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カテゴリー: 若者に教えたいこと

近松門左衛門 「曽根崎心中」(永田町最新版)

2025 AUG 13 1:01:29 am by 東 賢太郎

 

遊女・お初|命を賭けた愛・曽根崎心中 

 

この世の名残り、夜も名残り、死に行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜、一足づつに消えて行く、夢の夢こそ哀れなれ。 あれ数ふれば、暁の、七つの時が六つ鳴りて、残る一つが今生の、鐘の響きの聞き納め、寂滅為楽と響くなり。 鐘ばかりかは、草も木も空も名残りと見上ぐれば、雲心なき水の音、北斗は冴えて影うつる、星の妹背の天の河、梅田の橋を鵲の橋と契りて、いつまでも、われとそなたは夫婦星、必ずさうとすがり寄り、二人がなかに降る涙、川の水嵩も増るべし・・・・

 

チーン

 

「しげる・・」

「よしひこ・・・」

 

キミ、なにかねこれは?

はい、新しい LGBT の教材です、小学生に大人気です

おえ~

(ひそひそ声で)このクソガキが、ゲロ吐くんじゃねえよ、嘘ばれるだろ

失礼しました、大丈夫です、高校生用に1000億円の予算どりも済みましたし

そうか、「政治・経済」の教材だな。「大連立」の説明にぴったりだ

はい、ご心配なく、成人用には「談話」の予算も10兆円計上してございます

そうか、でも参議院選挙の「総括」が先だけどな、時間かせぎに

「総括」ですか? なんか革マルか連合赤軍みたいですね

キミ、言葉を慎みなさい

ははっ、「談話」のほうも謹んでなんとかいたします

出せるんかね

はい、出すでなく「発出」とかいってわけわかんなくするので

そうか、でも予算10兆円はちょっと高くないか?

トランプの80兆円より安いとお役所が太鼓判を押してます

 

 

連理の松を何と呼ぼう?

国政の大本にたちかえり、赤心報国の思いをもって真摯にかつ断固たる決意のもと、熟慮に熟慮を重ねてまいった。「立憲自民党」ではどうだろう。

いやいやそれはいかにも畏れ多い。いっそわれらの身をかえりみて「共に自民党」でいかがだろう。

 

チーン・・・・

 

お父さん、このまえ吉沢亮と横浜流星の映画見たよ。すごくきれいで満員だったよ、あれ「曽根崎心中」だったんだね

そうだよ、タイトルは ≪国宝≫ なんだけどね

で、今日の永田町の「曽根崎心中」、つまんなくてさあ、ただでさえガラガラだったお客が途中で帰っちゃったの、金返せ!って

そうか、それのタイトルは ≪国賊≫ っていうんだよなあ

 

お父さん、映画っていいね、世界が平和だといいね

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広陵高校事件から考えるSNS進化論

2025 AUG 11 15:15:36 pm by 東 賢太郎

広陵高校の不祥事が発覚したのは被害者の母親のインスタ投稿が契機だった。僕が球児だった時代、硬式野球部の世界では規律違反に少々の罰は当然の風潮だったが、それを恐れたら野球ができないから恐れないで済む程度のことだった。本件の暴行内容は度を越しており、傷害罪でありまったく同情の余地もないが、世論はその事実に輪をかけて沸騰したのである。甲子園で一試合してしまったことを含めた高野連の後手後手の対応がまずかったからだが、さらに注目すべきは、広陵の校長が広島県高野連の副会長であったことが発覚したことで、反権力志向のSNSが忌み嫌う「組織ぐるみ」に見えてしまったことではないだろうか。

SNSは最大のメディアになろうとしている。不特定多数が参加してファクトをつけ加えつつ成長し、もちろん誤報もフェークも混じるが、やがて真実に収斂していくいわばニュースのwikipediaのようなものだ。数名の記者やレポーターが会社のポリシーに基づいて報道する新聞やテレビとは根本的に異なり、デスクやディレクター不在の「分散型集合知」のメディアである。夏の甲子園は朝日新聞が主催だ。「同紙は本件をスキャンダルにしたくないからポジショントークの報道しか出ないだろう」という知恵はその昔は業界人しか持たなかった。それをSNSはすでに持っており、参加者は既存大手メディアが報じようが報じまいが真実にたどり着くすべを知ってしまった。だから「報じない」というこれまで伝家の宝刀だった世論操作の効き目が薄れてきている。つまり校長や高野連がひた隠しに隠しても、SNS投稿一発で旧世代が堅牢に築き上げた牙城があえなく崩落してしまう大変な時代にすでに突入しているのである。

同じことはすでに企業や自治体の内部告発や都知事選挙での石丸候補の躍進あたりから政治でも俄かに議論を呼び、SNSの世論形成パワーを恐れた自民党の指示で総務省がSNS退治に「DIGITAL POSITIVE ACTION」なんて妙なものをぶちあげた。こんなもので効くと思ってること自体「ハエや蚊にキンチョール」ぐらいの認識なんだろうが、そう思える方がハエや蚊なみだ。英語がわかる人には政治家や役人が到底考えつきもしないだろうポリコレ臭ぷんぷんの標題であって、米国グローバリストの入れ知恵だろうと容易に想像がつく。権力を離さないお爺ちゃん政治家は自分もわからないから国民もわからんと思ってるだろうが言論統制バレバレのヘボい策で、それを嗅ぎつけたSNSにいずれ猛反撃され、全国に呼びかけてデモ隊まで組成され、結果は確実に次の選挙の得票数激減として返ってくる。中国や北朝鮮のような独裁国でない限り、憲法で守られた言論の自由の存在によって政府はSNSを規制もコントロールもできない。いやなら憲法改正しかなく、そんなことをしようとする政党は即時に選挙で民主的に葬り去られる。

村上総務大臣が「参院選はポピュリズムでね」とTBSの番組で新興政党を暗に批判してるのをyoutubeで目撃した。この人も広陵の校長と同様に「SNSにやられた、害悪だ、取り締まれ」ぐらいの理解度と思われる。それをいうならご同胞でやはりデジタル石器時代人と思われる石破総理大臣の「2万円ばらまき大作戦」こそ絵にかいたようなポピュリズムだからだ。SNSは道具だからいいも悪いもない。「使ってる人間が悪いのだ」というならなぜ悪いかを述べるべきだ。「体制批判者だからだ」というなら「なぜ体制が善、批判者が悪か」を述べるべきだ。村上氏は参政党=悪といえる確たる根拠を持っていないのでポピュリズム=悪という大衆のおぼろげな思い込みにすり替えて批判したのであって、その行為そのものがこれまた絵にかいたようなポピュリズムであることを理解すらしてない。彼も石破総理も、頭には「体制は体制であるゆえに善なのだ」という思い込みが岩盤のように巣食っているというのが適確な観察であろう。

それはトートロジー(tautology、同語反復)。権力者はトートロジーのみによって権力者たりうる稀有な存在だが、それは、そのことがトートロジーだと気づかない特殊な頭の構造と知能指数、および並外れた鈍感力を必要とする。つまり我々普通の人には無理である。「広陵の校長は体制だ」、「高野連副会長は体制だ」、「体制は体制であるゆえに善である」。よって「善が善を選ぶのだから広陵は出場してよい」となったと思われるが、そうであるなら立派に権力者合格であり、我が国が世界に誇る至高のトートロジスト、小泉進次郎氏の「今のままではいけないと思います。だからこそ、日本は今のままではいけないと思っている」という驚くべき名言と同様であるのをご理解いただけよう。ちなみに、この人の頭は「私は私が権力者だという理由によって権力者なのだ」という鉄壁のトートロジーを基軸に万事が回転する稀有の構造になっていると思われ、生まれながらの合格者である。

