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ルロイ・アンダーソン「そりすべり」 (Sleigh Ride)(その2)

2013 NOV 30 10:10:08 am by 東 賢太郎

そろそろこの曲の季節になってきましたね。Winter is coming. It’s now time to listen to this tune.

お借りしたのはアンダーソンの自作自演盤です。きびきびしたテンポです。ひずめのぱっかぱっかが入るところは前回のブログで書いた調の変わるところです。コミカルでいて実にマジカルな転調であります。その部分のピアノソロ譜です。This is conducted by Leroy Anderson himself.

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この名曲、奥が深い。ああこうやってもいいなあというのもあります。僕はこの演奏がとても気に入っていてときどき聴かせていただいてます。This great piece attracts many performers.

どの大人のよりいいです。This is my favorite!

 

(つぎはこちらへ)

ルロイ・アンダーソン 「そりすべり」 (Sleigh Ride)(その3)

ファリャ バレエ音楽「三角帽子」(Falla, El sombrero de tres picos)

2013 OCT 10 22:22:59 pm by 東 賢太郎

ラヴェルについて書いていると無性にラテン系の音、食事、酒が恋しくなってきた。だんだん寒々とした季節になってくるし、これからしばし、僕の好きな南欧の音楽をご紹介して皆さんのお気持ちを地中海の風景と空気で少し明るくしてみよう。

まずはスペイン編だ。

スペインには米国留学中の夏休みに1回、ロンドン~スイス時代に4回は行った。もっと行った気もするが正確に覚えていない。一緒に欧州にいた野村の同期がスペイン留学で、当家は彼の家族と一緒に旅行してずいぶん助かった。マドリッド、バルセロナはもちろん、マジョルカ島、トレド、コルドバ、グラナダ、マラガ、セビリア、カディス、rosunaranhosuネルハなど、それからジブラルタル(英国領)から地中海を渡ってセウタも行った。いつもゴルフバッグを積んでのドライブだ。ゴルフ場はあまりにあちこちでやって全然覚えていないが、ひとつだけロス・ナランホス(右)というのが記憶にある。スコアが良かったからではない。ナランホス(オレンジだ)の木がそこいら中にあったのだが、強い陽射しでのどの渇きに耐えられずマーシャルの眼を盗んで実を捥(も)いでかじった。それがあまりにうまかったのをよく覚えているからだ。食い物は怖い。

スペインの音楽というとついフラメンコを思い浮かべるが、あれはスペイン人というよりジプシーの踊りである。例えばあのカルメンはカスタネットを持ってホセの前で妖艶に舞い歌うが、彼女はまさにジプシーという設定である。しかしフラメンコダンサーは見た目きれいだが、掛け声が男みたいに野太くずいぶん興ざめであった。それではスペイン音楽とはどういうものかというとよく知らない。フリオ・イグレシアスみたいなものだろうか。彼の歌は地中海世界だ。父親はスペインで高名な医師、母親は上流階級出身で、自身はレアル・マドリード・ユースのゴールキーパーでケンブリッジ卒で弁護士という、それだけでもうスーパーマンだ。それでいてシンガーソングライターとしてレコード売上げ3億枚はギネスブック第1位となると、もうウルトラマンである。

クラシック音楽の領域なら、まず僕の頭に浮かぶのはエマヌエル・デ・ファリャだ。その代表作であるバレエ「三角帽子」の音楽である。ファリャはもともと パントマイム『代官と粉屋の女房』という小編成の曲としてこれを作っていたが、ロシアバレエ団(バレエ・リュス)のディアギレフが大編成オケに改作を薦めてできたのがこれだからストラヴィンスキーの3大バレエ、ラヴェルのダフニスとクロエなどとは遠縁にあたる音楽なのだ。初演は1919年にロンドンのアルハンブラ劇場で、パブロ・ピカソの舞台・衣装デザイン、エルネスト・アンセルメの指揮で行われた。

筋書きはいたってシンプルで、好色のお代官様が権力にあかせて粉屋の女房を狙う。夫の粉屋を逮捕して家に忍び込むが美貌の女房の機智にもあってコテンパンにやられてしまう。その代官の権力の象徴が三角帽子だ。このプロットはフィガロの結婚のお手軽版ともいえ、権力者の間抜けな奸計を正義が暴いて権威をはぎ取る勧善懲悪ものだ。日本では「おぬしも悪よのう」とほざく悪代官を成敗するのは黄門様や暴れん坊将軍のような権力側だが、欧州ではそれを庶民がやってしまって喝采される。これがフランス革命の土壌なのだろう。

