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カテゴリー: ______演奏会の感想

クラシック徒然草-おふくろの味だったティーレマン指揮ウィーンフィル-

2013 NOV 12 0:00:04 am by 東 賢太郎

今日はウィーンフィル演奏会でベートーベンの7番と5番を聴きました。サントリー・ホールでのD社ご主催の日で、小泉元首相はじめ僕の古巣である両社の元社長などもおられ(久しぶりにお会いしましたが)全部招待客だったようでうす。ご隆盛をきわめるD社のH会長、Y常務には大変お世話になっており、弊社をこのような席にお招きいただき心より感謝申し上げたいと思います。

さて演奏ですが、多言を弄するまでもなく実に良いものでした。クリスティアン・ティーレマンは名前は聞いておりましたが聴くのは初めてです。前半が7番、後半が5番でしたが、伝統的かつ保守的そのもののベートーベンです。このオケが100年前から営々と演奏してきた流儀を損なうことのない、悪く言えば創意工夫のないものでしょう。

しかし、この流儀、僕らの世代がフルトヴェングラー、ベーム、イッセルシュテットらで聴きなじんできた昔のウィーンフィルの音を思い出すのです。なんとも懐かしい「おふくろの味」!堪能しました。漬物と佃煮にご飯とみそ汁なんだけど、どれもが極上品で舌鼓を打つばかり、とでも申しましょうか。ティーレマンの棒もあまり細かい部分にこだわらず、7番は奏者たちの伝統にまかせ、それを要所要所で盛り立てるという風情です。

古楽器だベーレンライターだという世の風潮ですが、ではヨハン・シュトラウスのワルツがそんな風にできますか?ニュー・イヤー・コンサートを古楽器でやりましょうか?そんなとんがったことしなくてもこれで充分でしょう?だって我々はウィーンフィルなんですから、とでもいう感じです。参りました。その通りでございます。

ふっくらした芳醇な弦(特にヴィオラ!)、あでやかな花園のような木管、木質で浮き出ない金管、革張りのティンパニ、特筆すべきはフルートの見事な縁取りと完璧なピッチ、上質のクリームのように滑らかなクラリネット、木管・ホルンのアンサンブルの天国的美しさ。まさに極上のウィーンフィルの音であり、これ以上は何も要りません。同行した長女もそれを楽しんだようです。

5番は名演でした。拍手が終わらぬうちに開始。リズムが生き、音色に見事なコクのある第1楽章。古雅な音がする第2楽章。ウィンナホルンが魅了する第3楽章、そして圧巻の加速で閉じる終楽章。ティーレマンはテンポのうねりで大きな波を作り、金管群をあおりにあおるなど自発性に任せながらムチはしっかりと入るという指揮であり、カラヤンよりはフルトヴェングラーを思わせるものがあります。期待の大器ですね。

今どきこんな古風なベートーベンが聴けるとは思いませんでした。ブラヴォー!

 

 

ヌーブルジェのラヴェルを聴く

2013 NOV 11 13:13:11 pm by 東 賢太郎

J.S.バッハ パルティ―タ第2番 ハ短調 BWV826                   ショパン ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 op.58                        リスト 巡礼の年第1年「スイス」から 郷愁                           ラヴェル 高雅で感傷的なワルツ                                ラヴェル クープランの墓

先日これを聴いてきました。なんとも魅力的なプログラムです。オペラシティは1階の前の方だとピアノはなかなかいいです(オケは音が上に飛んでしまう)。スタインウェイですがやや木質の暖か味があり、残響と程よくブレンドしてくれます。ジャン・フレデリック・ヌーブルジェ(Jean-Frederic Neuburger)はフランス人ですが独語読みではノイブルガーだからドイツ系なのでしょうか。

僕はラテン・スクールのピアニストが好きでミケランジェリ、ペルルミュテール、ポリーニ、アルゲリッチ、チッコリーニ、ルプーなどコンサートを聴きましたが、録音でもコルトー、カサドシュ、ロン、ユボー、ルフェビュール、バルビゼ、フェブリエ、フランソワ、ケフェレック、ティーポ、メイエ、ルヴィエ、アース、ウセ、クリダ、あたりをよく聴いています。ということでヌーブルジェはそれなりに気になったわけですが、何か情報があったわけではなく、ひとえに「クープランの墓」が聴いてみたかったのです。

彼の特色を結論から申し上げると、大変なテクニックながらそれを前面に出さない趣味の良さ、知性と品格でしょうか。ショパンの第2楽章。スケルツォ主題を弾く右手の弱音のレガートが印象に焼きつきました。極上の滑らかさであって、例えるなら上質のペルシャ絨毯を撫でた感触。凡庸な人とは同じ楽器を弾いているとは思えないような音です。それがあまりに楽々と出るのは、ぜひピアニストの方にきいてみたいですが、大変な技術なのではないでしょうか。

i-tuneで売っていたので「クープランの墓」を比べてみましたが、前奏曲はライブの方が心もち速くやや淡泊でした。オケ版のオーボエやトランペットの音色を意識する風でもなく。フーガはほぼ同じ。対位法を紐解くイメージで面白く、最後を遅目にするのがユニークです。フォルレーヌは同じテンポでしたがCDの方が和音への反応が繊細。ライブは中間部のフレージングもちょっと中途半端に感じました。リゴードンはライブが活気があってよかったですね。丹念に彫琢したメヌエットは中間部のバスの入れ方が好きです。これは両方とも非常にいい。そしてトッカータ。力演でした。

「高雅で感傷的なワルツ」は各曲を微妙なニュアンスを弾き分けていて楽しめました。この曲はサントリーホールで聴いたツィマーマンの名演が耳に残っていますが、第3曲(Modere)など静かな場面での見事なタッチなどはヌーブルジェの個性が際立っていました。これは名演でした。

アンコールにプーランクのトッカータとショパンを2曲(エチュード、ノクターン)がありましたが、これを聴いてみると彼のタッチはショパンに最も向いているんじゃないかな、どうもそう感じます。平行3度の速めのパッセージを軽いレガートで歌うなど、ショパンだからできたのではという奏法が彼は苦もなく出来て、聴いたことのない味を出せるのです。ショパンには興味がないですが、あれなら聴いてもいいな。

