織田信長の謎(2)ー「本能寺の変431年目の真実」の衝撃ー
2015 AUG 20 23:23:57 pm by 東 賢太郎
AがBを殺そうと周到に準備した殺人計画があった。計画のシナリオが進行中にAの共犯者Cが裏切ってAを殺してしまった。殺す予定だったBは事前にCから計画を聞いて共謀しており、Aはそれを知らなかった。B,Cは殺人計画も共謀の事実も闇に葬ったため、「周到な準備」が殺人現場に不可解な謎として残ったのである。
この筋書きでエラリー・クイーンなら一級品のミステリーを書いてくれそうな気がする。
今回の出張で本能寺に行ってみようと思ったのはそれに関係があることは後述する。中学の修学旅行で泊まった聖護院御殿荘という旅館名だけ何故か覚えているが、部屋で相撲をとったことと本能寺を見たことしか記憶がない。しかしその本能寺は秀吉の命で移築されたもので、あの事件の起きた場所ではないことを後で知った。僕の史跡好きは土地、地面に根差している。それが本能寺で在る無いではなく、その事件が起きた場所でないと欲求を満たすものではない。
それは何のことはない、こんな場所だった。
路標には「此附近 本能寺跡」と書いてある。「本能寺跡」ではなくて、「このへんが本能寺の跡」である。「信長はこの辺にいた」まで明らかにしたい僕としては大変に生ぬるいが仕方ない。
この道(蛸薬師通)を右に油小路通まで行くとこれがある。これが「本能寺跡」だそうだが、「このへん」と「ここ」が両立している先の路標との整合性がまったくわからない。わからんならわからんとしてくれた方が正確な情報というものだ。
織田家の嫡男で信長の後継者と目された織田信忠は、走れば5,6分の距離である妙覚寺にいた。信長と同様に、これまた無防備であり、父子ともにこの襲撃を想像だにしていなかったように見える。地図の左下黒丸が本能寺、右上が妙覚寺であり、光秀軍はこの間を疾風怒濤の如く走ったのだ。
もちろん僕はこの2点間を明智軍の気持ちになって歩いた。信忠が逃げ込んで切腹した場所は二条新御所で、この京都国際マンガミュージアムの裏手あたりだ。
なぜ天下人目前の権力者信長はまったく無防備の少数の手勢でここにおり、いとも簡単に光秀の手にかかってしまったのか?修学旅行でそう話を聞いて、その場で変だなと思って、今は亡き親友の丸山に「おい、本能寺って、変だよな」とまじめに言ったら、冗談と思った奴が「バーカ」と返した。それ以来、長年にわたって僕の中でくすぶる謎であったのだ。
その謎を快刀乱麻で解いてくれた本こそ、光秀の末裔、明智憲三郎氏の「本能寺の変 431年目の真実」(文芸社文庫)である。信長はこの日、本能寺の茶会に堺にいる家康を招き、光秀に命じて家康を討たせる手配をしていた。家康に不信感をいだかせぬための意図した無防備だったのだ。
もういちど冒頭の太字に戻る。A=信長、B=家康、C=光秀であるというのがこの本の示す「解」だ。そうした試みは過去にいくらもあるが、この説がパワフルなのは、殺人現場に残っていた不可解な謎はもちろん、本能寺の変に関して我々が謎と思っていたこと、軽すぎる光秀の動機、速すぎる秀吉の中国大返し、話がうますぎる家康の伊賀越えなどが腑に落ちるように見事に説明できてしまうことだ。
明智氏(以下、光秀ではなく憲三郎氏)の方法論は僕がこのブログで説明した帰納法(厳密にはアブダクション)、つまり「もしAならBがうまく説明できる」というものだ。
明智氏はご先祖光秀にきせられた「利己的動機による信長殺害の単独犯」という汚名を科学的な方法でそそぐことにほぼ成功されているように思う。氏が「三面記事史観」として否定しようと試みておられるものは、僕のブログの「トンデモ演繹法」のことであり、この方が論理学的には正確だ(三面記事が間違っているとは限らないので)。
ブログでは、
僕は「刑事コロンボ」が好きだが彼の方法はアブダクションだから物証がないと逮捕できない。それがない場合が面白い。アブダクションで得た結論Bを正しいと仮定して今度は華麗に演繹法に転じてみせ、犯人にカマをかけて尻尾をつかむ。だめを押すのは物証か演繹なのだ。
と書いた。氏の試みを「ほぼ成功」と書かせていただいたのは、物証か演繹がないと成功とは言えないからだ。論理的に、誰が何と言おうと、そうなのだ。しかし、秀吉、家康によって完全犯罪に仕立てられてしまったため物証は永遠に失われたものの、氏は文献を丹念にあたられて演繹に近い解釈を(まだ解釈ではあるが)提示している。僕はその文献の正誤や新解釈の適合性を判定できないので「ほぼ」がはずれることはないが、それでも、心象としてはかなりゼロに近い。
それは氏の①事実(fact)に対する謙虚な姿勢と、②それを証明するフレームワークとなる上記の論法の適切さによる。つまり、テーマに向き合うスタンスが「理系的」なのである。僕は歴史本が好きでたくさん読んでいるが、①②が弱いため科学的でなく、数学で頭を鍛えた人の論証ではなく、馬鹿らしくなって途中で捨ててしまうものが多い。要は文系的なのである。そんな程度の物証や論考でよくそこまで言ってしまいますねという体のものが多く、学術的なものでも小説や講談とかわらんという印象を持つことが多い。歴史が文系だなどとアホなことを誰が決めたのだろう。
明智氏のこの本にはそれがなく、そういう低次元のものは排すべきという氏のインテリジェンスが基本スタンスとして全書を貫いており、説得力を獲得している。僕は歴史ファン、信長好きとして楽しんだが、上質のミステリーでもあった。名探偵が「真犯人はあなたです」と真相の解明があって、なるほど!と膝を打った時のような快感を覚えたという意味で。学生さんには歴史本としてはもちろん、物事を論証し、説得力を獲得するための広く応用可能な教科書としてこれを一読されることを強くお薦めしたい。
本能寺の変ばかりか、氏の仮説は秀吉の治世以後の日本史にも強力な説明力を有するのであり、物証が葬られ、あるいは意図的に捏造までされた中で、客観的な視点からの説明力の優劣を問うならば、これは他のいかなる仮説をも凌駕するものであると思料する。仮説(しかもはるかに説明力に劣る)を真相として書いてしまっている日本史の教科書は改められるべきではないか。少なくとも僕は今後、氏の史観を座標軸として、本能寺以後の日本史観を根底から覆そうと思う。真実とは「それらしく見える」ではなく、「そうでなくては説明できない」所に存在する。それが唯一無二の科学的態度であるからである。
余談だが、当書の読後感としてジョセフィン・テイの推理小説である「時の娘」(The Daughter of Time)を思いだした。古典的名品であり、リチャード3世による幼い2人の甥殺し(ロンドン塔に幽閉したとされる)の冤罪を現代人である警部が入院しながら解いていく。前掲書とあわせてお薦めしたい。ちなみに、このタイトルはTruth is the daughter of time.(真実は時が明らかにする)からきている。本能寺の変には、いよいよその時が来たのだと目からうろこの思いである。
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女の上司についていけるか?(ナタリーとユリアの場合)
2015 JUL 30 22:22:48 pm by 東 賢太郎
「察しない男 説明しない女」(五百田達成 著)は面白い本です。
僕は若者に「遊べ!」といってるのですが、べつに遊び人になれということではなく、なんでもいいから真剣勝負しなさい、負けたら立ち直れないぐらいすべてをかけてやりなさい、そして、許されるうちになるべくたくさん負けておきなさいといっています。
ところがこれは女の子にもあてはまるのかどうか、はたと考えているところです。男も女も同じ人間だからと思っていたのですが、この本によると実はぜんぜんちがう気もしてきます。
同書には、「男は野球で育つ・女はままごとで育つ」とある。まさしく野球で育った僕はままごとをやったことがありませんし、ということは僕のいうことは女の子には共感されないのかもしれません。
野球にパワハラなどという言葉はありません。パワーに蹂躙されるならそれはされる方が弱いのであって、だったら練習して強くなれよ、でおしまい。負けた方も頑張ったんだからほめてあげようなんてこともなし。負けは問答無用で負け、10点差負けでも1点差負けでもおんなじです。
ところが運動会で子供がビリで泣いて帰ってきた、けしからん、かけっこで順位をつけるのはやめろという親が出てくる。ほとんど母親だそうです。野球で育った男親はそういうことは言わないように思いますが、ままごとで順位はつかないわけですね。
体を張って遊べですって?なるべくたくさん負けろですって?それでウチの子が人生はかなんだり自信喪失になったりしたらどうしてくれるの?言われてそうだ。そういう風潮のせいでしょうかサンデーモーニング『週刊御意見番』に登場する張本勲 氏が「喝!」を出しにくくなってしまったそうです。
僕は幸い女性の上司に仕えたことがありません。そういう時代だったし男社会の業界だったし。だから男原理で問題なく生きてきました。しかしこれからの世の中、ままごと原理で世の中が動くかもしれないし、女性の大臣は出るし、ひょっとして近い将来には女性大統領や首相も出るのではと思います。
そこで生きなくちゃいけない男は大変ですが、ではたくさんいた女性の部下たちを「部下」と思っていたかというとこれも微妙なんですね、実は。男原理が通用しないので同じように叱るわけにいかないし、一発ホームラン打ってみろなんて指示しても正確に思いが通じないでしょう。
「男は理屈で動く 女は感情で動く」、反論の余地なし。「男はナンバーワンになりたい 女はオンリーワンになりたい」これもしかりです。オンリーワンでも負けたら意味ないのです僕は。「男はロマンが好き 女はロマンチックなものが好き」、まったくそのとおり。ドイツのロマンチック街道(ローマの道なんでしょうが)はこの日本語名では行く気を削がれます。
「男は使えないものを集める 女は使えそうなものを捨てられない」、これはどうかな、捨てられる女もいるだろうが他人にはわけのわからん物を集めるのは男ですね。「男は謝れない 女は忘れない」、なるほど。
要はこれだから議論にならないんです。もし女性が上司だったら、僕は何を言われてるか、何をめざしたらいいのか、たぶんわからないと思うのです。