この音楽、不思議とストラヴィンスキー(ペトルーシュカ)みたいな部分、フンパーディンクのオペラ(ヘンゼルとグレーテル)みたいな部分といろいろ残像が浮かんできては消える。ファリャの和声感覚、それはとてもラテン的だがフランスともイタリアとも違う。それがスペイン風なのかどうかはともかく、この音楽を諳んじている僕にはこれがスペインという刷り込みになってしまっている。音から入ったので「ブドウの踊り」「粉屋の踊り」「隣人の踊り」等々なんのことやら想像の域を出なかったが、この画像を見て目からうろこが落ちた。初演時のブロ・ピカソの衣装でトップクラスのフラメンコダンサーが踊ったバレエ(マドリッド王立劇場)のすばらしいパフォーマンスだ。バレエ・リュスの香りがある。この名作をこれから覚えられる方は、むしろこの画像で場面と一緒に音楽を記憶された方がいいと思うほどだ。

僕が好きなのは、第1幕の頭でティンパニの一撃で全員が去り夫婦だけになる部分の音楽による見事な場面転換。一気にけだるい空気に引きずり込まれる。代官が女房を誘惑に来る前の女房のカスタネットの踊り。ここの涙が出るほどすばらしい和声!これがスペインでなくてなんだろう。そして女房が代官をあしらう。そこで鳴らされる最高に美しい弦楽合奏!こういうちょっとした部分にシンプルな素材でこんなに魅力的な音楽が書けるファリャの天才を感じる。それから第2部幕開け、春の窓から差し込む柔らかな陽光みたいな「隣人の踊り」。こんな幸福感を味わってしまうともう病みつきになるしかない。全曲にわたって原色の粉をふりまく極上のオーケストレーション。最高の耳のごちそうと表現するしかない。それにこんな美しい舞台があるなんて。すぐにでもマドリッドへ飛びたくなる。

この曲を「聴く」。幸い最高級の名演がある。

 

エルネスト・アンセルメ / スイス・ロマンド管弦楽団

初演者の演奏が必ずしもベストではないが、これは例外である。数学者アンセルメはニ41SNH1RKEKL._SL500_AA300_ュー・フィルハーモニア管とのストラヴィンスキー「火の鳥」の練習風景を残している。それを聞くと数学的緻密さよりも意外に音楽の表情、流れ、バランスを重視してオケに弾かせていることがわかる。「シェラザード」の稿で書いたが、タテの線をきれいに合わせることを第一義とするような小手先の美品作りなどかけらも念頭にない。アンセルメは作曲家との交流からここはこう鳴るべしという音とテンポと表情を身体で知っている。その「べし」こそ第一義なのである。しかも彼は一点の曇りもないクリアな音と音程を聴き分ける究極の耳を持っている。だから出てくる音は秋空のように透明である。そうしてデッサンが良くて絵の具も極上の絵画が生まれるのだ。それに加えてこの演奏、Deccaの技術の粋が集結して録音も超ド級と来ている。Deccaだって演奏家はこのコンビだけではない。技術の粋を用いたくなる優れた音がするという事実の方が先だったろう。スコアに敬意を持ち、作曲家の真意をハイエンドのクオリティで再現しようという、演奏家として僕が最も敬意を払う姿勢の結実がこうして残されたのは幸運なことだと思う。どこがどうと書くのも野暮だ。世界文化遺産クラスのこの歴史的名演奏をぜひ一度耳にしてみていただきたい。

 

(補遺、16年2月7日)

 

ローレンス・フォスター /  バルセロナ交響楽団

youtubeでこのオケの首席ファゴットSilvia Coricelliさんの同曲アップを見つけたのでどうぞ。フォスターはルーマニア系米国人で欧州で活躍、マルセイユ管弦楽団とこれまた地中海のオケのシェフを務めている。地中海!ご当地オーケストラの音でごちそうが味わえる。

 

(補遺、2018年9月11日)

エンリケ・ホルダ / ロンドン交響楽団

LPで昔なつかしい(1960年録音)。批評家がローカル色満点などと持ち上げていたが、別にそうでもない。バーバラ・ヒューイットのセクシーな歌がそう聞こえたのだろうがこの人はイギリス人だ。高音質で売り込みをかけたアメリカのEverestレーベルがスペイン系のホルダをもってきてロンドンのオケでスペインっぽさを演出しようと試みたものだろう。当時としてはたしかに音質が鮮明でそれだけでうれしくなったりした、いい時代だった。

 

 

 

 

 

 

大西順子

2013 OCT 4 22:22:19 pm by 東 賢太郎

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先日、小沢征爾さんとラプソディ・イン・ブルーをやったジャズの大西順子。大変気に入りました。引退らしいがこれは惜しい。このアルバムに入っているMelancholiaは抜群の音楽と思いました。Switchin’ Inのトリオのスピード感もいいですね。娘にはお父さんは時々ジャズにハマる時期が来るねと言われます。ラヴェル、ドビッシー系の音だねとも。下の画像の曲も同じメンバーでアルバムに入ってます。これを聴いているとラヴェルのピアノ協奏曲ト長調のあるパッセージが浮かびます。

