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カテゴリー: ______世相に思う

たまたまそこにいた罪-森友学園問題-

2018 MAR 28 1:01:56 am by 東 賢太郎

時の人となっている佐川元国税庁長官が高校も後輩だとは知らなかった。かといって行為を是とするわけではないが、見ていて気の毒な気もする。官僚であれ民間であれ、組織人というのは、時に「たまたまそこにいた」ということから出世したり落後したりすることがあるからだ。

前に書いたが忖度が悪いこととはかけらも思わない。大組織がそれなしに上意下達で動くなどと考えるのは絵空事だ。動かすには忖度できる有能な部下が必要であり、それが悪であるのは上意が悪なのであって忖度に善悪の色はない。「よいしょ」は無能でもできるが忖度は高度に知的な作業である(よいしょの一種とは思うが)。有能な者は有能なりの巧みな忖度ができ、できるならば出世に有利だから官僚のように能力差が紙一重の世界ではびこるのは不思議でもない。そこにつけ込んで内閣人事局に権力集中した官邸が老獪だったということに尽きる。

まったくの推測だが彼は忖度し過ぎたのだろうか?公文書は書き換えると犯罪だが、捨ててしまえば合法だ(文書管理規則に従えば)。「ない」と断言したのは「文書管理規則上という意味」でした、軽率でしたと証言したが、これはひょっとして本当にそうだった事実の一端をつい言ってしまい、実は当時そう(あるはずないものにできると)確信しており、その確信をもって総理に忖度ブリーフィングして喜ばせ、それによって確信をもって安心した首相から勢い余って「議員辞めます」発言が飛び出してしまい、ところが後にサーバーに残っていることが発覚し、ひょっとして内部告発もあり、いずれバレると覚悟し、書き換えさせた。そのぐらい強い合理性のある動機がないと彼ほど優秀な人が忖度したいだけの目的でそんな危ない橋を渡った推理は成り立たないように思う。だから上からの指示とか夫人とか政治家の関与や指示は、こと書き換えに関していえば、本当にないのであって、だから偽証罪に問われるリスクがあるのに「ない」と今日言い切れたのではないか。

この時代に文書(ペーパー)で何年残しましょうなどという規則は時代錯誤だ。残そうと思おうと思うまいとサーバーには残ってる。それを知らずに読み違えたチョンボブリーフィング事件だったなら結構辻褄があう。「辞めます」発言が原因で忖度が始まったのでない、逆に、局長の忖度が安倍発言を生んでしまって局に緊張が走り、そこへ「なかったことにしたもの」がドカンと出てきて将棋は詰んでしまったということではないか?「すいません、ありました」となれば首相退陣→局長の官僚人生は終焉、だった。えい、それならば・・・だったのではないか。もしそうであるなら、野党が書き換えと官邸や夫人の関与との関係をいくら追及してもないものはないのだから、佐川氏の問題は佐川氏の問題ということが検察捜査で徐々にわかるだけで安倍政権の急所に至る証拠は出てこないだろう。

ともあれ、彼が自分の証言するとおり責任者であるならば、やったことはいかなる理由があれ許されることではない。人までなくなっており全官僚の信頼を損ねたという批判においてもそうだと思う。何かを身を挺して守ろうとしたなら、その相手である物や人は、こうなると身を挺してくれるわけでもない。そんなリスク・リターンの悪い職業なのかと若者が思ってしまったならば、それも将来の官僚の質を下げてしまう罪だろう。米朝接近、中朝密談と、国会でそんなことをやってる場合ではない国際情勢のなか、こういうことになった責任も重い。

真相はわからない。しかし、刑事訴追されようと、官僚があるまじきケアレスミスで首相を追い込んだという末代までの省の汚名よりはましだろう。もしそうならば、彼は徹底黙秘して世論の終息を待ち、刑事訴追されても最後は大阪地検と財務省の手打ちで闇の中で終わらせるのかもしれない。理由は永遠に不明なままに葬って、少なくとも身を犠牲にして組織を守ったという官僚社会の最後のクレジットだけは保持した方が得策というぎりぎりの判断で書き換えはやったことかもしれない。本当にそうだったかどうかはともかく、そういうことだったよなとしてしまえば官邸も佐川氏も守られ、本質論でないことで官邸は目くらましと4月17日の安倍・トランプ会談までの時間稼ぎができる。

一つだけ言えることは、個人的には、彼は何かの運命でそこにいたということだ。たまたま。事の軽重はあるが僕もそうやって良かったことも悪かったこともある。悪かったけどそれがあって結果は良かったこともある。本人は不本意だし苦しいだろうし誰も救うことはできない。真面目に官僚人生を歩んでこられてこうなるというのはもと勤め人として不憫に感じるが、長い人生 hard luck だってあるさとだけ書いておきたい。

