不思議な街、ソウル
2013 MAY 9 20:20:48 pm by 東 賢太郎
国民栄誉賞の謎
2013 MAY 6 17:17:31 pm by 東 賢太郎
本賞は、1977年(昭和52年)8月30日に内閣総理大臣決定された国民栄誉賞表彰規程に基づいており、その目的は「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えること」と規定されている。
福田首相(当時)がホームラン世界記録を達成した王貞治に与えるために作った賞らしい。公開されている授与基準の他に、「これまで功績を積み重ねてきた上に、さらに歴史を塗り替える、突き抜けるような功績をあげた」という「暗黙の了解」を満たしていることも必要だそうだ。
よくわからないのは、今回の長嶋、松井のダブル受賞ではない。なぜ長嶋が受賞していなかったか、である。王は世界記録だったから?では美空ひばりや渥美清は何の記録をうちたてたのか?スポーツは別なのだろうか。たしかに柔道の山下、高橋尚子、なでしこ、吉田沙保里は金メダリスト、衣笠は連続試合出場の世界新記録達成者だし、相撲の大鵬は大相撲史上最多となる32回の幕内優勝、千代の富士は通算勝ち星最高記録更新と業界最高記録更新者だ。しかし、だ。仮にそうであるなら、世界はおろか業界でも歴史を塗り替えるほどの記録がない長嶋が今回なぜ受賞したのだろう?
最初っから、政治家がその人気にあやかる目的は見え見えなのでいい。しかしこういうロジックが通らない解釈は法学部卒としては目覚めが悪い。何で長嶋じゃなくて王が・・・と長年やはり寝覚めが悪かった人たちが日・米MVP受賞で歴史を塗り替えた松井との師弟美談をネタに仕組み、安倍首相とナベツネ巨人軍がのっかったのかもしれない。いずれにせよ、この瞬間、ロジックはなくなったということだ。
ところが探してみると意外なことがわかる。長嶋の通算守備率.965は三塁手プロ野球歴代1位である。1000回球が飛んできてエラーは35回しかなかったということだ。これは4200守備機会以上という最もサンプル数の多いデータにおいて名手の誉れ高いヤクルトの宮本慎也より上ということなのだから、史上最高の三塁手は長嶋茂雄であるといって誰も文句はない。これでロジックは守られるのではないか。
いや、ちがう。
長嶋さんは始球式で松井の投げた内角高めのボールを「打ちに行った」。とても ”らしい”。あれを見て思い出したのは、大洋のエース平松の伝家の宝刀カミソリシュートがすっぽぬけて顔のあたりに行き、一瞬球場が凍りついたシーン。ところが彼はのけぞって倒れながらバットを振っていて、ボールを見るとレフトポール際へホームランだったあの仰天シーンだ。強烈な印象だった。あんなことをした、いやできたバッターは後にも先にも彼しかいない。歴史を塗り替えた人だ。
もうひとつ。いつだったか忘れたがTV番組でONが宮里藍ちゃんにゴルフでチャレンジというものだ。目の前の3メートルぐらいの高さの段の上にサンドウエッジでボールを打ち上げて止めるというもの。長嶋さんはまぐれでも一発で決め、藍ちゃんは数回やって失敗。そのあとのONメンコ対決もNの圧勝。TVで見る長嶋さんは本当に強かった。勝負というものは全部強い人。国民は強い英雄を求めている。敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績とはこのことだろう。
ロジックが通用しない人、長嶋茂雄の国民栄誉賞。納得です。
勝手流ウィーン・フィル考(4)
2013 MAY 6 0:00:52 am by 東 賢太郎
とりあえず思いつく僕のウィーン・フィルCDのベスト3です。
第1位 マーラー「大地の歌」 ブルーノ・ワルター指揮、キャスリーン・フェリアー(アルト) (52年)
