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カテゴリー: 読書録

清少納言へのラブレター

2022 SEP 10 18:18:21 pm by 東 賢太郎

前の稿に書いたが、最近、「枕草子」を通読した。なぜそういう気になったかというと、安倍元総理の暗殺事件で、彼の「戦後七十年談話」を思い出したからだ。僕は愛する両親の生まれた国を当たり前に愛する日本人である。談話は至極共感したし、これを総理として公言するに相応の覚悟を決めたはずだと、彼の器の大きさを評価した。したことに是としないものもあるが、万能の人間はいない。そのような部分があることを針小棒大に批判し、自国を当たり前に愛する者を「右翼」と呼び、それはおかしいだろうとする発議を「陰謀論」と切り捨てることがまかり通るようになった情けない世相を僕は大いに危惧する。

この危惧は、しかし、2020年の米国大統領選の時にすでに発していたことは、この稿を先ほど読み返して確信した次第だ。

バイデンが隠しトランプが暴き出す秘密

僕は今もこの選挙は八百長と思っている。「ウソ」をついておいて、「これをウソだと言う奴はウソつきだ」にすり替える手法がある。➀証拠はない ➁隠滅の証拠もない ③よってウソつきは君である、という攻めの三段論法である。次いで、そのウソを「百回言えば真実となる」とすべくメディアがたれ流し、大衆に擦りこむ。バレそうになると「そういうことが行われた証拠はない」を➀として、再度論法を作動させ、洗脳済みの大衆に「君が言っているのは陰謀論である」と言わせるのである。これは商売ならマーケティング、政治ならプロパガンダと呼ばれる。

こうやって1年、2年と世界はだんだん目が慣れ、あのおじいちゃんを大統領と思うようになった。そして、いよいよ化けの皮が剥がれかかって替えもないままに中間選挙の11月が迫り来た。日増しにトランプが脅威に映り始め、だからFBIがフロリダの別荘にガサ入れしたりしているのだろう。以下はまったくの憶測だが、トランプは➀➁をつかんでいたが、裁判所までグルでトラップしようと狙っているのを知り手を引いたと思う。すると代わりに議会襲撃事件をでっちあげられ、作戦どおり「無法者」にされる。オズワルドが現れやすくなる。SNS封鎖などかわいいもの、この脅しは強烈だ。その半年後に安倍氏もなんやかんやで悪人仕立ての動きがあったが、辞任理由は身の安全だったんじゃないか。

内閣総理大臣経験者の襲撃による死亡は二・二六事件の高橋是清、斎藤実以来という重大事件であるのに、本件はwikipediaに早々に「安倍晋三銃撃事件」と「評価の固定化」がなされ(海外はすべてassassination、即ち「暗殺」である)いつの間にか統一教会問題にすり替わっている。「銃撃事件」は平成からこれまでに4件発生しているが、被害者が死亡した例はひとつもなく、軽微に見せる印象操作だろう。銃創、弾道、弾数の物理的矛盾の説明を奈良県警はしないが、そうではなくできないのだろう。まるで国を挙げて「早くなかったことにしたい」だ。これはいったい何なんだろう?裏で物凄いものが蠢いている思いに背筋が寒くなるばかりなのだが皆さんはいかがだろう。

経験しないとお分かりになりにくいかもしれないが、海外で10年以上も生活すると「美しい国、日本」が身に染みる。だから、僕は益々自由人にはなったけれども、同時にナショナリストにもなって帰ってきた。移民で国がない、自国を愛せない人をたくさん見て、日本人に生まれた幸せをかみしめたからだ。もう何年ぶりになるのかも忘れるほど以前に読んだ「枕草子」を読み返すことになったことは前稿に書いた。なぜそうしたかというと、古典の中でかつて最もストレートに心に刺さり、現代の日本人も変わらぬ千年前の美意識に感動した本であり、日本民族であることの誇りを感じさせてもらったからだ。それを守ってくれる政治家が日本国には絶対に必要だし、それを選ぶ有権者の我々が日本国の誇りを忘れてしまう体たらくでは国家の存続すら危ういと思った。それを僕自身が読んでもいないのでは、お話にもならないからである。

18世紀ごろの人口はロンドン80万、パリ50万に対して100万いた江戸は世界一の都市であったとされる。海外で僕はこれをアピールして日本の宣伝に努めたが、文化度は人口だけで決まるわけではないという気持も同時にあった。手前味噌の感じが払拭できなかったのである。しかし、江戸時代の800年も前から日本文化が世界に冠たるものであったことは、実にシンプルであって、「枕草子」と「源氏物語」を示せば Q.E.D.(証明終わり)なのだ。相手がインテリであるほど反論がない。 同時代の西洋や中国がどんな悲惨な状況であったか皆が知っているので、見事に納得されるからお試しになればいい。

それはそうなのだが、しかし、日本人の誇りというのはそんなに肩ひじ張ったものじゃない、もっと身近で、誰でもわかりやすいものなんじゃないかという気がしてきたのだ。それを教えてくれたのが「枕草子」だったというのだから話がちょっとややこしい。「これが千年前に書かれたんだ、どうだ凄い文明国だろう」も正しいことは正しいのだが、それは進化論という西洋の鋳型に当てはめた理屈である。「別に俺たちそんなの自慢する気もないよ、鋳型自体がどうでもいいからね、それよりね、悪いけどこれ、英語にならないんだ、日本語じゃないとね、千年前から俺たち同じ言葉を喋っていてね、そのまんま『いいね』ってわかり合えるんだ」。ナショナリストになったというのは、こういうことじゃないのか。

こういうものは「日本人の心の共有財産」だ。例えば食事を「いただきます」といって始め、「ごちそうさま」で終える。お辞儀をする。軽い会釈が無言の挨拶になる。家で靴を脱ぐ。元旦の「あけましておめでとう」で清新な気分になる。神社で手水舎で手と口を清め、拝殿で手を合わせると心が洗われた気分がする。こうした行為は作法として外国人にも英語で伝えることはできるが、気分までご指導はできない。ところが日本人なら子供でも当たり前のようにわかるのだ。そのどれもしない外国に住んで初めて、僕はそれが素晴らしいことだと気がついた。いつどうやって身についたんだろう?父祖が千年も大事にしてきたことだからといわれれば確かにそうなのだが、親にそうやって教わったわけでもない。思うに、それは「日本語」だろう。日本語を母国語として育てば「軽い会釈」のように自然と身についてしまうようなものではないか。

三保の松原が世界遺産の認定で、富士山を入れるが三保は除外するとなってひともめあった話があった。抗議するとドイツの代表団が絶賛してくれて通ったそうだ。あれで行きつけの鮨屋を思い出した。「ウチのことはお客さんが知ってるんで」で、ミシュランお断りである。この一言をきかせてあげたいと思ったからだ。なんでわけもわかってない西洋人の判定なんかを気にするんだろう。こうやって浮世絵は欧米に買い漁られてしまったのだ、馬鹿じゃないのと思う。それから三保の松原に行く機会があったが、別に広重を知らなくたって、あの美しさは日本人なら誰でもわかる。世界なんたら遺産に認定してもらわないと観光客が来ないという地元の発想はこれも日本的なるものの代表選手なのだが、清少納言さんなら「卑しきもの」に入れるだろう。金で買えるモンドセレクションとおんなじ感覚ならば鮨屋みたいに突っぱねたほうがよっぽど評価されるよっていうことで。

日本語を母国語として育ったからわかるものは、日本語のわからない外国人には理解できない。だから評価してもらう必要などさらさらない。

春は曙

この3文字で、さっき書いたすべての「父祖が千年も大事にしてきたこと」と同じものがぱっと閃かないだろうか?

西洋にギリシャ、ローマ、イスラムの文献というものはあるが、中世暗黒時代で文化は断絶しており、まして現代の基準でも秀逸なアートといえる次元で、感情の機微や息づかいまで肌に触れるが如く伝わる繊細な言語で「心」を伝えてくれる形式の文学というものがそもそもない。それが日本にあるというのは世界の奇跡のようなもので、これが世界無形文化財の筆頭でないならユネスコなんてものは存在価値すら疑うべきである。後述するが、それは天皇、朝廷の存在に依っている。皇室がいかにありがたいものかを思い知る。他国にそれはないのだから自明といえば自明で、この格差を書くこと自体が差別というかお気の毒であって、「卑しきもの」にされそうだからもうやめておこう。

僕に文学を論じる資格がないことはわかっている。恥ずかしながら、通して読んだのは今回が初めてで、しかも読んだのは現代語訳であるから読破したとはいえない。ただ、あたかも初めてドイツで「ニーベルングの指輪」を4晩かけて聴き通した際に感じたずっしりとした重みのようなものが今回の読後感にあり、僭越ではあるが、自分の座標軸の中で、自分の言語で位置づけてみたくなった。それには同書の訳者・校訂者である島内裕子氏からお知恵を拝借できたことが大きかった。さほどに氏が解説で主張されていることは新鮮だ。「枕草子」の時代は随筆という概念がないのだから《三大古典随筆》のひとつとするのではなく、「枕草子」と「徒然草」は『散文集』とした方が適切ではないか(「方丈記」は両者と異質なので)というものだ。広くアートとして俯瞰するなら、そうした括りは一般に技法、作法に準拠したもので(括る有意性があるかどうかは兎も角)、「古典」は言葉の定義自体が曖昧であるし、「三大」に主意があるなら音楽のドイツ三大Bと変わらず、そういうものと十二音技法を同じ知的空間で扱おうという者はいない。我が国の教育は、「枕草子」の名前は子供に暗記させて試験で点は取れるようにしても、価値を正当に評価して「読んでみたい」と思わせる本来の教育になってはいないのではないかと懸念するのだ。これをしていたら国はなくなってしまう。

では、氏のいう「散文集」とは何か。以下、同書解説から引用しておこう。

三十一文字の定型詩の集合である「和歌集」に対して、散文は書かれた内容によって、日記・紀行・物語・説話・軍記・評論など様々なジャンルがあり、一般に、ある作品はある一つのジャンルに分類されることによって、書棚であれ、心の中であれ、居場所を確保できる。それに対して「散文集」と聞いただけでは、輪郭さえも朧げで、内容のイメージが湧かないかもしれない。しかし、そのような文学常識から一旦離れ(中略)、「散文集」を「ひとりの人物が書き綴った、長短さまざまで、内容も多彩な、散文小品の集合体」と定義することによって、「散文集」こそが「和歌集」に対置可能な文学概念であり、文学全般を二分する、きわめて重要なスタイルであることが見えてくる。

素晴らしいと思うのは、氏の二分法が学会のセクト主義、すなわち業界人の伝統・しきたり・忖度・諂い・前例主義のごとき狭隘な視野から出た、読み手には一文の功徳もないポジショントークではなく、「枕草子」を楽しもうというユーザー側の立場から発露したものだと思われる点であり、それが文学全般を二分する学術的な意味あいまで持つならこんなに良いことはない。ここで氏は「連続読み」によって通読してこそ、「枕草子」が生成してゆく時間を、作者である清少納言と共有できる。その体験が、「枕草子」を読むことにほかならない、としているので、実際のそれをして、体験してみることが必須だと考えた次第だ。それは以下のくだりで明らかになっていた。

「散文集」は、物語のように明確な筋立てがないので、頁をめくって、面白そうな所をあちこち気ままに読んでも、差し支えはなさそうだが、やはり書物としてひとまとまりのものとなって伝来してきた以上、最初から最後まですべての部分に目を通すことが重要で、「連続読み」してこそ、その作品の魅力も深みも実感できる。「枕草子」を読むということは、散文を書く行為がもたらす自由の実体を、しかとこの目で見届けることであって、そこにこの作品を読む楽しみもある。ページを繰るごとに眼前に広がる景色は、新鮮な空気に満ち、花の香りや草の匂い、雨の湿り気。風の強弱までも、さまざまに描き分けている。清少納言は自分が書きたいことを、自分の言葉で、散文として書き綴った。このことが何より大切である。

読書にいちいち方法論があるとは思わなかったが、僕はこのたびのトライでその重みを味わわせていただき、心からの同感に立ち至った。同書解説の「『枕草子』の諸本と内容分類」によると写本は複数あり、章段の数や配列が異なるらしい。詳しいことは措くしかないが、以下に書くことは「島内現代語版」を通読した僕の感想ということになる。とはいえ、これを読むことは利点があって、原文に注釈を付すスタイルの本ではとぎれとぎれになる通読のテンポが、あたかも執筆当時の宮廷の読者になったかのような軽やかさで得られる。時間もかからないから僕のようなビジネスマンでも気軽に入れる。枕草子には、純文学的というだけに留まらず、「時間のアート」とでもいうべき、まるで音楽のような楽しみが見え隠れしていることを僕は発見してしまった。予期せぬ新鮮な題材、切り替わり、短文の小気味よいリズム、めくるめく変転する場面や登場人物、決然とした帰結。まるでハイドンのアレグロのようなのである。そう、清少納言が『パリピ孔明』みたいに令和の世に来ちまったら、まっさきにコンサートに連れて行ってハイドンをきかせてあげたい。

清少納言の存命中、想像するに、この書はいわば、天皇の后(中宮)である藤原定子のサロンの空気のライブ中継であったろう。父である藤原道隆の死という不幸によって運命は下り坂となり、父の弟で新権力者となった藤原道長から定子はいじめにあった。周囲の雰囲気は暗くて当然である。しかし、彼女は定子の弱みを悟られるような不遇の気配を一切外に気取らせず、あたかも日々は明るく、権力や余裕があるかのような強気、自由闊達を雄弁に発信するニュース・キャスター役を務めた。そう考えれば、第182段「中宮に、初めて参りたる頃」の出現の意味が分かる。枕草子の巻頭に来ても良い初出仕の思い出がなぜ終盤にさしかかるここにあるのかは不可解とされてきたようだが、清少納言は日々の仕事をしながら、まるでブログを書くように「枕草子」を制作しているのだ。サロンを取り巻く政治の雲行きの影響下で、無意識に書きたいタイトルが左右されることは、仕事をしながらブログを書く僕にとって日常茶飯事、「あるある」のひとつだ。文字数の多い同段は(定子の段はいつもその傾向があるが)、戦っている自分がただの女房ではなく、いかに中宮様ご一家の寵愛を受ける格別の身であるかを、我が身を滅ぼさんと企図する対抗勢力に示威する意図をもってここにあえて置かれたものに思えてならない。これに「ドヤ顔が不愉快」(第183段)、「地位ほど結構なものはない」(第184段)が続くのだからこの推理には結構自信がある(注:この2つは筆者の意訳)。

更に言うなら、僕自身も、そういうことを31年にわたるサラリーマン宮仕えを生き抜く過程で経験しており、「おらおら、私が誰かわかってんの?」が真意である第182段を読ませてしまうとこちらの窮状を察するわけだから、実は敵を利するだけになるということまで心配してしまう。全体の4分の3の道のりの時点で、もう彼女は実は盤石でないように見える。それを悟って、千々に乱れた心をおさめようと、「風」に投影したのが第185段「風は」(第185段)、「秋の台風が過ぎた翌朝は」(第186段)である。この2段を原文で読めば、乱れていたからこそ研ぎ澄まされた感覚の凄みが文字をはみだして横溢しているかのようで、読むこちらの心までざわつかせる。なんと人間くさい。島内裕子氏はこの2段を「枕草子」の中でも屈指の名場面とされている。その通りと思うし、さらに僕流にいわせていただくなら、この心象風景は、ドビッシーの「西風の見たもの」(Préludes 1 “Ce qu’a vu le vent d’ouest” )でなくて何だろうと思う。

そして、何より衝撃的なのは、最後の最後、第325段に至って、様相が一変することだ。われわれは唐突な「終結宣言」を突きつけられるのである。前段「見苦しき物」で平素と変わらずの舌鋒で鋭く人物批判を展開していた人がなぜ、というやりきれない残念さと心の不協和音を残して、枕草子はひっそりと幕を閉じる。この寂寥感は意図されたものか、後日の編纂過程において偶発したものか、正確な所はわからないのかもしれないが、いずれにせよ来るものが不意にやって来たという居心地の悪さは払拭できない。この終末の微かにシニカルでほろ苦い味をどこかで僕は知っているが、それが何だったを何時間も記憶から引き出せず、ついさっきにやっと思いあたって留飲を下げた。交響曲の開始とは誰も思わないグロッケンシュピールの「ミ」の音で始まり、打楽器だけが無機質なリズムを刻んで交響曲の終わりとは誰も思わないやり方で虚空に消えていくショスタコーヴィチの交響曲第15番だ。

著作物というものは、いかなる時代・形態・ジャンルのものであれ、書き手のモチベーションと読み手の需要があって初めて成立し、両者の多寡に応じて書物ならば「発行部数」が、ネット上の作品ならば「ページビュー(PV)」という数値が確定する。このメカニズムは経済学における需要曲線・供給曲線の交点で、市場における商品の価格と数量が決まるのと同じと考えてよいと思う。また、ネットの特性を加味し「PVは新作の投入数、頻度が高いほど需要が喚起されて増える」とどこかで聞いたことがあるが真偽は知らない(経験からは、そうかもしれないと思う)。清少納言は最終段で「他人に読まれたくなかった」と本音を隠して見せるが、定子を守ることで活躍の場を開拓し、自らの居場所も安泰にしようとするモチベーションがあったことは人間のありさまとして至極当然なことだと僕は思う。その動機は彼女の筆のすさびの端々に見え隠れするのだが、僕は「人としてなんと健全なことか」と思うのである。そうして彼女の白紙はどんどん文字で埋まり、その行為が「枕草子」への需要を自ら喚起、増幅していったと考えるのは自然だろう。