僕がSNSの進化を確信するのは自分が2012年からブログで発信に参加してきた実感からであり、暗号資産やブロックチェーン技術を活用した「DeFi(分散型金融)」が金融の世界の主流になっていく流れと同様に感じているからだ。お金も情報も根っこはおんなじなのである。そこには独裁者も指揮者も管理者もいない。ネットワークの中で勝手に成長していくのである。人間の脳もそうであり、自分の意識が1000〜2000億あるどの細胞に在るかは誰もわからない。「システム」としてそれは存在し、勉強しても細胞の数は増えないが「システム」として性能が良くなっていく。いずれ生成AIはSNSを脳のシナプスのように取り込むだろう。そこで何が起きるかを想像するのは面白くも怖ろしくもあるが、何十年も先のことではなく、その時には新聞もテレビも教科書で知る旧石器時代の遺物になる。既存大手メディアは確実に不可避的にそこへ向かっており、デジタル石器時代人が支配する自民党と共に手を取りあって心中の運命にある。

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驚いた経営者の言葉と投票数の水増し

2025 AUG 8 0:00:23 am by 東 賢太郎

先日、久しぶりにいかがですかというお誘いで夕食会があった。日本人なら誰もが知る大企業の社長だ。先代より神道を深く信奉される方で政治の話はあまりなさらないが、この日は静かにこう切り出された。

「このまま石破さんがやったらいいでしょう。そうすれば次の総選挙で自民党は粉々になります。日本のためにいいことです」

会の趣旨はそういうことではなかったが、温厚で保守的な社長からは想像もできないご発言である。あまりのことに僕は返す言葉がなく、

「憲法は前文に国民主権を明記しています。国民の意志を示すものが選挙です。したがって、選挙結果を無視する総理大臣は存在自体が憲法違反です」

と言ってご賛同を得た。すると、

「政権擁護の報道ばかりのメディアはやればやるほど信用がなくなって視聴率も部数もさらに落ちていきます」

とまで述べられた。

財界人の口から自民党にそんな批判が出るなど戦後に例がなかったのではないか。国民の政治意識に大変革が起きていると体感した。

さきほど「7月に行われた参議院選挙の開票作業で、大田区では、投票総数のつじつまを合わせるため現場の担当者が無効票を水増ししていた」という驚くべきニュースをきき、これまた愕然とした。日本は役所も学校もおかしくなっているが、公権力の土台である選挙だけは厳正に管理されているだろう、そう信じて投票所に足を運んでいたのは僕だけではないだろう。それもおかしくなってるなら公権力の行使自体も問題になりかねず、国家の体をなさなくなる。

これは堂々たる選挙不正である。当落に影響した事実があろうがなかろうが、当落を操作するまでの故意があろうがなかろうか、「やろうと思えばそれができる」ことを満天下に示したという意味で大事件だ。権力者は圧力で、望む候補者を勝たせたり、都合の悪い候補者を落としたりという票の操作ができることがわかったのである。

これは「区民の皆様に多大なご心配とご迷惑をおかけしました」などで済む問題ではまったくない。全国民に選挙結果への疑念を抱かせ、民主主義の信用を根底から揺るがし、ひいては国際社会での日本国の信用をも棄損する大罪であり、責任者を厳罰に処すべきである。

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『アガスティアの葉』が予言したこと

2025 AUG 2 23:23:14 pm by 東 賢太郎

娘から夜中の12時に電話があった。なにごとかと思ったら、なんのことない、「部屋にでかいゴキブリが出たの」というSOSであり、タクシーで逃げ帰ってきた。あっとひらめいた。これ、「虫の知らせは実は深い意味がある」というシンクロニシティ現象じゃないかと。なぜかというと、その前日、気持ち悪くて忌まわしいゴキブリの話をコメント欄に思いっきり書いていたからだ。総理の「ナメられてたまるか」は国難でない | Sonar Members Club No.1

このところ、スピリチュアル、精神世界に惹かれるようになっている。たとえば運、ツキというやつだ。先日のこと、大企業のインテリ君に「ビジネスの8割は運だった」と言って「ご謙遜を」とはぐらかされた。「どんな釣り名人だって魚がいなきゃね、だから魚群探知機がある。じゃあお客さん探知機ってあるかい?運だのみだろ」。ここまで詰め寄っても認めない。「探知は事業戦略でします」「それで利益確定?」「不確実性はあります」「それをゼロにできる?」「いえ、その努力をいくらしても残るリスクを不確実性というんです」。秀才だ、ああ言えばこう言うな。ここからは言わなかった。大企業ってね、巨大なトロール船なんだ。機械が水揚げする魚を甲板でさばくのが仕事と思って育つとこうなる。だから船ごと不確実性の暗礁に乗り上げると解決策を知らない。彼らは誰ひとり釣りはできないからだ。

以下、理屈っぽい彼に理屈をこねて教えたことだ。僕は「運」というものに有機的な実体を感じる。「不確実性」は無機質である。中身がないから数学の変数には向いてるが、「運」は実体が邪魔してなじまない。ビジネスでも賭けでもリスクとリターン、つまり不確実性と収益性は常に均衡している。不均衡は「裁定」によって消える。裁定というものは損することはないから裁定(arbitrage、鞘取り)という。だから、株式取引で100万分の1秒単位でそれをして利益を “確実に” あげるアルゴリズム運用は市場を席巻するはずだ。ところが、現実はそうなってない。参加者が増えると「不均衡」という魚は減る。トロール船を持つ経費(システム構築、運営コスト)をまかなうには魚群が必要だが、魚は群れるとは限らない。売買(流動性)の少ない銘柄の不均衡は割に合わない。だから無限には増えないのだ。

AIが自己フィードバックで改善を繰り返し、人間の知能を超える瞬間、いわゆるシンギュラリティ(Singularity)はそう遠くない未来にくる。2045年といってたのが2028年説まで出てきた。それが人間の生活はおろか生存にまで関わる変化をもたらす。僕もそう思う。しかし、それは人間の理解や予測を超えた技術的な変革が起こる状態が到来するよというだけで、それが起きる分野と起きない分野の色分けが進むという意味以上に意味があるかどうかはまだわからない。一日に何千銘柄もの異なる証券が数兆円規模で電子的に取引・執行される現代の証券取引所。人類が手にした最も巨大で効率的なこの市場にアルゴリズム取引が参入して20年以上になる。それは証券会社のトレーディング部門に変革をもたらしたが、人間の頭と手で売買・運用する手法は消えていない。黒船がやってきても釣り人は消えない。世界最大の釣り人であるウォーレン・バフェット氏はCEOを辞めたが、変わらず運用収益をあげてきたことはシンギュラリティを論じるケーススタディとして意味深い。

この説明はさらに大きなことを示唆している。合理的に聞こえるが事実はそうでないという事実の存在だ。人間という非論理的な存在が関与する分野で数学は完全なツールではなく、これはすべての経済学の永遠の壁である。裁定に不確実性はないが、裁定の利かない所には不確実性もチャンスもある。人間の介入でそのバランスが崩れると不確実性に比べ多めの収益が得られるという非合理なことがおきるのである。人間はその利益がなぜ得られたかをその刹那は知覚も解明もできないことが多く、事後的な説明の方便として「運がありました」と語るのである。その人がスピリチュアルにかぶれているわけではない。すなわち、「運」はそうした形でしか定義ができないものだが、確かに存在するものであり、それが「有機的な実体」の正体なのだ。

「運」は動的な存在でもある。いわば「放置されたタナぼた」だから見逃せばすぐ他人に食われ、ゲットするにはそれなりの速度と反射神経を要する。野球のインタビューで打者が「たまたまです」「いい所に飛んでくれました」などという。要は「運がありました」と言ってる。0.5秒で捕手のミットにおさまる速球を打者は最初の0.2秒で判断して振らなくてはいけない。ということは残りの0.3秒(6割)はバクチで振っていることになる。左の写真、イチローの目線はボールにないのをおわかりだろう。その顛末をふりかえれば、「運がありました」は正直な感想であり、経験者はこのことを体感として理解されるのではないか。

