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カテゴリー: ______演奏家について

ジョルジュ・プレートルの訃報

2017 JAN 9 3:03:39 am by 東 賢太郎

img_4cc4a846a588e0814797b713984c1063151842ジョルジュ・プレートルは大正13年うまれだ。親父と同い年だからどこかで聴いていたかなと記憶をたぐるが出てこない。僕はフランス語圏にはあんまりいなかったし、すれ違いだったようだ。

どういうわけか僕の世代では「おフランスもの」はクリュイタンス、ミュンシュ、マルティノンの御三家ということになっていて、ドビッシー、ラヴェルはこの3人以外をほめると素人か趣味が悪いと下に見る空気があった。「おフランス」は"中華思想"なのである。今だって、「ラヴェルはやっぱりクリュイタンスですね」の一言であなたはクラシック通だ。

「おフランス原理主義者」にいわせれば、ピエルネ、アンゲルブレシュト、デゾルミエール、ツィピーヌ、ロザンタルは保守本流だけど音が悪いよね、パレ―、モントゥーの方が良いものもあるけど英米のオケだからだめ、アンセルメ、デュトワはスイス人でしょとなってしまう。ブーレーズは異星人であり、フルネ、ブール、ボド、デルヴォー、フレモー、プラッソン、クリヴィヌ、ロンバールはセカンドライナーである。

ところがクリュイタンスはベルギー人、ミュンシュはドイツ人、マルティノンもドイツの血を引くのだが、そんなことは関係ない。最初の二人はパリ音楽院管弦楽団の、マルティノンはコンセール・ラムルーのシェフ。JISマーク認証すみだ。おそらくだが、パテ・マルコニを買収してフランスに地盤を持ったEMIがうまく3人をフランス・ブランドで売りこんだことと関係があるだろう。同じ英国のライバルであるDECCAはウィーン・フィルはものにしたがフランスは弱く、スイス人のアンセルメを起用するしかなかったから独壇場だった。

プレートルはそのEMIのアーティストであり、同社内に3人の強力な先輩がいてフランスのメジャーオケによるドビッシー、ラヴェル録音のおはちが回ってこなかったのか、その印象が僕にはまったくない。後に浮気はしたがクラシックはドイツ、イタリアのレパートリーが大黒柱なのだからそっちで勝負となればフランス人であることはあんまりメリットはなかっただろう。晩年にウィーンフィルを振ってドイツ物への適性を天下に見せたが、第一印象とはこわいものだ。

pretre高校3年の5月に大枚2千円を払ってラフマニノフの第3協奏曲のLP(左)を買ったがその指揮者がプレートルだった。ピアノのワイセンベルクは後にバーンスタインと同曲を再録するが、この若々しい演奏は今でも大好きでときどき聴いている。ブルガリアンとフレンチのラフマニノフ、なんて素敵だろう、ピアノが微細な音までクリアに粒だってべたべたせずオケ(CSO)もカラッと薄味なのだが、第3楽章の第2主題なんかすごくロマンティックだ。プレートルの名前はこれで一気に頭に刻み込まれた。

 

106彼を有名にした功績を最もたたえられるべきはマリア・カラスだろう。不世出のソプラノ歌手唯一のカルメンを共にした栄誉は永遠だがこの歴史的録音が発散するはちきれるような音楽の存在感も永遠だ。プレートルが並みの伴奏者ではなくビゼーのこめたパッションやエキゾティズムをえぐり出して歌手を乗せているのがわかる。バルツァ好きの僕だがカラス様はカラス様だ、よくぞここまでやる気にさせてくれたと感謝である。気に入って真珠とりも買ったがこれもいい味だ。

pretre1サン・サーンスの第3交響曲にはまっていた時期があるが、どういうわけかすっかり飽きてしまった。フランス人に交響曲は向いていないという思いを強くするのみで、ピアノスコアまであるし音源は22枚も買ってしまっているがもはや食指が動くのはプレートルの旧盤(64年)、クリヴィ―ヌ、バティスぐらいだ。モーリス・デュリュフレ(オルガン)とパリ音楽院管弦楽団なんて泣かせるぜ、このテの音は絶滅危惧種トキのようなものだ。こういうあやしくあぶないアンサンブルを録音する趣味はもう絶滅済みという意味でも懐古趣味をくすぐるし、サンテティエンヌ・デュ・モン教会の空間の音響がなんともいいのだ。第2楽章の敬虔な深みある残響は音楽の安物風情を忘れさせる。終わってみると立派な曲を聞いたと満足している演奏はこれだけだ。

dindyこちらもつまらない曲だがダンディの「海辺の詩」、「地中海の二部作」である。モンテカルロの田舎のオケからこんな鄙びたいい味を出す。オケをコントロールして振り回すのではなくふわっと宙に舞わせてほんのり色あいを出す。そうだね地中海の香りがする。この音でドビッシーを全部やってほしかった。

「おフランス」ものはその「いい味」というのがどうしても欲しい。というよりもそれがないのはクズだ。香水やワインのアロマのように五感に作用してなんらかの感情や夢想や情欲さえも喚起する、御三家のうちドビッシーでそれができた人はマルティノンだけだ。ドビッシーの管弦楽というのは意外にもいいものがないのである。

poulenqプレートルだったらというのはない物ねだりだが、その分、プーランクを残してくれた。このEMIの5枚組は主な声楽曲が入っている宝物だ。「人間の声」はデニス・デュヴァルとプレートルによってパリのオぺラ・コミークで初演されたが、それがプーランクを喜ばせたのがもっともだという感涙ものの名演である。

ガブリエル・タッキーノとのオーバード、P協、2台のP協(CD左)、オーセンティックとはこのことだ。作曲当時の息吹が伝わる。管弦楽曲集(CD右)は録音も鮮明でまったくもって素晴らしい演奏が楽しめる。プルチネルラみたいな「牝鹿(可愛い子ちゃん)」の軽妙、「フランス組曲」のブルゴーニュの空気(パリ管がどうしたんだというくらいうまい)、 「典型的動物」のけだるい夜気。あげればきりがない耳の愉悦の連続である。プレートルのプーランクは世界遺産級の至宝だ、知らない方はぜひ聴いていただきたい。

聴くことは能わなかったし意識したわけでもないがプレートルは僕のレコード棚のけっこう要所なところに陣取って存在感を発揮してしていた。知らず知らず影響を頂いた方であった。心からご冥福をお祈りしたい。

 

(こちらへどうぞ)

プーランク オルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲 ト短調

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

 

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ユリア・フィッシャー演奏会を聴く

2016 OCT 17 2:02:12 am by 東 賢太郎

inf_det_image_449ユリア・フィッシャーさんの演奏会に行きました。プログラムは以下の4曲でした。

ドヴォルザーク:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ ト長調 Op.100
シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ト短調 D408
シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ニ長調 D384
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番 ニ短調 Op.108

シューベルトはD408(3番)が当日に追加されましたがそれもソナチネ。こういう選曲は個性と自信と主張のたまものですね。ドヴォルザークもシューベルトもソナチネという感じではなく堂々たるソナタに聞こえるのだから別物でした。

彼女の音はCD等で聴きこんで惚れていたのですが、実際に耳にすると表情の使い分けがもっともっと多彩であったことに気づきます。これは録音じゃわかりませんね。たとえば、フレーズをppで入って同じ弓でmfぐらいになるのですが、その間のヴィブラートが増音につれて速くなる(回数が増える)ような微細な表現が自在に組み込まれていて、それが(聞こえはしませんが)彼女の生の呼吸と同期しているようで、まったく自然に感情の起伏が乗るのです。

シューベルトの譜面に指示がなくてもこの音はどういう音で弾かれるべきかが考え尽くされていて(しかもそうでない音が一音たりともない感じ)ピッチは最高音まで胸のすくほど完璧で、一言でいうなら、強い意志と見事なテクニックで意図が迷うことなく心に伝わってくるというヴァイオリンでありました。知性が根っこにあって一音一音に微細な「ギアチェンジ」があるのですが、それがまったく理屈っぽくならないところが魅力です。彼女が弾くなら何でも聞いてみたいと強く思わせる何かがあって、それを突きとめたいから来たのです。

僕はうまいけど何も考えてない演奏家はどんなにうまくても嫌いなのです。性に合わない。彼女の解釈はというと(細かく言えば同意しないところもあるのですが)、これだけ思考してトレースした末の音であれば正解などないわけですから言うことはありません。その自信に満ちた音ですが、細部まで吟味されつくした名プレゼンテーションのようです。すべての音に主張があって聴く者を考えさせるという意味で。彼女はカルテットもやってますが向いてますし、ピアノを弾くのも自分の主導する音楽をやりたいからでしょう。だからきっといずれ指揮もやるんでしょうが名指揮者になれる資質と思います。

