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ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 ニ短調作品30

2014 JUN 20 0:00:01 am by 東 賢太郎

ピアノ協奏曲の王はベートーベンの皇帝だろう。では女王は?シューマンといいたい気もするがこれの前には王女かもしれない。王もひれ伏すしかない豪壮さとメランコリー。ピアニストが最も攻略にてこずるが、籠絡したら未曾有のパンチ力で聴き手を打ちのめす恐るべき音楽である。

ライブでこの3番の良い演奏を聴くことは僕のクラシック鑑賞の無上の喜びの一つである。終わった瞬間、我々聴衆はまるでフルマラソンの優勝ランナーをゴールに出迎えるように、能力と体力のかぎりを尽くして走りぬいた勇者を讃えるかのような熱い感情に包まれる。そういう曲はあまり心に浮かばない。

第1楽章再現部前にある大カデンツァのように素人目にも空恐ろしいアクロバティックな印象から狂騒曲の評価を下す人もいるだろう。しかしそうではないように思う。第2楽章冒頭のオーケストラ部分を聴いてほしい。世に数多ある「悲しみの音楽」の中でもこれは優れた部類のものだ。

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ラフマニノフの書いた緩徐楽章、第2交響曲や第2協奏曲のアダージョもすばらしく美しいものだがこのどうにも胸が絞めつけられるようなものは聞こえない。3番のアダージョは切々と訴える和声が悲しいが涙をさそうわけではない。何かを諦めたようであり、切なく期待してみるようでもあり、悲しみは結晶化して澄んだ冬空みたいに透明である。僕はこれを聴くたびに耳に残って離れなくなる。気になって仕方なくなる。こんなにウェットな音楽はほかに記憶にない。

ピアノパートのヴィルトゥオーゾ的なものの価値は弾けない僕にはわからない。ラフマニノフ自身がこれをニューヨークで初演したが、渡米する船の中でサイレントピアノで練習して臨んだという。ラヴェルのように自作を弾けない人もいたが、弾かずに書いて他人の作のように練習するという順番になる脳の構造が凡人には想像できない。なお2度目の演奏の指揮者はグスタフ・マーラーであった。慣れないオケにこれは名曲だと時間を超過して練習させラフマニノフを感動させた。

youtubeからお借りするイェフィム・ブロンフマンのピアノは見事。メタボ気味のご体形だがこのぐらい体重がのった強い音がないともの足りない、ピアノを壊すんじゃないかというほどのffだ。速いパッセージも深い音でよく弾けていて、ゲルギエフがあおる終楽章の快速テンポからさらにアップしていくコーダの鬼神のような終結!人間ってこんなに凄いことができるんだね、人に生まれてよかったね、なんて見知らぬ人とハグしてしまうかもしれないなあ。これを聴いたラッキーな方、うらやましい。

N響Cプロ、アシュケナージ指揮でアルプス交響曲の前半にベフゾド・アブドゥライモフというまったく初めて聞くウズベキスタン出身23歳の若者が弾いた。冒頭主題の微妙なテンポの揺れによる主張と完璧なコントロール。只者ではない雰囲気に会場が息をのむ。この曲を何度か録音したアシュケナージだがハイティンクとやったDecca盤ではもう(ほんの微妙にだが)テクニックに苦しさを感じる。それほど超弩級に高難度の曲だ。ところがこの若者、難しいパッセージに一切のほつれもなく、だから難しく聴こえない。普通の野手だとファインプレーに見える難しいゴロが、名手がさばくと普通のゴロに見える、そんな感じだ。だから汗だくで弾いて完走おめでとうのヒーローに拍手をする感じではなく、余裕含みで良い音楽をありがとうという感謝の拍手を送った。大物候補だ。

アシュケナージの指揮について一言。彼がコンセルトヘボウ管と録音したラフマニノフ交響曲全集は名盤である。曲の勘所をこれほどつかんだものはない。この日の伴奏もその例で、コーダでのピアニストと第1ヴァイオリンによる盛り上げの山を両者のシンクロをキープしながら引っぱって全オーケストラが爆発へ向かう興奮はさすがと思った。

 

ウラディーミル・ホロヴィッツ / ユージン・オーマンディ/ ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団

4193-NNyMTL__SL500_AA300_自身大ピアニストでもあった作曲者が3番の免許皆伝を与えて自分は弾くのをやめたというホロヴィッツ最晩年の歴史的記録である(78年1月8日カーネギーホールのライブ)。このLPが鳴り物入りで発売され自宅でかけた時の衝撃と興奮は今も忘れない。聴きかえしてみると今や伝説の人となったホロヴィッツは一流のショーマンだったと思う。オーマンディーは唯一残る3番のラフマニノフ自作自演盤の指揮者だ。この人と会って話をしたなど今となるとうそのようだ。もっとその時の話をきけばよかったなあと後悔の方が先に立つ。

 

(補遺、3月12日)

ニコライ・ルガンスキー / イワン・シュピレル /  ロシア国立アカデミー交響楽団

608917201222ロシアの正統ヴィルトゥオーゾの快演。ルガンスキーは新しい録音もあるが若い感性とエネルギーに満ちたこっちが好きだ。シュピレルという指揮者はまったく知らないが、曲想に生気があり、音楽の山の作り方も実にうまい。ピアニストが伸び伸びと力を出し切っており、ff でのタッチのキレと輝きのある高音、深く鳴りきった低音、澄んだ抒情、コーダの豪快な爆発など3番に求めたいものがすべてある。万人におすすめしたい。

 

アレクシス・ワイセンベルグ / ジョルジュ・プレートル / シカゴ交響楽団

51ys-x0oq0L大学時代に買ったこれのLPで3番を覚えた、僕にはおふくろの味みたいな演奏。まず、ピアノがオンの録音でトゥッティでも全部聞こえるという点で稀有である。これがあまりに「ちゃんと」弾けているのでゾクゾクするほど凄い満足感が得られる点でも稀有だ。和音がつかみきれなかったり指が回らなかったり弾き飛ばしたりペダルでごまかしたりというのがないのは3番においてはめったにないことなのだ。タッチはクリスタルのように硬質で、その意味でもこの3番は稀有だ。プレートルの指揮も透明で暑苦しくなく抒情も深く、最高の満腹感を与えてくれる今もって僕の愛聴盤だ。

 

ゾルターン・コティッシュ / エド・デ・ワールト / サンフランシスコ交響楽団

317Y8HKRR3L作曲者の自演盤も速いがこれはいい勝負である。録音を含めて自演の完成度をストレートに高めた演奏という意味で、僕はこれを3番のベストと讃えたい。コティッシュは大学時代にカセットで聴き込んだドビッシー、ラヴェルで気脈が合致するのを感じる。クープランの墓も全曲をオケに編曲してしまう。安物のセンチメンタリズムに無縁で楽譜のリアライゼーションに徹するなど音楽に対する原理主義者の姿勢がとても趣味に合う。ここでのピアノのメカニックもハイレベルで、それなくしてそういう趣味は達成できないのだが、それをこれ見よがしに売り物としない節操も好ましい。持ってる人と持ってない人の差だ。

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

 

 

 

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