廣津留すみれさんとお会いする
2020 JAN 11 17:17:23 pm by 東 賢太郎
人というのは会ってみないとわからない。ニューヨーク在住の畏友安岡氏の紹介で、話題の廣津留すみれさんが弊社を訪問してくださることになった。相変わらず凄い人脈だ。しかし、
ハーバードとジュリアードを首席卒業?ウソだろ?
それが話を聞いた時の僕の、ある意味当然といえば当然のイニシャル・リアクションであった。どっかの芸人とかエセ科学者の「なんちゃってハーバード留学」が浮かんだ。でも本当みたいだ。東大・芸大首席でもあり得ないのに間違いなく史上初の日本人だろう。しかも帰国でなく大分の県立高校の純粋ジャパニーズときた。気が遠くなる。
ということでご来訪を心待ちにはしていたが、正直のところ、こちとら超高学歴のスーパーレディは基本的に苦手としている人間である。大門未知子先生みたいだったらだめだすぐ終わろうと思っていた。
杞憂であった。会議室でご対面して3秒でそう思った。「ぜんぜん普通の女の子だね」「はい、よくそういわれます(笑)」。会話はなごやかに始まった。
そこからは普通でなかった。26才でこの理性、咀嚼力、吸収力はすばらしい。しかし僕も世界でいろんな秀才、異才に会ってる、それだけならどうということもない。その何倍も素晴らしいことに気づいた。好奇心と遊び心も備わってること。時に目が輝く。これだ!秀才というのは実につまんない、超優秀な総務課長みたいなタイプの人が多い。こんな若者がいたのかと触発されて立て板に水ラリーとなり、伝わったという手ごたえは快感すら残るレベルであった。
感想。人間の進化に語学(ことば)は大事である。痛感。英単語を1万5千知ってる方だが、appreciate・・・と言って一瞬どうかなと立ち止まって「アプリーシエイト、いい言葉だね~、日本語ないし」と加えると当然ながら「はい」が返ってくるわけだが、尋ねた意味を完璧にアプリーシエイトしてる顔を僕がアプリーシエイトするという塩梅で結果としてお話は3時間になった。
こちらのほうがはるかにたくさん勉強させていただいて恐縮だ。よくわかった。大事なんだ、言葉を正確にカーブアウト(carve out)するミリ単位での能力こそが。それで入ってくる情報量が天と地だ。それもクズの情報じゃない、先人のインテリジェンスを簡単に受け取れるのだから圧倒的な差になるのは自明なのだ。ちなみにインフォメーションと何が違う?ご存じないのは仕方ないから正確にお教えした。これがインテリジェンス。carve out力倍増で鬼に金棒だろう。
ブログにあるベートーベンV協の「a#がみんな低い。なぜ?」を尋ねた。すぐロジカルな答えが返ってきた(秀逸)。その音符に至るまで僕がへたくそに歌うとティンパニを入れて下さる(日本のおもてなし)。チャイコフスキーV協はつまんない(反論される)が、第1楽章に1か所だけいい所がある。ここ(歌う)、この3連符、大家も裏の木管にひっぱられる、ちゃんと弾いた?「弾きました」(あたりまえ、決然)。「いいね」であった。
歌舞伎の「型破り」「型なし」の話。「ピアニストはピアノ曲しか知らない。型なしね、そんなの何やってもだめね」「はいヴァイオリニストもそうなんです」「きみクロイツェル・ソナタ、1週間で弾いたんでしょ」「はい」「なら覚えたら?モーツァルトやるのにオペラ知らない?ベトコン弾きますが田園交響曲知りませんみたいなもんだよ、そりゃないでしょ、僕みたいに魔笛暗記してるオヤジには型なしだよ。型作ってそこから羽ばたいて、自由に思いっきり遊んでね」。
これは「東大王の芸人みたいになんないでね」と心配したゆえの苦言だったが、すみれさんは根底からものが違うんでまったくの杞憂だったろう。素敵なご縁ができました。
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ゴーン氏の逃亡(The Fugitive)
2020 JAN 5 1:01:55 am by 東 賢太郎
ゴーン氏のニュースを知ったのは大晦日に鹿児島から羽田空港についた午後10時ごろだった。空港脱出劇、悔しいけどお見事だ。なんだったかスパイ映画にあったよ。年末の日本国は早や正月気分で思考停止しているからね、やるならここしかない。
