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カテゴリー: 読書録

「未来」と呼ばれているものの正体

2017 SEP 24 23:23:58 pm by 東 賢太郎

アインシュタインは現在、過去、未来はない、それは人間の考えた幻想に過ぎないと言ったそうだ。人間の脳には記憶のファイルが巨大な本棚のように収納されていて、たとえて言うなら、何かを思い出したり考えたりすると本棚のその部分にピカッと光が当たるようなものだそうだ。

では「いま」とは何か?ピカッによって我々が目、耳、鼻、口、肌などの五感のセンサーで感知している世界のことだ。その「いま」は時々刻々と「むかし」になりつつある。ではどれだけ時間がたてば「むかし」なのかは誰もわからないし、尋ねられれば1秒後とか0.1秒後とか瞬時とか、答えは人によって違うだろう。

ピカッで感知できないもの(例えば紫外線や可聴域外の音)は「いま」に含まれないけれど、あるかないかと問われれば、ある。100光年先の「いま」は100年しないと見えないが、こうして議論している瞬間もその場所はある。だから「ある」か「ない」かということと、「いま」は別個の話である。

我々は自分が感知した「いま」がしばらくすると変わっていることに気づく。さっきそこにいた猫がいない、というふうに。そこで、「さっきの今」を「むかし」と呼ぶことにして、そこに至るまでの間に「時間」というものが流れたのだと思うことにしたわけである。とするならば、その時間がさらに流れれば、その先には「これからの今」があるじゃないか。

むかし(過去)、いま(現在)、これから(未来)はこうしてできたらしい

わかったようでわからないが、動物ならどうだろう。ネコにきいたわけではないが、明日の夕食をどうしようなどと考えそうもない。すると「未来」というものはないだろう。「過去」はというと、さっき何を食べたかぐらいは覚えているかもしれないが、記憶があるから過去があるというわけではない。記憶を現在より前のこととして現在から仕分けして眺めている「自我」がないと過去というのは存在できない。

「時間というものが流れたのだ」と思うことにしたのは「自我」である(思うに、それがデカルトの言う「われ思う、ゆえにわれあり」の「われ」だ)。おそらくは自我のないネコに「時間」というものを創作して1時間前と今を比べてみようという意識はないだろう。ということは、時間の経過でしか定義のしようがない過去も未来もネコにはないということになる。

では自我のある(はずの)我々はどうだろう?

これを考えるには相対的存在というものを知る必要がある。例えば「きみ」という人間だ。本名は山田太郎だが「きみ」であるのは「ぼく」がいるからだ。「ぼく」の自我が自分ではないと仕分けしたからそう呼ぶのであって、実存はしていても「きみ」は「ぼく」とペアで僕の頭の中にしか存在しない。僕が死ねばそうか山田君のことだったのかとは判別できなくなってしまう「きみ」は、だから存在しない。

同じように、昨日カレーを食べた事実は実存しても、あるのは「ぼく」の脳内の記憶であって、それを「過去」と呼んでいるのは現在の僕でしかない。僕が死ねばそれはない。100光年先の星は僕が死んでも実存するから「ある」のだが、昨日のカレーは「ぼく」とペアの相対的存在であり、「ぼく」が「現在」と仕分けして「過去」と呼んでいるものは全部がそのカレーと同じである。

つまり、「過去」とは「ぼく」とペアの「きみ」や「カレー」とおんなじで、存在しないものなのだ。これをアインシュタインは「幻想に過ぎない」としたのだと僕は理解している。

我々は過去、現在、未来という時間の流れがあると信じている。しかし物理学に時間の概念はなく、時間と思っているのは3次元と4次元(時空)の差異だ。時間概念がないというのは、つまり認識できるのは常に「いま」だということだ。ピカッと光が当たっている本が「いま」であり、いま知覚した本は瞬時に過去になっているが、それを「考えている」限り光は当たっておりそれは「いま」のままだ。

いま目で見ているものであれ昨日見た映画であれ、知覚の光が当たっているからそれは「いま」なのであり、光が当たっていないものは存在しないに等しい。100光年先の星は存在していても、光は届かないからそこの「いま」は我々の「いま」ではない。存在がいまではなく、意識の光がピカッと当たるか否かが「いま」であり、それはネコの「いま」と変わらない。

なんだ、我々はネコなみか?そう思うと寂しいが、人生はずいぶん気楽なものにはなる。過去はもうこの世にないのだから失敗など悩む必要はどこにもない。明日どうなるか、何をしたらいいかなんてわかる理由がない、ないものを考えたって答えなど出ようがないからだ。

さて、やっと本題の「未来」の話だ。時間という概念を使おうが使うまいが、人生はいましかあろうがなかろうが、自分が生きていようがいまいが、「あした」は来る。それはまだ記憶にもなっていないからピカッと光りようもない、まさしく空想の産物であるものの、地球がぐるっとひと回転すれば確実に来るからきっと「あした」は存在するのだ、ネコにも我々にも平等に。

しかし我々の自我は欲深い。「あした」ではない「未来」というものを生み出した。幻想なのだからどうにでも主観が入り得る。それは「予測できる」というものだ。物理の法則で、天体の運行のような単純な運動は、万有引力という人間の感覚では不可知ながら数学的に想定すると未来を予測できることを我々は経験的に知っている。そうやって月にロケットがちゃんと命中している。しかし一方で、引力を及ぼす天体が3つ以上になった場合の運行法則は見つかっていない。

このことはアインシュタインが「経験とは独立した思考の産物である数学が物理的実在である対象とこれほどうまく合致しうるのはなぜなのか?」という疑問を持っていたことを想起させる。数学は人間が発明した道具なのか、それとも何かの抽象的世界に実在していて人間はその真理を単に発見しているのか?この議論にいまなお答えはないそうだ。某大学医学部の麻酔科教授が驚くべきことを教えてくれた。「実は麻酔がなぜ効くかというメカニズムはまだわかっていないんです。経験的に正しいと、何時間したら目が覚めるはずだと信じて使っているだけなんです」。怖い話だがそれに近いのかもしれない。

月に命中するか?患者が目が覚めるか?予知できる未来はかように極めて限定的であるのに、我々は不遜にも予知は可能であるという前提で科学というものを発展させてきた。科学者は限界を知っていようが一般人は科学は万能と思い込んでいるのであり、それこそが「未来」と呼ばれているものの正体に他ならない。明日も生きているかどうかすらわからない人間が作り出したはかない空想の産物でないと誰が言えるだろう?しかし「明るい未来」とはいい言葉だ。それがあると思うから人は懸命に働くし善行も積もうと思うのだ。

そう思い至った僕にして、実は「いま」しかないのだよと人生の座標軸を変えるのは一大プロジェクトに他ならない。いま、僕はそれをしている。重大な意識改革だ。できるのはいまを良くする努力しかない、未来とはその結末にすぎない。では、いまを良くする努力に近道やスタントプレーがあるだろうか?そうならそれは魔法というものの立派な定義になるだろう。そんなものはない。できるのは、ちょっとだけ本棚にあてるピカッとした光を強めて、本の背表紙をじっくり見るぐらいのことだ。

それは勉強や仕事をしている時だけでなく、駅へ歩く道すがらだったり友達と他愛ないおしゃべりをする間だってできることだ。逆に言うなら、そこでできないことを勉強や仕事だからといって突然できるようになるわけではない。これを間違ってはいけない。光を当ててじっくり見るということを我々は「注意力」と呼び、光の強さを増すことを「集中力」と呼んでいる。つまり注意力散漫で集中もできない人が、いざという時だけそれができることはあまり期待ができないのである。

このことを若い人は肝に銘じておいてほしい。過去は変えられないから考える意味がない。皆さんは失敗はきれいさっぱり忘れて「なかったことに」で構わないのだ。しかし現在の過ごし方の質を上げれば未来は変わるかもしれない。方程式はないけれど、未来は明るいものになるかもしれない。それをいま何の努力もせずに望むのはナンセンスだ。しかし現在の過ごし方の質という最小限の努力はできるものに置き換えれば未来はあなたのものかもしれない。

