クラシック徒然草-オーケストラMIDI録音は人生の悦楽です-
2013 JAN 26 15:15:08 pm by 東 賢太郎
僕は1991年にマックのパソコン(右)を買いました。米国Proteus製のシンセサイザーとYamahaのDOM30という2種類のオーケストラ音源を電子ピアノで演奏し、MIDIソフトで多重録音して好きな音楽を自分で鳴らしてみるためです。PCに触れたこともなかったからセットアップは大変でした。好きこそものの・・・とはこのことですね。
現代オーケストラから発する可能性のあるほぼすべての音(約130種類)を約50トラックは多重録音できますから、歌以外の管弦楽作品はまず何でも録音可能です。まず音色設定をフルート、オーボエ、クラリネット・・・と切り替えて個別にスコアのパート譜を電子ピアノで弾いて個別にMIDI録音します(高速のパッセージなどは録音時の速度は遅くできます)。相当大変なのですが、全楽器入れ終わったらセーノで鳴らすと立派なオーケストラになっているということです。
弦楽器の音色が今一歩ではありますが、イコライザーなどの音色合成の仕方でかなり「いい線」まではいきます。買ってから21年間に僕が「弾き終わった」曲は以下のものです(順不同)。
モーツァルト交響曲第41番「ジュピター」(全曲)、同クラリネット協奏曲(第1楽章)、同弦楽四重奏曲K.465「不協和音」(第1楽章)、同「魔笛」序曲、同「フィガロの結婚」序曲」、ハイドン交響曲第104番「ロンドン」(全曲)、チャイコフスキー交響曲第4番(全曲)、同第6番「悲愴」(全曲)、同「くるみ割り人形」(組曲)、同「白鳥の湖」(情景)、ドヴォルザーク交響曲8番(全曲)、同第9番「新世界」(第1,4楽章)、同チェロ協奏曲ロ短調(第1,3楽章)、ブラームス交響曲第1番(第1楽章)、同第4番(第1楽章)、ベートーベン交響曲第3番「英雄」(第1楽章)、同第5番「運命」(第1楽章)、シューマン交響曲第3番「ライン」(第1楽章)、ラヴェル「ボレロ」、同「ダフニスとクロエ第2組曲」、同「クープランの墓」(オケ版、プレリュード、メヌエット)、同「マ・メール・ロワ」(オケ版、終曲)、ドビッシー交響詩「海」(第1楽章)、同「牧神の午後への前奏曲」、シベリウス「カレリア組曲」(全曲)、リムスキー・コルサコフ交響組曲「シェラザード」(全曲)、バルトーク「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」(第1、2楽章)、同「管弦楽のための協奏曲」(第5楽章)、ストラヴィンスキー「火の鳥」(ホロヴォード、子守唄以降)、同「春の祭典」(第1部)、ワーグナー「ニュルンベルグのマイスタージンガー」第1幕前奏曲、同「ジークフリートのラインへの旅立ち」、J.S.バッハ「フーガの技法」、同「イタリア協奏曲」(第3楽章)、ヘンデル「水上の音楽」(組曲)、ヤナーチェク「シンフォニエッタ」(第1楽章)、コダーイ「ハーリ・ヤーノシュ」(歌、間奏曲)、ハチャトリアン「剣の舞」、プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第3番」(第1楽章)、ベルリオーズ幻想交響曲(第4楽章)、ビゼー「カルメン」(前奏曲)
こういうところです。これ以外に、やりかけて途中で放り出したままのも多く あります。成功作はチャイコフスキー4番、バルトーク「オケコン」、シベリウス「カレリア」、ブラームス4番、ドヴォルザークチェロ協、ドビッシー「海」、マイスタージンガーでしょうか。録音はオケ全員の仕事を一人でやるので長時間集中力のいる作業です。生半可な覚悟では取り組めません。ですから以上は僕の本当に好きな曲が正直に出てしまっているリストなのだと思います。弦の音色の限界で、好きなのですがやる気の起きない曲(特にドイツ系の)も多いのですが、総じてやっていない作曲家、マーラー、ショパン、リスト、Rシュトラウスなどは興味がない、僕にはなくても困らない作曲家だと言えます。
もう少し時間ができたらシベリウス交響曲第5番、バルトーク弦楽四重奏曲第4番、ラヴェル「夜のガスパール」にチャレンジしたいです。この悦楽には抗い難く、この気持ち、子供のころプラモデルで「次は戦艦武蔵を作るぞ!」というときと全く同じ感じで、これをやっていればボケないかなあという気も致します。骨董品のアップルに感謝です。
