クラシック徒然草-秋に聴きたいクラシック-
2014 OCT 5 12:12:43 pm by 東 賢太郎
以前、春はラヴェル、秋にはブラームスと書きました。音楽のイメージというのは人により様々ですから一概には言えませんが、清少納言の「春はあけぼの」流独断で行くなら僕の場合やっぱり 「秋はブラームス」 となるのです。
ブラームスが本格的に好きになったのは6年住んだロンドン時代です。留学以前、日本にいた頃、本当にわかっていたのは交響曲の1番とピアノ協奏曲の2番ぐらいで、あとはそこまでつかめていませんでした。ところが英国に行って、一日一日どんどん暗くなってくるあの秋を知ると、とにかくぴたっと合うんですね、ブラームスが・・・。それからもう一気でした。
いちばん聴いていたのが交響曲の4番で毎日のようにかけており、2歳の長女が覚えてしまって第1楽章をピアノで弾くときゃっきゃいって喜んでくれました。当時は休日の午後は「4番+ボルドーの赤+ブルースティルトン」というのが定番でありました。加えてパイプ、葉巻もありました。男の至福の時が約束されます、この組み合わせ。今はちなみに新潟県立大学の青木先生に送っていただいた「呼友」大吟醸になっていますが、これも合いますね、最高です。ブラームスは室内楽が名曲ぞろいで、どれも秋の夜長にぴったりです。これからぼちぼちご紹介して参ります。
英国の大作曲家エドワード・エルガーを忘れるわけにはいきません。「威風堂々」や「愛の挨拶」しかご存じない方はチェロ協奏曲ホ短調作品85をぜひ聴いてみて下さい。ブラームスが書いてくれなかった溜飲を下げる名曲中の名曲です。エニグマ変奏曲、2曲の交響曲、ヴァイオリン協奏曲、ちょっと渋いですがこれも大人の男の音楽ですね。秋の昼下がり、こっちはハイランドのスコッチが合うんです。英国音楽はマイナーですが、それはそれで実に奥の深い広がりがあります。気候の近い北欧、それもシベリウスの世界に接近した辛口のものもあり、スコッチならブローラを思わせます。ブラームスに近いエルガーが最も渋くない方です。
シューマンにもチェロ協奏曲イ短調作品129があります。最晩年で精神を病んだ1850年の作曲であり生前に演奏されなかったと思われるため不完全な作品の印象を持たれますが、第3番のライン交響曲だって同じ50年の作なのです。僕はこれが大好きで、やっぱり10-11月になるとどうしても取り出す曲ですね。これはラインヘッセンのトロッケン・ベーレンアウスレーゼがぴったりです。
リヒャルト・ワーグナーにはジークフリート牧歌があります。これは妻コジマへのクリスマスプレゼントとして作曲され、ルツェルンのトリープシェンの自宅の階段で演奏されました。滋味あふれる名曲であります。スイス駐在時代にルツェルンは仕事や休暇で何回も訪れ、ワーグナーの家も行きましたし教会で後輩の結婚式の仲人をしたりもしました。秋の頃は湖に映える紅葉が絶景でこの曲を聴くとそれが目に浮かびます。これはスイスの名ワインであるデザレーでいきたいですね。
フランスではガブリエル・フォーレのピアノ五重奏曲第2番ハ短調作品115でしょう。晩秋の午後の陽だまりの空気を思わせる第1楽章、枯葉が舞い散るような第2楽章、夢のなかで人生の秋を想うようなアンダンテ、北風が夢をさまし覚醒がおとずれる終楽章、何とも素晴らしい音楽です。これは辛口のバーガンディの白しかないですね。ドビッシーのフルートとビオラとハープのためのソナタ、この幻想的な音楽にも僕は晩秋の夕暮れやおぼろ月夜を想います。これはきりっと冷えたシェリーなんか実によろしいですねえ。
どうしてなかなかヴィヴァルディの四季が出てこないの?忘れているわけではありませんが、あの「秋」は穀物を収穫する喜びの秋なんですね、だから春夏秋冬のなかでも音楽が飛び切り明るくてリズミックで元気が良い。僕の秋のイメージとは違うんです。いやいや、日本でも目黒のサンマや松茸狩りのニュースは元気でますし寿司ネタも充実しますしね、おかしくはないんですが、音楽が食べ物中心になってしまうというのがバラエティ番組みたいで・・・。
そう、こういうのが秋には望ましいというのが僕の感覚なんですね。ロシア人チャイコフスキーの「四季」から「10月」です。
しかし同じロシア人でもこういう人もいます。アレクサンダー・グラズノフの「四季」から「秋」です。これはヴィヴァルディ派ですね。この部分は有名なので聴いたことのある方も多いのでは。
けっきょく、人間にはいろいろあって、「いよいよ秋」と思うか「もう秋」と思うかですね。グラズノフをのぞけばやっぱり北緯の高い方の作曲家は「もう秋」派が多いように思うのです。
シューマンのライン、地中海音楽めぐりなどの稿にて音楽は気候風土を反映していると書きましたがここでもそれを感じます。ですから演奏する方もそれを感じながらやらなくてはいけない、これは絶対ですね。夏のノリでばりばり弾いたブラームスの弦楽五重奏曲なんて、どんなにうまかろうが聴く気にもなりません。
ドビッシーがフランス人しか弾けないかというと、そんなことはありません。国籍や育ちが問題なのではなく、演奏家の人となりがその曲のもっている「気質」(テンペラメント)に合うかどうかということ、それに尽きます。人間同士の相性が4大元素の配合具合によっているというあの感覚がまさにそれです。
フランス音楽が持っている気質に合うドイツ人演奏家が多いことは独仏文化圏を別個にイメージしている日本人にはわかりにくいのですが、気候風土のそう変わらないお隣の国ですから不思議でないというのはそこに住めばわかります。しかし白夜圏まで北上して英国や北欧の音楽となるとちょっと勝手が違う。シベリウスの音楽はまず英国ですんなりと評価されましたがドイツやイタリアでは時間がかかりました。
日本では札幌のオケがシベリウスを好んでやっている、あれは自然なことです。北欧と北海道は気候が共通するものがあるでしょうから理にかなってます。言語を介しない音楽では西洋人、東洋人のちがいよりその方が大きいですから、僕はシベリウスならナポリのサンタ・チェチーリア国立管弦楽団よりは札幌交響楽団で聴きたいですね。
九州のオケに出来ないということではありません。南の人でも北のテンペラメントの人はいます。合うか合わないかという「理」はあっても、どこの誰がそうかという理屈はありません。たとえば中井正子さんのラヴェルを聴いてみましたが、そんじょそこらのフランス人よりいいですね。クラシック音楽を聴く楽しみというのは実に奥が深いものです。
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シューマン交響曲第2番ハ長調 作品61
2014 JUL 14 20:20:20 pm by 東 賢太郎
ウィーンのシューベルト宅で遺稿の中からハ長調交響曲(第9番、ザ・グレート)を発見したのはシューマンである。執拗なリズムの繰り返しによる長大な終楽章をもつこの交響曲の質感は、同じハ長調で書かれたシューマンの2番と近親性のある音楽であると感じる。ザ・グレートは得体のしれない病魔(梅毒だった)から逃れようとしたシューベルトが、ある束の間に得た小康状態に精神が飛翔したことを記す作品だと僕は解釈しているが、シューマンもそれと似た境遇でこれを書いた。2番はメンデルスゾーン指揮ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団により初演された。1839年のことである。
そのメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」は1843年に作曲され、その第9曲(結婚行進曲)がハ長調のトランペットで開始するのはあまりにも有名だ。そして、シューマンは交響曲第2番を「ハ長調のトランペットが頭に響いている。」と手紙に書き、1845年に着手している。そうして産声を上げた2番は、その翌年、手紙の相手であったメンデルスゾーンの指揮で同じオーケストラによって初演された。
第1楽章の序奏部の頭にいきなり出てくるが、シューベルトでもメンデルスゾーンでもなく、ハイドンの交響曲第104番冒頭をより直截的に連想させる。
シューマンがトランペットの幻聴を聞いたのは精神を病んでいたからとされる。「この交響曲を私は1845年12月に半ば病気のまま書きました。それは、聴けばわかるような気がします。終楽章で初めて気分が良くなりました。 本当に気分が治ったのは全曲が完成してからです。それでも全体は、私に暗い時期を思い出させます。」と彼はハンブルグの指揮者D.G.オッテンに書き送っている(スイトナー盤、前田昭雄氏解説より)。
しかし、それにもかかわらず、この曲は名曲である。3番を最も愛する僕であるが、交響曲としての完成度なら迷わずこの2番をシューマンの最高峰としたい。この曲を「楽想の深さ、形式の美しさ、遠大な構想と造形性は驚くべきものがある」と絶賛したチャイコフスキーは、やはり金管によるモットー主題が全曲にわたって要所要所に再現する構造をもった交響曲第4番を1878年に書いた。そのように「一日中頭にこびりついて離れない観念」を表すモットー主題を「イデー・フィックス」と呼ぶが、その元祖はベルリオーズが1830年に書いた「幻想交響曲」である。
交響曲第4番ヘ短調はホモ・セクシャルのチャイコフスキーが意図せぬ結婚で悩み、内から突き上げる衝動におののいていた時期の作品である。第1楽章にその「おののき」の痕跡がある、と僕は考えている。例えば、3拍子で頭を欠くきわめて不安定な第1主題「ンッパーパ、ンッパーパ」の律動の繰り返しがそれだ。それは展開部に至って崩壊寸前の狂気となる。それはシューマン2番の第1楽章「ンッパパーパ、ンッパパーパ」の際限なき繰り返しがインスパイアしたかのようだ。止めどもないパルスのような狂気リズム。第2主題の影が薄いほど強く衝動的なそれは、シューマンの「病気」をクリアに刻印していると思う。コーダでは狂気リズムの饗宴の中からモットー主題が頭をもたげる。
