J.S.バッハ イタリア協奏曲 BWV 971
2016 MAY 11 1:01:49 am by 東 賢太郎
ピアノのディスクで最初にノックアウト級の衝撃を受けたはこれでしょう。ポリーニのショパンやストラヴィンスキーも記憶にありますが、大学当時まだそんなにピアノに目覚めていたわけではなく、ああうまいなあで終わってました。
ところがこの59年のグールドのLPは、それがピアノであろうがなかろうがそんなことは忘れてしまう凄まじい音の奔流で、有無を言わせず僕をねじ伏せたのです。第1楽章が鳴り始めるや、耳が立つ感じ。これはとんでもないものが始まったぞというわくわく感が一気に押し寄せます。
イタリア協奏曲は実に名曲で、もっと遅くて味わい深く聞こえるものもある。しかし、本来はそういう音楽だろうと頭では思っても、ブーレーズの春の祭典とおんなじであって、グールドのあまりの痛快さ、快感が僕の脳ミソにバーンと刻印されてしまっていて、他は何を聴いてもドーパミンが分泌されない。あっそうという感じになってしまうのです(本人の再録音すら)。
なんたって遅いところも凄い。第2楽章は4声部のうち、ソプラノ、真ん中の2つ、バスの3本のラインがまったく違う音色で弾かれていて、当時の僕のプリミティブな耳にもそのぐらいはわかってしまい、おいこれは何だか普通じゃないぞと身がまえてました(下が第2楽章から)。
そして第3楽章。この速さはなんだ?それも完璧なコントロール!超人だ。しかし余興の速弾き大会ではなく、このテンポでなきゃあウソでしょという他を圧した絶対的な納得感なのだからもうどうしようもない。これはダルビッシュか大谷の160kmが外角低めいっぱいにビシッと決まって、打者はピクリとも動けずごめんなさいという世界です。
オイストラフのヴァイオリンをきいてああヴァイオリンをやらなくてよかったと思うのですが、これ、ピアノもそうでした。いや、エロイカをきいたら作曲家もそうだったっけ。
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プロコフィエフ 交響曲第2番ニ短調作品40
2016 MAY 4 18:18:05 pm by 東 賢太郎
米国の鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの墓碑銘に「Here lies one who knew how to get around him men who were cleverer than himself.(自分より賢き者を近づける術知りたる者、ここに眠る。)」とあるそうだ。以前ここにバレエ・リュス(ロシアバレエ団)のセルゲイ・ディアギレフについて書いた( ストラヴィンスキー バレエ音楽「ペトルーシュカ」)が、実業家としては彼は天賦の才ある成功者だったが、当初志した音楽家としてはカーネギーの言葉があてはまるのではないか。
ところが、自身も音楽家(指揮者)として名を残しながら自分より賢き者を近づける術を知った者がいた。こちらもロシア人のセルゲイ・クーセヴィツキー(1874-1951、左)である。音楽家の息子でコントラバスの名手であり、ボリショイ劇場で弾いていた。彼がラッキーだったのは2番目の奥さんが富豪(茶の貿易商)の娘だったことだ。彼女は結婚記念として「カレにオーケストラを買ってあげて」と父にせがんだ。
「逆タマ」の財力で彼は巨匠指揮者アルトゥール・二キシュの博打の負けを払ってやって指揮を教わり、なんとベルリン・フィルを雇って(!)演奏会を指揮し(ラフマニノフの第2協奏曲のソリストは作曲者だった)、祖国へ帰って出版社を創ってオーナーとなりラフマニノフ、スクリャービン、プロコフィエフ、ストラヴィンスキーの版権を得て楽譜を売った。
ロシア革命後は新政府を嫌って1920年に亡命し、パリで自身が主催する演奏会「コンセール・クーセヴィツキー」を立ち上げる。これは1929年まで続いたが、その間に初演されたれた曲がストラヴィンスキーの「管楽器のための交響曲」(1921)、ムソルグスキー「展覧会の絵」のラヴェル編曲版(1922)、オネゲル「パシフィック231」(1924)、プロコフィエフ交響曲第2番(1925)、コープランド「ピアノ協奏曲」(1927)であった。
クーセヴィツキーは1924年にボストン交響楽団(BSO)常任指揮者となる(パリには夏だけ行った)。バルトーク「管弦楽のための協奏曲」、ブリテン「ピーター・グライムズ」、コープランド交響曲第3番、メシアン「トゥーランガリラ交響曲」はクーセヴィツキー財団が委嘱して書かせ、BSOの50周年記念として委嘱したのはストラヴィンスキー詩編交響曲、オネゲル交響曲第1番、プロコフィエフ交響曲第4番、ルーセル交響曲第3番、ハンソン交響曲第2番だ。クーセヴィツキーはこれだけの名曲の「父親」である。
自分より賢き者を近づける術はカネだったのか?そうかもしれない。BSOの前任者ピエール・モントゥーも弟子のレナード・バーンスタインも、名曲の世界初演をしたり自分で名曲を書いたりはしたが他人に書かせることはなかったからだ。しかし、彼が財力にあかせて「管弦楽のための協奏曲」や「トゥーランガリラ交響曲」を書かせたといって批判する人はいない。
もう一つ、僕として聴けなければ困っていた曲が表題だ。パリにでてきたプロコフィエフ(左)だが、当時は6人組が新しいモードを創って人気であり、彼の作品は理解されなかった。よ~しそれなら見ておれよ、奴らより前衛的な「鉄と鋼でできた」交響曲を書いてやろうとリベンジ精神で書いたのが交響曲第2番だ。パリジャンを驚嘆させた「春の祭典」騒動はその10年ほど前だ、もちろん念頭にあっただろう。
芸術はパトロンが必要だが、モチベーションも命だ。天から音符が降ってきて・・・などという神話はうそだ。それで曲を書いたと吐露した作曲家などいない。バッハもヘンデルもハイドンもモーツァルトもベートーベンも、みな現世的で人間くさい「何か」のために曲を書いたのだ。お勤め、命令、売名、就職活動、生活費、女などだ、そしてそこに何らかの形而上学的、精神的付加価値があったとするなら、ことさらにお追従の必要性が高い場合においては曲がさらに輝きを増したというぐらいのことはいえそうだ。
クーセヴィツキーはカネがあったが、その使い方がうまかった。BSOの50周年なる口実で名誉という18,19世紀にはなかったエサも撒くなど、作曲家のモチベーターとして天賦の営業センスがあったといえる。そういう天才は99%のケースではカネを作ることに浪費されるが、冒頭のカーネギーは寄付をしたりカーネギー・ホールを造るなど使うことにも意を尽くした1%側の人だった。そしてクーセヴィツキーは嫁と一緒にカネも得て、それを使うだけに天才を使った稀有の人になった。
