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レスピーギ 交響詩「ローマの噴水」

2013 NOV 24 12:12:30 pm by 東 賢太郎

地中海音楽めぐりイタリア編、その2はイタリアの作曲家オットリーノ・レスピーギの名作「ローマの噴水、ローマの松、ローマの祭り」を3回に分けて。

僕は古代ローマ好きで本は片っぱしから読んでおり、大学ではローマ法まで勉強しました。だから人生なにをおいてもフォロ・ロマーノに行ってみたくてたまりませんでした。現在の東京でいえば永田町、霞が関、丸の内、大手町を一緒にしたようなところ、つまり大ローマ帝国の政治と権力と富の中枢が集結した場所です。

1983年、留学中のウォートンスクールの夏休みにさぼって欧州旅行した折、友人家族と一緒にベルギーから遠路はるばる車でここまで来てしまいました。

真夏の快晴の日でした。その、忘れもしない、憧れのフォロ・ロマーノの遺跡に初めて足をふみ入れた時のことです。なにか体じゅうに電気が流れるような、地面からエネルギーが放射されるような感じがいたしました。悪い感じではなく、むしろ元気が出るようなものだったのですが、足が妙に震えたので気になりました。興奮していただろうし、霊感とか霊気とか、僕はそういう手の話にはとんと縁のないほうです。体が心配になり他の人にききましたが何もなく、あれは何だったのか、今もよくわかりません。

大体のツーリストは1時間ぐらいでぐるりと一周して、それでも相当歩かされますが、ガイドの説明を聞いて終わります。しかし僕は、あらゆる廃墟の壁のあらゆる背面まで仔細に見て回り、道のない木立の裏側まで探索し、土や石に触り、あちこちに何分間も立ち止まっては「ここにカエサルの遺体が・・・、ここでトラヤヌスのダキア征服が・・・」など(たぶん)ぶつぶつ講釈をたれた。友人は、「暑いな、東、そろそろ行こか」となる。アウグストゥスの家があった「パラティーノの丘」が目に焼きつき、家は必ずこういう感じの高台に建てるぞと意を決したのはその時でした。

この訪問が物足りなかったのでそれ以来2回ここへ行くためにローマへ行きました。リピーターなんです。ここでぼーっとしていると、やはり電気で痺れた感じになり、朝から晩まで時が過ぎます。写真を見るだけでなにかざわざわと血が騒ぎ、心臓がどきどきしてきます。自分もだという方がもしおられたら是非ご連絡ください。一生の友達になれるでしょう。だいぶ話が遠回りになってしまいましたが、このフォロ・ロマーノに行ったり写真を見たりすると、まるでBGMのように頭の中で自動的にプレイバックするのがこの噴水、松、祭りという、いわゆる「ローマ三部作」なのです。

それはライン川でシューマンの3番が勝手に鳴るのと全く同じ現象であり、噴水や松や祭りを媒体として古代ローマへの幻想をかきたてるといった風情の音楽としてワークしています。少なくとも僕においては。もちろんローマ史を勉強しなくてもローマへ行かなくても面白い音楽であるわけですが、皮相的な聴き手から皮肉なことに皮相的な音楽と位置づけられてしまうのはレスピーギが気の毒です。作曲家存命中もアメリカでの評価の方が高かったそうで、歌の国イタリアという事情はあるにせよもっとシリアスなリスナーに評価されるべき名曲であると声を大にしたいところです。

3曲とも音の絵画の性格があり、「祭り」にライオンの吠え声の描写、「松」には録音した本物のナイチンゲールの声が現れます。こういうところが「えせシリアス」なリスナーに馬鹿にされてしまう。しかしレスピーギは「噴水」のスコアに4つの噴水が喚起する「感情と幻想」を表現しようとしたと書いており、ライオンもナイチンゲールもベートーベンの田園交響曲の鳥の声と同じ役割という趣旨で使われたと思われます。ただレスピーギが用いた語法はマイクロスコーピックな主題労作と変奏ではなく和声と管弦楽法に多くを依存したものである点でベートーベンとは異なります。(参考)ベートーベン交響曲第6番の名演

レスピーギはリムスキー・コルサコフに管弦楽法を習いましたが、和声が醸し出す情感とそれを描く楽器法の幸福な結婚とでも形容するしかない瞠目すべき成果は師匠の交響組曲「シェラザード」と双璧です。シェラザードはピアノで弾いても面白いのですが、この三部作も(僕は弾けませんが)まったく同じでしょう。音楽の骨格ができている上でのオーケストレーションの妙であって、決して不美人が化粧でごまかしたような軽薄な音楽ではありません。化粧があまりにうまいので逆に損している美人なのです。

<ローマの噴水(Fontane di Roma )>

前述のようにスコアには「ローマの四つの噴水で、その特徴が周囲の風物と最もよく調和している時刻、あるいは眺める人にとってその美しさが、最も印象深く出る時刻に注目して受けた感情と幻想に表現を与えようとした。」とあります。

①ジュリアの谷の噴水(夜明け)

Cattleオーボエが鳴り出すともうそこは朝靄のかかる薄明のローマの夜明けです。鳥が鳴きものうげな旋律が木管で奏でられ、Rシュトラウス「ばらの騎士」の銀のばらの献呈の場面に似た和音がでてきて、牛の群れがゆっくりと過ぎていく。あなたは幻想的な雰囲気の中、そのゆったりとした光景を眺めます。この噴水はどこか場所が特定できておらず、「ローマの松」にも登場するボルゲーゼ荘の中にある盆地のような場所のようです。

