Sonar Members Club No.1

カテゴリー: ______ブラームス

ベートーベン ピアノソナタ第29番変ロ長調「ハンマークラヴィール」 作品106

2016 MAY 9 2:02:43 am by 東 賢太郎

このソナタは音楽であるか否かという範疇を突き抜けて、人間の精神が造りだしたあらゆるものでも最高峰のひとつであると思います。

そのような音楽がすぐ楽しめるものではなく、僕は10年はかかりました。現代音楽が耳慣れない音でもって「難しい」のとちがって、音としては奇異でもないのに何がいいのかわからなかったのです。94年にベルリンでポリーニのを聴いたのですが、それでもさっぱりでした。

この曲の第4楽章はベートーベンの讃美者だったワーグナーすら理解できず懐疑的だったそうで、20世紀まで真価は知られなかったという説もあります。僕にとって言葉がそうでしたが、日本語はニュースのアナウンサーが何を言ってるかが突然わかるようになり、英語は留学して3か月ほどして、やはりTVのCMが急に聞き取れるようになったのですが、ハンマークラヴィールソナタはそういう風にある日に急にやってきて、理解した音楽でした。

ひとことでいうと、とてもリッチな音楽です。独奏曲で40分もかかるものは作曲当時はなく、特に長大な第3楽章(アダージョ・ソステヌート)は異例だったでしょう。人間の最高の知性のすべてが結集した様はそれだけで畏敬の念をもよおすもので驚くべき輝きと建築美を放射するのですが、かといって決して無機的ではないのです。あらゆるアミノ酸が溶けこんだスープのようなもので、その養分が聴き手の精神の深いところまで届いて究極の満足感を与えてくれる。そんな曲は世の中にそうはありません。

いまこの曲の譜面を前にした心境は、ローマへ行ってパンテオンや水道橋の精緻な構造を知って感嘆するに似ます。仮にそれらを造った人が目が不自由だったとしてなんのことがありましょう。ハンディに打ち勝ったからそれが優れているのではなく、誰の作であれそれは地球上の工作物として一級品である。ベートーベンにとって聴覚疾患はそういうものです。彼は頭の中で音が聴けたのであり、それでこんな曲が書けた。聞こえたらもっといい曲が書けたわけではないでしょう、なぜならこのソナタ以上のものは想像もつかないし200年近くたっても誰も書いていないからです。

耳の聞こえる僕らはただきいて楽しめばよいのですが、どうしてもそれで済ますことはできない、耳だけではわからない何かがある、だから細部までストラクチャーを研究してみたいという僕の欲求をかりたてるという点でこのソナタは数少ない特別の音楽の一つなのです。だから何年も僕は暇をみてそうしてきており、それを書き残したいのですが膨大な分量になってしまいます。

どうするか考えますが、僕にとってこの曲がかけがえのないもの、オペラなら魔笛、シンフォニーでいえばエロイカに匹敵するものであるということを残せばとりあえず目的は達します。

冒頭です。第1主題は2つの部分からなっています。

hammer

強烈な動機を2回たたきつける。第5交響曲と同じであり、ダダダダーンの直前に休符があったのをご記憶と思います。ここではその休符を、新たに手にした楽器(ハンマークラヴィール)の強靭な低音bが埋めています。この動機は第2楽章スケルツォ主題、および後述する重要な3度下降を含んでいます。

続く部分は p でレガートが支配する女性的なメロディーで第九の喜びの歌を思わせ、同様に見事なバスラインがついています。これが9小節目のフェルマータで止まってしまうのは第6交響曲の冒頭を思わせます。作曲時点で彼は交響曲は8番まで書いていました。ステートメントとしての冒頭動機のぶつけ方は5番より8番に近いです。

この動機はブラームスが自分のピアノソナタ第1番ハ長調の冒頭にそっくり引用しているのは有名で、以前のブログでも紹介しました。

しかし、ブラームスが交響曲第4番の冒頭主題をハンマークラヴィールの第3楽章Adagio sostenutoから引用したのはあまり有名ではないでしょう。誰かが指摘したかもしれませんが僕は知りません。もしなければ東説ということです。

beethPS29

3度下降のブラームス4番主題はソナタの第4楽章にもはっきりと現れますが、既述のように、元をただせばソナタ冒頭動機にすでに3度下降の萌芽は現れています。

ブラームス4番の終楽章はJ.S.バッハのカンタータ第150番、BWV 150, “Nach Dir, Herr, Verlanget Mich” – Meine Tage In Dem Leid の引用であることも、これまた有名です。一聴瞭然であります。

ブラームスは自身の最後の交響曲となるかもしれなかった4番を、第1楽章第1主題にベートーベン、そして終楽章のシャコンヌ主題にJ.S.バッハを引用し、敬愛する先人の延長として位置付けようとしたというのが僕の仮説です。グレン・グールドの第3楽章を聴くと彼もそう考えていたのかと思うほど4番主題を際立たせている(上の楽譜で♭3つになる部分が7分26秒から。7分40秒から4番主題が鳴る。7分55秒からは誰が聴いてもおわかりになるでしょう)。

第2楽章スケルツォは冒頭動機の子供です。コーダで変ロ長調の主音bが半音上のhになり、d-f#(二長調)が闖入し、ついにhに居座ってしまうのは驚きます。B♭→Dの3度転調は第1楽章冒頭主題にも適用されますが、モーツァルト「魔笛」断章(女の奸計に気をつけよ)に書きました通り当時は珍しい転調です。

主音が半音上がるクロージングの例はあまり記憶にありませんが、シューベルトの弦楽五重奏曲 ハ長調D.956の最後の最後でドキッとさせられるc#の闖入ですね、僕はあれを思い起こします。シューベルトがこのソナタを知っていたかどうか、ウィーンの住人でベートーベンの信奉者だった彼が1819年にアリタリアから出版されたこの曲の楽譜を見なかったという想定は困難ではないでしょうか。

第4楽章のコーダでg、a、b、c、dに長3度が乗っかって順次あがっていくなどのベートーベンのプログレッシブな部分はやはりブラームスの第4交響曲終楽章コーダの入りの部分で、またこれは空想になりますが同楽章冒頭ラルゴでのf の4オクターヴの上昇はショパンが第3ソナタの終楽章の冒頭で採用したかもしれません。ショパンはベートーベンの友人フンメルと知己であり、1830年から1年ウィーンに住んでいたのです。

第4楽章の序奏部の最後のあたりで、これについてはどこがどうということはないのですが、僕はいつもブラームスのピアノ協奏曲第1番の響きを思いだしています。彼がこのソナタ冒頭を引用するほど親しんでいたのは事実であり、しかも、クララは事実これを弾いていたのです。PC1番はクララへの愛の曲であり、交響曲第4番は締めくくりの曲だった。ピアノソナタ第1番ほど確信犯的にではなく、ほのかに、しかしクララが聴けば分かるに違いない程度にハンマークラヴィール・ソナタを縫い込んだという想像は、そう的はずれでもないような気がするのですが・・・。

20世紀まで誰も理解できなかったかもしれないこの巨魁なソナタ。しかし数名だけは真価をわかって自作に引用までしたかもしれない。何か不可思議な磁力があるということ、僕如きが主張するより彼らが雄弁に語ってくれていると思います。

では最後に、ハンマークラヴィール・ソナタ全曲を。スビャトスラフ・リヒテルの75年のプラハでのライブです。

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

 

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

クルト・マズアの訃報

2015 DEC 21 1:01:46 am by 東 賢太郎

クルト・マズアさんが亡くなった。クラシックに熱中しはじめた高校時代におなじみの懐かしい名前だ。アズマの反対だけどスペルはMasuaで、ドイツ語ではSを濁ってズと読むことを初めて知った。クラスのクラシック仲間がふざけて僕をケント・マズアと呼んだが、さっき調べたら氏の息子さんはケン・マズアさんだった。

mazua1だからというわけじゃないが、彼のベートーベン交響曲第5番、9番(右)は僕が最初に買った記念すべき第九のレコードとなった。だからこれで第九を記憶したことになる。なぜこれにしたかは覚えてない。ひょっとしてライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(以下LGO)に興味があったかもしれないが、2枚組で3600円と少し安かったのが真相という気もする。

mazur感想は記録がなく不明だが、音は気に入ったと思われる。というのは第九を買った75年12月22日の4日後に同じマズア・LGOのシューマン交響曲第4番を購入しているからだ(右)。大学に入った75年はドイツ音楽を貪欲に吸収していた。5月病を克服した6月に買ったジョージ・セルの1,3番のLPでシューマンを覚え、4番にチャレンジしようと7月に買った同じLGOのコンヴィチュニー盤があまりピンとこなかったのだ。それはフォンタナ・レーベルの詰めこみすぎた冴えない録音のせいだったのだが・・・。ということはシューマン4番もマズアにお世話になったのだろう。

マズアはドイツ人にしてはモーツァルト、シューベルト、ワーグナー、ブルックナー、R・シュトラウス、マーラーのイメージがないのが不思議だ。モーツァルトはシュミットとのP協全集はまあまあ、ブルックナーは4番を持っているがいまひとつだ。東独のオケ事情、レコード会社との契約事情があったかと思われる。

mazurそこで期待したのがブラームスだ。76年録音。ロンドンで盤質の最高に良い79年プレスの蘭フィリップス盤で全集(右)を入手できたのはよかったが、演奏がさっぱりでがっくりきたことだけをよく覚えている。4曲とも目録に記しているレーティングは「無印」だ。当時はまだ耳が子どもで激情型、劇場型のブラームスにくびったけだったからこの反応は仕方ない。とくに音質については当時持っていた安物のオーディオ装置の限界だったのだろうと思う。今年の4月現在の装置で聴きかえしてこう書いているからだ。

ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(9)

mazua2ところでここに「フランクフルトでフィデリオを聴いたが、まさにこの音だった」と書いたが記憶違いだった。プログラム(左)を探したところ、1988年10月3日にロイヤル・フェスティバルホールであり、しかもオケはロンドン・フィルであったので訂正したい。ケント公エドワードご来臨コンサートで英国国歌が演奏されたようだが記憶にない。当時のロンドンでドイツ人指揮者というとテンシュテット、ヨッフム、サバリッシュぐらいでカラヤンが来たのが事件だった。そこに登場したマズアはきっと神々しく見えたんだろう、響きも重くドイツ流ですっかりドイツのファイルにメモリーが飛んでしまっていたようだ。この4年後に言葉もできないのに憧れのドイツに住めたのが今となっては信じ難い。