では、どうすれば注意力がつき、集中力が発揮できるのか?それさえできれば、こういうことに必ずなる。

現在 < 未来

さらに、

現在の勉強・仕事・しあわせ < 未来の勉強・仕事・しあわせ

になる。僕はそうやって受験や仕事を一応は成功裏に乗り切ったし、それを様々な形でブログに書いてきた。それを読んで共鳴していただいた方々はきっとご自身でできているから共鳴されたのだと思う。そんなに難しいことではない、ちょっとした努力をすれば誰でもできる。

ソナーという会社は意欲ある若者を育てること、才能を見つけることに社会的存在意義を見つけようとしている。意欲と勇気のある方ならだれでも遠慮なくご連絡いただければお会いするし、伸びる方法をお教えもできるだろうと考えている。もちろんすべては無料である

 

・・・・

 

以上は本年3月22日にソナー・アドバイザーズ(株)HPに書いたブログだ。当SMCにはこれが1513本目のブログということになる。それをトータルに眺めると、適当に思いつきを書いていて中味は五月雨だが、すべてが僕の頭から出たもので受け売りやコピペは一切なく、一義的にはまず自分の備忘録で、本稿にある「本棚でピカッと光が当たった本」を開いて「書き写して」いる。そうしておかないと、10年後は生きてるかどうか、生きていてもその本は本棚から消えている、つまり記憶が飛んで忘れてしまっているかもしれないという恐怖が常にあるからだ。

1513冊で僕の頭の本棚の何割を写したのか知らないが、興味ないことや詳しくないことは残しても無意味だし、お読みいただく方に時間を費消していただく資格がないから書かない。ジャンルは右のカテゴリー欄にある項目を「縦軸」とすると、各ブログの末尾にリンクを入れてジャンルまたぎの「横軸」になるようにもしている(いま作業中)。

横軸を気長に辿って行っていただけると予想外のジャンルに飛んだりするが、それは僕の話の個性でもオンリーワンの特徴でもあって、リンクさせている意味はちゃんとある。左脳と右脳をつなぐ脳梁と思っていただければ幸いである。ある意味で、別なワールドをお楽しみいただけるのではないかと思う。

単語やフレーズによる検索はブログ右上の「サイト内検索」で行える。ただしワードプレスの検索機能はやや狭くて、文字列とフォントがきっちり合わないと出てこない。ラヴェルはラベルでヒットせず、交響曲の前にスペースを入れるかどうか、3番か3番かで出なかったりする。ここは プラットフォームの問題であり仕方ない、いろいろお試しいただくしかない。

音楽ブログについては文章と楽譜だけでなく、youtubeから音のサンプルを貼ってできる限りご理解いただけるようにしたい(耳で聞くのが圧倒的に理解が速い)。まず、youtubeに「東」のマークのチャネルを作り(このビデオ等)、僕の保有する音源をブログの補完としてアップロードしていく方針。フォローしていただければクラシックについては深められると思料する。

忘れた過去は「なかったこと」に

男の更年期障害

 

 

 

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香りの効能

2017 SEP 23 1:01:07 am by 東 賢太郎

蝉(セミ)がなきやんで久しい。蝉は地上に数日しか生きられなくて寂しい一生だが、動物というのはすべからく食うことと生殖することだけのために生きている。もっとつきつめれば食うのも生殖のためであって、我々は遺伝子をのこすための乗り物(ヴィークル)にすぎないという説もある(「利己的な遺伝子 」リチャード・ドーキンス著、紀伊國屋書店)

テレビのバラエティーや昼メロがグルメと温泉とセックスばかりなのも、芸能界はもとより政界までシモネタ・スキャンダルまみれというのも、皆さんドーキンス先生の発見した「原理」にのっとって日々お勤めに励まれている結果だ。では子孫を残した人は余生で何のやることがあるんだろう。食って、寝て、死ぬだけなのだろうか。

そう思うと、音楽というのはセックスにも食うことにも貢献がなく、だから動物は聴かないし生物学的には無益なシロモノだ。ロックは女性にもてるかもしれないがクラシックをきくなんぞは色恋と無縁であって、それに50年以上もかまけてしまった僕は動物としては失格なのだろうか。

しかしこうは考えられないか。音楽鑑賞は生存の役には立たないが、落ち込んだり、道を誤ったり、自殺してしまうというようなことへのガードレールの役割を果たしていると。それならドーキンスの原理からは逸脱しない。死んでしまえば遺伝子の目的は成就しないからだ。

例えばベートーベンだ。彼は子孫を残さなかったが、自殺を考えながらも音楽を書くことで元気になって戻ってきた。その複雑な精神の行路を明快に音でなぞってシミュレーションできる曲がある。交響曲第3番「エロイカ」だ。そうすると聴く者も元気に戻れる。僕自身が苦しかった時にそれで復活した経験者だ。

先日のこと、統合医療において僕の主治医である森嶋先生にバイオレゾナンス診療で1年ぶりに全身を診ていただいた。「内臓も頭も問題なし、ストレスもないですね」で安心したがちょっとひっかかる。「先生、いま仕事でストレスの真っ只中ですが」「いえ、数値は出てません、きっと音楽が効いてますね(笑)」。

たしかに、疲れると甘味を欲するように、ストレスがかかると音楽が欲しくなるから精神的な「薬効」があるのかもしれない。米国医学界は制癌剤治療に疑問を呈し論文も出なくなっているそうで、癌患者への対処法が向かっているのは東洋医学やヒーリングなど理論より治験が先行した分野も抱合する統合医療とのことだ。その一環で音楽を取り入れる療法は真剣に研究されている。

ストレスとは体を一定の状態に保つ恒常性(ホメオスタシス)が崩れた状態から回復する際の様々な反応で、なくてもいけないが過剰だと生体機能が狂う。だから過剰と感じた時に精神の緊張を緩和してくれるなら音楽は薬効があることになるし、音楽がもたらす心理作用は認知症などに効能があるとする論文も出てきている。その観点から「エロイカ」の薬効を原子論的に調べたら何か結論が得られるかもしれないと思うと関心が高まる。

先生によるとストレスはもうひとつ戦う方法があるという。香りだ。そこでこういうものを紹介していただいた。「パ ホーザ」(Pau Rosa)というアマゾンの香木エキスだ。

 

この香りにはひとめぼれで、す~っとリラックスできる。ローズウッドの一種だから日本だと紫檀(しだん)だろうか、その中でも特別に品質の高い樹木から採取したオイルであり、入手が難しいらしい。

 


アロマオイルは詳しくないが、お香を焚くのに一時こったことがあり香りの効果は感じている。これは過去嗅いだことのないもので、安眠など効果があるのではないかと思い、いただいて帰った。

 

音や景色は「美しい」と表現できるが、香りや味はそうはいわない。この辺が五感の微妙なところだ。我々が食うことと生殖することだけのために生きているならば、食うことである味は栄養価や毒素を見分ける即物的なものだ。かたや音や景色は生命や生殖にかかわるものでなく、美しいとは形而上学的な表現だろう。動物には無縁の感覚である。

そう考えると香りは曖昧な所に位置するように思う。フェロモンは生殖に関わるし、一方で栄養価や毒素を見分けるためにも活躍する。犬は視覚より嗅覚が頼りだ。我々が魚だったことは胎内の羊水の中でそこからの進化を猛速度で経過することからわかるが、以下は私見になるが、海中に溶け込んだ化学物質の分子を感知するのが味覚と嗅覚で、光や水分子の振動(波動)を感知するのが視覚と聴覚に進化したようにも思う。

つまり物質的な「味、におい」(グループ①)と波動的な「音、視覚」(グループ②)に大別されるのであって、やはり物質的な触覚を前者に加えると、我々の五感は「食うことと生殖すること」に直接関わる①、それを助けたり身を守ったりするセンサーである②によって成立する。宗教は壮大な教会や寺院、輝く祭壇、仏像やステンドグラス等の視覚にミサ曲、讃美歌、お経などの聴覚を交え②に訴えるが、センサーだけでは訴求力が弱かったのだろう、より本能的な領域である①にもちゃんとお香を焚いたりお神酒を飲ませたりで触れてくる。エロイカを聴くこととパ ホーザを嗅ぐこととはそれと同様に①②の別系統に属するわけで、ストレスを解毒する効能はそれで倍加するのかもしれないと感じた。