もうひとつ考えたことは、いくら聡明とはいえ、いち女房の身でこれほど自由闊達に、公達まで登場させて歯に衣着せぬ奔放な書きぶりを披露できたのは一条天皇の寵愛を最後まで受けていた定子あってだろうということだ。定子の人生は激動どころの騒ぎではない。道長と後継争いで激突した兄伊周のスキャンダル、没落して出家、そして復帰はしたが、対抗馬として娘・彰子を同格の中宮とした道長から受けた壮絶ないじめ。早世した定子は今なら死因が疑われたかと思うほどだ。いわば共作のようなものではないか。最終段の結尾で「評価されるはずのない私の書いた本が素晴らしいと評価されてしまった」と本音と卑下を交えてみせているのは、権力の後ろ盾をなくしたことで襲ってくるものを覚悟のことで、「自分の心の中まで覗きこまれ、あれこれ論評されたりするのはひとえにこの本が他人の目に触れたからであり、そのことだけが口惜しい」と綴ってラストの一文を終えている。しかし本音で口惜しいのは、そのことではなく、定子の死と共に「枕草子なるコンセプト」はもはやこの世に存立できなくなったことではなかったのか。白紙が尽きたという体裁をもって「終結宣言」を取り繕うフィクションには彼女のプライドと悔し涙が滲んでいるように思えてならないが、もうそれを書く必要もなくなったのだ。清少納言がどんな動機で書いたにせよ、天皇、そしてその御所である朝廷という空間なくしてそれは成り立たなかっただろう。

一般のこととして、アートの評価に政治的事情は斟酌されにくく、時と共に忌避されるバイアスがあるように思う。何故かは不明だ。人類共通の心の運びだろうか、このことは西洋でも同じで、アドルフ・ヒトラーは政治家兼画家であったがそうはいわれないし、彼がフェルメールとベックリンを愛して収集し、ワーグナーをプロパガンダに用いたことはできれば歴史から消したいようなのが趨勢だ。ショスタコーヴィチに至ってはスターリンなくして交響曲の5番や10番はああはならなかったから、本人は不服だろうが消そうにも消せず、後世はそれもひっくるめて評価することになっていく(真贋論争まであった「ヴォルコフの証言」などを思い起こされたい)。枕草子は明らかに後者に近く、しかも千年もの時を経ているから存分にバイアスが働き、背景にあった藤原氏の壮絶な権力闘争とは無縁の精神世界として解釈が固定しているように思える。しかし、権力とは冷酷なものである。負けた側の筆者が去った後にどうして枕草子が残り、あるいは宮中では消されたが焚書は免れたか。彰子が定子の息子を引き取って育てたことで両人に対立はなかったとされるが、天皇の息子は世継ぎとしてどちらも大事なのだ、中宮(正妻)ひとりとなったあかつきで、それは必然のことだろう。僕はリアリストなのでバイアス・フリーに読み解きたい。

宮仕えを辞めた後の清少納言の悲哀に心を寄せようにも、その後の足取りは不明であり、没落し、耳をそむけたくなるようなくだりが『古事談』に記されている。女の才はかえって不幸を招くという中世的な思想が影響したとの説があるが、現代ですらジェンダーは連綿と社会問題になっている。女性は名前すらない千年前の世にこれだけのことを成し遂げた清少納言に、僕はいち社会人として心からの畏敬の念を懐く。10才ほど若くてまだ女房業では足元にも及ばなかった紫式部が、腹いせだったのか政治的意図があったのか、なくもがなの悪口を2つ日記に書き残して女を下げているが、それほど清少納言は際立っていたわけだろう。最晩年は阿波国で過ごしたと伝承もあるがすべては闇の中であり、没年も墓所も不明だ。

ところがだ。千年の時を経るうちに、その書が国民的人気を得てしまうのである。世の中わからないというが、何事であれ、作者が放置しておいてこれほどプラス方向の想定外がおきることはそうざらにはない。新作投入はもうなかったのだから、その理由はひとつしかない。枕草子には、当時の誰にも見えてない、巨大な「潜在需要」があったのである。

定子の死後、それが朝廷の外に流布して写本が作られていくのが拡散のスタートだ。そのころ、不遇だった定子の身の上は宮中で知らぬものはなかったはずで、権勢を誇る道長の陰でシンパがたくさんいたことは想像に難くない。枕草子を守り、保存し、外部に流布させる動機を持った者は多くいたのではないか。浅野内匠頭のそれがいたようにだ。しかし、それは忠臣蔵という人口に膾炙する「物語」になって膨大な数のシンパを得たのであって、本来可哀想だった赤穂藩に同情が寄せられてのことではない。枕草子はそうした復讐譚の物語付きで流布したわけでもなく、やはり文学としての卓越性があってこその流布だったと思う。庶民の目にまでふれるようになったのは、江戸時代になって木版印刷によって出版されてからだ。注釈書の刊行も盛んになって王朝文学への理解が進み、「春曙抄」は江戸時代に最も尊重され、多くの人々がこれによって「枕草子」を読んだ。「春は曙、やうやう白くなりゆく山際すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる」のインパクトは絶大だったのだ。この点について、国文学者・藤本宗利氏のとても興味深い説を見つけた。

「季節-時刻」の表現(春は曙など)は、当時古今集に見られる「春-花-朝」のような通念的連環に従いつつ、和歌的伝統に慣れ親しんだ読者の美意識の硬直性への挑戦として中間項である風物を省いた斬新なものである。

江戸時代初期に刊行された、古活字版

この説はまさしく「技法」に光をあてており、ワールドワイドなアートの進化論の地平に同作を位置づける試みと思う。斬新な技法に乗って、まさしく「美意識の革命」が行われたのだ。清少納言が意識して成したことではないかもしれないが、彼女の性格に起因するであろう文体の簡潔さ、ストレートな物言い、心地良いテンポのようなものが結果としてそれをもたらしている。単なる「朝」ではなく、「曙」として時刻の概念にスポットライトをあてたのはモネが「ルーアンの大聖堂をモティーフに制作した連作」でしたことであり、ドビッシーが交響詩「海」でしたことだ。かように、「春曙抄」の幕開けは非常に印象派風であり、「枕草子」執筆の冒頭にこれをぶつけて度肝を抜こうというのは、「春の祭典」の甲高いバスーンのハ音にこめたストラヴィンスキーの計略に共振しよう。

「枕草子」が国民的作品になるのは、単に面白いからでも、女性が書いたからでもない、一流のアートだからである。このたびの通読チャレンジでそう確信した。一般の読者にとって、著者がどこの何者かも、王朝の貴人たちの服装の品定めも、宮中の儀礼のあれこれも気苦労も、もっと言ってしまえば、春が曙だろうが夕暮れだろうが、ひとつも重要でない。読者が愛でたのは、独断と偏見であろうが何だろうが、決然と看破して判定を下してびくともしない清少納言の自由な精神のありさま、しなやかさ、潔さであろう。

皆さん、高校生に帰って、もういちど真っ白な気持ちで読んでみよう。

 

 

美しい。なんて美しい日本語なんだろう。西洋も中国も、いろんな所へ行かせてもらい、いろんな素敵な人とお会いして、すばらしい時間を過ごさせていただいた。でもこれを読むと、じーんときてしまうのだ。

そんな気持ちを国文学者・萩谷朴氏が、名文で代弁してくれる。

「次から次へと繰り出される連想の糸筋によって、各個の章段内部においても、類想・随想・回想の区別なく、豊富な素材が、天馬空をゆくが如き自在な表現によって、縦横に綾なされている」

「長い物」や「決めごと」に巻かれて生きる日本人にとってそれは、渇いたのどを潤す冷えたビールのように爽やかであったのだと思う。彼女が旧来の和歌が重んじる春夏秋冬、花鳥風月の価値観(決めごと)から外れたところに見出して、「いとをかし」と称賛して見せてくれた「新しい美」の目くるめく数々に楽しみを見出したのだ。たとえ退屈で鬱屈する時があったとしても、日々の現実世界に倦んでいない言葉を読めばそれを一掃する力が得られたのは、彼女が素のままで鎧を一切まとわず、感じたままを述べられる人間性の持ち主だからだ。人間が人間であるのは誰かを人間らしいと思ったときで、その時、その人も人間らしいのだ。彼女はそういう人間として愛されたのだと僕は思う。千年前のそれが文字を通して、文学として現代人に伝わる。日本人であるのは、なんて素晴らしいことだろう。

 

 

 

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来月でいよいよSMCは10周年

2022 SEP 8 0:00:51 am by 東 賢太郎

新聞で唯一つ読んできた日経新聞の購読をこのたび打ち切ることにした。オンラインにしたわけでもない。もう業務にもプライベートにも不要である。これは僕にとって社会に出て四十余年、毎日やってきたことをやめるという意味ではちょっとした決断だが、心の声がそうしろというのにはいつも従う取り決めがある。もともと新聞は見出しだけで凡そ内容は察しがついてしまって久しいから、株価に影響がありそうなのだけ読んでいた。ところが、それがそもそもなくなったことに気がついたのだ。これは日経のせいではないが、何であれ、無用なものにお金を払わないのはポリシーである。

あれから全面的に報道がおかしい。5・15事件に匹敵する暗殺事件のことである。この国の反応、こんなものでいいのか?殺人事件で何より大事なのは物証である。漏れ聞こえてきているが、銃弾の数があわない。心臓の銃創で奈良県立医大と奈良県警の解剖所見がちがう。同様のことは伊藤博文の遺体でもあったが、安倍氏の遺体は早々に荼毘に付された。国会はシャーロック・ホームズを呼んできたらどうだろう。野党は国葬反対がだめなら経費が高い、マスコミは統一教会のオンパレだ(僕はぜんぜんどうでもいい)。この方たちは日本国にとって、いったい何なのだろう?警察庁は奈良県警の警備に不備がありましたで首をすげ替えて終わり。東京にミサイルぶち込まれてもこんなもんじゃないか心配になってきた。

この異様さの原点は、しかし、我々日本国民にある。大勢が気にすると気にする。しないとしない。だから報道されないと、しない。何がFACTかは気にしない。なぜなら、正しいかどうかより大勢が言ってるかどうの方が日本国では大事だ。だから、気にしてしまったものが後でウソでも誰も怒らない。みんなで騙されたからだ。

僕が去年、コロナを完全に無視した菅総理の東京オリンピック強行にブログで大反対したのをご記憶だろうか。やられてしまった怒りで、アスリートには申し訳ないが、中身のことはこっちも完全無視した。そして「IOCのエセ貴族を筆頭にした税金タカリ屋の祭典だ」と書いた。誰も何も騒がなかったが、いま、本当にそうだったことが検察の手によって次々に明らかになっている。これが本来の司法というものだ。しかし、悲しいことに、こうして報道されてお茶の間の話題にのぼると、初めて国民はけしからんと騒ぐのだ。「行列を見たら並ぶ」のはロシア人といわれるが、どうしてどうして、日本人がいちばん病気だ。行列のわけを知って、なんだこんなのに並んでたのか、ああ損したと思わないからだ。

なぜか?最大の理由と考えられるのは、並ばないと変な人と思われるからだ。美化する者はこれを「協調性」と呼び、しない者は「同調圧力」と呼ぶが、要はおんなじものである。いずれであれ、「自分が損してでも変な人にならない方が得」という方がよっぽど国際的に変な人なのだ。そうなってしまうことを社会心理学では「スパイト行動」(spite behavior)という。スパイトはin spite of~のそれで、「悪意」「いじわる」の意味だ。日本人はその傾向が強いとする様々な研究がある(http://経済実験におけるスパイト行動)。つまり、日本の美徳である「協調性」は実は行列に並ばない人を排除するスパイト行動によって支えられていて、「いじめ」というのは「変な人」を見せしめにする私刑行為で、それを補強していると考えてしまうほどだ。「長い物には巻かれろ」という日本的香り満点の箴言の正体はそれである。

ちなみに「協調性」は英語でcooperativeness、collaborativenessだが、16年英語世界にいて聞いたためしがない。「私は何でも誰とでも協調できます」ということだが、「いい人」は飲み友達にはいいかもしれないがビジネスではあまり役に立たないのと同様、入社面接で強調してもそれで合格するとは思えないから言わない方がいいだろう。英語は「cooperationが必要な時に無用の対立をするほど人間は尖ってません」ぐらいのニュアンスであり、そんなの当たり前だろで、むしろ付和雷同のほうを疑われる。協調が売りの人は、自分に何もないからそれを売るのであって、中国では求める方が異常だ。つまり「彼は協調性があるね」がいつも誉め言葉であるのは日本だけだ。これが「行列に並ぶ人」であり「長い物には巻かれる」人である。並ばない人、巻かれない人であるinventor(発明家)、innovator(革新者)、entrepreneur(起業家)、investor(投資家)には生まれつき向いてない人の方が日本社会では評価が高いのである。

ドイツにはシャーデンフロイデ(Schadenfreude)という言葉がある。意味は「他人の不幸は蜜の味」そのものだ。ところが英語にその単語はなく、ドイツ語をそのまま使ってる。需要がないと言葉はできないから、ドイツ人の方がそのケがあるのである。従って、全体主義化しやすい点では日本人と似ているわけだが、自分が損してでもというほど気合が入ったものではないと思う(ドイツ人はケチだ)。かたや日本では幼稚園から「みんな仲良く」だ。仲良くしない子は先生に叱られるのを見て「並ばなくては」「巻かれなくては」と育ち、長じては自分が風紀委員になって取り締まってもいいという人も出る(コロナの自粛警察が例だ)。かように日本人は特異な国民であって、特攻隊という発想をした大本営の動機は「肉を切らせて骨を断つ」でも「ジハード」でもなく、俺が死ぬんだからお前も死んでくれという「スパイト行動」につけこんだものじゃないかとすら思えてくる。学者の研究が間違いでないならば、日本人はことさらに他人の幸福をねたみ、身銭を切ってでも足を引っ張り、自分が損するなら他人はもっと損して欲しいと願う悲しい民族性があることは、認めたくあろうがなかろうがFACTであり、ここで「不愉快だ」と無視を決め込む人は、典型的に協調性だけで生きてきた人だろう。

民族性に文句をつけても何も起きないのは承知だが、だから「日本国は本質的に成長しにくい国だ」ということは知っておいた方がいい。例えば経済面での話をすれば、起業は「行列に並ばない人」がするものだ。並んでる側に大きな利益があるはずない。もしあるなら並ばせてる人も並んだ方が楽で安全に利益が得られるからだ。したがって、それを得んとする起業家は「並ばせる人」になるしかない。並ばないのだからイジメられる。それを覚悟した、日本における少数民族なのである。しかし、初めは誰しも意気軒昂だが、「変な人だね」のいじめにさらされ、9割が5年以内に力尽きてしまう。「行列に並ぶ人」はそれ見たことか(ざまあみろ)となる。「寄らば大樹の陰」のスローガンのもとでみんな仲良く「安心・安全」と「小さな幸せ」を分け合って我慢するのが日本国民の鉄則なのだ。従わなかった者が失敗するのは天罰であって当然、だから「ざま(様)を見ろ」(See how you look like.)と嘲るわけだ。こんな国で誰がリスクをとってイノベーションなどおこすものか。「日本国は本質的に成長しにくい国だ」はテッパンなのである。

昭和の高度成長は朝鮮戦争の特需であって、成長のエンジンであるイノベーションがもたらしたわけではない。特需はバブルをおこしてやがて去り、平成時代に元の木阿弥になった。そこから景気は「凪」のまま、デフレの病に陥って今に至る。民主党政権下で病膏肓に入り日本は死にかかったが、第2次安倍政権が超金融緩和政策のカンフル剤を打って救った。それを継いだ菅政権がどんな経済政策をしようとしたか僕はさっぱりわからない。さらにそれを継いだ岸田政権は、新自由主義はいかん、あれは失敗だった、だから「新しい資本主義」に転換すると言い出した。だいぶ前にそんな記事を日経新聞で読んで、何度読んでもわけがわからなかったことだけ鮮明に覚えている。

ブログに書きもしなかったのは、イノベーションもおきない日本が新自由主義だって?自民党の内紛と不動産屋の利権でやった郵政民営化をサッチャリズムと呼ぶぐらいお笑いだろで終わったからだ。ミュージカルをオペラだと思ってる類の自称西洋通の人たちの華麗なる世界であって、僕には無縁で異様でさえある。いまここで書くのは、イノベーターも起業家も「変な人」で足を引っ張られて海水のミジンコぐらい生息できない国で、新しかろうが古かろうが資本主義をやっても限界だ、「新しい社会主義」をやろうが本音なんだろうと思ったからだ。そこで、それらしく国家が推進して小学生にまで「株を買いましょう」とやってる。このひとたち、ホントに大丈夫なんだろうか。

株を買って資産倍増を目指すのは大いに結構だが、大樹だったはずの名門企業も外資に身売りするか、その救いもなく倒れて根っこをむき出してしまう異変がおきだした昨今である。すると、政府のお薦めでその株を買った人も、寄らば大樹の陰で勤めていた人達も、資産は倍増どころか半減するかもしれないことはどう論じられたんだろう。誰がその責任をとるんだろう。ところが、実は大丈夫なのだ。もしそうなっても、それでもなお、「こんな大企業が潰れたんだから仕方ないよね」と傷をなめあう同志が大勢なものだから「おお、私は長い物に巻かれている」という新たな安堵感が出てきて、行列に並んで損したとは思わないユートピアのような優しい世界がやがて現出するだろう。これがイルージョン(幻視)に満ち満ちた日本的幸福の典型的な姿である。

