誰でもできる自力でツキを呼び込む方法
2024 MAY 14 10:10:49 am by 東 賢太郎
僕は人を学歴、職歴だけでは見ない。その人が過去に何だったかという歴史は、その人がどういう類い(たぐい)の人であるかによるひとつの結末ではあるが、試験や競争によって本意でないものになることもある。いや、大谷翔平のような人は別格として、ほとんどが大なり小なりそういう人生を妥協して歩んでいるのが現実だろうし、かく言う僕などそれの積み重ねだった。妥協がうまくいけばいいが壁に当たってしまう方が多いし、そうなると「自分はツキがない」「どうせ自分はこんなもの」と思い込み、自信をなくしてしまうのだ。
妥協というのは愉快なものではない。そこで「フレキシブルに生きるのがベスト」などという人がいる。そう生きていれば気楽ではあるが、得てして自分のスタイルを忘れて根無し草になってしまうものだ。何事も自分のスタイルは大事だ。それがないと根無し草になり川に流されて陸地に漂着しない。すると養分が足りないから成長しない。流れると景色は変わるから何かしている気分になるが、実は何もしてないから何も起きない。同じ仕事、職場にいれば根を張っているわけではない。何十年、微動だにしなくとも、根無し草は根無し草なのだ。
僕が順風満帆な道を来なかったことを読者はご存じだが、壁に当たったり墓穴を掘ったりしてもめげないでいるとやがて追い風が吹いてきた。これを「ツキがあった」と考えていたが、実は、風向きはランダムに変わるのであって誰にも平等だ。辛抱していればそのうち追い風に変わる、それだけのことだったと思うようになってきた。つまり、うまくいったのは長いこと辛抱してめげずにやったからなのだ。この「長いこと」「辛抱」「めげずに」というところに神様がほほ笑んだ、それがツキの正体だと思えば、不運だと思ってる人でも自力でツキを呼び込むことができる。
小さいころ、風呂で父に「ゆっくり30数えなさい、そしたら出ていいよ」といわれた。子供にとって湯は熱い。なかなか30にいかない。息絶え絶えになってやっと湯舟から脱出する。体が火のようにほてるが、やがて芯まで爽快になる。これが「長いこと」であり「辛抱」なのだ。やがて父がいなくても、あの爽快感が恋しくなって自分ですすんで30数えるようになった。これが「めげずに」だ。我慢だけじゃだめなのだ、目標を見つけ、すねたり横を向いたりせず黙々とそこへ向けて進む。これにお駄賃が出る。
ツキがないと思ってる人は、多くの場合、辛抱ができてない。仮にできても長く続かない。やってみたがいいことなんか何もないじゃないか、と横を向いてめげてしまう。こんなところだ。だから簡単なことでいいのでお駄賃がもらえたと感じるまでやってみることだ。自分の経験ほど説得力のあるものはない。私事で恐縮だが、僕はそれで野球や勉強が上達した。結果を確認しながらうまくいくまでやる。やがてそれが自分のスタイルになる。教わってもいいが自分のものにしなければ意味がない。僕は「確認」「納得」にこだわるので自習が良かった。だからほとんどの物事は「独学」なのだ。
スタイルはスポーツならフォームという。一度できあがれば再現性があるし微調整で応用もきく。すると、もう一段上のレベルに登れる。上達はこれの繰り返しだ。だから野球はキャッチボールとトスバッティングをやる。それが下手で投球、打撃がうまい人はいない。勉強も同じだ。何がそれにあたるかを見つける。それを何度やっても失敗しないようになるまで延々と練習する。すると難しいことができるようになる。野球と勉強は同じだと気がつく。ならば仕事もだろう。そうやって僕はできるようになった。他人はあいつツキがあるという。そうではない、それがツキというものの正体なのだ。
以上、すべて風呂でわかったことだ。何があってもめげない。できるまでやる。なかなかできないから長い辛抱がいる。やがてできると、すべてが報われる。爽快感で一杯になり、またやろうと思うようになる。こればかりは独学でなく、父にやらされているうちに経験が快感になったものだ。だから「努力」はしない。しろと言われても何をしていいかわからない。「努力は才能だ」という人もいるが、さらにわけがわからない。そんなかっこいいものではない、ベルが鳴ると唾液が出る条件反射、パブロフの犬だ。学歴、職歴はその時点までの結果にすぎず、そこからどうなるかの方が大事だ。
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7球連続カーブのサインが決めた我が人生
2024 MAY 8 12:12:44 pm by 東 賢太郎
エルダー・ネボルシンというウズベキスタン生まれのピアニストが弾いたショパンの第一協奏曲を僕は熱愛している。20歳あたりの録音。書いたショパンも20歳。オーケストラは自身もショパン弾きのアシュケナージが率いる。最愛の彼女をワルシャワに残してパリに旅だったショパンは祖国に二度と戻ることはなかった。この協奏曲は彼女を想って書き、お別れの曲になった何度聴いても本当にいい音楽である。ネボルシンくんのピアノはもぎたてのレモンみたいに瑞々しい。アルゲリッチもツィマーマンもいいが、やっぱりハタチの男の子に心をこめて清楚で端正に弾いてほしい。アシュケナージ自身がショパンコンクールで2位になったのは18歳だ。なるほど、この指揮、わかってるなあ。
エルダー・ネボルシン(pf)/ アシュケナージ / ベルリン・ドイツ交響楽団
そう、かくいう僕だって20歳のころはいろいろあった。大学受験で浪人し、思い出したくないぐらいぼろぼろな身の上から解放されたバラ色の時だった。この演奏を久々に聴いて脳裏に蘇ったことのあれこれ、いろいろな所に書いてはきたが、せっかく音で思い出したことを忘れる前にまとめて書いておく。
中学の草野球からずっとエースで、硬式に転じても高1の秋から即エースだった。有頂天が暗転するのは高2の夏だ。ヒジ、次いで肩を故障した。ヒジは治ったが肩は致命傷で球が投げられなくなり、高3初めに野球を泣く泣く断念したところから物語は始まる。長年時間をかけて修練してきた能力をケガでいきなり奪われるのは交通事故で一生歩けなくなるに等しい。筋肉痛みたいなものと思ってる人が多いが虫歯と一緒で治るということはなく、今もマッサージでそこを押されると痛い。プロ野球をご覧になる人はヒジのトミー・ジョン手術はご存じだろうが靭帯を移植しないと治らないのだ。テニス・エルボーもあるが、それを割り引いてもこんなことが頻繁に起こりえるスポーツは野球だけで、しかも野手では稀でピッチャーしかない。青春の挫折なんて甘ったるいものではなく、一生残る心の傷でもある。
この話を誰にしても、なぜその負のエネルギーが受験勉強に向かったかはわかってもらえないだろう。当時も僕がなぜ高校球児にとって大事な3年生になって野球部をやめたか誰もわからなかったし、何人か女の子にきかれたが語りたくもないので説明しなかった。立ち直ってプライドを奪回する方法は勉強で目にもの見せるしかなかったわけだが、中学時代に野球で登った山が高かった分だけ転落した谷も深く、もっと高い山に登らないと気持ちの収まり所がなかったのだ。勉強でなくても良かったがそんな才はなく、いずれにせよ回避できない大学受験になっただけだ。負けず嫌いがモチベーションなのだから東大に入れば何でもいいではなく、最高峰の文Ⅰ(法学部に進学)しか選択肢はなかった。失敗したら翌年は安全策で文Ⅱか文Ⅲに切り替えというのもあり得なかった。戦線後退は雪辱戦での負けを意味してなんのこっちゃになり、そういうものは僕の辞書にはない。この選択は学問や職業の選択とはぜんぜん関係なく「山の標高」だけで決まった。通学に要する往復3時間の満員電車の中は何もできない。使える時間は野球をしてきたから試験はみな一夜漬けで、高3で受けた人生初の公開模試の偏差値は42だった。それでいてすぐ70になるさと壮大な野望を平気で懐けたのは、チビで小心でけんかも弱い小学生が中学でエースという大出世の体験があったからだ。
