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頑張った人が報われる社会

2015 FEB 19 20:20:33 pm by 東 賢太郎

安倍首相が「頑張った人が報われる社会にする」と国会で答弁した。これは非常に重要な言葉と思う。

それがなぜかを説明するには、少々長くなるが「デフレが金融現象だけで起きたのではない」ことをご説明する必要がある。

(1)世界を変えたユニクロ・モデル

ぜんぜん難しいことではない。デフレは中国が2001年にWTOに加盟したことで財市場を通じて低価格の労働が輸出され、世界の全ての国の労働市場の需給が緩和し、賃金がさがった。これが総需要を押し下げたからおきたのだ。

それが誰でもわかるとても簡単な例をお示ししたい。

中国にいち早く進出したユニクロ(社名はファーストリテイリングだが以下ユニクロと書く)は上海郊外の工場で激安の労働力を使って縫製した商品を日本で売って成功した、価格破壊の先駆者である。中国人の女工さんを物理的に日本に連れてきたわけではない。当初のころ月給がたったの7千円だった彼女らは「商品に乗って」やってきたわけだ。

すると、上海工場で雇った30人の女工さんの代わりに1人の月給21万円の日本人工員さんが職を失っている。そうしないと企業はそれをやる意味がないから、あからさまにやるかどうかは別として、いやむしろあからさまに見えないように企業努力をしながら、必ずどこかでそれは起きていることにご注意いただきたい。

同じ人件費で30倍の数のジーンズができるのだから他社もどんどんやる。企業にとってはそうしないと負けて倒産してしまう。他の業種も同じことを始める。こうして10年ほど前に「空前の中国進出ブーム」と新聞に書かれたのは記憶に新しいだろう。

(2)ちょっと待ってよ、中国の人件費が安いのは大昔からでしょ?

もちろんだ。これが国民経済的規模でできるようになったのは、中国が2001年にWTOに加盟・調印して西欧の貿易ルールを守りますと国が保証し、先駆者ユニクロのような賢明なリスクテーカーだけでなく普通のコンプライアンス意識の企業も安心して工場進出できるようになったからだ。

つまり、一人当たり人件費が1:30という、帝国主義時代の植民地か奴隷制のころでしかありえなかったような労働市場が国のギャランティーつきで忽然と地球上に出現した。琵琶湖ぐらいの水量があって、100mもの高低差のあるダムの水門を一気に開いたようなイメージを持ってほしい。これが2001年におきたことであり、今や中国は2兆ドルと世界最大の輸出国であり、この水流の影響を受けない国は世界中どこにもない。

ユニクロを退職した日本人は別な会社で職を探す。ところが業界中でそれは起きてくるからその職はどんどん減っていく。月給20万円でも仕方ないだろう。こうして国内の労賃は1万円下がる。新聞には「不景気による労働市場の需給の緩和」と載る。そうではない。ユニクロはジーンズの値段だけではなく、国内の労働市場でも価格破壊をしたということだ。

これがブームになって国民経済的規模で起きた。工場や職場で自分のデスクのとなりに中国人が現れたわけではない。最近は中国語がそこらじゅうで聞こえるようになったと言ってもデパートか観光地の話だ。しかし、目には見えないだけで、実は工場ごと中国人に入れ替えというような事態が10年前からそこらじゅうで始まったのである。非正規雇用の増加というものは、これが工場閉鎖や雇い止めにいたらず姿を少し変えた現象だということがご理解いただけるだろう。

(3)これは製造業だけの話でも日本だけの話でもない

例えば、多くの米国のサービス業でコールセンターを、賢くて英語がうまくて賃金は安いインドに作る流れとなっている。電話をしているアラバマ州の米国人顧客は、自分の町の明日の天気まで教えてくれるオペレーターがまさかムンバイでネット予報を見ながら話しているなどと想像もしない。この陰で、ユニクロ現象と同様に非製造業においても米国のオペレーターは失業しているのだ。

失業したり手取りが減るかもしれない労働者は消費は控える。すると企業は売上予想を下方修正して設備投資を減らすが、生産設備はそのままである。わかりやすく極めてシンプルに言ってしまえば、これがめぐりめぐって国内総需要が供給力を下回り、デフレになったのである。循環的なものではなく、構造的なものである。

そこでGDPの6割は個人消費だから経済成長率は落ちてマスコミは「景気が悪くなった」と騒ぐが、景気のせいでデフレになったわけではないことにご注目いただきたい。だから政府の景気対策なんかいくらやってもデフレは退治できないのであって、アベノミクスが金融緩和という非常手段を持ち出したのは理論的に正解なのである。

(4)ユニクロが悪いわけでもないし止められる者は誰もいない

資本が国境を超えて安い労働市場を求めるのは成長するために当然であり、国家がそれを止めることはできない。ここが一番大事なところで、見誤ってはいけない。「仕事がないぞ!国はなにをやってるんだ!」と永田町でデモをしても仕方がないのだ。なぜならそれは国の責任ではないし、国はどうすることもできないからだ

