Sonar Members Club No.1

カテゴリー: 徒然に

不思議な出会い

2019 OCT 4 1:01:40 am by 東 賢太郎

本当に世の中は不思議なもので、まず、きょうは元野村の部長O君の紹介で「スモル・ワールド」のK社長に中をご案内いただいた。場所はりんかい線の「有明テニスの森」だ。写真の駅の両側が東京オリンピックの競技場になる。

スモール・ワールドは来年3月にここでオープンだ。

世界最大の屋内型ミニチュアパークSMALL WORLDS TOKYO …

 

SNS禁止なので内部の写真は載せられないが、エヴァンゲリオン、美少女戦士セーラームーン、関西国際空港、スペースシャトル5機の打ち上げ、イタリア・ドイツ・スイスの鉄道ジオラマなど話題のエリアを8000㎡に展示した世界最大のミニチュア・テーマパークだ。ソナーに出資を要請されたが検討に値する。

終わって食事して、銀座へ。久々にSMCメンバーの靖子さんの店「佳蓮(かれん)」になだれこむ。そうしたら、やっぱりメンバーであるブルーベイ・アセットの吉田社長が外人さんとふらっと来店。瀬戸内海は直島以来のまったく偶然の遭遇であった。お連れさんはマーキュリー・アセット社長だった英国人のSさん。ロンドンの話に花が咲いた。Sさんはバークレー銀行で12か国に赴任したつわもので5か国の僕などかわいいもんだ。ケンブリッジ大学物理学部と日本語学科卒でチェス部のキャプテン。日本語ぺらぺらの超インテリで今はケイマンに住んでいるがラグビーWCの応援で来日されたそうだ。イギリスはいい。なつかしくなってまた行きたくなった。

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2019 SEP 30 19:19:43 pm by 東 賢太郎

今年は蚊に食われなかった。人生初めてだ。体質によって狙われやすい人とそうでない人といるらしいが、僕は前者なので夏はいつも注意を怠らない。にもかかわらず毎年やられる。不倶戴天の敵であったのだが・・・。

ガキの頃は放課後も休日もほぼ屋外にいたから蚊にとっては格好の獲物であり、いつも手足がかゆくてムヒなしにいられなかった。部屋にも侵入されてしまう。夜中にプ~ンという不快な音で目がさめ、眠気まなこで電気をつけて逆襲にかかるとぱたっと気配が消える。これはなぜだろうと思っていたが、蚊は自分を襲った相手のにおいを覚えていて身を隠すそうだ。何億年もかけて吸血で生き残った生物だ、すごいセンサーを身につけている。まるで忍者みたいだが、こっちもスナイパーだ。睡眠時間をけずっても絶対殺すと意を決して家中さがしまくり、机の下の暗がりの壁にとまっているのを遂に見つけるのだ。

敵は血を吸って丸々と太り、もう逃げられない。この瞬間の気持ちをどう表現したらいいんだろう?快哉を叫ぶと同時に、明日は大事な試験があるというのに寝不足だと怒りは頂点に達しており、風前の灯火のこいつをどうやって殺してやろうと考えるのだ。キンチョールじゃ面白くない、手でぶっ潰してやろうなどと。この瞬間、僕はギャングを追い詰めた刑事のつもりでいるのだが、実はギャングは自分なんじゃないかと思ったりする。動物は相手を食うための殺しはやるが人間は怨恨でもやる。鶏を裂くに牛刀を用いるぐらいの勢いでそいつをつぶすと、壁紙が血で赤い。やったぞとは思うが、ごめんよ悪かったなという気も残る。幸福な幕切れではない。

いまの家は蚊が来ない。やられるのはもっぱら暗闇の帰宅途中の路上だ。スマホのながら歩きなぞしているとほぼ確実に腕や首をやられる。それもあっという間にだから大変な凄腕であり、敬意を表したいぐらいだ。しかし不思議だ。これらの個体は卵を産んで死ぬはずだが、毎年どういうわけかそのあたりで同じようにやられるのであって、凄技は子供に遺伝しているとしか考えられない。そう考えると、今度はギャングではない自分がいることに気がつく。そうかこの蚊も母親なんだと。

すべての生物にお母さんはいる。それで同情してたら世の中は大変なことになる。そこで刑法では罪刑法定主義というものが出てくる。人と罪は分離して、犯した罪を法律に書いてあることに従って罰する。罰せられるのはその人だが、そしてその人にもお母さんはいるのだが、それはそれこれはこれで刑は執行される。権力を持って裁く側の人間がギャングかもしれず、人間というものの愚鈍さを歴史から学んだ英知から出たスマートな考え方である。血を吸ったら死刑という法律はないから、僕はあの帰り道の蚊を殺してはいけないかもしれない。

蚊にはひとつだけだが感謝することがあって、それは蚊取り線香というものを日本人に発明させたことだ。あの紫煙の香りは風鈴の涼やかな音色と同様に欠くべからざる夏の風物詩で僕は大好きだ。家族で海水浴に出かけた伊豆白浜や勝浦の民宿の夜、蚊帳を吊って親父がさあ寝るぞと消灯するが、明日も泳げるのが嬉しくて興奮して眠れなかった真夏の夜の空気をありありと思い出させてくれる。

なんとなく、見つけても蚊は殺すまいと決めていた。そういう奴はつまらないから狙わないのだろうか、今年は蚊に食われなかった。

 

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静岡の狐につままれた一日

2019 SEP 5 2:02:10 am by 東 賢太郎

静岡駅から海岸線を三保の松原へ向けて走ってもらう。「登呂の遺跡ってここにあったのか!」とは日本人としてかなり恥ずかしい。日本初のサウナもあるらしい。あべかわ餅が安倍川だと初めて知った。久能街道を清水に向かうとイチゴ農園がずらっと並び、家康の墓のある久能山東照宮が左手に見えてくる。彼は鯛の天ぷらにあたって亡くなったという説もあるが、遺言によって翌日にここに葬られた。駿河湾は沖に出ると水深2,500メートルもあって日本一深く、二番目は富山湾だ。だから波に持っていかれると命が危険で、こんなに平坦な海岸線が長いのに遊泳スポットが数か所しかない。深海魚まで取れるし清水港にあがるマグロとカツオはいける。以上、タクシー運転手さんの受け売りだ。

