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ラヴェル 「亡き王女のためのパヴァーヌ」

2019 APR 3 1:01:15 am by 東 賢太郎

ラヴェル好きの僕ですが「亡き王女・・」だけは馬鹿にしていて、高校の頃はこんなものは女子供の砂糖菓子と切り捨てていたのです。パリ音楽院在学中にピアノ曲として作った段階では評価されず、後に人気が出ると自分で「形式が薄弱」「シャブリエっぽすぎ」と自虐的な批判をしている天邪鬼ぶりも喝っ!だったのです。男らしくねえな、こりゃオカマだなと。自虐ネタにしたけど彼は実はこれが好きだった、後で管弦楽版を作ってますからね。

バスク地方の位置

曲名は実は後から考えたんで特に意味はないとラヴェルは語ってます。しかしPavane pour une infante défunte(亡き王女のためのパヴァーヌ)のインファン(infante)とはスペイン王国、ポルトガル王国の王族の称号ですから、ヴェラスケスのマルガリータ王女にインスピレーションを得たかどうかはともかく彼は何かを契機として母方(スペイン系バスク人)の血を意識したのではないでしょうか。バルトークのトランシルヴァニアのケースを連想させます。ラヴェルが1932年にこの曲をペドロ・アントニオ・ダ・フレイタス・ブランコというポルトガル人指揮者に録音させているのも連想がふくらみませんか?

曲の形式はA-B-A-C-Aとコンビニのサンドイッチ型で、3枚のパンにハムとレタスが別層にはさまってる、あれです、単なるロンド形式で薄弱もへったくれもないのであって別なサンドイッチを作れるリッチなレシピでなかっただけです。それより何より、B→Aのブリッジ部分の和声が強引でウルトラダサい。ドビッシーの型破りにある洗練のかけらもない。C→Aのブリッジ部分は入れなくていいGmをフェルマータでわざわざ伸ばしたりして、ト短調からト長調(G)への同名調の変わり身は安手のマジックショーのレベルに感じます。

まあ、それは高校生のガキの偏見に満ちた感覚だったのですが、今でもやっぱりそう思ってしまいます。ラヴェルにダサいという言葉は無縁だしそうあって欲しいという願望のほうが大事であり、「なかったことに」で結構な曲という位置づけでありました。しかし、後に多少ピアノが弾けるようになってこれをつま弾いていると、急に分かったのです、ダサさとマジックショーの原因が。

A→B(ロ短調)、A→C(ト短調)、つまりハムとレタスに突入する部分ですね、この転調がクールで異様に美しいわけです。転調はジャンプですが、1度目のBは関係調で控えめにちょっとだけ、2度目のCは同名短調でハイジャンプと順を追って遠くへ旅立つのが心憎い。Cの「入り」は管弦楽版だとフルートが月の光のように冷ややかな音色でアルカイックなメロディ(楽譜)を吹きますが、これぞラヴェル!!というハイライトでいつ聴いてもゾクゾクものなのです。

そうか、ラヴェルはこの瞬間に命を懸けたんだ、凄いのが書けたぞと。そして後悔した、どうやってト長調に戻ろうか?

wikipediaによるとラヴェルはこれをとても遅く弾く意図を持っていたらしく、彼自身の演奏も甚だ遅く、現代のピアニストの誰より遅かった。ただ重ったるくとぼとぼ歩くような演奏は褒めなかった。自作自演の1922年のピアノロール録音が残っていますが、そんなに遅くはないですね、でもこれは録音機器の制約のせいかもしれません。まずはそれからお聴きください。

僕は管弦楽版をクリュイタンス / パリ音楽院管弦楽団で知りました。そして感じていたのです、最初のホルンのメロディ、ヴィヴラートがきつくて好みじゃないな。お聴きください。

これはクリュイタンスの趣味と思っていたのですが、wikipediaによるとラヴェルは手で音程を調節するナチュラルホルン2本をスコアで要求しており、この方式の楽器は他のヨーロッパ諸国より長くフランスでは使われていてパリ音楽院ではその技術をまだ教えていたそうです。クリュイタンスがその奏法で吹かせているのは、より古い1932年の同管弦楽団の演奏で確認できます。この録音が上述のペドロ・アントニオ・ダ・フレイタス・ブランコの指揮で、作曲家は録音に立ち会い監修したとのことです(ちなみにこの速さは録音の制約と思います)。

感心したのはこれでした。ピエール・モントゥーがロンドン響を振ったものです。このオケのホルンはフランス管と違いドイツに近い重く暗めの音がしますしヴィヴラートもない。だからA-B-Aの部分は音彩が暗く華やぎは皆無です。ラヴェルなのにどうしたのかというぐらい。ところがCの「入り」になってフルートがたおやかに響くとあたりにパーッと光がさす。そこからの色彩の嵐と音楽のうねりというものはもう神技の粋であり、誰がいまこんな指揮ができるだろう?モントゥーがラヴェルの核心をとらえていた証を聴くことができます。

もうひとつ、完全に凍りついたのはブーレーズがクリーヴランド管とやったCBS盤(旧盤)です。録音は1969年7月21日だから同じオーケストラであの春の祭典を録音をする1週間前です。この録音は管楽器の倍音の色彩までブレンドする、まさにあの春の祭典と同じ高度な次元のミキシングがなされている一個の芸術品だ。それにしてもあの彼がこんなポップな曲をやるとは!ボレロを録音したのと同じほどの衝撃を受けました。しかしブーレーズはブーレーズだったのです。このオケのホルンもドイツ的で明るさもヴィヴラートもありません。だから A-B-A はモントゥー同様に静謐で暗色が支配するのですが B の pp のバスが(なんと効いていること!)どっしりとしかしまろやかに全部を包み込み、湿度のあるねっとりしたクオリアを生みます。そこにルバートをかけて入ってくるト長調の乾いたフルートが金色の微光で辺りを一閃する様はダフニスの夜明けのパンの笛に似てる、そう連想を飛翔させる刺激的な音がしています。そこで回り舞台のように空気が変わるが、ブーレーズはモントゥーと違って音彩を散りばめることはなく徹底してクールで通します。僕がこの曲を一音符たりとも逃さず張りつめて聴いたのはこの録音が初めてでした。

ブーレーズは後にドイツ・グラモフォンに同じオケで録音し、大変ゴージャスで非の打ちどころない名演に仕上がっています。しかし、耳あたりは良いですが旧盤とは指揮者、録音技師の音のブレンド感覚がちがう。ブーレーズはだんだん音を心地よく整えるようになり鋭利な神経をむき出したような挑戦的な音がなくなりました。低音の混ぜ方のすごみはなくなり、C は旧盤のマジカルなものが消えて、きれいなオーケストラだなあと感心する普通の美演に落ちてます。

 

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