証券市場というバトルフィールドで育った僕はいまでもアタマだけは現役アスリートである。打者の空白の0.3秒なんてことはディールのプロセスのそこかしこにある。野球よりもっとある。だから本気で「ビジネスの8割は運だ」と言っているのである。去年はさっぱりだったが今年は何もしてないのに大漁だ。ということは「ほぼ10割が運である」というのがまぎれもない現在の体感であり、野球ならどんな投手の速球でも打ててしまうかのような気までしている。すると余裕が出るから失敗が減る。好不調の波は肉体だけでなく、こうした精神面からの作用もあるかもしれないが、ビジネスマンもアスリートもなぜ8割が10割に増えたのかまったくもってわからない。麻雀でも、何をしてもあがれない時もあればやけにペイパイが良くて何をしてもあがってしまう時がある。これを「流れ」と呼んだりする。流れが連続する確率は低いのだが、0.1%の確率であっても発生してしまえばそれはそれ。大企業の秀才クンも「もってますね」なんて形で運を認めることになる。空白の0.3秒をうまくマネージした人が、日米通算4367本の安打を打ったイチローだ。0.2秒の部分は誰もが目視できるから練習できる。メジャーで野球殿堂入りを果たしたのは、練習より才能かもしれない0.3秒のバクチ部分で彼よりうまくできる人は人類にいなかったという意味だ。我々は確率論だけで宝くじが当ったり株式投資で大儲けできるわけではないことを知っている。運は人によってあったりなかったりすることも知っている。ではその裏で増えたり減ったりしているものの正体は何だろう?これに答えた人はいない。ただ、ひとつだけ、誰もが経験的、直感的に知っていることがある。それが「波」であることだ。

まずはじめに述べたい非常に興味深いことがある。「波」(wave)というのは振動だが、「何が」という主語を物理学が問わないことだ。気体、液体、固体のどれであれ、それが振動して起こす波を「音波」(Acoustic waves)と定義するからであり、水の波まで「音」という概念を使うのには僕は違和感を覚える。ヴァイオリンの弦は張力と質量によって固有の振動(周波数)をもっており、ピタゴラスは振動する弦の長さと音の関係を調べ、音が協和するときには弦の長さが整数倍になることを発見した。”音響共鳴” と呼ぶ美しい数学的調和である。音波がエネルギーを運ぶことも注目だ。ガラスには自然共鳴があるため音波によってワイングラスを割ることができ、ローマ歌劇場でゲーナ・ディミトローヴァ(ソプラノ歌手)を間近で聞いたら鼓膜にビリビリ来て身体の危機感すら覚えた。音楽による感銘には数学の美とエネルギー伝播という物理現象も関わっている。波(波動)が人間に与えるインパクトは計り知れない。

文学を見てみよう。鴨長明は方丈記を「ゆく川の流れは絶えずして」と始め、「しかももとの水にあらず」と、同じ川に見えるが同じものではないと看破している。さらに、「よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し」と人生、歴史の波を感慨をもって俯瞰している。前者は分子論、後者は量子論に通じており、800年前にこれだけの考察をしてのけた洞察力には驚く。同時期に書かれた平家物語の「諸行無常」も、平氏が滅び源氏が勃興した盛衰の「波」だ。筆者(不詳)も鴨長明と同様にそれに感慨を覚え、多くの人をワイングラスのように自然共鳴させ現代にいたるまで伝承されてきたのだろう。揺れ動く実体(substance)が水であれ人であれヴァイオリンの弦であれ、物理的なものであれ非物理的なものであれ、「波」というものはいたる所に発生し、それが人を共鳴させて揺れ動かし、悲喜こもごもの感情を喚起し、文学や芸術を生み、人間という非論理的な存在をますます非論理的にしてきた軌跡をうかがえば、物理学の「音波」の定義は中々奥深いねと首肯すべきものかもしれない。

方丈記が書かれたのは1212年。平家物語は仁治元年(1240年)に藤原定家によって書写される以前の成立とされ、ほぼ同時期の作品だ。冒頭に書いたシンクロニシティ(意味のある偶然)は僕がゴキブリのブログを書いたら娘の部屋に出たみたいに、「複数の出来事が意味的関連をもって非因果的に同時に起きること」だ。「人間の意識は深い部分でつながっており、交流している。この全人類がつながっている意識を『集合的無意識』(collective unconscious)といい、我々はそこからさまざまな影響を受けている」としたのは心理学者のカール・ユングだ。それは人間の無意識の深層に存在する、個人の経験を越えた先天的な構造領域で、二人が同時にそこにアクセスするとシンクロニシティがおきるといわれる。意識は脳波だが(意識障害は脳波で観測される)電磁波ではないからアクセスの媒体はわからないが人々は何らかの波、もしくは量子的な波で共振しており、意味のある偶然がおきる。脳は宇宙にある膨大な量の情報エネルギーの “受信器” だという説があり、そのフィールドにあるメモリーがアカシックレコードだという説もあることは後述する。占星術を傍証として取り上げたユングの『集合的無意識』の存在には僕自身が共振するものを感じる。当時は知らなかったが、チューリヒで住んでいた家がユングの診療所のすぐ近くだった偶然もシンクロニシティだったのかもしれない。

目の前にいてもいなくても、人と人との間では音響共鳴がおきている。例えば、いまブログを読んでくださっている皆様は何らかの関心を持って下さっており、僕とは快く感じ合う整数倍の波長をお持ちなのかもしれない。著者と読者の引き合いは昔から本や雑誌であったが、双方向メディアであるネットの普及がそれを変え、その劇的な効果は昨今の都知事選、参院選で誰も無視できなくなった。ちなみに僕にとってブログの発信というものは皆様にほめてもらおうとかお金を払ってもらおうとかいうものとは無縁で、未知の異星文明に向けてメッセージを送り、地球外生命体(E.T.)に地球文明を発見してもらおうという名作SF映画「コンタクト」のアクティブSETI計画のようなものだ。皆様を宇宙人扱い?する無礼をお詫び申し上げなくてはいけないが、実はそれがそう失礼でもないことは後述する。つまりこれは実験であり、双方向メディアだからできる。発見した最大の事実は、僕は現世的な快楽、利益より実験が好きだということだ。バロメーターはPVの数値(受信数)だ。面白いことに、「これを書こう」という衝動(こめる波動の振幅)が大きいとPVはより増える傾向があることがわかった。それはコンテンツや文章の是非という曖昧なものでなく、発信側の喜怒哀楽のパルスの強弱というそこそこ数値化できるものだ。点数が高い方が多く読まれるのだ。本や雑誌ではできないリアルタイムの検証ツールが与えられたわけだ。

パルスとは聞きなれない言葉だが、ここでは日本語で「気合い」というものだ。「気」が「合う」であり、それを入れたり入れなかったりできる。グラウンドでこの言葉でどれだけ先輩に罵倒、叱咤されたことか。「気」は、少なくとも野球場では「敵を圧する強靭な意思と集中力」だ。先輩が入れろ!と怒鳴ってるそれは呼吸だ。それを止める。どんな競技でも力を籠めるインパクトの瞬間に息を止めない人はいない。では「息」とは何か?呼吸のパルス(波動)のことだ。大勢が一斉に動く時に「せーの」と息を合わせるあれはパルスを合致させて力を最大化させる号令である。それを一人でする時に、息を止めて肉体と気(精神)を合一させる。すると最大のパワーが得られるのだ。しかしブログは静的なもので、スクリーンから僕の息、パルスが伝わっているわけではない。気合いを入れて書いたものとそうでないものとに数値化できる差異はない。では何がPVの数値(受信数)を増減させているのだろう?

