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カテゴリー: 自分について

赤いと思われる借景を二枚

2015 JUL 23 16:16:23 pm by 東 賢太郎

西室の朝やけ、夕やけの写真がたいへん面白いですね。それをみていていて、色覚がちがう僕のきれいと普通の人のきれいは違うんだろうなということが、もちろん今までもずっと思って生きてきているのですが、ますますそう思うのです。

この写真は今回撮ってきたミクロネシアの夕陽なんですが、撮った時点ではあることに感動があってシャッターをおしました。それが失敗で、さっきいらねえなって消そうとしていたものです。「あること」は最後に書きます。

yuuhi

 

これはまちがってシャッターおしちゃったかなと思って捨てかけてました。

yuuhi1

この2枚が登場することになったのは赤いかもしれないと思ったから。西室が赤い、胸騒ぎがすると書いたのが僕にはそうでもなくてますます自信がなくなってしまった、それは僕の方が西室よりもより一般からとおい、要は色弱度が重いということなんだろう、そんなおれが判断しちゃ写真がうかばれないと思ったのです。

こちらをご覧ください。これがミクロネシアの朝6時すぎです。上の2枚と同じ西の海を見ています。

asahi

これはなんかモヤっていて、やっぱり捨てようとしていた。空のブルーですね、これに反応して撮ったにちがいない。いま見ていると日本の6倍ある紫外線がじりじりきて首すじが痛くなってきそうだなあという感覚がおそってきます。

「(芥川龍之介が)思わず筆をとって文章を書きつけるまでに彼の感性が発酵していなかったため、意識に残らなかったのではないか」

西室の文章ですが、なるほど、感性が発酵するという表現がいい。色を見て感性が発酵して文学になる。そういうことかもしれない。

ぜんぜん発酵せずに写真を捨てかけていた僕のきれいと普通の人のきれい。文学的才能の欠如はさておき、やっぱり両者は違うのだろうとますます思います。色のないものはないですからね、そこが違っている僕のきれいは、視覚に関するかぎり万事で違っていて不思議なしです。

酔って人の顔が赤いとか青いとかきくと豆まきの赤鬼・青鬼を連想。桜吹雪は白い。お絵かきで木は幹も緑に塗ってました。三毛猫は描けない。地下鉄の路線図はごちゃごちゃ。女性の化粧は白っぽくなるだけで究極は舞子。真っ赤はよくわかるのでマリリン・モンローは歩くクチビル。

ということで、最初の写真の「あること」に戻ります。これを撮った唯一の理由は「太陽が丸く見えたから」です。映るかなと思ったら映ってなかった、だから捨てようと。

丸いもの、球体に弱いのです。色より形が大事なんです。それはもの心ついた時からで、東大教養学部時代に哲学の井上忠先生が「パルメニデスの有」なるものを授業でやって、それが何かはついに最初から最後までわからなかったのですが、「完全なものは球体をしている」というフレーズだけは天啓のようにスッとわかったのです。

丸いものというと子供のころ山手線、中央線、総武線の屋根の上に並んでた通気口のまあるいの、なぜかあれがよく飲まされてたエビオスの色と質感に見えて気になって仕方なく、国電を見下ろすポジションに電車が来ると毎度そわそわして窓に張りついて、どうしても触ってみたい、できれば盗んででもひとつ欲しいという小学生でした。

EPSON scanner image

地球が球体である。僕は飛行機で窓から毎回欠かさずにそれを視認します。高所恐怖症なので必ずアイル席ですが、窓側席の人の怪訝な視線を顧みずします。月や金星や木星もそう見える。しかし太陽は影がないからそう見えないのです。だから僕には太陽が球体というのは仮説に過ぎない。本当にそうなんだろうか、そうならぞくぞくします。触ってみたい、それは電車のまあるいのを見たときと同じ欲求です。

太陽というのは宇宙で唯ひとつ、肉眼で視直径が確認できる恒星であります。それだけで観音様みたいにありがたく、ひれふして拝むに値する。日没で太陽の輪郭の丸さが肉眼で見えると、その触った質感を想像してしばし恍惚とする。そういう小学生であり、パルメニデスの「完全なものは球体をしている」は、当たり前だろそんなのというふてぶてしい納得感、既視感で満たされたのです。

それをミクロネシアの日没で見つけた。それが最初の写真であり、ところがぜんぜんそう映ってなかった。そういうお粗末な顛末でありました。

 

 
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夏休みがなかった高校時代

2015 JUL 15 1:01:33 am by 東 賢太郎

高校時代に夏休みはなかった。夏の甲子園予選東京都大会があるからであり、いまそれがたけなわである。毎日の勝敗を見るにつけ血が騒ぐ。最近は知らない高校名もたくさんあるが、だいたいのところは名前で力が想像できてしまう。ああ、ここなら勝てるななんて今でもグラウンド目線で見てるのは、高校野球に完全燃焼できなかったからだ。

中学で背が伸びて171cmになり、草野球ではオトナでも打たれる気がしなくなった。早生まれのせいか体が小さく、でかい女の子に腕相撲で負けたしでかい男子にはケンカも運動も勝てないと思い込んでいた。ところがもっとでかいオトナを三振総なめにして、得意なことを磨けば世の中わたっていけるかもと思えるようになった。