翌年、現役で2つ受けた私学(C大法、W大法)は手ごたえでは危ないと思ったが受かった。喜んだ父がどちらも入学金を払ってくれたが両校には失礼ながら場慣れするためのリハーサルであり行く気は全くなかった。いよいよ本番の東大に挑む。1次はすんなり合格。2次は国数英社の順だが初日の国語の論述に慣れておらず大失敗してしまった。次の数学はそれで気が動転したわけでもないが手も足も出ずほぼ零点だったろう。当然の不合格を掲示板で確認してすぐに毎年400人東大合格の駿台予備校の入試を受けた。1年で偏差値は順調に伸びて文Ⅰぎりぎりの65あたりまで行ったが凸凹があった。英国社は頑張ったがあまり伸びず、総合順位の凸凹は数学の凸凹と連動していることがわかった。つまり素質としてはあんまり文系には向いてなかったということだ。私学は受かることを確認したが自分の意志で1年棒に振ってそこに行く選択はもうありえないから父に受験料を払わせるのは無駄である。2度目の出願は東大文Ⅰオンリーに決めた。
その日、小田急線が事故か何かで乗っていた電車が延々とノロノロ運転になり、ついに経堂で30分ぐらい停止してしまった。パニックになり本郷3丁目駅からダッシュして開始寸前に試験場に駆けこんだ。それはいい。しょっぱなの国語でまたまたつまづいた。現国にどうしても頭がついていかず小論文みたいな設問で書くには書いたがきわめて不出来。書き直そうと思ったら時間切れ終了。これはやばいとまたまた気が動転し、前年と同じく数学がうまくいかない。翌日は持ち直し、英社の手ごたえはあって望みをかけたが、3月20日の掲示板に受験番号はなかった。この時に見た正門の方角の景色は今もありありと覚えてる。幻視だろう、そこには広大な砂漠が横たわっている感じがして、赤い太陽が荒涼とした丘の向こうにあった。もう1年かけてあの砂丘を越えるのか・・・その時間が悠久の時みたいに、それが砂漠の彼方にどこまでも続くみたいにずっしり重く感じ、そこでぷっつりと記憶は途絶える。1週間ぐらいどこで何をしていたか記録も記憶もない。ところがだいぶ後にレコードの整理をしていたら、落ちたその日(1974/3/20)にかけたと記録のある盤を見つけた。これだ。全く覚えがないが、ラフマニノフの第2交響曲に魂の救いを求めていたのだ。
文Ⅰの一本勝負が博打というほど無謀でもなかったのは駿台の入試で順位が24番だったことでわかった。隣の席になった23番のN君、25番のM君とは「なんで落ちたの?」が出会いの挨拶だった。翌年、両君とも文Ⅰに見事合格され、非常に確率の低いことだが、20いくつある駒場のクラス分けで3人ともドイツ語の同じ9bという組になったのは奇縁である。
2年目は生死を握る数学の凸凹をなくすためトス・バッティングの感覚で毎日簡単な問題をたくさん解き、Z会の3日考えないと解けない難問とも格闘した。すると6月の第2回公開模試でついに数学満点を達成し、総合点で全国7位になって賞状と盾をもらった。数学が偏差値42から2年で全国1位になった変化率は日本記録ではないだろうか。ここからだ、数学満点ねらいが遊びになったのは。ピッチャーは完全試合を狙って試合に入るのは普通だ。イチローみたいにどこのコースに来ても打てるように練習し、飽きたので棋士が詰め将棋を作る要領で自分で問題を作って友人に解かせていた。ここでどっぷり浸かっていたのがバルトークであり、エラリー・クイーンだ。夏休みは丸遊びし、1か月没頭して推理小説を一本書いた。山の頂上が見えてきてわくわくだったこの半年は人間形成というか性格にまで影響するほど数字とロジックに囲まれる快感に浸っており、いま思い起こしても人生を変える知的豊穣の時で、これなくしてその後の僕は絶対になかった。皮肉なもので1年目に失敗しなければこれはなかった。
最後の東大入試は狙い通り完璧に進んだ。国語は採点者が期待しそうなつまらないことをサクッと書いて平均点を下回らない戦略をとった。肝心の数学は設問2で驚いたことに作題ミスを発見してしまい、まさかと思って検算して確かめたが間違いない。そこで答案に「作題ミスである」と指摘し「欠けている条件 ℓ ≠ 0 を付加する」と断って解いた。自分で作題していたから自信があり、ここまでくるともう数学上級者というか職人の世界である。しかし東大がまさか?と不安になったので帰りに駿台に寄って壁に張り出された模範答案を恐る恐るのぞいてみたが、たぶん根岸先生だろう「作題ミス」と思いっきり書かれていて、明日の英社を待たずして早々に合格を確信した。僕は先生の思考回路をそのままいただいた真正の弟子だったようだ。見比べると4問中3問は完璧で、余計な作業をしたので時間切れで設問3が数点マイナスの傷を残してパーフェクトは逃したが、まあノーノーぐらいの出来ばえではあり留飲を下げた。東大は理系6問で、うち数Ⅲ以外の4問は文理共通だから理系レベルであって一般に文系には難解である。だから満点なら他科目がよほどひどくなければ確実に受かる。
こう書いてきて思う。以上の諸々のすべては僕のその後の人生に決定的に重たい出来事だったわけだが、実は高2の夏にヒジをこわしたアクシデントひとつから発している。あれはカーブの投げすぎだったと思う。相手はどこだったか、練習試合の勝負所で4番の左打者に回り、2ストライクから7球連続でカーブのサインが出てファールが続いた。あれがまずかったかなと先輩捕手のHさんが言ったのを覚えているから痛くなったのはそのあとだ。それは1、2か月で治ったが、かばって投球練習していて次は肩に来てしまい野球人生が終わった。もしヒジをやってなければどうだったろう。間違いなく甲子園予選を目指して野球人生をまっとうしていた。そっちのほうに命を懸けていたからだ。とすると東大に入らねばなんていうマグマは溜まることもなく現役で違う大学に入って楽しくやってたろう。すると就職先も違った可能性があり、家内とは出会ってないから子供たちはこの世にいない。つまり野球断念は不幸な事件だったがそれで今がある。結構ではないか。7球連続ということはHさんが僕のカーブを信用してくれたということだ。自分の球は自分で見られない。短い野球人生だったがとてもうれしい。
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帰ってきたDeNA筒香、なんてうらやましい
2024 MAY 7 0:00:12 am by 東 賢太郎
帰ってきた筒香。復帰初戦で逆転3ラン。鳥肌が立った。前稿にこう書いた。
人間、何事も才能というものがある。何かの技能がうまいなあと思う群れの中でも図抜けている者がほんの少しだけいて、その者はそれで飯が食えるようになるのだが、今度はその連中の群れの中でさらに図抜けた「すぐれ者」がいるという塩梅だ。
凄い一撃だった。今年はボールが飛ばないなんて言ってるが彼には関係ないそんなもの。5年アメリカにいて不本意ながら帰国し、いきなりこれだ。軽く3,40本は打ちそうなこの男がなぜメジャーで駄目だったんだろう?今日もドジャース大谷は9号を放っていたが何がそんなに違うんだろう?「すぐれ者」の世界は凡人には想像もつかない。
セリーグのクリーンアップを見よう。DeNAは佐野88・牧97・宮崎85・筒香97。阪神は森下89・大山94・佐藤96・ノイジー100。ヤクルトはオスナ106・村上97・サンタナ104。中日は石川100・細川98・中田107。巨人は吉川78・岡本100・坂本86。そして広島は野間85・秋山86・堂林96・小園91・坂倉89。