この記憶はこっちと混線したようだ。

ブルックナー交響曲第7番ホ長調

94年8月28日、フランクフルトのアルテ・オーパー。これがマズア/LGOの生の音だったがこれよりもフィデリオの方がインパクトがあった。

マズアの録音で良いのはメンデルスゾーンとシューマンのSym全集だ。これはLGOというゆかりのオケに負うところもあるが低重心の重厚なサウンドで楽しめる。ブラームスもそうだが、細かいこと抜きにドイツの音に浸ろうという向きにはいい。ベートーベンSym全集はマズアの楽譜バージョン選択の是非と解釈の出来不出来があるが現代にこういうアプローチと音響はもう望めない。一聴の価値がある。

なにせLGOはモーツァルトやベートーベンの存命中からあるオーケストラなのであり、メンデルスゾーンは楽長だったのだ。61才までシェフとして君臨したコンヴィチュニーに比べ70年に43才で就任したマズアはメンゲルベルクと比較されたハイティンクと同じ境遇だったろうと推察する。若僧の「カブキ者」の解釈などオケが素直にのむはずもないのであって、正攻法でのぞむ。それが伝統だという唯一の許されたマーケティング。だからそこには当時のドイツ古典もの演奏の良識が詰まっているのである。

意外にいいのがチャイコフスキーSym全集で、カラヤン盤よりドイツ色濃厚のオケでやるとこうなるのかと目からうろこの名演だ。悲愴はすばらしく1-3番がちゃんと交響曲になっているのも括目だ。ドイツで買ったCDだがとびきり満足度が高い。そしてもうひとつ強力おすすめなのがブルッフSym全集で、シューマン2番の第1楽章などその例なのだが、LGOの内声部にわたって素朴で滋味あふれる音響が完璧に音楽にマッチして、特に最高である3番はこれでないと聴く気がしない。

エミール・ギレリス、ソビエト国立響のベートーベンP協全集は1番の稿に書いたとおりギレリスを聴く演奏ではあるが時々かけてしまう。お好きな方も多いだろう、不思議な磁力のある演奏だ。76年ごろのライブでこれがリアルタイムでFMで流れ、それをカセットに録って擦り切れるほど聴いていた自分がなつかしい。以上。ニューヨークに移ってからの録音が出てこないのは怠慢で聞いていないだけだ。

こうして振り返ると僕のドイツものレパートリー・ビルディングはLGO時代のマズアさんの演奏に大きく依存していたことがわかる。師のひとりといえる。初めて買った第九は、彼との出会いでもあった。75年12月22日のことだったが、それって明日じゃないか。40年も前のだけど。

心からご冥福をお祈りしたい。

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

(こちらをどうぞ)

ベートーベンピアノ協奏曲第1番ハ長調作品15

ベートーベン ピアノ協奏曲第3番ハ短調作品37

メンデルスゾーン交響曲第4番イ長調作品90 「イタリア」

 

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

 

マリナー/N響のブラームス4番を聴く

2015 NOV 26 0:00:30 am by 東 賢太郎

ベトナム出張まえからやや風邪ぎみで今朝はノドがガラガラで酷い声でした。帰国が火曜で一日つぶれたので仕事がたまってしまい、結局昼間は自宅で9時―15時は相場を見て、同時に電話とメールで大詰めに至って神経を使う案件を進めることに。

ところが気がつくとサントリーホールでN響の日でありました。迷いましたが、午後になって少しは体調も回復したしもったいなくもあり、出かけることになりました。そして着席してプログラムを見ると救われました。

 

指揮:ネヴィル・マリナー

ピアノ:ゲアハルト・オピッツ

 モーツァルト/ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491

ブラームス/交響曲 第4番 ホ短調 作品98

 

幸いでした、行って良かった。ピアノはもともとボザール・トリオのメナヘム・プレスラーがモーツァルトの17番を弾く予定だったようで、オピッツに替わって24番になったようです。結果的に短調のまま終わる2曲が、それも最も敬愛する2曲が並んでしまい、両曲とも終楽章が変奏曲というのも不思議なものでした。24番と4番、何か書きたいといつも思っているのですが、怖くてなかなか勇気が出ません。

オピッツはフランクフルト駐在時代にたくさん聴いたおなじみのピアニストです。ケンプの弟子で彼の美音とタッチは継いでますが、僕はベートーベンよりブラームスを評価しています。今日もアンコールに弾いた作品116の第4曲間奏曲は見事でした。

さて24番ですが、この曲はクラリネット入りでフルート以外の木管が2本、トランペットも2本という大編成ですが、旋律線を吹きそうなフルートだけ1本しかなくて副次的、装飾的な役しかなくモーツァルトの音色趣味を伺えます。第2楽章などこの「活躍しなささ」は例外的なほどと思います。

N響の木管は好演でした。大学時代からモーツァルトを教わったマリナーの指揮に注目しましたが、この曲にはややシンフォニックであり、CDになってるブレンデル盤もモラヴェッツ盤も終楽章が速めです。91才の彼がどうなっているか、興味があったのです。

第1,2変奏はCDよりやや遅い。これはいいぞと期待したら、なんとオピッツがオケよりもかなり速めのテンポで第3変奏を弾きはじめました。これはないだろう、びっくりだ。そこからはオピッツのテンポになり、この速度ではどうあがいてもモーツァルトがわざわざハ短調で曲を閉じてまでコーダに込めた重要なメッセージが言い切れません。マリナーが納得してたのか知りませんが、ただの快適なピアノコンチェルトになってしまいました。

オピッツがそう読んでいるということですが、この解釈には全く賛同できません。師匠のケンプはそういう妙なことはしていない。それどころかライトナーの指揮もピアノと波長が合っていて含蓄のある伴奏をしておりオケの音色もうまく録音されていて、ケンプ盤はお薦めできるもののひとつです。

最後のブラームス4番は名演でした。マリナーのブラームス、シューマンは時々家で聴きます。ことさらテンポを煽るでもなく、こってりと歌うでもなく、趣味の良い中庸の美に終始しますがブラームスのスコアはそれでうまく鳴るようにできていて、近頃はこういうのが好みです。第1楽章は全12音の長短調和音がちりばめられており、リズムは精巧に組み立てられており、終楽章冒頭の音を割るホルン、くぐもった低音部にまで下がるソロフルートなど音色の工夫にも満ちている。

つまり立派なスコアなんだから余計なことをしてくれなくてもいいよという気分です。もう40年もかけてなん百種類も聴いてきて、ごてごて意匠を尽くしたり張りきって悲劇性を盛り上げたりする演出には僕はあきあきしているのです。異様に頑張っていたブロムシュテットのように老境の情熱をブラームスの老いらくに託さない趣味が大変結構です。マリナーは昔からそういう誇張をしない傾向の人でしたが、ドイツものに本領発揮できる老い方をしましたね。彼のブラームス、ひょっとしてこれが最後かもしれないがいい4番を聴けて幸せでした。

(こちらもどうぞ)

アントン・ナヌートのブラームス4番

 

 

 

 
Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

 

嬉野温泉スパイ事件の謎

2015 SEP 13 22:22:57 pm by 東 賢太郎

先週末は雨とコンサートでジョギングできませんでした。2週空いてはまずいので今日はまた二子まで10km。けっこう調子が良くてついに初めて1時間を切りました(57分)。

阿曾さんたちにそれならハーフマラソンはいけるいけるとけしかけられたのと、もう一つ佐賀の嬉野温泉へ行った時に按摩(あんま)さんに「筋肉は50才ぐらい」とおだてられたのが効いてますね、たぶん。

この嬉野(うれしの)という所は福岡空港からだと高速バス(九州号長崎行き)で諫早方面に1時間半ほどです。地図で見るほど遠い感じはしません。福岡空港発11:02に乗って筑紫平野を下り、筑紫野、基山を通って12:36に嬉野バスセンターで降ります。

「まめ多」の降旗女将にいい旅館があるよと教わっていて、昭和天皇が泊まった和多屋というのですがそれは満員でした。そこで和楽園さんという旅館に1泊しましたが良かったです。

湯質は無色透明ながらぬめりがあります。傷を負った鶴がこの温泉で治るのを見た神功皇后が「あなうれしや」といったのが名称の語源だそうだから、日本書紀の時代から知られていたということです。和銅七年(714年)に記された肥前国風土記に名前が出てくるそうです。

「シーボルトの湯」というのがあります。

 

シーボルト_川原慶賀筆フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(1796年 – 1866年)がここに長崎から何度か来ていた。彼はオランダ人と偽って出島に入ったがドイツ人であり、出身地はヴュルツブルグです。思えば僕はフランクフルト駐在当時、友人とよく車でヴュルツブルグの劇場にオペラを聴きに行ってました。

フランクフルトを流れるマイン川は、ワーグナーの聖地バイロイトあたりに源流を発して、長躯バンベルグ、ヴュルツブルグを流れてフランクフルト・アム・マインに来ます。そしてマインツでライン川に合流するのです。そういえばシーボルトの従兄弟の娘に当たるアガーテ・フォン・ジーボルト(1835年 – 1909年)は、あのブラームスの婚約者であったっけ!

 

どんどんパズルのピースがつながっていきます。

 

あそこから長崎に、そしてこの嬉野温泉に来ていた。彼はプロイセンのスパイだったという説もあり、幕府禁制の日本地図を持ち出そうとしたことで国外追放処分となるのです(1828年、シーボルト事件)。このとき、丸山町遊女であった瀧との間に生まれた娘(日本人女性で初の産科医となった楠本イネ)を残して去ったのはどこか「蝶々夫人」を思わせます。

イネは大村益次郎に恋した人であり、京都で襲撃された彼を看護しその最期を看取っている(司馬遼太郎「花神」)、また、吉村昭の「ふぉん・しいほるとの娘」の主人公にもなっています。彼女の美しい娘が宇宙戦艦ヤマトのスターシャのモデルらしいというのも知りませんでした。

そこで、もうひとつ、思い出した。「シーボルトの湯」の目の前の橋のたもとにあった「大村屋」という旅館の跡に、こういう来歴が書いてあって、なんとなく写真を撮っていたのです。

 

伊能忠敬!!

