不思議の国だった人生初めての入院
2023 DEC 30 8:08:20 am by 東 賢太郎
この仕事、休日はないし年末年始もない。さきほどアメリカの投資家向けに履歴書を書いていたが、ずいぶんの昔のことだ、なんだか他人の出来事みたいに無感動である。いっぽう、こんなことを45年もやってきてよくもったなと体をいたわる気持がわきおこった。今年は仕事があんまり順調でなかったが身体だけはすこぶる元気だ。どうなっちゃってるんだろう。だから、去年の話だが、コロナでとうとう病院に格納された無念が頭をよぎる。「先生、僕ね、67年生きてて入院歴、手術歴ないんです、悔しいなあ」というと感染症科の医長がお茶目に返してくれた。「ようこそ**病院へ!」。
履歴書のどれよりもそれは大事件だった。アメリカのえらく高いらしい点滴薬を5発(5日)打ってもらい、体調に何の変哲もなくけろっと治った。こんな病気で何を大騒ぎしてたんだ、で、俺なんでこんな処にいるんだっけとなり「先生、あした帰っていいでしょ」というと「東さん何をおっしゃいます、2類だからあと5日ですよ、お疲れなんだからゆっくりしてってください(笑)」と告げられた。コロナはそんなもんだった。ところが、これが悲劇の幕開けだった。あと5日?ちょっと待ってよ。ここにひとりで閉じ込められるの?
パニック障害というのは誰もわかってくれない。コンサート、床屋、飛行機、とにかく何時間か動けない、外に出られないと思うだけでアウト。10階だし窓はあかない。やばい。5日も缶詰なんてとても耐えられない。大病院だしナースもたくさんいるがそういう問題じゃない。売店ぐらいOKでしょ、だめです、ナースが買ってきます、ウーバーイーツで食事とってもいいですよ、ちがうちがう、自分で行きたいわけ。ここから出られるって思うだけで薬いらずなんだ。誰かそばにいたり話したりして気がまぎれればいい。そこであちこち電話しまくるが、夜になると地獄がじわじわ迫ってくる。
そこで妙案が浮かんだ。カップ麺を段ボールで何種類も買ってナースステーションに置いてもらい、食事はぜんぶキャンセル。今日はキツネにしてくれとかお湯がぬるいとかあれこれしょうもない注文を付ける。「なによあのクソジジイ」。嫌われてるに違いないが仕方ない。何度も来てもらって彼女らとお話しして地獄から逃れたい一心だった。みんなやさしくていい娘だ。ところが、キツネかタヌキかだけで彼女たちがその都度身ぐるみ着替えていることが発覚する。そうか、2類なんだったっけ。参った。この手も使えなくなってしまった。
検診があった。注射が大嫌いだから逃げたいが、この時ばかりはナースがかまってくれるのでうれしい。「採血しまーす」と明るく言われ、「ちょっと待った、俺ね、たぶん血管細いんだな、言っとくけど難しいよ、だって人間ドックでタオルで温めたのに2回も失敗されたりするんだよ、キミ大丈夫?」と牽制なんかしたりする。「大丈夫でーす、ここに太いのありまーす」。あっさり1発で済んだ。痛くもない。針が抜ける。おお!キミすごいね、まさしく天才だ、これから一生やってくれないかな。けらけら笑われるがこっちはけっこうまじめだ。
待ち焦がれた釈放の日、清算は100万円いくかなと思ったら4000円ぐらいで目を疑った。この時ほど日本国に感謝したことはない。コロナ対応がヘマだボケだとブログにぼろかすに書いてしまって申し訳なかった。医長先生に御礼のあいさつをしたら「東さん、さっき10階に行ったらナースがみんな寂しがってるんです、さすがですねえ、実はステーションで大人気だったんですよ」。この時ほど世の中がわからなくなったことはない。そうか、大量のカップ麺、みんなの夜食にねって置いてきたのがきいたかな、いやよくわからん。
娑婆に出ると太陽がまぶしかった。
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ルロイ・アンダーソン 「紙やすりのバレエ」
2023 DEC 24 7:07:00 am by 東 賢太郎
「トランペット吹きの休日」と同じく1954年の作品だ。これも聞き覚えのある方はたくさんおられるだろう。紙やすり(サンドペーパー)まで楽器にするアンダーソン流であり、人懐っこい和声進行は彼のトレードマークでもある。
紙やすりのバレエ(Sandpaper Ballet)は1999年にサンフランシスコ・バレエ団のために制作され、同年にウォー・メモリアル・オペラ・ハウスで初演された。バレエ化は著名な振付家、演出家のマーク・モリスであった。アンダーソンの作品11曲を使い、そりすべりは序曲になったが同曲はタイトルにはなったが、この動画(スペイン)のようなメイン扱いではない。
ジョン・ケージの居間の音楽(Living Room Music、1940)と思想を一にした庶民版と思えないでもない。アンダーソンはハーバード大学でウォールター・ピストンの弟子であり、ピストンもケージもシェーンベルクの弟子だ。
Sandpaper Balletが初演されたウォー・メモリアル・オペラ・ハウスでサンフランシスコ講和条約(1951)が調印されたのは周知だ。