これをよく覚えておいていただきたい。「柳井社長、失業が増えるし景気も悪くなるんで製造は国内で日本人でやってください」なんてことは絶対に起こらない。もし馬鹿な政権がそんな法律を作ったら、優秀な経営者は全員が日本から逃げ出すだけだ。国内には税金をたくさん払ってくれる企業はひとつも残らず、格差社会は見事に解消されるだろうが一億総中流ではなく一億総下流と中国にいわれているだろう。国家財政は破たんして、弱者救済どころか国ごと弱者になるのである。

ちなみにファーストリテイリング社の株価はこの10年で5倍になった。今の円建ての金利は気が遠くなるほど低く、徳川家康が預けた100万円の定期預金の利息がやっと10万円に達した程度である。従業員からすると大変な会社だが株主にとっては優良企業であり、労働者がこういう株を買ってはいけない法律があるわけでもない。株を保有すれば誰でも資本家になれるのであって、その方法を無視しておいて「株は富裕層しか関係ない」と批判するのは格差を階級問題にすり替えたいだけだろう。

(5)これは日本だけでなく、世界の労働者の問題でもある

世界で必要な職の数は世界のGDPが停滞すれば増えない。限られたパイを中国人が奪いだせばギリシャのようにはじき出される国が出る。はじき出されたのはギリシャという国ではない、国際競争力のないギリシャの労働者自身である。景気のせいでも政治のせいでも国家財政が破綻したせいでもなく、国民ひとりひとりの自己責任の集大成にすぎないのである。

国民のプライドがもたないから何とかしろとEUに詰めよるなどお門違いもいいところだ。ギリシャの解決策はたったの2つしかない。①国民ひとりひとりがそのプライドを捨てて生活水準を落とすか、②がんばって中国人より生産性の高い労働者になるかである。だからドイツは暗にそういって要求をはねつけている。

こういう時にはえてして、怒れる国民の代理人を装った、ファイティングポーズで威勢のいい政党や首相が選ばれる。中村兄が第1次大戦の戦後処理失敗の帰結と指摘しているヒトラーの出現がいい例だ。そして彼は戦争という禁じ手の第3の解決策に走り、国民を殺し、財産を剥奪し、国を崩壊させた。

つまり、はっきり書くが、国にはできないのだから「我が党がやれば皆さんの生活が楽になります」というのは論理的にあり得ない、要は、嘘八百なのである。国民の怒りに乗じて得票し、政権だけは乗っ取ろう、何をやるかは後で考えようという連中が跋扈してますます国をダメにするというのが歴史の教える国民国家の失敗の方程式であり、まさに我が国も2009年にその一例を歴史に書き加えているのである。

(6)では国家ができることは戦争以外にはないのか?

実はそうではない、もうひとつある。国民に牙をむいて資産を剥奪することだ。ギリシャの銀行預金の流出が止まらないのは銀行が傾いたからだけではない。一昨年にキプロスが危機を起こしたとき銀行に預金していたロシア人は預金封鎖を恐れてビットコインに換えて母国に送金した。今回のギリシャでも国など信用していない富裕層がまず預金を海外に移し、それで銀行が危ないということになっているのである。

政権を取るだけが目的の政党は必ず公約で「政策によって貧富の差を無くします」という。なぜなら政治は数で決まり、「富」のほうが数が常に少ないからだ。だから統一地方選向けに左がかった学者などを呼んできて格差社会などと騒いでいる。しかし数が常に賢いわけではない。この公約はオウムが朝にオハヨウと声をかけてくれるぐらい意味のないことで、いわば歴史的常套手段である。

貧富の差はいつの時代もいかなる国でもなかったためしなどない。それを無くしますと公約する政党が与党になっても、ちゃんと格差はできるのである。なぜならその政党の幹部が金持ちになるから、公約を果たせば果たすほど前とは違ったメンバーによって格差社会ができる。共産主義国のトップはみんな豪邸に住んでいたし、今の中国の最大の富裕層は共産党幹部であって何兆円という天文学的蓄財をしていることがちゃんとそれを証明している。そうなりたい人が権力を握りたいためのセールストークなのである。

(7)日本に世界レベルの富裕層などいない

僕が働いた金融業では米国の社長と平社員の年収差は数百倍もあって日本は証券トップでもせいぜい20-30倍なのだが、やや特殊な世界であるだろう。では日本の代表産業である製造業はどうか。下の図を見れば一目瞭然だが、その製造業を代表するトヨタの社長ですら日産のゴーン社長と比べてこんなものだ。

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同じ自動車業界だから、ふたりの差は何かというと「日本人か外人か」だけだ。日産も日本人社長には10億円も払っていたわけではない。英米で10億の人は日本でもそうしないと来てくれないよねということであって、ここまでひどいともはや人種差別に見える差である。

要は、トヨタ、日産クラスの社長は欧米なら10億円、日本なら2億円であり、金融業にいたってはそれは100億円と1億円の差になる。日本の高額所得者の年収などというのは世界的には「異常値」といえるほど低い。一方で、一般労働者の賃金は国際的に高いほうだ。だから海外に工場移転が起こるのである。「日本は格差社会だぞ」などと欧米でいえば、何か面白い日本ネタ・ジョークでも始まるのかと期待されてしまうのがおちというのが現実なのである。

