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カテゴリー: 政治に思うこと

専門家会議と反知性主義

2020 JUN 29 19:19:47 pm by 東 賢太郎

西浦教授が4月中旬に、専門家会議としてではなく個人の見解として公表した42万人が死亡するとの推計には、過大でないかとの批判があった(東洋経済、6月27日)。

数学の解答に過大はない。こういう記事を書く人がいるから過大になるだけで、そうではないとわかりやすく解説するのは政治家とマスコミの仕事だ。それができなかったから「専門家会議が機能しなかった」という意味不明の話に持ち込んで責任逃れする羽目になる。メンバーでない西浦氏の暴走を止められなかったから専門家会議はもう不要だという説まで現れ、では会議を招集し西浦説を採用したのは誰だったんだと、ここまでくると誰を守りたいのか貶めたいのかわけがわからない惨状である。

西浦教授は「(集団免疫政策を採って)何もしなければ」という条件で最大値を計算し、疫病の最大の被害規模を想定して示した。学者として当然のことだ。思い出していただきたい、福島第一原発の津波対策を巡って「事故の3年前に10メートル前後の大津波が襲う可能性を示す試算がありながら東電は十分な対策を取っていなかった」と猛烈に批判が出た。「まさか14メートルのが来るとは思っていなかった」との弁解は許されず、原子力安全・保安院長の「私、文系なので」は迷言として記憶された。いま西浦教授を批判している者たちは彼らを許さなくてはいけない。

危機管理において最大限の被害を想定するのは世界の常識である。最大限のことを言っているわけだから常識を外れて聞こえるのは当然だ。「何もしないなんてことはないのだから」と、人が仮説を立てている傍から仮説を否定してかかるような粗野な頭脳の人は論理思考がまったくできず議論にすらならないことを暴露している。国民を無用にパニックに陥れると批判するのは危機管理する気のない人であり、結果を見てからそうならなかったじゃないかと後出しジャンケンをする人はただのアジテーターである。いずれにしても政治家にしてはいけない人であり、「知性だけで物事は決まらないよ」とそういう人たちの存在をあえて正当化して許してしまう考え方を反知性主義と言う。

下のグラフをご覧いただきたい。結果を見てから語っても良いなら、日本国の感染者数は西浦教授が42万人死ぬと警鐘を鳴らした4月15日(下の黒い矢印)から今に至るまでずっと減ったままで、国が緊急事態宣言を解除しても増えていない。「西浦教授の警鐘が国民の行動変容をもたらしたからだ」と評価できない理由がどこにあろう?教授は危機管理の要諦として、可能性のある最大の数値(福島原発なら10メートル超の堤防の必要性指摘に相当)を指し示し、コロナの場合それは国民個々人のウィルスの恐ろしさの正しい認識と危機意識に依拠していることを危機感を与えることで知らしめ、一定の成果を挙げたということではないか。

このグラフは東京だけのグラフとほぼ相似形である。

つまり、コロナ対策とはほぼ東京対策であると言って過言でない。全国区(平等に日本国全体に)というお題目でしか施策を打てない官邸としては困ったことで、東京に有効な対策があったとしてもそれを感染者ゼロの岩手県にもしなくてはいけない。それでも東京がうまくいけばいいが、その場合は小池知事のお手柄で、失敗すれば安倍政権の責任というまったく割の合わないゲームになっていた。この「全国区しばり」の制約こそが、ひと家族2枚だけというアベノマスクの究極のショボさに「何もやらないよりまし」という免罪符を与え、やらない方が良かったねという不幸な評価を固めてしまったことは想像に難くない。

東京都民としては、夜の街のクラスターなどよりも都に管轄権がない羽田、成田経由の外人によるウィルス大量持ち込みが最も怖い。「専門家会議は法的根拠がないから解散」などと政権が言いだすと、官僚っぽいその理屈で立法権のない東京都を篭絡して経済対策のために米中の入国禁止を解除し、「国がインバウンドによる景気対策やってます」のパフォーマンスに持ち込まれる危惧を覚える。コロナのリスクを最も抱えている都民を犠牲に「国民のためにがんばってますキャンペーン」はやめてほしい。それと戦える人に都知事をやってもらうしかないだろう。

ポピュリズムに徹する今の政権にとって反知性主義はやりたい放題の温床となるありがたい考え方だ。学者や専門家は自分の都合の良いことを正当化してくれればいいだけの存在で所詮はお飾りである。賞味期限が過ぎれば他の飾りに変え、お色直ししてイメチェンだ。中身はもちろん、いつも同じだ。首相がかわって院政を敷いても同じだ。馬子にも衣装とはこのことで、その手法はというと、「これはプロの味ですね」とプロの料理人に褒めさせておいて「あくまで個人の見解です」と画面の端っこに断り書きを入れてさえおけば、誰が見ても明々白々のヤラセなのに「合法的でしょ」とできる昨今のテレビCMと同じだ。「法律に基づいて適正に処理している」という国会答弁が、まさにそれである。

専門家会議が法律に基づいたものかどうかなど国民はどうでもいい。専門家の意見を聞いて判断するのは政治家だからだ。政治家に結果責任を問うという国民の眼からは逃げようがないのがSNS網が張り巡らされた現代の政治環境である。専門家会議の先生方は政策決定の外見作りに利用されていることにどこかで気づいたと思う。当初、尾身先生は専門的知見と経済政策を混同されているように見えた(恐らくそういうミッションと解していた)。拙ブログに「解のない連立方程式」と書き、次第にそういう世論になって行き、最後は「経済対策は政治のご判断」と言い切ったのはあっぱれだ。それは最初から自明のことではあったが、西村大臣の新たな会議が招集されたところで、数学で「解なし」の解が有識者で会議を開けば見つかるわけではない。