発起人より「9人の指揮者によるベートーベン交響曲全集」へのお知らせ

2013 JUL 11 0:00:40 am by 東 賢太郎

暑中お見舞い申し上げます。明治8年以来の記録的猛暑です。節電も気になりますが熱中症も心配です。それでも、学生の皆さんは楽しい夏休みに、社会人の皆様もちょっとだけ骨休めムードにお入りではないでしょうか。時間と余裕があるときにのんびりとクラシック音楽を聴いてみるのも一計ですね。

さて先週より花崎企画 「9人の指揮者によるベートーベン交響曲全集」 をはじめました。とてもバラエティがあって面白いと思いませんか?おそらく100人に聞いたら100通りのお答えがあるのではないでしょうか。

ベートーベンの交響曲9曲は多くの人から親しまれています。とくに英雄、運命、田園、第七、第九などは、クラシックファンではなくてもどこかで耳にされた方が世界中にたくさんいらっしゃるでしょう。

音楽の好きずきに国境もルールもありませんから自分の好みイコール大正解! という気安さでOKです。メンバー以外の方、ベートーベン通の方、初心者の方でもできればたくさんの方の自由なご意見をぜひうかがってみたいと思います。指揮者の重複なしという遊び心でこのブログのコメント欄に 「私のオリジナル全集」 を書き込んで下さる方、どなたでも何人でも大歓迎です。全集でなくお好きな曲だけのご投票でももちろん結構です。花崎さんと僕の各曲ごとのブログへのコメント、ご意見、ご批判、反論などもウエルカムです。「私の心に残る第九」のような個別曲の思い出などでもけっこうです。あの指揮者のあのCDどう思うこう思うみたいなコメントやご質問もウエルカムです。「ベートーベン交響曲スレ」と思ってください。写真は不要ですがなにとぞご記名をお願いしたく今後のイベントなどにご招待、および、場合によってブログスペースのご提供などもメンバー資格とは別に検討させていただきます(音楽好きに年齢制限なしです)。

SMCはブログを永年保存いたします。気長にお待ちいたします。

 

 

 

アンタッチャブルのテーマ(1959)The Untouchables Theme 1959

2013 JUL 2 23:23:24 pm by 東 賢太郎

物心ついたかつかぬかの頃、この音楽に完全に憑りつかれていました。アメリカのTV映画「ザ・アンタッチャブル」のオープニングテーマです。放映時期を調べると僕は4-9歳だったのでベンチャーズより先です。たぶん初めて諳(そら)んじた西洋音楽だったと思います。I have been absolutely obsessed with this music  ever since I could remember. It is the opening theme of US  film ‘The Untouchables’ which has been televised in Japan while I was between 4 and 9 years old.  It is presumably the first western music which I memorized note by note.

いや、今聴いても血が騒ぎます。作曲はネルソン・リドル。舞台は1930年代のシカゴで、アル・カポネ率いるギャング団とエリオット・ネスらの血みどろの抗争のドラマです。たぶんこれと戦争映画コンバットで物心ついた影響でしょう、ゴッド・ファーザーも好きだし日本のヤクザ映画も大好きです。音楽ですが上と下でだいぶオーケストレーションが違います。上の方が音がいいのでのせましたが、僕が覚えたのは 下の方でした。この悪党顔の面々をご覧ください。面構えにいかにこの音楽がマッチしているか!This music, written by  Nelson Riddle, still gets me excited even now. This story of battle between Al Capone’s mafia and Eliot Ness’s  special agent team,  as well as a war movie Combat, might have built my taste for gang movies such as The Godfather or Yakuzas. Interestingly the same music is differently scored from above to below. I chose above only for its better sound quality but what I remembered then is below. Look at these villainous faces and listen how this music matches them!

主部のバックで半音ずつ不気味に上下する不協和音、ホルンの合いの手、 中間部(サビ)のコード進行(特に3度目に半音下がるところ)がたまらなく大好きで小学校の登下校時はいつも歩きながらこれを歌っていました。すぐ終わってしまうので何十回も。          I had a special affection for dissonances caused by haunted accompanyment sliding on chromatic scale, catchy horn bridges and the striking chord progression at the middle section.  Everyday I walked to my elementary school and back with loudly singing this tune hundred times as each is too short.

こういう変な子供もあまりいなかったろうと思いきや、you tubeでこんなものを見つけ狂喜いたしました。I have thought for ages that I was a quite unusual kid but the video below I found in you-tube gave me a great joy.