富士山世界文化遺産に入った三保の松原を一度ぐらいは観ておこうと思った。お客様を訪問した帰り、つかの間の寄り道だ。

運転手さんに「昨日ご案内したかたはそのために泊ったのに富士山みえなくて、お客さんついてますね」と持ち上げられたが、こっちから夕陽があたると赤富士になるとは合点がいったが、なんとなく雪をかぶってないと浮世絵っぽくなくてしっくりこない。

羽衣伝説のロマンに浸っていると、いつの間にか周囲はバスでやってきた一群のけたたましい中国語に取り囲まれている。京都と銀座だけじゃないんだ、そういえば富士山はかの国で一番人気だったっけ。清水港にクルーズ船が立ち寄るルートができて外国人はさらに多くなっているそうだ。

それなのに日本人の僕は三保の松原も静岡駅に降り立ったのもこれが人生初めてというありさまだ。これも無知なことにひかり号で東京から1時間ちょいであり、ここから通勤する人もいる。生涯賃金はたいても小さな家しか住めない東京を考えると、ここに家を建てるのはおおいにありだ。

帰りの新幹線を予約してもらってたが、静岡駅に戻ってその事実に気がついた。道草が過ぎてあきらめていたというわけですらなかったが、なんとなんと予約があったひかりの出発が数分遅れていて、あたかも乗るぞと全力で駆けつけたかの如く飛び込みセーフでたまたま乗れてしまった。狐につままれた気分の一日であった。

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金持ちの「三種の神器」

2019 AUG 20 18:18:01 pm by 東 賢太郎

ピンときたらすぐ自分のカネで札入れします。そうしないといい物件は絶対に取れません。

不動産はそういうものかと知ったのは最近のことだ。大阪のオフィスにH氏を訪ね、物件を見せてもらった。

最上階のオンリーワンです。3億5千万で仕入れましたが今なら4億つきます。

H氏の目利き力が尋常じゃないのは初めてお会いした日から感じていた。僕はこういう物件の値段はピンとこないが、人の能力にはくるようだ。

昨晩、氏のご相伴にあずかった北新地は東京なら銀座である。新人時代には通り抜けるのも敷居が高かった。こんな所のビルは誰が持ってるのかと思っていたが、3本は氏のものだった。僕より一回り以上お若いが見上げたもので、数台所有される高級車は1台5千万円だ。

こう書くと眉をひそめる方がおられようし、僕もそういうことで氏に関心があるのではない。不動産業は目利き力がすべてだからである。そういう商売であり、だから優良なお客さんがつく。世の中の原理原則として誰だって能力はまず自分のために使う権利がある。経営者本人が貧しいのにいい物件ありますなんてどこの誰が信じようか。功なり名を上げた経営者は自分が富豪になっているが、自叙伝に「他利が大事」と書く傾向がある。ウソとはいわないが、その黄金の権利を放棄しても競争を勝ち抜けるずば抜けた能力とインセンティブがあるなら読者ははじめからそんな自叙伝を読む必要がない。

野村スイスの社長をしていたころ、仕事上多くのプライベートバンクの経営者とプライベートにおつきあいをした。ご自身が富豪でない方は一人もいない。自宅に呼ばれるとそれがリゾートホテルであったり、庭の敷地に18ホールのゴルフ場があったりする。そういう世界の人にはそういう世界の人が寄ってきてサロンを形成し、その中で共有される話題や情報がある(ちなみにモーツァルトやショパンはこういう所でピアノを弾いていたのだ)。

プライベートバンクというスイス起源の業態はグローバル市場での合法性において現在では優位性がなくなっているが、サロンは有形無形に存在するし、そこでの人、金、インテリジェンスという富裕層の「三種の神器」の集積分布図のあり方というものは古今東西何も変わっていない。なぜなら、それが「三種の神器」の固有の性質であり、いわば「物理特性」であって、放っておいてもそうなってしまうからだ。その力学を見抜くのが商売というものの本質に他ならない。シリコンバレーの起業家仲間も米国西海岸流のサロンである。日本企業が社員を現地に何人駐在させようと自分の金がない者が入れるはずもない。

日本人はサロンというものをぜんぜんわかっていない。「三種の神器」は守秘性が命なのだ。日本の大企業の社員であることに価値、信用などかけらもない。サラリーマンは上司に報告義務があるからいい話ほどあっという間に社で共有されてしまう。つまりそんな人間に話せばネットで情報公開するに等しいわけだ。日本でブランド外資のフランチャイズとして掲げたプライベートバンクという看板がことごとく失敗に終わった。コンプライアンス問題を起こしたせいが大きいが、まず何より日本人経営者が何もわかっていないからだ。満員電車で通う普通のサラリーマンがサロンのメンバーでありバンカーであるなどそもそもお門違いの定義矛盾でしかない。この世界、マックやコカ・コーラとは違うのである。

日本には日本流のサロンがあるが、物件や証券は債券化、上場をすればサロン性は完全に消える。ローンや未公開株式である段階にしかそれは存在しない。有価証券は倒産リスクから100%自由ということはないが、不動産物件は価値がゼロになることはない上にサロンディールがあり得るという点で興味深い。だから大坂に行ったのである。サロンがどこにどういう形であるかということは三種の神器の守秘性からブログに書くわけにはいかないが、当社はH氏の会社とパートナーとなるから宅建業者にはならないが同じショパンのピアノ演奏を聴くメンバーにはなるだろう。ソナー探知機の能力がさらに増すということだ。