数字は体重だ。なぜかというと全員が鍛えぬいて体脂肪率が少ないので筋肉量であり、最高位の選手だから技量はあり、これがほぼ長打力と思うからだ。中日の躍進はこれ、巨人は丸94が落ちて入ったのが門脇76、佐々木80で90台は岡本だけと軽量化して低迷。阪神、ヤクルトは文句なしの重量級だ。それが目下の得点数の阪神102、DeNA100、巨人82、中日91、広島76、ヤクルト130に現れる。ヤクルトは投手が悪すぎで本来Aクラスとすると順位はほぼ得点順になる。
広島の一軍は代打要員の松山96、会沢95を除くと上本76、田中85、宇草84、菊池71、矢野71、羽月73とベンチはちびっ子ギャングみたいで、レギュラーの90越えは堂林と小園だけだが二人とも目下ホームランはゼロ。投手が失点を最小に抑えてなんとか5位という惨状だ。だからこそ田村97の覚醒が必須だがまだ青くさく、期待は末包112の復帰ぐらいだ。60年カープを応援してきた悲哀はとにかく長打がないことで、ヘビー級の巨人に吹っ飛ばされるフライ級ボクサーみたいな惨めな思いを何十年も耐えてきたのである。
この球団がちびっ子ギャングのコレクターなのは伝統だが、それは菊池、田中レベルならいい。そこを外人で補うのも伝統でホプキンス、ライトルなど当たり籤を引き強力な投手陣で守り勝って優勝した。2016~8の3連覇も打ちまくってOPS8割越えをキープしたバティスタ107がいて丸94、鈴木誠也106、エルドレッド126と並んだ超重量級の破壊力が大きく、東京ドームで巨人をホームラン攻勢で粉みじんに粉砕した試合は積年のうっ憤を一夜で吹き飛ばしてくれた。
ところがバティスタがドーピングで消えてから外人が超不作であり、何が起きたんだという異変すら感じる。去年はデビッドソンが19ホーマー打ったが、それを解雇して取った名前も忘れた二人がオープン戦からぼろぼろでおまけに肩まで故障と聞く。キズモノつかまされたのか、いい加減にせい。
先日のDeNA戦、森下が7回まで無安打で、打線は10安打だがそのうち森下が3打数3安打のていたらく。勝つには勝ったがこっぱずかしい試合を見せられた。初戦は東に苦もなくひねられて完封負け、もうひとつも大貫の変化球に翻弄されて完封負け。全員が崩されてるし、振ってないし、左は東出直伝のちょこんと流す「当て逃げ」ばっかりで、それをしくじってケツを引いて弱弱しい空振りと、こんなみっともない打線がプロを名乗るのはやめろ。
客観的に見てカープのクリーンアップ候補は森下投手と床田投手であるのは、カープファンの方ならご賛同いただけるだろう。
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2年前の5月5日午前8時半の出来事
2024 MAY 5 8:08:57 am by 東 賢太郎
父が逝去して今日5月5日で2年になる。ブログにはあえて書いてないが、一昨年は大きな決断をしていて、ある職を辞すことを某社に告げた。それが亡くなる前日のことだった。もちろん翌日にそんなことになるとはつゆ知らない。それだけではない。もう係累はないが先祖は能登だ。今年の大震災の前兆だったのか、去年の5月5日にもM6.5の大地震が能登半島であった。父が何やら言い残したことがあったかと思った。
晩年は僕の肥えた腹を見てやせろやせろとうるさかった。そういえば去年の10月から運動しておらず体重がまずいことになってる。父は60キロもなくて97歳の長寿だったがこっちは80キロ越えだ。そこでGWに6日で28km走った。体重もBMI、体脂肪率もちっとも変わらなかったが6日目になって落ちてきたからやれやれだ。きのうは雲一つない晴天である。僕の棲み処は屋根の上に特設した小屋みたいなもので、斜面の3階だから風呂からそのままデッキに出ても人目がない。素っ裸で寝っころがって富士山を眺める。聞こえるのはピヨピヨ、チチチ、チュンチュン、ホ~ホケキョと360°のサラウンドで近くから遠くから空気をぷるぷる切り裂いてくる鳥のオーケストラだ。このためにここにしたわけではないが、そうしてもいいかなと思うぐらいの上等な音楽である。
このあたりは昼も夜も人がいない。前に住んだ代沢もいい所だが隣の犬がうるさくて閉口した。ここはそれもなし。いつも真夜中みたいに静かだ。その割に交番があり、住んで15年になるが犯罪は全くなく、町内会のつき合いやら妙な押し売りみたいなのも来ない。田園調布双葉学園が近いが上品な子たちで音は聞こえない。この完璧なプライバシーはヨーロッパに住んでた時と変わらず、この環境で猫がいてクラシック音楽をきけるならもう何もいらない。サラリーマンの子であるサラリーマンの僕には本来無縁の処で、他業界だったなら社長にでもならないとなかっただろうが証券会社に働いたおかげで縁ができた。
職業選択といえば、人間、何事も才能というものがある。何かの技能がうまいなあと思う群れの中でも図抜けている者がほんの少しだけいて、その者はそれで飯が食えるようになるのだが、今度はその連中の群れの中でさらに図抜けた「すぐれ者」がいるという塩梅だ。自分はうまいなあぐらいの最低限の群れにはいたかもしれないがそれで飯を食える水準ではなかった。あらゆることでずっと上の人がいるし、なぜ得意でもなかった仕事に従事してうまくいったかは不明だ。それは両親の愛情のおかげと思う以外に説明がつかない。それがツキを呼んでくれ、何かに押し上げられて柄にもないことができてしまった感じしかない。
そして今は自分が親になって、子供や子孫にそうなってほしいと願う番になっている。人の道というものがあって、誰しもちゃんとそこを歩くようになっているようだ。父は僕に野球がうまくなる方法や成績が良くなる術を教えたりはしなかった。「自分の頭で考えろ」が口癖で学習塾に通わせることもしなかった。バカだった僕はそれにかまけて小学校で勉強した記憶はなく、どこだったかすら覚えてないが受験した中学は全部落ちて屁のカッパだった。僕がたどった道は、親の愛情に押されて悩みながら自分の頭ですべきことを見つけ、才能はなかったが頑張れば食えるものについに出会ったというだけだ。だから子供にも方法を押し付けることはしない。自分で悩んで探さないと自分のものではないからだ。親はいなくなる。そこで頼りになるのは自分で考えて見つけたものだけだ。
5月29日は母の命日、8回忌だ。2017年のそのとき、母がいなくなったという事態がのみこめず心身ともおかしくなった。間髪入れずアメリカに飛ぶことがなかったらその後どうなったか知れず、あれこそまさにツキであり母がそれを用意してから安心して逝ったと思っている。大病を何度もして、けっして虚弱な人ではないのに、目、心臓、胆のう、卵巣、大腿骨、手首と6か所も大きな手術をした。ペースメーカーを入れ、手首も足首も注射の跡で痛々しい紫色だった。そういうことも遺伝しているはずの僕は、しかし、いまだに体にメスを入れたこともないのだ。母が身代わりになってくれていたとしか考えられない。そうやって育てられ大人になってからはじめて先祖のことを話してくれ、だからどうということもなく「うまくやってね」とだけ言う柔らかな人だった。うまくやってね
両親がいなくなった2年は何やら空洞の中を彷徨ってきた気がする。仕事のことは相談する気などなかったのに、今となってこれ大丈夫だろうかときいてみたくなる。何度か父にきいたことはあるが、業務内容は知らないのになるほどという大人の知恵と常識があり、そうした巌としたバックボーンに見えないままに守られていたことを悟った。高校の反抗期で父には申しわけない振る舞いをしてしまったことがあったが、そうやって男として自立でき、父は受け入れてくれ、それが受験で仇をとってあげたいという強烈なモチベーションになった。結果的に、それは自分にとっても良いことになった。
