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ラヴェル「ダフニスとクロエ」の聴き比べ

2013 DEC 12 23:23:20 pm by 東 賢太郎

 

32種のダフニスを持っていますが、ブログを書いた記念に代表的なものをスコアを見ながら聴きなおしてみました。

ひとつだけ加えておきますと、この曲はラヴェルが編んだ組曲版が2つ存在します。第1組曲の方が第1部の途中から第2部の終わりまで。第2組曲は第3部そのまま(導入部を省略)ですが合唱を省いて楽器に置き換えられてしまいました。ロシアバレエ団の経費節減につきあったわけで、ボロディンの「ダッタン人の踊り」がやはり同バレエ団の舞台にかかると「合唱なし版」という憂き目にあっています。ところで、ラヴェルがダフニスの5拍子の終曲「全員の踊り」を書いている最中、いつも「ダッタン人」のスコアがピアノの譜面台に置かれていたそうです。確かにどことなく似ています。ムソルグスキーの「展覧会の絵」の管弦楽編曲もするなどロシア趣味がラヴェルにあったのは興味深いことです。

 

ピエール・モントゥー / ロンドン交響楽団

678(1)モントゥーは当曲の初演者です。まず音価の取り方が正確、妥当なのが耳をひきます。誰も聴いたことのない段階でスコアを研究し音にした痕跡が感じられ、僕のようなタイプのリスナーにはとても気になる演奏をしています。例えば「夜明け」のピッコロのパッセージ(下の楽譜)の音価は雰囲気先行でいい加減な演奏が横行していますが、これが本物。そういう細部は忘れたとしても、どことなくオーセンティックな、1912年のパリのシャトレ座ではダフニスはこう鳴り、ラヴェルもこれを聴いたのだろうというという風情が感じられるのです。オケから立ちのぼる気品とダフニス風格がそう思わせるのかもしれません。ひとつだけ気になることは練習番号196でテンポが落ちることですが、彼がアムステルダム・コンセルトヘボウを振ったライブ盤ではそれがほとんどなく理由がわかりません。後者はいま手に入るかどうか知りませんが、変幻自在なニュアンスと熱気があり、この曲がお好きな方は探してでもお買いになって損はないでしょう。これがアムステルダム盤(Live recording, Amsterdam, 23.June.1955)です。

 

アンドレ・クリュイタンス / パリ音楽院管弦楽団

4988006898295ファンが多く当曲の決定盤とされるようですが僕の印象では緻密でなく芝居がかっていてオケのコントロールがやや甘いように思います。例えば、練習番号172のヴィオラ、チェロとユニゾンで重なるフルートのppのヘ音は低音域でよく響きます。それをあえて使うあたりがラヴェルの管弦楽法の妙で、シンセでここのフルートを演奏してみて感嘆しました。しかし当盤ではフルート奏者が無神経なヴィヴラートをかけオーボエの精妙な和声を台無しにしています。クリュイタンスはそういうことはお構いなしですがテンポやダイナミクスのメリハリは上手で説得力に富んでおり、「夜明け」で日の出とともに鳥があちこちでさえずりあたりがざわざわしてくる場面の生命感はこれが一番です。最後は納得させられてしまうという演劇型の演奏です。

 

エルネスト・アンセルメ / スイス・ロマンド管弦楽団

1300337340反対に冷徹、冷静、微視的です。「夜明け」はとても遅く太陽が昇りそうにありません。「全員の踊り」も熱くならず、スイスロマンドOの腕前も今なら学生オケレベルということでランキング上位入賞はまったく無理でしょう。ただオケの音色はクリュイタンス盤のパリ音楽院Oよりフランス的なほど素敵でラヴェルにぴったり。葦笛のようなオーボエなど感涙ものです。趣味の問題ではありますが、アンセルメの「クープランの墓」は最も好きなもののひとつでもあるように、演奏芸術はうまいへたでは計れないものということを知らしめる不思議な演奏です。

 

シャルル・ミュンシュ / ボストン交響楽団

img_232134_15527496_0反対に熱い。「夜明け」もアンセルメとうって変わって速く、クールな部分より動的な部分が光ります。フレーズの身のこなしが変幻自在でこの曲が指揮者の十八番であったことがうかがえる演奏。生き物のように流転するテンポと強弱の変化にボストンSOが敏感に反応しており、初めての方でもわかりやすい演奏でしょう。クリュイタンス以上に演劇型で僕はあまり好みませんがそういうタイプが好きな方にはおすすめできます。パリ管の方は、BSOに比べオケがずいぶん落ちミュンシュの良さが出ていない普通の演奏です。