大坂は面白い。本質追求型だ。帰りの新幹線の駅弁にしてもそうだ。僕はこれが好みだが、本来あまり食べない煮物が実にうまい。それも醤油味でなくほんのりした出汁味で具ごとに微妙なバラエティがある。いたずらな高級感ではなく、なんというか、細部まで気が利いている上質感だ。最初はこの薄味でご飯が余るかなと思うが、高野豆腐、昆布巻きは絶品だしちょっとした漬物、豆類にしても「遊び球」が一切なく、全部が全力投球であり、そんなことはない。

 

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僕の五感強化法

2019 JUL 30 0:00:04 am by 東 賢太郎

雨あがりの朝に今年初めてのセミが鳴いた。先週の火曜日、7月23日のことだ。その瞬間、あっ梅雨が明けたぞと思った。気象庁は台風を気にしてか梅雨明け宣言しなかったようだが、セミはハズレて批判されるリスクは気にしない。

僕は永いことネコと暮らしてきたせいだろうか、人間のなまじっかの理性より動物の本能を信じるところがある。我々は嗅覚、聴覚、視覚も運動能力も圧倒的にネコに劣っている。理性だけは少しは上回っているようだが、だからネコより偉いと断定はできない。ヒト一人とネコ一匹が人里から完全隔離された原野に裸で放置されたら一週間後に生きてるのはネコの方だろう。

我々は理性の代償にだんだんと五感を失ってしまった。でもバランスの良い生活を送るには動物としての感覚はないがしろにはできないと考えているので、僕はいつも五感を自覚しようとしている。できればもっと鋭敏にしたいとも思っている。先の週末に海が見たくなった。こういう時は欲求にさからわない方がいいというのが生き方だ。どこか近場でということで、三浦半島は油壷にでかけてしばし海辺の岩場でぼーっとした。我々に残っている五感は儚い。ひらひら飛ぶ蝶々みたいなものだ。海を見ているとほっとするのは、太古の昔は魚だったからだろうという気がしてくる。そういうとりとめのない「気」というものは、どこからともなく泡のように心にぽっかりと浮かんでくる。それをしっかりつかまえてみる。それが僕の五感強化法だ。そうやっているうちに、日々積もりに積もった心の澱を足元のさざ波が洗い流してくれる。わが身は逆巻く水にのまれてくるくると水底をころがる子蟹みたいである。そう思うと、泳ぎたいなという「気」が降ってきた。

見たことのない木だ

僕にとってロンドンや香港は仕事をする場所であった。東京だけはそうじゃない、故郷だと思っていたが、どうも近頃はそっちになってきた。仕事も五感が大事だ。鈍ると判断を間違える。我々は言語というものを駆使できるし、それが理性を産んだ。しかし、便利ではあるが言語は時に自分をも縛って自らを欺いてくれたりもする。そこから不安やら疑いやら怒りやら、あんまり健康によろしくない感情というものが生じてもしまう。だから時には一切の言語と理性を絶って、自然の一部になったほうがいい。

横堀海岸にて

 

 

(続き)

僕の第六感強化法

すべての悩める人への万能薬

 

 

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ベンチャーズ残照(その2)

2019 JUL 25 13:13:58 pm by 東 賢太郎


ベンチャーズのアルバム、The Ventures in Spaceは別稿にした(ベンチャーズ 「アウト・オブ・リミッツ」)。2曲目のOUT OF LIMITSはそこからのピックアップである。

このEP盤も1965年発売。覚えてないが当然すぐ買ったはずだ。当時、米ソは核開発の先に宇宙開発競争を展開し、1961年に大統領JFケネディは60年代中に人類を月面に到着させるとだ驚くべき宣言を世界に向けて発した。1969年7月20日にアポロ11号がそれを初めて果たし、中3の宇宙少年だった僕はテレビ画面の前で震撼した。翌年の大阪万博では持ち帰られた月の石を見ようとアメリカ館に長蛇の列ができる。我が家も4時間並んでそれに加わったが、このアルバムには当時のアメリカの宇宙への熱い息吹がこもっていると同時に、時代を熱く呼吸していた自分の息吹も感じる。

ビートルズに比べるとベンチャーズは下に見られる。音楽的には同感だが、いやそうではないと頑張る僕のような人間もいる。「女に好いた惚れた」「反戦」に徹したビートルズが The Ventures in Space みたいな硬派なアルバムを作ったろうか?ありえない。ビートルズはナンパのリベラルのアイドルなのだ。そこにはかつて七つの海を支配した栄光が残照と化し「オスの原理」を喪失しかけていた英国、かたや先端科学を武器に世界の覇者になって宇宙にまで打って出るぞという「ギラついたオス」であった米国の姿が透けて見える。いま思うとマッシュルームカットは「メス化」のシンボルだ。ビートルズは好きになったが、あれだけはやる気はかけらもなく、ナンパな奴らは骨の髄まで馬鹿にしていた。野球をやったからではなく、僕は本質的にウルトラがつくぐらいの硬派なのだ。

別にベンチャーズに思想があったわけではない。チャラくて軽いウェストコーストのノリの域を全く出てはいない、売れれば勝ちのアメリカンな単細胞ぶりは微笑ましいばかりだが、国を誇れないビートルズが麻薬、サイケデリックの世界に逃げて行ったのに対しそういう爛れた「黒っぽさ」がない。ストレートに「強い俺が勝ち」。馬鹿だが「オスの原理」とはそういうものなのだ。トランプ大統領の半端でない支持者層を見れば半世紀たった今だって米国はそれだということもわかるだろう。正確には、そうでなければともがいていると言うべきであって、半導体の次は高速処理の5Gなのだ。それがAI世界戦争のキモであり、ビッグデータを支配し、高精度迎撃ミサイルの命中確率をも左右する。だからファーウェイをぶっ潰しに行くのである。仮想敵国は完全に中国である。