ただ、部下だと思わなかったというのは悪い意味ではなくて、そもそも僕らは子供時代は母親に支配されてたわけです。問答無用で理屈じゃなく。だからビシッと言われると弱いかもしれないという意味で男の部下とは違ったという意味です。とくに仕事の核心の部分はともかく、専門外のこと、ドメスティックなことでは。
ところが、自分にとって核心的なことにもかかわらず、この女性なら部下でもいいかなと思う人がいるものです。アルト歌手のナタリー・シュトゥッツマン(Nathalie Stutzmann)です。去年聴いたN響とデュトワの「ペレアスとメリザンド」でジュヌヴィエーヴを歌いましたが出番が短い役で残念でした。
歌手で指揮をする人はいますがいいと思ったためしはほとんどありません。ところが彼女は指揮の能力が高いと思います。モーツァルトのハフナー交響曲をお聴きください。
きれいに整えようという気はなし。「モーツァルトはこういう人よ!」とつかんじゃってます。女だからわかる直感か?彼が振ったらこんな感じだったのではと思わせるものがあります。楽員を興にのせ、多少アンサンブルがごちゃごちゃしてもいい、アンバランスもまた良し、ティンパニはひっぱたき、ホルンもいたずらっぽく強く吹かせる。とにかくテンポの変化や強弱やフレージングの主張が強いのですが身勝手に聞こえず、なるほどこれってそういう曲だったかと思わせるものがあるのです。
もし僕がオーケストラ奏者なら?彼女の指揮には真剣について行くと思います。やっている音楽に説得力があっておもしろい。男は理屈で動くのですが、感性であれ何であれ女性がいったん男をなるほどと思わせたらむしろ強いかもしれませんね。どんな強い男だって子供のころはそういうもんだったし、強い女性のいうことをきいていたほうが楽という気すらします。
もうひとり、僕のご贔屓のヴァイオリニストもそうです。このチャイコフスキー、自信に満ちあふれ、細部までピッチと技巧のコントロールがすばらしく、抜群の運動神経とものすごく良い耳を実感させ、汗ひとつかかずに強い主張で弾ききっていて、心拍数はまったく上がってないんじゃないかと思わせる堂に入り方。とくにアンコールをお聴きいただきたのですが、この求心力、場の支配力は半端じゃありません。ヴァイオリンの人たち、唖然ですね。舞台上のオケまで完全に彼女の聴衆になってしまっていて、弦の人はああ2曲目も聴けるんだよかったという表情です。プロが認める超人ですね。ぜひ指揮もやってほしい。オケを心服させるカリスマ能力、間違いなしですね。
このユリア・フィッシャーが上司だったら?一も二も四の五のもなく、絶対服従でしょう。何をやってもかなわない能力を感じます。
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「遊びのすすめ」(遊びは戦争のシミュレーション)
2015 JUL 26 8:08:36 am by 東 賢太郎
遊びは戦争のシミュレーションである。
これは僕の持論で、それもけっこう気に入ってる類のものです。戦争がいい悪いはこの際おいときましょう。なぜなら、社会へ出て、将来少しぐらいは他人よりいいポジションにつきたいと思っている若者にとって、待っているのは戦争以外の何ものでもないからです。いいポジションというものは、まじめにやってれば与えられるものではなく、ぶんどるものです。
池井戸 潤の「シャイロックの子供たち」を読んでとても面白かった。筆者は銀行でこういう原体験を持ったのでしょうがどこでも一緒ですね。サラリーマンの出世競争にきれいも汚いもなく、奸計を弄してできる奴の足をひっぱる奴、権力で部下を利用し不要になると捨てる奴、上司のヨイショで上に登るお小姓野郎、そういうどうしようもない下郎がいくらでもいるんです。出世競争は実力だけではなく、いつも正論を吐けばいいわけでもなく、下郎に対しては下郎なりの戦略を持ってなくてはいけません。
中学のころです。世の中そういうもんかと僕に下郎の仮想体験をさせてくれた小説に漱石の「坊ちゃん」があります。「おれ」と同じぐらい義憤の塊になってしまい、一緒になって赤シャツ、野だいこをやっつける気になってたのがなつかしい。会社に入ってわかりました。どこの組織にも必ずいるんです、赤シャツ。その周りを見渡すと野だいこがこれまたたくさん出てくるんですね。うらなりも山嵐も笑っちゃうほどちゃんといるんですよ。
英語教師のうらなりが婚約者のマドンナを赤シャツにとられて飛ばされちゃう。時代が時代だから池井戸の上掲書や半沢直樹シリーズにくらべればあまりに他愛ない下郎ぶりですが、似た事件もありましたね。まあそんな程度のことに義憤で立ち向かう「おれ」の男ぶりがさらに際立ってくるのが現代の読み方なのかもしれません。パワハラなんてレベルの話じゃありません。もっと上でもっと堂々と陰湿なことが行われている。
赤シャツ、野だいこに天誅を下して辞職した「おれ」はサラリーマンとしては負けなんです。そこはもう人間の価値観ですね、人生何が大事かっていう。義憤でテーブルひっくりかえして溜飲を下げるのも気持ちがいいが、男の場合は守るべき家族ってものがあります。だから溜飲を下げるなら、どうなったって食える覚悟がなくちゃいけません。その力もないなら、義憤はあきらめて、お小姓の家来にでもなるかプライドも人格も捨てて組織の犬にでもなることです。別名、奴隷ですね。
冷たいことを書くようですがマキアベリだったらやっぱりそう書くでしょう。そういうもんなんです現実は。サラリーマンというのは単なる使用人であって、オーナーでなければ役員になろうがなんだろうが、社長になったって、実は使用人です(東芝をみたらわかります)。サラリーマン社長というのはどんな大企業であろうと銀座のクラブでいえばチーママ、雇われママなんです。ママは大株主であるオーナー社長以外にあり得ません。株を持ってなければ辞めたらただの人ですね。世間一般はそういうことを知りません。
だから、赤シャツ、野だいこをぶんなぐるのが面倒臭いなら、自分で会社つくってオーナーになることです。起業するということですね。その甲斐性がないなら、仕方ないからサラリーマン戦争に参戦してえらくなるしかありません。くだらない戦争ですが、やるならある程度は勝たないと面白くないですね。そう思うかどうかです。奴隷でいいという人は僕のブログなど時間の無駄ですから退出してください。そうでない人は、だから遊びなさい、思いっきり失敗できる学生のうちに負けの経験をたくさん積んどきなさいと言っているのです。
スマホでゲームなんかやってるのは暇つぶし、石つぶしであってそんなものは僕のいう遊びじゃない。ゲーセンやパチンコと何も変わらないです。失敗しても痛くもかゆくもない、何も人間を学ばないし追い込まれもしないでしょう。ゲームやるなら麻雀をやることです。僕はたくさん負けたからわかる。あんなに戦略的で、人間が学べて、だからこそ負けると悔しい遊びは思い浮かびません。カジノは金額は張って負ければ悔しいし経済的に追い込まれもしますが、運試しの要素が強い。人間をじっくりと観察して根っこから学ぶにはディーラーは不適です。麻雀の4人みたいに関係が対等じゃないからです。
スポーツは負けても金は減りませんが、人間として全人格的に勝者に否定され、劣後した気持ちになりますね、特に男は。プライドも名誉も女も取られるんです。戦争で負けたのと同じです。だから同好会みたいなのはだめです、そうなりませんからね。スポーツである必要はないがこういう屈辱を味わってないと結局は弱いと思いますよ。負ける屈辱なんて実は大したことないし、それが倍返しの強烈なモチベーションになるのに、経験がなくて怖いままだと往々にして逃げるようになるんです。そういう人が非常に多いですね。言いわけ、口実でケツまくって逃げる性癖を持ってしまう。そういう人はここぞという場でいよいよ初めて負けて大怪我するし、そもそも勝負弱いです。もっと困るのは目利きに信用されません。僕は大事なところでそういう部下を絶対に使いません。
海外に出てみる。それもなるべくツアーじゃなく自力で。いかに自分が理解されないか、何でもないか、日本人がどう見られるか、完璧にわかります。言葉の問題じゃない、そんなのは「理解されない」ことの一部分にすぎません。ふつうプライドがずたずたになります。負け体験ですね、それがいいんです。どうしたら理解されるか、仲良くなれるか、上回れるか、いろいろ考えます。自分の頭でね。それが自分の肌に合ったインテリジェンスになります。くだらないノウハウ本を百冊読むより1週間の海外体験が確実に勝ります。英語ができない?行ってしまえばいいんです。できないと生きてけないから必死になり、なんとかなるもんです。
戦争というのは、負けてはいけないんです。勝つためにやる。だから先にシミュレーションしたほうが強い。本番の前に問題集を解いた方がいいですね、そこでたくさん間違えたらなおいい。弱いところを教えてもらったのだから、そこを特訓して本番に臨めば勝つ確率は格段に上がるのです。だから、思いっきり遊んでください。例に挙げたスポーツ、麻雀、個人海外旅行、ぜんぶ人間を相手にして鍛えられるものですね。人間相手であれば何でも構いません。お薦めしてることの究極は、人間を知って、観察して、利害関係をもって、相手がどういう顔や性格や言葉つきや行動パターンだとこういう奴だという目星をつける能力を磨くということなのです。
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高木彬光「呪縛の家」を読む
2015 JUN 22 12:12:51 pm by 東 賢太郎
ミステリー作家にはクラシック音楽好きが多い印象があります。ヴァン・ダインやエラリー・クイーンの作品にはその薀蓄(うんちく)が現れるし、横溝正史は長男が音楽評論家(横溝亮一氏)になられたほど。そのほか名探偵がマニア(コリン・デクスター)だったり、音楽そのものを題材にした現代ミステリーもけっこうあります。
高木彬光の「呪縛の家」を読むと、連続殺人が交響曲の楽章に見立てられており、彼もその一人だったのかなと思います。
これを読もうと思ったのは新幹線でヒマなのが嫌だったからで深い意味はありません。ところがうれしいことに、この作品は終章にいたって「読者への挑戦状」がありました。
にこう書きました。
最後に「読者への挑戦状」があって負けたくないので緻密に読みます。それでも負けてしまう。というのは、実はクイーンのロジックは緻密でないからです。
さて、それでは「呪縛の家」はどうだったか?
