シューマン交響曲第3番変ホ長調作品97「ライン」(第1楽章)
2013 MAR 4 19:19:28 pm by 東 賢太郎
第1楽章です。
初めてスコアを見た時は眼を疑いました。僕はこの冒頭をてっきり2分音符を1拍とした3拍子、つまり3/2拍子だと思っていたのです。ところがスコアはなんと3/4拍子になっているのです。なんでこんな変な書き方をしたのだろう? しばらく意味が分かりませんでしたが、よくよく楽譜を調べると楽章全体のリズム構造に精巧な仕掛けがしてあることがわかってきました。そのためには、この冒頭は、こう書かれねばならないのです(ピアノスコアでご覧下さい)。
冒頭にいきなり鳴り出す第1主題、リズムが2、1/1、2 (下線部はタイ)となっていることがお分かりでしょうか。このように拍節感がずれて2が3つに聴こえるものを「へミオラ」と呼ぶことは、ドヴォルザーク新世界の第3楽章にて指摘したことです。ベートーベン、ブラームスが愛用した手です。しかし、のっけから曲がへミオラで開始するというのは見たことがありません。
この第1主題は「タアアア・タアアア・タアアタ」を一単位とする固有のリズムを持っています。これを「リズム細胞」と呼ぶことにしましょう。一見3拍子で書いてあるのですが、「タアアタ」の部分で聴き手は音が4分割されていることに気づきます。機関銃のように速いのでわかりにくいのですが、リズム細胞は4拍子を内包しているのです。しかもこの「タアアタ」には「ソーーミ」という音が充てられ、ソ(g)から上のミ(e)への大ジャンプによって4拍子が強調されています。どこか男性的、父性的、戦闘的、機動的な推進力を感じます。
ところがこの直後に「タアタ・タアタ・タアタ」という、今度は根っからのシンプルな3拍子が続きます。これが不思議と温和な安定感を持って聴こえ、難しいこと言わずにすべてをやさしく包みこんでくれる母なる大地のように感じられます。女性的、母性的なのです。例えば、やがて現れる第2主題は3拍子であり、女性的なほのかな憂いと哀調を帯びます。ところが、トランペットとティンパニのパパパンという信号音とともに冒頭主題(リズム細胞)が戻ると一気に音楽は男性的になります。このように、この楽章のリズム構造には、4拍子と3拍子、父性的なものと母性的なものの調和と対比が各所に散りばめられているのです。
この曲をシューマンの英雄交響曲と呼ぶ人がいます。それを言うなら田園交響曲と呼ぶべきなのですが、冒頭にいきなり鳴り出す第1主題そのものが、展開部を待たずして既にリズムと和声による長大で劇的なドラマを形成しているという一点においては、その指摘は正しいでしょう。冒頭主題はGm、Cm、Fmというマイナーキーを渡り歩き、ロマン的、幻想的な様相を見せながら展開していくのです。
第43小節ではヴァイオリンとヴィオラのユニゾンで「タアアア・タアアア・タアアタ」だけが2回鳴り響きます。オクターヴでソ(g)の音だけを弾くこの部分はこのリズム細胞の骨格、スケルトンだけを露わにしており、これがラヴェルのボレロの小太鼓のように楽章を通して鳴っている通奏低音であることに気づかせてくれます。この、常に底流で脈動している筋骨隆々たるリズムが、常に大河の水を押し流し、滔々と流れゆくライン川の生命力を感じさせる秘密のように思います。
ここで2回繰り返されるリズム細胞は徐々にエネルギーを蓄積し、ついにFmの爆発に至りますが、これに短3度上のマイナーキーであるA♭m が続くのは後にラフマニノフが偏愛することになる非常にロマンティックな和声連結です。このFm⇒A♭mの連結部分は「3/4拍子⇒ユニゾン(裸の)リズム細胞」というリズムの拮抗が背景となっていてリズムと和声の両面で実に劇的であり、ベートーベンの運命動機リズムで鳴るオスティナート・バス(シ♭)の上にB♭⇒D⇒Gm⇒B♭7という和声が乗っていって再度、主調のE♭で冒頭主題が力強く回帰するに至る様の素晴らしさは、もう筆舌になど尽くせるものではありません。
