Sonar Members Club No.1

カテゴリー: ゴルフ

渋野日向子の空振り(これがリンクス)

2020 AUG 22 10:10:45 am by 東 賢太郎

第2日目で7オーバーの78となった。全英女子オープンでの前王者の予選落ちは4年ぶり4人目らしい。しかし、そんなものは気にする必要もない。

ロイヤルトルーンは予約できなかったが、近場のターンベリーとプレストウィックを回った。なんといってもリンクスの風は半端じゃない。日本だと台風直前に雨もないのに吹くビュービューの生あったかい横風という感じだ。球はえっというぐらい曲がる。それで強烈なラフとバンカーにつかまり、これがまた、出ない。それでダボ、トリプルとなると、ルーティーンが通用しないので何していいかわからなくなって手元が狂う。

ぜんぶ見ていたわけでないが、あの空振りは、たぶんそういうものの結末だろう。仕方ない、ウォーバンとはちがう。普通の平穏な世界でやってるゴルファーには別な惑星だ、なんでこんな所でゴルフせにゃいかんという。

世にはゴルフという魔物が棲む(3)

 

でも、ゴルフ発祥の地だ。そういうものだと思うしかない。英国人全員がゴルフするわけではないが、それでも、あれはお国柄と思う。知恵比べというか、メンタルにめげないかどうか、窮地に陥ってサバイバルできるかどうか、単なるアスリートの身体能力比べでなくね。

渋野日向子はメンタルが強そうだから全然問題ない。これで引き出しが一つ増えたと思えばいい。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

東南アジアの魅惑は暑さである

2019 DEC 7 22:22:35 pm by 東 賢太郎

僕は東南アジアが好きだ。なにせ暑い国へ行くと身体がでれんとする。1週間ぐらいいると筋肉の奥まで緊張がすっかり解け、真のリラックス状態になる。それが精神まで緩めてくれ、ストレスの究極のデトックスとなる。

アジアは人種的にもストレスがない。タイのような仏教国だとなおさらで、人あたりの柔らかさにはほっとするものがあるし、食事にもそれは当てはまる。そうやって日本人もアジア人だと強く感じるようになったのは1997年にチューリヒから香港に転勤してからだ。

香港では韓国、台湾、中国、フィリピン、タイ、ベトナム、マレーシア、シンガポール、インドネシアが僕のテリトリーであった。9か国を統治したなど今となるともう夢物語だ。それぞれの国でいろんなことがあったから簡単には語り尽くせない。でも、ひとくくりに感想を言うなら、東南アジアはどこへ行っても暑かったに尽きる。

天頂から直撃する激烈な陽光。妖しく繁る熱帯の樹樹と奇怪な鳥や虫。べっとりとまとわりつく熱い大気がもわんと運んでくる雑多で猥雑なニオイ。驚きはいろいろあったがもう24年も前のことでそれは薄れている。しかし何があっても忘れないもの、13年半欧米にいた僕がチューリヒから香港に転勤した時の最大の衝撃といえば、その暑さだった。

旅行に行くのと違う。そこに家族を連れて住むという気構えは、たかが数日居るだけの旅人や出張者が抱く気候への好奇心に満ちた驚きなどとは程遠く、そうやって何百回行っても絶対にわからない、人生のひとコマを自分も家族もその土地に委ねようという峻烈な覚悟のようなものを伴っているのである。

案の定、すぐに娘が肺炎にかかり先が思いやられたが、大勢いた部下の英国人たちがもっと寒い国から来て平然と生活してるのに鼓舞された。七つの海を支配した男たちの末裔はタフだった。欧州からやってきた僕はいま思うとブリティッシュな方法で、1997年の香港返還直後の事情など委細かまわず統治を試みていたと思う。

僕が英国人たちと過ごして納得したのは英国のメシのまずさと天気の悪さは強さの源泉ということだ。あれで生きていけるなら世界中どこへ行っても怖いものはない。元はバイキングで航海術に長け未開地を掠奪してきた連中だが、そのなりわい故に、彼らは掠奪した未知の土地に土着し、人生のひとコマを自分も家族もその土地に委ねようという峻烈な覚悟を持って生きてきた国民なのである。

つまり、5ヶ国で16年を過ごし、3人の子供も海外で授かった僕は、そうなりたかったわけでもないし全くの結果論に過ぎないのだが、そのなりわい故に英国人に共感するものが非常に多い。そして、残念ながら、それを共有してくれると感じた日本人はほとんどいない。大人になってからの時間の半分近くを共有できないというのは、もはや決定的にどうしようもないことなのだ。

