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バルトーク 「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」 Sz.106

2014 MAY 23 1:01:24 am by 東 賢太郎

バルトークの最高傑作はなにか、この問いは迷います。弦楽四重奏曲のいくつか、2台のピアノと打楽器のためのソナタ、ヴァイオリン協奏曲第2番、中国の不思議な役人、オペラ青ひげ公の城、ミクロコスモスあたりが今の僕の好みであり、「子供のために」の何曲かを弾くのも気に入ってますが、大学のころ夢中になっていたのはこの音楽、通称「弦チェレ」です。

弦楽器とは左右に向き合って2群に分けられたヴァイオリン2部、ビオラ、チェロ、コントラバスとハープ、打楽器とは小太鼓、大太鼓、タムタム、ティンパニ、シロフォン(木琴)、シンバル、ピアノであり、それにチェレスタが加わります。楽器配置はスコアに指定されていて、明確にステレオフォニックな効果が現れるべくスコアが書かれています。ピアノも大活躍しますがは曲名に現れず、チェレスタは表記されるのはそれだけこの楽器の音色効果に重きを置いているからです。それは第3楽章を聴けば分かります。

なにせ不可思議な音響に満ちあふれた曲です。出だしからこれ。弱音器つきヴィオラのピアニッシモが幽界から立ち昇る霊気のような青白い調べを奏でます。

bartok1

この主題はa-eの完全五度に含まれる8個の音で、短3度上がっては半音階的にくねくねと下降という山を4つ作ります。この短3度音程は全曲にわたっての基調となり、第2楽章と終楽章はそれで開始しますし、第3楽章もこの音程でのグリッサンドのずり上がりが印象的です。短3度というと、どうしても僕は春の祭典の生贄の踊りにおけるティンパニの音程を連想してしまいます。

aで開始したこの主題は、e(5度上)、d(5度下)、b(eの5度上)、g(dの5度下)、d#(bの5度上)と5度の数列に従って扇形に広がりつつフーガを織りなします。それぞれの現れる小節数や、バルトークが指定した演奏時間からそれを求める数値がフィボナッチ数列や黄金分割比になっているという音楽学者の指摘があります。楽章の後半は当主題の音型が天地さかさまになるなどバルトークが数学的思考をもって作曲に当たったことはうかがえますが、それらが何かの自然界の法則に則った絶対美を感知させるかというと僕にはそれはわかりません。

それよりも、a-eの「五度ブロック」の上に2つ下に2つの「五度ブロック」がくっついて驚異的な「五度ブロックの五重の塔」になるあたり、ここでうねうねした旋律が重層的にうごめく様は数学的な美しさよりもエロティックなものを感じます。この曲が一聴すると難しく聴こえるのに何度も聴くと蠱惑的であるのは、これがけっして「規則の干物」ではなく、エロスという深い本能を呼び覚ます何かを秘めているからです。音楽はティンパニとシンバルを頂点として減衰し、大きな山を描きつつ幽界に回帰していきます。この主題は第3楽章、終楽章で印象的に回想されます。特に後者は長調になって出てきますが、これが通常の曲と違って明るくもヒロイックでもなく、僕には妖気を孕んだ楽想に聴こえます。

第2楽章は中間部で弦のピッチカートとハープによるタペストリーのような和音を背景に、ピアノと木琴が並行和音(E♭、D、B、C、D♭・・・)でジャズを思わせるリズムを固く鋭くたたき込みます。きわめて印象的でカッコいい部分であり、誰もが一度聴いたら忘れないでしょう。

bartok2

第3楽章はさらに驚嘆すべき音楽であり、暗黒の宇宙空間をさまよいながらブラックホールへ吸い込まれていくような超自然的な世界です。冒頭のシロフォンの固く高いファの音は相撲の拍子木のようで、ティンパニのグリッサンドが重なってきわめて非西洋的なムードを作ります。ヴィオラがハンガリー民謡のコラージュ風のねちっこい旋律を奏でますが、ここはまだ人間界のにおいがしています。

ここからが弦チェレの面目躍如であります。こんな感じです。

第1楽章フーガ主題がゆっくりとヴィオラ、チェロによって幽霊のように現れると、ヴァイオリンがa、g、f、d#の3つの全音を順番に重ねて不思議な半音階トリルを始めます。何だ?とまわりを見るともう人影はありません。血の気が引きます。するとです、はっと後ろを見ると別なヴァイオリンが奇っ怪なグリッサンドを上げ下げ上げ下げ・・・・ひとつづつゼンマイがクルルと渦を巻きます。すると、天上からヴァイオリンとチェレスタによる、冥界にいざなうごとき甘くも不気味なメロディーが降ってきます。それにつられてふらふら歩いていくと、またまたフーガ主題が足元で不気味にひっそりと・・・・。すると、なんということか、突然にチェレスタの分散和音が崩れ落ち、ハープとピアノのグリッサンドの乱れ打ちに襲われ、狂乱の光のシャワーにぶちこまれるのです。

光彩陸離たる夢幻的な光景。こんな音楽を僕は他に思いおこすことはできません。

終楽章は舞曲風であり、そこまでの3楽章のシリアスさがなんだったのかというお気楽さが垣間見えて、大変残念なことに今や僕はあまり価値を見出すことができなくなりました。逆に最もわかりやすい楽章ですから、何百回も聴いてもう食傷気味の人間のたわごとは無視されて楽しんでいただければと願います。

