ノリントン・N響のシューベルトを聴く
2014 OCT 26 17:17:03 pm by 東 賢太郎
渋谷公園通りを区役所の方へ上がっていくと、先月はデング熱の蚊を注意しなくちゃと思っていたことを思い出します。もう1か月か、早いものですね。
交差点の左は渋谷公会堂で昔はここでもクラシックのコンサートがありました。高校生の頃、ロジェストヴェンスキーがモスクワPOを連れてきてチャイコフスキーの悲愴をここでやりましたが、それが外国オケを聴いた初めて、悲愴の生も初めてでした。
大学生の頃、家内とそこを歩いていて、歩道橋の上で西の空にオレンジ色のUFO?を見たのを覚えてます。真っ昼間ですし錯覚じゃないですね、まわりの人もみんなびっくりしてましたから。かなり大きめで宙に浮いていて、スーッと動くと跡形もなく消えました。そんなことを思い出して、並木道から後ろを振り返ると、もう歩道橋はなくなっていました。
定期公演というのは僕にとっておまかせの寿司屋に行くみたいなもんです。何をやるのか知らず、プログラムでロジャー・ノリントンがシューベルトの未完成とグレートを振ることを知りました。へえ、これは面白そうだ。
前回ベートーベンの5番とピアノ協奏曲3番を聴いてすっかり好感を持っています。彼は弦楽器をノンヴィヴラートで弾かせますが、音色という点からもピッチという点からも奏者の集中力という点からも僕はこれを支持します。ヴィヴラートのかけ方というのは奏者の気持ち次第で指揮者がコントロールできないし、全員がシンクロするはずもないので必ず微妙な不協和が生じているはずです。かけてない音に慣れるとどこか汚い感じがしてきます。
ところで未完成という曲ですが、作曲当時としてはずいぶん異色な曲ですね。ロ短調というのはありふれたニ長調の並行調だからありそうなものですが、当時ではJSバッハの管弦楽組曲第2番とミサなど、ハイドンの弦楽四重奏曲37、64番、モーツァルトのアダージョk.540ぐらいでしょうか。シンフォニーとして異常な調性選択です。
暗い調性、地底からわき起こるような低弦の開始、シューベルトはそれを第4楽章でどんな風に幕を閉じる計画で作曲を始めたのだろう?ロ短調のままかロ長調にしたのか?知る限り、こんな不気味な開始の交響曲はそれまで例がありませんし、まったく想像もつきませんね。
ところが、いま我々は未完成の冒頭の3つの音 h、cis、d でやはりロ短調で開始するチャイコフスキーの悲愴交響曲を知っています。その音列の由来を同じ名前で呼ばれるベートーベンのソナタに求める人もいますが、そちらはハ短調であり、僕は先祖は未完成であると思っています。
悲愴交響曲は、この「はじまり」の帰結として、もうこれしかないだろうというほどぴったりの「おしまい」をもっています。シューベルトがこれを書いた1822年に、それは天才の頭にも浮かびえないほどadvanced なもの、歴史の先を行ったものだったのではないでしょうか。彼は才能の求めるままに、結局おわりのないものを書き始めていたのかもしれません。
そこに続く第1主題はオーボエ、クラリネットのユニゾンです。この曲はその2つにホルン、トロンボーンが目立ち、フルートとトランペットは影が薄いオーケストレーションです。派手なことはなにも起こらない曲想にトロンボーン3本というのも異様です。それがお葬式の楽器であることも意味深で、悲愴交響曲の第4楽章のおしまいの銅鑼のところを思わせます。
これを書いていた時、彼は梅毒に苦しみ絶望の淵に立っていました。
第2楽章で、主題が再現して第1ヴァイオリンがppのユニゾンでe-e とオクターヴ上がるところが注目されます。自筆譜を見ると、シューベルトはその次にすぐクラリネットの旋律を6小節書き込んでいますが、それをぐしゃぐしゃと消して、2小節後から現行のイ短調のオーボエの旋律を書いているからです。それが想定外だった証拠にそのページはクラリネットとオーボエの譜面の上下が逆になってしまっています。
この魂が天空に吸い寄せられるようなユニゾンの経過句! ここで彼は「何か」を聴いてしまい、その命ずるままに急遽オーボエに書き換えたのではないでしょうか。僕にはそう見えます。このユニゾン経過句は計4回現れますが、これはその2回目です。ところが1回目のほうは、そのユニゾンの第1音自体 h だったのを、これもぐしゃぐしゃと消して gis に書きなおしているのです。
現行譜はその gis から e cis と降りてきてそこから嬰ハ短調になるのですが h はその構成音ではないので何調にするつもりだったのだろう? 調が違うとすると曲自体のグランドデザインがまったく変わります。ということはそれはスコアを書きながら固めていったのではないか?上記の楽器の入れ替えも、入りの小節まで違いますから音色変更というよりデザイン変更なのです。
このユニゾン経過句の自由な転調可能性を変換機にして調性を即興的にデザインしながら、最後は ppp で変イ長調という僕の耳にはとても意外なところまで飛んでいった挙句、虚空に導かれながら元のホ長調に戻った安堵感をたたえて終わります。 まるであの世にまで旅したかのようです。
書くべきことは書いて満足したのか、器に入れる楽想もすべもなくなったのか、それはわかりませんが、とにかくそこでやめてしまった。自筆譜69ページで第2楽章は終結。次いで70と左上に書き込み、第3楽章を20小節書いたところで五線紙は空白となっています。
ところが自筆譜には表紙があります。これは実に奇妙です。もしそれが本物であるなら、そこに書き込まれた1822年10月30日にシューベルトはこのトルソを「Sinfonia in H moll」と堂々と呼び、後世に残そうと意図し、第2楽章で筆を置くことを自ら決めたことになります。つまり「満足説」が正しいように見えるのです。
しかしそうだとすると奇妙なことになります。それならどうして第3楽章の書きかけの1ページを破棄しなかったかということです。わざわざ作りかけですよとわかる状態で残す必要が何故あったのでしょう?それを献呈することは作りかけの料理を出すのと同じことで常識的には非礼ですから、やはり何か不可避の理由でトルソのまま残ってしまい、何かの理由で表紙を作り日付を入れたということではないでしょうか。
つまり、作曲者は第2楽章を書き終えて深い充足を覚えたのだ、だから筆を置いたのだというロマンティックな説はもっともらしいのですが、物証からどうもすっきりしません。書く気がおこらなくなって放置され、トルソでも価値があると認める誰かに献呈か売却しようと表紙をつけ、そのままにしているうちに命が尽きてしまった、なんてことになれば非常にスッキリしますが。