マーラー嫌いの僕ですが、この曲は時々聴いてます。しかしフェリアーの細かいヴィヴラートは実はあまり好みではなく、その分同じワルターの9番に気があったのですが花崎さんが挙げられたのでこれにしましょう。ウィーン・フィルの音というとこれが原点に近いからです。モノラルながら彫の深い良い音でオケの立体感もあります。それにしてもマーラーの愛弟子で当曲の初演者でもあるワルターの指揮は見事で「告別」(第6楽章)の最後は何度聴いても心を打たれます。47年にフェリアーがワルターと初めてこれを演じた時、そこに来て感動のあまり泣いてしまい、最後の”ewig”をついに歌えませんでした。謝罪されたワルターは「大丈夫ですよ。でも、もしあなたぐらいすばらしい芸術家ばっかりだったらみんな大泣きで大変だった」と慰めたそうです。
第2位 チャイコフスキー交響曲第5番 リッカルド・シャイー指揮
1980年、イタリアの俊英で弱冠27歳(!)の若造(失礼)だったシャイーのこれがデビュー盤でした。これを初めて聴いたときの電気が走ったような感動はまだ覚えています。テンポは伸縮自在、強弱は外連(けれん)を尽くし、主題はくっきり。ちまちました交通整理などどこ吹く風。欲しい音はエンジン全開で引き出す。歌う。若さの勝利です。おじさんには恥ずかしくてできません。それに興味を示したのか、最初は素っ気ないネコのウィーン・フィルがだんだん面白がって本気になって・・・そういう感じなのです。白眉は第4楽章でしょう。音を割るホルン、むき出しのトランペット、綺麗ごとでなく吠えるトロンボーン、ガツンとくるティンパニ、木管が原色の音丸出しでノッているのが分かり、弦セクションは体をゆすっている(はず)。ネコが完全に本気になって疾走するコーダのものすごさ。これをチャイコ5番ベスト3に入れるのに躊躇は全くございません。こんなウィーン・フィルをライブで聴けたらなあ!
第3位 ラヴェル バレエ音楽「ダフニスとクロエ」(全曲) ジェームズ・レヴァイン指揮
アメリカ人のウィーン・フィルによるフランス音楽。85年録音で、この頃から非ドイツ系レパートリーが増えていましたね。ベームのもっさりした火の鳥なんかのイメージがあり期待せずに買ったCDですが、何故か(?)とても上手い。こんなヴィルトゥオーゾ・オーケストラだったっけと驚きました。ただ、モントゥー、クリュイタンス、マルティノン、デュトワ、ブーレーズなどの色香や洗練とは味わいが異なり、ラヴェルのイディオムを弾き(吹き)慣れていないオボコい感じがあるのが好きでたまに聴いています。遠近感、合唱の扱い、メリハリは舞台を感じさせ、オペラ指揮者と歌劇場管弦楽団の相性を感じます。それでも弦の暖かい音色や木管の色彩はまぎれもなくウィーン・フィル。ぞくぞくするほど美しい。デリケートな部分ではフランスのオケにはない官能性を感じますが、どこか貴族的でもあります。たまに違った遊びをやるとネコは喜ぶのです。
以上ベスト3ですが、あれを忘れてた、こっちもいいぞというのがまだまだあります。花崎さん、ぜひ続編もやりましょう。
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松井秀喜の引退セレモニーを見て
2013 MAY 5 17:17:02 pm by 東 賢太郎
僕らにとって甲子園へ出られる人はみんなあこがれのスターでした。その甲子園で5打席敬遠された松井秀喜。そして日米のプロでMVP。選ばれた人の中でも図抜けた存在でした。彼のパワーや技術は想像すらつきませんが、今日のTVであの敬遠の試合で甲子園を去る時に「すみませんでした」と監督に言ったと知り敬服しました。底知れぬ責任感と懐の深さです、高校生なのに!星稜の監督が「男が男に惚れる男」と評してましたが、この話ひとつで僕も惚れました。「努力できることが才能である」これは松井のためにあるような言葉です。柔道も相撲も県大会レベルという体があってこそでしょうが、そのぐらい体に恵まれてそれにかまけて努力を欠いて ”そこそこ” で終わる人が何とたくさんいることか。引退後は芸能界で食っていこう等の浮ついた雰囲気がかけらもない。セレモニー後の廊下が映っていましたが、松井は巨人OBで長嶋氏をよいしょするそういうののひとりに目も合わせていなかった(そう見えました)。