そうか、幕府禁制の日本地図を役人の目が光る長崎・出島で受け取るのはあまりに危険である。温泉で湯治すると偽装して、ここで入手したんじゃないか??

 

まあ大昔の犯罪だしもうどーでもいいですけどね。

このことは実はさっき気がついたんで、当日は中村兄と来ていたんですが仕事で疲れてぼーっとしていて、名物の豆腐を食べてなんにも考えてませんでした・・・。母方の出身地が諫早なもんで、どのへんかなと旅館で尋ねたら、車で30分ですよ近いですよなんてことも知った。

ぎすぎすした東京からくると、人当たりがやわらかくてどこかほっこりしてて、安らぎました。いいところでした。また行くことになると思います。

 

(追記)

嬉野で撮った一枚に故・中村兄の後姿があった。昨日のことのようだ。

 

(こちらへどうぞ)

あれからもう一年か・・・

わが温泉考 (Splendid hot springs in Japan !)

戦争の謝罪をすべし、ただし日本史を広めるべし(追記あり)

 

 

 

 

 

 

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

ブラームス ヴァイオリンソナタ第1番ト長調作品78「雨の歌」

2015 AUG 7 1:01:55 am by 東 賢太郎

今日はかねてより進行中である大きめの案件の打ち合わせでした。場所が築地だったので帰りぎわ晴海通りをぶらぶら歩くと歌舞伎座が八月納涼歌舞伎の初日のようでした。

起業を決心して以来5年間夏休みなしで働いてきたので来週はすこしだけゆっくりしたいと思います。

Woertherseeこういう時に聴きたい曲の筆頭にあるのがブラームスのヴァイオリンソナタ第1番ト長調作品78「雨の歌」なんですね。1879年にオーストリアのヴェルター湖畔ペルチャハ(上)で完成した曲です。ペルチャハといえば交響曲第2番、ヴァイオリン協奏曲という二つのニ長調を書いた地でもあり、このソナタも二音を属音にもつト長調で書かれました。そこについての私見はこれをご覧ください。

  クラシック徒然草-ブラームスの「ペルチャッハの二音」-

グスタフ・マーラーもこのヴェルター湖畔で交響曲第5-8番、リュッケルトの詩による5つの歌曲集、なき子をしのぶ歌を書いています。

スイスやオーストリアの夏は本当にすばらしい。欧州の景勝地はほとんど行きましたが、夏休みに家族旅行したトゥーン湖、グムンデン、ザルツカンマーグートの景色や空気は一生忘れません。ロジャー・ハマースタインの名作ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」のあの雰囲気というのはそのあたりの空気を胸いっぱい吸い込むとわかりますから、お好きな方はぜひ夏休みに行ってみて下さい。

ソナタ1番の出だし。この幸福感は何なんでしょう。これを聴いて心に生きる喜びが満ちあふれるのは僕だけではないでしょう。

bra vs11

この冒頭のタッタターは第3楽章の冒頭の主題に由来したもので、その主題は”Regenlied(雨の歌)”作品59の3という彼の歌曲から来ています。この歌はクララ・シューマンのお気に入りだったというインティメートな作曲動機があります。これを引用することでブラームスはクララへのラブレターとした。しかしそれはもの悲しい短調ですからね、これは僕の空想ですが、それを長調の喜びに置きかえて作ったのが第1楽章であり、冒頭のタッタターが秘密の合鍵です。そこに思いっきり「愛してる」 と綴った。合鍵によってクララも気がつくのです。そして、より重要なメッセージがやってくる。曲はだんだん暗くて満たされないものをたたえ始めひっそりと終っていく。相手は人妻です。この想いは満たされませんよね?そういう屈折した複雑な心理を盛りこんでクララに聴かせているように思います。ブラームスという人はなかなか直球を投げないのです。シャイであるのか、自分の感情を露骨に吐露するのをいつも回避します。それがいつも全開であるワーグナーとは気が合わないのも道理です。

ではまず、その「雨の歌」からお聴き下さい。ソナタはこの雨の日の翳りが第3楽章にやってきて、曲を閉じていくのです。

そういう解釈をすると第1楽章は「愛してる」が全開であっていい、むしろそうでなくてはならない。変化球を投げているのであからさまにそうとは思われないだろう。だからブラームスが書いたすべての曲で、この楽章ほどのびのびと人妻クララへの恋情を吐露できたものはないし、もしあるとすれば、僕の頭に浮かぶのは交響曲第1番終楽章のアルペンホルンによるラヴレターの部分しかありません。

ブラームスが書いた旋律の中でもおそらく最も至福に満ちたすばらしい第2主題を一度でもお聴きいただけば、僕の想像がそう的はずれでもないとご納得いただけるのではないでしょうか?

bra vs1

僕は憧れと期待のサブドミナントに満ちたこの名旋律を聴くたび、生きてるってなんて楽しいことだろう、なんて希望に満ちたことだろうと胸に迫るものを感じるのです。

第2楽章アダージョは主調の3度下の変ホ長調ですがピアノに激した音型が現れすぐ短調に変わります。第1楽章の何も邪魔するもののない晴れやかな幸福感は途切れます。ヴァイオリンが6度のブラームス的な音程の旋律で何かを訴えますが最後は満たされぬ諦めのように幕を閉じます。牧歌的でもあり宗教的ななぐさめも感じます。

第3楽章は雨の歌の寂しげなト短調が支配しますが、中間に至って変ホ長調となり注目すべきパッセージが現れます。この楽譜の真ん中の小節です。

bra vs12これは交響曲第1番ハ短調作品68の第3楽章に現れるパッセージであることにお気づきでしょうか。先に述べましたがソナタ1番の2年前に書いたこの交響曲も終楽章の朗々と響きわたるホルンが、スイスアルプスの高嶺からクララに向けたラブレターだったことは楽譜への添え書きから明白です。このころ、ブラームスは熱かった。そして彼の理性はこれを引用することでソナタがラヴレターである秘密をそっと明かしています。

名曲ですから名演がたくさんありますが、ヨーゼフ・スークのヴァイオリンとジュリアス・カッチェンの演奏はいいですね。スークのストイックで格調の高い音はすっと胸にしみ込んできますが情熱も秘めていて、第1楽章第2主題の歌への想いなどまさにこれというもの。ブラームスの名手として高名なカッチェンの伴奏も耳を澄ますしかありません。

 

これもいいんです。僕がよく取り出すCDです。

クリスチャン・フェラス(Vn) / ピエール・バルビゼ(Pf)

4988005242716カラヤンが評価して重用したフェラスでしたが心を病み82年に自宅アパートの10階から投身自殺しました。僕は彼のやや細身ながら気品と色気あるヴァイオリンが好きで、生きていれば欧米でライブを真っ先に聴きたかったのにと残念でなりません。ピアノのバルビゼも気になっている存在で、モーツァルトを弾ける希少なピアニストの一人です。フランス人のデュオですが第1楽章のパッションなど大変すばらしく、この名曲に新しい光を当てています。ぜひお聴きいただきたいと思います。

 

(こちらへどうぞ)

ブラームス ピアノ協奏曲第1番ニ短調作品15(原題・ブラームスはマザコンか)

 

 

 
Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

ブラームス ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品77

2015 JUL 25 1:01:31 am by 東 賢太郎

JohannesBrahmsミクロネシアの見事な夕焼けに感じるクラシック音楽というとこれです。古今東西のヴァイオリン協奏曲の最高峰を争う、そして僕が最も愛するクラシックの最右翼にあるヨハネス・ブラームスのニ長調作品77であります。

ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品83とこの曲は血肉と化していて僕に「レ(d)の音」といわれればこのコンチェルトの曲頭のヴィオラ、チェロ、ファゴットのユニゾンのレが自動的に出てくるのです。「知」でも「好」ではなく「楽」でもなく、「愛」であって、生きてきた証しであって、これなしで人生これから生きていけと言われても圧倒的に困る。

この天下の名曲にはイタリア旅行の影響で書かれたとか、ヨアヒムの助言を受けたとかベートーベンの影響があるとかないとか、ウンチク話がたくさんあります。ご興味がある方はWikipediaをご覧ください。僕個人は楽譜だけで充分、こんな素晴らしい音楽を前にして、それが南極で書かれようと誰の真似だろうと問題でありません。

そう書いてしまうとこれもどうでもいいことなんですが、僕が夕焼けを感じる部分。それは第1楽章カデンツァのあと、tranquillo(静かに)からヴァイオリンが曲頭の第1主題をpでひっそりと奏でるところです。ここはどうしてもオーケストラ譜で見て欲しい。Soloとある段がヴァイオリン独奏ですよ。

bra vc

伴奏は全楽器ppであってpの独奏だけ目立つようになってます。思えば当たり前のことですがマーラー同様に指揮者を信用してませんね(笑)。初めの6小節はヴァイオリンⅠ・Ⅱとヴィオラが対位法的にロマン的な和声を紡ぎますが、チェロがどっしりとdでバスを支えニ長調の引力圏内をふらふらしています。

すると7小節目でバスがcに下がります。荘厳な日暮れです。雲がオレンジ色に染まっていきます。まだ二長調。ここからです。Bm7→G→E7・9sus4→E7という天国の和声(これはメンデルスゾーンの協奏曲の第3楽章へのブリッジの部分の和声である)にのってソロが紅色の空をふんわりふんわり舞うような、この世のものと思えぬ恍惚とした歌を奏でるのです(第12小節まで)。

すると和声は夢の旅を終えてA7(ドミナント)というニ長調引力圏に戻りますが、ソロは恍惚の快感冷めやらずド、シ、ラ、ソとふわふわ、ゆっくりと降りてくる。ブラームスはすかさずここにespressivo(感情こめてね)と書きこんでいる。ニクイですねえ。和声の方もD(トニック)に落ち着くとみせかけてD7だ、えっ、また寄り道ですか?そこで感じきっているソロはいやいやするみたいにくねくね降りはじめます。

