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日本人に砒素のように効くLGBT法

2023 NOV 24 2:02:08 am by 東 賢太郎

(1)日本人が知らない日本の素晴らしさ

日本っていいな。23年前に帰国して、いの一番にそう思った。懐かしいとか日本語が通じるというようなことではない。16年も外国で暮らし40数カ国も行ったりすると、いわば “日本なし” で生きるプロフェッショナルになっている。そしてその感覚のまんま帰国する。するとまるでおとぎの国だ。楽で安全で清潔で、人は親切で優しいし、日本人が日本人のために日本人らしく生活できるように万事が緻密に設計され、施工され、心がゆき届いているのである。そんなことはない、日本はせちがらくてチマチマして住みにくい等の声もあろうが、そう思う方は欧米に1年でいいから住まれてたみたらいい。旅行や出張に何十回行こうとわからないことだと思う。

そう感じたのは帰国してすぐの、ほんの1,2か月のことで、やがて徐々に従来の感覚に戻った。すると、逆に何を驚いていたんだろうというこれまた経験のない感じがやって来た。当たり前だった大事なものがあることを失ってみて気づき、帰国してますますありがたみを悟ったのだが、こういうルートをたどってみるとそのありがたみは半端ではなかった。そんな国の国民でいられることは奇跡のように幸せだとさえ思っている自分がいて、そういう発言をするたびに「おまえ、前より右寄りになったな、珍しい奴だ」と周囲に言われた。米国の野球が大好きで、欧州のクラシックも好きだ、バリバリにガイジンになって帰って来ると思われていた。まあ仕方ないが僕にはそういうものより父祖の地の方が大事、そういう人間に生まれているようだ。

(2)赤信号みんなで渡れば怖くない

異様に感じた例の代表がこれだ。渋谷スクランブルの北隣りのT字路でのこと、欧米だとあの程度の道は自己責任でどんどん渡る。ところが明らかにクルマが来ないのに、歩道からあふれかえるほど堰き止められた両サイドの大群衆が誰一人身動きもせず1分も青信号を待つ。ルールを守らなそうな風体のお兄ちゃんも渡らない。凄い!これは道交法違反がどうのではない、日本は良くも悪くもそういう文化なのであって、交通安全には良いことだけど、悪い方をいうなら付和雷同、同調圧力、サービス残業、いじめ、根回しなどのルーツがみんなそこにあるんだなと思った。「赤信号みんなで渡れば怖くない」は、いみじくも、ビートたけしが鋭いセンスで日本文化の深層をえぐりだしたギャグだった。

(3)法律は文化の産物である

そうした経験をたくさん味わって、日本文化のどういう所が欧米人に異質なのかということを学んだ。それを皆さんにどう説明するかだが、英米法は「違法でなければやっていいが原則」ということをご理解いただくのが速いだろう。例えば、いま話題のトランプ元大統領だ。彼は数々の罪状で起訴されていて、すべてに有罪判決が出ると最大で懲役700年ごえになる。ところが、それでも来年の大統領選に立候補でき、当選すれば獄中から執務できる。我々の感覚ではそんな馬鹿なだが、禁じる法律がないからできる。これが英米法。日本には公職選挙法の公民権停止規定があるから立候補もできない。しかし、ここが大事だが、その法律があるからできないのではない。国民的に「そりゃないよね」と考える文化が法律になっている。それが先にあり、だからできないのだ。

つまり日本には「法律万能ではない」「違法でなければいいわけではない」という強固な文化がある。例えば違法薬物の成分を変えれば合法になるが、それでも悪い奴らだとなるのが日本文化だ。「不敬罪」は敗戦後になくなったが、だから皇室を侮辱してよいとはならないのは皇室をありがたいと思うのが文化だからだ。それは島国の地の利で2千年かけて純粋培養され、日本を日本たらしめてきた世界に誇る立派なもので、それこそが僕が「こんな国の国民でいられることは奇跡のように幸せだ」と感じたすべての物事を産んだ母胎である。こういうものは、堂々と主張しさえすれば、好き好きなど関係なく問答無用でユニバーサルに評価される。逆にそうしなければ、容易に外国に蹂躙され、消される。日本人が文化を忘れ、あるいは堂々と主張せず、英米法基準のアタマになって憲法を改正すれば天皇制だってなくしてしまうことができる。日本をステルス的に植民地にしたい外国はそれを狙うのである。