いま、日本丸は国ごとタイタニックみたいにそういう船になりつつあり、どうやって国民に快適なイルージョンを与えて衝突の苦痛を癒してあげようかという思いやり深い政治家、官僚が懸命に働いているのである。それ作りのプロフェッショナルである電通という会社もある。世が世なら、東京オリンピックもそのだしになって、税金の中抜きや賄賂で私腹を肥やしてた者たちも、それがバレるどころか国民の賛辞を欲しいままにするはずだったのだ。いいじゃないか、みんなで落ちる所まで落ちれば、貧乏バンザイ、韓国に抜かれたってこっちには富士山も温泉もあるからさ、なんてのがそのうち出てくるだろう。

僕が行列に並ばない人なことはこれまで読んで下さった人はご存じだ。その僕が尊敬する人が世にひとりだけいる。清少納言だ。なぜか?絶対に並ばないからである。いち女房の身でなぜそれができたか?ボスのサロンが守ったからだ。最高権力者である藤原氏が後ろ盾の一条天皇、その奥方である中宮・藤原定子という庇護者の威光で、「変な人だ」の風圧がシャットアウトされ、たった8年間ではあったが言いたい放題の「枕草子」執筆ができたのである。ボスが亡くなってサロンが消えるとその言論空間も露と消えたが、そこで生まれた作品は後の世でも大切に守られた。とりわけ「春は曙・・」は江戸時代の庶民に大人気となり、現代人まですっきり痛快にしてくれる。1000年の歴史にほんの一瞬だけあった「いじめフリー」「スパイトフリー」の特殊空間において彼女の天賦の才が全開になったというレアな化学反応から生まれたこの作品は、冬の天空でひときわ明るいシリウスのような輝きを放っている。

その空間は定子のあとを襲った藤原彰子のサロンにもあったことは、女房を引き継いだ10年後輩の紫式部が「源氏物語」を生んだことで示されている。どっちも日本が誇る大傑作であるが、個人的な趣味で言わせてもらえば、長編不倫小説よりも簡潔な箴言集の方が性に合う。「枕草子」は小説という虚構ではなく、ノンフィクションでもないが、筆者の赤裸々な独断と偏見の開陳ではあり、その言うことのいちいちの是非の無粋な詮索は刎ねつけるほどに筆のタッチが強くて鮮烈である。これを男に書けといわれても無理だと思う。男はそこまで「猫的」に社会から超然と、自由にしなやかにはなれない動物である。吉田兼好や鴨長明がいくら俗名を捨て、出家しようと神官になろうと、社会との「犬的」な関係はゼロにはならない。しかし、女性だからできたことが、彼女の亡き後、どんどん女性だからできないことになってしまった。だから模倣者も後継者も現れようがなかったのである。

彼女は「春夏秋冬」や「**なるもの」への「プライベートな感性のリアクション」を枕草子に刻印することで、隠し立てのない自分自身を写しだし、325枚の見事な「自画像」を残した。ファンである僕は、彼女が何を「徒然なるもの」と断じようと楽しい。もし夏は曙であったとしてもぜんぜん構わない。物事のイデアとしての哲学的存在、性質を論じてるのではないからだ(それは男の仕事だ)。万事が彼女の目に映ったものであり、その限りにおいて「存在(sein)」しているものの活写である。

何事も有無を言わさず「をかし」「愛し」「はしたなし」と一言でばっさり評価してしまう彼女は、人物として、「ちんけな小物」であってはならない。そんな人の言い草に興味を持つ者はないのは、誰かさんがインスタで毎食の写真をアップしても誰も見ないのと同じことだ。自信満々だが自然や子供には細やかで優しい目をそそぎ、きっぷが良くて度量も大きく、しかし時として女性らしいもろさで嫉妬や怨み節も開陳してしまう。僕らはその描写を愛しているようで、実は、彼女の感性、人となりを愛してるのである。日本国の悲しいスパイト空間に閉じ込められて、長い物に巻かれ、自分を押し殺し、へりくだり、空気を読んだりで我慢に我慢を重ね、自分が不幸だから他人にはもっと不幸になってもらいたいと一途に願って居酒屋で「あのバカ部長が」とくだをまく人々のジャンヌ・ダルクになっても不思議ではないだろう。

ちょうこくしつ座銀河(NGC 253)

こちらも負けじと好き勝手を書き綴ってきたが、来月でいよいよそれが10年になる。なぜ時間をかけてそんなことをしたかというと、僕の「自画像」を1000年後の子孫に残してあげたら彼らはきっと楽しいだろう、それだけである。タイムカプセルにして非公開でもよかったが、同じ考えの方がおられれば宇宙船に同乗していただいてもいいなと思ってSMCという乗り物を作った。

ひとりぐらい、西暦3022年になって、まるで僕が清少納言さんを想像したみたいに僕のことをブログにでも書いてくれるかもしれないと思うと、それもまた楽しい。この楽しさというのは、僕が物心ついて最初の関心事であった天文学に発している。写真の銀河(NGC253)(撮影日:2020/10/20)は地球から1040光年の距離にある。つまりこの銀河が西暦980年の時の姿をいま僕らは見ているのだが、この画像の光が出たとき、清少納言さんは14才である。

「同時」って何だと不思議にならないだろうか?アメリカに電話して、1秒遅れて声が聞こえるイメージだ。声の主と本人とは1秒の間に1150万個の細胞が入れ替わってる別人だ。500光年先にあるオリオン座ベテルギウスあたりに鏡を置いて、いま僕が手をふれば、未来の子孫は鏡に映ったそれが見える。細胞入れかわりどころか、僕のお墓は1000年たってる。先日「枕草子」を通読して、清少納言がそこに生きていて語りかけている感じがしたのはそういうことだろう。

人が生きているかどうかは肉体の生存の問題ではない。その人のことを考える人がいれば、そこで生きているということだ。ブログを書いてそれを毎日1000人の人が読んでくれれば、僕はもうこの世にいなくても1000人の僕が毎日アラジンのランプから現れて、あたかも生きてるみたいなことになる。今は生きてるが、何もしなければいつもひとりぼっちだ。だから書いてきてよかったと思うが、しかし、仕事や健康と相談すれば、どこかでやめないといけないだろうとも思う。

書きたいことの8割がたはもう残した。息子は製本しようかといってくれている。日経新聞の購読をやめたことは、というより、やめるような情勢になってきたということは、僕の中では不可避的にいろいろな判断を強いられることになるだろう。あくまでも、僕は死ぬまで事業家でありたいからだ。世の中も変だが株式市場はもっと変であり、為替もしかりで144円をつけて30%もの劇的円安を的中させたのは万々歳だが、ここからは未知数が増えるから五里霧中だ。そんな先でもなく、いずれ想定外のことが起きるだろう。残念ながら仕事のことは開陳できないが、その時はその時だと腹をくくるしかない。

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99.9%の人には言わないこと

2022 SEP 5 19:19:08 pm by 東 賢太郎

学園祭の天文学科でわくわくしながらお話を聞いた。「これの名前わかるひと」とクイズがあって、「アンドロメダ大星雲!」と図鑑どおり答えたらお兄さんがびっくりして(7才だったんで)、「ボク、これをあげよう」と星雲メシエ83の展示写真をくださった。よし、ここの一員になろうと思った。なれたらこの話は尾ひれがついたろうがなれなかった。

帰りに父が望遠鏡を買うかときいたが、いらないと言った。恒星はパロマ山の大望遠鏡で見ても「点」だからだ。土星の環とか月食とか、太陽系のチマチマしたそういうのは興味ない子だった。最近、ときどきテラスで本を読みながら、夕暮れになって、雲の中の太陽が “目視” できるときがある。「やばい、恒星があんなにでかい!」。これ、99.9%の人には、言わない。頭おかしいと思われる。あれ触ってみたい、メスで切り取って成分を調べたいなんて思ってることは、あの日のお兄さんなら分かってくれるかなと思う。

恒星写真といえばいまやハッブルという時代だ。しかし個人的には、あのときの思い出があるから日本を代表する望遠鏡を応援したい。それが2つある。ハワイ島の「すばる望遠鏡」とチリの「アルマ望遠鏡」だ。

「すばる」は世界最大級の8.2メートル口径を誇る。オリオン座の三ツ星の下にあるオリオン星雲はすばるで見るとこうなってる。

オリオン星雲

次は電波望遠鏡「アルマ」の画像。

おうし座HL星まわりの塵の円盤

なんか危ない感じがする。これは450光年先に確かに存在する。この世かあの世かもう分からないが、宇宙船の窓からこんなのが見えたらぞっとする。

きれいなのもある。この写真など、額に入れれば白壁に似合うおしゃれなモダン・アートだ。これは460光年。

おうし座DH星

きれいというならマリンブルーだ。ダイビングしてそれを美しいと思ったが、あれは先祖が海にいたころの記憶だろうか。では空はどうなんだろう。460光年かなたの景色を先祖はどこで見たんだろう?

人体解剖図も7才あたりで好きだった。「腑分け」だ。レオナルド・ダ・ヴィンチは筋肉と骨だったが僕は肝臓で、たくさんの肝臓が渋谷の交差点をぷかぷか浮いてるダリみたいな絵が見えた。

楽譜も解剖図だ。一青窈の「ハナミズキ」(ホ長調)のサビでE₇ 挿入は「ロング・アンド・ワインディングロード」、E,  D#m₇-₅, G#₇, C#m₇は「イエスタデイ」に見える。なんだ、ビートルズだった。

「弦チェレ」の第3楽章は宇宙空間にゼンマイ(植物の)が浮んでいると日記に書いた。ライナーのレコードだ。チェレスタがぱらぱらと雪を降らす。

兼好法師というと素敵であって、宇宙的だ。この世に変わらぬものはなく、すべては幻で仮の姿に過ぎないなんて、ショーペンハウエルと双璧である。

うちの猫も素敵だ。芸もなにもしない。いるだけでありがたられ、エサが出る。ときどき、見おろされて、宇宙最強の生物じゃないかと思う。

ちなみに、漱石にあれを書かせたのは黒猫だ。人なつっこさで異色の威力を放つ最強の部族。彼は書いたつもりだろうが、気がついてない。

アインシュタインも金魚鉢の金魚。光速は宇宙劇場を上映してるコンピューターのメーカーが決めた限界。CDの限界が「第九の入る72分」みたいなもん。

でも、こういうことは99.9%の人には、言わない。

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日本は「飛ばないカラス」(若者への警鐘)

2022 JUL 28 20:20:56 pm by 東 賢太郎

いま写真の本を読みかけている。若い方、昭和史はあまり学校が教えないだろうから詳しくないかも知れないが、昭和11年2月26日未明に帝国陸軍青年将校による武装クーデターが発生し、首相、蔵相、内大臣らを襲撃、高橋是清、斎藤実、渡辺錠太郎ら現職の政府要人を殺害し、永田町、霞が関一帯を占拠したが鎮圧された事件だ。単発の騒動ではなく、昭和7年には海軍将校による犬養毅首相射殺事件(五・一五事件)がおきていた。かくなる軍部の内部抗争の力学が影響した国家最悪の事態として、300万人が亡くなる太平洋戦争突入が決まってしまうのである。この事件を教訓として学んで欲しい。

青年将校たちが「君側の奸」と呼んで襲撃した要人たちと比べると、いまの権力者は信念も国家観もない日和見だらけで、終始一貫している唯一のことは親米親中を問わず自分の既得権益ファーストの売国奴ということだ。彼らが話す言葉は我々の業界でいう「ポジショントーク」で、ある株をたんまり持っていて売りたいので「いい株だから買いですよ」と専門家面してもっともらしい理屈をこねるのである。バレたって「いい株だから私持ってるんです。それが何か?」で逃げられる。コロナや戦争でテレビに出てるコメンテーターの言葉もそれだ。真理を話すのが目的ではない、そんなの誰もわかってないし俺だってわかんないよ、でも自分は「専門家」って紹介されてるしこんなのでギャラくれるし、また呼んでもらえるようにテレビ局に都合の良い話をもっともらしくしておこう。ギャラはもっともらしさに支払われるという点において、薄っぺらな政治家の選挙演説と同工異曲である。真理はどうでもいいのである。僕とは真逆の精神の人達だ。

こういう連中がいくら演技しようが、職業上、もっと高度なプロ対プロのポジショントークを駆使しながら日々戦っている我々はすぐわかる。そいつのココロを読んだ瞬間にもう聞かない。プロの麻雀大会でツミコミがあってもやられる方が悪いで済むが、それを素人に仕掛けてはいけない。これは法律でなく職業倫理なのだ。それを素人にすることを職業としている方々とは悪いが人種が違うとしか申し上げようがない。昨今における、ただでさえ軽かった政治家の、羽毛どころかホコリの千分の一もない軽い言葉。「巧言令色、鮮し仁」なんてあまりにもったいなく、言われても理解できない者も多かろうし揶揄する気もおきない。国語の崩壊。それは国家の危機のバロメーターだと見抜いた三島由紀夫のような鋭利で腹のある男はもういない。世が世なら二・二六の現代版があったろう。昨年の東京五輪の意味不明の強行あたりから僕はそんなことを漠然と考え始めていた。しかし、もうおきないのだ。それが美しい日本の姿であり、成熟した日本国民の誇りなのだという声があちこちから聞こえる。そうだろうか。美しいのは富士山をはじめとする国土だけで、日本人は江戸時代からの伝統芸で外国人には到底まねのできない「長い物には巻かれろ」で生きる人が多数派から大多数に躍進しただけだ。長い物の能力は凄まじく劣化し、巻かれるほうはぬるま湯でもいい湯だねと思える国民的耐久力が進化した。その裏で、かつては隆々としていた覇気も上昇意欲も退化。飛ばないカラスみたいにみじめに凋落した二流国になろうとしているのではないだろうか。

認知症で記憶がなくなる直前に母に祖母のmaiden name(旧姓)を聞いてよかった。気丈な祖母は駆け落ち婚だから多くを語らなかったが、それが「まさき」と知ってすべてが始まる。ミトコンドリアゲノムは母系遺伝だから僕はそれでいうなら佐賀の真崎くんである。二・二六事件の不名誉な批判が我が事と思えてきたのはそれからだ。父からは台湾軍司令官だよと聞きどこかで騎乗の軍服写真を見た記憶があるが、それは本来が関東軍司令官であるところ政争の故あって飛ばされていたのだった。同書は極東国際軍事裁判における「真崎は二・二六事件の被害者であり、或はスケープゴートされたるものにして、該事件の関係者には非ざりしなり」(ロビンソン検事、不起訴にした)という立場であり、嬉しい書に初めて出会った。

クーデターをおこした皇道派は昭和天皇が正統性を否定して統制派に敗れたと教科書ではなっている。皇道派は天皇親政の下での国家改造を目指す荒木貞夫陸軍大臣と真崎甚三郎陸軍大将の派閥だが、陸軍には人事全権を握る皇道派しかなく、統制派などというものはなかった。様々なアンチが結集し永田鉄山(後に真崎を更迭したかどで暗殺される)を派閥の長として対抗した閥がそう呼ばれるようになっただけだ。真崎は若手将校たちに格別の人望があり、君側の奸を排した後の総理大臣に推挙されたが、なっていれば東条英機の運命をたどってA級戦犯となり巣鴨で処刑されていたから東条のご遺族には申し訳ないが幸運ともいえる。こういう諸々のことから彼の人となりを想像するに権力者の割には人間的でどこか憎からずというものを感じる。

さて二・二六事件あたりの世相に目を向けよう。大不況により企業倒産が相次ぎ、失業者は増加し、農村は貧困に喘ぎ疲弊していた。かたや大財閥などの富裕層は富を蓄積して格差が広がり社会不安が増大したというものだった。近未来を髣髴させる。青年将校たちは地方出身者が多く、娘を売る農村の惨状に悲憤慷慨し、権力中枢に巣食う勝ち組の売国奴どもを誅し、天皇親政の下での国家改造(昭和維新)をめざそうとしたのだった。真崎が主犯であるとする統制派は彼を政治的に抹殺すべく二・二六を利用したのであり、政治を犯罪要件として吟味したロビンソン検事が看破したとおりと信じる。将校たちの天皇親政への畏敬、国富偏在への危機感、国家観は当時のパラダイム下では不当なものではないが、真崎に頼り天皇に直訴してもらうしか実行手段はなかった。そうではなくクーデターへの道を進んだことの是非はここではおくが、命を賭して信念を貫く若者たちの愛国心には僕は日本人として感動を禁じ得ない。彼らに真崎が言ったと伝わる「お前たちの心はヨオックわかっとる、ヨォッークわかっとる」は僕もよくわかる。

僕がブログ読者として意識しているのは6割ほどを占める44才以下だ。そこには子供の世代である25~34才が20%、孫でもおかしくない18~24才も20%おられる。かたやこちらは67才で、白髪でメタボ腹の前期高齢者で、なんだかんだで書くことは昔を懐かしむだけ、己の成功を自慢吹聴しまくり、失敗の方は都合よく忘れてしまっているという不愉快なジジイである。65才以上の同世代読者が10%ぐらいというのは、パソコンができないか視力の問題か、さもなくば近親憎悪だろうと考えている。僕が世代のギャップを超えて孫、子の代と通じ合うものがあるとすれば、それはもう奇跡と呼ぶしかない。拙文はアニメ感覚で読めるものでなく、日本語が不如意な人は読まないだろうし、読める人はおそらく記憶力は良く、文章は画像より脳に定着しにくいが一旦すると消えにくいのだ。自分も若き年代に読んだ物はいまも心に残っており、一部は僕の美学にまでなって性格にとりこまれている。