ここで凄いことがおきていて、下段の最後から3小節目、オーボエのドに対してくねくねのソロが短2度でぶつかるシに行っちゃいます。こんな高い音の短2度はかなり耳障りですが、もう聴いてる方もメロメロで誰も不協和音だなんて気がつかないんですね。なんて見事な音楽だろう!指揮者に任せ切らんという超細かいブラームスが筆の勢いでなんてあり得ません。みんなのメロメロ具合まで計算した確信犯、プロの技と思われます。

さて、これもどうでもいいんですが、この夕焼け、不謹慎ながらきれいな女性ヴァイオリニストが弾くとなんともはやエロティックであり、ここでの彼女たちの表情を見ているだけでこっちまで恍惚としてくるので困ります。たとえば庄司紗矢香さん。消されるかもしれませんがとりあえず。22分58秒からが楽譜の部分です。

あっぱれです。庄司さん、ここをあなたほど見事に弾いたの聴いたことありません。指揮者ギルバートに嫉妬すら覚えますな。これは日本人が世界に誇れる最高のブラームスです。作曲者が聴いたら喜んだのではないでしょうか。

第2楽章は息の長い魅力的な旋律をオーボエが奏でます。オーボエという楽器はハモリは同族内が多くてただでさえソロで出ると目立つのにこりゃないだろ、オーボエ協奏曲かこれはといったかどうか知りませんが、楽譜をもらったサラサーテはこの曲を弾かなかったそうです。

第3楽章のミーファファソミーはブルッフの協奏曲第1番の終楽章(ミーミファミー・・・)のパクリと取られかねないですね。そうであっても仕方ないほどブルッフの1番は名曲だと僕は肯定的に考えてます。ブルッフの第1楽章の冒頭主題再現手前のカッコよさはブラームスのこの楽章の主題再現の手前と、音は似てないが共通の造りを感じます。

おすすめの録音ですが、大名曲ですからいくらでも優れた演奏があります。i-tunesでBrahms violin concertoと入れるとたくさん出てきますので有名なヴァイオリニストのをどれでも気軽にお聴きになればと思います。ここではあまり知られてない僕のお気に入りをご紹介しておきましょう。

 

コンスタンティ・クルカ(Vn) / ヴィトルド・ロヴィツキ / ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団 (1976年、ライブ)

 

kulkaこの曲の最高の演奏の一つです。ポーランドの誇る名手クルカのヴァイオリンの松脂が飛んできそうな生命力、ロヴィツキのはらわたをえぐるような彫りが深く生々しいオケのドライブ。この気合の入りようは何なんだという一期一会のライブであり、第2楽章はクルカが歌いこむあまり音程やボウイングが一部怪しいなど決して技術的には完成度は高くないのですが、音楽ってそういうもんじゃないのよねという好例です。ロヴィツキは僕が敬愛する指揮者で、彼のブラームスは心にひびきます。こういう演奏がもう聴けなくなりましたね、ホールでも録音でもスーパーの形のそろった一見きれいなF1野菜ばっかりで。この野生の固定種野菜は格別な香りを放っています。i-tunesで買えます。

 

ブリギッテ・ラング(Vn) / ウエルナー・シュティーフェル/ バーデン・バーデン・フィルハーモニー管弦楽団  (2002年11月1日ライブ)

Cover_lionこれは知られていない録音でしょう。バーデン・バーデン・ライオンズクラブ主催第5回カールフレッシュ・コンクール優勝者の記念演奏会の録音です。バーデン・バーデン・クアハウスのヴァインブレナー・ザールでの当地オケの録音と聴いて涎が出るならブラームス通でしょう。僕はこの温泉街が大好きで、フランクフルト時代に家族で2回逗留しました。ホテルの展示会で買った2幅の油絵は家宝になってます。リヒテンタールのブラームス・ハウスは強く印象に残り、今の自宅はそれと似た立地に似た風情で建てました。さて、スイスのヴァイオリニスト、ラングの演奏ですが、実にいいんです。大家に聴き劣りすることはありません。とにかく肩に力が入らず自然体。ドイツのローカルな演奏会で当たり前にやっている正統派「ドイツ語のブラームス」です。フランクフルトに3年、チューリヒに2年半暮らして、英語のブラームスはいらんなという感じだから僕の感性にぴったりで、聴いていてこれほど疲れない演奏もありません。そしてオケです。もう最高のブラームスの音だ。ソロもオケもごりごり、びしびし弾きまくってブラヴォー!なんてみっともなくもはしたないことは一切おきず、ブラームスの書いたとおりに鳴って、満足感にあふれた人肌を感じる拍手が暖かく包む。ヨーロッパです。シモーネ・ヤンドルのヴィオラ・ソナタ1番もこれぞブラームスで、こういうのが広く評価されない音楽界はまったくおかしい。このCDは強くお薦めしたい。i-tunesで1500円で買えます。ブリギッテさん、がんばってね。

 

ダヴィッド・オイストラフ/ オットー・クレンペラー/フランス国立放送管弦楽団

61Q4DQLhyzL誰でも知ってる演奏からひとつとなると迷いますが今はこれに食指が動きます。オイストラフという人はとにかくヴァイオリンがうまい。こんなに弾かれたら他の人がかわいそうというほど。彼のCDは数種あってどれも同様にうまいからどれでもいいんですが、これにしたのは何といってもクレンペラー先生の大指揮によるものです。セルが伴奏したのもあり大変立派な合奏なんですが、はっきりいってつまらない。ピアノ的感性なんでピアノ協奏曲には合ったのですが、こちらにはカチッと来すぎて遊びがない。クレンペラーは大河のようなゆるぎない足取りで、これぞ横綱相撲の風格です。フランスのオケでヴァイオリンがまずい、というか下手くそであり、ブラームスになってないのがこの盤の最大の欠点なのですが、ソロもオケも巻き込んでがっちり統率し、聴いてるこっちも知らず知らず統率されてしまう。終わってみると、うーん、いいブラームスだったとうならせてくれる。万事きれいで完璧というカラヤンとは対極で、アラもあるが我が道を譲らない頑固親父の独壇場。今や絶滅した貴重な世界を味わって下さい。

 

(こちらへどうぞ)

ブラームス ピアノ協奏曲第1番ニ短調作品15(原題・ブラームスはマザコンか)

 

 

 

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

僕が聴いた名演奏家たち(ルドルフ・フィルクシュニー)

2015 JUN 24 22:22:25 pm by 東 賢太郎

Firkusny

ルドルフ・フィルクシュニー (1912-94)はチェコを代表する名ピアニストです。日本ではフィルクスニー(ドイツ語)で知られますが、チェコ語はフィルクシュニーです。あまりご存じない方が多いでしょう。ぜひこれを機に知ってください。彼は、全ピアニストのうち僕が最も好きなひとりであります。

1978年、大学4年の夏休みに1か月ほどバッファロー大学のサマーコースに参加しました。いわゆる語学留学というやつで、本来こんなのは留学とはいいません、ただの遊びです。それでも2度目のアメリカ、初めての東海岸は刺激に満ちていました。

ボストンからサラトガスプリングズを経て、ボストン交響楽団がボストン・ポップスとしてサマーコンサートをやるタングル・ウッドへ。そこで幸いにも小澤征爾さんが振ってルドルフ・フィルクシュニーがソリストのコンサートを聴けました。

芝生にねころんで聴いたモーツァルトのピアノ協奏曲第24番。調律が悪いにもかかわらず、アメリカンなあけっぴろげムードにもかかわらず、きっちり覚えてます。オケだけのプログラム後半は何やったかも忘れてしまったのに。当時から24番は好きだったようでもあり、この演奏でそうなったかもしれません。これがこのブログに書いたコンサートでした。 クラシック徒然草-小澤征爾さんの思い出-

フィルクシュニーは有名なシンフォニエッタを書いたヤナーチェックの弟子というより子供のようにかわいがられた人です。ルドルフ・フィルクスニー – Wikipedia こうして彼のライブを聴けたというのは間接的にではあっても音楽史というものとすこし濃い時間を共有できたような、ありがたい気持ちがいたします。

ライブの24番がそうでしたが、彼のモーツァルトは短調と共振します。幻想曲ハ短調K.475をお聴き下さい。この曲にこれ以上のものを僕は探す気もありません。ここには魔笛とシューベルトの未完成が出てくるのにお気づきですか?

彼がコンチェルトの20番、24番はもちろん、ブログに既述のような深いものを孕んだ25番を愛奏したのはいわば当然の嗜好と思われます。20,24,25!もうこれだけで何が要りましょう。いま書いた6つの傑作。フィルクシュニーは全音楽の座標軸でこの6曲がある「そこ」に位置している音楽家なのです。そうして「そこ」こそが僕が最も共振する場所でもある。このピアニストを尊敬し、彼の録音を愛好するのは鳴っている音ではなく、人間としての相性だと感じます。

そして冬の澄んだ空のような透明なタッチが叙情と完璧にマッチしたブラームスの協奏曲第1番!名手並み居るこの曲の最高の名演の一つであります。

フィルクシュニーのタッチがフランス物に好適でもあるのはピアノ好きには自明でしょう。僕なりに長らくピアノと格闘していまだ自嘲気味の結果しか得ていないドビッシーの「ベルガマスク組曲」。フランス的ではなく東ヨーロッパの感性です。この「メヌエット」の音の綾のほぐし方、オーケストラのような聴感!技巧でどうだとうならせる現代の演奏とは一線を画した格調!「パスピエ」の節度あるペダル、そして感じ切った和声の出し方!チッコリーニとは対極ですが、どちらも多くのことを教えてくれます。

そして最後にこれをご紹介しないわけには参りません。師であるヤナーチェックの「草かげの小径」です。この録音は、音楽を長年かけて内面化しきった人でなければ聴かせようのない至福の時間を約束する演奏の典型です。夭折した娘を送る曲なのですが悲哀はあまり表に立たず、かえってやさしさがあふれることで純化した哀悼の精神をたたえています。美しい和声とヤナーチェック一流の語法で彩られた傑作中の傑作です。フィルクシュニーの表現はスタンダード、珠玉の名品などという月並みな美辞麗句を超越した美としてどこを聴いても耳をそばだてるしかないもの。価値が色褪せることは永遠にないでしょう。