 

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メダリストの威厳

2018 FEB 27 23:23:21 pm by 東 賢太郎

僕は雑音が耳に入ると目の前の人の言葉がわからなくなる。特に高い音と紙などのゴソゴソ、シャラシャラ系に弱い。横で女性が小声で話したり新聞をめくられるとテレビがききとれなくなる。コンサートが始まって隣がプログラムを手に持っていると、もうその日は観念だ。

女性の声が高いのは赤ちゃんに聞こえやすいためだそうだが、だからだろうか大人にもインパクトが強い。電車の中で女性軍団のぺちゃくちゃがはじまると逃げることになる。めったに見ないTVをつけたら、声が素っとん狂に高い政治評論家かなんかが、きゃーきゃーひゃーひゃー(としか聞こえない)立て板に水でしゃべりまくってる。カラスよりうるさい。すぐ消す。

言えば勝ちみたいな軽薄さがお茶の間でも幅を利かす時代かと観念していたら、平昌オリンピックのメダリストの女性たちが溜飲を下げてくれた。競技ではない、インタビューでだ。女性は凛々(りり)しい、威厳があると言われても嬉しくないのかもしれないが、そうとしか書きようがない。スケート、ジャンプはもちろん、明るい、かわいいで人気のカーリングだってすごくそうだった。

自分でやった人の言葉は重い。インタビューでの一言一句を真剣に聞かせていただき、感動を新たにした。高木姉妹はお姉ちゃんがマススタート。佐藤さんが転倒して不利の予想だっただけにあの金メダルは劇的だったがインタビューも凛々しかった。戦略勝ち?運も味方した?どうでもいいさ、勝った者にはどんなに楽勝に見えても運があった、運の定義とはそういうものだ。

カーリングも土壇場で英国に勝った。負けた方はミスだったから仕方ないとは言ってもらえない。それが実力よとなる。ということは勝った方もそれが実力よでいいのである。歴史的メダルおめでとう。どんなスポーツだって運だけで勝てることはない。だからこそ、何はともあれメダルを取った、この事実に勝るものは宇宙に何一つない。

スポーツ界はユートピアだ。選手は皆それを知っている。だから負けても勝者を讃えるし、負けた韓国選手を小平奈緒さんがいたわれる。それに拍手を送る世界の観衆だってみんなそう美しく生きていきたいが、実社会は嘘つきや姦計や裏取引みたいなワルやズルに満ち満ちている。だからスポーツぐらいは正々堂々、ピュアでいたいねとなってドーピングや八百長が断罪されるのである。

平昌オリンピックは嘘つきや姦計や裏取引の政治色満載で開始したが、そんなことは関係のない選手の皆さんのおかげですがすがしい大会となり、一服の清涼剤だった。メダルを勝ち取った皆さんの威厳ある言葉と姿だけを記憶に残したい。後講釈のきゃーきゃーひゃーひゃーだけは是非やめてほしい。

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またかいな、iPS細胞論文の捏造・改ざん

2018 JAN 23 1:01:00 am by 東 賢太郎

海外に16年住んでみた経験だが、官民に関わらず日本のもろもろの管理システムはしっかりしていると思う。しかし、そのパフォーマンスのかなりの部分は日本人のもつ真面目さ、勤勉さ、責任感などの人的要素に依存しているのであって、必ずしも機械が優秀というわけではない。このところ、そう痛感する二ュースが多いのがとても気になる。

相次ぐ名門企業のスペックごまかしと隠ぺいがあると思えば、新幹線の台車ひび割れ事件でJRの管理体制の甘さにぞっとした。そうしたら日本航空機が管制の許可を受けないまま関西空港に着陸だ、しかも管制側も着陸の許可を出し忘れていたというのだからお似合いのペアだったわけだ。

以上はすべて人命にかかわることだ。誰もが信頼する公的な管理システムが実は「ごめんなさい、忘れてました」で済む軽さで作動しているのだろうか。事故が起きればトップが並んでカメラの前で45度のお辞儀を15~20秒して終わりなのか。管理システムもお辞儀もどこか「マニュアル化」しているように思う。

人命には関わらないが人生は左右する場面でも目を疑うことが起きている。センター入試で試験官のスマホが試験中に鳴って、それが英語のリスニング中というのだからひどい。阪大は物理の出題ミスで誤って不合格となった受験生が30人もいたが、認めたのが1年後だ。京大も昨年の物理の入試問題に「条件が不足しており、解答不能ではないか」の指摘が出ている。