オルガンでこれを弾いてしまっているこのおじさん、彼も若い頃この曲を歌って歩いていたに違いない!これのピアノ譜、是非入手しておじさんと連弾したいものです。それにしてもオルガンの音色まで必死にいじったりして涙ぐましい没入ぶり。気持ちわかります。ネットというものはこういう超マニアックな人と人のつながりを生み出す可能性があることが学べました。This old man, playing it with the organ, might have sung this tune while walking in his youth like me!  I wish to play its four handed piano score with him. His affection to this score is unmistakable if one sees not only his motive to record and show his playing publicly but also his devotion to control  subtle tone colors. I recognized a great potential of internet which may connect people worldwide even with such a maniac linkage.

アー世の中俺だけじゃなかった・・・ちょっと安心です。 I was not alone. It was a console for me.

 

クラシック徒然草-僕は和声フェチである-

Thundercat 「Drunk」の衝撃!

 

ボロディン 交響詩「中央アジアの草原にて」

2013 MAR 30 23:23:23 pm by 東 賢太郎

 

アレクサンドル・ボロディンこそ、理系作曲家のチャンピオンであります。

この反応は、有機化学における化学反応の一種で、カルボン酸の銀塩(RCO2Ag)に臭素 (Br2) を作用させ、有機臭素化物 (RBr) を得る反応である。

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ロシアのアレクサンドル・ボロディン現在では作曲家として著名だが、本職は化学者であった)にちなみ、ボロディン反応  (Borodin reaction) とも呼ばれる (Wiki)。

 

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シュバイツァーのオルガン、アインシュタインのバイオリンは有名ですが、サイエンスと音楽の両方で歴史に名を刻んだのはこのボロディンしかいません。サンクト・ペテルブルグ大学医学部首席卒業の医者でもありましたが、それが霞んでしまうほどのスーパーマンです。ちなみに彼はグルジア皇室の皇太子の私生児でした。作曲を習ったのは30歳からで生計は化学者としてたてていたので自らを「日曜日の作曲家」と呼んでいたそうです。偉大なるアマチュアといっていいのかもしれませんが、音楽史では「ロシア五人組」といって次のような人たちと一緒にロシアの民族主義的なグループの一員とされています。

 

「 展覧会の絵」のムソルグスキー、「シェラザード」のリムスキー・コルサコフら錚々たる人たちに並んでしまうアマチュア!!指揮者のワインガルトナーは、「ロシアやロシア人の国民性を知ろうと思えば、チャイコフスキーの悲愴交響曲とボロディンの第2交響曲を聴くだけで十分だ」とまで言っています。こんなアマチュアになれたらなあと憧れてしまいます。

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さて、前回のブログで、僕がクラシックに引き込まれたのがこのボロディンが作曲した交響詩「中央アジアの草原にて」だったことを書きました。この曲は1880年に(ボロディン47歳)ロシア皇帝アレクサンドル2世即位25周年を記念した祝典のために書かれました。スコアにはこのように書き込まれています。

 

「見渡す限りはてしない中央アジアの野原は静まりかえり、聞こえてくるのはロシアの歌声。次第に近づく馬やラクダの群れの足音にまじって、耳なれない東洋ふうの旋律が聞こえてくる。ロシアの兵士に護衛された隊商たちがやってくる。そして、護られている安心感を足取りに見せて進み、しだいに遠ざかっていく。ロシアの歌と東洋風の旋律がとけあって、草原をわたる風になごりを止めながら…」

 

この「ロシアの歌」と「東洋風の旋律」と「ラクダの足音」がたびたび転調を重ね、最後は重なり合っていく。まあ構造的にはそれだけの曲です。しかしなぜか、耳に残るのです。メロディーも和声も 。なにか故郷の歌でも聴いたような、初めて聴いても懐かしさにジーンとくるものを感じます。シルクロードでつながる日本人の遺伝子の記憶みたいなものなのでしょうか。

中央アジアというのは一般には下の地図の色つきのあたりを示すようです。この曲の作曲意図が「ロシアの東方への版図拡大を祝賀すること」だったようですから、ボロディンの血筋であるグルジアからカスピ海をこえたこのあたりを描いたものなのかもしれません。グルジア自体が人種のるつぼのような多民族国家ですから、ボロディンの血と感性を通じてエキゾチックな香りがむんむんしてくる音楽になっているのかもしれません。124_1_1

 

 

 

 

 

 

 

 

難しいことはぬきにしましょう。名曲アルバム風のこの画像をお借りして、じっくりとすばらしい風景と音楽を味わってください。

 

(追記、3月15日)

ダッタン人の踊り(歌劇「イーゴリ公」より)

ボロディンでクラシックに親しまれる方のためにこの曲を書かないわけには参りません。なにせ自分がボロディンのおかげで引きこまれたんですから。ベンチャーズに「パラダイス・ア・ゴーゴー」という曲があったことはマニアでないとご存じないかもしれませんが、フリークの小学生であった僕はギターで弾いておりました。これです。この場違いなムードの写真、アメリカの昭和という感じでなんともいえんですね。

そしてもうひとつ、トニー・ベネットの「ストレンジャーズ・イン・パラダイス」でありましょう、もっと有名なのは。

それがこれ、 ダッタン人の踊りの「娘達の踊り」(最初の曲です)だったんですね、クラシックが一気に身近になってしまいました。

(テキサスの高校生の子たち、うまいですね!)