しかしその彼にとっても、刺激してやるモチベーションが「リベンジ精神」というのは稀有のケースだったのではあるまいか。プロコフィエフは速筆でピアノの達人でもあり、ピアノなしでも頭の中で交響曲が書けたという点でモーツァルトを思わせる。どちらも後世に明確な後継者が残らない、技法に依存度の高くないような個性で音楽をさらさらと書いた。しかしこの第2交響曲は力瘤が入っている。異国の地で勝負に燃えた33才。モーツァルトがフィガロにこめた力瘤のようなオーラを僕は感じる。
攻撃的な響きに満ちた2番の初演はパリの聴衆の冷たい反応しか引き起こさなかった。暴動すらなく、専門家の評判も悪く、ほめたのはプーランクだけだった。ここがディアギレフとクーセヴィツキーのモノの差だったかもしれないが、曲がそこまで不出来ということはない。力瘤の仮面の下で非常に独創的な和声、リズム、対位法が予想外の展開をくり広げる。これが当たらなかったから、あの第3交響曲という2番の美質をさらに研ぎ澄ました名曲が生まれた。しかしその萌芽のほうだって、春の木々の新芽のように強い生命力があり、不可思議な響きの宝庫だ。
プロコフィエフはロシア革命のときに27才だった。アメリカに逃げようと思った。モスクワからシベリア鉄道で大陸を横断し、海を渡って敦賀港に上陸した。日本に来た最初の大作曲家はプロコフィエフだ。サンフランシスコへ渡航する船を待つ約2か月の間、日本各地を見物して着想した楽想が交響曲の2,3番、ピアノ協奏曲の3番に使われたとされる。2番は第2楽章の静かな主題がそれだ。クラリネットと弦のゆったりした波にのってオーボエが切々と歌う。シベリウスの6番の寂寞とした世界を思い浮かべるが、これが6回変奏されて不協和音を叩きつけ、最後に回帰するのが実に美しい。
僕は3番の次に2番をよく聴く。秀才がワルになろうと暴走族のまねごとをしたみたいな部分がかえっていい答案だなあ秀才だなあと感嘆させてしまうあたりが面白い。第1楽章は全編がほぼそれだが、これでも喰らえとわざとぶつけた感じのする2度、9度の陰でぞくぞくするコード進行が耳をとらえて離さない。こんな音楽は他にない。これがたまらないのだ。小澤/ベルリンPOだと見事に浮き彫りになっている。何という格好よさ!!
これを何度聴いたことか、これはラテン的音楽ではないがこの小澤さんの演奏のクリアネスは凄い純度である。そのたびに僕は本質的にロマン派のテンペラメントではない、恋に恋するみたいな人間とは180°かけ離れていて、100km先まで透視できるヴィジョンを愛するラテン気質に親和性があるのかなと思う。小澤さんはロマン派もとてもうまいが、この2番の合い方は半端でなくラテン親和性をお持ちでないかと察する。
小澤征爾 / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
この全集は小澤さんがBPOを振って打ち立てた金字塔である。上述に加えて第2楽章の透明感と細部のしなやかな生命力も素晴らしく、2番の挑戦的な暴力性がここまで整理され純化されていいのかというのが唯一ありえる批判と思う。それは若かりし頃にシカゴSOを振った春の祭典に同じことが言えるが、僕はあれが好きであり、したがってこれも好きだ。BPOの機能性あってのことだが、このピッチの良さ、見通しの良さ、バランス感は指揮者の耳と才能なくしてあり得ない。日本人で他の誰がこんなことができるだろう。
ジャン・マルティノン / フランス国立管弦楽団
これぞラテン感覚の2番である。マルティノンはラヴェルもドビッシーもロシア音楽も明晰だ。不協和音も濁らない。印象派というと、春はあけぼの、やうやう白くなり行く・・・の世界と思いがちだがぜんぜん違うということがこの2番のアプローチでわかる。第2楽章テーマはその感性だからこその蠱惑的なポエジーがたまらない。管楽器は機能的に磨かれフランス色はあまり強くないが、弦も含めて音程と軽やかなフレージングが見事で、きわめてハイレベルな演奏が良い音で聴ける。
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー / モスクワ放送交響楽団
ごりごりした低弦と派手な金管、打楽器が鳴り響くロシア軍の行軍みたいな第1楽章はまことに威圧的で、2番の趣旨にはかなっている。そういうのは好みでないが、救いはロジェストヴェンスキーの縦線重視の譜読みだ。和音を叩きつけまるでストラヴィンスキーだがこの強靭なタッチはフランス系では絶対に出ない味である。第2楽章のデリカシーはいまひとつだが変奏の激烈さがあってこそテーマの回帰の静けさは心にしみる。
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深化しているシャルル・デュトワ
2015 DEC 18 23:23:53 pm by 東 賢太郎
きのうのデュトワのバルトークをきいていて、指揮者の読譜力というものを感じやはり指揮には指揮の特別の才能があると痛感しました。去年のドビッシーのペレアスとメリザンドも心底楽しませてもらいましたが、彼が読み取るラテン的な透明感と淡い音彩は何国の音楽であれ独特で高貴なデリカシーとパッションを纏うのです。現存の指揮者で、いつでもなんでも聞いてみたく、最も深い充足を与えてくれる一人であります。
これがきのうのマンダリンです(モントリオールSO)。バルトークにしてはエッジが甘いと感じる人もあるでしょう(というより、多いでしょう。僕も彼のストラヴィンスキーのCDを初めて聴いてそう感じました)。しかしその反面ほかの指揮者がバルトークのスコアから発想しない独特の生命感とフランス流の楽器の色彩があり、ソフトフォーカスでいい具合に溶け合う趣味の良さがみえます。当時はムード音楽だと無視していたのですが、一押しにはならないものの最近は魅力を覚えます。昨日のN響の演奏はこの録音より数段良かったです。
もうひとつ僕が気に入っているのがストラヴィンスキーの「兵士の物語」です。名演が多くありますがこれは独特の美質があります。ブーレーズのも傾聴に値しますが、同じくフランスの楽器でより洒落た味を出しており、図らずもストラヴィンスキーとパリの親和性を浮き彫りにしています。これを聴いているとオルセー美術館でバルビゾン派を心ゆくまで観ていた時の充足感が蘇ってきます。
クラシック徒然草-舞台のヤバい!は面白い?-(追記あり)
2015 DEC 2 1:01:29 am by 東 賢太郎
