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カテゴリー: ______歴史書

はんなり、まったり京都-泉涌寺編-

2014 APR 10 18:18:23 pm by 東 賢太郎

泉涌寺(せんにゅうじ)をご存知の方はあまり多くないのではないでしょうか。僕は天皇家の氏寺が京都にあるときいたことはありましたが、名前は覚えていませんでした。

この寺を知ったのは「逆説の日本史2」(井沢元彦、小学館文庫)です。「扶桑略記」に記載された「天智天皇暗殺」説は興味深く、天皇家の菩提寺に、天武~称徳の位牌がないことをこの本で知りました。井沢氏によると唐が白村江戦勝後に朝鮮半島支配を図り(つまり新羅討伐の戦略を展開し)、それに呼応して新羅に半島を追い出された百済王族である中大兄皇子(天智天皇)が唐と連合軍を作ることを画策。それを阻止するべく親新羅の大海人皇子(天武天皇)が山科で天智を暗殺したとしています。教科書の日本史とはかけ離れた説ですが、僕は通説よりも説明力を覚えます。

17p-2-s4月5日(土)の朝、始発で京都へ向かった江崎が8:11に到着。いっぽう平等院まで同行した三田が結婚式仲人のためソウルへ戻り、我々は東山の泉涌寺に向かいました。そこで今度は中村が合流。笑顔でお迎えいただいた和尚様にご挨拶して境内へ入るとまず楊貴妃観音堂へ案内されました。なぜ楊貴妃が?鎌倉時代にこの寺の僧が中国の宋にわたり仏舎利(仏の骨)を所望したそうです。何度も断られましたがやっともらえることになり、その際に航海の安全守護のために楊貴妃観音像もついてきたそうです。仏舎利は公開されていません。和尚は見たそうですが歯の部分のようでかなり大きかったそうです。

泉涌寺
そこから参道の坂を下ると、盆地の底のような位置に仏殿があります。登るのは多いですが下るのは珍しいですね。ここには運慶作とつたわる阿弥陀、釈迦、弥勒の尊像がありそれぞれ過去、現在、未来にわたって人類の平安を祈るという構図になっています。

 

仏舎利は舎利殿の舎利塔にあります。入れていただきましたがここの名物は「鳴龍(なきりゅう)」でしょう。 天井に狩野山雪筆の龍の絵が描かれているのですが、その下で手御座所unnamedを打つとびりびりという音が聞こえるのです。ここから御座所へ移ります。ここは両陛下はじめ皇族方の御陵御参拝の際のご休憩所であり、現在も使われています。ここも中を全部見ました。右の写真はその庭園で、桜も紅葉も早いそうです。たしかに京中ではほぼ満開なのにここでは桜はもう見えませんでした。塀の向こう側の山に歴代天皇の御陵があります。

さて奥の奥に移ります。写真はありませんが霊明殿です。戦前ここは立入禁止であり現在も関係者しか入れませんが入れてもらいました(梶浦のおかげです)。ここに歴代天皇の御位牌が並んでいますが、確かに天武系の天皇はぽっかりと抜け落ちています。下の系図をご覧ください。霊明殿にお名前があるのは聖徳太子尊像-天智-光仁-桓武であり、太子以前もなければ第40代天武-第48代称徳も欠落しています。天皇家の氏寺なのに何故と思われるでしょうが、ここは天皇の氏寺ではなく「天皇であるファミリー」の氏寺です。だからファミリーが血縁でないとする場合は入っていない。和尚に聞くと、「それは私共は何とも申し上げられません。ご指示に従っているだけです」とのことでした。そうであるならばこれが天皇家の見解なわけです。非常に興味深い。

まず斉明(皇極)天皇は天智の母ではないということです。では天智(中大兄皇子)とは何者なのか?斉明の目の前で蘇我入鹿の首をはねた乙巳の変とはなんだったのか?なぜ天皇でもない聖徳太子が(だけが)天智の上にいるのか?