ここでやっと「スピリチュアル」(精神世界、spiritual)という言葉にたどり着く。大きな飛躍に思われるかもしれないがそうではない。むしろ、ここに仏教もキリスト教もない、より広大で包括的な理論とすら思える思考領域が見えるのである。spiritual とは  material (物質的)の反対語で、形のないもの、霊、魂、精神に関わるものという意味だが、語源はラテン語の spirit だ。これが、いみじくも、「息」の意味なのである。その派生語に inspire があり、「触発する」という意味だ。in + spireだから「息を吹き込む」ことで、似てはいるが影響する(influence)でも鼓舞する(encourage)でもない。喩えるなら、 inspire は演説で群衆を奮い立たせたり、指揮者がオーケストラを燃えあがらせたりすることがまさにそれであって、影響、鼓舞にはないスピリチュアルなエネルギー注入というニュアンスが大いにある。僕が目撃した指揮者のうちで最も inspiring だったのはカルロス・クライバーだ。ベルリン・フィルのみならず我々聴衆まで彼の魔法にかかり、もう二度とないと確信する体験をさせてもらった。そこで鳴ったのはブラームスの第四交響曲だ。何百回も聴いているそれの音響だけであんなことは断じて起こらない。しかし物理的に加わっていたものは何もない。

オカルトっぽく思われる人がおられても無理はない。しかし0.1%の確率であっても発生してしまえば問答無用なのだ。この議論がオカルトでないことを僕は materialism(物質主義)の観点から述べなくては証明にはならないだろう。それが、以前にも書いたシミュレーション仮説というものだ。イーロンマスク氏やホーキング博士も信奉する、我々の宇宙は超高性能なコンピューターによってシミュレートされたものであるという仮説だ。さらに、僕はこの理論は物質世界(物理学が説明できる世界)と精神世界(それができない世界)をアカシックレコードの存在という仮説を通じて包括できるかもしれない大理論であると理解している。それについては、このサイトが分かりやすい。

https://pekospace.com/akashic-records/

僕は毎日、ブログを読んでくださる3千人ぐらいの皆様からエネルギーをいただいている。なぜなら皆様はおそらく、僕と波長が整数比に生まれた方々であり、物理現象としてワイングラスのように “自然共鳴” して下さっている。それが今度は僕を自然共鳴させるという形で皆様と衝動(impulse)のキャッチボールをしている。意識も体感もないが、既述のように我々の脳は “受信器” であって、アカシックレコードを介して交信している。信じようと信じまいと我々人類はそのように創造されており、信じはしないが感知はしたり結果的にそう行動してしまっている一部の方々は、ある意味で不承不承に仕方なく(時には哄笑を浮かべながら)、そういうものを「スピリチュアル」と呼ぶことだろう。お互いの脳内での交信だから、間にスクリーンが介在しようとしまいと波動を感じ、そのシンクロニシティ現象(意味ある偶然の一致)を愛でている。わかりにくいと思うので例を挙げると、僕の音楽関連のブログは、自分の読みたい音楽評論が世の中に存在しないので自分で書いておこうという衝動によって書かれている。いま読み返すと、中味はわかっているのにあたかもシンクロニシティを得たかのような快い感覚に浸れるのである。これは自己愛でなく物理現象である。それが何を示しているかというと、自分が発信したものを時を経て読んで感じるもの(feeling)は、他人が書いたものを読んで感じるもの(feeling)とかわらないということだ。逆に、いま僕が同じテーマで書かされたら同じブログにはならないということもある。なぜなら時を経て、構成する細胞からなにから別な人間になっているからだ。つまり、本稿を明日に読み返して僕が感じるものは、皆様がいま感じているものとかわらない。すなわち、誰もが外界に発信したものはその瞬間から他者化、客体化し、宇宙のデータベースに取りこまれ、合体していると表現しても矛盾はなかろう。

とすると、今この瞬間も、刻一刻、地球上で発信されるすべての情報は宇宙データベースに堆積しつつあるはずだが、そんな巨大なメモリーを持つデータセンターが一体どこにあり、その作業をする無尽蔵に膨大なエネルギーはどこから来ているのかというとてつもない疑問が生じてくるのである。もしそれが存在するなら、それは高度な文明による “造作物” であって元素や星といった自然物ではなく、それが昨日今日にできたとは考え難い。つまり、創造主は人類の知性をはるかに上回る知性の持主であり、その知性は我々よりはるか以前から存在し、進化していたと考えるしかなくなってくる。このことを考察する場合に引き合いに出される著名なものさしとして「宇宙文明の発展レベルを示す指標」(カルダシェフ・スケール、Kardashev Scale)がある。いかなる文明の存続・進化にもエネルギーが必要であり、その利用範囲によって文明を段階的に分類しており、拡張案や修正案などを含めると、一般的には以下のように定義されている。

タイプ1文明:自分の惑星で利用可能なエネルギーを使用できる

タイプ2文明:自分の恒星や惑星系で利用可能なエネルギーを使用できる

タイプ3文明:自分が所属している銀河系で利用可能なエネルギーを使用できる

タイプ4文明:複数の銀河系で利用可能なエネルギーを使用できる

我々人類の文明は、狩猟採集社会を含むタイプ0から進化して、およそタイプ0.75とされており、現在の科学技術が順調に発展し続ければ、数百年後にはようやくタイプ1に到達すると見込まれている。タイプ4文明から見ればタイプ0.75か1かはミミズとゴカイの違いほどにすぎないだろう。宇宙データベースは銀河系をまたがるエネルギー源を必要とするからタイプ4文明の概念・産物でなくてはならず、最大の時間軸を想定するなら宇宙データセンターは137億年前に工作され宇宙が誕生してからの全メモリーを蓄積していることになる。

話の足元を現実に戻そう。先日にあるIT企業を訪問したが、同社は集中型データセンターにおいてAIデバイスがムーアの法則が想定しない計算量を処理して発生する高熱に対処できないことに対するソリューションのプレゼンをしてくれた。熱処理(冷却)は複数のスーパーコンピューターを直列に配列するビットコインなど暗号資産のブロックチェーンにおけるハッシュ計算でかねてより問題になっていたが、自己学習型人工知能デバイスをマルチに接続すると計算量は自動的かつ制御不能的かつ等比級数的に増大することでその問題は地球規模の、すなわち最先端にいるGAFAMでさえ莫大な新規投資を必要とする課題となっていることが理解できた。

いま僕はその解決策やファイナンスの問題を論じているのではない。述べたいのは宇宙データベース、および、具体的なデータを蓄積するスペースとしての宇宙データセンターの存在可能性だ。そして、それが存在するという説を支持する仮説は、まさに前述した説の「最大の時間軸ケース」であって、メモリーの堆積物はアカシックレコード(物理的な形を持たない情報の集合体)であり、堆積の結果できたのではなく、実は137億年前の宇宙の創成期からディファクトとしてすでに存在していたというものだ。さらに想像をたくましくして、それは宇宙を創造した何者かが使用したコンピューターのディファクトとして装着されていた機能にすぎないと僕は解釈している(なぜ光速が秒速30万キロメートルかというアインシュタインも解けなかった問いの答えもそれだ)。

先述したように宇宙空間には膨大な量の情報エネルギーが存在し、それがアカシックレコードの正体である可能性が浮かび上がっており、その存在は、異次元や宇宙エネルギーの中に位置すると同時に、人間の潜在意識(スピリチュアル世界)にも存在する可能性があるという説がそれだ。それを造ったのが人類でないのは明らかゆえ、アカシックレコードの存在を信じるということは必然的にタイプ2以上の文明の存在を信じることであり、それが地球にはないことは事実であるから必然的に地球外生命体(Extraterrestrial life、E.T.)の存在を認めることになる。人類(ホモ・サピエンス)の発祥は最古でも40万年とされる。宇宙が生まれた137億年前を1年前とすると、人類が現われたのはわずか15分前だ。E.T.(宇宙人)の存在を否定するなら、広大な宇宙で人類誕生というイベントがなぜ364日と23時間45分のあいだ起きなかったのかという問いに答える必要がある。それはフランツ・カフカの「変身」を喩えとして借りるなら、ある日の朝に目覚めたらひとりぽつんと火星にいたと想像するほど奇妙なことだ。