世の中には親を大事にしない人がいる。子を殺す親もいるのだからいろんな事情はあるのだろう。しかし動物でも子は守るし子はそれに甘えて健全に育つ。人間も動物であり、それが自然の理にかなった行動であるはずだ。ただし動物は育てば自立を促されて追い出され感謝はしないだろう。人間はする。それが人間の特質だ。だからそうでない家庭には何か自然を妨げる原因がある。感謝はうわべの儀礼ではなく、奥深い心の作用である。だから親に感謝できない人はその人間たる心の作用が働かない人で、他人にも儀礼はできるが感謝はできない。そうした人が増えれば社会を非人間的にすることになり、あわよくば暴力や社会騒乱をひきおこし、ウソつき、詐欺師を出現させることにもなる。
こうして人並みに親に感謝できることの幸福をかみしめていることを父に報告したい。
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日本という国に本気で自信がなくなってきた
2024 MAY 2 1:01:19 am by 東 賢太郎
モーツァルトはインフレを知っていたと確信している。借金は得だということをである。インフレ率10%としよう。彼は2000万円ぐらい稼いでいたが2000万円借りる。2000万ぱ~っと使っても翌年の借金は実質1800万に減っており、同じ仕事をすれば2200万もらえる。カネは回りさえすればよく、借金を減らす努力はしなくても減るのだからインフレが予測さえできれば借りまくるべきだ。彼は予測できた。当時の貨幣グルデンは金含有で信用がなかったから価値が下がることをだ。カネに博識の父親をもちフリーメーソンで他国通貨の情報も得ていた。彼の知性をして予測できないはずがない。物乞いの手紙を書き借金にあえぐモーツァルト。贅沢と博打に浮かれ財産を残したモーツァルト。この二者をひとつにする理屈はそれしかない。
恥をさらすが僕もサラリーマンの最後の方で1億5千万ぐらい借りてぱ~っと使った。モーツァルトとは真逆でデフレの中だから大馬鹿の大損であり、一時は家を売るかという所まで追いつめられた。やっちまったことだ、何も考えずにまじめに働き、会社を作って10年かけてやっとこさで返済した。今はさあいよいよ増やすぞという段取りになってはいるのだが、このところ、だんだん日本という国に本気で自信がなくなってきた。特にこの2年の政治はあまりにひどい。先日の訪米で嬉々として見せた「バイデン閣下の靴でもケツでもなめます」アピール。こんな恥ずかしい男を評価するまともな男は世界のどこにもいない(アメリカにもだ)。彼は首相公邸で浮かれたあの息子が還暦を過ぎたらなるこうなるだろうという、まさにそういう人だったんだなと思った。「恥を知る」という日本国民のゆかしきプライドまでずたずたにしているのは不快この上なく、看過できない。
彼は政策も政略さえもなんにも自分で決められず、議会演説までバイデンに書いてもらったアメリカのパペットだ。何をしでかすかわからない人だと永田町ではいわれているらしいが、アメリカが決めてるからわからないだけだ。日本の税金を搾り取るのが仕事だから日本人に嫌われるのは当然であり覚悟の上だ。だから支持率暴落、補選全敗は想定内で屁のカッパでGWは海外に遊びに行ける。国内で叩かれれば叩かれるほどバイデンが「よくやった!」と守ってくれるこの悪魔の図式を日本国民はいよいよ見抜きだした。自民党のお歴々も野党もアメリカが怖くて打つ手はない。このことをマスコミは見事にどこも書かないが、同じく全社が完全無視の案件はみな背景が同じである。だから岸田政権は墜落寸前の支持率のまま、地上すれすれを滑空するジャンボ機みたいに飛び続けるだろう。
島根県はいろいろあって松江、出雲に何度か行っている。県知事、市長、町長さんらにお会いしたし竹下さんの立派なダムも拝見した。地方財政は楽でない。だからどこも公共工事と政府の交付金が大事なのは昭和からの歴史であって、財務省とのパイプは何より大事である。その大黒柱である中国財務局長が候補者になったのだからいくらなんでも勝つと思っていたが常識があっさり覆った。立憲に共産も組んでるのだからリベラルの支持だけでなく自民忌避がなくては日本一の保守大国でこういうことはおきない。
2009年に民主党が政権を取った時のことは当選した友人の議員から内情を聞いてよく覚えている。あの時は密室で国民には意味不明のまま誕生し、何をやってもさらに意味不明だった森政権以来の自民の党首の無能、無策と政治とカネ問題から民主党が政権交代を強く訴えたことが「自民にお灸を」の流れになった。お灸だから病が治ればよく、3年で安倍政権に戻った。しかし今回はどうか。自民が左翼化し保守の戻るところがなくなった。2009年のGDPは世界2位だったがもう4位で経済力は見る影もない。当時より著しくアメリカの属国化が進み、パイプのない野党は財務省を通してしか認知されず本気で政権をとる気も実力もない。だから当時とは全然違う。それでも常識は覆っているのである。
思い浮かぶのはフランス革命前のブルボン朝を風刺した左の絵だ(下層民が聖職者と貴族を背負っている)。このころフランス財政は火の車だった。下層民(第三身分)からはこれ以上増税しようがないほど税を徴収していたにも関わらず聖職者と貴族には年金支給と免税特権が与えられ、下層民がどれだけ頑張って立ち上がっても権力側の反対勢力に潰された。マグマがたまる。追い打ちをかけたのが農作物の凶作だ。食えなくなった第三身分がバスティーユ牢獄を襲撃して革命ののろしが上がる。この凶作は1783年、アイスランドのラキ山大噴火による噴煙で全ヨーロッパが昼間も暗くなってしまったのが原因であってフランス政府に落ち度があったわけではない。しかし怒った民には関係なくみんなギロチンで斬首してしまった。
ラキ山の噴火と同じ1783年に日本でも岩木山、次いで浅間山が噴火して各地に火山灰を降らせ、天明の大飢饉がおきた。農村部は死人の肉を食うほど飢え、逃げ出した農民は各都市部へ流入し治安が悪化した。江戸や大坂で米屋への打ちこわしが起こり、江戸では千軒の米屋と8千軒以上の商家が襲われ、無法状態が3日間続いた。これが1787年のことで、奇しくも日本とフランスは “同期” していたわけだが日本で革命はおきなかった。ここで老中である松平定信による「寛政の改革」なる、いわば首相官邸の強権発動が為される。これが江戸幕府の崩壊を50年ほど引き延ばしたという人もいるが、ともあれ幕府はつぶれた。
貧困と飢饉。日本はだんだんこれに向かっていないだろうか。一応まだ一流国だからアニメみたいなことはないが、いちど世界でちやほやされ贅沢を覚えてしまった我々が既に平均年収がシンガポールの半分以下で韓国にも抜かれそうだ。訪日外国人に「日本は最高、なんでも安い!」と喜ばれるが、それは我々が海外で言ってたセリフだ。ハワイの入国審査では単身の日本女性の追い返しがおきている。アレの出稼ぎを疑われるらしく、そこまできたかと衝撃を覚えるばかりだ。さように低所得者層の貧困はすでにある。そこを襲ったのが急激な円安だ。この2年の岸田政権下で国の経済力も威信もプライドもつるべ落としなのだから円高に戻る理由は何も見当たらない。この為替レートだと夏から秋にかけて生活物資や食品の値段が大幅に上がる。商品はスーパーに並んでいても高くて買えなければ飢饉になる。いまの物価高はコスト増で見かけだけのインフレだ。そもそも30年も緊縮財政をやって景気回復のチャンスをことごとく潰してきた日本はインフレなんかにならない。
ということは、冒頭のモーツァルトの話を思い出していただきたいが、日本は借金をするのは馬鹿者だという国であり、これからもそのままなのである。そういう中だから世界を驚かす発明をしたり技術革新をしたり会社を興そうという人は減るし、いてもアメリカに行ってしまう。日本をまだ一流国と勘違いした若者は海外留学に行かなくなっており、そのうち自分は国以上に一流でなかったことに気づくだろう。地元の公務員が新卒の第一志望になる。国は賢明なのだから正しい国家計画をしておりそのコマになるのが安心安全という考えだろう。賢明で正しければこういうことになっていないのだが、文科省という国家のもとでは大学はそう教えないので純ドメ真理教の信者みたいな使い物にならない学生ばかりが出てくる。だからだろう、今どきの商社には海外赴任はしたくないという人が入社し、自分は絶対借りませんという人が銀行の融資担当になり、株だけは買ってはいけないと親に教えられた人が証券会社の営業デスクに並んでいる。