これを知っただけでも日本書紀は天武、持統によって歴史をねつ造した書であるという説は支持できます。以下自分の考えですが、蘇我氏は本来の天皇(日本国王)であり聖徳太子は蘇我氏の業績を象徴する架空の人物であった。蘇我氏の名前、蝦夷、馬子、入鹿は動物名の蔑称にされており、皆殺しにした人物の書いた書記のねつ造と思います。その皆殺しは扶余から亡命して来た百済人の天智による入鹿殺害(大化の改新=クーデター1)によって実現しました。そしてその天智を天武が殺しました(クーデター2)。

220px-Emperor_family_tree38-50泉涌寺の位牌の有無によれば、現在の天皇家はおそらく百済人であった天智の末裔であると認めています。彼はクーデターで王位を奪った者です。だから彼が始祖になっており神武も応仁も位牌はありません。先祖と思っていないのです。天智のひ孫である桓武の母、高野新笠も百済の武寧王の子孫であることは今上天皇が「続日本紀にその記述がある」と述べられています。そして、平家は「桓武平氏」と呼ばれますから百済系です。一方、源氏の武将に「新羅三郎義光」という人がいます。平氏が百済、源氏が新羅であり、日本で代理戦争となったのが源平の合戦であると僕は思っています。

それから明治天皇の墓所はここにありません。伏見桃山陵にずっと大きな墓があります。強硬な攘夷論者だった孝明天皇を伊藤博文らが暗殺し(クーデター3)替え玉に立てた大室寅之助という南朝系の長州人が明治天皇という説があります。そう思います。言うことをきく傀儡天皇をたてて薩長が好き放題やるのが新政府の青写真であり、その結果日清日露戦争で好き放題が嵩じて第2次大戦に至ったとみることもできましょう。「坂の上の雲」は好きな小説ですが、クーデター3が日本国の末路を大きく変転させたかもしれず司馬遼太郎の史観だけで近代史は語れないと思います。

国家の首長を殺して政権を奪うクーデターは世界ではいくつもありますが、万世一系とされるわが国でも最低3度は起きている可能性があります。天智以前はもっとあったかもしれません。泉涌寺ではそうした様々なことが頭をよぎり、特に御位牌が所狭しと安置された霊明殿には圧倒され、その感じはその後も一日中残ったほどです。日本最大のパワースポットといって過言ではなく、一度は訪問する価値ありと思います。一般には奥まで入れないようですが、ご興味がある方はSMCを通してお願いすることができるでしょう。

 

(こちらへどうぞ)

はんなり、まったり京都2014(その2)

百済旅行記(1)-奈良はナラである-

伊藤博文と太平洋戦争

『気』の不思議(位牌とジャズの関係)

ガリア戦記はカエサルのブログである

2013 DEC 7 1:01:08 am by 東 賢太郎

ローマ三部作のブログを書こうとなったとき、久々に本棚からひっぱり出したのがガリア戦記だ。

子供のころ「尊敬する偉人は?」と何度もきかれてうんざりした。答えに迷うほど偉人なんか知らない。野口英世だリンカーンだと言えば大人が喜ぶさという不埒な子だった。大人になるとウンチクは増えたが誰もきいてくれなくなっていた。58にもなるとだいたいの偉人は年下だ。馬齢なる言葉が頭をかすめる。

日本の偉人は意外に自著がない。どうしてだろう?中世では明月記やら近代では福翁自伝、氷川清話などあるが、僕の勝手を言わせていただくとあんまりおもしろくない。お公家様の作法はよくわからない。昔話やら大御所の語録は歴史としては貴重な証言だが、今の若い人にはちょっとリアリティーに欠けるのではないか。