圧巻はブラームスでした。3番のソナタは僕が愛する曲で、なにせ交響曲の4番を書いた後の作品ですからね、55才の作曲家の複雑な深層心理が底流にある難しい音楽なのです。ピアノが雄弁に語るわけですが、人肌を添えるという側面でマーティン・ヘルムへンの暖かいビロードのようなタッチと音色が効果的でした。亡くなっていく友人に人生の黄昏を見た曲であり、それを33才の小娘が(失礼)?という気持ちがなかったと言えばうそになりますが、彼女は楽々と乗り越えてました。文句なし。アンコールのスケルツォもブラームスを堪能させてくれました。

エージェントにアレンジしていただいていたので終演後に、お色直しして楽屋から出てきた彼女にお会いしました。強いオーラのある人ですね、眼が合ってすごい「気」を感じました。ブラームスの感想を伝えたら喜んでくれました。僕のブログは「日本語が読めないので」とのことでしたが「YahooでもGoogleでも、日本語でも英語でも、あなたの名前を検索するとずっとトップ画面キープしてるんですよ」というと「ワーオ!それすごいです、見ておきますね」でした。

写真はいいですかときくと「一応見せてくださいね」で、娘が撮って、これをはいっとお見せすると笑顔で「オーケー」でした。あの才能でこの美貌、天に二物をもらってますね。

julia

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブラームス ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調 作品108

 

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クラシック徒然草―レイボヴィッツの春の祭典―

2016 OCT 5 19:19:08 pm by 東 賢太郎

故ネヴィル・マリナーのバッハ、モーツァルトが「おふくろの味」と書いたが、もっとひろく、クラシック音楽全体のそれはというとやっぱりこれ、ピエール・ブーレーズの春の祭典CBS盤であり、お固く言うならこの曲の「イデア」である。

それがストラヴィンスキーのイデアかどうかは不明なので「完璧」という言葉は使えないが、この1929年の自演を聴くと彼はやりたかったこと(つまりこの演奏)をほぼ正確にスコアに記号として書いている(細かく言えば大太鼓がティンパニだったりはあるが)。

とするとブーレーズCBS盤はそのスコア情報のテンポやダイナミクスをより「彼なりの高次元」にリファインしたものとは言えるように思う。

この「彼なりの高次元にリファイン」するという行為は、すべての解釈者(演奏家)が直面する難題だ。バイエルを弾く子供でも音にする以上は自分のテンポや強弱で「解釈」はしていることになる。かように演奏家は常にフィルターとなっているのである。

ピアニストのホルヘ・ボレが「自己流解釈者」との自分への批判に対して「作曲家の創造行為への敬意を払いつつ、彼の全作品を深く学んだうえで、自分のフィルターを通じて咀嚼し演奏する表現者」を是としているが、僕はこの意見に賛成だ。

問題は「彼の全作品を深く学んだうえで」が欠落するケースが甚だ多いというだけのことだ。彼の交響曲やカルテットをまだ知らないA子ちゃんが発表会で弾いた月光ソナタが至高の名演と評されることは、音楽は好みに過ぎないというリベラルな立場からは別に構わないことだろうが、そう評価する人の音楽的素養の問題としては議論されうるだろう。

音楽を語るという行為に商業的価値があると僕は思わないが、ソムリエや口うるさいグルメの存在がワインや料理人の質を高めるような作用を演奏行為に及ぼすのだという意見には賛成である。そして、ときにワインや料理の方が一歩進んで客の舌にチャレンジしてくることだってある。

ブーレーズの感性でリファインされた春の祭典はその一例であり、驚いた客の方が百万もの言語を費やしてその味の新しさを評価、論考したものだ。その末席に高校生の僕もいたのであり、味を言葉に置換する方法を覚えた。あらゆる文化や芸術はこうして言語によっても伝承される。それを包括した次元で演奏は評価されるが、その言葉は評価する人間の評価として吟味され、言語の伝承のほうのクオリティも担保されていくのである。

ではリファインをストラヴィンスキー自身が強くNOと評価したら、そのことはどう評価されるべきなのだろう?カラヤンの64年盤でそれがおきたのは有名だ。この手慣れた如くに滑らかな展開は現代では違和感がないと感じられる方が多いのではないかと思うが、作曲家は気に入らなかった。それがバイアスとなってこの演奏を評価しない人が多いが、そんなことはないこれはうまく弾けた演奏のひとつだ。生贄の踊りの金管に耳慣れない和音があるが、カラヤンでない人が現代のコンサートホールでこれを聞かせれば大層な名演と喝采されることは想像に難くない。

この曲の創造主に音楽的素養の議論をふっかけるのは粗暴というものだ。版権、印税の問題でもめた影響を指摘する人もいるが、きのうソナーHPに書いた広島カープ球団の内幕みたいに表舞台には見えないものはどんな世界にもある。演奏頻度は高くなかった64年当時(ブーレーズ盤の5年前)に演奏者が手慣れていることは考え難く、カラヤンの譜読み力とベルリンPOの技術がいかに高次元にあったかに驚いた方が妥当な態度だろう。ストラヴィンスキーは想定もしていなかった「手慣れ感」「美しすぎ」に抵抗を覚えたのではなかろうか。いまはこのレベルが当たり前とするなら、演奏解釈というものはそれ自体が「進化」するという命題の勝利と考えるのがいいのだろうか。

ブーレーズの演奏解釈がどこから進化してきたか?CBS盤にはお手本があると書いたら天下のブーレーズを冒涜したことになるだろうか?

僕の憶測にすぎないが、彼の師匠であるルネ・レイボヴィッツが1960年にロンドン・フェスティバル管弦楽団という実態不明のオケを振ってCheskyレーベルに録音したものを聴いて、僕はそう結論せざるを得ない気持ちになった。これは、驚くほど、コンセプトがブーレーズ盤に似ているのである。

以下、CDを聞き直しながら書き取ったメモをそのままのせる(青字、比較対象は記憶にあるブーレーズCBS盤である)。

61xntkbuwvl序奏、ホルンのdがシンクロしてしまっている。心もちブーレーズより遅いが演奏のコンセプトはそっくりである。木管合奏としてミクロに視点を当てながら全体は嵐の前の静かさと緊張があり倍音に富む。

若い娘たちの踊りのテンポはほぼ同じだ。そっくり。

誘拐はやや遅いが管弦のバランスはこれまたそっくりだ。春のロンドは極少し遅いがバスドラの活かし方が同じ。シンバル、銅鑼はかなりおとなしい。

敵対遊戯 ごく少し遅いがティンパニの出し方が似ている。ホルンの和音による旋律的部分もそっくり。大地の踊りはテンポほぼ同じ。

第2部序奏、心もち遅いがシェーンベルグっぽい、似ている。トランペット交差、音が半音高い、アクセントがつくところは全く違う。これはスコアからは変だ。

アルトフルート奏者はいつも遊びが過ぎて気になる。生贄の踊り、ティンパニが違う。オケが乱れる、かなりへた。最後のティンパニが一発余計に鳴る。

ブーレーズより速い部分は一つもない。

祭典フリークの方はじっくりお聴きいただきたい。

この解釈をさらにリファインして高性能のクリーブランド管に教え込んだのがCBS盤だというのが僕の仮説だ。レイボヴィッツはクールで通している生贄の踊りが終結に向けて一糸乱れぬまま加熱するなど、アンサンブルの精度へのこだわりはブーレーズの専売特許ではある。祭典フリークの方しかご関心はわかないかもしれないが・・・。

ストラヴィンスキー バレエ音楽 「春の祭典」

 

(追補)1963年6月5日、カナダ放送交響楽団を振ったもの。第2部序奏のあと現れる2本のトランペットによる主題提示で第2トランペットの第2音が半音高いのを除くとCBS盤のテンポ、コンセプトに近い(ほぼ同じ)。ここからそれまで変化がなくレイボヴィッツ盤の3年後に解釈が確立していたことがわかる。

 

 

 

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クラシック徒然草―ミュンシュのシューマン1番―

2016 OCT 2 15:15:41 pm by 東 賢太郎

アメリカに住んだ2年間(1982-84)というのは僕のクラシック・ライフにとって危機だった。フィラデルフィア管を聴いたりオーマンディーやバーンスタインやチェリビダッケに会えたりといいこともあったが、とにかくMBAの勉強というのは朝から夜中まで殺人的に激烈で、時間もないし心の余裕なんか微塵もない。最初は英語がさっぱりで授業についてさえいけず、発狂寸前だったと書いてちっとも誇張ではない。