ただ、繰り返しになりますが、それがウリではなく、知性と品格でそれを支配するセンスの良さ。恐るべき27歳です。作曲家でもあり、23歳で最年少でパリ音楽院の教授就任という人だから何年に一人という天才なのですが、彼の演奏に感じたのは技術、テクニックではなくそれを用いて描き出そうとしている彼の音楽のモチーフの大きさです。

最初のバッハはハ短調の重い曲であり、次のショパンもロ短調。重いです。コンサートのトリに来てもいいぐらい。それを彼はあえて重いまま弾くのです。バッハの冒頭の和音の暗い音色は印象的でした。後半のリストもそう。暗いのです。だからそれに続くラヴェルのコントラストが眩いほどにきわだつ。プログラム自体で彼は大きなモチーフに基づいた作曲をしたのかなと思います。

Youtubeにあったショパンのエチュードです。ポリーニのデビューの同曲は衝撃でしたが、それを思い出します。わが国ではまだ知名度がいまひとつなのでしょうか空席が目立ちましたが、いずれチケットがプラチナになる人と思います。

http://youtu.be/KkOPqgpBxME

 

ノリントンとN響のベートーベンを聴く

2013 OCT 27 2:02:32 am by 東 賢太郎

レオノーレ3番、ピアノ協奏曲第3番、交響曲第5番というオール・ベートーベン・プログラム、ピアノはラルス・フォークトであった。3曲とも主音がハで、ハ長調で始めてハ長調で終わる。

ノリントン東日本大震災の1か月後、原発事故に恐れをなして外人はおろか一部日本人も関東から逃げ出していた4月16日のことだ。ノリントンさんは予定通りに来日して、NHKホールでN響のAプロ、ベートーベンの交響曲第1番とエルガーの同1番を指揮した。思えばそれがこのベートーベンシリーズの幕開けだった。外国のオペラハウスやタレントが次々と苦しい言い訳をして東京公演をキャンセルしていた中でのことだった。あの日の指揮台からの震災犠牲者への追悼の言葉と、そうして演奏された誇りに満ちたすばらしいエルガーを僕は一生忘れないだろう。

若いころ6年イギリスで生活した僕はいろんな英国人とつきあい、たくさんのことを彼らに習った。知識はアメリカで教わったかもしれないが、紳士たること、そして大人の男のダンディズムとユーモアみたいなものを教わったのは断然イギリスなのだ。ノリントンさんにはそれを強く感じる。大人なのにある稚気、子どもみたいな好奇心やいたずら心にも魅かれるものを感じる。ああいうお客さんがいたなあ、一緒にゴルフしたなあ、東京や京都なんかを企業調査トリップしたなあ・・・もう無性に懐かしい。

例えば、レオノーレは舞台裏でトランペットが鳴るが、普通は奏者は演奏後も舞台に登場しない。しかし彼はカーテンコールでその奏者をソデからひっぱって連れ出してきて万雷の拍手をうけさせた。これがイギリス人だ。上手く吹いた彼の名誉のためでもあるが、舞台裏の仕掛けまで明かして楽しませる、これは彼一流のユーモアでもある。マジシャンが前座ネタで見せた手品のタネをわざと明かして笑いを取ったような。会場の気持ち一つにしようという試みのようであり彼は一見、和気あいあい型の指揮者であるかのように見える。

レオノーレから弦はいい音で鳴っていた。前回とほぼ同じ席だったが音がまるでちがう。まずは古楽器流ノンヴィヴラートである。その効果は音の純度を高めるだけでない。和音が美しい。音取りは一発勝負でごまかしがきかないから奏者の集中力も高めただろう。これに耳が慣れるとヴィヴラートが汚らしく感じてくるな、と今後の身の危険すら覚える音だ。ノリントンはコンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートマスターであるヴェスコ・エシュケナージを連れてきて弦をリードさせた。リーダーを入れ替えないとできない。そこまで徹底してやるぞという意志を見る。和気あいあい型?とんでもない。彼は一流の支配者である。これがイギリス人だ。

P協3番には驚いた。蓋をはずしたピアノが完全に向こうむきでピアニストは客席に背中を向けて座る。オケはピアノを中心に半円形に並んでいてオーム(Ω)のような形に座っている。Ωの開口部からピアノが見えていて、開口部両わきの第1、2ヴァイオリンも円形に添って半分は客席に背を向けている。指揮者はピアノの奥、やや左から客席を向いてピアニストと向き合って棒を振るというあんばいだ。大きな室内楽空間という感じになり、貴族の大きな館でやっている演奏会をバルコニーからでも見ている感じだが、面白かった。その空間あってのインティメートな音楽は3番として異例であり、月明かりのように幻想的なppの支配したホ長調の第2楽章は、聴衆に向けているというよりもスコアにある内省的な感情を掘り下げるようで大変ユニークであった。

ラルス・フォークトはたしかP協1番をドイツかどこかで聴いた。今回はその時のイメージとはちがっていた。徹底したレガート主体、弱音重視であり、弦の柔らかいノンヴィヴラートに融和する音色を出していたのが印象的だ。シューベルトよりのベートーベンといったところだ。第3楽章展開部で各声部がフガート風に入っていくところの弦のテクスチャーなど聴いたことがない精妙なものだった。思わず耳をそばだてたが、ピアノもそのデリケートな透明感と一体になっていて、指揮者とのアイコンタクトによって、触れれば電気が走るような絶妙の間合いとインスピレーションにあふれる音楽を生んだ。コーダのユニゾン下降ですらffで弾かないのは驚いたが、それがノリントンのコンセプトなのだ。アンコールのショパン夜想曲20番嬰ハ短調もデリカシ―の極致であり、美しかった。

第5交響曲。冒頭は物々しさとは無縁だ。あくまで主題の提示であり、あくまで「管弦楽のためのソナタ」として快速で進み、あちこちで鳴る運命主題はスタッカート気味に自己主張する。実に刺激的で面白い。テンポはほとんどルバートせず、大家然とした手垢のついた解釈をあざ笑うかのように快速テンポで疾走。楽譜にないユニークな強弱設定があると思えば、第2主題を導くホルンは2度目はファゴットと楽譜通り。これがどういうわけか余りに自然であり、むしろファゴットでなくてはならないと納得した次第。こんなことは人生初体験だ。「楽譜にない」とつい書いたが、作曲家の本音はそうだったとして不思議でないとまで思った。大家然の手垢のほうがおかしいのではないか?僕らは妙な5番を刷りこまれてきたのでは?