第2楽章にスケルツォが来てしまうのはベートーベンの9番の再来だが、僕はベルリオーズの幻想交響曲の第2楽章「舞踏会(Un bal)」(allegro non troppo)をより強くイメージする。踊っている恋人の姿に嫉妬の炎が燃え、優雅なはずのワルツの旋律が妙にざわざわした、台風が来る前の森の中のような雰囲気になる。同時代音楽の評論活動も盛んにしていたシューマンが雑誌『音楽新報』において「幻想交響曲」を詳細に解説し、激賞する文章を書いている(1835-36年)のは有名である。第2トリオからコーダにかけては狂気のような疾走となり、そこにモットー主題が頭をもたげる。両者ともに、文字で書くとそういうことになる。
第3楽章は第9のアダージョでも幻想交響曲の「野の風景」でもない、赤く血のにじむ音楽である。ヴィオラがひっそりと刻む「ンッパーパ」は不穏な第1楽章の頭欠けリズムの余韻である。それにに乗ってヴァイオリンがどこか無理のある、苦しみから逃れようとするかのような6度の跳躍を2度するが、どちらもバスを2度通り越した9度の音程まで飛んで悲痛な軋りをたてる。しかもシューマンはその軋りをfpで強調する。
中間部はモーツァルトの歌劇「魔笛」第1幕で大蛇をやっつけた三人の侍女が「勝利!」と歌う部分のアルトの主題であることにお気づきだろうか?それがカノン風の展開を見せて一時の平静が訪れる。やがてアダージョ主題が戻り、ppからpoco a poco cresc.(徐々に増音しろ)とあるが、最強音の指定がスコアにない。クーベリックやバーンスタインはffまで弦をあおって悲痛なピークを作るが、ここが指揮者の主張のしどころだろう。
僕がいつ聴いても感服するのは終楽章の入りだ。ハ長調の音階をドからドへかけ上がって半音を c#、d と2回登り、Dを経てGに。これが短い導入部に聞こえ、それに続くト長調主題が第1主題と誰もが思う(ピアノ譜のオレンジ部分)。ところがこれがなりすましの偽主題で、すぐに主調であるハ長調で同じ主題が堂々と鳴る(こういうトリックはベートーベンの交響曲第1番譲りだ)。この4度上への突然の移調、僕が以前より主張している「サブドミナントへの移行(ド→ファ)は明るい未来、希望を表す」という音楽法則に従っている。シューマンはここで回復への確信を高らかに宣言しているのだ。
青枠で囲った部分の和声変化は卓越しているとしか言いようがない。チェロの対旋律の軋みや重めのオーケストレーションが最高で、ホールの残響と次の和音が不協和になるのがまた刺激的で心地良い。この楽章にはシューマンの管弦楽曲を聴く喜びがぎっしりと詰まっており、あらゆるシンフォニックな音楽のエンディングとして最高の興奮と高揚感をもたらしてくれるもののひとつである。
終楽章はC→Fの高らかなファンファーレ風の「明るい未来コード」に続いてヒロイックな4度のティンパニ・ソロで閉じる。これは、やはりチャイコフスキーの4番、マーラーの1番(ともに弱音で)、そして強音でショスタコーヴィチの5番に、ヤナーチェックのシンフォニエッタに、また単音ソロでブラームスの4番にも伝わる。まさにシューマンが病苦に打ち勝った凱歌、号砲という感じがする。それはベートーベンが耳疾の苦難を克服してエロイカや5番の精神の高揚を響かせることができたのと同じく、一度奈落の底に沈んだ人間にしか許されない強烈な「倍返し」の歓喜だ。誰もが感銘を受けるだろうが、特に、落ち込んでうつ状態にある人をこそ絶大に鼓舞する効果があるのではないだろうか?
この曲に開眼したのは77年にNHK・FMをエアチェックしたゲルト・アルブレヒト指揮ウィーン・フィルのライブ(同年8月11日)を聴いてからだ。いまだもってこれを上回るものは聴いたことがない。最近亡くなったアルブレヒトのドイツものは良かった。読響でシューマンの1番を聴いたがこれも名演だった。その2番はカセットに録音して大学時代に擦り切れるほど聴いたのだが、度重なる海外引っ越しで紛失してしまった。お持ちの方がおられれば是非ダビングさせてください。
シューマンの4曲というのはドイツ人の名指揮者でも全曲を振っていない人が多い。抜けるのはたいがい2番と3番である。僕の記憶では、フルトヴェングラーが1,4番、ベームが4番、ケンペが1番、クナッパーツブッシュが4番、ワルターが3,4番しか振っていない(こういうことは疎いので間違っていたらご訂正いただきたい)。逆にシューリヒトのように2,3番だけという人もいるし、全集用に1度だけ2,3番を録音したカラヤンもいる。2番を特に好んだ人にはバーンスタイン、シノーポリ、カザルスなど非ドイツ人が多いのも面白い。ちなみに僕は2,3番派である。
ベルナルド・ハイティンク / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
こういう演奏が評価されないなら何か変だと思う。クラシックは古典だから何もかも保守的にという気はないが、こういうものを評価する趣味を持った聴衆が作ってきた共同体文化がクラシック音楽というものの実体であり、アバンギャルド的試みがアンチテーゼとして存立するのもその母体が盤石だからだ。それはオケの技量や楽譜の選択というレベルの話ではない。ハイティンクがスコアに読み取っているシューマンのドイツ語の発音、イントネーションの問題だろう。
3番で挙げたイェジー・セムコフ / セントルイス交響楽団、ウォルフガング・サヴァリッシュ / ドレスデン国立歌劇場管弦楽団、ラファエル・クーベリック / ベルリンフィルの3つの全集の2番もお薦めできるが、ここでは別の人のものを挙げる。
ハンス・フォンク / ケルン放送交響楽団
EMIによるライブ録音の全集。ドイツに住んでいると日常的に聴ける演奏会がどんなものか知っていただくのに好適なCD。オケは相当弾きこんでいる様子で、メリハリ、抑揚がつき、弦の細かなニュアンス、刻みがはっきりと聞き取れる。管弦ともに音楽の句読点に一切の曖昧さもなく、子音の効いたドイツ語の語感をこれほど感じる演奏もない。終楽章の見事なアンサンブルによる熱い音楽は大変結構なもの。
アルミン・ジョルダン / スイスロマンド管弦楽団
第1楽章冒頭から管楽器の透明な響きが個性的で、主部からも金管にフランスの色調があり面白い。第3楽章のトランペット、ホルン、クラリネットの入る夢の中にいるようなアンサンブルを聴いていただきたい。魔笛の部分はまるで幻想交響曲の第3楽章のようである。非常に気迫のこもった演奏が展開されるが造形は見事なバランスを保っており、シューマンを聴いたという究極の満足感にいささかも不足するものではない。オケの名前と曲がミスマッチ感があるためか廉価盤化しているがとんでもない。この2番は大変な名演である。
パブロ・カザルス / マルボロ祝祭管弦楽団
第1楽章の主部のティンパニを強打した気迫。荒々しい金管の強奏。ハイティンク、フォンクがドイツ語ならこれはラテン語系の母音を伸ばしてアクセントを置くシューマンである。カザルスはアンサンブルを整えるよりも曲のエッセンスを鷲づかみにしている。彼の言いたいことを奏者たちが全力で音にしている感動的な記録だ。ジョルダンもそうだが、彼はこの2番が好きなのだ。尋ねたわけではないがそう確信してしまう。音楽を作るというのはお仕事ではだめだ。我々は奏者の情熱に動かされるし、それを容易に見抜きもするものだ。
さきほど耳にしました。やや芝居がかってはいますが良い演奏だと思います。レナード・バーンスタイン指揮バイエルン放送交響楽団、83年ライブをお借りします。
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シューマン ピアノ五重奏曲 変ホ長調 作品44
2014 JUN 28 10:10:21 am by 東 賢太郎
ある人に室内楽で初心者にわかりやすい名曲はと聞かれました。さて、そういうふうに考えたことがないものですからちょっと困った。わかりやすいというのは覚えやすいという事だろうと勝手に解釈・・・。
『そうですね、モーツァルトのクラリネット五重奏曲、ベートーベンのヴァイオリン・ソナタ「春」、シューベルトのピアノ五重奏曲「ます」、メンデルスゾーンの弦楽八重奏曲、ブラームスの弦楽六重奏曲第1番、ドヴォルザークの弦楽四重奏曲「アメリカ」・・・・』ときて、いけませんね、大事なのを忘れてた。
ロベルト・シューマンのピアノ五重奏曲 変ホ長調 作品44
これで決まりでしょう、覚えやすいのは。とにかく複雑難解なところがありません。元気溌剌と始まる第1楽章、いきなり出るのが第1主題です。たおやかな第2主題は楽器のかけあいで(以上が「提示部」)。ちょっと緊張感のある「展開部」が続いて、またまた元気溌剌の第1主題が再登場(これが「再現部」)。展開部と同じ出だしで「終結部」(コーダ)へ。もう絵にかいたようなソナタ形式ですね。
第2楽章はハ短調の葬送行進曲。覚えやすいメロディーです。中間部はとてもシューマンらしい(気取って「シューマネスク」なんていう人もいます)ロマン的な緩徐部が激しい楽想をはさみこむ形式になります。第3楽章はスケルツォで、音階を上がったり下がったりでこれもすぐ印象に残ると思います。そして終楽章、またまたいきなり第1主題が。解説いりませんね。最後はこの主題が第1楽章の主題と組み合わされて二重フガートになり、堂々と全曲を結びます。
どことなくモーツァルトのジュピターとベートーベンの英雄をミックスした小型版という感じのコンセプトでしょうか。弦楽四重奏にピアノを加えた編成はそれまであまりなく、この曲が有名になった第1号です。シューマンがクララと結婚して2年目の32歳の秋にわずか1か月強で一気に書かれました。彼はあるジャンルにのめりこむとそればかり集中して作る傾向のある人で、作品1から23はピアノ曲ばかり、1840年は歌曲の年、41年は交響曲の年、そしてこれを作曲した42年が室内楽の年と呼ばれます。
youtubeからお借りしてさっそく。
これはイェルク・デムス(ピアノ)とバリリ四重奏団の演奏で、1956年発売ながら音は温かみがあって良好であり、この曲の代表的録音として知られる名盤であります。バリリ四重奏団はウィーン・フィルの稿でご紹介した小型ウィーン・フィルともいえる名カルテットであります。ピアニストのデムスはナット、ギーゼキング、ケンプ、ミケランジェリ、フィッシャー