MARINER NO.4

MARINER No.4(マリナー4号)はちょうどこのころ、1965年に初の火星フライバイと火星表面の画像送信に成功した探査機であり、送られてきた火星表面の接近画像はクレーターだらけの死の世界で人類に衝撃を与えた。オーソン・ウェルズのラジオドラマ『宇宙戦争』が全米で聴衆にパニックを引き起こしたが、「タコのような火星人」なんて実はいないのだと人類の夢を粉々に打ち砕いた探査機に「夢のマリナー号」というのもジョークならなかなかのセンスだったが単なる科学音痴であろう。

TELSTAR 1

上記のジャケット写真。テルスター(TELSTAR)のスペルも間違ってるのはご愛敬だ。テルスターとはNASAが1962年に打ち上げた通信放送衛星の名前で人類初の欧米をまたぐテレビ中継はこれを使って成功したのである。英語の問題以前に常識的にTEL+STARとわかりそうなもんだが、理系の会社である東芝もそういう理系的な興味のない人が東芝音楽工業ではジャケットを作ったり製品管理をしていたんだろう。まあどうでもいいが、アメリカは税金で堂々とそういう超高額の物体を飛ばしてでも常に世界のNo.1でいようという国だという話はしておきたい。トランプが言うまでもなく、アメリカ1番、アメリカ・ファーストの国なのである。時代の空気とはいえロックバンドさえもがこういう人工衛星名のメカな音楽をやって大衆が受け入れてしまう国なのだ。あずさ2号というナンパな歌はあったが、皆さんサザンオールスターズが小惑星探査成功をたたえて「はやぶさ2号」なんて曲をやって日本国でうけると思うだろうか。アメリカ国民がみんな科学好きなのではなく、みんな強いアメリカが大好きなのだ。「どうして2番じゃダメなんですか」なんて野党の変なおばさんが言ったりしないのである。アタシって女ね、なんでもハンタ~イなのよ、だからイチバンというのに反対しただけなのよ、なんて軟弱な屁理屈で許してしまえる話じゃない。

アメリカは第2次大戦でナチスドイツを叩き潰したが、ナチの優秀な科学者たちは殺さずに迎え入れて核兵器、ロケット製造の最先端技術を手に入れた。是々非々なのだ。「オスの原理」の前に「ナチはいかがなものか」なんて馬鹿はいないのである。その高度な結実であるアポロ計画など宇宙開発が軍事技術開発と表裏一体であることは論を待たない。かたや我が国はどうだ。日米半導体協定は1980年代に最強レベルに至ったわが国半導体業界をナチス並みの敵意で米国が叩き潰しに来たわけだが、そこで大戦争があったし国威をかけた業界の呻吟も知ってるわけだが、結果論としてはあっさりと韓国に座を奪われて目論見通りに弱体化されてしまう。「雌雄を決する」とは冷徹なものであって、どんなに努力や苦労があろうと負けたらおしまい。そういうものなのだ。技術者がカネにつられて流出して韓国に教えてしまったわけだが韓国も「オスの原理」で是々非々な国なのだ。それを許してしまった国も経営者も「科学技術=国防力」であるのは古今東西の世の真理であって真理の前にはアメリカも北朝鮮もナチスドイツもないことをどう思っていたんだろう。アメリカさんの核の傘=国防力は不要、とソンタクでもしたんだろうか。

そういう「国」という根幹の本質的な思想において、僕はビートルズが出てきたころの斜陽の英国以上に、はっきり書くが、いまの日本国に木の幹が腐食し始めたような嫌なものを感じる。例えばだ、科学技術力にはクラフトマンシップの要素もあるから数学力だけではないかもしれないことは留保したうえで、データをお見せしたい。国際数学オリンピックで日本は一度も優勝したことがない。2009年の 2位が最高で、今年は13位である。1位はアメリカと中国。そして3位が韓国、4位はあの北朝鮮である。1989年以降で優勝はアメリカは4回だが、中国はなんと20回でぶっちぎりである。韓国も12年、18年と2回優勝している。09年以降で北朝鮮は5位以内に4回入ったが日本は2回だ。国際物理オリンピックも今年の優勝は中国・韓国、3位ロシア、4位ベトナムで、日本はこっちも同じく13位である。

要は数学も物理も国として中国、韓国にぼろ負けなのである。政治的要素も絡むノーベル賞では先行しているが、理系の肝心かなめである数学・物理でこれでは時間の問題だろう。この戦績が来年の東京オリンピックだったら国を挙げた大騒ぎになるのに数学だとどうしてならないんだろう?大学入試に数学がないから男の半分は数学ができない。ものづくり、技術立国をうたいながら、支配層は国際的にトップクラスの理系感度が鈍い国なのだ。日本人はこの事実を直視しなくてはいけない。それなのに、奇怪なことに、なぜか日本のマスコミはこれを報じない。むしろ「全員がメダルを獲得」と持ち上げている。馬鹿が馬鹿を騙す天下有数のくだらない番組、「東大王」のノリだ。「でも頑張ったんだからいいじゃない、メダルは取ったんだしさ、だって全員ってところがなんかいいよね、和の力だよね、ほめてあげたいじゃないの、ほめないあんた、なんかおかしいよ日本人として」。おかしくても結構、おかしいのはそっちだ。要は13位なんである。この風潮が「どうして2番じゃダメなんですか?」を産むのである。この感じ、どこか「みんなで仲良くゴール」の似非リベラル風じゃないか。文科省が国民に知られたくないのか?気づかせぬまま日本に2番になってほしい忍びの者がいるのか?