同条約は吉田茂が調印した。外交官だった彼は親米、親英であり、統制派である東條英機首相が国家社会主義体制を構築していく中、反主流派の真崎・宇垣連立内閣を構想し「英米ト和平ノ手ヲ打ツベキ方針」と対米戦反対を真崎に伝達し、真崎も同意していた。吉田の意に反し近衛、東條の内閣となり真珠湾攻撃に至る。この経緯と戦後処理を鑑みるに、このオペラハウスには特別な思いを懐く。
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僕の愛聴盤(5)ゴルシュマンの悲愴
2023 DEC 22 23:23:14 pm by 東 賢太郎
“Music giving peace to me” This wonderful performance is an oasis for me in everyday life. A comfortable chord will heal me. And I appreciate the producer of this channel. The setting “afterglow” after playing is the best directing. Great. Sergiu Celibidache too 🙂 Fashionable and charming performance by Vladimir Golschmann is awesome. After all, YouTube is very attractive. Because it meets such a wonderful performance depending on the search. February 13, 2019 “ 「私にやすらぎを与える音楽」 この素晴らしい演奏は私にとって日常生活でのオアシス 。 心地よい和音が私を癒します。 そして、私はこのチャンネルのプロデューサーに感謝します。 演奏後に設定の「余韻」は、最高の演出です。素晴らしい。Sergiu Celibidache も:) Vladimir Golschmann のオシャレでチャーミングな演奏は最高です。 やはり、YouTubeはとても魅力的です。 検索次第で、このような素晴らしい演奏に出会るのですから。(@user-po6ft6mk4d様)
It is sad to see this performance is utterly forgotten. I’m really glad to find your message and your appreciation. Thank you. (東のお返事)
There was a temporary trendy word “escape from crowds in the city … country life”. But, because I am the best to live in the city, it is very comfortable. It is not only on PCs that seek comfortable access. Now, I am seeking an oasis from “TV full of advertisements” … YouTub I found. I appreciate your channel. Thank you. March 5, 2019 “ かつて、流行り言葉に「都会の雑踏から逃れて…田舎暮らし」がありました。 でも、私は都会で暮らすのが最高、とても快適ですから。 快適なアクセスを求めるのは、PC上だけではありません。 今は、私は、「広告という雑踏で溢れたTV」からオアシスを求めて…見つけたYouTubeといったところです。 あなたのチャンネルに感謝します。ありがとう。 ”(@user-po6ft6mk4d様)
11:57 That Viennese brass! found this gem at my local flea market for $1 in glorious stereo. The one with an atom looking thing with particles orbiting around it.(@douglaskelly1394)様
この素晴らしい悲愴の価値をわかってくれる人が世界にはいる。嬉しい。(東)
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パー券の買付はいたしません
2023 DEC 21 10:10:58 am by 東 賢太郎
起業したてのころ、国会議員のパー券を一度だけ買ったことがある。受付で現金2万円を支払うと大き目の印刷した領収書をくれる。いかにも「経費で落とせますよ」という風情だった。なるほどと合点したが確定申告で落とすのを忘れた。見たことも聞いたこともないその男を支援していた男に頼まれ、まあ覗いてみるかぐらいの好奇心だった。そいつのスピーチのあまりのくだらなさにあきれ、こういうものは金輪際近づかないと決めた。