の弟子でパドゥラ・スコダ、グルダとともにウィーン三羽烏のひとりといわれた名手です。この若い頃のタッチとフレージングは瑞々しく格調がありほんとうにすばらしい。この曲の出来はピアノが大きく左右します。僕は迷うことなくこれをファースト・チョイスにお薦めいたします(CDは右)。ここにもう一つはいっている作品47のピアノ四重奏曲の方はさらに深みのある名曲の名演であり、ぜひ両方とも聴いていただきたいものです。
メナヘム・プレスラー(ピアノ)/ ボザール・トリオ
ボザール・トリオは1955年にプレスラーによって編成された米国のピアノトリオ(ピアノ、ヴァイオリン、チェロ)です。惜しくも解散しましたが名演を多く残しました。ピアニストが大事と書きましたが室内楽の場合はヴィルトゥオーゾならいいというわけにはいきません。プレスラーは合わせが上手で弦楽器奏者とフレージング(例えばトリル)がぴたりと合っており、スケルツォにその好例を聴くことができます。そのようなアンサンブルの妙こそ室内楽の醍醐味であり、この演奏は各人が特に名手でも個性豊かでもありませんが合奏力でハイレベルな音楽になってしまうというもの。バリリ盤と比べてぜひ耳を肥やしていただければ室内楽の豊穣な世界への第一歩となるはずです。
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クラシック徒然草-田園交響曲とサブドミナント-
2013 AUG 4 1:01:12 am by 東 賢太郎
交響曲第6番パストラル(Pastoral)はベートーベン自身が名づけた2つしかない器楽曲の一つです(もう一つは告別ソナタ)。この表題を「田園」と訳すと、田舎の風景に感動した彼がそれを描写した音画のようにきこえますが、Pastoralは古来よりヨーロッパにある文学、詩歌、絵画、音楽の総合様式の名称でありますから、本来は交響曲第6番「パストラル風」とでも訳すべきものではないでしょうか。1785年に発表されたクネヒトという作曲家の「自然の音楽的描写、または大交響曲」が6番とそっくりの表題をもった5楽章の曲であり、ベートーベンがこれを知っていたことはほぼ確実視されています。だからこそ彼は自らあえて「・・・風」と命名し、5楽章を踏襲してそっくりのプログラムまで加えておいて、「これは音楽による風景描写ではない」とわざわざ断ったのではないでしょうか。それはヴィヴァルディ「四季」、JSバッハ「クリスマス・オラトリオ」、ハイドン「四季」などを経て数多存在し、クネヒトのような作品につながった器に「新しい酒」を盛ってみせるという挑戦状だったように思います。
「・・・風」と言った場合、それは「・・・」ではないのです。それを借景としているだけであって。ノッテボームによればスケッチ帳に曲名を何としようか試行錯誤した形跡があるそうです。そのなかに「Sinfonia caracteristica-oder Erinnnerrung an das Landleben」(性格的交響曲-あるいは田園生活の思い出」というのがあります。 caracteristicaが性格的は苦しいですね。「特別な性格の刻印のある交響曲」といったほうが正確でしょう。「田園交響曲、音画にあらず、田園の享受が人々の心に呼び起こすところの感情が表現されている-そこで二三の感情が描写される」ともあります。第2楽章、第4楽章で鳥の声や雷鳴が描写されているのですがそれは劇のト書きにすぎません。彼はそれを聴かせたいのではなく、それらが喚起する心象風景を音で描くというロマン派音楽の萌芽ともいえる革命的なチャレンジをしているのです。
第6交響曲は、緊張度の高い5番の路線に疲れて気晴らしに書きましたというような安楽な作品ではありません。これも5番の向こうを張る大交響曲であり、見れば見るほど、聴けば聴くほど、その堅固な構造と周到な作曲プランの独創性に驚かされます。冒頭にこのようなメイン・ステートメントとなる主題がいきなり提示されフェルマータで引き伸ばされるのは5番と同じです。
この山型の弧を2度えがく主題がこの楽章でいかように音列の素材として、また分解されてリズムの部品として何度も何度も繰り返し使われていくのか。第九を暗示する左手の空虚5度(ドローン)が第3,5楽章でいかに和声に意味深い滋味を加えるのか。こういう側面からの分析は先人がやり尽くしてる観があります。
5番も6番も、冒頭素材が生まれながらに内包している音の指向性に添って全体が組み立てられているのは同じです。ところが5番は内側に凝縮、6番は外側に拡散という正反対の性質の素材であり、その結果前者はエネルギーと推進力、後者はゆらゆらと浮遊するような歌謡性という形質を得ることになったように思えます。さらに見れば、5番は建築的な論理構造をもってソナタ形式と不可分に結合していますが、6番はそれがソナタ形式で書かれていることを構造的にも和声的にも忘れてしまうほどゆるやかな形をしています。ベートーベンはエロイカの終楽章に変奏曲を持ち込みましたが、僕はこの田園交響曲にも変奏曲の要素と精神を強く感じるのです。
「変奏こそ、技法的に提示されたベートーベンの創造の核心なのであり、変奏の精神は彼の全生涯を貫いて作品に現れている」(吉田秀和著・ベートーベンを求めて)。ウィーンに出てきたベートーベンはまず即興演奏の名人として有名になります。自作または他人のテーマを自由に即興的に変奏して感銘を与えることで貴族社会に知られていったのです。「彼の即興演奏は非常に輝かしく感動的なものだった。彼はどんな集まりでも、聴き手のすべての目に涙を浮かばせ、なかには声を立ててすすり泣く人もいるほどだった。」(同書によるランドンの引用)。ところがです。「この即興演奏が終わると、彼は大声で笑い出し、自分が引き起こした感情にひたっている聴衆を冷やかすのが常だった。『君たちはバカだ。こんな甘やかされた子供たちといっしょにいられるものじゃない』と彼は叫ぶのだった」(同)。田園交響曲の引き起こした感情にひたっている我々を彼はこうして冷やかすのでしょうか?
田園交響曲が引き起こすある特定の感情。これがどうやってどこからやってくるのか?少なくとも僕は誰かがそれを指摘したのを読んだことがないのですが、その解答のひとつと僕が信じているこのシンフォニーのある重要な特徴について書きたいと思います。それはこの交響曲全編にわたって「トニック(ド)→サブドミナント(ファ)」という進行が支配的であり、「ドミナント(ソ)→トニック(ド)」が決定的に支配している5番と好対照であることです。6番においてはもうすべての音がサブドミナントの方へ特別な引力で引っ張られているといって過言でないほど。こんな音楽は珍しいのです。なぜならソ→ドの解決こそ西洋音楽の文法のイロハのイだからです。音の万有引力の法則と呼んでもいい。あー曲が終わった、という感じがしますからクラシックはこの進行で終わるケースが多いのです。ところが6番の最後はミ→ドで締め。そうではありません。これは第2楽章で鳴いていたカッコーのエコーです。なんておしゃれな終わり方でしょう。反対に5番はソ→ドの嵐です。これでもかといわんばかりに。おれたちは万有引力から逃れることはできないんだ、これが宇宙の原理なんだ運命なんだと説きふせられて終わるのです。
ちょっとわかりにくいですね。おなじみの例で示しましょう。学校の始業式なんかで校長先生が出てきて「起立」と号令がかかって、ピアノが弾くあのC-G-Cの3つの和音があります。Gで「礼」をしますね。では校長のご講話をという落ち着いたムードになります。ではここでC-F-Cと弾いたらどうでしょう。ぜひお家のピアノで試してください。まず、Fで頭を下げるのはちょっと変ではないでしょうか。僕はむしろ上を見上げたくなります。それから、これが重要ですが、Fで落ち着かない感じがしませんか。次にCに戻ってもいいのですが、必ずCに戻るという感じが希薄になります。これがGだと、「次はなに?Cしかないでしょ!」というとても頼りになるお導きを感じますね。これが「音の万有引力の法則」と僕が勝手に名づけたものです。ドミナント(ソ)はトニック(ド)の引力に強力に引きつけれらるのです。C→Fだとご講話どころか「さあ遠足だ」の気分です、もう今日は学校には戻らねえです僕などは。そういう悪がきをご講話にしっかり戻すにはFの後にGをもってきて、その引力でCに戻さないといけないほどFは外交的でふらふらして、しかしその反面 「明るくて希望を感じさせる」 効果があります。
もっとはっきりした例をお見せしましょう。坂本九さんの「上を向いて歩こう」を歌ってみて下さい。サビのところです。「幸せはー雲のー上にー」。この「幸せはー」がF(サブドミナント)なんです。パッと明るく希望の光がさします。これぞC→Fの希望効果です。ところがその次。「幸せはー空のー上にー」今度は「はー」が半音下がってFmになって、すぐに幸せに陰りが出ます。「希望」と「不安定」、お感じになれますか?もうひとつ。ビートルズのA Hard Day’s Nightです。
It’s been a hard day’s night, and I’d been working like a dog
It’s been a hard day’s night, I should be sleeping like a log
But when I get home to you I find the things that you do
Will make me feel alright
青字のところはFです。 声はソを歌っているのに!(Fはファ・ラ・ドです。ソは入ってません)。「いやー今日は疲れたぜ。犬みたいに働いてもう丸太みたいに寝るだけだ。」そう歌っています。そうでしょうか?そうではない。だから But とくるのです。家に帰ると君がいて元気にしてくれるから・・・。 day’sにF(=希望)が鳴るからです。嘘だと思ったらFの代わりにGで弾いてみてください。ホントに疲れて、あーもう今日は寝るだけだー、Good night。君の顔を見る前に丸太になっています、僕は。このワンコーラスでGはたったの一回しか出てきません(イタリック部分)。万有引力をぶっちぎって校長先生ではなく遠足気分なんです、この男は。