野球は硬式と軟式がある。硬式の人間は軟式は野球と思ってないがあのオトナたちはきっと軟式の人だったのだろう。思えば中学でリトル(硬式)に入って同世代のうまい子にコテンパンにやられていたら小学校の弱っちい自分のままだった。古来、男子が大人になるのが元服だが草野球のおかげでそれがすんだ。

投手のタマと野手のタマは質がちがうのは経験者はわかる。練習しても野手にはああいう球は放れない。野球部員はみなそれなりに自負心があるが投手は別格の天狗だ。世の中に自分のタマを打てる男はほとんど存在しないと思っている。そんなことはどうでもいいのだが、世の中がどう思おうと、そのことがどうでもいいのである。

社会に出て仕事で気おくれする場面はある。それでも、相手が打席に立った姿をイメージすれば気持ちで完全優位になってしまう。人前に出るなどなんでもない、投手は衆人環視になるのが仕事だ。良し悪しはあるだろうがもともとが小さかった僕にはちょうど良かった。野球好きなのは男子としての自信をつくってもらったからだと思う。

九段高校ですぐ硬式にはいった。都立とはいえその夏の東京都大会の第六シード校で4回戦まで行ったから弱くなかった。草野球出身で誰に習ったこともなく投げ方はもちろんプレートの踏み方すら知らなかったが、先輩方とキャッチボールしてみると自分の球のほうが速いと思った。野球だけは自分は特別と天狗になりきっていた。

その夏からすぐベンチ入りさせていただいて、大会終了後に背番号1をいただき一級上の2年生を飛び級した。だから客観的に能力がすこしあったのは球を投げることで、学業など比にもならないと書いて自慢にも謙遜にもならないと思う。この1年でエースというのに比べれば2浪して東大に入ったり徹夜続きでMBAを取ったなどというのは汗の匂いがする格好悪いことだ。

硬式で初めて同世代のうまい子と対戦することになる。天狗はそこまでだった。秋の新人戦は国学院久我山だった。甲子園も出てロッテの井口、日ハムの矢野などプロ選手も多く出している。9-0の7回コールドで負けた。一回り目は零点でたいしたことないと思ったら次から打たれ、それも人生初というほど自慢の直球を打たれてショックをうけた。

打撃では甲子園に出た日大一高戦で一塁線ゴロが抜けたと思ったら併殺打。盗塁は何度かしたがだいたい1メートル手前でアウトだった。そもそも上の子相手ではいい思い出自体があまりなかったのか。二けた三振で2安打完封された聖学院の左腕からセンターオーバーの三塁打を打ったのがいい方の唯一の記憶のように思う。珍しいから覚えてるのだろう。

硬球の怖さも知った。初登板だったOB戦で先輩にぶつけてしまった。それも速球が首を直撃して昏倒され騒ぎになった。走者一三塁の場面で一塁走者が盗塁したとき、捕手が擬投で僕に思い切り投げ返してきた。サインがわかってなく危険だった。打球では何回も怖い思いをした。18.44メートルの距離を強烈に襲ってくる。捕れなければ頭、心臓、股間などを直撃のもあった。

2学期がはじまって同級生が山へ行った海へ行ったという話をする。こっちはあの学校に勝ったの負けたのだけ。体育会というのはクラスでは軍人みたいで戦いの話しか興味がないし女の子とは話題すらない。軟派な都立高だから完全に浮いていた。どうしてそこまでして野球に没入していたのか、あるとすると闘争本能とお試し本能だ。

人間なにごともうまくなると試したくなる。足が速ければかけっこしたい。力自慢なら相撲したい。相手をやっつけたいというより自己確認、それがお試し本能だ。ゴルフはそれだけでできる。相手が人間になると闘争という要素が入る。へたすると戦争にもなる。闘争性を除去してお試し性だけにしたのがオリンピックだ。

僕は2年で肩とひじを両方やって球が投げられなくなった。硬式のレベルでは終わり。お試し本能は出番がなくなったが火がついてしまっている闘争本能は消えなかったので、3年になってやおらそれが受験に向かったような気がする。学業はドべの方だったが、勝ちたいという動機は野球の終焉からやってきた。

野球はお山の大将の蜜の味を教えてくれたし、そこから奈落の底に転落して地獄も見せてくれた。16,17才のみそらでそんな経験ができたのは幸いだったのかもしれないが、どうしても高校の夏休みというとなにか「損したな」という気持ちを抑えきれない。もっと楽しいことがいっぱいあったにちがいないと。

もし、アラジンの魔法のランプがあって、何でも願いを叶えるといわれたら?もういちど高校時代に戻してくれというだろうな。そこで何をやるか?とても迷うにちがいないが、やっぱり野球をやってしまうような気もする。

 
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朝きこえてる音楽の謎

2015 JUL 3 11:11:42 am by 東 賢太郎

きょう目覚めると、頭の中で鳴っている音楽があります。

歯を磨いていて、意識が何となく「そこ」へ行ってあれっと思う。音楽の夢とでもいいましょうか、たまにあります。好きな方はそんなご経験があるのではないでしょうか。

さて、きょうのは

ファ#ソミーレ、ミファレード、ドミラーソファ・・・

です。曲名がすぐ出てこない。これなんだっけ?