野村證券は当時からハーバード、ウォートン、コロンビア、スタンフォード、シカゴ、MITなどのMBA取得者がごろごろいて、金融界最高峰であるウォートンの入試になんとか合格はしたものの渡米前にそういうこわい先輩がたに散々脅かされた。それも「お前、落第などしたら一生の赤恥だぞ」「また支店に戻すからな」なんてドぎつくだ。人事発令があった当初は、ビジネススクールなんてタイプライターの練習でもするんかいとお気楽トンボの無知であった僕は、それで一気にシベリア出征する兵士の悲愴な心境となっていた。

当時、社則で社費留学資格は独身ということになっていた。留学したいと挙手したわけではなく突然の社命だったのでこれは調子悪かった。梅田の寮生活が2年半あってそろそろと思っており、2月の結婚を決めてしまった。先日先輩のご令息の結婚式があって、イケメンの彼はコロンビア大学のMBA留学が決まって「アメリカに一緒に行こう!」がプロポーズだったそうだが、こっちはそんなカッコいいもんじゃない、家内には結婚して一緒に行ってくださいとお願いしたのであり、その先には人事部長へのお願いという難事が立ちはだかる綱渡りだった。このお願いが通ったので社則がかわり、野村の若手ホープであるご令息はプロポーズできた?ということになるのを彼は知らないだろう。

そんなドタバタだったからアメリカに送る荷物にLPレコードを入れようなんて発想は出ようもない。認めてやるから最初の半年は一人で行けという会社の妥協的お達しで新婚もへったくれもなく単身赴任、しかも大学院の寮で米国人とルームシェアだったから音楽なんてきけない。これは参った。授業はわからないし予習復習に追いまくられてマックで外食する時間も惜しく、毎日自炊?でラグーソースをぶっかけたスパゲッティで生きのびていた。心身ともに栄養失調でふらふらだった。

やっと半年たって家内が来てくれて生き返った。部屋は家族用の寮に引っ越した。しかし勉強はますますハードになってきて毎日図書館にこもって猛勉強で、深夜0時に来る校内警察のパトカーで帰宅していた(そんなに治安が悪かったのだ)。そうこうして、やっとなけなしの貯金で念願のオーディオ(安物のカセットプレーヤー)を買った。ダウンタウンのサム・グッディというレコード屋に毎週末しけこんで飢えた狼みたいにカセットテープを買いあさった。これと家内がつくってくれる日本食でなんとか発狂と餓死だけはまぬがれたというところだ。

しかしだ。店頭に並んでいるカセットのレーベルはというとCBSやRCAやVoxなど米国ブランドばかりで、英国のEMIとDeccaは少しあったがDGなどドイツ語圏レーベルはほぼ皆無だった。なるほど、これが「米国市場」というものなのか。指揮者はトスカニーニ、ストコフスキー、ミュンシュ、ライナー、セル、ワルター、オーマンディー、ショルティ、ラインスドルフ、スタインバーグ・・・おいおいドイツ人はどこだよ?おれはドイツ人がやったベートーベンが欲しんだ。

欧州から呼んだり亡命してきたりした彼らはいわゆる「外タレ」軍団で、彼らが振った米国のオーケストラのレコードを「本場もの」として付加価値をつけて売る。そうやって米国市場は「閉じて」おり米国資本が潤う仕掛けが出来上がっていた。それは英国もそうで、フルトヴェングラーやカラヤンに英国のオケを振らせたのだが米国は亡命ユダヤ人に強みを発揮していた。ドイツ語を母国語とするオーセンティックな巨匠がベートーベンやブラームスを本場流に聞かせる、そこに価値があったのである。

余談だが、そうやって拡大したクラシック米国市場は情報・メディア・テクノロジーを牛耳るユダヤ産業であり、外タレにドイツ人がいないのも道理であった。ナチだったカラヤン招聘など論外であり、真偽はともかく反ナチといわれたフルトヴェングラーはドイツ系に熱望されたがユダヤ勢力に潰された。クレンペラーは首尾よくシェーンベルグもいたロスに呼んだが、あいにく彼はチープな米国文化が大嫌いだった。そこで産業が熱望したのは米国国産のユダヤ人のスターだ。それがレナード・バーンスタインの正体である。

ふたりのユダヤ人、ワルターが持ち込みアブラヴァネルがユタで全曲録音したマーラーの交響曲はバーンスタインの伝道で新たな「旧約聖書」となった。ドイツ音楽産業の本丸DGはLPの恰好な長時間コンテンツとして無視できなくなったマーラーをおずおずとカラヤン、イタリア人ジュリーニ、はたまた極東の小澤に録音させた。遠巻き作戦を転換してウィーンフィルによるバーンスタインのマーラー録音に踏み切ったのは、バレンボイムがイスラエルでワーグナーを振ったぐらいの歴史的事件だ。僕はVPOのヴィオラ奏者から「マーラーはバーンスタインに教わった」との証言を得た。それがいい口実になったということだ。

英国EMIはフィルハーモニア管を人質に差し出して米国を逃げ出したクレンペラーを囲い込み、マーラーの弟子としてワルター、バーンスタインの向こうを張らせにかかったが、彼のマーラーは辛口で大衆うけせず、審美眼から駄作は振ろうともせず、結局は旧約聖書ビジネスとしてはうまくいかなかった。米国・ドイツの狭間でユダヤ資本を巧妙に抱き込んで立ち回る英国の政治経済でのずる賢さをここにも見るが、それがいつもうまくいくわけではないということだ。ちなみにその近年最大の失敗策がEU離脱国民投票実施の愚だったのである。

閑話休題。

ところがフィラデルフィアはイタリア系移民が多い街だ。ドイツ物の需要はさほどでもなくストコフスキー、オーマンディーに独墺のイメージは薄い。だからナポリ人のムーティ―が後任にうまくはまったがサヴァリッシュはいまひとつだったのだ。ムーティーはドイツ物音痴ではないが僕が定期会員だった2年間、あんまり取り上げなかった。「サム・グッディにドイツ語圏レーベルはほぼ皆無だった」のは理由があったわけだ。マーケティングの生きた勉強にはなったが、部屋のカセットは増えてもドイツ人によるドイツ物への渇望はちっとも癒えない。そうでなくても僕のチェコフィルやDSKを好む東欧趣味は既に確固としてできあがっていたものだから、ドンシャリのアメリカ流の安っぽいブラームスなど歯牙にもかけたくない上から目線ができてしまった。

51npsfxd1el-_sx425_そういう飢餓感のなかで、オイゲン・ヨッフム(!)がバンベルグ響(!)を連れてきてやってくれたベートーベンのPC4番(娘のヴェロニカのピアノ)と交響曲の7番、アカデミー・オブ・ミュージックの忌まわしいほどくそひどい音響にもかかわらず、かつてこんなに渇きをいやしてくれたコンサートはなく、まさしく絵にかいたような砂漠のオアシスであった。ドイツ物タイトルを買い揃えていたらシューマンのシンフォニーで、米国のオケではあるがとてもドイツ的な音と演奏の楽しめるものを発見した。セムコウ/セントルイス響の全集がそれだ。感涙ものだった。本当にお世話になった。

6700247そしてなんといっても毎日のように聴いて格別に思い出深いのはミュンシュ/BSOの1番「春」だ。これは本当に素晴らしい。ラッパがあっけらかんと明るいが、ミュンシュはそれを逆手にとって終楽章のトランペットの合いの手、パラパパパパの軽妙なリズムを浮き立たせて個性としてしまっているからしたたかだ。それが耳に残って離れないから作戦大成功だ。こういうきわめて特別(occasional)な思い出と一体となった音楽の記憶は一生ものなのだろう、聴くとちょっとしたフレーズの特徴にでもあの頃を思い出すが、それは昭和の歌謡曲で学生時代が目に浮かんでくるのとなんらかわりない。この演奏はアメリカのオケ=チープという、今思うと大きく見当はずれの偏見を根底から払しょくしてくれた恩人のような存在で、本稿に縷々書き綴った我が若き日の物語が詰まったものだ。いま我が家の装置で鳴らした堂々たるボストン・シンフォニーホールの音響は、当時のカセットの貧しい音からは想像もつかぬ、有無を言わせぬシューマンの音である。ミュンシュという人はスタジオ録音でもライブのような棒であったとみえ、アンサンブルはテンポの変化でやや乱れたりするがそれが魅力であったりもする。僕のような思い入れがなくとも、当時のボストン響は非常に優秀でありこの演奏も活気に満ちた名演となっている。これをぜひ聴きいただきたい。

 

ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(2)

 

 

 

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クラシック徒然草《シェイナのドヴォルザーク5番》

2016 SEP 30 23:23:29 pm by 東 賢太郎

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カレル・シェイナ(左、1896-1982)はターリヒ、クーベリック、アンチェル、ノイマンより知られていないが、僕が大好きなチェコ・フィルハーモニーの名匠である。