さて音楽にいこう。

3曲目のテルスター。大好きで何十回もきいて頭に焼きついてるが、久しぶりにサビの部分の和声をきいているとA-F#m-D-Eの進行なのだ。このバスはハ長調だとドーラーファーソーであり、なんとブログで何度も指摘してきた「アマデウス・コード」(僕が命名したものだが)ということに気がついた。ここに分かりやすく書いたので是非お読みください。

モーツァルト「魔笛」断章(アマデウスお気に入りコード進行の解題)

高校に上がるとストラヴィンスキーに行ってずぶずぶになってしまったが、やがてちゃんとモーツァルトに行きついたのはこんな意外な伏線があった。テルスターが大好き=モーツァルトが大好きになる運命だった。やっぱり僕の音の嗜好はベンチャーズから来ていると確信する。ロックっぽい部分、たとえばチョーキングみたいなギターテクではない、音楽の「味」みたいなところ。コード進行やリズムやサウンドというところで「ささっているもの」があって、やがてそれと同じものをクラシックの森の中で探すようになって、そうするとあるわあるわ、続々と宝物が発掘されていったという感じが近い。ということはベンチャーズはビートルズに劣るもんでもない、音楽のちゃんとしたエッセンスは踏まえている立派なものだ。耳も鍛えられ、サウンドの快感につられて同じものを耳タコまで聴けば音高まで記憶してしまうから絶対音感に近いものができた。ボブ・ボーグルのベースをいつも集中してたどっていたからバスから和声進行をつかむ無意識のレッスンとなっており、ポップスなら何でも一度で耳コピでピアノで弾けるようになった。しかもベンチャーズはピッチがとても良い。「ブルー・スター」などロックにあるまじき美しさである。演奏側の耳が良い。良い音楽を若い頃に脳に刻むのはとても大事だと思う。

 

(ご参考)

理系の増員なくして日本は滅ぶ

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クラシックはこころの漢方薬

2019 JUL 19 11:11:55 am by 東 賢太郎

仕事にかまけて10日ほど筋トレをさぼった。おそるおそる測ってみると21だった体脂肪率は29に戻って体重も80をうかがう。ベルトの穴でわかるが腹囲も立派に復活している。そんなに飲み食いもしてないのに・・・。

子供のころは小さくてやせっぽちだった。野球を始めてもそう。高校入学時で身長は170になったが体重は58だった。先輩に食えと言われて毎日無理して食べたが、せいぜい60にしかならなかった。

それがなんでこうなるんだろう?

基礎代謝が減ってるので同じだけ食べても昔より脂肪の「貯金」ができる。お金なら結構なことだが腹がだぶついてみっともないしメタボ症候群で寿命が縮みますよと医者に脅かされる。だから仕方なく筋トレとなったわけだ。

しかし筋トレが楽しい人はいいが僕にはどっちかというと退屈な苦役である。さぼると脂肪が増えることがわかったから一生やり続けないといけない。計略通りにそれで寿命が延びたとしよう。でも必然的に苦しむ時間も増えるのだ。

そこまでして長生きするか?これは江戸時代までの人にはない選択肢だ。みんな40ぐらいで死んだから。今より粗食でもあったし砂糖も庶民には無縁だったし、そもそも年齢からしてメタボなどという懸念はなかったろう。

人間の体は一個の「システム」であるといわれる。臓器や筋肉が各々に指令を出しあって全体がうまくいく。水分が足りなければのどが渇くしエネルギーが足りなければ腹が減るし疲れれば眠くなる。指令がどこから来たか脳は知らないから僕らは自覚がないが、ともあれちゃんと的確にSOSは来るのだ。

では、それがやがて自分を殺すというのにどうしてメタボのSOSは来ないのだろう?素人考えだが、我々の進化の過程でその事態は想定されてなかったのだ。圧倒的に長い飢餓の年月のなかで、脂肪は蓄えろという機能が発達した。野生動物の一生のほとんどの時間が食物の獲得に費やされるのを見ればそれがわかる。

人類は長寿を手に入れた半面、脂肪の貯金を作れという自らの細胞レベルのディファクト機能と戦う羽目になった。それが本能に逆らう楽しくない時間を生む。その累積が長寿であるなら、長寿は何のためにあるのだろう?

信長が好んで舞ったという「敦盛」。「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」。人生が50年という意味ではない、下天は天上界のうちすべてに劣っている天だが、それでも人間界の50年はそこの一昼夜でしかない。儚いものだと謡っている。

では信長当時の日本人の平均寿命はどのぐらいだったか?ごらんの通り40年もなかったし大正時代までそれはほぼ変わっていない(新生児の余命という統計だから幼児の死亡率の差はあろうが)。

それが2倍の83という想定外の数字に急騰したいま、我々の体のディファクト機能はバージョンアップされていない。その結果ひきおこされる細胞レベルの誤作動の通称が「メタボ」なのだと考えればわかりやすい。

人生100年時代。年金の原資不足も極めて深刻な問題だが、我々の体の奥底では「楽しみの不足」というもうひとつの、ひょっとしてもっと深刻な問題も静かに進行しつつある。なんのために生きてるのかという悩みが増えるということだ。医学の進歩のおかげで頑張って生きようと思えば長く生きるかもしれないが、精神的であれ肉体的であれ、その気持ちと努力は苦しむ時間も増やしてしまうし、楽しみも一緒に増えないのであれば何のご利益があろうかというものだ。

自殺が増加しているが、この悲しい現象はいつも社会問題という側面から検討されている。しかし長寿化という本来めでたいことが心の内面に及ぼす負の効果という側面はあまり研究されていないように思う。苦しむ長寿を害であるとディファクト機能が認識すれば、SOSは自殺に向けて作動するかもしれない(それは本来の機能として正しいのだ)。表面的には経済的、社会的問題という衣装を着ているが、本質は心の闇の中だからどうかはわからない。

だからこそ僕は「クラシック音楽を楽しみましょう」と声を大にして言いたい。もちろんクラシックでなくても結構、しかし、クラシックというジャンルには無尽蔵な奥深い楽しみの宝庫があって、好みの曲を見つけて聴きこめばその努力の何倍もの「幸せのごほうび」を約束してくれる。それは2つ3つと自然に増え、やがて人生の伴侶にさえなる。聴くのに何の知識も経験もいらないし、必要なのはやろうという気持ちだけだ。

