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カテゴリー: 読書録

魔笛とフランス革命-妙な台本の謎を解く-

2019 NOV 15 0:00:59 am by 東 賢太郎

「魔笛とフリーメーソン」なら世の中には書物があふれていて、メーソンを象徴する数字は3だから序曲の最初に和音が3回鳴るとか変ホ長調は♭が3つだとか、真実かもしれないがそうであってもなくてもまったくどうでもいいことが書いてある。では「魔笛とフランス革命」はとなると、自由・平等・博愛にひっかけたものは見たことがあるがそれはメーソンのスローガンにすぎないのであって、革命との抜き差しならぬ関連を論じたものは少なくとも僕は知らない。そこで、本稿ではその表題で僕の仮説を述べることにする。

矛盾するようだが、やっぱりそれを論じるにはフリーメーソンの話から説き起こす努力は避けて通れない。なぜなら、わが国ではフリーメーソンという言葉を持ち出しただけで「まゆつば物だね」と思考停止する人があまりに多いからだ。歴代アメリカ合衆国大統領のうち15人も関与があったメーソンがいかがわしいのにアメリカという国家はそうではないという理屈がどこかの教科書にでも書いてあるなら別だが、思考停止はあまり科学的態度とは言えない。

ニューヨークの自由の女神像の正式名称は “Liberty Enlightening the World” であり、「女」や「神」などが勝手に出てきてしまって誰も不思議と思ってない日本人の感性と、フリーメーソンをいかがわしいと意識させる感性とは近親関係にあるように思う。Enlightenmentというと、我々が世界史で習う「啓蒙思想」なるものがこれの英語であり、フランス語は Lumièresであることでわかるがラテン語の lumen(光)が語源であり、ルーメンは物理学で光束の単位になっている。啓蒙思想は封建社会の宗教的世界観に動揺を与え自然科学や近代哲学の伸展のエンジンとなったが、王侯の側にも啓蒙的君主となって新たな統治の道具と見立てる者が現れるほどの影響力があった。

”女神さん” のパワーは絶大であり、キリスト教的世界観が揺らいで教皇・教会の権威が揺らぎ、民衆は「ところで王権神授説ってなんだっけ?」と目覚め、絶対主義諸国のガバナンスの正当性が根源から崩壊していくというドミノ現象にいたる。このムーヴメントが暴力という実力行使を伴って最も先鋭化した国がフランスであり、Enlightenment はフランス革命の思想的基盤になった。「啓蒙」はニュアンスが丸まった訳語で僕は教室で意味がさっぱり分からなかったが、要するに、未開、愚鈍な者にぴかっとウルトラマンのスペシウム光線のように叡智の光を浴びせて賢くしてやるという意味だから「教化」が原意である。フランス革命とは、それを実践したものだとして貴族の殺戮という殺人罪を正義に変えてしまった後付けの美名である。英国がアドバイザーとなって旧体制打破に成功した明治政府も自らの政権奪取の正当性をそれに倣おうとしたが、さすがに革命はうしろめたかったのだろう、極めて日本的なソリューションとして天皇を前面に立てた王政復古をしておいて、殺戮の方は維新なる雅称に置き換えた。

”女神さん” が右手で高く掲げるトーチはEnlightenment光線で世界を教化してくださるのだが、この像は当初はフランスの彫刻家でフリーメーソンであるフレデリク・バルトルディ、エッフェル塔の設計者でやはりメーソンであるギュスターヴ・エッフェルらが1867年のスエズ運河開通式でエジプトに贈る「イシス神像」だった。イシスなら ”女神さん” でも “観音さん” でもよかったかもしれないが、エジプトに拒否されたので構図を変えてニューヨーク市にもらわれることになった。寄贈者はフランス最大のフリーメーソン・ロッジであるGrand Orient deFranceで、受贈者はGRAND MASTER OF MASONS IN THE STATE OF NEW YORKと台座にある。

つまり、自由の女神はフランスのメーソンが、初のメーソン国家であるアメリカ合衆国の建国百周年を祝してアメリカのメーソンに贈ったプレゼントだった。僕が卒業したウォートン・スクールはペンシルバニア大学の経営大学院だが、同校は1740年にベンジャミン・フランクリンらが創立したアメリカ最初の総合大学だ。フランクリンといえば避雷針とくるのが我々日本人だが、フランスをアメリカ独立戦争に参戦させ、それに勝利して1776年に独立宣言を起草した男ということの方がよほど重要だ。彼がそういう活躍をできたのもグランド・マスターというフリーメーソンのロッジの最高幹部だったからである。

アメリカ独立革命はFrench Revolutionに習ってAmerican Revolutionと呼ばれる。絶対王政支配の打破、植民地支配の打破はどちらもEnlightenmentがもたらした勝利であるという点でメーソンにとっては同質であったからだ。アメリカがパリ条約を締結してイギリスから法的に独立したのが1783年で、その翌年にモーツァルトはフリーメーソンに入会している。そこで得た情報からやがてEnlightenmentのご本家であるフランスでも何かおきると感じたはずだが、まさか国王、王妃がコンコルド広場で斬首されるとは夢にも思っていなかったろう。

地元ウィーンでの揺動を期待して1786年に「フィガロの結婚」を仕立てたが、後に「皇帝ティトの慈悲」を書くように、彼はハプスブルグ王政が壊れることを予想も期待もしていない。ウィーンでの Enlightenment がヨーゼフ2世をさらなる啓蒙的な名君へと導けば出世を阻む守旧派のダニのごとき取り巻き貴族を一掃してくれ、ひいてはイタリア人のサリエリを排除するか悪くても後継者になれるかもしれないぐらいの期待であったと考えるのが順当であろう。彼はオペラハウスを席巻したかった。フィガロで政治的揺動をしつつ作曲家としての実力のデモンストレーションもすることは一石二鳥であり、二重のモチベーションから稀代の名作が生まれたと思われる。

フィガロがメーソン情報を動機としたオペラなら、魔笛はメーソンを描いたオペラであるというのが通説だ。確かに、先日のワルシャワ室内歌劇団の上演を見ていて、第2幕以降は入会儀式ばかりであり、もしパパゲーノ、パパゲーナがいなければさぞかしつまらないオペラになったろうと感じていた。しかし、わからないことがあった。彼はなぜ、基本的に何らセクシーではない題材であるメーソンのオペラを書く気になったのかということだ。前年に共作した「賢者の石、または魔法の島」がそこそこ当たっており、魔笛とは数々の共通点があることから二匹目のどじょうを狙ったという指摘もあるものの、両作品の出来栄えは比べるのもアホらしく書く気もしない。

それだけだろうか?僕は同じ1791年の、どちらも彼自身の作である「皇帝ティトの慈悲」と「魔笛」のクオリティの差(これは誰が聴いてもわかる、雲泥の差だ)がとても気になっていた。フィガロがそうだが彼はモチベーションの多寡が作品に出る人で、モーツァルトに駄作はないなんてことはない。魔笛の音楽の質の高さは彼の全作品を見渡してもダントツであり、それがあの妙ちくりんなストーリーについている、何なんだそれは?というのが長年僕の解けない謎だった。それが先日、上野の東京文化会館で、ある仮説が浮かんだ。音楽が Enlightenment をくれたのかもしれない。