前述した第2主題はオーボエとクラリネットがユニゾンで吹きます。シューベルトの未完成交響曲第1楽章第1主題のほの暗い響きがします。そこに不意に冒頭主題が現れますが、再度沈静化してフルートと弦によって第2主題が戻ります。それがだんだん力を得てCm⇒E♭mという再度のラフマニノフ連結を経ると、今度はホルン2本が冒頭主題を朗々と吹きます。通常ホルンは森を連想させる楽器ですが、この曲ではライン川を挟む谷間に響き渡るようで、広々としたレゾナントな空間を感じさせます。ブラームスが交響曲第1番でクララに聴かせたのはアルペンホルンですが、この曲の音響が頭にあったのかとも思わせます。やがてリズム細胞が弦5部、クラリネット、ファゴットによるシ♭のユニゾンでsfで現れ、それがファ#に飛んで不意の転調を用意するという、これも未完成交響曲を思わせるやり方でト長調の展開部に入ります。
ここまでの提示部が十分に展開部並みの様相でしたが、真の展開部は新しい主題が現れます。これは暗い影を帯び、どこか第4楽章に通じる雰囲気を持っています。これにからみつつ2つの主題が今度は対位法的に扱われて見事な効果を上げます。冒頭主題はロ長調と嬰ヘ長調で現れます。次いで現れるホルンによる素晴らしい冒頭主題の回帰はまさにあのライン川の光景に他なりません。再現部は変ホ長調fffのテュッティで冒頭主題が再現しますが、第2主題に移行する前にファゴット、クラリネットがpでト長調の下降音型を吹きます。ここのG7の和音の低音部にド(c)が加わる部分の効果は田園交響曲の第5楽章の冒頭を思わせ、非常に印象的です。
コーダはリズム細胞から派生した「タタッター」「タッタター」を組み合わせ、壮麗としか言いようのない最高のエンディングに向かいます。これがどう最高か?聴いていただくしかありません。この第1楽章はシューマンがローレライ近辺の船旅で得たインスピレーションによるという説がありますが、僕はそれを支持します。これぞ僕も同じ船旅で感じた雰囲気であり、特に頭で鳴っていて最も光景とシンクロしていたのがこのエンディング部分なのです。ここをアッチェレランド(加速)して振ってしまう指揮者が多いのですが、それは明白に間違いです。そんな指示はスコアにもなければ、音楽が求めてもいません。
シューマンのオーケストレーションが稚拙だとしてマーラーはじめ多くの指揮者がスコアをいじり、金管を補強したり、木管と弦の厚すぎる重複を解いたりしています。しかしマーラーはこれを管がよく鳴る彼の交響曲の響きにしてしまっています。本来あっさり系のシューリヒトは意味不明のイロモノ改悪で曲を壊しています。この曲は変ホ長調という弦があまり鳴らない調であえて書かれているわけですからオケの鳴りが悪いから稚拙だという理屈は立ちません。まして木管をとっかえひっかえして旋律を受け継ぐイロモノなどシューマンが意図したはずもなく、勘違いも甚だしいと言わざるを得ません。僕はマーラー版のスコアを見たことがないので判断できませんが、それが一概に悪いとは考えておりません。マーラー版とされるトスカニーニ盤は彼の残した最も不名誉な演奏の一つですが、同じくジュリーニ盤は全演奏の中でも特別の価値を持つ秀演です。
前述のエンディングの加速ですが、オーケストレーションの改変と同じ理由があるかもしれません。朝比奈隆でしたか、指揮者がコンサートで振りたくない名曲はこれと田園だと著書に書いていました。第5楽章のエンディングが地味で唐突なので拍手がわきにくいのでしょう。そんな軽薄な理由で加速が行われるとは信じたくないのですが、マーラー版も彼がニューヨーク・フィルを振った時のスコアなのですから所詮「客受け」が念頭にあったわけです。バーンスタイン/ウィーンフィルの気違いじみた加速を聞くと、やっぱり指揮者という人たちもそういう程度のものなのかと悲しくなります。
前回、この曲は「非ウィーン的」だと書きました。ですから、ドイツ交響曲主流派の指揮者たちにとってこの曲は鬼門といえましょう。何故か振ってしまったワルター、トスカニーニ、シューリヒト、バーンスタイン、カラヤンなど死屍累々です。フルトヴェングラー、クナッパーツブッシュ、ベーム、ケンぺ、ケンペン、ライトナー、ヨッフム、フリッチャイ、マルケヴィッチ、アンチェル、クレツキ、ロヴィツキ、カイルベルト、クライバー父子らが避けて通ったのは賢明でした。これを振るならラインガウに住めとは言いませんが、じっくりライン下りぐらいは味わってからにしていただきたいものです。