僕は人様にご披露する芸などなにもありませんが、証券マンというのは売るものが目に見えないので言葉だけで食ってる人種ですから落語家に近いかもしれません。特にスピーチでひな壇に登ったりするとそういう気がします。
立場上、「ようなもの」まで入れるとスピーチは数えきれないほどやりました。起債調印式、仲人、現法社長あいさつ、大学講義、クリスマスパーティ、部店長会議、転勤、就任、退任、日本人学校運動会、ゴルフコンペから他愛ないテーブルスピーチなどなど。
僕は原稿を読まない主義です。あると棒読みになりそうで怖い。だから100人集めて1時間しゃべった時もなし。英語でもなし。時計を見ながら30分なら30分でぴったり終ります。原稿の事前丸暗記でもなくて全編アドリブで、たくさんやって体で覚えた相場カン?です。
一度冷や汗をかいたことがあります。関西の某大学で90分講義をしたときのこと、「証券市場論」をやっていて「ところで・・・」と雑談で脱線しました。毎度のことで、ちょっと笑わせて目を覚まさせた程度の頃合いで本論に戻るのですが、この時は戻ろうとしたら「脱線箇所」がどこだったか忘れてしまったのです。
なんとか切り抜けたものの、頭が真っ白で動転。べつに二日酔いでも予習不足でもなく、この経験をしてからですね、暗譜で弾くコンサートのソリストやオペラ歌手を尊敬するようになったのは。楽譜を覚えたことをではありません、誰にでも起こり得る「ヤバい、忘れちゃった!」の恐怖にうち勝って日々生きておられることをです。
誰にでも起こる?例えば、ストラヴィンスキーは自作のピアノ協奏曲の第2楽章の出だしを忘れてしまい指揮者が歌ってみせて思い出した。自分の曲をですよ。岩城宏之の著書によると彼はピクチャーメモリーがあったらしく現代曲でも暗譜でしたが、頭の中の譜めくりが1ページ飛んで春の祭典を振り違えて止まってしまったそうです。記憶力の良し悪しだけというわけでもないようですね。
そんな人たちの次元ではないのですが、やっぱり何百人の前に立つといくら慣れても緊張はします。あがるのはいけません。あがり症だったシベリウスはウィーン・フィルのヴァイオリン入団試験に落ちてます。僕の場合、原稿ではなく見ているのは時計であって、しゃべりながら先を考えてます。あと5分か、ではあれをしゃべろう、なんて。そういう人間は予習しすぎがよくないかなと思いつき、やめてみたらうまくいくようになりました。
コンサートで目撃した「ヤバい!」はいろいろあります。ピアニストのアルフレート・ブレンデルが展覧会の絵である部分が終わらずくりかえしたり、リストの第2協奏曲で腕を振り上げたらメガネがひっかかって客席まで飛んでしまい(彼のレンズは厚そうだから)はらはらしたこと(ちゃんと弾ききった)。ロンドンでラフマニノフ第2協奏曲の第2楽章冒頭部でクラリネットのソロが1小節早く入ってしまい指揮者グローヴズが身を挺して乗り切ったこと。
マゼールの第九(ロンドン)第2楽章でティンパニソロの1拍たたき違いでオケ凍る、同じくマゼール(バイエルン放送響)でティンパニのバチがヴァイオリンの端まで飛ぶ、モスクワ放送SOの春の祭典(香港)でティンパニが「ああ勘違い」の強烈な一撃を思いっきりぶちかましてオケは粉みじんに空中分解という身も凍る事件もありました。
フランクフルト歌劇場(マイスタージンガー)では上演中に巨大なセットがメリメリと音を発して倒れかけ、歌手より多い裏方が舞台に総出演。なんとかもとに押し戻すと演奏そっちのけで喝采。ベルリン国立歌劇場(同曲)では某有名歌手が歌詞を忘れしどろもどろの口パクになって(彼はこれでも有名だったらしい)、ややだるかった演奏に一興を添えました。
忘れちゃったでもヤバい!でもないのですが最高傑作は、どこだったかな(たしかダルムシュタット)で、トスカがえらい太めだなと思ってたら、皆さんそうだったんですね、クライマックスの自殺シーンで飛び込んだ瞬間ドスンと轟音?がとどろいて満場がこらえきれず失笑。悲劇が一転して喜劇になりましたが、まあ彼女の身を挺した熱演にカーテンコールはあったかいもんでした。
面白いけどやってるほうは必死ですよね。失礼しました。
(追記)
何といっても抜群に面白いのはこのビデオでしょう。マゼールの春の祭典の稿に書きましたがURLが違っていたのでここに再録します。
「前回、ティンパニのミスの話を書いた。しかしあんなものは可愛いものであり、春の祭典の演奏がどれほど難しいかということまでを教えてくれる映像がある。ズビン・メータ指揮ローマ放送交響楽団の69年のライブである。これだけいい加減な春の祭典というのも希少である。笑ってはいけない。前半だけでも、トランペットが一音符遅れて入りちゃんと吹ききる、フルートが一小節ずれてちゃんと吹ききる、クラのトリルが抜ける、ティンパニが間違ってドカン、オーボエが一小節早い・・・少なくとも5か所の尋常でない「事故」がある。後半もペットが落っこち、ティンパニはズレまくる。圧巻はコーダに入る所でティンパニが一小節飛ばして入り、気がついて立て直したつもりがひきつづき間違った音をバンバン叩き続けるためついにアンサンブルが崩壊。止まりかけの緊急事態となるがホルンと木管が何とかつないでティンパニは落ちたまま終わる。歌劇場ではミスに情け容赦のないローマの聴衆がブーのひとつもなく大喝采、スタンディング・オベーション。なんとも微笑ましい。」
驚くべきことにローマの聴衆でこの事件に気づいた人は会場にひとりもいないようだ。そして、この演奏会があった同じ1969年に、あの歴史的なブーレーズ/クリーブランドO.の春の祭典が録音されるのです。メータには大変申しわけないが同じ指揮者と称しても別種の人間としか思えないが事故をよく収集して終わらせたという評価はできるかもしれません。いずれにせよこのVTRは何かのジョークでなければ彼の名誉のために消された方がよろしいでしょう。
ダリウス・ミヨー 「男とその欲望」(L’homme et son désir)作品48
2015 NOV 13 1:01:21 am by 東 賢太郎
日本人は古来より月を見ています。暦は月齢だったしお月見をしたし。不思議なのは、江戸時代にいたるまで日本人は月を「何」だと思っていたかです。
かぐや姫は月に帰るから作者は人が住める空の彼方の遠い場所という感覚はあったかもしれませんが、一般には月は毎日登ってくるもの、美しいもの、愛でるもの、詩的なもの(ポエム)として信仰や物語の対象ではあっても「物体」であると見たり考えたりした人はいなかったと思われます。
早くから月を物体と見た西洋とは受容のしかたが根本的に違います。
美しいもの⇒ポエム、という日本的な思考法(ステレオタイプな還元法)が西洋人に全くないわけではありませんが、彼らが五感で感知したものを認識し受容するプロセスというのは、
