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株式道場-大塚家具の経営権争奪戦-

2015 MAR 29 15:15:05 pm by 東 賢太郎

大塚家具の経営権争奪戦は株主総会でとりあえず娘さんの勝ちで落ち着いた。日本人の好きなお家騒動としてマスコミの格好のネタになったのだが、この出来事の本質は何だったのか述べてみたい。

この劇のあらすじは何か?マスコミ目線では親子喧嘩劇だが、資本市場目線ではそれは関係ない。株価倍増劇である。40円だった配当が80円になって1000円の株が一時2500円と2.5倍になったことこそこの騒動の帰結である。

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その昔、村上ファンドが東京スタイル株式を大量に買って1000億円近くあった現預金を配当することを株主総会で求めて成功した。増配となれば当然株価も大幅に上がる。彼はその後別な案件のインサイダー容疑で逮捕されてしまうが、この要求は株主として至極真っ当であって、それをハゲタカと忌避するのはする方が間違っている。

株式上場の目的はいくつかあるが最も本質的なのは株式による資金調達が容易になる事だ。業績好調で株価が高ければ高いほど資金調達コストは下がり、さらに成長にドライブをかけることが可能になる。

一方で、創業者利益を手にできる、知名度が増す、社員が採りやすいなどの利点もある。経営者が上場を名誉と信じそれをゴールに置く場合も多い。しかし経営は常に外部の目によって監視されて創業者の意思決定の自由度が制限され、株価が不当に低いと未知の第三者に買収されるリスクも発生する。

日本は古来より株式持ち合い制度によってそれらの「足かせ」や「リスク」を排除する排他的持ち株構造をとってきたが、それは第三者が自由に市場で買える浮動株の割合を減らすということを意味する。ところが浮動株の少ない銘柄は必然的に出来高も少ないために新株発行できる株数も制限されてしまう。つまり、上場の最も本質的な目的であるエクイティ・ファイナンスの可能性まで足かせをつけてしまうわけで、何のための上場かわからないというケースが非常に多いというのが日本の株式市場の特徴だ。

大塚家具は利益剰余金が250億円、現預金も100億円近くあり、PBR(株価純資産倍率)は騒動後でも0.8倍だから以前は0.5倍程度だった。これは株価が純資産(株主資本)の半分しかない割安状態だったということだ。どうしてかというとROE(自己資本利益率)がたったの1.3%しかない、つまりこの株に投資しても投資額の1.3%しか利益が期待できない。それならより安全な国債を買ってもほぼ変わらないのだからそっちを買うだろう。つまり需要が少なく、従って万年1000円前後に放置されていたということだ。

ではどうして1000円だったのか?配当が40円だったからである。つまり投資家はこの株に値上がりはあまり期待せず、買うなら日本株としてはかなり高い4%もの配当利回りを要求していたということを意味している。利益が成長している企業は利益を社外流出(配当)するより社内留保すべきであり、株主もそれを求める。無配でも(むしろ無配の方が)株は上がるのだ。留保金では資金が足りないからエクイティ・ファイナンスするのであって、だから上場の意味があるのは上述のとおりである。

久美子氏が今後の経営の方向として名前を出していたニトリの配当利回りは0.6%しかない。60億円しか配当を払っていないのに時価総額は9600億円もありしかも年々増えている。ニトリのROEは16.8%もあるのだからここから4%払うのは苦もないことだがそんな必要はない。株主は配当をもらうより内部留保して事業に再投資してもらってリターンは株価で返してもらった方がいいのだ。そう考える人がどんどん株を買ってくれるから、年々時価総額が増えて株価が上がっているのである。株価が上がるという原理原則的メカニズムはこれだということを肝に銘じておいていただきたい。

一方で大塚家具は8億円配当して時価総額はずっと200億円のままだった。ROE1%の企業が時価総額の4%の配当を払うというのは内部留保を取り崩すことに他ならない。これは村上ファンドが現預金を配当させて東京スタイルの株価が上がったのと同じことを自らの意志でやっているに過ぎない。いや、株が上がるほどは配当せず、上りも下がりもしない均衡点である配当利回り4%を自ら探し出したと言った方が正確だ。その証拠に自分が社長になれば配当は8%にしますと宣言すればちゃんと株価も2倍になったのである。

