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チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」の聴き比べ(5)

2019 JAN 16 0:00:26 am by 東 賢太郎

ヘルベルト・フォン・カラヤン / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1964)

高2で買った初めての悲愴のLP。曲を覚えた思い出の演奏だ。聴き返してみて、カラヤンのコンセプトが手本として脳裏に染みついていることがわかる(Mov3マーチの減速の嫌悪、ぶっぱたくティンパニの音程がわかる快感は春の祭典への嗜好のベースになるなど)。オケの解像度の高さとベルリン・イエスキリスト教会のアコースティックの心地よいブレンドが録音の売りだったと思われる。カラヤンのぬめりあるレガートと縦線を強靭に制御したリズムの明確なビートはすでに開花しているがMov3の軍楽隊調は今となるとドイツドイツした印象。2回目のシンバルは変だなと思っていたがこれで覚えてしまい迷惑した(ミスと書いている人がいるがBPOの奏者が録音の場でこんなものを間違えるはずがないのである。百万分の一の確率でミスだったとした場合、完全主義のカラヤンが自分の名をクレジットしてまで名誉をかけた新録音を台無しにして彼を救ってやろうと放置することを録り直しより選好する理由など100%ない。確実に確信犯である)。僕にとってはノスタルジック・バリューのみだが、終楽章コーダはさすがにうまい(総合評価:2+)。

 

ロリン・マゼール / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

上掲カラヤンと同じ1964年にDeccaが録音した全集から。DG vs Decca、BPO vs VPO、そして両社は市場にKarajan vs Maazelの対立軸を持ち込もうとしたわけだが、VPOをここまでエッジを立てたHiFiにオンマイクで録ろうというセンスは現代にはもう存在しない骨董品だ。Mov1アレグロのアーティキュレーション(発音)の歯切れは素晴らしく、チャイコフスキーがプログラムの定番だったとは思えないVPOは基本性能の高さを見せている。30代のマゼールは情念の泥沼に踏み込むのは避け、過去の夢想すらもrefinement(品格と洗練)の中で描き、インテンポを基調にスマート、スタイリッシュで精緻な合奏に徹する。悲愴の作曲意図からは誠に物足りないがその路線だととても速めのMov2中間部は耳新しく響く。Mov3の合奏力はBPOに一歩譲るがmov4の弦合奏の魅力は上回る。2nd主題後半の追い込みは甘く銅鑼に至る感情の起伏は平坦(銅鑼の音はアンセルメ盤と同様長く残る)。コーダはやや無機的だ。若い。(総合評価:2)

 

ウィルヘルム・フルトヴェングラー / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

1938年10-11月録音。この年にヒトラーのドイツはオーストリアを併合しチェコからのズデーデン地方割譲を行い、ちょうどこの録音が行われていたころにユダヤ人迫害(水晶の夜)が始まった(日本も国家総動員法が制定され中国侵攻が始まった不穏な年だった)。ヒトラーはこの翌年、1939年にポーランド侵攻のために独ソ不可侵条約を制定し世界を驚嘆させる。不倶戴天の敵であった独ソが占領地で共同軍事パレードを行って暫く準同盟関係を持ったわけだ。1941年6月22日にナチス・ドイツが本性を現してソ連に侵攻(バルバロッサ作戦)して条約は破棄されることになるが、1938年暮れごろというと、不可侵条約制定に向けて着々と手を打っていたヒトラーはスターリンをうまくだます必要があったのである。

フルトヴェングラー とナチスの関係は「二重スパイ」とも思える複雑さがある。ヒンデミット事件で悪化したがゲッペルスは国民的人気の指揮者を宣伝に利用するため和解を持ち掛ける(1935年)。僕はこの悲愴はソ連に向けた目くらましのリップサービスとしてスターリンをだます国家的目的にフルトヴェングラーが妥協し、対独宣戦布告前の英国EMIに録音させたものだと考えている。彼はチャイコフスキーを陳腐な作曲家と評していたし、悲愴を演奏会でほとんど取り上げておらず、自由の身になった後もカイロのライブを除いて録音すらしていないこともそれと矛盾しない。

演奏はフルトヴェングラー なりの大所高所観から大づかみにしたもの。Mov1のテンポは微妙に変転する。Mov2は遅く洗練されない。優美さは皆無で中間部は減速して暗いだけで深みなし。Mov3はマーチ1回目からブレーキがかかる稀有の解釈(2回目もだが)でコーダに加速。Mov4は弦のアンサンブルを腐心して揃えた感はあるが管がいかにも野暮ったい。しかし、銅鑼に至る彼一流のアッチェレランドは見事に決まっていて、コーダは究極の悲しみに飲まれてしまう。彼は極点からのつるべ落としの天才で、その一発芸にやられてしまう。僕にとってはヒトラー対スターリンの火花散る神経戦ドキュメンタリーのBGMとして価値がある(総合評価:2+)。

 

 

 

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Categories:______チャイコフスキー

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