ブログに影響されたという人が出てきたら人生で成功して欲しい。いや、首根っこをつかまえてでも成功させてあげたい。僕がものを学んだ時代、アメリカで教育を受けた時代、そして海外で仕事した時代の西欧の社会思想は、新自由主義、ネオリベラリズムへまっしぐら派(シカゴ学派、サッチャリズムetc)とソーシャリズム派(中道左派、欧州の社会自由主義政党の台頭)がクリアに分岐しつつあった。僕はリベラリストであるから個人の自由や市場原理を重視し政府の介入を最小限にする前者に共鳴し、サッチャリズムがリアルタイムで展開される英国で6年過ごした体感も寄与した。ネオリベラリズムは拡大してグローバリズムともされ、いま世界に所得の不平等をもたらした弱肉強食的な思想として蛇蝎の如く嫌われるが、ではケインジアンの大きな政府が介入したとして、所得格差は多少縮まるかもしれないが、経済全体がうまくいかなければ分配原資が減って国民全員が貧しくなる、これはどうするんだというと有効な答えはどこからも出てこない。コロナ禍救済策でやむなく出現した「大きな政府」の一環である中央銀行のバラマキが少なくとも株式市場を救ってはくれた。それは僕の事業にはプラスだったが、それで大きな政府が恒常化するドクトリンを信奉しようなどという軽さは僕には微塵もない。「ボクも貧乏キミも貧乏、それでいいじゃないか、みんなで辛さを分かち合おう」というのが猫の餌食になる飛ばないカラスだ。政治家や役人が経済政策、予知能力に長けた全能の賢人である可能性は限りなくゼロであることを歴史的賢人たちが世界史から学び取ったからこそ、万能ではないが人間よりはましな市場にまかせようとするのである。彼らより賢くない政府に任せるとどうして幸せになれるのか誰か論理的にご教示願いたい。

弱肉強食はいけないというのは「うちの息子が泣いて帰ってきたから運動会で順位をつけるのはやめてください」「これは虐待です。息子の人権を認めなさい」というモンスターな母親の理屈だ。それで社会を動かそうというのはひとつの考え方ではあるが、息子さんは幸福にはなるが国民は不幸になるなら採用すべきではない。弱肉強食は競争という社会に自然にあるものの誇張表現にすぎない。全員が平等なはずの共産主義国ですら政権で良いポストを得る激烈な競争がある。いかなる国家、経済体制でもヒトが2人いれば必ずある。だからそれに勝ちぬく力をつけることは、人類普遍の一般論として、良い人生を送るための必修科目なのである。学んで得と思うか否かは自由だが学んで何の損があろう。で、ここはジジイの自慢を思いっきりさせてもらうが、僕は誰にも習っていない自分であみだした方法で受験、仕事、出世、運用、蓄財、野球、ゴルフの競争をそれなりに勝ち抜いてきた。つもりや自負ではない、誰にも文句を言われない程度には事実である。だから我が方法の価値は客観性をもった証明ができ、それはカネをとって教えられる。何故しないかというと、そういうことはカネがない人の仕事だからだ。ない人は成功してないからない。どうしてその人の本や講義で成功できるのかわかる人がいたらご教示願いたい。僕はカネがあるからそんなことをする必要はない。だから全部ブログに書いているのである。

ブログの会、ソナー・メンバーズ・クラブは今年の10月で満10歳になる。総閲覧数はすでに1050万を超えた。物・量、存在感ともそれなりのものに育ったのは読者の皆様のおかげである。

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先見思考なき大学も企業も潰れる時代になる

2022 APR 28 9:09:08 am by 東 賢太郎

(1)日本からは出てこない男

Elon Reeve Musk

イーロン・マスク氏がツイッター社の買収で世界の話題をさらっている。彼の資産は3,020億ドル(約38兆円)と世界一でトヨタの株式時価総額より多い。テスラ社の時価総額がではない、彼の個人の保有資産がだ。一代で作った資産額がその者の価値を示すという考え方の是非を言っても宗教論争になるだけなので、ここでは「それを否定はしないのが自由主義だ」という原則論に立つ。日本国もそうだと習ったように思うので、その見地から本稿を書く。

マスク氏の目下の関心はEV(電気自動車)ではない。宇宙旅行を実現するベンチャー企業立ち上げでもない。聞くところによると「火星に都市を造ること」である。こういうことを公言すると日本では真面目に精神状態を危惧されるが、僕は大真面目だろうと思っている。彼がペンシルべニア大学で物理と経済の学位を取った1995年はというと、さすがのアメリカであってもEVや宇宙旅行の事業化はホラ話という時代だったと思う。そう思わない男がいたからテスラ、スペースXがある。

トーマス・エジソンのライバルだった天才発明家ニコラ・テスラを社名にしたのは敬意からという。テスラ氏はオーストリアから、マスク氏は南アから渡米した。アメリカという国家にはそうして世界の英知を集めてあらゆる新機軸の培養器になる魅惑的な空気があり、僕はそれを留学して初めて嗅いだ。エジソン、テスラが今もいて不思議でなく、マスクがテスラになりたいとホラ話風情を吹いても奇異でも何でもない。真面目に取り合って琴線に響けば出資して夢の実現に手を貸してくれる大富豪のエンジェル投資家がいくらもいる。では彼が日本人だったらどうか?1995年当時、EV、宇宙旅行はドラえもんのネタにあったね程度の扱い、エンジェルを見つけるなど東京で野生の象を探すようなものだったろう。

 

(2)forward-thinker(先見思考型人間)とはなにか

僕が1997年のダヴォス会議に出席したことは書いた。まだ社内でメールを使い始めて1、2年、携帯電話はレンガの大きさの時代である。ここでまだ若かったマイクロソフトのビル・ゲイツ、インテルのアンドリュー・グローヴらの講演を聞き、彼らの生のforward-thinking(先見思考)に触れて電気のように感じるものがあった。それを忘れる前に書いておかなくてはと思いたったのがこのブログである。

重かったビル・ゲイツの言葉

いま本稿のために読み返してみて、おしまいにマスク氏を登場させていたことを忘れていたことに気がついた。彼はまだ大卒2年目でその時のダヴォス会議の出席者でもなく、2018年になって単にforward-thinker(先見思考型人間)の系譜の先に現れた新しい人物として思いついただけで、そういえば偶然にテスラという車に興味があって買ってみて、その先見性に大いに感心したことが契機だった。

僕は発明家ではないが、日本人としてはどうしても群れから浮いてしまう「その手の人間」である。世にない新奇なものが大好きだ。新しくて面白ければホラ話だって真面目に聞く。しかし、みんなが飛びついて「大流行」なんて手垢がつくともう興味ない。4年前にそれを書いたということはやっぱりねであり、ハタチそこそこの分際で投資の世界に飛び込む決断をしたのも先見思考だったのだと自己肯定する、そういう性格なのだ。そうでないと先の事なんて自信が持てないから新奇なことはできない。とすると自分自身が手垢のついた人間に堕落してしまう。それだけは死んでも許し難いのである。

 

(3)来年のことを言うと鬼が笑う国

アメリカで教育を受けてから日本の教育をふりかえってみて実感したのは、両者の最大の違いは日本が著しく非先見思考型(現状追認型)だということだ。来年のことを言うと鬼が笑う。アメリカは10年先のことを言わないと鬼が笑うのである。元来が未知へのアドベンチャーという性質を持つ科学という領域がそれを象徴する。アメリカが主導したSETI(電波望遠鏡による地球外生命体探査計画)は第2ステージに入り、直径500mの世界最大の電波望遠鏡「天眼(FAST)」を有する中国が参加している。いるかどうかもわからない宇宙人がいつ返事をくれるかなど誰がわかろう。百年、千年先かもしれない。そんなものを真面目に論じたら鬼に食い殺されそうなのが日本という国だ。まして国がカネをかけるなど発想の出ようもない。現にスパコン予算ぐらいのことで騒動がおき、戦争のさなかのいま、国民の命を守る防衛予算GDP比2%すら物議をかもす国だ。もしも志ある科学者が「宇宙人を探します」とSETI参加予算案を国会で通そうとするなら、まずそのためにSETIなみの巨大プロジェクトを組む必要があるだろう。

そんな根深い足かせがどうしてできてしまったのだろう?注目すべきは、そんなものは中国にはないことだ。漢字や律令制や仏教や論語のように大陸から伝来したものではなくとってもニッポン的なものだということは特筆に余りある。ということは大陸の影響が半端でなかった奈良時代までそれはなく、名実ともに独立国となった平安時代以降にできたということになる。なにしろ「先見思考」を鬼まで持ちだして諺の同調圧力で否定してしまおうというのだから凄まじいではないか。理屈よりも情緒を重んじる日本人だ。屁理屈で「来年」なんか考える暇があれば田植えに行けと戒めるのはわかる。しかし21世紀にそれをしていると国は滅びるのだ。ではどうしたら変われるんだろう?本気で変えようと思うなら、きちっとした方法論に則る必要がある。まず、ニッポン的なものの生成過程を分析する。そして、その良さを損なわぬよう注意を払いつつ21世紀にフィットするよう修正することだ。それをリバースエンジニアリング(逆行工学)というが、第二次大戦で英米が不倒の難敵と恐れたゼロ戦を捕獲し分解してそれを行ったように科学的に有用な方法とされる。

それをやってみよう。この根深い足かせは千年もかけて培養されたのだから分析の端緒は歴史の解明にある。次に、それは思考バイアスだから生まれた国の文化の影響を受け、その伝播は言語と教育を通じてであることを知る必要がある。日本語という言語についてはすでに論じた(添付)のでそちらをご参照いただくとして、本稿では教育を論じることになる。日本語は変えられないが教育なら可能だから重要だ。ちなみに、「カネもうけはけしからん」、「人生の目標でない」という主張は、かくいう僕も大学卒業まではどちらかというとそちら派であり、そこまで変えるとニッポン的な徳育や美徳まで浸食するデメリットがあると思う。そこをチューニングしつつ新たな21世紀型教育を成型することは可能だ。それは最後に述べる。

なぜそうすべきか?これからの日本はそうしないと滅びると真剣に考えるからだ。鎖国して自給自足していた島国が開国を迫られ、加工貿易で国富を増やして資源を輸入し外患から国を守る。国民にはそれに適した教育を施す。これが「明治モデル」だ。4つの大きな戦争があったが、4つ目で国土が灰燼と帰しながら奇跡の回復を遂げたのはそのモデルが優れていたからだ。しかし、1990年から世界環境は急変する。円高定着と中国台頭で、今度は「加工貿易で国富を増やす」モデルが灰燼と帰したからである。しかもこれは非可逆的であり、奇跡の回復は絶対にない。したがって新たに「国民にはそれに適した教育を施す」必要があったのだ。ところが我が国の政治も企業経営も教育も、あたかも第二次大戦中に国民が神風の再来を持ち望んだ如く、30年も無作為のまま「奇跡の回復」を信じたかのように見える。それが平成の暗黒期だが、「平成」に意味はなく、以上のことが偶然に昭和天皇の崩御の直後から起きたというだけだ。

円高定着と中国台頭。これは誰の目にもvisible(可視的)だが、日本にとって不幸なことに、もうひとつの世界環境の急変がinvisible(不可視的)かつ劇的な衝撃力をもってひっそりと進行していた。通信のデジタル化である。情報伝達、処理、保存が天文学的に厖大化、高速化、複合化し、人間社会のあらゆる側面を根底から変革した。表向きはインターネット、携帯電話、SNSの普及など大衆社会の利便性改革の体裁をとっていたが、それはテレビに色がついたり扇風機がエアコンになるのとは訳が違う。大元が軍事技術の転用であり、国家的インテリジェンスに関り、暗号資産として通貨を代用するまでに至るのだから文字や蒸気機関の発明に匹敵する世界史上の大技術革命であったのだ。日本にとって不幸だったのはそれが英語世界で起こり、加速度的に進行してしまったことだ。「閉じた日本語世界」で実質的にいまだ鎖国している日本では「ネット社会化」というポップ現象と見え、インテリも企業もそうしたものと捉え、俺はパソコンはできんがねと威張っているうちに気がつけばガラパゴス化という名誉の孤立に至ってしまった。モノづくりの国ニッポンの威信をかけてシャープ株式会社がその名も「ガラパゴス」とつっぱったタブレット端末で失敗した2010年あたりで白旗が明白になり、そのシャープはついに台湾企業に買われてその子会社になってしまったのは皆さんの記憶に新しいだろう。

その時点で昭和天皇崩御から20年だ。その頃から急速に普及するスマートフォンの世界OSシェアはアンドロイド(グーグル)、 iOS(アップル)、機種シェアはアップル、サムスン電子が握り、日本勢などまったくもって「お呼びでない」。「鬼が笑う」などと笑っているとこんな惨状が待ちうけているのである。マーケットシェアは必ずしも利益シェアではない、頑張れば回復だってできるよという論者もおられよう。そうかもしれないが、しかし、そうした数値や可能性を含んで決まる株式時価総額はそうはいかない。イーロン・マスク氏がテスラ社を起業したのは昭和天皇崩御から約10年の2003年だ。その株式時価総額はいま120兆円でトヨタの3.3倍だ。まだハタチにもなってない同業の新興企業に世界のトヨタが一足飛びで追い越されたという事実は、株式市場というバクチ場で相場師があおってつけた値段の産物ではない。どんな角度から誰が「科学」しようとも、つまるところは経営者の思考回路の差が為せる業とする以外に解釈のすべがないものである。トヨタは最後の砦、日本の本丸であった。それが陥落したということは、「他は推して知るべし」なのである。

そこで日本企業は平成時代から没落を始め、「その原因が**だ」ともっともらしく論じて本を売ることが陳腐な流行にすらなっている。しかし、前述のように、この現象を偶然にリンクしただけの平成時代として切り取って論じてもあまり意味はない。そういう一時のエンターテインメントを提供するのではなく、子孫の生存を真面目に懸念する科学的視点を持った人ならば、そうなった歴史的原因があるのではないか、そして、そうであるならばリバースエンジニアリングなくして真相は解明できないのではないかと考えるのがこれから論じる先見思考なるものの姿ではないかと考える。僕はビジネスマンで歴史家ではなく史書を遍くあたる時間もないが、むしろそうでない故に時代を超えて全体を俯瞰できる視座はある。そこから観た景色として、日本国の非先見思考というのは平成どころか「平安時代」からあると考えている。非先見思考が科学、ロジックを忌避して感情、情緒を優先することに起因していることと、平安時代に世界に類のない和歌、小説、日記、説話の文学が出現したことは、どちらも平安貴族文化、思考形態にルーツを持つ共通の現象であり、現代日本人の精神構造に深く影響しているというのが僕の観察だ。10世紀の西洋にだって先見思考が普及していた証拠はないが、彼らにはそれがあったギリシャ・ローマという父祖があり、それがルネッサンスを経て現代西洋人の精神構造になったというのとパラレルの現象だと考えている。

日本で「鬼が笑う」と先見思考を止めてしまう動力すら働いていた背景には、何らかの宗教的戒めや日々の勤労の奨励という現実的なものもあるかもしれないが、同時にそうしたことは「をかし」の文学である枕草子の精神からすれば「をかしくあらず」(優美、理知的でない)であるとする美的感覚が潜み、その欠如を話者も笑うニュアンスがあるように感じられてならない。悪いと言っているのでなく、来年のことなどわかるはずがない、そんなことを真顔で言うあなたは優美でも理知的でもないねとマウントを取っている感じがするのである。ところが、そう書いてここで僕は立ち止まる。だってそう感じること自体が「平安時代的」なのであり、こうして、僕のようなそれを忌避したいタイプの日本人でさえその影響から逃れられていない証拠を提示してしまっているからだ。その根深さが伺われるのではないだろうか。

なにせ「来年のことなどわかるはずがない」とは「科学の否定」に他ならず、僕の人生観と真っ向から対立する。にも関わらず、僕は枕草子の愛読者で感性は平安時代と親和的だというアンビバレントな自画像の居心地悪さは、きっと多くの日本人が無意識に感じておられると想像している。ひいては、「理屈、理論、原理なんで面倒くさくて冷たくて堅苦しいったらないわね。そんなこと口にする男は大っ嫌いよ、フフフ」なんて清少納言女史の美意識そのままの現代女性から僕のような男はからっきしもてず、それでは困るので「だよね、人生、理屈じゃないさ」なんて飲み屋でカッコつけたりして滑稽に生きているのである。かように、実にこのバイアスを取り払うのは大変なことなのだ。しかし、そうしなければ我々の末代の子孫が、どう転ぶかわからない新たな地政学の中で先見思考に頼りながら道を切り開いていくすべが見えてこないのではないかと危惧してもいる。国ごとシャープの運命をたどるのではないかと。その産物が本稿なのだ。

そこでここから話はいったん歴史にそれて長文が更に長くなるが、リバースエンジニアリングであるのでご辛抱いただきたい。

 

(2)非先見思考の歴史

a.「第1の断絶」まで

奈良時代までは大陸(中国、朝鮮半島)がくしゃみをすれば風邪をひく強い緊張関係が我が国を支配していたことを知るのがすべての第一歩だ。思考のメディアである言語ひとつをとっても、史書は全て漢文(中国語)であり、話し言葉を書き取った「万葉仮名」も中国語の借用であり、日本列島に先住していた何者かがそれを「話して」いたことは確かだろうが、彼らは文字がなかったのでそうしたのだからそれを史書に書いた人達と同じ人達ではなく、先住者が留学(遣隋使)して持ち帰ったとされるが第2回遣隋使(607年)で中国人官吏(裴世清)が小野妹子とともに来日したように両者が混合してバイリンガル文化が創生されたと考えるべき時代が前・奈良時代(飛鳥時代)だ。遣隋使は隨が帝国であることを知っており、何よりそこへ行って中国語で会話しているのだから、ここで先住者と書いている者たちが大陸から完全隔離された人達であったはずがない(その理屈で国粋主義を辿っていけば人類の発祥地は日本になってしまう)。先住者はいて独自の文字なし言語を話してはいたが、大陸と混血し、中国語ができる人達が支配者として史書を書き、中国の都長安を模した都を平城京としてそこからを後世は「奈良時代」と呼ぶ。

