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人民元フロートと金価格

2013 JUN 30 17:17:57 pm by 東 賢太郎

お父さんの小遣いが毎年下落して今年は月平均3万8千円になったらしい。1882年の3万4千円から上昇し始め、バブル最盛期の1990年が7万7千円がピークだったという。この89~90年が日本の株価のピークでもあった。この日経平均株価のチャートをご覧いただきたい。

Nikkei_225(1970-)_svgちなみに1982年の日経平均株価の大引け(1年の最後の値段)は8016円だった。去年2012年の日経平均は9月まで8870円(9月終値)だったから1982年の水準まで戻っていたということだ。こういうのを証券界では「行って来い」と呼ぶ。お父さんのお小遣いも行って来いだったようだ。

株価の方は昨年12月からアベノミクス効果で5割も上がったが、お小遣いは横ばい。そう見える。左翼が言うように実体経済にプラス効果は出ていないのか、若干出てはいてもデフレ払拭に自信が持てず出費を控えたままなのか。日本人のお父さんが最も景気の良かった90年。銀座で宴会を終えてタクシーをつかまえるのが至難の業だった。2次会で終電がなくなると最悪で、出はらった第1便が戻るのを待つので結局その間に飲み直しの3次会となる。バブル経済は夜中にも静かに成長していたのである。

その銀座で松坂屋が今日閉店となるらしい。世の中には「行って来い」でない部分もあるのだ。この「帰って来なかった部分」はどこへ行ったんだろう?もちろん中国だ。お父さんの財布が軽くなった分もそうだ。それはこれをご再読いただきたい。

中国ビッグバン仮説                                                                                                                                            ラーメン・パリティ                                                                                                                                                 銀座が赤坂になる日

野村證券金融経済研究所という場をお借りしてではあるが、この現象を日本で最も早く言い出したのは僕だという自負がある。僕はエコノミストでも中国研究者でもない。そうなる気もないし、そうである必要もない。こういうことの予測は数字や制度に兆候が現れたらもう遅い。センサーがないとわからない。グローバルな感度の高いセンサーは5か国ぐらいに住んでみないと絶対にできない。アジアでも南洋でもアフリカでも平気で闊歩するアングロサクソン人とユダヤ人がこのセンサーを持っている。だから世界経済を、情報を、金融を、ヘゲモニーを牛耳れるのだ。

中国のシャドウバンキング問題は根深い。日本人のお父さんが最も景気の良かった90年を(一部とはいえ)中国人が謳歌しているとすると、申しわけないが実体的国力とはかけ離れた勘違いというしかない。ベルリンの壁が崩壊して東ドイツ人が殺到したのは八百屋だ。西側のTVで憧れていたバナナを買うためだった。92年に赴任したフランクフルトで何度もその事実をひねったジョークを聞いた。欧州の東側経済というのは、西に組み込まれ、西が巨大なコスト負担をして同化していったのだ。それでも10年かかった。中国にはその「西」に当たるものがない。WTO加盟して西欧化した(つもりの)自分が旧中国という自分を飲み込んで同化しようしている。

習近平が引き継いだ船はそういうものだ。仮に船員は優秀であっても日本が100年かけて辿った造船過程を財力とコピーと規模の力だけで5年や10年ではしょるというのは無理であり、一見できたように見えるとしてもタイタニック号のように見栄えのためだけの煙突が1本ついたものだろう。さらに乗っている乗客(一般大衆)が船に習熟するには30年はかかるだろう。シャドウバンキングの残高は日本のGDPなみの500兆円もある、はじけたら日本の90年バブルの比ではないと世界中が騒いでいるが、問題の本質はそういう点ではない。

それはバナナを知ってしまった人はこれからもずっと食べるということだ。人間の欲望というものは後退を知らない。今までこれは中国の膨大な潜在成長力を物語るポジティブな話だった。しかしミクロネシアと違って中国に野生のバナナはない。お金で買わなくてはいけない。バナナは家にありすぎても困るがお金は困らない。そこで欲望は無限に膨張してgreed(グリード)という化物になる。東ドイツ人のグリードは西ドイツの政治、金融、経済システムという「近代的制約」の中でコントロールされたが、擬制の近代的制約、ひょっとすると専制君主の時代と変わらないそれしかない中国でグリードのコントロールこそ船腹の穴になるかもしれない。