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(9)

2015 APR 23 23:23:38 pm by 東 賢太郎

ブラームス2番の聴き比べ、これで9稿目、最終回になります。

 

エドリアン・ボールト /  ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

MI000105685987年ごろロンドンでLP全集を買ったが、あんまり印象はよろしくなかった。その理由はこうしてハイティンクの後にきいてみるとわかる。ACOに比べてしまうとオケに全然魅力がない。いま聴き直すとボールトの曲への愛情とオケへのグリップがわかるし、速めのテンポですいすい行く枯淡の境地は男らしくて好ましいのだがヴァイオリン、チェロのパート音程の不揃いがどうしても気になる。第3楽章の中間部のアンサンブルも雑だ。要はLPOの弦が下手くそであって、それではいいブラームスになりようもない。ボールトにはウイーン・フィルを指揮して欲しかった。バルビローリよりずっといい全集になっていただろう。(総合点 : 3)

 

クラウディオ・アバド /  ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

51GTk5DBhXL95年3月10日、フランクフルトのアルテ・オーパーでドイツ銀行の創立125年記念式典が行われノムラ・ドイツ社長として招かれた。もうあれから20年になるのか・・・。昨日のように覚えているが、コール首相と頭取がスピーチし、式の掉尾を飾るべく舞台に現れたのがアバドとベルリン・フィルであったから究極の贅沢だった。ドイツ赴任の幸運をかみしめたがその2か月後にチューリッヒに異動になりこれがドイツへのお別れにもなってしまった。その演目がブラームスの2番であった。選んだのがアバドなのかドイツ銀行の企画室なのか、なんとも素敵な選曲ではないか。それはうららかな春の息吹のように始まり、堂々たる巨人の歩みのコーダで閉じた。アッチェレランドせず最後の和音を長く響かせたのもこのCDと同じだ。この演奏、どうしても私情が入ってしまう。内容をあれこれするのは控えたい。

 

エドゥアルド・べイヌム /  アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 

697べイヌムは後輩ハイティンクより筋肉質で曲の核心に切り込む指揮をした。それがよくわかるのはブルックナーだがこのブラームス全集も例外でない。1番が有名だが2番も一切無駄のない見事なものでこれがベートーベンにつながる音楽だということを明確にしている。第1楽章の展開部の起伏は本当に素晴らしい。その分中間楽章のロマン性はやや後退するがACOの管楽器の純音楽的な美は捨てがたい。終楽章はやや弦のアンサンブルが弱いが主張は強い。(総合点 : 3)

エルネスト・アンセルメ /  スイス・ロマンド管弦楽団

4109041128怖いもの見たさ?で買ったCDだ(06年、写真とは違うジャケット)。ところが冒頭のテンポは普通で木管もホルンも違和感なく、オーボエが「おふらんす」な以外はマリ盤のように絶句するものはひとつもない。弦はLPOといい勝負。アンセルメが連れて来日したSROはレコードより下手だったという説が流れたが、この2番をきく限りレコードでも下手だ。トロンボーンの和音は危なく、第2楽章は今の日本の大学オケ未満だ。ハイドン変奏曲の木管のユニゾンの音程などプロとは信じられないほどひどいもので、チェリビダッケやセルのような指揮者だったらその場で奏者を解雇したんじゃないかというレベルだ。アンセルメがそういうのを許容する人だったのか部下がかわいかったのかその程度のスタンスで制作された録音だったのか。終楽章はそこそこ速めで入るがコーダはトロンボーンがとちらない安全なテンポに抑えたのかなという感じもある。アンセルメは同じDeccaにも起用されたモントゥーを強くライバル視していたそうだが、ドイツものを振るのはその意味でも大事だったのだろう。(総合点 : 1.5)

 

ネーメ・ヤルヴィ /  モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団(22Apr1966、ライブ)

jarvi父ヤルヴィの若かりし頃のモスクワ音楽院での録音。98年ごろ香港で買ったCDだ。共産時代にソ連でブラームスがどう鳴っていたかを知る興味深い音源だが、ホルンの音色を除けば下記のオイストラフ盤ほど違和感はなく、ティンパニを強打してメリハリをつけるなど若さを感じる部分はあるが、 オケのコントロールは万全で辣腕であったことがわかる。MPOの弦は独特の光沢があって優秀だが管のピッチは第3楽章など不安定である。かなり硬派だが中間楽章のロマンも欠いていない。(総合点 : 3)

 

ユージン・オーマンディ /  フィラデルフィア管弦楽団

ormandyこのコンビのブラームスというとのっけから馬鹿にしてる人もおられるだろう。僕のCD(写真)は97年にスイスで買ったオランダプレスで悪くなく、2年間このオケを眼前できいて耳に焼きついている特徴がよく確認できる。特に松脂が飛ぶ強靭な弓使いによる弦の驚異的合奏力だ。このオケは管の華麗さばかりが著名だが、当時の弦は巨大な室内楽という印象だった。ブルックナー8番を振り終えたスクロヴァチェフスキーを楽屋に訪ねたらやはり弦の強さと優秀さを強調していて意外に思ったのを覚えている。第1楽章第2主題や第2楽章チェロセクションの大きなうねりの歌、第3楽章のフレージングはブラームスの節度を超える観もあるが大方の聴き手の先入観を覆すだろう。オーマンディーが2番に何を見ていたかを雄弁に物語る。終楽章のテンポもやや遅めの部類で弦合奏優位であり、ブラームス演奏においてまったく正攻法である。トランペットの音色がやや明るいものの管楽器全体の技術的安定度は盤石で、ラストの第1トロンボーンの上手さなど敬服するしかない。コーダまでほぼインテンポであり、安っぽいアッチェレランドの誘惑など一顧だにしていないまことに堂々たる立派なブラームスである。(総合点 : 4.5)

 

ユージン・オーマンディ /  サンフランシスコ交響楽団

こちらは僕が米国留学中にフィラデルフィアのFM放送を1984年4月11日にカセット録音したもの。オーマンディーはこの翌年3月に亡くなったから最晩年の貴重な音源となってしまった。このコンサートは前半にドビッシーの「牧神」と「海」が演奏され、それらも名演でyoutubeにアップロードしてあるのでお聴きいただきたい。これをフィラデルフィアでやってほしかったが、アカデミー・オブ・ミュージックの音響では演奏はこうはならなかっただろう。SFSOの本拠Davies Symphony Hallのほうがずっとましであり、そこでこの録音が残ったのは僕を含め後世のクラシックファンには福音になったのではないだろうか。悠揚迫らざる大河のようなテンポが揺るぎなく、オーマンディーの人柄がにじみ出るような優しく温かいブラームスだ。それにふさわしい2番を選んだのも彼らしく、枯れてはいない幸福な老境を思わせる。コーダについても上記正規盤のコメントそのままが当てはまる、世俗の甘さやチープな興奮などまったく目もくれぬ骨太の堂々たる終結だ。CBSのキンキンドンシャリの録音で日本では彼は色モノ、ショーマンのようにイメージづくりされてしまったがとんでもない、スコアの本質を最高のバランスで提示する本格派のシェフ、マエストロであった。

 

エドゥアルド・リンデンバーグ /  北西ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団

809274987969僕の記憶違いでなければこの演奏は70年代に廉価盤(テイチクのLP?)で銀色のジャケットで市場に出ていた。食指が動いたがカネがない時で逡巡していたら廃盤になってしまい悔しかった思い出がある。03年にCDを見つけ勇躍して聴いてみるといかにもドイツの地方都市のホールで日常にやっている雰囲気の演奏だ。個人的にはノスタルジックな気持ちにひたれるが、こういうのがいいかどうか言葉がみつからない。オケははっきりいって二流であり、指揮も垢抜けず大まか。アンサンブルの細部に神経が行ったなと思う瞬間はほぼ皆無であり鳴りっぱなしの声部も多い。千円廉価盤には後になってどうしてという名演があったものだが、これは見事にそれなりだ。しかし食べ物もB級、時にはC級グルメである僕はこういうのが嫌いでない。ベトナムの屋台でおばちゃんに具は全部入れてねと注文して出てくるアバウトなフォーを食べてる感じだ。(総合点 :  1)

 

クルト・マズア /  ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

mazurロンドン時代に買ったオランダ・フィリップス盤(LP)で、弦楽器の音が格別に素晴らしい。CDは知らないがヴァイオリンのG線、ヴィオラ、チェロのハイトーンが織りなす中声部のくすんだ響きの魅力はあらゆる2番録音でも最高クラスである。このコンビでフランクフルトでフィデリオを聴いたが、まさにこの音だった。これぞブラームスの音であり、ひたるともうそれだけで他に何がいるかと思ってしまう。マズアの解釈は凡庸で前回のノイマン同様一般の評判を取り得るものではないが、僕は逆に何もしていないのでオケの魅力だけを堪能できることに感謝だ。終楽章も遅めのテンポで進みながら最後だけあおる、こういうのは全く余計だがそこまでに十分楽しんでいるので無視しよう。(総合点 :  3)

 

ゲルト・アルブレヒト /  ハンブルグ国立フィルハーモニー管弦楽団 (Jan97、ライブ)

albrechtアルブレヒトがVPOを振ったシューマン2番のライブが78年ごろFMで放送され、これが大変な名演で衝撃を受けた。カセットに録音して何度も聴き、同曲にのめりこんでしまった。05年3月13日には彼が読響を振ったブラームス2番を芸劇で聴いたがそれも筋肉質でメリハリがあり、あのシューマンの質感をそなえた名演であった。このCDはスイスで97年に買ったもの。ハンブルグのライブ音源で録音のせいか弦がやや薄いが低音を若干補強すればブラームスにふさわしい音が聴ける。演奏の勢いはアルブレヒトのものだ。コーダの安直な興奮を誘うテンポの問題もなく、ストレートで硬派のブラームスが堪能できる。(総合点:  4)

 

