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ファリャ バレエ音楽「三角帽子」(Falla, El sombrero de tres picos)

2013 OCT 10 22:22:59 pm by 東 賢太郎

ラヴェルについて書いていると無性にラテン系の音、食事、酒が恋しくなってきた。だんだん寒々とした季節になってくるし、これからしばし、僕の好きな南欧の音楽をご紹介して皆さんのお気持ちを地中海の風景と空気で少し明るくしてみよう。

まずはスペイン編だ。

スペインには米国留学中の夏休みに1回、ロンドン~スイス時代に4回は行った。もっと行った気もするが正確に覚えていない。一緒に欧州にいた野村の同期がスペイン留学で、当家は彼の家族と一緒に旅行してずいぶん助かった。マドリッド、バルセロナはもちろん、マジョルカ島、トレド、コルドバ、グラナダ、マラガ、セビリア、カディス、rosunaranhosuネルハなど、それからジブラルタル(英国領)から地中海を渡ってセウタも行った。いつもゴルフバッグを積んでのドライブだ。ゴルフ場はあまりにあちこちでやって全然覚えていないが、ひとつだけロス・ナランホス(右)というのが記憶にある。スコアが良かったからではない。ナランホス(オレンジだ)の木がそこいら中にあったのだが、強い陽射しでのどの渇きに耐えられずマーシャルの眼を盗んで実を捥(も)いでかじった。それがあまりにうまかったのをよく覚えているからだ。食い物は怖い。

スペインの音楽というとついフラメンコを思い浮かべるが、あれはスペイン人というよりジプシーの踊りである。例えばあのカルメンはカスタネットを持ってホセの前で妖艶に舞い歌うが、彼女はまさにジプシーという設定である。しかしフラメンコダンサーは見た目きれいだが、掛け声が男みたいに野太くずいぶん興ざめであった。それではスペイン音楽とはどういうものかというとよく知らない。フリオ・イグレシアスみたいなものだろうか。彼の歌は地中海世界だ。父親はスペインで高名な医師、母親は上流階級出身で、自身はレアル・マドリード・ユースのゴールキーパーでケンブリッジ卒で弁護士という、それだけでもうスーパーマンだ。それでいてシンガーソングライターとしてレコード売上げ3億枚はギネスブック第1位となると、もうウルトラマンである。

クラシック音楽の領域なら、まず僕の頭に浮かぶのはエマヌエル・デ・ファリャだ。その代表作であるバレエ「三角帽子」の音楽である。ファリャはもともと パントマイム『代官と粉屋の女房』という小編成の曲としてこれを作っていたが、ロシアバレエ団(バレエ・リュス)のディアギレフが大編成オケに改作を薦めてできたのがこれだからストラヴィンスキーの3大バレエ、ラヴェルのダフニスとクロエなどとは遠縁にあたる音楽なのだ。初演は1919年にロンドンのアルハンブラ劇場で、パブロ・ピカソの舞台・衣装デザイン、エルネスト・アンセルメの指揮で行われた。

筋書きはいたってシンプルで、好色のお代官様が権力にあかせて粉屋の女房を狙う。夫の粉屋を逮捕して家に忍び込むが美貌の女房の機智にもあってコテンパンにやられてしまう。その代官の権力の象徴が三角帽子だ。このプロットはフィガロの結婚のお手軽版ともいえ、権力者の間抜けな奸計を正義が暴いて権威をはぎ取る勧善懲悪ものだ。日本では「おぬしも悪よのう」とほざく悪代官を成敗するのは黄門様や暴れん坊将軍のような権力側だが、欧州ではそれを庶民がやってしまって喝采される。これがフランス革命の土壌なのだろう。