第1楽章の最後の和音が重々しく鳴り終わるやいなや、彼は客席を振り返り、おどけた顔で額の汗をぬぐって「ふう~」とため息をついて見せる。「あ~力いっぱいやってみんなちょっと疲れちゃいました、一休み」とでもいう感じだ。客席から笑いと拍手がこぼれる。運命は扉をこうたたくなどと学校でくそ真面目に教わっている我々はここでまた「妙な刷りこみ」の呪縛を解かれる。そしてそっと鳴りだした第2楽章。好対照である柔らかい音色。あれはそこへの巧みなブリッジ、お口直しだった。

この楽章から第3楽章のピッチカート部分のアクセントにいたるまで、細部では凝りまくったことが行われた。弱音部では弦5部とも最後尾のプルトを弾かせないのも驚いた。全員がpp で弾けばいいだろう?いやそれとは違う効果を狙ったものだ。これぞ楽譜にはない。ヴァイオリンが12人もいる大オーケストラなら作曲者はこうしただろうという主張を見る。和気あいあいとは程遠い強靭な意志の徹底だ。管のほうではこの日のN響はクラリネットとファゴットがいい音のブレンドとなり、中間楽章でオケ全体に暖かい質感を与えていたのが印象に残る。

第4楽章ではト長調第2主題に、第2ヴァイオリンがfpで嬰二音を入れるが、彼はこれを闖入者みたいに強調して弾かせ、それどころか客席に「これを聴いて!」とばかり目くばせまでするのだ。彼は「サプライズとユーモアがなければベートーベンではない」と持論を語るが、僕も同感だ。あの音の強調を高邁な「解釈」として押し付けるのではなく、「サプライズを一緒に味わって!」と客席まで巻き込むのだ。どう、ベートーベンって楽しいでしょ?というスタンスだ。大賛成である。

彼は他人をインスパイアできる人だ。5番が「できたてほやほやの音楽」だった息吹を聴衆に体感させ、クラシック音楽が博物館の干からびた聖遺物みたいになるのを救っている。僕は音楽をショーマンシップのだしに使う演奏家は徹底して嫌いだが、「嬰二音」を強調して見せても何のショーにもならない。彼はあれにいつも「サプライズ」を感じるのではないかと推察する。それを皆さんにも味わわせたい。それがベートーベンを聴くということだからだ。料理人が良い食材を手にしたときと同じで、それはプロとしてまったく自然な動機ではないか。

そういうことをうるさくて嫌う人がいるだろう。第4楽章のコーダでテンポがにわかに速くなって終結へ向かうなど、不自然だ、恣意的解釈だという人もいたに違いない。正統派ベートーベン好きからすれば許し難い冒涜かもしれない。おそらくそういうことでブーも飛んでいた。これはノリントンにとって名誉なことだ。個性は賛否両論を呼ぶのが常である。いつも全員賛成で不感症にちかい日本のコンサートホールに個性を叩きつけて、認められたということだ。僕はといえば、非常に楽しんで、涙が出るほど感動した。過去の大指揮者たちの気ままな恣意とショーによる手垢がきれいに剥げ落ち、まるで積年の埃を洗い流したモナリザを見たような、ベートーベンの原画が秘めていたパワーに触れたような思いだった。

さっき5番のスコアを見返していて、残っている楽譜って何なのだろうと改めて考えた。 P協3番の初演のピアノをベートーベンは即興で弾いたのだ。弟子が弾く時に、ある意味レファレンスとして譜面にしたのが元になって今の出版譜になっている。これは現代ならジャズにきわめて近いだろう。例えばモーツァルトの26番のピアノパート譜はレファレンスどころか自分のための備忘録程度の部分もあり、音からして「まったく不完全」なものだ。それをくそ真面目に音にしているクラシックオンガクとは何なのか? だいぶ前だが、女の子が運転する車が古いカーナビの指示するままスーパーマーケットに突入してしまうCMがあったが、それを思い出して滑稽ですらある。

そう書いてあるから絶対ということではないのだろう。スコアを初演前後のパート譜からおこした場合、その時の演奏会の奏者や楽器やホールなどの様々な特殊事情でたまたまそうなった部分が印刷されてしまったかもしれない。ノリントンが譜面からベートーベンの「サプライズとユーモア」を読み取ろうとするのは、だからとても刺激的な試みだ。それは音符にはならない。音符から感得するしかない。音楽家の知性、感性、常識、教養、好奇心はだからこそ重要なのだ。日本人の演奏はどうも「カーナビの言うとおり」という感じがしてならず、N響もそういう性向がある。それを啓蒙専制君主のごとくぶち壊しにかかったノリントンさん、賛否両論の域までもっていって見事であったし、それを高い集中力で具現したN響も好演であった。

 

 

ブロムシュテットのブラームス

2013 SEP 28 1:01:22 am by 東 賢太郎

今年は面白そうなものを適当に聴くようにしている。今や残された数少ない巨匠となった感のあるヘルベルト・ブロムシュテットのブラームスのヴァイオリン協奏曲と交響曲4番を聴いた(N響)。