オーマンディー/ フィラデルフィアOの演奏です。これを同オケとムーティがやったのを当地で83年11月に聴きましたが、第2ヴァイオリンのリーダーが入りをミスったのを覚えています。この名人オーケストラでもこれは難物ということが分かります。この演奏もオーマンディーさんには申しわけないが、ちょっと生ぬるい。ただ曲の雰囲気はよくわかるので聴いて下さい。

 

フリッツ・ライナー /  シカゴ交響楽団270

この曲の名演はいくつかありますが、これを凌ぐものはまったく考え難く、まさに永遠の金字塔であります。冒頭から漂う異様な緊張感と妖気。第2楽章の青光りする眩い閃光のスパーク。第3楽章の「光のシャワー」の入りではダイヤモンドの粉がふりまかれ、「チェレスタの分散和音の崩れ落ち」と「グリッサンドの乱れ打ち」の神秘の霧がだんだんと深くなって弦楽器のトレモロが加熱。ついに凶悪なシンバルの強打で砕け散る、というめくるめく展開には唖然とするばかりです。ライナー・シカゴSOのコンビの醸し出した鬼気迫る異常な気合いとテンションは尋常ではなく、こういうものが封じ込められた録音芸術が市場に出てくることはほぼ期待できない時代において本盤にはますますの希少性を感じずにはいられません。僕の中で、完成度においてブーレーズの春の祭典と同じランクにある数少ない音源のひとつです。

その他、いくつか挙げておきます。聴き比べてみてください。

ゲオルグ・ショルティ / ロンドン交響楽団

キリル・コンドラシン/ モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団 

小澤征爾 / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

 

ピエール・ブーレーズ / BBC交響楽団 

unnamed (23)CBS盤。これは受験失敗記に書いたど壺まで落ち込んだあの4月に買った、僕の精神史暗黒時代を象徴するレコードです。ライナー盤を1年半ききこんでこの曲がいつも頭で鳴っており、今度はブーレーズに帰依しようとしたんでしょう。弦チェレには数学を解いているイメージが付きまといます。ライナーが動的なら静的。楽器の倍音の「色」を感じる。第2楽章の右側の弦楽器群の和声のくすんだ灰色、ティンパニの群青色、澄んだピアノの銀色、木琴の黄色、チェレスタの金色、まあ僕の色覚ですから一般性はないなりに極彩色を見ております。色が正確なリズムで、ミクロ単位の時間で配置され、「静」の連続がマクロ的には「動」になっている感じですね。積分です。彼の神経は速い部分でも「静」にあるという音が鳴っているのが他人にまねできないのです。音としてはメシアンとの近親性を強く感じます。第3楽章のシンバルなどゾッとする凄みや終楽章の音程のクリアなティンパニは2年後のあの春の祭典を予告していますね。久しぶりに聴きかえし、このころのブーレーズさん、やっぱりすごいなと感服です。

 

エヴゲニ・ムラヴィンスキー / レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

MI0001091436ライナー盤をベンチャーズのキャラヴァンみたいに頭に刻み込んでしまったので別のどれを聴いても他人様にきこえます。65年のこのライブも、う~ん違うなと。ピアノが考えられんほどとちったり(第2楽章)、ムラヴィンスキーのイメージで怜悧だ精緻だと語られている演奏ですがそうでもない。芝居がかった終楽章エンディングも好きでない。印象に残るのは音よりもオケメンバーのピリピリした雰囲気でこれは引きこまれます。ヒットラーか隣国の将軍さまかというタイラントぶりでしょう、こういう音楽はもう地球上に響くことはないかもしれません。

 

フェレンツ・フリッチャイ / RIAS交響楽団

61Nqo2q3CvL._SL500_ベルリンの放送交響楽団がうまい。上掲BBCSO、レニングラードPOよりずっとうまい。1953年にこのレベルの演奏は特筆すべきことで、細部まで相当に厳しく練習し弾きこまれたと想像されます。それが指揮者の力であることは疑うべくもなく、バルトークの弟子であったフリッチャイ(1914-63)の確信に満ちたこのスコアリーディングは永遠にレファレンスとされるべきものといって誰も反論はないでしょう。イエス・キリスト教会のアコースティックをとらえた録音もモノラル最後期のハイクオリティで、低音のきいた打楽器の音は革の振動まで伝えるリアルさでおいしい。

 

レナード・バーンスタイン / ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団

MI0000177763これをヘッドフォンで聴いて見て欲しい、見事な音響の渦に酔うことができるでしょう。楽器の定位がサラウンディング録音のように明確で、周囲をぐるりと取り囲み、ホールトーンも豊かで声部は程よくブレンドして最高に耳あたりが良い。細部の細部まで克明に聞こえるのは僕のような者にとって感涙ものです。第3楽章はフレージングがアバウトなのもわかってしまう。解釈は曲のリズム、和声法のカッコいい部分に見事にフォーカスしてますからジャズ、ロック系のリスナーの当曲入門には真っ先にお薦めしたいものですが決して軽いものということではなく、傾聴すべき思考の跡が随所にあります。

(こちらもどうぞ)

クラシック徒然草《クーベリックの弦チェレ》

 

バルトーク 弦楽四重奏曲集

バルトーク 弦楽四重奏曲第4番 Sz.91

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