どことなくマスゾエさんみたいな容貌だがそれは忘れよう。この人はキャリアを通して副指揮者で不遇にも見える。しかしそれはオーケストラ・トレーナーとしての実力の証で、実際彼の指揮はピッチ、リズム、フレージング、音色美など演奏の「ミクロ」が筋肉質に練り上げられていて、楽員からの信認が厚かったそうだ。まぎれもなく僕の好みにぴったりの指揮者だ。

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第5交響曲は彼の美質を余すところなく伝える名演である。出だしは春の風のようにかぐわしい。クラリネットのはずむ木霊のような主題が森の中の自然に溶け込んだようにようにうきうきさせてくれるのはどこか8番に通じるものがある。弦で提示される第2主題は陰りを帯びるが、ここでもすばらしいリズムとタンギングの木管が気持ちを明るく包みこむ。

第2楽章のチェロの物憂げな旋律がこれまたとろけるような中欧の音色である。チェコ・フィルの木管群がそれにぴったりの極美でチャーミングな音を奏でる。ドヴォルザークはこれでないといけない。ここでもうお気づきと思うが、このオーケストラは全楽器、特に木管が絶妙のピッチで鳴らされており、有無を言わせぬ美しさで彩られているのである。

スケルツォは伴奏のホルンの和音が薬味で効いており、見事なアンサンブルを聞かせる弦はエッジが立ちながらも全体にまろやかさが支配する。短いフォルテでホールに漂う残響(!)はあの本拠地ルドルフィヌム(ドヴォルザーク・ホール)そのものだ。1952年、チェコが東欧だった時期のスプラフォン録音だがこのころのモノラルは優秀だ。

終楽章はものものしい曲想で始まるが、ここでも完璧なピッチと筋の通ったリズム処理で濁りのないアンサンブルが感涙ものである。僕はそれだけでもどんなオケであれ音楽の感興をいただくことになる。この時期の東欧はそういう価値観の音楽づくりをしていた。近年のケバくて大音量主義の後期ロマン派に毒された演奏は、聴衆の好みに添ったものとはいえ、いかにも趣味において劣る。

この他にもドヴォルザークのスラヴ舞曲集、モーツァルトのプラハ交響曲も一聴に値する名演。あまり知られていないのが惜しい。

ドヴォルザーク 交響曲第8番ト長調 作品88

チェコ・フィルハーモニー演奏会を聴く

 

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クラシック徒然草―クレンペラーのブラームス3番―

2016 SEP 29 12:12:53 pm by 東 賢太郎

hermine3番はヴィースバーデンで書かれた。1883年だからブラームス50歳の年だ。ここで26歳のアルト歌手、ヘルミーネ・シュピース(右)に惚れてしまい結婚まで噂される。女性には複雑なものがある人だったようだ。

ヴィースバーデンは我が家が初めてドイツに住んだ街、ケーニッヒシュタインから車で40分ぐらいマイン川、ライン川を下る。活版印刷のグーテンベルクが生まれたマインツの対岸にある温泉町で、見事なクアハウス、カジノ、オペラハウス、コンサートホールがある。フルトヴェングラーやシューリヒトが滞在して名演を残した街でもあり、こことバーデン=バーデンはドイツの奥座敷というにふさわしい。春と秋は食事もワインも最高であり、音楽好きにはたまらないこと請け合いである。

僕はここが大好きで毎週のように週末は家族を連れて楽しんだ。いつも夜は中華やタイ料理(住んでいるとどうしても飢える)でおかしな取り合わせだったが。リングを初めて通して聴いたのもここだったし (ワーグナー 舞台祝典劇 「ニーベルングの指輪」)、マイスタージンガーゆかりの家もライン川沿いのすぐそこだし( クラシックは「する」ものである(8)-「ニュルンベルグの名歌手」前奏曲ー)、ここを歩くと脳裏にシューマンのライン交響曲が響いてくる。

この場所で、ブラームスは3番を生んだ。

4曲の交響曲で唯一、この曲は4楽章全部が消え入るように終わる。満ち足りたように。第3楽章poco allegrettoはシンフォニーらしからぬ感傷に満ち、老いらくのロマンスによって意味深にもへルミネと同じ年頃に書いた弦楽六重奏曲第1番の彼に戻っている。フランクフルトのアルテ・オーパーでミヒャエル・ギーレンがこのシンフォニーを振った。名演で拍手が鳴りやまず、そうしたらアンコールに第3楽章をやった。えっと思ったが終楽章のエンディングの気分からすっとそこに入れ、3番は特別の曲なのだとあらためて知った。

オットー・クレンペラー(1885-1973)はフランクフルトの音楽院で学び、ヴィースバーデン歌劇場の音楽監督をやり、ケーニッヒシュタインで休日を過ごしたりしたりサナトリウムで持病の治療をしたりした(僕の住んだ家の裏だ)。そしてロンドンで名声を得てチューリヒで亡くなりそこに眠っている。偶然とはいえ我が家の欧州での足跡にこんなに重なる指揮者はなく、ストラヴィンスキー、シェーンベルクら同時代音楽の旗手でもあったことも共感がある。

僕はクレンペラーのモーツァルトに並々ならぬ関心と畏敬があるし( クラシック徒然草-クレンペラーとモーツァルトのオペラ-)、彼の指揮したシューマンのライン交響曲やブラームスの第3交響曲には強いインパクトを感じる。欧州に12年近くも暮らしてのことだからそれに共感をいざなうつもりはないが、音楽は料理と似て生まれた土地に深く根差したものであるという実感ぐらいはご披露しておくべきだろう。ちなみにマーラーの2番でいいと思ったのは彼のだけだ。

これが彼のブラームス3番である(フィルハーモニア管弦楽団、57年3月録音)。このオーケストラの女性奏者は「神様のもとで演奏できて給料までいただけるなんて申し訳ない」と言った。サナトリウムにいたのは躁うつ病のせいで、数々のスキャンダル、奇矯な行動、言動、性癖まで有名になっているが、それと紡ぎ出された音楽は別だ。僕はこの奏者と同感。ネットで只で聴けて申し訳ないと思うし、こういう程度の浅い音で聞いた気になって欲しくないとも思う。

klempererこの正規録音、レコード芸術には冷淡だった彼が、それでも結果としては解釈が子細に聞き取れるそれを残してくれたのは天啓と思う。そしてこれに加えて僕が好んでよく取り出すのは右のフィラデルフィア管弦楽団との62年ライブだ。ステレオだが音に多くは期待できず初心者にはおすすめしないが良い装置で低音を補えば演奏の懐の深さがわかる。こういう巨魁な音楽が聞けなくなって久しいが、クレンペラーは僕にとって唯一渇望を満たしてくれる。なされていることは上掲のモーツァルトのオペラと同じで、読みの深さとはこういうものだ。あのフィガロを聴いてモーツァルトじゃないという意見が出てきてもむしろそれが普通だろうが、そこで終わってしまうのはもったいない。シューマンの4番がこれまた名演で、一聴ではテンポは遅くごつごつと骨っぽいが、意味深いリズムとフレージングに聴き進むとう~んなるほどと納得している。当時77歳のクレンペラー。トスカニーニとの録音もそうだしテンシュテットとのリハーサルもそうだったが、巨匠の棒に敏感に反応するオーケストラだ。おじいちゃんの昔話に喜々として耳を傾けるようで、聴いているこちらもそうなる。

 

ブラームス 交響曲第3番ヘ長調 作品90

ブラームス ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調 作品108

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クラシック徒然草―フルトヴェングラーのブラームス4番―

2016 SEP 25 18:18:45 pm by 東 賢太郎

どんどん秋めいてくる。昨日N響のAプロで久々にNHKホールへ赴いて、ブルックナーを聴いた帰りにややひんやりした空気にふれてそう感じた。

僕は気質的に熱男(あつお)、夏男であって、あんまり秋は好きじゃない。先祖をたどると長崎と石川で、北陸人っぽいところはあるが気の質はたぶん九州の方が濃いだろう。寒暖でいえば暑いのは熱帯でも平気だが、寒い所は遠慮したい。盛夏に照準があるから秋はピークアウト感、もっといえば落ち目の感覚があっていやなのだ。

ロンドンに住んでみて、これは参った。落ち方が半端じゃない。6月ごろ午後10時まで薄明るかったのが冬は4時で真っ暗になるんだから、9~10月といったら急転直下のつるべ落としで、あの陰鬱となる気分は住んでみないとわからないだろう。ドイツに行くと少しは振幅が減ったものだが、日本のように紅葉だの秋刀魚だ秋茄子だというそれを忘れさせてくれる豊穣がないからあんまり救いはなかった。