ブロムシュテットは比較的好きな指揮者であり、本当は2,3番が聴きたかったが、あいにく出張に重なった。だからちょっと期待はあった。座席はいい。一階正面中央9列目だから常識的にはこのNHKホールで最上級の一角のど真ん中であった。前半の協奏曲が始まると、しかし、だめだった。トゥッティが、特にヴァイオリン群がにごる。はっきり言うが、高音の強奏がとてもきたない。ブラームスを聴くのに最も聴きたくない音だ。対向配置の第2ヴァイオリンはステージ後方に向けて発音するが、それが奥の壁に反響するのがこの座席だと聞こえて微妙な時間差が気になる。おまけにフランク・ペーター・ツィンマーマンのヴァイオリンは音程が悪い。速い部分とはいえ、どうしてああいういい加減な音を取るんだろう。第1楽章コーダの夕映えはあっけらかんと通り過ぎた。第2楽章のオーボエはどこか即物的だ。終楽章は速目のテンポで見栄も切るがどうも心を打たない。

4番の方は少しましだったがやはり弦のピッチのズレが微妙にひずんだいやな高音の強奏は同じだ。こういうストレスのたまる音をカネを払って聴く意味があるのかと思ってしまう。くどいようだが、ここはS席のしかも前寄りの中央も中央のベストロケーションなのだ。ホールなのかオケなのか指揮者なのか?よくわからない。第2楽章はトランペットがオルガンのように隠し味で和音に加わるが、その音の入りが無神経に大きいから存在を感じてしまう。ぞんざいである。第4楽章冒頭の入りは今度はオーボエが出てしまう。ほんの微妙なタイミングなのだが、そういう細かいところに厳格でないとブラームスはだらしない感じがしてしまう作曲家である。ブロムッシュテットはそういうことに厳しいと思っていたのでとても意外だ。全体的には彼らしい引き締まった演奏コンセプトだったが、それに徹すればいいのに熱演風にもっていこうとしてアンサンブルが雑になる。なんとなくゲネプロという感じであった。最後の和音がスコア通りに切りあがると、間髪入れずの盛大なブラヴォーと大喝采が続いた。

 

クラシック徒然草-エミール・ギレリスの天上の音楽-

2013 AUG 1 18:18:13 pm by 東 賢太郎

僕の拍手が作曲家90、演奏家10という意味はもうすこし説明が要るでしょう。これは演奏家の価値について云々しているわけでもなければ、感動的な演奏会を聴かせてくれたパフォーマーの才能や努力にあえて少ない敬意しか払わないということを言っているのでもありません。作品が演奏家なしに聴かれることはないように、演奏家も作品の力なしに感動を与えることはできません。それはいかにも当たり前のことですが、作品のクオリティと演奏家の演奏能力がここで問題にするようなレベルに達しているものという前提において、いよいよ最後に、その両者の関わり具合というものが聴衆に与える感動の大小というものを決定づけているのだという僕の経験を述べさせていただく必要があります。

神童といわれる子がリストを弾くリサイタルがあったとして、それを大家の弾くシューマンのそれと同じ興味を持って僕が会場に赴くことは100%ありません。まず、僕にとっては、リストは誰がどれを弾こうと食指の動く相手ではありません。それがリヒテルだろうと。だから感動の総量はおのずと知れていて、「90部分が満点」であっても僕は満足して帰りの電車に乗らないだろうことを自分で知っています。次にそれを小学生の子が完璧に再現したからといってリヒテルに勝るはずもないでしょう。あるとすればこんな子がという意外性だけです。でもそれは、僕の中においてはサーカスで犬が数字を当てましたというのと何もかわらない。では、子供がシューマンを弾くというなら? 聴いてみるかもしれませんが、そしてそれがリヒテル並のものなら、それは評価しないはずがありません。ですがそれは「90が満点だ」ということです。鐘が十全に鳴ったということ。突き手の年齢に反比例して鳴りが良くなる、という風に聞こえるようにはあいにく僕の耳はできていないのです。眼が不自由な辻井 伸行さんのピアノ。実演に接したのは1度だけですが、それは純度の高いクリスタルのようなタッチと明敏なリズム感で非常に印象に残っている見事なラフマニノフの協奏曲2番でした。彼が身体的ハンディキャップを圧(お)して完璧なテクニックを披歴しているという観点から幾分でもその演奏を高く評価するなら、それは真の芸術家に対して大変に失礼なことです。そういう彼の音楽創造プロセスの因果関係などとは一切かかわらず、彼の生み出した音は非常に美しいと僕は思いました。

演奏会でXの感動をいただいたとして、そこに演奏家のプレゼンスがX/10ぐらいしか感じられないケースというのが、実はあまりありません。弾き手の存在が神のようにほぼ消えていて、鳴っているのはベートーベンやモーツァルトそのもの、その純粋無垢な音楽美のエッセンスだけを感じさせてくれるというケースです。僕はこれが音楽演奏というだけではなく、それを必然的に内包している音楽創造というものの理想ではないかと信じています。井上直幸さんのモーツァルトは、おそらくそういう風に聴き手に届けることを目的として弾かれています。僕にはそう聞こえるのです。彼がリストの「超絶技巧」やラフマニノフの3番を弾いたかどうかは知りません。きっと弾けたのだろうけれど、だからといってそういう曲を彼がモーツァルトと同じ姿勢で弾いたということは到底考えもできないことです。彼は、僕の想像する限り、X/10を良しとする演奏家です。だからモーツァルトのような音楽を演奏してXを最大化することができるのです。逆に見れば、彼はモーツァルトの天才の深奥まであまねく見抜いているという知性と感性のおかげで、10の力で100の感動をそこから引き出しているともいえるのです。これが名人の技でなくて何でしょう。一方で、そういう性質の音楽というのは、「彼の存在」がX/8になりX/6と大きくなるにつれて、Xは反対にどんどん値を低くする関係にあると僕は感じています。派手なアクションで汗だくになって飛び跳ねる指揮者の運命交響曲が別にだから素晴らしいわけでも何でもないように。マルタ・アルゲリッチがモーツァルトを弾くのはこわいと言ったのは、何らの技術的な問題をはらんだことであろうはずもなく、彼女の演奏家としての信条や持ち前のスタイルがひょっとするとXを逓減させてしまうのではないかということを、僕とは全く異なった角度や論理や本能から彼女が感知したからではないかと思っています。