人の名前が出てこないのといっしょで気持ちが悪い。5分ぐらいあれでもないこれでもないとうんうん唸りました。わかった。

カール・マリア・フォン・ウェーバー作曲 「オベロン」序曲

である。ああ、よかった。

ところがまた唸ることになる。どうしてこれが?

だってこれ、特に好きでもないしもう10年も聞いてないぞ、たぶん。なんで今朝これが頭で鳴ってなくちゃいけないの?

そんなことわかりませんよね。偶然だろ偶然、そう自分をなだめて電車に乗ります。しかし、気持ち悪い。聞こえるからには何かの縁というかきっかけというか、因果のようなものがあるはず。

しかたなく推理します。オベロンはきいてない。それは確実。だとすると、どこかで最近に「何か似たの」を聞いたんじゃないか?それが記憶を引っ張り出したんじゃないか?

オベロンの特徴は「ソ⇒(上の)ミ」の、元気のいい6度のはねあがりでしょう。これを手がかりに、6度跳躍のある曲を最近聞かなかったか記憶をさかのぼってみます。

これを電車で40分唸ったのです。そしてついに真相にたどりつきました。

ゆーけゆーけーそれーゆけーきょじーんぐーん

これだ。これしかありません。火曜日に東京ドームで7回裏の巨人の攻撃前に大音量で流れた応援歌、これです。 この「けーそれーゆけー」のソーミミーレドーラー、このソ⇒ミの6度跳躍!これはたしかに耳に残ってました。だからこれがオベロン序曲のファ#ソミーレ・・・をひきずりだした。納得です。お聞きください。

そしてこっちが「オベロン」序曲。これの8分38秒からの所のヴァイオリンのメロディーがそれです。6度上に飛びあがって、やっぱりミ、レ、ラと降りてきます。このミとラが両曲で共鳴します。

嘘みたいに思われるでしょう。僕も思います。でも、今朝、オベロンが頭の中で自動プレイバックされていた、小説より奇なる事実に自分で驚いています。

二つの曲が「似ている」と思ったことはありません。そもそも巨人軍の歌は知らなかったし、和音がちがうし、「6度跳躍」は後から発見したのです。すべては認識下ではなく、無意識下で起きた「事件」です。

でもそれならなぜ巨人軍のほうがプレイバックされなかったのか?なぜ朝の音楽が毎日は鳴っていないのか?

また唸ることになりそうだ。

結論

人間の脳は不思議です。

 

脳は寝ない

 

 

 

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クラシック徒然草-半沢直樹とモーツァルト-

2015 MAY 26 1:01:38 am by 東 賢太郎

先日ソウルへ飛ぶ機中で「半沢直樹」を初めて見た。第1話だけだが、食わず嫌いはいけないと思って見始めたら面白くて真剣に見てしまった。組織の論理と個人の幸福。証券会社だっておんなじだ。

もう同期は全員が外に出てしまったし、上司や部下だった人たちもそれぞれの人生を歩んでおられる。皆さん、サラリーマン人生はいろいろあったし、僕もあった。

25年いた会社で経営職(部長)として突然自分から「辞めます」と言ったことは僕の中で重い。日本的には決してほめられることではないし、そういうことは元来自分のするようなことではなく、心に何もなければしなかったと思う。

今でも時々夢を見る。海外のどこかの店に異動辞令が出て赴任する。良いポストだ。それがどこかわからないまま目が覚める。あまりに生々しく現実味があって、ひょっとしてああいう店に本当にいたことがあったんじゃないかと目覚めた刹那は錯覚している。

サラリーマンはそうやって異動、昇格に一喜一憂し命を削っている。嬉しかったのも落胆したのもある。ひとつひとつの辞令を受けた時の気持ちはすべて昨日のことのように覚えている。会社を辞めます、というのはついに辞令を自分で出したということだった。

そうして良かったかどうか、良かったと思いたいがどうだろうか。失ったものも大きいだろうが後の祭りだ。ふとした時に出てくるそんな後悔や傷心を、移籍した会社はおそらくよく理解され、修復し、新人で梅田支店にいた時のような自分に戻してくださった。

いま思っていることだが、あれがなかったら僕は完全にだめになっていただろう。辞めずに残っていてもたぶんそうだった。見栄、プライド、慢心のかたまりだったからだ。しかし新しい会社では、それを粉々にしないと次はなかった。

そこからまた数々の見込み違いと失敗に失敗を重ねて、そのご恩に十分報いることもなく僕は55才でサラリーマンの経歴を断つことになった。宮仕え完全失格である。大学卒業時に親父が言った。賢ちゃんはサラリーマンは向いてないよ。それは正しかった。

辞めてしまったら半沢直樹と違う。レースは負けだから何を書いても負け犬の遠吠えにすぎない。これも数々重ねてきた自分の大失敗のひとつかもしれないとも思うが、しかし精いっぱいの負け惜しみを放つならば、負けてよかったということもある。

