ネコは神である
2014 SEP 28 14:14:38 pm by 東 賢太郎
古代エジプトではネコはバステト神とされ崇められました。ピラミッドの壁画に描かれ、殺したものは死刑です。ペルシャ軍がそれを知り、楯にネコの絵を描くと、エジプト軍は攻撃できず完敗したそうです。
わが軍も攻撃できそうにありません。
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ネコと鏡とミステリー
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チューク島にて(その2)
2014 SEP 12 10:10:18 am by 東 賢太郎
南洋の島に行く異(い)なる味わいというのは一度やってみないとわかりません。ハワイやグアムに何度行っても計り知れない鮮烈な味であり、人智を超越したものです。我々の築いてきた常識や人生経験など、文明こそないが原始の強靭な精神を今も持って豊かに満足に暮らす人々の前で粉々に崩れ去ります。
そして溢れかえるような大自然の力が人間の五感を野生の本能にまで巻き戻してくれます。そこに立ってジャングルの香りのする大気を吸い込んでいるだけで何かが変わります。東京で雑事に追われていて耳鳴りがしていたのが一日でぴったりと止んでしまいました。何かが確かに体内で起きているのを感じます。 去年の6月に人生で初めて北緯7度の南洋の島、ポンペイ島に行きました。
このような強烈な洗礼を受けていましたから今回は意外なほど何があっても驚きがないのに自分で驚きます。精神的な免疫という物はたしかにあるのです。昨年は会社設立という大作業があって、ミクロネシア政府代理人である米国資本MRA(ミクロネシア・レジストレーション・エージェンシー)が水も漏らさぬテークケアをしてくれました。今回2度目、株主総会、取締役会とあってそこまではありません。
ただ、2度目とはいえ前回とは島が違います。今後の事業展開のことを考え、全部を知っておくという意味でMRAにそうお願いしたのです。ミクロネシア連邦の4つの州、ポンペイ、チューク、ヤップ、コスラエでは言葉も種族も違うと聞いていました。しかしチューク人がポンペイ人とこんなに違うとは大幅に想定外でした。前回の経験値でのかなり低めのアテンション・レベルを2段階ぐらい引き上げる必要をすぐ感じることとなりました。
チューク空港は日本海軍の滑走路をそのまま使っています。僕らに用意された空港わきのホテルL5(レベル5、右)は島で一番高い5階建ての意味で、昨年お世話になった元駐日大使のミタさんのご経営です。まだ一部は工事中でしたが新しく清潔なホテルが一泊一万円ですからリーゾナブルでしょう。手前は廃墟と化したスタンドです。
ところが、7時に頼んだモーニングコールがなく焦りました。人生で二度目です。この島では他人を当てに出来ないことを学びます。朝食は唯一の近くのレストランが7:30オープンだとホテルではいうのですが、その時刻にはまだ人がおらず、結局開いたのは8時ごろでした。中へ入るとびっくりです(左)。窓はすべて厚めの赤いカーテンで覆われて朝っぱらからナイトクラブではないですか。女の子でも付くのかな、ウイスキーでも頼みますかと冗談を言いながらウエートレスのおばさんに開店は7時半とききましたが8時ですねと念を押すと、7時半?とんでもない、7時だと堂々の主張です。この島では1時間は誤差のうちだということを学習します。出てきたハンバーグライスは荒っぽい味ながら現地風ソースでまあまあ食べられましたが、別なご当地風名称の料理が来てみると僕のとほぼ同じ具材を高く積んだだけ。それで値段は高い。パンケーキは分厚いのを3,4枚無造作に積んだだけ。アテンション・レベルはこうして徐々に上がっていったのです。
ホテルへ戻り会議室ですぐ懸案の仕事にかかります。午前中には万事無事に終了し、そこから車で島の南西の突端にあるブルー・ラグーンへ直行しますが、大変な事態が待ち受けていました。一本道なのですが、舗装してない道路(右)は深い穴ぼこだらけでそこに昨夜の雨が巨大な水たまりを作っています。車は右に左に、上に下に、前に後ろに、時おり斜めに、日本人の経験値などぶち切る物凄い振幅と角度で揺れまくり、プロのレーサーでも時速5km以上出すのは至難の業でしょう。これを日本語の「でこぼこ道」と形容するのには強いためらいを禁じ得ません。エボラ出血熱を風邪だとするに匹敵するでしょう。直径10mもある池みたいな水たまりを舟みたいな気分になって進みますから、もしこれで気分が悪い人が出たら車酔いでなく船酔いと診断すべきです。これは元々は舗装道路だったのが、だんだん穴が開いてこうなったそうです。それを誰も気にしないおおらかさ!これは首都パリキールのあるポンペイ島ではまず考えられないでしょう。歩いた方が速いじゃないかと思いましたが、そうもしない。島民気質が根本的に違うようです。治安もこちらの方が悪く、車に道を譲らず迫ってくる酔っ払いがまっ昼間からいましたし、ホテルの玄関前もロックして2-3人が見張っています。