(続きはこちら)
シューマン交響曲第3番変ホ長調作品97 「ライン」 (序論)
2013 MAR 3 0:00:31 am by 東 賢太郎
もし無人島に持っていく曲は?ときかれたら、これかもしれません。
大学時代に夢中になり、アメリカ留学時代もカセットテープで何度聴いたことか。ウォートンスクールの夏休みに28歳で初めてヨーロッパへ行きましたが、ケルンからマインツまでの快晴のなかのライン下り(上りですが)では、ローレライや丘の上にお城のある景色を見ながらずっとこの変ホ長調の第1楽章が頭の中で鳴っていました。その時、船上で見るその景色こそ、デュッセルドルフに移り住んだシューマンがこの曲の霊感を得たものだったということを僕は確信したのです。それはこんな景色です。
まさか9年後にこのすぐ上流のフランクフルトに僕も移り住むことになろうとは、その時は知る由もありませんでしたが、1992~1995年の3年間、結局そういうことになってしまったのです。下の写真は戦勝記念碑のある丘の上からリューデスハイムという街を望んだ風景ですが、このあたりはラインガウといってリースリンク種という白ワインのブドウの産地です。手前にあるようなブドウ畑がライン流域の南向き斜面一面に延々と連なっている平和で穏やかな風景は、どなたも一度目にしたら忘れられないでしょう。 
僕はヴィースバーデンというライン川ぞいの街が大好きで毎週末、家族を連れてドライブしてました。ここのオペラハウス(右)はフルトヴェングラーやシューリヒトも振っていた名門ですが、当時の古風でローカルな味わいも残っていて僕にはたまりません。ワーグナーのリングもここで全曲初めて聴きました。まだ幼かった娘たちが初めてオペラやバレエ、ヘンゼルとグレーテル、魔笛やくるみ割り人形、白鳥の湖を見たのもここでした。ラインガウのライン河畔にあるいくつかのレストランの食事と地元ワインは最高です。アスパラガスの季節にワインを何種類か利き酒しながらの昼食は心からの幸福感にひたれ、是非どなたにも味わっていただきたいものです。ドイツ料理がまずいなどという迷信は吹き飛ぶでしょう。こうして、3年間のわが家の生活はフランクフルト~ヴィースバーデンを結ぶマイン、タウナス、ラインガウの風土にどっぷりと浸かっておりました。
それで何がシューマンなんだ?ということでした。この曲は僕にとって、そうしたラインガウでの生活そのものなのです。音楽は何か物語や風景や愛のような具体的なものを表すことができると言われます。リストが創始した交響詩というものはその例です。いや交響曲のような絶対音楽でも、ベートーベンの田園交響曲(ハイリゲンシュタット)やメンデルスゾーンのスコットランド交響曲(エジンバラ)のようにある特定の場所で得た霊感によって書かれたものがあります。
絵にたとえますと、風景画と抽象画にアートとしての違いはありません。抽象画と言っても画家が見た何ものか、それが景色であれ人であれ悪夢であれ、そこから得た心象風景を描いたものです。ただ抽象画というフォルムで絵を描くということになると、見たままの対象を描くわけではありません。それが人の顔であれば、それをそのままの造形で描くわけではないでしょう。しかし音楽の場合そういうことはなく、旋律、調性、リズムといった造形には何ら変わりがありません。音楽はもともと抽象的なのです。たとえば、リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲は、シンフォニーという「抽象画」の装いですが、実際は交響詩(風景画)に限りなく近い。こういうことができてしまうのです。
シューマンのライン交響曲がユニークなのは、アルプス交響曲のような風景描写はなにもなく、両端楽章はソナタ形式という「抽象画」の様式を踏みながら、ライン地方の風景、風土という具象を強く感じさせることです。田園交響曲がどうしてもハイリゲンシュタットでなければ書けなかったと言い切るほどの自信を僕は持てませんが、この曲の場合、それはラインランド地方でなくてはならない必然性を強く感じるのです。