中国の統計の信憑性はいまだ不明だが、GDPに占める外国の直接投資は1.5~2%はあると思われる。波及効果を入れればもっと大きい。要は外国企業が中国企業として物を作り、物を売り、サービスし、人を雇い、税金を払ってグリードを満たしている。しかしグリードはGDPよりずっと速く成長する。バナナを食べた瞬間に2倍にも3倍にもなるかもしれない。だから賃金は不可避的に上昇していずれ先進国並みにまでなる。すると先進国による製造拠点型の進出は意味がなくなって後退する。つまり直接投資は減ることはあっても今までのような成長ドライバーにはならない。

成長の果実を永遠に食えるという幻想だけで一等国なみに膨らもうとするグリードを自国だけで押さえようとすれば、                                    ①覇権主義によるガス抜き                                    ②官需拡大(そんな内需は中国にはない)                                                  しかない。①は領土問題を指摘するまでもなく活発だ。②はどうか。直接投資減少をトップダウンで埋め合わせる成長はゴーストタウン(中国語で「鬼城」というらしい)を生むことはあっても、投資資金には元本回収機会すら生まない可能性がある。証券市場は未成熟であり銀行はそんな案件に融資できないから公認の闇金融ができる。これがシャドーバンキングの背景だ。それは米国にもあるしそれそのものが悪いわけではない。問題は船そのもの、そして船長も船員も、そのクレジットリスクという高波や氷山衝突のリスクを見抜いたり制御できたりするまでには製造や訓練がされていないことにある。そんな程度で日本国のGDP並みというタイタニックを操縦していることが問題なのだ。

①②は現政権が短命化プロセスを邁進していることの明確なシグナルかもしれないという声もある。政治、金融、経済システムという本格的な「近代的制約」を所有する前に巨大なグリードが暴れ出した中国は明治時代の日本とは明確にちがう。いや昭和になっても「欲しがりません勝つまでは」が成立した、いわばグリードの制約が民衆の心に内在していた日本と中国とは根本的に問題の性質がちがう。

共和制国家が誕生する以前の欧州が例えば「ナポレオン王国」というひとつの国になっていたとしたら、それが今まで無傷で残っていただろうか?今の中国は有史以来おそらく初めて「外患」を心配しなくてもよい国家となっただろう。しかし「内憂」は重い。56民族からなる中国がひとつになっているエネルギーはそれだけでも大変なものだ。そのエネルギーの源はもはやいかなる宗教でも毛沢東宣言でも愛国心でもない。グリードを満たす成長、つまりお金だ。それをどうファイナンスするか?新しい中国の課題はそれだ。WTOのもと胡錦濤がやったことはその布石にすぎない。

最後に、僕の次への「予感」をご披露しておく。それをどうファイナンスするか?焦点となるのは言うまでもなく通貨だ。人民元と米ドルの交換レートだ。香港ドルは米ドルをリザーブとして発行量が決まる通貨である。香港がこれからも中国の金融、貿易の窓口であるという前提だが、そうである以上香港ドルと人民元のレートの大きなかい離はあり得ない。従ってそれが米ドルにペグされていることは人民元が実質的にペグされているわけであり、この固定レートを通じて安い労働力が商品という物品に乗って「輸出」されてきたのである。

これを米国が認容してきたのは米国企業がその受益者だったからだ。しかし前述の理由からその利益はやがて消える。香港ドルにはじまって人民元がフロートする日が必ず来る。①の覇権主義は通貨覇権があってこそ可能になる。ユーロが脱落した現在、それが可能なのは人民元だけだ。悔しいが金融ヘゲモニーの戦略思考能力ゼロである日本の政治家と違い、中国トップがそのことを考えていない確率はほぼゼロと思う。

そこで中国が頼むのは金(ゴールド)しかない。金兌換通貨によるファイナンスである。米国はさらに金を買い集めるか不換紙幣化だ。シェールガスが原油を代替するのは米国経済にはプラスだがドルの基軸通貨性は原油の決済通貨だから担保されているのであり、米国のアキレス腱になってくる。現在、急激に下がって4000円を切った金価格がいい値段かどうか。円ドルレートの問題があるのでここでは詳論は避ける。しかし資産として金を買っておいた方が良いということだけは僕は確信を持っている。

 

 

 

 

 

Categories:______グローバル経済, 経済

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