東大入試だってあった。1975年の二次試験、数学の設問2は ℓ ≠0という条件がないと解けず僕は答案に「出題ミスである」と文句も書いた。人間だから仕方ないが、出題なんか間違うなら採点のミスはないのかとも疑ってしまう。確定的に答えが出る理数系は複数の目でチェックすれば防げるはずであって、それをしていないと考えるしかない。

ここまで書いたら、ついに「京都大学iPS細胞研究所で論文のデータに捏造、改ざん」というニュースが飛び込んできてしまった。STAP細胞事件の顛末を知りながらどういう野太い神経でこれができてしまうのか、蛮勇に敬意を表するしかない。どうせばれないだろうというお気軽な魂胆は名門企業のスペックごまかし・隠ぺい事件に直流で繋がっている。

僕はシューマンの交響曲のスコアを「改ざん」する奴は許し難いと思っていてシューリヒトのようなクズのCDは廃棄処分する。まして科学研究だ。スコアを書いたのは「神」なのだ。「論文の見栄えを良くしたかった」と女がアイメイクする気軽さで神を超えたこの助教は何様なんだろう?そういう視点に立てない人は科学者も指揮者もだめだと烙印を押すのに何のためらいも感じない。

それが人間なのだろう。そういう輩はいつもどこの国でも出現する。法律という社会正義に違反するわけじゃない、科学者としてジ・エンドになるだけだ。しかし、その人の人生が打ち止めになろうと自己責任だからどうでもいいが、その巻き添えで人生打ち止めになる他人が出る社会は正義に反していると思う。

以下は私見だ。

山中教授に管理責任は及ぶのかもしれないが、あれほど大問題を起こして屁の河童の相撲協会理事長もいることだ。教授が米国に行ってしまうような事態は避けたい。中村修二教授は米国籍になったが新発明の紫色LEDは日本でお役立ちすべきだと僕は考えてご支援している。文学者のノーベル賞も結構だが日本は永続的に科学立国であるべきで、ワールドクラスの科学研究は国をあげて守らなくてはならない。

 

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貴乃花親方の目

2017 DEC 22 1:01:53 am by 東 賢太郎

相撲が面白いと思ったのは北の湖のころだ。強すぎてヒール役だったから僕は嫌いなはずなのだが、たまたま新婚旅行で北海道へ行ったおりに横綱のお父さんにお会いして蜜柑をごちそうになった。それでファンになってしまったのだからいい加減なものだが、北の湖は強いうえに姿も勝ち方も美しかったと思う。そればかりか、ほんのたまに負けた時さえも、本当に強い人が負けたんだ、これぞ価値ある金星だと見えた。いまどきの金星なんてお小遣いもらったよラッキーぐらいにしか見えないのが多い。彼がヒールだったと評するよりも、そこまで堂々の圧勝で憎たらしいほど強い横綱があまりいないと言った方が近いのではないか。

北の湖と輪島の両横綱が優勝をかけた千秋楽の大一番というのが最高の見ものだった。輪島もこれまた滅法強かったのだ。盤石の腰の重い北の湖を唯一振り回す威力のあった「黄金の左」の炸裂には熱狂したしスポーツであれほど興奮できたのもそう記憶がない。加えて、輪湖をおびやかした貴ノ花、僕の好みだった投げの魁傑、ピラニアの旭國、ふてぶてしい長谷川、四股の足がよく伸びた豊山、色男の若三杉、がぶり寄りの荒勢、地味に強かったがまわしのゆるんだ三重ノ海、元祖技のデパート増位山、そして麒麟児、鷲羽山、高見山、黒姫山、富士桜、金剛・・・凄い。なんて個性ある力士たちだろう。どの組み合わせの取り組みだって思いだしてわくわくする。

魁傑・旭國戦なんて最高、いぶし銀の輝き!まさしくライプツィヒ・ゲヴァントハウス管のシューマンである。いまも記憶にあるこの一戦は熱かった。

この時代、大学生で暇だったから一番一番じっくり観ていたのだ。就職したらもうこの時間帯は無理。そこから海外へ行ってしまったから大相撲というと輪湖時代になってしまうのだが、この頃が面白かったという方は結構多いようだ。

あるとき国技館で勝ち名乗りをうけて意気揚々と引きあげる北の湖の左肩を叩いてみたら巨大な岩みたいで衝撃だった。あれでぶつかりあうなど常人の想像を絶することで、米国の巨漢アメフト選手が幕下力士に吹っ飛ばされてしまうときいた。最強の男たちが命がけでガチンコで当たる。強い方が肩で風切る。男の世界で当たり前じゃないかと思ったし、憧れでもあった。まったく同様のノリで当時ハマっていたのは任侠映画の高倉健、鶴田浩二、洋物はゴッドファーザーのドン・コルレオーネ(マーロン・ブランド)であった。

