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シューマン交響曲第3番「ライン」 おすすめCD

2013 MAR 23 0:00:26 am by 東 賢太郎

ライン交響曲のおすすめ盤です。

ベルナルド・ハイティンク/ アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

41pw3fRlPIL何の飾り気もなくスコアの改編も控えめです。しかし世界に冠たる名ホールであるコンセルトヘボウでそこを本拠とする名門オケが底力を発揮した筋金入りの名演。これを聴けばシューマンのスコアは優秀なオケの各パートがしっかりと「いい音」さえ出せばこれだけ鳴るのだということがわかる人にはわかるはずです。第1楽章はライン下りを経験した方にはまさにあの光景そのものと感じていただけるでしょう。指揮は盤石の安定感で音楽の流れに掉さすことは一切せず大河に身を任せ、コーダの悠然とした表現はこれ以外に考えられないほど素晴らしい千両役者の風体です。第5楽章の入りの裏で合いの手で鳴る何気ないホルンの素晴らしさ!まさに理想的でこうでなくてはシューマンの意図は生きないという絶妙なものです。マーラーのようにどうでもいい下らない部分に手を入れるような無粋なまねは一切せず、スコアの本当に大事な本質的かつ繊細な部分にきっちりと反応しているハイティンクの才能と音楽性には心から敬意を表します。これを録音したころのハイティンクは我が国では地味で堅実な中堅指揮者という低い扱いでした。しかし僕は83年にロンドンのロイヤル・アルバートホールでコンセルトヘボウO.でブルックナーの9番を聴きましたが会場を圧する一級品の出来で、欧州での評価も非常に高いものでした。日本の音楽評論家はレコードはたくさん聞いているのでしょうが、現実の欧州という文化圏の中でどれほど耳を肥やしているのかとても疑問に感じたものです。全4曲とも実に保守本流を行くオーソドックスな解釈で、ファーストチョイスに強くおすすめします。

 

カルロ・マリア・ジュリーニ / ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団

4000622マーラー版のスコアをベースにしたと思われ、金管にかなり手が入っています。しかしジュリーニのこの曲に対する強い愛情と思い入れがあふれる素晴らしい演奏で、何度聴いても深い感動を覚えます。オケの音もとてもロス・フィルとは思えない深々とした重厚なものでドイツ音楽として何の違和感もありません。滔々たるラインの流れそのものの第1楽章。厳粛なたたずまいがひときわ印象的な第4楽章。柔らかく開始して喜びを謳歌しつつ、決然とした結びに至って心から満足させてくれる終楽章。中間楽章でテンポを落としても緊張感が途切れる瞬間は皆無であり、指揮者がオケ全員の時間と呼吸までを完全支配することによってのみ創り上げることのできるがっしりした造形、そんなものが感知できる演奏というのは極めてまれにしか存在しませんが、この演奏は確実にその一つなのであります。全曲にわたって弦楽器のフレージングがとことん吟味しつくされていることからわかるように、曖昧でオケ任せの部分は皆無です。それがよくわかるということがこの演奏の最大の特徴と言ってもよいぐらい指揮者の個性が強く刻印された演奏なのです。シューマンの交響曲は3番しか録音しなかったという意味でもきわめて稀なカルロ・マリア・ジュリーニの入魂かつこだわりの逸品であり、必聴の名盤として強くおすすめします。

 

イェジー・セムコフ / セントルイス交響楽団

0000964893_350セムコフ(1928-)はポーランドのマエストロです。アメリカのオケから完全に東欧調の音を作り出しており、解釈も欧州のシューマン演奏の伝統にのっとった純正当な格調の高いものです。マーラー版に準拠していると思われますが不自然な強調がなく、むしろその鳴りの良さをプラスにして実に生き生きとしたラインとなっています。僕はアメリカ留学時代にオーディオセットがない生活の中で仕方なくカセットテープを買って聴いていましたが、その中で最も気に入って頻繁に聞いていたのがこのシューマン全集です。セムコフの演奏が隅々まで頭に焼きついていますが、特にこのラインは大好きで、83年のライン下りの時に脳裏で鳴っていたのはおそらくこれで、いま聴いても第5楽章の出だしのテンポと弦のフレージングはあらゆる録音でこれがベストと思います。演奏解釈として全4曲すべて満足できる出来であり、オケの技術、ホールトーン、録音とも不足は全くありません。演奏家の知名度のなさから廉価で売られていますがクオリティは高く、これでシューマンを覚えたとして何ら問題はございません。

