、僕のような人は男性で日本人に5%、白人に8%います。残りの95%、92%の人たちとどっちが正しいというわけではなく、緑色はいろいろあるんだと考えたら変でしょうか?僕らにとって、地下鉄の切符売り場にある路線図はただの迷路です。世界史年表の地図の色分けはもはやナンセンスで、それで大学入試は世界史を選択しませんでした。僕は95%の人たちが多数派であることをいい事に作りあげた埒のあかない現実にうんざりしていて、とうとう、この人たちは「95族」という自分とはまったくの異人種であるという理解に落ち着いたのです。肌の色や何国語をしゃべるかなんてことより、いまはこれがずっと本質的な人間の区分ではないかと思っております。色は光にはなく、脳内にあります。鳥は人間より多くの色が見えます。
僕の属する「5族」が95:5と圧倒的なマイノリティーなのは、人類300万年の歴史でその色の見え方が生存に有利でなかったことの残念な証明なのでしょう。赤緑を見分けたほうが有利なために人類は95族へと進化が進み、僕らはそれに乗り遅れた人種だったかもしれませんね。しかしそれなら、なぜ5族はネアンデルタール人のように絶滅しなかったのでしょうか。なぜ配偶者を得られたのでしょう(女性はほぼ全員が95族です)。本来は生存競争に敗れて絶滅するのが自然な流れだったのが、人類の進化上で何らかの有意な変化が起きて、色の見え方の不利を相殺した結果ではないでしょうか。
例えば、我々の遠い祖先が猛獣を避けるために樹上生活をしていたころ、緑の葉っぱの中の赤い実を見分けてすばやく食べるには5族は明らかに不利です。しかしやがて人類は火を使って猛獣を追い払い、地上に降り立ちます。二足歩行して両手の自由を獲得し、狩猟や農耕による社会に移行します。赤い実を探す能力は生存の決定的要件ではなくなったから生き残れたか、あるいは、逆に樹上での逆境をコミュニケーション能力で補っていたのが5族とすれば(仮定ですが)、地上生活ではそれが有利に働いたというようなことが起きていたかもしれません。
ところが、ショーペンハウエルに戻りますと、赤か緑かということよりももっと現実は深いものを秘めているかもしれないということになってきます。目に見えてるものはすべて「表象」という仮想現実だからです。彼の著書『意志と表象としての世界』には、ものは唯一絶対のものとして「ある」のでなく、見えたり感じたりして認識しているから「ある」のだと書いてある。つまり彼は、主観はすべてを認識するが、主観は他の誰にも認識されないものであり、主観が存在しないなら世界は存在しないのと同じであるというのです。それが赤か緑かということは、もっとおおきな括りの中では大同小異になってくるのです。95族が「緑よ」といってるものだって、95-Aさんと95-Bさんの緑は同じではないのです。
二人が上野の西洋美術館のゴッホ展に行って「『ひまわり』っていいね」と合点しても、AさんにはBさんの見たひまわりは見えていません。「ゴッホのひまわり」は人の数だけあります。それは光線が見た人の眼球を通過して脳に結んだ像にすぎず、その像は脳の数だけ存在するからです。こう考えると、僕が60余年見てきた「世界」とは僕の脳にだけ「ある」もので、実はぜんぶウソ(CGみたいなフィクション)だったかもしれず、4次元(3次元空間+時間)の映画のようなものを見ていたんじゃないかという仮定は、常識的にありそうに感じるかどうかはともかく、否定はできなくなってくるのです。
人生とは表象の集合として相互に関連しあう “長い夢” であり、単なる表象だという意味で、夜見る夢(“短い夢”)と区別のつけられないものになってしまう(ショーペンハウエル)
映画が終わったら(つまり死んだら)「はい、お疲れさん、次の見てくかい?」なんておじさんが声かけてくるんじゃないか?そこで「はい、見ます」と手を上げると、次の上映になるのです。これを人間界では「転生」(生まれ変わり、reincarnation)と呼んでいて、多くの宗教が死者の魂は天界に登って再生すると認めているし、エジプト人は戻ってくるときのためにミイラまで作ったのです。前の人生を記憶していた人の話は世界中にありますし、「空中で画像を見ていて、このお母さんにすると決めて生まれてきた」という「記憶」を語る子供や、前世の家族や友人や自分を殺した人を詳しく覚えていたり、習ってもいない前世の言葉を喋った人の記録もある。イアン・スティーヴンソンという学者(ヴァージニア大学)の研究です。僕はこういう妄想を持っています。