だから毎年毎夏、寂莫としたものを秘めた束の間の陽の恵みを行くな行くなと懸命に謳歌しようとしていた記憶がある。「世の中にたえて桜のなかりせ ば春の心はのどけからまし」に近い。だからだろうか、あちらの人はMai(マイ、5月)なのだ。春の花が庭にあふれ、すももや白アスパラが出てくる5月、どんどんと頂点の6月めがけて日が長く明るくなる5月を何より心待ちにしている。僕もそうだった。

欧州時代にどうしてあんなにブラームスにはまったかなと考えるに、あの秋の逃げ場のない寂しさ、喪失感と無縁とは思えない。ブラームスは夏にザルツカンマーグートやスイスにこもって作曲したが、ヨーロッパの夏は日照時間でいえばもうはっきりわかる落ち目に差し掛かっているのだ。そこまで来ている秋。熱帯夜から解放されやれやれと迎える日本とは大違いだ。

ブラームスのいくつかの音楽というのはその夏の雰囲気、去りゆくものへの寂寥感をたっぷりと湛えている。ミュルツツーシュラークで取り掛かった4番のシンフォニーなどはそういう気分の代表格だろう。日照時間に落差の大きい北の男の作品だなあと思う。絵画でも光の加減に敏感に反応したフランドル派や印象派は北だ。北のプロシア、南のバイエルンは気質も違っていてベートーベンはいかにも前者の人だ。あの鋼(はがね)でできたような構築感というのはバイエルンやオーストリアのイメージではない。鋼と感傷とロマン。その調合がブラームスをブラームスたらしめている。

ベートーベン、ブラームスがイタリアオペラを書くというのは黒ビールでソーセージとザウワークラウトを平らげたあとにティラミスを期待するみたいにあり得ないことだ。それを軽々とやってのけたモーツァルトは、二人からは遠い南気質を持った人と思われる。僕は欧州に11年半住んで、ほんとうはあんまり気質になかったシベリウスなど極北系、ドイツでもプロイセン系の音楽が染みついたかもしれないと感じている。気候風土はきっと人間にそのぐらいの影響を及ぼすだろうと。

日本に帰ってきて、そういえばあまりブラームスに憑りつかれるということがない気がするのはそのせいか。飽きたことはないが、そうそう聴く気にならないし聴いても琴線に触れない。ブログを書こうにも、あれだけ入れ込んでいた4番などをそう軽々に文字にできない。ただ好きですじゃない、第1楽章を毎日ピアノで弾くほどだったのだから、書くならその熱愛の最中、ロンドンにいたころにすべきだったのだ。このまま逡巡してボケてしまったらいかにもまずい。

bra41そう考えてこれをかけてみた。写真はロンドンで買った伊EMIのフルトヴェングラー・ブラームス集で音はまずまず良い。4番は43年、48年が入っている。これに49年のヴィースバーデン盤があれば彼の4番のすべてだ(全部BPO。50年のVPOもあるが音が悪く不要だ)。1948年10月24日のライブはあまりに有名であり今更書くこともない。何回聴いたかわからなbra4いし、これが僕の4番の原型の一部を作ったことは確かだ。しかしだんだんと遠ざかってしまったのは、例えば第1楽章コーダの加速が尋常じゃないなど表情のあざとさが耳につき始めたからだ。

49年のヴィースバーデン録音は録音がよりオン・マイクで克明であり主部が内省的で遅めだが加速は同じくある。43年メロディア盤はもっとこなれていないが同じだ。つまりここと終楽章コーダの加速はフルトヴェングラーの基本コンセプトであり、彼ほどではないがクレンペラーやヨッフムもやっている。僕は楽譜にないそれをしたくないしジュリーニのような堅牢なテンポの演奏が好みになった。

しかし今聴いてみて、フルトヴェングラー48年盤はやはり心をかき乱すのだ。ロマン的なだけの演奏かというとそうではない。流動するうねりの興奮の頂点でも木管やホルンの音型はくっきりと彫琢され、それは49年盤でより鮮明になるが、フレージングの隈取りは実に明確であって情緒やムードに流れた曖昧な指揮では全くない。

棒が不明瞭で「振ると面食らう」などとされ、日本人好みの計算高くない融通無碍の霊感指揮者みたいな人気があるが全然そうではない。僕のイメージはおそろしく巨視的に、鳥瞰図で音楽の読める異能の読譜力を持った人だ。ブルックナーの8番で内田光子も同じようなことを言っていたと思う。ブラームスは2番のピアノ協奏曲をテンポ、強弱のメリハリを最大限につけて自演したという証言がある。楽譜はそう書いてないわけで、というなら4番にそういう余地があったっていいかもしれない。

僕はフルトヴェングラーのベートーベンやワーグナーを特に支持する者ではないが、ことこの4番に関する限りはそうかもしれない、これをブラームスは喜ぶかもしれないと思ったのだ。それほど心をかき乱すものだからだ。ベルリンでカルロス・クライバ―の4番を体験しその海賊盤を聴いてみて、逆にモノラルで音の古い48年盤から実演の音を類推するよすがを得た気がする。48年、ティタニア・パラストには凄い音が響いたのではないかと。好きかどうかはともかく、4番を語るのにこれを聴いていないということはあり得ないという演奏だ。

カルロス・クライバー/ベルリン・フィルのブラームス4番

ブラームス 交響曲第1番ハ短調作品68

 

 

 

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クラシック徒然草ーグレン・グールド私論ー

2016 AUG 23 18:18:06 pm by 東 賢太郎

体操競技で日本は大いに成果を出したが、解説をきいていても何が何だかわからない。さあ次はD難度だとかユルチェンコの3回半だとかいわれも、CとDがどうなのか、半があったのかすらわからん。だいたいユルチェンコってなんだ?

まあ僕らはそういうのは「すご~い」でいい(というか、それしかない)。くるくるまわって最後の着地がばんっと決まるとやった!という感じがする。それが何で15.8点かはこれまたさっぱり不明だが、ともあれ何かあっぱれなもの、超人的なものを見たという感動は残る。

前回、ベートーベンのコンチェルトでここF難度と書いた。DでもFでもいいんだが、これもいっしょだ。決して体操の審査員みたいにワザの巧拙ばかり吟味しようというのではない(弾けないからできないし)。だってメローディーラインとして変でしょ、きれいじゃないでしょと言ってるだけだ。

僕はワザで勝負の曲は面白くもなんともないのできかない。ああ書いてあの名曲が雑技団みたいなワザでできていると思われたら困るが、だからこそ、名曲を名曲たらしめているメローディーラインのような根っこがくずれると「やった!という感じ」は減るんじゃないのと、あたりまえのことをいってる。

グレン・グールドの言葉だったと思うが、演奏家には2通りあって楽器を感じさせる人と楽器は消えて作品だけ感じさせる人がいる(彼は後者を評価していて、リヒテルがそうという)。僕はグールドは前者と思うので困ってしまうが、にもかかわらず、F難度を「それなりに」で済ます人間ではないというのが彼の強力な美質だ。

僕としては楽器が消えようと残ろうとどっちでもよくて、F難度を「美しく」やるこだわりの有無こそが演奏家の生命線と考えているからだ。まあ一応クリアしました、じゃなくて。グールドの技術が常人に踏破を許さぬ神業であることは、いまとりあえず不問にしよう。そうしないと後進はやめときなさいで終わってしまうから不毛なことになる。

何事も練習すれば誰しもが上達する。これが大事な前提だ。スポーツも楽器もおんなじである。ちがいは、どこで「もういいや」と思うかだ。そこで人間が出る。技術じゃない、これは「人間」の問題なのだということだ。楽器は美しい音をだすためのもの、だから技術の到達点は奏者がどの程度の達成度で自分の演奏を美しいと思ったかを示しているのである。

広島カープに菊池という二塁手がいて、相手にとって憎らしいほど守備範囲が広くて送球が速く正確だ。メジャーも注目している、まちがいなく金メダル級である。あまりにうまいのでF難度をやってもAかB程度にしか見えない。美しかれでやってるのではないが、アスリートのベストパフォーマンスというものは何であれ美しいものだ。

かたや、誰でも捕れるゴロを下手な奴が下手なゆえに危なっかしく捕ったのを「ファインプレーです!」、こういう頭の悪いアナウンサーは転職した方が幸せと思うが、ほとんどの客もわかんないからそのほうが喝采を浴びたりする。

これはおかしいのであって、道を知らない勉強不足のタクシー運転手の方がメーターが出て儲かるに似たりだ。それに有難うなんてチップをあげるようなもんであって、つまんないプレーに拍手なんかすべきでないのである。

