N響定期ネーメ・ヤルヴィのフランク、サン・サーンス
2019 MAY 22 22:22:20 pm by 東 賢太郎
イベール/モーツァルトへのオマージュ
フランク/交響曲 ニ短調
サン・サーンス/交響曲 第3番 ハ短調 作品78
ネーメ・ヤルヴィ / NHK交響楽団(サントリーホール)
ネーメ・ヤルヴィ、82歳。今日は始めから終わりまで指揮棒だけ追ってしまい、芸のオーラに圧倒され、気がつけば涙が出て夢中に拍手している自分があった。そこに居るだけで人も空気も時間も支配。男で生まれたからにはああなりたいと誰しもが思うだろう。オッさん鳴りやまぬ拍手にこたえ、何度も楽員を讃え、しまいにはスコアをもってVn最後尾の女性奏者を連れて退場した。
イベールは初耳。軽妙。フランクはかつて知るうちで最速である。パレーより速い。いまこのテンポで振る度胸のある指揮者がいるだろうか。甚だ疑問だ。有無を言わせぬ奔流であり、転調の明滅に目が眩む風にフランクは書いているのであり、遅いとムード音楽に堕落する。指揮はミクロで振っている。チェロは指揮台の下(!)に棒が行く。大家然で細部はおまかせ、ではまったくない。棒の動きは大きくはなくキューが速く明確。キューがいらぬ部分は体で指揮。見ているだけで出てくる音の質がわかる。この大御所にして眼力によるマイクロマネージメントができる。日本の大企業経営者は見習った方がいい。
サン=サーンス。こういうものを聴くと曲を見直すしかない。餓鬼の酒と馬鹿にしていたら、きゅっと冷えた辛口大吟醸ではないか。いや、参りました。こっちも大きなうねりだがスローな部分でオルガン(鈴木優人)をいい具合に混ぜる。重低音がホールの空気を揺るがし、オーケストラを従者とし、楽器の王として君臨する。コーダは世界を制覇したナポレオンの如し。このオッさん凄いな、押しても引いても微動だにせんなと感じ入ったのは、シベリウス2番の時もおんなじものが残ったからだ。ムラヴィンスキー直伝。ヨーロッパの伝統筋金入りだ。つくづく思う、我が国は伝統を大切にしなきゃ。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
ソナー・アドバイザーズHPの刷新について
2019 MAY 22 15:15:36 pm by 東 賢太郎
お知らせ
ソナー・アドバイザーズ株式会社は現行のホームページ(HP)を廃止し、新たなHPを公開致します。公開日は2019年5月25日(予定)です。業務に変更はありませんが、本年5月7日の横尾敬介会長の就任に伴う業容の拡大に添うためです。ブログおよびアクセス欄はこれをもって廃止します。ご理解を賜われますよう、よろしくお願い申し上げます。
東賢太郎
ブルックナー 交響曲第2番ハ短調
2019 MAY 21 23:23:55 pm by 東 賢太郎
このところ自宅のオーディオルームでブルックナーが定番で、いまこんなに幸せになれることはない。他の作曲家は気にしないが、ブルックナーには録音の良さが必須であって、部屋の空気ごと教会のアコースティックのように広々と深々と包みこんで欲しい。10年のあいだ同じ部屋で同じ装置を聴いているのは飽きっぽい僕にとって異例のことで、アンプやスピーカーを替えてみようと思わないのはブルックナーサウンドで満足できているのがひとつの要因だ。
ブルックナーの交響曲で最も関心をそそられるのは2番である。好きなのは5番であり次いで最後の3つになるが、「関心」ということだとそうなる。そもそも素人にスコアなんかいらないが、耳で聞いていてあれっと思った時に英語の辞書を引く感じでその箇所の音符を探して好奇心を満たす程度の需要は僕にはある。ブルックナーということでいうなら、引いた回数がたぶん一番多いのは2番だという気がする。何故かはわからないが、それはとりもなおさず大好きな曲であり、面白い音がするからだ。2番が好きなファンはけっこう多いのではと思う。
アントン・ブルックナーはオーストリアはリンツ郊外の村アンスフェルデンの学校長の息子として教会でオルガン弾きとして修業を積み、当然のごとく敬虔なカソリック信者であり、都会の啓蒙思想やフランス革命の精神とは無縁の育ちの人である。19世紀人ながら18世紀的な環境に身を浸したまま大人になったというわけだが、それを田舎の野人というカリカチュアで見ては彼の音楽の本質はわからない。その育ち故、都会的で俗世間的なオペラに関心を持たず教会音楽からスタートして、純粋培養のごとく交響曲に行きついたという点が重要であり、その点で同時期のシンフォニストであるマーラーとは対照的な人物である。