ここで「いや、世の中は数学や疫学で動いてるわけではない!」と演説すれば「そうだ!」と人気がとれるだろう。それが反知性主義によるポピュリズムだ。無知だが純真なピープルを守ってあげようという主義ではないことをピープルは気がつかないところにのみ成立する政治技法であるのは、その権化であるトランプ大統領を見れば歴然としている。「知性で政治はできません、国は良くできません、私はそれをやる力がある、だから私に任せなさい」という、資金力や閨閥や票田はあるが知性がない政治家に都合のよい主義であり、知性はあるが知的売春をいとわない宦官たちによって支えられる。選挙は街宣車やウグイス嬢など世界に類のない滑稽かつ膨大な無駄にカネがかかるシステムをあえて作り新規参入を阻止する。晴れて国会議員になれば逮捕されたって高額のボーナスが出る。そんな仕組みの挙句の果てに、政党が税金で票を買うところまで行ってしまえば「それをやっちゃあお終いよ」の審判が下るのは世の道理なのだろう。法律より尊い人間の生き様という法があることを気づかせてくれる。

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若者のための政治講座(その3)

2020 JUN 18 22:22:10 pm by 東 賢太郎

①影響を及ぼすほどの大物議員でもない(河井夫妻逮捕で二階幹事長)

小物でも法務大臣になれる。法務大臣は検察官を指揮監督する。よって、検察官は小物未満である。

 

②法務大臣任命者として責任を痛感しております(安倍首相)

法務大臣の任命権は法令上ワタクシにあるということに関してはですね、強く認識をしておる次第でございます(以上、本件おわり)。

 

③話題になったことが意義(小池都知事) 

え~、豊洲、東京アラート、カイロ大、みな都政(渡世)に大事でございます。

 

④政治の世界では陣中見舞い、当選祝いの形なら許されるんですが(田崎史郎)

こういうオヤジが許されてるのが政治の世界なんですが。

 

⑤どうせやるなら、てっぺんを目指さないとね(河井案里容疑者、初当選の声)

その志やよし。史上初に1年で到達されました。

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ジョージ・フロイド事件

2020 JUN 2 13:13:36 pm by 東 賢太郎

ドイツにいたころ、チャイコフスキーの音楽というとどうもあんまり上等と思われてない気がした。部下の通にきいてみるとやっぱりそのようだ。もっと言えば、ショパンやグリーグもだめなのだ。彼はバイエルン人で年上だ。「そうかなあ、R・シュトラウスよりいいと思うよ」などというと真っ向から否定されてしまう。彼とはミュンヘンに出張してバイエルン放送響でベートーベンのコンチェルトをきいた(チョン・キョン・ファだ)。素晴らしい演奏だった。「韓国人はいいのか?」と聞いたら、「なに、彼女、日本人じゃないの?」ときた。演奏家はいいよと取ってつけたが、そのころ、博士号を持って日本企業に勤めるインテリでも東洋人の認識はそんなものだった。

ドイツ人が音楽で覇権主義なのは仕方ないと思う。自分もそうだし。イタリア、フランスは別種であり存在ぐらいは認めるがスペイン、ポルトガルは未開地、東欧は格下の親類と思ってる。ロシアや北欧は辺境であって英米などは最果ての地で無きに等しい。クラシックに浸かっていたからこういう差別的世界観は元からあったが、ドイツで彼と意気投合してさらに鉄壁となってしまったから後でずいぶん困った。というのは米国でMBAを取ったインベストメント・バンカーにとって、世界はその真逆であって英米以外は辺境の未開国だ。ユニバーサル・バンク方式という銀行支配型のドイツの田舎くさい金融など前世紀の遺物であった。野村のなかでドイツ人の言うことなど通る風土はかけらもない。文化と言えばきこえはいいし、根はたしかに文化にあることはあるのだが、人種差別とはこうやって知らず知らず心に巣食ってくるものなのだ。

アメリカにいたときは、通りにたむろしてる黒人の下衆で薄汚い奴らがあからさまに東洋人を差別してきた。体格は立派で運動能力もありそうでそれを誇るのは一理あるのだが、字も読めないどうしようもない、目があえば恐喝の危険を感じるようなグレた連中だ。イギリスもロンドンのソーホーやピカデリーあたりに怪しげな黒人はいたが、ニューヨークやフィラデルフィアで見慣れてるものだから顔が温和に見えた。僕は白人の大学に行き、ウォール街やシティの仕事をしたから目だけでなく頭も白人に感化されているに違いない。だから香港に着任した時にえも言えぬ都落ち感があった。そのフィーリングは誰にも説明できないし言葉にもならない。ドイツやスイスの何倍も大きい現法のトップで一応は出世なのに心に巣食ってしまったものが剥がれるには2年ほどかかった。

アフリカ系米国人のジョージ・フロイド氏がミネアポリスの路上で警官に殺害された動画は、僕の中にある様々なものをえぐり出した。まだ「あれ」があるのか・・・オバマの8年は何だったのか?「あれ」とは40年ほど前にマンハッタンで目撃した黒人青年の射殺死体だ。まだ息があったが救急車が来たときはもう遅く、あとに血の海が残った。映画で見るマフィアの銃撃戦がアメリカでそうそうあるわけではないが、気持ち的には日本人に理解できないほど身近で、シリコンバレーで会った男など「俺はガードが固い、金庫に銃が40丁ある」が自慢だった。その彼が丸腰で夜の街に出てロスでホールドアップを食らった話が仲間のジョークのネタになっていた。刑事コロンボで犯人の女が計略を練っていとも簡単に浮気者の亭主を撃ち殺したりするが、それがお茶の間のドラマだという点にアメリカを感じるようにならないとあの国のヤバさはわからない。

ジョージ・フロイド事件への抗議デモは各地の都市に凄まじいマグニチュードで飛び火して、5月30日のCNNを見ていたら、アトランタの、まさにそのCNN本社が襲撃されているシーンが実況中継され、夜間外出禁止令が放送中に施行時刻となったが誰も帰宅せず無視して警官隊とにらみ合っている。ニューヨークで暴徒が発生し6月1日にはついにホワイトハウス前で火の手が上がった。すでに大事件であるのに感度が悪い田舎者の日本のテレビはあんまりニュースにしない。与党も野党も東部も西部もない。トランプは連邦軍を出すと言いだしたが、選挙がまずいと思っていることだけは確実だ。香港の国家安全法批判をプロパガンダの目玉にする予定がお膝元でおんなじことになってしまったからだ。中国はざまあみろ、してやったりの声明を出しているが敵のオウンゴールで香港弾圧が正当化されるわけでもない。