グールドは菊池だ。めちゃくちゃうまい。バッハのトッカータ集なんかG難度がAにきこえる腕でCやDをこなすのだから、その前人未踏、空前絶後の美しさたるやもう気絶するほどである。ベートーベンのあそこは、グールドみたいな人間ならちゃんとやるだろう。

ところがどういうわけか、弦楽器界に彼のような人はいない。野球人類学というブログを書いたが、楽器人類学としてはああいう性質の完全主義者は弦や管はおよそ向いてないのかなと思ってしまう。楽器の方が求めていないということか。

ピアノはそれを受け入れるし、そうでなくてもピアノは上手に弾けるが、トッカータを彼の次に「演技」して得点で上回るメダリストは永遠に出ないだろう。誰がどこからどういうアングルで聴いてもあれはピアノ演奏の奇跡であり、満点だから上がない。

演奏のメカニック以前だ。まず「人間」として彼に匹敵しないとああいうことは成り立ちがたい。そんな人は彼以来いないし、いないからグールドはグールドであり続けている。ではバッハ以外で彼が満点かというとそうではなくて、「そうだろう。演奏は技術だけじゃないよ」というもっともらしい声も聞こえてくる。

そういう声が演奏家をダメにしていると痛切に思う。音程やリズムも満足にとれないのが一生懸命度やら迫真性やら楽曲愛やら髪振り乱す一心不乱ぶりで補えるということは絶対にない。音楽にはそういう音以外の隠し味があって、素材は今ひとつだがけっこういけてしまうというのが稀にないではないが、それは素材は問わないという意味ではない。

昔は一流とされた演奏家はスタジオ録音を許された。「ブロマイド」だから永遠に残すべく入念に演奏された。画像はない。音だけ勝負だ。ビジュアルで魅了したり、表情で愛を語ったりはできない。そこに聞こえるものがその人のすべてあり、プレイバックを入念にチェックして自分でOKを出したのだから言い訳もきかない。「危なげなF難度」はよくやった!と人道主義の喝采があるわけではなく、数多の評論や井戸端会議の俎上で下手の烙印を押されるだけだ。

今はコストセーブでライブ録音がむしろメインだ。ビジュアルはないが、言い訳はできる。ライブの一回性。一期一会の気迫と燃焼。その日にいたるソリストの万感の思いとストーリー!隠し味がいくらでも効能書きとなって、「ライブですから」でワザのほうはお目こぼしになる。鉄棒から落下したって、耐えてよくやった!の会場の拍手(そこにいた聴衆のだ)でジーンと来たりする。

そういうものも音楽のうちだと主張するジョン・ケージを否定はしない。しかし、彼の「4分33秒」を録音してもあまり意味はないように、それをいうなら演奏会に出かけて、ホールの空気の一部となってライブをきくしかない。スタジオ録音は取り直しできる作り物で、ライブ録音こそ良い。ごく稀にそれは正しいが、そういう隠し味の効能書き至上主義の集大成こそが、あの「精神性」という日本固有、意味不明のトッピングの正体である。

グールドがライブを否定し、スタジオ録音に特化してしまった「お隠れ事件」は、実にそのことを彼の天才において雄弁に証明している。彼は暗に言っている。演奏会で香水の匂いのするばかな聴衆相手にトルコ行進曲を弾いてる自分に我慢できない。ばか相手でないモーツァルトを彼はよせばいいのに録音したが、音楽自体が自明な解釈を求めているモーツァルトではバッハの満点が20点になっている。

音楽自体が自明な解釈を求めている?そんなことはない、と彼が指揮者にチャレンジしたのが、このレナード・バーンスタインとのブラームス1番のコンチェルトだ。伝統や因習は無視、ひたすらのオレ流にバーンスタインが慇懃、知的に自分と相手のプライドを守った巧みな「前口上」をしている。

コンチェルト演奏のボスはソリストか指揮者か?僕は作曲家と思うのでグールドのテンポはとうてい許し難い。バーンスタインも妥協はやめればよかったが、マネジメントがビジネスしたんだろう。その意味ではボスは客であったのだった。指揮者はそれを許す人でソリストはそうではなかった。その点では、僕はグールドを支持する人間であるから複雑だ。

グールドではないピアニストはバッハをどう弾いたらいいのだろう?満点はないのだから90点なのか60点なのか、どこで満足するかだ。80点ぐらいならきっとバッハにはなるだろう。70点ならバッハっぽくはなるだろうという感じかと思うが、バッハの譜面というのはどこか数学をイメージさせる絶対不偏の真理のようなものにビシッと貫かれていて、精神性みたいなあいまいなトッピングやふりかけでおいしくなるご飯ではない。

絶対不偏に「それっぽい」というのはないのであって、あるかなしかだ。しかし、バッハがどう弾いたか世界の誰も知らないし譜面には楽器や速度すら書いてない。だから我々が耳にできる演奏はすべからく「それっぽい」しかないのであって、そうした演奏のなかで衆目が一致して「すご~い」となったグールドが「っぽい」の代表選手になっているのが現代である。

彼のゴールドベルク変奏曲があのトルコ行進曲と同じほど実は「バッハっぽくない」可能性は誰も否定できない。ユルチェンコの3回半なんだ、シライなんだ、誰もできないんだから讃えるべきだ。そういうものかもしれない。彼のバッハがそういう可能性を秘めているとするならば、こちらも晩節になってスタジオに「お隠れ」になられたビートルズのアビイ・ロードのような「彼のオリジナル・アルバム」である。すべての他の演奏を「カバー」にしてしまうという意味で。

これはすべての他の演奏家たちにとって永遠につづく悲劇である。グールドの3回半。尋常でないが、首尾よく成功したって二番煎じだ。録音というメディアができたおかげで演奏家は何十年もまえに死んでくれたライバルの幻影と戦わなくてはならない。録音という土俵においてはだ。だから彼らの生きる道はライブだろう。ライブ録音ではなく、ライブ。そこで「4分33秒」の音楽的価値を認める聴衆を作っていくことだ。

ところが最近の演奏会はというと、その様相すらない。「それっぽい」演奏が多い。ひどいのになると俗に「なんちゃって」ともいうものである。3回転に半がなかったりする。手抜きではなくできないだけだが、それでも素人からすれば超人的ではあるもんだから田舎の公民館で喝采を浴びることぐらいはできる。かえって難しげにきこえたりして、ブラボォォォー!!なんて突飛な奇声が飛んじまったりする。

それでいいじゃないか懸命にやったんだし大勢が喜んでるんだからという人もいるだろう。マネジメントとしてはそうだ。それでチケット買ってくれるお客様は神様だし、クラシック人口を増やすにはいい。ただ、そういう姿勢の音楽は字義通りポップス(pops)と呼ぶべきだ。「深遠な精神性のベートーベン7番!」なんて安手のキャッチコピーでホンモノを装ってはいけない。聞き手は何が本物かわからなくなるからだ。

だからこそ、ボストン交響楽団が夏休みにタングル・ウッドの多少ざわざわした屋外でコンサートをやる時はあえてボストン・ポップス・オーケストラを名乗るのである。ダウンタウンの「ザ・シンフォ二ーホール」で居ずまいを正してベートーベンをやる時とは別個のカオという建前をとる。寝っころがってコークやマック片手に聞けるのだからふだんはクラシックなど敷居が高くて来ない人も子供連れで楽しむことができるのだ。

といってポップスを軽く見て手抜きするのでなく、曲目が比較的やさしいだけのことだ。ルロイ・アンダーソンの名曲はそこから生まれたのである。だからこそ「ポップ」たちは気軽に上質のホンモノにふれて味を覚え、やがてザ・シンフォ二ーホールにベートーベンを聴きに来てくれるだろう。マネジメントにもこうやってホンモノとなんちゃってがある。

グールドもリヒテルもポップたちを相手に券を大量に売りさばいて大金持ちになりたい人ではなかっただろう。なぜなら、そういう目的ならあそこまで弾ける必要はぜんぜんないからだ。彼らはああ弾かないと怒って帰ってしまう人に弾いている。いや、それ以前に、彼ら自身がまっさきに怒って帰ってしまう人なのである。

ベートーベンをシンフォ二ーホールでポップス精神でやって集客しようというのとは対極的な人たちであって、そういう「アンカー」が演奏家であれ聴衆であれ米国にはたくさんいるからボストン・ポップスという立ち位置ができた。アンカーの存在ぬきにクラシックがクラシックたりつづけるのは困難だろう。

 

(こちらへどうぞ)

クラシック徒然草-グレン・グールドのモーツァルト-

 

 

 

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フンメル トランペット協奏曲 ホ長調

2016 AUG 5 13:13:27 pm by 東 賢太郎

暑さがきびしくなってきました。暑気払いにおすすめしたいのがスカッと爽やかなトランペットです。

トランペット協奏曲は超有名曲が2つあります。ハイドンとフンメルです。今日は「フンメルの第3楽章」の名演をいくつか比べてみます。ペットの人にとってこの楽章は最難関のようで、たしかにプロの録音でも満足なのは意外に少ないのです。

