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東大の秘密(法文1号館爆破事件)

2023 FEB 24 7:07:02 am by 東 賢太郎

当時のことをなんとなく思い出していて、そういえば “それ” がいつだったか覚えてないことがもどかしくなった。授業中に教室の後方で強烈な爆発音が轟き、窓が割れて床が揺れ、ふりむくと白煙があがっていたことだけが脳裏にあるその事件のことだ。

これを見つけてやっとわかった。1977年5月2日午後2時10分頃のことだった。

東大法文1号館爆破事件 – Wikipedia

法文1号館25番教室での授業中の出来事だった。安田講堂の真ん前にあるのが法文1号館であり、その2階にザ・法学部である25番教室はある。学部生の630人と留年生(たくさんいる)を収容できる大教室で、入試の二次試験はここで受けており、3年次の授業はみなここだから忘れ得ぬ場所だ。ちなみに受験シーズンのテレビニュースで全国でおなじみの映像もここである。

あの日、僕は満員の教室の前から2,3列目に座っていたように思う。教授の声はかすれ気味で小さく、聞こえないイメージがあったからだ。ドーンときた刹那は何がおきたかわからず、とっさに、工事でもやっていて何かの事故かなと思った。教授はと見れば、爆発音のあった教室の後部に目を据えたまま卒然として教壇に立ちすくんでおられ、講義はもちろん中断。しばらくすると次第に事態がつかめてきてあれは爆弾じゃないかと周囲がやおらざわめきだした。そこから何がどうしたか記憶にないが、全員が動けず5分ぐらいたっただろうか。そのときだ。教授の「えー、煙もおさまったようなので授業をはじめます」の淡々とした鶴の一声が響き渡りみな仰天だ。教務課の人がすっ飛んできて「先生、中止してください!」とさけび、にわかに後方の出口から全員退避とあいなったのである。この時は動転していてわからなかったが、爆発は3階(26番教室前)だったらしく、この教室の怪我人はなかったように見受けた。大惨事もあり得て命拾いしたわけだが、そこからというもの、爆弾の恐怖よりも「さすがに東大法学部の教授はすごいね」の話題でもちきりだ。5月2日というと3年生になって駒場(教養学部)から本郷に来たばかりであり、何もかもが新鮮だったのだ。物まねの天才I君による鶴の一声の再現はしばし仲間うちの酒の肴にもなった。

だんだんわかってきたが、さように法学部というところは独特の空気に満ちた一個の小宇宙であった。東京大学には明治時代からの学部の並び順が存在する。「法医工文理農経養育薬」がそれで、根拠は寡聞にして知らなかったがここに書いてあるのをみつけ、長年の疑問が氷解した。

https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/606/open/606-04-1.html

この表紙に東大の秘密がある

教授会の席順など公式行事はすべからくこの順番に準拠しており、東大生は、入学から卒業まで、とくに意識することもなく、「法医工文理…」に則っているのであるという「教養学部報」の記述はまったくその通りであり、当時からそうだったが今でもそうなんだと些かの感嘆すら禁じ得ない。「学部生であれば、実は要所要所で、すでにこの並び順を目の当たりにしている」(同報)からそうなのであり、この事実を学外で知る人はほとんどいないだろうから東大の秘密といって大袈裟でもなかろう。誤解していただきたくないが、これは単なる仕来りに過ぎずこの順番で偉いというカースト制が存在するわけではないし、僕らにとって看過できない入試の難易度というものにおいては理Ⅲ(医学部に行ける教養学部の類)に一目置いていたのも事実だ。ただ、他学部とは別の小宇宙の住人である我々法学部生は学内でも絶対普遍のプライドがあって、外部では十把一絡げに「東大生」などと呼ばれるが、そういうものは「だから何だ」という程度にしか思ってなかったことは認めざるを得ない。

今もそうだろうか、法文1号館の古色蒼然として、夏でもひんやりした石の階段と廊下にたちこめる空気は小宇宙の入り口だ。湿り気のあるちょっと辛気くさいあの匂いというものは、チャイコフスキーに自死を宣告したサンクトペテルブルク大学法科メンバーによる「名誉裁判所」があったというなら、確かに同じ法科にそういうものが存在しても何ら不思議でないと思わせる感じのものである。それが何かと聞かれても、そういう匂いを嗅いだことのある人しかわからない性質のものとしか表現のしようがない。徹底した個人主義で生きてきた僕ではあるが、それでも卒業生として絶対に汚してはならないものの存在は今でも背中で感じている。

犯人は反日思想の新左翼活動家でその見えない何ものかを爆破したかったのかもしれないが、日本国の歴史と共にあるものだ、そう簡単に崩せるものではない。

 

 

 

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