白水社のモーツァルト書簡全集6巻は計5回読んだ。再読しない主義だから愛読書といえる。本書は父子によって書かれ、読者の関心の在り方で多様な光を放つ秀逸なドキュメントだが、まずは彼の旅の足跡を辿るのが楽しい。あれっ、あんなところに彼は行ったのかという発見があり、例えば父とナポリからポンペイの遺跡を見物しに出向いている。その行程は車で辿ったことがあるが、ベスビオ火山はモーツァルトの当時は活動期で噴煙を吐いており、イシス神殿には装飾や備品がほとんど当時のままに残っていてポンペイを世界に知らせるのに貢献したそうだ。僕は27才のころそこで目の当たりにした光景が脳裏に焼きついて、庭の噴水から引いた水が美しいモザイクを敷いた居間の溝を涼やかに流れるポンペイ式の家に住みたいと思うようになってしまった。

ポンペイ遺跡のイシス神殿

ポンペイは13才のモーツァルトにも鮮烈な印象を残したろう。ところが手紙には感想や心情に類するものが何も書かれていないものだから、僕はしばらくは彼がそういうものに無関心で不感症かもしれないと思い込んでいた。しかし、そうではないのだ。魔笛の舞台であるエジプトに行ったことがなくとも、彼はポンペイ遺跡のイシス神殿は見知っている。それが第2幕の合唱、O Isis und Osirisと歌われるように魔笛の借景となったのではないだろうか。

足跡ばかりではない、書簡集はモーツァルトや家族をとりまく日々の雑多な人間模様やふりかかる難事を通じ彼が何を思いどう行動したかをリアルタイムで一緒に体験し、肌で共感できる場だ。彼はわがままで自信家で幾度も度を越し、失言し、チャンスを逃し、親にもらったものの大きさにしてはコスパの悪い人生を生きた。もっと楽に生きられたろうし、いくつかオファーのあったマイナーなポストを謙虚に受けていれば良いご縁に恵まれたかもしれない。ロンドンへフィガロをもって行っていれば英国人に最高のエンタメとなってハイドン以上の人気を博し、間違いなく億万長者になったろう。

しかし、彼はそうしなかった。自分ではどうしようもない身分の壁に怯むことなく立ち向かった。書簡の随所に感じられるが、彼は王侯貴族など心中では馬鹿にしきって歯牙にもかけぬ超然とした能力主義者であり、強者が報われて当然とする資本主義的思想の持主であり、ビッグ・スペンダーのエピキュリアンであった。すぐれて社会主義共同体的であるドイツや日本の国民性からして決して好かれる性格ではない。それが、愛する天才にそうであって欲しくない人たちによって、短調作品にちらりと本音を吐くかわいそうな弱者というプロレタリア文学的な鋳型に押し込められていったのである。

それがとんでもないお門違いであることはすでに書いた。絶対王政を支えたアッパー階層である封建領主、有産市民のどちらの身分でもなかった彼がなぜフリーメーソンに唐突に入会して儀式用の音楽を嬉々として書き上げるほど熱中したのかは弱者論では説明できない。彼はプロレタリア文学的な人たちほど政治にうぶではなく、メーソンでの会話でやがてフランス革命に至る硝煙のにおいを嗅ぎ取って勝負に出たバリバリのリスクテーカーだ。父レオポルドやヨーゼフ・ハイドンは定年まで勤めるサラリーマンであり、メーソン入会はしても穏健な旧世代にとどまったが、モーツァルトは若くして飛び出して起業するような急進派の急先鋒だったのである。そのリスクが想定外に爆発して貴族から総スカンになってしまったが、人間界の常識として、それをもってこういう人をかわいそうな弱者と呼ぶことはない。

たとえば、父への手紙で22才のモーツァルトはヴォルテールの死のニュースにふれている。この百科全書派の啓蒙主義者につき父子は平素から会話していたことをうかがわせるが、このこと一つをとっても父の政治的洞察力はとてもアウグスブルグの一介のヴァイオリン弾きのものではない。そのヴォルテールはパリのフリーメーソンだったが(彼を入会させたのはベンジャミン・フランクリンだ)、死後に膨大な著作の版権を買い取って全集として世に広めたのがフィガロの原作者でやはりメーソンのボーマルシェであり、モーツァルトの遺品にはボーマルシェの著作があった。以上の人々全員が、これまたバリバリのリスクテーカーだ。戯曲『狂おしき一日、あるいはフィガロの結婚』がパリで初演されたのは1784年で、貴族を批判、風刺するこの劇にルイ16世は「上演を許すくらいなら、バスティーユ監獄を破壊する方が先だ」と激昂した。モーツァルトは同年の12月にフリーメーソンの慈善ロッジ(ウィーン)に入会しているのである。

モーツァルト⇒フリーメーソン⇒フィガロの結婚⇒フランス革命

と一本の糸で繋がった。その最後の2つについてはナポレオン・ボナパルトが「回想録」で、

“「フィガロの結婚」によってフランス革命は動き出していた “

と書いていることでも裏付けられようが、その「動き出していた」時期こそが、モーツァルトが通称フィガロ・ハウスで人生の絶頂を迎えていた時期だったのである。「フィガロの結婚」において女たらしの貴族に赤恥をかかせて嘲笑し、次の「ドン・ジョヴァンニ」では復讐に燃える騎士長の幽霊の手を借りてとうとう女たらしの貴族を地獄に落としてしまった。ではその次には何が来るべきだったのだろう?

「魔笛」である。

エマヌエル・シカネーダー(1751-1812)

その台本を書いたシカネーダーはモーツァルトのフィガロができる前の1785年に、ボーマルシェのフィガロのウィーン上演を目論んでいたが危険思想であるとして差し止められた。ルイ16世の激昂と危機意識は遠く離れたハプスブルグ王室でもある程度までは共有されていたことをご理解されたい。そしてもうひとつ、フリーメーソンであったシカネーダーも「フィガロ」の貴族批判精神の賛同者だったのであり、その彼が「貴族死ね」のモーツァルトと意気投合して書いたのが「魔笛」だった事実をまず心に留め置いていただきたい。

以下が僕の仮説である。「ザラストロ」のモデルはウィーンのメーソン支部を率いるフォン・ボルンという実在の人物であり、存在感をもってエジプトの神殿に君臨している。一方で敵役の「夜の女王」は雷鳴と共に天空から現れる生身を感じない幻のような存在である。これはなぜだろう?夜の女王はハプスブルグ帝国の象徴マリア・テレジア女帝のお化けだからである(彼女は1780年に亡くなっている)。お化けは次のオペラ、ドン・ジョヴァンニにも石像の姿となって堂々と出てくるから不思議でもない。次に、パミーナだ。この役は生身の人間として感じられるのは当然だ。夜の女王の娘であるパミーナは、従って、マリー・アントワネットであるということになり、この王妃は作曲当時にパリに住んでいたからである。パミーナはザラストロに連れ去られ、女王はそれを嘆いている。オペラで女王は娘に剣を与え、「これでザラストロ(=メーソン)を刺し殺せ」と迫る。

マリー・アントワネット(1755-93)