土佐日記(紀貫之著)は面白いが女性に仮託するレトリックなど男のプライドがややうっとうしい。その分、肌感覚の枕草子はリアルである。当時の女性は姓名がはっきりしない。清少納言の「少納言」は役職名だ。課長や部長と同じ。清は清原の清だから「清原課長」みたいな感じ。本名は「諾子(なぎこ)」という説がある。ならば枕草子というのは今なら「清原課長」キャラがアバターのブログ「なぎ子の部屋」みたいなものと思えばいいのではないか。

桶狭間戦記(織田信長著)、一ノ谷奇襲秘話(源義経著)なんかがあればガリア戦記に対抗できたろう。「今だから書ける壬申の乱」(大海人皇子編著)なんてのは是非読みたかった。「人たらし日記」(豊臣秀吉著)、「プレイガールじゃいけませんか?」(額田王著)、「忘年会であっといわせる7人腹話術」(聖徳太子著)、「正しい犬の飼い方」(徳川綱吉著)はノウハウ本のベストセラーだ。中国でも「論語」というのは2500年前の賢者である孔子の言葉を弟子が筆写したブログ集だと考えれば親しみがわいてくるのでは。

ガリア戦記をブログ集と思って読むと、実に面白い。戦記だからそれなりにエキサイティングでもある。ブリタンニア(今のグレート・ブリテン島)への上陸など、紀元前の黒船来襲シーンを黒船の目線で書いたものと考えれば別な読み方ができる。結局思ったようには上陸できなかったが、失敗とは書いていないものの事実は正直に書いてあるのではないかと想像する。一見お固い書物でも視点を変えればとても親しみやすいものの一例として、若い方にはぜひご一読をお薦めしたい。

(こちらもどうぞ)

SMCと9つの法則

岩合光昭の世界ネコ歩き ブルガリア

 

 

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冒険ダン吉になった男

2013 JUN 21 11:11:02 am by 東 賢太郎

今回のミクロネシア出張は偶然に同じ行程となった某社T社長ご一行があると書きました。社名は伏せますが、日本人なら誰もが知っている著名企業です。82歳になられる社長が取締役であるご子息をともなってここに来られた意味にはとても心を動かされました。

T社長は「冒険ダン吉」になった男・森小弁という本を読み、「自分もそういうことをや4819111388りたいと思いました」といわれるのです。小弁は11人の子をもうけ、孫の数94人、トラック島にいる直系だけで1000人を超す子孫が政治、経済、教育のあらゆる分野に進出しモリ・ファミリーとして国をけん引しています。その頂点が第7代大統領となったエマニュエル・モリだそうです。冒険ダン吉というのは昭和初期のマンガで僕も父から聞いただけで読んだことはありません。釣り船で眠るうちに流されて南洋の島に漂着したダン吉少年が長じて酋長の娘と結婚し、知恵を絞って敵を倒し立派な酋長となった話だそうです。面白いですね。男のロマンといいますか、僕にもどこか共感するものがあって、T社長とはすっかり楽しい時間を過ごさせていただきました。

チューク島(トラック島)には日本軍の沈没船が多数そのままになっています。97年にヒットした映画タイタニックのロケに使われたのがここに沈む輸送船富士川丸だということをご存知でしょうか。いまはダイビングスポットとなっていて特に欧米人に人気だそうですがどこか複雑な気持ちがいたします。ポンペイ島における我々のホテルセブンスターの前は日本軍の農業試験場でした。食料にできる植物の耕作試験をしていたそうで前線の兵士の死因の多くが餓死だったことを思いだします。「ここをきっと山本五十六が歩いたでしょうな」というT社長のつぶやきが耳に残ります。

島民がみやげものにする木彫り細工があります。その工作場へ行ってみますとたくさんの魚、亀、カニなどの彫り物が並んでいて、裁判官の使うハンマーとおぼしきものまでありました。ふと見ると、古びて壊れかけた黒く重々しい双眼鏡がテーブルの上に置いてあります。これは何だと聞くと日本軍の遺品だがそれは売らないよとのこと。ところが、ひとしきり見終わって「なにか買ってやらんといけませんな」とおっしゃった社長がこれをと指差したのはその双眼鏡でした。売り子が棟梁と思しき無愛想な老人に相談すると、今度はしばらくして「10ドルだ」という返事が返ってきました。