後で忸怩たる思いになったとき、人間は無意識に似た境遇の人を探すものだ。偉人である方がいい。自分をより正当化できるからだ。そしてそれはまったくもって容易に見つかった。ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトである。

意に添わぬ命令(いじめ)で縛り付けるザルツブルグ大司教のコロレドとモーツァルトが決裂したのが1781年5月9日だ。コロレドの部下のアルコ伯爵に辞表を叩きつけたのは12日、そしてついに6月8日、尻にアルコの足蹴を食らってモーツァルトはザルツブルグの職を解かれるのである。

こんなに日付がわかっているのは彼が父親に手紙で事件を報告しているからだ。やむにやまれぬ決断だった。しかしまじめにサラリーマン道を歩んできた父にとって、自分の仕える社長に対して息子がした狼藉は許し難い。それを知る息子が冷静を装って書いている文章は、だから身に迫る。なぜなら僕も会社を辞めると親父に報告した時、モーツァルトと同じぐらいの冷静を繕った配慮に腐心したからだ。

そこから死ぬまでの10年半、ウィーンで自由の身となった彼は人類史に輝く大ヒット作を連発する。自由の喜びがそうさせたともいえるが、僕はそれだけでないと直感する。彼がザルツブルグにとどまっていたら?いじめや足蹴がなかったら?歴史にイフはないが、考えてしまう。半沢直樹に出てくる不遇の同僚、権力と運命に愚弄されていく可愛そうな男たちの怒りを感じる。モーツァルト君、会社辞めてよかったね、心の中でいつもつぶやく。

それがモーツァルトの起爆剤となり、最も大きな、そして危険な爆発となったのが「フィガロの結婚」だ。そこを頂点として彼の人気は落ち始め、順風満帆に見えたウィーンでの人生がどんどん翳っていく。なぜ彼が男盛り、働き盛りで急死したのか?11月20日まで指揮ができた35才の男が12月5日未明に絶命した。モーツァルト君、でも会社を辞めなければこんなことにならなかったかもしれないねとも。

彼は天才だが、映画アマデウスが描いたような「天衣無縫」の天才ではない。自分でこう書いている。

「長年にわたって、僕ほど作曲に長い時間と膨大な思考を注いできた人は他には一人もいません。有名な巨匠の作品はすべて念入りに研究しました。作曲家であるということは精力的な思考と何時間にも及ぶ努力を意味するのです。」

いい言葉だ。僕はモーツァルトのこういうプラグマティックなところが好きだ。「天から楽想が舞い降りてくるんです」なんて言いそうなイメージを後世が創作したが大ウソだ。彼はそんな佐村河内みたいなことは言わない。要は「僕が成績がいいのはたくさん勉強したからですよ」と言ったのだ。実にストレートで小気味がいいではないか。

こういうことすべて、モーツァルトのあれこれが何でも好きになってしまった。これは一般のファンが天衣無縫の天才作曲家を神として愛で崇めるのとは一風異なる。僕にとって彼は会社を辞めた宮仕え完全失格のだめ男で、いわば自分と似た者同士なのだ。

同じ欠点がある、こんなに近しく感じる者がほかにあろうか。僕にとって彼が大作曲家であることは二義的な話であって、彼が靴屋だろうが染物屋だろうがよかった。ところがたまたま彼は作曲家だった。そしてその作品ときたら。

誰も信じてくれないだろうが、僕は彼の一部の曲に強い霊感を覚える。聴くという行為より、共振という方が近い。こんなことはほかでは一切ない。2005年12月にウィーンへ一人で行った時は、まさに驚愕の超常体験?をするに至った。もう他人と思えないのだ。

だからだろう、そういう魂の入っていないモーツァルト演奏は僕にとってはオルゴール未満の零点だ。表面だけ整っていて美音で隙なく固めたモーツァルト。dumb blonde(頭の空っぽな金髪美人)にほかならない。これはおいおい演奏を例にとってお示ししていこう。

半沢ストーリーの劣等生。そうかもしれないが、ものすごく愛すべき人間と思う。劣等だから判官びいきの僕に響く。ところが考えれば自分自身もそうなんだ。自愛にもなる。これも劣等性の広島カープもそうじゃないか。

猫も杓子ものモーツァルトや、女子と黒田で全国区のカープなんて好きじゃないかもしれない。自分もそうじゃないし。そうやってモーツァルトを愛し、彼の音楽を楽しんでる人は地球上にあんまりいないだろうなあと思いつつ本稿を閉じる。

 

(こちらへどうぞ)

「遊びのすすめ」(遊びは戦争のシミュレーション)

 モーツァルト ピアノ協奏曲第25番ハ長調 K.503

 

 

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エラリー・クイーン「災厄の町」

2015 MAY 17 19:19:44 pm by 東 賢太郎

51qs8cL-0-L._SL250_クイーンの長編はほぼ読んでしまったのでこれは珠玉の残り物でした。読んだのは早川書房の「新訳版」(越前敏弥訳)で、翻訳者の越前氏のブログによると、

『災厄の町』はクイーンの後期の代表作で、クイーン自身が最高傑作と評したこともある作品です。わたしも、海外ミステリーのオールタイムベストを選ぶとき、かならずこの作品を上位に入れます。」