彼を「培養」したバロック様式の教会というと、僕にとってのイメージだが、一般には華美壮麗と表現されるものであるがどこか異国の幻惑に満ちたおどろおどろしさもあり(参考・ブルックナー 交響曲第8番ハ短調)、あそこに行くと、これは日本ならば弘法大師・空海の真言密教だなあと感じる。金剛峯寺で野宿して恐ろしい体験をしている(秀次事件(金剛峯寺、八幡山城、名護屋城にて))のであれと重なってしまう。少年時代に暗い教会で、ああいうムードの中で、ひとりオルガンを弾いていればどうなるのだろうという点で僕は音楽以前に彼の人間性に興味がある。ブルックナーは純粋培養された音楽家だから面白いのだ。
その趣味が煎じ詰められたのが交響曲である。2番はベートーベンを意識していた時期(1872年)の作品だ。Mov1の第1主題が同楽章およびMov4のコーダで回帰する形式はフランクが交響曲二短調、ブラームスがクラリネット五重奏曲で採っているが前者は16年後、後者は19年も後のことだ。ワーグナーのライトモチーフを範にしたのかベルリオーズの幻想交響曲から採ったのか、いずれにせよ2番は循環形式の先駆的作品であり、ブルックナーの頭の中には交響曲作法の実験精神が渦巻いていたと想像する。彼の技法が斬新だという側面から評価する人は稀だし、彼の人間性も、スマートなウィーン人の目で記述されれば野人となるのだ。そうして現代においてもその「上から目線」で演奏されれば2番は習作の一群に属する作品となり、聴衆もそう思うようになってしまう。拙稿はそうではないという立場からの趣味の表明である。
まずはフランク、ブラームスを持ち出した主題からだ。楽章をまたいだ使用、再現だが、2番におけるその「循環主題」はMov1冒頭のチェロによるこれである。
半音階2つから始まるメロディーは循環して各所に顔を出すが、現れるたびに暗色の憂いを撒き散らす性質のものだ。非常に粘着力があり、たまらなく耳に纏わりつく。この主題は半音階和声進行を生む豊穣な母体だが、ブルックナーはそこに自身の語法を見出しつつあった。明らかにワーグナー由来のものだが次の交響曲のトリスタンのように出典が顔を覗かせたりということはまだない。
これにトランペットの信号音が続く。これも楽章を通して忌まわしい耳鳴りのように鳴る。Mov4にも再現するからこれも大いに循環性があり、全曲を締めくくるコーダにも重要な役割を演じるのだから循環主題(的なもの)が2つあると解釈するべきだと僕は考える。
一旦パウゼとなり、歌謡性のある第2主題、スケルツォ風の第3主題が続くが第1主題ほどの存在感はない。後の交響曲でも採用される3主題構造のソナタ形式を横軸に、循環主題と信号音という縦軸の構造を交叉させるという試みで、冒頭の霧の如きトレモロから発してMov1は徐々にexpansiveに空間を広げていくように感じる。ブラームスが交響曲第1番を完成する4年前にそういう曲を書いたという事実は音楽史であまりにも過小評価されている。ブルックナーは自身が育った教会音楽のparadigmの中から和声と形式論をもって交響曲のdimensionを拡大した。この楽章はその好例であり、初期の曲と言っても48才の作品だ。ちなみにマーラーはそういうことをしていない。
Mov2はベートーベンの交響曲第2番、第9番のアダージョの雰囲気と歌謡性を漂わせつつワーグナーの影響下にある和声を綴る逸品だ。後期3曲の精神的成熟はないが美しさにおいて何ら劣るものでもなく、ブルックナーの楽想の源泉をみる観があって興味深い。後期では目立たないファゴットが重要な役目を負うのも古典派の残滓であるが、同時に朗々と響くホルンソロは当時斬新であり、シベリウスの7番のトロンボーンソロを強く想起させる。
Mov3のトリオ主題もベートーベンのエロイカMov1の第1主題の音型である。
そこに自身の第9交響曲でスケルツォ主題となるリズムがまずトランペットの信号音で、そしてコーダでティンパニが先導してテュッティで現れる。