この議論は、「あらゆる物質は原子や分子が固有の情報を持っていてそれがアカシックレコードを成す」と考えると氷解する。原子や分子はビッグバン直後から宇宙空間にあまねく存在している。よって、人類は猿からダーウィンの進化論的に進化したのではなく、137億年前から誕生がプログラムされており、それが何らかの理由で40万年前だったのだ。人類は宇宙とアカシックレコードを造った知性(E.T.)が類人猿におこなった遺伝子操作実験による創造物であり、すなわち我々自身もDNAの一部が “宇宙人” なのであり、天から宇宙船に乗って降りてきたE.T.を人間は神と称え、それにまつわる物語を宗教として信仰している。まだ知性も理解力も描写力も未開であった人たちが、4つの車輪をもち火を吹く宇宙船で地に降り立ったE.T.を神と信じ、紀元前3500年前後のこの事実を文字に落し、それが旧約聖書のエゼキエル伝となった。神学と科学が分離してゆくルネサンス後のヨーロッパにおいて近代精神が支配的になっても、これら聖書の記述は敬虔な信仰の対象であり続けてきたことは変わりない。科学的思考と併存する威厳ある領域としてギリシャ神話(mythology)があるが、我が国の天孫降臨も含め空から生身の人がおりてくることは0.1%の確率ですら科学的な蓋然性を証明できない。シミュレーション仮説やアカシックレコードをオカルトと論じる人が旧約聖書をどう論じるかは興味深い。このことは先述した「運が80%」に対する大企業のインテリのリアクションの相似形であることを付記するにとどめよう。

ここから先は僕の空想であり、本稿のエピローグである。我々が人類なるものであり、ここにいることは、デカルトほどの知性が「我思う、ゆえに我あり」と記すしかなかった不可思議である。彼はいわば、ある日の朝に目覚めたらひとり火星にいた景色を想像できるアカシックレコードとの交信者であったともいえる。我々が日々眺めているこの世というものはすべてE.T.がプログラムを作成したVR(バーチャル・リアリティ、仮想現実)である。我々はスーパー・マリオのキャラクターのごとくVRスクリーン上の登場人物であり、我々の脳はVRを現実であると認識するよう五感をプログラムされている。E.T.はマウス操作でスクリーン内に自由に関与でき、キャラクターに接触でき、バベルの塔を建造して壊したり、ノアの洪水をおこして殺戮したり、何トンもある石材を積み上げてピラミッドを造ったりの作業がマウスのドラッグとクリックで苦も無く行われた。ギザの大ピラミッドにおいて、底面の周長を高さの2倍で割ると円周率になり、底面積に対する側面積の比は黄金比であり、底面の1辺を 480 倍すると地球の1緯度の長さになるようにしたのは、人類が建築法、幾何学によっていつ発見できるか観察するためである。我々は水槽の熱帯魚のようにE.T.に観察され、保護されている。

アカシックレコードではないが、五千年前に書かれた文字と現実の自分が合っている(合一である)ことを教えてくれる不可思議な世界がある。インド仏教による『アガスティアの葉』(Nādi Astrology)だ。個人に関する予言が書かれているとされるヤシの葉の貝葉の写本の一種で、現代に生きる我々を含むすべての人間の誕生から死までが古代タミール語で書かれており、僧侶がそれを探し出して読んでくれる。本稿を書くに至ったのはその体験からだ。

『アガスティアの葉』がオカルトでないと言い切る自信はないが、今回の体験を経て、アカシックレコードはシミュレーション世界の全データベース(宇宙図書館)に相当し、アガスティアの葉はその個人パート(すべての人間の伝記)が書かれたものだろうという理解に僕は落ち着いた。

右手親指の指紋を送り、朝7時に南インドの仏教のお坊さんと通訳とZOOMで対面した。まず生年月日、時刻、血のつながった家族に関わるYes、Noの質問が延々とあり、両親の名前を言いあてられ、1時間ほど候補である葉っぱの束を探し、さらなる質問で絞り込んでいく。見つかった。1時間ほどかけて我が伝記が読まれた。持っている因果につき占星術的な背景があるが知識不足で理解できなかった。仏教は輪廻を説くから肉体でなく魂の過去なのだろうか僕はパキスタンの権力者の娘だった前世があるらしく、現世では人々に無償の施しを行い、人々の病気を防ぎ、人々の資産を増やし、大自然のなかにユートピアを作る使命を持って生まれてきているらしい(やけに重たい)。半信半疑であったが、性格、長所、短所、人生の転機の時期はほぼ完璧に当たっている(あてずっぽうでここまで当たるとは思えない)。次に人生の流れ、運気、病気とその年齢。これはわからない。ただ、決定的なのは、自分しか絶対知らない事実が出てきたことだ(それが五千年前に書いてあるなら僕はまさしくスマホ画面で踊っているゲームのキャラクターにすぎない)。「80億人分の葉っぱがあるんですか」と質問した。「探しても見つからない人がいます。東さんは開きに来ることも書いてあります」だった。

最後にご縁の話だ。アガスティアの葉については神山先生の診療室で鍼灸師の方から聞いたことがあり、おざなりに知ってはいたが、やってみようとなったのはいま始めようとしているビジネスのご縁が発端である。そうであればそれがうまくいくか否かを知りたくなったのだ。そのビジネスはまた別の、それも10年以上も前のまったく脈絡もないビジネスから出てきたもので縁が縁を招くという何らかの因果の結果である。このありがたい事実の意味深さをいまかみしめている。AIのラーニング機能のごとくそれは自己増殖してくれるようであり、ではご縁とは何なのか、縷々述べてきた宇宙の構造の理解とどう関わるのか、いまは書かないでおく。ここまで来るのに15年を要した。それが長かったか短かったかはこれから結論が出るだろう。

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総理の「ナメられてたまるか」は国難でない

2025 JUL 12 19:19:09 pm by 東 賢太郎

トランプは米国の製造業を復活させようとしている。それが正鵠を得た政策かどうかはともかく、米国人の米国人による米国人のための決め事であって我々がどうこういえる話ではない。トランプは投票してくれた国民を体を張って守ろうとしている。そういう男と、自分の自分による自分のためだけの奴の話だ。

「高めの球を投げる」

証券会社にはいって、その言葉が聞こえたのはちょっと意外だった。それは、

「高めの条件を吹っかけてみる」

という意味で業界用語化している。例えば業者間のディールで手数料3%取れるかどうかという場面で「5%から交渉だ」と上司が指示する。こういうのを「高めの球を投げる」といい、毎日のように当たり前のように使われている。

むかし、初球に顔ぐらいの高さの速球をよく投げさせられた。先輩の捕手が強気の人だったのだ。これがリアルの「高めの球」だ。振ってくれればラッキー。見逃しても目付けが上がる(目線があがる)から低めで打ちとりやすい。同じ感じで5%を吹っかければ、3%は安く見えるのだ。実にうまい比喩だ。

トランプ関税25%に「ナメられてたまるか」と船橋で怒ってみせた石破総理。これただの「高めの球」だよ。むかしイタリアの土産屋でふっかけられて「ナメんなよ」って日本語で怒鳴ってた恥ずかしい田舎のオッサンを思い出したよ。小野寺自民党政調会長、「紙一枚の通告は無礼だ」。上司ヨイショのプロだね。

なんでナメられたと思ったのか、これは興味深い。日本は同盟国だろ。大事だろ。150兆円も投資してやるんだ。たしかに俺は交渉逃げてるが赤沢を7回も行かせたろ、7回だよ7回!俺は行かない、だってソーリだ。一番偉いんだぞ。ちったあソンタクしろよ、それ外交儀礼だろ、選挙前にその仕打ちはないだろ。

トランプはそんなもん屁のカッパだ。外交儀礼?なんだそれは?俺はイラン爆撃したぜ。「高めの球」はド真ん中打てない奴には投げねえよ。だからナメてないの、怒ってるんだよ。ブラジルには50%課してやった、これは頭に当たっても構わねえっていうビーンボールだ。場合によっちゃあ日本もいったるぜ。

トランプは言ったことはやる奴だ。広島・長崎発言は馬鹿野郎だが、男としては認める。言ったことはやらないが、言わなかったことはやる奴とは真逆である。この総理はケンカもスポーツもビジネスもやったことねえな。米国にケンカを売った?男として認めてないトランプは買わんよそんなもん。何なん、こいつ?