ということで昨今も国会議員に紹介されて会うぐらいのことはあるが、初対面のあいさつで必ず「パー券の買付はいたしません」と告げる。僕のビジネスで政治力やロビーイングが効くことはない。それ狙いでへこへこ寄ってくるような奴等と一緒にされるのも不愉快であるし、逆に僕は「株は買いません」と言われたら二度と会わないからそう言い切ってしまった方がお互いわかりやすい。政治家のビジネス経験というと、だいたいがかけだしのサラリーマン程度である。だから僕の商売を説明してもほぼわからず、ほとんどがそれでおしまいだ。
それでも、見込みあるなと思う人は何人かお会いした。僕は人を管理するのもされるのも嫌いだから政治家になろうと思ったことはない。管理者がいないと社会はもたないから誰かにしてもらう必要はあるので有能な管理者を応援する気持ちはある。政治家とは何か。志がある人だ。志は何であってもいいが、それが国民の琴線にふれるなら票が集まり、現金をばらまかなくても当選するだろう。政治は就職でも金儲けでもなく志に奉仕できる資質の人、国民の願いをかなえるモチベーションのある人の天職なのだ。僕にはその資質がないからお願いするのであり、敬意も払うし、税金も払うのである。
しかるに、総理になってやりたいのは人事ですという人が、中学生に「なぜ総理大臣になりたかったのですか?」ときかれ「一番権限の大きい人だから」と答えるブレのなさは見事ではある。しかし「機長になったのは一番権限が大きいからです」というパイロットが操縦する飛行機に乗りたい人はあまりいないだろう。日本国は目下そういう状態だ。入社試験の志望動機に「社長になりたいから」と答えるような自爆もので、もし社長が言ったなら株価大暴落だ。現にそういう資質の人がホールディンカンパニー制導入で多くの大企業のトップに立ってしまい、世界で日本だけ株が下がり続ける「失われた30年」を演出したのである。
岸田政権は支持率0%になっても続くと以前の稿に書いた。理由も皆さんが書いちゃって大丈夫ですかと心配してくれたほどはっきりと書いた。そうなりつつあるのはそこに書いた理由が正しい証明だ。それでも続けられる岸田氏の鈍感力は畏敬に値し、かような打たれ強さは定常的パフォーマンスを求められる公務員の大事な資質だ。僕には無理。以前、ある立派なNPO法人のトップをどうかという身に余る光栄なお話を頂いたがその場で辞退させていただいた。「すみません、競争して儲ける仕事じゃないとモチベーションが出ないんです」と理由を正直にお伝えした。狩猟民族なんですねとご理解いただいたが、民族というより猫であり、モチベーションをコントロールする能力はゼロに近い。引き受けたら100%ご迷惑をかけることが見えているからである。
パー券を買ってからいろんなことがあった。
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ビートルズを歌っていたころ
2023 DEC 19 8:08:13 am by 東 賢太郎
父は僕が音楽をするのにあまり賛成でなく、小学校のころ最初に買ってもらった楽器はウクレレだった。それでも嬉しかったのはベンチャーズをまねるためだが低音が出ないからぜんぜん飽きたらない。せがんでやっとギターを買ってもらったが、欲しかったエレキはだめでクラシックだ。ピックでがんがん弾くと弦がむけてしまい、安物で調弦もすぐ狂う。まともなのを手に入れたのは1969年にオープンしたばかりの玉川高島屋の楽器店で、当時の家があった鶴川から母が運転する車で橋を渡ってきたのをはっきりと覚えている。5万円ぐらいのを父がぽんと買ってくれたのはおそらく1970年、高校の入学祝いだったのだろう、嬉しかった。こんなにいい音がするものかと天にも昇るようで、このギターを僕は今も手元に置いている。
あのころ片っ端から弾いたのはビートルズだ。ベンチャーズにはない新奇なコード進行に血眼になった。アメリカではよくパーティーをしていろんな国の学友が家に来た。人気があったのは僕でなく家内の方で、みんなチョンガーだから手料理も目当てである。インド人に本格レシピを教わったカレーなど大人気で、みんな満腹で酔っぱらって盛り上がると、リクエストで当時習っていたチェロを弾かされた。へたくそ!となりこれはだめだ、ええい、こっちでいくぞとそのギターを取り出してハード・デイズ・ナイト、イエスタディ、ヘルプを一気にかますとこいつは大うけだ。
先日、第九を聴いていて終わりに近づいてくると涙が出てきた。あれ、なんだろう?と思ったが、佐渡裕氏は第九を「200回振っても飽きない、いい曲だから」と語っていた。そういうことか。何度きいても本当にいい曲でいろんなものが脳裏によみがえってくる。ビートルズもそうなのだ。このビデオ、All My Lovingを老ポール・マッカートニーが歌うと男性が泣いている。わかる。
さっき大好きなPenny Laneを弾いてみて、こいつもまた桁外れにいい曲だ。ロ長調だからギターで弾きにくいが、なんとイ長調に奇想天外な転調をするのがたまらない。これがまた自然で、いまさらながら驚くしかない。
The Long and Winding Road。たった3分ちょっとでこんなに心を揺さぶる音楽があろうか?
