R・シュトラウス 歌劇「サロメ」より「7つのヴェールの踊り」
2016 AUG 7 14:14:04 pm by 東 賢太郎
リオ滞在中のことです。当地企業の方々にお連れいただいたナイトクラブは圧巻でした。何が出てくるかと思いきや、何十人のカリオカの美女がずらっと並んで踊る。バレエじゃない、サンバですね。少々の物事は言葉にしてみようと努力もしますが、あの壮観はギブアップせざるを得ません。
ギター、ピアノ、サックス、ペット、ドラムス、ボンゴみたいな手でたたく様々な打楽器などが、はじめはスローなムード音楽のようなのを奏でています。こっちも酔ってて心地よし。ダンサーたちもそれにあわせて体を動かす程度です。徐々にリズムが乗ってきてアップテンポに。すると踊りも激しさを増してセクシーになっていきます。そしていよいよサンバの激しいアレグロに・・・。
妖艶なものをご想像されましょうが、全くの正反対です。照明は終始煌々と明るく、なにせダンサーの子たちがあっけらかんと底抜けの笑顔で、キャーキャーと陽気である。裸体はまさしく堂々たる威容であり、気恥ずかしげな顔をして目のやり場に困っているのは我ら日本人だけ。もはやスポーティとさえ言え、目など合うとみてみてサインが飛んできたりして、これは見ないと失礼にあたるかという空気におされる。
西洋人の裸体への感情はわからないものがあります。ギリシャ彫刻はみなフリチンだし、紀元前8世紀から1200年続いた古代オリンピックの選手は、もちろん全員が男ですが、平民でも貴族でもことごとく全裸で競技をするという決まりだったのです。理由は諸説あるが、神の似姿という意味があったという説が有力なようです。
では女の裸体のほうは必ずエロティックかというとそうともいえない感性があって、パリで行かれた方も多いと思いますがリドやムーラン・ルージュなどカップルで正装して食事しながら、舞台にはトップレスのダンサーが平気でずらっと現れる。全然なんのこともなし。この「あっけらかん」は日本人には新奇ですらあり、郷に入って郷に従い難い部分を残すのです。
オペラにストリップが出てくるというのもそれと同様に新奇であって、そのもっとも有名なものがR・シュトラウス 歌劇「サロメ」でありましょう。
クラシックがお堅いまじめなものだという日本。教科書が「音楽の父」だなんだと教えるそばから女が裸で踊ったりする。「いかがなものか!」なんて声が飛んできそうです。ベートーベンはモーツァルトを評価したが「コシ・ファン・トゥッテ、あれは淫乱でいかん」と嫌った。日本人が彼を好きなのはそのストイックな性分もあるかもしれません。
ヘロデ王の前で妖艶に舞い、何を所望するかと尋ねる王に「ヨハネの首を」と答えるサロメ(ヘロディアの娘)。これはヘロディアと結婚したい王が邪魔になったヨハネを殺す奸計だったことが新約聖書(福音書)にあります。みな実在の人物とされています。事実は小説より奇なりを地で行く話ではありませんか。
盆にのせて差し出されるヨハネの生首にキスするサロメ。なんとも煽情的な場面であり、そんなことに至るなんて、サロメは王にどんなエロティックな舞いを見せたのだろうと想像をたくましくしてしまうのです。このシーンが戯曲になり、音楽をつけたいと思う者が現れるのは自然でしょう。それがリヒャルト・シュトラウスだったのは幸いでした。
彼が管弦楽を描写的、絵画的に色彩的に鳴らす名匠であることは否定しようがありません。ワーグナーの音楽がすぐれて劇場的であり、ピアノではなく分厚い管弦楽を前提に発想されたと同じ意味でR・シュトラウスも劇場型の音楽家であり、彼の管弦楽曲の作法はハリウッドの映画音楽に大きな影響を与えたとされています。
「7つのヴェールの踊り」は歌劇「サロメ」のハイライトシーンであり、ストリップを芸術的に描いたという意味で古今東西、最右翼。これ以上に格調の高いエロスを僕は知りません。
この音楽は凄まじい。リオのサンバぐらいで目が点になってしまう僕らには発想すらできない、人間の欲望、セクシュアリティの根源のようなものをえぐったものです。
僕はR・シュトラウスの音楽に深みや哲学を感じることはまったくありませんが、彼はそういう人ではなく、音で何か人間という浅はかなもののありのままの姿を描き出すことの職人であって、アルプス交響曲で登山風景と心象を見事に活写したように、ここでは女の妖艶さと観る者の心象を活写するのです。