まず、僕の若いころ絶対の名盤と崇められたのはモーリス・アンドレがカラヤン/ベルリン・フィルとやったものでした。

いかがでしょう、これはうまいというより曲が簡単にきこえる超絶的なもの。

近年はこっちが評判。セルゲイ・ナカリャコフです。

たしかにうまいがアンドレに比べると人間がやってると感じるかな。

ジャズのウイントン・マルサリスが吹くとこうなります。

ジャズ奏者といってもジュリアード音楽院ですからね、めちゃくちゃうまい。お気づきでしょうか半音高い原調のホ長調で吹いています。これはレイモンド・レッパードの伴奏も品格があって僕の好きなものです。

さて、最近はいよいよラッパの世界も女性の進出が目立ちます。登場の仕方がすごい。何が始まったのかと思います。

英国人のアリソン・バルサムです。オケのアンサンブルがまずいが美貌に負けますね。

最後にこちら。

ノルウェー人のティーネ・ティング・ヘルセットです。歌えてますね、これは音楽的レベルが高い。紅組おそるべしです。この勢いでヒラリー大統領になるのかなあ・・・。

まあ僕の趣味でアンドレ、ナカリャコフ、マルサリスは世界最強と思います。よって白組の勝ち。

原調による全曲です。コンクール受賞者の演奏会のようです。

名曲ですね。1803年の作曲。フンメルはベートーベンと並び称されるピアノの達人でした。第1楽章冒頭部分にモーツァルトのハフナー交響曲の余韻がきこえるのにお気づきでしょうか。

 

 

 

 

 

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演奏会は死んでいくか?

2016 JUL 10 16:16:12 pm by 東 賢太郎

 

(1)演奏会は死ぬと思った日

先日、証券会社の後輩が「支店に来るお客さんの平均年齢は優に70以上です。大手だと80です。東さん、60なんて若手ですよ」と妙な励ましをくれました。「国全体で見ると金融資産は60歳以上が約85%を保有しています。30歳代はマイナス資産ですよ」。

たしかに演奏会へ行くと老人ばっかりです。僕もそろそろその端くれです。若者はクラシック・コンサートに興味ないかと思いきや、彼はとんでもないといいます。

「好きでも生活に余裕なければ行きませんよ。チケットは高いし、連れて行くカノジョはいないし。それはちがいます」

30歳代はマイナス資産・・・。

これは悲しい。そうなると大枚はたいてホールに来るのは金融資産85%組ばっかりになるのも納得だ。

「それに若い人はスマホとyoutubeでいいんです。タダでいくらでも聴けますし。」

それはわかる。僕だって結構楽しめるし。そうなると若者はそれが習慣になっちゃうな。親の遺産もらっても習慣は変わらないな。85%組はあと20年ぐらいでこの世からいなくなるから、演奏会もいっしょに消えていくんじゃないか?

それからいろんなことが頭に浮かび、ああそうかと思いついたことがあります。忘れないうちにここに書き留めておこうと思います。

 

(2)音楽について書いていて気がついたこと

作曲家の頭に浮かんだ楽想や即興演奏は放っておけば消えます。それを記録しようと彼が思ったものだけが作品として残ります。我々が聞き知っているクラシック音楽はぜんぶそういうものです。

英語で楽譜のことをwritten music、 sheet musicといいますが、「(紙に)書かれた音楽」という意味です。ということは書かれていない、「音の状態にある音楽」というものもあるということで、我々が聞いて楽しむものはそっちのほうです。

つまり音楽(music)というものは二つあって、それは

書かれた音楽

聞こえる音楽

です。

書かれた音楽は聞こえる音楽にもなりますが、聞こえる音楽が書かれたかどうかはわかりません。ジャズの即興演奏がそれで、書かれていないけれど面白い。

 

(3)楽譜とは何か?

音楽を聞く人にとっては、書かれているかどうかはどうでもよいことです。それが楽しいかどうかだけです。音を出す人だって、本当は即興演奏だけでもいいかもしれない。ショパンのソナタのような音楽が次々と弾けるなら・・・。

現にモーツァルトはそれで飯を食っていましたし、ピアノは即興で、オーケストラにはちゃんと伴奏さすためにパート譜を書いた。それが残ったのが彼の27曲のピアノ協奏曲です。出版用にピアノ譜も書いたが本番でそのとおり弾いたかは不明で、26番のピアノパートは不完全のままになっています。

ところが時代が下って即興の要素はカデンツァを除いてどんどん減り、作曲家が書いた音符だけをを弾くのがクラシックだという定義づけができてしまいました。

音符そのものはもちろんマーラーみたいにホルンの朝顔を上に向けろだの立って吹けだの、ああだこうだ細かい指示まで譜面に書き込むようになります。覚え書き程度だった楽譜というものが、そのとおり演奏すればいつも同じ「聞こえる音楽」がこの世に立ち現れるという意味で「作品」というものになりました。擦ると魔人が出てくるアラジンの魔法のランプのようなものです。

すると「書かれた音楽」とレコードとは何が違うのだろう?

という疑問がでてきます。

 

(4)缶詰とインターネット

レコード(録音、CD、MDなど)も、再生すれば「聞こえる音楽」が立ち現れる魔法のランプだという意味では書かれた音楽(楽譜)と同じ役割のものです。料理に喩えれば楽譜はレシピであり、レストランのコックさんがその場で作るのが演奏会、料理をそのまま詰めこんだ缶詰がレコードにあたります。

問題はその缶詰が美味で大量生産されると、レストランはどうなるかということです。

レストランがコンサートホールにあたります。後輩が主張するように、youtubeをパソコンのスピーカーで聞いてもショパンは充分楽しめるという人は多いし、そういうネットのメディアが高音質化するとともにその人口は増えていくでしょう。

となると、缶詰とはいえホロヴィッツやミケランジェリという名コックの料理がタダで家で好きな時間に食べられるのです。知らないコックの料理を、決められた時間に間に合うように電車に乗ってレストランまで行って5000円払って食べたい人が永遠にいるのでしょうか。

 

(5)料理と音楽

ちょっと視点を変えてみましょう。料理というものも、地球上にある食材のバライエティは有限ですからその組み合わせであるレシピも限度があります。12個の音という限られた素材の組み合わせである音楽と似た事情があります。

現代の料理の原型はほぼ19世紀までにでき、20世紀に完成されたそうです。この100年はメニューがあまり増えてないのです。未知のおいしい魚や野菜が発見されたり、刺身にソースをかけておいしいと感じる新人類でも出ない限り、それは未来も変わりそうにありません。

音楽だって、いままでにない特定の12音の組み合わせ(メロディー、ふし)を好む民族が増えて、それを含む音楽を永遠に必要としてくれるということはあまり期待できないでしょう。シェーンベルグの12音音楽のメロディーをお母さんが子守唄に歌う時代は、一万年後は知りませんが僕らが生きてるうちはまず来ないでしょう。だから音楽のメニューも増えないのです。

 

(6)マーラー、ブルックナー人気

1970年代は音楽のメニューがLPレコードというメディアの普及によって増えた特別な時代でした。SPがモノラルになった時にも起きた変化が、LPによる収録時間、立体的な音のライブ感と細部のクラリティというメリットによってもっと劇的に拡大されたのです。それまでのメディアでは充分に理解されていなかった音楽が、LPという新しいパレットに描く画材として好まれるようになった。それが長大なマーラー、ブルックナーだったと言えるでしょう。

それまでも演奏され、知られてはいましたが、レコードというメディアが今のネットのごとくそれらの魅力を世界の聴衆に認知させた。それにより演奏会のメニューにのる回数がうなぎ登りに増えたというのは事件でした。食べ物でいえばカップめんにした創作ラーメンがコンビニで人気となったことでそのラーメン屋に行列ができたようなものです。

ストラヴィンスキーなど近代音楽でも、モノラルでは聞こえなかった細部の面白さが浮き彫りになって似た現象が起きました。僕はそれを聞いてクラシックにのめり込んだ人間です。それまで夢中だったビートルズがスタジオにこもってアビイ・ロードのようなライブでできない音作りに移行したのもLPレコード現象とするなら、僕のような嗜好の人間がクラシックに入るブリッジができた時代だったんでしょう。

しかし、CDという新メディアがLPを引き継ぐ形でそれをさらに拡大したにもかかわらず、そのメリット自体も飽和感が出ています。70年代に劇的に増えた新メニューもそれ以上は増えないところに来たのです。SP時代に霞のかなたで聞こえていた音楽がライブに近い質で家で楽しめる。もはや「メディアが作用してメニューを増やす」という現象はネットに道を譲り、そのこと自体がコンサートゴーアーの数を減らすかもしれないというジレンマに陥っているのが現状です。