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石丸新党の都議選に思った重大なこと

2025 JUN 25 16:16:41 pm by 東 賢太郎

このところ多忙であり、我が家のあたりは選挙カーも来ないのか気づいてないだけなのか、東京都議会議員選挙日であることを午後に知った。すぐに投票所にでかけ、いままで投票するなど夢にも考えたことのない政党の候補者名を、字をまちがえないように慎重に書き込んだ。そして、ついでに成城石井で7千円ぐらい買い物し、そうか、いま俺は消費税700円も払ったのか、こりゃ高いなと感じながら帰宅中ずっと「すでにそういう時代なのかなあ」と反芻していた。投票しておいてそれはないが、夜に、その人が当選したのを知って大いにびっくりした。

過去の権威も既成概念もヒエラルキーもしがらみも、日本では音をたてて崩壊しつつある。月曜に選挙結果の全体を見ると、注目していた石丸氏の新党は42人を立てて当選ゼロだった。偶然と説明するには確率が低すぎる。都知事選で彼は台風の目であり僕も氏に票を入れたが、それは他候補のあまりのひどさに怒りを感じたことが大きかった。氏はスペックも地方分散の政策も良かったと思うが、少なくとも僕においては「バカヤロー」が大きかったわけだ。

ところが、今回はそうではない。「このままでは日本がヤバイ」が大きい。だから石丸新党を横目に見ながらも、積極的にそう発信する別の党に入れざるを得なかった。僕の政治信条はさんざん書いたのでご興味あれば検索いただきたい。共感して下さる方の多くは僕のように選択肢の狭さに追い詰められた「無気味な閉塞感」を懐いているのではないか。

党はちがっても候補者全員がファシストだったら、その国は選挙をしようがしまいが、民主国家を名のろうが名のるまいが、確実にファシズム国家になる。この3年ほどで、もの凄い勢いで左傾化する自民党を嫌って野党に投票したら、選挙後にあっさり看板がすげかわって、「これからは『共に自民党』と呼んでください!」なんて党首ふたりが抱き合ってキスする。そんな国家による詐欺みたいな悪夢があっておかしくない現実を多くの方が怖れていると拝察する。いい日本語がある。おぞましい。

打ち壊されたベルリンの壁

石丸氏の42人のスペックは比較的高く、よくそろえたと思う。しかし「本人は出馬せず党の政策はなしで各人が決める」では何の迫力もない。都知事選の彼は高学歴で海外経験のある普通の銀行員のストレートな物言いが新鮮で、それがうまくネットで拡散されて評価された部分もあろう。しかしそれだけではなかった。僕がそうだったように「行き場のないバカヤロー票」も盛大に乗っかっての2位だったのだ。多くの東京都民はスペックなんかで仕事ができるわけでないことをよくご存じであり、何でもかんでもネットで拡散すれば売れるなんてこともない。「ヤバイ」票は実行力を求めている。どぶ板を踏んででも**をやり遂げますという強力なコミットメントが必要だ。

7月の参議院選挙は大事だ。そこから3年は国政選挙がなく、我々は2028年までその結果に縛られてしまうからである。3連休の真ん中が投票日ってところに、政権が投票率を低めたい魂胆が透けて見える。いい日本語がある。あさましい。

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不思議なアリスの国の米騒動の不思議

2025 JUN 2 11:11:45 am by 東 賢太郎

小さいときに覚えてるのはパン屋、肉屋、八百屋、コロッケ屋ぐらいで、米屋は記憶にない。自分で買ったことないし、どこで買うか知らないとマッサージで言ったら驚かれてしまった。いい所のボンじゃないよ、団地の子だ。お袋が九州の家風で男子厨房に入らず主義でさ、知らんまま大きくなってしまったと弁解してもだめだ、女性には通用しない。

江藤農水大臣の家に米は売るほどあったらしい。買う必要がなかったから自分で買ったことない、そりゃそうだろう。事実をしゃべっただけで辞任に追いこまれるとは思ってもなかったのが顔に出た。それがいい所のボンに見え、マリー・アントワネットだと追い討ちされてしまう。政治家も大変だ。買ったことないより空気を読めない方がもっとまずかったが後の祭りだ。自民党×世襲=悪という空気はけっこう危険水域に来ているのだろうか。

最近の政治はもう「不思議の国のアリス」状態に突入している。この映画、アリスがウサギの穴に落ちて次々とおかしなことが起きるが、10分もたつとだんだんその世界に目が慣れる。芋虫がしゃべろうがチェシャ猫(左)がニヤニヤ笑っていようが平気になっちまう。まさにそれ。でも「いつからこんな妙ちくりんな国になったんだ?」が元自民岩盤保守の本音だろう。世間では安倍さんのあれからという声が高まっているらしいが、それは日本のローカルな話で、僕はコロナで世界の株式市場がアリス状態になった時だと確信している。だからもっと前だ。これは半世紀ぐらい株式市場を観察してた者しかわからない。ヒントはアメリカの財政とドルだが、それだけ見ていても、いくらデータを取集してもわからないだろうから僕は絶滅危惧種になりつつあるかもしれない。

日本政界のアリス劇場は野球に例えるとこうだ。豪快な30失点で堂々の完投をして見せた監督兼自称エースのキッシー投手。お次は史上初の女性、サナエ投手と大多数のファンが期待したが、メンバー表には万年ベンチで味方にヤジを飛ばしてたイッシー投手の名があった。彼は直球は投げられない。変化球しか投げないがその球も遅い。「初回に打たれたら責任を取る」と豪語していきなり満塁ホームランを食らうが、それは嘘だったことが発覚する。延々とマウンドに立つが球団も監督もなにもしない。今の今まで投げていて、もう失点は20だ。ところが、いったい何があったんだろう、ある回から敵方である野党球団のバッターまでわざと三振しだしたのだ。球場の総意としてイッシー投手を交代させたくないのである。スタンドのファンは唖然としているが「なんだこりゃ、八百長試合か?」「金返せ!」のヤジも罵声も飛ばない。飛ばしたところで「ルールに違反はございません」と冷たいアナウンスが返ってくる、かどうかは知らないが、たぶんそうだろう、いや、へたすると「お客様、他のお客様の観戦のご迷惑になりますので」なんて退出させられるんじゃないかという空気を感じて黙っているのだ。

しかし、自民チームの古参のファンでごったがえす居酒屋「俺はジャイアン」ではそうは問屋がおろさない。「野党は7月決戦もイッシーに投げてもらいたいんだろ、そうはいかないぜ」の声でもちきりだ。「そのうちサナエさんが動くさ、球団社長のアッソーさんがイッシーを降板させるよ」。すると、バタンと音がしてドアが開いた。息をきらせて入って来たチェシャ猫が叫ぶ。「みんな聞け。わざと三振してもらってるのは自民のヤマモリ監督だ!」。「なんだと?敵将のドジョウと裏でツルんでるのか!」すると、三月ウサギと帽子屋も入って来た。「皆さん、ヤマモリは右ききの選手を追い出して左ききと左巻きだけの球団にするらしいですぞ」「うぬ、そういう作戦だったのか」。気がつくとそこはネムリネズミの終わることのないお茶会の場であった。

大騒ぎのなか、壁にスクリーンがスルスルと降りてきて、三月ウサギが「とざいと~ざい!」と映画の上映を始める。

なんだこれは?米がないだって?ただでさえ重い年貢で民が飢えておるのに怪しからん、おかみは何をしておるんじゃ、ええい、一揆じゃ、蔵を壊せ壊せ、皆で打ちこわしじゃあ!!!

いかん、お国の一大事だ!