後に社会人になって営業店に出たら「数字が人格」と堂々と言われた。当時の証券営業はそういうもので新人はその禊を経て一人前、そこで多くが辞めてしまう離職率ダントツの業界であり、中でも野村は数字序列の厳しい会社として一般世間ではヘトヘト証券と揶揄されたが業界内では掛け値なしに嫉妬も畏敬もされていた。覚悟はあったもののまさにこれは「角界」であり、ここで肩で風切るのは無理だと辞表を書きかけたことがある。いろいろの僥倖もあって生き残ったが、あまりの厳しさに首の皮一枚まで追い込まれていた。

いま思えばそこで音を上げてもクビにはならなかったろうが、「おい帝大」と呼ばれ「お前に株は無理や」と言われてメラメラと負けん気に火がついたのが人生を決めた。よーしそれならと体育会感覚でプライドの戦いを挑んだから人格まで変わった。そこから10年、ロンドンを終えるまで絶対に数字で負けないという強烈なプライドで営業の「背番号」を背負ったが、株の世界で僕に意見する人はだんだんいなくなった。

それがサラリーマンとして正しい道だったか不明だが、抗いようもない性格であった。営業成績で出世する会社ではあったがもちろんそれだけではない。しかし社内政治はしない。そこに証券不祥事を機に会社のガバナンス御一新みたいなのがあって、営業成績主義はやめ、できる奴は危ないという空気になったのが決定的だった。わざわざ出来ない奴が経営するんだからここについては失敬になるし書かないが、命がけで来た道がだめでしたとなっては他社に移籍する不安よりそこに残る苦痛のほうが大きかった。捨てる神あれば拾う神ありで、噂の段階で真っ先に声をかけてくださったのが2つの銀行系だ。いない毛色の人間であったようで、最初にお会いしてひとめぼれの相思相愛になってしまった。

自分で辞めたというのは新人の時代とはわけが違う。本社のライン部長であったのだから経営の一部であり、体制に反旗を翻したということである。それもライバルの興銀、富士、第一勧銀を母体とする証券会社への移籍、しかも銀行トップが命運をかけていた戦略部署の株式引受ヘッドだったから目を引いたのか、そういう趣旨の特集記事が経済誌の表紙を飾ってしまい、インタビューもされずに氏名を書かれたのも困ったが会社にご迷惑をかけたのは痛恨だった。なぜなら会社が嫌いになったわけではなく、自分のビジネススキルのすべてを作っていただいた野村イズムはいかなる理屈も超越して大好きだったからである。

こんなことを思い出してしまったのは、先日の相撲協会理事会で周囲を睥睨する貴乃花親方の目を見てからだ。あなたがたのことは歯牙にも掛けてませんよ、徹底的に戦いますよというあの目は心の奥底で僕にカーンと音をたてて響くものがあった。あれは仕方ない。命を削った仕事の結果、794勝+優勝22回の男が591勝+優勝8回の男にあの目を向けるのは僕にはあまりにフツーである。そうじゃないという人は男が命を削るということを知らない。人はみな平等とか一般社会常識とか、そんなもので論じることなどアホらしいほど無意味なのである。僕は公益財団法人日本相撲協会は社会常識で運営されるべきと思う。しかしその構成員が戦績やプライドをご和算にして仲良くやりましょうなんて必要はさらさらない。

命を削ってない相撲があると週刊誌沙汰になっている。真偽はわからない。ただ、仮にそうならばそんな相撲ショーは素人にだって見抜かれ、やがて見放される。だからそういう横綱が何十回優勝しようと、人気があって客が入ればいいというなら協会は目先の繁栄と引き換えにいずれ相撲という神事、国技はおろか興行としての業界をも潰すだろう。それを止めるガバナンスが定款にビルトインされていないことを公益財団法人日本相撲協会が確認することがここからの問題であろう。しかし協会を人間に例えるなら、脳みそがどこについているのか僕にはさっぱりわからない。自分で横綱に推挙した白鵬、鶴竜を処分しながら、推挙した自分の非には言及しなくて済む横綱審議委員会の権能の由来を相撲通の外人に尋ねられたが、そんなもん俺は知らん、Only God knows.(神のみぞ知る)と答えたらOh, I see it’s Shinto business.(そうか神事をうたったビジネスだもんな)とジョークがきた。空気を醸し出しておいてソンタクしてねという仕組みは、流行語大賞にはなれてもgovernanceと呼ぶに能わずである。