「右側が吹っ飛んでいます。直撃でしたでしょう。将校クラスのものですな。」

左側のレンズは今でも立派に景色が見えました。しばらくそれで遠くにある丘の上の空を眺めました。鳥が見えました。ずっしりと手ごたえのある双眼鏡の中央部に

Nikon

とありました。

 

 

鶴田君のブログへの感想

2012 DEC 4 14:14:11 pm by 東 賢太郎

鶴田君、ありがとう。非常にいい問題提起です。
これだけど
彼はこの本を読んでいるのだろうか?

国会議員はlaw makerである。法律に詳しいのは当たり前だ。支配の道具だから。
支配するという行為を司る精神の居所が間違っていると国家は成り立たない。モンテスキューの説いていることは現代の世界のヘゲモニー、政治体制(統治システム)に恐ろしい警鐘となっている、と僕は思います。
「この野党でいる間とは、神様が与えた試練であり、与党時代とまったく違う状況の中で、まず自分の頭で考え、自分の筆で政策を書き、それを自分の言葉で語れる自民党に変わることだと思った。」
それはいいことだが、言われないと自分の頭で考えない程度の頭の人間がlaw makerになっているなら、石破氏が否定する野合と実質はあまり変わらないように思うが違うでしょうか。

隣の国で考えたこと

2012 NOV 14 9:09:41 am by 東 賢太郎

昔、アメリカ人の部下でネイサンというファーストネームの男がいた。ネイサンはジョナサンの愛称である。日本語が達者な彼は自己紹介の時に必ず、

「ネーサンです。男ですが・・・」

といって笑いをとっていた。

韓国に行くと僕も 「男ですが」 を言わなくてはならない。アズマ、正確にはアジュマというのは韓国語でオバサン(既婚女性)を意味するからである。

初めて韓国に足を踏み入れた1997年のこと。ソウル空港のパスポートコントロールで、「ヒガシと書いてアズマと読みますか?」 と日本語で聞かれた。その時点では、だから何だ?と思っただけだった。その日、ディナーの席でのこと。そこいら中の知らないおっさんに名前を呼ばれるではないか。何だこれは?とあっけにとられた。要はまわりのお客が 「おばちゃーん、勘定たのむよー!」 などと声をはりあげていたのだった。

ソウルへは仕事上、よく行く方である。1997年まではご縁も関心もなかったが、いざ行ってみると発見の連続であり、実に面白い。まず我が日本民族とこれほど見かけが似た民族はない。僕自身、大韓航空、アシアナ航空に乗ってスチュワーデスから日本語で話しかけられたことは一度もない。接客のプロの目でしっかりと見きわめたあげく、確信をこめてハングルで来る。ソウルの道端では韓国人のおばちゃんに道を聞かれたこともある。一方、中国、香港で中国語で話しかけられたことは一度もない。先日の中国東方航空でも100%、英語で来る。とても興味深い現象である。

そもそもTVをほとんど見ないので僕は韓流ドラマを見たことがない。しかし個々の韓国の人には親近感を覚える場合がある。女性は一般に気が強そうで少し手ごわいイメージがあるが男性は「いい奴」が多い。しかも若い人は礼儀正しい。軍隊経験があるからソウル大学出でも体育会のノリに耐えられ、体育会育ちの僕には違和感がない。長幼の序は厳しく、髪が白くなったらますます丁寧に接してくれるので最近は特に気持ちがいい。もちろん好きでない部分もあるが、これほど容易に気持ちを感じ取れる外国人というのはほかにない。

韓国へ行って食事で困ることは一切ない。かつて途中で断念したのはエイのヒレだけである(高級料理らしいが)。異論はあろうが焼肉だけは日本のほうがうまいと思う。しかしチゲ類は本場が最高である。ゴルフ場で朝6時半から豆腐チゲでもOKという水準である。外国では現地の人が薦めるものは何でも食べてみるのが僕のポリシーだが、それで失敗したと思ったことがない筆頭の国が韓国である。