法律は大多数の日本国民にとってはおかみから降ってくる江戸時代のお触書のようなものかもしれない。しかし、おかみにそうした横暴を許さぬ仕組みこそが民主主義国家であり、だから法律はおかみではなく国民が送りこんだ代表が国会で作る。文化を形成するのはおかみではなく国民だ、よって、法律は文化の産物なのである。ということは、日本古来からの文化が否定されて廃れてしまえば、僕が「こんな国の国民でいられることは奇跡のように幸せだ」と感じたすべての物事は法律によって次々と消されていくだろう。消えるのではない、”何者か” によって消されるのだ。文化の否定は国の否定であり、したがって、それに組するような者を国会に送りこむなど言語道断である。不吉な予感だが、そうならないことを心から願って本稿を書いている。

(4)宗教はすべての対立の源

なぜ消されるのか? 世界覇権を握る米国、欧州を支配しているのが一神教徒だからだ。旧約聖書を源とするユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つがそれで、世界人口80億人のうち約52億人がその信者だ。一神=オンリーワンゆえ、数学と同様に答えは一つで他のすべては確定的に不正解だ。疑問、妥協の入る余地は皆無である。多神教は一神教の存在を認めるが、その逆はない。欧米列強の植民地支配、インカ帝国・米豪先住民の抹殺、未遂に終わったアヘン戦争、黒船襲来、ぜんぶその結末だ。

神の唯一性をめぐってさらにその3つが互いに争った。世界史とは西洋人が書いたその領地の分捕りあいと殺し合いの地球史のことであり、パレスチナ問題は言うに及ばず、十字軍も、ナチスの大量虐殺も、スターリンのそれも、米ソ冷戦もそれだ。もしウクライナやイスラエルで核戦争がおき、第3次世界大戦となって人類が滅亡したならばどうなるか。火星には太古に栄えた文明があったが核戦争で滅びたとする学説があるが、地球も結局はそれに学ばず同じ運命を辿ったんだねと別な惑星の住人が何万年後かに遺跡を発見するだろう。

皆さん黒船来襲を習った時、開国を迫る米国に余計なお世話だと感じなかったろうか。なぜなんだ、身勝手じゃないかという声に、しかし答えはない。一神教徒はそういうものだからだ。理由が水の補給とか鯨油めあてとか習った記憶があるが、そんな甘ちょろい性善説なわけねえだろ馬鹿じゃねえのという、そんなことを学校は教えてたのだ。日本の絵本では熊さんは優しく笑っていてパンダさんの親戚でもある。熊が人を殺して食っても、撃ち殺したら可哀想だとなる。当時アジアに来た外国船はみな飢えた熊みたいなものだ。英国にアヘン戦争を仕掛けられて莫大な賠償金を取られ香港を割譲させられた清国。スペイン、アメリカに蹂躙、虐殺の末に征服されたフィリピン。日本人がそうした運命にならなかったのは武士が強くて賢く、それがペリーへの抑止力になったからだ。260年の鎖国で異国との戦争経験がなかったにもかかわらず、申しわけないが、我が国の武士は近隣の如何なる国の軍隊より強くインテリジェンスがあった証明だ。

僕はローマとシチリアとチュニスの地に立ってみて、いつもポエニ戦争のことを想った。2千年ちょっと前、地中海に栄えたカルタゴは軍事、経済で強国だったが、ローマとの2度の戦争に敗れて劣勢になり、自衛戦争しかできない条約を強制される。やがて攻めてきた隣国に自衛として応戦すると、条約違反だと言い掛かりをつけたローマに滅ぼされ、国民は全員が殺されるか奴隷にされた。いまの日本vs米国の立ち位置はカルタゴvsローマとそっくりだ。まして日本は多神教国だ。一神教国とどう対峙し共存できるのか、同じ問題を共有する中国とどう向き合ったらよいのか。歴史観も国家観も知性もない人間をのんびりと総理大臣に据えていると、2千年後の教科書に日本が記載されているかどうかも危ないという喫緊の事態に我々は直面している。

(5)香港のゴルフ場で目撃した驚くべきもの

チュニスで感じた以上の危機感を生々しくしく懐いたのは、香港のゴルフ場で “あるもの” を目にした時だ。着任してすぐ、1889年開業とアジア最古の名門ゴルフクラブであるファンリン(香港高爾夫球会)の会員になって初めてプレーした。前半の谷越えのロングホールである。高台のティーグラウンド脇に養鶏小屋があり、鳥インフルが流行っていたので気になってそっちを見た。すると、自分が立っている高台のふもとの土くれから横倒しになった石板がのぞいている。墓石だった。アヘン戦争の末に英国人が中国人の墓地を潰して遊技場にしていたのである。