東南アジアは途轍もなく暑いが、途轍もなく魅惑に満ちてもいる。それが何なのか、本稿を書きながら自問しているが答えが見つからない。ヨーロッパなら都市ごとに魅惑の源泉は容易に見つかるのだが今は仕方ない。本稿は暑さがテーマだから、各国で英国人と一緒にやったゴルフの切り口で、暑さを回想してみよう。

一番暑かったのはジャカルタだろう。あまりの灼熱に記憶が飛んでいたのはこの時だけだ。あがって市内でお客さんと食事というスケジュールであったが、その段になって、なんとゲームの内容はほとんど覚えていないのに気がついた。カラスに球を持っていかれたのと、移動のさなかに豪雨に見舞われ、道がプールみたいになって車が立ち往生して焦ったぐらいしか話題がなくて困った。

二番はシンガポールだ。ラウンド中に焦熱地獄となり、終わりの方だったか、足がふらついて一瞬空が回った。なんとかホールアウトはしたが、倒れる危険を感じたのはこの時を除いて皆無だ。それでも接待はなんとかきりぬけ、部下が心配して手配してくれたマッサージに行ったところ、指からビリっと電気が流れるわけのわからんおっさんで、あれは何だったんだろうと今でも不思議だ。

三番目はクアラルンプールだ。ここの日差しも半端でない。現地の部下の今日は涼しい方ですのコメントが悪い冗談と思える暑さと湿度だった。フェアウェイの芝が幅広の妙な草で、頭が暑気でボーっとしているのと併せてタッチが完全に狂ってしまう稀有の体験をした。日立のCMに出てくるこの木なんの木気になる木があって、なぜか球がその下に行ってしまい、気になって散々のスコアだった。

四番目はバンコクだ。キャディーは各人に3人でライン・距離係りが一人、球探しが一人、日傘と椅子を持つのが一人。炎天下の珍妙なる大名行列であった。みんないい女の子で暑さを忘れるが、しばし日傘を外れると脳天が非常に危険な状態になる。初めてハーフのパープレーが出た。これは日傘の子のおかげと思い彼女に料金の倍あげて喜ばれたがチップ分は千円だった。

The Hong Kong Golf Club

最後は香港。以上の四つと十分に互角に暑いが、思い出深いこの地をトリにしよう。香港島にまともなコースはなく、富裕層は九龍にあるファンリンと呼ばれる香港ゴルフ倶楽部に行くのである。当時、会員権は2億円ぐらいした。香港オープンなどのトーナメントコースでメンテも良く、香港地下鉄公社カップで優勝した僕にとって思い出のコースだ。

ここの食堂の北京鴨ライスは安くて絶品で、メンバーでなくても食べられるから万人におすすめしたいのだが、いざコースに出ると蚊が多いのが難点であり、僕は人一倍食われやすい体質なので結局あまり行く気にならず、もっぱら深圳の名門である西麗G.C.というシャングリラ保有の72ホールの方に通ってハンディ8まで行った。暑いのは一緒だが蚊はあんまりいなかったのだ。

しかし、いつもスクラッチで握っていた英国人の故ジム・ウォーカーは香港ゴルフ倶楽部での勝負を譲らない。奴は虫よけだけで半ズボンなのになぜか蚊が平気なのだ。なるほど、そうじゃなきゃ七つの海は制覇できないか。そして何より、死ぬほど暑くて湿度99%の日、パツトでかがむと眼鏡が滴る汗で牛乳ビンの底みたいになってしまう条件でも奴は屁の河童なのである。

ゴルフは勝ったり負けたりいい勝負で、ゲームを通じてお互いを認め、香港の先輩として北京鴨ライスばりのローカルしか知らないものをたくさん教えてくれた。そうこうしているうちに僕も知らず知らず英国人なみに暑さがなんともなくなっていて、今だってアジアのどこでゴルフでもオーケーだ。途轍もない魅惑の源泉は暑さかもしれないと思うと違う気もするが、やっぱり分からないのだからそういうことにしておけば大きな間違いではないように思う。

 

 

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

よくやった渋野と堂林

2019 SEP 13 0:00:13 am by 東 賢太郎

今日はうれしかったことが2つ。まずゴルフで渋野日向子の「連続オーバーパーなしのラウンド数の29」(ツアー記録)である。アウトの9ホールで1オーバー。9番は記録を意識して手が震えて1mのパーパットをはずしたと言っている。普通の人はその失策がさらにトラウマになって後半だめになることがある。盛り返して70(2アンダー)で回った精神力は只者でない。