舗装すれば5分で着く4-5kmの道のりを30-40分のドタバタの末、
やっと目的地に到着しました。ここまでの苦労が嘘のように静かで平和なリゾートです。ここが日本軍の沈船で世界的に有名なダイビングスポットであることは知っていましたが、このリゾートがその拠点でした。通常深くて50mのところ70mも潜らせるそうです。大勢の欧米人ダイバーがこのリゾートから朝早く沖へ出ていきます。ダイバーでない我々がいること自体が実に場違いだったわけです。午後から船で夏島と無人島を巡る予定でしたが、ガイドの方が飛び込んできて「すみません。今朝来たダイバーに船が回されてしまいました」と謝りに来ました。この島では契約という概念が成り立たないことを知った瞬間でした。
仕方なくランチにしましたが、写真の地魚ラプラプ(ハタですね)の塩焼があまりに美味で憤慨も跡形なく引いてしまいます。醤油はポンペイ島はキッコーマンでしたがここは「ヤマサ」で、それをかけると香ばしいアツアツの白身魚としては完璧の域に達します。ライスはやや固めでワイルドですが不味くはありません。これは日本の居酒屋で通用する一品ですね。海に出られないので車で陸の案内をしていただくことで手打ちをしました。
リゾートがどこにあるかというと、左の写真のWENO(春島)の左上の滑走路の横から海岸線に添って南下した南西の突端に位置します。その距離が4-5kmです。そのまま海を南下した三つの島の真ん中あたりに戦艦大和、武蔵が錨をおろして停泊していたのです。TONOWAS(夏島)は小さいことがわかりますが戦時中は産業まであって、沖でカツオを捕って上質の鰹節を生産していました。日本の鰹節の60%が夏島製だったそうです。戦後に日本政府がODAで鰹節製造用の冷凍庫を建造して現地に引き渡したところ、数年で廃墟と化したそうです。仕方なく新潟鐵工がもう一度造り直して現地に引き渡したところ、再び廃墟と化したそうです。
リゾートの庭を散歩しました。どういうわけか僕をめがけて猫が寄ってきます。毎度のことです。広い敷地を歩き回るとずっとついてきます。この時点ではダイバーの聖地とも知りません。真っ昼間から歩く者も海で泳ぐ者もなく、僕らと猫しかいません。岩合さんの世界ネコ歩きみたいだなあ、妙なところだなあと思ってましたが、猫の方もきっと妙な連中だなあと思っていたんでしょう。
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ねこの見たもの
2014 AUG 22 1:01:31 am by 東 賢太郎
ねこだまし
2014 JUL 25 17:17:48 pm by 東 賢太郎
ねこだまし(猫騙し)
相撲で,立ち合いに相手の目の前で手を叩き,相手がひるんだすきに組み付いたり,技を掛けたりすること (三省堂 大辞林 第三版)
ウチの「のい」は手を叩いたぐらいではひるまない(手は止まるが)。
一度見据えた獲物はのがさない。
もう忘れてかけていたSTAP問題。パチンパチンとねこだましの音でかえって思い出した。ねこと国民と、どっちが騙しやすいか。
地方議員問題。あまりにくだらぬゆえ「ねこまたぎ」したが、3万人もいればああいうのが通ってしまう。
税金を使う側への監視を制度的に強めるしかない。オンブズマン制度である。行政の悪事は国民が摘発する。ネットの眼は天網恢恢、欺けない。そしてネット選挙につなげる。大臣にも国会議員にも審判を下し、だめなのは落とす。2つの問題が示唆しているのはそれである。
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ねこ、名前は「のい」
2014 JUN 6 8:08:02 am by 東 賢太郎