月はものである⇒もの⇒即物的な物体
という回路がまずあって、地球と同じ球体と見立てて距離、大きさ、質量、軌道を計算し、なぜ落下してこないのかという謎を解きます。見かけの美醜はその回路とは別な経路で処理されて、ポエムになる場合もあるというものでしょう。僕が長年西洋に住み、西洋人とつきあったり著作物を読んだりして得た印象はそういうものです。
このことは音楽においても同様です。特にクラシック音楽を演奏、鑑賞する際に。それを僕はショパン演奏にいつも感じるのです。日本人ピアニストはショパン⇒ポエム、という回路で処理してないかという非常に深層心理的で根源的な問題です。
「雨だれ」「革命」「子犬」「別れ」「木枯らし」など、別に日本人が考えたわけではないがショパンがつけたわけでもない標題。月を見て「うさぎ」が頭に浮かんでくる思考回路にこうした標題が乗りやすいのは自明と思います。あの速いワルツを子犬を思い浮かべて弾くピアニストはいないでしょうが、潜在的に日本人の思考回路に潜む受容のくせというのは見えない所で演奏の骨格を決めてくるのではと僕は思っています。
あれは月を見て物体だとまず感じる西洋人が作った音楽なのです。ショパンに限らず作曲家がまず聴くのはピアノの即物的な音であって、それが物体としての月にあたります。それが聴き手にどう聞こえるか、美しいポエムとして受容されるかどうかということは彼にもはどうにもならない事後的、副次的なことで、まず物体として絶対の完成度があるかどうかこそ彼の関心事のはずです。
ちょっとややこしいですが、こういうのをsubstance(あるがままの物の実体、本質)と contingency(そこからの偶発的な派生事象)の関係と表現します。例えばニワトリは日本では「コケコッコー」と鳴きますが、アメリカでは「クック ア ドゥール ドゥ」、ドイツでは「キッキレキ」、フランスでは「コックェリコ」、インドでは「クックーローロー」です。近隣でも中国は「コーコーケー」など、韓国は「コッキョ クウクウ コーコ」だそうです。同じニワトリの声(substance)をきいてるのにcontingencyはこんなに違ってくるのです。
ショパンというニワトリがいざ鳴くぞという時にそれがコックェリコかキッキレキかは彼にとってはあずかり知らぬことで、ニワトリは*+@#%~~~としか鳴かないのです。
かように、21世紀の人がポエムを見出してくれたというのはショパンにとってはまったくの偶発事象でした。同時代人のシューマンが当時のドイツ人特有のロマン的、文学的コンテクストで自分を評価しているのを知って(それは非常に高評価でショパンにとって好意的なものであったにもかかわらず)、ショパンはそれを笑止であると唾棄していることからもそれが理解できます。彼に確固として「在った」のは、彼が鍵盤から選び取った音の組み合わせが即物的に彼を満足させたこと、それだけです。
僕がショパンを作曲家としては一目置くにしても演奏を聴くのが好きでない最大の理由は、contingencyを追っかけて(それしか見えてなくて、それがsubstanceだと思いこんでいて)、substanceが何だかわけのわからない演奏が横行しているからです。日本人のショパンの特徴はその一言に尽きます。
これをお聴き下さい。ダリウス・ミヨーの「男とその欲望」(L’homme et son désir, Op.48 )という作品で、知名度は大変に低いのですが大傑作であり僕は高く評価しているものです。ショパン⇒ポエムの方々はこの意味深なタイトルの音楽が何であり何を描こうとしているのか?と悩むことでしょう。 僕は初めてこれを聴いて音に衝撃を受けてしまい、題名など吹っ飛んでしまいました。
全ての演奏家の方に問いたいのですが、これがなぜ男とその欲望なのか?どうしてそれがこういう音になっているのか?一種の踏み絵のようなものかもしれません。
ストラヴィンスキーの「結婚」を想起させますが複調、ポリフォニーの重視など語法はまったく別物です。ミヨーはブラジル滞在経験があってそこでの印象を綴ったものとされますが、これが単なる風景画や絵日記でないことは明らかです。彼が綴ったものは即物的な音であり、トレードマークの複調の文法であり、断じてポエムではありません。音、語法が紡ぎ出すダイレクトな心象こそがこの曲のsubstanceであります。
そしてここからは僕の個人的領域に入ります。自分自身がリオデジャネイロで感じた心象風景にそのsubstanceが作用してある化学反応を起こし、僕だけの感興を生み出します。これがcontingencyです。いうまでもなくなんら普遍性のないプライベートなものであります。僕が演奏家としてそれを音にしたとしても、それはあまり人の心を打つものにはならないでしょう。赤の他人の記念写真やセックスを見たってそんなに面白いものでもないのです。
つまり、contingencyとは聴衆の占有物であって演奏家が依拠すべきよすがではありません。僕がショパンのバラードやマズルカを聴くのは、弾き手のパリやワルシャワで得た経験や知見や記念写真に関心を抱いたり真のショパン解釈をきかせてほしいからではありません。ショパンが書こうとピアノに向ったsubstanceを知りたいからです。そこに僕を感動させる根源があるのであり、それこそが普遍性、説得力のあるバラード、マズルカであることを、体験から知っているからです。そういう聴き手はそういう演奏を探しだし、吟味し、支持するのです。
演奏家がショパンにポエムを感じて何ら批判されるゆえんはないのですが、そのポエムがたまたまショパンも感じたものであって、したがって普遍性のある説得力を持つのだという蓋然性は、残念ながら甚だ低いものだろうというのが僕の持論です。外国人がどんなに感動と心を込めて弾いてみても、それはコケコッコーかもしれずクックリク~と聞こえているらしいポーランドの聴衆の心に響くかどうかは別な話なのです。韓国人、中国人がどうこの問題をクリアしてショパン・コンクールを制覇したのか、なぜ日本人にはできないのかはとても興味深いテーマであります。
最後に余談ですが、この「男とその欲望」を書いたフランスの作曲家ダリウス・ミヨー(1892-1974)がバート・バカラックの先生なのです。非常に多様な様式を試みた多作家ですが、彼の和声感覚は独特で、複数の調性を並行させる複調による語法に真骨頂を見ます。交響曲第2番などこれに並ぶ傑作で彼の和声がオンリーワンである証明となっていますが、これも有名ではないのが不思議であります。
「雨にぬれても」のころ、まだ生きていたミヨーはそれを聴いてどう言ったんだろう?