ヤンキースのトーリー監督、ジーターら同僚たちの表情と行動とメッセージ、米国人の超一流のプロたちですから、あれは技術や実績だけでなく松井の人間性に惚れていなければ出てこないでしょう。2009年のニューヨーク優勝パレードのファンのどよめき。こういうことがどんなにレアなことか徳光アナウンサーはわかっていなかったようですが、海外で長く過ごした日本人として誇らしくて涙が出ました。こういう男は野球界だけでなく日本ではもう絶滅危惧種に近づいている気がします。巨人の監督などでなく政治家になって欲しいと感じたのは僕だけでしょうか。
勝手流ウィーン・フィル考(3)
2013 MAY 5 11:11:10 am by 東 賢太郎
最初にウィーン・フィルの実演を聴いたのがいつどこで何だったか、どうも記憶にありません。
オペラとしては83年夏にウィーン国立歌劇場でホルスト・シュタイン指揮の「パルシファル」でした。当時、曲を知らなくてあまり感動はありません。85年にロンドンでマゼールのブラームス1番と火の鳥、オケとしてはこれが最初だったかもしれません。僕は80年代以降のマゼールはあんまり好きじゃなく、これもつまらなかったですね。94年フランクフルトでのマゼールのメンデルスゾーン4番も印象が残っていません。92年にはシノーポリと来日してマーラー1番とドン・ファン。NHKホールの音もさえず、ドン・ファンのオーボエ部分の異様な遅さなどオケのいじめにでもあってるんじゃないかと思うほど生気がなく、誰がやってもブラボーであるマーラーも珍しい冷めた演奏でした。この1番、2年後にフランクフルトでマゼール指揮でも聴きましたが、これもだめ。このオケ、巨人が嫌いなんじゃないかと本気で思いました。
真価を感じたのは、ニューイヤーコンサート以外では以前書いたロンドンでのプレヴィンのハイドン。それから94年にフランクフルトでのムーティのベートーベン8番とチャイコフスキー5番。83年のザルツブルグ音楽祭でのカラヤンのばらの騎士、やはり96年ザルツブルグ音楽祭でのマゼールのダフニスとクロエとベートーベンのヴァイオリン協奏曲、というところでしょうか。確かハイドンのアンコールで、打楽器の人が嬉しそうに小太鼓を運び込んでやったJ・シュトラウスのワルツ、何だったかは忘れましたが、これが自家薬篭中という風情でノリまくり大変良かったのも印象にあります。
以上のようなものですから、どうもこのオケの実演ということでは僕は割とハズレが多く、ネコが真剣にならないイメージの方が強いのです。ただ、ハズレの時でもこのオケの音色美はいつも堪能していますから因果なものです。それだけで普通の客は満足だろうと高をくくられても仕方ないぐらい魅力的な音なのですから、ネコ型にもなろうというものです。
このオケを味わうならウィーンへ行って、ムジークフェラインで聴かないとというのが僕の今の結論です。ネコが遊びを選ぶように彼らはハコを選ぶのです。NHKホールやサントリーホールの音響で彼らが本気になるとは到底思えません。ベームの時(75年)は聴衆の安保闘争なみの異常な熱気で目覚めましたがあれは例外でしょう。ニューヨークでも、格段にひどい音のリンカーン・センター(エイブリー・フィッシャーホール)じゃあだめです。あそこでこのオケが弾いている姿を想像さえしたくありません。ワシントンDCのJFKセンター、あのホールでもチェコ・フィルは懸命にいい音を出しましたがウィーン・フィルは無理でしょう。フランクフルトのアルテ・オーパー、あそこは一見音がよさそうに見えるホールなのですが、大したことありません。ドレスデン・シュターツカペレの弦ですらしょぼい音でした。だからウィーン・フィルはやはりあまり真価は出してくれませんでした。それでいいんです。超美人ですから顔を出すだけで普通の客は喝采するのです。
ということで、他のオーケストラはともかく、ウィーン・フィルが来日しても、僕は絶対に聴きません。金の無駄です。いいオーディオ装置で、ムジーク・フェラインかゾフィエン・ザールでの録音を聴いた方がよっぽどいい音がするからです。