そしてもうひとつ、広島カープ堂林のサヨナラヒットである。一時はエラーしても三振王になっても育てようとレギュラーで使われたが、結局は芽が出ずもう瀬戸際だ。夏の甲子園で優勝した男が後輩にぬかれてずっと2軍ぐらし。悔しかったろう。いままでは出るたびに「堂林だけはかんべんしてくれ、申告三振だ」と言ってたのが、昨日の中日戦に出てきて、何となく打つ気がして家族に「こいつ打つぞ」と言った。その試合は岡田のカーブに空振り三振だったが、「顔つきが変わったな」と思ったのだ。打ってやるという感じがある。負け犬にならん男は強い。スタンドで泣いてる女性がいた。こっちもうれし涙が出てきた。

 

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

 

渋野日向子、驚異の1年生世界制覇

2019 AUG 7 18:18:59 pm by 東 賢太郎

渋野日向子がAIG全英女子オープンを征したがTVを観てなかった。そのぐらいゴルフはご無沙汰になっていて、きのう野村ロンドン会の会合で「東さん、ウォーバーンでしたね」といわれ、何のことかわからなかった。「オーバン?なんだそれ?」「ちがうちがう、なに言ってんです、ウォーバーンですよウォーバーン、連れてってくれたじゃないですか」。

ウォーバーン・ゴルフ・クラブ(Woburn Golf Club)、懐かしい名前だ。「そうか、昔っから全英女子オープンはあそこだった。渋野が勝った勝ったって大騒ぎになってるのはあそこだったか」。「そうですよ、ほら、覚えてます?18番でああなってこうなって・・・」。

覚えてない。あまりにあちこちでやったのもあるがあまりに沢山のことを忘れちまってもいるんだろう。ウォーバーンはロンドンから車でそう遠くなくって、親父のつてで三井銀行の上の方にご紹介いただいて、たぶん3、4回ぐらいはプレーしたと思うが、あんまり得意なコースじゃなかった。1番のティーショットがちょっとスライスするとフェアウェーが右下がりで2オンが難しいのが嫌だった。それぐらいしか記憶にない。パネルを見ると、ここはブリティッシュ・マスターズのトーナメント・コースでもあってグレッグ・ノーマン、リー・トレビノ、セベ・バレストロス、マーク・マクナルティ、サンディ・ライル、ニック・ファルド、イアン・ウーズナムなんて当時の綺羅星のような名前が並んでる。こういう憧れのスターを見てゴルフに目覚め、彼らと同じコースでプレーしていたのだから贅沢な日々だった。

僕はゴルフをなめていた。止まった球だ。野球のノックと一緒だろ。ノックなら二塁ベースの左右1メートル幅内に9割入れる自信あるぜなんて思ってた。それはゴルフでもその通りだった。ところがそこから先がちがう。球が曲がるのだ。野球ならバックスクリーンの距離で2、30メートルも曲がってしまう。野球はキャッチされなければそれでOKだが、標的を狙うゲームであるゴルフでは話にならない。だから僕のゴルフは、飛ばすことは放棄し、曲げないことに傾注する闘争となった。

ウォーバーンの1番は200ヤード先で2、30ヤードもスライスしたら右に転がってもうパーが危ない。でも行ってしまう。わかってたんだろ、お前は馬鹿か!自分の内なる声が責めたてる。第2打はラフでライが悪い。ツイてねえな。そう呟くとダフって草だけ勢いよく飛んで、肝心のボールはグリーンのはるか手前だ。ちくしょう。切れて打った第3打がトップして大オーバー。もうここで人生をはかなんでしまい、スリーパットしてトリプルボギーと、だいたいこんな感じのゴルフをやっていた。

完全主義なのでスタートでつまずくとモチベーションが切れてしまう。これが僕の最大の欠点だった。そういう性格に生まれついており、それじゃ何やってもだめだと問答無用に数字で思いしらせてくれたのがゴルフだ。野球でそれに気がつくことはなかったからやってよかったし、性格を変えてくれるほどゴルフにのめり込んだことは大きかった。そんなレベルからシングルになる道のりは長かったが、その過程で発見した数々のことはビジネスに絶大な価値がある。一番才能のない勉強は予備校の助けを要したが野球とゴルフは完全独学であり、その自信でビジネスも独学で来れた。

渋野日向子がソフトボール選手でピッチャーだというのはいいと思う。有利だ。しかもゴルフよりソフトボールが好きだと言ってのける。彼女はなんであんなに明るくプレーできるんだろう?阪神の西投手がいつも笑顔で投げてカープがやられている。あの顔は不思議であり、打者は余裕を持たれてる感じで嫌だろうなあと思う。その境地でゴルフをやって、去年プロテストに14位タイで合格した1年生が全国制覇どころか世界制覇してしまう。なんじゃこの子は??