Mov4はベートーベンの運命リズムでハ短調の主題が現れる。再現部でこの主題が現れる部分は運命交響曲そのものの観を呈する。
Mov1循環主題が回帰してしばらくすると木管ユニゾンでこういう場面がやってくる。この2小節目からの下降旋律は(楽章冒頭Vn1の主題由来)がこのページでショスタコーヴィチ交響曲第7番の戦争主題(バルトークがオケコンで揶揄した例のもの)を、TempoⅠ前後のフルート主題(第2主題に由来)がショスタコーヴィチ交響曲第5番のMov4、いったん静まって小太鼓が先導して冒頭主題が戻る直前の部分に引用されている気がしてならない。同曲のMov1にはブルックナー7番の引用と思える部分がある(ショスタコーヴィチ 交響曲第5番ニ短調 作品47)。
Mov4の再現部に向かう部分以降コーダまでは調性が浮遊しそこにパウゼが加わるものだから曲想が甚だつかみにくい。初版の初演が「演奏不可能」とされた理由はそれだろうと想像するし現代でもこの曲が初期の習作と等閑視されがちな一因にもなっていると思われる。
実験精神と書いたがブルックナーはこのころ、主題を展開し曲想を変転させる繋ぎのパッセージを研究していたかもしれない(彼はまだそれの自在な発想を条件反射化していない)。例えばMov4終盤の激した和声の上昇パッセージには幻想交響曲が聴こえるし、ベートーベン交響曲第9番Mov1のコーダは新しい素材が低弦とFgのppで始まるが、それを導く和音4つのカデンツ(507-8小節、511-2小節)は2番Mov4のコーダ直前にLangsamerでTr、Trbが吹く和音にほぼそのまま引用されている。それの直前の弦楽セクションのピッチカートだけのパッセージはシベリウス2番にエコーしていると思う。
2番からシベリウス、ショスタコーヴィチが聴こえてくるのは僕の耳のせいかもしれないが、こういう所が面白い。20世紀を代表するシンフォニストご両人がそのジャンルの先達ブルックナーを研究しなかったとは思えない。ブルックナーの語法が熟達した後期よりも、模索期間、実験期にあった2番のほうが耳をそばだてさせる物があったということは十分可能性があるように僕は感じている。
ヘルベルト・フォン・カラヤン / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
4番での1Vnの変更が納得できないカラヤンだがこの2番は最高。これだけ各楽章の主題、動機の意味を明晰に抉り出した演奏はない。トランペット信号音の扱い方、終楽章の運命主題再現部を聴いてもらえばわかる。既述通り僕は2番にベートーベンへの作曲家の意識の強い傾斜を観るが、カラヤンも同意見だったのかと思うほどやって欲しいことを軒並みやってくれている。本質を掴んだエンジニア的精密さと巨視的バランス感覚が両立した解釈は実に直截的で、棒が明確なのだろうBPOが最高のパフォーマンスで応えている。是非聴いていただきたい。1877年ノヴァーク版。
カルロ・マリア・ジュリーニ / ウィーン交響楽団
ジュリーニは7-9番しか振っていないが最初の録音はこの2番だった。カラヤンは2番を実演で振っていないがあれだけできた。ジュリーニは恐らく実演でもやっているだろうし、自家薬籠中の演奏がこの録音でも聴ける。2番が好きだったのだろうしご同慶の至りだ。指揮は確信に満ち、オーケストラも終楽章の和声の朧げなパッセージに至るまで「和声感」を明確に維持している。これがいかに困難なことか他の演奏ときき比べて頂けばわかる。さらにこの演奏の魅力として特筆すべきは聴衆なしのムジークフェラインザール の残響。誠に素晴らしい。こちらも1877年ノヴァーク版である。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
大江戸な一日(国立能楽堂と新宿末廣亭)
2019 MAY 20 6:06:36 am by 東 賢太郎
SMCメンバーの阿曾 靖子さんのお手引きで国立能楽堂で能(田村)、狂言(萩大名)を観ました。ここは2回目です。お招き感謝します。ド素人ですから無粋なことは書きませんが、前回もそうだったように異次元の空間に入り込んだような気分で、終演後は別の人になって能楽堂を後にします。歌舞伎ともちょっとちがう、浮き立ったものはなくてむしろ心が広々と静まりますね。いいものです。能が足利、織田、豊臣が保護したオペラなら歌舞伎は江戸町人のミュージカルという感じでしょうか。