 

ジャン・マルティノン / パリ管弦楽団

zc1289667僕が好きでよく聴くもののひとつです。全曲盤でひとつといえばこの演奏を選ぶこともあるかもしれません。冒頭の神秘感はこれが一番で始まった瞬間にもう只者ではない感じが部屋に漂います。パリ管はミュンシュの時とは別なオケのようで、冷んやりとした弦の質感、色気のある木管、米国のオケのようにフォルテで下品にならない金管など見事。そのフランス風高級感のあふれる音素材を駆使した緻密なしかも気品にあふれたダフニスとなっています。静的でクールな場面、デリケートで敏感な弱音に知性とセンスの限りを尽くしている点、非常にプロフェッショナルな作曲家的アプローチと感じます。

 

ポール・パレー / デトロイト交響楽団

41MY4K2DY4L._SX300_第2組曲というのは第3部しか聴けない上に、合唱が入っていません。どうして全曲版で入れてくれなかったのか!とうらめしくなるほどエレガントな名演です。合唱なしというのは、ディアギレフと対立までしてそれを入れた、そのラヴェルと対立することになりますからまったく支持できません。レコード会社の都合だったと思いたい。なにしろここでは決してうまいわけではないデトロイトSOが堂々たる真打の芸という風格を漂わせており、有名なフルートソロやパントマイムの歌い回しなどはもう至芸の域であります。ラヴェルが振ったらこうやったかもしれないというイメージが最も浮かぶ演奏であり、しぶしぶ第2組曲だけで選ぶなら文句なくベスト盤として推します。

 

ヘルベルト・フォン・カラヤン / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

カラヤンダフニスやはり第2組曲のみです。しかしパレーと違ってカラヤンが全曲演奏に興味を持ったとはそもそも想像できません。完全に華麗なオーケストラ・ショウピースとしてのアプローチであり、立ちのぼる気品やアロマといったインタンジブルな(触れられない)ものは無視して即物的な音響美の構築に徹しています。香水の薫りのないダフニスです。弦がブラームスを弾くような厚めの音でヴィヴラートとポルタメントをかけるのはまことに趣味が悪く、しかもベルリンPOにしては意外なほどピッチが甘く荒い。ffはうるさいだけでppのデリカシーは希薄。「全員の踊り」はアルルの女のファランドールとほぼ同じ曲として振っているのかなと首をひねります。

 

シャルル・デュトワ / モントリオール交響楽団

R-3318549-1325542908カナダでありながらフランス語圏の文化的伝統を身にまとっているオーケストラの色香が適度なホールトーンに包まれて実に美しい演奏です。録音のセンスの良さにおいて最上級のディスクのひとつでしょう。神秘性よりは上品なチャームを感じさせるアプローチであって、演奏タイプとしては演劇型なのですが、設計のうまさ、ディテールの磨き方、オケのバランスの良さ、演奏技術を考慮すると同タイプの中ではファースト・チョイスに値すると思います。どこといって群を抜くという演奏ではないのですがすべてにわたって偏差値が高く、今回全曲を聴きなおして改めて感動したことを記しておきます。

 

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキー / ミネソタ管弦楽団

CDX-5032 第1,2組曲なので第1部の途中からなのが残念ですが合唱は入っているのがさすが!デリカシーに富み、音符ひとつひとつまで意味深い細部のこだわりにおいて一級品です。全曲にわたって指揮者の眼光がオーケストラの隅々まで届いている緊張感が素晴らしい。それでいて冷たい演奏ではなく、「夜明け」はたっぷりしたテンポでよく歌っており、弦のポルタメントもロマンティックな方向に傾斜を見せるなど、一筋縄ではありません。難をいえばミネソタOが一部で棒についていけていないことぐらいでしょう。ブーレーズを先取りした作曲家アプローチであり、その系統では最も傾聴すべき秀演です。

 

キリル・コンドラシン / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 

51QYYSJbZlL._SL500_AA300_ライブです。演奏は精密さには欠けますが録音がこの名ホールの音響をよくとらえています。第1部は幕開けの神秘感よりも若い恋人たちの踊りに重点があり、ロマンティックです。交響曲でも音画でもなく物語として語りかけるアプローチでしょう。全曲のピークはですから徐々に熱して爆発する「全員の踊り」にあり、ライブでないとこうはいかないという一期一会の壮絶な演奏が聴けます。ソ連の名指揮者コンドラシンが亡くなる直前にこのオケと残したライブ録音は選曲も良く、どれも高水準の名演と思います。