貴乃花はあの輪湖時代の雰囲気のある強くて美しい横綱だったと思っており、相撲の王道を哲学に持っていると信じたいがまだわからない。それを見せてほしいし、それが確認できれば支持するという国民は僕を含めてたくさんいると思うが、男は黙っての時代でもない、説得力ある言説を望みたい。格下を見下すのは結構だが、そのあまりにガバナンスを壊せば返り血を浴びる。本気でケンカするならぜひ強い横綱であっていただきたい。

 

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日馬富士事件の謎

2017 NOV 18 22:22:25 pm by 東 賢太郎

人それぞれ生い立ちは違うから倫理観や価値観はまちまちだ。僕は子供から野球をやって上下関係の厳しさを教えられて育った。ただ持って生まれた性格は自由奔放で束縛が大の苦手だから先輩後輩のけじめにはとまどったし、なんでこの人に言われないかんのと態度は抑えても顔には出ていたはずだ。

社会人になってやらかしている。ある時、書いた調査レポートにご指導を食らって、その先輩が普段からくだらないことにくそうるせえと思っていて、ついそれを言っちゃあおしまいよというのを言ってしまった。何事もなかったが後悔にさいなまれることになった。別な先輩には理解できないことで罵倒され、うるせえと彼が去っていく方に向けて用具棚を思いっきり蹴たおして周囲に羽交い締めにされた。

ところが月日がたって30の半ばごろ、酒席で若手が酔ってからんできて東さんなんかもうジジイなんですよ、うるさいだけなんですよ、となって、なんだとこの野郎とぶち切れた。何人かが間に入って僕を止めなかったら危なかった。体育会でこういうのはあり得ないのであって、こいつは一丁かわいがらんとろくなもんにならねえなとなってしまうのはその世界で育った性だ。

このクソジジイ!とこのクソガキが!の両方やっている僕として、今回の日馬富士の件はわからない。報道による限りだが、スマホをいじってクソジジイをかましたらしい貴の岩がどうして何十発も無抵抗で殴られたかがだ。しかも頭蓋骨まで危なくて入院するほど激しくやられたら力士じゃなくたって抵抗ぐらいするだろう。そこまで先輩に悪態をつく度胸があるなら反撃すればいいじゃないか。

何かの理由で自制したなら何にビビッたかだ。相手が横綱だからじゃない、それなら最初から悪態はついていない。日馬富士がそこまでぶち切れたことにじゃないか?相手をなめていてつい言葉に出た。その程度は悪態という認識がなかった。それが引き起こしたリアクションの物凄さに慄然としてまずいとなったのではないか?だったら教育の問題だろう。貴の岩も被害者かもしれない。

モンゴルの人だ。ウルトラ儒教的体育会的と思われる角界の先輩後輩のけじめは教育されなければ自明のことではないかもしれない。日馬富士はそれを日本で苦労して修養し、郷にいれば郷にしたがったわけだ。そのけじめが古いのかどうか是非を論じる気はないが、自分の育ちからしてぜんぜん悪いと思わない。古いイコールいかんがはびこるなら江戸時代のチョンマゲなんか取ればいいだろう。

警察ざたになった以上暴力は暴力として、行為として、是々非々に裁かれるのはいいが、誰も知らない変な反戦のおばさんみたいのがテレビに出てきて暴力はとんでもありませんで議論をまとめにかかるのも角界御一新みたいなにおいがしてくるのも非常に違和感がある。

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現国は忖度力のテストである

2017 JUL 27 22:22:49 pm by 東 賢太郎

きょう某氏と会議していて、彼は年が近くて京大で受験の話になった。理系なのに古文は苦にしなかったが現国は嫌だったというので、どうしてときいた。「著者の意図をつかまないといけませんよね。そうは思わんなあ、ちがうでしょとなっちゃうんです。するともちろん点が悪いんですね」。わが意を得たりだ。

思うに、京大や東大の現国はいま流行りの「忖度力」を試してるんじゃないか。上司のわけのわからん言葉から「意図」を探り出して的確に行動する。おお、君、言わんでもよくわかってるじゃないかとなって出世する。他国は知らないが、日本的なテストのような気がしてきた。

トップは言ってないという。そうかもしれないが現国得意のヒラメがしっかり忖度していて、お前もわかってるよなと迫る。ところが迫られた方はやっぱり現国力が抜群で忖度を見抜く。座右の銘は面従腹背だ。「そうは思わんなあ、ちがうでしょ」となっちゃう。おのれ、お前は零点をくれてやる。ヒラメが怒る。