プロの方とアマチュアの方が混合なのですが、前回は恥ずかしながらその区別がつきませんでした。今回は囃子方がオーケストラ、謡が合唱団とわかってきて、そこがプロで固まれば舞はアマチュア(勿論修練されればですが)でもいけるのかななんてことを考えながらおりました。信長、秀吉が舞台にはまった背景はそれかもしれませんね。野村萬斎の萩大名、片山九郎右衛門、観世喜正の仕舞などやはりオーラがあって、異界を楽しませてもらいました。
娘がいたもので終了後は新宿の寄席、末廣亭へ。午後の部の中入りまでじっくり落語、漫才、手品を楽しみました。この一週間、大相撲、能・狂が言、寄席と江戸文化のオンパレで、全部が異界でありましたが金融なんてドライなものをやってますと、人肌があってしっとりしてよろしかったですね。生き返ります。
寄席はどれも存分に笑いました。僕は寄席もお笑いも大好きなんです、一日中いてもいいぐらい。漫才の「ホームラン」さんが昭和の同世代の笑いで面白かった。ハズキルーペ、ひじかたきくぞう、最高。応援したいですね。こういうネタはその人がどういうものが面白いかってことで、ケミストリーというぐらいだから同じものが笑える人は気が合うということなんで。僕も日々全く自然に面白いものを探して生きてまして、別に人に聞かせるわけでもないですが、人生楽しくて明るいほうが幸せですよね。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
筋肉より自信が戻った筋トレ
2019 MAY 17 18:18:52 pm by 東 賢太郎
年初のインフルエンザと膝痛で年齢と体力の衰えを痛感しました。前から兆候はありましたが今回ほどそれを「やばい」と直観したことはなく、やむなしに4月から始めたのが筋トレです。あまり好きではなくそれがなければ絶対にしなかった。ジムが会社の下にあって手ぶらで行ける、お手軽じゃないかと自分をだましだまし始まったわけですが・・・。
ところが担当トレーナーの指導で成果が数字で見え始めるとやる気が出てきます。どれでもけっこう。自分が弱いと思う部位を鍛えるもので、2ラウンド(10回×2、途中30秒休み)の18回目あたりで「もうだめだ」となるおもりの重量を探します。それが20kgとして、何日かで20回までぎりぎり到達できると今度は22.5kgに重量を上げる。たぶんまた18回でアウトです。20回できたらその次は25kgに。そうやって実力の限界を確認しながら徐々に11%のパワーアップをする筋肉がついて行くのを自覚できる。これは良い方法ですね、お試しください。
しかし、悲しいのはリフティング20回が12.5kgしかできない。標準以下であり、男の沽券にかかわります。五十肩以来ゴルフもしておらず、肩の力がなくて腕立て伏せもあんまりできない。ああみっともないということで、それがモチベーションになりますから男性の方は女性トレーナーがお奨めですね(僕だけか?)。ところが両足を開く外転筋はマシン最高重量の150kgが楽勝でどうだ見たかとなりましたが、実は自分が驚きました。要は尻が大きいせいでしょうか、ともあれ高校時代の遺産がまだ減ってない。そうか、この体力のお釣りで自分は生きて来たんだと思い知りました。
始めて1か月半ですがいまはお尻で歩いてます。昔はこうだったし膝痛はそこそこ消えました。35あった体脂肪率は25に落ちました。おかげで64才は吹っ飛んで、20代に負けないぞ、投げれば130km出るぞぐらいの気持です(気持ちだけ先走るのは危険ですが)。病は気からと言いますがビジネスも気からなんです、シニアの皆様、体を鍛えればどんどん前向きなアイデアが出てきます。生き方もポジティブになりますよ。トレーナーのSさんに感謝であり、本当にチャレンジしてよかったです。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
ヴァイグレ/読響のヘンツェ、ブルックナー9番
2019 MAY 16 23:23:24 pm by 東 賢太郎
《第10代常任指揮者就任披露演奏会》
指揮=セバスティアン・ヴァイグレ
ヘンツェ:7つのボレロ
ブルックナー:交響曲第9番 ニ短調 WAB.109