だいぶ脱線しました。万有引力で田園交響曲にもどりましょう。もういちど、上の譜面を見てください。このメロディーを歌ってみましょう(移動ドで)。
ミーファーラーソーファミレーソードーレーミーファミレー
この節ですが何かに似ていませんか?これです。
ミーファソソファミレドドレミミーレレー
なんだ。第九じゃないか。どこが似ているんだ?嘘だと思われてしまいそうですね。そういう方は、最初に出てくるソをラに替えて歌ってみてください。ミーファラソファミレ・・・・。どうです、似ているでしょう?2番目と3番目の音、ファとラは左手のドと一緒になってFを構成します。ところが第九のこの有名なメロディーはほとんどCとGの和音だけです。Fというとはるか先にサビに一回出るまではまったく出てこないのです。だからこのソをラに替えると急にFの色が現れます。魔法のように。そしてそれが田園交響曲を連想するメロディーに聴こえてしまう。いかに6番がFの色が濃い音楽か、そしてそれが無意識に皆さんの記憶にしっかりと刻まれているか、ご理解いただけるでしょうか。
Fの希望効果。都会から出てきてハイリゲンシュタットの田園風景にふれたベートーベンの心の喜び。同じ場所で数年前に遺書まで書いた男が新たに生きる希望をもって、自分はこんなに元気になったと世に問う自らのポートレイト。それが6番ではないでしょうか。第3楽章スケルツォの農民の踊り。第165小節から
始まるトリオはびっくりです。4分の2拍子の素朴かつ力強いスフォルツァンドで16小節にわたってC→F→C7→Fというコード進行です。Gは出てきません。Cがセブンスになるので一瞬あたかもサブドミナント(F)に転調したかのような宙ぶらりんの感覚になります。希望のFにいつまでもい続けたい!この曲のサブドミナント指向の象徴的な場面です。この部分の伴奏のクラリネットをよくお聴きください。非常にビートルズ的です。レノン-マッカートニーのハモリに聴こえるぐらい。この楽章ですが最後になって急にプレストになります。嵐が近づいて雨がぱらついてきたな!すぐわかります。ここはこの交響曲で最も描写的だと僕が思っている部分で、踊っていた農民はクモの子を散らすように退散するのです。
第4楽章は増4度の和音が鳴り響きます。嵐です。ソ・ド・ファの4度、5度の調和が破れ、ティンパニとピッコロが雷鳴を暗示します。ここのスコアはベルリオーズの幻想交響曲の終楽章そっくりです。音の効果でいえばロッシーニのウイリアムテル序曲、メンデルスゾーンのスコットランド交響曲、リムスキー・コルサコフのシェラザードなど遺伝子の伝播は数えたらきりがないほど。そして農民が退散→雷鳴→牧歌という起承転結は鮮やかで、このコントラストが第5楽章の神への感謝の気持ちを高めています。まずクラリネットが第1楽章冒頭と同じくドとソの空虚5度のヴィオラのドローンにのってハ長調の牧歌を奏でます。次にそれがホルンに受け継がれるとチェロがppでそっと低いファを入れます。増4度の支配する不均衡はファ+ド+ソの5度+5度という神の調和に完璧に収斂していくのです。雨上がりの森や丘に金色の陽光がさしこんだような神聖で荘厳な効果は息をのむばかりです!なんてすばらしいんだろう。蛇足ですが、農民が退散→雷鳴→牧歌からこの部分への効果と心象風景が見事に遺伝しているのがストラヴィンスキーの火の鳥のフィナーレなのです。
第5楽章が希望のFに満ちあふれていることはいうまでもありません。喜びに満ちて歌われるこの牧歌主題はモーツァルトのピアノ協奏曲第27番のロンド主題、あの歌曲K.596「春への憧れ」に転用された主題のリズムを想わせます。そしてこの主題についている和音はC-F-G-C-Am-F-Gですが、C-Am-F-Gはモーツァルトが偏愛した和声連結でもあります。結構長くなりました。まだまだこの曲について書き残したいことは山ほどあります。この交響曲は僕が最も愛するものの一つです。これを聴いて頭に体に感じる満足感というのはまた5番のそれとはちがったもので、ベートーベン以外を見渡してもほとんど類のないものです。ベートーベンには冷ややかに「君はバカだ」といわれそうですが、同じバカなら聴かなきゃ損、損です。
そしてこれが残した最も優れた直系の子孫こそ、やはり僕が愛するシューマンの交響曲第3番なのです。それについてはこのブログに書きましたので是非お読みください。
シューマン交響曲第3番変ホ長調作品97「ライン」(第3楽章)
(追補) 冒頭主題(下)において、第4小節で一度和音はドミナントに移行してフェルマータで長く伸ばされる。小さいがとても深い沈静感と充足感が交響曲の頭でいきなり訪れるという開始はめずらしい。次に第5小節で和声はF→B♭(つまりC→F)となり、第6小節でヴィオラがe(ミ)、つまりドミナントへ行くが、バスであるチェロはそれを無視してf(ファ)、つまりトニックのまま居座ってしまうため「長7度」という不協和音が鳴る(楽譜の赤丸部分)。
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ここをピアノで弾いてみればわかる。これが不協和音に聴こえないのだ。僕の耳には、「安寧のドミナントへ行くのはまだはやい。これから楽しいことがあるんだ。」と聴こえる。バスのファ(トニック)がそうやってムードを押し戻して主張している。
これと同じことが第5楽章の始めで起こる。まず第1-4小節でクラリネットがハ長調の分散和音のテーマを出す。バスはヴィオラのドとソである。このテーマを第5小節からホルンが受け継ぐと、バスにチェロのファがそっと加わる(赤い部分)。
テーマはミの音を避けるので長7度は鳴らないが、ハ長調(つまりドミナント)の根っこに和声外音のファ(トニック)が神様の陰のように現れる効果は筆舌に尽くしがたい。「安寧のドミナントへ行くのはまだはやい。これから楽しいことがあるんだ。」という天の声が僕には聞こえてくる。僕は仏教徒で聖書もまともに読んでいないが、ここはキリスト教的な雰囲気を感じる。信者にとってこの部分はどう聞こえるのだろう?
そして第5楽章のコーダに至る。
すべては静まって、いよいよ終わりの時を迎える。和声はF→C→F→B♭→C→Fとなり、一度だけサブドミナント(B♭)で上を見るが、すぐにドミナント(C)に打ち消されて鎮められてしまう。安寧のドミナントの時がやってきたのである。思い出していただきたい。F→C→F。これは「校長先生へのお辞儀」の和音だ。遠足は終わったのである。
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クラシック徒然草-ダボス会議とメニューイン-
2013 JUN 11 0:00:01 am by 東 賢太郎
「ザルツカンマーグートを見たことのない者にベートーヴェンの田園交響曲は解釈できない」 (ユーディ・メニューイン)
と20世紀を代表する大ヴァイオリニストは言ったそうだ。 「ラインラント地方を見たことがない者にシューマンのライン交響曲は指揮できない」 と信じる僕ごときと似たような音楽観をお持ちだったのかどうか真意はわからないが、それを先日ある人からうかがった瞬間に記憶が脳裏によみがえった。メニューインについてはある思い出があって、強い印象が残っているからだ。
1997年2月、野村スイスの社長だった僕は本社からの指示でスイスのいわゆるダボ
ス会議(World Economic Forum)に3日間参加した。この会議がどういうものかご存知の方も多いだろう(今年は安倍首相も出席してアベノミクスが話題になった)。登録者のみが参加できるのだが、たしか当時ひとり2万ドルぐらいかかったようだ。登録が受理されると名簿(辞書風のディレクトリー)に顔写真とプロフィールが載るのはSMCのメンバーリストと似ている。登録者各人に割り当てられる「鳩の巣箱(pigeon box)」という丸い穴の開いた郵便ポストがあるが、アルファベット順になっていて、Azumaのお隣さんはArafat(PLOのアラファト議長)だった。毎日の進行はというと、朝一番のブレックファスト・ミーティングから夕方6時ぐらいまで6~7コマのセッション(時限)があり、会場には大中小の様々なホールや教室があって、各々の部屋で同時進行で行われる。どの時限にどの部屋に行こうが自由だが各部屋とも人数制限があるので事前にレジスターしないと入室できない。人気のあるコマはすぐ満員になってしまうのでこのマイ・スケジュール作りが結構大変だった。言語は基本的に全部英語だ。
ダボス会議と呼ばれるが一様に会議なのではなく、一方的講義形式、パネルディスカッション型式、視聴者参加型ディスカッション型式などいろいろある。5~6人座っている複数の丸テーブルを複数のパネラーが10分ごとに回遊してアドホックに議論する型式は大変面白かった。僕のテーブルには米国連銀(FRB)の局長がいて、パネラーのひとりがチェコのハヴェル大統領だった。大統領がやってきていきなりアメリカの悪口をいいだすと、FRBがすぐに応酬する。チェコ好きの僕はなんとなく大統領に組してFRBの通貨政策を批判する。結論はない。10分でベルが鳴り、次のパネラー(ぜんぜん違う立場の人)が来る、という塩梅だ。まるでボクシングみたいだった。
当時、世界最高のCEOと尊敬されたGEのジャック・ウェルチ会長のブレックファスト・ミーティングは迫力があった。演壇上から南部なまりの英語で彼のスピーチは始まったが、だんだん自分の話に興奮してくるとマイクを手に持って熱弁をふるいながら演壇を降り、僕の丸テーブルのすぐ脇まで来てしまった。こっちは朝食を食べているのだがツバキが飛んできて困ったものだ。しかしそんな超至近距離で天下のウェルチのオーラを浴びられたのは何か感ずるものがあった。あれ以来、僕は英語でスピーチするときは無意識に、あの時のウェルチをイメージするようになっている。