「こういうときは?」

帽子屋がそっと尋ねる。

しばらく静かだったアリスがこともなげに答えた。

「そりゃこの人でしょ」

「ちがうちがう、これはあっちの話だろ」。帽子屋がかぶりをふるとチェシャ猫が憮然とした顔で答える。「そうか、ここは日本だったっけ、なら『月光仮面』だよな、こっちだってちゃんとおじさんが変身するんだからな、負けてないぞ」

「猫くん、前から思ってたんだが、きみはやっぱり時代遅れのようだね。残念だが月光仮面はもう古いんだよ。新しいのが出たんだ、これを見てくれたまえ」。帽子屋は得意満面に笑った。

う~ん、す、すごい。どっちもやけに短いし、マイナーキーでうら寂しいところが何とも言えないが・・・

「みんな、見たか、キッドだよキッド。この人が米騒動をおさめ、われわれ日本国民に安いおコメを届けてくださるんだ!」「キャーかっこいいー!」「キッドか、なるほど、これぞ神様仏様じゃないか!みんなで拝もう!」「ほんとうね、正義の味方なのね」「それなら年貢が少しぐらい増えても大丈夫そうだ!」

「でもどこの誰かは知らないけれどなんて寂しいわ、キッドさん、お名前は何ておっしゃるのかしら?」

「諸君、知りたいのかね?困ったね、本当は教えちゃいけないことになってるんだが・・ええい、仕方ない、教えよう、でもここだけだよ、絶対に誰にも言っちゃだめだよ」

「もちろんよ!!」

「コイズミ仮面、おっと、ワタクシとしたことが、それは親父だったね、息子のほうなんだ、だからKIDなんだ、コイズミ・キッド!」

「なんと、あの人だったのか!」

「キッドさん、ステキ❤️、ワタシもう総理大臣に投票しちゃうわ」

「あのね、キミは総理は選べないの、議院内閣制だから」

「なんでよ、ケチ、そんなのいいじゃない」

「ケチとはなんだ、この**!」

「悪かったわね、アンタ、じゃあ大声でしゃべっちゃうもんね、ナショナル・キッドはすんじろーだって」

「でも、日本国民にマスクを届けてくれたのも思い出すわね、安っぽくて評判悪かったけど、あれなんていったかしら?」

「アベノマスク」

「そうそう、あれとおんなじにならないかしら?」

「いやいや、そうじゃない、安倍さんは三世、すんじろーは四世、だからこっちが偉いんだ」

「そうか江藤大臣は二世だったな、一世足らんかった、惜しかったな」

チェシャ猫かと思っていたら、いつの間にかうちのシロ先生になっていた。アンタも馬鹿よねえといつも笑われてるので先生になってる。

先生のご宣託が下った。「皆さん、世の中おわかりになってない、野球の新ルールをご存じないのね。ピッチャーはね、打つ方のチームから出すんです。もちろん後ろの野手はぜんぶ相手チームですけどね。味方のバッターに打ちやすいタマ投げてたくさん点を取らせたほうが勝ちなのよ。面白いでしょ?デッドボールでなぐり合いの乱闘なんてもう二度とおきないし人権を尊重して平和なのが人気でね、ベースボールじゃなくってピースボールって呼ぶ人もいます。だからね、わかったでしょ、日本のピッチャーは実はあちら様が決めてるの、キッシーもイッシーもあっちの人なんです」

(一同)「先生、なんと、そんなルールがあったんですか!!!」

「なるほど!キッシー投手はアメリカ戦で火だるまになって30点も献上してるのにヘラヘラしてバカヤローなのになかなか降板しなくって変だと思ってたんだ、俺たちは元のルールのつもりで見てて裏金けしからんだなんて自民球団に怒ってたんだ、辻褄があったぞ、納得だね」

「いえいえ、アメリカだってそうなのよ、で、トランプは気がついちゃったの。だから暗殺あぶなかったのよ、だって剛速球投げちゃうからさ」

「そうか、160キロのピッチャーなんてもう無用の長物なんだ。新ルールだと、ど真ん中に遅くて打ちやすいタマだけ投げれるのがエース」

「そうよ。つまり?」

(一同)「総理は軽くて馬鹿がいい」

「先生、すご~い、ということは、お次は?」

「もっと、もぉ~っと、すごいのがきて、50点ぐらいとられて打つ方のチームにほめられて一旗揚げるわよ。それにはお金がいるの、みんなの年貢は減らないの。あっ、取り巻き連中もいろいろオイシイのはいっしょだよ」

(一同)「ええい、ものども、であえ、であえ、コメじゃコメじゃ、米騒動じゃあ!!!」

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箱根とバーデン=バーデンを結ぶ線

2025 MAY 20 0:00:46 am by 東 賢太郎

10年ぐらい前でしたか、最高顧問をさせていただいた上場企業の取締役会が箱根・宮ノ下温泉の吟遊で行われ、粋でいい会社だなと思ったものです。ところがいざ赴いてみると粋どころではなく、通常の本社会議室より自由な発想で大胆な意見が出た(言えた)せいか議論は白熱。革新派と保守派の対立は並々ならぬものがあったのですが、終わって部屋を出ればそこは温泉宿。会食の場はぎすぎすとならず役員に一体感すら出ていたのです。まあこんなことはオーナー企業しかできないでしょうが。

温泉地で重要会議というと、意外なものがありました。あんまり知られてないのですが、調べてみると面白い。それがなければ太平洋戦争はなかったかもしれない。そんな会議がドイツの温泉保養地バーデン=バーデンで行われていたのです。地図を見ていただくとわかりますが、フランクフルトとミュンヘンに近い。前者にはドイツ銀行が、後者にはシーメンスがあります。何やらきな臭い。

ドイツ:バーデン=バーデン - 旅行のとも、ZenTech

時は第一次世界大戦終結後の大正10年(1921)10月27日。陸軍士官学校16期の同期生で37、8才の親友同士である、歩兵第14連隊大隊長・岡村寧次、スイス公使館付武官・永田鉄山、ロシア大使館付武官・小畑敏四郎が陸軍を改造して長州閥を追い出し、総力戦を挑める体制を築くことを約したのです。これを「バーデン=バーデンの密約」といいます(翌日には1期下の東条英機も加わった)。日露戦争は薩摩である海軍の活躍で勝ち、長州の陸軍には危機感があったが藩閥という権力に甘える幹部は鈍い。この男たちは今流なら第一選抜で部長に昇進しようかというエリート中堅幹部です。藩閥支配をぶっ壊して人材登用し、自分ら薩長外の人間が動かそうと画策した。海軍長老の山本権兵衛内閣を総辞職に追い込んだシーメンス事件がちらつく。

ここからは空想です。バーデン=バーデンは海軍劣勢の好機に陸軍学閥エリートが軍内クーデターをおこし乗っ取る密約だったのではないか。東条総理を出すところまでうまくいった。巡洋戦艦「金剛」発注で英国から賄賂をもらっていたのがバレて叩かれた海軍は反攻の策を練った。そもそも陸軍が範としたドイツを裏切って日本国を第一次大戦で連合国側に着かせた実績もある(焦ったドイツのヴィルヘルム2世が海軍に賄賂を出したのがシーメンス事件だった)。英が米とつるんで劣勢の海軍をそそのかしたのが真珠湾だったのではないか。チャーチルとルーズベルト。手練れの両人なら考えて全然おかしくない(そもそも明治維新がそれだったのです)。戦さ慣れした薩長がやった日清・日露。学閥エリートが仕切った太平洋戦争。戦争屋にはちょろい相手だったと思うのは僕がビジネスマンだからでしょうか。

バーデン=バーデンというとクララ・シューマン、ブラームスが愛した街でフルトヴェングラー、ブーレーズ終焉の地でもありました。ドイツに赴任して、一にも二にも訪問してみたかったのがここで、当時、お気楽に生きていたのでそんなことがあった地とはつゆ知らず、劇場で魔笛を楽しんで、ブラームスハウスがこんな家に住みたいと目に焼きついて後にそういう家を建てました。帝国陸軍軍人にはどう見ても似合わない街だなあと、いまだって思うしかありません。しかし彼らはここに集結した。なぜここだったのだろう。その疑問も解ける気がするんですね。