ビデオでバットスイング見た。左打ちだ。たしか王貞治さんがゴルフは右でシングルだった。運動神経すごい。中学で男の野球部に入部してる。足腰が野球だ、できてるね。だからかもしれないがゴルフスイングは女子プロによくあるオーバースイングじゃない、テークバックが小さめでフォローが大きい。パットもなんとなくそう感じる。思い切りもいい。カープの小園を思い出すなあ。盤石の安定感。すばらしい!彼女にスイング習いたいなあと思う。

 

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

タイガーとモーツァルトに見る「男の悲哀」

2019 APR 16 23:23:51 pm by 東 賢太郎

タイガー・ウッズのマスターズ制覇はニュースで知った。彼が例の事件で2年前に世界ランキング1199位まで落ちていたことも知ってこの復活劇は大変なことだと思ったのだが、こういうことがどのぐらい大変なことなのかは数字を見ないとわからない。僕の場合、世の中のことはどうしても「定量化」してわかりたい性分であって、「これは難しいことですよ」といわれても「どのぐらい?」が数字で返ってこないものは言った人の経験と主観に過ぎないわけで、僕は「難しくないかもしれない」と思って聞いている。

このケースでは、彼の後に1199位になった選手がいるわけで、ではその人がマスターズ制覇する確率はどのぐらいだろうかということを材料にして考えればいい。1199個の球が入っているガラガラポンの1個だけが赤玉とする。それが出れば優勝で賞金は2億3千万円だ。ランキング1-10位が赤玉を出す確率が5割、11-100位が3割、101-500位が1割5分、501-1199位が5分に調節できるガラガラポンということでどうだろう?この率は大体の方がご納得いただけるのではないか。すると最後の699人で5%だから、少し甘めに均等に割ったとしても1199位が優勝する確率は0.007%、10万回やって7回だ。1万回に1回もない。タイガーがやったことは、そのぐらい「大変なこと」だった。

しかし、こうやって数字を示しても、特に女性は「ふ~ん、タイガーってすごいのね」で終わりだ。何がすごいのかと思っていると「だって優勝でしょ!」だ。そんなことは最初からわかってるのであって、となると会話にならない。作戦を変えて、「そんな彼がなぜそこまで落ちたと思う?」と我慢して尋ねると卑近な人生模様の話になって会話が続くのである。僕も優しくなったもんだ。タイガーは勝利インタビューで「今までで一番ハードな勝利だった」「子供が自分の全盛期をネットでしか知らないことがモチベーションになった」と語っていたが、彼もマシーンでなく人の子だったとどこかほっとするところがある。2001年の全英で全盛期のプレーを見たが、まさにマシーンみたいに強かった。「でも、色々あって、彼は人間のプレーヤーになったんだね」なんて言うときれいに収まるのだ。

女性の前でその「色々あって」に深入りするのはちょっと憚られるが、熾烈な競争の中で20年近くランキング世界1位でいることがどういうものなのかは下種の勘繰りすらしようもない天上の話だ。だから何をしてもいいわけはないが、彼は女に狂ってドン・ジョヴァンニみたいに地獄に落ちてしまったわけで、このことに下種の僕としては「男の悲哀」をどうしても感じてしまうのだ。競走馬みたいに突っ走れと父に育てられ、親の期待どおりに走って1700億円も稼いで歴史に残るほどの大成功を遂げてみたら、自業自得とはいえ奥さんは去って行ってしまい、到達点には我が世の春なんてなかったのだろう、そこから薬、事故ときてゴルフのプライドまでズタズタになってしまう。

ジャンルは大きく変わるが、それとよく似た「男の悲哀」を僕はウォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生涯に見てしまう。彼もまた父親がびしびし鍛えて育てた息子であることがタイガー・ウッズと共通しており、天与の才能もあって頂点に上りつめ、女性関係は死ぬまで華やかでそれが死因に関係しているという説もある。奥さんのコンスタンツェとは気持ちはつながっていて別れはしなかったが、最後は別居状態でいろいろあった。頂上にいる男はきっとつらいのだ。もちろん女の子だってスパルタ教育で突っ走ることはあるんだろうが、それで頂点を極めて男に狂って奈落の底に落ちましたなんて話は僕は知らないし、やっぱり、この悲哀は男に似合う。