「どうだ諸君、私をカネ儲け専門の強欲ジジイと思ってるだろう。誰と心得る。我々レバノン人の先祖はあのフェニキア人だ。カネ儲けなんざ片手間でOKなのである。私がその気になればお笑い芸人だってできるのだ。大晦日にゴ~ン。おっといかんいかん、このネタは日本人しかわからんな、こっちだこっち、おいらは GONE! はっはっはどうかね諸君、そのうちハリウッド映画でお会いしよう」。
逃亡者は英語でFugitiveという。彼は法を破って逃げたからそう呼ばれて仕方ないだろう。日本の司法はおかしい、おいらの国じゃ人権問題だ。そう思うのは自由だが、何億人の外国人がそう騒いだところで譲る国はない。国家主権の問題だからだ。ことは司法のみならず外交にも関わる。テロリストも増長させる。政府は関係各国に毅然とした態度で事件の徹底解明をしなくてはないらない。
そういえばベンチャーズに「逃亡者」(The Fugitive)というナンバーがあった。ビデオの6分50秒から犬の鳴き声で始まるこの曲はぜんぜん有名でないが、マイ・ベスト5に入る。
理由はサビのコード進行のカッコ良さだ。ベンチャーズに極めて稀なクラシカルな世界が展開するE♭、F、E♭、G♭というところだ。この天国的なサビ、2回目でいったん主調の変ロ長調に戻るが再び同じ旋律が短3度上に転調してG♭、A♭、G♭、A、D♭と出現する。主調はセブンスと悪魔の4度が入っていてどす黒い。監獄の犬がワンワン追ってくる。つかまるぞ、早く逃げろ。不意に現れるサビは自由の身。脱走に成功だ。清澄なリードギターのメロディーと天にも昇る美しい和声、今のゴーン氏の心境にこれほどふさわしい音楽はないだろう。
ところでE♭⇒G♭の短3度上昇は最近どっかで耳にした。そうだ、正月に見ていたドクターX ~外科医・大門未知子~のテーマ音楽で、手を変え品を変えこれでもかと聞かされて耳にこびりついてしまった。こっちはFm、A、B、Dであるが、B⇒Dがおんなじ。原始的なケースだが、相似形の発見は興味が尽きない。こういうことだ。
和声がつまらない音楽は1秒も聞きたくないクズである。
まあそんなことはさておき、すっかり米倉涼子のファンになってしまった。彼女をぜんぜん知らなかったが好きなキャラだ。「わたし失敗しないので」は我々の業界では言いたいが言えない。僕の場合は「わたしテレビ見ないので」であり、このドラマをアマゾン・プライムで知ってシリーズ1からぶっ通し。やっと3が終わった。
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今年は映画を作る
2020 JAN 1 9:09:48 am by 東 賢太郎
屋久島は二度目である。仕事だが、11月に奥出雲に行ったのと関係がある。
そこに書いた「僕にとって人生をかけることになるであろう某プロジェクト」とは、映画を作ることだ。映画館に掛かる、90分の青春ドラマだ。
理由はない。映画はテレビと同じぐらい見ないし興味もない。なんとなく成り行きでそういうことになり、やっているうちに不思議と道具立てが揃い、これは俺がやるべきことだろうという気がしてきた。それだけだ。
屋久島はミクロネシアとそっくりだ。そんなことを言おうものなら絶句されて会話が途切れるだけだから誰にも言わない。奥出雲もおんなじ。といって、もののけ姫ぐらいしか通じないだろう。おおいにスピリチュアルなことだ。
年末の屋久島はおすすめだよゴーンさん。自然はいいなあ、くだらないウソつかないし金にまみれてないし、ここに住んでもいい。白谷雲水峡で撮った2枚の写真は60才になる前と65才になる前だ。
自然もずいぶん変わってるなあ。
そしてノイは変わらず上をむいてる。すばらしい。いい猫だね。
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日本プロ野球OBクラブに出席
2019 DEC 11 1:01:58 am by 東 賢太郎
東京ドームホテルで日本プロ野球OBクラブ25周年記念パーティに出席。江夏、張本、田淵ら往年の名選手を迎えて大盛況であった。池山、川口、中畑がデカいなあと思ったのと、松沼兄が普通の体格だったのが意外であった。V9のころカープがひねられていた中村稔さんは小さかった。
江夏・田淵バッテリー対談は面白かった。江夏は延長11回ノーヒットノーランを自分のサヨナラホームランで決めているが、さらに驚いたのはその5日前に広島を11回で完封しており、しかも3日前にリリーフで3回投げていたことだ。もう一つ、オールスターでの9連続三振の話も出た。「ストレートで400個も三振を取るピッチャーなんて今はもういない」と田淵。