ビル・ゲイツ(マイクロソフト)とアンドリュー・グローブ(インテル)の「ネットワーク社会」の対談は今日をほぼ予見していたが、いま振り返ると隔世の感があるともいえる。グローブが何やら小さい箱型の機器をポケットから取り出して「皆さん。びっくりしないでください。これは電話機なんです。今からこれでちょっといたずらしてみましょう。当社のストックホルム現法の社長を呼び出してみます。彼は私から電話が来ることなんか知りません。」といって我々の前でそれをやって見せた。ストックホルムの社長も驚いたが、見ていた1000人の観衆も驚いた。今なら小学生でもできることだ。1997年、世界のケータイ事情はまだこんなものだった。
ダボス会議の1週間というのは、こういう人たちが一堂に会し、会場内を普通の人である我々と分けへだてなく闊歩している。びっくりしたのはユーディ・メニューインのセッションがあったことだ。いや、それが彼のセッションだったのか、誰かのゲストとして呼ばれていたのか、もう記憶が定かではない。しかし、ひな壇にあった顔はまさに、レコードのジャケットで見知ったあの大ヴァイオリニストだった。楽器を弾いたわけではない。何か訥々とスピーチをした。心の中にいる神、政治の凶暴さ、戦争と平和、芸術のできること・・・などといった内容のものだったように思うが、彼について知ってることといえばフルトヴェングラーと録音したいくつかの名演奏ぐらいという体たらくだった僕はいくら彼の英語に耳をすませてもよくわからなかった。そこにいた僕の周りの聞き手が知っていて、たぶん僕だけが知らなかった彼のパーソナル・ヒストリーはこんなものだ。
7歳でサンフランシスコ交響楽団と共演した神童だったメニューインは、アメリカで経済的に困窮していたハンガリー人亡命者べラ・バルトークを助け、あの無伴奏ヴァイオリン・ソナタを献呈された人だ。また一方では、ユダヤ系ながら第2次大戦後のドイツとの和解を訴え、ナチス協力者の烙印を押されていたフルトヴェングラーと共演して彼の無実を擁護した。それが米国ユダヤ人社会の逆鱗に触れ、米国で支配的だったユダヤ人音楽家社会から事実上排斥されて欧州へ移住する運命となった。第2次大戦は欧州から米国へ移り住む多くのユダヤ人音楽家を生んだが、その逆は彼ぐらいのものだ。
このフルトヴェングラー事件は彼の父君がアンチシオニストの哲学者だったという思想的影響があったかもしれないと思う。誰とて父祖の薫陶から完全に自由であるのは難しい。ダボス会議の主役はアメリカではない。欧州だ。舞台は戦争の血なまぐささとは縁の薄いスイスだ。米国を追われ、そのスイスに居住し、英国で貴族の称号であるロードを授与された音楽家。ちょうどその1997年に欧州金融界が米国流ビジネスであるインベストメントバンク化の道を選択し、スイスの銀行が米国の圧力でナチ・ゴールドで守秘義務の解除を余儀なくされたこと、翌年5月に欧州中央銀行が発足し、統一通貨ユーロが誕生したこと。今になって、メニューインの存在が重なる。
僕は彼の実演を1度だけ聴いた。84年2月8日にフィラデルフィアのアカデミーでやったリサイタルだがほとんど記憶にない。84年の2,3月はMBAが取れるかどうかの期末試験で心ここに在らずだった。先週たまたまタワーレコードで10枚組で1,800円というメニューインのCD10枚組を見つけたので買った。
古い録音が多いので期待せずに聴きはじめるとこれが面白い。耳がくぎづけになって一気に10枚聴いてしまった。フルトヴェングラーがフィルハーモニア管を指揮したベートーベンの協奏曲。EMIの有名な録音だが改めて感動した。これだけオケが立派な演奏は少ない。全曲が泰然としたテンポで進み、第3楽章も急がない。第2楽章はロマン派ぎりぎりの夢見るような弦がソロをほのかに包みこむ。第1楽章はベートーベンの書いた中でもひときわ巨大な音楽でありいつ聴いても天才の発想に圧倒されるが、独奏がこれほど気品と風格にあふれ、古典派演奏の枠を超え人間味の限りをつくしたあたたかさが伝わるものはほかにない。ロマンスの2番。ベートーベンにモーツァルトの影響を最も顕著に感じる作品のひとつだ。この演奏も最高だ。
同じコンビでバルトークの協奏曲第2番!メニューインは自分が助けた2人の盟友を自らの新天地ロンドンで結びつけたのだ。4分音(半音の1/2)など音程はややア
バウトながら縁の深いバルトーク作品を格別の気迫で弾ききっており、フルトヴェングラーのほうも丁々発止オケを触発してそれに応えている。オケの反応も上々だ。前衛性はやや後退して古典に聞こえるものの、いい演奏なのだ。意外かもしれないが最も前衛性の強いピアノ協奏曲1番をバルトークの独奏でフランクフルトで初演したのはフルトヴェングラーである。録音は残っていないが彼は管弦楽のための協奏曲もやったらしい(聴いてみたかったなあ)。彼が同時代の音楽にも適性があったのは、自身が交響曲を3曲も書いた現代音楽作曲家でもあったのだから当然といえば当然なのだろう。
シューマン、ブルッフの協奏曲。独奏が文句なしに素晴らしい。全盛期のテクニックが冴えわたるが機械的でなく、いつも知性と人のぬくもりを感じる。前者はバルビローリとニューヨーク・フィルがこれまたいい。ナチスの妨害で初演できなかった因縁の曲だが、ヨアヒムが演奏不能とした第3楽章のめざましい表現は技巧を感じさせない。なんていい曲なんだろう。シューマンの最後のオーケストラ曲だ。いい曲に決まっているのだが、こういう水を得た魚のような演奏を聴かなくては曲の真価は見誤ってしまうのだ。
エルガーの協奏曲。これも地味だがいい音楽だ。32年録音の協奏曲はエルガー自身がロンドン
交響楽団を振って伴奏している歴史的遺産である。このツーショット、左の若きイケメンがメニューイン、右はそのエルガーだ。彼は英国に縁があったのだ。ドヴォルザークの協奏曲。師匠のエネスコの指揮するパリ音楽院管弦楽団がやや荒っぽいのが欠点だが、心に響くヴァイオリンが滔々と歌うとそれも忘れてしまう。メニューインは一時技術的に停滞があったのと、LPレコード時代の録音が薄っぺらい音に聴こえた(僕だけでないだろう)せいだろうか、日本での評価が欧米より低いと思う。この10枚組は音も意外に悪くないので彼の歌の真価がわかる。この歌、グリュミオー、ギトリス、フェラスといったエネスコ門下のヴァイオリニストにどこか共通するものがないだろうか?
ジョコンダ・デ・ヴィートとのバッハ。これも好きだ。2人の個性はそのままに、お互いぶつかり合うのではなく折り目正しく調和している。格調高いバッハになっていながら豊穣な歌心も感じる。ニールセンの協奏曲は特に印象に残った。指揮はウィーン・フィルとのハイドンでご紹介したデンマークのマエストロ、モーゲンス・ウエルディケである。デンマーク国立放送管弦楽団とのお国ものであり、オケの気迫が尋常でない。そしてメニューインがバルトークに委嘱し、献呈された無伴奏ヴァイオリン・ソナタは「直すところなんてない。これからずっと君の弾いたように演奏されていくだろう。」と作曲家に言わせた演奏だ。
10枚を聴き終えて、浮かんできたのはダボスでの彼のスピーチだ。ジョークを言うでもなく大声で主張するわけでもなく、訥々と淡々と人生を回顧するようなおだやかな語り口。当時は知識もなく意味も充分にわからなかった僕はなぜか感銘を受けていたのだ。そういうことは僕にはあまりない。彼が大ヴァイオリニストだからということは、僕に限ってはまったくない。そうではなく、どこか、彼の人格に由来する独特のたたずまいに包み込まれてしまったかのように思える。音楽やヴァイオリンの話はまったくなかったのに。
おそらく、すぐれたプレゼンテーターというのはすぐれた人格者だ。内容が金融であれ音楽であれ、それはあくまで題材であり、聴く者の心に深くこだまして納得感や感動という心の動きを作り出すのは題材にのって運ばれてくるその人の人間性のほうだと僕は思う。音楽は楽譜に書いてある通り正確に音を出せばいいというものではなく、解釈という、プレゼンテーターの心の作用のみがもたらすことのできる釉薬(うわぐすり) が加味されて初めて人の心に触れてくる。原稿を読みあげる政治家の答弁が、それがいかに文法的に正しく整った日本語であり、いかに正確に発音されていようとも、なかなか我々を説得するに至らないのと同じである。
メニューインの人道主義者、哲学者としての立派な側面は後で知ったことだから、あの時に僕を感動させたのは彼の人柄なのだろうと思う。すぐれたプレゼンをするなら、労苦を厭わずすぐれた経験を積み、人格を磨くことだ。プレゼンの小手先のテクニックなどは後回しでよい。僕は音程の甘い演奏は嫌いだ。好き嫌いだからどうしようもない。そして、メニューインの音程は僕の聴く限りやや甘い。だからあまり熱心な聴き手ではなかったのだ。しかし今回たまたま出会ったこれらのCDに1枚1枚じっくりと耳を傾けてみて、
「ザルツカンマーグートを見たことのない者にベートーヴェンの田園交響曲は解釈できない」
という彼の言葉の真意がおぼろげながら憶測できるような気がしてきた。ユーディ・メニューインが世を去ったのは、あのダボス会議の2年後のことだった。
シューマン交響曲第3番「ライン」 おすすめCD
2013 MAR 23 0:00:26 am by 東 賢太郎
ライン交響曲のおすすめ盤です。
ベルナルド・ハイティンク/ アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
何の飾り気もなくスコアの改編も控えめです。しかし世界に冠たる名ホールであるコンセルトヘボウでそこを本拠とする名門オケが底力を発揮した筋金入りの名演。これを聴けばシューマンのスコアは優秀なオケの各パートがしっかりと「いい音」さえ出せばこれだけ鳴るのだということがわかる人にはわかるはずです。第1楽章はライン下りを経験した方にはまさにあの光景そのものと感じていただけるでしょう。指揮は盤石の安定感で音楽の流れに掉さすことは一切せず大河に身を任せ、コーダの悠然とした表現はこれ以外に考えられないほど素晴らしい千両役者の風体です。第5楽章の入りの裏で合いの手で鳴る何気ないホルンの素晴らしさ!まさに理想的でこうでなくてはシューマンの意図は生きないという絶妙なものです。マーラーのようにどうでもいい下らない部分に手を入れるような無粋なまねは一切せず、スコアの本当に大事な本質的かつ繊細な部分にきっちりと反応しているハイティンクの才能と音楽性には心から敬意を表します。これを録音したころのハイティンクは我が国では地味で堅実な中堅指揮者という低い扱いでした。しかし僕は83年にロンドンのロイヤル・アルバートホールでコンセルトヘボウO.でブルックナーの9番を聴きましたが会場を圧する一級品の出来で、欧州での評価も非常に高いものでした。日本の音楽評論家はレコードはたくさん聞いているのでしょうが、現実の欧州という文化圏の中でどれほど耳を肥やしているのかとても疑問に感じたものです。全4曲とも実に保守本流を行くオーソドックスな解釈で、ファーストチョイスに強くおすすめします。