ヘンツェが良かった。自作自演の交響曲1-6番のCDは大事にしているし8番はブログにした。
「7つのボレロ」も atonal ではあるが、リズム(ボレロ)はもとより旋律も調性も構造もある「無調的調性音楽」に僕には聞こえる。どれもそうだが彼の曲は不思議と肉感のある機能和声ではない万華鏡の如き和声が魅力で、これを現代音楽としてとらえるなら悲しいことだ。同じく好きなメシアンには色彩と神性を感じるが、ヘンツェは肉体と森の昇華をイメージするからドイツ音楽の系譜にあると思うし、ボレロはドイツの立場から描いたラテン的ものが加わる。読響も一個の音響体として舞台に美しくソリッドな実在感を据えて演奏し、文句なしの悦楽だった。これを常任指揮者としてオープニングに持ってきたヴァイグレの趣味に賛同。
後半のブルックナー9番。この曲は02年にスクロヴァチェフスキがN響を振ったものが良かった。トルソである故にプロポーションのバランスがなかなか納得性が得にくく、それは演奏時間というよりも感情の起伏のバランスだ。ヴァイグレはそれを調和させて整える方向でなく、あるがままの、ある意味で当時前衛的でもあった音の軋みまで臆さず前面に出してsachlichに提示したと思料。非常に恐ろしいものを含んだスコアであることがわかった。トルソがトルソに聞こえる意味でもこのリアル感ある演奏は面白く、あえて後期ロマン派に寄せた緩い演奏よりはずっと良い。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
こちらもショックだった菅野の10失点
2019 MAY 16 11:11:07 am by 東 賢太郎
久しぶりに東京ドームへ。今年は覇気があって若々しい阪神を見たいのと、対する巨人の先発がエース菅野というので出かけたのでした。結果は31安打(うち7本塁打)という壮絶な打ち合いになり、帰りの感想は「花火大会を見終わった感じだね」でした。いや、阪神応援団とファンの轟音は凄まじいものでした。去年からずっと巨人に連敗してたし、たまりにたまったものがあったのでしょう、こちらもカープが負けこんでからの8連勝でしたから気持ちがわかります。
しかしながら、カープは離れていち野球ファンとして大変ショックであったのは菅野投手が4被弾し、5回2死でKOされて10失点したことでした。去年の神の如きピッチングが目に焼きついていて、「あんな球はもはや誰も打てないだろう」と何回もブログで称賛したからです。
阪神打線が振れている印象はありましたが、菅野の球が「行ってない」。それに尽きます。去年よりちょっと手投げ感があるせいかストレートに凄みがなく、打たれたのは総じて高かったのですが、去年はそれで空振りが取れていた。だから本人も捕手の小林もそのつもりで投げたら軽々と芯で打ち返されてわけがわからなくなったというところではないでしょうか。故障でもあるのかと心配になるほどのメッタ打ちでした。
特に、1回に出合い頭の低め(スライダー?)を糸井が簡単に打った右翼へのライナー性ホームラン、2回の新人の近本に内寄りの高め速球を快心のジャストミートされた右中間2ベース。あの2本は菅野はショックだったんじゃないか。変化球を勝負球に立ち直りかけた5回にまた直球を福留に一発、そして6回にはまだ1本塁打しか打ってない新人の木浪に変化球を右翼席上段にぶちこまれ、追い打ちのように、ゲッツーと思った二塁手正面のゴロを山本がお手玉で一塁までセーフ。ここでプッツンしたんでしょうか、大山に左翼二階席へ問答無用の美しい「4番の一発」を叩きこまれてついに不沈空母撃沈。全く信じ難いものを見てしまいました。
打った阪神をほめるべきでしょうか。やはりセンター(近本)、ショート(木浪)の有力新人加入が絶対的に大きい。これでセカンド(糸原)キャッチャー(梅野)と生え抜き4人でセンターラインが固まった観があり、タナキクマルと曾澤の4人が台頭した2015年のカープと非常に似た雰囲気がある。阪神は昨年のドラフトで藤原、辰巳のクジ引きに敗れ、外れ外れ1位で近本を指名したが、あのドラフト会議では敗色濃厚なイメージでした。どうしてどうして、こうなるのだったら近本は1位競合の逸材でしたね。まあ巨人も根尾、辰巳をはずしての高橋優貴投手が当たりだったので似た者同士ですが。あと、きのう阪神が二番手で起用した守屋投手でしょう。14年のドラ4で実績はないですが、勝負度胸と気合が乗ったいいタマです。凄く印象に残った。どこのチームであれ伸び盛りの若手は応援したくなりますね。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