そういえば今年5月ごろニューオータニのスパで400勝投手の金田正一さんを見かけた。隣のリクライニングチェアに座ってる人の右手がやけに大きくて、顔を見たらアッと思ったが、すぐマッサージルームに入られた。もういちど秋に同じ場所で見かけ、話しかけたかったがオーラに押されてできなかった。それからひと月ぐらいで訃報をきいた。超短波セラピーのSさんが「やりますか」と尋ねると「球が速くなりますか」と逆にきかれたそうだ。
この日のパーティーにおられた99人の元プロ野球選手にはいろいろ思い出がある。書いているときりがないからやめる。スピーチされたプロ野球コミッショナーの斉藤惇さんは元野村證券副社長で、お世話になった大先輩である。久々のごあいさつをするとさっそく飯でも食いにこいとなった。
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奥出雲風土記(2度目訪問の背景)
2019 NOV 24 12:12:15 pm by 東 賢太郎
わけあって島根県の奥出雲町に3泊した。僕にとって人生をかけることになるであろう某プロジェクトの下見のためである。
それは、このブログに書いたことと関係がある。いや、このことがなければ実現することもなかったという現実をまず書くべきだろう。
ここから2年の年月がたち、僕も顧問を退任しているからもうお名前を明かしてもご迷惑はかけないしお許しもいただけるだろう。T社長とは(メガネの)パリミキこと株式会社三城ホールディングス創業者、多根裕詞さんのことである。生前からご本人には多根さんと呼ばせていただいており、本稿でも親しみをこめてそう書かせていただく。お断りしておくが、僕がさせていただいていたのは親会社の顧問であり、上場企業である三城ホールディングスの経営や情報には当時も現在も関与、アクセスをしていない。同社とは多根さんという個人を通じての関係であったことをご了解いただきたい。
多根さんに教えていただいたことは質量とも甚大だった。よく口にされた「人との出会いの大切さ」は誰もが頷くことだが、多根さんの行いを拝見すると「言うは易し」であり、軽々に口にはできなくなる。「3億分の1の確率で生まれてきた不思議」の先に「出会いの不思議」があり、人間はひとりひとりが違うから「感謝、思いやり、おせっかい」が大事と説く。しかし、そのいちいちに共感はするものの、それだけなら僭越ながら僕はこれほどおつきあいしていただけるには至らなかったのではないかと感じている。
あくまで僕の側からの一方的な話ではあるが、そうなったのは、ひとつ深い所で共鳴できるものがあったからだ。多根さんが森羅万象の万事において究極の「本質追求型」の人であられたことである。「僕は本質追求型だから」とことあるごとに皆の前で繰り返されたが、一見してやさしいお人柄の多根さんがどういう意味でそうなのかは簡単に気づけるものではなかった。それがどういうことか、僕流に解釈するなら、宇宙の神羅万象すべてに因果関係があると信じ、その因果こそが物事の本質であってそれに関係のないものは見ないということだ。原理主義に近いが、原理の宗教や学問による解明が大事というよりも、原理に照らして意味のないものを見抜いて捨てるというすぐれて実学的姿勢である。
見抜いて捨てるという行為を導くのだから、それはインテリジェンス以外の何物でもない。それで時価総額1000億円になった企業を築き上げたのだからその値打ちは誰も否定できるものではなく、例えばその彼が「人との出会いの大切さ」を説くのは政治家の空虚で上っ面の辻説法などとはわけが違う、彼の原理の根幹を成すずっしりと重みあるメッセージだろう。しかも、凄い所は、ゼロから立ち上げた成功者なのにそうしたものを「経営哲学」のように事大主義的に祭り上げなかったことだ。本質追求は立派な哲学と思うが、根源を宇宙にまで求めた本質という絶対的な存在を前にしては、ご本人はおそらくどこまで行っても自分は不完全で学ぶべきと考えておられたと思う。