2年ぐらい前だったでしょうか、僕は右の写真のGATAOという猫ラベルのポルトガル・ワインを駅前のリカーショップで買って帰り、とても気に入りました。値段は1300円ぐらいで安いわりにお味の方は軽めで上品なシトロン系であります。どこか気持ちを明るくしてくれる華やかさで、なによりネコのボトルがいいではないですか。ところがそれ以来ずっと品切れで、一度店員さんにあれないの?ときいて、これが似てますとすすめられた甲府ワインがちっとも似てなくて、それ以来忘れてしまいました。そうしたら、先月、ひょっこりお店に1本だけ現れて、やったと思って買って帰ったのです。 不思議なことはおこるもので、家について、さあ飲もうと居間に入ると、いきなりこの子ネコがいました。
不思議なことは高校3年の時にもありました。受験勉強でひとりで家にいてふと窓の外を見ると、どこから迷い込んだのか誰かが捨てて行ったのか、おんなじように子ネコがひょっこり現れました。それが、それ以来しんどかった浪人生活を支えて一緒に戦ってくれた勝利の女神「チビ」(下は晩年)で、姿かたち、模様ともこいつにそっくりな子ネコだったのです。
89年に享年16歳で逝去したチビ様ですが、家内と長女までが功成り名を遂げた最晩年のチビ様に謁見を賜わった者であり、次女と長男は間に合っていません。もらってきた次女はそれもオスのつもりだったのですが、実はメスでした。それでますますチビ様を思い出すことになったものです。
忘れもしません。チビが庭に現れたその日のこと。これまた後にも先にもその日しかない珍事がおこって、突然一羽のスズメが窓から家の中に飛び込んできて、出るのに迷ってカーテンの上の方でものすごい音をたてて暴れました。近寄るのも危ない感じで、僕はとっさに逃がそうと近寄りましたが、死に物狂いのスズメに抱いていた子ネコが危険と思いました。ところが、その瞬間です。チビは制止する僕の腕を思いっきりひっかいて脱兎のごとく飛び出していき、カーテンを一気によじ登るとスズメをくわえて平然と降りてきたのです。それがこういう感じでした。
スズメはかわいそうでしたがそれもネコの性(さが)であり、長じて誰もが認めるたいそうな美人?になったにもかかわらず、チビ様のハンター能力は広いネコ界でも上位にありました。子ネコの運動能力もそれを髣髴(ほうふつ)とさせるものがあり、これまた勝利の女神に違いないという判断から、名前は「のい」になりました。新しいチビ様、復活、ご再来ということであり、ドイツに思い出のある我が家でもあり、NEWではなくドイツ語のNEU(ノイ)であります。
ということで、あのワインの空きびんのほうも、家宝として永久保存リストに加えられることが決定いたしました。
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ねこ登場-いっきに我が家の主役に-
2014 MAY 17 13:13:35 pm by 東 賢太郎
娘が捨て猫をもらってきました。
頭からおしりまで20cmぐらい。体重500gぐらい。4月4日うまれ(推定)。性別、くれたかたによるとオス。名前はまだない。
3びき生まれて、のこった1匹。
よくきてくれました。
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ネコと鏡とミステリー
2014 JAN 18 18:18:59 pm by 東 賢太郎
ミステリーという小説は謎を投げかけます。①部屋で人が殺されている、しかし、②内側から鍵のかかったその部屋には誰もいない、というように。①と②は矛盾しているので読者は心理的な不快感を覚えそれを解消させたくなりますが、この衝動はアメリカの心理学者、レオン・フェスティンガー(Leon Festinger)が唱えたもので「認知的不協和の解消」と呼ばれます。イソップにちなんで「酸っぱいブドウ理論」ともいわれ、2つあって迷って買わなかった方のブドウは「あれはきっと酸っぱかったのだ」と自分を納得させる心理プロセスのことです。
大学1年目の政治学の講義でこの言葉を習い、政治学よりもそっちの方に興味を抱きました。ミステリーを読みたくなる衝動は①と②の不協和の解消衝動ですが、不協和は不快感ですから本来ストレスがあっていやなものです。そのひと時の不快感よりもその解決によるカタルシスの解消の方が快感度が高いからそういう小説が求められる。謎が大きいほど解決の快感も高いのですね。それは、本来は危険のシグナルである苦味というものがあるビールをおいしいと感じるのと同じことで、ミステリーはとても人間的な遊びに満ちていると思ったのです。
では動物はどうか?