私見では、彼は満足したのではなく、暗い音楽に出口を見つけることはできないと断念したのだと思います。音楽はオーボエに書き換えたところあたりから黄泉の国の響きを湛えはじめ、交響曲という器には入らないものに変質していたと思われます。しかし第3楽章に諧謔性という俗世間臭のあるスケルツォが来るというベートーベンの打ちたてたパラダイムの呪縛を壊すこともできず、彼は耐えられなかったのではないでしょうか。
だからもう書きたくなかった。病気に小康を得たのかもしれませんが、とにかくもっと明るくて生きる力に満ちた音楽、病気に打ち勝つ音楽を、そういう創作の欲求が内面から彼を突き動かしたのではないでしょうか。そこで新たに書き出した曲こそハ長調の大交響曲であり、そうとでも考えないと人生の最後の最後に至って爆発したこの音楽の強靭な生命力は説明できないように思うのです。
さてノリントンの演奏ですが未完成のほうは編成をやや小さめにした古典的なたたずまいが好ましく、細かなフレージングや強弱に聞きなれないものもありましたが、考え抜かれた面白いものでした。第2楽章はやや速めで、ちゃんと第2楽章にきこえました。正しいともいえるしそうではないともいえる。あの表紙をどう解釈するかですね。僕の立場では、このトルソ感は正調と感じられます。
さてハ長調です。フレージングもテンポも意外性に満ち、飽きることなしです。僕がこの自筆譜をウィーン楽友協会の資料室で見せてもらったことを以前に書きましたが、冒頭のホルンソロは現行と違うのです。しかしノリントンは現行通りで、彼のオーセンティシティがどこまで本格的なのかはよくつかめませんでした。オケは未完成の倍ぐらいのイメージで第1Vn16人、Cb8人と舞台一杯であり、古典的性格を前面に打ち出そうとするのか現代オケの機能と音量を求めたのか中途半端な印象はありました。
第1楽章の主題に聞きなれないアクセントや強弱がついたり、木管の合いの手がffぐらい強かったり、スケルツォの3拍子の1拍目が強いので音楽が流れずごつごつしたり、とにかくユニークです。ペダル式でないティンパニの固めの音、Cbのごりごり、ホルンの低音のブラッシーな金属音などシューベルトには聞きなれない音もあり、大オーケストラ空間のあちこちからそれが飛んでくるのは現代音楽を聴くのに似た快感すらありました。
知的好奇心は大いに満足されたのですが、これほど全曲が終わってみて熱い感動があまり残らなかったザ・グレートというのも記憶がなく、そういう意味でも考えさせられるものでありました。これは精神の暗闇の中をさまよって前の交響曲を書いていた、その鬱状態に打ち勝ったことを刻印した曲なのです。だから終楽章はそう演奏されなければならないと思います。
ノリントンの知的なアプローチは後世の演奏家がつけた手垢が落ちた姿に目を見張る効果はあるのですが、それは作品の生まれたままの姿、それが本来与えるはずであった強い感動とは別なことに驚いているに過ぎないかもしれません。後世だからこその驚きだから。これは難しい問題を含んでいます。
京都の平安神宮は平安京の大内裏を再現したため鮮やかな朱色に塗られています。多くの寺社仏閣や仏像も創建当初は鮮やかな金や朱の彩色を施されていたそうです。それが長い年月を経て今の様に古色蒼然となっている。その風情に我々はわびさびや風流などを感じているのです。もしそれを創建時の彩色に戻したら?恐らく抵抗感がある人が多いと思うのです。
ノリントンが創建時の色で描いたシューベルト。好き嫌いでいえば好きなのですが、やっぱり僕の感性はなん百回もきいたこの曲の解釈、ものすごい感動を引き起こした名演奏(それは古色蒼然の仏像のほうなのですが)、それが見えてこないと感動しない。彼のハイドンとベートーベンはとてもいいのですが、モーツァルトとシューベルトになると・・・という感じがします。
古典音楽解釈は演奏のデフォルメまで時間の経過とともに原典の一部になっていくということなのでしょうが、その度合いは作曲家、作品の個性によって変わってくる、そういうことなのかなと思いながら帰途につきました。
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ブロムシュテットの悲愴交響曲
2014 OCT 21 18:18:49 pm by 東 賢太郎
悲愴交響曲は僕にとって想いの深い音楽であり、早い時期にこのブログに書かせていただきました。 チャイコフスキー交響曲第6番ロ短調 「悲愴」
相手が永久不滅の音楽ですから、こちらが変わらない限りもう一回何か書くとしても同じものになってしまいます。悲愴を聴くにはもう40何年もかけてできてしまった自分の心の姿勢、構えのようなものがあって困ります。それは4番や5番の場合とはちがったものですし、音を耳で聴くだけではなくブログに書いたような事柄を考えることを通して出来たものですからそちらの方も永久(?)不滅化してしまっています。
そこにムラヴィンスキーの演奏を挙げましたし、何種類かあるカラヤンのものもよく聴きました。しかし書きましたことを教わったのはチェリビダッケです。言葉ではなく音によってですが、そういう演奏は僕の不滅の構えを変容させてくれます。名演奏というのはそういうもののことを云うのだと思います。
そうしたらTVでブロムシュテットがN響との稽古で終楽章の対抗配置、トロンボーン、銅鑼の意味を語っていました。それはよくきく話ですしコーダの旋律がヘンデルのラールゴを短調にしたものというのは初耳でしたがそれも大したことではありません。とても印象に残ったのはコーダの入りで弱音器付ヴァイオリンがG線を強く弾いたあの「慟哭の音」について彼が歌いながら力説していたことです。
それは僕にとっても何よりも重たいことです。もう最近はあそこが大事で悲愴をきくようなもので、シンセで演奏した時も気に入らなくて何十回あそこを録音し直したかわかりません。ですがG線の音色はないしハイポジション特有の音色もないのでヴィオラとチェロの合奏と独奏を微妙に調合したりあれこれ試行錯誤しましたがやっぱり無理でした。本物のオケの音は奥が深いのです。
そしてそれをあえてあそこで使ったチャイコフスキーは本当に凄いと思います。どの楽器が死や葬式を暗示するなどということは単なる符帳にすぎません。非キリスト教徒にとっては知らなければ思いつきもしないトリビアみたいなものです。ところがあのG線のむせび泣くような旋律はそんなことを飛び越えて、一直線に悲しみの嵐を巻きおこします。頭ではなく心を直撃するのです。音としてはピアノで誰でもならせるシンプルなものなのに!聴く者はそれが何か、何が悲しいのかわからぬまま、謎を残したまま曲は幕を閉じます。
作曲者はこの曲にはプログラムがあると明言したようです。だから悲しみの対象はあった、ただそれが何かは書きませんでした。ですからこの曲は「プログラム交響曲」と名付けられる可能性がありましたがそうならなくて幸いでした。パテティーク(Pathétique)、悲愴、なんていい名前でしょう。僕はシンフォニーのニックネームというものは本人がつけたものであってもあまり好かないのですが、これとエロイカだけはあまりにふさわしく、進んでそう呼ばせていただいております。