ダヴィッド・オイストラフ  /  ソビエト国立交響楽団 (20Dec68、ライブ)

oistrakh大ヴァイオリニストの指揮。ホルン、オーボエ、トランペット、トロンボーンがロシア丸出しの音色で異色であり、特にホルンは第1楽章の最後のソロなどこれでブラームスといわれると厳しい領域にある。第2楽章のヴァイオリンのヴィヴラートは妖艶なほど過激だ。彼の作品への愛情はよくわかったが、お国によって愛情表現というものは甚だしく違うものだ。同じロシアのオケでやったヤルヴィと比べるとオケはばらばらで素人の指揮であり、まったく楽しめないが終楽章のテンポ設定はまともで面目躍如という所だ。(総合点 : 1)

 

トーヴェ・レンスコウ、ロドルフォ・ラムビアス (ピアノ)

71Y3SV-giZL__SY450_ブラームスによる2台ピアノ版とあるが終楽章に弾かれていない3連符があり、正確なところはよくわからない。スコアを見ながらじっくり聴いた。住みなれた我が家の建築時の精密な図面を見るようだ。これをさらに自分で弾いてみた二手版と比べてみる(これはさすがに録音がない)。家の梁など骨格ができ、基礎工事が済んだ状態が二手版。それにガラス窓や内外壁やフローリングが施され家らしくなったのがこれだ。そしてこれに家具や壁紙や空調などが完備し、オシャレなシャンデリアが入ったものが管弦楽の完成版というところだ。2台ピアノ版で充分「住める」という印象で、ブラームスの図面は実にmeticulousに書かれているものだから、彼がどこに重点を置いて「基礎工事」を「住宅」に、「住居」を「邸宅」に仕上げたかがよくわかる。ベートーベンの交響曲は基礎工事で充分に住め、そこから一気に邸宅に仕上がった観があるが、ブラームスは「住宅」にしたこと自体で大きな付加価値が加わっており、その段階で豪邸として売りにだしていいぐらい完成度も高い。このことは彼の作曲プロセスと楽器編成の選択の関係という重要なテーマの解明にヒントを与えるものだ。このCDは演奏として特にどうということはないが、スコアをプロフェッショナルに音化しているということで充分に聴く価値があると思う。マニア向け。(総合点 :  3)

 

エピローグ

以上、いかがでしたでしょう?フリッチャイ/VPO盤とカルロス・クライバー/BPO盤についてはすでに別稿に書いておりますので、それを含めてブラームス交響曲第2番について僕の想いや思い出をまじえ64種類のCDにつき拙文を陳列させていただきました。これで僕が持ってる2番の半分強というところですが最近の若い指揮者のはあんまりもってません。

埃にまみれた40年来のLPやCDを眺めてみると、我ながらずいぶんと酔狂なものでカネにもならんことを長年やってきたものだと思います。でもカネにまつわる商売をしてますとカネにならんことをどれだけマジメにやれたかが人生大事な気がしていまして、ますますこういう無価値なことを思いっきりやってやろうとむくむくとファイトがわいて来ます。

64回たてつづけに聴いたおかげで2番という曲がちょっとはわかりかけてきました。でも今回なにより驚いているのは、聞けば聞くほどますますこの曲をいとおしく感じている自分がいるということでした。よくわかりました。自分がいかにブラームスが好きかということ、そして、本物というものは飽きるということがないのだということをです。ブラームスの2番にブラヴォー!

 

ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(10)

 

(本シリーズのスタートはこちらです)

ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(1)

ブラームス交響曲第2番に挑戦

(関係ブログです)

ブラームス 交響曲第1番ハ短調作品68

ベートーベンピアノ協奏曲第1番ハ長調作品15

クルト・マズアの訃報

 

(同じことをやっています)

シューマン交響曲第3番の聴き比べ(1)

 

 

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

 

 

 

 

ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(8)

2015 APR 14 3:03:58 am by 東 賢太郎

ブラームス2番の聴き比べ、これで8稿目になります。

今回は趣向を変えましょう。ブラームスの2番について述べるのにこのレコードについてふれなければ自分史という観点で背任になってしまう、そのぐらい僕に決定的な影響を与えたのがこのベルナルド・ハイティンク /  アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のLPでした。haitink

大学に入った年75年にこれが新譜で出たさいに音楽評論家の大木正興さんが激賞したのがこれとチャイコフスキー5番だったのをよく覚えています。当時僕はレコード芸術誌の大木さんの文章を熟読していて、ドイツ的なるもの、本質的、精神的(形而上)なるものへの肯定とショーマンシップ、表層的、商業的なるものへの蔑視という価値観に深く共鳴していました。

どうしてこのレコードに興味を持ったかといいますと、単に大木さんが誉めたからではありません。それまで大木さんはハイティンクをぼろかすに貶(けな)していた急先鋒だったからなのです。その君子豹変ぶりが意外で、一体どうしたんだという興味から聴いてみようとなり、これとチャイコフスキー5番をすぐ買いました。

果たして、スピーカーから流れ出た音楽はそんな経緯はどうあれ僕の耳に問答無用で心地よく、それまで聴いていたワルター/コロンビアSOよりも良く、これこそが俺の好みなんだと確信しました。そうしてハイティンクを聴きこんだ結果、僕にとってブラームスの2番とはまぎれもなくこれとなったのです。

これがそうして刷り込まれた演奏だということは、それから40年の歳月を経てもう自分の中で自覚できなくなっています。しかし、今回のきき比べをするうちに「終楽章コーダのアッチェレランド」の問題がどうしてもひっかかってきます。僕はどうもそこでの加速が蛇蝎のように嫌いなのです。それがこのハイティンク盤と深くかかわっていることは後述しましょう。

スコアにaccelerandoと書いてないという原典主義的な理由ではなく、とにかく蛇蝎より蜘蛛より嫌いである、これはもう生理的なものです。困ったことにこれが曲全体のフィナーレなものですから、これをやられてしまうといくらそこまでいいぞと思っていても感動が台無しになるのです。9回裏ツーアウトから逆転サヨナラホームランを食らうようなものですね。

今回書いてきたものでそれがいかに多いかお分かりいただけますでしょうか。だから僕は2番のコンサートは敬遠しています。サヨナラ負けの可能性多いですし指揮者に先に「かけます?」なんてきけませんしね。アバドとアルブレヒトだけでした、良かったの。

それがコーダのどこのことか?加速できる可能性のある個所は4つあります。第1ヴァイオリンのパートで見てみましょう。

まずここです・・・①(pからsfまで)

bra2 4

次にここです・・・②(cresc .からffの前まで)

bra2 5

ここでトロンボーンの下降が入ります。そして次にここ・・・③

bra2 2

ちなみにこれが最後に来るトランペットのパートです・・・④

bra2 3

①のフレーズは4-5小節の3つの二分音符でテンポにブレーキがかかることがほとんどです。だから6小節目のpの「入り」は遅く、そして最後の最後である④はほとんどの場合、①の入りよりは速いのです。

ということは①②③④のどれかで加速しなくてはなりません

まず①です。4-5小節の3つの二分音符にアクセント記号(> )がついていて各音を重く強い音で弾く指示なのでテンポを落して行われるのは自然です。最後のsfに向けて今度は増音(クレッシェンド)していく過程で漸強、漸弱(< >)の呼吸を3回はさんで興奮が高まり、それはVnの音高がオクターヴ高くなる最後の4小節で最高潮に達します。

この過程で落としたテンポを速くしていく、これは弦を重く弾く奏法の物理的原則によって速度が落ちたものを①の1-3小節までの速いテンポに復元する行為であって、ここにaccelerando(アッチェレランド)と書いてなくても加速が行われることは、二分音符に rallentando (徐々に遅く)と書いてないのに遅くなったことの裏返しです。

ちなみにハイティンクは二分音符でやや多めに減速していますから、インテンポ派の指揮者のなかでは①の加速も必然として多めで、それは最後の4小節で来ます。しかしそれが最高潮に達する音楽の摂理とあいまって外面的には感じられずに興奮を高める効果を上げているのが見事です。

そして問題の②です。ここで加速するとなるとそれはテンポの回復ではなく本当のアッチェレランドであり、スコアにそう書いてないことは意味を持つと思います。それに対して、cresc.とあるので①と同じだから音量増加イコール速度増加でいいだろうということか、ここで加速する人がいます。

マックス・フィードラーもフリッツ・ブッシュもハイティンクと同じ①のみ(やや振幅は小さい)であり、②の加速は僕は間違った解釈であると思っています。ベーム、トスカニーニ、ショルティ、ヴァント、アバド、ミュンシュ、ケルテスも①のみです。ムーティも①のみで、スカラ座Oとのビデオを見ると②で弦が興奮して走らないように手で制止してます。見識ですね。

クナッパーツブッシュ(ドレスデン・シュターツカペレ盤)は楽章冒頭から4つ振りで遅く異例ですが、①を準備するトゥッティ部分で加速するというのがまた異例で、他の演奏の記憶からここから終結に向けてさらに速くなる予測がよぎりますが、そうならない。その加速は①の二分音符での減速で完全に打ち消され、そこの停止感が強調されるのです。そして最後の4小節への音高上昇の興奮とともにほんの少しの加速をしますが、最後のa音に伴うsuspended 4th→A7をカデンツとしてまた減速。そしてトランペットを強奏して②の最初の4小節のフォルテの意味を際立たせ、②のクレッシェンドで微小な加速がありますがほぼ無しに等しく、つまり堂々たるインテンポでティンパニを強打して終わります。実に深い読みであり、ブラームスの直伝の解釈をうかがわせる可能性のある演奏として注目します。

一方、フルトヴェングラーは二分音符の減速がほとんどなくスタート地点のpから速い上に、まず①で加速、そして②でさらに加速、③まで二分休符で前のめって④になだれこむという3段ロケット方式で、とうてい僕には耐えられませんしブラームスも認容しなかったろうと信じます。

バーンスタインは奇妙で旧盤(NYPO)もVPO盤も①は最後に減速!し、②で加速しますが僅少でそのままゴールインします。これをVPOにさせられるのは彼ぐらいでしょう。ケンペは①がなくて②だけであり、これは全く賛同できません。③だけというのはクレンペラーです。①④もほんの少しありますが②でやってないのは見識です。