こちらはアルバニアのオペラハウスのもの。バルカン半島のお土地柄なのか、なんとも雰囲気出てますね、いいですね。ギリシャ、マケドニア、モンテネグロのお隣で目の前に真っ青なアドリア海。こんなところで聴くサロメなんて最高です、行ってみたいですね。
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リオの鮮烈な思い出
2016 AUG 7 0:00:48 am by 東 賢太郎
リオ五輪の開会式の入場行進を見ていて、206の参加国のひとつに「難民」というのがあるのが時代だなあと思いました。世界が貧富のディバイドという難題に見舞われており、それが政治、宗教、国境問題、軍事対立そしてテロという形で表面化しています。そのどれもが個別独立の原因に発した別個の問題に見えますが、そうではなく、その根っこに横たわるのは貧困、飢餓というひとつの、しかし最も深刻な問題です。式典の前半はそれに周到に配慮したものと見ました。
華やかな会場を一歩出るとバリケードのような柵が囲っていて機関銃で武装したポリスが大勢張り込んでいる様子が画面に映しだされます。バッハ大会委員長の誇らしげなスピーチが人類の平和を謳い、聖火台の点火と見事なアトラクションに酔って放映が終わると、正午すぐに始まったニュースが今日8月6日は広島の原爆投下から71年となった日であることを伝える。黙とうの要請を広島市が送ったがそれは見送られたようですね。実に複雑な気持ちになったものでした。
3年前にこのブログを書きました
このブラジル出張がリオ・デ・ジャネイロでありました。1991年の2月初旬、まだ36才です。成田からバンクーバー経由で24時間かかりましたが、このとき搭乗したヴァリグ・ブラジル航空は実に快適で、ビジネスクラスなのに食事はファースト並みで立派なフィレステーキまで用意されてよく覚えてます。サービス良すぎたんでしょうね、2005年に倒産してしまいました。
リオには午後到着して、ホテルはたしかシーザー・パレスでした。フライト疲れと時差でふらふらでしたが、なんだかときめくものを感じて外を歩きました。2月(真夏)。カーニバル1週間前のざわざわ。まぶしい太陽。イパネマ・ビーチを歩くと渋谷の駅前みたいに若い女のコばっかりわんさかいる。それがみんな堂々たるトップレスで頭がくらくら。仕事柄40以上の国を訪問してますが、リオの衝撃をしのぐ経験は今もってありません。
インフレ率が300%と聞いており、まさかねと半信半疑でした。ところが同行の後輩が「ほんとですよ!」と大声をあげます。ホテルのショップでネクタイの値段をじっと見ながら「ほら昨日の値段から1%上がってるでしょ?」ほんとうだ。さすが証券マンは相場に目ざといとそっちも関心しましたが。しかしネクタイのプライスタグのお値段が株価みたいに上げ下げするなんて・・・定価販売に慣れた僕らは目が点でした。
財務省の高級官僚さんの2億ドルの借款返済への大物スタンス(要はケセラセラ)には2度目の衝撃をくらいます。役人が1200万人もいて民間より多く、今のギリシャみたいなもんでした。前年に620億米ドルと人類史上最大のデフォルト(要は国家破産)をした国の財務省です。馬鹿なことを聞くなと思ったんでしょうが、当時はこっちはあんまり事の深刻さがわかってなかったですね。
飲み屋で英語の通じるおっさんに「大インフレと不景気のわりにホームレスがいないね」と尋ねると、「あったかいからね、寝れればどこでもOKさ、食いもんはバナナもヤシの実もそこらじゅうに落ちてるよ」。なるほど今になってみればミクロネシアとおんなじだったんだ。国はぼろぼろで借金漬け、国民は衣食住足りてサッカーで幸せ。これはサンパウロ、ブラジリアへ行っても同じでした。
このあとアルゼンチン(ブエノスアイレス)、チリ(サンティアゴ)の財務省、企業も訪問して大旅行だった出張を終えました。この数奇な体験で僕の「国家観」は根本的に修正が加わることになりました。インフレを肌でイメージしましたし、国債なんていかにはかないモノかも痛感しました。数字だけで頭で理解してる人にはこの感じはわからないだろう。
当時は梅田支店、ロンドンと株を売る野蛮な営業の経験しかなく、スマートな国際金融業務などド素人もいいところ。そんなのが課長で赴任した国際金融部の皆さんは大変だったろうと申しわけない限りですが、その2年間で引受業務のイロハを習ったのはその後の人生で大きなプラスでした。この出張も経験して来いという部長の計らいだったと思います。野村證券はほんとうに懐の深い会社。ここに入らなければ今は絶対にありません。