だから、もし日本国が国民に牙をむいて資産を剥奪するようなことを目論めばギリシャの富裕層といっしょのことが間違いなく起きるだろう。日本は相続税で三代で資産はなくなるから富裕層になった人はおおむねそれなりに頑張った人である。では「頑張った人」の共通点は何かひとことで述べよといわれれば、「頑張った人も頑張らなかった人も同じだけ報われますよという国が何より嫌いな人」である。だから頑張ってトヨタの社長になっても「たったの2億円」というのは、もうその時点ですでに本当にできる人は海外に出ていってしまう数字だ。

以上、恐らくお読みの方には僕が非常に冷たい資本主義原理主義者で弱者切り捨て論者に見えているだろう。それを覚悟で書いたのは、まず起きていることの実態を論理的、科学的に解析すべきだからだ。「現実はこうだ、理由はこうだ」、でも「現実はよろしくない」、そこで初めて現実を少しでも良くするために為すべき方法論が選択されるのであって、「現実はよろしくない」からいきなりスタートする安直な思考では方法論を間違ってしまう。

(8)「起きていること」を復習しよう

資本は国境を超えて安い労働市場を自由に求めるが一般の労働者は国境を超えられない、すなわち、グローバルな資本市場とローカルな労働市場のねじれ現象が生じていて、それは昔からあるのだが中国のWTO加盟という巨大ダムの開門で加速して世界中の政府が看過できない所まで来ていて、賃金の安い方に資本は流れてしまうから旧体制に安住していた国ほど被害が大きいということだ。

ギリシャの例で、これを解決するには方法は2つしかないと書いた。①生活水準を下げる②生産性をあげる、である。残念なことに日本は②ではなく①の方に社会全体が向かいつつあり、若年労働者層ほどそれを強いられて国家全体が活力を無くす可能性すらある結果となっている。

(9)よく考えて欲しい。生産性をあげる、とは何か?

頑張ることに他ならない。中国人を低開発国のバロメーターと考えれば、中国人より生産性の高い労働者になることで雇用はされる。もちろん正規雇用である。中国人の賃金も当初より大幅に上がってしかも円安でもある。ユニクロで中国人の30倍のジーンズを縫製しないと負けてしまう時代は終わった。むしろ縫製の正確さ細やかさでは勝てるだろう。そう考えて頑張る人が報われる、それが会社だけではなく社会全体の仕組みとなれば日本人は必ず雇用を勝ち取ることができる。

大事なことは、それは民間がやることであって国家が法律や規則で強制することは不可能だというこだ。民間のトップにはかならず「頑張った人」「頑張って報われるための知恵のある人」がいる。彼らにもっと頑張ってもらい、企業には稼いでもらい、税金を払ってもらい、ノウハウやスピリットを次世代に伝え、社会にそういう若者が増えるように引っぱってもらうことが重要であり、そこから「弱者救済」という社会として絶対にやらなくてはならないことをやる知恵と財源が生まれてくる。

(10)「頑張らずに国にすがりつきたい者」と「弱者」とは峻別すべきである

弱者とは老人、病人など社会的保護なしには生活が危ぶまれる人である。健康で働けるが働く意欲が低く、国や役所や親が何かしてくれるのを待っている人ではない。働ける人は全員が自分の能力を高めて生産性を上げる努力をしなくてはならない。それが資源のない国が競争力を永続させるための必須条件であり、少なくとも昭和の日本人は言われなくてもそう考えたし、それができた。それだけでも世界でトップクラスの優等な民族であったことが証明されていると思う。

弱者救済、セーフティネットの整備を欧州か北欧なみに厚くするのはいいことだが、カネが余分にかかる。GDPの2倍も借金がある国がそれをやろうというなら国債発行に頼らない財源確保、つまり経済成長による税収の自然増というバックボーンなくしてそれをやるのは自殺行為である。借金の重みでいずれ国家財政のほうが破たんするだろう。「頑張らない人も報われる社会」を目指している政党がそれをどうやろうというのか知らないが、やるというなら頑張る人は逃げるだけで、結局誰も得をしないし救われもしないだろう。

(11)ではこれから我々はどうすればいいのか?

そこが一番重要だが、私見は今後書いていきたい。政治家でない僕たちは国家をどうすることもできないから、ひとりひとりがどう考えどうすればいいかということだ。しかし、書いてきたようにこれは我々一人一人の決意の問題である。まずは自分や家族や友人の幸福を考えるぐらいしかできないし、それだけでもできれば大変なことだと思うし、それができなければ困っている方々に本当の思いやりをさしあげることだって難しい。

僕が言うのもおこがましいとは思うが、世界の何千人という優れた方々とお金という本音の世界を通してお会いし、競争し、おつきあいしてきたという経験から、ささやかながら若者に教えたいことというカテゴリーに100本のブログを書かせていただいている。普通の父親はこういうことを自分の子供だけに教えるのだろうが、誰であれそれを託したいのは日本の若者だという信念から真剣勝負で書き持論として公開した。お時間があるときにお読みいただければ望外の幸せである。

 

頑張った人が報われない社会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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