それでは次回、僕が好きなウィーン・フィルのレコード、CDをご紹介しましょう。
勝手流ウィーン・フィル考(2)
2013 MAY 4 21:21:23 pm by 東 賢太郎
1996年の年の瀬のことです。野村スイス勤務だった僕は両親、家族とお正月を迎えるために年末から一時帰国して東京の自宅にいました。そこへ突然、秘書室より「社長が所用でウィーンに行くからすぐ現地で待ってお供しろ」という耳を疑う電話があったのです。
当時、欧州ビジネスに力を入れていた野村證券はウィーンに駐在員を置き、ウィーン・フィルを日本に招へいするなどウィーン楽友協会(Wiener Musikverein)と近しい関係を築いていました。その関係で楽友協会長からのニューイヤーコンサートへのご招待だったのです。僕の仕事はそれと関係はありませんでしたがなぜか白羽の矢が立ってしまい、急きょ12月30日のフライトを取って現地へ飛びました。
1997年1月1日、ウィーンは零下20度という極寒の朝を迎えました。世界の40か国以上に生中継され元旦の風物詩になっているニューイヤーコンサートは黄金の間(上)と呼ばれる楽友協会(ムジークフェライン)大ホールで行われます。このホールでウィーン・フィルを聴くのは全クラシックファンの究極の憧れと言っていいでしょう。僕も初めてであり、時差ボケも吹っ飛んで五感を全開にしてコンサートに臨みました。
指揮者がフィラデルフィアで2年聴いたリッカルド・ムーティだったのもご縁でした。右はその時のCDです。この時聴いたウィーン・フィルの音は一生忘れません。まさにレコードでなじんだ「あの音」なのですが、ムジークフェラインという天下の名ホールのアコースティック、空気感の中で聴くと、他のどこでも味わったことのない馥郁たる芳醇な美味とでも表現するしかない、暖かくも細部までクリアな音が体を包むのです。夢のような時間はアッという間にすぎ、終演後はムーティーのサインをもらったりしながらあまりの幸運に頬をつねりたくなる気分でした。これがその時の楽屋の写真です。後方の左から2番目が僕です。
その後、僕らは楽友協会アルヒーフ、つまりウィーン・フィルにまつわる大作曲家たちの自筆楽譜などをしまってある収納室へ招かれました。協会長が白手袋をはめて腫れ物に触るように慎重に開いて見せてくれたのがモーツァルトのピアノ協奏曲第20番K.466、シューベルトの交響曲第9番ハ長調、ブラームスのヴァイオリンとチェロの二重協奏曲などでした。シューベルトの最初のホルンが現行譜と違うのに驚いたら協会長に驚かれ、ブラームスはバーデンバーデンで初演したのになぜここにあるのかと尋ねたら、ウチで働かないか(笑)と言われました。
出てきませんでしたがシュトラウスの青きドナウも、ベートーベンの第九も、エロイカのナポレオンへの献辞もここの書庫に眠っているのです。本当に雇ってもらいたいぐらいです。これは千利休の茶室で彼の茶碗でお点前をいただいたようなものです。指揮者マーラーのコメント入りフィガロの結婚パート譜なんかもあるのです。違う風にフィガロをやろうとすれば、マーラーに挑戦することになるわけです。ショルティは「ウィーンで一番好きな道は?」と聞かれたら「空港へ行く道だと答えるね」、と言ったそうです。このオーケストラを指揮するのがいかに大変か、でもやり遂げたらいかに名誉なことか、何となくわかりますね。
その日は楽友協会幹部とウィーン・フィルのメンバーの方たちとの盛大な夕食会でした。丸テーブルがたくさんあって、僕のテーブルはヴィオラ・セクションの方々でした。僕は昨夜時差ボケであまり寝ておらず、ワインが回ると酒に弱いので眠気もきておりました。しかもこっちはスポンサーですから楽員の方がホストして下さって、野村のことをたくさん質問されたりしました。つまらない説明をしている時間が長く、残念なことに楽員のお話もお名前もけっこう失念してしまいました。「ウィーン・フィルは団員も若くなって変わろうとしている」、「伝統は大事だが時代も変わる」というご発言は印象に残っています。はっきり覚えているのはマーラーの話です。「自分たちはマーラーの演奏の仕方をよく知らなかった(!)。ウィーン・フィルにそれをたたきこんだのはバーンスタインだ。」これは驚きました。バーンスタインは信頼されているという感じでしたね(少なくともヴィオラ・セクションでは。でも、良く考えると彼らが好きな「死んだ指揮者」だったんですが・・・・)。