 

ユージン・オーマンディ / フィラデルフィア管弦楽団

71VkC0OIxoL._SL1200_第2組曲です。彼もカラヤンと同じく、全曲には興味のない人だったでしょう。オーマンディは何度かフィラデルフィアでライブを聴き、楽屋でお話しまでした親しみ深い指揮者なのですが、どうもフランス物はいけません。ひたすら名技と絢爛たる音を誇示する方向に聴こえます。それも誇示すべきフィラデルフィアの木管がフランス的でありません。もちろんオケのプレイの水準は高いですがこのオケならこの程度は普段着のままでできてしまうという演奏であり、あくまで趣味の問題ではありますがこれをお薦めする気にはなれません。

 

ジェラード・シュワルツ / アトランタ交響楽団

MI0003402597あまり知られていませんが、はっきり言って名演です。i-tuneで購入可能です。シアトルSOの響きはゴージャスに磨かれていて、相当気合を入れた練習を積んだのでしょうトップクラスに遜色なく、快速の「全員の踊り」の一糸乱れぬ快演はライブだったら鳥肌ものでしょう。米国オケの安っぽさは微塵もなくシュワルツのデリカシーと音楽の表情づくりもすばらしい。ドイツで買ったオリジナルのDelos盤はデービッド・ダイヤモンド作曲の「ラヴェルの思い出のエレジー」と組み合わさっていてラヴェルづくしであり、録音の良さもとても印象的でした。万人におすすめします。

 

ピエール・ブーレーズ / ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団

ラヴェル旧盤です。77年、大学時代の米国旅行の折に買ったLPがこの曲の教科書になりました。春の祭典の稿に書いたことがほぼ当てはまります。スコアが眼前に浮かぶ精密さ、分光器にかけたような音彩、倍音まで伝わる完璧な音程とエッジのある録音。金の粉をふりまくようなフルート・ソロの素晴らしいこと。ただし、祭典ほどに微視的アプローチがものを言う音楽ではなくこれが絶対というほどの水準にはありません。例えば弦はクリーヴランドOより落ちます。ブーレーズらしからぬポルタメントはオケの流儀を放置した感。自分としては青春の記念碑のような愛着がありますが。

 

ピエール・ブーレーズ / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

61Qr9zSX3uL同じく新盤です。これをベルリンで聴いたわけですが、あのライブは感動した割にどういうわけかほとんど細部を覚えておらず、このCDを聴いてああこういうものだったのかと改めて感じいる次第。春の祭典ほど新旧盤の彼我の差は感じませんが比べて聴いてみると、やはりとんがっていた頃のブーレーズの方が好きという自分の嗜好がはっきりします。この演奏のレベルの高さは、とはいえ尋常ではないのですが、ベルリンPOのウルトラ高性能に起因している部分が多く思います。ただその高性能があまりラヴェル的でないと感じる瞬間もあり、こうして「製品」になってしまうとこれにどうしてあんなに空前絶後の感動を覚えたのだろうとわからなくなります。芸術品の鑑賞というのはどうにも奥が深いものです。

(補遺、2月15~)

 

アルミン・ジョルダン /  スイス・ロマンド管弦楽団

51y9i5ZG3yL第1、第2組曲で。全曲ではない。96年にジュネーヴのヴィクトリア・ホールででこのコンビのラヴェルを聴いた。高雅で感傷的なワルツとボレロだった。ライブで聴いた最もラヴェルらしい音だったかもしれない。ジョルダンは音に語らせる指揮で外連味がなく、余計なドラマや安っぽいショーマンシップは持ちこまない。大人の味を楽しむ聴衆に混じって聴くラヴェルは格別だった。この演奏も、録音場所はヴェヴェイのカジノだが、あれを思い出す。まったく地味なダフニスだがフランス語圏の気取らないディナーで辛口のシャルドネが良く似合う。

 

ジョージ・セル / クリーヴランド管弦楽団

91AZ1eMfNcL__SL1417_63年録音。第2組曲。全ての細部が白日の下にさらけ出され、夜明けの細かな音型がフルートからクラリネットに移ったのがわかる。セルの意図が明確なキューで音化されている様子で、各パートが精緻に磨きぬかれ、リズムのエッジが意識されスコアが見えるような風情なのは同じオケを振ったブーレーズの春の祭典に通じる。ただ、夜明けの旋律を受け取ったヴァイオリンをセルは深い呼吸で歌わせる。彼はブーレーズと違いロマンティックな指揮者なのだ。その歌が厳格なコントロールで表出できるか?できる曲とできない曲があろう。ドヴォルザーク8番の稿に書いたが、ラヴェルも色香が欲しくなる。