だからどうしてもパテティークに演奏していただきたい。それをなよなよ、どろどろとするのは勘違いであって、作曲者のプログラム(メッセージ)を心得たうえで、彼のレクイエムであるあのG線のコーダにむけてどう流れを作るかというところが指揮者の力量になると思います。その意味でムラヴィンスキーは特筆すべき成果をあげています。71年録音のEMI盤のカラヤンも素晴らしい。しかしプログラムを完璧に読み解いているのはチェリビダッケ(下)だろう、僕はそう聴いております。
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ブロムシュテット指揮N響を聴く(追記あり)
2014 SEP 21 12:12:20 pm by 東 賢太郎
少し夜が冷え込んでくると、音楽を聞こうかという心構えになってくるから不思議だ。熱帯夜だったり南洋へ行ったりしていると、つい心が離れてしまう。
コンサートは特に行きたいこともないが、まったくの気晴らしで適当にチケットを買っている。外食が続くと好きなものばかり食べるので偏食になるのと同じことで、真剣に選んで買うと音楽も偏食になるからよくない。
僕にとって音楽と猫は最大の癒しだ。猫はいつも変わらないが音楽は何を聞くかで変わる。精神に一定の作用を及ぼすからプラス効果になるとうれしい。何がそうなるかは時の運だ。だからおまかせで適当に聴いてみるに限る。
N響は正直のところ音が好かないが、しかし他にいいのがあるわけでもない。オケの音も無個性だが、本当に東京のホールはどれもこれもまったく魅力がない。ひどいもんだ。なんとなく、券だけ持ってNHKホールへ行ってみると、モーツァルトの40番とチャイコフスキーの5番、指揮はブロムシュテットということがわかった。
この人がドレスデン・シュターツカペレを振った録音は良いものがある。ドヴォルザークの8番、シューベルトの未完成など。ライブではN響のシベリウス2番が良かった。ただちょっと知的な硬派であり細かい。おおらかに円熟するタイプではない。それでいてどこか熱い音楽をやろうとしている感じだ。どうもいまひとつ波長が合わない。
40番は今のようなテンションの時に聞くのはやや辛い。第2楽章がやたらと速く、弦に共感していない感じのフレーズが目立つ。繰り返しはできるところは全部あり、第3楽章はトリオの後までいちいちそれがあってくどい。終楽章もご丁寧に展開部がくりかえされると、あの最後の最後に低弦が音階をかけ登る劇的で悲痛な効果に既視感ができてしまって肝心の最後の感動が薄れる。
この曲は低弦が Bassi と書かれていて、一部を除いてチェロとコントラバスが分離していない。ブラバン付の弦楽四重奏という趣のスコアである。クラリネットを入れたり省いたりできるというのは、そっちに作曲の主眼がなかったからだ。そういう側面を如実に示してくれたという意味では面白い演奏であった。
5番のほうも筋肉質だが、ムラヴィンスキーのような底光りのする徹底はない。どこかスコアを客観的に眺めるようであり、第2楽章のホルンも陶酔感を出すまでの没入はない(タイがないように聞こえたが気のせいだろうか)。第51小節から56小節の fff に達する陶酔感は4番の第1楽章にもあるチャイコフスキーの和声の魔法だが、気真面目そうな指揮者がやや興奮のそぶりを見せる。
終楽章は曲頭からチューバがコントラバスに重なりバスを補強する(これはラフマニノフの第2交響曲にも見習われている書法である)。N響は総じて難なく弾いており、クラリネットとファゴットのトップは好演であった。ドイツ風の装いながらホルンなど管楽器のカラーリングに工夫のある曲でもあり、日本人らしく非常に小まめに指揮者の趣味につき合った感じもある。
5番はあまりにたくさんの名演を聴いてしまった。偉大なスコアである。
(追記、10月5日)
今日、TVで4番の方を見た。印象は5番と同じ。リハーサルシーンもあったが、やりたいことは明確なようだがやはり細かい。その結果だろうか第1楽章が神経質で遅い。アンサンブルはきれいに整い室内楽的な純度は高いが、僕が4番に求めるものはあまり聞こえなかった。聞かなくても悲愴は想像ついてしまうから行かなかった。
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ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 ニ短調作品30
2014 JUN 20 0:00:01 am by 東 賢太郎
ピアノ協奏曲の王はベートーベンの皇帝だろう。では女王は?シューマンといいたい気もするがこれの前には王女かもしれない。王もひれ伏すしかない豪壮さとメランコリー。ピアニストが最も攻略にてこずるが、籠絡したら未曾有のパンチ力で聴き手を打ちのめす恐るべき音楽である。
ライブでこの3番の良い演奏を聴くことは僕のクラシック鑑賞の無上の喜びの一つである。終わった瞬間、我々聴衆はまるでフルマラソンの優勝ランナーをゴールに出迎えるように、能力と体力のかぎりを尽くして走りぬいた勇者を讃えるかのような熱い感情に包まれる。そういう曲はあまり心に浮かばない。
第1楽章再現部前にある大カデンツァのように素人目にも空恐ろしいアクロバティックな印象から狂騒曲の評価を下す人もいるだろう。しかしそうではないように思う。第2楽章冒頭のオーケストラ部分を聴いてほしい。世に数多ある「悲しみの音楽」の中でもこれは優れた部類のものだ。
ラフマニノフの書いた緩徐楽章、第2交響曲や第2協奏曲のアダージョもすばらしく美しいものだがこのどうにも胸が絞めつけられるようなものは聞こえない。3番のアダージョは切々と訴える和声が悲しいが涙をさそうわけではない。何かを諦めたようであり、切なく期待してみるようでもあり、悲しみは結晶化して澄んだ冬空みたいに透明である。僕はこれを聴くたびに耳に残って離れなくなる。気になって仕方なくなる。こんなにウェットな音楽はほかに記憶にない。
ピアノパートのヴィルトゥオーゾ的なものの価値は弾けない僕にはわからない。ラフマニノフ自身がこれをニューヨークで初演したが、渡米する船の中でサイレントピアノで練習して臨んだという。ラヴェルのように自作を弾けない人もいたが、弾かずに書いて他人の作のように練習するという順番になる脳の構造が凡人には想像できない。なお2度目の演奏の指揮者はグスタフ・マーラーであった。慣れないオケにこれは名曲だと時間を超過して練習させラフマニノフを感動させた。