 

ウォルフガング・サヴァリッシュ / ドレスデン国立歌劇場管弦楽団

51Mzi31faQL__SL500_AA300_こちらは指揮者もオケも一流どころで非常に世評も高い演奏です。いぶし銀のオーケストラによるがっちりとした造形のラインです。このオケの美点である木のぬくもりを感じさせるシルクのような弦、音楽性のかたまりのようなフルート、オーボエ、味わいとパンチ力のあるティンパニ、そして何よりラインそのものを感じさせる名手ペーター・ダムを擁する朗々たるホルン!  しかし悲しむべきことに、今やこのオケはこの世界文化財とも思えた極上の音響を失って久しいのです。録音で聴く限りベルリンフィルやシカゴ響とさして違わない音になっていると言いますか、少なくとも一時期そういう方向性を指向したのではないかと疑わざるを得ない現象を感じて絶句したものです。イタリア人のシノーポリが音楽監督になってDGと契約したあたりがそれだったかと推察しますが、馬鹿げた勘違いも甚だしい世界的損失であり、ただただ怒りを禁じ得ません。ベルリンの壁崩壊の直後のことで、資本主義に毒されてお金に色気が出てしまった旧東独の文化遺産廃棄は日本の廃仏毀釈を想起させる愚行でした。このEMIのシューマン全集は、ルドルフ・ケンペによるリヒャルト・シュトラウス全集とともに、その悲劇が起こる前、19世紀までのドイツ音楽文化のタイムカプセルであった東独という国の練達の職人たちが入念に練り上げた、最高級の木質の音響による貴重なアンソロジーであります。サヴァリッシュの指揮は、楽譜にほとんど手を入れていないにもかかわらず不足感を感じさせず、シューマンのオリジナルが決してオーケストレーションの稚拙さで価値を損なわれてはいないことを実証した演奏としても意義があります。生気にあふれ、彼の四角四面のイメージとは違う表現意欲の強い演奏です。全4曲とも同様の完成度で、ぜひ全曲聴かれることをおすすめします。

 

アントニ・ヴィト / ポーランド国立放送カトヴツェ交響楽団

1300359503なんと500円の格安CDです。安物の装丁で駅の売店や書店でも売っています。しかし中身はぎゅっと詰まった立派なライン交響曲ですから、安心してお昼のお弁当代と思って買ってみてください。1944年ポーランドはクラクフ生まれの指揮者ヴィトはライン交響曲の良さを知り尽くしている風であり、スコアをあまりいじらず作曲家の意図に添って実に曲のツボを押さえた演奏をしています。だからこそ垢抜けないくすんだ音響になりますがそれがまたシューマンの魅力であり、コクのある第1楽章などすべてのCDの中でもトップを争う出来です。アメリカ化(オケのマック化)したピカピカの安手の音に毒されていない、東欧の古き良き鄙びた味わいを残しているのです。ヨーロッパの手作りのものというのは何であれいいものなんです。第5楽章が少し速いかなという程度で、全曲にわたって理想的なテンポとダイナミクスで演奏されているのでファーストチョイスとして考えてもまったく問題はありません。

 

アントニオ・ペドロッティ/ チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

794881351626ペドロッティ(1901-75)はイタリアの名指揮者で、ローマで学びレスピーギに作曲を師事しています。チェコでの活躍が長く、録音はあまり知られていませんが、やはりチェコフィルを振ったブラームスの4番は知る人ぞ知る名盤であり、師匠のローマの松と噴水も聴くことができます。このラインは1971年1月14日にプラハはルドルフィヌム内のドヴォルザーク・ホール(右下)でのライブです。このホールは1896年にドヴォルザークの指揮で幕を開けた名ホールで、僕はここでドヴォルザークの弦楽セレナーデを聴いたことがありますが、ムジークフェラインやコンセルトヘボウとはまた違った忘れられない見事な音響でした。このラインの録音はこの名ホールの残響も含めて非常に音楽的にセンスの良いものです。ペドロッティもジュリーニと同じくシューマンの交響曲録音は3番しかないのではないでしょうか。ティンパニを生かした骨太の活気ある筆致220px-Rudolfinum_concert_hallが両端楽章に最適であるうえ暗い部分では陰影に実に深みがあるという稀有な演奏です。第4楽章のあの最後の和音からアタッカ(切れ目なく)で突入する第5楽章!まさにこれだと快哉を叫びたくなります。リズムのタメの造り方も絶妙でチェコフィルがその持てる限りの美質を惜しげもなくつぎ込んで指揮者の解釈に奉仕するというレコードではめったに聴くことのない理想形がここにあります。このCDはたしかスイスで買ったもので初めて聴いたときから衝撃を受けました。ハルモニア・ムンディのフランス盤で、スメタチェック/プラハ放送響の1番がカップリングされています(こっちは凡演)。残念ながら廃盤になっているようでamazonで見ると18,000円という法外な値段になっていました。