自殺はもとよりストレスフルな時間が長引けばホメオスタシスが変調をきたし病気になりやすく、ひいては健康寿命にも影響してくる。音や香りは小さなことのように思われるだろうが、我々が世界や宇宙を知覚したり理解したりできるのは五感の情報収集のおかげであって、宇宙と我々との接点はその五つの感覚しかない。それが日々の喜怒哀楽を生みだしているのであって、その積み重ねが人生というものとなり、死ぬときに良い一生だったかどうかを振り返ることになる。そう思えば、その5分の2である音と香りを自在に支配すれば人生の幸福度を増すことができるだろうし、ガードレールにもなるのではないだろうか。

ここまで書いてきて、逆に、我々人間の認識している人生など随分と一面的なものだということもわかってくる。蝉は寂しい一生を送っているのではないかもしれないということだ。香りひとつがいろいろなことを教えてくれる。

 

エロイカこそ僕の宝である

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金正恩のさらなる高笑い

2017 SEP 13 2:02:28 am by 東 賢太郎

これを書いたのは去る5月22日、母の病室でのことだった。お読みいただくと、そこから情勢が何も変わっていないのに驚かれるだろう。

ソナー・アドバイザーズ株式会社 | 金正恩の高笑いが聞こえる

国連安保理で中露が制裁決議に反対はせず、米国案をやや軽くしたものが通った。これが米国の一手前進だとか最後通牒だとか議論されるが、関係ない。プーチンの言うように彼らは雑草を食ってでも核開発はやめない。いまさらやめる理由がないからだ。

一縷の望みは雑草を食ってるうちに軍部で空腹に耐えられずクーデターが起きることだが、オウンゴールを期待するのもいささかむなしい。思えばオバマの8年は民主党の3年以上に罪深いものだったのだ。リベラル路線で黒人が来て次は女性という見せかけの平等とグローバリズム。それがトランプの登場でひっくりかえった途端に北朝鮮の火薬庫に着火してしまった。

最悪なのは米国がプライドと国益を担保しつつ雑草魂に屈して条件付き対話路線に寄ってしまい、朝鮮半島が北によって統一されることだ。これは日本国民にとって永遠の悪夢である。のんびりモーツァルトなどきけなくなる。対馬から目視できるところに核保有国が出現するリスクをヘッジするには核保有で対抗する以外に手段はない。隣家のおっさんはライフルをぶっ放す癖があるけど本当はいい人なんです、ウチはセコム(注・別名を日米安全保障条約ともいう)入ってるし、銃なんて危険なものはいりませんでは済まなくなるだろう。

フランス人経済学者で欧州復興開発銀行初代総裁でもあったジャック・アタリの「21世紀の歴史」を読みかえした。大統領だったサルゴジが評価した本だ。個人の自由は人類最大限の価値としながら市場民主主義を経て利他愛に基づく超民主主義へという予測は、当時は面白かったが、今やどこの星の話だという感じだ。同書は2008年刊行だが、たった9年で世界は大きく反転してしまったわけだ。

上掲ブログに皮肉ったが、将軍様はかつての日本軍プロパガンダを踏襲しているとさえ思える。ABCD包囲網ができたらやっぱり踏襲するのだろうか?白人の作った国際秩序が地球の正義であるのか?昭和27年の我が国の独立が70年の時を経てどういう着地を迎え得るのか、退路を断たれた選択の時期が近づいてきている。

 

 

(こちらへどうぞ)

西表島(いりおもてじま)紀行

噛まないライオン(米中もし戦わば)

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マーラーの墓碑銘

2017 SEP 10 12:12:03 pm by 東 賢太郎

「私の墓を訪ねてくれる人なら私が何者だったか知っているし、そうでない人に知ってもらう必要はない」と語ったグスタフ・マーラーの墓石(右)には名前しか刻まれていない。作品が語っているし、わからない者は必要ないということだ。去る者追わずの姿勢でも「やがて私の時代が来る」と宣言した堂々たる自信は畏敬に値する。

冒頭の言葉の墓をブログに置き換えて死にたいものだと思う。昨今、一日にのべ 2,000人ものご訪問をいただくようになってきてしまい、普通はなにか気の利いたサービス精神でも働かせるのだろうが僕にエンターテイナーの才能はない。何者か知っている方々だけが楽しんでくださればそれ以上は不要だ。

マーラーがスコアに「足音をたてるな」と書いたぐらい、僕は部下への指示が細かくてしつこかったと思う。理由は信用してないからだから言わない。しないと何をすべきかわからない人にはなぜかを説明するが、そういう人は得てしてそうしてもわからない。より平易にと親切心で比喩を使うと、主題転換の方に気を取られてますますわからなくなる。よって面倒なので、自分でやることになる。

マーラーを聴くと、そこまで僕を信用しませんか?それって、そこまでするほど重要なことでしたっけとなる。そして部下も僕をそう嫌ってるんだろうなと自省の念すら押し付けられて辟易し、音楽会が楽しくもなんともなくなってしまうのだ。ボヘミアンを自称したコンプレックスを断ち切ってウィーンの楽長まで昇りつめたエネルギーの放射と自信はすさまじいが、灰汁(あく)を伴う。

ショスタコーヴィチはマーラーの灰汁を彼自身のシニシズムと混ぜ合わせてスターリン将軍様に見せる仮面に仕立ててしまった賢人である。革命後の1920年代より一貫して第一線に立ち続けることができた芸術家は彼以外にほとんどいない。招かれざる個性だったがその陰に隠れた怒りのくどさも格段で、仮面がだんだん主題にすらなる。交響曲第13番は「バビヤールには墓碑銘がない」と始まるが、「私の交響曲は墓碑銘である」と語ったショスタコーヴィチの墓には「DSCH音型」(自分の名の音名)の墓碑銘がある。

僕は自分の音楽史の起源にある下のブログを書いていて、ネルソン・リドルのスコアに偶然かどうかDSCH音型があるのに気づいた(hが半音低いが)。

アンタッチャブルのテーマ(1959)The Untouchables Theme 1959

こういう、人生になんら影響のないことに気が行って、気になって眠れなくなるのをこだわり性格という。こだわりには人それぞれの勘所があって万事にこだわる人はまずない。芸術家はすべからくそれであって、そうでない人の作品にこだわりの人を吸引する力などあるはずがない。

例えば僕は猫好きだが子猫はつまらないし毛長の洋ものは犬ほど嫌いだから猫好きクラブなど論外である。生来の鉄道好きだが、勘所は線路と車輪のみでそれ以外なんら関心がないから今流の鉄オタとは遠い。原鉄道模型博物館に感動してこのブログを書いたのはわけがある。

原鉄道模型博物館(Splendid Hara Railway Museum in Yokohama)

車輪のフランジへのこだわりは書いた通りだが、書いてないのは「音」だ。線路と車輪は普通は安価で錆びず持ちがいいステンレスで済ますが継ぎ目を車輪が通過するカタンカタンの音が軽い。原信太郎氏は原音にこだわって鉄を使っているのである。そんなことは普通の客は気にしないし気づきもしないだろうが、僕のような客は気にするのだ。

バルトークの息子ペーテルが書いた「父・バルトーク」(右)に「なぜレールの継ぎ目で音がするの?」とカタンカタンのわけを質問したくだりがあって、父は線路と車輪を横から見た絵を描いて(これが実に精密だ!)、音の鳴る原理を克明に息子に説明しているのである。原信太郎氏はこれを見たかどうか、もし見たなら同胞の絆と膝を打ったに違いない。僕はバルトーク氏も原氏も直接存じ上げないが、心の奥底のこだわりの共振によってそれを確信できる。上掲ブログはあえてそう書かなかったが、それが2014年、3年半前の僕だ。いま書くとしたらぜんぜん違うものができていただろう。

原氏のこだわりの類のものを見ると、大方の日本人はこれぞ匠の技だ、我が国のモノづくりの原点だとなりがちだ。そうは思わない。ヨーロッパに11年半住んでいて、精巧な建築物、構造物、彫刻、絵画、天文時計などジャンルに数限りないこだわりの物凄さをたくさん見たからだ。クラシックと呼ばれる音楽もその最たるもののひとつだ。僕は洋物好きではない、精巧好きであって、それは地球上で実にヨーロッパに遍在しているにすぎないのである。