「口笛で吹けるメロディを書いたからと言って、恥じる必要はまったくない」
「記憶に残るメロディをつくれる人間はめったにいない。そしてそれは本質的な才能なのだ」
若き生徒だったバカラックの演奏を聴いてそう言ったミヨーはその思いを新たにしたのではないでしょうか?
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やっぱりLPは音楽鑑賞の王道
2015 NOV 4 2:02:23 am by 東 賢太郎
最近ですが電車ですわるとすぐ寝てしまいます。いつ寝たかも覚えてない。乗り過ごすことはなくて眠りは浅いのですが、居眠りというよりブラックアウトという感じです。妙な話、そのまま覚めなきゃ昇天ということかなあ、そうやって逝けたら楽だなあなどと考えたりします。
家でCDをならしても、やっぱり寝てしまう。こんなことはなかったんですが、やっぱり仕事が追い込みでストレスがたまってます。
先日西室と飲んでから中古屋でLPを適当に5,6枚買って、なんせ酔ってたのでなんだったか記憶がないのですが、袋を開けてみて片っ端からかけました。新世界、未完成なんて1枚があって、何でこんなのを買ったか不明。案の定、かけながら熟睡。
2枚目はヘンデル。ハンス・プロハスカという昔懐かしい名の指揮者とアッピアといスイス人がウィーン国立歌劇場Oを振った「水上」と「王宮」の米エヴェレスト盤でした。昔は盤質粗悪とされたレーベルですね、ところがなんとしたことか、これがいいんですよ。
音に滋養があっておいしい。演奏も悪くない。一気に頭に血がめぐります。こういう音が鳴るならもうCDはいらん。ライブすらしょぼいオケなんかならこれのがずっと快感!
次に出てきたのがサファイアというドイツ・レーベル(当然もうない)のニュルンベルグ交響楽団のコリオランとエグモントの序曲。指揮者は全く無名。こういうのはたまらない。僕はドイツのオケはいろんな田舎で聴きまくりましたからC級グルメなんです。
楽器が安手の音で、演奏もなんら誇るものは無し。しかしこれ、田舎のおふくろ手料理みたいでいいなあ。芋の煮っころがしとナス田楽っていうか。ほっこりしますね、ベートーベンで・・・。
次。ショスタコーヴィチの15番、なんと初演した息子のマキシム・ショスタコーヴィチ指揮だ。盤面に傷があったがこいつはよかった。僕は15番、さいきん最高傑作じゃないかと思うようになっていて、この演奏はなかなか濃いですよ。おすすめです。
15番初演したのが72年で、すぐ同じオケ(モスクワ放送SO)をロジェストヴェンスキーが連れて大阪、東京で海外初演することになって、迷ったけど悲愴なんかの日を買っちゃいました。もったいないが、子供でした。
思えば僕らはショスタコーヴィチがまだ生きて交響曲を書いてた時代の人なんですね。彼の15曲は永遠に残りますから未来はそう記憶する。同時代人が彼の音楽をどう聴いてたか、書き残すのも一興かもしれません。マキシムのこのLP、音の良さも感涙ものです。
部屋には積んどく状態のLP、CDが山積みで、よしもう少しという気になってフンガロトンLPのバルトークの2台ピアノと打楽器があったんですが、あれっと思ってさがすとおんなじのをダブって買ってるではないですか。前にもありましたが、なんと中古を2回買ってる。7千枚ためるまでこんなことはあり得なかったんですが記憶力はかなり衰退してますね。自覚してつきあわないと・・・。
最後にコリン・デービスがボストンSOを振ったシベリウス全集の蘭フィリップス盤。まだきいてなかった。とりあえず5番と7番を。うーん、いい音だ。ボストン・シンフォニーホールのいい席だ。やっぱりCDはいらんか。
思えばLP録音再生というシステムは70年代に完成していたんですね。高度なレベルで。それをCDがぶっこわした。ピアノの録音はたしかに良くなったけど、弦は僕は懐疑的です。ちゃんと再生したLPには絶対かないませんね。
SACDってのはCDよりいいというのがうたいです。たしかにそうだがLPより良くないのもそう。デジタル録音+CDで弦が悪くなっちゃって、その失地回復にすぎませんね。ホールの臨場感が増すって、AKBじゃないんだしクラシック鑑賞でそんなのが重要とは思いません。
デービスの7番、名演です。こんなに良かったっけ?彼の唸り声まできこえますが、終板の意味深いうねりは尋常じゃない。非常にmovingな、なにかを揺り動かされるような、忘れない聴体験ですね。
いやいや居眠りからはじまったリスニングでしたが、結局こうなりました。いい音楽はやっぱり人生の宝物です。
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ショパン・コンクール勝手流評価
2015 NOV 2 2:02:01 am by 東 賢太郎
ウィーン国立音大で教えている生徒は10人ほど。 残念ですが、学生たちはスコアをなかなか見ないんですよ。曲の全体像をつかもうとしない。自分のパート譜は一生懸命勉強してもね。もちろん値段も高いし、経済的に厳しい。だからこそ、私の持っているスコアを見てほしい。スコアはとても大事です。
ライナー・キュッヒル(ウィーン・フィルのコンサートマスター)
5年ごとに開催されるショパン・コンクールですが、今年(第17回)は韓国のチョ・ソンジンさんが優勝でした。これでアジア人優勝者はベトナム、中国、韓国が輩出、残念ながらまだ出ていない日本は後塵を拝する結果となっています。
1位 チョ・ソンジン(Seong-Jin Cho)(韓国)
2位 シャルル・リシャール・アムラン(Charles Richard-Hamelin)(カナダ)
3位 ケイト・リュウ(Kate Liu)(アメリカ)
4位 エリック・ルー(Eric Lu)(アメリカ)
5位 イック・トニー・ヤン(Yike (Tony) Yang)(カナダ)