前稿でこう書いた。
① 明日が今日より良い日と思いたい
② 他人に干渉されずに生きたい
③ そうできるような社会を保ってもらいたい
僕は保守でもリベラルでも何でもない。右だ左だのというくだらない区分けだの政局だのなんてものに興味もないし、そんな議論に参加していると思われるだけでも不快だ。政治家はコストセンターとしか考えてない広義のアナキストだから政治に望むのはその3つだけなのである。国家計画経済のコマになれ、それがエリートだなんて考えを生む環境を作るのは自由主義社会では思想的干渉以外の何物でもなく、そんな国で明日が今日より良い日と思えるのは税金チューチューの連中だけであり、中抜きはGDPにも貢献しない。そういう政治家はダニとはいわない。ダニに失礼だからだが、税金をドブに捨てるのを納税者として排除したい。賢明でないはずの庶民が借金して繫栄する図をどうやら国家は見たくないようだ。彼らが本当に賢明でコストに値するなら百歩譲ってそれでいい。しかし、どう見ても頭がいいと思えない人や、学歴詐称している社会人として論外の人までが国家をやっているとなるとそうはいかない。
10年借金をした大馬鹿者の肌感覚だ。日本はデフレである。30年の下げ相場で、日本人の古来よりの気質である「貯めこみ好き」が全開になってしまった。物価が上がったから起業しようなんて酔狂な人はおらず、ますます貯めこまなくちゃとなるだけだ。これは国民性だから根深い。高利でカネを借りてまで使いまくる「消費大好き」のアメリカ人や中国人とは完璧に別種の人間だ。景気過熱を案じるアメリカの金利と、ゼロでも借りない日本の金利を同次元で数字だけ比べること自体がナンセンスなのだ。そこでおこった大幅、急激な円安だ。金利を上げれば経済を殺す。賃上げは消える。住宅ローン金利は上がる。大量に出した国債の金利もかさむ。といって、ドル売り介入は経常黒字分だけじゃあ弱っちい。米国債を売りたいがバイデンの犬っぷりをさらした岸田がそんなことをできるはずがないと金融界にナメ切られている。こういうのを王手飛車取りという。だから売られるのである。
金利差だけの問題ならいずれ片づくが、僕はもしかしてそうでないかもしれないと感じ始めた。国債を出して国がどんどんでかくなる予算を使えばカネは増えるが貯めこみで次に回らず税収は増えない。増えただけカネ(円)の価値は下がる。実質金利は日銀総裁がどう否定しようがマイナスだから企業は借りず成長もしない。通貨価値の後ろ盾は徴税権の価値だが、日本国はそこが大丈夫だろうかという疑念がないか。「日本弱体化」を売っているのではないか。日銀は投機筋と戦うなどと言ってるがそれは金利差のさや抜きだけが行われている場合の話だ。日本売りの場合は投機筋なんてものはどこにも存在しない。それは裏金問題で国民が自民党政治を見限りつつあるのと同様に「質の劣化」を売っている可能性がある。僕が留学していた時のドルは240円だったがジャパン・アズ・ナンバーワンの本がアメリカで売れた時代を経て100円になった。我々はそれに目が慣れ、当たり前と思って円安と騒いでる。ジャパンはもう落ち目のナンバー4なのに。
とすると、インフレにならないのだから、モーツァルトに学んで借金して増やすチャンスは知れてる。残りの健康人生5年あるかどうか。4年がんばって成功して使おうと思ったらあと1年?そんな大馬鹿をまたこいたら何のために生まれてきたのか親に申しわけない。ならば資産を現金にして家内とぱ~っと使っちまうかという気が俄かに出てくるのは仕方ない。子供たちの分は残すが、いいか、もうこの政治じゃあ日本は20年後に国があるかどうかさえわからない、だからやばいと思ったら田畑売って金持ってオーストラリアかどっかに移住して幸せに暮らせ、といってる。一介の町人にできるのはそれぐらいだ。
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自民党の補選3敗に思う
2024 APR 29 22:22:59 pm by 東 賢太郎
① 明日が今日より良い日と思いたい
② 他人に干渉されずに生きたい
③ そうできるような社会を保ってもらいたい
僕が政治に望むのはその3つだけだ。自分でやる気はないからそのコスト(税金)は応分に負担する。誰がやってもいいから押しの政治家はいない。いるのは「①~③のどれかで不合格の政治家」だけだ。
僕は棚ぼた(税金、利権だのみ)の生活も社会も良いものと思っていない。人間はまじめに努力し働いて①➁を得れば他人に干渉もせず明日は良い日になると考えている。「ずる夫」「ずる子」がいれば、その循環は途切れて社会は乱れる。
権力者は初めから権力者だったのではない。他を武力で圧した者が弱者を収奪して財を蓄え、さらに武力をつけた。それが権力となり、代々勤労せずに特権を保持する仕組みを作った。「ずる」はそうして生まれた。
日本は1万3千年前から縄文時代が1万年も続いた国だ。その間に世界4大文明が発祥した。つまり「ずる」は人類にあまねく分布するが日本にはいなかった。③が長く保たれた地球上唯一の国だが、③は文明とは呼ばれない。それだけ。
弥生時代に現れた権力は別人種の征服王朝だが混血して現日本人となる。平安時代に政略結婚(ずる)が横行し、王朝は「藤原さん」だらけになってしまう。藤原氏は官職(権力)を世襲し、税金を払わなくてよい特権階級のはしりである。
藤原さんは免税特権がなくなると「ずる」が効かなくなり、あっさり没落した。まじめに武術にはげんだ平氏に権力を奪われ、明治維新まで武士の時代になる。そうして「日本人のまじめさ=強さ」の盤石の方程式が700年かけて完成した。
藤原全盛の時代は外憂がなかった。白村江で負けた唐が滅んでくれたからだ。日本は外敵が来ると政治がひきしまる(明治維新)。来ないと藤原さんが出る。アメリカさんに隷従で外憂が消え、藤原さんだらけになったのがいまの自民党だ。
自民党が補選3敗した。国民は「脱税裏金党=藤原さん」だと気づいた。「国民ごまかし=ウソつき=不まじめ=実力なし」がバレた。拝米=増税=外憂だから「弱い自民」が政権与党では自分の生活が危ないと国民は見ぬいた。
岸田独裁(地検の安倍派潰し、訪米の大歓待)はバイデン政権の策略だ。日本にとって国益ゼロの拝米政権であることをやがて国民は気がつくだろう。だから支持率はゼロに向けて下がると読んだ。(日本人に砒素のように効くLGBT法)。
岸田はポチが価値で、防衛とウクライナ予算を通すだけが役割だが失脚するかもしれない。そこで、スペアに総理並に拝米の上川陽子の名前が出てくると読んだ(次期総理大臣を物理学で推理する)。予想通り推したのはCIA新聞の読売だ。
バイデンが怖い自民は岸田おろしを正面からできない。訪米成功と勘違いした総理は補選に勝つと解散しかねない。そこで茂木幹事長は手抜きの応援で負け「逆風でした」と言った。「順風」だろ。この勘違い、もう自民はオワコンである。
国民が見ぬいた「拝米」の是非が次の衆院選、総裁選の争点になる事をバイデンは知っている。ポチが死んだら大統領選に響くから懸命に守る。岸田はそれが唯一の命綱だからこれまでの何倍も、風がおきるほど盛大にシッポを振るだろう。
この劇的な円安は総理のポチぶりを見たウォールストリートが「日本は弱っちい」と日銀をなめくさったことが一因だ。円キャリーやってやばくなったらどうにかなる。怖くないから思いっきり売られ、日本人の生活を締め上げてる。
国民はアメリカとうまく付き合いつつ国益を命がけで守る強い政治家を望んでいる。英語はしゃべりゃいいってもんじゃない、使ってナンボの道具である。