1997年、米国の資本原理主義にどっぷりつかった頭で香港に赴任して、その主義に「超」がつくことを発見した驚きは忘れない。要はどちらも拝金主義なのだが、金鐘(アドミラルティ)にそびえる48階建ての遠東金融中心ビルのてかてかの金色にニューヨークでおなじみのトランプタワーを思い出し、あまりのあけすけな成金趣味に憎めないものさえあった。僕の赴任は1997年12月でパッテン総督が香港を返還して船で去ってから5か月後だ。最初の半年、あれほどに、すがすがしいほどピュアな自由主義、資本主義の息吹を僕はアメリカですら感じたことはない。低福祉、低課税。自己責任で生きろ、能力あるものは好きなだけ稼げという国である。持てる者に過剰な嫉妬もしない。お札が象徴的だ。米ドルのリザーブで発券される「HSBC」「スタンダード・チャータード銀行」「中国銀行」の3種類の同額紙幣の存在は有名だが、日本人の感覚で言うなら日銀券の威厳にほど遠く、偽造できそうだなあと思う程やっぱり軽い。英独スイスで感じたことのない軽さ。これに唯一匹敵するのは北朝鮮がせっせと偽造している米ドルだけだ。

香港人はエスニックには中国人だが、そういうことに鑑みるに、東洋人ではあっても日本人よりは遥かにアメリカ人に近い。巷の人の英語はヘタで語彙も少ないがそこそこ通じるし、立派と思うのは誰も何の抵抗もなく臆面もなくしゃべることだ。そうしないと食えないからだ。会社では社員はフレッドだシンシアだと好き勝手な英語のファーストネームを名乗り、こっちも経理部のスーザン、人事部長のフランクだなどときっちり認識している。社長が実は社員の中国名(漢字)を知らない、なんともこのポップな軽さもアメリカンっぽい。会食で使う店はみな一流だがサービス精神は誠に乏しく、給与が安いのもあるのだろうが、なにより料理が美味であればそれでいいではないかという割り切りだろう、華僑の大御所である顧客たちがサービスに文句を言ったのを見たことがない。「江蘇省・浙江省同郷會」の50がらみの給仕長だけは例外でいつも愛想がよかったが、それはチップのせいというより僕がそこの剥き海老と上海蟹が好物で真剣に世界一であると褒めた美学的な理由からだろう。

かように、香港では老若男女、職業、貧富を問わず差別というものを明白には感じたことがない。入国管理の法務局と監督官庁であるFSA(金融庁)の役人だけは偉そうだったがそれは差別ではなく役所というものの世界的特性だ。白人というと歴史の成り行きから英国人が多いが、本国でのように高飛車でない。というより当時は香港に来る階層というのはまずアッパーでもピカピカのエリートでもなく、こう書いては悪いが流れ者っぽいアジア好きか出稼ぎ感覚の連中だった。前者は結婚して土着する者も多く、もとより差別感情はない。香港は阿片戦争で英国人が暴力と麻薬で強奪した租借地だが、借款で期限切れになると延長はなく、金の卵を手中に収めようと画策する中国にすげなく追い出されたわけだ。一国二制度はその時のおためごかしの言葉だが、当時から、きわめて嘘っぽく響いており、いずれ牙をむくぞと華僑たちは警戒していた。

香港のエリート層は誇り高い。自由主義で能力を発揮して富豪に昇りつめた自負、自信にあふれた人ばかりで僕自身もああなりたいという気持をかきたてられたほどの熱量だった。もともと中国から逃避した者たちであり中共のヘゲモニーに服する気などかけらもないだろうし、台湾の商人と同じく中国を利用して儲けられるなら服したふりぐらいはするだろう。ただ、一国一制度になった瞬間に香港は香港でなくなるから中国全体の利益にはならない。香港は全体の一部分にならないゆえの「軽さ」(フレキシビリティ)が発展の原動力で、それは米国の資本主義に近いがより軽やかで独特なものである。それが能力はあるが母国では上の階級に抑えられて開花できない層を魅了してきた。その点も、欧州からメイフラワー号で流れてきた移民の国アメリカと気質が共通する要因だろうと思う。

中共がかぶせる国家安全法なる網は権力による差別である。若者が反対するのは必然だ。中国に足場のない彼らの未来がなくなってしまうからだ。ジョージ・フロイド事件とは発端は異なるものの、国家権力による弱者の蹂躙、差別への反駁デモという結果は同じである。両国の暴動をひとくくりにしてコロナに結びつけるのは短絡的かもしれないが、それでも、世界中で社会に個人に鬱積したコロナ・ストレスが何かの形で爆発するのではないかという社会学者の予測は各国にある。デモ隊が三密を気にする様子はなく、正義を求めてそれに参加することはコロナの呪縛を解きはらってくれる精神的大義になっているかもしれない。貧困と飢えとストレス。コロナでたまったマグマがナショナリズム、ひいては人心に根深く燻っていた差別感情に火をつけ暴動、戦争につながるリスクは常に覚悟しなければいけない。

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「のぞき劇場」のコメント欄について

2020 MAY 23 7:07:12 am by 東 賢太郎

5年前にこのブログを載せました。実は同じタイトルの記事をもう一度書こうと思っていま読みかえしてみたのです。すでに書いてあったのでやめました。

Yahoo,Googleのコメント欄はおもしろい

こう予言してあります。

Yahoo、Googleのコメント欄はますます書き込みが増え、なまじの弱小野党などよりずっと与党の政策に影響力を有する存在になっていくと思います。

既にそうなっていると感じます。

大きく変わったのは質的な面ですね、5年前はいかがわしいものが多いイメージでブログにするのもちょっと勇気が要ったのですが、今は実名で投稿される方も現れ質・量ともグレードアップしてます。ネットの発信力は格段に強くなっていると実感しましたし、皆さんステイホームですからネット依存が増えてますますそうなるでしょう。もうこれは後戻りがなく、ポスト・コロナの地殻変動の最大要因の一つにすらなると確信します。