とすると、

仏教伝来、蘇我氏の治世、聖徳太子の摂政、法隆寺建立、遣隋使の派遣開始、大化の改新(乙巳の変)、白村江の戦い、壬申の乱、 天智朝、天武・持統朝、大宝律令の撰定、藤原京遷都、和同開珎の発行、万葉集の作歌(初期)、古事記の原本編纂

はみな前・奈良時代、すなわち「大陸との混血のさなか」の出来事であったといういささかショッキングな結論になるが、もしそう思われるなら明治政府が国体の正統化のために強調した「皇統の万世一系論」にバイアスのかかった明治モデル日本史を信じておられると思う。宗教としてそれを信奉するのは自由だが、事実ありきの科学的姿勢でリバースエンジニアリングに臨む者としては排除せざるを得ない。

これに続く奈良時代は女帝である元明天皇によって始まるが、何かガバナンスに断絶があったかというとそうではなく、単に平城京(奈良)に遷都し、後世の歴史との整合性から首都の都市名を冠しただけで実体は変わらない。日本を「中華」とする帝国構造や東大寺の大仏建造が中国の最先端インテリジェンスとテクノロジーなくしてはできないことからも、大陸からの人の流入、混血は加速したはずだと考えるしかない。藤原氏の台頭、弓削道鏡事件など、我々はこの時代には王家の権力が浮遊し混濁し、混沌とした印象を懐くしかないのだが、それは流入加速の理由が白村江の戦いの敗戦にあるからで、1945年の米国の例を引くまでもなく敗戦国を戦勝国が支配するのは世界の常識だ。すなわち、663年から日本は唐の占領下にあったのである。GHQもしかりだが、占領軍は撤退するまでの歴史を編纂などしない。天災、天然痘、反乱に怯えて出家してしまった聖武天皇が唐のエリートや高僧・鑑真を率いて東大寺盧舎那仏建立を成し遂げたとは俄かに信じ難く、それは唐人GHQが植民地の唐化のために行ったものをそういうことにしただけだ。我々が習っているのは彼らではなく浮遊、混沌に追い込まれたサイドラインの王家が書いた歴史なのだ。それが後に正史となるのは混血で唐人の視点が合金の如く同一化して日本人なるものが形成されていったために、それがもはや合金には見えなくなってしまったからだ。

奈良時代の10年目に編纂された日本書紀には日本(倭)の古記録の他、百済の系譜に連なる諸記録や中国の史書の記述が混入するが、実はそれは混入ではなく合金化で、背後には政治的目的から日本国を既存のものと塗固すると同時に、王族が混血したことで父祖の民族の神話や歴史が自然に合体、融合したためでもあった。歴史学者・久米邦武(1839~1931)が『上宮(じょうぐう)太子実録』(1905年刊)のなかで、「飛鳥・奈良時代に中国に渡った僧侶が、当時、西域(さいいき)をへて中国にまで伝わっていたキリスト教のことを知り、聖書のイエス伝を太子伝に付会したと考えるのは決して荒唐無稽なことではない」と述べているように、聖徳太子の誕生を未知の王族の子が馬屋で誕生した逸話になぞらえた蓋然性が高いとするなら、大陸の王族との混血の事情なしにそれを国史に記す動機を探すのは困難だろう。現に、上皇陛下は2001年に韓国について「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されている」と発言されて混血が事実であることを認めておられるが、むしろ当時の列島と半島には別々な国家という概念がなかったからのご発言であり、「混血」と記すのは後世のバイアスだとお断りするのが真相に忠実なスタンスであろう。

ちなみに歴代8人いた女性天皇のうち6人がこの「流入、混血期」に現れているのは興味深い。これもご参考だが、8年前に訪れた天皇家の菩提寺である泉涌寺の奥の間に掲げられた系図で、びっくりするものを拝見した。それはここに書いてある。

はんなり、まったり京都-泉涌寺編-

以上のことから、「奈良時代までの我が国が独立国家だったか」というと甚だ心もとないと考えざるを得ない。もとより国家なる概念など当時はないからその問いは発する意味がないとすることもできる。その前提に立ちつつ、あえて国家という鋳型を用いてみるなら、権力(ヘゲモニー)を握った者がその地に従来からあった「国家のようなもの」を自らが新たに統治する正統性を確立したことを、それを脅かす者に向けて「独立国家だ」と主張しているに過ぎない。これはたまさかいま起きているウクライナとロシアの関係を想起させる。コサックである前者は厳密にはロシア人ではないが、長期にわたって混血しており、ソ連という同じ屋根の下だった時代もあり、いまはユダヤ系大統領を頂いて民族とはやや乖離したガバナンスを守るべく戦っている(ちなみに「早く降伏しろ」などと言った馬鹿な政治家がいるが、ガバナンスを譲れば敗戦国は人民に至るまで殲滅されても内政干渉できない。無知蒙昧にもほどがある)。

桓武天皇が京都に都をおいてから外憂が緩和され平安の時代となり、史上初めて現代の我々が日本国と意識している国体のようなもの(そんなものは当時はなかったが)ができた。これは名実ともに我が国が独立国家になった日本史上最重要の事件であるが教科書にはそう書かれていない。その原動力は国内ではなく唐の滅亡という外的要因にあったからだが、天皇の万世一系による国体という史観からそうは書けず、仮定の話だが、もしいまロシアが倒れてウクライナが無事であったらゼレンスキーは史書にそうは書かないだろうということだ。しかし「平安時代」が現代日本の始祖だった特殊性は名称にひっそり刻印されている。日本の時代は権力の所在地によって飛鳥、奈良、鎌倉、室町、安土桃山、江戸と呼ばれるのに平安と明治は京都時代、東京時代とは呼ばないのは、その2か所でヘゲモニーの断絶があったからだ。「国家のようなもの」が「国家」になったのが「第1の断絶」であり、平安の時代という陰の認識は大陸からの独立を象徴している。このことが日本人(当時の列島に住んでいた人々)に与えた安堵感、希望は1945年の終戦を迎えた我々の両親世代のそれになぞらえてもそれほど的外れではないだろう。

つまり、その事大性をよく理解しなくては桓武天皇が詔によって新都を「平安京」と命名した意味がわからない。外国の軍勢に攻め滅ぼされたり大化の改新のようにクーデターを起こされたりがない天智天皇系の世になったということだ。つまり、中国でも朝鮮でも日本という国が意識され、日本語が確定し、女性用の仮名文字までできた。それらのことは支配者の空間である朝廷でおき、天皇を中心とした貴族が心の平安を享受し、恋愛を楽しみ、遊ぶ余裕が生まれていた。明日の命の心配がない。朝廷内にいても敵、刺客からの防御を考える時代が終わった安寧。そうでなければ女官がそれらを題材にした小説を書こうなどという文化が生まれるはずがない。つまり、源氏物語が書かれるのと軌を一にして、朝廷では先憂後楽のための先見思考の必要性は薄れていったのである。その貴族の精神風土が日記、説話、紀行文に記述され、後世に伝わる。我々が「平安時代」と認識する原典はそれだけだ。後世が日本文化の成立とそれらを結びつけ、慈しみ、心地良いと思う感性はその過程において非先見思考をもって心の平安、やさしさ、おだやかさとし、そうである人を良しとする日本的精神風土としてじっくりと醸成されてきたのである。このニュアンスは今でも「京ことば」の柔らかな響きとして感じることができる。

b.「第2の断絶」まで

その新たな政権のヘゲモニーは源平の台頭から征夷大将軍(武士)が握るという変質を経ながらも徳川幕府が滅ぶまで続いた。そこで東京時代とは呼べない「第2の断絶」がやってきたのであり、陰の認識はそれを隠しきれずに明治維新、明治時代と呼ぶことにしたのである。司馬遼太郎は鋭敏な嗅覚でその刷新の思考の先進性が断絶前のヘゲモニーと異質なことを嗅ぎ取り、それが推進力となって成し遂げた白人の国への戦勝に至る昂揚を「坂の上の雲」に記した。僕はこの小説が好きだが、司馬がその昂揚はもはや過日のものと昭和後期に回顧した淡い寂寥を何倍にもしてこの部分を書かなくてはいけないのは本旨ではなく、さらに論考を進めるためである。

唐が滅び平安の世になって外憂は去り、源平が出現すると列島内部でのヘゲモニーの奪い合いが700年近く続く。明治に至るまでの武士政権がそれである。安土桃山時代だけを戦国時代とするのはミスリーディングであり、ずっとそうだったのである。なぜならそれは平安京で創造され連綿と継承されてきた非先見思考的な平面のレジーム上のせめぎ合い、同じ盤上のゲームの「武家バージョン」であり、源氏、足利、徳川と政権は変わっても鎌倉幕府・室町幕府・江戸幕府という朝廷を頂点とした「征夷大将軍の名によるガバナンス」で、なんら質的な断絶はないからだ(初代将軍の坂上 田村麻呂が桓武天皇の忠臣であったことがそれを雄弁に物語っていよう)。その唯一の例外が、征夷大将軍にならなかった織田信長である。彼は中国の古典を好んで範とし、新奇なものを好み、宣教師から西欧の知識を学んでリアリスティックな世界観を形成して現状追認の延長線上に敷衍できる天皇、朝廷の枠組みを超越した「天下布武」のヘゲモニー構築をモチベーションとした。すなわち、日本史上類まれなる先見思考型リーダーだったのである。彼の戦法は奇襲とされるが、小よく大を制すための合理性が非先見思考をする大方の日本人にそう見えるだけだ。源氏、足利、徳川にそれはなく、朝廷の官位である関白になった秀吉も、型破りには見えるが彼らと同じ盤上のゲーマーにすぎない。

つまり、信長の不慮の死をもって平安から江戸までの間は同じ非先見思考的な平面のレジームが続いてしまったのであり、地球的規模で考えればそのニッポン的閉鎖空間はなにも徳川280年の鎖国のせいばかりではない。平安時代の始めから明治維新まで1000年ものあいだ日本は精神的に鎖国していたのである。それを破壊して明治維新にもちこんだのは薩長土肥の下級士族だった。彼らは下級であるゆえに既存のレジームは自分の出世には確実に結びつかない無用のアンシャンレジームと見ており、阿片戦争を見て「このままじゃ日本国もやばい」と踏んだことになって美化されているが(もちろんそれもあったが)、むしろフランス革命におけるブルジョアジーに近い位置にあったと僕は考えている。つまり国家の窮状を奇貨としてゲームチェンジャーになる好機ともとらえた。だから阿片戦争での恐れるべき敵、元凶であるはずの阿片売人(英国)を取り込んでバックファイナンス、武器供与を引き出し幕府を倒したのである。先見思考力があったからにほかならない。

c.「第3の断絶」まで

言いたいことは我が国には平安時代から先見思考がなかったことだ。そうであったのに、いま、にわかにそれの欠落が問題と指摘せざるを得ないことになっている。それは地球上の経済、社会活動に革命的な変革が起きたからであり、それは我が国ではたまたま平成時代に当たっていたことは既述した。では具体的に何があったのか。世界のあらゆる物事がデジタル化、IT化し、AIが人間社会を侵食しはじめ、人類の思考回路までデジタルの影響下で変質したのである。さらに追い打ちをかけるように、人間同士の接触を避けたコロナ環境下でリモートの有用性、利便性が認識され、大都会への一極集中はナンセンスという思考が生まれつつある。経済活動も金融も医療も企業の本社機能も分散化(decentralize)され、地理的に政治権力と乖離して成り立つと社会が認識するようになり、そう遠くない先に、目には見えない機能的、非物質的な形で東京時代は終焉を迎えるだろう。

どういうことかというと、リモートワークが常態化して出張もリアル会議もリアル営業も不要になった会社が温暖化を避けて東京本社を札幌に移し、幹部も社員も家賃の安い故郷の地方都市に個人で分散し、サーバーは宇宙に置き、給与は自社コインで銀行を経ずに支払い、社員の健康診断や医療はリモートでロボットが行い、人事・財務・経理・総務・法務・コンプラはAIででき、よって中間管理職の仕事は消える。経費は劇的に減り社員の自由時間は増え、地方都市で東京の給与がもらえるから誰も文句はない。このグローバル版もできる。高い地価や家賃を払って東京に機能を集中すると株主総会で叩かれることが外的推進力になる。役所はなじまないなどと言ってると人が来なくなるから取り入れざるを得なくなり、東京の役目はdecentralizeされ居住人口は半減する。これが「第3の断絶」で私見では2050年ごろにそうなる。どこに分散移住し機能をどう効率的にストラクチャーするかが企業価値に重大な影響を及ぼし株価も左右する。先見思考できない経営者はまったくアウトであり、政治家もしかりである。

そんなさなかにデジタル庁を設立しますと、30年前に先見思考できなかったどころか30年たって10周遅れぐらいになっても気がついていないことを世界に発信する我が国とはいったいなんなのだろう?デジタル庁の助けが必要なのは国民より政府だろう。日本語でスマホを使ってラインやSNSをやる程度がIT化だと思っている政治家、役所、マスコミのITリテラシーの「貧度」は英語力のそれと高い相関係数があるという観察には僕は自信がある。官僚は東大卒だから世間からは英語ができると思われていようが、それは読み書きだけの話であって、聞く話すはとてもだめでそれこそ話にならない。その英語と同じぐらいITにおいてアメリカはおろか中国、台湾、韓国、ひょっとすると北朝鮮にも置き去りにされているはずである。

テスラがトヨタを抜いた理由は何も自動車業界のディファクト争いの勝ち負けにあったばかりではない、国民的にデジタル思考がなく、30年の暗黒時代を無為無策で過ごした上に20年前から勃発したデジタル革命にも完全に乗り遅れた象徴でもある。それをほとんどの日本人が気づいていない。なぜか?そう報じるべきマスコミこそ英語もITも劇的に音痴な業界で、自分ができないことを報道しろと期待する方がのっけから無理なのである。なぜそんなことになっているかというと、政治、役所、マスコミは三つ巴であって、その思考回路は「明治モデル」のままだからだ。明治時代は英語の「聞く話す」は通訳の仕事で、だからそれを養成する外語大がある。キャリア官僚は自分が英語を使わなくてもいい。同様にアートは芸大だがいまだに国立西洋美術館がある。「西洋」を冠しているうちは「明治モデル」(=鹿鳴館)の思考回路ですべてが回っている証拠である。ここまで書けば結論は予測できるだろう。英語とITは彼らの意識の中では自分がやるものではない。「通訳にやらせろ」の明治モデルだから、ITの必要性だって同じ思考回路で処理されており、政治、役所、マスコミのリテラシーが高いはずないのである。

ではなぜ明治モデルから脱却できないのか?答えは簡単である。そう教育されないからだ。なぜされないかというと、教育者が明治モデルによって再生産されるからである。このことに関しては前述のように、「カネもうけはけしからん」、「人生の目標でない」と、かくいう僕も大学卒業まではどちらかというとそちら派であったという事実を噛みしめるしかない。「そちら派」が明治モデルの優等生であり、僕は劣等生だから「どちらかというと」程度で済んでいて、「通訳が」でなく自分で英語を操り、「そちら派」と対極の世界に身を投じた。そのおかげで頭の中で宗教革命が起こり、先見思考型人間に生まれ変わることができた。そして実に幸運なタイミングでやってきたデジタル化という世界史上の大技術革命が金融で第二次革命を起こす「暗号資産(コイン)」なるものに思い切り投資しているという現在がある。指摘しておくが、暗号資産は世界の決済、貯蓄の仕組みに大革命を起こす。これは最早どの国家も止められないから米中は通貨主権、KYCなど表向きは懸念を表明しながら実は取り込みにかかっている。こういうことは大学の先生に聞いても知らないわけで、それと一体である政府はなおさらそうで、日本は金融という生命線で起きている仮想通貨競争でも先進国の中ですでに断トツのビリである。しかし、僕だってそうなってしまう空気は想像することぐらいはできる、なぜなら明治モデルど真ん中の大学にいたからであり、留学もせず学校の先生になっていたら疑問もなく明治モデルで学生を教え、いまごろ「世の中カネじゃない」というブログを書いていたろう。

 

(3)非先見思考は付加価値(おカネ)を生まない時代になる

ここでやっと教育の話になる。先日の日経新聞に「私大、4分の1が慢性赤字」という記事が出たが、文科省はこれに対しどんな策を講じるのだろう。その答えも読者はもうご賢察だろう。そう、明治モデルの優等生として教育された文科省の役人も非先見思考型であり、慢性赤字の原因がそこにあるのだからそれはどう贔屓目に考えても解決せず、人口の減少と軌を一にして大学は数が減るという結末になるだろう。器だけ足したり引いたりしても中身は変わらないからだ。もともと学生が先見思考できるアメリカでは大学は彼らを惹きつけるためにビジネス界と表裏一体で人が行き来しており、学生はもちろん教授がベンチャーを起業しているなど日常茶飯事だ(ノーベル物理学賞の中村修二先生もそう)。それができない干からびた学問を武士は食わねど高楊枝みたいな先生が教える大学に高い学費を払って学生が集まるとすれば、それは学問ではなく宗教と呼ぶべきであろう。大学の権威で学生が来ると思っているのが明治モデルの特徴だが、日本でも優秀な学生はもうそれでは自己実現どころか食えないことを見ぬいており、権威の権化であるキャリア官僚ですら志願者が減っている。どこからこのままで大学が生き残れるという結論が導かれるのだろう。

非先見思考型(現状追認型)教育は何が悪い?と言う明治モデル優等生の人にはシンプルな質問をしよう。

明るくない現状を学んでどうしてカネが稼げるのだろう?