珍しい派としては④というのがあって朝比奈/大フィルは①がなく②でやって③がなくさらに④の前でやる。ミュンシュは①-③はなく④だけという希少派です。べイヌムが①と④であり、先輩の影響かオケの伝統かハイティンクもほんの微妙ですが④でかけています。

ティーレマンは①だけですが一気に超快速に持っていってしまうので②③④がいらないという作戦です。①は二分音符前のテンポに回復するのが音楽の摂理であり人工的というしかありません。カルロス・クライバーは①+②派ですが減速が少なかった分だけ加速も少なく済んでます。ワルター/NYPO、ムラヴィンスキー東京ライブは明確に①+②です。後者はオケがとても下手で高いカネを払った人が気の毒です。

カラヤン/BPOは減速が少なく、そのぶん①②の加速もほとんどないインテンポ派であり、堂々たる王者の風格といえましょう。カラヤンを表面的と評する人が多かったですが、そういう人がだいたい信奉するフルトヴェングラーの方がよほど表面的と思います。カラヤンをさらに遅くしたのがチェリビダッケです(スコアどおり減速なし)。それで終わりまで持っていくのは凄味すらあります。

以上まとめますと、このシリーズで僕が終楽章のコーダにいちゃもんをつけているのは②の加速だということです。なぜなら②の背景ではオーボエ、クラリネット、トロンボーン、チューバによる素晴らしい劇的な和声のドラマが展開しているのです。それなのに加速で興奮をあおってその効果を減殺するなどもってのほか。ここのインテンポはマストです。

書いている時にその判断基準はなかったのですが、「①のみ派」のベーム、トスカニーニ、ショルティ、ヴァント、アバド、ミュンシュ、ケルテスに概ね好意的なことを記しているのはいま思うとその大減点がないからと思われます(こういうことは自分でもあとから分析してわかるというものです)。

そして、冒頭に戻りますが、その趣味ができたのはハイティンク盤を聴きこんだからです。それにより曲だけでなくコンセルトヘボウというオケとホールの音響の魅力まで覚えたので、僕のクラシック音楽のテーストに甚大な影響があったはずです。こういうことも自分ではわからない。あとになってこうやって検証して、傍証を得て、初めて推察ができるという性質のものです。

だから初心者の方に申し上げたいのは、もし真剣にクラシックと一生つき合っていこうという志をお立てならば「最初に曲を覚える演奏は大事だよ」ということです。それが無意識のうちに「おふくろの味」になってしまうからです。僕はこのハイティンクの2番でブラームス入門、コンセルトヘボウ入門を果たしましたが、演奏のクオリティの高さ、品格、音質、どれをとっても今もってまぎれもなくベストの選択でした。それは大木正興さんというその道をきわめた達人がおられ、何も考えずに彼に従った、まあ僕にしては例外的に素直だったこと、それが人生でラッキーだったと思います。

410TVMV2KXL

僕のブラームス入門に追い打ちをかけて決定的な影響があったのはフルトヴェングラー指揮の交響曲第1番だったのですが、その神と仰いだ指揮者が2番ではご覧のとおりぼろかすに書くしかないというのも不思議なところです。しかし大木さんのような専門家でも、ハイティンクの評価は180度変わりました。自分の耳に正直であるという虚飾のない姿勢は立派ですし、音楽鑑賞に限らず万事そうあるべきと勉強になったものです。ちなみに1,3,4番では僕はハイティンク盤をここまで信奉しているわけではありません。

ハイティンクの2番を今聴くとシューマンの3番の稿に書いたことがそのまま当てはまります。彼はこの後に別なオケ(BSO、LSO)でも同曲を録音しましたが、ブラームスに最もふさわしいPhilips録音があの名ホールでACOの真髄をとらえたこれ以上にいいとはどうしても思えず未だに浮気する気も起きません。僕にはこれとカイルベルト盤とが双璧であります。(総合点 : 5+)

 

ちなみに、ライブのエアチェックなので本文ではご紹介しませんでしたが以上書いたことをほぼ完ぺきに満たすアポロ的均整をもったマックス・ルドルフ指揮ナショナル交響楽団の演奏をご紹介します。この演奏は僕がウォートンスクールに留学中にフィラデルフィアのWFLNで放送されたもので、そこでしか聴けなかった超レアものです。ルドルフは4番は商業録音がありますが2番はありません。このライブのオンエアは1984年ですが演奏がこの年だった保証はありません。当時なけなしの金で買った安物のカセットで録音したもので音は良くないし、30年も倉庫で眠っていたテープなので固有の音揺れがありますが、僕にとっては値千金で隅々まで記憶している思い出深い演奏です(ちなみにMov4コーダにフルートの残念なミスがあります)。

 

P.S.

「バーンスタインの①の終結での減速」について

僕の推測ですが、最後の二分音符(a)についているA7sus4というコードに対する反応なのではないかと考えています。Ddurのドミナントのsuspended 4th→A7というカデンツと彼は解釈しているのではないかということです。だからここは減速したわけではなく、和声構造からくる帰結としての「終結」なのかなと(追記:後に分かったが、上記のとおり、これはブラームス直伝のクナッパーツブッシュに前例があります)。

たしかにそう見るとブラームスがここにフルート、オーボエ、第4ホルン、ヴィオラでd→ cisを書きこんだのは、そこでsfで鳴っているaの音価のなかでドミナントへの解決を強調し、次のトニックへのD→Tのカデンツの安定感、回帰感を際立たせるためと見ることも可能なように思います。ここに加速してつっこんでくるとaの音価が短くてそれは得られにくいと僕も思います。

このことはバーンスタインと話してみたかったですね。彼はエモーショナルな感性が勝った音楽家のように思われていますし、実際に話してみてそういう側面が見えたのは事実ですが、僕は彼の指揮を聴くといつも作曲家としての目線と理性のほうを強く感じます。

この部分はその一例で、感性による思いつきでそうしているのではなく、ロジカルにスコアを読んでるなと感じます。そしてブラームスのような微細に緻密に細部にこだわる人が意味なくサスペンディッドのコードを書きこんだはずはないとも感じるのです。

ちなみにトスカニーニは①を多少の加速をしながらa音に突入しますが、4拍目のトランペットのa音をタメを作って強く長めに吹かせることで「疑似終結感」を出すという高等技術でブラームスの書いたサスペンディッド・コードへの義理を果たしています。なんとなく罪悪感があったんでしょうか(笑)とても面白い。

そこで終結感を出すと②の加速でそれを取り戻したくなるでしょう。②の加速はそういう誘惑に負けた人の妥協策にきこえる場合もあります。しかし、トスカニーニはそれを全くしませんしバーンスタインもほんのわずかです。

それは上述のように大事な転調の場面で(だからコーダで鳴り続けのD、Tをたたくティンパニがここだけは沈黙する)テンポ変化という非常に劇薬的効果のある余計なことを同時にしたくないという、いちいち言わなくても了解される演奏家の良心みたいなものではないでしょうか。こういう人たちはプロ中のプロだなと思います。

(つづきはこちらへ)

ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(9)

ブラームス博士は語る(交響曲第2番終楽章のテンポ)

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(7)

2015 APR 12 14:14:33 pm by 東 賢太郎

フリッツ・ブッシュ /  デンマーク国立放送交響楽団

31EEA5VE93L1690年創立のマイニンゲン宮廷楽団の指揮者には1880年にハンス・フォン・ビューロー,85年にリヒャルト・シュトラウス、86年にフリッツ・シュタインバッハが就く。そして85年10月にこのオケが初演した曲がある。それがブラームスの交響曲第4番であり、そこでオケに入ってトライアングルをたたいたのがリヒャルト・シュトラウスだった。シュタインバッハはブラームスと親交が深く彼をマイニンゲンに招き、彼の作品によるザクセン=マイニンゲン地方音楽祭を立ち上げた名高いブラームス指揮者であった。後年そのシュタインバッハがケルン音楽院で指揮法の教授になった時の生徒がハンス・クナッパーツブッシュとフリッツ・ブッシュである。この二人のブラームス2番が聴けるというのは幸運なことだが、両者は違う。クナは自分のブラームスは先生のまねだと言ったらしいがバイロイトに行ってワーグナー指揮者として名を成した芸風の人であり一概には信じ難い。両者はテンポからして異なり、ブッシュの終楽章は7分55秒と最速クラスだ。モーツァルトを得意とした彼のフィガロやドン・ジョバンニの芸風を持ってきた2番と言えそうだが、はて、こっちもこれが直伝かというと迷う。かたや4番を聴くと両者には通じ合うものがあるのだが・・・。そこに関してはやはりブラームスと親しく、演奏会で自分の代わりに第2協奏曲を弾かないかと誘われ(断った)、この交響曲2番の作曲者指揮によるライプチヒ初演を聴き、どれかはわからないがブラームス臨席の演奏会で彼の交響曲を指揮し少なくとも解釈にクレームはつかなかったという逸話を持つマックス・フィードラーの終楽章を信頼すべきだろう。これは驚いたことに四つ振りのやや遅めのテンポで始まり、全奏で速くなる。以後もテンポはよく動きとても流動的だ。ピアノ協奏曲2番をブラームスはとても情熱的に激しく弾きテンポはよく動いたという証言をどこかで読んだ記憶もあり、ほぼ同時期の44歳の作品である第2交響曲も同様の解釈が正解なのかもしれない。フィードラーの演奏を聴いていて僕はふとこれは蒸気機関車から見た光景か?と思ってしまった。彼はエジソンの蓄音機に録音を試みたように機械やニューテクノロジーに並々ならぬ関心を示しており、イタリアやペルチャッハへもSLで行った筈なのである。このブッシュ盤はSLどころか快速電車だが。このCD、モーツァルトの「リンツ」はやはり快速、メンデルスゾーンの「イタリア」冒頭主題は歌いまくる。ドイツ語圏音楽の解釈を考古学的に探ってみたい僕には非常に貴重な音源である。(総合点 : 4)

 