僕がリストやパガニーニの類の音楽に関心を抱いた経験がないのは、仮に井上さんのような真の芸術家が弾いたとしても「彼」がX/10でとどまっていることがどうしたってできない、要するに、曲の方がそういう風に書かれていないからです。リスト自身が公衆の前で目立つことを目的として書かれた曲だからX/2ぐらいがいいところ(最適解)であって、がんばってX/10でやってみたらXを減らすだけ、つまり聴衆を退屈させるだけの曲なのです。そして、なんとか最適解を得たところで、僕には何の感興も引き起こしません。自分はそうではないという方がたくさんおられるはずですし、そういう方はここでこのブログを閉じていただきたいのですが、僕にとっては大半のイタリアオペラのアリアも同類であります。X/1.2ぐらいに書かれているのもあるように思う。へたすると初演した歌手でないともうだめなんじゃないかというぐらいの数値をもった曲、例えばユーミンやらカレン・カーペンターの曲がきっとそんなものだろうと推察できるレベルまで特定の演奏家の声が作曲の前提だったんじゃないかと見えるようなのもあります。実はモーツァルトもまったくもってそうやって、服を仕立てるように特定の歌手に合わせたアリアを書いたのですが、彼の声楽書法の非常に器楽的な側面が救ったのと、何よりいかように何をどう仕立てたとして結果が紋切型に終わらなかったという、彼の天才を説明するに欠くことのできない顕著な特性があいまって、時代を超えてユニバーサルな音楽となっています。今日の魔笛は良かったね、ところであのパミーナは何という歌手だったっけ?ということがありうる。X/10が成り立つのです。ヴェルディやドニゼッティのプリマでそういうことはあまり想定できないように思います。

では、その日の演奏会の感動のほぼすべてを演奏家が占めてしまう、つまりX/1に限りなく近いようなことは起こりえないのでしょうか?僕はそういう経験は2度だけしかしていませんが、あり得ます。ただしきわめて稀なことであり、いくら熱心なコンサートゴーアーであってももし人生で一度でもめぐり会えば幸運とするような、ゴルフならホールインワンぐらいの頻度のことかもしれません。ひとつは ヴラド・ペルルミュテールがウィグモア・ホールで開いたリサイタル。これはいずれどこかでご紹介します。ここで書くのはもうひとつの方、ロイヤル・フェスティバルホールでエミール・ギレリスがチャイコフスキーの協奏曲第1番を弾いたときのことです。このとき、僕は自分がいったい誰のためにapplause(拍手)を送っているのかという馬鹿馬鹿しいぐらい酔狂なことを初めて真剣に自覚したという意味でも、忘れられない重要な経験になっているのです。

1984年10月14日。それはチャイコフスキーの第1楽章が開始して間もなくの速いパッセージにさしかかって、かつて鋼鉄と評されたギレリスの指がもうほとんど回らなくなっているという悲しい現実にロンドンの聴衆が息をのんだ日でした。音楽が進むにつれ、誰よりも、巨匠自身が深く傷ついているであろうことを聴衆がとても恐れている、そういう空気がだんだんと会場そこかしこで醸成されてきているように感じられました。終楽章の最後の一音がすべてをかき消さんとばかりに堂々と鳴り終わるや万雷の拍手とブラヴォーがロイヤル・フェスティバル・ホールを包みこんだのです。老ピアニストの健闘をいたわり、目の前の演奏の是非ではなく、彼のこれまでの輝かしい栄光を満場の一致によるapplauseで一心不乱に称えたのです。その時です。立ち上がって会場に一礼したギレリスは両手で拍手を制し、もう一度ゆっくりとピアノに向かって、静かに、何かに祈るように独奏を始めました。信じられないぐらいとても静かに。そして、その時に彼が弾いた曲を、僕はどういうわけか覚えていないのです。そのときのあまりに静謐な情景、指揮者ベルグルンドもオーケストラも聴衆もすべてが凍りついた人形みたいに微動だにせず、耳をそばだてて息をひそめている中で、どこからともなく天上の調べが降りそそいでくるかのような神々しい情景に我々は飲みこまれていたのです。

僕はギレリスのチャイコフスキーの協奏曲1番のレコードを愛聴して生きてきた人間のひとりです。それは彼の十八番でもあり、最も輝かしくドラマティックな演奏として僕のレコード棚に今もひっそりとあります。ベートーベンのハンマークラヴィールソナタ、ブラームスの協奏曲やお嬢さんと弾いたあの優しいモーツァルトだって。アルトゥール・ルービンシュタインに「彼がアメリカに来るなら、私は荷物をまとめて逃げ出す」と言わしめた鋼鉄のタッチ。あの日に涙をこらえながら力の限り送った僕の拍手というものは、長年かけて彼からいただいてきたすべての音楽の喜びに対してのまぎれもない僕の精一杯の感謝、返礼でした。それを届ける機会が得られたなんて、何と幸せなことだったろう。そして、おそらく、あの最後にどこからとなくひそかにおごそかに響いてきた音楽には、もはやそれを奏でている大ピアニストの己の投影は微塵もなくて、彼自身の人生をかけた音楽への愛情と感謝が音となって流れ出ていたものにちがいないと信じているのです。あれはシューベルトやシューマンの音楽だったのだろうか?いや、そうではなく、誰の作品でもなくて、天上の音楽だったのに相違ないと。

 

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

勝手流ウィーン・フィル考(2)

2013 MAY 4 21:21:23 pm by 東 賢太郎

1996年の年の瀬のことです。野村スイス勤務だった僕は両親、家族とお正月を迎えるために年末から一時帰国して東京の自宅にいました。そこへ突然、秘書室より「社長が所用でウィーンに行くからすぐ現地で待ってお供しろ」という耳を疑う電話があったのです。

当時、欧州ビジネスに力を入れていた野村證券はウィーンに駐在員を置き、ウィーン・フィルを日本に招へいするなどウィーン楽友協会(Wiener Musikverein)と近しい関係を築いていました。その関係で楽友協会長からのニューイヤーコンサートへのご招待だったのです。僕の仕事はそれと関係はありませんでしたがなぜか白羽の矢が立ってしまい、急きょ12月30日のフライトを取って現地へ飛びました。