それは経営者が強欲イメージを回避せんと往々にして見せたがる偽りの謙虚さではなかった。成功者であることが正当性の唯一の根拠である程度の「哲学」によって自分をアイコン化しようとする行為は、言うまでもなく “とても本質的でない行為” の見本のようなものである。やりたくても出来ないはずなのだ。多根さんがそれをされずに逝かれたという事実を前にして、僕は彼が一切のまがい物を含まぬ正真正銘の本質追求型であったと信じるに至ったのだから、時すでに遅かった。人が人を知るということは、そのようにたくさんの事例を演繹的に積み重ねることでしか成しえないが、知り合って6年というのは顧問という仕事をいただいたとはいえ、長いようで短くもあった。
僕がperipheral(周辺事象、皮相)を毛虫のように嫌悪しているのは美学でもあるが実学でもあって、物心ついて以来それで生きてきているがなぜそうなったかという心の起源について心当たりがない。宗教家や哲学者や経営者の本や講演でそうなったのでないことは確かだから、蜘蛛を嫌悪するのと同じで遺伝子によってそう生まれついているとしか考えようがない。嫌悪に近づかないという行為を導くのだからそれは本能でもあるがインテリジェンスでもあって、僕がperipheralと感じるものを見抜いてばっさり捨てるタイプの人間であるということは多根さんの言われる「本質追求型」に近かったかもしれない。peripheralのみを振り回して生きている人々は人間としてもperipheralということなのだから僕は興味の持ちようがないが、多根さんがそこまでだったかどうかは知るすべがなかった。
多根さんと知り合ったのは偶然にミクロネシア視察トリップでご一緒することになっただけで、プレゼンに行ったわけでもビジネスをしたかったわけでもない。
2014年3月に故郷の奥出雲に2泊で誘って下さり、帰ってきてブログを書いた。僕は旅好きだが、その土地にあんまり興味がわかないとどんな名所であれひどい時はその地名に至るまで忘れてしまう。いっぽうで逆の場合は万事を写真みたいに覚えていて、その時がそれだった。記憶のとおりに書いたところ(奥出雲訪問記)多根さんが見つけておられ、プリントして下線を引いて克明に読まれていたことを知った。そこで、そういう読み方をして、そういう所に関心をお持ちと知った時に、このかたは間違いなく「本質追求型」だと悟った。
前回も今回も「奥出雲多根自然博物館」に泊めていただいたが、ここについてはこれをご覧いただきたい。
誰もがびっくりするのは里山の美しい田園風景の中にこういうものが忽然とあり、しかも中へ足を踏み入れると実物大の恐竜骨格がどんと現れ、2~3階の博物館をめぐるや所狭しと並ぶ古生代からの地球史をたどった圧倒されるほど見事な化石の陳列だろう。僕もそれには大いに驚いたのだが、中でも群を抜いていたのが子供向けに貼ってあるこの説明だ。
46億年前に地球が生まれ、37億年前に生命が誕生し・・・その果てしない末に我々がいる、という多根さんの生命観こそが当博物館の本質追求型であるゆえんなのだというメッセージが、この目立たない展示にさりげなく込められている。恐竜や化石で表層的にびっくりさせようというだけでないホンモノ指向に感動した。
それに限らず、ノートをとらずに覚えていたということは奥出雲という地に関心を懐いたということに相違ない。つまり土地との相性が良いのだ。多根さんは神話の解き明かす通り奥出雲こそ日本国の起源、発祥地であり、その文化、自然、人、文物の良さというものは従って歴史の「本質」なのだから日本はもちろん世界の人々に自然に受け入れられると「本質追求型」的に確信しておられた。僕は奥出雲をよく知らないが、本質はひとつしかない。自分が「本質追求型」であることは確信できる。ということは、世界が奥出雲を好きになるという確信を多根さんと共有してしかるべきなのだ。そして、その事がより強い確信となって帰ってきたのが今回の2度目の訪問であった。
某プロジェクトとは僕が発案したもので、読者のどなたもが想像もされないし、今回同行した関係者とお会いした奥出雲の方々しかまだ知らないが、わくわくするほどエキサイティングな計画だと信じる。まだ内奥を開示するわけにはいかないが、近々そうするだろう。もちろん関わってくださる方々にとっては大事な事業なのだが、こと僕個人に関してはというと、多根さんがどういう理由で奥出雲に連れて行ってくれたのかという謎のままになったご恩、ご縁に対する僕なりの体を張った結論である。このプロジェクトをやることがたぶん御意に添い、喜んでいただけると思うのは、宇田川多根自然博物館長のお力添えでお会いすることができた島根県庁、町長、役場の方々、桜井家・絲原家のご当主様、日刀保たたらの刀匠、県立横田高校の教員・生徒の皆様、養鶏場、畜産農家の皆様、そろばん製造会社、寿司店、豆腐店、ハンバーガーのピコピコのすべての皆様が今回の提案を歓迎してくださったからだ。