リボール・ペシェク / ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 

pesekぺシェックはチェコPOの常任も務めた同国の名指揮者である。右のCDは89年ごろロンドンで買ってもう忘れていたもの。今回のきき比べの試みがなければもう聴くことはなかったかもしれないが、このクオリティの高さは新発見だった。冒頭より実に細やかな神経の通った音がする。木管の音程の良さも一級品だ。指揮者の耳の良さがすぐわかる。オケの各声部のテクスチャーも透明感があり第1楽章は文句なしだ。第2楽章のチェロも秀逸で、それに重なる絶妙のピッチのフルートなどそれだけで耳がくぎづけになるし第3楽章の木管アンサンブルは音楽性のかたまり。欲を言えば弦の質が木管の域にはないがこれだけ良い音がすると弦も含めて全員が耳を澄ましてお互いを聴き合うしかないのだろう、上質の室内楽を聴くようだ。こういうところが指揮者の腕前なのである。終楽章は常識的なテンポで始まり再現部のまえで落とす。第2主題の歌ごころも素晴らしく、コーダへの道のりでティンパニをはっきりと鳴らし強いインパクトを与えながら熱していく。個性はどこといってないかもしれないが少しも小手先の感じがない立派なブラームスだ。i-tunesで900円の廉価盤となっており経済的にもファーストチョイスに推したい。(総合点 : 5)

 

小林研一郎 /  ハンガリー国立管弦楽団

kobaken1996年5月19日にアムステルダムで小林先生と仲間でゴルフをやった。接待でなく遊びであり真剣勝負させていただいたが大変にお強く完敗した。終わったホールの僕のスコアから2打目に使ったアイアンの番手までよくご覧になっていて完璧にいい当てられるのは驚いた。頭脳も身体能力も人心掌握力も常人ではない。100余人のプロ集団を指揮台で率いる人kobaken1はこうなのだと思い知った。このCDはその時にいただいたもので、僕の好きな4番の冒頭をサインと一緒に書いて下さった宝物だ。第1楽章はゆったりした歩みで第2主題の入りには一瞬の間をとる。第2楽章のドイツの暗い森を思わせる雰囲気やチェロの表情はブラームスそのものであり、重めのホルンの音色がぴったりで木管のピッチも非常に良い。ヴァイオリンの入りをそっと息をひそめるなどデリケートな味わいにあふれるが後半の激する部分では低弦を強調しており、このロマンに満ちながらも尋常ならざる緊張感も秘める表現は幻想交響曲の第3楽章に通じるものを感じる。この楽章の解釈は秀逸だと思う。第3楽章の田園風景は管弦のまろやかなブレンドが見事である。終楽章は一転速めのテンポをとりオケは深みある音で見事に棒に反応している。いいオケだ。第2主題への減速は自然でありこういう呼吸の上手さを聴くとついあのゴルフ場での卓越した距離感の寄せを思い出してしまう。再現部の第2主題も同様だがコーダ前の減速から例のトロンボーン下降に向けてやや加速し、コーダにさらに加速する部分、僕の趣味として合わないのはここだけだ。今の先生はさらに円熟されているだろう、是非実演で聴いてみたい。(総合点 : 4.5)

 

ヴァ-ツラフ・ノイマン /  フィルハーモニア管弦楽団

CL-12031900499年に香港で買い、ダルでつまらないという印象しかなく2度と聴かなかったCD。これがなかなかいいじゃないかと思うようになっているというのはトシを取ったということだろうか。とにかく牛歩のごとく遅い。コバケンさんのように何か起きる予感を秘めた遅さではなく、老人が道端の草花を愛でながらゆっくり散歩するようでそれに44歳の僕は辟易してしまった。2番に何を見るか?当時はロマンとパッションだったし、やはりこれを書いた時に44歳だったブラームス自身もそうだったかもしれないとフィードラーの演奏から思う。今はこれいい曲なんでじっくり味わわせてよねという要求の方が勝っている。そして69歳のノイマンの目に共感している。老成した指揮者がやりたがるのはむしろ4番だろうが、もう70の声をきけば2番のブラームスも4番のブラームスもないのかもしれない。64歳までしか生きなかった作曲者自身の知らない世界だろうか。そういう男がやった2番は、終楽章コーダで加速しないのだ。当時の僕はそれがないのでダメだった。青かったなあと思う。(総合点: 4)

 

ニコラス・アーノンクール /  ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 (96年、ライブ)

39997年7月にアーノンクールはヨーロッパ室内Oとチューリッヒ・トーンハレでブラームス全曲をやった。僕は1,2番を聴いた。1番はノリが良かったが2番はあまり共感しなかった記憶がある。当時はすでに古楽器の泰斗がヴェルディをやってしまう時代だったがブラームス界への進出も意外だった。このBPOとの2番、弦やオーボエソロのフレージング等にクリティカルにスコアを読んだ痕跡があるのはイメージ通りだが、とにかくハートが熱い。なるほどけっこうであり、ライブもそうだったしそういう気質でないと椿姫など振らないだろうが、それが部分部分でショートテンパー気味に感じられてしまう。ブラームスというのはそういう小手先のミクロの熱の集積で暖まっていく音楽ではなく、あくまで大河のごとき流れが底流にあって徐々に聴き手の内面にある情をかきたてながら気がついたら体の芯から暖まっていて2~3時間は冷めないというものだと僕は思う。元気に爆発する劇的な終楽章など3分で冷めてしまう。H先生、とても見事ですが気が合いませんねと言うしかない。(総合点 :  2)

 

エヴゲニ・ムラヴィンスキー /  レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団 (13June 1978、ウィーンでのライブ)

muraこのLPはオケの音像が遠目で録音レベルも低く冴えない。しかし高音を上げ低音は絞り、最大音量に近づけるとムジークフェラインの中央よりやや後ろの席あたりの音に近づく。これが実際にどんな音だったかはこのホールの音の記憶から推察するしかないが、第1楽章の終結へ向かう部分の弱音などさぞインパクトがあっただろう。このコンビの音量の振幅というのはエネルギー、カロリーの増減を伴うことで物理的なものを超越しており、他の演奏とは一線を画する印象的なものと思う。ここもppに近い静寂と緊張感から終楽章の解放に至るまでのドラマを演じるが細部が良くわからないのが惜しい。コーダは少しくアッチェレランドがかかるが音楽の情動が許容するぎりぎり範囲内のものであり、会場で聴いたらさぞ感動しただろう。ホルン、トロンボーン、オーボエの音色にやや違和感を感じることを置けば傾聴に値する2番と思う。(総合点 :  3)

 

マレク・ヤノフスキ /  ロイヤル・リバプールフィルハーモニー管弦楽団 

janowski87年ごろロンドン時代に買ったLP。第1楽章はゆったりした大河の様な流れで提示部の繰り返しもあり、ブラームスにたっぷりとひたることができる。LPの音は木質で大変すばらしい。第2楽章も同様で弦のやや湿度を帯びた音が好ましい。第3楽章はさらに同曲で最も遅い部類であり、精神をいやすヒーリング効果すら感じる。そして終楽章だが、常識的なテンポであったのがコーダに至ってものすごいアクセルが踏まれ脱兎のごとくゴールへ飛び込むことになる。それさえなければ大人のブラームスであったろうに惜しい。(総合点 :  3)

 

(補遺、3月23日)

フリッツ・ライナー / ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団

71GEq7yT-ML._SL1442_1960年3月12日のライブ(放送録音か)。楽器の生音をよく拾ったモノラル録音であり鑑賞には耐える。強奏するホルンの音が重め、オーボエなど木管の色気がないなどNYPOがドイツ系の音だったことがうかがえる。解釈は至極まっとうで文句なし。ただ第3楽章の弦のアンサンブルなどライナーのCSOとの演奏の水準にはなく荒い。ロマンの息吹もやや不満だ。このディスクの白眉は終楽章。ティンパニを強打したエネルギー満点の主部は見事で、コーダに至る前からすでに加速(こういう手があったんだ、脱帽!)、コーダは①で加速、②で常識の範囲内でやや加速で納得感あり。ところが③の前半で(編集のミスか?)1小節落ちていて大変ずっこける。ということで好事家向けであることは否めまないが僕には感心するものがある演奏。ちなみにこのCD、余禄のピッツバーグSOとのハンガリー舞曲がすばらしい。(総合点:2)

 

(補遺、11 June17)

ジョージ・セル / クリーブランド管弦楽団 (5 Jan1967、ライブ)

クロアチアのVIRTUOSOレーベルから出たセル&クリーヴランド管弦楽団~1967-69未発表ライヴ集Vol.1の3枚組CDでゼルキンのPC1番と交響曲4番と組まれている。セヴェランスホールでのステレオ録音で放送用だろうか、悪くはないがややドライだ。第1楽章提示部を繰り返すのは珍しい。ライブにおいてもセルらしくコントロールされるが金管にミスがありこのオケも万能ではないことがわかる。正規録音のほうにも書いたが、僕はロマン派楽曲でのセルのホルンの扱い方が苦手であり、ここでも大いにそれがあるため引いてしまう。中間楽章は僕の欲しいロマンはあまりない。終楽章は巨大な室内楽の如き立派なアンサンブルであるが、だから何だというところ。彼のベートーベンは最高の敬意を払うがブラームスはだめだ。(総合点:2)

 

(補遺、2018年8月25日)

アンタール・ドラティ / ロンドン交響楽団

Mercury Living Presence (The Collector’s Edition-3)より。シリーズ共通の近接したマイクで弦の内声部が聞こえすぎる感なきにしもあらず。しかしLSOの細部にアラがあるわけもなく、この演奏の風格は抗いがたい。19世紀から脈々と受け継がれた伝統を一切外すことなく、ドラティ一流の筋肉質なアンサンブルでまとめた2番。僕は1986年にロンドンでドラティがロイヤル・フィルを振った交響曲1番とPC1番を聴いたが同質のものだった。終楽章コーダはどうかと思って聴いたが、ドラティがチープなアッチェレランドなどするはずもなく、杞憂であった(総合点:4)。

 

 

 

 

 

 

(つづきはこちらへ)

ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(8)

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

 

 

 

▲TOPへ戻る

厳選動画のご紹介

SMCはこれからの人達を応援します。
様々な才能を動画にアップするNEXTYLEと提携して紹介しています。

ライフLife Documentary_banner
加地卓
金巻芳俊