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ボビー・ハッチャーソン 「Total Eclipse」

2023 FEB 13 6:06:18 am by 東 賢太郎

海外勤務のころ、成田からロンドン、ニューヨーク、フランクフルト、チューリヒ、香港まで何度往復しただろう。年2、3回として4~50回ぐらいはしたかもしれない。東京で仕事を済ませると決まって夕刻の便である。真っ暗なロビーの窓からはるか飛び去っていく機体が見える。あんなブラックホールに吸い込まれるみたいに忌まわしい物体に乗りたくない。ラウンジは観光客やたまの海外出張ではしゃぐサラリーマンでうるさい。仕方なく、特に食べたくもないが、毎度そば屋の暖簾をくぐってひとり時間を潰すことになる。

年末にパリから帰って来る娘を夜の羽田で待ち受けていて、16年もそうやって味わっていたあのとりとめもない空漠とした気持ちが蘇った。フライトは嫌いだ。狭いのも高いのもいけない。乗るとすぐワインをがぶ飲みして寝ようと試みるが大体うまくいかない。シンガポールからのナイトフライトが故障で飛ばず、一晩閉じ込められてパニックになった地獄のトラウマが蘇る。そこで映画を探すがほとんどが安手の流行りものだ、すぐに飽きてしまい頼みは音楽しかなくなる。しかしJAL、ANAのクラシックは見事にロクなのがないのである。

ジャズを聴くようになったのは、そうしたプアなセレクションの中では多少ましだからであり、緊急避難の末にケニー・バレル、ゴンサロ・ルバルカバなどを発見したのだからまあ文句はいうまい。ヴィブラフォン奏者ボビー・ハッチャーソンもそのひとりで、アルバム “Happenings” が気に入ってすぐCDを買った。そこでyoutubeをサーフィンするともっと好きなのが出てきた。“Total Eclipse” である。いい時代になった。そういうことをやると昔は結構な散財になったわけで、今の若者は音楽もwikipediaばりにゼロコストでクラウドに所有している。才能あるクリエーターはどうなってしまうのか心配にはなるが。

ジャケットの写真こそユルいが「皆既食」という名のこのアルバムは最高で、ハッチャーソンのヴィブラフォン、マリンバが耳を奪う。彼の作曲の才能も恐るべしだ。ピアノがチック・コリア、テナーサックスがハロルド・ランド、ドラムスがジョー・チェンバース、ベースがレジー・ジョンソン。全員が名手であり、音楽性がトップノッチで噛み合っているこのアルバムは最初から最後まで快感しかない。Herzogのプレストが出色だが、最高評価したいのは2番目のTotal Eclipseだ。ヘッドホンで聴くとまるで精緻な室内楽で録音も素晴らしい。チック・コリアのソロはどこかメシアンに聞こえる。

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Categories:Jazz

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