あるとき僕の家に迷い込んできたチビという非常に賢い子ネコに3mぐらい離れたところから鏡を見せました。チビはそこに写ったネコ(自分)を発見して驚き、別のネコだと思って低い姿勢を取って相手を凝視しながら忍び足でゆっくりゆっくり鏡に近寄ってきました。いよいよ鼻先が鏡面にくっつくとクンクン匂いを嗅いで何かを悟ったように裏面に回り込み(おそらくネコがいないことを確認)、それ以来二度といかなる鏡にもまったく反応を示さなくなりました。
しかしクラシック徒然草-ねこの「ごっこ」遊び-に書きましたがネコは「草むらで音を聞いた」、しかし、「行ってみたら鳥はいなかった」という不協和を認知して楽しむことができるのです。これは我々人間が苦味というシグナルを認知して危険を察知することで本能を一度人為的に緊張させておき、しかし、危険どころかノド越しが良くて逆に爽やかじゃないかという「倍返しの解放感」を覚えるという「とりあえずビール!」の快感と同じものをネコは感じることができる証拠であると信じます。
チビは①ネコがいる、しかし、②近寄ってみるとネコはいない、という認知的不協和のようなものは持ったはずで、どうして①②が同時発生したかはともかく、「①のネコ」に反応しても得るものは何もないということを一気に学習したものと思われます。「①のネコ」とは彼女にとっては「鏡に映ったネコ」なのか「あの白いネコ」なのか「自分の姿」のどれかなのですが、鏡をいくら取りかえてみても彼女はもはや知らんぷりでした。マジックのタネを知ってしまったということです。といっても鏡の原理を知ったはずはありませんから、冒頭のミステリーの例でいうと、犯行のトリック(光の反射)という②の理由を知ったのではなく、①のほうがおかしい、つまりそこに死体はなかったのだという「解決」で納得し、不協和を解消したものと思われます。そしてそれが条件反射化して知らんぷりになってしまったということです。
なぜ「死体はない」とチビが理解してしまったか?彼女は、(A)鏡という物体を個別的ではなく集合的に認知して「あれは鏡だ」「鏡の中のネコはいない」と知ったか、それとも、(B)自分かどうかは知らないが「あの白いネコ」に近づいても存在しないことを知ったか、(C)自分の外部から見た姿を認識して「あれは自分だ」と知ったか、どれかということになります。これは証明できませんが、僕の観察ではBかCであり、Aの可能性は低いように思います。あの白いネコが自分だという認識の有無がB、Cの差ですが、人間並みの感性を発揮した彼女の場合、Cであったと思いたいですね。「ふん、馬鹿にすんじゃないわよ知ってんのよ」と僕のマジックに肘鉄を食わせるのが認知的不協和の彼女なりの解消だったのかもしれません。
ミステリーに戻りましょう。冒頭の謎を大胆に仕掛け、うまく解決した先駆者と評されるのが「オペラ座の怪人」の著者フランス人ガストン・ルルー(1868-1927)の「黄色い部屋の秘密」(1908)であります。「①はなかったのだ」というネコの解決は許されないので②を説明する必要があるというのが人間界の宿命であり、以後にそれを正当化する様々な試み(トリック創案)がなされるようになります。鍵にひもがついていたり、秘密の穴から狙撃したり、涙ぐましいものですが大体は興ざめなもので、ルルーの解決は創世記の作である割に比較的ましなほうに入ると思います。
その後、英国のG・K・チェスタトン(1874-1936)の「ブラウン神父シリーズ」(1911-35)、米国のS・S・ヴァン・ダイン(1888-1939)、ジョン・ディクスン・カー(1906-77)が印象的な作品を残しましたが、密室の概念を孤島、走行中の夜行列車、飛行機、雪に閉ざされた山荘などに広げたのが英国のアガサ・クリスティ(1890-1976)です。それぞれ「そして誰もいなくなった」(1939)、「オリエント急行殺人事件」(34)、「雲をつかむ死」(35)、「シタフォードの秘密」(31)ですね。