宇宙は実は天界のディズニーランドである。アトラクションの「ワンダフル・ヒューマン・ライフ(素晴らしき人生)」は人気だ。テレビスクリーンに地球上の妊娠中の女性が映る。お客は自由に選択でき、ボタンを押すと下界に降りてそのお母さんの胎内に入る。そこからはその胎児の目線(五感)となって「70~80年コース」の4次元コンテンツが始まるが、上映時間は天空の1時間ぐらいである。割増料金で100年コース、上映時間は90分の長尺も選べる。
そうかもしれない。本気で思うのです。宇宙は地球外知的生命体によって精巧に造られたアトラクション用の舞台装置で、お母さんも胎児も何もかも原子という超微細なレゴで組み立てられている。4次元で「時間」の要素がある遊びだからお客さんは、だんだん成長する仕掛けの胎児という乗り物に乗りこんで、そこから始まる「人生」というストーリーに「五感」というツールを与えられて楽しむ「参加型アトラクション」である。
脳学者によるとどのひとつの脳細胞にも「自我」(ワタクシ)が見つからない。哲学者は人間は「考える葦」で「我思う、ゆえに我あり」と言う。大変結構だけれど、脳は単なるアトラクションの部品です。例えばジェットコースターに乗ったとして、動力であるモーターとあなたとは一体でもなんでもないわけです。脳を調べてるのは地球上の人間という、これまた別な胎児から成長したアトラクションだからそれがわからない。ロボットがロボットを分解してるだけです。4次元映画の中ではその理解できないものを「魂」「精神」などという名で呼んでいます。
お客さんである魂や精神にとって、胎児の成長や、意志に関係なく動く心臓や、宇宙の生成や運動は、すべてプリセットされたアトラクションの舞台装置です。お客さんは初めてスペース・マウンテンに乗った時のように、仕掛けの壮大さ精巧さに圧倒され、周囲を観察して、「どうしてだろう」「どうなってるんだろう」と思うだけです。選んだ乗り物(胎児)のDNA(能力や寿命)は変えられず、その範囲内でうまく操縦して良き人生航路を辿るというゲームです。乗り込んで地球時間で2~3年してから映画(意識)が始まるので、そこに至った経緯は認識がありません。そして、毎日毎日、その魂である我々は、「うまく操縦する」ことにこうして精を出しているというわけです。
もしそうなら、死ぬということは単なる「ゲームオーバー」であります。天界に戻って、またおじさんに代金を払って次のゲームを楽しめばいいのです。どうやって天界に戻るかという点ですが、死んでしまった人の証言はないですから臨死体験をして生き返った報告に頼ります。すると、魂だけが足の先から身体を抜け出て、ベッドに横たわる自分や泣いている親族を天井から眺めていたというようなものが多いことがわかります。体外離脱と呼びます。ゲーム開始のときはお腹の中の胎児に「降りてきた」ので、ゲームが終わるとその逆のことが起きるのだと考えれば納得性があります。
体外離脱の経験はありませんが、ある音楽にそれを連想したことはあります。モーツァルトのピアノ協奏曲第24番ハ短調 K.491の第3楽章のコーダ部分です。ピアノ譜をご覧ください。
枠で囲ったドからソまでの和声の半音階上昇とその前後の和声です。何かに魂が吸引されて足先から抜けていく。天界の和声がきこえてくる。また下界に戻される。また抜けていく・・・。ロココの作曲家などと烙印を押すのがいかにナンセンスか。彼の前後、こんな不気味な音楽を書いた人間は一人もおりません。彼の死後10年以上たって、彼を意識して書いたベートーベンの5曲のピアノ協奏曲も、これを見てしまうと常識の範囲内の作曲と言うしかありません。モーツァルトがなぜこんな恐ろしい音を書いたのか、何を見たのか?知るすべはありませんが、僕が乗っている乗り物はなぜか彼が大好きで、ちょっとしたことに反応してしまうのです。
「死はぼくらの人生の真の最終目標ですから、ぼくはこの数年来、この人間の真の最上の友とすっかり慣れ親しんでしまいました。その結果、死の姿はいつのまにかぼくには少しも恐ろしくなくなったばかりか、大いに心を安め、慰めてくれるものとなりました!ぼくは(まだ若いとはいえ)ひょっとしたらあすはもうこの世にはいないかもしれないと考えずに床につくことはありません。」(モーツァルト書簡全集Ⅵ、海老沢敏・高橋英郎訳)