ポールのピアノはあんまりかわらない気もするが、でもこうは逆立ちしても弾けない。弾き語りしたいが、彼の歌を真似るのは到底無理だ。楽譜が読み書きできないと自分で語っているが、どうしてどうしてピアノのコードはいい音を拾ってる。サビの入りのバスをドミナントのシ♭にするなどセンスの塊で、真に天才的な作曲家だ。
思えば彼がこれを作曲していたのが1970年あたり、ギターを高島屋で買ってもらったころだ。ビートルズとともに生きていた世代であることをちょっと誇らしく思ってしまう。
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佐渡裕 / 新日フィルの素晴らしい第九を聴く
2023 DEC 16 22:22:53 pm by 東 賢太郎
調べてみると第九は欧米で意外に聞いてない。マゼール、ギーレン、ルイ・フレモー、ロバート・ショー、ジュリーニぐらいで、年末だったのはひとつもなく、単にいちシンフォニーとしてのプログラムだからそう頻繁にやらないのも不思議ではないし、見かけたとしても “年中” にきく気分にならずチケットを買わなかったと思う。日本では家族を連れて年末の第九に何度か行ったがもう何年もご無沙汰だ。今回はチケットを頂いたので、横浜みなとみらいホールで佐渡裕 / 新日フィルの演奏会をきいた。佐渡さんが「200回は演奏したが飽きない、皆さんも飽きない。いい曲だからです」「年の瀬に一年を振り返るのが日本人」という趣旨のプレトークをしたが、まさに同感だ。海外に16年いて「年の瀬」「新春」感のなさに慣れてしまっていたが、これも日本的なるものの良さだと思うようになった。
みなとみらいホールは何度か来たと思うが、1階中央やや後ろの席だったせいか低音がよく聞こえるのは非常に印象的だった。コントラバスがこんなにリッチに大きく聞こえたのは初めてであり、ティンパニの音も強くてボディがあり、第2Vn、Vaの裏の動きもクリアで、第3楽章で大事なクラリネット、ホルンの響きも倍音があって豊かだ。気にいった。以上はホールの音響特性の話だがこのサウンドだと飽きることはなく集中できる。
演奏はというと200回も振っている指揮者(欧米にはまずいない)佐渡の指揮は盤石で解釈もオーソドックス。木管、ホルンのアンサンブルが一級品だった。新日フィルも快演。毎年何度もやって聴衆も熱量のある日本のオケ、合唱の第九演奏はワールドクラスだ(マゼールが振ったフィルハーモニア管は第2楽章でティンパニにミスがあり、慣れてないなと思ったものだ)。特筆すべきは声楽陣で、この日のソリストのカルテット、高野友里恵(sop)、清水華澄(art)、笛田博昭(ten)、平野和(bar)は掛け値なしにかつて聴いたトップレベルと評したい。久々にいい第九をきいて涙が出た。ベートーベンさん、ありがとう。佐渡さんの言う通り、とんでもなく「いい曲」なんだ。
帰りに食事しながらそういう話をしたら、娘が「お父さん、アイーダでも泣いてたよ」という。ヴェルディさんにもそういわなくてはいけない。
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クラシック徒然草《クレンペラーのシンフォニエッタ》
2023 DEC 15 7:07:44 am by 東 賢太郎
仕事で頭いっぱいだ。音楽はぜんぜん欲してないが、何の拍子かヤナーチェクのシンフォニエッタが聞きたくなった。こいつは塵が積もった頭を洗浄してくれる大変に奇妙な音楽である。
共産時代のプラハへ行ったが昼飯の肉団子みたいなのがまずくて閉口した。失礼ながらこれ食ってる人とは合わねえだろうなと思ったりしたあらぬ記憶があれこれ蘇って、出てこないのは何の仕事をしに行ったかだけだ。そういやあロシアは未踏だが渋谷にあったロゴスキーのボルシチは大好物であり、あれを食うとなぜかいつもムソルグスキーを思い出したのだがロシア人も合いそうにないから食い物とは関係ないかもしれない。そう、ウィーンで食った肉団子もまずかった、ありゃだめだ。でもブラームスもブルックナーもあれが好物だったんだ。