僕がこれを覚えた演奏、エルネスト・アンセルメ / スイス・ロマンド管弦楽団です。原曲はオペラですから「娘達の踊り」は本来合唱入りなんです(上は管弦楽版)。彼の最晩年のシェラザードと同じく見事な楽器のバランスを保ちながら平静なテンポで進み、ff で爆発というパターンです。フレンチでチャーミングな音響の木管があでやかな色気を発し、「全員の踊り」のすさまじいバスドラの威力は当時快感でしたが今聴いてもぞくぞくしますね。

 

(こちらへどうぞ)

ボロディンと冨田勲

グリーグ ピアノ協奏曲イ短調 作品16

2013 MAR 24 17:17:53 pm by 東 賢太郎

日本では明治維新が起きていた1868年のことです。24歳のノルウェーの若者がピアノ協奏曲を書きました。そしてそれは音楽史に永遠に刻まれる傑作となりました。

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このことはあまり注目されていないのですが、24歳で書いた作品がその人の生涯の代表作となり、しかも世のそのジャンルの代表作として永く生き続けているケースというのはありそうであまりありません。

天才たちの24歳。

ベートーベンは作品1のピアノ三重奏、モーツァルトはイドメネオk.366、ベルリオーズはローマ賞に挑戦、シューマンは作品2の「蝶々」、ワーグナーはまだリエンツィも書いていません、ヴェルディもまだ作品なし、ビゼーは真珠とり、ドビッシーはローマ留学中、ラヴェルは「亡き王女のためのパヴァ―ヌ」、チャイコフスキーは交響曲1番作曲の2年前、ドヴォルザークは作品3の交響曲第1番、マーラーは巨人作曲の4年前、ショスタコーヴィチは「黄金時代」、プロコフィエフは「スキタイ組曲」、プッチーニは「妖精ヴィリー」、バルトークはピアノコンクールで2位入賞、という具合です。24歳というのは侍ジャパンのエース、広島カープのマエケンの歳なんです。

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未完成(25歳)のシューベルト、バラード1番(25歳)のショパン、イタリア交響曲のメンデルスゾーン、ピアノ協奏曲1番のブラームスは早熟ですね。しかし後にさらに大作を書いています。もし一人だけ似た人を探すなら、28~30歳で3大バレエ(火の鳥、ペトルーシュカ、春の祭典)を書いたストラヴィンスキーだけかもしれません

imageグリーグもストラヴィンスキー(右の写真)も、音楽的には田舎であるノルウェー、ロシアの生まれ。イタリア、ドイツの伝統的な作曲法を学びつつも、自分の故郷の土の匂いのする語法をそこに盛りこんだという意味では意外に共通項があります。その語法が画期的だった上に、後世誰も模倣できない個性的なものだったから彼らの作品はそのジャンルの代表作となって生き延びているのです。

グリーグはピアノ協奏曲第2番を構想しましたがついに果たせませんでした。この曲があまりに存在感があり人気もあったからでしょう。ちなみにエジソンが録音機を発明して初めて録音されたピアノ協奏曲はこの曲でした(1909年にバックハウスのピアノで、たった6分に短縮されたそうです)。グリーグは愛するこの若書きのコンチェルトを生涯にわたって改訂し続け、300か所に及ぶ変更の最後の一つが書き込まれたのは彼が64歳で亡くなるわずか数週間前のことだったそうです。動機はともかくやはり作曲家の晩年まで何度も改訂されたストラヴィンスキーの3大バレエと似ています。

400px-Piano_Concerto_in_A_minor,_Op__16;_Introduction冒頭のティンパニ(!)に導かれたピアノによる4オクターヴ・ユニゾンの滝のような下降音型(楽譜・右)はあまりに有名で、クラシックに縁がなくてもこれを聴いたことのない人は少ないでしょう。グリーグは15歳の時にクララ・シューマンの弾く夫シューマンのピアノ協奏曲イ短調をライプツィヒで1858年(59年説もあり)に聴いて影響を受け、このコンチェルトを書いたという説があります。僕もそれを支持します。共に生涯1曲のものであり調性も同じで、この下降音型もシューマンをモデルにしたものではないでしょうか。