モーツァルトは1788年あたりから極度に売れなくなって、ところが1791年の最後の年に、何が起こったのか突然ものすごい勢いで傑作を量産し、12月にころっと死んでしまった。この年のいっときの復活劇にはなんともいえない、どうしてか理由はわからないが深い深い哀感を覚えるのであって、ウィーンの彼の亡くなった場所に僕はまるで先祖の墓みたいに何度も詣でて手を合わせている。それにグッときて魔笛やクラリネット協奏曲を心から愛でている僕は、きっと世の女性とはぜんぜん違うところでモーツァルトのファンなのだ。彼の女性関係は後世がうまく葬ってむしろコンスタンツェが悪妻にされてしまっているが、葬れたのは彼女の尽力によるところもあるのだからその評価は気の毒だと思う。

タイガーも、メジャーでいくつ勝とうが、永遠に女性の敵なんだろう。でもあれだけの才能の男たちに女性が群がってくるのは動物の摂理としてどうしようもないと言ったら叱られるのだろうか。オスは本来メスに選ばれる存在だ。なんだかんだいって人間だけ動物の宿命を免れているわけではないんじゃないかと思わないでもない。女性が「かわいさ」で男に選ばれるよう教育されるのはハンディだとフェミニストの方は主張されるが、そうやって作られたかわいい女に群がって男も激烈な競争をくりひろげなくてはいけない。しかもその男だって能力を磨けと教育されるのであって、その結末を女性にシビアな目で選別されている。男と女は地球上に同数、いや、むしろ男の方が多く生まれるのだから、女がその気にならなければ男は確実に余るのである。

タイガーが軌道に戻ったのは子供がいたからだと思うにつけ、子供を産めない男は弱いと思う。1700億円稼いでも幸福な人生という一点においては実は弱者かもしれない。男は縄張りやカネや名誉を求める生き物だが、それをあれほど手中に収めても青い鳥は逃げるんだということを彼は教えてくれた。

 

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

何事もいい仲間とライバルの存在は大事

2019 FEB 28 1:01:09 am by 東 賢太郎

追い込まれると強い人がいます。ゴルフの朋友でライバルのK君。グリーン周りで競ったとき、彼ほど嫌な相手はかつてなし。「神ってる」時期など、こっちはピンそばに寄っているのにバンカーからチップイン、2倍の距離のロングパットをねじ込まれてこっちがはずすみたいなことをやられて逆転負けしてしまう。

ある日など、登りでホールが見えない15メートルのパットを決められ愕然。ガッツポーズで「よし!」の雄叫びをかまされた挙句に3ホールも続けてよしを連発され、だめだこいつには何しても勝てないとなってしまう。以来トラウマで、プロが長めを外すと「あんなのKなら一発だ」がいまだに口癖になってます。

K君ら固定メンバーの3人とは欧州時代に20回ぐらい泊まり込みでストロークプレーのトーナメントをやっています。もちろんスクラッチ、ノータッチ、オーケーなし。全員が根っからの負けず嫌いで壮絶な戦いでした。優勝回数は僅差で僕が多いですがやられた方ばかり覚えてます。指揮者の小林研一郎先生はこの面子でアムステルダムとプラハでお手合わせいただいたのです。

ゴルフの負けはほんとに悔しい。10打差つけられて脱落した最後のハーフなど、僕だけお荷物でどうでもいい、早く打てよという屈辱の2時間で、悔しさで猛練習しました。ゴルフは衆人環視でショットをするのでそれであがってしまうとだめです。見られてるとアドレナリンが出てうまくいく性格は向いていました。

僕はラウンド中は集中していて口を開かないし、スコアが出ないとすぐクラブを買い替えパターは10本もある。ドライバーはすぐ人にあげ、外したボールは時に池に捨てる。普通ならムード悪くなるのですが、「そろそろあいつキレてタマ捨てるぞ、拾おうぜ」なんて、完璧に見透かしてる仲間たちなので楽しく遊んでもらえました。

スイス時代に本間のウッドが気に入って買いました(左)がヘッドの真っ金金が(写真は長年使い込んで地味に見えますが)「おお、中国製か?すごいな」と一気に皆の酒の肴です。本番でドライバーを取り出すと「いよ、黄金バット!」と野次られます。しかし僕はそういうのは一切関係ないのです、徐々に絶大な威力を発揮、しまいには写真のスプーンを取り出すと皆やめてくれという顔です(はっはっはどうだ!)。右は同じく本間のSWで、ご覧の通りHONMAの文字が擦り減るほど溺愛。80ヤード以内の必殺の武器でした。この2本でどれだけ勝利の美酒を味わったかと、家宝に認定されております。