 

(7)歴史のトラップ

それは、料理も音楽もどちらも素材の数が限られているわけですから、どう組合わせようとその数は「順列組合せの数」という数学的な上限に行き当たるわけです。だから新しい組合せ、すなわち「新製品」の投入がもはや望めないというところに来ている。1970年代の現象はミクロ的なものであって、マクロでみるなら20世紀とはそういう時代であったのではないかということです。

それは創造の天才が出現しなくなったのではなく、人類が食べたいと感じる素材の数、聴いて調和を感じる音階を構成する音の数から導き出せる「バラエティ」がいよいよ最終飽和点に近づいた。歴史が料理や芸術を囲って閉じ込めてしまうわな、「歴史のトラップ」があるということなのです。

同じことは工業製品にも見られます。例えば眼鏡(めがね)は1280年から1300年の間にイタリアで発明され、つるを耳にかける形になったのは18世紀から19世紀初期、球面レンズの採用が20世紀初頭です。100年大きな変化はありません。4輪の自動車や4翼の飛行機のかたちというのもおそらくそうでしょう。

 

(8)歴史がトラップできないもの

僕がベートーベンのエロイカをききたいとき、60枚ほどもっているCDの中から取りだすのは5枚ぐらいでしょう。その5枚だけで実は足りるのです。それにめぐり会うために60枚も買って、55枚は失敗だったわけです。演奏会でその5枚以上の名演が聴ける確率は非常に低く、そのために入場券に1万円を賭けるリスクをそう何回も取ろうとは思いません。

では僕はエロイカの演奏会に行かないか。矛盾のようですが行くのです。それは、5枚のCDより感動した演奏会をこれまで3回も経験したからです。そのひとつ、チューリッヒ・トーンハレで聴いたゲオルグ・ショルティの演奏。同じ楽譜、同じオーケストラから出てきたとは信じ難い光彩と生気と威厳に満ちあふれた音楽でした。

ああいうものは音楽に限らず、人生で何度も経験できないなにか特別なもので、舞台上の100人の人間が発する「気」が生んだ強烈な磁場のようなものです。それは、そこにいて時間を共有しないと体験できないもので、20世紀だろうと21世紀だろうと人間というものが変化しない限り変わらない、つまり、歴史がトラップできないものです。

そうなると音はその媒体にすぎなくなってしまいます。それを録音してもレコードには音しか入りません。それを再生しても、そこにいた人が何を感じたかはほとんどわからないでしょう。それはその場で演奏者と「気」を共有し、それに全聴衆ごと同期化し、音楽のうねりと一緒に会場ごと一体に動く精神の抑揚を感じないとわかりません。良い演奏会というのは音を聞く場ではなく、共体験の場なのです。

 

(9)空気とアトモスフィア

僕は英国時代にお客様といっしょにクリスマスの教会へ行きました。周囲でみなが賛美歌を歌い、祈り、牧師の言葉に耳を傾け、オルガンが演奏される。あの一連の音だけをあとで録音で聴いてみても、恐らく、そこにいた者でさえ何の感興も得られないでしょう。聖書も読んだことのない僕でさえ、しかし教会の広大な空間に満ちた雰囲気にどこか心洗われ、厳粛な気分に浸ってドームを出たことを覚えています。

atmosphere(アトモスフィア)は日本語で雰囲気と訳されます。この単語はギリシャ語源のatomos(蒸気)+sphere(球)の合成語、つまり地球の大気であり、気圧の英語はatmospheric pressure です。気圧の「気」がatmospheric という対応ですね。この「大気」が「気」であり「雰囲気」である、これは大気の振動が音楽であるというという対応を生んで、実にぴったりです。僕の教会体験はそれそのものです。

演奏会とはそれに似たものと思います。ホールの空間も聴衆も大事な要素であり、音楽の一部なのです。リサイタルで、ピーンと張りつめた空気を破るようにピアニストが登場します。一度座ってみて、椅子をちょっと動かす。カタッという微かな音がする。それがホールの空間にスーッと拡散する。最後の咳払いをコホンとする聴衆。集中の一瞬。そして、音が鳴る。

こういうものだって、音楽の要素なのです。ベートーベンの運命の、「音の鳴る前の休符」のことを以前に書きました。それは交響曲が鳴りだす前から音楽が始めっていることをベートーベンは認識していたということでしょう。オケのチューニング(調弦)がはじまり、会場がシーンと静まり、指揮者が登場して拍手が鳴り、また静寂が支配する。そこに音楽はもう聞こえているということです。

 

(10)ユーミンのしなやかな感性

オーボエの長いa音に始まるチューニングの音が僕は大好きです。あれがきこえると、いよいよ音楽が始まるぞというときめきを感じ、じっと耳を澄ますようになります。

前に書きましたが、大学時代によくきいていた荒井由美の「さざ波」という曲の歌詞に、こういうのが出てきます。

秋の光にきらめきながら                                        指のすきまを 逃げてくさざ波                                    二人で行った演奏会が                                        始まる前の弦の響きのよう

これを聴いて、彼女の鋭い感性に舌を巻いたのを覚えています。

演奏会が始まる前の弦の響き!

彼女がチューニングの音に感じたポエジー、それも音楽なんです。

 

(11)音のしない音楽

ジョン・ケージという作曲家をご存じでしょうか。彼の作品に「4分33秒」があります。ピアニストが舞台に出てきて、ピアノの前でなにも弾かずに4分33秒座っているという「音楽」です。その空白の時間に去来するすべての会場の雑音、その空間への拡散、空想の音響、ピアニストの姿や所作、いらだち、不安まで・・・そうしたすべてが聴衆の心に形成するものが音楽だということです。運命の休符の拡大版ともいえましょうか。

「4分33秒」のレコードがあったという話はほんとうでしょうか。ジョークかもしれません。ともあれ作曲家は4分33秒だけ切り取ったカンヴァスに白地の絵を描き、そこに何を見るかは居る者の感性にゆだねた。哲学的かもしれないが僕はそれは芸術家の強いメッセージだと受け取ります。ユーミンがチューニングに聴いた音楽というものに、それはとても近いものだと感じるのです。

 

(12)演奏家の磁力

演奏会場で、今日だけしか聴けない一期一会のものにめぐり会えるかもしれない。いつもそう思って足を運んでいます。行った回数に比べればずいぶん少ないですが、とにかく一生忘れることのない体験を味わえたからです。それは周囲の聴衆と一つの状態になってしか味わえないし、全部の聴衆を引きずり込んで「同期化」してしまう、強力な磁場をもった演奏家なくしてなりたたないものでしょう。

演奏家の力は絶対に必要なのです。すぐれた演奏家とはテクニックばかりの人のことではなく、聴衆をだまらせ、集中させ、引きずり込み、引きずり回し、うーんこれは凄いと我を忘れさせ、作曲家がランプにに封じ込めた魔人を解き放ち、その魔力と一体になって、参りましたという大拍手を送るしか感情のやり場のない状態に聴衆を追い込むことのできる人のことです。

実演の場で僕は何人かこういう人たちに接してきました。

セルジュ・チェリビダッケ、ゲオルグ・ショルティ、ダニエル・バレンボイム、アイザック・スターン、ヴラド・ペルルミュテール、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ、カルロ・マリア・ジュリーニ、カルロス・クライバー・・・・

定期演奏会の会場が、おそらく、クラシック音楽を「教養」として知り、覚え、楽しんでこられた世代ばかりという状況は、これから活躍の旬を迎える若い演奏家が変えてくれるものだと信じます。老人はそう遠くない将来に死んでいきますから、それとともに演奏会も死んでいくかもしれない。ネット社会がそれを急速に後押しするかもしれない。それを救うのが、演奏家の磁力とでも呼ぶべきものです。

 

(13)未来

若い方々が僕のショルティ体験のような味を覚え、もっと体験したくなり、もっと会場へ足を運ぶ。解決法はそれしかないと思うのです。それはネット社会が、ネットビジネスが、どう頑張ったところで浸食も淘汰も出来ない、人間の精神活動の最も高貴で深い部分だからです。今の若い方々は、むしろそういう体験を我々の世代よりも必要とし、強く求めておられるのではないかと思います。

拙文、愚考が50万も読まれたならそれもネット社会の変容の結果です。浸食されるばかりでなく逆にそれを使ってクラシック音楽体験の素晴らしさを少しでも伝えること、これは誰かがやるべきですし、僕は大作曲家への「決して支払えない印税」のつもりでそれをやっていこうと決心しております。

 

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

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