犯人はわかってしまいました。第1の殺人の犯行方法も、そりゃないでしょという解答なもんでわかりようがない部分をのぞけば、たぶんこう落としたいんだろうという原理的なものは。
ということはですよ、この作品は緻密なロジックで書かれているということなんでしょう、少なくともクイーンよりは。「読者への挑戦状」があることでクイーンのまねであることは自明なのですが、筆者は作中にアガサ・クリスティとヴァン・ダインの古典的名作を引いていて、後者は犯人名まで堂々と書いてしまってます。
読んでない人は要注意ですが、書かれた1958年当時はそれらの古典の余熱が残っていて、ファンはそのぐらい読んでいてトリックは知っており、そういう通をだしぬこうと筆者が意欲作を書くという良き時代だったことがうかがえます。
トリックが出尽くしてしまったいま、こんなのに出会えてわくわくしました。
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エラリー・クイーン「災厄の町」
2015 MAY 17 19:19:44 pm by 東 賢太郎
クイーンの長編はほぼ読んでしまったのでこれは珠玉の残り物でした。読んだのは早川書房の「新訳版」(越前敏弥訳)で、翻訳者の越前氏のブログによると、
「『災厄の町』はクイーンの後期の代表作で、クイーン自身が最高傑作と評したこともある作品です。わたしも、海外ミステリーのオールタイムベストを選ぶとき、かならずこの作品を上位に入れます。」
とあります。楽しめました。僕にとってクイーンは思い出の卒業アルバムみたいなもので、感動→失望というプロセスをたどったものですからすでに過去のものでもあり、読み残しの何作かも食指が伸びずじまいでした。これを本屋で買おうと思ったのも熱が再燃したわけではなく、字が大きいから。何ともさびしいものですが。
中学~高校時代にハマって片っぱしから読みましたが、パズラーとしての凄味と切れ味に感服したものですから一言一句を熟読しまして、国語の教科書よりもずっと影響を受けたと思います。
還暦になって、クイーンの影響が「3つ子の魂」と化したことを列挙してみると、
- ロジック好き(=要は理屈っぽい)
- 細部好き(=全体と細部に優劣なし、些末な事は世になし)
- 物証好き(=人より事実を見る、いい人・悪い人はない)
- リアリズム好き(=あいまいが嫌い)
- やりあげ好き(=解けない問題はない=必ず最後までやる)
です。クイーンによってそうなったというより、おそらく元からそうだったからクイーンが好きになったのであり、クイーンがそれらを増幅したということのようです(1-5の末としてもうひとつ、6.こうして文章がくどくなる)。
中高時代というと勉強はともかく野球と音楽で忙しいさなか、普通ならもう少しまとも?な名作文学全集や純文学にあてる限られた時間がそっちへ行ってしまったわけで、文学趣味や詩心には無縁のまま馬齢を重ねてしまいました。
さてクイーンですが、瓶やら靴やら帽子やらの物証をめぐる文章を読むわけですが、最後に「読者への挑戦状」があって負けたくないので緻密に読みます。それでも負けてしまう。というのは、実はクイーンのロジックは緻密でないからです。
なぜならそれは作者がロジカルだと勝手に了解した方法論に則って書かれた数学の答案みたいなものであって、でもこう解けば答えは違うとなる。あるいは解くための所与の条件に恣意性がある。したがってロジカルでないのです。
僕が読んだかぎりですが、解決が本当にロジカルな答案となるミステリーはないのではないでしょうか。必ずアンフェアなまま真相が開示されると言い換えてもいいし、必ずフェアネスより意外性に重点が置かれたスタンスで書かれていると言い換えてもいいでしょう。
そりゃそうです。数学の答案に金を払う人はいないでしょう。「驚天動地の結末」こそが商品です。だから昨今のミステリーはどんどんこけおどしに淫してしまい、ロジックが導き出すスマートな意外性を見ることはほぼ皆無になりました。
クイーンの人気の秘密はそのロジック解法のスマートさに「こだわっているふり」をし続けてくれたことにありますね、きっと。ふりということはウソなのですが、ウソでもいいからやってほしい。これってコスプレの世界です。ちょっと倒錯があります。
大人になって読んだ「チャイナ橙の謎」あたりでそれに気づいて飽きてしまい、だから「オランダ靴」や「エジプト十字架」、「Yの悲劇」をなつかしみつつもクイーン教を脱退してしまいました。
しかし、その不自然さは問題設定に欠陥があるんじゃないか。良問はロジックと意外性を両立できるのではないか。まだ仕掛けを見抜けない中学生の僕にはそれは達成されていたのだから、大人レベルで超絶的な作品が出てくるんじゃないか。
そういう幻を追いかけてまた読んでしまう。ミステリーはそういうビジネスなんでしょうが、商売なんかぬきにして真剣勝負を仕掛けてくれる天才が現れないでしょうか?それともオヤジの空しい願望なんでしょうか。
ちなみに「災厄の町」はロジックを文学的味つけに内包した所に新味があるという評価が一般的のようで、クイーンの片割れのフレデリック・ダネイが79年にキャロル大学での講演で「これまで書いた中で最高の作品」といったそうです。
僕はそうは思いませんが、一般に「後期」と呼ばれる方向に持っていきたい作者の意気ごみは感じます。このへん、3大バレエ後の渡米したストラヴィンスキーを思い浮かべてしまいますね、気持ちはわかるんですが。
この作品、やっと殺人がおきたところで犯人がわかったということで、したがって、ロジックはフェアであるといえます。というより、見抜かれるリスクをかなり負っている。それをカムフラージュするために人物の心理描写が必要になったのであって人間を描いた文学性(のようなもの)はトリックの素材です。
新味とはそういう意味でなら正しいでしょう。ダネイの「最高の作品」という自薦もたぶんそうではないでしょうか。しかし、この手法のリスクは、文学に疎い僕のような無粋漢にはそれがちっとも煙幕としてワークせず真相がわかってしまうことでしょう。
なによりその煙幕が書物の梱包に関わる「ある事実」を知るまでエラリーにも効いているのであって(だからこれが素材だと分かったのです)、名探偵より先を行っている優越感すら味わえたという稀有なエンターテインメント性のあるミステリーでした。
それだけなら苦笑して終わりなんですが、そうではなかった。「ある事実」で急転直下、ロジックによって全てが覆って真相解明に至る、これは「エジプト十字架」のリフレーンであり、あるストーリーに添ってやむなく事態を進行させた非合理が謎を残す、これは「Yの悲劇」のリフレーンです。
何と懐かしい!わくわくしながら読み終えました。まあイメージとしては80年代のベンチャーズのライブみたいな観はあるものの、許せてしまいますね。お薦めです。
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ハイドン交響曲第98番変ロ長調(さよならモーツァルト君)
2015 APR 27 1:01:39 am by 東 賢太郎
ハイドンの交響曲第98番変ロ長調ときいてすぐテーマが歌える人は相当なクラシック通でしょう。
そんな曲をどうしてとりあげるか?答えは簡単です、これがハイドンの作品中でも屈指の名曲だからです。彼らしいユーモアが横溢する第1楽章が展開部に来ると主題変奏の奥義による大交響曲の偉容を示す様は圧巻であり、第2楽章の主題が展開する痛切な響きもハイドンには異例なもので一度聴いたら忘れないでしょう。ベートーベンの同じ調性の交響曲第4番への影響を感じ、後世の交響楽の世界の扉を開いたといって過言でないと考えている重要な作品です。
ニックネームがないじゃないか?そうですね、でも、驚愕や奇跡などよりもずっと意味深い「モーツァルト」というニックネームが付けられるべき曲なのです。今からここにご説明することを知れば、ブルックナーの3番が「ワーグナー」と呼ばれるなら98番が「モーツァルト」と呼ばれていないことが不思議と思われるでしょう。そして、どうして呼ばれなかったのかという理由もご理解されることになるでしょう。
ヨゼフ・ハイドン(1732-1809)は61年から30年間エステルハージ公に仕えましたが90年に公が他界すると楽団は解散されウィーンに出てきました。それを知ったロンドンの音楽興行師ザロモンがハイドンを2度ロンドンへ招き、彼はその間に「ロンドン・セット」または「ザロモン・セット」と呼ばれることになる12曲の交響曲(93~104番)を書いて演奏し大人気を博したのです。98番はそのひとつで、第1回訪英で書かれた6曲の最後の曲です。
ここでなぜモーツァルトに声がかからなかったか?これは現代人には謎ですね。ロンドンの興行師はたくさんいて、ハイドンの足を引っぱろうと弟子のプレイエルを引っぱりだしてぶつけてみたりした者もいたのですが、ハイドン人気は盤石で失敗でした。それならどうしてモーツァルトを招聘して対抗馬にしようという者がいなかったんだろう?