6位 ドミトリー・シシキン(Dmitry Shishkin)(ロシア)
まず、チョ・ソンジンの本選(ファイナル)のピアノ協奏曲第1番です。
出だしの序奏、おい、なんだこの遅いしょぼくれたオーケストラはとびっくりします。どこの田舎オケかと思ったがワルシャワ・フィルだ。いちおう。一瞬、アジア人への嫌がらせを疑いましたが他のファイナリストにも大なり小なりこうなので指揮者の趣味だったんでしょう。チョ・ソンジンは進むにつれだんだん自分のテンポにオケを引っぱって行きます(集中力お見事)。ところが、コーダに来るとまた指揮者が戻す。
なんといっても20才のショパンが彼女を想って書いた曲ですからね、21才の青年チョ・ソンジンが弾くピアノが実にふさわしい曲です。おっさんのもっさりしたテンポは勘弁してくれよとこっちが思ってしまう(彼もそう思ってたのでは)。全体として何度も聴きたいほどいい演奏かというと、このオケは不遇でアーティスティック・インプレッションは優勝というにはいまいちです。でもソロパートの完成度は高い、ドラフト1位でいきなり新人王といううまさですね、技術的にこのぐらいは弾けないとさすがにショパンコンクール優勝という肩書はあり得ないでしょう。
第3楽章の出だし、うまいですねえ。これは最高だ。ピアノの細かいテクニックがここで成功しているかどうかは僕には判断がつきませんが、この小股の切れ上がったリズム、緩急、呼吸、オケへの受け渡しを聴くと、この人、西洋音楽のエッセンスを完全に体得しているなと納得します。これはケチが付けられない。日本人が勝てないのはここですよ。ハヤシライスをやってたら永遠に勝てない。
これは第3位のシンガポール系アメリカ人、ケイト・リュウさんの第1協奏曲です。オケは相変わらず重いがトップバッターだったチョの時よりは多少はましに。ところが彼女はこのおじさんもっさりテンポに適性があったんでしょう、こういう演奏になってます。
個人的にはこれが1位ですね、大変すばらしい。この人の集中力と没入パワーは半端じゃない。他人が聴いている見ているなどまるで眼中にないですね、音が降って来てる。このコンチェルトは男、しかもハタチ前後で強烈にある女が好きになったヤツじゃないとわかんねえだろとやや偏見気味の僕です。だから女性の弾いたのはちょっと斜に構え気味なんですが、このリュウさんは規格外良品だ。
とにかく、妙にプロっぽくないのがいいのです。2位のカナダ人アムランさんは、うまいです。どうして彼だけ2番を弾いたのか、1番だったら優勝したかもしれない腕の良さと思いました。しかし僕の趣味ですが、隙のない完成度なら大家の録音がたくさん聴けるのであって、どうしてもというのは感じません。21才のリュウはまだフィラデルフィアのカーチス音楽院の学生で、これが彼女のベストパフォーマンスとは思えないのですが、素材の良さですね、末恐ろしい!という感じが残るのです。ブラームスの2番を弾かせてみたいなあという、ショパンにとどまらない才能を感じます。
第3楽章の主題はチョの若鮎が飛び跳ねるような疾走感はなく、軽めのタッチでカプリッチオな感じ。大きなルバートがかかるんですが戻しが実に自然で、フレージングの強弱も工夫がありますが音楽に「おいしい」味つけになって恣意的に聞こえない。戻した速いテンポでオケにさっと投げ返して、オケが気持ちよく受け取る。この呼吸の良さ!指揮者も団員も聴衆も、西洋音楽の伝統のなかですっと納得してしまう。こういう流れが「形」であって歌舞伎の「見得」のようなもんです。お見事です。
第4位のエリック・ルーさんです。
若干17才とは驚きです。日本なら高校2年生。彼もカーチス音楽院の学生です。うまい!4才の年齢差を考えると素材はルーが一番かもしれない。あまりしなを作らず、すっきりと、もぎたてのレモンのように若々しいショパン。彼のこれもベストパフォーマンスではないだろうがきらりと光るものがあります。指の回りが空転ではなくいい味を出している所、こういうのは天性でしょう。第2楽章の沈静もいい。大器ですね。今回のなかで最もモーツァルトを聴いてみたいのはルーです。
最後に我が国の12人のうちただ一人ファイナルに進んだ小林 愛実さん20才です。
残念ながら入賞できませんでした。第1楽章、ほんの微妙にですがメカニックなもので上位の連中の余裕がない部分があります。ミスタッチではないのですが一生懸命感が出て、ああここは弾くの難しいんだなあと素人が納得してしまう。チョ・ソンジンはそう気がつかないのです、うまいからファインプレーに見えないというやつですね。こういうもので少しでも限界が見えてしまうとコンクールでは不利でしょう。しかし彼女は情感がこもるところはとてもいいのですよ、すごく才能があると感じます。これは伸ばしてあげたいですね。第2主題は僕は彼女のが一番好きです。
第3楽章は出だしが苦しいですがケイト・リュウも回ってないんです。違うのは音楽の流れですね。一例をあげると小林さんはオケに渡す寸前でルバートがかかってオケがつんのめる感じがどうしてもします。気持ちよくなれない。ピアニストの中に住む「指揮者」の部分です。こういうことは技術ではなく感覚の問題なんですが、非常に大事だと思います。彼女の流儀からかけたい気持ちはわかるんですが、西洋音楽の流儀をまずは「形」として優先した方がいいのではないでしょうか。
愛実さん、たくさん聴くに限ります。西洋音楽の流儀はピアノ音楽だけじゃなく、オペラやシンフォニーや室内楽にぎっしりと詰まっていますから、聴きまくることです。教わってもだめです。自分で体感して体得しないと、音楽の「味」として出てこない。まだ若いし、これだけの素質があるのだから無限の可能性があります。日本にピアノを習っている子が何人いるか、その頂点にいる人だからね、ぜひ世界の頂点に立って下さい。