(追記)
これらは全部フロッピーディスクに記録していますがハードディスクに移しかえたいと思います。やりかたがわからないので、どなたかご教示いただけるとすごく助かります。
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クラシック徒然草-シベリウス2番のおすすめCD(その2)-
2012 DEC 31 21:21:37 pm by 東 賢太郎
まずは、前回ご紹介したカヤーヌス盤の特徴です。
まず第1楽章が出だしから速い。第1主題のオーボエは女性が早口でおしゃべりしているようです。それを受けるホルンはぐっと減速して大自然の息吹。このようにテンポや表
情のギアチェンジが大きいのが特徴で、展開部の弦の細かい動きは疾風のように荒れ狂います。この楽章は4分の6拍子ですが、後半の四分音符3つを4分割する書法が頻出します。この速めのテンポでないとそれが単なるリタルダンドに聴こえてしまい作曲の意図が曲がってしまいます。第2楽章も速い。この楽章、今の耳にはえっという場面が続出します。練習番号Dの金管、Kのかなり遅いテンポ、Mの第1バイオリンのポルタメント等々です。この楽章、スコアの様相はチャイコフスキーの悲愴を思い出させます。主情的でロマンティックな音楽なのです。第3,4楽章に第2楽章ほどの驚きはありませんがテンポは自在に変化し、相対的にやはり速めです。音楽の場面ごとに表情が淡泊になったり濃厚についたりする変化はあっても、最近の指揮者がよくやる後期ロマン派風のこってりした味つけは微塵もありません。
シベリウスの演奏はよく演奏者によって①北欧系②英米系③その他、と分類されています。②が主流の一つである理由は、非ドイツ的な語法をもつシベリウスの音楽はまず英国、次いで米国で受容されたことにあります。カヤーヌス盤のオーケストラがロンドン交響楽団であることがそれを物語っています。本場もの志向が強い音楽ファンは①を好む傾向があり特に日本はそれを感じますが、フィンランドの指揮者、オケがやれば名演になるという単純なものではありません。国籍などよりも、カヤーヌス盤が示す19世紀的ロマン主義のアプローチに添うか、現代のマーラー演奏から敷衍する後期ロマン派風のアプローチに傾斜するかが大きな分岐点になります。一例として締めくくりのニ長調の全オケのffによるトゥッティですがスコアにクレッシェンドはありません。前者はスコア通り、後者は音を漸増する傾向にあります。後者だとなにか展覧会の絵でも聴いたかのようで僕は違和感を覚えます。
ポール・パレ― / デトロイト交響楽団
のっけから③になりますが、パレ―はフランスの巨匠で作曲家でもあります。これはカヤーヌス盤にコンセプトが最も近い演奏の一つです。各楽章の演奏時間も非常に近いですが、部分部分の速度は同じではなくパレーの個性も刻印されています。筋肉質ではあっても熱く歌う部分は充分に熱く、パレーの歌う声も聞こえます。巷の評価はあまり聞きませんが曲の本質をとらえた名演であります。パレーのドビッシー、ラベル、イベールは絶品でありフランス物のスペシャリストのイメージがあります。それが先行してこのシベリウスの価値が広く認識されていない気がします。虚心坦懐に耳を傾けてみてほしい演奏です。
①の代表盤です。息子もいい指揮者ですがこれは親父のほう。再録音してるので旧盤ですが、新盤より断然いい。80年代に現れたCDというメディアの初期の録音で、音の良さが売りでした。第1楽章のテンポはカヤーヌスと近く、速めでぐいぐい進みます。3を4つに分けるリズムの意味が明瞭に振り分けられます。全曲にわたってメリハリがはっきし、こってりしたロマン派的味つけが薄い分深みは感じませんが熱くなる部分の燃焼度は決して低くありません。難があるとすると録音が無用にハイファイ的で金管の高音部が多少目立つことです。
パーヴォ・ベルグルンド / ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団
これも①の代表盤でしょう。このテンポとコンセプトもカヤーヌス盤の系統を継いだ正統派であり、シベリウス研究家でもある指揮者ベルグルンドの眼力を感じます。ただし細部のテンポやオケのバランスは彼の個性が勝っています。ホールの残響成分が多めでやや細かい音が不明瞭ですが木管の音色がチャーミングです。初めて2番を聴こうという人のファーストチョイスということになると最有力候補でしょう。