勝手流ウィーン・フィル考(1)
2013 MAY 4 19:19:34 pm by 東 賢太郎
彼らが望むのは、死んだ指揮者や死にかけた指揮者ばかりで、他の指揮者には関心を払わなかった (「レコードはまっすぐに」ジョン・カルーショー著)
デッカの大物プロデューサーだったカルーショーのこの本は実に面白いです。レコード会社のサイドから見たウィーン・フィルの生態が生き生きと描かれているからです。ビジネス書としても示唆に富み、このオーケストラに関心のあるかたにおすすめします。
こんな感激を味わって、その上になお報酬をもらえるとは・・・・ウィーン・フィルのクラリネット奏者レオポルト・ウラッハがフルトヴェングラー指揮の或るコンサートの後で(「栄光のウィーン・フィル」オットー・シュトラッサー著)
シュトラッサーはウィーン・フィルのヴァイオリン奏者を45年つとめ、58-67年は楽団長の地位にあった人。この本はオーケストラの中から見た指揮者像、経営の内部事情、政治などが生々しく書かれています。以上の2冊でこの名門オーケストラがどういうものか、彼らが残した録音がどういう背景でできたかおおよその輪郭は知ることができるでしょう。
このシュトラッサーが第2ヴァイオリンとして活躍したバリリ弦楽四重奏団はこのような名録音を残しています。ウィーン・フィル団員がこのように室内楽団をつくる伝統はベートーベンの弦楽四重奏曲のほとんどを初演したイグナーツ・シュパンツィヒまでさかのぼり、ウィーン・フィルが作曲家のオリジナル演奏の遺伝子を脈々と継いでいることがよくわかります。
フルトヴェングラーに感激したウラッハのクラリネットが聴けます。モーツァルトとブラームスの2大クラリネット五重奏曲です。ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団とのアンサンブルはミニ・ウィーンフィル と言っていいでしょう。全楽器がタテに合わせるよりヨコの歌を重視。誰が主役ともつかない自己主張、微妙に流動的なテンポと間、華と艶(あで)やかさのある音程の取り方、クリーミーで暖かい音色の肌触り。これらの独特のねっとりした甘さは五感を刺激してやみません。これがそのままウィーン・フィルの魅力になっているのです。
こちらはより新しい録音でウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団によるハイドン、モーツァルト、シューベルト、ブラームス。これとは違った流儀の名演はたくさんありますが、これは最高の美音で弾かれたもののひとつであり、何の違和感も抱かせません。のびやかに自然体で奏でられたウィーン流の演奏はやはり作曲家の出自にかなったものと思わされてしまいます。無言の説得力があるのです。
ウィーン・フィルはネコ型だ書きましたが、何が彼らを誇り高いネコ属にしているか、大きな理由はここにあると言っていいでしょう。
この人たちは土地っ子です。こうしてウィーン生まれの音楽を自分たちの流儀で毎日のように演奏しています。ウィーン・フィルというのは、こういう人たちの集団なのです。だからこの人たちの前に立ちはだかって、ベートーベンのカルテットの楽譜を出してよそ者があーせいこーせいと言ったところで「キミ、ところで誰?」と一蹴されるのが落ちでしょう。ウィーン古典派の大作曲家を千利休とすれば、ウィーン・フィルは表千家の家元と許状をもった弟子たちの集団と言ってそうはずれていないと思います。