時にマスコミが書けない事や内部告発的な情報がズバリ書いてあるし、一個一個は市井の偏見でもマス(総体)として俯瞰すると世論の傾向がわかるようになります。一個だと偏見でも多数になると政治になるのです。傾向を知って何の意味があるんだと思われましょうが、今の政治は完全にポピュリズムですから傾向にこそ敏感であり、だから意味があるのです。

ちなみに僕はYahooコメント欄に参加はいっさいしませんが、似た趣旨のものは自分のブログのコメント欄に書き足していきます。同じテーマで記事を書き足すよりも整理がつくし速いし、ご関心ある方にはオピニオンの推移がたどれるからです(基本的に僕はあんまり振れませんが)。最近増えたのは

のぞき劇場

です。アクセス数もトップです。

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ぎょうさんやぎょうさん、無量大数や

2020 MAY 13 23:23:30 pm by 東 賢太郎

一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、 杼、穰、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祗、那由他、不可思議・・・つぎなんだっけ?

にいちゃん、そんなん数えたってあきまへんで、誰もわからんがな、ぎょうさんやぎょうさん、無量大数や

 

尾身副座長

報告されているより感染者の数が多いのは間違いないが、それが10倍か、15倍か、20倍かというのは、今の段階では誰も分からない(5月11日、参院予算委員会)

安倍首相

現在の感染者が、PCR検査で確定している感染者数よりも多いだろうと考えているが、どれぐらいいるかは申し上げられない(同上)

ファウチ博士

州や市が感染拡大への十分な対応能力のないまま尚早な経済再開を進めた場合は、あちこちで感染者が増加し、さらには手のつけられない流行に至る恐れがある。そうなれば避けられるはずの苦痛や死を招くだけでなく、経済回復への道まで後戻りすることになりかねない(5月13日、上院公聴会)

トランプ大統領

コロナの数字はだいぶよくなってきている。どの地域でも数字が下がっている。大きく前進した!(5月11日、ツイッター)

 

尾身さん、すばらしい。ついに安倍首相に忖度させてる。まあアンリ事件でそれどころじゃないかもしれないが。トランプ大統領はいったいどうしちゃったんだ、4月終息、金正恩、武漢研究所、ぜんぶハズレかよ。このツイッターで投票してくれるのは無教養の層だが、患者、死者はそこが多い。ご両者ともおんなじ、コロナでコロリかな。

 

ファウチ博士

死者数の実態は政府の公式死者数である約8万人より多い可能性が高いことを認める、その理由として、流行中心地であるニューヨーク州などで多くの人が病院に搬送されることなく自宅で亡くなった(5月13日、上院公聴会)。

厚労省

感染拡大で感染者やその病状などの把握が困難になったとして、厚生労働省は9日、集計方法を変更した。その結果、全国の退院者数などが大幅に修正された(5月10日)。

東京都

東京都は12日、新型コロナウイルスの感染者数の集計ミスに伴って修正した日ごとの新たな内訳を公表した。この他にも複数の日にわたって発表していた人数に増減が生じ、差が2桁に上った日もあった(5月10日)。

 

役所の忖度も必要なくなってきたのか。こうなってくるとウィルスの正体がわからん以前に、データがあっとるんかもわからん。もうだあれもわからん!!

 

ぎょうさんやぎょうさん、無量大数や

 

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男にはそれをやっちゃあお終いの一線がある

2020 MAY 12 9:09:33 am by 東 賢太郎

どういうわけかイスラム圏らしき異国に赴任していて、家族と部下のために懸命にサバイバル・グッズを買い求めている夢を見ました。寝ても覚めてもビジネスを考えてるせいでしょうか、夢も突拍子もないことになっています。

こういうのをコロナ・ドリームと呼んでるそうですね。海外の店に社長として着任して社員に迎えられる夢は本当によく見るので、それのコロナ・バージョンでしょう。どれも現実でないのばかりなんですが、例外なくよしやるぞとなる。その高ぶりがあまりにリアルで、目覚めた瞬間に「あれはどこの店だったっけ?」と真剣に思い出そうとしてたこともあります。

平課長に降格でデスクヘッドで雇われてるシーンもけっこうあります。決まって成績悪くて追い込まれてます。ああ今日も商売できんな、そろそろクビかなと悩んで朝になります。さらに降格で梅田支店のいち営業マンというケースもあって冷や汗もの。ひとりリーフ(顧客取引簿)をめくって、やばい、今日も何もできない、これだ、この人に電話してみなくちゃとリアルに焦ってます。

僕の愛読書に「なにわ金融道」(青木雄二)があります。出た当時から何度も読んでるこの漫画、人生勉強になるなどとしたり顔で言ってる甘ちゃんインテリは多いですが、僕にとっては梅田支店の日々、飛び込み外交に出歩いて遭遇する大坂の商売人の人間模様。別に金貸ししてたわけじゃないが、株を売るのはもっとこわいですよ、朝の船場あたりの殺伐としたどやどやした商売人の街の空気がですね、「儲かってまっか?」というウソも虚飾もないストレート勝負のわかりやすい世界がですね、あるある(あったあった)の連続なんです。今も社会人として育てて頂いた大阪のお客様への感謝と愛情に涙が出ます。

似た路線では日本映画専門チャンネルでやってる「難波金融伝(ミナミの帝王)」ですね。竹内力のギンギン、コテコテの極道もん風情が最後は善玉というのが最高だ。カネの恐ろしさがわかるハードボイルドの極致でレイモンド・チャンドラーなんかより日本人にはずっとわかりやすい。情でなく理で悪を倒すエンディングは刑事コロンボに通じるグローバルな勧善懲悪ドラマですね。

もうひとつは「静かなるドン」(新田たつおの漫画が原作)。カタギとヤクザの間で揺れる後継ぎ組長の話。派手な撃ち合いは一見壮絶ですが時代劇のチャンバラみたいにリアル感は実はなく、人物名が新選組や歴史上の人物のパロディで「作り物」感を認めちゃって、主人公のキャラと奮闘を今風の遊び目線で楽しむスタンスですね。