以上が自説であります。僕が65年前に選んだ東賢太郎なる乗り物も年季が入ってあちこち不具合が出るようになってまいりました。そういうことを考えていると、母が頭をよぎります。寝たきりで意識がなくなって、それでもずいぶん長くがんばってくれました。逝ってほしくなかったからです。でも、こう思えば、もっとはやく見送ってあげればよかったのかもしれません。きっともう次を選んでるにちがいない、まだ3才ですけどね。
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(こちらもどうぞ)
「未来」と呼ばれているものの正体
2017 SEP 24 23:23:58 pm by 東 賢太郎

アインシュタインは現在、過去、未来はない、それは人間の考えた幻想に過ぎないと言ったそうだ。人間の脳には記憶のファイルが巨大な本棚のように収納されていて、たとえて言うなら、何かを思い出したり考えたりすると本棚のその部分にピカッと光が当たるようなものだそうだ。
では「いま」とは何か?ピカッによって我々が目、耳、鼻、口、肌などの五感のセンサーで感知している世界のことだ。その「いま」は時々刻々と「むかし」になりつつある。ではどれだけ時間がたてば「むかし」なのかは誰もわからないし、尋ねられれば1秒後とか0.1秒後とか瞬時とか、答えは人によって違うだろう。
ピカッで感知できないもの(例えば紫外線や可聴域外の音)は「いま」に含まれないけれど、あるかないかと問われれば、ある。100光年先の「いま」は100年しないと見えないが、こうして議論している瞬間もその場所はある。だから「ある」か「ない」かということと、「いま」は別個の話である。
我々は自分が感知した「いま」がしばらくすると変わっていることに気づく。さっきそこにいた猫がいない、というふうに。そこで、「さっきの今」を「むかし」と呼ぶことにして、そこに至るまでの間に「時間」というものが流れたのだと思うことにしたわけである。とするならば、その時間がさらに流れれば、その先には「これからの今」があるじゃないか。
むかし(過去)、いま(現在)、これから(未来)はこうしてできたらしい
わかったようでわからないが、動物ならどうだろう。ネコにきいたわけではないが、明日の夕食をどうしようなどと考えそうもない。すると「未来」というものはないだろう。「過去」はというと、さっき何を食べたかぐらいは覚えているかもしれないが、記憶があるから過去があるというわけではない。記憶を現在より前のこととして現在から仕分けして眺めている「自我」がないと過去というのは存在できない。
「時間というものが流れたのだ」と思うことにしたのは「自我」である(思うに、それがデカルトの言う「われ思う、ゆえにわれあり」の「われ」だ)。おそらくは自我のないネコに「時間」というものを創作して1時間前と今を比べてみようという意識はないだろう。ということは、時間の経過でしか定義のしようがない過去も未来もネコにはないということになる。
では自我のある(はずの)我々はどうだろう?
これを考えるには相対的存在というものを知る必要がある。例えば「きみ」という人間だ。本名は山田太郎だが「きみ」であるのは「ぼく」がいるからだ。「ぼく」の自我が自分ではないと仕分けしたからそう呼ぶのであって、実存はしていても「きみ」は「ぼく」とペアで僕の頭の中にしか存在しない。僕が死ねばそうか山田君のことだったのかとは判別できなくなってしまう「きみ」は、だから存在しない。
同じように、昨日カレーを食べた事実は実存しても、あるのは「ぼく」の脳内の記憶であって、それを「過去」と呼んでいるのは現在の僕でしかない。僕が死ねばそれはない。100光年先の星は僕が死んでも実存するから「ある」のだが、昨日のカレーは「ぼく」とペアの相対的存在であり、「ぼく」が「現在」と仕分けして「過去」と呼んでいるものは全部がそのカレーと同じである。
つまり、「過去」とは「ぼく」とペアの「きみ」や「カレー」とおんなじで、存在しないものなのだ。これをアインシュタインは「幻想に過ぎない」としたのだと僕は理解している。
我々は過去、現在、未来という時間の流れがあると信じている。しかし物理学に時間の概念はなく、時間と思っているのは3次元と4次元(時空)の差異だ。時間概念がないというのは、つまり認識できるのは常に「いま」だということだ。ピカッと光が当たっている本が「いま」であり、いま知覚した本は瞬時に過去になっているが、それを「考えている」限り光は当たっておりそれは「いま」のままだ。