では、この新しい出会いがどこから来たかというと、多根さんとミクロネシアへ一緒に行った、たったそれだけのことからだ。「人との出会いの大切さ」とは種を大事に育てるという事だと教えていただいた気がする。
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国語、数学の論述式について
2019 NOV 16 2:02:13 am by 東 賢太郎
国語、数学の論述式の採点をアルバイトがやるのどうので是非を議論されている。アルバイトだからいかんという理由はないが、論述となると採点者の採点力の有無を試験して採用しないと問題である。1次試験は〇✖で足切りして、論述力は各校がレベルに合わせて2次でしっかり見ればいいのでは。
僕は国語がはっきり言って大嫌いであったからあれこれ述べる資格もないが、そうなったのは理由が2つあるので書いておく。
①駿台の模擬試験で採点に疑問があり、それ用の質問表のようなのに文句をつけて出したら点数が増えたが、今度は増えた理由がもっとわからず、採点した人の頭の構造に疑問を持った。
②いつも現国の点が低かったが、梶井基次郎の「檸檬」が出た時だけは異様に点が良くてびっくりした。これは好きな小説だった。なんだ、読んでるかどうかの試験なのか、文学同好会の入会試験なんだと思った。
これをもって、僕は国語の勉強は時間の無駄であると結論し、数学で満点取れば零点でいいやと捨てることに決めた。文系だがそれで結果オーライであった。
先日TVのワイドショーで実験をやっていて、実際の現国の論述問題を受験生、採点者(教師)の集団に解かせ、学生の自己採点、教師の採点を比べると点数に有意な差が出ていた。
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宇宙のすべては数学で理解できる
2019 OCT 16 0:00:49 am by 東 賢太郎
精神科医K先生はアメリカで小学校にあがって飛び級で4年生になり、帰国となって日本の小学校に編入したら年齢どおりの2年生に落とされたそうだ。しかし良いこともあって、アメリカ人の4年生はでっかくて体育はあきらめていたが、日本へ帰ってきて自信が戻ったという。
僕は勉強はだめだが野球は高1で飛び級だった。小学校では劣等生だがワル仲間にはいっていたわけでもなく、要するに誰とも合わなかった。こっちの関心事に誰も関心がなく、英語でいう gregarious(群居的)でなく、野球で少しsocial(その逆)になったが大勢に影響なかった。
今更おそいが、自分のストライクゾーンだけ深く教育してくれる学校があれば行きたかったなと思う。たとえば医学は関心があったが理由があってだめだった。先生の理Ⅲは無理だったろうが好きなことは寝食忘れて何時間でも耐えられるからここだけは残念である。
その医学の世界ではドイツとアメリカは人間を見る思想が根本的に違うそうだ。ドイツは脳は遺伝子で決まり一生変わらないと考えるがアメリカは経験で進化すると考える。だからだろう、ドイツは小学校で飛び級はもちろんだが落第まである。「みんな仲良く」は存在しない。
その点でいうなら僕はドイツ派で、自分の脳は神経細胞が加齢で減って劣化することはあっても進化はしないと思っている。ということは、時間もあまりないし遺伝的にもらったものでうまく生きていくしかない。となると僕の場合は世の中を数学的に理解しようとすることでしか生きる道はない。
そう言ったら、先生も、「私もそうです。宇宙のすべては数学で理解できると考えてます」という。これは大変な「符合」だ。人間性の核心の部分における符合だから誤差が少ない。つまり関心事に関心がある人である可能性があり、彼の関心事に関心がある可能性も高めかもしれない。
彼はギフテッド(gifted)の当該能力を伸長させる講座を東大に作りたいというが、智こそ国力であり、大いに賛同する。
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ラグビー日本代表、スコットランドを撃破
2019 OCT 14 14:14:46 pm by 東 賢太郎