カネ?それは学問の目ざすべきものではないだろう。すべての学問は意味があるから存在しているし、少数ではあっても学ぶ人がいて欲しいとも思う。しかし、人間は霞を食って生きられるわけではない。無欲の人だけが公職につくわけでもない。ここで言うカネは生命維持をあがなう最低限のライフラインではなく、努力して勉強して良い教育を求めるのは良い暮らし、良い人生、プライドのためだろうという文脈において、それらを満足できるレベルであがなうための資金調達という意味で僕は「カネを稼ぐ」という表現を使っている。それを得たいと思うのは、多くの人にとって、自然なことだろう。そして、強い国は少数の学者でなく、多くの人が作って支えるのだ。もう一度だけくりかえす。「加工貿易で国富を増やす」モデルは灰燼と帰し、これは非可逆的であり、奇跡の回復は絶対にない。したがって加工貿易時代の現状追認型ビジネスモデルが利益成長を生むことはもうない。ということはそれに適した明治モデルの教育で全優を取ってもそれに費やす時間と努力に値する報酬はもはや得られず、優秀な学生ほど先見思考型教育を求める時代にすでに突入していることを意味する。

では、その報酬を得るためにはどこで何を学べばいいのか?この問いに、ビル・ゲイツは四半世紀も前のダヴォス会議で明確に答えている(ご興味あれば上掲ブログに書いてある)。1997年は平成9年だからまだ世界史上の大技術革命が起こる前であり、先見思考型のゲイツはそれを的確に予測していたということであり、それができるから事業に成功して大金持ちになったのであり、その時点で日本が国を挙げてそれに耳を貸していればまだ光明を失わない余地はあった。若者が夢のない国とこぼすようなことはなかった。ビル・ゲイツがそこまで先見性ある人物であることを当時は誰も知らなかっただろう。僕もそうだった。ただ、同じ1955年生まれの彼の言葉にいささか刺激を受け、同行されたK常務と「そうなるかも、ならないと日本はやばいかも」と未来ビジョンを延々と語り合ったのは覚えている。

そういうこととは無縁である明治モデル教育を受けて社会に出た平成時代卒業生がもう50代になって企業の中枢にいる。そんな企業が世界で勝てないのは自明の理なのをご賢察いただけようか。ベンチャーもお寒い。数はあるにはあるがNASDAQでユニコーン(時価総額10億ドル)になれそうなのは見たことがない。アイデアに光るものはあってもグローバルに経営する視点がない。要は英語力もないし無国籍ビジネスという思考ベースもない。そんなことでユニコーンになれるほど世界のコンペは甘くないのである。そもそも自分でベンチャーを起業して大企業に数百億円で売却できる中村先生のような教授がひとりもいないのに学生はそれができるようになる秘法でも日本の大学にはあるのだろうか?そんなものがあるはずないことは世界のビジネス界の常識だ。そしてそれを知らないのが日本の大学の特色なのである。だからソナーは海外の会社ばかりに投資してるのだ。国賊なのではない、ないものは買いようがないのである。

というわけで、学生は将来なにで飯を食おうか考える。おおいに迷う。男子は食えなければ結婚すらできない時代だから一種のライフラインのレベルの話でもあって、迷って当然だと書いてもそう反論はなかろう。私大の志願者が減っているのは少子化のせいとするのは陳腐な言い訳だ。そんなのは始まって久しいからだ。そうではない喫緊の理由があるはずであり、それはその大学を卒業しても将来飯が食えないと受験生が判断しているということに他ならないのである。それでも受験してくれる現状追認型の学生は労働力(フォロワー)としては必要だが、そもそもビジネスにならないことに詳しくてリーダーになれる国は世界のどこにもない。教養が大事などと言ってる余裕はない企業もそういう採用をするようになるだろう。

 

(4)forward-thinker(先見思考型人間)になる方法

ではキーとなるforward-thinking(先見思考)とはなにか、それを説明しよう。シンプルに言えば「明日世界がどうなっているか考える」ことだ。そんなこと誰が分かる?そう思うのが典型的日本人だ。分からない。だから考えない。何か起きてしまうかもしれない。その場合は起きてからじっくり調査しよう。その結果を見てみんなで考えればいい。そして待つんだ、台風一過を!

皆さん、この10年に起きた事を思い出されればいい、福島原発事故、各所で起きた豪雨・土砂災害、そして何より政府のコロナ対策。みんなそれだ。行き当たりばったりで、起きてから右往左往する。国民向けには「専門家」なるあまり専門知識があるとも思えない面々がテレビでああでもないこうでもないと井戸端会議をやる。いずれにせよ、それで何も解決しないのだからその知識や蘊蓄を知っても何にもならない。

先見思考の人にとってテレビ番組で役に立つものはない。なぜなら報道は「過去~現状」を伝えるだけで、明日の話は天気予報だけだ。リーダーになったりカネを稼がせてくれるのは明日を洞察するインテリジェンスであるが、それはかけらもない。非先見思考型教育はそれに非常に近いものなのだ。どうしてそうなっているかというと、ここにも根深い理由がある。明日の洞察は「ドタ勘」でするわけではない。論理的根拠に基づいた「仮説」を立ててするのである。格好をつけてそれを「モデル化」などと呼ぶことがあるが名前はどうでもいい、大事なのは、論理的根拠を探すにはある程度の数学が必要ということだ。線形代数だベクトルだ微積だ確率論だ、はたまたそのどれが必須だというのではない、そういうものをじっくりやった人だけが持っていて、話すとお互いに「やった人だね」とわかる数学的思考力が必須なのだ。

 

(5)平安時代の教育はやめろ

そう思って若い人のために、2017年にこのブログを書いた。

理系の増員なくして日本は滅ぶ

ズバリ言うが数学なき文系という超日本的なジャンル分けは学生のためにならないからやめろという趣旨である。”文系” とはいかにも平安時代的な、清少納言の「理屈、理論、原理なんで面倒くさくて冷たくて堅苦しいこと口にする男は大っ嫌いよ」的な精神風土に親和性のあるコンセプトだ。文系科目が不要というわけではない。理屈、理論、原理を理解し、それを根拠に推論するベーシックな回路を頭に構築しないと「明日世界がどうなっているか考える」ことなどできるはずがないと当たり前のことを言っているだけだ。どういう経緯かは知らないが、早稲田の政経学部が2021年の入試から数学を必修科目にしたと聞く。受験者は減るだろうから英断と思うが、この時代に「教育の品質」を守るためには必然の策だろう。マル経、近経を教えることは今どきは非先見思考型ですらなく、「何時代の学問か?」というのが世界史の設問になるだろう。北京大学の子に聞いたらマル経はありますが哲学科ですねと笑われた。僕がいかに学問する価値、教養の涵養が重要と説いてきたかは以前からの読者の皆さんはご存じだが、しかし、何経済学であろうと結構だが、目下の激しい円安をモデル化によって先見できるエコノミクスとできないエコノミクスを並べられれば、学生はどちらを履修したいと望むだろうか?ということではないか。

そういう観点から断言するが、高校数学もできない学生がそもそもエコノミクスをやるなんてアメリカのトップスクールではジョークだ。数学は計算問題を解くのがうまいへたを決する科目ではなく(僕はヘタだ。そういうのはパソコンやソロバン名人にまかせたい)、論理的思考に強い弱いを決定的にする、つまり人生航路の有利不利に大きく関わる学科である。なぜなら、くりかえすが、未来予測はモデル化という数学的思考が必須だからである。これからの時代はそれが価値を生み出す。それが当たるか外れるが問題なのではない、そういうアタマがないとそもそも社内会議にすらついていけない世の中になるのである。現状追認科目を丸暗記だけしてロジックに弱い人は、AIに真っ先に淘汰されるか、下請け作業をするだけの人材になる。そこからテスラは生まれないだろうし、そうした教育であれば高校までで十分可能であり、大学でやる必要さえないと思う。

 

(6)GAFA創業者たちの教訓

もう少し若い人に分かりやすく書こう。今流に言うなら、求められるのはどんなタイプの人か?インフルエンサー、キュレーター、クリエーターの3種類だ。それがforward-thinkerに近いと考えていい。いくらでも情報があるネットで他人と同じようなことを言っても面白くも何ともなく、フォロワーの数は増えない。同様に事業だって、人と同じようなことをやっても成功しないからだ。すなわち現状追認型はすべからくダメなのである。イーロン・マスクはまさに3種類どれもに当てはまる資質の人物であり、仮にyoutuberになれば世界中の若者が熱狂するだろう。そうなった場合の膨大な数のフォロワーがテスラの顧客であり株主だという感じで把握すればいいから別に難しいことではない。ただ、単なるyoutuberとGAFAの創業者たちが違うのは、彼らは異口同音にこれからの経営者が学ぶべき学問は数学と哲学だと数年前のダヴォス会議で述べていることだ。その両方がforward-thinking(先見思考)にとって必須科目であり、その十分な修得こそがリーダー(経営者)の条件だと言い換えればおおまかな想像がつくのではないだろうか。そして、会社において、どんなにクイズや雑学に強かろうと、計算が速かろうと、おべっかがうまかろうと、これからそれができない人がなれるのはフォロワー(一般社員)だけである。

GAFA創業者はみな米国の大学で学んでいる。元々forward-thinkerだった彼らが学びたいという教育を施せる教授がそこにはいたからだろうし、ゲイツのハーバード、マスクのスタンフォード退学はそうではなかったからだろう。そうなれば大学の評判まで落ちるから米国の大学教授はPublish or Perish(論文を書け、さもなくば辞めろ)という熾烈な環境で競争させられ、学期が終わると(僕もしたが)、学校は学生に「この先生はいかがでしたか?」と人気投票させる。サボる先生に容赦はない。しかし日本の大学教授にそんな試練はない。そのぬるま湯ゆえに「先見思考のカルチャーがない、教育者がいない、人材が育たない」を放置し続け、世界のビジネス環境が激変しているにもかかわらず現状追認型から一向に変化の兆しがないまま30年たってしまったというのが日本沈没の、表に出ないバックヤードだったのである。ビジネスとして赤字の私大が続出する時代にこれから突入していくのは物の道理だろう。

forward-thinkerが新たな需要・産業・商品を生み、ベンチャーを起業しまたは既存企業を経営しなければ経済は成長しない。主役は企業以外にない。これは日本を除く世界の常識で、あえて書くのも馬鹿らしい。明治時代ではあるまいし政府や役所が成長政策のペーパーを何百枚書いても、自分のカネでリスクを取ってそれをしてくれる人がいなければ何も起きない。だからこれからの大学は優秀な役人ばかりではなく先見思考型の企業家の育成に寄与する教育を求められる。ということはそこで教える教授陣が論理思考に強いforward-thinkerでなくてはそもそも話にも何にもならないのである。これからは大学を志望するのでなく、あの先生に習いたいからそこを受験するという時代に確実になるだろう。

 

(ご参考)

ドルが急騰!(日銀が指し値オペ予告)

株式道場-未来を原理思考しない日本人-

日本は「反知性主義」によって戦争に負けた

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メタバースとウサギ狩り(猫と人の場合)

2022 FEB 9 18:18:54 pm by 東 賢太郎

2年も家にいたもので、身体じゅうがばきばきだ。凝ってるなんてもんじゃない、固まってる。毎週マッサージに通うことにした。かかりつけのHさん(女性)が「思うんですけど、東さんお肌きれいですよね」ともちあげてくれた。「そう?オレ67だよ」「えー?」なんてお決まりの会話があってふと考える。これって「50」だったんだよなぁ。

帰りに腹がへった。13時半だ。ふらっとラーメン屋に入ると、いつも混んでるのに客がひとりもいない。カウンターに座ってそうかと思い、一番高いのを注文した。親父はいつもながら愛想がない。もう今日はあきらめて閉めるんだろう、無言で暖簾をおろしに外に出て、戻りがてら「どうぞ」と水をくれた。スープの塩梅がいい職人だ。「ごちそうさま」を言って出た。

家でこれを読む。面白い。國分功一郎氏はここで「退屈」を哲学している。「ウサギ狩りに出かける人を不幸にさせる方法がある。ウサギをあげることだ」。彼はウサギが欲しいのではない、狩りに夢中になって退屈から逃れたいのだ。ショーペンハウエルいわく退屈は人間の敵で、その恐怖から人は社交にいそしむ。社交はもともとしない僕は、だから、退屈してないか、しても怖くないかだと思っていた。ところがこの本によると持って生まれた能力を使わずにいくら衣食住が足りても退屈は退治できない。とすると、もう能力全開で生きてない僕は退屈男であって、ゆでガエル状態で慣れちまってるだけかもしれない。おかげで、じゃあ何かやってみるかという気になってきた。身体は落ちてるから運動はやめとこう。でも頭は大丈夫だ。落ちてないからでない、十分に落ちてるのでたぶんそれに気がつかないからだ。

いっときパニック障害になった。大変だった。それを考えないようにしないとまたなってしまう。恐ろしいから意識をそらそうと闇雲に走ってみたり、鏡を見たり、どうでもいい電話をしたりする。でも、一番いいのは仕事をすることだったのだ。それも一番、めんどうくさくて嫌なやつを。そっちに意識をやって懸命に何事もないように時間をやりすごす。なんだ、俺は人生の時計を早回しする為に生きてるのかなんてことになった。

猫はどうなんだろう。テレビ番組で「猫って鼻がいいんですね」なんて驚いてる。人の1万倍らしい。その嗅覚で獲物をみつけて追っかける。逃げ方を予測して最適な方向に最適な速さで加速する。カーンと打球音でぱっと足が出る外野手みたいだが人間は何千回も練習しないとできない。猫はすぐできる。こんなことができるAIはまだないらしい。そんな猫なのに、つかまえても食えないと知っている玩具にじゃれる。親からもらった能力を全開にする喜びに浸りたいからだろう。家猫はエサが出て楽だなんて言ってはいけない。ウサギ狩りの猫にウサギが出ているだけ。退屈なのだ。

こいつは食えるかメタバースか?

いまメタバース空間について考えている。もちろん事業としてだ。事業は哲学だとつくづく思う。考える葦しか成功しないからだ。GAFAのオーナーもイーロン・マスクも成功要因は創造だ。そのことがいかに重大かって、マスク氏の個人資産はトヨタの時価総額より大きい。創造はオンリーワンである。だから成功する。それを聴覚なしでしたベートーベンは記憶から音を選んだ。選んだのは心の耳だ。耳は変わらないから記憶が多い年寄りの方がいい種目もあるだろう。そう考えることにした。2年は大きい。コロナは体は固くしたが頭の中の時空は柔らかくした。仮想三次元空間。インターネットの収束先は間違いなくそこだ。これは割と性に合う世界だがまだ頭に回路がない。ちんけな創造に終わるなら時間の無駄だ。でもそれが僕の全速力なら退屈はしのげるご利益はある。無駄なのに。なんだ、ウサギ狩りに出るんだ。

 

ベートーベン 交響曲第2番ニ短調 作品36(その1)

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なぜ「平成は大没落の暗黒期」になったのか

2022 JAN 18 18:18:34 pm by 東 賢太郎

昨日、我が家では犬、山、赤色、雨など片っ端から「フランス語では?」で盛り上がった。スマホで答えは即わかる。家族で鍋をつつきながら遊べてしまうのだから便利な時代だが、子供時分にそんなことをしたら父は許さなかったろう。僕はというと真逆で、子供を勉強しろと叱った覚えがなく、遊びながら学べばいいという父親だ。自分も遊びたい子供の気持ちがたくさん残っている。その方が人生の長丁場では勉強はできるようになるからだ。さて、やってみると英語に化けたフランス語が多いことに気づく。日本語に例えれば大和言葉がドイツ語で漢語がフランス語と考えて良さそうだ。文化も言葉も大陸からやってきて、島国で入り混じる。その点では日英は似た者同士だね。こういうことは子供に教える。言われなくても自分の頭で考えるようになれよということだ。

ではなぜ日本の会議がシャンシャンなのかを考えてみよう。忖度のせいだけではない。なぜならボスの顔色を見ることにかけてはアメリカも同じであり忖度など可愛いものだ。それなのにシャンシャンなんてあり得ない。全会一致ともなれば誰しもが不正を疑う。つまりトップダウン型社会のボスは生殺与奪も握るから彼イエスマンが会議で見え見えに並んだりするが、しかし議論はする。しなくてはいけない。それは言語の違いと関係がある。彼らは相手が大統領でも子供でもyouはyouだ。言いにくいコンテンツはあっても、言葉使いに引っぱられて言いにくくなってしまうことはない。日本語ではそうはいかない。まずここから本稿を始めよう。

下っ端の課長だったころ、ロンドンの御前会議で満座でNOを言ったことがある。少々の物議はかもしたが、その刹那では英語だから気兼ねがなかった。「お前よく言ったな」と驚く手合いもいたが、余談になるが、「英語人」になるとはそういう精神構造の領域までバイリンガルになることである。そうでないとアイビーリーグのレベルの学校を卒業などできない。俗にいう「英語ペラペラ」は ”I♡New York” なんてTシャツを得意げに着そうな田舎のお兄ちゃんが発するチャラい英語のようなものを、無学な女がステキ!と惚れこんだペラペラな形容詞に他ならない。そういうのと同じだと思ってる人は驚いたのだ。

しかし、あのロンドン御前会議が日本語だったらどうだったろう。課長と副社長だ、日本人の常識として最大限の敬語にならざるを得ない。これが日本語の宿命であり、すべての日本人が着せられているストレートジャケット(拘束衣)だ。あえて時代劇風に書けばこんな感じになるだろう。

副社長様にあらせられましては、この度のお達し、ご明察と拝聴たてまつった次第でございます。しかしながら、畏れ多くも、今回ばかりにおきましてはいささか問題があるのではなかろうかと愚考せざるを得ないところでございます』

心理的にこれに近い。敬語、謙譲語は「上下関係」の存在が前提だ。「下」の者が上意にNOを突きつければ、コンテンツに反論したつもりでも「上」の人格まで否定したニュアンスになり、周りが「分をわきまえろ」「不敬だ」などと騒ぐ。ノイズが混入するならそもそも「議論」ではないから、言語の制約で日本ではまともなディベートが成り立ちにくい。会社のためには反対と思っても「下」は口をつぐみ、物を考えなくなり、付和雷同の無責任社員が増え、そういう輩のほうが出世し、とどのつまりが無責任な社長が生まれる。

はっきり覚えているが僕はこう発言した。

I don’t think it works now.