とあります。楽しめました。僕にとってクイーンは思い出の卒業アルバムみたいなもので、感動→失望というプロセスをたどったものですからすでに過去のものでもあり、読み残しの何作かも食指が伸びずじまいでした。これを本屋で買おうと思ったのも熱が再燃したわけではなく、字が大きいから。何ともさびしいものですが。

中学~高校時代にハマって片っぱしから読みましたが、パズラーとしての凄味と切れ味に感服したものですから一言一句を熟読しまして、国語の教科書よりもずっと影響を受けたと思います。

還暦になって、クイーンの影響が「3つ子の魂」と化したことを列挙してみると、

  1.  ロジック好き(=要は理屈っぽい)
  2.  細部好き(=全体と細部に優劣なし、些末な事は世になし)
  3.  物証好き(=人より事実を見る、いい人・悪い人はない)
  4.  リアリズム好き(=あいまいが嫌い)
  5.  やりあげ好き(=解けない問題はない=必ず最後までやる)

 

です。クイーンによってそうなったというより、おそらく元からそうだったからクイーンが好きになったのであり、クイーンがそれらを増幅したということのようです(1-5の末としてもうひとつ、6.こうして文章がくどくなる)。

中高時代というと勉強はともかく野球と音楽で忙しいさなか、普通ならもう少しまとも?な名作文学全集や純文学にあてる限られた時間がそっちへ行ってしまったわけで、文学趣味や詩心には無縁のまま馬齢を重ねてしまいました。

さてクイーンですが、瓶やら靴やら帽子やらの物証をめぐる文章を読むわけですが、最後に「読者への挑戦状」があって負けたくないので緻密に読みます。それでも負けてしまう。というのは、実はクイーンのロジックは緻密でないからです。

なぜならそれは作者がロジカルだと勝手に了解した方法論に則って書かれた数学の答案みたいなものであって、でもこう解けば答えは違うとなる。あるいは解くための所与の条件に恣意性がある。したがってロジカルでないのです。

僕が読んだかぎりですが、解決が本当にロジカルな答案となるミステリーはないのではないでしょうか。必ずアンフェアなまま真相が開示されると言い換えてもいいし、必ずフェアネスより意外性に重点が置かれたスタンスで書かれていると言い換えてもいいでしょう。

そりゃそうです。数学の答案に金を払う人はいないでしょう。「驚天動地の結末」こそが商品です。だから昨今のミステリーはどんどんこけおどしに淫してしまい、ロジックが導き出すスマートな意外性を見ることはほぼ皆無になりました。

クイーンの人気の秘密はそのロジック解法のスマートさに「こだわっているふり」をし続けてくれたことにありますね、きっと。ふりということはウソなのですが、ウソでもいいからやってほしい。これってコスプレの世界です。ちょっと倒錯があります。

大人になって読んだ「チャイナ橙の謎」あたりでそれに気づいて飽きてしまい、だから「オランダ靴」や「エジプト十字架」、「Yの悲劇」をなつかしみつつもクイーン教を脱退してしまいました。

しかし、その不自然さは問題設定に欠陥があるんじゃないか。良問はロジックと意外性を両立できるのではないか。まだ仕掛けを見抜けない中学生の僕にはそれは達成されていたのだから、大人レベルで超絶的な作品が出てくるんじゃないか。

そういう幻を追いかけてまた読んでしまう。ミステリーはそういうビジネスなんでしょうが、商売なんかぬきにして真剣勝負を仕掛けてくれる天才が現れないでしょうか?それともオヤジの空しい願望なんでしょうか。

ちなみに「災厄の町」はロジックを文学的味つけに内包した所に新味があるという評価が一般的のようで、クイーンの片割れのフレデリック・ダネイが79年にキャロル大学での講演で「これまで書いた中で最高の作品」といったそうです。

僕はそうは思いませんが、一般に「後期」と呼ばれる方向に持っていきたい作者の意気ごみは感じます。このへん、3大バレエ後の渡米したストラヴィンスキーを思い浮かべてしまいますね、気持ちはわかるんですが。

この作品、やっと殺人がおきたところで犯人がわかったということで、したがって、ロジックはフェアであるといえます。というより、見抜かれるリスクをかなり負っている。それをカムフラージュするために人物の心理描写が必要になったのであって人間を描いた文学性(のようなもの)はトリックの素材です。

新味とはそういう意味でなら正しいでしょう。ダネイの「最高の作品」という自薦もたぶんそうではないでしょうか。しかし、この手法のリスクは、文学に疎い僕のような無粋漢にはそれがちっとも煙幕としてワークせず真相がわかってしまうことでしょう。

なによりその煙幕が書物の梱包に関わる「ある事実」を知るまでエラリーにも効いているのであって(だからこれが素材だと分かったのです)、名探偵より先を行っている優越感すら味わえたという稀有なエンターテインメント性のあるミステリーでした。

それだけなら苦笑して終わりなんですが、そうではなかった。「ある事実」で急転直下、ロジックによって全てが覆って真相解明に至る、これは「エジプト十字架」のリフレーンであり、あるストーリーに添ってやむなく事態を進行させた非合理が謎を残す、これは「Yの悲劇」のリフレーンです。