作曲して2年後の1870年にローマでグリーグはこの曲の自筆楽譜を携えてヨーロッパimageCAGXO46Y音楽界に君臨していた59歳のフランツ・リスト(右の写真)のもとを訪ねます。リストはそれを初見でオケのパート部分も含めて全曲弾き、聴いていた音楽家たちを仰天させましたが、グリーグは第1楽章が速すぎると控えめに指摘したそうです。そして第3楽章コーダでリストは手を止め「gだ、gだ、gだ、gisじゃないんだ!素晴らしい!」と叫び、そして弾き終えると作曲の才能を褒め称えてくれたとグリーグは両親に手紙を書いています。それは下の譜面(最終ページ)の4小節目、ナチュラルがついている「g(ソ)」のことなのです。イメージ (27)

まさしく、この「ソ」にナチュラルがついていなかったら、この曲は凡庸なもので音楽史に名をとどめることもなかったでしょう。これを書いたグリーグの感性も素晴らしいですし、初見でそれを見抜いてしまうリストの眼力にはただただ驚嘆するしかありません。

このコンチェルトに封じ込められた旋律、リズム、和声の創意の才は尋常ではなく、僕は何度聴いても飽きるということを知りません。シンプルなのにおいしい、例えばカレーやラーメンみたいなもので、いくら食べてもまた食べたい日が来るという食べ物に似て13th_pic_02いるところがありますいや、飽きるどころか自分で弾きたいという欲求に駆り立てられており、最近はピアノに向かうととにかく第1楽章を少しづつ練習するのがルーティーンになっております。また、予想外の変ニ長調で始まる第2楽章アダージョのオケパートを弾くのも至福の時であり 、第17,19小節に出てくる「ため息」としか思えない(低い方から)e♭、b♭、c、g♭の和音や、ピアノが出る直前のホルンにそっと寄り添うデリケートな和音など、グリーグ以外に書いた人は誰もいなかったし後世にも出て来なかった奇跡のような瞬間を自分の指先で味わうと、ああ生きててよかったと思うのです。フルートがうち震えるように吹く第3楽章第2主題は高原の風のように涼やかで、それを受け取ったピアノが奏でて展開していく部分の最高にポエティックでロマンティックでエロティックな和声は誰のものともまったく違い、グリーグ自身もこんな神品は二度と書けていません。書けばきりがないほどマジカルな音に満ちているのがこの曲なのです。憑りつかれたら一生聴き続けるしかありませんからご注意あれ。

 

ディヌ・リパッティ (pf)/ アルチェオ・ガリエラ(cond.) / フィルハーモニア管弦楽団

51F1rAuFkML__AA300_古い録音ですが今でもこれをベストにあげる人が多いのではないでしょうか。異論なしです。リパッティのタッチの美しさは尋常でなく、技術的にも難所を軽々とクリアしていく様は空駆ける天馬のごとし。詩情、リズムの切れ味、力感どれをとっても満点でしょう。第3楽章第2主題の神々しく清楚でクールなこと!これを知ってしまうと他がちっとも清楚に見えなくなるというのも困ったものなのですが・・・(僕はいまだにそうです)。泣く子も黙る名盤中の名盤です。

 

フランス・クリダ(pf) / ズデニェック・マカル(cond.) /  フィルハーモニア管弦楽団

612-161昨年他界したリスト演奏の大家、マダム・クリダのタッチは硬質なクリスタルを思わせます。大概のピアニストが曖昧に弾きとばす部分も明晰に響かせるラテン的な感覚によるグリーグは魅力に富みます。第1楽章第1主題の付点リズムとスタッカートをこれだけ生かした演奏もなかなかないのですが、ここは自分で弾いてみてこのような跳ねるようなリズムが最もグリーグのピアノ作品、例えば抒情小曲集などと比べてしっくりくるのです。マカル指揮のオケも好演でクリダの透明感あるタッチによくフィットした音でサポートしています。

 

ラドゥ・ルプー(pf) / アンドレ・プレヴィン(cond.)/  ロンドン交響楽団

1300393827一言で、美演です。うっとりするほどただただ美しい。シューベルトの即興曲でも紹介しましたがこのルプーというピアニスト、天性の詩人です。フィラデルフィアでモーツァルトの17番の協奏曲を聴きましたが生でもその音の印象は変わりません。その資質はむしろシューマンの見事な第1楽章カデンツァに発揮されていますが、グリーグでも第3楽章第2主題はリパッティを除けばこれがベストです。プレヴィンのサポートも素晴らしく、第2楽章導入部のオケは今もってこれ以上の演奏を聴いたことはありません。触れれば壊れるほどの最高のデリカシーで吹かれるホルン!映画音楽みたいになるぎりぎりの所まで行っていますが下品に陥らないのはさすがプレヴィンです。

 