6単語で終わりだ。これが口火となって、モノ申したかった英国人、スイス人、ドイツ人、フランス人幹部が入り乱れて侃々諤々の議論になった。望ましいことだった(ビジネススクールなら有効な反対動議でクラスを盛り上げたと評価される)。前稿で「情報量は、英語を1とした場合は日本語は0.6で非効率だ」と書いたが、この例ではおよそ10倍も非効率と思われる。それがビジネス現場の体感だ。戦場で上司にお世辞など言っておれば真っ先に戦死、無能だが愛い奴を上官が取り立てれば部隊ごと憤死だ。

日本は空気で物が決まる。日本語は元来が構造的に非効率なのに、議論に使うと「どっちが偉いんだ」とマウントしたいだけの馬鹿が非効率の上塗りをする。だから落し所を忖度する者だけが役員に選ばれて会議に呼ばれ「ぐちゃぐちゃ理屈を言うなよ」(森さん流だと「女性は話が長い」)と睨みが届く。大きな力による思考停止命令である。会議だけではない、僕は新人の時、お客さんに自分で調べて選んだ株を薦めると「ばかもの、何も考えるな!支店の銘柄をやればいいんだ!」と怒鳴られた。映画で観た帝国陸軍を思い出した。この空気に反駁するのは無理であり、支店の銘柄はいつもハズレなのだ。この時に大いに悩み、以下のことを思い出した。日米開戦の最終決定者は9人おり、天皇以外は官僚だった。民意の代表者は一人もいないのに国民の空気に反論を唱える余地はなかったとする(理が通らない)。思考停止して議論しなかったなら最高権力者の不作為であり、議論しなかった(ハンコを押してない)のだから責任がないなどという日本流のふわふわした理屈が世界で通るはずがなかった(このことは東京裁判の正義とはまた別個の問題である)。いつもハズレならお客様を裏切り、不幸にするのは僕なのだ。

310万人の死者を出した戦さはポツダム宣言の受諾で敗戦をもって終了し、行政権を放棄した日本は米国の信託統治下に置かれた。要するに、日本は米国の属国ですらなく、サンフランシスコ講和条約に調印するまで6年間も「国家」でなかったのである。僕が生まれた昭和30年はまだその余韻があったのだろう。物心ついて小学校にあがる頃になると、国家の負の屈辱を皮肉と笑いでかわす正の方向へのエネルギーが社会に生まれ、「この世でいちばん無責任といわれた男」の植木等がスーダラ節を明るく歌う。半世紀後の「物を考えない付和雷同の無責任社員」の大量発生を見事に予見していたわけだが、なぜか「テキトーなオヤジだな、こんなのが許されていいのか」と思っていたから右翼的なガキだったのかもしれない。

私見では日本はそれ以前にも2度外国に占領された。1度目は白村江敗戦後に唐によって、2度目は黒船騒動から日英通商航海条約調印まで問答無用に不平等条約を押しつけた英、米、仏、独、露、蘭、伊など14カ国によってだ。インテリジェンスに長けた英がグラバーを長崎に送りこんで薩長にクーデターを仕掛けさせ、仏が支えた幕府を倒した。中露がタリバーンを支援してアフガニスタンを乗っ取ったのと同じだ。伊藤博文らはアヘン戦争で清を蹂躙した仮想敵国が実は裏の下手人だったという真相を隠蔽し、天皇を神格化した王政復古で新政権の正統性を謳った政権乗っ取り劇を演じた。その美称が「明治維新」であるが、第2の占領こそがその地盤であった。そして3度目が米のマッカーサー元帥を司令長官とする占領だ。日本を非武装化し、原爆への復讐を恐れて仕掛けた愚民化政策は奏功し、チャラい無責任野郎が恥ずかしげもなく跋扈する国になった。そのことは太田龍の著した「天皇破壊史」(成甲書房)が予言していた。同書はザビエルら宣教師の布教が鉄砲の火薬原料として不可欠であるチリ硝石との「抱き合わせ販売」であり、その結果として篭絡された九州の大名がキリシタンとなって日本人を奴隷として売っていた。それを知って激怒した秀吉が厳罰を科して禁教し、さらに警戒した家康はついに鎖国したと説いているが、鋭い原理的考察は説明力がある。明治維新においては英のロスチャイルド家が薩長に、仏の同家が幕府に武器供与とファイナンスを行い、お家芸である「ノーリスクのマーケットニュートラル(両建て)戦略」で倒幕したと看破しているが、それは僕自身がロンドン時代に担当していたNMロスチャイルドの幹部から聞いた話と符合する。伊藤博文らによる孝明天皇、皇太子睦仁親王の暗殺、天皇すり替えは国内では事実を封殺できたが韓国までは及ばず、伊藤を暗殺した安重根が天誅を下した理由の一つに「国賊」とそれを書き残している。

我が国が壊滅的な国土から世界第2位の経済大国に一気に駆け上った速度とマグニチュードは世界史上類がないが、その奇跡が「物を考えない付和雷同の無責任社員」の集団によってオーガニックに引き起こされたなら宇宙水準の奇跡であろう。そうではない。朝鮮特需のおかげである。昭和の末期まで特需による設備投資の残り火は尽きなかったが、平成の幕開けと同時に大失速した。日本の愚民化は進めつつも反共防波堤には育てたいと慈父のようだった米国がソ連の消滅でその必要がなくなり、自動車、半導体が目障りだとジャパン・バッシング(日本を叩け)に回ったからである。僕は1987年のダボス会議に出席したが、それはジャパン・パッシング(日本は猫またぎ)になり果てていて愕然としたのは記憶に新しい。そこから橋本龍太郎、中川昭一の不審死があり、小泉純一郎というポチが新自由主義を持ちこんでスイス同様に本邦金融を米の軍門に下し、リーマンでトドメを刺され、傷が浅かった中国に一気に抜かれた。平成という時代は我々の子孫に大没落の暗黒期と記憶されるだろう。

しかしそれを米国や中国のせいにするのはお門違いである。立ち止まった者は抜き去られる。愚民化はマッカーサーすら予期しなかったと思われる完成度に達してしまい、明治の国盗り物語の真相を国民に隠し、学校で取り上げもしないから若者が興味も持つはずもなく、ガンジーやリー・クアンユーのような卓越した政治家が出現する芽は慎重に摘まれている。米国大統領がスクール・カースト(米国の学校社会の序列)のジョック(ジャイアンに相当)なら、日本の総理や大臣はメッセンジャー(のび太=パシリ)か、せいぜいプリーザー(スネ夫=ジョックのコネをちらつかせプリーズと金をせびるタカリ屋)という所だ。僕は親類が関わった二・二六事件を調べているが、日本がそこまで落ちたのは先の大戦からではないというのが結論だ。いつからか?明治維新だ。司馬遼太郎ファンが大好きな時代から我が国は既にエージェントのポチども(日本人だ)に毒されており、邪悪を排除する昭和維新が可能と陸軍青年将校らが団結決起する前例と目されたのがそれだったと考える。

2年になるコロナ騒動で日本経済の周回遅れは霧の中で見えにくくなっているが、もう勝負はついてる。IT産業は完全に波に乗り遅れ、自動車、電子部品しか金の成る木がなくなった。トヨタとてEVが主流になる中での戦略は迷いが見える。半導体の下請け仕事と馬鹿にしていたファウンドリーはカネを積んで台湾から来ていただくという先見力のない有様である。GAFAの創業者、現CEOの学歴はGoogle(スタンフォード、コンピューターサイエンス)、Amazon(プリンストン、電気工学)、Facebook(ハーバード、コンピューターサイエンス)、Apple(オーバーン、工学)と、当然とはいえみな理系であり、テスラのイーロン・マスクもペンシルベニア大学の物理学だ。対して日本のIT経営者はみな文系である。エンジニアとしてトップダウンで新機軸を打ち出し世界のディファクト化するなどまず無理だ。学歴で決まるわけではないが、理系思考訓練してない者がそれで勝つというのは草野球のエースが大谷から三振を取ろうというようなものだ。そして、そうした諸々のあまりに当然の帰結として、書くのもアホらしいが、GAFAの合計株式時価総額は約770兆円と日本の上場企業全部の合計である750兆円を抜いた。平成時代は日本株の時価総額が米国を抜いて世界一という天国からスタートし、ずるずる地獄に落ちてついにここに至った。1989年末の日本の時価総額合計は611兆円で今とほぼ変わらないが米国はその間に12倍になっている。「平成時代は大没落の暗黒期」の意味は数字が残酷に語っている。

超がつくIT音痴で国際偏差値32ぐらいの日本の役所と政治家が「IT成長戦略」なんて、そんなものが出るのを待つならアラジンのランプを3Dマシーンで製作した方がいい。物を考えない付和雷同の無責任社員が出世した産業界からも出ようがない。その証拠に、世界がそう思ってるから株が上がらないのである。そこかしこに君臨する昭和のお爺ちゃんたちが恋々と権力にしがみつき、大事なことを忖度の強要と思考停止命令でシャンシャンと決めて軽いタッチで大間違いを犯し、いるだけで若者のやる気を削いで彼らの貴重な時間をクソみたいな会議で空費させている。国家・企業は国民・社員の安全・幸福こそが第一だが、政治家・経営者はいくら御託を並べても数字で評価されることは免れないのが世の掟である。日本国の通信簿はお示しの通りで弁解の余地もない。ここまで君臨してきた昭和のお爺ちゃんは平成の敗戦の責任を取って首を差し出すのが道理で、まだ続投ともなれば、もはや「はしたない」としか書きようがない。このままだと、生まれて株が下がり続け成功体験のない世代がそのままトップになる。それも危険なのだ。ここで少々の失敗は飲んでも成功体験を積ませるかどうかが国運を左右する。運転免許は80才で返上、政治家、経営者は70才で引退。若者が忖度で偉くなる国に明日はない。

 

先見思考なき大学も企業も潰れる時代になる

 

 

 

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2022年は「フランス」で開幕

2022 JAN 3 2:02:35 am by 東 賢太郎

明けましておめでとうございます。

去年は三が日からロンドンとZoomでせわしない正月したが、今年はのんびり。浄真寺の初詣は猫たちがお迎えしてくれ、おみくじも大吉でオッケーでありました。皆さまにおかれても良き年であるようお祈り申し上げます。

さて、我が家ではちょっとした事があってフランスが話題です。食、ファッション、芸術は全部パリだぞ、アニメが流行ってて日本好きだぞなんて盛り上がってる。かく言う僕も、フランスは大好きなのです。ヨーロッパにいた頃、パリで会議があると嬉しくてうきうきし、とにかくあの文化の洗練度は抗いがたいものですからいつ行っても「都会に来たな」と感じました。ロンドン、フランクフルト、チューリヒだって文化も歴史もあって素敵な街なのですがやっぱりパリはパリで、その他のどの都市、ニューヨークだろうがシカゴだろうがどこへ行っても田舎に見えてしまうのですね。

ニューヨークが田舎、なに言ってんの?と思う人は多いでしょうが、文化と文明は違います。文明ならニューヨークでありますが、そこで生まれ育ったガーシュインがパリに行ってみて、「パリのアメリカ人」という自虐ネタ含みの音楽を書いてしまう。あの曲は百年前だからねで済むものでもなく、今だってアメリカ人はコンプレックスがありますからね、フランス語を喋れると一目置かれるようです。コロンボ刑事が自分のオンボロ車を「アンティークの外車ですよ、フランスでね」と自慢して見せる、それを笑って慈しんでしまう愛すべき精神はガーシュインを継いでますね。貴族がいない国の本質的なもの、共和党支持者だって持っているいわば民主党的なものだと思うのです。

では都会と田舎の感じ、つまり都鄙感覚というものがどこから来るか。これは難しい問題です。都市をその構成員である人間に還元すると、雅び(みやび)、野卑という所に発しているでしょう。ではどういう人が雅びなのか。仕事がらヨーロッパの各国で多くの貴族階級の方々にお会いましたが、全員ではないもののやはり一般人とはどこか違う。古語で「やんごとなし」といいますが、雅びな人とは典麗、高雅、瀟洒、威風、鷹揚、寛容、知性、教養、慈愛、そういうものを持った人だと思いました。ただ全部ある人は多くないので反対語をあげた方が定義が簡明です。つまり、「野卑でない人が雅び」なのであり、やんごとないのです。野卑とはひとこと、「はしたなし」で済むと思います。はしたなき人はそのクラスでは見たことがない。これは世界の常識ですね。貴族に限らず平民でも雅びな人がたくさんいて、平然と通りを闊歩している。それをマスでとらえると「都」であり、そうでない所が「鄙」なのです。

では都鄙を食事にあてはめるとどうでしょう。西洋の食文化の「都」はヴェルサイユ宮殿風料理(フランス料理の源流)であり、それが雅びとされ各国に広がりました(参考図書:「フランス料理の歴史」 ジャン=ピエール・プーラン著、角川ソフィア文庫)。フランス革命で貴族が亡命してきたエカテリーナ王室がヴェルサイユ風にかぶれ、ロシア貴族の食卓はフレンチになったわけです。学生時代に渋谷のロゴスキーでロシア料理を食べて、それはそれで素朴でおいしいのだけれど、さもありなんと思いました。ですから後にドイツで暮らしてみて、ドイツ人には申し訳ないですが、すぐ隣で2千年も暮らしていたのに食がフランス化してない、これは大変なことだと思ったものです。ローマはゲルマン人大移動で衰退したと習いましたが、それが正しいことを舌で知りました。両民族はライン川を境に今でも水と油なのですね。

さように民族の食の好みはそう簡単には変わらないとするなら、フランスとロシアは親和性があったことになります。ロシア人は元はスラブ人で、北方ゲルマン人であるノルマン人が攻め込んで混血してできた民族とされます(参考図書:「世界史の発明」タミム・アンサーリー著、河出書房新社)から矛盾するのですが、「第三のローマ」と称したギリシャ、ラテンの血のなせる業なのか、そこが純正ゲルマン国であるドイツとの舌の違いかもしれません。日本にはシルクロード等を通じて西洋の血が入っていると僕は信じます。多大な影響を受けた大陸の覇権国・唐がそうだったし、正倉院の宝物はその例証だし、そうでないと証明する方が困難でしょう。ただそれはローマ、ペルシャ系であっても当時の野卑だったノルマン、ゲルマン系だった可能性はほぼゼロで、ドイツ料理よりラテンのフランス、イタリア料理が日本人の口に合うのは理にかなっているのです。

文化というものは知識・技術で移入できる文明と違って時間をかけて都から鄙に流れ、逆流はしません。フランス宮廷はボルシチを食べないように、一方通行の片思いであります。ところがその原則の例外があって、鄙であるロシアから都のパリに流れた文化があります。それがクラシックバレエであり、その伴奏音楽として進化したバレエ音楽です。正確にはイタリアに生まれフランスで一時期栄えたバレエ(ダンス)が食文化と同じくロシアに伝播し、一方で本家のフランスでは廃れてしまった。ロシアで体系化され逆輸入されたのです。これは音楽史において特異な現象です。まずチャイコフスキーという大天才が現れ、彼は民族的素材は使用しても感覚は五人組とかけ離れて西洋的です。ここで西洋というのはゲルマンではありません、彼はドイツ的なソナタを書きそこに存在の場を求めましたが、分裂的な性格であり、一方の感性はルネッサンスを経た「雅び」につながっていたというのが私見です。

次いで現れたのがストラヴィンスキーでした。彼はゲルマンのソナタに執着せず、新ジャンルであるバレエ音楽を発射台として音楽史を根こそぎ揺るがす作品をローンチした天才です。その独創性はリズムや和声が従来の音楽に比べて特異だったことにあるとされますが、そうした前衛性というならスクリャービン、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチにも見られます。僕の視点はそうではなく、彼は鄙であるロシアから都であるフランスに「文化の伝播の法則」に逆らった作品を黒船の大砲のように撃ちこんで本丸のパリを撃破して「鄙」にしてしまった。明らかな野卑である音をぶつけ、騒動はおこしたがやがてパリジェンヌまで虜とし、アールヌーボーのうわべの仮面を剝ぎ取り、人間の原始の本能をむき出しにしたことに革命性があったのです。上記の3人やロシア五人組はそういう価値基準が仮にあるなら反スターリンであろうとなかろうと「ロシア保守本流」であり、チャイコフスキーはエレガントな異端であり、ストラヴィンスキーは過激派の脱藩者でした。