それを現実の出来事と重ねてみると、透かし彫りのように面白いことが見えてくる。魔笛が構想されたころ、マリー・アントワネットも嫁入り先のパリで身が安全ではなかった。まるでパミーナのように。パミーナはザラストロの神殿から脱出を試みるが、奴隷頭モノスタトスに捕らえられてしまう。マリー・アントワネットも、革命の危険を悟って庶民に変装し馬車でパリ脱出を試みるが、革命軍に捕獲され連れ戻されてしまうのである。それ(ヴァレンヌ事件)は1791年6月25日の出来事だが、その2週間前(6月11日)に、モーツァルトは「魔笛」の第2幕(第11曲)のこの音楽を書いているところだった。フランス革命と魔笛の作曲は同時進行していたのである。

モーツァルト「魔笛」断章(女の奸計に気をつけよ)

魔笛の完成は1791年9月28日だ。その1か月前、ハプスブルグのレオポルド2世はピルニッツ宣言を出し、妹の嫁ぎ先であるフランス王室を守るためオーストリアの軍事介入をほのめかす。革命軍への事実上の宣戦布告である。ここからマリー・アントワネットはオーストリア軍と通謀し機密を漏らしていると疑われれ、ますます身に危険が忍び寄ることになる。モーツァルトは、かつてシェーンブルン宮殿の御前演奏で求婚(?)した王妃を覚えていないはずはないし、むしろ何らかの感情、思慕があったのではないだろうか。兄レオポルド2世の統治するウィーンに戻って欲しかったのだろうか、それとも別な安全な場所に救済されてほしかったのだろうか?

プチ・トリアノン内部

少し時をさかのぼるが、重要なことがある。音楽、演劇好きだったマリー・アントワネットが自分の館であるプチ・トリアノンに作らせた小劇場で1785年9月15日に上演されたボーマルシェの演劇「セビリアの理髪師」にロジーナ役で出演したことだ。自分たちを殺そうと鼓舞する劇に王妃自らが出るなど信じ難いが、彼女に思想的背景や策略があったとは思えず単にお遊びだったようだ。しかし、「セビリア・・」は周知のとおり「フィガロ」の前編で、ロジーナはアルマヴィーラと結婚して伯爵夫人になるのである。前述のように、その「フィガロ」に対して旦那のルイ16世が「上演を許すくらいなら、バスティーユ監獄を破壊する方が先だ」と激昂しているのだから夫婦仲まで心配になるが彼女の真意は分からない。

これを知ったモーツァルトは彼女が王妃という立場にもかかわらず王政派保守一点張りではない啓蒙された王妃と解釈し、そうであればフランス革命軍による救出もありと思った。その確証はないが、そこまでお気楽な女性と思ってなければそう解釈しても不思議ではないし、むしろタミーノが現れて助けてというシグナルと思ったかもしれない。逃避先は革命までは至りそうにないウィーンのフリーメーソンであり、その庇護者はオペラではフォン・ボルン演じるザラストロだが、現実はメーソンの Enlightenment によって慈悲ある啓蒙君主化したハプスブルグ宮廷である。もちろん、宮廷楽長はモーツァルトなのである。マリー・アントワネットは絶対王政の悪の代表である母、マリア・テレジアに捕らえられ、王政の仲間であるパリのブルボン王朝に幽閉され危険な目に遭い、革命軍とフリーメーソンに救出され逃避行の末に啓蒙君主になったウィーン王室に戻って幸せになる。これなら魔笛は『貴族と革命軍のバトル劇』として筋が通るというのが僕の仮説である。

モーツァルトは2年後にコンコルド広場に彼女の首がころがるとは知らずに世を去った。

 

(こちらへどうぞ)

モーツァルト「魔笛」断章 (私が最初のパミーナよ!)

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E・C・ベントリー 「トレント最後の事件」

2019 OCT 16 23:23:35 pm by 東 賢太郎

ベントリー(1875-1956)の「トレント最後の事件」(Trent’s Last Case)は1913年、「春の祭典」がパリで初演された年の作品である。

先日、池袋の書店でたまたま手に取って「最初の事件」はなかったことを知り、愚を悟った。「レーン最後の事件」と同様に X、Y、Z (の悲劇)にあたる物があると思い込んでおり、順番通りでないと嫌な性格なので読まずに死ぬところだった。

面白い。久々に、ほんとうに何十年ぶりに、古式ゆかしい本格っぽい香りのする滑りだしでわくわくさせられた。中盤でトレントが新聞社への報告書の中で謎解きを開陳するが、ロジックの要所で文字に点々がふってある。これはエラリー・クイーンの同様の個所でおなじみの景色であり、それを見ただけで興奮するパブロフの犬になる。

しかし、とても恥ずかしいことだが、僕はそれをクイーンのパクリと思って読んでいた。しかも、「推理小説に恋愛を取り入れたのが新しい」との世評にだまされており、本作を「本格物に恋愛でひねりを入れた新機軸の色モノ」と勘違いして読んでいたのだ。

とんでもなかった。英国でアガサ・クリスティが現れるのが1920年、米国ではヴァン・ダインが1926年、エラリー・クイーンが1929年、ディクスン・カーが1930年(以上、処女作刊行年)である。トレント(1913年)はまだコナン・ドイルがシャーロック・ホームズ最後の挨拶を執筆中に書かれたのであって、こっちが先なのだ。

推理小説が普通小説と明確に分化する初期の試みとして人間に焦点を当てる恋愛が有機的にプロットに組み込まれ、英国人イーデン・フィルポッツの「赤毛のレドメイン家」(1922)を懐かしく思い出したが、この試みは米国の作家たちには遠ざけられたから新機軸ではあったが不発に終わっていた。

真の新機軸はそこではない。探偵が「観た」殺人現場の不可解さ、どうしてそんな妙な死にざまになってしまったか?が魅力的であることだ。これは成功作の必要条件だが、そうであればあるほど整合的解決に導いて読者を納得させるのは容易でないトレードオフがある。ネタバレにならないように書くが、不測の因果関係で魅力を最大化しつつそれをクリアしたのが実に素晴らしい。

エラリー・クイーンは「点々」だけでなく、「妙な死にざま」もトレントを継いでいると思う(レーン最後の・・・も題名からしてそう)。「Yの悲劇」、「スペイン岬」、「エジプト十字架」はもとより、国名シリーズでは駄作に属する「チャイナ・オレンジ」などフレデリック・ダネイが「妙」だけに賭けた観すらあるが、謎の組成に謎解きが依存する構造において「Y」が近似する。クイーンはロジックの範囲でそれを解いて見せたが、トレントはそこは断念し告白に依存した点が未だ形式の萌芽であり、恋愛をからませた要因と思わせる点だろう。ヴァン・ダイン、クイーンが恋愛を排除したのはロジックの解決のキレを希薄化させないためだったと思う。

E・C・ベントリーはチェスタートンのセント・ポールズ・スクールの1年後輩、無二の親友で、マートン、オックスフォード大学を経て新聞記者となった人物である。原文で読んだわけではないが、文章、描写、ロジック、非常にシャープで文学性もあり、まぎれもないインテリだ。上掲版の訳文も日本語としてすばらしい。