何と懐かしい!わくわくしながら読み終えました。まあイメージとしては80年代のベンチャーズのライブみたいな観はあるものの、許せてしまいますね。お薦めです。

 

(こちらもどうぞ)

アガサ・クリスティ 「葬儀を終えて」

 

 

 

 

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断食5日目も苦なし

2015 MAY 8 17:17:23 pm by 東 賢太郎

今日で断食5日目に突入しました。昨日も昼間は会社でコーヒー2杯、夕刻の商談は事情を話して紅茶一杯だけ、夜にモズクとヨーグルトだけ。今日は今のところ昼にゴマダレ豆腐とヨーグルトだけ。夜も大事な面談がありますが食事はお断りします。ここで自分に妥協したらなんのこっちゃです。

空腹感なし。おなかも鳴りません。心なしか心身とも快調で朝の目覚めがよく、慢性化していた耳鳴り,肩凝りが減っています(想定外)。心の方も軽くなる(五感が冴えた感じ?)でしょうか、これは未踏の感覚です。

体重は76kg前後(2kg減)ですが体感ではもっと軽く、歩くとややガス欠感ありですが、いつもと同じ速さですぐ呼吸が速まり有酸素運動に入ります(歩くだけで!)。脂肪燃焼スイッチの入りがいいのは快感です。

禁断症状はなく頬もこけてないのでこのまま延長戦OKのようです。あれだけ走ってこの程度だから山で遭難しても1週間ぐらいぜんぜん平気でしょう。きっと「冬眠前のクマ」みたいに栄養(内臓脂肪)を貯めこんでたんでしょうね。

一つだけ変調は今日の昼(ゴマダレ豆腐の食後)に急に眠気が来たこと。血糖値でしょうか?すぐ覚めましたが未踏領域で医師の指導なしだから注意はしたいです。

これを始めたのは12月に屋久島で体をいじめた理由がデトックスだったからです。にもかかわらず半年でむしろ体重増。この意志の弱さに自己嫌悪してましたが、ファスティング(絶食)は未体験で怖くもあり踏み切れませんでした。

あとは本を何冊か読んで、人類は何千年も飢餓状態で生きてた(それこそが自然体)、万病に効く、長寿遺伝子にスイッチオン、血液サラサラ、毒素が体外に出る、なんてのにキャッチされました。タモリ、たけし、横綱白鵬、落合博満が一日一食というのも勇気をもらいました。

コスト(食費)は減るし、効能は話半分以下でもチャレンジする価値あるかと思いました。製薬会社と医者は薬を売りたいから断食は危険だとして絶対にすすめないそうですが(真偽不明)、ドイツのことわざでは「一日三食のうち二食は自分のため、一食は医者のため」というそうです。

土日の2日間では効果なく骨折り損なので連休しかチャンスはなく、「今でしょ!」ということでした。できた自分がまず驚きましたが、周囲に「すごい」ともちあげられてまたびっくりです。皆さんやったほうがいいかな、やりたいなと感じながら思いきれないようですね。でも本当にたいした努力ではありませんからやったもん勝ちですよ。

僕がふみ切れたのは2日目に二子玉川まで走って引き返さずにさらに二倍先まで思い切って行ったからです。昔の野球部合宿でもう真っ暗で脱水症状で倒れそうなのに「つぎベーラン(走塁練習)な!」と号令がかかって「えー!」と絶句した、あれです。号令は自分でかけないといけませんが、なんでもいいのでそういうご自身の経験を思い出していただければ気軽にいけるのでは?

最後に金融マン得意のヘッジクローズです。

1か月でリバウンド(戻る)と思うので、そういうだらしない自分のインセンティブのためにもう一ついいことを。

何を食べても、信じられないぐらいおいしいです!

これ、リバウンドを推奨するようなもので矛盾なんですが、もっといい意味があります。

英語のことわざにHungry is the best sauce.(空腹が最上の調味料である=ひもじい時 のまずい物なし)とありますが、いちどひもじくなってしまった方が人生の幸福度は高いかもしれないと思うようになったことです。断食に限らず、どん底、逆境にある人はむしろぬけだした時の喜びはおおきいのですよ。いったんそう腹を据えてしまえば、人生こわいものなしじゃありませんか!

 

 
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無趣味であることについて

2015 MAY 7 23:23:17 pm by 東 賢太郎

皆さま、「ご趣味はなんですか?」と誰かに聞かれた記憶はございますでしょうか?僕はありそうでありません(たぶん)。

この質問、もしするとしたらどうでしょう。

初対面だとちょっとぶしつけというか、いきなりプライベートな所に入ってしまうなという感じが、僕ならあります。特に女性の場合はお見合いか合コンのぎこちない会話のイメージで、だからしたこともありません。

趣味はおそらく自由とか情報と同じく明治時代の造語で、概念もなかったかもしれません。としたら、言葉がなければ尋ねようもないですから、昔の日本人は初対面の人にそういうことは聞かなかったということかもしれませんね。