ドイツ保守本流の交響曲の歴史はウィーンを中軸にして展開しました。モーツァルト(39~41番)、ベートーベン、シューベルト、ブラームス、ブルックナー、マーラーみなそ
うであり、わずかにメンデルスゾーンとシューマンが例外です。しかしライン交響曲は、中でも群を抜いて非ウィーン的です。さらに、快楽、自然に非常に肯定的、啓蒙主義的です。禁欲的なキリスト教的雰囲気がありません。ライン地方の民族舞踊レントラー(第2楽章)のあとに第4楽章のケルン大聖堂(右)での「荘厳な儀式」が変ホ短調で出てくるとちょっとした違和感を感じるほどです。しかしこの曲で厳粛なのはここだけで、直後にいきなり始まる第5楽章は第1楽章とまったく同じLebhaft(生き生きと)という表題を持ち、快活な民衆の人いきれが回帰します。この回帰が、これまた心地よい違和感なのです。
僕がこの交響曲を偏愛するのは、シューマンが抽象画として描きこんだ「ライン地方の生活からの心象風景」としてのすばらしい音楽が、僕が3年間味わったライン河畔の生活の、これまたすばらしい思い出となぜかシンクロナイズするからにほかなりません。「音楽は抽象的」と書きましたが、どうして僕がそう感じるのかは一向にわかりません。同じ風土で暮らしてみて、シューマンの得た心象風景、霊感と僕のそれがたまたま一致したのだと、あい勝手ながらそう思わせていただくことにしています。以前書きましたが、38歳の僕はこの地で初めて現法社長のポストにつき、長男を得て、幸せの絶頂にありました。留学の休暇でのあのライン下りで、勝手に脳裏でずっと鳴り響いていたこの交響曲は、なにか深い運命的な縁があったのかもしれません。
クラシック徒然草-オーケストラMIDI録音は人生の悦楽です-
2013 JAN 26 15:15:08 pm by 東 賢太郎
僕は1991年にマックのパソコン(右)を買いました。米国Proteus製のシンセサイザーとYamahaのDOM30という2種類のオーケストラ音源を電子ピアノで演奏し、MIDIソフトで多重録音して好きな音楽を自分で鳴らしてみるためです。PCに触れたこともなかったからセットアップは大変でした。好きこそものの・・・とはこのことですね。
現代オーケストラから発する可能性のあるほぼすべての音(約130種類)を約50トラックは多重録音できますから、歌以外の管弦楽作品はまず何でも録音可能です。まず音色設定をフルート、オーボエ、クラリネット・・・と切り替えて個別にスコアのパート譜を電子ピアノで弾いて個別にMIDI録音します(高速のパッセージなどは録音時の速度は遅くできます)。相当大変なのですが、全楽器入れ終わったらセーノで鳴らすと立派なオーケストラになっているということです。
弦楽器の音色が今一歩ではありますが、イコライザーなどの音色合成の仕方でかなり「いい線」まではいきます。買ってから21年間に僕が「弾き終わった」曲は以下のものです(順不同)。
モーツァルト交響曲第41番「ジュピター」(全曲)、同クラリネット協奏曲(第1楽章)、同弦楽四重奏曲K.465「不協和音」(第1楽章)、同「魔笛」序曲、同「フィガロの結婚」序曲」、ハイドン交響曲第104番「ロンドン」(全曲)、チャイコフスキー交響曲第4番(全曲)、同第6番「悲愴」(全曲)、同「くるみ割り人形」(組曲)、同「白鳥の湖」(情景)、ドヴォルザーク交響曲8番(全曲)、同第9番「新世界」(第1,4楽章)、同チェロ協奏曲ロ短調(第1,3楽章)、ブラームス交響曲第1番(第1楽章)、同第4番(第1楽章)、ベートーベン交響曲第3番「英雄」(第1楽章)、同第5番「運命」(第1楽章)、シューマン交響曲第3番「ライン」(第1楽章)、ラヴェル「ボレロ」、同「ダフニスとクロエ第2組曲」、同「クープランの墓」(オケ版、プレリュード、メヌエット)、同「マ・メール・ロワ」(オケ版、終曲)、ドビッシー交響詩「海」(第1楽章)、同「牧神の午後への前奏曲」、シベリウス「カレリア組曲」(全曲)、リムスキー・コルサコフ交響組曲「シェラザード」(全曲)、バルトーク「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」(第1、2楽章)、同「管弦楽のための協奏曲」(第5楽章)、ストラヴィンスキー「火の鳥」(ホロヴォード、子守唄以降)、同「春の祭典」(第1部)、ワーグナー「ニュルンベルグのマイスタージンガー」第1幕前奏曲、同「ジークフリートのラインへの旅立ち」、J.S.