カルロ・マリア・ジュリーニ / ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団
マーラー版のスコアをベースにしたと思われ、金管にかなり手が入っています。しかしジュリーニのこの曲に対する強い愛情と思い入れがあふれる素晴らしい演奏で、何度聴いても深い感動を覚えます。オケの音もとてもロス・フィルとは思えない深々とした重厚なものでドイツ音楽として何の違和感もありません。滔々たるラインの流れそのものの第1楽章。厳粛なたたずまいがひときわ印象的な第4楽章。柔らかく開始して喜びを謳歌しつつ、決然とした結びに至って心から満足させてくれる終楽章。中間楽章でテンポを落としても緊張感が途切れる瞬間は皆無であり、指揮者がオケ全員の時間と呼吸までを完全支配することによってのみ創り上げることのできるがっしりした造形、そんなものが感知できる演奏というのは極めてまれにしか存在しませんが、この演奏は確実にその一つなのであります。全曲にわたって弦楽器のフレージングがとことん吟味しつくされていることからわかるように、曖昧でオケ任せの部分は皆無です。それがよくわかるということがこの演奏の最大の特徴と言ってもよいぐらい指揮者の個性が強く刻印された演奏なのです。シューマンの交響曲は3番しか録音しなかったという意味でもきわめて稀なカルロ・マリア・ジュリーニの入魂かつこだわりの逸品であり、必聴の名盤として強くおすすめします。
イェジー・セムコフ / セントルイス交響楽団
セムコフ(1928-)はポーランドのマエストロです。アメリカのオケから完全に東欧調の音を作り出しており、解釈も欧州のシューマン演奏の伝統にのっとった純正当な格調の高いものです。マーラー版に準拠していると思われますが不自然な強調がなく、むしろその鳴りの良さをプラスにして実に生き生きとしたラインとなっています。僕はアメリカ留学時代にオーディオセットがない生活の中で仕方なくカセットテープを買って聴いていましたが、その中で最も気に入って頻繁に聞いていたのがこのシューマン全集です。セムコフの演奏が隅々まで頭に焼きついていますが、特にこのラインは大好きで、83年のライン下りの時に脳裏で鳴っていたのはおそらくこれで、いま聴いても第5楽章の出だしのテンポと弦のフレージングはあらゆる録音でこれがベストと思います。演奏解釈として全4曲すべて満足できる出来であり、オケの技術、ホールトーン、録音とも不足は全くありません。演奏家の知名度のなさから廉価で売られていますがクオリティは高く、これでシューマンを覚えたとして何ら問題はございません。
ウォルフガング・サヴァリッシュ / ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
こちらは指揮者もオケも一流どころで非常に世評も高い演奏です。いぶし銀のオーケストラによるがっちりとした造形のラインです。このオケの美点である木のぬくもりを感じさせるシルクのような弦、音楽性のかたまりのようなフルート、オーボエ、味わいとパンチ力のあるティンパニ、そして何よりラインそのものを感じさせる名手ペーター・ダムを擁する朗々たるホルン! しかし悲しむべきことに、今やこのオケはこの世界文化財とも思えた極上の音響を失って久しいのです。録音で聴く限りベルリンフィルやシカゴ響とさして違わない音になっていると言いますか、少なくとも一時期そういう方向性を指向したのではないかと疑わざるを得ない現象を感じて絶句したものです。イタリア人のシノーポリが音楽監督になってDGと契約したあたりがそれだったかと推察しますが、馬鹿げた勘違いも甚だしい世界的損失であり、ただただ怒りを禁じ得ません。ベルリンの壁崩壊の直後のことで、資本主義に毒されてお金に色気が出てしまった旧東独の文化遺産廃棄は日本の廃仏毀釈を想起させる愚行でした。このEMIのシューマン全集は、ルドルフ・ケンペによるリヒャルト・シュトラウス全集とともに、その悲劇が起こる前、19世紀までのドイツ音楽文化のタイムカプセルであった東独という国の練達の職人たちが入念に練り上げた、最高級の木質の音響による貴重なアンソロジーであります。サヴァリッシュの指揮は、楽譜にほとんど手を入れていないにもかかわらず不足感を感じさせず、シューマンのオリジナルが決してオーケストレーションの稚拙さで価値を損なわれてはいないことを実証した演奏としても意義があります。生気にあふれ、彼の四角四面のイメージとは違う表現意欲の強い演奏です。全4曲とも同様の完成度で、ぜひ全曲聴かれることをおすすめします。
アントニ・ヴィト / ポーランド国立放送カトヴツェ交響楽団
なんと500円の格安CDです。安物の装丁で駅の売店や書店でも売っています。しかし中身はぎゅっと詰まった立派なライン交響曲ですから、安心してお昼のお弁当代と思って買ってみてください。1944年ポーランドはクラクフ生まれの指揮者ヴィトはライン交響曲の良さを知り尽くしている風であり、スコアをあまりいじらず作曲家の意図に添って実に曲のツボを押さえた演奏をしています。だからこそ垢抜けないくすんだ音響になりますがそれがまたシューマンの魅力であり、コクのある第1楽章などすべてのCDの中でもトップを争う出来です。アメリカ化(オケのマック化)したピカピカの安手の音に毒されていない、東欧の古き良き鄙びた味わいを残しているのです。ヨーロッパの手作りのものというのは何であれいいものなんです。第5楽章が少し速いかなという程度で、全曲にわたって理想的なテンポとダイナミクスで演奏されているのでファーストチョイスとして考えてもまったく問題はありません。
アントニオ・ペドロッティ/ チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
ペドロッティ(1901-75)はイタリアの名指揮者で、ローマで学びレスピーギに作曲を師事しています。チェコでの活躍が長く、録音はあまり知られていませんが、やはりチェコフィルを振ったブラームスの4番は知る人ぞ知る名盤であり、師匠のローマの松と噴水も聴くことができます。このラインは1971年1月14日にプラハはルドルフィヌム内のドヴォルザーク・ホール(右下)でのライブです。このホールは1896年にドヴォルザークの指揮で幕を開けた名ホールで、僕はここでドヴォルザークの弦楽セレナーデを聴いたことがありますが、ムジークフェラインやコンセルトヘボウとはまた違った忘れられない見事な音響でした。このラインの録音はこの名ホールの残響も含めて非常に音楽的にセンスの良いものです。ペドロッティもジュリーニと同じくシューマンの交響曲録音は3番しかないのではないでしょうか。ティンパニを生かした骨太の活気ある筆致
が両端楽章に最適であるうえ暗い部分では陰影に実に深みがあるという稀有な演奏です。第4楽章のあの最後の和音からアタッカ(切れ目なく)で突入する第5楽章!まさにこれだと快哉を叫びたくなります。リズムのタメの造り方も絶妙でチェコフィルがその持てる限りの美質を惜しげもなくつぎ込んで指揮者の解釈に奉仕するというレコードではめったに聴くことのない理想形がここにあります。このCDはたしかスイスで買ったもので初めて聴いたときから衝撃を受けました。ハルモニア・ムンディのフランス盤で、スメタチェック/プラハ放送響の1番がカップリングされています(こっちは凡演)。残念ながら廃盤になっているようでamazonで見ると18,000円という法外な値段になっていました。
エーリッヒ・ベールケ / ライン州立フィルハーモニー
このLPは1983年8月1日にウォートンスクールの夏休みを利用して初めて欧州旅行をしたとき、まさにブログに書いたあのライン下りを経てザルツブルグへ行った折にそこのレコード屋をあさっていて偶然発見したものです。その時の狂喜を今でも懐かしく思い出します。Rheinische Philharmonieはラインラント・プファルツ州のコブレンツ市立劇場のオーケストラです。指揮者のErich Bōhlke
(1985-1979)はフンパーディンク、シェーンベルグ、トスカニーニに師事した作曲家、ピアニスト兼指揮者です。コブレンツ! この交響曲を演奏するのにこれほど地の利のあるオケもないでしょう。またR・シュトラウスやプフィッナーと親しかったというベールケの指揮はこの曲の解釈史を今に伝える貴重な文献的価値もあるでしょう。といっても特別なことは何もない演奏で、今でもドイツの田舎都市では地元のローカルオケが千円ぐらいで聴けるこんな演奏会を毎日やり、地元の(残念ながら主にじいちゃん、ばあちゃんが)散歩の帰りに普段着でぶらっと寄って楽しんでいる、そんな感じの演奏です(右下写真の一緒に買ったロベルト・シューマン・カルテットのシューマン3番とコダーイの2番も掘り出し物でした)。これを聴くにつけ、こ
の交響曲はウィーンフィルやベルリンフィルやシカゴ響がバリバリ弾けばいいというものではないという思いがますます強まります。クラシック音楽には伝統芸能という側面と純粋な芸術的価値という側面があります。ドイツ音楽はドイツ人しか演奏できないのであればとても間口の狭いものになってしまい今のようなグローバルな人気は得られなかったでしょう。僕は断然後者の立場に立ちますし、日本人や米国人の演奏するバッハやシューマンも同様に楽しんでいます。仮に英国人が歌舞伎を演じたとしても偏見を持つことはない人間です。しかし、そうはいってもそこには勘三郎の言った「型を破ることと形無しはちがう」という厳然としたルールが底流として横たわっている、そういう定義のもとに伝統芸能のグローバル化というものは初めて正しい文脈に則って価値を持ち得るのです。このベールケ盤がCD化されて広く世に出ることはまずないでしょう。演奏としては明らかにオケの音が一流でなく、一般受けする商品にはなり得ないからです。しかしこれとカラヤンやバーンスタインの立派な演奏と比べると僕はお寿司の海外での珍妙にして独自の進化?を思い出さずにいられません。昔は驚いたカリフォルニア・ロールなど今やかわいいもので最近はマヨネーズかけやマンゴー、イチゴまで具として登場しているそうです。売れればいいという商業化です。そうしてどんどん寿司の味のわからない人が増え、文化が消えます。文化は消費する側が作るのです。