いま目で見ているものであれ昨日見た映画であれ、知覚の光が当たっているからそれは「いま」なのであり、光が当たっていないものは存在しないに等しい。100光年先の星は存在していても、光は届かないからそこの「いま」は我々の「いま」ではない。存在がいまではなく、意識の光がピカッと当たるか否かが「いま」であり、それはネコの「いま」と変わらない。
なんだ、我々はネコなみか?そう思うと寂しいが、人生はずいぶん気楽なものにはなる。過去はもうこの世にないのだから失敗など悩む必要はどこにもない。明日どうなるか、何をしたらいいかなんてわかる理由がない、ないものを考えたって答えなど出ようがないからだ。
さて、やっと本題の「未来」の話だ。時間という概念を使おうが使うまいが、人生はいましかあろうがなかろうが、自分が生きていようがいまいが、「あした」は来る。それはまだ記憶にもなっていないからピカッと光りようもない、まさしく空想の産物であるものの、地球がぐるっとひと回転すれば確実に来るからきっと「あした」は存在するのだ、ネコにも我々にも平等に。
しかし我々の自我は欲深い。「あした」ではない「未来」というものを生み出した。幻想なのだからどうにでも主観が入り得る。それは「予測できる」というものだ。物理の法則で、天体の運行のような単純な運動は、万有引力という人間の感覚では不可知ながら数学的に想定すると未来を予測できることを我々は経験的に知っている。そうやって月にロケットがちゃんと命中している。しかし一方で、引力を及ぼす天体が3つ以上になった場合の運行法則は見つかっていない。
このことはアインシュタインが「経験とは独立した思考の産物である数学が物理的実在である対象とこれほどうまく合致しうるのはなぜなのか?」という疑問を持っていたことを想起させる。数学は人間が発明した道具なのか、それとも何かの抽象的世界に実在していて人間はその真理を単に発見しているのか?この議論にいまなお答えはないそうだ。某大学医学部の麻酔科教授が驚くべきことを教えてくれた。「実は麻酔がなぜ効くかというメカニズムはまだわかっていないんです。経験的に正しいと、何時間したら目が覚めるはずだと信じて使っているだけなんです」。怖い話だがそれに近いのかもしれない。
月に命中するか?患者が目が覚めるか?予知できる未来はかように極めて限定的であるのに、我々は不遜にも予知は可能であるという前提で科学というものを発展させてきた。科学者は限界を知っていようが一般人は科学は万能と思い込んでいるのであり、それこそが「未来」と呼ばれているものの正体に他ならない。明日も生きているかどうかすらわからない人間が作り出したはかない空想の産物でないと誰が言えるだろう?しかし「明るい未来」とはいい言葉だ。それがあると思うから人は懸命に働くし善行も積もうと思うのだ。
そう思い至った僕にして、実は「いま」しかないのだよと人生の座標軸を変えるのは一大プロジェクトに他ならない。いま、僕はそれをしている。重大な意識改革だ。できるのはいまを良くする努力しかない、未来とはその結末にすぎない。では、いまを良くする努力に近道やスタントプレーがあるだろうか?そうならそれは魔法というものの立派な定義になるだろう。そんなものはない。できるのは、ちょっとだけ本棚にあてるピカッとした光を強めて、本の背表紙をじっくり見るぐらいのことだ。
それは勉強や仕事をしている時だけでなく、駅へ歩く道すがらだったり友達と他愛ないおしゃべりをする間だってできることだ。逆に言うなら、そこでできないことを勉強や仕事だからといって突然できるようになるわけではない。これを間違ってはいけない。光を当ててじっくり見るということを我々は「注意力」と呼び、光の強さを増すことを「集中力」と呼んでいる。つまり注意力散漫で集中もできない人が、いざという時だけそれができることはあまり期待ができないのである。
このことを若い人は肝に銘じておいてほしい。過去は変えられないから考える意味がない。皆さんは失敗はきれいさっぱり忘れて「なかったことに」で構わないのだ。しかし現在の過ごし方の質を上げれば未来は変わるかもしれない。方程式はないけれど、未来は明るいものになるかもしれない。それをいま何の努力もせずに望むのはナンセンスだ。しかし現在の過ごし方の質という最小限の努力はできるものに置き換えれば未来はあなたのものかもしれない。