この音楽、不思議とストラヴィンスキー(ペトルーシュカ)みたいな部分、フンパーディンクのオペラ(ヘンゼルとグレーテル)みたいな部分といろいろ残像が浮かんできては消える。ファリャの和声感覚、それはとてもラテン的だがフランスともイタリアとも違う。それがスペイン風なのかどうかはともかく、この音楽を諳んじている僕にはこれがスペインという刷り込みになってしまっている。音から入ったので「ブドウの踊り」「粉屋の踊り」「隣人の踊り」等々なんのことやら想像の域を出なかったが、この画像を見て目からうろこが落ちた。初演時のブロ・ピカソの衣装でトップクラスのフラメンコダンサーが踊ったバレエ(マドリッド王立劇場)のすばらしいパフォーマンスだ。バレエ・リュスの香りがある。この名作をこれから覚えられる方は、むしろこの画像で場面と一緒に音楽を記憶された方がいいと思うほどだ。

僕が好きなのは、第1幕の頭でティンパニの一撃で全員が去り夫婦だけになる部分の音楽による見事な場面転換。一気にけだるい空気に引きずり込まれる。代官が女房を誘惑に来る前の女房のカスタネットの踊り。ここの涙が出るほどすばらしい和声!これがスペインでなくてなんだろう。そして女房が代官をあしらう。そこで鳴らされる最高に美しい弦楽合奏!こういうちょっとした部分にシンプルな素材でこんなに魅力的な音楽が書けるファリャの天才を感じる。それから第2部幕開け、春の窓から差し込む柔らかな陽光みたいな「隣人の踊り」。こんな幸福感を味わってしまうともう病みつきになるしかない。全曲にわたって原色の粉をふりまく極上のオーケストレーション。最高の耳のごちそうと表現するしかない。それにこんな美しい舞台があるなんて。すぐにでもマドリッドへ飛びたくなる。

この曲を「聴く」。幸い最高級の名演がある。

 

エルネスト・アンセルメ / スイス・ロマンド管弦楽団

初演者の演奏が必ずしもベストではないが、これは例外である。数学者アンセルメはニ41SNH1RKEKL._SL500_AA300_ュー・フィルハーモニア管とのストラヴィンスキー「火の鳥」の練習風景を残している。それを聞くと数学的緻密さよりも意外に音楽の表情、流れ、バランスを重視してオケに弾かせていることがわかる。「シェラザード」の稿で書いたが、タテの線をきれいに合わせることを第一義とするような小手先の美品作りなどかけらも念頭にない。アンセルメは作曲家との交流からここはこう鳴るべしという音とテンポと表情を身体で知っている。その「べし」こそ第一義なのである。しかも彼は一点の曇りもないクリアな音と音程を聴き分ける究極の耳を持っている。だから出てくる音は秋空のように透明である。そうしてデッサンが良くて絵の具も極上の絵画が生まれるのだ。それに加えてこの演奏、Deccaの技術の粋が集結して録音も超ド級と来ている。Deccaだって演奏家はこのコンビだけではない。技術の粋を用いたくなる優れた音がするという事実の方が先だったろう。スコアに敬意を持ち、作曲家の真意をハイエンドのクオリティで再現しようという、演奏家として僕が最も敬意を払う姿勢の結実がこうして残されたのは幸運なことだと思う。どこがどうと書くのも野暮だ。世界文化遺産クラスのこの歴史的名演奏をぜひ一度耳にしてみていただきたい。

 

(補遺、16年2月7日)

 

ローレンス・フォスター /  バルセロナ交響楽団

youtubeでこのオケの首席ファゴットSilvia Coricelliさんの同曲アップを見つけたのでどうぞ。フォスターはルーマニア系米国人で欧州で活躍、マルセイユ管弦楽団とこれまた地中海のオケのシェフを務めている。地中海!ご当地オーケストラの音でごちそうが味わえる。

 

(補遺、2018年9月11日)

エンリケ・ホルダ / ロンドン交響楽団

LPで昔なつかしい(1960年録音)。批評家がローカル色満点などと持ち上げていたが、別にそうでもない。バーバラ・ヒューイットのセクシーな歌がそう聞こえたのだろうがこの人はイギリス人だ。高音質で売り込みをかけたアメリカのEverestレーベルがスペイン系のホルダをもってきてロンドンのオケでスペインっぽさを演出しようと試みたものだろう。当時としてはたしかに音質が鮮明でそれだけでうれしくなったりした、いい時代だった。

 

 

 

 

 

 

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