当時、英国の手先だったのがもと東インド会社であるジャーディン・マセソン商会だ。その長崎支店長がグラバー邸のトーマス・グラバーであり横浜支店長だったウィリアム・ケズィックは調べると1834年生まれである。我が先祖の田中平八はタメ年齢のこの男と生糸貿易をしたに相違ない。そしてこの男が「長州ファイブ」と呼ばれる伊藤博文、井上馨ら長州藩の若者5人をロンドンに派遣し、1866年に薩摩と同盟を結ぶとグラバーから買った新兵器で倒幕に成功する。

長州ファイブは渡欧途中にアヘン戦争でぼろぼろにされた清国の惨状を目の当たりにしている。何を見たかは知らないが、僕がゴルフ場の墓石を目撃したようなノックアウト級の衝撃を食らったことは想像に難くない。幸いなのは彼らは武士として筋金入りの教育を受けていたことだ。英国に取り入って幕府にテロを仕掛けながら植民地化を絶対許さない鉄の意志で諸外国をうまくあしらい、迅速に国体を造り上げるべく手を打った。みな30才そこそこの若者だ。米国のポチになるどころか、いいトシこいてポチのポストを争って日本を売り飛ばす当代の政治家どもは国の汚辱にしか見えない。

伊藤が新政府の初代首相、井上が外務大臣となったのは周知のことだが明治の元勲はほとんどがその後に命を落としている。国を守る政治家とはそういうもので組閣ごっこをするメンタルの者は論外以前に国害でしかない。墨田区の木母寺には伊藤が平八の追悼に建ててくれた「天下之糸平」の巨大な石碑がある。感謝している。それとはまったく関係ないが祖父はジャーディンの本拠があった上海の三井物産支店長であり、その妻となった旧姓真崎の祖母はグラバー邸隣りの旅館の娘だ。そして孫は野村香港の社長になった。偶然かもしれないが、人生を自分で決めているのではないと信じるようになったのはこの頃からだ。

(6)日本人であることの条件

僕がキリスト教ぎらいではないのは長年ブログにおつき合い下さっている方々はご存じだ。英国のヨーク大聖堂の巨大な空間の中を息子と歩いていて、ふと、改宗してここに一生いてもいいなあと思いもよらぬ気持に襲われたほどだ。それでいながら、信仰心とは無縁のところで僕は根っからの日本人である。何ゆえか?仏教でも神道でも如何なる宗教による信心でもなく、日本という2千年の時が紡いできた類まれな国柄、文化、習俗の肌触りが抜き差しがたく自己に同化していてその存在に感謝するという性質のものだからだ。

それは愛国心ともちがう。日本がどういう国かは一概に表現できず、愛するのは自分が知っているほんのいちパートに過ぎない。だから愛しているのは国というより父祖がいた土地なのかもしれない。その土地が日本と呼ばれているからの愛国心だ。だから日本人であるか否かはパスポートによって決まるのではなく、日本人である個々人がどう切り取っても一様に共有するであろう国柄、文化、習俗というものが分厚く織りなす生地のようなもの、日本的ではない物事やふるまいに接すると「そりゃないよね~」と思う気持、それを普段着として身に纏っているかどうかということのみが証明するものである。

(7)韓国人の30倍も支配されにくい日本人

ドイツ人はキリスト教徒である。ナチは人類史に稀なる狂気ではあったが、道がどこでどう曲がったかは米国人はわかったはずだ。だが根底から異質な日本人の行動はわからなかった。その結末が核使用による民間人の大虐殺である。それも人類史に稀なる狂気であることを世界に向けて僕らは発信し続ける必要があるが、宗教の違いは憎悪に火がつくと大爆発する危険物であることも強く認識を心掛けるべきだ。ガザ地区で今起きているのもそれである。キリスト教徒はそれを熟知しており、戦後、米国は韓国人を共産主義への防波堤とするため人口の30%をキリスト教化することに成功した。しかし日本人は未だにたったの1%だ。同じ顔に見えるが韓国人の30倍も支配しにくいと思っているだろう。**教会はその一助として韓国から布教すべくCIAが作ったと理解している。