さて、マーラーの墓から始まって僕のブログはレールの継ぎ目の話にまで飛んでしまう。計画はなく、書きながらその時の思いつきを打ち込んでいるだけだ。アンタッチャブルは出るわ猫は出るわで常人の作文とも思われないが、こういう部分、つまり主題の脈絡なさ唐突さ、遠くに旅立つ転調のようなものがマーラーにはある。そして僕は、それが嫌だからショスタコーヴィチは好きでもマーラーは嫌いなのである。

 

ショスタコーヴィチ 交響曲第4番 ハ短調 作品43(読響・カスプシクの名演を聴く)

マーラー 交響曲第8番 変ホ長調

 

 

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交響曲に共作はない

2017 SEP 9 3:03:04 am by 東 賢太郎

今取り組んでいる仕事を一言でとなると表面的にはアドバイザーだが日本語の顧問とはちがう。何かをアレンジする「アレンジャー」「コーディネーター」が近いが、ぴったりの日本語はない。黒幕?仕掛け人?それだとどうもイメージがいただけない。二つの組織をマッチングするから「仲人」のようなものだろう。史上最大の例は薩長をくっつけた坂本龍馬だというような性質の仲人と言ってしまうと放言に聞こえようが、冷静に見てそうは外れていないようにも思う。

もし上手くいけば、僕の人生最大の仕事になるだろう。かつてしたファイナンス案件は何千億円と巨大だが、名刺には野村やみずほの肩書があった。今はそれがなく、戦艦大和の乗員でなく一介の漁船の船員にすぎない。定年後の第二の人生とさえ見られるがとんでもない、僕は定年になったことはない。第一の人生継続中なのは、朝鮮戦争が終戦ではなく休戦状態で現在も戦時中であるから北朝鮮がファイティングポーズにあるのと同じだ。戦艦だろうが漁船だろうが俺が指揮すれば同じというプライドだけは死ぬまで枯れない。

プライドというのはこの年齢になると大いに邪魔である。しかし邪魔なのは細々とすがって余生の心の居場所を求める類のプライド、つまり、自分だけはあったと信じこんでいる昔の肩書・業績、昔の美貌、他人様にはどうでもいい学歴、家柄、資産、勲章のようなもので、そんなものは今どきの世で誰も尊敬しなければ興味を持ってくれもしない「カビの生えた在庫」である。バランスシート(貸借対照表)に何があるかなどまったく問題ではない、インカムステートメント(損益計算書)を他人様は見ているのである。要は「あなたは何ができますか?」「何を生み出してますか?」だ。ここは年齢なんてさらさら関係ない。

いまの仕事は自分の得意技であって他人に負けるはずはなく、もしこれで失敗したら僕は自ら引退勧告を出す必要がある。トスカニーニがタンホイザー序曲の指揮中に記憶が飛んでそれをしたようにだ。僕の事業にはオーケストラも連弾するピアニストもいない。合奏や合唱は複数の人でするし小説やドラマだって共著、共作というのはあるが、交響曲を二人で書きましたというのは聞いたことがない。いけないという決まりはないが、ギルバート・サリヴァンのオペラが何となしに軽い気がする如く、その手法は交響曲という根本概念に著しくそぐわない感じがするのである。この仕事は同じく全部を一人の頭でやらなくてはならない性質のものだから僕には向いているが、気を休める間は皆無である。

坂本龍馬もきっとそうだったと想像している。交響曲の構想は彼の頭だけにあって、彼を襲った者だけが知っていて、それは彼が曲を完成したら不利益になる人間であって、動機を明かすと犯行がばれるからお墓へ持っていった。だから下手人が不明なのではないかと思う。そんな大袈裟なものではないが、僕もこのプロジェクトについて一切を語ることは許されないのはインサイダー情報だからという法的な理由ではなく、交響曲だからだ。弁護士、会計士、税理士などに意見を仰ぐが、それは各楽器のパート譜のテクニカルなご相談にすぎない。

信長が失敗したのは、それを側近に話したか悟られたからだ。少なくとも秀吉は信用し、話したのではなかろうか。本能寺に丸腰でいるという機密情報を知っていた下手人は明智とされているが秀吉黒幕説もある(「本能寺の変・秀吉の陰謀」井上慶雪著など)。明智でないとするなら、真相を知る何万の兵の口を日記、家伝の類にいたるまで永遠に封じるパワーのあった者でなくてはならず、北の将軍様だってできそうもないそんなことをできた者は次期政権を握って歴史を意のままに書けた秀吉以外であることは蓋然性としてあり得ないであろう。

しかし構想が大事であればあるほど「わかる奴」が欲しくなる。それを見事に演じつつ道化に徹して警戒を解き交響曲の全貌を信長から引き出した秀吉という男は恐ろしい。上掲書によれば本能寺の変という交響曲を書いたのは秀吉で、騙されそそのかされた明智が本能寺に攻め込んだ時には信長は秀吉の手配した軍勢によって殺害され首も胴体も持ち去られていた。だから明智が焼け跡を探しても出なかったのであり、そこに攻め入ったことでまんまと秀吉の計略に嵌って下手人に仕立てられてしまった。全貌を誰にも語らなかった秀吉が勝った。

それを家康は見ぬいていたと僕は思う。秀吉を一族ごと抹殺はしたが、秀吉は「主を討った明智」を誅した忠臣に偽装されているからそれを討つことに正義はなく、家康の選択は東照宮を建立して神になり子孫の繁栄を担保することだった。朱子学を武士に学ばせ幕府統治の精神的支柱となして200余年の権力掌握に成功するが、結局はその朱子学が「王者」の下とする「覇者」が幕府であって皇室(王者)をたてるべし(王政復古)となり幕府は滅びる(逆説の日本史12 近世暁光編/天下泰平と家康の謎、井沢元彦著)。江戸幕府は家康の一世一代の大交響曲であったと思う。

話はますます大仰になってしまったが、僕の頭では毎日交響曲ができつつあり、楽想が錯綜してほどけないまま寝てしまい、朝になってほどけそうになっていて、それが完全に解けるまで目が覚めてるのに1時間も布団にはいったままじっとしていることもある。それをどう思うとピアノで弾いて聴かせるようなまねは家族にだって絶対にしない。パート譜は配っていくが、それが合わさるとどういう音楽になるかはお見合いする二人を含めて誰も知らない。

 

秀次事件(金剛峯寺、八幡山城、名護屋城にて)

 

わかる奴が大事

脳は寝ない

経営者は指揮者であるとともに作曲家である

 

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クラシック徒然草《音大卒は武器になるか》

2017 AUG 29 20:20:05 pm by 東 賢太郎

『「音大卒」は武器になる』(大内孝夫著、武蔵野音楽大学協力)という本があって、なんの武器かと思ったら「音大生こそ就職を目指せ!」とある。その通りで、法学部を出てもサラリーマンになる僕のような者も多いのだから音大卒が就職しても何らおかしくない。米国のMBAコースには楽器の名人がいたし、スイスの社員にはジュリアードのオーボエがいて仕事も優秀だった。

企業の採用面接で「あなたの長所は何ですか?」「それが当社にどう貢献しますか?」と質問して、傾向と対策で覚えたような回答だと「十把一絡げ」のお仲間だ。「22年の人生経験で飯が食えると思ってませんが」と断ったうえで「私はコンチェルトが弾けます」でいいんじゃないか?