久しぶりの相撲見物
2019 MAY 16 0:00:43 am by 東 賢太郎
日ごろお世話になってる公認会計士のA先生のお手引きで令和2日目の蔵前国技館へ。正面の升席で天覧席の真下、NHKの放送席の目線。この席は買えません。大学同学部の財界、官界大先輩お二人とご一緒しすっかり楽しみましたが、弊社社員までお気遣いをいただき深謝です。後ろの解説席には稀勢の里がおり、「今場所出たら優勝ですね」とつぶやいたらお隣の升から「そうですね」の声。彼の引退は巨人の高橋由伸と重なるものがあります。
先輩方とホットな話題になったのは「トランプはどうやって警護するんだろう?」でした。「彼のことだから砂かぶり席だろう、こうやって見ると180度どこからでも狙えるね」「検問するんだろうけど出入りが危ないよ」「サントリーホールは皇室用の出入り口があるけどね」「金属は検問にかかるが吹き矢で高性能のものがある」などなど。
さてA先生のごひいきは関取最年長の安美錦で、ふつう女性は若いイケメンと思いきやこのシブさはさすが
のご造詣です。安美錦は最高位は関脇ですが900勝してる実力者で技も豊富です。いいですね。ちなみに僕のひいきは同郷(石川県鳳珠郡穴水町)の遠藤ですとメールしたらすぐこの写真が(右)。穴水町は人口8,455人、3,768世帯ですから応援するしかありません。
すっかり元気をもらいました。帰り際に皆さんで行った甘味処で「北の湖の肩を叩いたら石みたいだった、肥満に見えるけど全部筋肉なんですね」というところから、こっちはただのデブなんで「いまけっこう真面目に筋トレやってます」と話したらA先生、税理士のS先生の女性軍もさらっと「私も鍛えてますよ」と意外な展開に。お二人はシェイプアップでちょっと目的は違いますが。
ということで、今週は相撲、野球、コンサート、能楽に筋トレがあっておかげさまでストレス解消させていただいてます。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
リヒテル/マゼールのブラームス2番について
2019 MAY 11 18:18:47 pm by 東 賢太郎
先日にご著書「物語として読む全訳論語」を送っていただいた弘前大学の山田教授から、
このところリヒテルのBOXを順に聴いてゐるのですが、ブラームスのピアノ協奏曲第2番に至り、「さういへば東氏がお好きだと仰つてたな」とおもひだしてブログを拝見すると、リヒテル/マゼール盤には言及してをられません。「いまひとつ印象にのこらなかつたのかな」とおもつた次第です。
とお言葉をいただきました。ありがとうございます。以下に、推薦盤として言及していない理由につき、改めて言及させていただきます。
リヒテル/マゼールは実はなつかしい演奏です。82年に留学でアメリカに行ったのですが大量のLPは持っていけないのでカセットで我慢してたのです。フィラデルフィアのサム・グッディというレコード屋に2番のカセットはそれしかストックがなく、だからこの演奏に一時期ずいぶんお世話になりました。それなのになぜ漏れてるかというと、先生がお好きであれば申しわけないのですが、好きになれずにほかに乗り換えたということです。だから後にLPもCDも買ってないというレアものになってます。
理由ですが、パリ管に尽きます。この管の音は僕のブラームスのイメージとかけ離れてまして、冒頭のホルンからしてどうにも耐えられません。マゼールがMov2で煽っているヒステリックな弦の音も、Mov3のすかすかの弦楽合奏も論外です。巧拙やモチベーションの問題(以下に述べます)以前の問題として、ウィーンPO、ベルリンPOの演奏を前にしてこの当時のフランスのオーケストラによるブラームス、シューマン、ブルックナーというのは何か特別な理由でもあれば聞いてみようかという類です。EMIさん、何でよりによってこのソリストなのにフランスのオケなのという失望にはデジャヴがあって、60年録音のオイストラフ/クレンペラーのVn協もそう(フランス国立放送管)です(オイストラフは後にジョージ・セルとクリーブランド管で録音しなおしてます)。