モーツァルトは誘いを断ったという説もありますが証拠はなく、まずありえないと思います。彼は「子役」で大当たりして大人になって出番が減った俳優みたいなもので、人気に飢えていたはずです。親父のポリシーも階級に縛られる故郷を捨ててウィーン、ミュンヘン、ミラノ、パリなど大都市で実力勝負をするというもの。現にロンドンは候補に入っていて8才の神童として売り込みに訪れております。子役で大いに当たった思い出の場所なのです。
90年にはロンドンにフィガロの初演でスザンナを歌った大好きなナンシー・ストーラス(左)もいました。こちらも大好きだったお金だって報酬の相場が高いことはナンシーから情報を得ていたでしょう。ロンドンに永住して大金持ちになったヘンデルというドイツの先輩もいました。ハイドンだってもちろんそれを知っていて、ちなみに彼が計3年のロンドン出稼ぎで得た収入はそれまでの30年分より多かったのです。
その事情の推理はここに書きました クラシック徒然草-モーツァルトの3大交響曲はなぜ書かれたか?-
ハイドンは90年の暮れに出発してドーバー海峡を渡り、新年1月2日にロンドンに着きました。出発の数か月前にモーツァルトが初めて海を渡る老ハイドンの体を気づかって涙の別れをしたという有名な逸話があります。「もう二度と会えない気がします」と大泣きした24歳年下のほうがあっけなく翌年に死んでしまうという想定外の結末をむかえることで、その予感は現実となってしまいました。
この「あっけなさ」がどうも不可解であって、腑に落ちない。58歳であったハイドンは当時の医学水準からしていつどうなっても不思議でない老人だったでしょうが、35歳だったモーツァルトが男盛りなことは18世紀でも変わりないと思うのです。90年の時点で彼が余命1年の病気だったという兆候もなく、死後すぐに毒殺説が出てきてしまったのもむしろ彼がいかに元気でぴんぴんしていたかの裏返しでしょう。
先日、満開の桜を楽しみながら、モーツァルトが日本で人気があるのはこれだなあと思い至った次第。ぱっと咲いて、すぐにあっけなく散ってしまう。彼の咲きっぷりと散りざまは、どこか古くより人々の関心と同情を集めた源義経と重なるものがあります。僕は義経が大好きであり、だから判官贔屓であって小2にして広島カープまでファンになり、そしてモーツァルトの死の真相にも多大の関心をよせるようになった。このことは「骨の髄」からくるもので、関心の深さは半端なものではありません。
しかしモーツァルトにまつわる悲劇談は後世のファンが泣けるように尾ひれがついているものがたくさんあります。「勧進帳」や「千本桜」みたいなものがたくさんあるのです。ハイドンが弟子でもなかったモーツァルトを特に可愛がったという話はないし、弟子だったベートーベンにしても、ロンドンのプロモーターに推薦してやったり一緒に連れて行こうということはなかったのです。
モーツァルトの手紙を読めば読むほど、彼の人生は勧進帳ではなく半沢直樹スタイルでドライにハードボイルドに読み解く必要があると思っています。僕は史実が知りたいのであって泣きたいわけではない。現実とはどういうものかということを人生経験で知ったからです。有能な若手ほど上司にとって怖いものはありません。モーツァルトが死んだのは36歳ですが、ハイドンはその年齢ではまだ主要作品は一曲も書いていない遅咲きの苦労人で、宮廷楽長ポストを30年もやっていたサラリーマンです。
かたや神童としてバッキンガム宮殿に出入りしたモーツァルト。ロンドンは勝手知ったる場所であり英語だってしゃべれる。複雑な思いがあったでしょう、なんで俺じゃないのって。カネと名誉がかかれば人間どこも同じと僕は思うのです。天才や偉人だけは別な人だったとこじつけるより、何であれ歴史というものは人間の本性、本質に従って素直に解釈したほうが現実的ではないでしょうか。
初めて海外旅行に出るハイドンの身の安全を心配するほど元気だったモーツァルトが突然に他界したのは1791年12月5日のことです。98番はその3か月後の92年3月2日にロンドンで初演されていますからハイドンにはこれの作曲中にそのニュースを知ったと思われます。なぜならハイドンはそのことを98番のスコアに音符で刻印しているからです。
それは今の僕らがモーツァルトの作品を知っているからわかるのですが、当時の聴衆はそれを知りませんし、知らないということをハイドンは知っていました。だから、誰もわからないだろう、しかし彼は以下のようなことをしたのです。いずれも僕の聴感上のものですので事実かどうかはわかりませんが、書いてみましょう。
第1楽章の序奏にはリンツ交響曲の序奏の弦の和声が同じリズム、和音で出てきます(リンツは終楽章の提示部にも出てきますがどこかわかりますか?)。冒頭はピアノ協奏曲第24番の冒頭で、そこはド・ミ♭・ソですが後にド・ミ♭・ラ♭でそのまま出てきます。第1主題ド・ミ・ソ~は交響曲第39番の主題ではないでしょうか。トランペットのパンパカパッパはジュピター・リズムであり、コーダの入りにはフルートとオーボエでジュピター音型と同じ4つの全音の音列(音程は違う)が鳴り響きます。
第2楽章は、冒頭に英国国歌が出ますがそれはハイドン一流のサービスでどうでもいい。問題はそれについている和声がC-Am-F-Gというモーツァルトのトレードマーク・コードであることです。そして、これこそは問答無用の証拠といって誰も反論はないと思います。この部分です(第1Vnのパートでお示しします)。
この譜面のLからは同じヘ長調のジュピター交響曲の第2楽章、このブログ モーツァルト交響曲第41番ハ長調「ジュピター」K.551 の「スペクタクル」の前の部分であることは疑いようがありません。赤い四角で囲ったオーボエ、弦の伴奏音型、和声(G-A7-D7-G7-C7-F)どれもそのものであり驚くべきことです。
さて、ということになると疑問が出てきます。ハイドンはどこでジュピターを知ったのでしょう?88年に作曲された3大交響曲の初演記録はなく、40番はサリエリが指揮した可能性を指摘されていますが確実ではなく、ハイドン研究家のH.C.ロビンズ・ランドンは「生前に演奏されていなかったということは考えられない」としていますがシューベルト研究家O.E.ドイッチェはそれを否定しています。
記録によるとパート譜の初版の年は39番が1797年,40番が94年、ジュピターが93年(出典:ベーレンライター、自筆譜ファクシミリ解説)とあり、従って92年の始めにハイドンが持っていたのは出版譜より前のものであることは確実です。つまり自筆譜からの写譜スコアであった可能性が高い。
「3大」は交響曲のハイドンセットであるという僕の説が正しければ、3大はロンドンへの売り込みのために書かれました。渡英することになった先輩に2年間眠っていたスコアを写譜して託し、「こんなものが書ける奴がいるよ」とアピールをお願いするというのは、弦楽四重奏曲の6曲(ハイドン・セット)でやった先例があるのであり、不自然とは言えないのではないでしょうか。それは先の90年の涙の別れの際に手渡されたのではないでしょうか?
すなわち、ハイドンは3大交響曲の(少なくともジュピターの)スコアをロンドンに携えて行っていたのです。91年に作曲された95番ハ短調の終楽章がジュピターをモデルとしたと言われるハ長調のフーガをコーダに持っていることは、そうでなくては説明がつきません。95番は同年12月5日のモーツァルトの死よりは前に書かれたと思われるためこれを98番と同列に論ずるわけにいかないのですが、ハイドンがジュピターに多大な関心(ひょっとしてライバル心?)を抱いていたことは想像がつきます。
ハイドンのロンドン交響曲はフルート2本で書かれていますが、なぜか95番と98番だけが1本なのは注目に値します。なぜならジュピターはフルートが1本なのです(3大交響曲は全部1本です)。不要だったといえばそれまでですが、音楽的要求だけといいきれないものがある気がします。何かモーツァルトを暗示する符牒のようなものです。こういう作曲の「メカ」の部分までこだわっているとすると、あくまで傍証にすぎませんが、僕はハイドンが机の上にジュピターのスコアを広げていたのだろうと想像してしまいます。
さらに95番でハイドンはフーガで締めくくるというアイデアの盗作をしてるのじゃないか?初めそう思ったのですが、そうでないことがわかりました。上記のランドン著 「モーツァルト」 によると「ハイドンの交響曲第70番がなければ、『ジュピター』は生まれなかったといってさし支えなさそうだし、少なくともそのフィナーレは別の形になっていたであろう。」とのこと。それは元々はハイドンのアイデアだったのです。
そのようにモーツァルトがハイドンの本歌取りをしている事例は多くあります。ハイドンの交響曲第39番と同25番K.183は有名ですが、歌劇「アルミーダ」を聴いたら出だしが魔笛のHm! hm! hm! hm!と同じでびっくりします。モーツァルトは確かに天才ですが、彼がいかに多くをハイドンに負っていたか!いや彼のみならずベートーベンだってそこかしこから聞こえてくるのです。ハイドンがいかにハイレベルの作曲家かわかります。
モーツァルトは死の年の91年、ロンドンからの吉報を待っていたのかもしれません。ハイドンが紹介の尽力をしてくれたかどうかはわかりませんが、少なくとも訃報をきいて98番にジュピターを「縫い込もう」と新たに思いたったことは事実です。しかし、我々と違ってその時点のロンドンの聴衆は誰もジュピターを聴いたことはおろか存在すら知らないのですから、それは演奏会で聴衆と共に哀悼の意を表するためではありません。
ハイドンがどういう気持ちでそれをしたかは知りようがありませんが、誰も理解できないのだからその動機はきわめてプライベートなものであることに間違いないのです。後世の聴衆が(現に僕がしているように)その隠されたメッセージを解読すると思ったかもしれません。いずれにせよ、彼はそれをした。それもブルックナーが第7交響曲に自分の音楽で書き込んだワーグナーの死とは違った方法で、つまり「引用」という形でそれをしたのです。
僕はハイドンは深く悲しみ、6曲のシンフォニーの最後の1曲に「若き天才ここに眠る」と墓碑銘を刻むことで友人の死を悼んだのではないかと思うのです。そして、ハイドンが銘に選んだのがジュピター音型と共に第2楽章の例の部分(G-A7-D7-G7-C7-F)だったことは、その部分の震えあがるほどの物凄さに感動してブログにした僕としては我が意を得たりと感じ入るしかありません。
これが僕が所有するモーツァルト自筆譜ファクシミリの「その部分」です。これをハイドンが活写した。感無量です。
モーツァルトの交響曲の管弦楽編成ですが31番「パリ」、35番「ハフナー」にクラリネット2、トランペット2、ティンパニを使っています。この3つの楽器は当時の編成ではフルート、オーボエ、ファゴット、ホルンがほぼ常備であるのに対し比較的「オプショナル」なものです。特に新参者だったクラリネットはそうで、演奏するオケに奏者がいなければ書きたくても書けなかったわけです。
「3大」のうち演奏されたという説の多い40番のオリジナルはクラリネットなしですが改訂版があってそちらは2本加わっています。あるなら使いたいという作曲者の意図だったのでしょう。僕はジュピターの様な祝典的な音楽にクラリネットがないのを不自然に思っていましたが、簡単に考えればいいのではないか、つまり演奏させようと意図していたオケに奏者がいなかったのではないかと思うようになりました。
そこで調べてみると面白いことが分かりました。ジュピターの管弦楽編成は「トランペット2、ティンパニがあってクラリネットなし」なのですが、この組み合わせはハイドンの渡英第1回目の6曲のものと同じであることから、作曲時点の88年にはロンドンのオケにはクラリネットがなかったと思われます(入ったのは渡英2回目の93年作曲の第99番からで、102番を除く5曲に使用されている)。
また、「トランペット2本とティンパニ」はハイドンの104ある交響曲では「ペア」であり、ほぼ例外なく両方とも入るか両方とも入らないかのどちらかです(61番のみ例外)。ロンドンセット以前では「なし」が圧倒的に多く、比較的大きめのオケのために注文された82番~92番(パリ、トスト、ドーニの各セット)11曲でも、オリジナル版で「あり」は86番と88番の2曲だけです。人件費がかかるので贅沢品であったのです。
ところがロンドンセット12曲は全部「あり」で書かれている。それだけも贅沢なことで、ザロモンのオーケストラはお金持ちだったことがわかりますが、しかしクラリネットはまだなかった。独仏に起源をもつこの楽器は90年前後はまだドーバー海峡を渡っていなかったということではないでしょうか。
ではモーツァルトの交響曲はどうか。31番「パリ」以降の10曲のうち(37番は除く)「あり」は8曲もありました。しかもそのうち3曲がクラリネット2本入りという当時の「フル・オーケストラ」だったのです。これはモーツァルトが交響曲(シンフォニア)というジャンルにいだいていた「リッチな音」「祝典的な音」のイメージを物語ると思います。ハフナー家の結婚式の祝典音楽がハフナー交響曲に化けてしまった背景はそこにあると思います。
だからこそ、彼の書いた曲でも最も祝典的な雰囲気を持つジュピターにクラリネットがないのが僕にはひっかかるのです。
ザロモンのオケがトランペット2+ティンパニを常備していた。ということはロンドンの聴衆の好みは祝典的、グランドマナーの音楽である。モーツァルトがそう思って不思議ではありません。彼は31番のパリ交響曲を「パリ好みの流儀で書いた」と父に手紙で告げているからです。そして彼はクラリネットがないことも知っていた。ジュピターは彼なりの「ロンドン流儀の曲」であり、ロンドンで演奏してもらうために、ロンドンのオーケストラの身の丈に合わせてクラリネットなしで書かれたのではないか?
