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チャイコフスキー弦楽四重奏曲第1番ニ長調作品11

2014 FEB 20 23:23:27 pm by 東 賢太郎

前回のブログで庄司紗矢香さんのヴァイオリンの音程について持論を述べました。僕は弦楽器のピッチが非常に気になる人間で、昨日のキムヨナの最後の音は低い。減点だ(カンケイないか・・・)。鈴木明子のヴァイオリンは旧友古澤巌氏だったみたいで、こっちはまずまずでしたが。

ここではそれを一歩進めて弦の合奏について書きます。

弦楽合奏は二重奏から八重奏までが普通ですが、最も無駄がなく完成度が高い曲が多く作られたのは四重奏です。ヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1という合奏体はひとつの小宇宙といえます。音楽にとって、調性の変転に即応して最もピュアで美しい「純正律」の和音を鳴らすことが理想です。純正律の和音とはわかりにくいでしょうが、簡単にいえば混声四部合唱がアカペラできれいにハモッたときのお腹に響くぐらい曇りのない和音です。カーペンターズやビートルズのハモリもそれです。

オーケストラというのは含まれる楽器(鍵盤楽器以外)が半音以下の音程操作ができるので理論的にはそれを鳴らすことが可能ですが、実際には第1ヴァイオリン12人のユニゾンだけでも微妙なピッチのずれが発生して「うなり」が生じます。ホールによってそれが目だってしまうと汚い音に感じてもう耐えられません。若いころはそのぐらい指揮者が直せドアホと切れてしまって演奏会の途中で退散したこともあります。良いホールで良いオーケストラを聴いた場合、音楽は最高の効果を発揮しますが現実はそうはいかない場合がほとんどなのです。

僕は良いカルテットによる「弦楽四重奏」こそ最も完璧で美しい音楽の王者であると思っています。管や打楽器が添える音色のバラエティはそれなりに楽しいものですが、それを売り物にした楽曲の価値が特に高いわけでもありません。そういう曲は指揮者が勝手にスコアをいじって「プチ整形」したりもありです。管、打楽器が活躍する曲でもピアノ版にリダクションして感動できる曲はありますから、やはり音色美というものは「化粧」にすぎず、素顔の美しさがすべてを決めているのです。そして弦楽四重奏曲は一切の整形も化粧もなし、素顔美人の宝庫であります。

「ユリアフィッシャーの二刀流」なるブログに僕はこう書きました。

世の中の弦楽器の録音は、パッションか音程のどっちかに不満があるケースが非常に多い

これはソロについて書いたのですが、カルテットとなると奏者が4人ですから不満あるケースは4倍になります。特に「音程」の方はほとんど満足な団体がないという困った事態になっています。僕が学生の頃、ブダペスト弦楽四重奏団のベートーベンというものが日本の音楽評論家たちの絶賛を浴びて神格化していました。しかし曲によりますが僕には聞くのが苦痛なほど音程がひどいのです。そういうものを趣味の問題だというなら僕は趣味が悪いのかもしれませんが、汚いと思うものは仕方ありません。あれを崇められる評論家がうらやましい。

僕の聴く限りソプラノ(第1ヴァイオリン)とバス(チェロ)に難があるプロはまずありません。まれに前者が弱い団体がありますが、入場料をとっていること自体不思議です。キーとなるのは第2ヴァイオリンとヴィオラです。たいていはこの2人が和音の真ん中を弾きますから、ドミソのミです。これが半音高いか低いかで長調か短調かが決まりますからこれが下手だと悲惨なことになります。下手というのは技術ではなく、和音の感じ方に応じた音の微妙な高低の取り方です。つまり音楽性、耳の良さです。音楽家だから耳がいいだろうと誰もが思うのですが、疑問に思うケースはけっこうあります。

以上音程についてですが、音楽というのは音程の良さは「必要条件」でしかありません。4人の呼吸、テンポ感、アインザッツ(音の入り)、フレージング(フレーズの意味づけの仕方)、アーティキュレーション(音の発音)などがピタリと一致して、あたかも一人が楽器を弾いているようになることが理想なのです。そんなことが可能なのか。非常にまれですが、可能です。youtubeでひとつだけ発見しました。ボロディン・カルテットのチャイコフスキー1番です。

この曲、第2楽章の速度記号であるAndante cantabileが「アンダンテ・カンタービレ」というニックネームになって有名曲となりましたから聴いたことがない人は少ないでしょう。しかし全曲がとてもいい曲ですからぜひ通してお聴きください。

終楽章だけはやや緊張が切れて雑になっているのが残念ですが、第1、2楽章は僕が本稿に書いてきた重要な要件をほぼ満たしている「稀有な名演」であります。第1楽章展開部の第2ヴァイオリン、ヴィオラの見事さ!完璧なる純正調で鳴っている和音の心地よさ!4人が同じ言語(ロシア語?)語るフレージングの圧倒的な説得力!これぞカルテットの醍醐味であり、ピアノでもオーケストラでも及ばない音楽の奥義であることがおわかりでしょうか。これぞカルテットのロマネ・コンティでありペトリュスです。この味を覚えていただいて、ここから何かが欠けたものはだいたいが安ワインであると思っていただいて結構でしょう。

Categories:______チャイコフスキー, クラシック音楽

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