ところでピアノ界の最上位を決めるコンテストで入賞者6人のうち国籍はともかく4人が東洋人というのは時代を感じます。移民じゃあるまいしアジア人の嫌がらせは杞憂でしたね。むしろいないと成り立たないぐらいでしょう。スポーツのコンペティションだと分が悪いですが、音楽ではこのマーケットシェア!神様のギフトが西洋だけに与えられたわけじゃない、高度に知的な作業においてユダヤ人と拮抗できるのはアジア人であるということがだんだんはっきりしてきました。
(追記)
ショパン・コンクール第1回(1927年)は音楽史に重要な役割を果たしました。ピアニストとして身をたてる志を秘めた21才の若者の運命を変えたからです。ショパンの協奏曲を得意とした彼はソビエト代表として出場し優勝を狙いますが名誉賞に終わります。落胆した彼はピアニストのキャリアを捨て作曲に専念するようになりました。ドミトリー・ショスタコーヴィチであります。シベリウスのウィーン・フィル入試とならび、後世の我々にとってはなんとも有難かった不合格事件でございました。
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石川さゆり 津軽海峡冬景色(今月のテーマ・英国)
2015 OCT 31 23:23:50 pm by 東 賢太郎
なぜこれが「英国」なのかというと、ノムラ・ロンドン勤務の頃にさかのぼりますが、株式営業課の大先輩Aさんのオハコでありまして、カラオケでだんだん「お前らも全員でやるぞ~!」となってきて、酔っぱらい十何人が振付けいりで熱唱して夜中におひらきというパターンが定着したなんてことがあったからです。
さらに、それが当時ロンドン社長であられたT副社長のお目に留まることとなり、鶴の一声でロンドン社歌にまで昇格してしまったという大変な曲なのです。
先輩の振り付けは、このビデオがもっと派手になったものでございました。デビューの年の石川さゆりさん、昭和52年(1977年)、19才でしょうか。
素晴らしい曲です。「ゆき~のなか~」がB7(ドッペル・ドミナント)という効果的な和音になるうえ、「の」がd#でなくdの不協和音で長調に短調がぶつかるなんてビートルズですね(サージェント・ペパーズ)。
こちらがオリジナルのレコードのようです。安いですね、600円です。同年1月1日発売。エンディングはフェードアウト。
このTVテイクは何年のものでしょうか。エンディングがちがいます。
僕はこのテイクを最高傑作に認定させていただきます。「さ~よなら、あなた」の情感はオリジナルより円熟味がまし、「あああ、あ~~」の「あ~~」(c)と「津軽海峡」の「い」(最高音d)が裏声になりますが、前者のヴィヴラートの奥深い色香!後者の絶妙のピッチ!もう名人芸と絶賛するしかございません。他の歌手さんのビデオもありますが、これをコピーできている人は皆無です。裏声にしないせいでしょうか、イ短調を半音下げている人もいます。
プロ中のプロであるのは、3回出る「ふ~ゆげ~しき~」の「し」(g#)を、1回目は高めにとって終止感をあえて希薄にし、3回目はしっかりg#にとってドミナントをだして、これでおしまいという盤石の終結感で曲を閉じることですね。ヴァイオリンやチェロの大家がかくし味でやることを自然にやっている。ピッチが良いからできるのであって、天才的な歌であり素人がカラオケでまねできる域には到底ございません。
石川さゆりさんの声質は極上の弦楽器、ピッチに対する感性の良さはユリア・フィッシャー並み。世界中のどこへ出しても一流。この歌は日本リートの名曲であり、海外でも広く聴いていただきたいと思います。
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ラヴェルと玉三郎
2015 OCT 25 14:14:52 pm by 東 賢太郎
坂東玉三郎の阿古屋(左)が3つ目に弾く楽器が胡弓です。三味線をチェロのようにたてて太めの弓で弾くというに近いですが、音域はヴァイオリンぐらいで中国の二胡とちがって三弦です。面白いのは、チェロは弦を変える時に右腕の角度を変えますが胡弓は楽器を回して角度を変えるのです。
チェロは僕がプロにちゃんとレッスンを受けた唯一の楽器ですが、左手で音を正しく取る以前に右手(弓)のほうが難物でなかなかちゃんとした音が出ません。それを思い出すと玉三郎はさすがで弓も音程も良く、チェロも弾けるんだろうなと想像させるものがありました。
彼のバイオを調べると、やはりやってるんですね、ヨーヨー・マとの共演を。新派、現代劇、映画、演出、クラシック、バレエとカバレッジが広く、「演技」というものを「感受」、「浸透」、「反応」の3つの過程が必要と解析する理論派であり、歌舞伎役者は数多のタレントのひとつなのかと思わせるスーパーマンですね。
関心をひいたのは1988年にはヨーヨー・マらの演奏によるラヴェルの「ピアノ三重奏曲」で創作 舞踊を上演したとあることです。アバドのピーターと狼のナレーションもしてますがこれはご愛嬌として、ラヴェルに彼がどんな踊りをつけたのか、これは大変に興味のある所です。
ラヴェルと女形、じつに合いますねえ。触れると壊れそうな、野卑と無縁の、究極まで洗練された、これは玉三郎の世界かもしれない。ラヴェルの本質は女性だ、と以前に書いたと思いますが、女を男性が演じているという風に言ってもいいですね。あんな女性は現実にはいないだろうというほどエッセンスを抽出したフェミニンな美。
ラヴェルは時に野卑を演じようとするが、あれはちっとも野卑ではなく、作られた形だけ。逆に女の男役を感じます。だからユニセックスかというとそうではなく、玉三郎さんのTV番組での素顔を拝見すると、女はあそこまでオタク的こだわりはないでしょうという域にあるのですが、やっぱり男性です。ラヴェルはそれに似ているかもしれない。
そのラヴェルの「ピアノ三重奏曲」イ短調、第1楽章です。これの全曲をやったのか一部なのか不明ですが、この素敵なたたずまいと玉三郎はあいますねえ。