最後に、個々にはあげませんでしたが、交響曲第3番「ライン」において比較的良い演奏をしている指揮者としてギュンター・ヴァント(NDR交響楽団)、ネヴィル・マリナー(シュトゥットガルト放送交響楽団)、ラファエル・クーベリック(ベルリンフィル)、朝比奈隆(新日本フィル)の名前を挙げておきましょう。この曲の好きな方は一聴をおすすめいたします。
(補遺、3月9日)
ラファエル・クーベリック / バイエルン放送交響楽団
まことにラインにふさわしいテンポで始まる。オーケストラの深い森のような弦もぴったりだ。この堂々たる第1楽章はハイティンク/ACO盤と双璧である。第2楽章はやや速めだがこれでよい。第3,4楽章はオケの精度とアンサンブルがACOより落ちる。第5楽章は僕としてはほんの心もち速すぎるが、心のひだが暗くなる部分でわずかにテンポを落すのは見事だ。金管がうるさくならない扱いも適切であり3番を振る大人の常識をふまえた演奏と思う。
(こちらもどうぞ)
シューマン交響曲第2番ハ長調 作品61
シューマン交響曲第3番変ホ長調作品97「ライン」(第5楽章)
2013 MAR 9 23:23:53 pm by 東 賢太郎
バスガイド風に申しましょう。
「いよいよ楽しかったライン下りの舟旅も終わりにさしかかり、最後の楽章に参りました。回りをご覧ください。みなさんは厳粛な雰囲気だったケルン大聖堂の暗がりを出て、明るい陽だまりのなか、カーニヴァルにざわめく民衆に囲まれております。」![]()
この回り舞台のような場面転換の効果は最高にすばらしく、このシンフォニーが聴き手を幸福感で一杯にしてくれる瞬間です。このかけがえのない喜びへの返礼と、大作曲家ロベルト・シューマンへの心よりのトリビュートとして、僕はこの交響曲の稿を書いております。
第4楽章が「最もスローテンポ」であり、「場違いにキリスト教的」で、しかも「変ホ短調でなくてはならない」と僕は強調してきました。それらは全部、この魔法のような瞬間を味わわせてくれるための準備だったのです。この「喜び」は、同じミ♭を根音とする、いわゆる同名調である変ホ短調(E♭m)から変ホ長調(E♭)への転換、すなわち、ハ短調(Cm)の第3楽章がハ長調(C)に転じるベートーベンの交響曲第5番「運命」の第4楽章の歓喜の爆発とまったく同じ転換を下敷きにしています。
第4楽章はこの終楽章の序奏部であってライン交響曲は古典的4楽章からなっていると説く学者が多くいますが、僕はその説には反対です。そうではなく、第1楽章をエロイカ交響曲風のへミオラで開始し、終楽章を前楽章(短調)の同名長調で始めるという運命交響曲のスタイルを踏襲し、全体を5楽章の田園交響曲と対比することでシューマンはこれをベートーベンへのトリビュートとしていると考えています。楽章間の調性関係も、第1、5楽章は主調の変ホ長調、第3楽章は4度上の変イ長調(サブドミナント)、第2楽章はベートーベンが好んだ3度下のハ長調です。交響曲における彼は古典にこだわりはなく、むしろそれを破壊し新しい革袋を作ったベートーベンに回帰しているのだと思います。
新しい酒を古い革袋に入れるな(マタイによる福音書第9章17節)
田園交響曲という5楽章の新しい革袋に自然という新しい酒を入れたのはベートーベンです。5楽章制はすでにベルリオーズの幻想交響曲も存在しており、シューマンの当時にはもはや新しい革袋ではありません。ですから、
ベートーベン以後の作曲家の義務は新しい形式で新しい交響曲の理想形をつくることである(ロベルト・シューマン)
とまで言っている彼がもっと古い4楽章制にこだわったなどとは僕には到底考えられません。それに徹底してこだわったのはむしろブラームスなのです。
この第5楽章はデュッセルドルフのカーニバルの印象と関係があると言われます。第2楽章の雰囲気をひいた音楽であり、やはりダンスの要素を感じます。第4楽章のテーマを引用していますが特に手の込んだところはないように思います。ところで、かのチャイコフスキーはこの楽章について、
「この交響曲のフィナーレは、もっとも失敗した楽章である。どうやらシューマンは、コントラストを出すために、この陰鬱な第4楽章の後に晴れがましい歓喜の小曲を続けたかったようである。しかし、その種の音楽は、シューマンという、どちらかと言えば人間の悲しみの歌い手には向いていなかったのである」(チャイコフスキー/「ロシア通報」1872年11月18日「第2回交響曲の集い」から、岩田 貴氏訳をお借りしました)
と書いています。第4楽章は絶賛しているのですがこっちには手厳しいです。ちなみに第1楽章に対しては、
「第1楽章のインスピレーションの強烈なパトスや作品のメロディとハーモニーの比類ない美がつねに聴衆に理解されないのは、ひとえに、音楽の美にいかに敏感な聴衆の聴神経をも逆撫でせずにはおかない編曲の色彩のない重々しい濃厚さのためなのである」(同上)
です。オーケストレーションが下手なので曲の良さが理解されない、というのです。チャイコフスキーにこれを言われると気後れしますが、それでもやはり、僕は聴く方の耳の問題だと思います。シューマンのスコアをあまりいじらずに説得力ある演奏となった例をたくさん知っているからです。
最後に、299小節からこの曲はSchneller(より速く)となって大団円に至ります。スコアの様相は4番と似てきます。この楽章を通して鳴るターンタタッターというリズムは4番の第4楽章にも頻出するものですが、コーダではさらにリズムに弾力を与え、すばらしい終結へと導きます。チャイコフスキーが何と言おうが僕はこの楽章が大好きであり、この楽章を喜々として振っている指揮者の演奏が大好きです。それはとりもなおさずラインランド地方を愛しているからで、シューマンもそうだったからで、同じくそうである指揮者と三位一体になれること、同好の士同士の無言の共感に心が震えるのがかけがえのない喜びだからなのです。
本稿を通して僕はこのシンフォニーを「ライン交響曲」と書いてきましたが、シューマン自身がそう呼んだことはありません。楽章ごとのプログラムもありません。そういう曲をニックネームで呼ぶことを僕はあまり好きではありませんが、この曲の場合はほとんど違和感、罪悪感を覚えません。なぜなら、そう呼ばれないのが不思議なぐらいこの曲はラインそのものの音楽だからです。
(続きはこちら)
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シューマン交響曲第3番変ホ長調作品97「ライン」(第4楽章)
2013 MAR 9 13:13:53 pm by 東 賢太郎
第4楽章です。表題はFeierlich(荘厳に、儀式のように)とあります。
この楽章♭3つ(変ホ長調)で書かれていますが、実質は6つの変ホ短調です。第1 、第5の両端楽章がLebhaft(生き生きと)であり、真ん中の3つの楽章はゆっくり目になりますが、2、3、4 とだんだんゆっくりになり、この第4楽章で最もスローになるのです。シューマンはケルン大聖堂で枢機卿就任式を見ており、その印象を音にしているようです。
ライン交響曲はルソーの自然回帰への賛歌という側面があり、純朴な民衆のダンスや大自然に接して生じる率直な心象風景を描いたものであることを前回述べました。非百科全書派的、非啓蒙思想的、非禁欲的で、非キリスト教的なのです。ですから第4楽章のカソリック大聖堂におけるキリスト教儀式の荘厳な雰囲気は非常に流れに掉さす異質な存在であり、聞き手は楽しいライン下りツアーの最中に、不意に薄暗いドームにまぎれ込んでしまったかのような錯覚すら覚えます。
この楽章以外では、ライン交響曲で最も活躍する金管楽器はホルンです。しかしここでは、この楽章と第5楽章しか出てこないトロンボーンが重要な役目を負います。この楽器はモーツァルトの時代までは教会音楽にだけ使われました(交響曲に持ち込んだのはベートーベンです)。ですからここで初登場するトロンボーンの音響は当時の聴衆に大聖堂内部の雰囲気を今以上に強く印象づけたに違いありません。
冒頭のソプラノ声部はホルンと一緒にアルトトロンボーンが吹くように指定されています。第4小節でシからミへの4度の跳躍の演奏が難しくて音を外す奏者が多かったそうで、シューマンの楽器法の未熟さを指摘するお決まりの箇所となっています。しかし、そういう危険を冒してでも彼はこれをトロンボーンに吹かせたかったのであり、第5楽章の稿で述べますが、この楽章は「変ホ短調でなくてはならなかった」のです。
つまりロジックとしてこれは唯一の解だったわけで、これをもって作曲が下手くそだなどと言う方が知恵が足りないと僕は思います。たとえばピアノ曲としてブラームスやシューマンの書法は弾きやすいとは言えないと思います。手には相談せず、頭に鳴っている音を忠実に鍵盤上に置いていったかのようです。これをもって、ピアニストの手にずっと弾きやすく書いてあるショパンの譜面と比べ、ブラームスやシューマンはピアノが下手だという人はいません。
この楽章において最も重要なことを書いておきます。上の楽譜の続きをご覧ください。
上段5小節目、3/2拍子になった部分、ホルンとオーボエがシ♭-ミ♭-ファ-シ♭・・・といくところです。この音列はJ.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻第24番ロ短調の前奏曲の冒頭とまったく同じです(下の楽譜)。