(こちらもどうぞ)http://sonaradvisers.co.jp/2016/08/07/776/
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経営者は指揮者であるとともに作曲家である
2016 AUG 6 3:03:30 am by 東 賢太郎
けっして格好をつける気はないが、僕のところに来る仕事というのは難易度の高いものだ。普通の人ではできないし、大企業、ブランド企業でもできない。だから来る。つてを通じて紹介されるお客さんは困っている。しかも彼らは誰もが知る企業のオーナーだったり外国の財閥だったりする。もちろん妙な性質の頼み事ではない。金融、証券の本筋に関わるものだし、僕にはそれしかできない。
それが「アドバイザー」なる職業の実態なのだが、こういう仕事はまず守秘義務契約を結びリテイナーといって着手料をもらう。そして、もしうまくいったら成功報酬をもらう。弁護士、会計士のように時間給でないので収入は読めないが、1時間がいくら高くても徹夜して24時間だ。かたや僕は不成功ならただ働きのリスクはあっても、成功したらずっと大きな報酬がもらえる。
しかもお金以前のものがある。はっきりいって、誰でもできるような案件をやるインセンティブはまったくない。難しい問題ほどチャレンジ意欲がわくという性格なので、その意味でもこれは向いている。場合によっては難攻不落案件だから「面白い、タダでいいから僕だけでやらせてください」というのもある。趣味性の高い仕事ということもできる。
「できません」とお断りしたのもけっこうある。難易度のせいでもお金のせいでもなく、食指が動かない。説明不能。直感的に不安を感じるというか、お金に関わる仕事はいろんなリスクがあるので、危うきに近寄らずという「嗅覚」は不可欠なのだ。おかげで訴訟沙汰は一度もない。コンプライアンスは弁護士にお任せしてるが、それ以前に、自分が近寄らないことが最良のコンプラ対策だ。
しかし偉そうなことは言えない。この仕事ができているのは、ひとえに人脈の力にすぎないからだ。何かしてくれと頼まれれば、これはこの人、あれはあの人と振り分ける。その組み合わせが予想外の発展を見せたりして、思いもよらない解決に至ったりする。そうすると新たに信用ができて人脈は倍加する。人脈マトリックスはweb(蜘蛛の巣)状になって広がる。すると問題解決力は順列組み合わせで増強されるのだ。
僕の会社はwebのど真ん中にいる。webは信用の輪であって、契約の輪ではない。雇用も契約であり、社員をたくさん雇うことが輪を広げる要件ではない。案件ごとに最適な人とパートナーシップを形成することが最も効率的でコストパフォーマンスも良く、得た収入を役割と貢献度によって不公平なく分配できるから構成メンバーのインセンティブも高い。従って競争に勝てる確率も高い。
社長である僕に要求される仕事はその折々で異なるメンバーを束ねて統率すること。いわばオーケストラの指揮者だ。これを法的に法人として組成するには株式会社でもいいが、合同会社、LLCはよりその経営目的とプロセスに合理的ではあるだろう。しかしフレームワークよりも問題はリーダーシップだ。どんな専門職の構成員でも束ねられる力が必要だ。
自分でやったことはないが、音楽に深入りしていろんな指揮者のガバナンス、リーダーシップのスタイルを学ばせてもらったのはビジネスに非常に役に立ってきたと思う。逆にビジネスリーダーとしての体験から指揮者をみるのも興味深い。彼らの最大の仕事も、たぶん、別々の楽器奏者(専門職)に気持ちよく存分の力を発揮してもらい、マスとして最適解を引き出すことに違いない。
ドラッカーが著書「現代の経営」でこういっている。
指揮者は作曲家の楽譜を手にする。指揮者は、いわば翻訳家である。だが経営者は、指揮者であるとともに作曲家である。
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フンメル トランペット協奏曲 ホ長調
2016 AUG 5 13:13:27 pm by 東 賢太郎
暑さがきびしくなってきました。暑気払いにおすすめしたいのがスカッと爽やかなトランペットです。
トランペット協奏曲は超有名曲が2つあります。ハイドンとフンメルです。今日は「フンメルの第3楽章」の名演をいくつか比べてみます。ペットの人にとってこの楽章は最難関のようで、たしかにプロの録音でも満足なのは意外に少ないのです。
