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ポミエのベートーベン ピアノ・ソナタ全集(追記あり)

2015 JAN 13 0:00:36 am by 東 賢太郎

昨日のブログを書きながら聴いていたベートーベンのピアノソナタ全集はこれだ。僕の愛好曲である第18番変ホ長調のブログを書いたときにいろいろ聞き比べ、このジャン・ベルナール・ポミエ盤が印象に残った。ベートーベン ピアノ・ソナタ第18番変ホ長調 作品31-3

61qrsb2XK6L__SX425_この全集はときどき気の向いた曲を聴いていたが通しては初めてだ。これがなかなかいいのだ。初期の方はもぎたてのレモンみたいにさわやかであり、中期はそれにシンフォニックな華やかさと重さが加わるが独特の生命力と流動感がみなぎり、後期はそれにさらに意味深さと奥行きが加わって立体感のある音楽となる。

これは僕の知っている過去の名盤と比較してもレゾンデトールがあると思う。何より音楽に溌剌とした自発性がある。テクニックの切れ味できかせるというよりも、速い楽章は良い指揮者が小型のオケをうまくのせて成し遂げた即興性に満ちた名演という感じだ。そういう演奏は得てして緩徐楽章で失敗していることが多いが、ポミエはだれていないどころか後期などは強みになっている。音楽とは時間を支配するものだ。緩徐楽章にこそそれが出るが、彼の深い呼吸がとても心地よい。

悲愴ソナタとショパン に書いたルバートがその例である。この曲がロマン派の音楽でないのは明白だ。これを名手たちがどう感じどう処理しているかは大変に興味深い。ポミエは(先生のイヴ・ナットも)ひとつ前のasでほんの微かに(気をつけないとわからない)ルバートをかけるという解決をとっている。これを僕が論じるのは解釈論としての是非をいいたいためではない。演奏家の「時間支配」への意識が重要と考えているからだ。彼の解決は節度と知性を感じる好ましいものと思う。

ひとつコメントすると29番のハンマークラヴィールだ。作曲当時ベートーベン以外誰も弾けなかったこの巨大なソナタをどうするか?僕はクラウディオ・アラウの演奏に畏敬をもっている。技術的なことではもの言いをつける人もいるだろう。しかし本当にすぐれた演奏は完全主義者の手から生まれるとは限らない。彼によって第1楽章の意味が分かったし、嬰ヘ短調の第3楽章Adagio sostenuto、僕はブラームスは交響曲第4番の冒頭主題をここからひっぱったと信じているが、本当にそうかどうかはともかく、そういう思索を許してくれるような音を縫いこんであれを弾く人というのはアラウしかいない。

ブラームスの第2協奏曲の稿で僕はアラウのことを書いた。あれ以上にあの曲のエッセンスを汲みつくした滋味あふれるピアノは聴いたこともなければ今後聴けるとも思っていない。すべての声部の音色の使い分けとバランス、和音のブレンド、フレージングと間とルバートがあまりに絶妙で、ブラームス自身以来あれを弾くためのコモンセンスというものがあるなら、そういうものがぎっしり体中に詰まっている人でなければ生まれない性質の感動を覚える。

アラウのハンマークラヴィール・ソナタが同じだ。こういう巨大な先人たちがひしめく中で、フランス人ポミエのこの曲へのアプローチは初期の曲から連綿とつながるずっとさっぱりしたものだ。明るめの高音部ですっきりと隈取りされた、風通しの良い音楽になっている。しかし音楽の輝きが彼の中で化学反応して放射したものをすくい取ったという感じがするという点、アラウと全然異質の弾き方なのに同質の満足を与えてくれる。音楽とは面白いものだ。

微細なミスタッチがそのままだが仕方ない。ライブのような感興を優先したのは正解と思う。新鮮な聴体験であり、一気に10枚を聴きとおしてしまった。全集の穴埋めにお仕事で弾いた感じの曲がないのもいい。全部の曲に対して彼がやろうというモードに入って機が熟したものなのだろう。演奏家のメッセージを感じるのは、これが非常に優れたプレゼンでもあるということだ。

(追記)

「嬰ヘ短調の第3楽章Adagio sostenuto、僕はブラームスは交響曲第4番の冒頭主題をここからひっぱったと信じている」と書いたのはこの部分です 。beethPS29

ブラームスは第1番のピアノソナタハ長調の冒頭にハンマークラヴィール・ソナタを引用しています。この通り。

僕の仮説ですが、ブラームスは交響曲第4番ホ短調で、まず第1楽章第1主題にベートーベンを、そして終楽章のシャコンヌ主題にJ.S.バッハを引用し、自作を自らが敬愛する先人の延長として位置付けたのではないでしょうか。

(カンタータ第150番、BWV 150, “Nach Dir, Herr, Verlanget Mich” – Meine Tage In Dem Leid )

 

(こちらへどうぞ)

プレゼンの極意はベートーベンにある

 

 

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