彼は日本企業でキャリアをスタートとしたが現在は米系で実力を発揮している。僕もビジネスは米国人相手の方がやりやすい。現国嫌いが根っこで共通してるか。いかがなものか、いやあそうはいっても、なんて奴はいない。今日彼の上司と初電話でいきなりレート談判をしたが、日本人にそんなことはあり得ない。

時の流れを何かで埋めたかったが、この案件が幸いそれをしてくれた。他に何もやる気なかったから逆に30代の頃みたいに集中できた、だから進捗したようだ。このまま着地できれば将来に日経新聞一面かもしれない。でもこれをやるのが使命だとか金が儲かるとかではない、埋めたかっただけだ。

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情報は危険物である

2017 MAY 18 18:18:45 pm by 東 賢太郎

週刊新潮の中吊り広告を文春がトーハンから入手していたと報道されています。新潮は3年間調査したそうで、満を持してのクレームが裁判よりまずはネタになる業界なのかという観があります。

証券業は間違いなく情報の管理について最も厳しい業界のひとつでしょう。ファイナンスに関わる情報は外部に漏れれば即刻にインサイダー情報であり、管理に不備があれば牢屋に入る可能性もある。資本主義の大動脈である市場の公平性は法律が担保し役所が目を光らせているのです。

週刊誌ネタにそんな大義はないのかどうかは知りませんが、我が業界の目からすると非常に奇異に映ります。新潮はトーハンとNDAすら結んでいないのかという点にです。商慣習として黙認したのか自分もやっているのか、まさか法律に疎いはずはないだろうからむしろ罠を張ってトラップしたならあっぱれですらある。

文春は弁明したが入手の有無には触れず、仮に入手があったとしても使用はしてないと抗弁するしかないしそう逃げるだろう。だから入手させたトーハンを訴えるしかないがNDAがないとすると弱いし損害賠償の金額の特定も難しそうで、それなら逆ネタにして信用を失墜させてやろうという戦略になったかもしれません。

法律も役所もかんでいないならNDAすなわち守秘義務契約書を交わしておくのは当り前であって、誰であれそうしていない相手に情報を開示するなど僕らの常識ではありえない。例えば来月会うノーベル賞学者のニューヨークの会社からさっそくNDAがメールで来て、僕は昨日それに目を通してサインして送り返したばかりです。

それなしにまともなビジネスの会食などできないし、そこで得た情報をブログに書いたりすれば僕は何百億円もの損害賠償請求をされかねません。金融とマスコミの違いはありますが、どちらも情報がお金であるのは同じであり、そういう情報を扱う者は危険物取扱い業者ほどの注意と倫理観が必要ということです。他山の石とします。

 

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一般人の男性が?

2017 JAN 31 17:17:31 pm by 東 賢太郎

中野でタクシーが電柱に激突し、ドライバーとけが人を助けた男性がそのまま立ち去ったというのでニュースになっている。表彰したいので名乗り出てほしいそうだ。

むかしバスを待っていたら道の反対側の歩道で自転車でもろに転倒した人がいて、頭を打ったように見えたので大丈夫ですかと助け起こしたら無言で走り去った。いろんな人がいるんだなと思ったが怪我はなかったようだ。べつに助けておいて無言で去る人がいてもいいんじゃないかと思うが、そうでもないんだろうか。

TVを見ていたら「一般人の男性が」と報じているが、その一般人ってのはいったい何だ?じゃあ特別人てのがいるのか、それは誰のことだ?とっさの善行をした勇気ある男性たちがキャスターのねえちゃんごときに「そのへんの人」あつかいされているようで、甚だ不快である。

怪我人の救助に誰である必要もないし、この男性は表彰されたりテレビに出たくてやったわけでもないから立ち去ったのかもしれない。むしろ自分はそういう種類の人間ではないという意思表示だってありえるのであって、一般人が有名になれるのにどうしてという報道は不遜だ。

消防庁が表彰をしたいというのは役所の仕事としてはいいことと思うが、善行に対価や報酬はないと考える人がたくさんいるのが日本の美徳だと海外に16年もいた僕などは常々感じている。人は表彰されたいものだ、テレビに出たいものだ、そうでなきゃ変だという思い込みがあるようで報道姿勢に非常に違和感をもった。

 
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風紀委員を装って世論操作の愚

2017 JAN 12 18:18:06 pm by 東 賢太郎

世界が大騒ぎのトランプ記者会見。ワイドショーもふくめ日本のメディアの反応は「前代未聞の記者会見だ」「選挙中の暴言がそのままだ」「企業を名指しで攻撃するのはいかがなものか」「あんな人が大統領になるなんて」「らしくやってほしい」ってなもんです。「ロシアがスキャンダル握ったそうです、オンナがらみですかね」なんて意味ありげに笑って(要人のハニートラップぐらいロシアにつきものでそんなもんとアメリカの未来を天秤にかけるなどありえない)、どうでもいいあげ足取りに必死なのです。