バッハ「フーガの技法」、同「イタリア協奏曲」(第3楽章)、ヘンデル「水上の音楽」(組曲)、ヤナーチェク「シンフォニエッタ」(第1楽章)、コダーイ「ハーリ・ヤーノシュ」(歌、間奏曲)、ハチャトリアン「剣の舞」、プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第3番」(第1楽章)、ベルリオーズ幻想交響曲(第4楽章)、ビゼー「カルメン」(前奏曲)
こういうところです。これ以外に、やりかけて途中で放り出したままのも多く あります。成功作はチャイコフスキー4番、バルトーク「オケコン」、シベリウス「カレリア」、ブラームス4番、ドヴォルザークチェロ協、ドビッシー「海」、マイスタージンガーでしょうか。録音はオケ全員の仕事を一人でやるので長時間集中力のいる作業です。生半可な覚悟では取り組めません。ですから以上は僕の本当に好きな曲が正直に出てしまっているリストなのだと思います。弦の音色の限界で、好きなのですがやる気の起きない曲(特にドイツ系の)も多いのですが、総じてやっていない作曲家、マーラー、ショパン、リスト、Rシュトラウスなどは興味がない、僕にはなくても困らない作曲家だと言えます。
もう少し時間ができたらシベリウス交響曲第5番、バルトーク弦楽四重奏曲第4番、ラヴェル「夜のガスパール」にチャレンジしたいです。この悦楽には抗い難く、この気持ち、子供のころプラモデルで「次は戦艦武蔵を作るぞ!」というときと全く同じ感じで、これをやっていればボケないかなあという気も致します。骨董品のアップルに感謝です。
(追記)
これらは全部フロッピーディスクに記録していますがハードディスクに移しかえたいと思います。やりかたがわからないので、どなたかご教示いただけるとすごく助かります。
お知らせ
Yahoo、Googleからお入りの皆様。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/
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シューマン トロイメライ
2012 SEP 16 17:17:06 pm by 東 賢太郎
ベートーベンは重い、長い。どうしても嫌だという方はこれを。演奏時間は2、3分でポップス並です。ピアニストはプロなら誰でもいいでしょう。
トロイメライ(Traumerei)は夢という意味のドイツ語です。「子供の情景」という13曲からなる曲集の7番目です。できれば全曲聴いてほしいのですが、これ単品でもピアノ名曲集などに入っています。それで結構です。
繰り返しを入れてもたったの33小節しかない小品。技術的にはやさしく僕でも弾けます。しかし、これほど人の気持ちを鎮静させる作用のある音楽はほかに知りません。運命交響曲が人を元気にする薬ならこれは精神安定剤。だから高ぶっているときはこれを静かに弾いて寝ます。
どうしてそういう作用があるのか?この曲、同じメロディーが8回繰り返されるだけ。「サビ」すらない実に原始的なつくりをしています。ところがついている和音は次々と変わります。ヘ長調だったメロディーはニ短調、ト短調、変ロ長調、ニ短調とロマンティックな旅をつづけ、またヘ長調にもどります。凡庸な作曲家ならこれで冒頭に戻っておわりでしょう。
しかしこの人はシューマンです。おしまいの3小節で凄いことをやっています。なんとト長調(属七)という驚きの和音をフェルマータで長く、しかもピアニッシモでそっーと引き伸ばす感動のピークを作ります。そこからすぐヘ長調に戻したと思ったらふと影が差したようにト短調になり、バスをやさしくハ音が支えると、あーやっぱりヘ長調だったんだと安心して幕になる。