若い頃ですがCV(curriculum vitae)といって英文で履歴書を書くことが何度かあって、趣味(hobby)という欄がある。これが困りました。書くものがないのです。

音楽鑑賞?野球観戦?天文?いえ、これらをhobbyと思ったことはありません。暇な時に何しますか?というニュアンスなら全然違います。暇がない時でもやるからです。ゴルフ?これはそう書けるほど上手くないです。

だからNone(無し)と書けばいいわけですが、その質問は人の個性を仕分けする目的だから「こいつは無趣味だ」というレッテルになりそうでそれも困る。だからでしょうか、普通は仕方なく読書だ旅行だと当たり障りないもので欄を埋める人が多いようです。

しかし読書や旅行は嫌いな人の方が少ないでしょうから食事と書くに似た気がする。それに僕の場合、特別に好きということもないのでどうも嘘っぽいなと思い、「ネコと遊ぶ(playing with cats)」と書いたら、お前あほかと先輩に叱られました。

そういう経験をへて学んだのです、やっぱり僕は「無趣味」であると。人と知り合ったり、付きあったり、つながったり、そう見られたい、という意味で名乗る趣味というものは僕にはなく、必要だと思ったこともないということをです。

僕がクラシック音楽ファンですと名乗ったところで、その言葉が一般にイメージさせる人物像と違いますからかえっておかしなことになります。「リストの愛の夢ってステキですね」と美人に相槌を求められても(ないですが)、多分その方を困らせてしまうのです。

野球場では投手を見ているだけでそれ以外は特に興味ありません。タイプじゃない投手の対戦だと見る気も失せます。甲子園も両先発投手を見て、見るかどうか決めます。これもイメージが違うということですからそう名乗ってもご迷惑なだけです。

 

結局、先輩には悪いんですが、どうしてもひとつだけということになると「趣味はネコと遊ぶこと」しかないんですね。しかし、そうなると今度はネコの方が「趣味?そんなに軽いもんか?」という目で見そうです。

 

 

 

ということで、やっぱり「趣味はありません」と答えることにしています。

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3日で体重5%減少はまあまあ

2015 MAY 6 22:22:25 pm by 東 賢太郎

今日も頑張って4.4kmコースを走破しました。走れそうもなかったので、小皿一杯の生野菜を酢とオリーブで食べましたがそれ以外は丸3日絶食です。なかなかできないので記録として昨日からの少々の変化を記します。

  1. 昨日は感じなかったガス欠感が強くあり初めはきつかった
  2. 有酸素運動に入るとむしろ体が軽く感じ意外に走れるようになる
  3. 太ももとおしりの筋肉がしっかりした感じでスピードが増した

いつも抜かれるだけでしたが、初めて前を走る人と距離を詰め驚きでした。お腹が多少引っこみ腹筋が使えるので足が出て腕もふれ、テンポが良くなって呼吸のリズムと合ってきて推進力が増したというメカニズムです。

この走る「フォーム」というのが非常に大きいようです。今日初めて、毎日皇居一周していた時の走り方を思い出しました。僕のガンは腹筋だったということで、ひとつ忘れると次々とバランスが崩れて低パフォーマンスになるということでした。

帰って体重計に乗ると74.8kg!一応4kgほど減ったということで、3日で5%の減少は株価でいえばけっこう下がったなという感じであります。絶食+ジョギングの効能は証明されたようです。問題は連休が明けて続くかどうかということですが。

今回の人体実験で実感したのは、3日ぐらい水と梅干でも人間はなんともないということです。メタボがご心配の方はぜひお試しください。僕の場合は人間ばなれした脂肪のおかげだったのでしょうか、全然苦しくなかったです。一度「食べない」と意を決してしまうと食欲もほとんどなかったのは不思議なものです。

ということは、炭水化物、アルコール抜きダイエットでもいけるじゃん、ということでしょう。どちらも大好きなので完全にあきらめていましたが、絶食を経験してしまうとそれでも充分に天国みたいのものということを体が学びました。

もうひとつは、74.8kgは走り終わって喉がカラカラの脱水状態であって、水分をとるとすぐ1kgは増える。体重の70%は水だそうなので、水分が減って喉が乾かない状態になればいいってことです。それは体内の塩分量を減らすということでしょうから、まさに阿曾さんが下さったコメントのとおり「薄味」「消化良しを少量」ということですね。

ということで今回の結論は、「粗食では人生楽しくないので、どうやって塩分と炭水化物をコントロールするか」ということにあいなったようです。当たり前なんですがなかなかできません、でも実体験でそれを理解するとやってみようかという気にもなりますよ。

ともあれ年齢60代に突入したので体重も60代、エージシューターじゃありませんがそれを年内達成目標におくことにいたしました。

 
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フレデリック・ディーリアス 「ブリッグの定期市」

2015 MAY 4 2:02:07 am by 東 賢太郎

GWはいつも家でのんびりして、天気が良ければジョギングがてら多摩川に出ます。この川で育ったので、ここへ来て呼吸するとなにか五感に訴えるものがあります。

川辺の匂いは川藻のような何処の川とも違う昔の儘で、草いきれと混じりあうと一気に50年前に戻るのは不思議です。耳を澄ますと聞こえてくる音。鳥の声、せせらぎ、風、草、子供、遠くの犬の声。