ブランド大学で全優の子と母子家庭でバイト先のラーメン屋を満員にした子が最終面接で残って、後者を採用した僕のような面接官は少ないかもしれないが、何かを深くやった人は語れるものを持っている。もっと聞いてみようと思ってもらえるのではないか。

逆に音大出ではない(そういう学校がなかった昔まで入れてだが)、あるいは音大も行ったがそれ以外の教育も受けた音楽家のケースを見てみたい。以下のように少なからずいる。「親に言われていやいやで中退」がほとんどだが、博士号まで取ったカール・ベームやゾルタン・コダーイもいる。

 

A-1群

テレマン (ライプツィヒ大学)、ヘンデル (ハレ大学)、レオポルド・モーツァルト (ザルツブルク大学)、チャイコフスキー (ザンクトペテルブルク大学)、ストラヴィンスキー (ザンクトペテルブルク大学)、シベリウス (ヘルシンキ大学)、シューマン (ライプツィヒ大学・ ハイデルベルク大学)、シャブリエ(リセ・インペリアル)、ショーソン(不明)

A-2群

ハンス・フォン・ビューロー(ライプツィヒ大学)、カール・ベーム(グラーツ大学・博士号)、朝比奈隆(京都大学)、フリッツ・ライナー(不明)

B-1群

グルック(プラハ大学・哲学)、コダーイ(ブダペスト大学・哲学、言語学、博士号)、ベルリオーズ(パリの医科大学)、ボロディン(サンクト・ペテルブルグ大学医学部、首席)、リムスキーコルサコフ(海軍兵学校)、バラキレフ(カザン大学・数学)、ブーレーズ(リヨン大学・数学)、ヴォーン・ウィリアムズ(ケンブリッジ大学文学)、冨田勲(慶應義塾大学・文学)、柴田南雄(東京大学・理学部)、湯浅 譲二(慶應義塾大学・医学)、諸井三郎(東京大学・文学)、三善晃(東京大学・仏文)

B-2群

ニコライ・マルコ(ペテルブルク大学・哲学、歴史、語学)、アンセルメ(ソルボンヌ大学、パリ大学・数学)、近衛秀麿(東京帝国大学・文学)

 

A群は法学部、B群はそれ以外であり、1は作曲家、2は演奏家である。これが全員ではないが著名な人はほぼ調べた。「作曲家」が多く、学部は「法学部」(親から見てつぶしがきくからか)が多い。これだけいやいや法学の道に入ってやっぱり音楽だと頓挫した人がいると、はるかに低劣な次元でやっぱりと遊んでしまった自分がちょっとだけ救われる気もするが、やっぱり大きな勘違いだ。

演奏家はすべて指揮者だ。声楽家、器楽奏者がいないのは①早期教育しかない(弟子入りしてしまう)②神童で教育は必要なかった③親の経済状態が許さなかった、のどれかだろう。①はもっともなのだが、リストの娘婿で全欧で1,2を争うピアノの名手だったハンス・フォン・ビューローのライプツィヒ大学法学部は驚異で、しかも彼はピアノより指揮者で名を成した。数学者か指揮者か迷ったアンセルメ、優等で卒業して高級官僚になったチャイコフスキーはいやいや組ではない。首席卒業だった化学者ボロディンには作曲はサイド・ジョブだった。

レオポルド・モーツァルト 。鳶が鷹を生んだのではなく、これだけインテリの親父が全面家庭教師になって大天才が生まれた。共同事業の「アマデウス・プロジェクト」だったようにも見えてくる。作曲は理系学問と親和性があるように見えるし、作曲と指揮は晩成の要素もあるとも思う。とするとケッヘル100番あたりから晩年とクオリティがあまり変わらないアマデウスが群を抜いた真の天才とわかるし、それでも6才で指揮の天才ではなかったことも納得だ。

僕は音大生がうらやましい、こんなすごい人たちと同じことを深堀りしてきたのだから。時間があったら今からでも入りたいぐらいだ。音楽を生むのは高度に知的な作業であり、人間観察力も協調性も必須であって、それでいて健全な自己顕示欲とアピール力も必要である。満場の人前での演奏は度胸だっているではないか。そんな高度なものを深掘りした経験はガリ勉優等生など遠く及ぶものではない、音大の皆さんは大いに誇って当たり前なのである。

思えば僕は大学時代にいまの音楽知識のほとんどを覚えたし、四六時中聴いてもいたから、試験前しか勉強しなかった法律との時間配分では音大にいたようなものだった。それを見ていた母はのちに家内に、あんなに好きと思わなかった、音大に行かせた方が良かったかしらと言ったらしい(行かなくてよかったのは本人がよく知っているが)。

つまり僕は音大生が証券マンになったようなもので、親に仕切られていやいや法学部に入ったロベルト・シューマンをその一点だけにおいては同情もし、最後はヴィークの弟子になって親を振り切った勇気を尊敬もしている人間だ。音大から今の道に進んでも同じほどやった自信はあるし、その場合、ピアノまで弾けていたわけだから損したなあと思わないでもない。音大生のみなさん、自信を持って人生切り開いてください。

 

僕の人生哲学(イギリス経験論)の起源

 

評価をダウンできる5つの法則

 

 

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モーツァルト 「 キリエ  ハ長調 K.323」

2017 AUG 24 22:22:58 pm by 東 賢太郎

モーツァルトの最高傑作のジャンルが何かという問いはあまり意味がないだろう。彼が手を付けたが傑作は残さなかったというジャンルはないからだ。彼も人の子であり、創作のモチベーションが高い所に傑作が生まれるという法則から完全に自由だったわけではないが、やっつけ仕事ではあっても駄作を生んで済ますことのできる性格ではなかったとも思う。

我が国において宗教曲というジャンルは難儀だ。J.S.バッハのマタイ受難曲やロ短調ミサ曲が名曲であることは何人たりとも認めるしかないが、ではその根拠はと問われると説明に窮する。それらがキリスト教の葬儀や典礼の音楽だからだ。逆にキリスト教徒が仏教の典礼に参列して読経を聴き感動したと言って、我々がどこまでその人の言葉にシリアスに向き合うかということを考えればわかる。文化に国境はないだろうが、宗教が介在すると別な境界が出てくるのである。

その境界は西洋音楽の歴史にも内在している。音楽そのものが宗教とは別個に人間に与える生理的な快感として認知され、教会という宗教スペースから外界に出て独立し世俗化していく起点をかなり遅めのJ.S.バッハ(バロック期)としても、音楽が民衆のものとなる起点であるベートーベンの時代に至るまでは100余年を要しているからだ。

古来より民衆の間に娯楽として存在した歌、俗謡、シャンソンなどが権威づけを補完する道具として宗教に取り込まれ、当初は単旋律であった(例えばグレゴリオ聖歌)が教会という空間に放り込まれると物理現象としての和声、ポリフォニーが知覚され、理論化されていったのである。和声、ポリフォニーの喜びが民衆(といってもまずは貴族だが)に認知されて外界へ出たところに我々が呼ぶクラシック音楽というものが形成された、というのが我々の教わる音楽史である。

この考えが誤りであることは石井宏氏が著書「反音楽史(さらばベートーヴェン)」で鋭く看破されている。音楽後進国であったドイツはオペラ、声楽などでイタリア音楽を受容したが、イタリア音楽はギリシャ悲劇を再現して音楽を付けた劇(オペラ)とともに発展し、イタリアの教会音楽の音楽家はイタリア人でなく多くがフランドル、ブルゴーニュの出身者だった。バロック時代に教会が音楽理論化への「培養器」として機能したのはドイツであったが、それが音楽史の起点であるかのようにバッハを「音楽の父」と讃えてしまうのはルネッサンス以降のイタリアの歌の興隆を歴史から消そうと試みるものだ。バッハはプロテスタントの一派であるルター派の信者だが、あたかも音楽においてもプロテスタントがカソリックを否定しに行ったとさえ感じられる。

カソリックであったモーツァルトがバッハを知ったのはウィーンに出てからだったのはそんな時代背景があるからだ。ウィーンもザルツブルグもカソリック、イコール、イタリア音楽であり、モーツァルトが初めてウィーン訪問した時の宮廷楽長ジュゼッペ・ボンノの本名はヨーゼフ・ボンだった(上掲書)。オーストリア人のボンはイタリアに留学した。うだつのあがらないドイツ人を捨てるために名前をイタリア風にして「イタリア男」として戻ってきてポストを得ることに成功したのだ。そんなウィーンでオーストリア人のモーツァルトに地位を脅かされるとは考えてもいなかったろうサリエリがリスクを冒して暗殺を試みるというプロットは小説としても奇なり過ぎる。

ザルツブルグのモーツァルトの宗教音楽がいまひとつ評価の高くない地位にあるのは、田舎者のモーツァルトが大司教(地方都市のカソリック教会権威の代表)のサラリーマンとして不承不承に書かされたというイメージが定着しているせいもあるだろう。それが嫌でウィーンに飛びだしたのだからモチベーションが低かったのは事実だろうが、実はモーツァルトにおける宗教音楽は僕の最も好きなジャンルの一つなのだ。それもウィーン時代に書かれたハ短調ミサ、レクイエムといった有名曲だけでないザルツブルグ時代の10-20代の作品においてもだ。