かように、紳士淑女の皆さんには申しあげにくいのですが昔から任侠映画の大ファンです。高倉健、松方弘樹、北大路欣也、マーロン・ブランドが恰好いいと思って育ちましたんでどうにもなりません。だからやってるとついつい見てしまい、どんどんドラマに没入、俺、どうしてこんなにヤクザもんが好きなんだ大丈夫かと心配になったりするのです。

このルーツが少年サンデーの伊賀の影丸にあります。忍者集団の殺し合いドラマだから現代版がまさにそれ。戦争物はアノニマス(匿名)で個人技が見えずいまひとつ面白くない。ヤクザは忍者ほど個性はないですが顔が見えるんでOK。戦国武将も三国志も相撲の星取表もアニマルプラネットもそのノリで観てますんで、三つ子の魂でしょう。投手対打者も熱中して、それで自分でやりました。

いいわけですが、男子が強い者にあこがれる、これ自然と思います。でもやっちゃあいけないことがある。法律でなく世の中の掟を破ることです。破ったら自分に負けという掟でもある。これで生きてる男は格好いいです、信用できます。逆に、法律に書いてないからいいだろう?最低ですね。そういう奴は信用しちゃあいけません。そういう輩に忖度して精神的売春して生きてるのは男のクズです。

男の器量というものがある。本物は知りませんが、映画が暴対法問題にならないのはそれを描いているから、日本人の奥底にそれがあるからです。腕力でも学歴でもない素っ裸の男前ですね、それがないとボスにはなれない。部下が馬鹿にするんでね。ところが今はどうだ。器量のかけらもないチンケな男が権力をもって偉そうにしている。僕はそういう奴は恨みなくても本能的にぶん殴りたくなる。

そういうのはだいたい運動もだめで「男の勝負」という人間の修練の場を経てないから汚いことを平気でします。勝つためにはウソも裏切りもありというのが三国志であり孫氏ですが、それで生きるのは中国、朝鮮までの話であって、日本の男にはそれをやっちゃあお終いよという一線があります。それをわかってない奴というのは日本の男じゃない、僕など1秒で馬鹿にしておわりです。

そういえばビジネスの戦場で何人か同期、部下にいい男がいましたね。ゴルフしたり飲んだりのお友達関係が先に来るなんてのは、誤解を恐れず言えば女の世界です。女子会、ママ友です。奴らはあくまで仕事で男ぶりが良かった。それだけなんで会社辞めたらつき合いはありませんがね、プロ野球選手が選ぶオールスターなんてもので今でもずっと敬意をもってます。

政治家にそういう光を放つ男が少なくなりました。見事に劇貧ですね。私利私欲の前に掟なしのふぬけばっかり。男はそれをやっちゃあおしまいなんて微塵もなく、邪魔者は情け容赦なく消す曹操の凄みもなし。本性を見たからもう何を言っても無駄。何人かの特定の政治家に贈っときます。女性はよくわかりません僕の本能の範疇に入らないんで、でもあねさん組長ってのもありでしょうね今時。

 

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素晴らしい吉村知事の大阪モデル

2020 MAY 8 1:01:34 am by 東 賢太郎

なにより素晴らしいのは吉村知事の発言に「専門家」という言葉が出てこないことです。いまのところ新型コロナの専門家は世界に一人もいません。

彼自身の言葉を聞いてよくわかりました。

①感染者数の山を低くして医療を守る(ワクチン、抗体、治療薬なければいずれ同数が感染)

②ワクチン開発(または抗体獲得)まで時間稼ぎ(ウイルスと経済のいたちごっこになる)

③データを「見える化」して市民に我慢のインセンティブを与え、一緒に考える

ということ。①「移動平均線」で観測するのはかようなデータを扱う常識です。③透明性、国民への情報開示はこれから最も支持される政治家の必要条件でしょう。非常に素晴らしいのは自粛再要請の条件に④「感染経路不明者の前週増加比1以上」と変化率の概念を入れたこと。①②は積分、④は微分がわかってないと発想が出てこないし、説明されてもよくはわからないでしょう。「いたちごっこ」は連立方程式で、概数とはいえPCR検査データがある程度揃わないと解けません。大坂はあるんでしょうね、だから数値を入れられた。

これ、「専門家に聞きました」じゃないんです、吉村さんは。収集したデータを吟味し咀嚼して、アドヴァイスはもらっていようと自分の頭で考えてます。それは受け答えを見れば一発でわかります。彼は数学ができますね。これからの時代、コネと口だけ得意技の政治家は不要でしょう。

東京はデータがHPにあまり出てません。国の感染者の30%がそれですから政府は全国の解除条件の数字を出せないでしょう。PCRをやらなかったツケであり、山中教授が大学などを動員すれば1日10万はできるし人もいると言ってるのにできない。なぜかというと、厚労、文科、農水、自衛隊、経産、警察に検査機能が分散してるから。役所の縦割りは誰かが鶴の一声を発しなければ解消しません。それができるのは今の日本で首相か西村大臣しかいません。目詰まりはそこでしょう。

 

(追記)

 

加藤厚労大臣 相談目安「我々から見れば誤解」発言にネット怒りの声「ふざけるな」「酷い」https://news.yahoo.co.jp/articles/311595d1cfabed7f267ffd5d2dec5db96bb7b6cb

この国民の怒りは当然。目安か基準かなど国民はわからない。わからないものを出しておいて多くの命が失われ、軽症者、無症状者をダダ洩れ放置して感染を広げてしまったのは、100%厚労大臣の大罪である。断言するがこの人はまったくの無能。指針を変更する前に厚労大臣を変更すべき。

(ちなみにこのデイリースポーツの記事についてる大量のコメントを全部読みました。気になる記事はいつもそうします。マスとしてみればネットのコメントは、マスコミの色がついていない、政治操作もされてない貴重な生の情報源です。自分の記事のヒット数を見てもネットの力は増しているように感じます)