「似た民族」と書いたが、実質的に同じ民族、それが誤解があるなら、DNAを多めに共有する民族であろうと思う。日本列島に住む人が日本民族かといわれれば、そもそもその民族とは何かというアイデンティティ問題に突き当たる。縄文人なのか弥生人なのか。現代社会にインディアン以外アメリカ人と認めないという人はいない。何千年もかけて定住してきた様々な移民が形成しているのが日本国であり、ヤマト民族、日本民族とされているものの実体である。

この深くて重いテーマを考える道しるべとして、2つのすぐれた著作をご紹介したい。

本稿表題  「隣の国で考えたこと」  は、在大韓民国日本国大使館公使をご経験された岡崎久彦氏の知的刺激に富んだ著作(中公新書)で、現在は「なぜ、日本人は韓国人が嫌いなのか」(ワック、2006年)に改題されているようである。日本語と韓国語が同根の言語であるという氏の「色の名前」を用いた主張は、例証があまりに鮮やかで有効な反論が確率論的に形成しにくく、正しいと納得させられる。保守派で親米派外交官である氏のアジア諸国に対するリベラルなスタンスは、米国で教育を受けた自分が日本企業の香港現法社長として赴任する時の頭の整理に最も有益だった。

もう一つは「タイムマシン」「宇宙戦争」を書いたイギリスのSF作家H・G・ウエルズの   A Short History of the Worldである。これは講談社学術文庫に「世界文化小史」という題名で翻訳されているが、この邦題はミスリーディングで、これは文化史の本ではない。れっきとした世界史、それもふつうは人間の歴史でしかない世界史を宇宙の起源から書き起こすという壮大な構想の世界史本である。やがて現れる人間はあまたの生物種の中の「一つの種」として描かれる。長い宇宙史のひとコマでしかない人類史なる  Short History  の「とりあえずの主役」として。

こういう座標軸でギリシャ、ローマ、中国、フランス革命、アメリカ、アジアなどを俯瞰する。教科書で習った世界史が視点の違った理解になる。SF作家ならではの時空設定を背景とした一種の「騙し絵」を見せられたかのように、人種の違い、肌色の違いなどダーウィンフィンチの嘴(くちばし)の違いぐらいにしか思えなくなってくる不思議な快感をお約束できる。

もともと宇宙、天文に思考の座標軸がある僕は、人間界の俗事の集大成としてだけのグロッサリー(雑貨店)のような歴史に大きな関心はない(もしそれが人間を超越したある意思のもとで実は整然と営まれているのでなければだが)。16年の海外生活を経て様々な国の人々と接したり商売したり株式市場を分析したりするうちに、ささやかな人類史のなかでの人種問題などということにはいささかの潜在意識の引っ掛かりもなくなってしまった。だから自分は日本国籍ではあるが人種は「コスモポリタン」、それも国家を否定しない狭義のコスモポリタンだと思っている。

日本国というもの。国家主権というもの。日韓、日中外交問題というもの。日本国内における民族問題というもの。歴史問題というもの。その教育というもの。ヤマト民族と呼ばれるもの。そのアイデンティティというもの。これらは宇宙史、世界史にサイエンスという視点を加えたらどう見えるだろうか。どう考えるべきか。まだまだ勉強不足なので結論はない。隣の国に来るといつも、コスモポリタンとしていずれそれに到達してみたいと考えることになる。

 

③私の好きな本・ベスト3 (東)

2012 NOV 5 18:18:26 pm by 東 賢太郎

本は乱読なので気が向けばなんでも片っ端から読みます。座右の、というものはありません。みなさん本当にそんなのがあるんだろうか、どうも嘘くさいと思ってます。座右というからには繰り返して読んでるという意味だろう。文学作品と私小説は気が向いたことが一度もなく、従って有名なものもあまり読んでないぐらいだから読みかえすはずもなく、以下、物理的に3回以上読んだものというスクリーニングをするしかありません。するとこうなります。