不思議なのは、その株価維持策は株主にとって当座は有難いが、企業価値の成長(少なくとも維持)という本来株主が求めるべき目的にとってはマイナスであるのにもかかわらず株主総会でその論点が議論された形跡はないことだ。久美子氏に軍配を上げることがそれだったという理解だったとしか見えないが、氏は配当80円、すなわち今期の会社が予想する当期利益9千万円に対して配当性向1700%という天文学的数字を公約している。

分かりにくいと思うのでそれのイメージを述べれば、09年に民主党がマニフェストと称して公約し、財源不足で腰くだけとなった子供手当を連想する。私が当選すればそれを2倍にします、財源は税収ではまかなえないが埋蔵金でなんとかしますというようなものだ。そうではないならROEが最低8%を上回るビジネスプランが必須であることは自明だ。父親を追い出せは自然にそうなるというほどこの会社のおかれた立場は甘くないが、いまだその納得性のある説明は聞こえてこない。

ブランデスという米国の投資ファンドは総発行株数の10%あった持ち株を今回の株価急騰で売って5%まで減らしている。同社は娘社長に支持票を入れており、それが増配とのディールだったかどうかはわからないから憶測ではあるが、取得価格の2倍で売っていると仮定すれば残した5%のコストはゼロになるから非常においしいディールである。その計算をした上で紳士面で「総会で貴女を支持しますよ」と持ちかけてみる程度の事など、このワルの業界ではあまりに常識だ。

結論を書こう。埋蔵金吐きだしの高配当はやめ自社株買いをすることだ。配当利回りが減れば株価が下がるのはこの会社の場合ほぼ確実であるから下落が止まるまで自分で買う。それも「おためごかし」ではなく、下がり続けるなら全株でも買う覚悟でやる。その自己資金=埋蔵金はあるのだ。そこまでいくとMBO(マネージメント・バイアウト)ということに結果としてなり、上場は廃止する。既述のように、エクイティ・ファイナンスの不要な会社は上場する意味がないからそれはロジカルな帰結である。

同社が80円配当(15億5千万円)を払い続けるならば、世の中の平均的な配当性向である25%になる60億円の当期利益を恒常的にたたき出さねば健全ではない。それは過去5年の平均当期利益の16倍にもなるわけで、野球なら5年間もホームラン1本のバッターに今年から16本打てというようなものだ。社長が交替すればできますなどという簡単な話ではないのである。いや、秘策があるのだというならそれで良いが、それならその話を10%の大株主であったブランデスにはしたはずである。それが実現しそうならブランデスはむしろ15%に持ち株を増やしたであろう。

久美子氏がROE10%越えをコミットした構造改革なしに80円の配当をキープしますというなら、申し訳ないが同社は埋蔵金をたかり屋に吸い取られることを対価にしばらくは1500-2000円の株価を維持するだけで社業に未来はない。ニトリのような路線に転換して高収益企業への構造改革をするというなら数年は赤字も覚悟で買収も含む大なたを振るう必要があるだろう。外部株主に単年ごとの収益、配当を求められて説明責任を果たしつつそれを行うのは至難の業と思う。

親を追い出した娘というのはいかにも現代的で、個人的にはナッツ姫よりもシェークスピア流のドラマとして面白いと思うが、数年も利益低迷すれば儒教社会で足を引っ張られることは目に見えている。つまり上場したままでは、生き残りに必須の「構造改革」に要する「大なたを振るう時間」が確保できない可能性があると考える。選択肢はそうたくさんはないように見える。武運長久をお祈りしたい。

PS

お断り: 弊社ソナー・アドバイザーズ株式会社は(株)大塚家具の株主ではなく、同社株式を現時点では売買の対象としてアドバイスした事実はございません。

 

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