youtubeからお借りするイェフィム・ブロンフマンのピアノは見事。メタボ気味のご体形だがこのぐらい体重がのった強い音がないともの足りない、ピアノを壊すんじゃないかというほどのffだ。速いパッセージも深い音でよく弾けていて、ゲルギエフがあおる終楽章の快速テンポからさらにアップしていくコーダの鬼神のような終結!人間ってこんなに凄いことができるんだね、人に生まれてよかったね、なんて見知らぬ人とハグしてしまうかもしれないなあ。これを聴いたラッキーな方、うらやましい。
N響Cプロ、アシュケナージ指揮でアルプス交響曲の前半にベフゾド・アブドゥライモフというまったく初めて聞くウズベキスタン出身23歳の若者が弾いた。冒頭主題の微妙なテンポの揺れによる主張と完璧なコントロール。只者ではない雰囲気に会場が息をのむ。この曲を何度か録音したアシュケナージだがハイティンクとやったDecca盤ではもう(ほんの微妙にだが)テクニックに苦しさを感じる。それほど超弩級に高難度の曲だ。ところがこの若者、難しいパッセージに一切のほつれもなく、だから難しく聴こえない。普通の野手だとファインプレーに見える難しいゴロが、名手がさばくと普通のゴロに見える、そんな感じだ。だから汗だくで弾いて完走おめでとうのヒーローに拍手をする感じではなく、余裕含みで良い音楽をありがとうという感謝の拍手を送った。大物候補だ。
アシュケナージの指揮について一言。彼がコンセルトヘボウ管と録音したラフマニノフ交響曲全集は名盤である。曲の勘所をこれほどつかんだものはない。この日の伴奏もその例で、コーダでのピアニストと第1ヴァイオリンによる盛り上げの山を両者のシンクロをキープしながら引っぱって全オーケストラが爆発へ向かう興奮はさすがと思った。
ウラディーミル・ホロヴィッツ / ユージン・オーマンディ/ ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団
自身大ピアニストでもあった作曲者が3番の免許皆伝を与えて自分は弾くのをやめたというホロヴィッツ最晩年の歴史的記録である(78年1月8日カーネギーホールのライブ)。このLPが鳴り物入りで発売され自宅でかけた時の衝撃と興奮は今も忘れない。聴きかえしてみると今や伝説の人となったホロヴィッツは一流のショーマンだったと思う。オーマンディーは唯一残る3番のラフマニノフ自作自演盤の指揮者だ。この人と会って話をしたなど今となるとうそのようだ。もっとその時の話をきけばよかったなあと後悔の方が先に立つ。
(補遺、3月12日)
ニコライ・ルガンスキー / イワン・シュピレル / ロシア国立アカデミー交響楽団
ロシアの正統ヴィルトゥオーゾの快演。ルガンスキーは新しい録音もあるが若い感性とエネルギーに満ちたこっちが好きだ。シュピレルという指揮者はまったく知らないが、曲想に生気があり、音楽の山の作り方も実にうまい。ピアニストが伸び伸びと力を出し切っており、ff でのタッチのキレと輝きのある高音、深く鳴りきった低音、澄んだ抒情、コーダの豪快な爆発など3番に求めたいものがすべてある。万人におすすめしたい。
アレクシス・ワイセンベルグ / ジョルジュ・プレートル / シカゴ交響楽団
大学時代に買ったこれのLPで3番を覚えた、僕にはおふくろの味みたいな演奏。まず、ピアノがオンの録音でトゥッティでも全部聞こえるという点で稀有である。これがあまりに「ちゃんと」弾けているのでゾクゾクするほど凄い満足感が得られる点でも稀有だ。和音がつかみきれなかったり指が回らなかったり弾き飛ばしたりペダルでごまかしたりというのがないのは3番においてはめったにないことなのだ。タッチはクリスタルのように硬質で、その意味でもこの3番は稀有だ。プレートルの指揮も透明で暑苦しくなく抒情も深く、最高の満腹感を与えてくれる今もって僕の愛聴盤だ。
ゾルターン・コティッシュ / エド・デ・ワールト / サンフランシスコ交響楽団
作曲者の自演盤も速いがこれはいい勝負である。録音を含めて自演の完成度をストレートに高めた演奏という意味で、僕はこれを3番のベストと讃えたい。コティッシュは大学時代にカセットで聴き込んだドビッシー、ラヴェルで気脈が合致するのを感じる。クープランの墓も全曲をオケに編曲してしまう。安物のセンチメンタリズムに無縁で楽譜のリアライゼーションに徹するなど音楽に対する原理主義者の姿勢がとても趣味に合う。ここでのピアノのメカニックもハイレベルで、それなくしてそういう趣味は達成できないのだが、それをこれ見よがしに売り物としない節操も好ましい。持ってる人と持ってない人の差だ。
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R・シュトラウス アルプス交響曲
2014 JUN 15 20:20:32 pm by 東 賢太郎
R・シュトラウスのアルプス交響曲は83年留学中にアンドレ・プレヴィン指揮フィラデルフィアO.で、次が97年スイス赴任中にハインツ・ワルベルグ指揮チューリッヒ・トーンハレO.を聴いた。後者は打楽器の横の座席で当時10歳の長女を連れて行ったが、目の前のウインドマシーンの風音とサンダーシート(雷の音を出す)のばりばりに驚いてしまった。スイスでの2年半を思い出す特別な曲である。
R・シュトラウスのオーケストラ曲は耳の美食である。とにかく空気が良く鳴るが、このゴージャスな贅沢さは広大な空間の「鳴り」だからどんな立派なオーディオ装置と部屋でも絶対にわからない。ベルリオーズ、R・コルサコフ、ラヴェルが古典的定義では「世界三大管弦楽法大家」だが、この3人の音楽の美質は装置さえ優秀なら家でも味わえるという性質のものだ。しかし、管、弦、打楽器という分別を忘れるほど音響がアマルガム(合金)と化して七変化を遂げる奇観、壮観という点で、シュトラウスの右に出るものはいない。
この「オケの存在を忘れる」という特徴は描写音楽に好適である。音が風景や画像を邪魔しないからである。映画「2001年宇宙の旅」に使われた「ツァラトゥストラかく語りき」。あのドーソードー(5度+4度)にある宇宙的盤石と長調短調が揺れ動く光と影。あれは宇宙というもの体感させる音楽(本来はそうではないが)としてぴったりであった。いわば大人向けディズニーアニメの劇伴音楽になろうと思えばなるのである。だからだろう、ハリウッドの作曲家に大きな影響を与えたと言われる。どうして彼がサンダーシートまで発明して管弦楽団に必要としたかはその衒いのない写実精神によるだろう。
アルプス交響曲はドイツ語でEine Alpensynfonieだが古典的定義の交響曲ではない。アルプス登山の一日を活写した大絵巻であり登山者の遭遇する景色や天候を、心象風景というよりもリアルに描写した観が強いという意味でベートーベンの田園交響曲よりもムソルグスキーの展覧会の絵に近い。しかし一方で、夜から夜に帰る連続的な時間の連鎖と、日の出-山頂にて-日没というピラミッド型の左右対称形という型式とを持っている点、景色の無秩序な羅列ではなく、ドビッシーが自作「海」を交響詩と位置付けた感じに近いように思う。決して銭湯の富士山のペンキ絵のような軽薄な音楽ではない。