昨日、巨人の優勝を観てどっと疲れて帰ってきたら今度はラグビーのスコットランド戦が始まっていた。国と国のプライドをかけたすさまじい戦いを見た。最後の数分はもうだめかと思うほど相手は強かったのを知ったし、あってはならない殴り合いをしかけられる寸前の場面もあり、あそこまでスコットランド選手を追い詰めた力は本物なのだろうと思った。ベスト8への歴史的勝利を讃えたい。
日本代表のインターナショナルな顔ぶれはこれからの日本国、日本国民の在り方を示唆していると思う。日本文化を深く理解し『武士道』や『覚悟』といった言葉を好み、「『君が代』の意味まで知ることが日本代表だと思います」と覚悟を述べるリーチ・マイケルは誇るべき日本人であり、彼らのような才能に対してスポーツに限らず各界は大いに開かれていくべきだ。日本国籍だから日本人なのだという人がいても多様性としては受容しなくてはならないが、日本の文化と歴史を深く理解しリスペクトしない人はリーダーにはなれないし、日本国のサステナビリティを築き上げることはできない。なぜならそこに、あらゆる意味で日本を永続させる、世界における日本の絶対の強みが凝集しているからであり、したがってそれを失えば国は滅びて子孫は不幸になるからだ。
戦況を見ていて思ったのは、あそこまで両軍選手全員が一極参加してぶつかって体中の筋肉の力と知恵を振りしぼるスポーツはないだろうということだ。野球も「総力戦」とは言うが、ベンチにいる者が全員ゲームに出るというだけのことであって、戦場は基本的にバッテリー間だけ、全員一極参加になるのは乱闘のときぐらいだ。スクラム、モールのような一見乱闘に見えるバトルをルールに則って整然と進めるラグビーは格好いいと思う。だから終わればノーサイドなのであり、実に紳士的である。英国でアッパー(上流階級)の競技たるゆえんだ。アッパーは支配者層であり、支配する以上は戦争で一般市民より前線に出て戦うことを求められる。それがいわゆるノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)であり、喧嘩が強くて賢いことを求められ、それが「ラグビー憲章」の5か条である「情熱」「品位」「規律」「結束」「リスペクト」となって結実している。
英国に6年お世話になっていた僕としてはラグビーというブリティッシュ・エンパイアの看板スポーツで日本が世界ランキングで過去最高の7位というのも誠に誇らしい。韓国は31位、中国は80位である。当然のことであるが、ノーベル賞の授賞者数と同じくアッパーのスポーツで国の差が見えている。数々のノーベル賞は日本人科学者が明治時代から基礎研究を営々と積み重ねた努力の成果であるが、ラグビーも田中平八の長男、田中銀之助(1873-1935)がケンブリッジ大学から持ち帰って慶応のラグビー部を作り「日本ラグビーの父」と呼ばれる。こっちも明治時代から営々とやっているのである。ラグビー憲章の5か条である「情熱」「品位」「規律」「結束」そして「リスペクト」。カネやミサイルでは手に入らないものがあることを認めるのが文明国というものだ。
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やっぱり強かった巨人とソフトバンク
2019 OCT 14 9:09:13 am by 東 賢太郎
朝から昨日の台風がなかったかのような青空だ。3時半からクライマックス・シリーズ・ファイナルステージの巨人・阪神戦を観た。
まず、おとといの第3戦のことを書いておくと、巨人楽勝で終わりと思ってたら8-7で阪神が勝ってしまった。立ち見を入れたら5万はいたかという超満員で、あっけない2連敗の上にこの日も巨人ペースであったから阪神ファンは大人しかったのだろう、はじめのうちはいるのはレフトスタンドだけかと思っていた。それが7回表の六甲おろしあたりからエンジン全開となって興奮度はすさまじくなり、いるわいるわ、我々の席の周囲からも大坂弁の強烈な怒号が飛び始める。大山の勝ち越しソロが出ると、ついにここは甲子園かという沸騰ぶりで何も聞こえなくなった。「今夜から台風に警戒」の予報だったから早く帰りたいが、そういう時に限って延長でもないのに5時間近いゲームである。8、9回をぴしゃりと、特に9回の坂本、丸、岡本をあっさり片づけた藤川の快投には快哉だ。帰りの混雑は未曽有のレベルで命からがらどっと疲れて帰宅した。