この人たちは夜はウィーン国立歌劇場のオーケストラピットでオペラの伴奏を弾いています。国立ということは国家公務員ですから、給料はアメリカの一流オケより低い。そこで、アルバイトをしようじゃないかと組織したのがウィーン・フィルです。自主運営団体だから常任指揮者は置かず、団員の意見で誰を呼ぶか決めます。もちろん芸術的な相性を考慮するのですが、「死んだ指揮者」は呼べないし、相性は良くても客が入らず印税が稼げない指揮者では困るのです(なんといってもバイトですから)。
「和音は少しずれたほうがまろやかな音になる」と伝統的に考えているこのオーケストラに対し「私はそうは思わない」と真っ向から立ち向かったゲオルグ・ショルティは、最も好かれなかった指揮者のひとりでしょう。しかしウィーン・フィルは彼とワーグナーの「ニーベルングの指輪」全曲をデッカに録音してレコード史上に残る売り上げを記録しました。その制作上の裏話は前掲書に詳しく書いてあります。
愛憎とビジネスは相反することもあるのです。
ショルティはハンガリー系ユダヤ人でありレナード・バーンスタインはロシア系ユダヤ人です。何より、指揮者としてこのオケに君臨した作曲家グスタフ・マーラーはチェコ系ユダヤ人です。ブルーノ・ワルターはドイツ系ユダヤ人ですが、相思相愛だった彼の遺産はこのオーケストラに相続されています。前掲書には「ユダヤ系指揮者は好きでなかった」とあるのですが、それが愛憎の直因であるほど事は簡単ではないということでしょう。こうした書物も著者の主観があり、一部の奏者に聞いただけの話かもしれず、流布している噂話も尾ひれがついていると思います。
どうせ主観なのですから、自分の耳で聴いたものだけを信じて、これから独断と偏見にもとづいて大好きなウィーン・フィルのことを書いてみようと思います。
投手の難しさ
2013 MAY 2 23:23:46 pm by 東 賢太郎
きのうの阪神・広島戦です。阪神は榎田、カープは久々登板のマエケン。結果はカープが5-0の完封勝ちでした。榎田は2011年にプロ入り、新人でオールスターに選ばれた好投手。しかし僕が注目しているのが彼が2年間で105イニング投げ108三振奪取していることです。イニング数より三振が多いというのはなかなかできることではありません。彼は150km出せるのですが変化球が勝負球で、平均だと138km程度です。コントロールもキレもあり、だから三振が取れるわけです。
きのうはまずマエケンが凄かった。上腕筋のハリでしばらく投げていなかったのにストレートは140の後半。そのコントロールは今一つでしたが、スライダーがキレていて7回を4安打で押さえてしまった。それはいい。面白かったのは、調子は良かった榎田が、おそらくそのマエケンの復調ぶりを見て力が入ったのでしょう、3回に下位の石原にまさかの四球、バントとヒットと続いてまた丸に四球。満塁で広瀬に「置きにいった」外角ストレートを右中間2塁打された場面です。
置きにいくというのは、コントロールに自信がないときに腕を振らずにストライクを取りに行ってしまうことで、球速も伸びもないので往々にして痛打されます。榎田ほどのコントロールの投手がそうなったのは、相手(マエケン)の調子からして味方は点が取れない、だから1点もやってはいけないという心の声が聞こえたからだと思いました。
投手というのは孤独に耐えなくてはいけません。神経質です。唯我独尊です。そういう性格じゃないとできません。ちょっとの異変、不安、疑心暗鬼ですごく手元が狂ったりします。いくら内野がマウンドに集まって励ましてくれても、結局投げるのは自分です。だからどんな言葉も救いになりません。
前日11点とカープ投手陣をメッタ打ちした阪神打線が、マエケンが出ると4安打。打線はよく水物といわれます。しかし、投手の方も実はガラスのハートです。相手投手の方が歩幅が大きくて、投げる時に着地する足型が先の方にあるとそれだけでタマが浮いたりします。マウンドの傾斜も好き嫌いがあります。10勝する投手はそれを乗り越えているでしょうし、15勝以上する投手はもっと何か別なものを持っているのかなと推察します。球が速ければいい投手かというと、そうでもない。そこが野球の面白い所だと思います。