それは推測でしかないのですが、1800年以降でロンドンで最も人気がでた彼の曲がジュピターであったという事実は、まさにモーツァルトが直感で見抜き、たしかにそれが正しかったという結果ではないでしょうか。
この推論は「3大交響曲ハイドンセット説」と矛盾しないばかりか、むしろ補強するものと考えます。98番に墓碑銘として入ったのがジュピターだったのは、その作曲の意図がハイドンに伝わっていて、かなわなかったモーツァルトの夢、ジュピターをロンドンに響かせるという夢を音にして実現するものだったかもしれません。
さらに興味深いことがあります。英国の楽譜出版商ノヴェロ夫妻がモーツァルトの死後1829年にザルツブルクやウィーンを旅行して妻コンスタンツェ、姉ナンネル、義姉アロイジア、息子フランツ・クサヴァーに会った旅行記『モーツァルト巡礼』がありますが、8月7日にコンスタンツェと面会した際に息子が「父のハ長調交響曲に『ジュピター』というあだ名をつけたのはザロモンだ」と語ったとあるのです。
ザロモンはどうやってジュピターを知ったのでしょう?
ハイドンが携えて行ったスコアを見たと考えるのが自然ではないでしょうか。ハイドンが約束通りに後輩を紹介してそれを見せたかもしれませんし、訃報を知ってからそうしたかもしれません。いずれにせよ、ザロモンはそれを見て、このうえなく音楽にふさわしいニックネームをつけたのです。
そして、ハイドンが後輩への万感の思いを込めて書き上げた交響曲第98番変ロ長調はニックネームがつきませんでした。なぜなら、つけるとすれば「モーツァルト」しかないのですが、98番を聴いたロンドンの聴衆はモーツァルトを知らなかったからです。
この交響曲は妙なことがひとつあって、終楽章の終わりに独奏ヴァイオリンとチェンバロによる静かなデュオがあります。ひときわ快活、ユーモラスな8分の6拍子でプレストの主題が一気にコーダになだれこむと思いきや、全休符をはさんでffのトゥッテイの号令一下で急停止。やおらその対話が弦のピッチカートを伴ってpで始まるのです。
初めてこの曲を聴いたときはびっくりしました。
しかし、この予想外の意趣は、あの「びっくり交響曲」のように聴き手を驚かすためのハイドン流ユーモアという感じはしない、唐突ではあるが効果のゆるい、いわば意味不明で不成功の仕掛けと受け取りました。その当時はこの曲にそんな深い物語があるとは知りませんから、せっかくの興奮を断ち切る下手な芝居と思ってしまい、98番は長いこと僕のなかでは二級の作品というイメージが固まっていたのです。
初演ではヴァイオリンをザロモンが、チェンバロはハイドン自身が弾きました。ジュピターでは全管弦楽を動員した壮麗なフーガが来た第4楽章の最後に、二人だけのひっそりとした対話が入る。このコントラストは印象的です。これがコーダの興奮を削ぐ蛇足であることはプロであるハイドンが一番わかっていたことでしょうが、95番と98番を対比したかったのではないでしょうか。
何の根拠もありませんが、僕はこの終楽章と、70番のメヌエットによく似た第3楽章はモーツァルトの訃報が届いたときにはすでに出来ていたのではないかと考えています。
それを知ってから第1,2楽章を書いた。だから、その2つの楽章、特に展開部は後半の2つに比べて不釣り合いなほど、まるでベートーベンの作品であるかの如く重くて充実したものになったのではないか。形式におけるバランス感覚の天才であったハイドンにして、このアンバランスは非常にふさわしくなく、皮肉なことに、だからこそこの曲は交響曲として完成度に欠ける印象があって名曲という栄誉をもらいそこねているのです。
原案ではプレストで快活に終わる予定だった終楽章のコーダに、あえて蛇足であるデュエットを入れた。ハイドンはウィーンのフィガロハウスでモーツァルト父子とカルテットを弾いています。これはヴァイオリンをモーツァルトに見立てて最後のお別れのデュエットをしたのではないか。
交響曲第45番「告別」が音楽による謎かけだったように、これは「さよならモーツァルト君」という謎かけだったのかといつも空想しながら聴いています。
ハイドン・セット、ジュピター、3大交響曲、ハイドン、ロンドン、ザロモン、ロンドン・セット・・・・皆さんの頭の中で点が線となってつながってきませんか?
録音ですが、僕が好きなのはこのブリュッヘン盤、
その他、ジェフリー・テート / イギリス室内管弦楽団、トーマス・ビーチャム / ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団などです。それぞれ違った味があり楽しめると思います。
(追記。3月16日) 交響曲第99番変ホ長調
98番の次、99番変ホ長調は上記のとおり「初めてクラリネットが入った曲」です。書かれたのは98番初演の翌03年で、初演は翌94年2月10日(もちろんロンドン)。これの冒頭、トゥッティのEs主和音を聴いてびっくりするのは僕だけでしょうか?
モーツァルトの39番が始まった!
いや、そうではない。魔笛を聴きすぎたせいなのか、僕は変ホ長調だけは絶対音感があるのです。
そして次の第1ヴァイオリンでまたびっくり。あれっ、ベートーベンの2番か?
めんどうくさいから聞いてください。
あくまで僕の耳の直感ですが、ハイドン-モーツァルト-ベートーベンの近親関係は強い。一般論としてじゃなく、こういう細かい証拠に僕はものすごいこだわりがあります。ロンドンで、ハイドンはジュピターだけじゃなく、39番も意識してたし、なにより、「知ってた」んじゃないか??この仮説は我ながら実に魅力を感じます。
(追記)
98番ですが終楽章の第1主題にもリンツ交響曲の第1楽章、コシ・ファン・トゥッテの第1幕冒頭のフェルランドのアリアが僕には聞こえます。
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ビル・ゲイツの思い出
2015 APR 1 12:12:57 pm by 東 賢太郎
くじら座タウ星という恒星がある。太陽から11.9光年の距離にあり、太陽と似た星である。右の星図の中央下から二番目がそれだ。この恒星にタウ星eという惑星があり、生命の存在する可能性があるとされる。エリダヌス座のイプシロン星という恒星にも同様にその可能性があるとされる。
この2つの比較的太陽系に近い星を対象として、1960年に天文学者フランク・ドレイクがアメリカ国立電波天文台の口径26mの電波望遠鏡で始めた地球外知的生命体探査の試みがオズマ計画(Project Ozma)である。これを契機としてSETI(Search for Extra-Terrestrial Intelligence)なる「宇宙人探しプロジェクト」が始まった。電波を受信して発信源を探すだけでなく、アクティブSETIといって地球から電波を発信して未知の生命体との交信を試みることも行われている。
これは政府予算が組まれたが現在は大半を民間の寄付でまかなっていると説明されている。さらに面白いのは、誰でも電波望遠鏡の観測データを自分のPCにダウンロードして分析する無料のプログラムを実行させることでSETI@homeというボランティア・コンピューティングプロジェクトに参加できる試みも行われいることだ。全世界で520万人以上が参加しており、これまでで最大の参加者数の分散コンピューティング・プロジェクトだが、この手法はマイニングといってビット・コインの第三者による保有証明にも応用されておりとても興味深い。
米国人は地球外知性とのコミュニケーションのために人工言語を作ったり、地球上の自然音、言語、音楽、大統領メッセージを録音した金のレコード(左)をボイジャー探査機に積んだり、2008年2月4日にはNASA50周年記念として北極星へ向けてビートルズの「アクロス・ザ・ユニバース」を発信したりしている。
アインシュタインの一般相対性理論を発展させ、ブラックホールの特異点定理を発表した英国の理論物理学者スティーヴン・ウィリアム・ホーキング博士は銀河系に知的文明を持った惑星が200万個は存在するだろうと明言している。1961年にアメリカの天文学者のフランク・ドレイクがドレイクの方程式を示し、地球外文明の数の存在する可能性・確率を具体的に数値で論ずることを可能にし自然科学者らに大きな衝撃を与えた。それを解くと、我々の銀河系に存在する通信可能な地球外文明の数は10個である。
それに対し、wikipediaによると、我が国において独自のSETIのようなプロジェクトはないようで、ちなみに上述のくじら座タウ星を検索してみると、その星が「ミニスカ宇宙海賊」(笹本祐一のライトノベル)、「ズッコケ宇宙大旅行」(那須 正幹の児童文学)に出てくるぐらいのものだということがわかった。JAXA(宇宙航空研究開発機構)が北極星に向けて何か発信するなら坂本九の「上を向いて歩こう」かなと思うが、それは安倍さんついに気がふれたと格好の週刊誌、政局ネタになるだけだろう。
SETIプロジェクトは大方の日本人にとっては絵空事、夢物語、SF小説もどきというイメージではないか。皆さんが「宇宙人はいま~す」と真顔で言ってご覧になれば、99%の人の失笑を買うかこのヒト大丈夫かいなという眼で見られることに気づかれるだろう。それが日本だ。「宇宙人」はやめて「地球外知的生命体」(同じことだが)と言い直すと99%が70%ぐらいには減るだろうが、それは同感してくれたわけではなくもっともらしい言葉に思考停止しただけだ。
そう思っていたので、この記事を読んでさすがに欧米人は違うとうならされた。
地球外知的生命体探査計画に専門家らが警鐘 – AFPBB News
そんな馬鹿なことカネがもったいないからやめとけ、なんてみみっちい話ではない。危ないからやめろといっているのである。相手は獰猛なライオンかもしれないぞ、シマウマが自分で居場所を教えて食われたらどうするんだということだ。送っている電波の先に「誰か」がいることが前提になっている。
こういうことがホーキングのような大物理学者を交えて喧々諤々と議論されてしまうというニュースは、これまた宇宙人ネタとおんなじぐらいなんの波風も立てずに日本人の頭を通り過ぎるだろうが、実にショッキングなことだ。僕はそういうコミュニティの人々と日々世間話をしたいし、それが日本にないなら仕方ないからアメリカに移住したほうが老後は楽しいのかなとまじめに考える。