まず、僕の若いころ絶対の名盤と崇められたのはモーリス・アンドレがカラヤン/ベルリン・フィルとやったものでした。
いかがでしょう、これはうまいというより曲が簡単にきこえる超絶的なもの。
近年はこっちが評判。セルゲイ・ナカリャコフです。
たしかにうまいがアンドレに比べると人間がやってると感じるかな。
ジャズのウイントン・マルサリスが吹くとこうなります。
ジャズ奏者といってもジュリアード音楽院ですからね、めちゃくちゃうまい。お気づきでしょうか半音高い原調のホ長調で吹いています。これはレイモンド・レッパードの伴奏も品格があって僕の好きなものです。
さて、最近はいよいよラッパの世界も女性の進出が目立ちます。登場の仕方がすごい。何が始まったのかと思います。
英国人のアリソン・バルサムです。オケのアンサンブルがまずいが美貌に負けますね。
最後にこちら。
ノルウェー人のティーネ・ティング・ヘルセットです。歌えてますね、これは音楽的レベルが高い。紅組おそるべしです。この勢いでヒラリー大統領になるのかなあ・・・。
まあ僕の趣味でアンドレ、ナカリャコフ、マルサリスは世界最強と思います。よって白組の勝ち。
原調による全曲です。コンクール受賞者の演奏会のようです。
名曲ですね。1803年の作曲。フンメルはベートーベンと並び称されるピアノの達人でした。第1楽章冒頭部分にモーツァルトのハフナー交響曲の余韻がきこえるのにお気づきでしょうか。
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小池都知事誕生
2016 AUG 4 0:00:22 am by 東 賢太郎
去年のちょうど今頃このブログを書いて、1年後にこういうことがおころうとは想像もしませんでした。
もちろんそれは小池都知事誕生のことですね。女性が有利に働いたのは多少あるでしょうが、この雑感に書きましたように新しい選択でもあったでしょう。
選挙前にこういうのも書いていて(バックナンバーばかりで恐縮ですが)、
終わってみて、今回は都民がばかどころか理性的な判断をしたことに安心感を持ってます。ショーにしようという姑息な魂胆にことごとくお灸をすえた。見事でした。そこに書いたことに切り込もうという意欲のありそうな人に票が入ったのは、やはり舛添問題に怒り、同様のことを考えられた有権者が多かったのかなと思ってます。
その人が女性かどうかではなく政策ひとつひとつに是々非々で対処していただくのが大切ですが、そうはいっても男ムラの旧態依然をぶちこわすのは男にはなかなかできないでしょう。海外でもまれてるのもプラスと思います。48億円もかけてなったからには、思いっきり力をふるっていただくのがよろしいと思います。
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シューベルト 「4つの即興曲」 (第1曲ハ短調) 作品90
2016 AUG 1 22:22:23 pm by 東 賢太郎
人と同様に音楽も必要なときに寄り添ってくれるものがあります。大事にすべきものです。いまになってシューベルトはそういうことになってきています。
彼の音楽は癒すわけでも鼓舞したり陽気にしてくれるわけでもありませんが、心の奥底にあるかなわぬ憧れや、おののき、傷心のようなものを人肌でつつんでくれるような思いがします。
なかなか気づきにくいものなのかこちらの心に隙間がなかったのか、今まではむしろ鬱陶(うっとう)しいと思っており、彼のソナタのような音楽にそうたびたびひたってみようということはありませんでした。
シューベルトは歌の人です。歌といってもオペラと歌曲のちがいがあって、モーツァルトが大劇場で天下に向けて天才を発揮する人なら、彼はずっとプライベートでインティメートなもの、四畳半の片隅で悶々とラブレターを書いているようなところで才能が現れる人です。
以前に、音楽の夢枕のことを書いたのですが、スイスにいたころの朝です、目が覚めると彼の交響曲のメヌエットが頭の中で何度もくりかえし鳴っていて、そのときはその曲が何かは知っておらず、どこかで聞いたか覚えもなく、これは何だと驚いたことがあります。