クラシック徒然草-指揮者なしのチャイコフスキー-
2013 APR 30 21:21:27 pm by 東 賢太郎
それは2004年10月23日の17時56分のことでした。
新潟県中越地震は東京でも大きな揺れとなりましたが、その後続いた大きな余震の一つが発生した時、東京のNHKホールはウラディミール・アシュケナージ指揮によるN響コンサートの真っ最中でした。ホールは舞台上のマイクロフォンが落下するかと思うほど大きく揺れ、聴衆も驚いて客席には一瞬ざわめきが走ったのです。
1階席右後方で聴いていた僕からは舞台が遠く、そこで何が起きているかは見えませんでしたが、演奏(チャイコフスキー交響曲第3番)は中断することなく一応終了しました。異変に気付いたのは、休憩後に場内アナウンスがあった時です。グラッときた時に大熱演中だったアシュケナージが(おそらく経験なかった地震に驚いて)指揮棒を左手のひらを貫通するほどに突き刺してしまい、病院で手当て中のため指揮できないというのです。
後半は同じ作曲家の4番でした。その時点で震源が新潟とは知りませんでしたが、ずいぶん大きかったので周囲の情報も気になりました。今日はこれでお開きかなと思ったところ「指揮者なしで演奏します。ご了承ください。」とアナウンスがあり、お客はみな普段どおり着席しました。しかしみなさん半信半疑です。指揮者なしのモーツァルトはありますが、大編成のチャイコフスキー、しかもリズムがとても難しい4番だったからです。
ところがこの演奏、結果的に何の破たんもなく、要所要所で堀正文コンサートマスターが弓を使って大きな身振り手振りでキューを出しながら難なくまとめあげてしまったのでした。録音を音だけ聴いたら、まさか指揮台に誰もいないという光景は想像できなかったでしょう。N響のプロフェッショナリズムに敬服しましたし、奏者の方たちにも動揺はあったでしょうから組織として立派な危機管理だったと感心しました。急場での日本人の結束力、団結力はすばらしいなと感動した一日でした。
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ブログ別訪問者数ランキングです(4月30日)
2013 APR 30 0:00:44 am by 東 賢太郎
僕のブログの訪問者数ランキングです。トータル閲覧数が14,000を超え、前回とだいぶ様子が変わってまいりました。神山先生が1位ということで、やはり皆様の健康へのご関心が非常に高いことがわかりました。セミナーご出席者の無記名アンケートを見ても、「時間が短すぎた」、「もう一回やって欲しい」という声が多いという事実がございました。参考にさせていただきます。
急に3位に登場したゴルフですが、今の思いはブログに書いた通りです。ゴルフにはエージングという現実をどうしても見せつけられてしまい、最近やるのがちょっと辛いです。ただ、人生のかなりの時間を費やしたゲームなので何も触れないのはどうか。そう思います。たくさんの感動をくれた面白い遊びですから、それをお伝えするのがゴルフの神様への恩返しと、そういう心意気でもう少し頑張って書いてみようと思います。
クラシック音楽につきましては、愚説、愚考を縷々書き連ねてまいりましたが、世界中でこれだけの方にお読みいただきましたこと、光栄の至りでございます。少しでもクラシックを聴いてみようという方が増え、少しでも多くの方がそこにかけがえのない人生の楽しみを見つけてくだされば、こんなに嬉しいことはございません。テーマごとに一期一会感覚で書いておりますので遅々としてまだ書きたいことの一部しか書いておりません。思うことすべてを書ききったら、もうブログはやめてもいいという気持ちでやっております。
- 神山道元先生セミナーのご案内 195
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