何事もいい仲間とライバルの存在は大事ですね、負けて悔しくて必死に練習を積みました。K君が好調だと手も足も出ず、あまりのミスのない steady golf に「Kマシーン」のあだ名をつけましたが、その彼とスクラッチで戦うわけだからこっちまで追い込まれると強くなったのです。しかしその彼も最初は初心者であり、実は僕らが叩きのめして悔しくて強くなったのです。ものすごい練習をしたのだろう、敬意をもってます。

パットのミスでボールを捨ててるようじゃ資格も品格もなし。当時30代のガキでしたがちょっとは人間も鍛えられ、のちに1889年創立の名門・香港ゴルフクラブのメンバーとしていっぱしに振舞えるようになりました。そこで開催された香港地下鉄公団の80名の大コンペで優勝しましたが、そんなのはたいしたことない、「Kマシーン」との一騎討ちのほうがぜんぜんシビアでした。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

タイガー・ウッズと親父のスマホ

2018 JUL 24 1:01:14 am by 東 賢太郎

先日マッサージで筋肉は50才と言われ、お世辞かなと思いつつも親に感謝した。人間ドックでも何も異常ないし、先月に疲れがたまってか睡眠が浅くなり膝も痛く、CTスキャンをしてもらったが、やはり何もない。10代で鍛えた貯金かもしれないが、体はけっこう強いのだと思う。

しかし、健全な体に宿っているはずの精神の方だが、いろんな心労がたまっていて健全かどうか。事業をするというのは泳ぎ続けないと生きられないマグロみたいなもんで休息などない。もちろん夏休みは考えるが、どこに居ようと頭の中は寝ても覚めても仕事づけだからあんまり意味はない。

去年5月のタイガー・ウッズ

そんな中で、とても元気をもらったのは、今年の全英オープンを6位タイで終えたタイガー・ウッズだ。これは事件だ。一時はトップに並んであわやと期待させたが昔の彼ではない、例の不倫スキャンダルで見る影もなくボロボロになって姿を消し、去年5月29日には飲酒だか薬物だかをやって運転した疑いで逮捕されてこんな顔だったのだ。これを見たときは心底悲しかった。というのは全盛期の彼のプレーを2001年の全英オープン(ロイヤルリザム&セントアンズゴルフクラブ)で間近に見て、ドライバーの打球の凄さと神業のごときショートアイアンの切れに絶句したのが昨日のことのようだからだ。あんな人がそこまで落ちてしまうのかというのに驚いたが、今回の復活はそれに輪をかける驚異である。持って生まれた精神力だろう、ぜひマーラーの2番を鳴らしてあげたい。

今年の全英オープンでのウッズ

もう一つ事件があって、母が逝ってひとりで施設に住んでいる親父がなんと突然にスマホをやりたいと言い出して、なんでだときくと「電車に乗るとね、みんなあれをのぞいてるんだ。私だけだよ、見てないの。よぼよぼのおばあさんまでやってるんだよ」とそれが悔しいらしい。この年齢感覚のなさは確実に遺伝している。親父はガラケーも関心を示さず携帯電話は全くの初心者で、文字入力はおろか電話のかけ方もぜんぜんだめであったが、息子が少し教えたところ、きのう「ありがとう」とショートメールが来ていてぎょっとした。ちなみに94才だ。

つまり、体さえ元気なら何才だろうが復活もできるし新しいことだってチャレンジできるのだろう。では、何をやろう?もちろん。お客様に喜んでもらうことだ、それこそが常に僕の最大の喜びになるのである。しかし、最近もう一つ感じるのは、苦しい時に助けて下さった方々には絶対に恩返しをしないと死ねないということ。

いま、反対に苦しい方もおられるし、第2の人生に進まれる方もおられるし、いま現在に救いの手を差し伸べてくださっている方々もたくさんおられる。どういう形になるかはこれからのことだが、win-winの成果を大きくあげられるよう、ここは僕が徹底的に戦ってみようと覚悟を与えてくれる2つの事件であった。

 

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

失敗の記憶は少なめに

2017 DEC 6 1:01:22 am by 東 賢太郎

松山英樹のパットが入らないらしい。そんなときはやらないに限るが、プロはそうはいかない。勝負事はここ一番で決まるが、そこで勝てるかどうかは自分を信じられるかどうかだと思う。

入らないというのは失敗体験だ。失敗は成功の母というし若いうちは失敗の方が学ぶことが多いと思うが、反射神経の領域では必ずしもそうではない。意図してコントロールできない「微小な時間内の出来事」だからで、意図と違う結果が何度も出ると人はだんだん意図の方を疑うようになってしまう。そういう場面で自分を信じない自分が心に棲みついてしまうのだ。