それは、2番の稿で紹介したH・シュタインの全集を買ってきて、その時に人生で初めて耳にした第1番だったと後でわかりました。聴いたという記憶すらないのに無意識のうちに深層心理にこっそり忍び込んでいて、寝ている間にむくむくとたち現れてくるというのはどこかおそろしい。彼の書くメロディーには執拗にまとわりつく何かがあるようです。
もうひとつそういう曲、耳にまとわりついて離れない曲があって、作品90の1番がそうです。この曲のこの部分、4小節目から、これはなんだろう?4つの即興曲は二つありますが、どちらも1827年、つまりシューベルトが亡くなる前の年に書かれています。哀調をふくんだメロディーがハ短調から変イ長調、変ハ長調を移ろう中で不意にやってくる天国の花園のような・・・。
(譜例1)
この演奏の3分49秒からですね。
低音だけが動くff の激しい部分では「運命動機」が打ち鳴らされます(5分50秒から)。この部分の最後でバスがc・d・e♭・e・g♭・g・a♭・a・b♭と半音ずつ上がっていく場面はモーツァルトの最も恐ろしい音楽、短調のピアノ協奏曲やドン・ジョバンニを思わせます。
(譜例2)
運命動機を作る3連符はほぼ全曲にわたって執拗に伴奏として底流を流れています。それと単純な冒頭のメロディーだけで淡々と進みますが、それがくずれて右手に2連符が現れ、心の動揺、いやいやのような左右のずれが生じるのが譜例1なのです。
それが出るのはここだけです。
これがウィーンに住んだショパンに至ってOp69ー1の変イ長調のワルツのようなロマンティックな精神の作品に進化していったのではないでしょうか。前奏曲におけるベートーベン悲愴第2楽章の影響につき書きましたが、ショパンはバッハ、モーツァルトをはじめ古典を研究しています。どれも変イ長調です。
シューベルトはショパンより13歳年上で、我々が知るロマン派の精神はなかったでしょう。譜例1をテンポを落として「ロマンティックに」弾くのは本流ではないのです、たぶん。
しかし僕は自分では、どうしてもそうしてしまう。誘惑に勝てません。さきほどもここを夢中に弾いていて、あまりに異様に美しく、不覚ながら涙が出てくる。こういう音楽はあぶないのです。
シューベルトはこの楽想を2度出しますが、そちらへ行くことはなく、3連符の運命動機の世界に回帰していきます。譜例2の右手にあえて3連符の「3」を書き込んだことでわかります。
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シューベルト 交響曲第2番変ロ長調 D.125
2016 JUL 31 0:00:03 am by 東 賢太郎
7月のように大凶で気が滅入ったときに明るくしてくれる音楽の一つがシューベルトの交響曲第2番です。僕はシューベルトの交響曲でこれを未完成とザ・グレートの次に愛しています。なにせ17才の作品だから習作と思われているかもしれませんが、与えてくれる愉悦感と生命力は大きなものです。
17才前後の作品というとモーツァルトは交響曲第29番、メンデルスゾーンは真夏の夜の夢序曲、ビゼーは交響曲ハ長調です。いずれ劣らぬ天才の作ですが、中でもシューベルト2番は旋律美にあふれ、形式美、管弦楽の色彩とのバランスにおいて秀逸と感じます。ハイドン、モーツァルト、ベートーベンの系譜のど真ん中に位置する立派な作品です。
シューマンは2番をザ・グレートに触発されて書いたとされますが、ブラームスはシューベルト2番に賛辞を残しており、年下の彼が知ることになったのだからシューマンがこれを知っていた可能性はあるでしょう。
2番の第3楽章はこうです。
これがシューマン4番の第3楽章です。
これをどう聴くかは皆様の主観ですが・・・。
第4楽章の展開部に不安定な短2度の緊張から転調に至る高揚があり、その頂点で弦のユニゾンで新しい動機が強い主張をする(ここ)、
またはヘ長調から変ニ長調への唐突なものをはじめとする目まぐるしい転調など、ザ・グレートへの進化の種子を感じます。低弦のユニゾンが下がっていって転調するのは未完成の萌芽です。
ホルスト・シュタイン / バンベルグ交響楽団
この曲の真価を教えてくれたばかりか、古典派におけるオーケストラ演奏の「究極」の美しさをさえ伝えてくれる最高の名演です。中欧系のオケの美質がどんなものか知りたい方は、この弦のスタッカートの入念でありながら生命力にあふれた音、管楽器の素晴らしいピッチと自発的なリズムの活力、出しゃばらないが見事な存在感でくすんだマストーンのインパクトを形成する金管と打楽器をお聴きになるといいでしょう。この2番は僕の宝物のひとつですが、オーケストラとは不思議な生き物で、この全集の未完成はまあまあ、ザ・グレートはかなり不満で終わっています。