声楽アンサンブルは無上の喜びであってオペラもアリアより合唱、重唱の部分が好きだ。もちろんJ.S.バッハやヘンデルのポリフォニックな声楽曲は何でも聴くが、モーツァルトのそれは対位法の精度は高くないものの後年の作品群に投影、結実されていく語法の萌芽が明確にあって興味が尽きない。むしろモーツァルト好きがこれを聴いて喜ばないならモグリだろうという音楽がぎっしり詰まっているのである。

私事だがこの趣味は、ビートルズから来たものだと思っている。若いころあれだけ聴いたものが残ってないはずはない。声楽(3声、4声)で生み出す純正調のハーモニーの快感は忘れがたく、カーペンターズを経て和製ポップス(荒井由実、ハイ・ファイ・セットetc)まで同じものを見出した。その好みがモーツァルトのミサ曲で「共鳴」したと書いたら奇異だろうか。自然にそう思えるのは、ロンドンやチューリッヒやウィーンで教会に入り浸ってみて、そこに生まれてれば讃美歌で入門してたと感じた、そのかわりがレノン・マッカートニーのハモリだったというだけだからだ。

宗教曲は少なくとも西洋音楽のドイツにおける進化のルーツとは言えるのであって、ドイツ音楽を楽しむ人間がここを鑑賞の本丸とすることはまったくもって正道である。仏教徒が聴いてわかるのかという疑念は、キリスト様の血と肉であるワインとパンを毎日おいしくいただいている我々には不要だろう。ましてロックから近寄ってしまった僕にとって、教会とは最高の残響とアコースティックを提供してくれるコンサートホールに思えないでもない。

余談だが西洋音楽のドイツにおける進化のルーツをJ.S.バッハの教会音楽に置いたのがシューマンとブラームスだ。だから彼らは保守本流意識があり、ワーグナー、ブルックナーと対立したのだ。ブラームスは4番のパッサカリアにバッハを引用した。

ベートーベン ピアノソナタ第29番変ロ長調「ハンマークラヴィール」 作品106

シューマンの3番は第4楽章が「教会の中」、第5楽章が「そこを出た喜び」という構図で解釈でき、その証拠に第4楽章にバッハの平均律第一巻ロ短調の引用がある。「ライン交響曲はルソーの自然回帰への賛歌という側面があり」と書いたが

シューマン交響曲第3番変ホ長調作品97「ライン」(第4楽章)

本稿のコンテクストから述べるなら、「教会という培養器を出た音楽が人間の喜びを表す様を主題とした音楽」「ロマン派の開花に至る来歴を刻印した音楽」がライン交響曲だということもできよう。

モーツァルトの宗教曲には超ド級が多くあるが、まず衝撃を受けたのはこれだった。キリエ  ハ長調 K.323である。レネ・レイボヴィッツがウィーン国立歌劇場のオケと合唱を指揮した演奏に脳天を直撃され、何度聴いても耳がダンボ状態のまま釘づけになってしまう。そのCDを自分でアップしたので、ぜひ皆さんも味わっていただきたい。4曲入ってるが、第1曲がそのK.323だ。

この曲は出自が不明でスコアは未完であるためにK.Anh.15/323 とされ、死後に友人の音楽家マクシミリアン・シュタードラーが完成させている。このCDではRegina Coeli K.Ahn118 と誤ってクレジットされているがそんな曲はなく、1879年の Breitkopf & Härtelのスコアを見れば同一の曲であるのは明白である(ご興味ある方はPetrucciにあるのでご自身で確認していただきたい)。

ついでに第3曲 テ・デウム  K.141 の終結部の素晴らしいフーガもお聞きいただきたい。ジュピターのそれが素晴らしいだの奇跡だのと騒ぐのが的外れに思えてきて白けてしまう13歳の少年のこの腕前は何なのだろう?K.141はミヒャエル・ハイドンの作品をモデルに書いた譜面を父レオポルドが添削したと言われるが、そうではあってもこれが習作に聞こえることは一切ない。

キリエ  ハ長調 K.323は母を亡くしたパリ旅行からザルツブルグに戻ったころ(1779年)の作品と信じられてきた。そこには同じほど完成度の高い戴冠式ミサがあるのだから不思議ではないが、楽譜のX線による年代測定をしたA・タイソンの研究によるとK.323は1787年に使われた五線紙に書かれており、86年12月から89年にかけて書かれたことになる。となると、これをお読みいただいた方は「あの頃」の音楽であることがお分かりになると思う。

「さよならモーツァルト君」のプログラム・ノート

父に断られて念願のロンドン行きを断念し、持っていくつもりだった交響曲は「プラハ」になってしまったあのころだ。父が亡くなり、ドン・ジョバンニを書いた。そして翌88年に戦争となってオペラ需要は激減し、忽然と「三大交響曲」が出現するのである。そのあたりでモーツァルトの脳に降ってきたK.323が凡俗の脳天を直撃したとしても宜(むべ)なる哉だ。

彼がグルックの死で空席となったウィーン宮廷作曲家の職を得たのは1787年12月のことであるが、報酬はきわめて低く、そのうえ仕事は毎年冬期間の舞踏会用のつまらないダンス音楽の作曲だった。タイソン説が現れると「87年以降に教会での定職を得ようとして宗教音楽の作曲を試みていた」と考えられるようになったのはごく自然なことと思われるが、それにしてもウィーン宮廷はイタリアかぶればかりだったのか、彼をいじめたかったのか、嫉妬するなど人品骨柄レベルが低かったのか。

こういう細かい事実の検証が常にモーツァルトの人生は不幸であったというベクトルに収束してまう。彼に対するぞんざい極まる扱いと、音楽のクオリティの異常な高さのギャップは人間というものの不条理を後世が学ぶ良い題材だが、そこに数々の都市伝説が生まれてしまうのは別の意味でまた不条理を教えてくれる。

 

モーツァルト都市伝説

 

 

 

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ホリエモンの「多動力」と「独りぼっち」の関係

2017 AUG 16 18:18:45 pm by 東 賢太郎


堀江さんには悪いが僕はこの本を買ってない。僕はバカな人の本は読まないがそうではない、本屋でさっと目次を見てそれでわかってしまうぐらい僕が日々していることで、これからやろうとしている大計画でもあるからだ。

「多動力」とは何か。それは、いくつもの異なることを同時にこなす力のことを言う。IоTはありとあらゆる「モノ」がインターネットとつながっていくことを意味する。すべての産業が「水平分業型モデル」となり、結果〝タテの壁〟が溶けていく。この、かつてない時代に求められるのは、各業界を軽やかに越えていく「越境者」だ。そして、「越境者」に最も必要な能力が、次から次に自分が好きなことをハシゴしまくる「多動力」なのだ、と彼は書く。まったく同感だ。

昭和世代の特に役所や大企業のエリートでなるほどと思う人はいても実践してる人は少ないだろう。僕がこう書いたのは伊達や酔狂でも独りよがりでも何でもない「独りぼっち」が独り勝ちの時代)、意図してではないが気がついたらネット社会の恩恵をフル活用していたのであって、自分が管制塔になって指示を飛ばすという「経営という作業」にこれが最も効率的だった。それは、書いたように、便所掃除をしながら経験的、実験的に、帰納的に知った。

僕の仕事はスマホさえあればワイキキ・ビーチでも野球場でもトイレでもどこでもできる。だから「会社」や「事務所」は実は要らない。ということは通勤時間が無駄だから理想的なのは家であり、自宅の一部は執務室にして朝方と土日休日はそこで仕事している。「独りぼっち」と書いたが弁護士、会計士、税理士らがいて、彼らはパートナー(社員ではない契約でつながった仲間)と呼ぶ。各々の専門分野で彼らが信用できるから僕は構わず大事な部分に鋭く集中できるというWIN-WIN関係だ。

第1章 1つの仕事をコツコツとやる時代は終わった
第2章 バカ真面目の洗脳を解け
第3章 サルのようにハマり、鳩のように飽きよ
第4章 「自分の時間」を取り戻そう
第5章 自分の分身に働かせる裏技
第6章 世界最速仕事術
第7章 最強メンタルの育て方
第8章 人生に目的なんていらない