香港でのことだ。当時、ハンディ8とニギリは無敵時代である。ちょうどそのころ始まったマカオ・オープンのトーナメント・コースであるマカオ・ゴルフ・クラブで社内コンペがあって、やる前から優勝は当然、70台が出るかどうかが唯一の関心事という不遜の余裕だった。ほぼパーオンで7番ホールまで1~2オーバーと悪くなかった。ところが、ピンが傾斜面に切ってあった8番ホールでなんと7パットしてしまう。

1メートルの下りのパーパットが入らず想定外にころがって2メートル先まで行ってしまったのが事の幕開けだった。強めに打った返しがまた上につき、嫌な予感がよぎったらまた同じところに2メートル行き、覚えているのはそこまでだ。最後はフックラインの30センチが入る気がせず、またはずした。人間なところを見せてもらいましたと慰められたが、その後はちゃんと記憶が失せているから人間はよくできたものだ。

僕は決してパットが下手ではない。それがどうしてああなるのか、未だにわからない。あれ以前にも5パットはやっていて、その悪夢がよぎって一時的なイップスにでもなったのだろうか。加えてショットもヘタくそな時期が長すぎた。香港時代はちゃんと芯で打てたが、それ以前にシャンクが怖くて当たらず手が痺れる記憶が多くあって、しばらく遠ざかった今はそっちのイメージが勝っている。

そういうのをクラブのせいにしている時代は下手なままだった。失敗>成功、というスポーツは上達しないと思い至って少し上達した。運動は概してダメな僕にとって唯一そうではなかった野球は打たれない記憶の貯金があって、だから怖がらずできたと思う。ゴルフも頑張ったが、なにせたまった借金が多すぎ、しかもそれをカネと時間をかけて長年作っていたのだから大馬鹿者もいいとこだ。

マカオG.C.で、転勤が決まった最後のコンペで真剣に狙った。悪夢の8番ホールもパーで切り抜け、18番ロングがバーディなら79である。狙い通り3打目ややアゲンストの155ヤードを6番でピン3メートルにつけた。そして自信をこめて放ったバーディ・パットは1センチ前で止まった。グリーンに大の字に寝転がって仰いだ青空はきれいで、どうしてあれほど入っていた勝負パットが入らなくなったんだろうと考えた。香港の最後の一打だった。

僕はゴルフを一度も習ったことがない。完全自己流なのは野球もピアノもいっしょだ。結果こそが先生であって、成功体験の貯金こそが大事なのだ。そう考えると借金だらけのゴルフ、ピアノはもうだめである。失敗体験は勝負事では少ないに越したことはなくて、7パットもしてしまうとここぞの場面でまたやるかと無意識にビビってしまうのだ。

松山はトランプ・安倍とユルフンのゴルフなどやるべきでなかった。彼はグリーン上で他人に支配された経験など皆無だろう。「オーケーあり」はそれだ。そんなゴルフで1発でも気の抜けたパットなどしてしまうと神経の精度が狂って、それが刷り込まれてまずいのがトッププロのレベルではないか。プロの投手が敬遠すると次の初球が危ないのとおんなじのように思う。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

プライド捨てたゴルフは捨てる

2017 FEB 9 0:00:58 am by 東 賢太郎

「ゴルフは好きな奴としかできん」(アイゼンハワー第34代大統領)

 

まったくそのとおり。麻雀は誰とでもできますがゴルフはそうはいきません。僕の場合、好きであるだけでなくプライドをかけて戦える奴といった方がいいでしょう。そういう「勝負」でないのはゴルフとみなさないのであって、だから証券マンとしては失格ですが接待ゴルフは大嫌いでありました。

プライドはかけても目に見えないから、その代償として何か少額のものや食事を賭けるわけですがそういうのを賭け事はいかんといわれても困る。スポーツとして争うのは金品ごときではなくあくまでプライドなのであって、それをぼろぼろにされたから悔しくて徹底的に練習して僕はシングルになったのです。

霞ケ関カンツリー倶楽部の「女人禁制」が話題になっていますが、僕の観点からするとどうだろう。女子プロとやったことはありますが女の人と真剣勝負したことはなく、するイメージもさっぱりわきません。和気あいあいというのは辞書にないんで、無理でしょう。

やはり男同士だから闘争本能が刺激されるところがあるんで、しかも僕はプレー中は口をききません、相手が女だとサービス精神でそうもいかず負けそうな気がします。女人禁制にせよとまではいいません、どうせ一緒にやらないですからね、仮にそうであってもいかんということもなしです。