もうこれは小宇宙というしかありません。まさに薄明のなかで夢を見ているような、何が現実かよく理性では理解できないもの。僕はこの最後のト短調のところで、いつも、なぜか母のぬくもりを感じます。
クラシック徒然草-僕の音楽史-
2012 SEP 14 14:14:33 pm by 東 賢太郎
僕の一番古い記憶は、親父のSPレコードを庭石に落として割ってしまったことです。2歳だったようです。中から新聞紙 ? が出てきたのを覚えています。ぐるぐる回るレコードが大好きでした。溝の中に小さな人がはいっていて音を出していると思っていました。
これが昂じたのか、僕はクラシック音楽にハマった人生を歩むこととなりました。作曲や演奏の才がないことは後で悟りましたから聴くだけです。就職した証券会社では、大阪の社員寮に送ったはずの1000枚以上のLPレコードが誤って支店に配送されてしまい、入社早々大騒ぎになったこともありました。
転勤族だったので国内外で24回も引っ越しをしました。そのたびにLP、テープと5000枚以上あるCD、オーディオ、ピアノ、チェロ、楽譜がいつも我が家の荷物の半分以上でした。この分量はクラシックが僕の57年の人生に占めてきた重みの分量も示しているようです。
僕がお世話になった証券業界では僕は変り種でしょう。この業界は オペラのスポンサーはしても社員オーケストラをもつような風土とはもっとも遠い世界の一つです。それでも僕が楽しくやってこれたのはひとえに海外族だったからです。アメリカ、イギリス、ドイツ、スイスに駐在した13年半に、僕はもう2度と考えられないほどの濃くて深い音楽体験をさせてもらいました。
そういうとやれ「カラヤンを聴いた」「バイロイトへ行った」という手の話に思われそうですが、そうではありません。僕はそういうことにあまり関心がなく、書かれた音符のほうに関心がある人間です。たとえば、同じ夜空の月を見て「美しい」とめでるタイプの人と「あれは物体だ」と見るタイプの人がいます。僕は完全に後者のほうです。文学でなく数学のほうが好き。文系なのに古文漢文チンプンカンプンというタイプでした。
高校時代はストラビンスキーの春の祭典、バルトークの弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽(通称、弦チェレ)みたいなものにはまっていました。特に春の祭典は高2のころ1万円の大枚をはたいてスコア(オーケストラ総譜)を買い、穴のあくほど眺めました。この曲は実に不思議な呪術的な音響に満ちていて、それがどういう和音なのか楽器の重ね方なのかリズムなのか、全部を自分で解析しないと気がすまなかったのです。
弦チェレの方は、第3楽章です。ちょっとお化けでも出そうなムードですね。フリッツ・ライナーの指揮するレコードで、チェレスタが入ってくる部分。この世のものとは思えない玄妙かつ宇宙的な音響。なぜかこの演奏だけなんですが。敬愛するピエール・ブーレーズも含めてほかのは全部だめです。これもスコアの解析対象となります。
時が流れて、僕はフランクフルトに住みました。その家はメンデルスゾーンのお姉さん(ファニー)の家の隣り村にありました。そう知っていたわけではなく、たまたま住んだらそうだったのですが。彼はそこでホ短調のバイオリン協奏曲を書きました。あの丘陵地の空気、特に彼がそれを書いた夏の空気をすって生きていると、どうしてああいう第2楽章ができたのかわかる感じがします。あそこを避暑地に選んだ彼と、その場所が何となく気に入った僕の魂が深いところで交感して体にジーンと沁みてくるような感覚。うまく言えませんが、かつてそんなことを味わったことはなかったのです。
こういう感覚は、大好きで毎週末行っていたヴイ―スバーデンという町でもありました。ブラームスの交響曲第3番です。もういいおっさんだった彼はここに住んでいた若い女性歌手に恋してしまい、ここでこの曲を書きました。彼としては異例に甘めの第3楽章はその賜物でしょうが、むしろそれ以外の部分でもこの町の雰囲気と曲調が不思議と同じ霊感を感じさせるのです。この交響曲はこのヴイ―スバーデンとマインツの間を流れるライン川にも深く関係しています。