6955999451_7f8879de7d_z1997年1月1日、ウィーンは零下20度という極寒の朝を迎えました。世界の40か国以上に生中継され元旦の風物詩になっているニューイヤーコンサートは黄金の間(上)と呼ばれる楽友協会(ムジークフェライン)大ホールで行われます。このホールでウィーン・フィルを聴くのは全クラシックファンの究極の憧れと言っていいでしょう。僕も初めてであり、時差ボケも吹っ飛んで五感を全開にしてコンサートに臨みました。

4988006865471指揮者がフィラデルフィアで2年聴いたリッカルド・ムーティだったのもご縁でした。右はその時のCDです。この時聴いたウィーン・フィルの音は一生忘れません。まさにレコードでなじんだ「あの音」なのですが、ムジークフェラインという天下の名ホールのアコースティック、空気感の中で聴くと、他のどこでも味わったことのない馥郁たる芳醇な美味とでも表現するしかない、暖かくも細部までクリアな音が体を包むのです。夢のような時間はアッという間にすぎ、終演後はムーティーのサインをもらったりしながらあまりの幸運に頬をつねりたくなる気分でした。これがその時の楽屋の写真です。後方の左から2番目が僕です。

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その後、僕らは楽友協会アルヒーフ、つまりウィーン・フィルにまつわる大作曲家たちの自筆楽譜などをしまってある収納室へ招かれました。協会長が白手袋をはめて腫れ物に触るように慎重に開いて見せてくれたのがモーツァルトのピアノ協奏曲第20番K.466、シューベルトの交響曲第9番ハ長調、ブラームスのヴァイオリンとチェロの二重協奏曲などでした。シューベルトの最初のホルンが現行譜と違うのに驚いたら協会長に驚かれ、ブラームスはバーデンバーデンで初演したのになぜここにあるのかと尋ねたら、ウチで働かないか(笑)と言われました。

出てきませんでしたがシュトラウスの青きドナウも、ベートーベンの第九も、エロイカのナポレオンへの献辞もここの書庫に眠っているのです。本当に雇ってもらいたいぐらいです。これは千利休の茶室で彼の茶碗でお点前をいただいたようなものです。指揮者マーラーのコメント入りフィガロの結婚パート譜なんかもあるのです。違う風にフィガロをやろうとすれば、マーラーに挑戦することになるわけです。ショルティは「ウィーンで一番好きな道は?」と聞かれたら「空港へ行く道だと答えるね」、と言ったそうです。このオーケストラを指揮するのがいかに大変か、でもやり遂げたらいかに名誉なことか、何となくわかりますね。

その日は楽友協会幹部とウィーン・フィルのメンバーの方たちとの盛大な夕食会でした。丸テーブルがたくさんあって、僕のテーブルはヴィオラ・セクションの方々でした。僕は昨夜時差ボケであまり寝ておらず、ワインが回ると酒に弱いので眠気もきておりました。しかもこっちはスポンサーですから楽員の方がホストして下さって、野村のことをたくさん質問されたりしました。つまらない説明をしている時間が長く、残念なことに楽員のお話もお名前もけっこう失念してしまいました。「ウィーン・フィルは団員も若くなって変わろうとしている」、「伝統は大事だが時代も変わる」というご発言は印象に残っています。はっきり覚えているのはマーラーの話です。「自分たちはマーラーの演奏の仕方をよく知らなかった(!)。ウィーン・フィルにそれをたたきこんだのはバーンスタインだ。」これは驚きました。バーンスタインは信頼されているという感じでしたね(少なくともヴィオラ・セクションでは。でも、良く考えると彼らが好きな「死んだ指揮者」だったんですが・・・・)。

これがそのテーブルの写真です。 muti.jpeg

勝手流ウィーン・フィル考(3)

 

クラシック徒然草-指揮者なしのチャイコフスキー-

2013 APR 30 21:21:27 pm by 東 賢太郎

 

それは2004年10月23日の17時56分のことでした。

img_937460_24949380_2新潟県中越地震は東京でも大きな揺れとなりましたが、その後続いた大きな余震の一つが発生した時、東京のNHKホールはウラディミール・アシュケナージ指揮によるN響コンサートの真っ最中でした。ホールは舞台上のマイクロフォンが落下するかと思うほど大きく揺れ、聴衆も驚いて客席には一瞬ざわめきが走ったのです。

1階席右後方で聴いていた僕からは舞台が遠く、そこで何が起きているかは見えませんでしたが、演奏(チャイコフスキー交響曲第3番)は中断することなく一応終了しました。異変に気付いたのは、休憩後に場内アナウンスがあった時です。グラッときた時に大熱演中だったアシュケナージが(おそらく経験なかった地震に驚いて)指揮棒を左手のひらを貫通するほどに突き刺してしまい、病院で手当て中のため指揮できないというのです。

後半は同じ作曲家の4番でした。その時点で震源が新潟とは知りませんでしたが、ずいぶん大きかったので周囲の情報も気になりました。今日はこれでお開きかなと思ったところ「指揮者なしで演奏します。ご了承ください。」とアナウンスがあり、お客はみな普段どおり着席しました。しかしみなさん半信半疑です。指揮者なしのモーツァルトはありますが、大編成のチャイコフスキー、しかもリズムがとても難しい4番だったからです。

ところがこの演奏、結果的に何の破たんもなく、要所要所で堀正文コンサートマスターが弓を使って大きな身振り手振りでキューを出しながら難なくまとめあげてしまったのでした。録音を音だけ聴いたら、まさか指揮台に誰もいないという光景は想像できなかったでしょう。N響のプロフェッショナリズムに敬服しましたし、奏者の方たちにも動揺はあったでしょうから組織として立派な危機管理だったと感心しました。急場での日本人の結束力、団結力はすばらしいなと感動した一日でした。

 

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アントン・ナヌートのブラームス4番

2013 FEB 23 22:22:36 pm by 東 賢太郎

最近、コンサートでいいと思うものが少ない。やはり自分の楽曲の記憶を作った大指揮者の演奏、海外各地で16年聴いてきた重みのある演奏の記憶というものと無意識に比べてしまうからだろうか。

