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スメタナ 交響詩「我が祖国」よりモルダウ

2014 APR 2 13:13:38 pm by 東 賢太郎

前回、フランクのソナタでフランコ・ベルギー派のヴァイオリンについて書きました。作曲者がベルギー人だからという先入観なく聴いても、この奏法はそぐわしいと思うのです。クラシック音楽にローカリティ(お国ものの味)を求めるのは本筋ではないとよくいわれます。確かにドビッシーはフランス人しか弾けないのであれば音楽の間口は随分狭いものになってしまうし、日本人は何も演奏できなくなってしまいます。

しかし、ペレアスとメリザンドの稿に書きましたが、このドビッシーのオペラやヤナーチェックの作品のようにその国の言語と不可分に感じる特別な音楽もあってこの議論は一筋縄ではありません。今回はそのアングルからスメタナの交響詩「モルダウ」を聴いてみます。この曲は6曲からなる「我が祖国」の第2曲であり、最も有名なもの。クラシックを聴かれるなら確実にマスト・アイテムです。

チェコは2度しか行ったことがありません。一度はベルリンの壁以前に仕事、二度目はゴルフをしたりで遊びです。それでもカレル橋から見たプラハとヴルタヴァ川(モルダウはこれのドイツ名)の光景は目に焼きついて離れません。ヨーロッパを知らない人に「ヨーロッパらしい景色」をお見せするなら迷わずあれを選びます。余談ですがスメタナというのはクリームという意味だそうで、たしかにレストランのメニューにもスメタナとあって妙な気分がしたものです。

「モルダウ」はその川の流れを描いた音楽です。冒頭からフルート、クラリネットが暗示する二つの源流が岩に当たって水しぶきとなる様がピッチカートで描かれ、それが合流すると、哀愁を含みながらも民族の誇りを湛えて堂々と流れるヴァイオリンの旋律が提示されます。それがハ長調の急流を思わせる景色を経てだんだんと静まり、農夫たちの結婚式の様子が見えてきます。音楽は喜びに満ちあふれたダンスとなります。

やがてあたりは夜を迎えて静まります。月明りの中に妖精が舞い、かなたには荘厳な岩に潰され廃墟となった古城と宮殿が見えてきます。ホルンとトロンボーンが厳かにそのいにしえの栄光を湛えると、メインテーマのヴァイオリンの旋律がかえってきます。やがて川は再び勢いを増し険しい景色となります。聖ヤン(ヨハネ)の急流で川は渦を巻き、音楽はピッコロを打楽器が加わって荒れ狂います。

そこを抜けると、川幅が広がりながらヴィシェフラドの傍を流れてプラハへと流れる。そして長い流れを経て、最後はラベ川(ドイツ語名エルベ川)へと消えていく、というのが作曲者スメタナの書いたストーリーです。曲の最後に第1曲「ヴィシェフラド」の主題も組み込まれて愛国心を刻印するようにライトモティーフ的な手法も入っています。川を描いた音楽としてはシューマンのライン交響曲を想起させますが、こちらのほうは交響詩という名のとおり、ずっと描写的であり、「ライン」の心象風景の描写とは一線を画したものでしょう。

この曲は僕が最も早い時期に覚えたクラシックの一つで、カレル・アンチェル/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団のスプラフォン盤LPで新世界のフィルアップに入っていたのを夢中になって何度も聴きました。だから僕にとってモルダウとは一重にこれであり、これ以外はまがい物に聞こえる(今でも)ほどこの演奏が刷り込まれています。

あまりにこの曲が好きなので10年ぐらい前にシンセサイザーでMIDI録音した時のことです。農民のダンスの部分で、大きな問題に直面しました。スコアをご覧ください。

1モルダウ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

囲った小節が問題の個所です。アンチェル盤をよ~く聴いてください。この小節の後半のテンポがほんの微妙に速くなるのにお気づきでしょうか?しかもほんの微妙にクレッシェンドしてほんの微妙にスタッカートをつけて、次の小節の2番目の音からすっと急にp(ピアノ)に音量が落ちる。ふわっとハンカチが宙に浮いた様な絶妙な味であり、これを鍵盤でうまく弾くのが実に難しいのです。

しかしほとんどの指揮者はこの小節を同じテンポで素通りです。何と味気ないことだろう。アンチェルのここがあまりに素晴らしいので僕もどうしてもそう演奏したい。クラシックって、こういう男のこだわりの集大成みたいなところがあってそこが面白いんです。通常僕はMIDI録音時はメトロノームでテンポを取っていますが、それでは加速するこの小節だけ合いません。後からテンポだけアジャストもできるのですが、どう逆立ちしてもわざとらしくなって不合格になってしまうのです。だから、結局ここだけのために全曲をメトロノームなしで弾いて録音する羽目になりました。全楽器を耳だけで合わせるのにどれだけ苦労したかわかりません(それも楽しいんですが)。

この小節、民族衣装の女の子たちが足並みそろえて、スタッカートは僕の想像ですが爪先立ってささっと動きを速め、全員がふっと動きを止めてまたダンスの振出しに戻るという情景が目に浮かびます。この部分を含め、アンチェルの解釈は同じくチェコ・フィルの常任指揮者だった先輩ターリッヒによく似ているわけで、この奏法はこのオーケストラの伝統かもしれません。細かいことなのですが、こういうことが気になりだすとクラシックは格段に面白くなってきます。

こういう微妙な隠し味はローカリティなのか指揮者の個性なのか難しい所です。というのはやはりチェコ人のクーベリックはダンス自体がずいぶん速く、この小節もことさらに意を配っていません。彼は最初に弦で出る主題のフレージングもやや個性的で、一般にはチェコを代表する解釈とされますがそうでもないでしょう。全曲の感銘は大いに認めるものではありますがモルダウに関するかぎりは僕はあまり共感しません。格調も詩情も迫力もアンチェル盤の方が上だと思います。

アンチェル盤の素晴らしさをもう少し書くと、冒頭のフルートとクラリネットのかけあいにヴィオラが入る見事な管弦楽法や月の光に古城がうかぶ情景の幻想的な雰囲気、その部分でCmからA♭mへのロマン派的転調(これが中学時代ショックでした)のやりかた等枚挙にいとまがなく、続く急流の部分のffの圧倒的迫力、牛皮ティンパニの見事な音響等は感涙ものです。コーダの和音連結はいつ聴いてもほんとうに素晴らしくて胸が熱くなります。

ということでアンチェル以外はあまり聴かないし興味も薄いのですが、ひとつだけ、米国人ジェームズ・レヴァイン/ ウィーン・フィルによる我が祖国全曲のDG盤は音が良くて好きです。

(こちらへどうぞ)

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