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非情でなければ生きて行けない

2019 AUG 6 9:09:17 am by 東 賢太郎

ビジネスをするということは非情になることである。冷たくということではない。ハードボイルドな人間というイメージが近い。フィリップ・マーロウのセリフ、「非情でなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きるに値しない(If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.)」の “hard” は「タフ」と訳されているようだが、それならばなぜ筆者のレイモンド・チャンドラーが tough と書いていないのか説明できない。しかも、タフであることと優しいことは両立するから意味が通らない。gentle (優しい、寛大で)の対立概念(両立しない)である hard なら非情(感情に左右されない)というほどの意味だ。ハードボイルド(固ゆで卵)のハードの比喩もそれに掛けているのである。つまり、

情には厚いが、流されないということである。

僕はもともとそういう人間でなかったが、それでは I wouldn’t be alive になろうというひどい目にたくさん遭った。それと、僕の生来の人間に対する価値観が合体し、広い意味での “ファミリー” を守ろうとすると、好むと好まざるとに関わらずそうなるのである。僕はウソが大嫌いだ。好きな人は無論あまりいないだろうが、ウソには悪質なのと仕方ないのがある。仕方ないというのは、見のがすのが大人のマナーという範疇のものだ。これはよくある。「言わぬが花」もマイルドなウソではあり、それがおつきあいの潤滑油になったりもする。

積極的なウソはいわばトリックであって、何らかのこちらの不利益において自己の利益を計ろうとするものだ。ビジネスというものは必ずその計算があるのだからこっちもわかっている。理さえ通っていれば僕は万事を是々非々で聞く。はっきりそう言えばいいのに、言えない理由があるのである。それが何かを知る義務も必要もない。即座に関係終了だから。なぜか?そういう人とのつきあいは、やがて If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. に至ることを知っているからだ。だから問答無用で切る。チャンドラーもそういう男だったんじゃないかと思っている。

この「理さえ通っていれば」という部分が大変に重要だ。それでも「是か非か」はあるが、少なくとも、どんなものでも、僕は必ず真剣にどっちかを考えて判断する。理はないが情でしてくれるだろう、そこをなんとか、わかってくれますよね、という申し出を認めたことはいまだかつて一度もない。判断材料がないからだ。それをしないから情がないと思われても構わない。そういうことが嫌な人間だとわかっていない人、そういう世界やレベルの人とつきあうのは精神衛生上よろしくなく、このトシになって体に悪いことを好んでする理由はない。

僕は韓国に仕事上の友人、知己がたくさんいるがこういう政治情勢になると行き来はできそうもない。しかし彼らはみな理の通った立派なインテリだからつきあっているのであり、一緒こたにしたらそれこそ情に流されているということだ。国と国がどうなろうと彼らとの関係が微塵もおかしくなることはない。国は「挑戦に打ち勝ち、勝利の歴史を国民と共にもう1度作る」と息巻くが、いったい日本の誰が挑戦なんかしてるんだろう?このままだと株もウォンもさらに暴落だろうし財閥は逃げる。経済をぼろぼろにして北朝鮮と対等合併を狙ってるならそれなりに理だが。

アメリカは「俺が一番大事」が理である。困ったちゃんのジャイアン様だが、非情に分かり易いという利点はあり、そもそもないよりましだ。「わかってくれますよね」を無視すると逆切れされるようなことはなく、理でつき合える。日本は外交で gentle である必要など全然ない。If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. でいいのである。日本は早く死んでくれと願ってる「なりすまし」の新聞やテレビがどれなのか、賢明な日本国民がそれを見抜く好機がこの1か月であった。ここからもっと白日の下にさらけ出されるだろう。繰返すが、積極的なウソはいわばトリックであって、何らかのこちらの不利益において自己の利益を計ろうとするものだ。トピックが森羅万象の何であれ、僕は万事に渡り、「なりすまし」のウソつきが虫唾が走るほど嫌いだ。

 

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音楽の偏食はあたりまえである

2019 JUL 15 17:17:34 pm by 東 賢太郎

演奏家にはレパートリー(repertoire)がある。何でも初見で弾けるピアニストはいても、それが即レパートリーというわけにはいかない。演奏家は自分の何らかのステートメント(statement、声明、自己証明)を他人の書いた楽曲に乗せて発信する人という認識が19世紀後半に主流になり、聞き手はそれを愛でに会場に来るというのが現代に至ってオペラやコンサートの定型的な図式となった。つまり演奏家とはステートメントによって自らを世にアピールする存在であって、その一点において「弾ける曲」と「レパートリー」とは決定的に違う。

自分で音を紡ぎだす肉体的制約のない指揮者はレパートリー選択の自由度は高いと書いてそれほど間違いではないように思う。カラヤン、オーマンディー、ネーメ・ヤルヴィは何でもござれのイメージがある。実はカラヤンはそうでもないが、守備範囲は前任フルトヴェングラーよりずっと広かった。かたやジュリーニやカルロス・クライバーは狭かったが、だからふたりがカラヤンに劣ると思う人は少ないだろう。ステートメントの品質は物量で決まるわけではない。

このことは演奏する側ばかりでない、聴く側にもあると思うがいかがだろう。僕は幼少時に偏食だったので「なんでも食べなさい」と言われて育ったが結局そうはならなかった。おそらく多くの方がちょっと苦手なもの、嫌ではなくて出てくればいただくが、自らレストランではあまり注文しないものがあるのではないだろうか。食物と違って音楽は生命維持に必要なわけではないから好き嫌いで選んで文句を言う人はいないし、一切聞かないという選択肢だってある。

つまり音楽は偏食があたりまえなのであり、僕のようにベンチャーズもモーツァルトもメシアンも半端なく日常的に好きだという雑食はむしろマイノリティである。好きの根っこは古典派にありそうな気がするが今は音楽室に入るとラフマニノフPC3Mov2冒頭とブルックナー7番Mov2冒頭を弾くのが日課であり、どうしてもその欲求に負ける。それがどこから湧き出てくるのかわからない。その5人の音楽家の作品に僕に響く何らかの共通因子があるということだけは確実だが解明したところで誰の役にもたたないし日本のGDPにも世界平和にもならないからしない。響く器のほうが僕なのだと定義すれば足りる。畢竟、それがステートメントの本質である。

僕のレパートリーは学生時代にできて、そこからは忙しくてあまり進化していない。浪人して若さとヒマが両立しており、当時だと3回で暗記OKだから図書館でかたっぱしから聞き、それはできた。万事興味ないことは覚えないから花や木の名前は数個しか言えないが、好きな曲はオペラでも室内楽でもバスを暗譜で歌えるまで記憶しており、そうなったものを僕は自分の鑑賞レパートリーとして認識している。ブログで曲名タイトルで書いた楽曲はすべてそれに属している。ブログもステートメント発信だからそれが自分であるという表明であり、レパートリーでない音楽への意見表明は僕の価値基準からは不適格だからそれに自分を代表させようということはあり得ない。

お気づきかもしれないがイタリアオペラはボエーム1曲しかない。プッチーニは多少好きということでスカラ座、コヴェントガーデン、メットなどで代表作はぜんぶ聞いているがそれでも記憶には至っていない(つまり続けて3回聞いてない)。「ボエーム」と「その他全部」でボエームのほうが重い。ボエームの音源は17種類もっていて魔笛の18種に次ぐから全オペラの堂々第2位なのであって、どうしてそれがイタオペという鬼門のジャンルに鎮座しているのか不思議でならない。10余年ヨーロッパに住んでいてヴェルディを歌劇場できいたのは数回で、そんなに少ないのに回数すら覚えてないしアイーダは白馬が舞台に出たのしか覚えてない。レコード、CDを家で全曲通したことはない。