バイデンは「日本国憲法は日本に核を持たせないために作ったんだ、それも知らんのか」とトランプを笑った。そうして日本を「中露北に対抗する武装は永遠に米国まかせ」の身分に置けば核で復讐される脅威は消え、FMS協定で中ヌキまでできる。バイデンを操るネオコン(またはDS、軍産複合体)が太った豚を手放すはずがなく、強調したいからくりかえすが、これはローマがカルタゴを食った手とまったく同じだ。円滑な支配のためには頭にキリスト教徒を置きたいが皇室は難関だった。しかし総理大臣は吉田茂、片山哲、鳩山一郎、大平正芳、細川護熙、麻生太郎、鳩山由紀夫と13%もキリスト教徒にできた。国民(1%)の13倍とは驚くべき高率で、これが偶然とは誰も言えまい。民主党びいきの上川陽子の名前がCIA新聞の読売から唐突に出てきたのはとてもわかりやすい。すでにボロボロの岸田政権を見限った。しかし上川になれば米国隷従の悪夢に拍車がかかるだけだ。

(8)同性愛は文化の一部になる

ネオコンがキリスト教化を進めにくい国を統治するには法律による支配が近道だ。ダイバーシティ(多様化)を押しつけて社会をずたずたに分断すれば日本文化の統一性、均質性は崩壊して米国社会のようになり、英米法的な法律をどんどん作るしか統治のしようがなくなる。それにより思想、思考回路も英米的にすることはキリスト教化と同等の効果が得られるだろう。「神は人間を創造された際,結婚した男女だけが性関係を持つように取り決めた」(創世記 1:27,28。レビ記 18:22。箴言 5:18,19)と聖書にあることから同性愛はユダヤ教でもキリスト教でもイスラム教でも禁止であり、それと人権との関係はそれらを信仰する国においては歴史的社会問題であり続けてきた。一方でL(レズ)、G(ゲイ)、B(バイ)の人々は日本においても昔から存在しており、国民の99%が聖書を信仰しない我々は我々なりの文化と常識をもって対応し、共存してきた。ここに宗教に起因するズレがある。これを埋める強姦に等しい強行策こそLGBT理解推進法の制定であった。

聖書の3つの宗教は近年になって同性愛を認める方向に融和してきたように見えるが、古くは弾圧し、罪人として処刑もしてきた(http://ソドムとゴモラ – Wikipedia)。戒律が禁止するからで、そんなものは存在しない日本と決定的に土台が異なるのである。だから、欧米は市民革命後の人権擁護という思想を戒律の上位に来させるには新たな法律で上書きする必要があった。それがLGBである。仏教では同性愛への言及はなく、日本は古来よりLGBには比較的おおらかな国柄であり、新法で保護する必要があるほど弾圧された歴史も文化もない。

(9)なぜ女湯に「 T 」を禁じる法律がないか

ちなみに我が曽祖父は能登から上京した風呂屋である。神田猿楽町に日本で初めて富士山の絵を描いた銭湯「キカイ湯」を創業し、それが全国に広まったようだ(http://こちら神保町「銭湯特集・その2 キカイ湯 第2回」)。父・東由之助の名は曽祖父・東由松から来ているが、半農半漁の田舎である能登から東京ど真ん中に出てくる冒険精神と楽天性を僕は曽祖父から継いでいる気がする。

そうした脈絡から昨今のLGBTの女風呂問題にはどうしても関心が行ってしまう。江戸時代の銭湯は混浴が当たり前だった。幕府がしばしば風紀が乱れるという理由で禁止令を出したが女性から反対が出たほど日本の性文化はおおらかなものだったようだ。たしかに、この絵の中の男女がLGBTのどれであろうといったい何の問題があろう。

大事な論点だが、混浴文化においてはLGBT理解増進法に問題はなかったろう。ところが明治の初期に西洋文化が移入されて男風呂、女風呂に分かれる。それでもLGBの人は外見の性別どおりに入浴するから問題ない。問題は T (トランスジェンダー)がくっついたことだ。日本文化では外見が男であるT の女性が女湯に入るなどということは想定しておらず、したがってそれを禁じる法律はない。あるのは外見の性別によって事業者や施設の管理権者が入場を断ることはできるという厚労省の衛生等管理要領だけだ。これは通達で法律ではないから違反者を逮捕はできない。

そこで先日の長島温泉の事件では、管理者の通報を受けた警察は「建造物侵入罪」(刑法第130条)という法律で逮捕に踏み切った。しかし、この罪は「不法侵入」が成立の必要条件であるから、侵入が痴漢や盗撮等の「不法な目的」によらない場合は罪に問えない可能性がある。現に侵入者は「心は女性なのに理解できない」と言った。「これを理解増進しろ」という法律は通達より強い。しかも「女が女に痴漢しますか?盗撮しますか?」「LGBT法が成立したので合法と思ったのだから不法でない」と抗弁された場合、「ならば手術して体を女にしてこい」とは言えなくなってしまったのが10月25日の最高裁判決なのだ。これで検察が起訴できるのか?見ものだが、素人なのでコメントは差し控える。