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安倍政権に漂うインポテンツ感

2020 MAY 5 21:21:12 pm by 東 賢太郎

【きのうの感染症対策専門家会議の会見】への感想です

検査数が増えて陽性率が下がっている ➡ あたりまえ

PCR検査が少い理由6つ ➡ ダメ社員ほどダメな理由をたくさんあげる

感染防護具の圧倒的な不足 ➡ 武器がないと戦えない ➡ アベノマスク

我々に経済の判断能力はない ➡ 政権にふって逃げている

知事のリーダーシップに期待 ➡ 政権もふって逃げている

 

なぜこれを指摘するか、政府も感染研も昼夜努力してるではないかという人もおられましょう。私事になりますがノンポリなので政治家になりたいと思ったことはありません。高い税金を払っているが公共サービスを提供してもらって釣り合っていると思い生きております。

よく考えましょう。我々市民は日々「生活をあがなう労働」をしています。失業、倒産をすれば路頭に迷います。政治家、公務員は公共サービスさえしていればそれはありません。では、公共サービスとは何でしょうか?より大きなリスクを取っている我々市民が安全で幸福な生活をできるようにすることですね。

いまはコロナで安全で幸福な生活がなくなっています。ということは、ここで役に立たない政治家、公務員は仕事をしていないのです。「昼夜努力したけどダメでした」の言い訳は我々市民にもありませんが彼らにもないのです。このような目線で市民すなわち有権者は政治をしっかりと監視しなければなりません。

その目で専門家会議の感想をもう一度お読みください。この会議体は役に立ってません。皆さん真面目で優秀な学者さんで、懸命にやられているとは思います。「政権に意見はしたが・・・」と述べてもおられます。しかしそれなら妥協でなく辞任するのが筋でしょう。公共サービスの相手は首相でなく国民なのです

御用学者を集めて専門家に聞きましたとする手法は、お気に入りを大臣にすえ、人事権で手なずけた御用役人を登用する手法そのものです。山口4区の25万人に選ばれた国会議員が1億4千万人を支配するかつてない完成度の統治方法を構築した安倍さんの手腕は見事というほかありません。

ビジネスマンとしてその政治力への称賛の気持ちは今も変わりませんが、ここで抗いがたく救いがたい不安感が同時に沸き起こってきている、それが本稿の執筆になっております。かような会見を見るにつけ胸中にぬぐい難く去来する日本の政治への危機感であります。どういうことかご説明します。

それは、この国は首相が統治はしているがいったい誰が責任者なのか?という疑念です。上に乗っかって調整だけして自分は決めずに任期を全うして銅像でも建てたい、僕は動機はなんでも結果だけ出してくれれば結構という市民ですが、それならもっとまともに仕事のできる連中を配下に選べといいたい。

調整だけしますというのは本当のリーダーではありませんが、それでも最後に責任はとるから成り立つ統治です。そうでなければただの生徒会長だ。生徒会長は失敗しても退学にならないでしょう?いまの日本の政治はそんな人に学校が統治できてしまっているようなもの。何か気味が悪いのです。

それでも学校が普通に動いているときはよかった。今のように、いわば台風に見舞われてケガ人も出るわ校舎も崩壊だという事態になると、調整もなにも部下も浮き足だって必死です。うるさいから出ないでくれになる。3-11の菅首相もそうでしたね。下が動かず機能不全になった政権はおわりです。。

たとえば国会で加藤厚労相が「政府が旗をふれば動くというものではない」、安倍首相が「キャパは2万に増やしたがどうも増えない」と認めるPCR検査不足の指摘への無力感とあきらめ。気持ちはやりたいけどできない、肝心の “現場” が動かない。なぜなんだ?これって、インポでなくてなんでしょう?

そこで昨日の会見で尾身副座長が忖度したのか官邸に頼まれたのか、PCR検査を拡充できない理由をご丁寧に6つあげます。6つもあれば国民も納得してくれるだろう。尾身さんそうじゃないのです、何個あろうが結果が出なければあなたは役に立たない、仕事をしてないのです。それが公共サービスというものです。

有事にいきなり言われてものお気持ちでしょうが、消防車や警察は火事や泥棒の有事に呼ぶのです。アベノマスクやめて医療用の防護器具に回せとか、一般の医療機関を都道府県と契約して検査させろと専門家が強硬に主張すれば官邸も動いたかもしれない。そんな体を張ったコミットメントはあなた方には見えない。

しかも、「専門家はみな検査を増やすべきと思ってた」「フラストレーションがあった」と業界保身し、「日本の制度だ」、「PCR検査能力の拡充の機運が起こらなかった」と逃げてしまう。安倍首相を守ったおつもりでしょうが、実は自分たちを任命した首相を「売ってしまっている」ことにお気づきでない。

安倍政権はかように、責任感も能力もない従順が売りの人を要所に置き、その神輿に乗って平時はそれでよかったが、有事でツケがきて台座ごとひっくりかえってしまった。従順ではないが能力ある人を使う能力がなかったからその手法になった。インポテンツになるべくしてなったと思料いたします。

緊急事態宣言の解除条件につきひとこともなく14日と21日ごろ専門家に聞きます(西村大臣)。専門家ってまた尾身さん?勘弁してくれよ。かたや大坂の吉村知事は4つの条件を数値で明確に出しました。実行力、スピード、想像力、創造力、首相官邸と雲泥の差だ。本当に吉村氏に首相をかわってほしい。

 

緊急事態宣言

(追記)

スタジオで元国立感染症研究所研究員で白鴎大教授の岡田晴恵氏は吉村知事の会見で「大阪の会見を見て思ったことは、吉村さんを見て話し方を見て思った事があったんです」とした上で「この人、自分で理解して自分の言葉で話しているなっていうことだった。ちゃんと勉強されている」と評価した。

 さらに「そういう場合は部下は知事が怖いんです。鋭く指摘されますけど、分かっていて指摘されますので、そういう場合は職員の方も働くんだと思うんです」と分析し「ちゃんと理解してもらえるから評価もしてもらえるしモチベーションも上がる」と指摘していた。(スポーツ報知より)

まったくそのとおりと思います。「人事のアメとムチでソンタクさせる政治」とは真逆ですね。こういうことを書くのもなんだけどそれは権力さえ握れば馬鹿でもできる、しかしもう昭和じゃないんでね、ある程度は学力がないと、言葉できちっと説明できないと、これから有能な人はついてきません。