わが国では横溝正史(1902-81)の「本陣殺人事件」(1946)が皮切りのようです(ちょっと機械的なように思うが)。彼の作品はトリックの妙というより舞台設定と殺人の動機設定のうまさに長所があるようです。特に「動機」というのは大変重要でこれが弱いとトリックの巧拙以前になんで人殺しなんかしたわけ?と拍子抜けしてしまう。横溝の作品はグローバル比較しても大変説得力を感じます。
メカニックなトリックそのものということでいうと、大胆で独創的と感心したのが赤川次郎(1948-)の「三毛猫ホームズの推理」(78)と島田荘司(1948-)の「斜め屋敷の犯罪」(82)でありました。赤川は女子供向けのイメージが強いですが、場面展開の速い筆力とトリック創案には流行するだけのベーシックな能力を感じます。種明かしは礼儀として控えますが、両者にはある共通項がありますね。
僕が最も尊敬するエラリー・クイーン(合作者なので2人をとって1905-82)は書きませんでしたが別稿を設けます。ネコが登場したところでお後がよろしいようで。
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多摩川のねこ(4)
2013 DEC 30 15:15:22 pm by 東 賢太郎
もう一つねこで。例の場所にいるやつだ。
しばらく見ていなかったので初顔だ。もう一匹兄弟と思われる似た模様のがいたが撮れなかった。
まだ若い。3歳ぐらいだろうか。面構えはいいね。
こういうのもいた。和猫じゃないが混じってるね。捨ててしまうなら飼わない方がいいのにと思う。
岩合光昭の世界ネコ歩き ブルガリア
2013 DEC 29 18:18:58 pm by 東 賢太郎
この岩合さんという人はうらやましい。これはブルガリア編だ。写真は東ローマ帝国をやっつけたブルガリアの王シメオンという名前をもらっている立派な面構えの大オス猫だ。僕は無類の猫好きではあるがうるさいだけの子猫は好かない。見ていてもかわいくもなんともない。まして高い屋根に自分で登っておいて下りられなくなる馬鹿なシャムネコは願い下げである。そもそもシャムだペルシャだと作り物めいたのは興味がない。自然交配で神が作った雑種が一番なのである。それもこういう堂々たる分別のある奴とじっくりつきあってみたいのだ。いい顔だ。岩合さんがそう語っているのもいい。
A famous Cat Island in Japan
2013 NOV 21 20:20:30 pm by 東 賢太郎
Although not as large as Marta in size, there is a great cat island in Japan too. It’s called “Aoshima (Blue-Island)” of Ehime prefecture located in Seto Naikai ( “A” below).
Cat population here is 100, 1/10000 of Marta’s, but human population here is 16, 5/100000 of Marta’s. It has no automobiles or even bicycles.
It is cat lovers’ dream to be there once.

