僕はこの24番が好きでときどき弾いています。ですからラインのこの部分にくると必然的にバッハを思い浮かべ、ますますキリスト教的な厳粛な気分になるのです(仏教徒なんですが・・・)。
ユーリ・エゴロフ演奏でその24番を皆さんの耳でお確かめください。
シューマン当時の聴衆が広く平均律24番を知っていたかどうかは疑問ですが、ここに至るまでの自然、欲望肯定的な非キリスト教的ムードに突然投げ込まれた「本歌取り」は、原曲を知っている人にはインパクト絶大だったでしょう。これも上述のトロンボーンの使用とまったく同じで、この楽章に「異彩を放たせる」ためにシューマンが仕掛けた巧妙なプロットなのです。
ここから音楽は実にすばらしい対位法的な展開をしてファンファーレ風の頂点を迎えます。そしてスコアの最終ページはこのような非常に印象的な音響を作りだし、静かに曲を閉じるのです。
このページの最後から4,5小節目にご注目ください。ミ♭・シ♭のオスティナート・バスの上でオーボエとクラリネットがレ・ファを鳴らします。そこでミ♭とレが「長7度」という不協和音でぶつかって得も言われぬ厳かな宗教的雰囲気を醸し出します。そして続く2小節ではホルンを除く全部の楽器が変ホ短調の主和音をfpで鳴らします。唯一参加していないホルンはというと、一拍遅れて2つの二分音符をこれもfpで(強く、すぐ弱く)、まるで教会に響き渡る鐘のこだまのようにミ♭・ソ♭で2回吹くのです。この悲痛な響きは、変ホ短調の和音とともに聴き手の脳裏に深く焼きつけられます。
(この効果はバルトークが「管弦楽のための協奏曲」第3楽章の終わりで、これも2回鳴る弦とハープとティンパニの予想外のイ短調主和音で実に効果的に踏襲しています)
(続きはこちら)
シューマン交響曲第3番変ホ長調作品97「ライン」(第3楽章)
2013 MAR 7 22:22:34 pm by 東 賢太郎
第3楽章は「Nicht schnell.(♪=116)」という表題です。
「速くなく」という意味ですが、メトロノーム表示をつけるくらいならそんなアバウトな言葉は書かなくてもいいのにと思ってしまいます。何か書く意味があったんでしょう。前の楽章もそうで、メトロノームに加えてイタリア語のスケルツォ、さらにご丁寧にドイツ語でSehr massig(とても中庸のテンポで)と書いています。これはイタリア語ならMolto moderatoですが、わざわざドイツ語で書いています。
この曲はシューマンがドイツ語で表題をつけた最初の交響曲です。第4番もドイツ語ですが、それは第3番作曲後に改定した時のもので、初稿はイタリア語でした。このドイツ語へのこだわりにも、僕はシューマンが何かを刻印したかった意図があるように思えてなりません。
この交響曲は5楽章あります。これはベートーベンの田園交響曲と同じです。この曲がハイリゲンシュタット(下の絵)での散歩から霊感を得て書かれたものであることは有名ですね。
ベートーベン自身が以下のようなタイトルをつけています。
田園交響曲
第1楽章 「田舎に到着したときの晴れやかな気分」 第2楽章 「小川のほとりの情景」 第3楽章 「農民達の楽しい集い」 第4楽章 「雷雨、嵐」 第5楽章 「牧人の歌-嵐の後の喜ばしく感謝に満ちた気分」
シューマンは何も自分で書いていないのでこれを意識したかどうかわかりませんが、僕流の解釈をしますと、
ライン交響曲
第1楽章 「ライン川下りの晴れやかな気分」 第2楽章 「住民たちの楽しい集い」 第3楽章 「川のほとりの穏やかな情景」 第4楽章 「ケルン大聖堂の荘厳な儀式」 第5楽章 「大聖堂を出た後の喜ばしく感謝に満ちた気分」
となります。よく似ていませんか。特に第4楽章にひと波乱の緊張があって、それが第5楽章で一気に解ける晴れやかな気分が。この気分は、田園では神への感謝、ラインでは生きる喜びを表しているようです。
僕の解釈ですが、これは以下の諸点、時代背景を共通の底流としているように思います。
人間存在の根源としての自然への回帰を説き、個人の情感と意欲の尊厳を目覚めさせたジャン・ジャック・ルソー
理性偏重の啓蒙主義に反対し、君主や旧勢力の閉鎖的な貴族たちからの独立をめざす(シュトゥルム・ウント・ドラング)
それを文学で表したゲーテ
そのゲーテの代表作「若きヴェルテルの悩み」
それを7度も読み、エジプト遠征にも持参し、ピラミッドの下でも読んだナポレオン
そのナポレオンを崇拝し英雄交響曲を書いたベートーベン
ベートーベン以後の作曲家の義務は新しい形式で新しい交響曲の理想形をつくることである(ロベルト・シューマン)
シューマンはライン交響曲作曲の前年にゲーテ生誕100年記念祭に向けて、『ファウストからの情景』の作曲をすすめ、ピアノ曲集『森の情景』を完成させた
ライン交響曲の作曲はベートーベンの生地ボン近郊でおこなわれた
ボンに居住したケルン選帝侯とウィーンのハプスブルグ王家の対立の構図
ハプスブルグ王家から自立を意図したベートーベンの田園交響曲
田園交響曲が企図する音楽によるジャン・ジャック・ルソーの自然への回帰
この底流は以上のような円環形を成しています。この脈絡を背景に、シューマンはラインを題材に自然への回帰を描くことで「新しい形式で新しい交響曲の理想形をつくること」への自己の解答を示したのだと僕は考えます。
さて第3楽章ですが変イ長調で3つの主題からなっています。僕は2番目の主題、スタッカートのついた4つの8分音符から始まるテーマに、ピアノ協奏曲の第2楽章インテルメッツォ(間奏曲)を思い出します。トランペット、トロンボーン、ティンパニはお休み。ボンからケルンへとライン川は平地の穏やかな情景を見せてゆったりと流れます。
ひとつだけ僕の直感から来ることを書いておきます。
この楽章の終わりのところ、第44小節からチェロとコントラバスが「ラ♭ーソ」を繰り返して、それに乗って第2テーマと第3テーマが交互するどこか不安定な模糊とした情緒を作ります。
最後は第2テーマに回帰して終わるのですがその直前、上のピアノスコアの下から2段目の和声のふらつき。僕はこれと似た印象を抱いている部分があります。ピアノ協奏曲第1楽章の再現部の直前(展開部の最後)です。精神の均衡に、ちょっと危ない感じが聴こえてきてしてしまうのです。
シューマンの精神状態の変調がこの曲には表れていないと書きましたが、唯一この部分だけはクエスチョンマークを付しておきます。
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シューマン交響曲第3番変ホ長調作品97 「ライン」(第2楽章)
2013 MAR 5 0:00:39 am by 東 賢太郎
第2楽章はスケルツォ(きわめて中庸のテンポで)という表題ですが、諧謔的なスケルツォとは程遠い音楽に思います。ベートーベンの交響曲の精神を受け継いでいるよ、という宣言でしょうか。田園交響曲の第3楽章の農民のダンスとの近親性を表そうとしているのでしょうか。これはドイツ、オーストリアのレントラーという舞曲のようです(映画「サウンド・オブ・ミュージック」で、マリアとトラップ大佐が踊ったのがレントラーだそうです)。上の写真のようなものです。
28歳での初めてのライン船旅のおりに、たしかコブレンツだったと思いますが、ツアーは昼食休憩のためいったん下船となりました。満腹になり、おいしい白ワインでみなさんほろ酔い気分になると、楽士たちがきてダンスが始まりました。輪になって手をつないで。もちろん唯一の東洋人だった僕と家内も引っぱりこまれました。とても楽しかった。小学校の頃、フォークダンスなるものを踊らされましたが、そういえばこんな感じの音楽だったかもしれません。ドレスデンからデュッセルドルフの楽長に赴任し大歓迎されたというシューマン夫妻もこんな風に踊ったのでしょうか。
第2楽章は、まず最初にヴィオラ、チェロ、ファゴットがレントラー情緒の田舎風旋律を奏でます。伴奏も泥臭いズンチャッチャのリズム。同じ3拍子でも、間違ってもウィンナワルツみたいに小粋に跳ねたりはしません。調性も能天気に明るいだけのハ長調です。壮麗な躍動感と緊張感に満ち満ちた第1楽章からの強烈な落差には、おもわずズッコケるほどです。ところが、それを2回繰り返すと、優美でロマンティックな「ミニ中間部」が出てくる。これです。
こうしてピアノ譜にして見ると「トロイメライ」か何かのようで、実にシューマネスクです。田舎踊りに不意に現れた乙女という感じです。この部分はフルート、オーボエ、ヴァイオリンというまったく違う楽器群が旋律を奏でますが、冒頭部レントラーとは見事な対照であり、シューマンの独特な音色感覚を発見します。オーケストレーションが下手だなどと言っている方がなんとも稚拙な耳なのではないかと思います。
もうひとつだけ楽譜を見てください。この楽章で好きなのはここです。展開部でレントラー主題がイ長調(A)で出てきますが、楽譜2段目でふっとイ短調(Am)になるのです。
この曲は同名長調と短調の交代が和声のキーポイントの一つになっていますが、それはその最もマジカルでポエティックな一例です。ここのたった3小節の和声的経過句で、突然にハ長調のホルンによる勇壮なソ・シ・ド・ミ・ファ・ソを呼び覚ましてしまうという魔法のような瞬間は、ブルックナーの数少ない、最も神憑った(がかった)和声進行を例外として僕は聴いたことがありません。
この交響曲は全曲にわたってこうした神憑りが頻出し、シューマンに何かが憑りついていたのではないかと思うばかりです。これは第3番となっていますが、4番は作曲順では2番なのでシューマン最後の交響曲です。彼がデュッセルドルフでこの直前に書いたチェロ協奏曲は、これも僕の愛聴曲なのですが、やはり神憑った部分と、精神を病んでいる風情の部分が混在しています。しかしこの曲に病んだ部分はほとんどありません(第3楽章については次回)。ラインランドでの生活が彼の精神を健康な方向に引き戻していたのでしょうか。しかし、悲しいことに、結局彼はそんなに好きだったライン川に投身自殺を図るのであり、最期をボン近郊のエンデニヒの精神病院で迎えているのです。
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