BCG有効説と感染研のメンツ仮説

2020 MAY 4 2:02:11 am by 東 賢太郎

GW後半ですが人出はかなり減っているイメージですね。強制もなく。これは「空気」が働きだしていると思います。従わない人もいますが世界のどこの国もいます(むしろ、圧倒的にいます)。カリフォルニアのビーチにはじけだした若者の群れはファウチが自由を奪ってると騒いでる。このひとたちはいったい誰と戦ってるかもわかってない。アメリカですらこんなものです。パチンコや江の島ぐらいでニュースになってる日本人はほんとうに真面目で、法律もないのにおカミの言うことをよく聞く国民という思いを新たにいたします。こんな景色は僕が住んだり訪問したりした約40か国、どこにもありません。

僕は「きれい好き文化」、「空気に従うこと」が爆発的感染拡大にはなっていない大きな要因と思ってますが、しかし、{人口、感染者数、死者数} でアメリカ {3億、100万、6万}、日本 {1億、1万5千、5百} という数字が本当に正しいならば、どう贔屓目に見ても初動対応も法的措置もお粗末だった日本がこんなに優等生である理由にはなり得ません。あれほどPCR検査をこなして医療対応もSARS、MARSの経験値のある医療機関がうまくやった韓国の死者数が250です。あれほど何もしなかった日本が人口比換算でほぼ同じ死者数というのは非常に不思議であります。

コロナ死亡数が肺炎死亡数に紛れてないかと言う声がありますが、その理由でアメリカより少ない数字になっていると仮定すると例えば年間約10万人の肺炎死者数の6分の1(3~4月)である1万7千が実は全部コロナでしたという計算(人口比換算)になり、実際にあったミス、PCR検査数の少なさ、検査精度の誤差を勘案したとしても無理があるように思います。国と国を比較する場合、ミス、検査精度は比較的無視でき検査数のバラつきは無視できないという立場から僕は死亡者数を注視しております。

すると3つ仮説が出ていることを知りました(もっとあるかもしれませんが)。

①「日本のBCGが有効」説

これは要検証です。日本株BCGを使用しているイラク、台湾、タイもコロナは抑えてます。暴発してしまったアメリカ、イタリアは接種を行っていません。スペイン、ドイツ、フランス、イラン、イギリス、オーストラリア、スウェーデンは過去はしていたが現在はしていません。大阪大学免疫学フロンティア研究センターの宮坂昌之招へい教授の作成された表をご覧ください。

100万人当たりの死亡者数が10以下の国が7カ国(赤字)あり、そのうちの6カ国が広範なBCG接種を現在行っており、その6カ国のうち3カ国がBCGワクチンの日本株、2カ国が旧ソ連株(筆者注:両者はほぼ同じ株と理解)を使っているという結果は、偶然でなければ説得力があります。韓国が3.7と日本より高いのは韓国のBCGが日本株でないための可能性とも考えられます。京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授が「BCGの接種と死亡者数に逆相関がみえるのは確か」と発言したそうです。

(ご参考記事、4月5日)

http://新型コロナとBCGの相関関係について免疫学の宮坂先生にお伺い …

 

「東洋人かかりにくい」説です。中国の数字は {14億、8万、5千} ですが、感染者、死者の人口比をアメリカ並みとすると460万、28万で、中国は60倍のウソをついていることになります。感染地図でインドを含むアジアの丸印の小ささは確かに目立ちます。民族の遺伝的要因(遺伝子配列の違い)による違いの可能性はあるとされますが、アメリカで黒人、ヒスパニックの死亡率が高いのはむしろ経済格差が主因と思われます。今のところこの説の科学的根拠からの説明は目にしておりません。地図の印象はむしろ①説の表で「赤字」(優等生)7か国中5か国がアジア・オセアニアあるためとも考えられます。

 

「ウィルス変異説」です。一応「仮説」として挙げますが、後述のように、そうではない可能性が高い。武漢型が欧米で変異して強毒化したために欧米では大量の死者が出たが、その時点で日本にはまだその変異株は上陸しておらず、1月に上陸させてしまった武漢型はすでに封じ込めに成功した、だから日本の死者数は欧米のようになっていないのだとする説です。

これは感染研、専門家会議の主張であり、欧米型変異株は3~4月に上陸して国内に拡散したと強く示唆されると強調しています。事実なら強い示唆などなくてもいいわけで、自ら「仮説」であることを暴露しています。即ち、③説は強毒化したことの疫学的証明、日本の医療が武漢型を消滅をさせたことの証明が必要です。「現在は欧米変異型が蔓延している」事実だけではそのどちらも証明されません。

その2点目、「武漢型を制圧するのに成功した」という言明に弊職の周囲の多くが違和感を感じています。「検査で陽性と判定された国内の約560人の検体」だけからどうしてそれが科学的に結論できるのでしょう?世界でビリから2番目のPCR検査数によって当初から無症状者は野放しだったわけですし、現在も引き続き国際比較で少ない検査数で無症状者の凡その数すら推定の域を出ないのだから、武漢型が国内で変異して欧米型と別個に大量に存続している可能性を排除できるはずがないという子供でも気がつくウソではないかということです。

「医療崩壊が危険」と検査を抑えて野放しになった無症状者が患者を激増させて医療崩壊させました。即ち、どう贔屓目に見ても、無症状者は無視のクラスター戦略が大失敗だったことは明白なのです。それを「再び無症状者を無視したデータ」で「成功だった」と「自認」し、その理由が「日本の死者数は欧米のようになっていない」(5月4日、尾身専門家会議副座長)なのです。そうではない、「大失敗したけどなぜかそうなってない」が真相であって、その疫学的理由を感染研がつきとめているなら自身の名誉のためにも即座に公表すべきだ。そうでないなら「私は正しかった。なぜなら神風が吹いたからだ」と言ってる単なる馬鹿です。

その程度の③説に基づいて「目の前の第2波を国民一丸で抑えないと今度は欧米なみの拡散になってしまう危険がある、よって、ステイホームは5月末まで続けるべきだ」という論旨が組み立てられ、それが専門家会議の結論となり、それを受けた形で政府が緊急事態宣言の5月31日までの延期を発表したのですから、説の正否は国家の命運をかけた決定的に重要なものであることは論を待ちません。このことはいずれ精緻に検証される時が来るでしょう。

①「日本のBCGが有効」説が正しいと仮定すると?