シンフォニエッタは楽想も田舎色ぷんぷん丸出しで無骨。洗練のかけらもなくオーケストレーションも大いに奇天烈だ。ラヴェルの極限の繊細を愛する僕として最も遠い音楽のはずなのだがなぜかこれは大好物であり、フレンチを食した翌日に鮒寿司をつまんだ感じである。スコアを自分の手でシンセサイザーで弾いて録音しているから本当に好きなんだと思う。こんな不可解な音が頭に鳴っていた男はどんな奴だったんだろう。
聞いたのはyoutubeにあったクレンペラーだ。この男がこれまた輪をかけてすごい。こんなカロリーこってりで管が脈々と浮き出て奇天烈に叫び吼えるシンフォニエッタをやろうなんて指揮者は絶滅して久しいのであって、高いレコードに投資して強烈な個性に一喜一憂してた昭和が懐かしいったらない。冒頭からなんだこれは葬式かと訝るほどの我が道ぶりだが終わるとガツンと腹に響く。いや素晴らしい。思えば俺も我流でわがまま放題に仕事して、きっといまはもっと頑固になってるのだろうがそれでやってきたんだから何だというものであって、クレンペラー爺さんに益々の共感が湧き出てきている。
フィガロの稿に書いたが、あれを遅すぎだ滑稽だモーツァルトじゃないなど散々にこきおろした連中がいたがまあつまんねえ人生きたんだろうな、病気でサナトリウム生活を送ったと思いきやオペラを振り終わってソプラノと駆け落ちしたり、ホテルで女と寝ていたら娘がはいってきてしまってロッテ、紹介しようと言ったこのおっさんの破天荒な生きざまを僕はまったくと言って憎むところがない。そんなものがバレようがなにしようがクレンペラーはクレンペラーで巨匠であった。裏金ごときに姑息に手を出したのがバレて失脚しちまう小物ばっかり目に入る現代の、一服の清涼剤である。
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40余年やってきた大きな分岐点
2023 DEC 14 22:22:02 pm by 東 賢太郎
この1か月、 15人の新しい方にお会いした。そのひとりひとりと僕とのペアは15通りある。15人のうちの任意の2人を僕が間に入って引き合わせるとトリオができる。トリオになると15の出会いから105通りのビジネスが期待できる。
つまり、人脈を紹介でつなぎ合わせるとビジネスが成立する期待値が等比級数的に増える。従って、常に「つなぎ合わせの糊(のり)」がないか目を配ることが肝要だ。自らがオンリーワンの糊なら、即、良いビジネスができる。
先月から激務続きだったが、その甲斐あって大きな進展が今日あった。岸田内閣はがらがらぽんだがこっちは良い意味だ。こういうことがよくあるのだが、自分の意思でないのに、驚くほどうまく色々の平仄が合ってしまった。
上場企業が絡むので書けないが、まさに自分に適したミッションであり、そうでないと僕はモチベーションが出ないからだめな性格だ。これまで40余年やってきた大きな分岐点になる。
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2つの事件の「何か変」(ロジック不整合)
2023 DEC 10 16:16:46 pm by 東 賢太郎
大昔に読んだエラリー・クイーンを読み返している。「解ける解けない」を売りにしたミステリーの開祖だ。クイーンほど自分にフィットした小説はなく、いっとき熱中して性格形成にまで影響があった気がする。殊に「エジプト十字架の謎」は名作と記憶しており、犯人指摘のロジックが「背理法」で揺るぎなく、あることに気づきさえすれば犯人が当てられるフェアプレーでは全ミステリー中の最高峰と認識していた。そこまではっきり覚えてたわけだ。ところがだ。今回その「核心の箇所」に来て、あれっ、こいつが犯人かとなった。つまり覚えてたのは “ロジック” だけでストーリーはおろか犯人すら忘れてたわけだ。「自分の脳の癖」を発見した瞬間である。
僕(の脳)は宇宙を、
真理=数学 ≈ ロジック ≠ 人間界
と認識しているように思える。見聞きしたものをすべてこの式のどこかに当てはめて理解する、それが癖だ。「エジプト十字架の謎」を読む前のロー・ティーンからロジック偏愛型であり、だから人間界のあれこれに関わる文系科目はまったく興味なく点数も人並みで、東大は数学だけで入った。