僕自身、そのご利益のおかげで生きている。例えば、このところ疲れて気落ち気味であり、だから筋トレをさぼったわけだが、こういう時に「効く」のがシューマンの交響曲第4番だ。昨日、音楽室にこもってたて続けに4番をかけた。もちろん真剣に聴きとめる。この曲にものすごいパワーのあるのは原型となる「交響的幻想曲」を書いた時分のシューマンの精神がおそらくそうだったからで、面白いもので作品には作曲家の魂がこもっていると僕は真面目に思っている。だからこんな時に悲愴交響曲を聴くのはご法度で、薬効は心得る必要があるが。

クラシックは音学でも教養でもセレブのお飾りでもない。僕はこころの漢方薬と思ってる。4番にひたって、あまりの気持ちよさに憂さは解消。よく眠れ、朝も信じられないぐらい快適に目覚めて、それで久しぶりに筋トレをやろうという気にもなったのだ。半世紀つきあって音の漢方薬を200種類持っている僕は何が起きようとこの手がある、でも、確信しているが、皆さんも必ずそうなれる。曲は何でもいいし、食べ物と一緒でそれぞれのお好みだ。その気になった瞬間から、出会いを探すすばらしい旅が始まるだろう。それも楽しみのうち。youtubeで無料できる。20~30薬を見つけたら?もう人生に悲観しているひまなんかないだろう。

エロイカこそ僕の宝である

 

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緒方監督、徹底してぶれるなよ

2019 JUL 11 18:18:12 pm by 東 賢太郎

監督で勝つ試合なんて滅多に無いです。まあ1シーズンやって2つか3つ有れば良いほうです(野村克也氏)。

では監督で負ける試合は何試合あるんだろう?

答えは「不明」である。なぜならそれは「監督が現実にやらなかった采配の方が結果が良かった試合」ということだが、やってないのだから結果などわかるはずもない。「勝つ試合」も同じことであって、それを理屈からではなく「2つか3つ有れば」と自分の実績を否定しかねないのに極小に表現した野村さんのリアリズム感覚には敬意を表する。

広島カープが11連敗し、緒方監督が叩かれている。その采配にはストレスを感じ、ここでそれはないだろうとテレビを観ながら怒る自分がいる。しかし「あのチャンスでAを代打に出しておけば・・・」と言っても、それでAが打ったという保証はない。仮に打ったとしたら、「あそこでAを起用した好采配だ」と言ってもいいし「あの緊張する場面で打ったAがお見事」と言ってもいい、どっちも同じだけ正解なのである。つまり、その議論は議論にもならない、どっちでもいいお茶の間の余興でしかない。

理を通そう。「監督で負ける試合」なんて存在しない。ではなぜこんなに負けるのか?弱いからである。ではなぜ5月に20勝もしたのか?強いからである。ではなぜそんなに短期間に強かったり弱かったりするのか?不明である。監督で勝つ試合も負ける試合もほとんどないのだから原因は別なところに「あるはず」であって、もしかして監督はそれには無力であって、勝とうと采配はしているがそれはスタンドで勝ってくれと祈る競馬場の客と変わらない、負ければ馬券を破って消えるだけの気持ちなのではないかと見えないでもない。

彼はリーグ3連覇した戦績を持つ。理由は強かったからだ。その強さがどこから来たか。それが前任者の置き土産なのか黒田なのか新井なのか石井なのか丸なのか?いずれでもあろうが、いずれだけでもない。なぜなら、そのタイミングで緒方が監督に選ばれたことも理由の一つであった可能性は誰も否定できないからである。運が良かったのかもしれないが、結果が出なければ「運」というのはなかったことになるわけで、だから運も実力のうちという言葉が出現するのである。これから何連敗しようと、彼の功績を否定してしまうのはフェアではない。

戦いのみならず人間にはその時流に合う人と合わない人がいる。彼は去年までの時流に合った人であったし、だから結果が出たと考えるしかない。もしもその潮目が変わっているならば彼にはどうしようもないことだ。緒方を批判するよりも耐えていることを評価してやりたいし、潮目の怖さを知って自分の糧にすればいい。僕はビジネスで40年戦ってきて、「勝つ者ではなく、負けない者こそ強い」という結論に至っている。今年いくら負けようと、それをもって負けとしなければ敗者ではないのである。

彼の言動から察するしかないが、3連覇できたのは「自分たちの野球をしたこと」と考えているのだろう。だから現在も「自分たちの野球」を続けようとする。なんの異論もない。なぜなら、弱いのなら「他人の野球」をやっても同じほど負ける可能性があるからである。それならばどんなに叩かれても続けた方がいい。少なくともお茶の間の余興は盛り上がって興行成績には貢献する。耐えて復調を待つことだ。軸がぶれて負けても客は褒めない、見捨てて余興は終わる。そこで彼の役目も終わる。ぶれないことは正解だ。

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渋谷を歩いて気づいたこと

2019 JUL 10 1:01:12 am by 東 賢太郎

金曜日の大学のクラス会を楽しみにしていたら事情で行かれなくなってしまった。そのいきさつを秘書に話すと、もう彼女の世代にとってはクラス会というものは当たり前のようにある存在ではないらしい。仲良しとラインするだけで用が足りるというが、文字だけでそうできるのは仲間や友達というものの在り方が我々とは変わってしまっているんだろうか。

今日は健康診断で渋谷を久々に歩いたが、道玄坂から井の頭線に向かうとガード下は今でも飲食街でごちゃごちゃしてる。僕が学生のころはもっと下世話な赤ちょうちん、屋台が雑多にひしめいてた。仲間で駒場で麻雀やって夜に歩いて松濤から下ってここまでくる。焼き鳥屋で飲んで騒いでどうやって帰ったか覚えてない。渋谷はそういう所だった。ここを自分が歩いてた。史跡に来たようだ。