それには政治的背景が関係していて、すこしご説明します。EMIは英Deccaがライバルでした(ビートルズはDeccaが落としてFMIが獲得)が、フランスではパテ・マルコニを傘下に持ってパリ音楽院管、パリ管、フランス国立放送管を占有しているEMIが優位にありました。クリュイタンス、ミュンシュというフランス語を母国語とする独仏レパートリーの両刀使いを擁し、前者にはベルリン・フィルで57-60年にドイツ本丸のベートーベン交響曲全集を録音させた。これはフランス知識人にとって快哉ものの気持ち良いイヴェントだったに違いありません。前述のオイストラフ/クレンペラーのVn協もその同類項でした。
フランスはまだナチのパリ占領への忌まわしい記憶と怒りと屈辱が消えていませんでした。文化相のアンドレ・マルローはフランス国民のトラウマを払拭しプライドの象徴とするべく67年に国家の威信をかけてパリ管弦楽団を創設し、アルザス出身のドイツ系、シャルル・ミュンシュを初代音楽監督に据えます。そこに覚え愛でたいEMIが接近し、そのコンビでドイツ音楽代表としてブラームス交響曲第1番、フランス音楽代表としてベルリオーズの幻想交響曲を録音し(68年)、両者ともあっぱれの高評価を得ます。フランス政府のアドバルーンは理想の高さに達し、EMIも商業的に成功し、上々のプロジェクト・スタートアップでした。ミュンシュは70年の訪日まで決まっていたそうなので、69年のリヒテルとのブラームス2番も当然彼が指揮するはずでした。
ところが最悪の事態が発生します。ミュンシュが68年11月にパリ管との米国楽旅中にリッチモンドで心臓発作をおこし客死してしまったのです。文化省が計画修正で大わらわになったことは想像に難くなく、そこでどういう経緯でナチ党員だったヘルベルト・フォン・カラヤンを呼んだかは不明ですが、パリ管は彼の指揮でラヴェル、ドビッシー、フランクの録音(EMI)を残しており、リヒテル/マゼール盤が録音された69年10‐11月もカラヤンが音楽顧問として在任中でありました。ということは物事の筋からしてもレパートリーからしても、それはリヒテル/カラヤン盤だったはずなのです。
以下は僕の想像になりますが、そうならなかったのは、その前月の69年9月15-17日にベルリンでBPOを使ってEMIが録音したベートーベン三重協奏曲でのカラヤンとリヒテルの軋轢によることは衆目の一致するところでしょう。リヒテルは、
「カラヤンが”これでよし”と終わろうとするから、私がやり直しを頼むと”一番大事な仕事がある!”・・・・写真撮影さ。我々はバカみたいにヘラヘラ笑ってる。おぞましい写真だ。見るに耐えない。」(ドキュメンタリーフィルム「リヒテル<謎>」)
と憤っており、さもなければこの翌月にその流れのまま両巨匠がパリでブラームスP協2番録音となったのが、リヒテルが拒絶し、指揮は急遽マゼールに切り替える条件で承諾したのだと思われます。フランス国家と英国EMIの「連合国軍」がパリ管を目玉に敵国ドイツ物レパートリーを席巻しつつ、ベルリン・フィルを凌駕して目にもの見せようぞというノルマンディー大作戦はこうして空中分解し、マルローも69年に文化相を辞任して事実上終焉しました。パリ管のその後の音楽監督を見れば、反ナチスのドイツ人(ドホナーニ、エッシェンバッハ)、ユダヤ人(ショルティ、バレンボイム、ビシュコフ)、北欧・英国人(ヤルヴィ、ハーディング)と、カラヤンがいたなど夢か幻かという180度の大方針転換を経て今に至っています。
69年録音のリヒテル/マゼール盤にマルロー大臣はもう関心はなかったでしょう。EMIは大物との契約金を回収しようとマネジメントは気合が入っていたで
しょうが、おそらく、現場(オーケストラ、録音スタッフ)は指揮者がミュンシュ、カラヤン、マゼールとたらい回しになって白けていたのではないでしょうか。パリ管というのはフランス史上初のフルタイム有給制(要はサラリーマン)の管弦楽団です。マゼールがミュンシュの後任首席指揮者か、カラヤンの後任音楽顧問になるなら服従したでしょうが、それもない(後任はショルティ)ワンポイントリリーフですから忠誠心もなく、そういう先入観が入ることを割り引いても、このオーケストラ演奏はお仕事っぽく、慣れもない割に懸命さも感じません。リヒテルもMov4で完全主義の彼の正規録音としては考えられない和音つかみそこねがあり、スタッフも録り直しをさせずそのまま放置。使命感、責任感も愛情もなしです。