今の指揮者たちの演奏というのは傷がない。きれいに整っている。楽器間のバランスもいい。オケの難所はよくトレーニングされている。曲のツボと盛り上げどころを知っているから、その曲なりには感動する。だから、今日はひどいのを聴いた、外れだったというのがない。お義理のブラヴォーぐらいは常に一定量が飛んでもいいぐらいの、ほぼ予定調和的な満足感は保証付きなのだから、もう一度足を運んでもいいかな、まあそのぐらいの感じにはなる。

しかし、どうも、僕にはそこで音楽が産まれ、生成されている感じがしない。海外で何度か目撃した「事件」、たとえば、目の前で尋常ではない精神活動が営まれて、名手たちが電気でも走ったように反応し、一期一会の集中力で誰のせいでもなく150%もの結果を出してしまった、とでも表現するしかない奇跡的な現象は、残念ながら今の日本の演奏会場で起こることはとても期待薄なのではないかと思う。

これはどういう理由でそうなってきているのだろう?ひょっとして  「ブラームス4番、お客が喜ぶ指揮マニュアル」 みたいなものがあって、ここはこう振れ、ここはこう盛り上げろなどと長年の演奏tips(秘訣、ツボ)でも書いてあるんじゃないかと疑うぐらいだ。Tip1・フルトヴェングラー型、Tip2・ワルター型・・・などとstereotype(陳腐な定型)と化しているんじゃないかと。

学生時代にアメリカはグランドキャニオンへ行った。自然の驚異に心底感動した。高所恐怖症なので1000メートル垂直に切り立つ崖はこわかったが、近づいてみるとちゃんとバリアが張ってあって安全だ。落ちようがない。こういう「絶対安全」を保障された状態で感じる「自然の驚異」というのは、僕はその時そう感じたのだが、実はまがい物だ。あれを発見した探検家に、そんな保証はなかった。彼の感じた驚異は本物だ。

どうも最近の指揮者の演奏は、「絶対安全」「落ちようがない」場所から眺めるキャニオンに似て、昔日に僕が感じたまがい物の感じを覚えるのだ。聴衆はブラームス峡谷という景色を見に来た観光客であり、怪我されては困るし、崖までの距離から角度から全部が主催者に計算されたものを見せるだけも充分に「自然の驚異」を感じて帰ってくれるだろう。そうだろうか?いや、そうならば家でCDでも聴いていればいいんじゃないか?

ストラヴィンスキーから春の祭典のスコアを受け取った初演指揮者ピエール・モントゥーがそこに見たものは、バリアのはってないグランド・キャニオンそのものだ。落ちたら即死だ。でもそれから1世紀がたって、今はtipsが確立している。バリアが張られ、学生オケでも安全に弾けてしまう。聴く方のハラハラもない。そこで演奏されている春の祭典は、はたしてモントゥーやアンセルメの時代と同じ春の祭典と言ってしまっていいのだろうか?

前置きが長くなったが、アントン・ナヌートが紀尾井シンフォニエッタを振ったブラームス4番は久々にそんなことを考えさせる演奏だった。僕はこの曲をよく知っている。何百回も聴いている。ピアノでも弾いている。だから少々のものをいまさら聴いても、自分の中で何かの生体反応が起きることはほとんど期待もできない。しかも悪いことに当日は仕事疲れでだるく、気分的にもすぐれず、前半プロはジークフリート牧歌の一部を除き、大変失礼ながら夢うつつでほぼ失念した。

しかし結果として、そんな最悪の状態でこの4番を聴いて、第1楽章が終わると胸が熱く、不覚にも涙があふれ出た。以後は音楽に集中でき、毎度ある自分の席で聴くバイオリンのトゥッティへの不満はここでもあったが、それを払拭してくれるほどの大きな満足感を与えていただいた。81歳のナヌートはこの音楽をお客さん向け安全志向とは程遠い位置から眺めている。ベートーベンの角度に位置する視点から古典派交響曲の精華として。

後期ロマン派寄りに解釈されがちな第2楽章も無用にそちらによることはない厳しいものだ。そう聴こえない第1楽章だって、僕はピアノで弾いて気がついたのだが、ドからシにいたる12音すべての長、短調和音が出てくるという意味で非常に後期ロマン派音楽の相貌を内に秘めている音楽なのである。しかしナヌートはそっちへ接近することを自ら断っている感じがした。一つの見識であり、それはおそらく、彼がバリアの張ってないキャニオンに立って感じ取った「自然の驚異」だと思う。

オケはホルン、ティンパニ、クラリネット、フルートが良く、第1楽章でナヌートの速めのテンポに弦がやや先走ったのを除けばいい演奏であった。第3楽章はトゥッティが良く鳴り、合奏のリズムも明晰であった。第4楽章は寒風吹きすさぶ風情の厳しい表現だった。ヴィースバーデンで若い女に恋した第3番ヘ長調のブラームスはもういない。バッハのパッサカリアという厳格な古典作曲様式に回帰して自らの全交響曲を閉じると決断したブラームス52歳のメッセージはそういうものだ。コーダはピウ・アレグロになって疾走してあっけなく終わる。まさしくこれが4番である。

しばらく涙は止まらず、悲しいわけでもないのに、これは一体なんなのだろうとしばし考えた。わからない。具体的な理由は何も思いつかない。強いていえば、何かアブストラクトな高貴なものに触れた心の衝動だ。それはブラームスが産んだものであり、ナヌートが目の前で再現したものだ。久しぶりにそこで音楽が産みだされ、生成されているのを感じることができた。こういう音楽を、僕たちの時代人はいつまで聴くことができるのだろう。

 

(こちらへどうぞ)

ブラームス ピアノ協奏曲第1番ニ短調作品15(原題・ブラームスはマザコンか)

 

 