不合格の政治家とは
① ウソつき(泥棒の始まり。脱税も裏金も平気。死ななきゃ治らない)
② 不まじめ(政治は看板。特権階級になりたい。窮地でケツまくり逃げる)
③ 自分ファースト(国益は二の次。ウソと利権作りと地盤培養だけのプロ)
④ 藤原氏(世襲ファミリー政治家、領地の「無税」「治外法権」特権で繁栄)
何党であろうと、こういう政治家にはまっさきに落選してほしい。
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大人の童話「つるのおんがえし」(つづき)
2024 APR 27 22:22:20 pm by 東 賢太郎
前回のおはなし
つづき
「おまえは泥棒サギだったんだな!」
「あらまあ、おじいさん何をおっしゃるの、ワタシ、鶴だわよ」
「ウソつけ、家具がなくなってるじゃないか、それなら鶴の証明書を見せてみろ!」
翌日のことでした。おばあさんが息を切らせながらこっちに駆けてきます。
「おじいさん、おじいさん、これ見てよ。動物園の張り紙だよ!」
そこには娘のへたくそな似顔絵が貼ってあり、その横に「本証明書は当園の正式な手続きにより発行された。信憑性を疑った者は名誉毀損である」とある。
不審に思ったおじいさんおばあさんは、すぐに動物園に出かけます。
「鶴のオリはどこだろう?」
あちこち探しまわると、あまり見かけない鳥のオリがあり、その中に汗水たらして買った家具が見つかりました。
「おばあさん、あったぞ!」
「おじいさん、よかったわね!」
「くそ、やっぱりあの娘は鶴なんかじゃなかったんだ」
「そうだね、でもなんて鳥なんだい?」
おじいさんおばあさんはオリの名札に目をやります。
「おばあさん、見てごらん、やっぱりね」
「おじいさん、やっぱりだったね」
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春の祭典ブーレーズ盤のミス
2024 APR 27 1:01:43 am by 東 賢太郎
完璧のように言われているブーレーズCBS盤だがミスはある。本稿では数多おられると聞く「春の祭典フリーク」の皆様のためにそれをお示しする(まだあるかもしれないが気がついた限り)。妙な音?も含まれており、ミスだけではないから「これで曲を覚えてしまったので後に困ったことになった所」のリストである。スコアは https://imslp.org/ で無料検索できる。
第1部
序奏2小節目 ホルンの3連符の2音目が長すぎ(ミス)
練習番号22 ティンパニがチューニングするb♭音が混入
36の3小節目 ピッコロ・トランペットの d が c になっている(ミス)
第2部
93の直前 スネアドラム?のような音がかすかに鳴る
98の前の小節 コントラバス?の g# がかすかに鳴る(なぜだろう?)
193の前の小節 ティンパニが十六分音符一個飛び出し(ミス)
〈ここでブーレーズが何か言葉を叫ぶ〉
194の2小節目 またミス(立ち直れずそこから4打が乱れる)
この録音は1994年のCDでは「Severance Hall, July28,1969」と記載されているが「練習場(教会)で楽員に伝えず一発どりした」とティンパニストのクロイド・ダフからきいた弟子の方が僕の上掲youtubeにコメントをくれており、とすれば記載は表向きの情報ということになる。193ミス直後のブーレーズの叫びは「止めずに最後までやれ」ではないかと想像する(聞き取れない)。あそこは切り取ってやり直しがきかない。195からエンディングまでの追い込みはライブさながらの熱したアッチェレランドであって、その瞬間に、一期一会の出来と判断したのだろう。うがった見方かもしれないが、それがあったから最後の3ページの、ライブでもそうはない白熱の締めくくりができたかもしれない、だから録り直しをしなかったのではないか。
「スコアにレントゲンをかけたようだ」という1970年当時の日本でのコピーは静的で分解能の高さを謳ったものでうまい表現だが、それは多分にCBSのプロデューサー、録音技師、スタッフの音の作りこみの特性である。演奏としての特徴を書くとこうだ。ミクロに至る指揮者のスコアリーディングのレクチャーに全奏者が納得し、技量が図抜けている彼らがモチベーションを持って実現する演奏自体が時々刻々彼らをインスパイアし、成功させるための尋常でない緊張感が支配しながら、名人ぞろいでリアライズに余裕がある演奏だ。つまり、オールスターメンバーがサドンデスの決勝戦に臨んだような、極めて稀(まれ)だが演奏会場で数回しか遭遇したことのないライブ演奏に近い。つまりレントゲン写真よりカルロス・クライバーとベルリン・フィルのブラームス4番に近い。それをこれまた稀であるオーケストラに近いマイクで倍音まで拾う分解能で記録した、稀×稀の超レアな録音なのである。
以上のミスをブーレーズが気づかなかった可能性は限りなくゼロに近い。アナログのマスターテープの修正はできなかったか、または、何らかの別な理由で見送ったと思われる。おそらく両方だ。演奏中から、録り直してもこうはいかないとブーレーズが判断したことだ。上記のティンパニ奏者クロイド・ダフ氏(1916~2000、首席奏者在籍期間1942~81)によると。朝8時に始まった「練習」は止まらず、ダフは「よし最後までやったろうじゃないか」とホルン奏者と目くばせしたと書いている。ブーレーズがオーケストラを欺いたのか興がたまたま乗ったのか、いずれにせよ奏者は予期してなかったからこそのライブ感と思われる。修正は音源をデジタル化してからなら可能だが、そうすると僕がyoutubeにあげたLPレコードとCDの齟齬をこうして指摘する者が現れ、著作権問題はなくとも指揮者、オーケストラの美学上の問題はありえた。
この稿を書くかどうか長年迷ったが、このミスを誰かが指摘しているかどうかは知らない。クロイド・ダフ氏はジョージ・セルが信頼し彼の時代のクリーブランド管弦楽団を支えた名手中の名手であり、ティンパニストの方は憚ったのかもしれない。名誉のために書くが、193,4は三連符の中なのを頭を叩いており同じ勘違いであり、セッションを分けて録るつもりだったのが一発勝負になってしまったからの本来あり得ないものだ。彼はそれ以外は全曲に渡って音程、リズムともそれこそ完璧でこの演奏の成功に大きく寄与している。152の f-d-a-f は今でもヘボいのが多く、これで記憶しているのでほとんどがアウトだ。僕がまずこのレコードを好きになったのはティンパニの音のすばらしさに衝撃を受けたからで、彼あってこそその音をアップしたバランスで録音する発想が出ただろう。
僕は同録音のLPレコード2種(①初出盤と➁米CBSリプリント盤)、③米CBSカセット、CDはドイツで買った④1994年SONY盤(Super Bit Mapping、オランダ製造)⑤2014年ブーレーズ全集SONY盤を持っているが、①が倍音成分が潤沢で音彩が豊かであり、リプリントのたびに落ちている。ただ解像度は④が高い。PCでは(僕のヘッドホンでは)チューニングのb♭は聞こえにくいかもしれないが④では明瞭だ。
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クラシック徒然草《「春の祭典」論考》
2024 APR 22 21:21:56 pm by 東 賢太郎
本稿は「ブーレーズ / クリーブランドのトランペットの僅かな間違いの問題」に正答され、先日、だいぶ前の稿(マリス・ヤンソンス)にコメントをくださり、よろしければとお薦めのデプリースト / オレゴン盤を貼ってくださったhachiroさんがいかに「春の祭典」をお好きかと知ったその一点において、心よりうれしく、また触発もされたことで書いた。