②を代表してこれを。セルはチャイコフスキーを4,5番しか録音していません。悲愴をやらなかった人がこれを振るとこうなります。カヤーヌスの伝統にこだわりは感じませんがスコアの読みは深く、第2楽章Mはポルタメントこそありませんがそれに肉薄するロマン的な表情をつけています。オケの技術、メリハリ、集中力とも最高で、第4楽章コーダの白熱ぶりはベストの一つ。あまりの素晴らしさに拍手してしまうほどです。これは66年のライブですが入手しにくくなっているかもしれません。70年の東京ライブも同じコンセプトの名演です。
レイフ・セゲルスタム / デンマーク国立放送交響楽団
セゲルスタムはフィンランドの指揮者・作曲家。これは彼の旧盤にあたるので注意。①ですがカヤーヌスとはかけ離れた遅いテンポによる個性的かつ巨大な表現で、ファーストチョイスには薦めません。しかし第2楽章の意味深い表現は最高でこれをベストとして推します。場面場面の気分の変転はどこかブルックナーを聴くようですが、安直な後期ロマン派アプローチではなく、作曲家の目で全音符が吟味されたゆるぎない演奏で非常に説得力があります。第4楽章コーダの神々しさは、ライブには一歩譲りますが、CDで聴ける最も感動的なものの一つです。
ユーリ・テミルカノフ / ザンクト・ペテルブルグ・フィルハーモニー管弦楽団
ロシア人がシベリウスというのはどうもという方もおられるかもしれません。僕もロジェストヴェンスキー盤の下品な金管によるシベリウスは大嫌いです。しかしこのテミルカノフのメリハリの利いた表現力、オケのパンチ力は決して下品に陥らずセンス満点。ロマン派の音楽としてスコアを完璧にグリップしており、それはそれで説得されます。第4楽章のコーダはティンパニが効いて実に格好よく、ヒロイックな感じはショスタコーヴィチの5番の終結を想起させます。こういう曲かと問われればNOなのですが、不思議と脳裏に残る演奏で、この曲をすでによく知っている人にお薦めします。
アブラヴァネルはギリシャ系ユダヤ人で、クルト・ヴァイル、ブルーノ・ワルターの弟子という欧州の保守本流の指揮者。米国に亡命し33歳でメットと指揮者として契約しましたが、これはメットの最年少記録です。自分のオケを求めてユタに着任、以来ユタ交響楽団の音楽監督を30年超にわたって務め「ベートーベンのエロイカも満足に弾けなかった」田舎のオケを全米でもトップクラスにした人です。この全集は楽曲解釈、オケの技術ともレベルが高く、録音も良く、しかも激安です。いくらデフレとはいえあまりに本源的価値を無視した非常識な値段なので抗議の意味でここに激賞しておきます。2番もカヤーヌスの伝統からはそれますがロマン派の音楽として立派な表現になっており、スタンダードな名演としてファーストチョイスにしても後々に違和感を覚えることはないすぐれた演奏です。
以下、世評の高い録音についてひとくちコメントです。
ジョン・バルビローリ / ハレ管弦楽団は解釈が重く、遅いテンポも恣意的で、何よりオケがあまりにヘタです。コリン・デービス / ボストン交響楽団は楽譜の読みがルーティーン的で浅く、外形はきれいに整えていますが例えば第2楽章のチェロの重要なモノローグを無神経に通過するなどいかにも粗雑です。ヘルベルト・フォン・カラヤン / フィルハーモニア管弦楽団は表情が人工的。第2楽章Mはドヴォルザークのようで、彼がこの曲のロマン派的外形と3番以降につながる内向的側面とのバランスを扱いかねているのがわかる。2番を再録音しなかったのは賢明でした。ユージン・オーマンディー / フィラデルフィア管弦楽団は旧録音(CBS)の方がベターですが、それでもオケが本調子でなく第3楽章の入りなどもこのオケとは思えません。一発録りだったのでしょうか。スコア通りでない部分も気になります。サイモン・ラトル / バーミンガム市交響楽団はいかにも若い。しかし第2楽章など非常に個性的で考え抜かれた自己主張は好感あり。同オケとナイジェル・ケネディとやったバイオリン協奏曲のほうは素晴らしいです。ユッカ・ペッカ・サラステ/ フィンランド放送交響楽団は1993年のライブで好演。現代的にイディオム化された2番演奏で解釈面でどうということはないが一発勝負の気迫は魅力的です。クルト・ザンデルリンク / ベルリン交響楽団はドイツ人によるドイツ的音感による見本のようなどっしりゆったりの2番。