ちなみにイタリア国や文化が嫌いなのではない。イタメシもブルネッロ・ディ・モンタルチーノもローマ史も半端なく好きだし、カエサルは尊敬してるし、スキー場もゴルフ場もグッドだし、クルーズは2回したし観光で一番たくさん訪れた国だし、アマルフィの油絵を居間に掛けて毎日眺めている。しかもミラノではイタオペ大権現トスカニーニの墓参りまでしたのだ。なんで「オペラ好き親父」でないの?わからない。出てくればいただくが自分からは食べないというのは英語で indifferent (どっちでもいい)であるが、無関心なもののために4時間を空費することは耐えられないという理由から僕はヴェルディはマーラーと同じく嫌い(dislike)だといって差し支えない。

それでヴェルディ、マーラーの音楽に身勝手な優劣を論じているつもりはまったくない。記憶してもいない曲を論じる資格はないというのが僕の絶対の哲学である。単に、二人の音楽の効能、一般には予期される化学反応が僕にはいささかも発揮されないということだ。「効きますよ」という薬を何度飲んでも効かないだけのことで、だから何百万人が「効きます」と声高に言っても僕には関係ないのである。正確に繰り返せば、薬は indifferent な存在なのだが、飲む時間の空費が dislike なのだ。イタリアはいつでも行きたいが、行って音楽を聴かないでOKな欧州唯一の国だ。ベニスでもフィレンツェでもナポリでもボローニャでもジェノバでも聴いてないし、ミラノではスカラ座には3回入ったが2回はワーグナーとグルックであり、一番時間を費やしたのはモーツァルトの足跡巡りだった。

石井宏著「反音楽史」(新潮文庫)は僕が教育の過程でドイツ人学者たちの洗脳の餌食になっていた可能性を示唆してくれた。そうかもしれないしそれではイタリア音楽にとって不遇でアンフェアとも思うが、仮にそうだとしてその洗脳がなければ僕がヴェルディ好きになったかといえば全くそうは思わない。学者がいくら頑張ってもモーツァルトやベートーベンの音楽が優れていなければこういう世の中にはなっていないし、逆に、「反音楽史」でなるほどとなってもイタリア音楽の魅力がそのことで倍加するわけでもない。似たことで、近隣国が我が国に対してそれ同様の歴史評価逆転劇を狙っていろいろの仕掛けを考案されご苦労様なことだが、ドイツ音楽と同じことで、古より和をもって貴しとなしサムライの精神で研ぎ澄まされた我が国の精神文化の優位性が揺らぐはずもないのである。

クラシックと一口に言ってもバロック前、バロック、ロココ、古典、ロマン、後期ロマン、近代、現代に分科し、演奏形態で教会音楽、オペラ、声楽、協奏曲、管弦楽、室内楽、器楽、電子音楽に分科して両者がマトリックスを成す。その個々に硬派な演奏家とファンがおり、通常はあまりまたがらない。僕の記憶ストックは時代として古典前後が多いがそれはユニバースがそうなためで、ユニバース比でマトリックスのセグメントでは近代・管弦楽のシェアが高い。そこに位置する著名作曲家がレスピーギしかおらず、ロマン・オペラしかないイタリアは国ごと視野になく、後期ロマン/近代・オペラであるプッチーニだけが残ったということだと思われる。

近代・管弦楽の硬派なファンとしては僕は分科またぎができる方で、クラシックの中においても雑食派だと思う。ヒマにあかせて受験勉強の要領でレパートリーを一気に作ったから20代から進化してないし、逆にそこから脱落する曲もあってむしろ減ってるのではないだろうか。クラシックは飽きが来ない、だからクラシックになるんだと思っていたがそんな特別なものではない。ちゃんと飽きる。というより、原理原則でいうと、既述の「無関心なもののために*時間を空費することは耐えられない」ということであって、飽きる=無関心(indifferent)となり、しかも人生の残り時間が逓減するにつれ単位時間あたりの限界効用価値の期待値はバーが高くなり、ダブルの逓減効果で飽きる=嫌い(dislike)と進行していくのである

しかし、何百回きいても飽きない曲があるのも事実だ。ビートルズのSgt. Pepper’sとAbbey Road、ベンチャーズやカーペンターズやユーミンの一部はそれに属する。そしてモーツァルトやベートーベンの大半の曲もそこに属する、そういう形で僕の「音楽ユニバース」はできているからそこにクラシックというレッテルは貼らないし、いわゆるクラシックファンの一員ではないし、いわゆるオーディオファイルの一員でもない。レッテルをどうしても貼るなら枕草子で清少納言が400回以上使っている「をかし」しかない。僕は「をかしき音楽」ファンであってクラシックにそうでない “名曲” はいくつもある。僕のユニバースがユニバーサル(普遍的)と思ったことは一度もないし、あれを貴族社会で決然と書いて残した清少納言もそんなことは気にもかけてなかったろう。枕草子は随筆(essay)とされるが、僕流にはあれこそが保守本流のステートメントだ。

 

(この稿のご参考に)

ウィンナワルツこそクラシック音楽

 

プーランク オルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲 ト短調

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令和の初読書は論語(山田史生教授の本)

2019 MAY 3 1:01:36 am by 東 賢太郎

先日のこと、

物語として読む全訳論語

という題名の立派な本が郵便で届きました。弘前大学教授であられる著者の山田史生先生からで、丁寧なお手紙が同封されていました。「できるなら直接に参上して手づからさしあげたい」と心のこもったお言葉を頂戴し、さっそく全部読ませていただきました。

先生はもしかしてこのブログをご覧になったのでしょうか。

③私の好きな本・ベスト3 (東)

好きな本ベスト1が論語というのも実は僭越というか、僕はあんまり論語的に立派に生きてきたとも思えず、孔子先生にはまっさきに破門されそうな人間です。それに漢文は苦手で、読んだのが全文なのかハイライト版だったのかもわかってなかったのです。味読より乱読する性質(たち)で本を繰り返し読む習慣がありません。だから「座右の書は?」と聞かれると「ありません」とあっさり答えるしかなく、論語は3回ぐらい読んだ数少ない書だから1位にあげたのです。ただし、それも幾つかの名言が好きなだけでそれ以外はピンときておらず、こう書きました。

「こんなのを真面目に暗唱などして守ってたら現代社会で経営などできるはずもないとむしろ否定的です。**界の重鎮などと気取るときにないと格好悪い『座右の銘』のネタ本というところが大方のホンネと推察」

いやこれは考え違いと思い知りました、本書を読ませていただいてそうじゃないよと諭された気分です。論語はビジネスマンのために書かれたわけではないし、先生の書かれるとおり「人生の指南書」として楽しむつきあい方が本来のものであったのです。