まあ僕が学校で悪さいいつけられて風紀委員殴ったろかとなった前科は公開したうえで書きますが、こういう風紀委員長みたないい子ちゃん言っておいて、クズの学者呼んできてねえセンセイそうでしょとくだらない常識論で批判する。何の生産性もなければ人類の前進にかけらの貢献もない。前代未聞の何が悪いんだ?前例がないから進化と呼ぶんでしょ。常識論がいやで選ばれた番長に大統領らしさなんて屁でもないよ。企業名指しって、減税してもらえば株主メリットあるんだから株価上がるんでね、こいつら言ってることわかってんのかね。株主でもない奴が騒ぐ理由なんてかけらもない。

こういう何の役にも立たない「いい子ちゃん」でヒトの批判だけして生きてる奴は会社にも掃いて捨てるほどいましたが僕は心から大嫌いなんです。仕事なんかしたためしもない松くい虫が大合唱してね、それで松が枯れるんです。こいつら全部クビにしたらどれだけいい会社になると何度思ったことか。ジョージ・セルはクリーブランド管に着任していきなり下手なのを7割クビにしたんです。批判されたけどそれで田舎オケが全米メジャーになって、あり得んことが起きたと全米音楽界が驚愕した。クリーブランドなんてニューヨーク、シカゴ、ロスなんかにすればド田舎なんですよ。こうやってセルは世界の音楽界に貢献しましたよね。そんなもんなんです、常識人というのは役に立たないんです。それができないんなら自分で会社作るしかないわけですね。日本社会もトランプみたいなのが引っ掻き回す必要が出てきてますね。

ただし歴史に学び暴君を生まない努力は必要です。よくできたもんで米国大統領に立法権はありません、もちろん議会です。軍以外の指揮も議会のOKがいりますから実は一人では何もできない。直接の配下は軍だけです(だからトランプは退役軍人に地位向上の目くばせもしてる)。しかし議員も選挙されるわけで、支持率を気にするからトランプ人気には当面は逆らえないというロジックで権力が担保される構造になっているわけです。

メディアはこのロジックの外で大統領を牽制できてきました。巨悪を暴いてつぶす意義は大いにあるでしょう。はるかにささやかですが文春は舛添問題で役目を果たしてます。しかし権力にメディア自らが加担して牽制のふりして敵の足をひっぱろうというのはやっちゃいけない。メディアの本義を自ら蹂躙してますね。本件の事の本質はここにあることを若い人は見抜いてください。こういうタブーを犯せばヤラセ書かせて凋落した食い物サイトと同じ運命になるだろう。中立性のないメディアはどんなにでっかくてもクズです。大統領にツイッターで直接「このCNNの大噓つきめ!」とやられれば威力なくなりますね。風紀委員を装って世論操作するヤラセは既にバレてます。

 
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「東ロボくん」東大は断念(今月のテーマ:人工知能)

2016 NOV 22 12:12:07 pm by 東 賢太郎

将棋の九段がカンニングするほど人工知能(AI)は強いらしいし、囲碁でも先日AIが趙治勲名誉名人を破った(初めてだ)。2048年にはAIが人間の知能を上回り、我々を支配するかもしれない(シンギュラリティ)という話はそれを聞くと現実味を増してくる気がする。

ky_nii01-01しかし一方で、国立情報学研究所(NII)のプロジェクト「ロボットは東大に入れるか」の「東ロボくん」(右)のほうは今年が4度目の挑戦だったが「東京大学合格は実現不可能であり、断念した」、「今後は記述式試験を解くための研究などに集中したい」と先日に報道があって話題となった。

では将棋九段や囲碁の名人になるより東大合格の方が難しいかと東大生に聞けば、9割ぐらいはNOと答えるのではないか(1割は理Ⅲに敬意を表している)。そうであるなら、「ここに僕ら人類が2048年問題を悲観しなくてもいい理由が見つからないだろうか?」というオプティミスティックな問いに何か根拠ある解答があってもよさそうだ。

まず解せないのは「論述式の理系数学で6問中4問に完全正答し、偏差値76.2という高成績を記録した」というNIIのコメントで、囲碁将棋と同じく論理のみで解ける数学が満点でないことだ。東大の数学は難しいが囲碁将棋の名人になるよりハードルが高いとは思わない。とするとこういうことだ;

「AIにとって難しい『意味を理解する』という分野を突き詰めようとすると、膨大な時間とコストがかかる」(NIIの新井紀子教授)