ハリーナ・ツェルニー・シュテファンスカ(pf) / ヤン・クレンツ (cond.) / ポーランド放送交響楽団 

51iOtyGWYkL__SL500_AA300_シュテファンスカは練習曲で有名なツェルニーの血筋で、ショパンコンクール審査員も務めるショパンの大家です。どこといって派手な所はなく正攻法のグリーグですが音楽の持つ魅力を何度も味わうにはこういう演奏の方がいいのです。リヒテルやルービンシュタインの演奏もあり、言うまでもなくそれぞれ技術的に見事なピアノなのですが、この曲のヴィルトゥオーゾ的な面が勝った印象があります。「うまい」というだけで、それがリパッティのように詩的な側面の印象に資するという感じがしません。この曲の場合そうなると詩情が消えてしまうのです。このシュテファンスカ盤はそれがいいバランスで達成されていて、名匠クレンツのオケも過不足ないサポートをしています。

追加しましょう(16年1月11日~)

 

アール・ワイルド / ルネ・レイボヴィッツ / ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

CD-50アール・ワイルド(1915-2010)ほど日本では等閑視された大ピアニストも少ないでしょう。このグリーグも評判になった記憶はまったくなく、米国のヴィルトゥオーゾ・ピアニストは彼にせよアビー・サイモンにせよ我が国の評論家に完全に無視され、その分、ホロヴィッツひとりが神格化されました。実に馬鹿げきった話であり何か商売の裏事情でもあったかと疑念を持つほどである。これは最高の名演であり深々したタッチのキレはもちろんのこと、緩徐部の詩情もリパッティ級に素晴らしい。もしラフマニノフがこれを弾いたらかくやという渇望を満たす水準のピアノです。12音音楽の泰斗レイボヴィッツの名前も正当な評価にバイアスとなったかと推察されますが最上質の抒情に何の不足もなく、そうだとしたら節穴の耳としか考えようもない。録音も良好であり、ワイルド、レイボヴィッツの名誉のためにもぜひ広く聴かれて欲しいと思います。amazonでearl wild griegと打ち込めばたった900円で入手できます。

 

 

(こちらもどうぞ)

シューマン ピアノ協奏曲イ短調 作品54

 

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マーラー交響曲第1番ニ長調 「巨人」

2013 JAN 23 23:23:37 pm by 東 賢太郎

堂々と宣言します。僕はマーラー嫌いです。理由は簡単で、彼の「私小説風音楽」にどうしても共感できないからです。

これだけ世の中に好きな人がいるのですから、こっちが変なのです。それはわかっています。そう思って全曲を何度も聴きました。どこかのオケの定期会員になれば嫌でも聴かされもします。それでもだめなのですから、もう相性なのでしょう。

僕は日本食では煮物類がだめです。食べられはしますが、自分で注文はしません。それを言うとキミは日本人じゃないねというような目で見られることがあります。もしマーラーよりチャイコフスキーの方がいいなどとクラシック好きの前で言おうものならきっとそういう目で見られるでしょうね。

しかし、東京生まれ東京育ちなのに小学校2年でアンチ巨人、カープファンになった僕ですからその程度は朝飯前です。さらに、偉人伝は好きでも私小説、自伝的小説には皆目興味が湧かない性格ときますと、マーラーの音楽美に感銘は受けても、CDを毎日取り出して聴くのははるか遠い世界というのはおわかりいただけるでしょうか。

そんな僕が唯一全曲そらで暗記している曲が、交響曲第1番ニ長調です。これだけは巨人ファンなのです。

この曲には忘れられない思い出があります。大学時代に友人とレンタカーで米国西海岸を旅行した時のこと。サンフランシスコで友人2人はSFジャイアンツの試合、僕はコンサートと別行動になりました。郊外の野外音楽堂で僕を降ろし、車は彼らが乗っていきました。コンサートが終わると音楽堂は人っ子一人いなくなり、電気も消えて、僕は丘の上の野原にぽつんと一人残されました。周囲は民家もない寂しい場所で、おまけにSFは夏でも肌寒く、新聞紙を背中に入れて耐え忍ぶほどでした。1時間は経過したと思います。ふと見ると、5~6匹の大型の野犬の群れがやってきます。暗闇のなかで犬の目が何かに反射して不気味に光って見えました。この時だけはもう命がないと覚悟しました。脇にあった土管のようなものにじっと身をひそめ、いなくなってくれることだけを祈りました。群れの吐く息と足音がすぐ近くを通り、どういうわけだったのか、犬たちは僕には目もくれずやがて闇の中に消えていきました。

こういう思いをして聴いたのがマーラーの1番でした。巨匠ウイリアム・スタインバーグ(右)がサンフランシスコ交響楽団を指揮したその演奏は衝撃的なもので、野球でいうと左翼ポールぎわ打楽器の後ろの「外野席」だったのですが、米国一流オケのものすごさを目近で初体験したという意味でも強烈なインパクトを受けました。僕がわがままでこっちに来たのですから友人にはかえって心配させてしましましたが、メジャーの野球を蹴ったぐらいですから、当時からこの曲が好きだったのだと思います。