以上が目次。まったくその通りだ。重厚長大企業で儒教にそまって論語だ師の教えだで育った人には宇宙人だろう。しかし宇宙は物凄い勢いで膨張する。

・自動運転が進めば、もはや自動車の形である必要はなくて、ただの移動するイスになるかもしれない。そのとき、自動車業界もインテリア業界もタテの壁はなくなる

・フジテレビのライバルは日本テレビではなく、恋人からのLINEになる

・あらゆる産業のタテの壁が溶けていけば、今までの経験や肩書きは通用しなくなる

・「越境者」に最も必要な能力が、次から次に自分が好きなことをハシゴしまくる「多動力」

・「1つの仕事をコツコツと」では負け組になる

・80点取れるものをいくつももっている人が強い

・一流の寿司店になるための情報や技術などは専門学校でちゃちゃっと身につけてしまうことができる

・これからは旧態依然とした業界に「オープンイノベーション」の波が来て、情報それ自体の価値はなくなる

・僕の代わりをしてくれる人はどこにもいない。だからおもしろい仕事があちこちから舞いこむ

彼も「お独り様」なのだ。

(注記)

堀江さんの考え方には同期できるものが多いが、注意すべきは彼は非常にスマートな頭脳の持ち主で実体験的な教養の持ち主でもある。そのまま鵜呑みに真似て誰でもできるものではない。それが可能になって20代の諸君が時代から振り落とされないためには、まず「教養」を身につけることだ。それがどうやって身につくか、それは一概に言えないし僕にもわからない。手探りで苦労して求めてみるしかない。少なくとも読書であり、テレビを見ている暇などはないだろう。

 

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僕の人生哲学(イギリス経験論)の起源

2017 AUG 5 17:17:37 pm by 東 賢太郎

「リヴァイアサン」を書いたトマス・ホッブズ(1588 -1679)の政治哲学は気に入っており、去年だったかこういうブログを書いた。

いや~、そうはいっても、オカマもいますからね

東大は文Ⅰに入ると駒場の教養学部でまず法学概論という必修科目があって、定年退官する教授が後進に法とは何ぞやを説くことになっている。僕らの先生は国際法の高野雄一(1916 -2004) で、だからだろうか国際法の起源となる自然法の法理のようなものから習った。法学にはさっぱり興味がわかなかったのは僕の罪で先生には申し訳なかったが、読んでみた書物ではホッブズの人間(ミクロ)の悪しき習性を人工的な国家(マクロ)で統御する原子論的、理系的な考え方だけは大いに気に入り、影響を受けることになった。

リヴァイアサンは国家とは何ぞやを論じる。簡単に書けば、人間の自己保存欲は本能と認めよう(自然権)。すると生存に必要な物の奪いあいで喧嘩(暴力、戦争)がおきる。そこでみんなで自然権を我慢して(自然法)、一人に主権を委ねることを契約して国家を作ろうよというものだ。近代国家理論のルーツだ。自然法はオランダ人のグロチウス(1583 -1645)が基礎を作ったがこれは現代の国際法のルーツである。ローマ法に起源のある欧州の法理が神学と政治を断ち切ったのはほぼ江戸時代初期にあたる。

この自然権、国家(社会)契約説、ミクロの人間の平等主義が啓蒙思想の底流を成し、絶対君主制を突き崩してフランス革命、アメリカ独立など市民革命、英国の責任内閣制という政治制度に至るのは言うまでもない。革命というのは市民による権力者の大量虐殺の美名だが、それだけ血を流しても是とされた(消去法的ではあるが)のが近代以降の西洋の政治システムなのである。日本国はそれを採用しているのだから、妙なことがおきたら粛々と血で血を洗った基本原理に立ち帰ってモノを考えればいい。

政治家は我々国民が契約して主権を委ねているだけだ。馬鹿なことをしたら契約を解除する、要は即刻クビにすべきである。その仕組み(法律)と馬鹿かどうかの監視、情報開示機能こそが国民の平和で自由な生活ために必要なのである。日本の政治システム(法制)の最大の問題はそれがないことであるというのが僕の強い主張であり、法律を作る唯一の機関である国会にそれのできる議員をどう送り込むか、つまりそれをやるという人を当選させないとモリカケ事件は繰り返し、国家による隠ぺいや筋違いの国民監視社会化はだれが首相になろうが永遠に避けらないだろう。

1697年(65才)のジョン・ロック

トマス・ホッブズの路線にいたのがフランシス・ベーコン(1561- 1626)とジョン・ロック(1632-1704)だ。ロックのイギリス経験論(人間は生まれたときは白紙である)は僕の人生哲学のルーツといえる。人間は経験してないことはわからない(わかるはずがない)。よって軽々に語ったり判断してはいけないが、それでは社会で生きられないから、経験のない物事に対しては「類推」をするのだ。類推力は科学的思考力で補うのが合理的だが、そうする知力(インテリジェンス)を持てばよい。ロックはそこまで言ってないが、より良く人生を生きたいならばそうすべしがだんだんに僕の独断流となっていった。

だから大学や学部なんかなんでもいい。要諦は何かを本気で深く、徹底的にやるかどうかである。学問であれスポーツであれアートであれ何であれ、人並みでない深さ、例えば地面に100メートルの地下まで「穴」を掘ってみることを想像してみていただきたい。すると、その深さに到達しないと知り得ない温度、気圧、匂い、地層、音響、閉塞感、恐怖感などの未知なる発見があるだろう。あらゆる苦労と創意工夫をしてでも掘るという行為自体にも忍耐力にも替え難い経験があるし、大事を成し遂げた達成感が壮大なことはイメージできるだろう。それは10メートルしか掘ってない人には絶対にわからない。10メートルの穴を10個掘ってもわからない(イギリス経験論)。ジャンルは問わず、そこまで何かをやった人たちだけの特別なセレブ・ソサエティ「100メートル会」があると思ったらいい。学生時代はその会員になることを目指せばいい。

社会に出ると深い穴を掘る日々になる(それを世間は仕事と呼ぶ)。100メートルの経験がある人は、別な場所に穴を掘らされても、つまりその仕事に経験がなくても10メートルの人よりは「類推力」があるから20,30,40メートルではどうか、その先ではこうなるだろうとヨミが働く。だから失敗にも競争にも強いのだ。そこに、事例の個性を削ぎ取って一般化して論考する(そういう頭脳回路を作ってくれる)数学という「類推の最強の武器」があればさらにいい、若い人は徹底的に勉強することをお薦めする。

私事でいえば僕は野球と数学だけは自分の限界を見るまでやった。2つを比べれば野球であり、猛練習を死ぬかと思う寸前までやったのは僕の持って生まれた素材としては100メートル経験だった。その経験による類推によって、今度は証券業で100メートル掘った。そして今は、そこからの類推でアドバイザーをやっている。「仕事と野球と何の関係があるんだ?」という声が10メートル会から聞こえてくるのは自然なことだ。だから「100メートル会」の入会をお薦めするのである。

ちなみに音楽は好きだが経験がない。だから楽譜を読みピアノを下手でも弾いてみることで作曲家、演奏家について類推の小さな手がかりを作ってみる。聴くだけというのはどんなに高尚を気取ろうが印象という感覚的で皮相な理解しか導かないので、それを書物や評論やブログで文字にしたところで料理屋の食べ歩き記程度のものだ。英国人の本格的な音楽評論に比べると、日本のそれは哲学不在のサブカルチャーの域を出ない。

万事そうやって徹底してイギリス経験論的に生きているから、僕の思い込みだけのことかもしれないが、自分の思想はうわべのものではない体に染みついたものだと自信をもって言えることは言える。「それが政治的な大人の意見というものさ」とはロンドン時代に僕に「穴掘り」の話を教えてくれた二回り年上のファンドマネージャー氏の言葉だ。オックスフォード卒。ちなみにベーコンはケンブリッジ、ホッブズとロックはオックスフォードに学んだが、彼によると英国のエリートにその思想は当たり前ということだった。

フランシス・ベーコン

ホッブズはフランシス・ベーコンの助手だったことがある。ベーコンは「知は力なり」の言葉で有名だが、彼がシェークスピアだったというそれなりに有力な説がある。シェークスピア氏は実在したが名前を貸しただけで、真の作者は何らかの理由で名乗れなかったと考える「シェイクスピア別人説」で、ベーコンのほかにクリストファー・マーロー(劇作家)、オックスフォード伯爵が候補とされる。知識人が寄ってたかって血眼に論争しているのは九州か畿内かの邪馬台国論議を思わせるが、こっちは4通りの仮説があるということだ。