日本語で書かれた問題を数理的ロジックに落としこむという数学以前のプロセスに誤差が出たとしか考えられない。その程度で2問分の時間をロスしたとすると国語や英語はあまり点が取れないと推定される。社会科も論述であって国語的要素が強いからAIが満点をとれる暗記だけでは歯が立たない。となると合格はなるほど無理だ。

「日本語の読解力」

これだろう。あえて日本語としたのは、数学の問題文が英語なら満点だったかもしれない(日本語はロジック化しにくいかも)という含みからだ。

ちなみに東大の日本語の試験(現国)というのは一見平明だがまず一筋縄でいく文章が出ない。だから飛び飛びに(僕にはそう見える)論旨の行間を読んだりぼわっとした隠喩やら空気感を迅速かつ適確に、日本の知識階級の最大公約数的理解係数で察し取り、遥か後から出てくる『それ』の意味するものを、今度は明確にロジカルに変換して200字以内で書いたりなどしないといけない。

試験は差をつけて落とすためにやる。ということは「ほとんどの読者は『それ』の実体がわからないだろう」と作題者が信じたということにこの設問の実務的かつ論理的本質があるわけで、そんなにわかりにくい文章など原文を書いた奴が馬鹿なんだろうと思ってしまうのが文学に疎く詩心のない当時の僕だった。

駿台は模試の採点に不服だとクレームがつけられて、いわば控訴することができた。数学にその余地は皆無だが、後日訴求が認められて点数が増えることがあったのが英文解釈で、現国は毎度否決であった。その判決文がこれまた現国的でわけわからねえという、僕にとってもうええかげんにせいやという趣味人のアロガントな世界でしかなかった。

僕の身勝手はともかく、ほとんどの読者がわからないということは日本語にはコンピューター言語として定型的に書き込むためには「読解力」なる一個独立のプロセスがあり得るという解釈は科学的ではないか。詩文は別として英語にはそれは相対的には少ないように思え、だからこそ英文解釈という科目を成り立たせてしまうような日本語側の独自のエレメントが存在するように思えてならない。

「東ロボくん」はプログラムしないと答えないわけで、「恋人への必殺プロポーズ文句を200字以内で述べよ」と言えば固まるだけだろうが、それは解答に至るプログラムを書きようがないからだ。数学の日本語問題文にそのエレメントがかけらでもあれば、それを読み取るプログラマーに詩心でもなければ趙治勲名誉名人を倒したAIも固まってしまう。

げに「現国」恐ろしやだ。「東ロボくん」を断念させた「日本語の読解力」にたけ、文学を愛し詩心に富んだ文系諸氏は2048年を生きのびるかもしれない。数学で入ったインチキ文系の僕は「東ロボくん」にシンパシーこそあるが、いずれ数学では負けるから2048年にはAIに食われて失業する一番ヤバいタイプの人間ということになる。

しかし一縷の望みがある。こういうことがあるからだ。

朝きこえてる音楽の謎

音楽に限らず、僕のビジネスのアイデアは例外なく起き抜けに出ている。昼間に醒めたアタマで考えたのはだいたいダメだ。ロジックでは成功できない。誰でも道筋をたどれてしまうからだ。睡眠中や無意識状態でのアタマの働きは覚醒時の働きの下地になっている気がする。そういう無限の下地の蓄積から直感やひらめきや創造が出てくるんじゃないか。

たとえばモーツァルトの書いた全626曲をAIにインプットしてモーツァルトっぽい曲を書かせることはできるかもしれないが、これぞ彼の交響曲第42番だと万人が納得するものを書くことができるのだろうか?これが「創造」の問題だ。

彼の脳データをそっくりコピーすれば(その技術はすでにある)可能かもしれないが、現実の彼が1791年からあと1年生きて42番を書くとして、それはその1年間に脳にインプットされた万事の結末としてのプロダクトである。何がインプットかは誰も知らないのだから仮定、仮説に起因するプロダクトでしかない。

2016年時点であっても同じであり、体が生きてない脳が積む未来の経験値は未来を予測しようという努力と同等に不確定なものだ。投資でいうなら、「過去のこの株の動きのデータはこうです。だから未来はこうすれば利益が出ます」というぐらい無価値な試行である。

創造の世界はひょっとして100年後のAIがついに克服する領域かもしれないがまだSFであってほしい。そうなったら人類はお手上げだが、モーツァルトの42番を書くよりも東大に入る方が絶対にやさしいのは永遠の真理だ。「東ロボくん」、応援してるけど出来すぎ君にはならないでほしい。

 

 
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