R・シュトラウスは、強者をおとしめ弱者を救おうというキリスト教(畜群思想と呼ぶ)を否定した無神論者のニーチェに傾倒した。その思想は向上心を奪い本来の人間本性に背くからである。しかしその人間も自然の上に立つことはできない。「ツァラトゥストラ」でハ長調を「自然」、半音下のロ長調を「人間」と見立てているのがそれである。そしてさらに、このアルプス交響曲はそのさらに半音下の変ロ短調が開始と終止の登山家の立脚点になっている。
このピアノ譜の右手は弱音器付の弦5部を10パートに分割した20の音から成るシ♭とシ♭の間の変ロ短調音階の全ての音が鳴る「トーンクラスター」となっている。そして全曲の頂点である「山頂にて」では、ツァラトゥストラと同じあの「自然」の象徴であるハ長調が世界を制圧したファンファーレを轟かせるのに当曲の思想性を見る。終結のヴァイオリンが上昇してラ♮、ドとシ♭を避けたまま不安定に終わる。畜群ではない人とはいえ、自然には太刀打ちがかなわないのである。シュトラウスは一見お気楽ディズニー風の風景画を装いつつ、「アンチ・キリスト」という重たい画題を封じ込めたのだと思う。
私事になるが先頃書いたようにチューリッヒに住んで顧客を毎週のようにスイスアルプスへお連れし、自宅からもその遠望を眺めるような環境に2年半もいるとこの曲はそれまでと親近感が変わってしまう。R・シュトラウスはスイスではなくミュンヘンの南、バイエルン州とスイスの境であるガルミッシュ・パルテンキルヘンからツークシュピッツェ山に登った印象を描いたのだが、書こうというその気持ちがよくわかるし「虹(幻影)」からカウベルの鳴る「山の牧場で」にかけては懐かしさに心が動くのを感じる。家族を連れてインターラーケンからグリンデルワルドへ登る道すがら、踏切を渡った右手の丘に雄大な放牧地がある。草の緑があまりに美しいので車を止めて娘たちを遊ばせた。乳牛がそこらじゅうにいた。
スイスに住んでいるとカウベルの音は慣れっこになるが、一頭ということはまずないからあちこちからカランカランと来る。「山の牧場で」では複数のベルが鳴る。楽器なのだから一つでいいようなものだがそれではカウベルに聞こえない。N響では左端の打楽器奏者と右のティンパニ奏者でステレオ効果を出していた。面白いのはカウベルはスコアにHeldengeläuteと指定されていることだ。直訳すると「(獣の)群れの鳴り物」でマーラーの7番のカウベルもHerdenglockenなのだが、いわゆる「群衆心理」はHerdengeistであり、前述の「畜群的人間」こそがHerdenmenschなるニーチェの造語なのである。僕はシュトラウスが嫌った畜群、つまり強者を妬み貶める群衆と牛をひっかけたような気がしてならない。
N響Cプロに移ろう。こう書いては失礼なのだが、アシュケナージとバレンボイムはすっかり指揮者になった。僕らの世代には彼らは若手ピアニストであったのだ。ところがだんだん20世紀のマエストロが亡くなっていって、彼らはもう巨匠指揮者の仲間入りしている。今回の座席はC14の左寄りだったがコンマスが伊藤 亮太郎だったせいなのだろうか、弦はいつもより粘度が高く良かったように思う。管もブレンドされ浮き出ることがなく、アシュケナージはピアノでは出せない音響の調合具合にこだわりがあるのかもしれないということは虹(幻影)の部分でかつてない高音部合奏の色彩を耳にしてそう思った。この曲はそういう方向性がよく活きるし、そういう音を練りだしたというのは指揮者の実力以外の何ものでもないだろう。
以下、僕の愛聴盤である。
ルドルフ・ケンペ/ ドレスデン国立管弦楽団
この曲を初演し献呈されたのはこのDSKである。他のオケはもちろんDSKそのものも今やこういう音はせず、地球上から絶滅した東独産生物の化石のようなもの。R・シュトラウスということを度外視してもDSKの最高のフォームが記録されている世界文化遺産もののCDである。これを地味という人もいるがこの曲を派手に演奏すべきという考えはどこから出てくるのだろう?
ホルスト・シュタイン / バンベルグ交響楽団
そういう人にはもっと地味に聴こえるはずだ。だがこのローカルな耳当たりと朴訥な味わいは地酒のようで何とも芳醇である。僕の知るアルプスの鄙びた風土にベルリン・フィルやシカゴシンフォニーの洗練はどうも似合わない気がする。ホルスト・シュタインのワーグナーの延長にある豪壮なオケのドライブ、しかし細かな部分の彫琢もおろそかになっていない。練達の指揮でないとこうはいかないと思う。
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ヘスス・ロペス・コボス/N響の三角帽子を聴く
2014 MAY 18 2:02:44 am by 東 賢太郎
N響定期Cプロを聴きました。前半はクリストバル・アルフテルの「第1旋法によるティエントと皇帝の戦い」とラロの「チェロ協奏曲 ニ短調」。アルフテルはオルガンのような音で始まり、後半は戦闘を模した派手な音楽に。ラロはヨハネス・モーザーのチェロ。楽器はグァルネリで中高音が明るいのびやかな音で好感が持てました。
音楽というのは一定の時間の集中を要しますから、心に余裕と隙間がないとだめですね。今日は仕事のことで頭が一杯で特にそれがなく、ラロは残念ながらうつろに響くのみでした。そもそもオケ・パートが平板で、音楽になんというか上質感がありません。ラロの曲は有名なスペイン交響曲にしても進んで聞きたいと思ったことは一度もなく、彼の音楽に何かものを申す資格もありませんが。聞きながら退屈で、ひょっとしてモーザーのバッハ無伴奏なんていいかもしれないなと想像していたら、なんとアンコールに1番のサラバンドを弾いてくれたではないですか。これはなかなか良かった。
さて、後半はファリャ「三角帽子」でした。この曲はブログをしたためましたとおり、けっこう好きであり、非常にたくさん聴いております。ヘスス・ロペス・コボスさんの指揮ですが、特徴的なのは、棒を振り下ろして打点から上がりきったところで音が出るように見えます。それがかっちり整然とした美しい指揮姿であり、出てくる音はラテン的な透明感のある、本当にいい音なのです。それがものすごく印象に刻み込まれた演奏会があって、ドイツ時代の95年2月4日、僕の40歳の誕生日にフランクフルトのアルテオーパーでやったベートーベン英雄交響曲(シンシナティ交響楽団)でした。このエロイカは僕がかつて聴いたベスト3に入る名演でしたが、スペイン人の彼にこういうレパートリーは録音の機会がないんでしょう。本当に惜しい。ぜひもう一度聴いてみたいものです。