ちなみに上掲はリヒテル(pf)/カガン(vn)/グートマン(vc)による83年のライブですが同曲の最右翼の名演奏であります。3つの楽器のバランスが理想的で、カガンの美音が冴えまくり、埋もれがちなチェロもグートマンが見事に拮抗しています。そしてリヒテルのピアノのすばらしさには言葉もなし。このCDは何かが憑りついたようなイベントの記録という感触です。
(補遺、3月13日)
玉三郎、これも似合うかな。
ラヴェル ヴァイオリン・ソナタ
ピエール・ドゥーカン(vn)/ テレーズ・コシェ(pf)
フランスの洗練と品位のかたまりみたいなラヴェル。奇矯な和声もどこか伝統の風味に包まれ、ブルースを模した第2楽章までラヴェル化している。イギリス、ドイツに住んでいたころ、車でフランスに入るとマジックみたいにぱっと景色が明るく、畑が黄色っぽく肥沃な感じになる。パリの展示会で流れてたドビッシーのフルート、ヴィオラ、ハープのソナタ。悔しいけどかなわない。ニューヨークのインベストメントバンカーの鼻っ柱を折るのはパーティーでフランス語で話すことだと友人が言った。むべなるかなという演奏だ。でも同じほど深い文化の蓄積は日本にだってあるぜと誇りたくなる。
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クラシック徒然草-モーツァルトのピアノソナタ K330はオペラである-
2015 OCT 1 12:12:57 pm by 東 賢太郎
モーツァルトのソナタほどピアニストにとって怖いものはないでしょう。本人がそう思うかどうかに関わらず、聴衆はリトマス試験紙を見るようにその人の本質を知ってしまいます。シンプルでごまかしがきかないからです。シューマンやブラームスを聴いていいなと思った人のモーツァルトを耳にしてがっかりということは何度もあります。
じゃあ良いモーツァルトはどういうものか?
一言で表せば、ずっと聞いていたいかどうかでしょうか。凡庸な演奏は1分で飽きてしまいますが、良い物は1時間でも2時間でも楽しくてしかたありません。曲に大仕掛けな装飾を施す余地がないので、着物でいえば生地の質だけの勝負になってしまうのですね。安物の生地に綺麗な紋様をいれたところで無駄です。
では自己主張の余地はないかというと、そうではないのが不思議なところで、主義主張を明確にしている演奏はいくらもあります。僕はこのエリー・ナイ女史のk.330が気に入ってます。
まるでオペラです!右手の饒舌なこと、これはプリマというよりちょっとお転婆でコケティッシュなスーヴレットです。早口で左手(男)に語りかけ、歌い、テンポルバートすると左手がこたえる。舞台が見えてきます。極めてユニーク。テンポの微妙な振幅もダイナミクスの変化も、いわばやりたい放題ですがちっとも嫌味にならずちゃんとモーツァルトになってしまう。名人の至芸なのですが、ひとえにピアノが物凄くうまいからできることであって、最晩年、80才のおばあちゃんになっての録音だから多少指がもつれてますが、「うまい」とはそういうことじゃないんです。彼女が人生で積み上げてきた音楽が透かし彫りのように如実に出てしまう。モーツァルトは怖いのです。
同じk.330をリリー・クラウスで聴いてみましょう。
これもうまい。世評が非常に高い美演であります。エリー・ナイよりはおしとやかでスタンダードな表現ですが、やはりオペラに通じるモーツァルトの遊び心を球を転がすような右手のパッセージがくみとっており、第2楽章の悲しみはこれが一番深いですね。こっちはスーヴレットでなくプリマに聞こえるのが面白い。タッチの使い分けは神品で、ナイはデスピーナひとりがしゃべり続けるのですがクラウスはフィオルディリージもドラベッラも出てくる感じです。
次は内田光子です。
やはりリズムとタッチの美しさが際立っており、感情の起伏までテンポの伸縮と同期して聴き始めると引き込まれてしまいますが、ナイ、クラウスを聴くと右手(ソプラノ声部)がルバートせずあまりに完璧に流れの枠にはまってしまうのでオペラよりオーケストラ的に聞こえます。k.309は音楽自体が遊んでくれるので内田のストイックなアプローチが活きますが、k.330はピアニストが自分の性格でオペラのキャラクターになって遊ばないといけない音楽なんです。
内田はタッチの魔法という技術があるのでそれでも一つの完成された世界を作っていますが、それもない平均的なピアニストが弾くと「ピアノソナタ、モーツァルト風」の一丁あがりとなるのです。k.330を日本で育った日本人が弾くのは大変ですね、譜面をただ弾いても音楽になりません、ではどこまで外していいいか、どう遊べばモーツァルトらしくなるのか?フィガロや後宮やコジなど彼のオペラを自分の血肉になるまで聴くしかないんじゃないでしょうか。ナイにしてもクラウスにしても、ピアノばかり弾いてああなるとは思えないのです。
最後に、香港の天才少女、ティファニー・プーンのk.330です。10才までに数々の受賞歴があり現在はジュリアードで研鑚している期待の星で、今年のショパンコンクールに出ている注目のひとりのようです。
ショパンは聴いてませんが、これ最近の教育の傾向なんでしょうかこのモーツァルトはさっぱりだ。まあ12才の演奏ですから立派なもんなんですが、うまいへたでなく演奏のコンセプトが日本人に近いのです。このままじゃ危なかった。ニューヨークに出ていったのはいいことです。メットでオペラを聴きまくってほしいですね。そしてエリー・ナイやリリー・クラウスをじっくり聴いて。調律もしっかりしないとね、そういうのも気になるかどうかですね、僕の言う音楽の常識とは。素材は良さそうです、飛躍を期待します。
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