ウォルフガング・サヴァリッシュ/ ドレスデン・シュターツカペレ
古雅な味わいでバンベルグ響と双璧のDSKはこれとブロムシュテットがありますが僕の趣味はこちらです。第1楽章、ヴァイオリンが軽い弓で刻むスタッカートの合わせと見事なピッチ、第2楽章の室内楽的な沈静、第3楽章の活力(大変にシューマンを想起させる)、終楽章は無窮動的に走らず交響曲の威容と終結感を出しますが木管はチャーミングの極みです。総じて彼のシューマン全集に通じるものがあるので、それが好きな方はこちらも趣味に合うものを発見するでしょう。細かいことですが第2楽章第4変奏の4小節目でホルンのgとクラリネットのf#が短2度でぶつかる(おそらくシューベルトの意図せぬミス)のがはっきり聞こえています。
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来週、敵地でアイツにやり返したい
2016 JUL 29 22:22:31 pm by 東 賢太郎
「広島とやる時はアイツにだけは打たれたくないと思ってやっている。正直悔しい。来週(8月5~7日に敵地3連戦)でやり返したい」 (巨人・菅野智之)
高校、大学と同僚の広島カープ田中に2発の被弾、初戦の田口に続いてメークドラマへの残り少ないチャンスを賭けた第2戦で負けた菅野はベンチでグラブをたたきつけ、怒りをあらわにしてチームを凍りつかせた。
菅野の防御率はリーグ唯一の1点台(1.69)ながら6勝5敗。いかに打線の援護がないかだ。エースには相手もエースを当ててくる。負けたくないアイツは通常はソイツなのだが、毎度毎度あまりに味方が貧打だと矛先はそっちにも向かうだろう。
それがこの日のソイツは二軍上がりでお試し登板っぽい福井だ。そんなヤツに打線は抑え込まれるわ、最も打たれたくない(しかもホームランバッターでもない)アイツに右に左に2本もぶちこまれるわだ。その2点だけ(これは好投だ)という皮肉な結末が、これまた気色悪い。打たれたお前が悪い。それはわかっている。しかしなんだってアイツに。この怒りははけ口がない。
とてもよくわかる。そういう時は同僚もかける言葉はない。チームを凍りつかせてもいいことないだろう、もっと大人になれ・・・もっともらしい説教などうるさいだけだ。家帰ってバットの2,3本でもへし折るしかないよ。
その負けた悔しさ、自分への怒りこそ次の原動力だ。尻尾を巻くものにはわからない。菅野くん、8月5~7日の敵地3連戦、すごく楽しみである。
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スポーツとケンカ
2016 JUL 29 12:12:34 pm by 東 賢太郎
プロスポーツのメンタルがどういうものかは想像がつきませんが、同じ人間がやることだからという目で見ています。
ソフトバンクの内川がファウルフライを妨害されて捕れなかったとカメラマンを罵倒したり、中日の平田がヤジに応戦してスタンドにのぼりかける(右)などいろいろおこります。
内川はそういう男に見えないし平田は自分ではなく同僚ビシエドへのヤジに男気応戦だったようで、チームが勝てないことのストレスの反映なんでしょうか。こういう心理状態になると打席にも影響があるだろうなあと思います。
勝てなくなると連敗する。実力は伯仲なのにどうしてあのチームだけ一方的にやられるのかと不思議になりますが、チーム内でこういうストレスがそこかしこに蔓延すれば全員の打席やピッチングにひずみが出るのは避けられないでしょう。
一方でヤクルトのオンドルセクが監督に暴言を吐いてクビになってしまいました。こうやって外部にでなく身内にあたるケースも出てくると重症です。ともあれ、みんな負け=ストレスなのはよくわかります。
しかし、ストレスは昔からあったことで、そのはけ口はもっとシンプルに「敵」に向かってたような気がするのは僕だけでしょうか。ちょっとしたプレーで殴り合いになりベンチ総出の乱闘事件になるなどですね、これは顕著に減っているように思います。
プロ選手はリトル、高校と旧知の仲で、チームは違っても挨拶したりベース上でランナーと野手が会話したり、最近は合同キャンプまでしている。人間としてはいいことですが、どうも男と男の一騎打ち、ケンカという側面が失われてきている感じがするのです。