そのことはロシアの芸術家はよく心得ていて、ストラヴィンスキーの三大バレエは版権の問題もありますがロシアの楽団はあまり取り上げませんでした。需要の問題もあったでしょうがより音楽上の理由もあり、スヴェトラーノフが60年代に春の祭典を録音しましたが西欧の演奏を聞きなれた我々の耳には猛烈にダサく、申しわけないが「はしたなし」に聞こえてしまう。テミルカーノフも野卑丸出し。作曲者本人の演奏からも、そういうブラスの鳴らし方は意図してなかったことは明白で、ムラヴィンスキーは振らなかったし、ロシア人で良かったのは読響を振ったロジェストヴェンスキーぐらいでした。ストラヴィンスキーは同曲をスイスのフランス語圏(クララン)で隣人だったアンセルメの意見も参考にしながら書き、スイス・ロマンド管かどうかはともかくシャンゼリゼ劇場のオケのようなフランス的な音響をイメージしていたに違いありません。ロシア産ではあっても消費地はパリ。フランス料理「ボルシチ風」なのです。

だから三大バレエはフランス人がフランスのオケでやるのが望ましいのですが、これまた難点があって仏国はどういうわけかオケがあんまりうまくない。ライブもCDも何度も聴きましたが満足したのはひとつもなし。あのブーレーズが振ってもどことなくガサツなんですね。そこで僕の要望を満たしてくれるフランス風の春の祭典はというと、ひとつだけ存在します。これひとつです。そう思ってyoutubeにあげたのですが、すぐ消されてしまった。ところが、昨日調べたら公開OKになって復活しておりました。33才の小澤征爾がシカゴ響を振ったRCA盤です。小澤は後にパリ管と火の鳥も録音していますが、若い頃の彼の感性はフランス(ラテン)ものにぴったりでトロント響を振ったメシアン「トゥーランガリラ交響曲」も色香が最高に良いのです。

この祭典はブーレーズCBS盤を横綱とすると、M・TトーマスDG盤と並んで大関であります。何年の版なのか一部ティンパ二に耳慣れぬ音はあるが、鈍重でダサい所はかけらもなく、ぐいぐい進むラテン的な軽さは魅力たっぷり。もぎたてのレモンのようにフレッシュでロックのように垢ぬけて痛快。シカゴ響のうまさは言わずもがなで、このオケはこの頃の小澤と同年輩だったジェームズ・レヴァインとも素晴らしいブラームスを録音しており、何国人であれ若者の才能を見抜いて自発性の高い渾身の演奏をする真のプロフェッショナルと思います。生贄の踊りのティンパニ4連打のキマリかたなど今もってあらゆる録音で最高のカッコ良さです。何度きいてもまた聴きたくなる興奮の極致。フィルアップの「花火」の飛び散る色彩もめちゃくちゃ魅力あり。写真のCDで手に入るようなので強力にお薦めします。

 

もうひとつ、今度は生粋のフランス音楽を。こちらもyoutubeで消されていて復活してくれました。パリジェンヌであるモニーク・アースの弾くドビッシー「前奏曲第1番」、1962年7月録音のDG盤です。何をいまさらの世界文化遺産級の録音ですが、皆様と共有したいと思います。同曲はミケランジェリDG盤も光るものがありますが、いま聴き返してみてアース盤の魅力に参りました。

何がいいか?例えば第5曲「アナカプリの丘」があるカプリ島はドビッシーが何度も訪れたお気に入りの島ですが、僕も大好きであります。そりゃローマ皇帝ティベリウスが住んだぐらいだからいいに決まってる。地中海クルーズで寄った青の洞窟、丘のうえで食事しながら眼下に眺めた深いブルーのティレニア海(写真)の空気が漂うような演奏が欲しいわけです。

アース盤にはどの曲にも、ふさわしい空気感があります。香りまで湛えている。ドビッシーが得た霊感が彼女に乗り移って、そうでなければ出てこないような極上のニュアンスが何の作為もなく指先から流れ出ているようなこの自然さは恐らく楽譜を理性で読み解いたのではなく、生まれながらでないとできないフランス語の発音のようなもので、指の技術だけでは届かないでしょう。使用ピアノは何なのか微妙に燻んだ音色がいいですね、ドビッシーはベヒシュタイン、ブリュートナーを愛したそうで、スタインウェイかもしれないが近い味があります。

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ローマ人はどこへ消えたんだろう?

2021 DEC 20 23:23:42 pm by 東 賢太郎

パルテノン神殿の廃墟に立って、こう思った人は多いだろう。

アテナイ人はどこへ消えたんだろう?

これは人類普遍の謎といっていいかもしれない。ひとパーツ10トンある石材を14メートルの高さまで持ちあげなくてはいけない。石材の総重量は2万2千トンだ。「クレーンは使うな」という条件で建てられる建設会社はたぶんないだろう。でも2,400年前には存在したのだ。では、彼らは今どこにいるんだろう。

ローマではパンテオンを見て、その倍ぐらいの衝撃を受けた。

円筒形に半球が乗った不思議な建物である。こちらも、総重量4,535トンの石材を43.3メートルの高さまで組み上げている。2,000年も前に!

驚くのは建築技術だけではない。ローマの都市建設の全般に言えることだが、幾何と物理の知識、斬新かつ合理的な着想、雄大なスケール、洗練された審美眼のどれもが現代においても一級品。その粋を結集した建造物がパンテオンだ。

球体がすっぽり収まる。高さ43メートルの鉄筋のない球形コンクリート建造物として現在でも世界最大である。

壁は円筒部の厚さが6.4メートルあり、半球上部に行くに従って組成する石材を図のように軽めに変え、厚さを1.2メートルまで漸減させ総重量をおさえつつ頂上に至って重量ゼロのオクルス(目)と呼ぶ直径9メートルの穴になる。

半球部の正方形のくぼみには重量を軽くする目的があるが、上に行くほど小さくして実際より高く見せている。数列的秩序、無駄のなさ、錯視、そして美。

イタリアはその後何度も仕事で行ったが、パンテオンを見てしまうとどの都市へ行ってもあれから2,000年たったローマだという感覚が持てない。英国の元首相チャーチルが「俺達こそローマ人の末裔だ」と言ったらしいがそうも思えない。

ローマ人の消失。人類普遍の謎は、ひょんなことで解けた。つい先日、「宇宙人は地球にいる、あなたの隣りに」という記事を読んだ時のひらめきだ。

ローマ人はどこへも消えていない。全人類が2,000年かけて、ローマ人もろとも「劣化」したのである。

現代人は誰もが「自分は古代人より進化している」と信じている。そうではない。進化したのは「道具」である。

人類の知能の進化 – Wikipedia

レオナルド・ダ・ヴィンチ級の人間が2,000~6,000年前のギリシャ、ローマにはごろごろいたかもしれない。そこから人類は徐々に劣化を始め、質実剛健なオリュンピア大祭が金儲けのオリンピック祭りになってしまった。まるで「猿の惑星」のラストシーンだ。

モーツァルトのジュピターを聴いて我々は「このような作品はもう誰も書けないだろう」と感嘆する。そりゃそうだ。現代人はパンテオンを造れない、その音楽版だからである。

 

(参考図書)

コンコルド、アポロがなくなることは一元的に知能劣化では語れないが視点として面白い本だ。以下私見だ。「食うか食われるか」の狩猟採取民時代は強く賢い男がいないと部族が滅びる。だからハーレムができその遺伝子が拡散する(ソロモン王は妻700人側室300人。漢民族の男系男子継承は名残り)。四大文明が揃うBC5千年ごろから「食われずに食える」農耕定住型となりハーレムは終わる(狩猟採取型遺伝子が希薄化)。狩猟採取型が農耕定住型を支配する時代が19世紀(絶対王政)まで続いたが科学の進化で終焉し、20世紀には道具が人間支配を始める(便利の代償で知性喪失)。そして21世紀半ばにシンギュラリティに至る(道具の人類支配完成)。

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ジャイアント・インパクト説で張った大勝負

2021 NOV 7 12:12:37 pm by 東 賢太郎

僕は長いこと「科学教」の信者だったが、いまは宗旨替えしている。科学は大事だが、人生を良くしてくれるわけではないからだ。

むかし、飲み屋で何かの拍子に「猫に科学はいらない」といった。一瞬の沈黙があり、「そうよそうよ、人間だってそうじゃない」「だよね、だってサイン、コサイン、見たことないもんね!」と一連の盛り上がりを見せた。何となく敬遠されていた僕の好感度が急上昇したらしい。

「そうじゃない。科学は大事だけど、人生を良くしてくれるわけじゃないのは猫も人もおんなじだといったんだよ」。またまた一瞬の沈黙があり、「え~っ、なにそれ」「ってか、わたしたち猫なみってことぉ?」「ひど~い」。君たち、それは猫に失礼ってもんだ。好感度は急降下した。

こういうのが国中で盛りあがると反知性主義というものになるが、それで人生が悪くなるわけでもないということも言っているのだから急降下はアンフェアだ。百万都市の繁栄があった江戸時代の人はそれなりに幸せだったが、たしかにサイン、コサインは知らなかった。だから彼女たちは正しいのだ。

いま自分の半生記のために色々むかしの資料を引っぱり出して読んでいる。ああなるほどそんなことがあった。もう他人事のように冷静だ。住んだ家の情景からいろんな記憶もよみがえってくる。ほんとうにうまくいったなあと思う。しかし困ったことに、そのどれもが「たまたまだけどね」と語っているのである。

僕が「科学教」の信者だったのは実証主義者だからだ。これは生まれつきの性格だから変えようがない。今あるのは意思や能力のおかげじゃなく単なる偶然の結末だとなるが、綿密な調査、検証の結果なのだからそれが正しいのである。つまるところ、それを認め、認知的不協和を乗り越えるのに僕は2年もかかった。

2年半前の野球の記事が、その萌芽が現れたことの証拠になっている。

カープはなぜ5月に強くなったのか

「乗り越えるのに2年もかかった」という部分には一抹の誇りを感じないでもない。「おお、ケプラーが楕円運動を仮定するのに30年かかったことの1億分の1ぐらいは同じじゃないか」とうぬぼれたからだ(参照:http://教養のすすめ)。そう自分を慰めて認めさせたといったほうが近い。

ジャイアント・インパクト説。いま僕はそれの強固な信者になっている。月の生成。これが純然たる物理現象であることを否定する人はいない。蓋しこういうのを解明するために物理学という学問があるのだろう。しかし、月ができた理由は長らく解明できず、最近になってコンピューター・シミュレーションで再現できることからジャイアント・インパクト説が有力になってきたのである。

このことは「麻酔がなぜ効くかいまだにわかってないんですよ」と某大学の麻酔科の教授に聞いて驚いた記憶とすぐに結びついた。月の生成と麻酔のメカニズムの両方を研究する人はいないから両者が「似ている」と素人が主張しても何も起きないが、そのことから、「科学には限界がある」もしくは「科学の方法論に限界がある」と主張しても科学的な反論はたぶんないだろうと思う。今の人類が手にしている物理学、数学、化学、生物学、生理学、薬学という理論では説明できない二つの現象があり、別々の理由でそうなのかもしれないが、人類には見えない同じ理由があって、そこから二つどころか多数の「不可解な」現象が現れていて、各界でばらばらに研究されている。その統一原理を見つければ全部が一発で解決されてしまう。そういう何ものかがあるのではないかという仮説に僕は途方もない魅力を感じている。

科学が万能でないことを認めた瞬間に僕は「科学教」の信者から宗旨替えしたのだ。決定的だったのは素人用(数学の出てこない)量子力学をかじったことだ。さらに、コロナで興味を持ったのでウィルスの本を読んでいるうちに、なんでタンパク質がA,D,T,Cの組み合わせで生成されるのか(つまりアナログがデジタルからできるのか)不思議に思って調べたらドンピシャの本に出会った。非常に面白いのでお薦めする。アミノ酸という単なる物質の組み合わせがゲノムという生命の設計図になり、「命」という超物質が生成される。唯物論とメタフィジックス(形而上学)の垣根という哲学上の議論が物質界で展開されるのは痛快というしかない。

ここから先は我が空想だが、古代に知的生命体が地球にやってきてゲノム設計図を作り、アフリカの類人猿(ミトコンドリア・イブ)の遺伝子にそのプログラムを書き込んで初の人類が “生成” された。その猿の子孫がさらに進化し、先祖の記憶をたどって聖書なるものを書く。始祖はアダムとイブという名前になった。各国の神話で知的生命体(=神)は空から降りてくるし、神殿はピラミッド状の形をしており、蛇、狼、熊などヴァリエーションはあるが人類第1号誕生に関わる “他者” (神の関与を示唆)が存在するという共通項がある。通信手段のない時代に複数個所に偶然にそれが起こる確率は非常に低く、アフリカの実話が人類の拡散とともに各地に広がった結果と考えたほうが納得できる。

「ジャイアント・インパクト」は超多元連立方程式の解としても、計算力があれば解けないわけではないだろう。しかし科学の有意性は後から解いて納得することではなく、月にロケットを命中させるように未来を予知することにある。「人生を良くしてくれる」とはそういうことだ。超多元式の組成がわからないと、事後的にそれを知って解けたとしても予知は永遠に無理だ。そして、我々の見ている世の中には予知できないこと、たとえば、地震、台風、太陽フレア、気温上昇、自分の寿命、ウィルスの出現、経済成長率、株価、ウナギの進路、サンマの水揚げから女心と秋の空に至るまで、予知できないことはいくつもある。

冒頭の「宗旨替え」の理由がおわかりいただけたろうか。サイン、コサインはいま我々が享受している生活の利便性を与えてくれた大事なものなのだが、それは結果であってここから人生を良くしてくれるわけではない。知っている人と知らない人で幸せの量が変化するとは思えない。それは各人が求める幸せのキャパ(容量)により、その大小が人間の価値に関わることはまったくない。小さめの人はサイン、コサインの学習など無縁でもキャパいっぱいの幸せを得ることで素晴らしい人生が送れるだろう。であれば無理して大学など行く必要もないし、その時間を自分なりの幸せの追求に向けたほうがよほどいい。

僕自身も物欲、権力欲は大きめに生まれついていないからそういう学習に無縁な人生は充分にあり得たと思う。ところが、人間の熟成にもワインと同じで、 “テロワール” というものが存在するのだ。

世界のうまいもの(その14)《エシェゾー》

僕の場合、種子はいたって慎ましいものだったが植えられた畑の土地柄、つまり、学校や友達や競争環境が影響して幸せキャパが大きくなってしまい、こういうワインになった。父が中学で公立に転校させテロワールが激変したのがきっかけであり、それが大学、MBA、海外勤務とますます想定外の方向に行ってしまい、子供時分のちいちゃくて大人しいケンちゃんからは誰も空想だに出来ぬ人間になった。一番驚いているのは自分だという処にこそ、このストーリーを書いておく意味合いを感じている具合だ。

「ジャイアント・インパクト」を信仰することで僕は広島カープが強くなったり弱くなったすることに耐性ができたし、自分にも他人にも何に対しても人間が寛容になったと思う。科学教のころは何でも自分で解けると信じていて、実は解けないのだから当然なのだが、実にたくさんの失敗をしていた。そこで個々の敗因を探るのをやめてばっさり宗旨替えすることで、どうせわからないことは考えない、頑張らない、結果を見てからやって意味のある事だけしっかりやろうという考えに転換した。実は日本人の大多数はそういう人である。いたって普通のことで何をいまさらに聞こえようが、僕は見事なほどそうでなかっただけに勇気のいることだった。

自分が得意でない分野では専門家の意見に頼るが、その分野の中だけで解決できる問題はその人が解いていてすでに過去である。彼が解けないのはクロスボーダーの複合的な問題で、それを解かないと「良い人生」はない。そこで「メタ認知」という視点が大事になる。僕は受験で数学の訓練をそこそこしたので異分野の理論や事象に相似形を見つけ、あるいは因数分解し、メタ(高次)の原理をみつけるのが比較的得意だ。ジャイアント・インパクト超多元連立方程式がそれで解けることはあり得ないが、正解ではなくても「だいたいこのへん」という直観を交えて他人より “少しだけ正解に近い数字” を見つけられるかもしれない。ビジネスではそれで全くもって充分なのである。他人より失敗確率が減ればロングランでは勝つからだ。

この考えはゴルフ、麻雀、猫に近い。常勝も圧勝もいらない。長丁場で負けなければ企業は存続できる。投資のチャンスはたまにしかない。従って、潰れずに、その時を猫みたいにじっと待って、勝てると踏んだ時にエイッと勝負をかけるのがポイントなのだ。「わたし、失敗しないので」は危険であり、「わたし、致命的な失敗はしないので」が良いスタンスだ。そしてチャンスと見たらダブル・リーチをかけて「来た、見た、勝った」で仕留める、その爪をいつも研いでおくことだ。僕はゴルフ、麻雀、猫遊びに習熟し数学/哲学アタマだからこの仕事にたまたま向いていた。しかしそれは業界に飛び込んでから偶然に知ったことだ。

ジャイアント・インパクトでひも解くと株式相場がどうなるかはもうだいたいわかっている。テーパリングは中央銀行界がやってる感を出すための議論でOPECの増産・減産の表向きとかわらない。リーマンの時に流動性が流れたデリバティブは兆の上の京に至ったが、いまは仮想通貨がそれになり総額はもっと大きくなる。これは潰せない。メタバースという三次元スペースの値段はそれでつくから京を超えるかもしれない。現状の経済運営に通貨はそんなに要らないが、要らないものに価値を感じるように人類が進化するのだからその「要らない」という概念は要らない。ざっくりしか書けないが、そういうジャイアント・インパクト説で僕は勝負をかけ、おそらく勝つだろう。

僕には生糸貿易で大儲けして横浜、熱海の水道、ガス燈を私財で作った先祖がおり、その血が流れている。科学者や大学教授や陸軍大将もいるが、体内感覚で誰より彼の血が濃いような気がしている。50才で亡くなったのでもう負けてるが、70でいいから抜いたらきっと喜んでくれると思う。「相場は騎虎の勢い」が座右の銘であったが、おんなじだ、食われるので背中から降りられない。

 

 

 

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