シューマンの交響曲第3番とワーグナーのニュルンベルグの名歌手第1幕への前奏曲。この2曲はそのライン川そのものです。すみません。どういう意味かというのは行って見て感じてもらうしかありません。このシューマンの名作は後世にライン交響曲と呼ばれるようになりました。シンフォニーのあだ名ピッタリ賞コンテストがあったらダントツ1位がこれです。
名歌手は全部ライン川で書かれたわけではありません。でもあのハ長調の輝かしい前奏曲はヴイ―スバーデン・ビープリヒというライン川べりで書かれたのです。ワーグナーの家は水面にちかく、滔々と悠々と流れるラインが自分の庭になったような錯覚すらあります。太陽がまぶしい秋の朝、目覚めて窓を開けると眼前に滔々と流れるライン川、そこにバスの効いたあの曲が流れる。僕の理想の光景です。
こういう経験をして、僕はだんだんとお月様を見て「美しい」と思う感性も身についてきました。物体だ、という感性が消えたわけではなく、少しはバランスのとれた大人のリスナーに成長できたということでしょうか。基本的にはロマンチストなので、ボエームやカルメンを涙なしに聴き終えたことはないし、ラフマニノフの第2交響曲を甘ったるい駄作だなどとは全く思いません。
しかしメンデルスゾーンのジーンとした感じは、涙が出るとか甘いとかそういう次元の話ではありません。泣くというのは作曲家が仕掛けた作戦にまんまとはまっているということです。そうではなく、作曲家がそういう作戦を練る前の舞台裏で、一緒に昼飯を食ったというイメージなのです。どうも話が霊媒師みたいになってきました。
ところで今、心を奪われているのがラヴェルです。音楽を書く手管、仕掛けのうまさという意味でこの人は最右翼です。もちろん、どの作曲家も聴き手を感動させようと苦労し、手練手管を尽くしています。そうでないように思われているモーツァルトの手管はパリ交響曲について書いた彼の手紙に残っています。しかしラヴェルはその中でも別格。うまいというより、彼は手管だけでできたみたいなボレロという曲も書いています。もうマジシャンですね。ドビッシーと比べて、そういう側面を低く見る人もいます。
僕も、そうかもしれないと思いながら、聴くたびに手管にはまっているわけです。ダフニスとクロエ。このバレエ音楽の一番有名な「夜明け」を聴いて下さい。僕は2度ほどギリシャを旅行してます。あのコバルトブルーの海に日が昇るような情景をこれほど見事に喚起する例はありません。音楽による情景描写というのはよくあります。しかしこれを聴いてしまうと他の作品は風呂屋のペンキ絵みたいに思えてしまいます。そのぐらいすごい。手管だろうがペテンだろうが、この域に達すると文句のつけようもないのです。
僕のラヴェル好きは高校時代にはじまります。春の祭典と同じ感覚で。両手の方のコンチェルトの第2楽章、ピアノのモノローグを弾くのは今でも人生の最大の喜びの一つです。もう和音が最高。ダフニスと同じコード連結が出てくる夜のガスパール第1曲も(これは弾けません)。バルビゾンの小路に似合う弦楽四重奏の第1楽章。僕にとって、ヨーロッパの最高度の洗練とはラヴェルの音楽なのです。
あれもいいこれもいい。 50年も聴いてくるとこうなってしまうのです。しかし50年たっても良さがわからない有名曲もたくさんあります。最後は好みです。もう今さらですから、ご縁がなかったとあきらめることにします。好きな曲は何曲あるか知りませんが100はないと思います。50-60ぐらいでしょうか。
これから、時間はかかりますが、1曲1曲、愛情をこめて、なぜ好きか、どこが好きかを書いていきます。これは僕という人間のIDであり、作曲家たちへの心からの尊敬と感謝のしるしです。読んで聴いて、その曲を好きになる方が1人でもいれば、僕は宣教師の役目を果たしたことになります。聴かずして死んだらもったいないよという曲ばかりです。必ずみなさんの人生豊かにしてみせます。ぜひお読みください!