レナード・バーンスタインのお告げとしか考えられない出来事

2013 JAN 27 2:02:39 am by 東 賢太郎

昨日はN響定期でNHKホールへ。僕は定期の曲目は事前に見ません。鮨屋の「おまかせ握り」と同じで、出されたものをおいしくいただく主義です。ホールで今日のプログラム(下)を開けてみて、仰天しました。1月18日にアップしたブログ、「カッコよかったレナード・バーンスタイン」をお読みいただいた方はお分かりになると思います。昨日の前半のバーンスタイン作曲の交響曲第2番「不安の時代」(Age of anxiety)は、あの1984年4月22日にカーチス音楽院演奏会のプログラムの後半を飾った曲なのです!長い人生でこの「不安の時代」がコンサート演目にかかったのを目撃したのは、後にも先にも、この2回しかありません。それほどレアな演目なのです。これが日本で演奏されるのも、何年に1回あるかないかだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

N響のプログラムを知っていてあのブログを書いたということは一切ありません。偶然なのでしょうが、そうだとしてもその確率の低さは半端ではないと思います。カーチス演奏会での前半の「チチェスター詩編」の因縁に驚いたのは、そのブログに書きましたので是非お読みください。その9日後に今度は後半で驚かされるとは、もう何か霊的なものすら感じざるを得ません。僕は、誰も信じないと思いますが、ウィーンでモーツァルトに「呼ばれた」としか考えられない不思議な体験をしています。今回はバーンスタインがそれだったのでしょうか?

「不安の時代」はピアニストのステュアート・グッドイヤーが高い集中力と、どこかスピリチュアルな感性で好演し、「仮面劇」あたりから聴衆のテンションが上がり始め、感動的なエピローグで信仰心に似た充足に至ったのをホール中に感じました。こういうことはめったにありません。この客席の集中力とテンションは後半のショスタコーヴィチにも伝染し、第1楽章は非常な名演。第3楽章はベートーベン第九の第3楽章の精神を20世紀に繋いだ名品ですが、普段はパッシブなN響の弦からアクティブなオーラが立ちのぼり、第4楽章では普段は草食系のオケが肉食系に変貌して見事な集結に至りました。ジョン・アクセルロッドの指揮に接するのは初めてでしたが、有望株かもしれません。

 

(こちらへどうぞ)

僕が聴いた名演奏家たち(ニコライ・ゲッダ)

 

ブラームス 交響曲第3番ヘ長調 作品90

 

あなたは完全に愛されている

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

マーラー交響曲第1番ニ長調 「巨人」

2013 JAN 23 23:23:37 pm by 東 賢太郎

堂々と宣言します。僕はマーラー嫌いです。理由は簡単で、彼の「私小説風音楽」にどうしても共感できないからです。

これだけ世の中に好きな人がいるのですから、こっちが変なのです。それはわかっています。そう思って全曲を何度も聴きました。どこかのオケの定期会員になれば嫌でも聴かされもします。それでもだめなのですから、もう相性なのでしょう。

僕は日本食では煮物類がだめです。食べられはしますが、自分で注文はしません。それを言うとキミは日本人じゃないねというような目で見られることがあります。もしマーラーよりチャイコフスキーの方がいいなどとクラシック好きの前で言おうものならきっとそういう目で見られるでしょうね。

しかし、東京生まれ東京育ちなのに小学校2年でアンチ巨人、カープファンになった僕ですからその程度は朝飯前です。さらに、偉人伝は好きでも私小説、自伝的小説には皆目興味が湧かない性格ときますと、マーラーの音楽美に感銘は受けても、CDを毎日取り出して聴くのははるか遠い世界というのはおわかりいただけるでしょうか。

そんな僕が唯一全曲そらで暗記している曲が、交響曲第1番ニ長調です。これだけは巨人ファンなのです。

この曲には忘れられない思い出があります。大学時代に友人とレンタカーで米国西海岸を旅行した時のこと。サンフランシスコで友人2人はSFジャイアンツの試合、僕はコンサートと別行動になりました。郊外の野外音楽堂で僕を降ろし、車は彼らが乗っていきました。コンサートが終わると音楽堂は人っ子一人いなくなり、電気も消えて、僕は丘の上の野原にぽつんと一人残されました。周囲は民家もない寂しい場所で、おまけにSFは夏でも肌寒く、新聞紙を背中に入れて耐え忍ぶほどでした。1時間は経過したと思います。ふと見ると、5~6匹の大型の野犬の群れがやってきます。暗闇のなかで犬の目が何かに反射して不気味に光って見えました。この時だけはもう命がないと覚悟しました。脇にあった土管のようなものにじっと身をひそめ、いなくなってくれることだけを祈りました。群れの吐く息と足音がすぐ近くを通り、どういうわけだったのか、犬たちは僕には目もくれずやがて闇の中に消えていきました。

こういう思いをして聴いたのがマーラーの1番でした。巨匠ウイリアム・スタインバーグ(右)がサンフランシスコ交響楽団を指揮したその演奏は衝撃的なもので、野球でいうと左翼ポールぎわ打楽器の後ろの「外野席」だったのですが、米国一流オケのものすごさを目近で初体験したという意味でも強烈なインパクトを受けました。僕がわがままでこっちに来たのですから友人にはかえって心配させてしましましたが、メジャーの野球を蹴ったぐらいですから、当時からこの曲が好きだったのだと思います。

これを覚えたのは名盤の誉れ高かったブルーノ・ワルター/ コロンビア交響楽団のLPでした。バーンスタイン、アバド、テンシュテットの録音もいいし、実演で言えばフィラで聴いたムーティー、ロンドンで聴いたハイティンク(LSO)、フランクフルトでのシャイ―(ACO)もすごい演奏でしたが、シノーポリ、メータ、マゼールは今一つでした。今となると家で聴くならワルター1枚で充分です。これ以上に曲を自然に、必要十分に味わわせ、素晴らしい手ごたえの感動を約束してくれるのはこの曲以外まで見渡してもあまり思い浮かばないという稀有の出来ばえです。あまりにオーソドックスな選択になってしまいましたが、マーラー嫌いのアンチ巨人ということで、今回はご容赦ください。

(補遺)

これは米国留学中にフィラデルフィアのFMから録音したショルティ/シカゴ響のライブ(1984年4月)です。

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

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アルパッド・ヨーのマーラー「巨人」

 

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