同盤は初めて聴いた。hachiroさんは8位に推されているが、トーマス / ボストンを評価されていることからも納得がいく。練習番号86の第2Trのfがgなのは個人的には賛成しないのと、ティンパニが146の入りが少し(二度目も)、149の前の小節ではかなりフライングなのが惜しいが、録音もアコースティックも良く楽しめた。世界のオーケストラの同曲の演奏能力は70年代から伸びた。米国が一頭地をぬいたが、ジュリアード、カーチスの俊英(オケの人数しかいない)が各地で主席クラスにつくという欧州にはない中央集権的エリート養成システムの威力は小澤 / シカゴ響の1968年(!)の録音で確認できる。その恩恵はオレゴン響にも及んでいたのかと思わせる出来だ。
思えばもう20年前からほとんど買ってないし実演を聴いてもいないから祭典フリークは名乗れなくなった。この曲は20世紀最高のクラシック作品である。しかし、何度でも書いてしまうが、僕にとってはブーレーズCBS盤が規格外なのだ。2度きいたブーレーズの実演でもこんな音はしなかった。だからもう絶対に現れないイデア化した「レコード上のクラウドな存在」という意味でビートルズのSgt Pepper’sと同格になってしまった唯一のクラシック録音だ。となると誰のを聴いてもコピーバンドのSgt Pepper’sになってしまっているから困ったものだ。
ブーレーズCBS盤は複雑な各パートのリズムの精緻さが “数学レベル” に尋常でなく、そういう頭脳の人が指揮台に立っている緊張の糸が全編にピーンと張っているということだけにおいても驚くべき演奏記録だ。第2部序奏は、高校時代、別な恒星系の惑星に連れてこられた気がして背筋が凍っていた。管弦の mf を抑え、逆に、pである緩い張りのバスドラとティンパニを mf に増量した練習番号80は山のような岩から真っ赤な溶岩流がぷすぷすと噴煙を吐いて押し寄せるようで、恐怖で眠れなくなっていた。87(楽譜)ではいよいよ異星の奇怪で巨大な生命体を目の当たりにし、それが面妖に蠢きながら虚空に白粉のようなものを吹き上げている仰天の光景が見えてしまった。
僕は文学的、詩的な傾向の人間でもSF小説マニアでもなく、音楽からこんなにリアルで色まであるヴィジョンを受け取った経験もないから自分でも驚いた。このレコードは発売してすぐに買ったが、「スコアにレントゲンをかけたような演奏」がキャッチコピーだった。レントゲン?そんなものはかけてない。彼は mf を逆転させているように何かを “抽出” しているのだ。それはまずストラヴィンスキーの脳内に響き、スコアに内在しているものだ。いったい何だろう?僕は知りたい一心でスコア研究にのめりこみ、1991年にアップルのPCと米国製MIDIソフトとシンセサイザーとクラビノーバを買って、自分でオーケストラ・スコアを鳴らしてみた。この実験は鍵盤の前で膨大な訓練と時間を要求したが、それに見合うたくさんの感動と学習があった。
この曲はリズムだけでなく管楽器、打楽器の比重が弦より重い点でも伝統を破壊している。弦は91のVaソロ6重奏(ドビッシー「海」Vcの影響だろう)以外にレガート的要素がなく、その部分の旋律は(Vaだけロ長調で書いているが)シ、ド#、ミ、ファ#の4音だけででき、複調、鏡像の対位法であり、同じ4音のVc、Cbソロのピチカートと空疎なハーモニクスが伴奏するという超ミニマルな素材で異界の如き音楽史上空前の効果をあげ、最後の1音で弱音器付きTrがpppでひっそりG♯mを添えるとレ#が短2度でぶつかった三和音世界に回帰してほっとさせられる。以上たった8小節の事件だが文字で描写するとこれだけかかる。顕微鏡で分析すべきレベルの微細な和声とオーケストレーションの実験が為されており、ここをすいすい奏者まかせで通り過ぎる指揮者はもうそれだけでパスだ。
この曲が人口に膾炙しているのはロシア(ウクライナ)民謡由来の旋律を素材にしていること、つまり音素材も旋律素材もシンプルで朴訥で親しみやすく、奇怪の裏に仄かに人肌が残っている点で12音技法と一線を画しているからだ(「結婚」はよりそれが鮮明である)。素材がロマン派的効果に向かう火の鳥の因習的世界を「回避」したのがペトルーシュカだが、ついに「拒絶」に進んだのが春の祭典だ。従って、素材の口当たり良さを表に出しつつリズムの饗宴に仕立てて興奮を煽る最近の傾向は作曲者の意図とはかけ離れた “ロック化” であり、セリエル音楽だけがもっている、まるで入学試験会場のようなシリアスな緊迫感と微視性を張り巡らせたブーレーズ盤とは一線を画すどころか、もはや別な曲である。
論考というタイトルにしたが、この曲について語りだすとあの指揮者がどうのこうのというお話にならない話題には至らず、ワンダーランドのようなスコアのミクロ世界に入り込み、ブーレーズ盤でそこがどういう音響で鳴っているかに収束してしまうのはどうしようもない。口で話しても数時間はかかる。止まらないのでやめるが、演奏とはそこから何を読み取ったかという指揮者の脳内のリアライゼーションに他ならない。ブーレーズの聴覚、解析力は音楽世界でなくとも破格であり、高校時代、強烈に響いたのは彼の読み取ったもの、ストラヴィンスキーの脳が天界からのシグナルを受信したが自演ではリアライズされていなかった何物かだと考えるしかない。同様の経験の方はきっとおられるだろうが書物、雑誌等でそうした論評に出会った記憶はない(あれば感動して覚えている)。つまり以上はゼロからの私見であり、そこからブーレーズが産み出した音楽に興味が移り、20世紀音楽の森に分け入ることになった。クラシックへの入り口がそこだったのはやっと齢70手前でシューベルトに涙する境地に至れたという意味でとても回り道だったが、作品との関係というものは秘め事のようにプライベートでインティメートなものだと思う。
ブーレーズは春の祭典を研究している頃(または以前)にこれをピアノで着想したと思われる。ウェーベルンやメシアンが聞こえつつも、後に管弦楽に写し取った音響には春の祭典CBS盤の嗜好が伺える。
ピアノのための『12のノタシオン』1-4 & 7(1945)管弦楽版(1,7,4,3,2の順)
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小池都知事の英語力を判定する
2024 APR 20 1:01:49 am by 東 賢太郎
英語がうまい人を「ぺらぺら」という。この語は漱石が「坊ちゃん」に使っているから古い。ぺらでもべらでも構わないが、要するに何を言っているのかわからないものの擬態語だから犬のわんわんに等しい。猫と会話できるなら「あの人、猫語にゃーにゃーだよ」という感じだ。我々は誰しも日本語ぺらぺらだがそれ以上でも以下でもないように、外国語もぺらぺらだからその国の大学を卒業できるわけではない。
政治家に必要な英語力なるものは、相手を動かすための複合的なパワーである点でビジネス英語に似るだろう。その観点からすると、動画で見る小池都知事の英語はうまい。政治家の中なら偏差値70だろう。発音のそれっぽさという点でも余裕で使いこなしているという点でも間合い・抑揚という点でも、ネイティブと相当な時間を費やさなければこうはならないと断言できる。しかし、とすると不思議なのだ。なぜカイロ・アメリカン大学からカイロ大学に転校したのだろう。学問的意図かというとそうも思えない。前者は米系私立大学で英語だから頑張れば卒業できたかもしれないし、そうしていれば何の問題もなかったわけだ。両校の違いを知る日本人は多くないだろうから、もし箔をつける目的だったならあまりリスクリターンの良くない選択だったように思える。