僕自身そうですが、男は本来きっと野蛮であり社会ではその蛮性を理性で包み隠して生きているように思います。大昔のガキの頃ですが、職場で上司に怒り道具箱を蹴倒して抑え込まれたことがあります。オンドルセクどころでない事件で、それでも会社で生きてこられたのは幸運だったのですが、ストレスはそれ自身が凶暴なものです。
負けをすんなり認めて尻尾を巻いてしまう男の心理は知りませんが、負けという悔しい状態のままストレスをため込むよりは発散する、それも身内やファンに対してではなく、負けた相手、敵にストレートにぶつけるという意味では、男にとって乱闘は筋が通っておりわかりやすい。
実社会でそれは絶対に許されないがグラウンドなら、という見る側の心理はあるように思うのです。実社会でできないからむしろやってくれ、戦争でやられたアメちゃんをたたきのめしてくれというのが力道山を応援した終戦直後のプロレスだったように思います。
僕の野球好きは王貞治vs大羽進に始まったことは書きました。外木場vs王、村山vs長嶋、清原vs野茂、清原vs伊良部、江川vs山本浩二・・・数々の名勝負。これは武蔵vs小次郎や伊賀の影丸の現代版で、これに魅入られてピッチャーをやりたいとなった。
これ、わかりやすくいえば、ぜんぶ男のケンカなんですね。合理主義、人道主義、友愛、フェミニズムなんかがはいりこんだスポーツはつまらないです。アルコールフリービールだけの飲み会みたいなもんだ。そんなのを金払って見る気はしません。見る方もストレス解消したいですから。
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外野の声など無視せよ(阪神タイガースの危機に思う)
2016 JUL 27 3:03:04 am by 東 賢太郎
もともと競争が好きで忍者マンガや戦争映画に夢中、勉強とスポーツだけやってればいいように育ちました。それが体育会で磨かれ会社では当然のごとく武闘派。当時の野村で武闘派は半端でなく、結果を出さない者、軟弱な考えや物事はいっさい問答無用で認めなかった。部下は大変だったでしょう。
今年の阪神タイガースを見ていると、金本が苦労してる。わかります。何でお前はそんなことができんのや?できんなら倒れるまで練習せいやこのボケが!そうやって藤波を160球投げさせてしまう。たぶん。そういえばカープの緒方も野村にそれらしきことをしてました。
それがけしからん、つぶす気か、今時の監督の器じゃないと批判の嵐である。これはつらい。なんか社会全体がフェミニンになってる気がする。戦いを礼賛する気はないが、男の世界は動物界を見るまでもなく女の取り合いにしろエサの分配にしろ競争なしにあり得ないと思う。
文民支配の世は結構だが男がどんどんオスの本能から乖離していってる気がします。草食系ですから?そんなの言葉のお遊びでしょ、草食獣だってメスや縄張りを熾烈に争ってますよ。まして競争、戦いの場であるグラウンドでそれでどうするんだろう。そんな情けない男どもを女は望んでるのだろうか?
我が事で恐縮ですが、営業ヘッド時代の僕にまともに口をきいてもらえると思っていた部下はいないだろう。口を開けばまさしく、何でお前はそんなことができんのや?できんなら倒れるまで勉強せいやこのボケが!でした。
当時の営業はすぐれて軍隊チックであり、みなさま僕の音楽ブログで違ったイメージを持たれていると拝察しますが(家では確かにそうでしたが)会社では笑わない野蛮な将校だったのです。それで大変に強い組織でしたから当時のあの会社では正義がありました。
その目で見ますと、ご批判はあるでしょうが、金本は妥協なんかせず、いらん中堅・ベテランなど問答無用で切って、彼のイズムで必死にはい上がってくる若手(必ずいるはずだ)と心中すればいいんです。それで今年は最下位であろうと今に見ておれでいいんじゃないでしょうか。今年のカープみたいになれば。
だめなら責任とってやめればいい。慣れない妥協をして、それで結果が出ずに首になるのだけは見たくないですね。選手としての彼を好きでしたから。緒方もそうでした。広島カープがどういう拍子で今年強いのか知りませんが、マエケンがいなくなって何かが吹っ切れて一丸となった、その波に乗った気がします。
何かをやろうというなら周囲の声など無視でしょう。
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