台風で一日休んだこの日曜日、西投手は完封を狙ってただろう。見ていてそんな気がしたし、そうなっていたら阪神は行くところまで行ったかもしれない。それを打ち砕いたのが岡本だった。第1打席、見逃し三振にとられた144キロは目をみはった。いい投手だ。第2打席、特に悪くない外角低めスライダーを腰をためてバックスクリーンに放り込んだ。シリーズ3本目で当然のごとくMVPに選ばれた。そして同点の6回には2死3塁から球場が唖然、騒然、ベンチも驚いたというセーフティバントで1点をもぎ取った丸。倒れこんで動かなくなった西。すばらしい激突だったが巨人が強かった。負けはしたが阪神のペナントレース終盤からの勢いは凄かった。新人の近本、木浪の加入が効いていたが、特に近本はドラフトで藤原、辰巳のはずれ・はずれだから近来稀に見る野手の大当たりだ。矢野監督の積極采配もさすがは捕手で図星が多くなり、若手が多いことからも広島カープの2015年あたりの雰囲気がある。投手陣はどう見てもカープより上だ。佐々岡新監督はよほど投手を立て直さないと来年は阪神にやられるだろう。
この試合、最後の最後で鳥谷が代打で登場した。結果はセカンドゴロ。阪神・鳥谷、最後の姿だった。彼を初めて見たのは2002年の明治神宮野球大会準決勝だ。3年で早大の3番ショートだった。さっき調べてみてわかったことだが、その試合の早稲田は1番・田中浩康(ヤクルト)、2番・青木(ヤクルト)、3番・鳥谷(阪神)、4番・比嘉(広島)、6番・武内(ヤクルト)、7番・由田(オリックス)、そして投手は先発が和田(ソフトバンク)、救援が越智(巨人)と錚々たるメンバーだったが東北福祉大に5-2で負けた。この日の神宮ではもうひと試合、亜細亜大vs九州国際大があって、亜細亜の永川(広島、今年引退)が11奪三振の3安打完封を演じて1-0で勝ったが、捕手で4番は横浜高で松坂と組んだ小山(中日)、サードで3番が1年生だった松田宣浩(ソフトバンク)だった。この日は息子を連れて評判だった和田を見に行ったと記憶するが不調であり、永川の快投が鮮烈で、同期で巨人に入団した木佐貫が先発だったが彼は抑えに回ったのが不満だったのを覚えてる。3年生鳥谷は4打数1安打だった。
東京ドームで途中経過で気になっていた西武ドーム。またまたソフトバンク(SB)が勝っている。公式戦の対戦成績はほぼ互角で、差が出たのはロッテをカモにしたかされたかだけだから別に不思議でない。西武の打線は脅威だがSBの中継ぎ以降は鉄壁である。打線は水物、いい投手が出てきたら手も足も出ない。いっぽうでSB打線は弱体の西武投手陣を打ちまくり、公式戦14本塁打の今宮が決めの一戦で3本も打ってしまう。松田をスタメン落ちさせるなど非情の采配に徹した工藤監督が選手全員のテンションをうまくピークにもっていった勝利かもしれない。同じく手駒を自在に動かして、丸以外は去年とさして変わらない戦力で圧勝した原監督といい勝負だ。面白い日本シリーズになりそうだ。
いっぽうで浅村、菊池雄星とエースと4番がぬけたのにリーグ優勝した辻監督の手腕も讃えたい。当然の留任だし、来年は投手力をつけて雪辱してほしい。西武の選手たちも本拠地で2年連続して2位に、しかも同じSBにやられてしまうのは男として耐え難い屈辱にちがいない。しかし平穏に終わってしまうより一敗地にまみれてマグマを溜めておいたほうがいいこともある。
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我が家の真上を行った巨大台風19号
2019 OCT 13 2:02:07 am by 東 賢太郎
過去最大の台風といってもピンとこなかった。我が家は南西方向が崖の高台に建っているから風はもろに受けてしまう。ついこの前のも大型だったが、あれは暴風雨が夜中であり、家族は眠れなかったらしいが僕は来たのも知らずに朝まで熟睡だった。
しかし今回の19号は二日も前に巨人・阪神のCSの中止が発表されており、ドーム球場なのによほど強力なんだろうということで一応の心構えはあった。世田谷区から防災警報が放送マイクで何度も何度も物々しい口調で流れ、スマホ情報で台風を眺めてみるとなるほどでっかい。東は仙台あたりから西は愛媛あたりまでの図体ではないか、こんなのはたしかに見たことない。アメリカで巨大ハリケーンとして勝手に名前はついてるし、娘にはブラジルの友達から安否を心配するメールが入っている。なんか地球規模の化け物みたいだぞ。