このベーコンこそがイギリス経験論の開祖だ。経験論とは演繹法(一般論)の否定である。法則と信じられるものにはウソがあるかもしれない。だから観察と実験で確かめなさい、ひとつでもそうでない例が見つかれば法則なんかじゃない、単なるウソだ、捨てなさいということだ(帰納法)。それで正しかったら、それを法則と見る。それが論拠のある「類推」だ。ところが日本人は演繹に弱い、低学歴の人は世界的に弱いがそれを勘案しても先進国では世界最弱クラスだというのは、長いものに巻かれる社会性に加え、科学的(数学的)思考を重視しない(むしろ積極的に嫌う)国民性によると思う。

「常識」「井の中の蛙(かわず)」「昔からそうだ」「テレビでやってた」「みんな言ってる」「偉い先生の意見だ」でコロッと思考停止に陥る。科学的論拠より偉い先生を信用する(学歴詐称かもしれないのに)。テレビが解説に専門家やエセ科学者を呼んでくるのはそれにつけこもうとする計略だ。だいぶ前のこのブログに僕がイギリス経験論者である証拠がある(NHKスペシャル「STAP細胞不正の深層」の感想)。株の世界に40年いるので僕は人の言うことはまずは全部ウソかもしれないと思っている。帰納法で自分の中で観察と実験によって証明して初めて信じる。嫌な奴だが人生哲学は好かれるために持つのではない。

ベーコンは細密にロジカルで慎重な人で、信じるための観察と実験にだって誤解、先入観、偏見がつきまとうことも否定できないことを指摘した。それを「イドラ(idola)」と呼ぶ。英語だとアイドル(idol)だ。人間の認識の誤謬の元でそれににまどわされると思い込みや偏見ができてしまい、帰納法によっても真理や法則にたどり着くことは難しい。しかしそれを排することができれば科学は自然を支配することができるとしたのである

イドラは4つある。①種族のイドラ(人類一般に共通してある誤り。地平線にある太陽や月は「大きい」など)②洞窟のイドラ(個人の性癖、教育、狭い経験からくる見方の歪み)③市場のイドラ(社会の中で伝聞によりできる偏見、噂)④劇場のイドラ(権威や伝統を無批判に信じることから生じる偏見)である。これらがあれば帰納法もワークしない。詐欺師は全部を計略に使い、つけこむプロだ。政治家とテレビCMは②③④、いや最近の政治家は③(印象操作)か。マスコミは④文春砲は③を有効に使っている。ベーコンの類型化はイドラに騙されないための賢人の知恵だ。自分の判断に①-④が忍び込んでいないか考えるためのレファレンスであり、ちなみにこれがないという自信の持てない人は少なくとも株には手を出さないことをお薦めする。

ウィリアム・シェークスピア

「シェイクスピア別人説」の候補者3人の提唱者による議論(論拠)はwikipediaに詳しくあるのでご興味があれば読まれるといいが、さすがインテリ連中の議論で証拠らしきものもそれぞれあって説得力がある。しかし、確実なことは、そのうち2人、あるいは3人全員が偽物で論拠は大嘘なのだ。どれにイドラがあるか不明ということだから、結局はベーコンのイドラ論も実用性は疑問になってしまう。僕はシェークスピア=ベーコン説に惹かれるが、そうなると「彼ほどの頭脳の持ち主だ、何か暗号を残しているに違いない」と思ってしまう。これと一緒だ(エルガー「エニグマ変奏曲」の謎)。僕も②(洞窟のイドラ)の餌食になっているのかもしれない。

 

(こちらへどうぞ)

なんでもいいから井戸は深く掘れ(僕の教育法・その2)

脳は寝ない

脳内アルゴリズムを盗め

 

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時の流れを何かで埋めたい

2017 JUL 23 17:17:42 pm by 東 賢太郎

6月のように深い海の底へ沈んでしまうと、心を解きほぐせるものがそうあるわけではないことを知る。押し寄せてくる時の流れを何かで埋めたいが、どんなことをしてみてもなじまないことがわかってくる。お悔やみも慰めも魂に響かない。お定まりの暇つぶしである映画や小説はもとからさっぱり関心がないし、音楽はというと、今度は効きすぎてかえって危ないかもしれない。

サンフランシスコに出向いたはいいが、よし蟹でも食うかとフィッシャーマンズ・ワーフに行ってみると、なんで俺は昔こんなつまらない卑俗な雑踏に感激してたんだろうと嫌悪感がわくばかりで困ってしまった。心がどうもネガティブにはね返ってコントロールが効かない、どうしようもない。

つかの間の救いはY君が連れていってくれたナパ・バレーのケンゾー・エステートだった。丘の葡萄畑を望むフランス風のテラス(右)がいかにも素敵だ。これで樹木がマロニエなら最高なのだが文句は言えない。こういう風情の所で食事とワインというのが昔から人生最も好きなことの一つであり、知らず知らず雰囲気に浸ってしまった。

もうひとつ、阿曾さんがチケットを譲ってくださった野村万作の出る能・狂言というのが有難かった(国立能楽堂)。オペラだったらお断りしたい心境だったが能は初めてという薬味が効き、橋弁慶、船弁慶、曽我兄弟など話は知っている演目なのも幸いした。楽の音も景観もまことに異形、異界だが、600年前も前の人の情念が今も変わらないのがどこか心地までよくて、ふと眠りに落ちたりしながらも魂に響くものがあった。信長、秀吉を捉えたものが生死隣り合わせの美だったかもしれないと思いながら観た。証券用語の仕手、前場、後場が能からきたとは知らなかったが、相場も死がすぐそこにある世界ではある。

未だ不案内だが右の書物には目から鱗の思いだ。死が隣り合わせの中世は神、精霊、幽霊に出会う場が能であった。免疫学者で東大医学部教授だった著者は「私は理系の人間で能を見るときもどこか分析的になってしまう。しかしその分析を超えたところで一種の発見があり、科学の発見と同じく能の中のどんな小さな発見も例えようのない喜びである」と書く。文系的な人の書いた能の本はすべからく理解不能で、わけわからん説明を読むほど苦痛なものはないからこの出会いは福音だ。「間の構造と発見」の稿(本書はエッセイ集である)、ピエール・ブーレーズのリズム分析さながらに邦楽の「間」が図解(スコア)で定義されよくわかった。読む方も喜びである。

そして今、僕のピアノには長らくシューマンのピアノコンチェルトが置いてある。この曲の第1楽章、アレグロ・アフェットゥオーソは「速く、愛情を込めて」だが、なんと矛盾に満ちた指示だろう。二律相反するものを「間」をもって弾き分ける必要があるではないか。その間をとれるだけ成熟したピアニストがどれだけいるだろう。

第2楽章インテルメッツォをたどっていくとこういうのにぶつかる。

赤いほう、ヘ長調のメロディーがA、F7、B♭に、まるでエアポケットに入ったみたいに浮遊するのが不思議だ。そして青いところ、それが樹海に木霊したかのように木管がDm、Gmを2度さびしく奏でる!この不意に襲ってくる悲しい翳りはなんだ?この青からの4小節は無くたっていい、普通の作曲家まらまず最後から2小節目へ飛ぶのだろう。

以上コード記号を書いた和声は、子供の情景の「トロイメライ」であのふわっとした慕情に郷愁のペーソスを仄かにまぶした感じを醸し出すためにシューマンが工房で素材として用いたものだ。このインテルメッツォも同じ心情で書かれたものかもしれないと思い至った。

多田富雄氏が能に「発見」されたのは、音楽ならそういうものだろうか。氏は世阿弥の天才を説いているが、こんな音楽を書いたシューマンだって只事ではない。この協奏曲はいま僕の脳内に棲みついて次々と発見をくれているが、それをすればするだけ満足な演奏は遠ざかっていくから困ったものだ。そしてわかってくるのは、僕がどれだけこの曲が好きかということ。この大儀なときに心に入ってきて何もかも忘れさせてくれる、他のコンチェルトでは一向に無理なことであって、人生最も大事にしなくてはならないもののひとつだったのだということを思い知った。

 

独断流品評会 「シューマン ピアノ協奏曲」(その1)

 

 

 

 

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