では、どうすれば注意力がつき、集中力が発揮できるのか?それさえできれば、こういうことに必ずなる。
現在 < 未来
さらに、
現在の勉強・仕事・しあわせ < 未来の勉強・仕事・しあわせ
になる。僕はそうやって受験や仕事を一応は成功裏に乗り切ったし、それを様々な形でブログに書いてきた。それを読んで共鳴していただいた方々はきっとご自身でできているから共鳴されたのだと思う。そんなに難しいことではない、ちょっとした努力をすれば誰でもできる。
ソナーという会社は意欲ある若者を育てること、才能を見つけることに社会的存在意義を見つけようとしている。意欲と勇気のある方ならだれでも遠慮なくご連絡いただければお会いするし、伸びる方法をお教えもできるだろうと考えている。もちろんすべては無料である
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以上は本年3月22日にソナー・アドバイザーズ(株)HPに書いたブログだ。当SMCにはこれが1513本目のブログということになる。それをトータルに眺めると、適当に思いつきを書いていて中味は五月雨だが、すべてが僕の頭から出たもので受け売りやコピペは一切なく、一義的にはまず自分の備忘録で、本稿にある「本棚でピカッと光が当たった本」を開いて「書き写して」いる。そうしておかないと、10年後は生きてるかどうか、生きていてもその本は本棚から消えている、つまり記憶が飛んで忘れてしまっているかもしれないという恐怖が常にあるからだ。
1513冊で僕の頭の本棚の何割を写したのか知らないが、興味ないことや詳しくないことは残しても無意味だし、お読みいただく方に時間を費消していただく資格がないから書かない。ジャンルは右のカテゴリー欄にある項目を「縦軸」とすると、各ブログの末尾にリンクを入れてジャンルまたぎの「横軸」になるようにもしている(いま作業中)。
横軸を気長に辿って行っていただけると予想外のジャンルに飛んだりするが、それは僕の話の個性でもオンリーワンの特徴でもあって、リンクさせている意味はちゃんとある。左脳と右脳をつなぐ脳梁と思っていただければ幸いである。ある意味で、別なワールドをお楽しみいただけるのではないかと思う。
単語やフレーズによる検索はブログ右上の「サイト内検索」で行える。ただしワードプレスの検索機能はやや狭くて、文字列とフォントがきっちり合わないと出てこない。ラヴェルはラベルでヒットせず、交響曲の前にスペースを入れるかどうか、3番か3番かで出なかったりする。ここは プラットフォームの問題であり仕方ない、いろいろお試しいただくしかない。
音楽ブログについては文章と楽譜だけでなく、youtubeから音のサンプルを貼ってできる限りご理解いただけるようにしたい(耳で聞くのが圧倒的に理解が速い)。まず、youtubeに「東」のマークのチャネルを作り(このビデオ等)、僕の保有する音源をブログの補完としてアップロードしていく方針。フォローしていただければクラシックについては深められると思料する。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
交響曲に共作はない
2017 SEP 9 3:03:04 am by 東 賢太郎

今取り組んでいる仕事を一言でとなると表面的にはアドバイザーだが日本語の顧問とはちがう。何かをアレンジする「アレンジャー」「コーディネーター」が近いが、ぴったりの日本語はない。黒幕?仕掛け人?それだとどうもイメージがいただけない。二つの組織をマッチングするから「仲人」のようなものだろう。史上最大の例は薩長をくっつけた坂本龍馬だというような性質の仲人と言ってしまうと放言に聞こえようが、冷静に見てそうは外れていないようにも思う。
もし上手くいけば、僕の人生最大の仕事になるだろう。かつてしたファイナンス案件は何千億円と巨大だが、名刺には野村やみずほの肩書があった。今はそれがなく、戦艦大和の乗員でなく一介の漁船の船員にすぎない。定年後の第二の人生とさえ見られるがとんでもない、僕は定年になったことはない。第一の人生継続中なのは、朝鮮戦争が終戦ではなく休戦状態で現在も戦時中であるから北朝鮮がファイティングポーズにあるのと同じだ。戦艦だろうが漁船だろうが俺が指揮すれば同じというプライドだけは死ぬまで枯れない。