文系の僕がそう書くのもおこがましいので事実をあげる。駿台公開模試(昭和49年2回目)で数学は満点、偏差値80ぐらい。昭和50年東大入試の二次試験設問2は「何か変だ」と感じて作題ミスを見つけ、答案用紙にそう書いた。その分、別な1問に小さい傷が残って時間切れになったがほぼ満点(作題ミスも含め確認)。文系は文理共通の4問だ(理系は数Ⅲ2問を加えて6問)。
この「何か変だ」は根拠があるのではなく鼻(直感)だ。物的証拠が欠けているからこの問題は解けない(=作題ミス)ことをロジカルに証明できそうだ、という「感じ」である。
ちなみに、安倍事件と木原妻事件の2つにそれを感じる。東大の設問2と同様、作題ミスがある。答案(報道)から問題(事件)を逆算するとあり得ない初期設定になる背理法で証明できる(東大設問2では ℓ ≠ 0 の条件が欠落していた)。
一般人だから特別な情報はない。ロジックだけだ。数学だからそれと異なるいかなる答案も零点である。零点の答案を見せられても困る。
後者事件は12月7日にテレ東が報道したが条件の補完はなかった。このままだと報道されていない欠落によりそのまま「不能」で終わる可能性がある。
本件の社会問題性や木原氏への責任遡及には僕は興味がない。ただただ、作題ミスを放置するのが気持ち悪い「脳の癖」だ。
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モーツァルト フルート四重奏曲第1番ニ長調 K.285
2023 DEC 9 7:07:19 am by 東 賢太郎
モーツァルト作品の天才的な瞬間は幾つも挙げられる。中でも、最も平易でシンプルな例がフルート四重奏曲第1番K.285である。
赤ちゃんやモーツァルトをまだ知らない子供に聞かせてあげるならこれだ。晴れてブルーに澄みきった秋空にぱあっと舞い上がるような冒頭。これぞ天馬空を行くだ。フルート以外の楽器は想像もつかないほどザ・フルートの旋律で、これだけ明るく爽快な気分の音楽というものはそうはない。
第2楽章は一転、短調になり、フルートは物憂げで悲しいメロディーを連綿と歌う。伴奏は渇いた弦のピッチカートでありどっぷりした暗黒に浸ることはないがバッハを思わせる半音階の悲痛が胸に刺さる。
奇跡はここからだ。
ロ短調の悲歌が繰り返して登りつめると、はたと途切れ、いきなりニ長調の秋空がばーんと戻ってくる。ここを初めて聴いた時の衝撃は忘れない。第3楽章は底抜けに明るいロンドで、悲歌とのコントラストは強烈。比肩するのはシューマンの交響曲第3番の終楽章が鳴った瞬間だけだ。
モーツァルト21才。マンハイムでの作曲にまつわる愉快でない経緯は父との手紙に記されている。「我慢できない楽器」と言いながらこんな神品を書いてしまう能力の物凄さに圧倒される13分だ。吉田秀和氏はフルート四重奏をモーツァルトの室内楽では最も軽いと述べているが、この1番はハイドンセット級の完璧な4声体による名品である。
ミシェル・デボスト(Fl)、フランス弦楽三重奏団。デボストはパリ音楽院管弦楽団首席奏者。最高に素晴らしい。これが僕のベストだ。
ピエール・ランパル(Fl)、アイザック・スターン(Vn)、サルヴァトーレ・アッカルド(Va)、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(Vc)
もはや望めない豪勢な顔ぶれだ。このメンバーを集めることは、仮にいま存在したとしても商業化が困難な現在では無理だろう。ランパルのギャラントで華麗な音。完璧な4声体を堪能できる耳のご馳走である。
オーレル・二コレ(Fl)、ニュー・イスラエルSQ。吉田秀和の解説入り。フルトヴェングラー下のベルリン・フィル奏者だった二コレにはランパルの華麗さとは対極で中低音に滋味深い暖かさがある。
ヨハネス・ワルター(Fl)、ドレスデン・カンマー・ゾリステン。ドレスデン・シュターツカペレのメンバーによる(1971年、ドレスデン・ルカ教会録音)。スイトナー時代、全盛期のDSKの古雅でいぶし銀の音がする。
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