 

バーナード・ジョブ /  ジョン・パトリック・ミロウ(pf)

51B5DU42OpL__SS280ダフニスのピアノ版はソロ、2台ピアノとあり録音も多くあるが、僕は後者をこの録音でたまに聴いている。演奏は特にどうということもなく、夜明けは自分で弾いた方が満足感が高いが、そこから先はそうもいかない。ピアノでもあの音がするわけだが、スコアが実はピアノ的に書かれていることがよくわかる。管弦楽の色彩のぼかしでできた曲ではない、リズムも和声もピアノのソノリティでまず書かれたのであり、クープランの墓と同じくそこから管弦楽版の色彩を発想していったのではないかと思う。

 

フィリップ・ゴーベール / コンセール・ストララム管弦楽団

 

第2組曲の最も古い録音か(1930年、シャンゼリゼ劇場。作曲されてから17年後の演奏)。ゴーベールは両大戦間のフランスでパリ音楽院のフルート科教授、同学院オケとオペラ座の音楽監督という要職にあった。ラヴェルの「序奏とアレグロ」の初演メンバーでもある。音楽の流れは今の耳にも違和感がなく奏者の水準も高い。フルートソロの部分のルバートがないのが象徴するように全体にインテンポだが音楽の香気は随所に味わえ、パリの演奏家たちの能力に感服する。

 

ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー/ モスクワ放送交響楽団

ソ連Melodiya原盤を多くコピーしていた韓国のYedang Classicsレーベル。録音は1962年で、CDにはUSSR State Radio&TV SOとクレジットしてあるが彼は61年から上記オーケストラ音楽監督に就任しているのでそちらだろう。2年目、32才の録音ながらオケ、合唱の技術と演奏の完成度は非常に高く、晩年のオケの掌握ぶりと高度な解像力はこの頃からだったことが証明される。厳密にいえば内声部のピッチなど完璧ではないが演奏の緊張度が高く録音が鮮やかに細部を拾っていて管の名技を存分に楽しめる。夜明けの終結部、オーボエのソロの部分で女性奏者の咳払いまできこえる「オン」な録り方は、それがHiFiとして売り物だった同時期のCBS録音に近く、こういう処でもソ連は米国を意識していたかと感じる。あんまり品の良い感性でなかったわけだが、それにしては一部のtuttiを除けば金管にソ連の下品などぎつさが抑え目で、遠近感やホルトーンとの溶け合いという全体のバランスも悪くないという指揮者の知性と耳の良さは特筆ものだ。この曲に俗に言われるフランスの香気はオケにあるわけでなく、スコアにあることを物語る。「夜明け」以降、鳥の声と幾分か癖のあるフレージングに好悪を分かつポイントがあるが、そこまでの前半は微細に耳を傾けざるを得ない繊細さにあふれ何度聴いても飽きることなく、フランス系の一流どころと比べても何ら遜色ない素敵なダフニスだ。

 

(補遺、2018年9月16日)

クラウディオ・アバド / ロンドン交響楽団

アバドのダフニスには物語を感じる。バレエというより劇だ。クロエが拉致されてからの夜想曲~3人のニンフの神秘的な踊りのテンポを落とした緊迫感。間奏曲のアカペラのデリケートなエロスが戦いの踊りのが野卑にかき消される危機感。やさしい踊りのクロエは色っぽい。ちょっとしたパウゼの空白まで生き、音楽の表情が実に豊かでなにやら映画のシーンが浮かんでくるという塩梅だ。LSOは感じ切ったppでそれにこたえる。ところが問題は第3部だ。夜明けは夢幻の光より楽器を感じてしまい平凡。そして全員の踊りの5拍子が全く興奮を喚起しない。第1部後半~第2部のドラマ性からは予想外、まじめなだけのエンディングでどうしたんだという程。よくわからない。

 

ウイルヘルム・フルトヴェングラー / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

第2組曲。夜明けは非常にスローで夜が明ける感じがしない。細部のデリカシーの集積ではなくクライマックスに極限までブルックナーのffのように盛り上がることに「夜明け」の頂点をおくユニークな解釈だ。フルートソロはテンポがぎこちない。全員の踊りに入る少し前に聞きなれぬ休止がある。5拍子はティンパニを強打し、やはりffの爆発を伴いながら徐々に熱くなりテンポも加速していく。コーダはさらに唐突に速くなり、なるほどフルトヴェングラーがやるとやっぱりこうなるかで予定調和的に終る。

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