プライドというのはこの年齢になると大いに邪魔である。しかし邪魔なのは細々とすがって余生の心の居場所を求める類のプライド、つまり、自分だけはあったと信じこんでいる昔の肩書・業績、昔の美貌、他人様にはどうでもいい学歴、家柄、資産、勲章のようなもので、そんなものは今どきの世で誰も尊敬しなければ興味を持ってくれもしない「カビの生えた在庫」である。バランスシート(貸借対照表)に何があるかなどまったく問題ではない、インカムステートメント(損益計算書)を他人様は見ているのである。要は「あなたは何ができますか?」「何を生み出してますか?」だ。ここは年齢なんてさらさら関係ない。
いまの仕事は自分の得意技であって他人に負けるはずはなく、もしこれで失敗したら僕は自ら引退勧告を出す必要がある。トスカニーニがタンホイザー序曲の指揮中に記憶が飛んでそれをしたようにだ。僕の事業にはオーケストラも連弾するピアニストもいない。合奏や合唱は複数の人でするし小説やドラマだって共著、共作というのはあるが、交響曲を二人で書きましたというのは聞いたことがない。いけないという決まりはないが、ギルバート・サリヴァンのオペラが何となしに軽い気がする如く、その手法は交響曲という根本概念に著しくそぐわない感じがするのである。この仕事は同じく全部を一人の頭でやらなくてはならない性質のものだから僕には向いているが、気を休める間は皆無である。
坂本龍馬もきっとそうだったと想像している。交響曲の構想は彼の頭だけにあって、彼を襲った者だけが知っていて、それは彼が曲を完成したら不利益になる人間であって、動機を明かすと犯行がばれるからお墓へ持っていった。だから下手人が不明なのではないかと思う。そんな大袈裟なものではないが、僕もこのプロジェクトについて一切を語ることは許されないのはインサイダー情報だからという法的な理由ではなく、交響曲だからだ。弁護士、会計士、税理士などに意見を仰ぐが、それは各楽器のパート譜のテクニカルなご相談にすぎない。
信長が失敗したのは、それを側近に話したか悟られたからだ。少なくとも秀吉は信用し、話したのではなかろうか。本能寺に丸腰でいるという機密情報を知っていた下手人は明智とされているが秀吉黒幕説もある(「本能寺の変・秀吉の陰謀」井上慶雪著など)。明智でないとするなら、真相を知る何万の兵の口を日記、家伝の類にいたるまで永遠に封じるパワーのあった者でなくてはならず、北の将軍様だってできそうもないそんなことをできた者は次期政権を握って歴史を意のままに書けた秀吉以外であることは蓋然性としてあり得ないであろう。
しかし構想が大事であればあるほど「わかる奴」が欲しくなる。それを見事に演じつつ道化に徹して警戒を解き交響曲の全貌を信長から引き出した秀吉という男は恐ろしい。上掲書によれば本能寺の変という交響曲を書いたのは秀吉で、騙されそそのかされた明智が本能寺に攻め込んだ時には信長は秀吉の手配した軍勢によって殺害され首も胴体も持ち去られていた。だから明智が焼け跡を探しても出なかったのであり、そこに攻め入ったことでまんまと秀吉の計略に嵌って下手人に仕立てられてしまった。全貌を誰にも語らなかった秀吉が勝った。
それを家康は見ぬいていたと僕は思う。秀吉を一族ごと抹殺はしたが、秀吉は「主を討った明智」を誅した忠臣に偽装されているからそれを討つことに正義はなく、家康の選択は東照宮を建立して神になり子孫の繁栄を担保することだった。朱子学を武士に学ばせ幕府統治の精神的支柱となして200余年の権力掌握に成功するが、結局はその朱子学が「王者」の下とする「覇者」が幕府であって皇室(王者)をたてるべし(王政復古)となり幕府は滅びる(逆説の日本史12 近世暁光編/天下泰平と家康の謎、井沢元彦著)。江戸幕府は家康の一世一代の大交響曲であったと思う。
話はますます大仰になってしまったが、僕の頭では毎日交響曲ができつつあり、楽想が錯綜してほどけないまま寝てしまい、朝になってほどけそうになっていて、それが完全に解けるまで目が覚めてるのに1時間も布団にはいったままじっとしていることもある。それをどう思うとピアノで弾いて聴かせるようなまねは家族にだって絶対にしない。パート譜は配っていくが、それが合わさるとどういう音楽になるかはお見合いする二人を含めて誰も知らない。
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