こういう所に座って、ぼんやりと1時間ぐらい過ごしていると、

kawa2そういう音が、遠くから近くから、360度あちこちの方向から、大きかったり微かだったり空気を縫ってきこえてくる。これにはどんな劇場も敵いません。

海外に長いこといて欧米アジアの有名なリゾート地はほとんど行ってみましたが、今となるともうこの多摩川に勝るものなしです。僕にとってはこれぞおふくろの味、お茶漬けの味であります。

天空を何種類もの鳥が飛んで鳴き交わすと、素晴らしいオーケストラになります。重たい空気を切ってピッピ、ピヨピヨと遠く鳴る声は、光が音になったみたいに軽い。

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昔からこういう名もない雑草をしげしげと見るのが好きで、こんなものばかり撮って歩いてると不思議な眼で見られますが、このなかに幼いころの記憶がぎっしりつまっています。トンボやバッタをとったり、ボールをさがしたり。

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人間がきれいに見えるように植え育てた草花は、きれいですが味気なく感じます。人がきれいに見せているものがそう見えるというのと、何でもない物に美を見出すというのとはぜんぜん違う行為です。

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これを味噌汁に入れればいいだろうと思っていつも持って帰っては、必ずお袋に捨てられてましたね。野蒜は玉ねぎみたいでマヨネーズでおいしかった。でもこれとザリガニはだめでした。

 

 

 

 

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ねこがでかい。でもこのメスはすり寄ってきて甘えます。猫好きはすぐに見抜かれます。ほんとうにかわいいですね。

 

 

 

今日はお月さんもでかかった。

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こんな環境で育ったなんて、まさに野生児だったと思います。ここは東京都ではありますが、東京育ちっていうのはウソですね。都会は今もとても嫌いであります。どこか田舎でネコ300匹ぐらい飼ってネコに埋もれて住みたいものです。

今日のムードにぴったりの音楽があります。これを聴いてゆっくりと眠れそうです。フレデリック・ディーリアスの「ブリッグの定期市」です。音楽の事、何も書きませんが、むすかしいことは似合わない曲です。

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これが誰のか書いてませんが、僕が好きな演奏はオウェイン・アーウェル・ヒューズ /  フィルハーモニア管弦楽団です。指揮はとても繊細で音楽に感じきっており、オケがセンシティブに反応して大変美しい。この曲は水彩画のように淡い色彩ですから録音がいいのがおすすめですね。イギリスの風景画ですが、これを夕方に多摩川を歩きながら聴くのはハマりです。

zc1848452ちなみに、ディーリアスの権威で彼の音楽を広く世に紹介したトーマス・ビーチャムがロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団を振った録音がほぼ万人が推すこの曲の代表盤でしょう。ディーリアスは米国で黒人音楽に影響を受け、フランスのフォンテンブロー近郊のグレ=シュル=ロワンに住み没した人です。ジャンルとしてはイギリス音楽なのですが、むしろ彼しか書き得ない非常に詩的で個性的な作風で、彼の音楽が「イギリス音楽」と呼ばれるようになる芸術音楽の特徴の一部を形作ったといっても過言ではないでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

方向音痴であることについて

2015 APR 20 18:18:31 pm by 東 賢太郎

イチロー選手が方向音痴をカミングアウトしているのを見て安心した。あの人間離れした外野守備は空間認識能力のあかしだがそれと方向音痴は別ということのようだ。彼は「僕よりすごいヤツいないですよ」というが、それはわからない。僕がいるからだ。

クルマを運転していて裏道へ入るともう絶望的だ。環八が混んでるので横道に入ってぐるぐる30分も右へ左へ路地を走って、だいぶ先にきたぞ環八へ戻ろうって、よく見たらそこは元より手前のとこだったなんて普通だ。ロンドンは6年も車で走って、会社と家の往復以外はついに道を覚えず、だから週末の買い物の運転は家内まかせだった。

母はクルマ好きで毎日乗り回し、裏道はタクシーより良く知っていたからそれは遺伝してない。いっぽう僕は裏街道は嫌いだということになっているが、実は裏へ入ると不安だからであって、ナビができてもその習性はそのままだ。

僕が道を覚えないのは別の理由もあることに気がついてきた。先日、地下鉄で目的地まで2回乗り換えをした。途中で確認しようと路線図を見たら全然わからない。あれは色覚異常の人には意味のない地図だということをわかってもらうのは無理なんだろうか。

中間色になると赤と緑と茶色、ピンクと水色なんかがぜんぜん区別がつかない。だから凡例でこの色が大江戸線とあっても、その色が路線図上のどれなのかがまったく分からないのである。全部灰色にして明度で区別してもらった方がよほどましだ。

日本もハンディキャップのある人にだいぶやさしい社会になってきているが、こと色覚についてはノーケアといっていい。政府発表資料で棒グラフをわざわざ赤と緑に塗ってある(らしい)のを見るとこれはいじめなのかと悲しい気持ちになる。

しかし、方向音痴にいたってはもう絶望的だ。つける薬もない。

 

 

 
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