さて前回、プライドは捨てたと書きました。ではゴルフはどうか。最近さっぱりやる気ないのは、おそらく僕はそんなに好きでもなく、負けた汚名挽回だけでやってたからです。挽回しちゃったんでもう闘争心なし。負けず嫌いで、受験も落ちたからこの野郎と思っただけなんで入ったらもうどうでもよかった。ホリエモンもそうだったらしく、彼はそれで中退しちゃいましたが。

そういうことはプライドのおかげです。勝つために僕はバンカーからチップイン狙ってけっこう入れてましたが、でも今は勝つ執念がないんでそういう離れ業は2度とできないでしょう。プライド捨てたゴルフは和気あいあいしかありません、それを釣りでもあるまいし朝4時に起きて2万円も払ってやりに行こうなんてめんどうくさい。だからグロス75まで出したゴルフもあっさり捨てられるんです。

一方で、「インド カレー伝」(リジー・コリンガム著)を読んでいたらだんだん自分で作ってみたくなってきた。東南アジアのスパイス系料理は何でも好きなんで研究心をくすぐられますが、気合入れてやれば凄いのができる気がしてくる。こういうのはプライドいらないんでいいですね。カレーの次は交響曲を作ってみたいですね、シンセで録音すればオケいりませんし、まあこれは妄想ですが。

残りの人生、いろいろすでに普通でないことをやってはいるんですが、プライドを捨てますと、それが横糸になって繋ぎ止められていた無用なものがバラバラ落っこちて、代わりに思いもしなかったことができるような気がしてきます。人生のポートフォリオ入れ替えでしょうか。

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

どうでもいいことの排除(今月のテーマ:インテリジェンス)

2016 DEC 16 17:17:33 pm by 東 賢太郎

断言するが、テレビが日々ばらまく情報というのは皆さんの生活において99%はどうでもよいものである。僕は海外族で日本のテレビを16年間も見ていないが、それで困ったり損したり日本人として知らずに恥ずかしい思いをしたことなど一度もない。

株式投資をした人ならわかるが、テレビのニュースで流れる情報で株が上げ下げするなど100%あり得ない。つまり何の経済的価値もないのである。もとよりそんなものに知的価値、学問的価値など存在しないないのだからヒマ人の茶飲み話のネタができるぐらいのことであって、知ってお得なことは何もないのである。

きのうクラブのゴルフ好きの女の子が「うまくなりたい」というので教えた。右側が林だとか、目の前から100ヤード池だとかは「情報」だよね?キミのドライバーは180ヤード?じゃあまっすぐ打てば林の存在も池の存在も「どうでもいい情報」でしょ?それを心から消さないから何の意味もないミスショットが出るの。つまりどうでもいいものを意図的に心から消す訓練をすることが重要なのよ。

ライ見てる?100回あったら100回違うでしょ?芯で打たないとちゃんと飛ばないでしょ?だから、これ、ものすごく大事な情報。練習場は毎回同じでしょ?だからラウンドしないとだめ。で、ミスしたらなんで?と考えてる?考えてないでしょ?だから君は100切れないの。飛距離の筋トレ?コース戦略?そんなの君にはぜんぜんどうでもいいの。

こういうとだいたい目が点になってしまう。僕はプロでも何でもないが、しかし、以上の2点だけ、つまりどうでもよくてむしろ有害な情報の意図的排除と、決定的に大事な情報の重視と訓練だけで誰にも教わらずにシングルになったから正しいと証明されている。こういうものを情報(インフォメーション)ではなく諜報(インテリジェンス)という。

僕は猫と一緒に育っており、もとより猫型人間でもあったのだろう、そのせいでそう考えるようになったような気がする。猫は日夜かけずり回ってエサを探すとか犬みたいにあさましく尻尾をふって媚びを売るとかは馬鹿だと思っている。獲物を待って瞬発力で1,2秒でつかまえるのが楽でいい。

だから予習復習とか筋トレとか朝練とか、そういう日々コツコツや根性論的な訓練が嫌いになった。日本人にあるまじき非農耕民族的性格となってサラリーマン社会の集団農作業みたいな文化にアホらしくてついていけなかった。子供時分にそれを見抜いていた母親がこう育てた作品かもしれないが。

誰にもお勧めする性質のものではないが、ゴルフや受験や成果主義の仕事にはけっこう効果の保証できる方法ではあると信じている。

(ご参考)

情報と諜報の区別を知らない日本人

僕のゴルフ修得法

 

 

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

▲TOPへ戻る

厳選動画のご紹介

SMCはこれからの人達を応援します。
様々な才能を動画にアップするNEXTYLEと提携して紹介しています。

たむらあやこ
久保大樹
深田崇敬