今後も宮坂先生の表のまま進むので、第2波封じ込めに関わらず100万人当たりの死亡者数は韓国(3.7)、台湾(0.2)、日本(0.6)の延長線上の数字が緊急事態宣言解除後も出てくる可能性があります。これは要注目です。防御しているのは政府でなくBCG抗体ではないかという可能性が確認され、それを検証すべきということになるからです。BCGは子供しか使えず大量確保できないので検証する意味がないという議論ではない、政府がしていることが正しいかどうかという有権者の眼として大事な観点からそう考えております。

政府の危機対応レベルが非常に高い台湾は5月3日でも0.2のままですから、政府対応の巧拙にはBCG抗体によるセーフティネットがかかっていると書けば台湾に失礼にならないでしょう。また、そうであったとしても、日本の医療現場の最前線で戦っている医療関係者の皆様のご努力をいささかも軽視するものではありません。あくまで「大本営」の戦略の話をしております。

表のデータは4月初め時点ですから、3月からであった日本への欧米型変異種もブロックできていたということになるでしょう。今後の第2波の防衛に政府が成功しようと失敗しようと、感染研の言うように変異種が強毒化していようといまいと、出てくるのは優等生の韓国、台湾と変わらない数字になり、すなわち、日本は今度は水際防衛に成功しましたという “輝かしい成果” を発表できるようになるでしょう。

つまり、官邸にとってベストで厚労省、感染研のメンツも立つシナリオは、

①が実は正しいかもしれないがあえて証明はせず、③の強毒化は仮説と言わずにそうなのだと主張し、国民に頑張ってもらって3週間たって予定通り優等生の数字が出てきて、「みなさんのおかげです、では少し緩めましょう」とほほ笑んで経済政策に舵を切って、よくやったと支持率があがる

ということでしょう。今回はここまでの指摘にとどめておきます。

最後に、実効再生産数をオンゴーイングの指標として時々示すのではなくドイツのように毎日公表していただきたい。岡田先生の言われるように計算根拠とデータも開示したほうが良いでしょう。

(ご参考)

5月3日のデータ

韓国(4.88)、台湾(0.25)、日本(3.89)

こちらで日々確認できます

http://人口あたりの新型コロナウイルス死者数の推移【国別】

 

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新・のぞき劇場

2020 APR 19 20:20:37 pm by 東 賢太郎

米1ドル紙幣の「神の全能の目」

4月2日からテレワークで経営会議やお客様とビデオ会議をやっている。いまだかつて半月も会社に行かなかったことも家にこもったこともなく、これは行動変容というより人間変容を起こすのではないかと思うようになってきた。

さきほど、久々に多摩川の巨人軍グラウンドまで走った。足が動いたのも意外だったが、もっとそうだったことがある。まばらに河原に人が出ていて、いままで人影を見ると危険と思ったのがなぜかジーンときたのだ。そうか、ヒトは社会的動物だった。知らないうちに自分も変容してる。

もともと、社会に電車も飛行機もなかった。あるのが当たり前の存在になったのは高々7、80年前のことだ。なくても誰も困ってなかったが、ないと戦争や収奪競争に負ける。そういうものを平時になって産業が「便利」という言葉に置き換えて普及させたに過ぎない。便利と必須はちがう。

競争本能だろうか、人間は列を見ると並ぶ。野球場へ行けばより前の方の良い席で観たくなるからそういう料金体系になってる。では全試合が無観客ならどうだ。座席の競争はなくなる。生の迫力は犠牲になるが、平等にそうなら仕方ないとテレビでそれなりに楽しむだろう。観客入りは必須でなくなるかもしれない。

テレワークしてみると、満員電車に乗って定時にオフィスに集結することが必須かどうかわかる。参勤交代なみの忠誠心の証ならば雇用契約を細分化して実績型にかえ、総合評価と称して現場で見張る中間管理職は廃止し、全員の通勤定期券は回収したほうがいいかもしれない。

僕が入社したころ社歌なるものがあった。今でも歌えるが、それが日本の孤発事象であるという点において入社式も入学式も同じだ。テレワーク企業の専門職採用、年齢でなく学力に合わせたオンライン教育が広まれば入社、入学は必須でも一斉でもないどころか概念もなくなるだろう。

学校でオンライン化できないのは体育と部活ぐらいだ。それは社会性の育成として地域社会のローカルなミッションとし、知識の習得とテストは全国一律に東京からリモート教育としてでき、飛び級も落ちこぼれ対策も自在にできる。登下校の時間は別途使え、現場の先生の負荷は減り、なによりいじめがなくなる。

60年ほど前、鉄人28号という漫画のTV主題歌に「敵に渡すな大事なリモコン」とあった。リモートコントロールは長らく人類の夢だ。医療は入り口のオンライン診療ができるばかりか5Gで日本からブラジルの患者のリモート手術ができればドクターXみたいなスーパー・ドクターはフリーランスが当然になる。

要するに「テレ」「リモート」はITの産物なのだ。買物も趣味も仕事も教育もオンライン。それが便利となり、やがて必須となり、人のオンライン滞留時間を増やす。その時間は世代交代と共に不可逆的に漸増してきているが、コロナのひきこもりで急加速して人間変容、社会変容を一気に誘発するだろう。

コロナ禍の出口がいつ、どこかはまだ誰も見えないが、人類が死滅しない限りはどこかで来る。その後のことを「ニュー・ノーマル」(新たな平常)と呼ぶが、それは変容後のヒト、今の我々からすれば新人類が作ると考えたほうがわかりやすい。オンライン化で中国のような全体主義国家は国民を容易に監視できるようになる。新人類は対抗措置として政府を監視する法律とツールを駆使するようになる。双方向の「神の目」がバランスしたところに、新しい国家像が見えてこないだろうか。

 

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