Sonar Members Club No.1

since September 2012

女性指揮者の時代(ゾーイ・ゼニオディ)

2025 OCT 16 0:00:28 am by 東 賢太郎

大好きなシューマンの交響曲第3番「ライン」。僕はレコード、CD、カセットテープを56種類所有し、自分の手で全曲シンセ演奏・MIDI録音している同曲の揺るぎなきマニアであります。youtubeにあるのもくまなく聴いていますが、何度きいてもいいなあと幸福感に満たされてるのがこの演奏なんです。

指揮は Zoe Zeniodi(ゾーイ・ゼニオディ)というギリシャ人女性、演奏はマイアミ大学フロスト音楽学校のアマオケです。どちらも名前も聞いたことがありません。ドイツともラインとも何のゆかりもない所でこういう核心を突いた演奏が生まれる。音楽は面白いもんですね。日本で日本人がこれをやったって何の不思議もない。そのうえ、その昔、オケは女人禁制で、僕がロンドンにいたあたりまで楽員にさえ稀でしたね。チェコ・フィルだったかな、舞台は黒ずくめでドレスはハープしかいませんでしたよ。それがいまや指揮台ですからね、俺も年をとったなと感無量であります。

このビデオ見ると、何がいいって、まず指揮姿が美しいじゃないですか。ミューズも女神ですが、この人の流麗な動きは音楽そのものです。見とれます。ラインが好きなんだなあと、大切な楽節でのちょっとした笑顔に愛情がビンビン伝わってきます。細かい指示はなく大河の流れを振っている。その動きと表情のとおりにまぎれもないシューマンの音楽が紡ぎ出されてる。こりゃオケだってどんどんその気になって、終わってみると自分たちが奏でた素晴らしい音楽で全員が幸せになってます。それが聴衆を幸せにしないはずがありません。いい指揮ってこういうもんだと思います。

といってその「好き」の向かう先も大事なんです。水墨画みたいにスコアの版の選択も含め余計な虚飾も贅肉もまったくなし。シューマンのスコアの美を固く信じ、毅然としたもんです。しかもそれが清々しいばかりだ。灘の生一本、純米吟醸。ピュアでストレート。かたやそこらじゅうで蔓延してる、大衆に受けんかな売らんかなみたいなテンポも趣味も悪いくだらない下劣な演出。人工甘味料と防腐剤入りの安っぽいスイーツ。吐き気がします。こういうのは指揮者の氏素性であり人間性というものであって、男も女も人種もなく、それがある人はあるし、ない人が形だけまねたってサマにならず退屈なだけです。音楽はそれをさらけ出しちまう鏡でもあるんです。ゼニオディの趣味、共感しかありません。ホルンが音を外したり弦が乱れたりするけどそんなのはご愛嬌、ベルリン・フィルがカラヤンの棒で整然と完璧にやってますが、だからなんだってもんで蒸留水みたいで滓がない。軍隊の行進みたいな完全主義でラインをやっても意味ない、実につまんないですね、むしろ不純物があるぐらいでいいんです。この曲、いわゆるドイツの巨匠フルトヴェングラー、ベーム、ケンペらは録音がありません。誰でも手が出せるものではない特別な曲であり、彼らの芸は及ばないという自身の見識と思います。

「詩人の恋」。言葉がありません。音楽の魂にふれてます。シューマンもこう弾いたろうかと思うほど。深く深く感動いたしました。

2千人のホールでブラボーの絶叫が乱れ飛ぶ、あんなのとは別世界の、インティメートで音楽の最高の喜びを知る人だけのものです。職業ピアニストじゃない、本物のピアノ。最大180席のアテネ音楽院の「アリス・ガルフリス」コンサートホール、こういうものが毎日聴けるならしばらくいてもいいな。

アメリカの作曲家、故トーマス・スリーパーが指揮の師で、その作品を擁護しているようです。芭蕉の句の静寂と凝集。ゼニオディ、大変な才能です。

読者はご存じの通り僕はグローバリストが世界に押し付けてるジェンダー論の支持者ではまったくありません。でもこと音楽に関してはLGBT全部OK、大賛成です。女性の職業ピアニストというと、1805年生まれのファニー・メンデルスゾーンの時代はまだ難しく、1819年生まれのクララ・シューマンの時代あたりから、もしかして、当時リストぐらいしか満足に弾けなかったハンマークラヴィール・ソナタを弾いた彼女の出現が幕開けとなって、現代人は当然のようにいたもんだと思ってます。とんでもない。20世紀まで声楽にカストラートがいたように宗教的理由からもガラスの天井は厳然とあって、特に集団の支配者、いわば司祭である指揮のポストは保守的聴衆もオケ団員も女性を認めなかったんですね。

それは大いなる間違いです。時流だからではありません。音を出さずフィジカルなハンディ皆無である指揮にこそ、才能ある女性が進出して人類のために悪かろうはずがないからです。最近は読響定期で出会うことが増えており、その都度新しい才能に喝采しております。男はどうしようもなく退屈な人がままありますが、女性は見事にハズレがありません。天井を破るのは半端なことではなく、それだけの覚悟を持った人たちだからでしょうか。これからは指揮も女性の時代になりそうな予感がひしひしとしています。

 

ご参考

シューマン交響曲第3番の聴き比べ(1)

Categories:______シューマン

▲TOPへ戻る

厳選動画のご紹介

SMCはこれからの人達を応援します。
様々な才能を動画にアップするNEXTYLEと提携して紹介しています。

ライフLife Documentary_banner
加地卓
金巻芳俊