そうこうするうち、こいつはずいぶんゆっくりと北上してきて、午後7時にとうとう伊豆半島に上陸した。なにもわざわざそこまでキレイに伊豆を狙わなくてもいいだろうというほど見事にドンピシャだ。まずいね、ウチの辺も雨脚が強まってきているぞ。心配になってきてそこからの進路予想図を見てみると、伊豆からいい塩梅にスライス気味にカーブしていて、「目」はどうも我が家のあたりを直撃しそうである。直撃も初だが、そいつが過去最大だなんて・・・。
「その時」は午後10時に来た。我が家のほぼ上空にこいつは悠然とやってきた。伊豆南端からちょうど3時間で意外に速いではないか。その30分前から窓という窓に吹きつけるかつてない暴風のピューピュー、ゴーゴーいう音と、バリバリと全開の高圧シャワーのような強烈な雨音の宣戦布告がフォルティッシモで始まっていた。話し声も聞こえなくなってくる。ガラスは二重だし壁も頑丈だから大丈夫と思っていたが、窓や壁の心配をするまえに家ごと持っていかれるかというド迫力だ。それが1時間も続くとさすがに怖さを覚える。といって何ができるわけでもなく、家族5人とネコ3匹で耐えていたらだんだん音はフェードアウトになっていった。
そうしたら午後11時ぐらいになって「多摩川の水位が上がって、ついに氾濫した」という聞き捨てならないニュースが出た。箱根の降水量が日本一になったようで、ここからは川の氾濫が危険だ。一難去ってまた一難。サイレンを鳴らしながらパトカー、消防車が何台も通る。場所は二子玉川らしい。あそこはあり得るなと無事をいのる。我が家は離れてるし30メートルの高台だからと高をくくっていたら、そこでいきなり停電に見舞われた。ここから家中がやおら災害モードになる。真っ暗になって歩くのも不如意になってしまうと人間は何もできなくなることを悟る。しかし妻子は懐中電灯とスマホで家中を照らして手際よくブレーカーを落とし、復旧時期が不明だから冷蔵庫の生ものを片付けてしまおうという機関決定がが僕ぬきで下されていた。昔からそうであるが、こういう時に家長はからっきし役に立たない。階段でころげ落ちないようにへっぴり腰で手すりを伝い、義務で平らげた生ものは一番どうでもいいヨーグルトであった。
そんなドタバタをしり目にネコたちは平然としたものだ。世田谷区の防災警報が「レベル5です、避難してください、命の安全を第一にしてください」になったときまっさきに心配したのは、ネコを連れていけないかだ。「避難所はダメらしいよ」「どうしてだ、犬は」「犬もだめ」「じゃあインコはどうだ」と禅問答になっているのを横目に我関せずと寝そべったままだ。最悪クルマに積んで逃げるんだろうなあなどと考えていたが幸い避難するには至らず、大箱のヨーグルトをがんばってフィニッシュしたと同時に停電は15分ぐらいでおさまった。そうしたら、やおらクロが僕の膝に飛び乗ってきた。普段は家長はただの踏み台であって、そこからいい匂いのする食べ物が並ぶちゃぶ台に乗り移ろうという魂胆のクロなのだが、この日はそうしない。ピューピューバリバリが怖かったんだろう。
11時半で外はすっかり静かになった。雨も風もなし。玄関から出てみると湿った外気がそこでひと騒動あった物々しさを残しているが、塵ひとつない自然の香りに満ちていて胸いっぱい吸い込むと新鮮な気持ちになる。前の道へ出ると人っ子一人いない。完全な静寂。それにしても凄まじいエネルギーだった。あれで発電、蓄電できたら原発いらんだろう。台風はミクロネシアあたりで生まれるからマリアナ海溝で産卵するウナギみたいなもんだ、台風の赤ん坊なら核爆弾を打ち込めば日本に来ないよう進路を変えられるんじゃないか?いろいろ馬鹿なことを考えながら戻ってきて、2台の車を見たらこれが洗車したみたいにピカピカに光ってるではないか。
古来より日本人は台風を仕方ないものとして甘受してきた。清冽な水、豊かな作物、みんなそのおかげであって、いろいろ厄災はあったけど神様はお恵みだってくれてるじゃないかと長いものには巻かれ、つにには争い事まで「ここはひとつ水に流して」なんてノーサイドのきっかけにまでなってしまった。とても疲れた一日であったが、過去最大のモンスターに耐えられたんだからもう何が来ても大丈夫。水に流そう。これを古来より台風一過という。
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