とすると「女帝」にある以下の仮説がより説得力を増す。中曽根総理とコネのあった父親が現地でそれを使い、エジプト政界有力者が “面倒を見よう” となった。軍政下だから大学は従うため、有力者のお墨つきを得れば「卒業」でも「首席」でも大学は否定しない。よって日本で自信をもってそう発表した。お墨だけだから卒業年月日はない。したがって、それのある名簿に載らない。卒業証明書も出しようがない。しかし有力者の決定を覆せないカイロ大は卒業していないとは言わない。よって、消去法的に、「カイロ大を卒業している」のだ。
だから2020年に日本で「嘘だ」と騒ぎになっても証明書は出なかった(よって「困ってるのよ」となり、今の偽装工作問題になっている)。2022年に小池氏はカイロ大学を公務として訪問し歓迎されているが、喉から手が出るほど欲しいはずの卒業証明書をなぜもらってきていないのかもそれなら説明がつく。押しても引いても出なかったのならカイロ大は政治に配慮しつつも学府の矜持は守ったことになる。小池氏が声明文を自作したとしても大学は自らが書いたとは言わず、エジプト国家(大使館)が裏書するだけだ。しかし大学も偽物だとは言わないのだから、「卒業がなかった」という証明は物証からは難しいのではないか。
この有力者の後継者が現在の有力者で、小池氏が日本国でODA等に関わる権力を握ることはエジプト政府にとって格好のポジションだから、私文書偽造罪で裁判になれば2020年のお手盛り声明を大学もが追認して救い、しかし卒業証明書は出さないまま小池氏の弱みを握る政略に出る可能性は否定できない。となると、法律違反であろうがなかろうが、それ以前に、小池氏が政治家でいることは日本国のリスクであるという主張には反論が難しくなる。岸田氏がアメリカ盲従なら、小池氏はエジプトのそれになるかもしれないという疑念は否定できなくなるからである。
この事態をまねいた種は小池氏が自らまいたものだから自分で除去するしかない。ただ、マスメディアにも責任がある。エジプト留学帰りだ、要人のアテンドもしてる、きっとアラビア語は堪能なのだろう。ここで彼らは「ぺらぺら」だけで海外の大学を首席卒業できると本気で信じたか、疑いはもちつつも商売として祭り上げたか、いずれにせよ彼女をキャスターに起用するなどして囃したて、様々なストーリーをまつりあげ、その国民的人気に乗じて政治家が群がってくることで『小池百合子というキャラクター』を国民の脳裏に植え付けることに成功したのである。それは小池百合子その人ではない。彼女に似てはいるが画面上だけに存在するバーチャルなイメージである点、ボーカロイドの初音ミクや、そらジローや、チコちゃんや、ひこにゃんや、くまもんや、つば九郎のようなものだと考えた方がわかりやすい。
小池氏を揶揄するわけではない。その現象はフランスのマルクス主義理論家、哲学者、映画監督であったギー・ドゥボールが看破した「スペクタクル」であるといっている。ここで詳述しないが、彼の著書によれば「社会」はマスメディアが生成して拡散するイメージ(表象)が支配し、イメージの集合体としてではなく、それが媒介する人と人との関係のことをいうようになる(もちろん政治もだ)。発刊は1967年だが半世紀を経て世界はまさにその通りの様相を呈している。トランプ大統領の出現はその象徴であり、小池百合子のキャラ化もその素地に根を張っている。だから彼女は選挙に圧倒的に強く、楽勝で東京都知事になり、キャラ化したら醜怪なだけの自民党議連のお歴々をぶっ飛ばせたのである。
もっと具体的に書こう。昭和のころ、銀幕のスターたちは映画館でしか顔を見ないにせよ、ファンには生身の人間として認識されていた。サユリストの間では吉永小百合はトイレに行かないという伝説があり、そう信じたいファンが多そうだなというフィーリングの伝播は “さもありなん” だという婉曲な形態でもって、彼女は半ばキャラクター化されてはいた。しかし、それがどうあろうと、昭和の世の中においては吉永小百合は早稲田大卒の女性であった。かたや初音ミクはというと、女性のようだが年齢も出身地も不詳であり、学歴はあるかないか誰も知らない。しかしファンにはどうでもいい。キャラクターとはそうした性質のものであり、それでも人気があって人が集まるのだから銀幕スターと何が違うのかということになり、社会も政治もイメージによってドライブされていくのである。それが「スペクタクルの社会」というものだ。我々はすでにその中に住んでいるのである。
つまり、これを世相の移り変わりであるとして、小池百合子は時代の申し子なのだで終わってはいけない。ドゥボールの「スペクタクル」は今も社会構造を根底から変えつつあるムーヴメントである。人気=権力であるという接合点を媒介して、日本の政界は芸能界と “同質化” した。参議院に芸能人やスポーツ選手が数合わせでいたのとは根本的に異なる、遺伝子交換に類するともいえるおぞましき交配現象がおきている。このままいけば、キャラで釣られる低学歴層が多数派になって国を動かし、とんでもないポピュリズム政権が誕生して独裁者が日本を破滅させかねないし、民主主義の手続きを経ながら日本を共産主義国家にすることだって可能だろう。
いま、大手メディアは報じないがネットメディアが取り上げている小池氏の学歴詐称疑惑を見るにつけ、僕はちょうど10年前に社会を騒然とさせたもうひとつの「キャラクター」を思い出している。それは、内容こそ違えども、「外国に渡って外国の利害に知ってか知らずか関わってしまい、日本を舞台として日本において利用されたと思われる女性」に関わるものであった。これが当時の稿である。
小保方さんはハーバード大学に留学した女性科学者であり、安倍内閣の「女性が輝く社会づくり」キャンペーンの花形であり、電通やマスメディアによって割烹着を着せられてテレビに登場し、「STAP細胞はあります」と世界を驚かせる論文をNature誌に発表した。日本人女性初のノーベル賞か!と報じられて世間の耳目を集め、あっという間に国民的キャラクターにまつりあがったのである。ここが小池氏のデビューと重なる。
当時、僕の関心は、セルシード社の株価がNature誌掲載と同時に急騰した裏にあると感じた不正取引(らしきもの)を調査することにあり、専門外のSTAP細胞に関心はなかった。ところが、しばらくして、小保方氏の論文にデータ改竄が見つかり、ハーバード留学も単なる数か月の短期ステイであり、密室での実験の結果STAP細胞は再現できないことが、これまた大々的に報道された。
科学の姦計と証券市場の姦計。実は「その両者が日米にまたがった同一犯の仕業である可能性がある」と指摘したのが上掲ブログと一連の補遺だ。胴元は米国だからだろう、本件を当局は捜査しなかった(と認識している)が、その帳尻は魔女狩りの如き小保方さん叩きによって合わされたかに見える。とすれば彼女は科学者としての心得の是非はともかく、巨悪に利用されて贖罪させられた犠牲者であるとも考えられる。同稿は毎日数万回ペースで読まれて多くの方の知るところとなり、不審なファイナンスが中止になるなど、天下の公器である証券市場が詐欺師に悪用されるのを抑止する一助にはなったと自負するが、後味はけっして良くはなかった。
小池氏が現況をどう打開するのかはわからないが、違法性があるとするならそれが立証されるか否かの可能性は既述のように思え、畢竟、最後の審判は有権者にゆだねられるのではないだろうか。僕は小保方氏の科学者としての心得についてだけは厳しく批判した。嘘となりすましの横行は国の幹を腐らせ、日本をますます衰退させるだろうが、真実・真理をひたすら追求するはずの科学者がそれに淫する図を見せられて心底衝撃を受けたからだ。政治は必ずしも真実・真理に基づいて行われるものではなく、国家の安泰と国民の幸福を得るための方策が何かは自国だけの都合で決まるわけでもないが、憲法が定める国民の多数決だけで常に最適解が出てくるわけでもない。それを導く叡智があり、その実行力を有し、正義に忠実な人が望まれる。国民はそれを審判するだろう。
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