文化村あたりでつけ麺屋に入ったら外国人が多い。半分ぐらい外人である。それも団体じゃない、バックパッカー風の男女がふつうにてんでばらばらに入ってくるのだ。このへんは昔から相変わらずの風情だ。ストリップの「道頓堀劇場」から猥雑な小道を下ってくる。そのほんの100メートル先ではオーチャードホールでベートーベンを演奏しているのである。なんてところだ。

東急デパートと109の間の大きな道は文化村通りという。左へ登ると住宅街の松濤だ。反対のつきあたりにはブックファーストの大型店舗があったが2年前に消えた。こういうよく来た店は何階のどのへんに何があってとはっきり覚えてるだけにつらい。でも思えば本もCDもあまり必要なくなって久しいのだからこっちの問題なんだ。どっちも手当たり次第に買ってたくさん積んだままだ。

健康診断は3月に指摘されたものの経過観察だが、「近頃は何でも医師は指摘するんですよ。見落としのミスの指摘を避けるためです」と写真を見た別の医師が指摘した。そして、その所見と限界を説明する。「じゃあ心配ないんですね?」「ですから申し上げた所見ですが、限界はあります」。天気予報を思い出した。「年1回のCTで結構。2回以上だと被爆しますから」。これ2回目だ。

運命の車輪はゆっくりゆっくり回っている。

O Fortuna おお、運命の女神よ

運命の女神よ、貴女は月の如く満ちたり欠けたり、常に定まらない。 人生も同じこと、確かなものは何もなく、運命に弄ばれ貧乏も権力も氷のように無に帰する。 恐るべき空虚な運命よ、おまえは車輪の如く回ってゆく。 信頼能わず、隠れたら現れ、健康と徳を授けたらすぐに欲情と背反をよこす。 我らは常に憂悶しながら、たえず恐れおののく。 さあ、運を掴んだ者も投げ落とされた者も、私と共に運命に泣こう!

(カルミナ・ブラーナ)

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いかがなものか野郎

2019 JUL 6 15:15:23 pm by 東 賢太郎

チューリヒでは会社でソフトボールのチームをつくった。野球場はないからソフトということだが、アメリカと違って現地の人がやらないし選手もいないだろう。気乗りしない。しかも僕はゴルフに忙しいのだ。ところがどういうわけか社員の方が日本企業のリーグ戦やりましょうと盛り上がってしまっていて、僕のニューヨークでの話は聞いていたろうしいま思えば社長へのソンタクの一環だったのかもしれない。知らないうちに立派なユニフォームができて、しかたなく監督をひきうけた。

野村スイスは当時日本の証券会社の海外ビジネスとしてそこそこ収益源だったスイスフラン建て債の引受拠点だから組織は大きく、年間起債額は1兆円もあって野村は総勢約150名と日本の銀行・証券の最大勢力を誇った。チューリヒが本店で、ジュネーヴ、ルガノと販売のための支店が2つあって支店長も置いていた。「ソフトをやるぞ、チューリヒに出てこい!」と週末に日本人は全員集合の号令がかかるわけだが、思えば大変なパワハラ監督であった。日本人だけで30人以上だからチームは2つ、3つできてしまう。練習になって皆の実力を見ないとレギュラーが決められない。ここでノックをかましてみる。ひとり5本で1軍が決まり、もう10本でポジションが決まり、打撃練習でひとり10発打って走って打順が決まる。そんな感じで即決で代表オーダーが決まった。

素人のソフトはタマが遅い。右が思いっきり引っ張るのでショート、サード、レフトが華でみんなやりたい。思い出したが大学の体育でソフトがあり僕は不動の4番ショートであった。この時も血が騒いでしまい、40才でショートはちょっとキツイから「俺がレフトな」となって誰もだめなんて言えるはずなく、3番を打った。野村というのは体育会出身が多く金融界において運動の偏差値はかなり高かった。スイス・トーナメントは銀行、証券、保険チーム相手に連戦怒涛の圧勝でV9の巨人なみだった。ただニューヨークのあの時とおなじで体育の先生が中軸でおられる日本人学校は強豪であり練習も積んでいる。そちらも勝ち進んでついに決勝戦で当たってしまった。

僕はチューリヒ日本人学校運営委員長という公職の身でもあり「委員チョ~、生徒も見てるのよぉ~負けないとあとでお仕置きよぉ~」なんて校長先生からおそろしいヤジもいただいたが、選手たちどこ吹く風で元気溌剌。結局この大会唯一の僅差であったが優勝してしまった。胴上げされたのは人生で一度だけこの時で、上下左右の感覚が飛んでしまい天が雲がぐぐっと近づいてきて不思議な景色だった。その後、ソフトボール運営委員会で野村さんは強すぎる、チームAとBにするべきだと分割案も出たらしい。

この年、東京の部店長会議でスピーチをしろといわれ、壇上で仕事のほうはそこそこにこのソフトボールの話をアドリブでしたら、熱が入ってたのだろう大喝采となってしまった。1996年のことだったが平成という時代も野村證券もまだいい時代だったのだ。常務が「東、今日の原稿俺にくれないか」と来たが、「事前にスピーチ原稿を提出しなかったのは開闢以来お前だけだ」と企画室に怒られていたぐらいでそんなのはなかった。そうやって丸裸で勝負するスタイルを受け入れてくれる先輩がたくさんいたから僕は野村を選んだし、生きてもこれた。そうでなくなってきたのは世紀が変わったあたりからだろうか。