読後の感想ですが、4日間オペラハウスに通ってワーグナーのリングを初めて通して聴いた思いです。あれは4つバラバラに楽しめるし、名所だけハイライトでまとめ聴きでもいいのですが、通して味わうと長大な筋とライトモチーフがリアルに見えてきて格別の充実感があります。論語も同様だというのは発見でした。全文二十篇五百九章を通すと、バラバラと思っていたのが存外に体系があり、孔子、弟子の性格や人物までわかって人間くさい面白さも多分にあり、単なる箴言集ではないわけです。まさに人生訓の物語であって別世界の体験。これはぜひ多くの方に味わっていただきたいと思います。

例えば、「音楽にかんして孔子はプロはだしである」(述而13)のに子路の超ヘタクソな演奏にぼやきつつも喜んでいる(先進第11)。こういうところが温もりがあっていいですね。孔子は子路が好きだったんですね。顔淵の死。孔子の号泣。これも深いですね、それを弟子が書くこと自体が。こっちも歳を取ったんでしょう、弟子や諸侯の人間を看て語る言葉がずっしりきました。そういう孔子の礼や気配りに対して「他人の見る目がちがってくるわけじゃない。自分の気持ちがちがってくるのである」(郷党第十9)と註解されたのはまったく同感です。そうありたいものです。

読んでいただくしかないですが、先生の現代語訳はところどころユーモアも交えたエッセイ風で、現代人の眼とやわらかい感性を感じます。若い人も肩がこらずにすいすい読めますから、2~3日もあれば「論語を読破したぞ」と言えてしまう。論語風に書けば「難しいものを説明できない人は凡人、難しいものを難しく説明できる人は賢人、難しいものを易しく説明できる人は超人」と思っておりますが、今回で論語は難しくないと思うようにしていただいたことに敬意を表しますし、それを鏡としてご自身の経験や人生観を投影もされており、正に人生をかけた渾身の作品と思います。ご著書が他にも数多あるようで、アウトプット量の多さも学者の鑑ですね。

お言葉に甘えて手紙の返信は失礼させていただきますが、せめてもの返礼でこのブログをお贈りしたく存じます。

「量が質を生む」(大フーガ と K.546)

令和の初読書が論語読破というのはちょっと誇らしい。おかげさまで少し賢くなった気がしますし、良い記念にもなりました。家族にも読ませます。ありがとうございました。

 

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アガサ・クリスティー「鏡は横にひび割れて」

2019 MAR 4 23:23:37 pm by 東 賢太郎

相変わらず暇があればミステリーです。本作品はけっこう評価が高く、ストーリーが平明で錯綜していないのでサクサク読めます。クリスティは血の匂いがないといわれますがこれもそうですね、殺人は道具だてにすぎず、それが起った場面で主人公がどうしてそんな表情をしたのか?という謎が全編の主題となって物語は進行していきます。その謎は最後にミス・マープルによって解明され、なるほどとなる。パーティー会場の階段の踊り場という開かれた場所での殺人事件なのですが、そこに居合わせた人間は20名ほどと限られており、いわば密室である。その全員が登場人物リストには載っているわけではないということから容疑者は少数で誰にもチャンスはあります。それが誰かというのは動機が何かではっきりするということで、ホワイダニット(なぜ殺したのか?)型であるといえましょう。

動機がわかると謎の全貌に納得です。この納得性はお見事であり、読者への挑戦状をたたきつけるほどの手掛かりの合理性、透明性、ロジックの切れ味はないかもしれませんが、種を明かされるとこの小説の設定のすべてが実はそれの伏線であったとわかります。近くで見ると輪郭のぼやけた絵であるのが、すこし離れてみると誰の目にも鮮やかな教会の描写であるモネの印象派絵画のようで、それに気がつけば容易に犯人も動機もわかったかもしれない、フェアだなと感じさせられます。わからないように巧みに書いてあるのでまず無理なのですが、そう思わされてしまうのがいつも感じるクリスティーの筆力ですね。評価の高さはそれの成功度の高さにあるのかなと感じました。

僕のブログを読んで来られた方にはネタばれになるのでモネのようにぼかして書きますが、いまこの時期にこれを読んだというのは実に不思議な因縁を感じてしまいます。何かの理由で出会うべくして出会ったかな?

本作を読み終わればどうしてそう思ったかはたぶんどなたにもお分かりいただける、それほどのグッドタイミングでございました。

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アガサ・クリスティー「雲をつかむ死」

2019 FEB 7 22:22:55 pm by 東 賢太郎

疲れたときのエンタメというと、適度にはいりこめて雑事を忘れられるミステリーになってしまいます。中でもアガサ・クリスティーは軽くていいですね、意外に読んでないのがあって「雲をつかむ死」というのがそうでした。これ以前は「大空の死」と訳されてましたね。

手にしてなかったのはあんまり世評が高くなかったからです。今回、先入観なく読んでみて、まあただのエンタメでしたがそれなりに雑事から心が解放されて目的は達したのでした。クリスティーの人気の秘密はこれでしょう、凡作でもこりゃひどいとは思わない、ちょっとビートルズに似てるかな。

飛行機という密室で堂々と殺人がおこり、いかにロジカルに謎が解かれるかと思って期待しながら、結末はぜんぜんロジカルでない。なんで黄蜂が飛ぶ必要があるんだよなんだこれはとなるのですが、手掛かりの開示や人物描写は一応意味ありげにクリアであって、それに幻惑されてアンフェア感は不思議となく、僕は完全に別の人物が犯人と思ってましたがミスリードでした。犯行の謎解きはおいおいそんなのありかよですが、そこに至る灰色の脳細胞エルキュール・ポアロの推理の追い込みが(内容はわからないのだけれど)確信に満ちている風に見えるものだから、なるほどこんな賢い人がそう言うんだからきっとそうだったんだろうと思わされてしまう。

つまり筆力の勝利ですね、さようでしたか、あんまり考えても当たらない犯人でしたね、犯行の瞬間の描写もね、叙述トリックというかアクロイド事件に近いものでしたねと思うのですが、まあそれなりに楽しんだからいいや、800円でいいpastime(ひまつぶし)ごっつぁんでしたとなりました。当時の飛行機は荷物を客席の後部に積んだのかとか、サーブはスチュワート(男)がしたのかとか、本筋でないことが面白かったですね。

 

アガサ・クリスティ 「葬儀を終えて」

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高度成長期はカンブリア紀であった

2019 JAN 20 0:00:07 am by 東 賢太郎

最近のヒザ痛は精神的にもよくないですね、何はなくとも足腰だけは自信あったですから。今日はニューオータニのゴールデンスパに入会し、ジムでトレーナーの小山さんについて鍛えなおそうと奮起いたしました。

体幹のストレッチをやっていて、何か運動されてました?と聞かれ野球と答えましたが、いかんいかんと思ったのです。そんなのいつの話だよ?そうね、それ、今はショーワって呼ぶんだよね。意味ないんですね、だって平成すら終わろうとしてるのに・・・。子供のころ、おばあちゃんってメージ生まれなんだねと言いながら江戸時代みたいに遠い気がしてた、あの立場になっちゃったんですね。

去年は経営上の大きな危機がありました。そのときはそう思ってなかったけど、いまになって振り返るとそうだ。それは外的な変化によるもので、未曽有のストレス要因でもありました。おかげで心身とも弱りましたが、なんとかそれを乗り越えつつあるいま、逆に会社としては一皮むけて強くなった実感があるから不思議ですね。