第一位   論語 (孔子)

第二位   箴言集 (フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー)

第三位   ローマ帝国衰亡史 (エドワード・ギボン)

(番外)   伊賀の影丸 (横山光輝)

 

「論語」

もともと漢文は弱いので現代語で読んで、それでもよくわからなかった。弟子たちが先生をサカナにした「ブログ集」のようなものだろうと軽いタッチで読んでみてやっと少しピンとくるようになって、飛ばし読みとつまみ食いで3回ぐらいは読んだ。日本では古来より経典のように崇められていますがちっとも体系的と思いませんし、現代的には意味が分からず明らかにどうでもいい部分もありますね。こんなのを真面目に暗唱などして守ってたら現代社会で経営などできるはずもないとむしろ否定的です。**界の重鎮などと気取るときにないと格好悪い「座右の銘」のネタ本というところが大方のホンネと推察。ということはほとんどの人は「いいとこ取り」なのではないでしょうか。僕なら有名なこれ、

これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを 楽しむ者に如かず。

2500年前 から人間の真理だったんだと、むしろ考古学的関心をもって「座右の銘的」な位置に置いてはいます。孔子は只者じゃないことはこういうリアルな証拠を自分の目で確認して納得するし、これは人間の本質、真理を鋭く突いていて僕ら泡沫のごとき人間が抗えるものではないとも思う。難しい仕事ほど楽しんで処していこうと思います。

 

「箴言集」(岩波文庫)

論語と違うアングルで人間の真理をどきりとするほど短く鋭利な切れ味の文章で突いている名著です。僕はこういうスナップのきいた速球派が昔から大好きで、これにはたぶん思想的影響を受けています。

・頭が良くて馬鹿だということは時々あるが、分別があって馬鹿だということは絶えてない 

・何人も悪人になる強さを持たない限り善良さを称えられるに値しない。それ以外のあらゆる善良さは、おおむね、怠惰か意思の無力に過ぎない。

まあこういう感じです。鋭いですねえ。「頭が良くて馬鹿」、時々どころか東大に行けば掃いて捨てるほどいます。「悪人になる強さを持たない善人」、経営や政治には向いてないですね。国会には悪人で怠惰、無力なのがたくさんいますが税金の無駄なのはたたき出す法律を作るべきです。ロシュフコーは三国志読めば間違いなく曹操派でしょう。あっという間に読めてけっこう笑えます。

 

「ローマ帝国衰亡史」

ローマには4回行きました。そのぐらい好きな都市です。足を踏み入れれば誰もが眼前に物的証拠として突きつけられるあの高度な文明、意思、知力、武力、政治力。それを謳歌した国が滅びたという厳然たる事実には、いつ行っても慄然とします。この書を読み(ローマ本としては非常に読みやすいです)フォロ・ロマーノで夕暮れまで空想に耽って一人でボーっとしているのが人生最高の至福のときの一つです。またやりたくなります。

 

「伊賀の影丸」

小学校1-2年ごろ少年サンデーを創刊号から愛読、精読。これで日本語読解を覚えたと言ってよく、毎週火曜日が待ち遠しくて日曜日からそわそわしていました。お目当てがこれ。巨人が嫌いになったのと軌を一にして影丸の「木の葉隠れ」は物理的に無理と見限り、もともと合理性を超越した不思議な妖術、幻術をもちいる端役の忍者たちの戦いに熱中。最強無敵と信じた忍者が意外な敵の術にはまって倒されてしまうという世の不条理を習得。三国志と並び厳しい世の掟、男の世界を学んだ教科書的作品。僕がゴッド・ファザーに惹かれる原点はここにあります。マエストロ横山光輝に深い敬意を表します。

 

男の子のカン違いの効用 (2)

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