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チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」の聴き比べ(1)

2018 NOV 10 23:23:10 pm by 東 賢太郎

仕事は忙しいが順調でことさら悲しいこともない。こういう時の悲愴は心にどう響くのかわからないが、なにせ劇薬のような音楽だから苦しくなってしまうと聴けない。今でしょということで。

モーリス・アブラヴェネル / ユタ交響楽団

ナチを逃れて米国に亡命したアブラヴェネルはメットと契約した最年少指揮者(33才で)でクルト・ワイルの弟子である。自分が常駐できるオーケストラをモルモン教のユタ州ソルトレーク・シティに作って移住しそこで亡くなった。Voxのこの悲愴はVn、Vcの粘着性あるフレージングが特色で第1楽章第1主題の遅さが象徴する。第2楽章中間部はティンパニが良いバランスできこえる。第三楽章マーチ主題は減速、コーダで激しく加速、僕はこの解釈はまったく支持しない。Vnは片側配置。全曲にわたってオンに録音された細部が克明に聞こえるのが非常に面白いのはプラスだがオケの技術のお里が知れてしまうのをどう評価するかはお好みだ。(総合点:2)

 

ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー / モスクワ放送交響楽団

1966年8月21日、ロイヤル・アルバートホール(プロムス)でのライブ。ここに書いた1972年の東京公演はこうだったのかと推測する演奏。人生初めて聴いたオーケストラの演奏会で何もわかるはずないが打ちのめされて帰宅したのがうっすらと記憶に・・・

僕が聴いた名演奏家たち(ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー)

いま聴くと第1楽章展開部の爆発をはじめ金管とティンパニの「圧」が凄まじい。こういうのは技術、趣味の域でなく文化だ。第2楽章主部は最速の部類に属する。中間部で減速して曲想を対比しながら大きな起伏を作る。ここでこれほどティンパニ強打するのも珍しい(これが主部に戻るギアチェンジが難しいがうまい)。スケルツォのトゥッティへの盛り上げは強烈を超えて激烈だ。下手な芝居である減速は一切なしの直球勝負でコーダになだれ込み、興奮した聴衆から拍手が出る。それを掻き切って突入する終楽章の弦の静寂。こういうものは乗りに乗ったライヴでしか出ない質のものなのだ。終結前の壮絶な盛り上がりがどんどん力を失い、銅鑼、トロンボーンを経て、ついにブルーグレー色のG線でヴァイオリンが生への別れを告げる。これぞ悲愴だ。こんなに歓声のあがる音楽ではないのだけれど、プロムスを聞かれた方はお分かりになると思うが、聴衆にとって基本は愛国の場であるものの演目ご当地の演奏家には深い敬意がありオトナの英国人の良識の場でもある。この良識がザロモンをしてハイドンを呼び寄せ、ロンドンセットを書かしめた原動力なのである。この悲愴のアンサンブルがどうのこうの言っても始まらない、ロシアの演奏もそうだがこの聴衆の熱い受容も文化なのだ。東京の演奏がここまで激烈だったのか残念ながら記憶はないが、それで悲愴が病みつきになりクラシックが人生の一部となった。聴いた偶然が幸運だった(総合点:4.5)。

 

アンタール・ドラティ / ロンドン交響楽団

第1楽章、良いテンポのアレグロは弦のアンサンブルが上質。第2主題はたっぷり歌いこむ。提示部最後の最弱音はFgか。展開部の金管が入ると粗い。第2楽章は速く、中間部はインテンポのままでHrを強奏するが解せない。終楽章コーダとの近親関係を認めない解釈だが僕は反対だ。スケルツォは遅めで緊張感を欠く。マーチ全奏は減速、加速として2度目は加速、減速、加速だ。まったく理解不能である。終楽章コーダの意味も見当たらない(総合点:2)。

 

マリス・ヤンソンス / オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

この時期のシャンドス録音に共通の傾向だが残響過多のホールで中央後方席の音響である。ロンドン時代の装置では良い音だと思っていたが実はそうではなかった。風呂場のラジオのようでうまくは聴こえるが低音のボディに欠け楽器の色もコクもアンサンブルの技量も情報量に劣る。mov2中間部はインテンポでどうということなし。mov3マーチはテンポをいじらず直進で納得だ。終楽章も粘りすぎず平均以上の出来だが大きな感銘は得られない(総合点:2)。

 

レナード・バーンスタイン / ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団

1964年、若いころの録音。mov1アレグロの弦はアンサンブルが粗くこれがNYPかという水準だが第2主題は陶酔感いっぱいだ。バーンスタインは熱病にうかされたような音楽がうまい。展開部前半は快演だが後半へのギアチェンジは不要。mov2もVcがどうも上手でない。中間部はやや減速するが意味は感じず。mov3は微妙に遅めのテンポながらやはりスケルツォのアンサンブルが雑で微細な音程が甘い。マーチは1度目インテンポだが2度目でやや落とす。コーダでは一転凄い加速となりHrのミスをモノともせず突っ走る。終楽章第2主題、Hrのかぶせ方が巧みで頂点で熱狂しない。耽美的なのだ。コーダ。頂点から脱力して銅鑼に至るわずかの間の減衰感が見事で、トロンボーンの限界に至る最弱音でぐっと引き込まれ緊張が走る中、VnのG線が彼岸の世界をただようのだ。若気の演奏のようだがバーンスタインの才能を感じずにはいられない(総合点:4)。

 

チャイコフスキー交響曲第6番ロ短調 「悲愴」

チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」の聴き比べ(2)

 

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