なぜくじら座タウ星が大事かというと、太陽はあと40-50億年で確実に死を迎えるからだ。地球は膨張した太陽に飲みこまれて跡形もなく消える。これは確実に起こる。だから「ノアの方舟」で人類は他の星に移住しなくては死滅するのである。日本人と欧米人の違いは「科学的かどうか」ではなく、そんな先のことは私は知らない関係ないと思うかどうかだろう。サイエンスというよりも宗教観のように思う。
星々の彼方に彼の御方がおられるはずだ
これは新興宗教の祈祷の文句ではない。ベートーベンの第9交響曲の歌詞の一節だ。これをドイツ人は Über Sternen muß er wohnen. と歌い、日本人は イューベる シュテるネン ムス エる ヴォーネン と歌っている。このmuß(英語のmust)、「はずだ」というのがいい。日本と西洋の精神構造の決定的な違いを見事に教えてくれている一語だ。
50億年後の子孫の存亡をまじめに考え議論できるから、50億年前の太陽系の起源も137億年前の宇宙の創成も真面目に考えられるのだろうし、その逆も真なりだと思う。それは思考の基盤のようなものだ。物をきちんと考えるためには「基盤」がしっかりしてないと難しい。基盤はテニスコートと一緒で、どっちにも傾いていない、真っ平なものが望ましい。そうでなくては自由な発想、自在な着想、自然な論理の展開は妨げられるからだ。
その記事を読んで、ふと、1997年のダボス会議でビル・ゲイツが「21世紀の人間はどこの国に生まれ、どの大学で学んだかではなく、何を学んだかで生涯年収が決まるだろう」と言ったのを思い出した。もちろん、学ぶべきはITだという結論だ。「生きがい」とか「人生」とかアバウトな言葉を使わずにズバリ「生涯年収」というところがいいなと別なところに感心したこともふくめ、彼の淡々とした口調と物静かな物腰と合わせて、強い印象として残っている。
当時僕はそれをマイクロソフト社CEOの我田引水の議論と思って聞いていたように思う。企業経営者はそういうものだと偏見があったからだ。それこそ、僕が本稿で「頭の中のテニスコートが平らでなかった」という表現に置き換えていることだ。しかし、素直に客観的に、ビル・ゲイツがあのときに打ってきたボールをながめると、彼は18年前に今日の社会を正確に予見していたということだったと気づく。
彼の方は平らなテニスコートを頭の中に持っていたのだろう。それを使って彼の立場で見聞きする事物というボールの軌跡をじっと観察し、ああいう発言をした。そういうマインドの人でなければ、つまり単なる金儲けと欲得に目がくらんでいる人だったならば、あれだけの会社は創れていなかっただろう。
おそらく、僕を含めてほとんどのダボス会議参加者はゲイツの真意を見抜けなかったか、見抜いても心から信用はしていなかったように思う。そんな馬鹿なと思われるだろうが、1997年というと携帯電話がまだ珍しく、同じダボス会議の場でインテルの初代CEOアンドリュー・グローブが演壇でそれを取り出してストックホルムの支店長を不意打ちで呼び出して話をして見せ、満場からオーという感嘆の声が上がった時代だ。同年に初めて携帯電話と称したものがNTTから発売されたが、その重量は900gだった。グローブがかけたのも小型の箱のような不細工ででっかい物だった。
未来を予見し、社員にそれを語って納得させるのは経営者の最大の仕事だ。しかし、来年の話をしても鬼が笑うと教育されてしまう日本人は5年以上先の話はまじめに取り合わないし、10年以上になると宇宙人を信じます程度の話にしか聞かない。これは個人にも社会にも大きな損失であるし、政府の大本営発表にだまされやすい国民性をつくる。宇宙人がいるかいないかぐらいはきっと誰もが興味を持てる話だろう。ホーキングの本を読み、それを真に受けるのではなく批判精神を持って自分で考えてみるのはけっこう楽しい。
「宇宙への秘密の鍵」(ルーシー&スティーヴン・ホーキング)が小学生向けで誰でもわかる。
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ピケティの新・資本論について
2015 FEB 1 6:06:13 am by 東 賢太郎
トマ・ピケティの新・資本論がはやっているらしいので「パリ白熱教室」(パリ経済学校講義4時間分)を聴いてみた。お断りするが僕は資本論はなんとなく雑駁に読んだが「21世紀の資本」を読んだわけではなく、それのつもりで内容を見ずに「新・資本論」(日経BP社)の方を買ってしまって仕方なく読んだが、天声人語といい勝負の軽いコラム集みたいなもので、カサは厚いがたいして意味のない書物であった。ああ損した。
講義は所得と富の分配についての考察である。それが不平等であり機会均等とはいえない水準に達して世襲されているのは問題だということだ。正直のところ別に目新しい話とも思えないが歴史として聴くと面白かった。しかし何かインプリケーションがあるかというと、ヒストリカルデータを小まめに取ったという学術的価値はあるのだろうが、僕にとっては直感をやっぱりねと追認されただけ。「上位1%が国の総所得の25%を占めている」という指摘が何を今さらなのか大うけにうけて米国でベストセラーになって、「アメリカ人が騒いでいる」といって騒げば物がよく売れる特殊な国である日本国でブレークした麻疹(はしか)現象という印象である。来年の今ごろは名前も忘れられているだろうと予測する。こういうのが突然流行ったりするのもデフレの産物だなと思料。そのデフレを助長して株をお見事に7000円まで暴落させた政党の党首がこれを担いで安倍政権批判をしているのを見るとマッチポンプという言葉が浮かんでくる。ちなみに翻訳のせいかもしれないが、ピケティのいう「資産」と「資本」という用語の定義が厳密にいうとよくわからないことを書いておく。
彼の主張の根幹をなす式がこれだ。
r-g>0
それは結構だが、r(資本収益率)の過去のデータ収集のご努力には敬意を払うとしても、現在の r はどう測定しているのかさっぱりわからない。これが絶えず変動するのは金融の世界の常識であり、過去がどうあれそれが予測できないからフィッシャー・ブラックとマイロン・ショールズは「ブラック・ショールズ・モデル」でノーベル経済学賞をもらったのであり、そのショールズ先生が経営関与していたヘッジ・ファンドが98年のロシア金融危機で大損して倒産に追い込まれたのであり、資本家は常に配当、利子、賃貸料、キャピタルゲインで潤っているようにお気軽に説明しているがそんな簡単なものと思っているなら彼の理論は机上の空論でしかない。それらはすべて金利の関数であり、それが世界の中央銀行総裁が困るほどゼロに近い現状では r もかなり低い状況にあるはずであり、そうでなくては疑似資本と考えられる超長期金利(10年以上の長期国債利回り)が世界中で歴史的に異常な低率になっているという、観測データのある限り人類史上初の現象は説明できないであろう。できるなら反論していただきたい。さらに疑問なのは、彼はここで資本収益率の背景にあるリスクとの相関性に言及していない点である。資本を持っていればノーリスクでどんどん増えるなどとまさか彼は思っていないだろう。それを言わないなら、彼がどんな読者や聴衆をターゲットにこの論をぶとうとしているかうっすら意図が見えてくる気がする。はっきり言ってしまえば我が国の民主党と変わらないレベルという所だ。
講義でピケティが「rが常に高い」と説明している論拠はこうだ。
①「君たちが銀行に10万ユーロ預金してもハーバード大学年金基金の得ている年間10.2%という収益率は得られずインフレで目減りしてせいぜい3%だろう」 ②「彼らの投資対象はデリバティブやサブプライムローンのように複雑な金融商品だ」 ③「資金の運用には規模の効果もつきものだ」 ④「ハ-バード基金は1億ドルだがその管理に0.3%も払っている」 ⑤「だから資産運用に長けたマネージャーも雇える」 ⑥「金融市場の規制緩和は金融収益の格差を拡大し今日の資産格差を生み出した 理由の一つだ」
反論
①インフレで目減り?いま欧州はデフレでしょ ②サブプライムが投資対象?だったなら彼らは大損こいてr<0でしょ ③だから少額でも買えて規模の利益もみんなで得られる投資信託があるんでしょ ④マネジメントフィー0.3%?ならば「も」じゃなくて「しか」ですよ(笑) ⑤資産運用に長けたマネージャーが損してるケース(r<0)もいっぱいあります ⑥規制緩和が生んだ金融商品で最も損したのは銀行と大手投資家(資本家)でしょ
ということで、この講義が2011年のものだったならこの先生は資本主義の未来は予測できるが2、3年後の未来に欧州がデフレになることは予測できなかったということであり、②に至っては失笑するのみだが、さらにちょっとだけ真面目に申し上げれば、彼がHarvard Endowments (ハーバード大学基金)のことを言っているなら運用額は少なく見ても2兆円を下回ることは絶対にない。そんなことぐらいはフランス人を含む世界の金融マンの常識であって、1億ドル(約100億円)などという天文学的に見当違いな数字を純真な学生相手に持ち出しているところなど、この人がいかに数字に鈍感で金融に無知か、いやもっと言ってしまうと、100億円が天文学的に巨大な金額だと無意識に信じこんでいる世界の住人としてその世界に向けてしゃべっているということを図らずも露呈していると思われる。規制緩和で生まれたわけのわからない金融商品で儲けているのはけしからんといいながら、30万ユーロ(0.3%の管理費用)を出せば優秀な運用者を雇ってそれで儲けられるのになどと支離滅裂なことまで言っている。ちなみに、2兆円を運用するのに30万ユーロぽっちで雇えるマネージャーが詐欺師でもNPOのボランティアでもなく資産運用に長けたマネージャーであると言って同意する資産運用のマネージャーは100万人に1人もいないだろうが、彼はハーバード大学の運用資金量を200分の1とカン違いしているのだという前提に立って好意的に見ればそれは事実と整合的な運用コストという結論に達するだろう。本質は完全に左だがそう見えないよう右寄りに塗固しようと慣れない努力を試みるから馬脚が出るのであって、老婆心ながら資本論をちゃんと読んで堂々と左宣言すればよろしい学者だと思料する。誰が呼んできたんだろう?