しかしそれは野村一社の話でなく世の中すべての流れだったのだ。その悠久の移り変わりのなれの果てなんだろうか、いまや野球の応援歌に「お前」はいかんらしい。部下はぜんぶお前だった僕は女性の部下を初めて持った時についに勇気をもって**さんを導入したわけだが、++くんは絶対になかった。女性の上司は経験ないが東くんより呼び捨てかお前がいい。僕にそれという感覚は女性には持ちにくいはずだ。「くん」は年齢が上とか、人事発令上の権限者であるとか、仕方なく上にいる者の権威をまとった上から目線を感じてしまう。そういうものが大嫌いで、逆になんでこんな奴に命令されるんだ、倒してやろうと思ってしまう性格なんで、僕の上に立つとしたら女性を捨てた実力者しかありえない。幸いいなかったが。

男であっても僕が「東、お前」でついていった少数の人とそうでない大多数の人がいる。お前がクンになる人もいるがその方の品格の問題だから構わない。人事権で上に乗ってるだけのについていったことは開闢以来一度もない。長にある人が「東、お前」でくる、つまり自分も裸でぶつかってきて、それを見て、元から裸であるこっちが何らかの敬意を持つかどうかなのだ。それを僕はソフトボールで監督というものを初めてやって、なるほどと思った。野球というものを、その勝ち方を僕は知ってるわけで、それはやればみんなわかるわけで、だからついてきてくれて集団の士気が上がってひとつにまとまる。忖度でもヨイショでもなく男の子の勝利の雄たけびで自然に胴上げしてくれる。スイス3拠点が団結したという手ごたえを僕は職場よりグラウンドで感じたからそれを部店長会議で話したし、それを「神聖な場で遊びの話などいかがなものか!」なんて輩はまだいなかった。

いまなら「休日出勤ですよ、組合員の時間外勤務手当はどう処理するんですか、出張費、交際費は無理ですよ」なんてアナザーいかがなものかが出てくるだろう。うるせえ、みんなこの勢いであした100倍稼ぐんだ、お前はだまってろ、で当時の僕は終わってただろう。喝采してくれた部店長もそうだったろう。それが昨今の会社の内情を聴くとそういうものはもうかけらもないし、ある意味ふつうの上下関係のいい会社である。僕が新卒で入社試験を受けても絶対に落ちただろう。いかがなものか野郎がウンカのようにはびこったのはその後だ。僕は完全な体育会系武闘派であり、秀吉の号令一下で文禄・慶長の役で奮戦し、朝鮮へ行きもせず秀吉に「いかがなものか」の讒言を吹きこんだ石田三成を関ケ原以前にぶち殺そうと企てた七本槍みたいなものだった。僕は彼らよりも執念深い。実際こいつは絶対に許さないというのがいて、ずっと後々にある機を得てきれいに成敗した。

「いかがなものか野郎」は太平の世になった徳川時代から跋扈を始める大嫌いな人種だ。秀吉の世まではそんなのはいても武士でないのだから表舞台に出ようもなく、我が藩の存続のためにお考え下されなんて老中に諭されて考えてる殿なんてあっという間に滅ぼされてたのだ。それは殿が戦さ経験がないからであって、訳が分からないからいつも側にはべって比較的に利発なそいつの言う事をつい聞いてしまう。戦地で日々体を張って戦ってる武将はそんなことをする暇もチャンスもないから讒言にいいようにやられてしまう。徳川家康の偉かったのは、自身が誰の側近でもなかったからそういうダニに等しい讒言野郎がいることを良く知っており、戦場に「伍」の幟(のぼり)を立てた騎馬隊をそこかしこに走らせレフェリー(審判)にしたことだ。女に化粧させて虚偽もありえる首実検だけではなく、「伍部隊」の目撃情報も参照してフェアな論功行賞(人事評価)を行った。関ケ原の戦いで、「伍」の幟は撃ってはならぬという敵味方なしの戦場ルールもあった。それが政治をうまく運ぶにいかに大事かは封建時代の武将たるもの皆が了解していたのであり、それを知って合戦の見方が大きく変わった。

「いかがなものか野郎」は戦争なき江戸時代になって戦場ルールの衰退とともに出現したソンタク、ヨイショだけの宦官野郎の元祖である。主君の汚名をそそぎ、仇敵の首を取って仇討ちを果たし、自ら割腹してお家に忠義を尽くした四十七士の忠臣蔵は江戸の太平の世になってから1世紀を経て起きた事件だが、それがなぜ歌舞伎にまでなってこれほど江戸人の心を揺さぶったか?戦争がないのだから武士は公務員化しており抜刀して切りあうようなことはもうなくなっていたからである。武士はこうあるべきだよね、いまじゃもういないけどさ。つまり忠臣蔵は江戸時代の「走れメロス」なのだ。そんな人はいまやいないから道徳の教科書に載るのであり、君らは違うんだけどできればこういう人になろうね!という教えが学校教育としてレゾンデトールを認められるのである。事実、忠臣蔵を崇め尊ぶ江戸のサラリーマン侍を武闘派のままの薩摩侍は笑って馬鹿にしていたらしい。文化部系のもやしみたいな秀才が運動会で頑張ってるね程度に見ていたのだろう。

僕はふりかえればサラリーマン街道においては石田三成になっていればよかったし楽だった。でも秀吉にあたる方がいなくなってしまったし、逆にその時から逆風になってしまった。それでもいいヨットのスキッパーならジグザグにうまくレースを生き延びただろうがそういうのは下手だし良しともしなかった。物産の上海支店長だった祖父が何かは知らないがケンカして辞めて王子製紙の役員になった。その血は間違いなく引いてそっくりなことになってるし、長崎の祖母は陸軍大将を出した家だし武闘派も仕方ない。やっぱりサラリーマン上司を長いこと我慢するのは無理だった。「いかがなものか野郎」は木を枯らす害虫であって世の中にいらない。政治家も野党の演説は見事にそれだらけだ。でも、僕は誰からであれ、自分にネガティブな意見は聴く。実力のある人は、かつて僕の命を狙った敵であっても評価するし三顧の礼で引き抜くかもしれない。それは性格云々ではない、なぜなら、戦国武将はそうしないと生き延びられないからだ。

 

野村證券・外村副社長からの電話

 

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