三角帽子は彼の十八番であり、秀演でしたが、少々思う所もあったことを記しておこうと思います。この曲の名演をたくさん聴いてしまった僕の耳にはこれは綺麗すぎます。ヘスス・ロペス・コボスさんの明快な指揮にN響がまじめに反応するとこういうことになってしまう。音に「えぐみ」、「えげつなさ」がまるでないのです。この音楽の筋書きには権力、エゴ、性欲、復讐、嘲笑といった人間の本性丸出しのどろどろした汚さが隠れています。それをワーグナーのようにどろどろのまま提示するのではなく粉屋の女房の仕返しというカラッとした風刺劇に仕立てていて、音楽もその路線に沿ってさっぱり目に書かれているわけですが、ピカソのゲルニカがあえてモノクロで描かれていて血の色がないゆえにかえって血なまぐさい効果があるように、この曲はやはり血の匂いがしないともの足りない、これを聴いた気がしないのです。
まずメッツォの林美智子が今日の演奏を象徴しているのですが、全然毒気のない声で、田園調布の若奥さんがカクテルパーティーの余興に出てきたという風情。「悪魔がいるわよ!」と歌っているんですが、譜面をきれいに歌うというだけ。N響の管楽器団員がなんとなく恥ずかしげに掛け声をかけているのと似た者同士でした。カラオケのモノマネと一緒で、やるんだったら根っからスペイン人になりきらないと白けるだけなんですね。だいたい日本人のカルメンのタイトルロールもこういうことになります。アバズレのアグネス・バルツァみたいなワルが出てくることはてんで想定しがたい。三角帽子はエンリケ・ホルダ盤の野性味あふれるバーバラ・ホーウィットを聴いてみてください。クラシックは高級舶来品、皇室御用達。お下品はだめざます。鹿鳴館のにおいがぷんぷんする化石のような業界ですね。
外人御用音楽士のご指導でお上手にベートーベンをやる明治時代のスタイルをいまだに踏襲しているのがN響です。外人じゃない小澤征爾は嫉妬で排斥してしまう。御殿女中の世界でしょうか。自国人のチョン・ミュンフンを立ててドイツ・グラモフォンにマーラー、ブラームスといったメジャーな曲を堂々と録音して欧州で評価されているソウル・フィルハーモニー。サムソンと日本の家電の差の見本であります。韓国のかたを持つ気などさらさらありませんが、N響の団員がよくサヴァリッシュ先生は・・・スヴェトラーノフ先生のリハーサルは・・・などと一介のファンか白人狂いの女みたいなことを書いているのを見かけると、我が国のクラシック界の精神的独立のためにもそろそろそういう時代は卒業した方がいいんじゃないかと思うのです。
そのN響の音は今でもやはり肉食系とは遠く、印象派の綺麗な音楽を聴いたという感じでした。和の食材で作ったスペイン料理ですね。食材がそうなんだからシェフのロペス・コボスもそれでいくしかないでしょう。それなりに美味で食べていると舌鼓を打つのですが、終わってみるとあれっこういうもんだったっけ?という感じになる。初演者アンセルメとスイス・ロマンドOの原色的な音を聴いて下さい。名演中の名演という誉れ高い演奏ですが決してきれいだけじゃない。指揮というよりもオケの方がああいう鮮やか系のきらきらぎらぎらした音で強いメリハリをつけて弾くから、肉食系だから、対照的な「近所の人たち」のたおやかな弦のメロディーが出てくるとはっとして耳が引きつけられるのです。
映画、アニメ、ゲームなどの世界ではもう「ジャパンスタンダード」ができていて、西洋コンプレックスはとうの昔に吹き飛ばした観があります。この精神的独立はまじめとお上品を旨とする官業とは最も遠い部分から始まったのです。官業(東大)と官製御用西洋音楽(芸大)。西洋コンプレックスから最も抜けていない時代遅れの権化かもしれませんが、その対極である西洋かぶれはもっとたくさんおり、巨人ファンとアンチ巨人みたいなもので同じ穴のむじな、自立できていない者同士です。どっちも都が東京に移った明治時代(それを「東京時代」と呼ぶ人もいますが)からの精神的産物が敗戦でさらに歪んだもので、そういう借り物のアイデンティティからは何のジャンルであれ、作曲であれ演奏であれ、永遠にホンモノは生まれないと思います。
クラシック音楽が西洋的精神に深く根差したものだということは理由にならないでしょう。難しく考える必要もなく、ありもしないスパゲッティ・ナポリタンを生んでしまうたくましい精神、あれでいいんじゃないでしょうか。もしも佐村河内があの交響曲ヒロシマをほんとうに作曲していたなら、あれは過去に日本人が作曲したどの交響曲よりも世界で有名になって残った可能性があると僕は思っています。しかし新垣氏は実名ではあれは書けなかった。調性音楽など書いたら業界からつまはじきになってしまうからです。これが「東京時代」のくびきなのです。偽名だから遊び精神で自由になってああいうものが書けたのじゃないかと考えます。それならみんなでくびきは忘れてしまおう、そうなればいいと思うのです。
クラシック音楽を深く愛する者として、日本人による日本のアイデンティティに満ちたジャパンスタンダードを生む天才が現れて欲しいと切望しますし、もし現れれば是非支援したいものだと思っています。
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ネーメ・ヤルヴィのシベリウス2番を聴く
2014 APR 20 0:00:43 am by 東 賢太郎
今日はN響Cプロをききました。座席は一階中央10列目右寄りで、低弦がわずかに強めに聴こえる位置ですが、このホールはそのほうがいいです。グリーグ「ペールギュント組曲1番」、スヴェンセン交響曲第2番が前半で、ここまではまあまあでした。ペールギュントはあえてこれを聴こうということはないので実演は初めてです。「朝」は意外にオーケストレーションが厚い(厚すぎる?)という感じがしました。アニトラの踊りでは弦が良い音で鳴っていましたし、好演だったと思います。
2曲目のスヴェンセンは期待しましたがどうもメリハリの薄い平板な音楽で、部分的に美しいものの和声の起承転結にあまり説得力を感じません。第1楽章のリズムやフォークダンス風の楽想の利用などシューマンのライン交響曲を意識した感じもしましたが才能の差はどうしようもありません。1番の方が初々しくて好きであります。
さて後半は今日のメインです。シベリウスの交響曲第2番に涙が出るほど感動いたしました。久々にいただいた音楽のパワーに酔い、ここ数日の疲れが吹っ飛びました。今まで、70年のジョージ・セルの東京ライブを聴いた人に嫉妬していましたが、この演奏を聴けたことでもうそれから解放されるでしょう。
ネーメ・ヤルヴィはずいぶん録音があって我が家のCD棚にも相当あります。BISレーベルのシベリウスはCDというフォーマットが出たての80年代初めに「ダイナミックレンジが広いので音量に注意しないとスピーカーを破損する可能性があります」というウォーニングが黒いジャケットに書いてあったのが懐かしい。彼の録音は450タイトルだそうで、カラヤンやオーマンディーもびっくりの新記録じゃないでしょうか。