これを覚えたのは名盤の誉れ高かったブルーノ・ワルター/ コロンビア交響楽団のLPでした。バーンスタイン、アバド、テンシュテットの録音もいいし、実演で言えばフィラで聴いたムーティー、ロンドンで聴いたハイティンク(LSO)、フランクフルトでのシャイ―(ACO)もすごい演奏でしたが、シノーポリ、メータ、マゼールは今一つでした。今となると家で聴くならワルター1枚で充分です。これ以上に曲を自然に、必要十分に味わわせ、素晴らしい手ごたえの感動を約束してくれるのはこの曲以外まで見渡してもあまり思い浮かばないという稀有の出来ばえです。あまりにオーソドックスな選択になってしまいましたが、マーラー嫌いのアンチ巨人ということで、今回はご容赦ください。

(補遺)

これは米国留学中にフィラデルフィアのFMから録音したショルティ/シカゴ響のライブ(1984年4月)です。

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

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米国放浪記(7)

クラシック徒然草-音楽の好き嫌い-

アルパッド・ヨーのマーラー「巨人」

 

マリア Maria, I’m still working on it!

2013 JAN 18 23:23:37 pm by 東 賢太郎

いま畏友舟橋氏と飲んで帰るとこです。電車です。二回目のf#が半音下がる意味をわかってくれる人がいて今日は最高です。ハ長調になおすと

C-G-C-G-Dm7-F/g-Cmaj7

Dm7のところが「それ」ですよね。Cの頭のf#が「倚音(いおん)」です。YesterdayのFの頭のgもそう。バーンスタインもポールも一緒!

I’m so happy today.  Laughing at  “I’m sorry, you are right”.  You are the guy who appreciates f instead of f# in Maria. I’m still working on it!

 

 

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バーンスタイン”ウエストサイドストーリー(West Side Story)” (1)

2013 JAN 17 14:14:09 pm by 東 賢太郎

レナード・バーンスタインは20世紀後半を代表する世界的な作曲家であり、指揮者である。

作曲という行為と演奏という行為はモーツァルトの時代あたりまでは同一人物が行なうのが通常だった。 当時すでにバッハやヘンデルの音楽は古典だったけれども、それらが今のように「クラシック音楽」として広く演奏会のプログラムにのっていたわけではない。印刷術が発達し、国境を越えて流布し始めた楽譜というものが偉大な音楽遺産として集積した結果、貴族に代わって聴衆として台頭した市民階級がそれを「クラシック音楽」と呼び始めた。そのクラス(階級)という呼称に潜む尊大さを、コカ・コーラ社はコーク・クラシックというあえて尊大ぶってみせた命名によってお茶目におちょくっている。コークにクラシックもへったくれもないのと同様、モーツァルトの時代の聴衆である貴族たちにとって、音楽とは教養や権威を誇示する道具というよりも単なる享楽的な消費の対象という側面の方が強かっただろう。深遠で気難しいゲージュツなどというものではなく、現代のロックやポップスのあり方に非常に近いものだったと言える。

バーンスタインという人は、そのモーツァルト時代の流儀で「自作を演奏もした作曲家」だった。世界的な指揮者が余技で「作曲もした」のではない。作曲家として認められたかった大指揮者フルトヴェングラーが交響曲を3つ残したのは有名である。それを余技というつもりはないが、残念ながらその音楽自体はまだ彼が書いたという事実以上に有名になってはいない。反対に、ミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」の名ナンバーである「トゥナイト」や「マリア」が有名になった以上に、それらがウィーンフィルを振って立派なベートーベンやブラームスの交響曲全集を作っている大指揮者の作品だという事実が有名になったとも思えない。

ウエストサイドが 売れてしまったことにバーンスタインがアンビバレントな(愛憎こもごもな)葛藤をもっていたことを僕は彼のコンサートで知った。1989年にロンドンのバービカンセンターで彼が自作「キャンディード」を振ったとき、演奏開始前に聴衆に向けて不意に始まった「キャンディードは僕の大事な子供です。不本意なことにもう一人の子ばかり有名になってしまいましたが」というスピーチによって。しかしこのバーンスタイン自演のCDを聴けば、有名になってしまっても仕方がないということがよくわかる。若者の情熱、はちきれんばかりのエネルギーと狂気、ほろ苦い愛と悲しみを秘めたロマンティックな名旋律。これを余技といえる人はいない。魅力に満ち溢れた傑作である。

(こちらへどうぞ)

バーンスタイン”ウエストサイドストーリー(West Side Story)” (2)

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

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