リヒテルの2番はこんなはずはないだろうとラインスドルフ盤もコンドラシン盤もCDで買ってみましたが、我がコレクション・リストをチェックしてみるとどちらも「無印」としてました(要は買って損したという意味です)。リヒテルはロンドンで聴いたシューベルト、プロコフィエフは見事でしたが、ことブラームス2番に関する限り性が合わないのかなと思いました。もちろんプロだからそれなりに聞き映えのする立派な演奏ではあるのですが、ゼルキン/セルやアラウ/ハイティンクやR・ハーザー/カラヤンと比べてどうかということで落選とさせていただきました。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
ピッチャーの指先感覚(ロージンバッグ)
2019 MAY 11 13:13:27 pm by 東 賢太郎
米大リーグ・マリナーズの菊池雄星投手に、禁じられている「松脂(ヤニ)」の使用疑惑が現地メディアで取りざたされていると報じられた。帽子のツバに塗っていたらしく真偽のほどはわからないが、しかし、禁じられているというとイメージが悪い。スピットボール(指にツバをつける)は唾液がだめということだが、松脂はだめというわけではない。
ピッチャーがマウンドの後ろで拾いあげてポンポンやってる白い物体、あれをロージンバッグといい、指先のすべり止めの白い粉が布の中に入ってる。小さいころテレビのプロ野球中継で「老人用なのか」と不思議に思っていたが、Rosin(松脂)だった。今の今までぜんぶ松脂と思っていたが、調べると炭酸マグネシウムが80%らしい。だが松脂も15%はいってるんだから禁止物質というわけではない。審判が認めたロージンバッグ以外は物質が何であろうと使用禁止ということである。
高校に入って最初に嬉しかった記憶はあのポンポンだ。やったと思ったがそれもつかの間、試合であれが置いてあるマウンドのホンモノ感、仕事場という圧迫感はただならぬものだった。その印象が尾を引いて、ホンモノしか興味がないオトナになってソナーの社是まで『本物主義』になってしまった気がする。
しかしあれがそんなに必要だったかというと、雨の日以外は覚えてない。プロは松脂を塗るほど必要なんだろうが、高校野球はフライアウトは勿論、内野ゴロでも同じボールが返ってくるのが半ば当然であり、一塁手が素手でコネコネして土を落としてきれいにして返してくれる。捕手はピンチで毎球コネコネ、ニューボールもコネコネだ。それでOKだったし、仲間の思いやり、期待がこもったボールのほうが好きだった。
ロージンは滑るリスクを少なくしてくれるだけでコントロールを良くしてくれるわけではない。ないものは出ないし、悪い投手はより精密に悪くなるだけだ。僕にとっては心を落ち着けるお守りだった。その意味では、ピンチではロージンもコネコネも伝令も内野全員マウンド集合もぜんぶお守りにすぎない。打たせないぞという動物的本能以外に頼りになるものはなかったように思う。
ちなみにこの感じはゴルフに役立った。パットが入らなくなって、やたらとパターを買い替えたがやっぱり入らない。要はヘタなんだと練習したらうまくなった。当たり前だろと思われるだろうが、クラブに頼るのは他力本願。皆さんきっと生きていくうえで他力本願がたくさんある。それがいかに自分を救ってくれないかは、自力本願で結果を出してみないとわからない。
野球は攻・走・守といわれるが僕の関心はどれでもなく「投」だった。投は指先感覚99%だから、野球の記憶は右手の中指、人差し指の先っぽに詰まってる。身体は脳の特定部位にリンクしているから、きっとその部位はシナプスが多く、僕は日々右手を使いながら野球回路が関与して生きている可能性がある。だから社是まで『本物主義』になってしまったということで話は丸く収まる。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。