息子のパーヴォがやはり指揮者で出てきて、僕は確か98年ぐらいに出張で行ったロンドンで聴きました。そのときの牧神の午後への前奏曲がとても良くて、あれはかつて聴いたその曲の最高の演奏として今でも記憶に残っています。だから息子のイメージが先行していて、親父のほうはライブは今日が初めてでした。
シベ2のテンポはCDとほぼ同じで第1楽章冒頭から早めです。以前に シベリウス2番のおすすめCD(その2)に書きましたがそれは作曲当時の生き証人であるカヤーヌスのテンポに近いのです。これもそれに近いテンポのポール・パレー盤と父ヤルヴィの旧盤を僕が1,2位として好んでいるのはそこにある通りです。その演奏が眼前で聴けたのは最高の喜びでした。
指揮者は大別して2タイプあります。君臨型と仲間型です。校長先生型と生徒会長型といってもいいでしょう。前者はトスカニーニ、セル、ライナー、チェリビダッケ、ムラヴィンスキーなどですが時代に合わないせいでしょうかほとんどトキなみの絶滅危惧種と化しています。去年聴いたアントン・ナヌートにかろうじてその残り香を感じましたが、父ヤルヴィにもそれがぷんぷんしていて、まずそれにうれし涙であります。
僕は仲間型、生徒会長型の指揮者は不満なのです。パワハラでオケから訴訟されそうなカミナリ親父でないと指揮なんてできないんじゃないかと思わせるほどトスカニーニやムラヴィンスキーの演奏は素晴らしい。オケに「気」がピーンと張っているのです。「いいね」を連発してオケをのせるタイプ、そんなのは映画やアダルトの監督ぐらいはできるだろうがあの怜悧なカミソリみたいな緊迫感は絶対に出ないでしょう。とにかく近年、コンサートでそういうものを感じたことがないのがその何よりの証拠だと思います。
今日はそれがありました。ヤルヴィの指揮棒は胸から肩ぐらいまで小さくしか動かず、(おそらく)アイコンタクト、それから体の動きで指示しているように見えました。どことなく映像で見たR・シュトラウスの指揮姿を思い出します。それがほんのまれに大きめの指示が出たりします。終楽章のニ長調でドレミシドレ・・・の全奏でF#の和音を作る瞬間のトロンボーン、チューバにそれが出るなど彼が音楽の流れに何を重視しているかわかって非常に面白かったです。
CDもそうですが金管のffは強めで大層メリハリがつき、ティンパニのトレモロも荒れ狂います。これがうるさくなく、こういう曲なのだという説得力があるのが不思議です。特に第2楽章はその白眉で大変すばらしかった。金管、ティンパニに対しチェロとは完全に独立して動くコントラバスが浮き出て聴こえることでスコアが立体的に鳴るというのは初めての経験であり、なるほどそうだったのかと納得です。第3楽章中間部のオーボエに独奏チェロがからむ美しい部分もそうです。
終楽章も基本的にインテンポで外連味がなく、小さい動作のままで激することなくオケだけが過熱していく様。これぞ君臨型!!将校が大軍を率いるようであり、ナポレオンの行軍かくやという光景であり、これぞ男の憧れ。ただただ「格好いい」のです。女性指揮者も活躍する時代になり、それとともに生徒会長どころかオトモダチ型まで現れた今日この頃、76歳のこわもて親父が「気」の支配で振る指揮棒には絶対に男にしかない権力の光が灯っていました。
音楽は姑息なギアチェンジやら減速して安っぽい盛り上げを狙うような手管は一切なく、堂々と王道を進んで最後のDの和音に登りつめ、ヤルヴィはその全力で鳴らされている音を両足を一歩前に進めて断ち切りました。いや、この重み、すごいものです。2番はこういう曲なんだという威厳ある意志とメッセージにオケがコントロールされているようで、当方もいつもは気になる弦の美感やらバランスの良し悪しなど意識からはじき出されていました。
久々に出会った本物中の本物。今日はシベリウスだけで大満足です。
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仲道郁代サントリーホール演奏会を聴く
2014 FEB 16 21:21:06 pm by 東 賢太郎
きのうは写真家の齋藤清貴氏のスタジオにお邪魔して某案件の打ち合わせでした。彼のWEBはこちらをご覧ください。
齋藤清貴 オフィシャルサイト: Kiyotaka Saito Official Site
ついでに写真とりましょう!となってスタジオで本格的に撮ってくださったのがこれ。これを見た西室が「詐欺だ」と叫び、自分でもう~ん確かにと思うほどの出来栄え。現物をご覧になれば一目瞭然なのですが、明らかに普通の写真ではない、プロの作品です(被写体は粗悪品でも!)。これ200枚以上も撮ってそこから選んでくださったものなのです。
齋藤さんはあーせいこーせいは最小限で、そもそも誉められてもこっちも気持ち悪いだけだし、何となくの独特のリラックスした会話と雰囲気があって自分を引き出してくれるという感じ。まさしくプロでした。全国に5万人いる写真家の内、食えているのが千人ぐらい、一線で活躍しているのが百人ぐらいという厳しい世界だそうです。そこに入っている人のレベルを見せていただきました。
彼が撮っている音楽家が仲道郁代、諏訪内晶子、村治 佳織など。今日はその仲道さんのリサイタルへ彼と行ったのでした。ちなみに、今日のこのポスターは彼の作品です。これがあるので昨日彼女のショパンのCDを思い出したのです。そして今日の演奏も期待にたがわぬ楽しいものでした。プログラムは
モーツァルト ピアノソナタ第3番 K.281 ブラームス:3つの間奏曲 Op.117 シューマン:交響的練習曲 Op.13 ショパン:バラード全曲
でした。各曲の演奏の前に彼女のお話があるのですが、まず声と発音が美しくて癒されました。 内容もわかりやすく、特にショパンは勉強不足なので2番の唐突な曲想の変化などそういうことだったのかと学ばせていただきました。モーツァルトはいいテンポで心地よかった。ブラームスの暖かい音色と切々とした歌も良かったですね。シューマンは他の人に比べ作曲がうまくないとおっしゃっていましたが、まったく同感であります。 それでもこの曲のオーケストラのような分厚い和音は見事でした。
このホール、今日の座席あたりはオケであまりいい印象がないのですが今日のピアノはとても良く鳴っていたと思います。そしてショパンのバラードは僕のあまり得意な曲ではないのですが 、唯一愛聴しているクリスチャン・ツィマーマンとは違ったアプローチです。弱音部の切なさがやわらかい美音でデリケートに紡ぎだされ、急速部分は過度に攻撃的に響かず、女性的な優しさに満ちあふれていました。こういうショパンならいいなと思いました。
デュトワとN響のプーランクを聴く
2013 DEC 7 22:22:04 pm by 東 賢太郎