このことは、地球の歴史と生物進化の関係を独創的な視点で説いた東工大 丸山 茂徳特命教授の主張を思い出させます。

非常に刺激的な仮説である

教授の著書「地球史を読み解く」によると地球には原生代に銀河系の星雲衝突によるスターバースト放射線によって雲に覆われ、太陽光線が遮断されて赤道まで完全に凍りつくという「全球凍結」が2回(22-24億年前と5.5-7.7億年前)おこりました。その極寒環境で既存の生物は絶滅し、火山帯の熱で生き残った生命が突然変異を伴って次世代に繁殖したのですが、この環境変化において細胞は別生物だったミトコンドリアを取り込み、後に哺乳類と腸内細菌のがしているような「共生関係」になるという新しい適応方法も生まれて新しい生物が生存したそうです。

そのように、生命というものが外的環境の変化、特に危機的な激変によってダイナミック(動的)に急速に変化するということ、それも、その変化が後世に生き残るという鍵であるという点は歴史(結果論的視点)からは「いつも正しい」わけです。変化して死んだのもいるでしょうが、変化しなかったのは確実に絶滅したわけですから、「適応力のあること」こそが進化、成長、繁栄への一里塚(必要条件)であることは間違いないと思います。この「外的環境の、しかもとりわけシビアで危機的な変化こそが生物を強くして進化させる」というテーゼがどういうメカニズムで発生するのかは丸山教授の本でも他の書籍でもわかりませんでした。

しかし、そうではあっても、ということは、重要な結論を導くのです。結果論的視点ではない「現在(now)」においてAかBかを選択しなくてはいけない場合、「適応力のないほうは捨てろ」という結論です。どんなにいま現在、盤石で強く、永続的、魅力的に見えようとです。人、会社、大学、役所、国、経営戦略、すべてにおいてと考えたほうがよい。僕は若者に「若いときの苦労は買ってでもしろ」「選択肢があれば嫌な方を選べ」と教えるのはそのためです。適応力はそうやって訓練できるからです。国だってそうだ。三方敵であるスイスに住んでその強さを知ったし、日本国の歴史だって中国、韓半島の情勢変化に揺動されておきた事件がたくさんある。両国とも事態に適応する力で征服されずに生き延びた歴史をもっています。

しかしもっと身近な例で、皆さんが学校、就職先、恋人、結婚相手、社員を選ぶとき、投資する株、人事評価、経営者にとって経営戦略を策定するとき、もっというなら皆さんは毎日何らかの小さな選択をしていますが、そこでもです。人生はその積み重ねだからこのテーゼを常に頭の片隅に置いた方が良いと僕は思っています。

第一世代のルンバ

企業に当てはめてみましょう。企業というのは生物と似ていて、ダイナミックな外的環境変化に適応し変化していかないと死を迎えます。倒産するか吸収合併されるということです。後者の場合、社名やブランド名は残ってもそれは外部に見せるだけの抜け殻で、内臓は捕食者に食い尽くされています。日本のお家芸だった半導体や家電産業は好例でしょう。気づかぬうちにスターバースト放射線が放射され、全球凍結があったのです。その極寒の環境のなかで、死滅したと思われた英国の家電業界からサイクロン式掃除機のダイソン社が、アメリカからは「ルンバ」のiRobot社が出現しました。日本の家電メーカーが思いもよらぬ新生物の登場です。僕はルンバを初めて見たとき、カンブリア紀に我が世を謳歌した古生物さながらに見えました。しかし、仮に100年後にルンバやサイクロンしか残らなかったとするならば、後世人類の目には、我々の使ってきた日立や東芝の「電気掃除機」が奇態なカンブリア紀の生物に写るでしょう。

ルンバはロボット、AIという進化した脳が掃除機という旧世代生物に寄生してできた新生物です。これが「細胞は別生物だったミトコンドリアを取り込み、哺乳類は腸内細菌と共生関係になる」という適応です。我々の脳と腸はもともと別生物だったそうで、企業でいうとM&Aで合併した会社として適応・進化して地球の支配者になったということです。このことは、「既得権益を守ってぬるま湯に安住」し「武士は食わねど高楊枝」を決め込み、「人材の多様化を図らず純血主義に固執」する企業は、やがて全滅すると考えるに足る理由です。僕がそう思うからではなく、結果論として、生物進化と企業盛衰は似た現象であり、メカニズムはどちらもわからないが、結果論的視点に拘泥するのは科学的姿勢でないと批判するよりもそれを信じてしまって行動したほうが、学者ではない僕たちには実利的な生き方ではないか、ということです。

僕ら昭和世代は高度成長期の誇りをもって生きてきましたが、世界の産業界のダイナミックな変化と新生物のたびかさなる出現を見るにつけ、あの繁栄はカンブリア大爆発の類だったのかもしれないと思うのです。

アノマロカリス、ハルキゲニア、オパビニア・・・

まずいまずい、これって意外に俺なのかもしれない・・・・

始祖ではあるけれど、自分は生き残らないんだろうな・・・・

昭和の成功体験にすがればすがるほど、企業も国もつぶれるでしょう。そう確信してます。僕はサラリーマン時代の(昭和の)成功体験は全部捨てました。それがソナーの真骨頂で、そう考えると去年の苦労もストレスも我が社を適応させて生存能力を高めたのかなと手前味噌に考えております。

 

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オモロい人たち

2018 OCT 11 6:06:10 am by 東 賢太郎

大阪で仕事したころ、「あんたオモロいやっちゃ」といわれてそうかなあとけっこう戸惑った。これが「面白い人」ではないと知るにはしばらくかかる。それは関西弁でしか表せないニュアンスだからで、東京にはそういう表現がない。

面白いはfunnyである東京人はそういわれるのは面白くないが関西でオモロいはinterestingであって悪い意味とは限らない。東京ではしかしそれを訳すと「あなたは興味深い人ですね」みたいになって、これはこれで上から目線の感じで余計なお世話だとなるからややこしい。英国でWhat you said is interesting.なら言えるがYou are interesting.は失礼感があるように思え、言ったことも言われたこともない(アメリカは知らない、トランプは言いそうだ)。

つまり、You are interesting.を好意、親愛の表現で言ってしまう関西は特別な場所かもしれない。土足で踏み込む感はあるが人のぬくもりもある。いや、それをぬくもりと思うのが関西だと東京人の僕は思った。

しかし最近、東京にだって昔からオモロい人はたくさんいるのだけれども、その人たちをオモロい人と思う人があんまりいないだけなのではないかと思うようになった。つまり「オモロい」という概念は受容する側の問題だと。

僕はこの「オモロい」こそが人間の人間たるゆえんであって、ちょっと大げさに言えば人類を進化させる原動力ぐらいに思っている。オモロい人がいくら周囲にいても、彼らを受容するカルチャーがなければ宝の持ち腐れになってしまう。

中学に丸山鉄男というオモロい奴がいた。こいつのオモロさを凌駕する人間はいまだに現れていない。図抜けて天才の域にあり授業中に隣りで悪ふざけして笑いをこらえるのに死ぬほど苦労した。早稲田高等学院に入ったが馬鹿なことに大学でサーフィンであの世に行った。でもあれ僕の中で生きているからいい。