僕が「21世紀の資本」を読んだわけではないことを再度お断りする。そこに上記の点について論理的、実証的に満足な説明がなされているなら忘れていただきたいが、仮に r-g>0が有史以来の歴史的事実だったとしても、今は歴史的事実が事実でなくなったかもしれないという歴史的事実が発生している世の中なのであって(だから彼は人気者に祭り上がったのだろうが)、旧来の歴史的事実が何千年何万年続いていようがそれに基づいて処方箋を書きましょうというのはナンセンスである。90才で癌で入院した患者に健康だった89才までの人間ドックのデータで薬を出しましょう、今まで死んでいないのだからあなたは永遠に死にませんよというようなもので、学者がこんなことを言ってるからECBの量的金融緩和が大変な後手に回って欧州は癌が進行してしまったのは気の毒でならない。20年の入院、闘病で癌を克服しかけている先輩国・日本に出稼ぎに来て心配までしてくれなくていいから、早くクニに帰ってドラギ総裁にその制癌剤は間違ってますよと言わないとキミの国のほうがよっぽど大変なことになるよというのが彼の議論の筋だろう。
少なくとも講義を聴く限りの結論はこうだ。
・「米国の上位10%の資産保有シェア90%はフランス革命時点のフランス並みだ」というご発言のとおり、左のフランス人らしいなあということ
・官僚国家フランスの学者、インテリの投資の知識が、米国は言うに及ばず恐らく中国以下であるという点において日本のそれに匹敵するということ
・こんな程度でアベノミクスがどうのといわれてもかなわんなあ、あんまり日本人をおナメくださるなよということ
・パリ経済学校がなんだか知らないが東大生に聴かせるべきレベルではないということ
私見
彼の講義で一つだけ共感したのは教育の機会平等である。大学進学率と所得の相関について述べているが、これも彼の高い本など買わなくても昔から言われていることにすぎないのだが、大きな問題と思う。
「米国人のおよそ4人に1人は地球が太陽の周りを公転していることを知らなかった」(ソース/AFP )
「日本の大学生・短大生の4人に1人が日没の方向を東と答え、地球の周りを回る天体として33%が火星、18%が太陽をあげ、42%が月の満ち欠けする理由は地球の影の影響とした」(ソース/Jキャストニュース)
という事実のほうがr-g>0なんかよりよほど驚嘆に値するのであって、彼らが別に天文学者を目ざすわけではないにしても、これが象徴する事態が収入格差の説明要因として甚大と思うのは僕だけだろうか。こういう状態で大人になってしまったり大学なるものに入学できてしまったりした上で、実は太陽は地球を回ってないんですよ、あなたはそれで損してるんですよと諭されてそうかそんなに不平等な世の中なのかと初めて思い始める教育しか国民の多くが受けられない世の中であるならば由々しきことであり、それこそが政府が心血を注いで是正すべき不平等の種である。この不平等が左翼政権になったり資産累進課税をしたりすると見事に解消されたという事例は僕は寡聞にしてただの一つも知らないが、その原因がピケティの主張するように親の年収格差にあるなら、国立大学は5科目受験を前提に授業料ゼロとして教育機会均等を図るべきである。
以上
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「知られざるロシア・アバンギャルドの遺産」100年前を振り返る
2015 JAN 31 2:02:02 am by 東 賢太郎
「スターリン弾圧を生き延びた名画」という副題の番組。革命後のロシアで行われた暴挙は人間の残虐さと無知蒙昧をさらけだしたが、テロリズムのニュースのさなか、100年たった今も人は変わっていないことに暗澹たる思いがある。
イオセブ・ジュガシヴィリ(通称ヨシフ・スターリン)の所業は今のロシア人はどう評価しているのか。ウラジーミル・ウリヤノフ(通称ウラジーミル・レーニン)なる物理学者の子がひいたレールの上をグルジアの靴職人の子スターリンが爆走した。シベリアに抑留され銀行強盗と殺戮を重ね、ロシア革命という天下取りのプロセスはどこか三国志の曹操を思わせる。
しかし100年前はまがりなりにも政権の正統性に神でも民衆でもなくイデオロギーが関与する余地があったことは注目に値する。神と暴力とメディアによる大衆扇動よりはずっと知性の裏付けがある。しかし知性も殺戮の道具になれば同じことだ。チャーチルは「ロシア人にとって最大の不幸はレーニンが生まれたことだった。そして二番目の不幸は彼が死んだことだった」といった。

面白かった。中央アジア・ウズベキスタンのオアシスの町ヌクスの美術館にあるイーゴリー・サヴィツキー(1915~1984)が集めた数千点のロシア・アバンギャルドの絵画の話である。スターリンによる芸術へのテロリズム。僕は音楽の側面しか見ておらず絵は無知だが、暴挙で消されかけサヴィツキーの情熱によってヌクスで命脈を保った1910-30年頃の絵のパワーは素人目にも圧倒的だ。
このクルジンの「資本家」のインパクトは今も強烈だ。資本主義に生きる自分を描かれたような気がする。クルジンはクレムリンを爆破しろと酔って叫んだかどで逮捕され、シベリアの強制収容所送りとなった。
ルイセンコの「雄牛」。凄い絵だ。痛烈な体制批判のメタファーと考えられている。一目見たら一生忘れない、ムンクの「叫び」(1893年)のパンチ力である。この画家の生涯についてはつまびらかになっていないというのが時代の暴虐だ。
ストラヴィンスキー、シャガール、カンディンスキーら革命でロシアを出た人たちの芸術を僕らはよく知っているが、彼らの革新性にはこうした「巣」があったことは知られていない。ストラヴィンスキーの何にも拘束されず何にも似ていない三大バレエは、このアヴァンギャルド精神とパリのベルエポックが交わった子供だったのではないか。プロコフィエフの乾いたモダニズムは「西側の資本主義支配層の堕落した前衛主義」に聞こえないぎりぎりの選択だったのではないか。

この「巣」を総じて「ロシア・アバンギャルド」と呼ぶ。アバンギャルドはフランス軍の前衛部隊のこと(英語だとヴァンガード)だが、転じて先進的な芸術運動をさすようになった言葉だ。「何物にも屈せず、何物も模倣せず」をテーゼとする。これらの画家たちはカンバスの表の面に体制を欺く当たり障りない風景画や労働讃美の絵などを描き、裏面に自分のステートメントを吐露した真実の絵を描いて「何物にも屈せず」の精神を守っ
たそうで、それを「二枚舌」と呼んでいる。これはショスタコーヴィチを思い出して面白い。「ヴォルコフの証言」なる真偽不詳の本が出版され第5交響曲の終楽章コーダをどう演奏するかの論争があった。ハイティンクやロストロポーヴィチがその意を汲んだテンポでやったが、あれは偽書だからムラヴィンスキーのテンポが正しいのだという風な議論だったように記憶する。僕の立場は違う。「証言」が偽書であろうとなかろうと、皮相的な終楽章はあの4番を書いた作曲家の「二枚舌」にしか聞こえない。スコアの裏面に真実のステートメントをこめた楽譜が書いてない以上、コーダのテンポなど解決策でもなんでもなく、あの楽章は演奏しないという手段しかないと思う。同じ意味で僕は7番はあまり聴く気がしない。
「何物にも屈せず、何物も模倣せず」。このテーゼはなんて心に響くのだろう。別にアバンギャルドという言葉を知って生きてきたわけではないが、このテーゼはささやかながら僕個人が子供時代から常にそうありたいと願ってきた生き方そのものを鉄骨のような堅牢さで解き明かしたもののような気がしてならない。若い頃のピエール・ブーレーズがそうだったし、彼の録音が自分の精神の奥深いところで共鳴したのはそういうことだったのかもしれないと思う。
僕は芸術家ではないが、ビジネスをゼロから構築していくのはアートに通じるものがある。その過程がなにより好きであって、うまくいくかいかないかは結果だ。これから何年そんな楽しいことが許されるのかなと思うと心もとないが、心身健康である限り思い切りアバンギャルドでいこうと、ロシアの無名画家たちの絵に勇気をもらった。
有名であったり無名であったりすることの真相はこんなに不条理なものだし、そういうことをひきおこす人生という劇だって、いくら頑張った所でどうにもつかみどころのないものだ。だったらアバンギャルドするのが痛快で面白い。屈して、模倣して、大過がない、そんな人生ならやらないほうがましだ、改めてそう思う。
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クラシック徒然草-はい、ラヴェルはセクシーです-
2015 JAN 20 18:18:13 pm by 東 賢太郎
先日、関東にお住いの方からSMC(西室)当てに長文のメールをいただいて、拝見すると去年11月に書いたこのブログのことでした。
ずいぶん前ですが、「ボレロはセクシーですね」という女性がおられて絶句し、
『こっちはボレロとくればホルンとチェレスタにピッコロがト長調とホ長調でのっかる複調の部分が気になっている。しかし何千人に1人ぐらいしかそんなことに関心もなければ気がついてもいない』
と書いたのですが、頂戴したのはそれに対しての大変に興味深い論点を含むメールでした。それを読んで考える所がありましたので一部、要旨だけを引用させていただいて、ラヴェルについて少々書いてみたいと思います。メールには、
私もあの・・・中略・・・部分を耳を澄まして聴いてしまいます。東さんの説によると、ボレロに関して私は”何千人の一人”に入ってしまうようです。
とありました。僕の記事を見てデュランのスコアをご覧になったとも書かれていて、とてもうれしく存じます。
先般も「ブーレーズの春の祭典のトランペットに1箇所ミスがある」と、ブーレーズとトランぺッター以外誰も気がつかなかったかもしれないウルトラニッチなことを書いたら、それを探しだしてコメントを下さった方もおられ感動しました。お好きな方はそこまでこだわって聴いているということで、普通の方には別に飯のタネでもないのにずいぶんモノ好きなことと見えるでしょうが、飯より好きとは掛け値なしにそういうものだと思うのです。