(10)LGBT理解増進法の真の目的

建造物侵入では不起訴になってしまい、「外形が男なら女湯に入れない」という新法が制定されたとしよう。女風呂の安全はそれで守られ、いかにも一件落着に見える。しかし、LGBT法を制定させた者たちにとってそんなことは痛くもかゆくもないのである。変質者を女風呂に入れてあげるのが目的ではないからだ。目的は「違法でなければ何やってもいいってもんじゃない」という、いわば法の上位概念である「日本の常識」の破壊である。連中はそれを「理解増進」(=洗脳)と正直に白状している。つまり、

LGBT理解増進法は、古来より日本文化にある「そりゃないよね~」を欧米流の「違法でないならOK」にじんわりと転換させるための法律である。

だから同法を制定させた責任者である福井県選出の稲田朋美議員は長島温泉の件について「LGBT法とは関係ないようだ」としている。この発言は「他人事のようだ」と批判されているがそうではなく弁護士なりの用意周到なコメントである。直接の関係はない(侵入を助長する意図はない)から嘘ではない。しかし、かような事件が多発することによって「理解増進」(=洗脳)が進行することを「関係ない」と言って放置する “未必の故意” はある。それを指摘された場合の逃げのために「ようだ」を加えていると思われる。

LGBT法の真の目的は、マイノリティの権利を拡張させ、一丸になると強い日本社会を分断によって弱めることだ。要するに、以心伝心で通じ合う日本人に異分子をぶちこんで世の中を面倒くさくし、古来よりの日本文化を壊し、米国に追従し、ひれ伏すようにしたいのである。GHQが終戦後に給食を米からパンにかえて小麦文化を移植し、戦争への贖罪意識を植え付ける教育をしたのもそれ。移民をどんどん入れろという政策もそれだ。さらにLを投入して「言ったもん勝ち」という面倒くさい社会にすれば、それを取り締まるには新しい法律が必要というイタチごっこ状態になる。よって国会議員と弁護士が統治者となり稲田議員は一挙両得であり、ネオコンはそれを工作員に使うのが楽だから彼女は総理の道が開けるのである。

(11)共産主義者の典型的な手法

「英米法的な国」に日本人の思考回路を変えることは一気にはできない。だから徐々に人を殺す砒素のようにじんわりと変える。英米法では認容できてしまうこと、例えば、総理が刑務所から執務することなど想像だにできない日本人の脳に「日本の常識」と「英米の常識」の間の立法精神の断層を作りつけ、それを都合良く使い分けて国会で次のLGBT法のような妙ちくりんな法律を易々と制定させる。国民は気がつかないうちに「合法的」に支配されるステルス兵器だ。これは共産主義者の典型的な手法で、性善説の日本国民が気づくことは難しい。

自民党の数名しか反対しなかったLGBT法の国会決議。皆さんあれを見てどう思われただろう?草案段階で反対の議員は多くいたと、自分は反対もせずしゃあしゃあと弁解する議員がいた。それなら赤信号をみんなで渡ればいいじゃないか。それができないほどだったのだから、何か物凄く怖いものがあったに違いない。それは何だろう?極めて不気味としか書きようもない。ここまで米国民主党に好き放題やられているのだから、そういう日本文化破壊派の総理大臣など言うに及ばず、議員もしくは政党ごと早めに駆逐しないと本当に危険だ。ちなみに稲田議員は「私こそ保守だ」と主張することで、LGBTの “T” の運用例までご親切に示してくれている。即ち、どんなアホが奇天烈なことを言おうが「言ったもん勝ち」ということだ。同法は使い方によってはかように一時のお笑いで世の中を明るくもできるが、廃止するに越したことはない。

しかし我々日本人は世界に稀なる優秀な民族である。精神の侵略に対抗する方法はある。それは実に簡単だ、冒頭に書いたように「日本っていいな」と感じること、それが何でも構わない、「日本に生まれて良かったなあ」と思うものを心から大切にすることだ。同時に、それを大切にして下さる外国人ならば受け入れる寛容な気持ちを持ち、和の心には妙だ、おかしい、嫌だ、不快だと感じるもの、肌合いからして受け入れられないものは決然とNO!とすることだ。千年も前からそれをやってる我が国に高々250年の国が自国の勝手ルールを押しつけるなど無礼千万である。それがダイバーシティ(多様化)の時代に逆行するとされるなら言わば言えだ。逆に問うてあげよう。世界のマイノリティーである日本を認めないのがどうしてダイバーシティなのかねと。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

Categories:政治に思うこと, 若者に教えたいこと

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