バーデン=バーデン

彼らが投宿したのはホテル・ステファニーで、その密約から満州事変を引き起こした「一夕会」ができ、「国家総動員法」制定に至った。彼らが長州閥の代わりに陸軍幹部として擁立を謀ったのが真崎甚三郎・荒木貞夫・林銑十郎でした。やがて一夕会は対支戦争を唱える永田を中心とした統制派と、対ソ戦準備論を唱える小畑を中心とした皇道派に分裂し、永田は目の上のたんこぶとなった真崎を軍から追放しようと悪玉説を流布し、それを昭和天皇に上奏して教育総監から罷免することに成功した。これに激怒した皇道派の相沢三郎中佐が1935年8月12日白昼に永田鉄山を軍刀で殺害し、半年後の二・二六事件に至るのです。そして、その翌年の37年には日中戦争が勃発。さらに4年後に日米が開戦した。永田は際立って優秀な男で、もし生きていれば開戦を止められたかもしれないともいわれます。同感です。陸海の内輪もめにつけこむ英米の策謀、もしかして裏で買われていた国賊どもを冷静に見ぬけたのは彼しかいなかったかもしれないと思います。日本海軍はロンドンの銀行にイギリス人名義で秘密口座を持っていた。これは昔の話ではない。今だって十分にあり得るのです。

思えば僕も永田、東条らと同年代の37~42才にドイツ、スイスにおりました。ああ、あのころの俺か、そんな若僧が日本をぶっ壊す戦争を起しちまったのか。その密談が、帝国陸軍などとはまったく縁遠く美しいあのバーデン=バーデンのホテルで夜中1時まで続き、隣室の客からうるさいと言われて切り上げたのか。なんとも生々しいものです。彼らは翌日にフランクフルトに行き、僕が3年勤めたビルの向かいにあった高級ホテル、フランクフルター・ホフに宿泊しています。陸軍士官学校の秀才である彼等、税金留学のエリートであり、日清日露に勝利して舞い上がった山縣有朋を筆頭とする長州閥の爺さんたちが陸軍幹部では第一次世界大戦でバージョンアップした近代戦についていけず国難をまねくと語ったに違いない。それは正しかったけれど、内部闘争の挙句に皇道派の自爆で誤った方向に行き、根拠不明の海軍による日米開戦が勃発、不思議なことに東京裁判ではその海軍はほとんど処刑されず全部は東条と陸軍が悪かったことになった。海軍幹部とキーナン判事らが芸者をあげて飲んでいたという話もある。闇が深い。

我が赴任地だったフランクフルトおよびチューリヒの中途にバーデン=バーデンがあるのも奇縁です。何か霊感でも働いたのでしょうか、他ではそうした衝動はなかったのですがここでは何となくひらめいて油絵2点を買っています。どちらも思い入れがあります。これは皆さんにお見せするというより、子孫に絶対に売るんでねえぞという意味で載せてます。一回目がこれ。

これが二回目。

統制派が権力闘争に勝ったので陸軍は対支戦争、南進にのめりこみ、蔣介石の策謀で思いっきりアメリカを巻き込まれ抜き差しならなくなり、真珠湾、太平洋戦争、敗戦への道を進む。そして軍内政治に勝って総理大臣に登りつめた「バーデン=バーデンの密約」のひとり東条英機はA級戦犯として死刑。 負けて台湾軍司令官に左遷された陸軍大将・真崎もA級戦犯として新橋の第一ホテルで尋問の末に収監されましたが、権力の座になかったことが幸いしたのか真っ先に釈放されました。しかし二・二六事件が成功して総理大臣になっていたらそうはいかなかったろう。人間万事塞翁が馬です。

東京人にとってリゾートというと軽井沢、日光、箱根ということになる。どこも好きであり、最初の二つは帰国してまもないころ幼い息子を連れて歩き回ってます。奥日光の白濁湯の泉質は全く持って捨てがたい。ただ日光は家康、軽井沢はカナダ人宣教師が明治に開いた避暑地でどちらも新興で地政学的な意味はなく、箱根はというと日本書紀にある霊山で富士が近く、源平の合戦があり頼朝が敬い、東海道の交通の要衝で関所が置かれた。土地に「気」がありますね。駅伝の最高点近くにある箱根七湯のひとつ、白濁の芦之湯は奈良時代の記録があり、以来、皇室、文人墨客が宿泊、明治期には木戸孝允と西郷隆盛の会見が行われ、勝海舟・山岡鉄舟・副島種臣が逗留しております。会見は現存する松坂屋という旅館ですが何を話したのか。

今日は5月20日です。欧州では長い冬があけて一気に花が咲き誇り、ドイツでは白アスパラが旬。この時期だけはそれが肉に代わって主食のようになります。国中がぱっと明るくなった感じは日本の桜前線の頃のはなやぎのようで、だからモーツァルトもシューマンもR・シュトラウスも五月(Mai)を歌ったのです。12年そこに浸っていたので日本でもMai感が体に残っており浮き浮きします。箱根の5月はつつじです。

ビジネスの着想はそういう気持ちの時が旬です。良い種があってもその気でないと着床しないからで、半端な決断で手掛けると失敗します。着手を決めた某案件を持ってきてくれた仲間と3月からああだこうだやり「よし、やろう」になった。それがすぐ「やめとく」の朝令暮改で失望させてしまった。たくさんあってどれも重たいものだから整理がつかなくなっていたのです。有難いことで16年目のソナーには優良案件がそこそこ来ます。例えば今、あのウォルト・ディズニー様関連の投資案件を検討中でうれしい限りなのですが、わかったのは、もう僕ひとりの頭で選べなくなってきたということです。

そこで何人もの意見を聞き、某案件は「やっぱりやろう」になった。やるからには全力投球です。そこで週末に箱根に行って気持ちを切り替え、懸案の事柄を議論すべくテスラを飛ばすことになりました。10年前に最高顧問をさせていただいた上場企業の取締役会もかくやというもの。オフサイトでやると自由な発想で大胆な意見が出て、非常に実りの多い会議となりました。

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The Beatles – Taxman

2025 APR 9 23:23:36 pm by 東 賢太郎

 

わあ大変、誰に話せばTAXMANに伝わるんだ

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トランプ関税は国難でもなんでもない

2025 APR 7 23:23:14 pm by 東 賢太郎

バックナンバーを読み返していたらこれを見つけました。アップしたのは岸田政権時代の2023年11月3日です。

公務員を就職先に選んだ東大経済学部生は9人

東大生が減ったのは今やどうでもいいです。問題はここです。

天性の商人だった秀吉は信長の中央集権的重商主義を進めたが、それを貧富の差が出ない地方分権的農本主義に180度転換した家康のスローガンが士農工商である。「士」(武士)が官僚であり、いまも日本人に根強い「官>民」という思想はそれをルーツとしている。

➡ 財務省解体デモはなぜおきたか?当世の東大生はそうした空気を察知しているのではないか

アタリという学者はディープステート(DS)のスポークスマンであり、DSは国家ではなく国家をまたぐから国際金融資本と呼ばれる商人(資本家)である。農本主義の士農工商とは天地真逆であり、両者が融和するはずがない。現在、岸田政権は米国の背後にいるDS(民主党左派)寄りであり中国共産党もDSに親和的であることから自民党保守は分裂的であり、そのどちらにも反駁する真の保守を標榜する新党(注)に出現の余地を与えた。同党は日本で反DS的主張を展開する宿命ゆえ農本主義的に思える。現代の黒船DSを士農工商政策で制圧できるはずがなく、鎖国をめざすわけでもなかろうから本音は不明だ。当世の東大生はそうした空気を察知しているのではないかというのが私見である。

(注)日本保守党のこと。本稿は同党が発足して2週間での執筆であり、その時点で理解できなかったのでこう書いた。鎖国をめざすのかな。

定理〈農本主義の士農工商とは天地真逆であり、両者が融和するはずがない〉

により、

➡ 岸田政権(= 石破政権) = DS  ≈  C国

は成立せず(する場合は金銭、**トラ等による合致以外に考えられない)。

➡    DS  ≠ トランプ政権

よって、

➡   石破政権 ≠ トランプ政権

である。

トランプの関税政策は就任時から公言されており、トランプという政治家は有言実行でなかった例はほとんどないのです(公言も意図もしなかったことを実行したとされた例は枚挙にいとまなし)。したがっていまさら国難でもなんでもないわけです。予見も説得も反論もしていなかったうえに、同盟国なのに仮想敵国のC国と10%しか違わないのが国難以外のなんでもないんですね。こりゃだめだ。

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