ボレロの9番目の部分は倍音成分の多いフレンチホルンにパイプオルガンを模した音色を人為的に合成しようという意図だったと僕は考えております。各音に一定比を乗じたピッチでチェレスタとピッコロを配しているのでそれぞれがホルンの基音の平行移動ということになり、結果的にCとGとEとの複調になっていると思われます。ミヨーと違って複調に根拠、法則性を求めるところがとてもラヴェルだと思います。
こういう「面白い音」はマニアックに探しまくったのでたくさん知ってます。高校時代には米国の作曲家ウォルター・ピストンの書いた教科書である「管弦楽法」が座右の書であり、数学や英語の教科書などよりずっとぼろぼろになってました。これは天文で異色の恒星、バーナード星や白鳥座X-1やぎょしゃ座エプシロンの伴星について物凄く知りたいのと同質のことで、どうしてといわれても原初的に関心があるということで、僕のクラシックレパートリーは実はそういう興味から高校時代に一気にできてきたためにそういうこととは無縁のベートーベンやモーツァルトはずっと後付けなのです。
僕がSMCの発起人としてクラブを作った目的はトップページに書いてある通りですが、そのなかのいちブロガーとして音楽記事を書くきっかけはそれとは別に単純明快で、自分の読みたいものが世の中になかったからです。でもそういうのに関心がある方は何千人に一人ぐらいはいるにちがいないと信じていたので、じゃあ自分で自分の読みたかったものを書いてインターネットの力を借りてお友達を探してみようという動機でした。
こういうのはfacebookや普通のSNSには向いてません。単に昔の知り合いを集めてもこと音楽に関してはしようがないし、こんなニッチな関心事はそれが何かをきちっと説明するだけでも一苦労だからです。でも少なくともその何千人からお二人の方が素晴らしいリアクションを取ってくださった。それだけでも自信になりますし書いてきてよかったと思いました。
ただ日々の統計を見ると多くのビギナーの方も読んでくださっているようで、クラシック音楽は曲も音源も数が膨大ですからワインのビギナーといっしょで入り方をうまくしないとお金と時間の無駄も膨大になるという事実もあります。僕のテーストがいいかどうかは知りませんが、たくさんの英国人、ドイツ人の真のクラシック好きと長年話してきた常識にそってビギナーの方がすんなりと入れる方法論はあるという確信があります。学校で教えない、本にも書いてない、そういうことをお伝えするのはいちブロガーでなくSMCメンバーとしての意識です。
さて、ラヴェルがセクシーかどうか?こんなことはどこにも書いてませんからもう少しお付き合いください。メールに戻りますが、こういうご指摘がありました。
ボレロには、「大人のあか抜けた粋な色香」を強く感じます。ラヴェルは官能性を効果として最初から曲を組み立てる時に計算しているように私には思えてならないです。
これは卓見と思い、大いに考え直すところがございました。本稿はそれを書かせていただいております。
たしかにボレロはバレエとして作曲され、セビリアの酒場で踊り子がだんだん客を夢中にさせるという舞台設定だからむしろ当然にセクシーで徐々にアドレナリンが増してくる音楽でないといけません。それが目的を突き抜けて、踊り子ぬきで音だけでも興奮させるという仕掛けにまで至っているのがいかにも完全主義者ラヴェルなのですが、おっしゃるとおり、それはリズムや曲調に秘められた官能性の効果あってこそと思います。
ドビッシーの牧神や夜想曲もエロスを秘めていますがあれは醸し出された官能美であってセクシーという言葉が当てはまるほど直接的なものではないようです。ところがラヴェルは、ダフニスとクロエの「クロエの嘆願の踊り」(練習番号133)などエロティックですらあって、こんなのを海賊の前で踊ったらかえって危険だろうと心配になるほどです。「醸し出された」なんてものでなく、非常に直截的なものを音が描いている点は印象派という風情とは遠く、リストの交響詩、R・シュトラウスの描写性に近いように思います。
僕はメリザンドの歌が好きですがこれは絵にかいたような不思議ちゃんであって、わけのわからない色気がオブラートに包まれてドガやルノアールの絵のように輪郭がほんわりしてます。かたやクロエはものすごく気品があるいっぽうでものすごくあからさまにセクシーでもあってぼかしがない。音によって描く色香が100万画素ぐらいにピンポイントにクリアであって、その描き方のセンスは神経の先まで怖いぐらいに研ぎ澄まされていると感じます。
ドビッシーとラヴェルはいつも比較され並べて論じられるようですが、作曲家としての資質はまったく違うと思います。彼らが生きて共有した時代、場所、空気、文化というパレットは一緒だからそこに起因する似た部分はありますが、根本的に別々な、いってみれば会話や食事ぐらいはできても友達にはなれないふたりだったように思います。ライバルとして仲が良くなかった、ラヴェルが曲を盗まれたと被害意識を持ったなどエピソードはあるものの、それ以前にケミストリーが合ってなかったでしょう。
これは大きなテーマなのですが核心の部分をズバリといいますと、ドビッシーは徹頭徹尾、発想も感性も男性的であるのに対し、ラヴェルには女性的なものが強くあるということです(あまり下品な単語を使いたくないのでご賢察いただきたい、ラヴェルが結婚しなかった理由はベートーベンとは違うということであり、そういう説は当時から根強くあります)。
東さんはラヴェルのボレロに精緻さを強く感じていらっしゃるのかなと拝察します。
私自身、ラヴェルにドビュッシーとは異なる知的な理性を感じますし、ここがホントに大好きです。ただセクシーであるとも強く感ずるところです。
これがお二人目であり、もう絶句は卒業しました。というより、前述のようにバレエ台本からして、このセクシーであるというご意見のほうが道理なのであります。僕の方が大きく間違っていたのでした。
だから今の関心事はむしろ、どうして僕はそう感じていなかったかです。ピストン先生の教科書の影響もあるでしょうが、僕はラヴェルが自分を隠している「仮面」(知的な理性)の方に見事に引っかかってしまったのではないか。しかし、感受性の強い女性のかたはラヴェルの本性を鋭く見抜いておられたということなのかと拝察する次第です。彼の中の女性の部分は、女性のほうが騙されずに直感するのかもしれないと。
ボレロという曲は仮面が精巧で、僕だけでなく多くの人がきっと騙されてクールな仮面劇だと思って聞いていて、最後に至って興奮に満たされている自分を発見します。心の中に不可思議な矛盾が残る曲ではないでしょうか?これはアガサ・クリスティのミステリーみたいなもので、見事にトリックにひっかかってそりゃないだろと理性の方は文句を言いますが、そこまで騙されれば痛快だということになっている感じがします。
ボレロは「犯人」がわかっているので自ら聴く気はおきないのに、始まってしまうといつも同じ手管で満足させられているという憎たらしい曲です。しかしこの仮面と本性というものはラヴェルのすべての作品に、バランスこそ違え存在している個性かもしれないと思います。ドビッシーにそういう側面は感じません。真っ正直に自分の感性をぶつけて晒しています。ミステリーではなく純文学です。
「海」や「前奏曲集」を聴きたいと思う時、僕は「ドビッシー界」に分け入って彷徨ってみたいと思っていますが、それはブルックナーの森を歩いてみたいという気分と性質的にはそう変わりません。しかしラヴェルを聴く衝動というものは別物であって、万華鏡をのぞくようなもの、原理もわかっているし、実は生命という実体のない嘘の造形の美しさなんですが、それでも騙されてでも楽しんでみたい、そういう時なのです。
ラヴェルが隠しているもの。それは僕の推察ですがエロスだと思います。それを万華鏡の色彩の精巧な仮面が覆っている。万華鏡であるというのは、同じ曲がピアノでも管弦楽でもいいという所に現れます。エロスの多くを語るのは対位法ではなく非常に感覚的に発想され、極限まで磨き抜かれた和声です。ダフニスの冒頭数分、あの古代ギリシャのニンフの祭壇の神秘的ですでに官能を漂わせるアトモスフィアは精緻な管弦楽とアカペラの混成四部合唱によるものですが、ピアノで弾いてみると和声の化学作用の強さというものがよくわかります。
そして始まるダフニス、クロエの踊り。醜魁なドルコンに対比させるまでもなくエロティックであり、ちっともロマンティックでもセンチメンタルでもないのです。これはもはや到底ロマン派とは呼べない、でも印象派とも呼べない、ラヴェル的としか表現の術すらない独自の世界であって、誰もまねができない故に音楽史的に後継者が出なかったという点ではモーツァルトと同様です。
おそらくラヴェルが両親、先祖から受け継いだもののうち対極的である二面が彼の中にあって、それは彼を悩ませたかもしれないし人生を決定づけたものかもしれませんが、いずれにせよ両者の強い対立が衝動を生んで弁証法的解決としてあの音楽になった。あれは女性が書いたポルノであり、だから男には異界のエロティシズムであり、しかもそれを彼の男のほうである科学者のように怜悧な理性が脳神経外科医のような精密な手さばきで小説に仕立てた、そういう存在のように思うのです。
「両手の方のピアノ協奏曲」の第二楽章と「マ・メール・ロアの妖精の園」が大好きで、この世に かくも美しい音楽があるのかしらとも思ってしまいます。
まったく同感でございます。木管が入ってくる部分が特にお好きと書かれていますが、音を初めて出すオーボエにいきなりこんな高い音を出させるなんてアブナイですね。この部分は凍りつくほど美しい、ラヴェル好きは落涙の瞬間と思います。「マ・メール・ロアの妖精の園」は愛奏曲で、終わりの方のレードーシラーソードー ソーファーミドーシーソーは涙なくして弾けません。ここの頭にppと書いたラヴェルの言いたいことが痛いほどわかります。しかしこれはみんな女性の方のラヴェルのように思うんですが・・・。
ということで同じ感性の方がおられるんだ、人生孤独ではないと元気づけられました。こんなにニッチなことで人と人とを結び付けられるインターネットの力を感じました。最高にうれしいメールをありがとうございます。
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