オモロい」は東京にいると、どうも錆びついて見えなくなってくる気がする。大阪やアメリカや香港にいたときは僕の「オモロいセンサー」はもっと感度が良かった。そう思いだしたので最近はつとめて知らない世界の人と会って話している、というか、話し込んでいる。思ったらすぐに何か手を打たないと鈍る一方で僕にはあらゆる意味でよくないからだ。

ネクサスの動画に出演してくれた90人の若者たちは宝庫だ。彼らはみんな熱中型人間で飯食うのも忘れて何かに没頭するタイプだ。それでその世界で凄いと言われハングリー精神に満ち満ちている。こういう人は強い「気」を発してる。動画でそのシャワーを日々浴びていると僕は元気をもらえる。

だがもらうだけじゃあいけない、発見がしたい。例えばそのひとりのサムライの島口氏は海外でひっぱりだこである。欧州ツアーで飛び回って帰国したから報告したいとほんの少しの時間なのにわざわざ来てくれる。そこまでウケるには、まだ僕の気づいてない才能がこの人にはある。あるはずだ。そう思ってそれを知りたくて興味津々だ。

会社を2つ作って50億円もってる38才にもきのうお会いした。初対面でありオモロそうだと聞きつけて来てくださったようだが、こっちは商売より彼のオモロさがどこにあるのかが大事だ。それがなければそんなカネが作れるはずがないからだ。

深く井戸を掘りました。頭悪いんであれこれできなかったんで」

「いや50億作った人が頭いいのが資本主義だよ」

そんなことを2時間話し込んで、ビジネスについてはよくわからなかったがオモロい人だった。株の話はほとんどせず、ゴルフのベスグロ75で同じだね、でもジョン・レノンの最高傑作はアイアム・ザ・ウォルラスじゃねえかなというところで意見が合致して終わった。

元ロッテのサブローこと大村三郎氏にはときどき最近のプロ野球界のもろもろを教えてもらう。彼は巨人もいたしオモロい。なーるほど、人間だからどこも一緒だよな。そういうの勉強したいって、じゃあ司馬遷の史記だねオモロいよ。彼は即決のスナイパーだ、すぐ読了するだろう。

たしかPWCのレポートに、2030年にAI革命が進んでいて、世界で最も危ない国は日本であり、62%の人が職を失うとあった。ブルーワーカーだけではない、銀行員や公認会計士もだ。でも人を感動させる職業は残るとある。要は「オモロいやっちゃ」になればいい、そういうことなんじゃないか?

 

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「バカの壁」の壁

2018 JUL 16 17:17:33 pm by 東 賢太郎

だいぶ前に「バカの壁」という養老孟司さんの本が評判になって、その題が流行語大賞か何かになった。そういえばあのあたりから「バカ」か「東大」をタイトルにつけた本が頻出し始めたように思うが、昨今大流行の「ネコ」本のはしりみたいなものだったのだろう。

人には無意識に考えるのをやめている境界線があって、会話してもそこで思考停止してしまう、それがバカの壁だという趣旨だった。「人は脳が受け入れることしか理解できない」というくだりで「当たり前だろ」と思ってしまい集中力が切れたが、「そうだろ?だからお前はバカなんだ」と諭されている気分になった。

それを言われるならごもっともで、僕などバカの壁の四面楚歌状態、大バカ者の標本である。興味のないことは考えないどころか、知ろうとも思わないからだ。反対に、自分の関心事がうまく伝わらない相手にはこっちの壁のせいで理解が及ばないので、そういう「合わない人」と話すと完全にすれちがってお互いに不幸な5分が終る。

しかしそれがいけないかというと、そうも思わない。養老さんの言う通り「人は脳が受け入れることしか理解できない」のであって、脳は可変的なのかもしれないが「宇宙の果ては137億光年先です」ときいても学者以外の人は「でっ?」と思考停止するだけだろう。すると世界人口70億人のほとんどをバカと呼ぶことになるが、呼ぶ方がバカだよねという話にもなる。医学部(理Ⅲ)の養老さんをバカ呼ばわりする蛮勇を僕は持ち合わせないが、あの本は医学書ではなく人生訓のようなもので、そうであるならば壁を撤回する労力と時間があったらそういう人とは付き合わない方が効率的ではないだろうか?

しかしあの本は大衆に読まれた。中味なんか理解しなくても題名に使い道があったのだ。議論の場で相手をいじめるキーワードとして「これぞバカの壁ですね」とやると、そこに居る者が全員バカである限りにおいては、東大の解剖学者のお墨付きを得てトドメを刺せるからだ(先に言った方が勝ちだというあまりにおバカな戦いであるが)。そういうものが流行語大賞になるのである。ちなみに何年か前にピケティというフランスの左系の学者をそれに仕立てようという稚拙な試みがあって、こっちはブログで思い切りバカにしたがアッという間に消えてしまった。ネコ本だったのだ。

東大生が優秀という思い込みも「壁」であって、試験で点を取るための諸々以外に全員が優秀という事柄は現役東大生もおそらく思い浮かばないだろう。読んでいる東大生諸君に告げるが、そこを卒業しただけで人生の勝ち組になれる保証はない。「東大生が選んだすごい本」の1位というので何かと思ったら漱石の「こころ」だ。どこの大学生が選んでもおかしくないし、もし10位だったら漱石の価値が下がるんだろうか?昔よく聞いた「全米で大ヒット」と同類のセールストークであり、そんなものはなかったし、おおむね言ってる人が米国人でも米国に住んだことがあるわけでもないのである。

仕事上いろんな人とお付き合いしているが、「バカの壁」だらけの脳の持ち主である僕が着想した仕事の構想というものは東大卒みたいなタイプには分かりにくいらしいことは前々から気がついていることだ。ちょっとややこしく表現すれば僕は常に帰納法的であり、彼らは常に演繹法的なのだ。ビジネスはデータが出そろって確信が得られてから始めても遅いから、その確信はほぼ確実に裏目に出て失敗する。帰納法だって失敗はするが、こっちは成功することもあって、そのリスクを補完するために資本というものがあるのだ。何かを創造して会社を前進させるのに僕は常に内側の壁に直面している。

誰もチャンスの本質とリスク・リターンを分かってくれないとなると構想を自作自演する羽目になるが、それには健康な体と精神と強い心のエネルギーがいる。まあ要するに、とても疲れるのだ。困ったことに僕は実務家にはあまり向いておらず、実行部隊としての有能なプラクティショナー(practitioner)がどうしても必要である。今回は年齢的に最後のトライアルであり、失敗はしたくない。だからプラクティショナーをいつも探しているが、それで有能な人に僕の構想が腑に落ちるかどうかという点が最大の関門なのだ。

最近、デジタル脳一点張りでない人のほうが適役かもしれず、となると東大にはあまりいない女性の方がいいかもしれないと思うようになった。今までは女性というと回路以前にケミストリー(chemistory、相性)の問題があって、そういう物事について僕と合う女性となるととってもナローパス(narrow path)であって、話して楽しいと思った記憶もほぼないのだからかなり革命的なことだ。この仕事は男、というバカの壁を突破したのかもしれない。

 

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