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貴乃花親方の目

2017 DEC 22 1:01:53 am by 東 賢太郎

相撲が面白いと思ったのは北の湖のころだ。強すぎてヒール役だったから僕は嫌いなはずなのだが、たまたま新婚旅行で北海道へ行ったおりに横綱のお父さんにお会いして蜜柑をごちそうになった。それでファンになってしまったのだからいい加減なものだが、北の湖は強いうえに姿も勝ち方も美しかったと思う。そればかりか、ほんのたまに負けた時さえも、本当に強い人が負けたんだ、これぞ価値ある金星だと見えた。いまどきの金星なんてお小遣いもらったよラッキーぐらいにしか見えないのが多い。彼がヒールだったと評するよりも、そこまで堂々の圧勝で憎たらしいほど強い横綱があまりいないと言った方が近いのではないか。

北の湖と輪島の両横綱が優勝をかけた千秋楽の大一番というのが最高の見ものだった。輪島もこれまた滅法強かったのだ。盤石の腰の重い北の湖を唯一振り回す威力のあった「黄金の左」の炸裂には熱狂したしスポーツであれほど興奮できたのもそう記憶がない。加えて、輪湖をおびやかした貴ノ花、僕の好みだった投げの魁傑、ピラニアの旭國、ふてぶてしい長谷川、四股の足がよく伸びた豊山、色男の若三杉、がぶり寄りの荒勢、地味に強かったがまわしのゆるんだ三重ノ海、元祖技のデパート増位山、そして麒麟児、鷲羽山、高見山、黒姫山、富士桜、金剛・・・凄い。なんて個性ある力士たちだろう。どの組み合わせの取り組みだって思いだしてわくわくする。

魁傑・旭國戦なんて最高、いぶし銀の輝き!まさしくライプツィヒ・ゲヴァントハウス管のシューマンである。いまも記憶にあるこの一戦は熱かった。

この時代、大学生で暇だったから一番一番じっくり観ていたのだ。就職したらもうこの時間帯は無理。そこから海外へ行ってしまったから大相撲というと輪湖時代になってしまうのだが、この頃が面白かったという方は結構多いようだ。

あるとき国技館で勝ち名乗りをうけて意気揚々と引きあげる北の湖の左肩を叩いてみたら巨大な岩みたいで衝撃だった。あれでぶつかりあうなど常人の想像を絶することで、米国の巨漢アメフト選手が幕下力士に吹っ飛ばされてしまうときいた。最強の男たちが命がけでガチンコで当たる。強い方が肩で風切る。男の世界で当たり前じゃないかと思ったし、憧れでもあった。まったく同様のノリで当時ハマっていたのは任侠映画の高倉健、鶴田浩二、洋物はゴッドファーザーのドン・コルレオーネ(マーロン・ブランド)であった。

後に社会人になって営業店に出たら「数字が人格」と堂々と言われた。当時の証券営業はそういうもので新人はその禊を経て一人前、そこで多くが辞めてしまう離職率ダントツの業界であり、中でも野村は数字序列の厳しい会社として一般世間ではヘトヘト証券と揶揄されたが業界内では掛け値なしに嫉妬も畏敬もされていた。覚悟はあったもののまさにこれは「角界」であり、ここで肩で風切るのは無理だと辞表を書きかけたことがある。いろいろの僥倖もあって生き残ったが、あまりの厳しさに首の皮一枚まで追い込まれていた。

いま思えばそこで音を上げてもクビにはならなかったろうが、「おい帝大」と呼ばれ「お前に株は無理や」と言われてメラメラと負けん気に火がついたのが人生を決めた。よーしそれならと体育会感覚でプライドの戦いを挑んだから人格まで変わった。そこから10年、ロンドンを終えるまで絶対に数字で負けないという強烈なプライドで営業の「背番号」を背負ったが、株の世界で僕に意見する人はだんだんいなくなった。

それがサラリーマンとして正しい道だったか不明だが、抗いようもない性格であった。営業成績で出世する会社ではあったがもちろんそれだけではない。しかし社内政治はしない。そこに証券不祥事を機に会社のガバナンス御一新みたいなのがあって、営業成績主義はやめ、できる奴は危ないという空気になったのが決定的だった。わざわざ出来ない奴が経営するんだからここについては失敬になるし書かないが、命がけで来た道がだめでしたとなっては他社に移籍する不安よりそこに残る苦痛のほうが大きかった。捨てる神あれば拾う神ありで、噂の段階で真っ先に声をかけてくださったのが2つの銀行系だ。いない毛色の人間であったようで、最初にお会いしてひとめぼれの相思相愛になってしまった。

自分で辞めたというのは新人の時代とはわけが違う。本社のライン部長であったのだから経営の一部であり、体制に反旗を翻したということである。それもライバルの興銀、富士、第一勧銀を母体とする証券会社への移籍、しかも銀行トップが命運をかけていた戦略部署の株式引受ヘッドだったから目を引いたのか、そういう趣旨の特集記事が経済誌の表紙を飾ってしまい、インタビューもされずに氏名を書かれたのも困ったが会社にご迷惑をかけたのは痛恨だった。なぜなら会社が嫌いになったわけではなく、自分のビジネススキルのすべてを作っていただいた野村イズムはいかなる理屈も超越して大好きだったからである。

こんなことを思い出してしまったのは、先日の相撲協会理事会で周囲を睥睨する貴乃花親方の目を見てからだ。あなたがたのことは歯牙にも掛けてませんよ、徹底的に戦いますよというあの目は心の奥底で僕にカーンと音をたてて響くものがあった。あれは仕方ない。命を削った仕事の結果、794勝+優勝22回の男が591勝+優勝8回の男にあの目を向けるのは僕にはあまりにフツーである。そうじゃないという人は男が命を削るということを知らない。人はみな平等とか一般社会常識とか、そんなもので論じることなどアホらしいほど無意味なのである。僕は公益財団法人日本相撲協会は社会常識で運営されるべきと思う。しかしその構成員が戦績やプライドをご和算にして仲良くやりましょうなんて必要はさらさらない。

命を削ってない相撲があると週刊誌沙汰になっている。真偽はわからない。ただ、仮にそうならばそんな相撲ショーは素人にだって見抜かれ、やがて見放される。だからそういう横綱が何十回優勝しようと、人気があって客が入ればいいというなら協会は目先の繁栄と引き換えにいずれ相撲という神事、国技はおろか興行としての業界をも潰すだろう。それを止めるガバナンスが定款にビルトインされていないことを公益財団法人日本相撲協会が確認することがここからの問題であろう。しかし協会を人間に例えるなら、脳みそがどこについているのか僕にはさっぱりわからない。自分で横綱に推挙した白鵬、鶴竜を処分しながら、推挙した自分の非には言及しなくて済む横綱審議委員会の権能の由来を相撲通の外人に尋ねられたが、そんなもん俺は知らん、Only God knows.(神のみぞ知る)と答えたらOh, I see it’s Shinto business.(そうか神事をうたったビジネスだもんな)とジョークがきた。空気を醸し出しておいてソンタクしてねという仕組みは、流行語大賞にはなれてもgovernanceと呼ぶに能わずである。

貴乃花はあの輪湖時代の雰囲気のある強くて美しい横綱だったと思っており、相撲の王道を哲学に持っていると信じたいがまだわからない。それを見せてほしいし、それが確認できれば支持するという国民は僕を含めてたくさんいると思うが、男は黙っての時代でもない、説得力ある言説を望みたい。格下を見下すのは結構だが、そのあまりにガバナンスを壊せば返り血を浴びる。本気でケンカするならぜひ強い横綱であっていただきたい。

 

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