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プーランク ピアノ協奏曲嬰ハ短調 FP.146

2023 SEP 21 7:07:48 am by 東 賢太郎

この世で最も高級なムード音楽は何かというなら僕はプーランクのピアノ協奏曲嬰ハ短調 FP.146をあげるしかない。なにせ冒頭からいきなりピアノが弾きはじめる主題は「哀愁のおフランス」そのもの。そのまんまモンマルトルでも舞台にした悲恋モノ映画のテーマ音楽にでき、ポール・モーリアかレイモン・ルフェーヴルあたりが日本で大ヒットでもさせようかというものである。これを聞いて忘れる人はまずいないだろう。

ところがプーランクはそんな一筋縄でいく人ではない。このメロディーについている和声が凄いのだ。こういうことになってる。

C#m ‐ D ‐ F#dim/g# ‐ C#m ‐ Fmaj7 ‐ C#m | Bm ‐ E♭‐ Fmaj7‐ B♭m7

う~ん、なんとも妖しい。悲恋ものかと思いきや不条理の影がさしこんでいるではないか。こんなにポップスみたいに「旋律+伴奏コード」のあからさまに単純な音楽を(あえて)書いたクラシックの作曲家もいないが、こんなに “面妖” なコード進行を開発した人も知らない。こういうところはフランス最大の化学・薬品会社ローヌ・プーランの跡取り息子であった彼が音楽学校にいかせてもらえず、ピアノをドビッシー、ラヴェルの友人リカルド・ビニェスに教わった以外は独学だったことによるかもしれない。

コード進行というならこちらにウルトラ物凄いものがあり、あまりに驚いたので書き取ってあるからご覧いただきたい。ここになぜ僕がハーブ・アルパートのライズをひっぱってきたかお分かりの方はお友達になりたい。

プーランク オルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲 ト短調

そういえば食事なんかしながら「東さん酔っぱらってる、ぜんぜんわっかりませ~ん」なんて酔っ払って言われちゃうことがある。うんいいよいいよ、わかんねえよなっで終わる。ジョン・レノンはアイ・アム・ザ・ウォルラスについて「最初の部分はある週末にトリップした時に書いて、次の部分は次の週末にトリップした時に書いた。そしてヨーコと出会った後に完成した」とあっけらかんと語った。正直な人だ。プーランクは知らないがバイセクシャルを隠しもせず次から次から相手をかえて渡り歩いてるから堂々たるものだ。その辺はLGBT法案問題で昨今のアメリカ事情を学んだつもりだったが、我が国でも芸能界・財界を震撼させるジャニーズ事件なんてものがおきていて、ストレートな人間である僕は性被害者といえば女性と思いこんでいた非常識を改めなくちゃいけないことにこそ震撼した。このトシにもなって恥ずかしながらまだまだ世の中はわからないことだらけだ。

第2楽章。こりゃなんだ?

こういう妙なものを前に8年前の自分は「モーツァルトの21番とラヴェルのト長調のエレガントなブレンド」なんて書いてるが、要するにアメリカ人にうけそうなムード音楽である。しかし今は伴奏のリズムがショスタコーヴィチ交響曲第5番第1楽章のあの静かなハープと弦のところ、薄暗くて死を暗示しているが物凄くエロティックでもあるあれに聞こえる。あそこ、ショスタコさんホンモノだ、おそるべし。プーランクのこれは1947年で1937年のあれを模したことは一応あり得るがわからない。ともあれこれもとってもエッチだ。最後は変ホ短調と変ホ長調がケンカして意味深におわる。

第3楽章。ロンド・ア・ラ・フランセーズ プレスト・ジョコーソ。さあアメリカの田舎のみなさん、お待ちかねのおフランスですよ、元気よくすっ飛ばしていきましょうね、カンカン踊りましょうか?

この曲はボストン交響楽団が米国楽旅中のプーランクに委嘱した。欧州人がアメリカ人向けに書いた著名曲というとラフマニノフ「ピアノ協奏曲第3番」(1909)、バルトーク「管弦楽のための協奏曲」(1943)がうかぶ。どっちもサービス満点の曲で、後者は米国に移住したがお金がなく、ドがつくほど真面目なバルトークが大衆のお口にあうだろうかと精一杯ハメをはずしたつもりのコーダがまだ地味だというので派手なものに書き直したり涙ぐましい。そしてプーランクはその4年後だ。フランスもフランス、パリジャンの超富裕層、ロシア人やハンガリー人とは目線がちがう。どっちに好感を持つかは人それぞれだがドイツ派で育った僕はプーランク目線だ。本人は「第3楽章を弾きながら聴衆の間に興味が停滞して行くのに私は気づいた。失望したのだと思う」と語っているがちょっとやりすぎと思ったかもしれない。それでも最後はひっそりピアニシモ、しっかりオシャレなのはアンチ・バルトークかな。

初演したプーランク、ミュンシュの録音があるが音が悪くあんまりうまくもない。幸いなことにそれを理想形にしたようなプーランク唯一の弟子、ガブリエル・タッキーノの演奏が残っている。これがあれば僕はほかのはいらない。

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