②トリトンの噴水(朝)

トリトンホルンが朝を知らせます。朝日に水しぶきがきらめく。トリトンは半人半魚の神で嵐で難破しそうな船を見つけると、ホラ貝で嵐を鎮めてくれる。このトリトンの噴水はローマの中心部バルベリーニ広場にあります。バロック期の著名な彫刻家ベルニーニの作品で、1643年に完成した。4頭のイルカに支えられた大きな貝の上にトリトンが乗り、空に向かって高々とホラ貝を吹いている。金管の勇壮な響きとチェレスタ、ピアノの繊細なきらめきが印象的です。

③トレヴィの泉(真昼)

トレビこの噴水はローマで最も有名なものでしょう。古代ローマ時代に敷設された水道のひとつであるアクア・ウェルギネの水を流し込んだ、18世紀につくられた巨大なバロック様式の人工噴水です。正午の太陽がのぼり、弦が喜びに沸き立つような3拍子の勇壮な主題を出します。海馬に引かせた馬車に乗り、トリトンや女神たちを従えたポセイドンの凱旋です。それが金管に受け継がれ、全曲の頂点となる。雲が起こり、海はまばゆいばかりに輝く。目がくらむような黄金の光の中、勝ち誇ったポセイドンの行列が目の前を通り過ぎて行く。そして遠くから響くトランペットの音とともに彼方へ消えていくのです。

④メディチ荘の噴水(黄昏)

メジチメディチ家の別荘であるヴィラ・メディチはローマを一望する高台にあります。この噴水からは夕陽とともに移ろっていくローマ市街が見渡せます。ローマ賞受賞者、ベルリオーズ、グノー、ビゼー、マスネ、ドビュッシーらが滞在したのはこの館です。一日も、そろそろ終わりを迎えようとしています。夕暮れの郷愁の時、大気は小鳥のさえずり、木々のざわめきなどで満ち溢れている。夕暮れの郷愁の時をむかえ、ゆっくりと空は暗さを増し、教会の鐘の音が響いてきます。やがて、すべてが静まり、音楽は夜のしじまの中に消えていきます。

月並みなローマ観光ガイドみたいになってしまいますが、レスピーギが描こうとしたのはどの噴水の風景でもなく、ローマ史です。この、そう大きくはない都市で古代からおこった数々の人間ドラマ。それを文字にすれば何千ページの書物になる。それを彼は文字ではなく音で表したということです。アラビアンナイトの物語に想を得てできた傑作シェラザードと同じく。「噴水」は物語を象徴する具象にすぎず、この曲の4つに加えて彼は4つの「松」、4つの「祭り」という、計1ダースの具象を選び取りました。しかしその底流にある彼のテーマ、それはローマ史への憧憬であるに違いありません。海外旅行好きの方はもちろんですが、むしろローマ史ファンの方にこそ聴いていただきたい名曲であります。

ローマ三部作といっても3曲が一気に書かれたわけではなく、噴水が1916年、松が1924年、祭りが1928年です。演奏頻度では松が高いですが、3曲まとめてというコンサートもありますね。噴水の1917年の初演時の評価は、本人がスコアをしまい込んでしまうぐらい惨憺たるものでした。それを再デビューさせ有名にしたのはアルトゥーロ・トスカニーニです。噴水に限らず、三部作は彼の演奏が決定版とされていて、たしかにそれに僕も異存はありません。そこでそのトスカニーニ盤のコメントは最後に回し、まずは各曲ごとに僕が好きなものをご紹介しましょう。

マイケル・ティルソン・トーマス /  ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団

祭りこの指揮者が若いころ(1972年)ボストンSOを振った春の祭典は歴史的な名演です。複雑なテクスチュアを解析する抜群のセンス、漂う詩情、オケの透明感、若鮎のようなはじけるリズム感は余人のできる域を超えているのです。そして1978年、まだ彼は若かった。だから祭典と同じ水準の演奏、こんなに新鮮で水しぶきが光にはじけ飛ぶような表現ができたのでしょう。ロス・フィルのトップ奏者たちがこちらも繊細な感性で棒にこたえています。この曲だけは若い人のみずみずしい感性でやってもらいたい。世評はさほど高くないのですが第1に推したい名演であります。

 

フリッツ・ライナー /  シカゴ交響楽団

ライナーオーケストラの図抜けたうまさが光るCDです。①の朝もやにそこはかとなく浮かびくる叙情 。こういう音楽にこそ奏者ひとりひとりの実力が出ます。②のホルンの咆哮の深々とした響き!とラプソディックに現れては消える独奏楽器の陰影。うまいです。③のトゥッティの豪壮な鳴りっぷり。名人ぞろいのシカゴ響の威力全開であり、それをたばねるライナーの求心力、緊張感がスピーカーを通してひしひしと伝わってきます。だから④の弱音も痩せることなく、①と同じく詩情に満ち満ちた夕暮れの慕情が美しさの限りです。僕はこの演奏(LP)でこの曲を覚えました。だから今久々に聴きかえすと昔の教科書を開いたような郷愁にかられます。この名演で記憶できた幸運に感謝したいと思います。

 

2台ピアノ版です。これは面白い、ビデオも楽しめます。

レスピーギ 交響詩「ローマの松」

Categories:______レスピーギ, ______地中海めぐり編

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