ーリッヒ・ベールケ /  ライン州立フィルハーモニー

schumann1このLPは1983年8月1日にウォートンスクールの夏休みを利用して初めて欧州旅行をしたとき、まさにブログに書いたあのライン下りを経てザルツブルグへ行った折にそこのレコード屋をあさっていて偶然発見したものです。その時の狂喜を今でも懐かしく思い出します。Rheinische Philharmonieはラインラント・プファルツ州のコブレンツ市立劇場のオーケストラです。指揮者のErich Bōhlkeschumann2(1985-1979)はフンパーディンク、シェーンベルグ、トスカニーニに師事した作曲家、ピアニスト兼指揮者です。コブレンツ! この交響曲を演奏するのにこれほど地の利のあるオケもないでしょう。またR・シュトラウスやプフィッナーと親しかったというベールケの指揮はこの曲の解釈史を今に伝える貴重な文献的価値もあるでしょう。といっても特別なことは何もない演奏で、今でもドイツの田舎都市では地元のローカルオケが千円ぐらいで聴けるこんな演奏会を毎日やり、地元の(残念ながら主にじいちゃん、ばあちゃんが)散歩の帰りに普段着でぶらっと寄って楽しんでいる、そんな感じの演奏です(右下写真の一緒に買ったロベルト・シューマン・カルテットのシューマン3番とコダーイの2番も掘り出し物でした)。これを聴くにつけ、こschumann3の交響曲はウィーンフィルやベルリンフィルやシカゴ響がバリバリ弾けばいいというものではないという思いがますます強まります。クラシック音楽には伝統芸能という側面と純粋な芸術的価値という側面があります。ドイツ音楽はドイツ人しか演奏できないのであればとても間口の狭いものになってしまい今のようなグローバルな人気は得られなかったでしょう。僕は断然後者の立場に立ちますし、日本人や米国人の演奏するバッハやシューマンも同様に楽しんでいます。仮に英国人が歌舞伎を演じたとしても偏見を持つことはない人間です。しかし、そうはいってもそこには勘三郎の言った「型を破ることと形無しはちがう」という厳然としたルールが底流として横たわっている、そういう定義のもとに伝統芸能のグローバル化というものは初めて正しい文脈に則って価値を持ち得るのです。このベールケ盤がCD化されて広く世に出ることはまずないでしょう。演奏としては明らかにオケの音が一流でなく、一般受けする商品にはなり得ないからです。しかしこれとカラヤンやバーンスタインの立派な演奏と比べると僕はお寿司の海外での珍妙にして独自の進化?を思い出さずにいられません。昔は驚いたカリフォルニア・ロールなど今やかわいいもので最近はマヨネーズかけやマンゴー、イチゴまで具として登場しているそうです。売れればいいという商業化です。そうしてどんどん寿司の味のわからない人が増え、文化が消えます。文化は消費する側が作るのです。

最後に、個々にはあげませんでしたが、交響曲第3番「ライン」において比較的良い演奏をしている指揮者としてギュンター・ヴァント(NDR交響楽団)、ネヴィル・マリナー(シュトゥットガルト放送交響楽団)、ラファエル・クーベリック(ベルリンフィル)、朝比奈隆(新日本フィル)の名前を挙げておきましょう。この曲の好きな方は一聴をおすすめいたします。

 

(補遺、3月9日)

ラファエル・クーベリック / バイエルン放送交響楽団

91SkMWJFOHL__SL1430_まことにラインにふさわしいテンポで始まる。オーケストラの深い森のような弦もぴったりだ。この堂々たる第1楽章はハイティンク/ACO盤と双璧である。第2楽章はやや速めだがこれでよい。第3,4楽章はオケの精度とアンサンブルがACOより落ちる。第5楽章は僕としてはほんの心もち速すぎるが、心のひだが暗くなる部分でわずかにテンポを落すのは見事だ。金管がうるさくならない扱いも適切であり3番を振る大人の常識をふまえた演奏と思う。

 

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