今日は1階中央10列目でほぼ理想的な音がきけました。プーランクの「グロリア」、ベルリオーズの「テ・デウム」という宗教音楽2曲は通好みでした。指揮者シャルル・デュトワはニューヨークで幻想交響曲(モントリオールSO)、東京ではN響とのサンサーンス3番など、ライブではやはりフランス物が印象に残っています。
ロンドンにいたころ、85年ごろというとちょうどLPからCDへの移行期でした。デンオンのCDプレーヤーを買って何枚かCDを購入、これも買ったばかりのタンノイのスターリングというスピーカーでワクワクして聴いたのを懐かしく思い出します。その1枚がデュトワ/モントリオールSOのラヴェル(ダフニスとクロエ・右)でした。それまでのLPレコードのような内周部の歪みの心配がなく、音も艶があってきらめいていたのに感動し毎日のように聴きました。仕事に追いまくられていた当時、人生を明るくしてくれた思い出の演奏です。
デュトワのプーランクを聴くのは初めてでしたが、今日の「グロリア」は僕の好きな曲であり実にすばらしかった。この曲と同じくプーランク作曲の「スターバト・マーテル」は近代フランス宗教音楽の傑作です。とはいえグロリアはどこかオペラティックでもある不思議な曲なのですが、デュトワは非常にデリケートな音を紡ぎだし、フランス風の色彩感にあふれた透明度の高い音楽にしておりました。またソプラノのエリン・ウォールの声も大変美しく純度の高さがデュトワのスタイルにマッチしているのも楽しめました。どうせなら後半もプーランクで行って欲しかったぐらいです。
後半はベルリオーズの「テ・デウム」でした。この曲はパリ万博の祝賀行事の一貫として1855年に初演されましたが、その場所はパリ1区北部にあるサン・トゥシュタッシュ教会(写真上)だったのです。この教会は僕には特別な場所で、1778年にモーツァルトの母がパリで客死し、その葬儀を行ったのがこの教会なのです。モーツァルトが落胆し涙を流したに違いないその教会を僕は2010年7月に感無量の思いで訪れました。
その「テ・デウム」ですが、合唱も含め熱演でした。テノールのジョゼフ・カイザーも好演。しかし僕はどうもベルリオーズの一部の作品は好きでなく、この曲もその一曲です。旋律の出来からしても、対位法的にも和声法的にも一流の作品に聴こえない。教会の音響の中で聴けばオルガンとオーケストラの掛け合いなど残響を伴って一定の効果はあるのでしょうが・・・。
ベルリオーズは型破りの天才で27歳にして幻想交響曲を書きました。幻想交響曲を愛することで僕は人後に落ちませんが、その後の作品はどうもそれほど愛情はない。これはやはり28歳からバレエ3部作を書いたストラヴィンスキーへの愛情が3部作とその後で差があるのと似ております。天才との付きあい方は難しいのかもしれません。
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N響 トゥガン・ソヒエフを聴く(1月21日追記あり)
2013 NOV 17 19:19:12 pm by 東 賢太郎
この36歳の指揮者は何者だろう。まったく名をきいたことなく、何の期待もなく、そして驚き、そういうことをしたことはかつて一度もないが、帰りに彼の来週のBプロを買いにNHKホールの窓口に並んだ。完売だった。
最初のボロディン「中央アジアの草原にて」のヴァイオリンの高音がひそやかに鳴った瞬間に、おやっ今日はいいぞと思った。何となく集中力がちがう。結局そのe音からプロコフィエフの最後の音まで、今日のN響の弦はかつて聴いた最高の音を出した。後で調べるとソヒエフの出身地北オセチアは黒海とカスピ海の中央で、来年の冬季オリンピック開催地ソチに近い。ボロディンがこの曲を構想した中央アジアはこの辺だろうから、これは彼のご当地ソングということだろうか。実はこれをライブで聴いたのは初めて。とても面白く、弦も管もとても良かった。この演奏がオケも客席も集中力を高めさせた。
続くはチャイコフスキー・コンクール優勝者ボリス・ベレゾフスキーとのラフマニノフのピアノ協奏曲第2番ハ短調だった。とても上手い。しかし速い。第2楽章などかつて聴いた最速の部類だ。ベレゾフスキーにスイッチが入ってしまっていて先へ先へと駆り立てられてオケが合わない。タメが全然ない。ソヒエフは彼の指を見ながら合わせる部分も。難しいパッセージを弾ききるといちいち見栄を切る。pもmfぐらいに弾く。前から4列目で目の前でそれを聞かされ見せられて辟易してしまった。第1楽章にして早やこっちの集中力は切れ、ウルトラ剛腕の体育会系のピアノの轟音を前にしながら、昨夜の宴会疲れもあって眠気に襲われそのまま終了。ラフマニノフ自身もこういう感じで弾いた可能性はあるがこの曲はそうではない名演を何十回も聴いており、これはノーサンキューである。
そして休憩後のプロコフィエフ。ラフマニノフとはうって変わって人生で最高のプロコ5番を聴いた。かつてロンドンでチェコフィルをアシュケナージが振った演奏がライブでの僕のベストだったがこれはそれをはるか上回る。ソヒエフの指揮は見ていて実にわかりやすい。パントマイムによって全身で何か伝えるように表情豊かで、手や動作による指示は交通整理のように手際よく、タイミングが絶妙で運動神経がいい。そういうことが一切あざとくなく、音楽の自然な呼吸であり要求であるとして奏者にびしびしと電気のように伝わるのが見ていてわかる。
経営者が社員に経営ヴィジョンを明確に伝えるのは大事だが、それは言葉でできる。声を出せない指揮者がどんな音を求めているかを楽員に明確に指示するのはやはり動作と表情なんだろう。その欲しい音というものが聴衆にまでわかるというのは珍しい。あの通り弾けばいい音楽ができて楽しそうだ。それを恐らくそう受け取ったコンマスの篠崎史紀さんが気持ちよさそうに弾かれ、それがオケ全体に連鎖する。全員が自発性を全開しながら棒に集中している。当たり前のようだが、こういうことは滅多に感じないほど稀なことだ。
N響がのったときのベルリンフィルみたいだった。だめなときは草食系っぽいが燃えさせるとすばらしいオケだということをわからせてくれた。トゥガン・ソヒエフ恐るべし!トゥールーズ・キャピトル国立管音楽監督とのことだが、いつの日かN響のそれをやっていただけることを切望したい。
(追記。16年1月21日サントリーホールN響Bプロ)
忙しく、チケットを忘れてきてなんとか入れてもらった。疲れていて、前半ラフマニノフPC2番まで夢うつつ。そして後半、チャイコフスキー白鳥の湖。これが良かった。マズルカを聴いてふと悲愴交響曲第3楽章の原型を見る(コントラバスの半音階低下するバスなど)。本当に素晴らしい音楽!
音楽は生ものだ。うまく調理して供してくれたソヒエフの腕に敬服。N響が信頼してぴったりついていく。すっかり頭が冴え、たまっていた滓をきれいに掃除してくれた。音楽の魔力。今日のような気分の日にそうしてくれたことに感謝。
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