好きではないが品格は高い。 オッコー・カム / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は若者が猛者を率いた痛快な演奏。練れていないが若鮎のような感性が魅力。カムはヘルシンキ放送交響楽団とのカレリア組曲がベストで、これ以上の演奏は考えつきません。レナード・バーンスタイン / ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団は晩年のレニー節がさく裂。到底シベリウスに聴こえないが、第2楽章の読みは実に深く、やはり彼は作曲家です。ウイーン・フィルのなんとも場違いな管楽器の音色が色っぽい。ロリン・マゼール/ ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団は音がやや古いがやはりオケが慣れていないところが面白い。全集ですが4番とタピオラがベストを争う名演です。
渡辺暁雄 / 日本フィルハーモニー交響楽団は一本芯の通った主張があり金管やティンパニの強奏などに込めた指揮者の意志は強い。第4楽章の速めのテンポがいい。しかし、いかんせんオケが今ならアマチュアレベルで技術も音程も悪い。本当に惜しいです。
ヘルベルト・ブロムシュテット / サンフランシスコ交響楽団は群を抜いて楷書風の演奏。メカニックな正確度はすばらしく、強弱、音程が緻密にコントロールされた透明感はベスト。解析力が勝った左脳型の秀演で評価が分かれるでしょう。タウノ・ハンニカイネン / シンフォニア・オブ・ロンドンは歴史的演奏の部類ですがオケが弱い。併録の5番なども指揮のコンセプトはいいのに、どうしてこんなヘタなオーボエ奏者を使ったのか不思議です。セルジュ・チェリビダッケ / ルツェルン音楽祭管弦楽団はAUDIORというレーベルのライブ。彼にしてはあまりオケの統率がとれていない。第2楽章でカヤーヌスばりのポルタメントが入ります。
さて最後にアルトゥーロ/トスカニーニ/ NBC交響楽団のライブ録音を忘れるわけにはいきません。これはカヤーヌス盤に最も近い演奏で、録音が10年後の1940年ということからも作曲家直伝の演奏情報を伝える貴重な録音です。第1楽章はそっくりです。第2楽章の演奏時間がカヤーヌスより短いのはこれと上記のベルグルンド盤、パレー盤ぐらいで、Dの金管、Mのポルタメント(控え目ですが)に至るまでほぼ同じ解釈と言っていいでしょう。第3楽章はオケの性能がこっちのほうが圧倒的に上で、ライブでこの弦のアンサンブルの切れ味はすごい。第4楽章ですが、カヤーヌスより速く、恐らく最速演奏でしょう。非常に明晰なテクスチュアに明るめで強靭な金管が乗ったラテン的感覚になっていて、これはもうシベリウスを超えてトスカニーニの世界です。オーマンディーがフィラデルフィアで目指したのはこういう音だったのではと思います。コーダは堂々たるインテンポでつまらない小細工になど目もくれず決然と終わる。歌舞伎の千両役者というか横綱相撲というか、有無を言わせぬ貫録で、トスカニーニを尊敬したオーマンディーもカラヤンも真似できなかったのはここなのです。人間、もって生まれたカリスマ、後光みたいなものは努力や訓練ではどうしようもなく、指揮者という人を動かす商売はこうやってそれが明確に結果に出てしまう怖いものです。ちなみにこのコーダの風格も含め、トスカーニーニのDNAを受け継いだのはジョージ・セル盤なのです。この曲はロマンティックであると同時に乾いた鮮烈さを秘めているのですが、指揮者とオケの実力が如実に出てしまうこのタイプの演奏は90年代以降めっきり減りました。テミルカノフ盤はその少ない一例です。そうではなく、響きの豊かなホールで繊細な味つけをしながら後期ロマン風にたっぷりと鳴らすグランド・スタイルがいつの間にかスタンダードになりつつあり、マーラー、ブルックナーに耳の慣れた一般聴衆にはそのほうが受けがよいのでしょう。それは2番演奏の本流ではなく、このシンフォニーが「ポップス化」している兆候のように感じます。全部聴いていないので書きませんでしたが、故ベルグルンドがヨーロッパ室内管弦楽団で録音した3度目の全集は2度目のヘルシンキ盤より人気がないように見えます。5番など驚くべき緻密なアンサンブルの名演ですが、グランド・スタイルに背を向けると孤高の路線になるのだとしたらシベリウスも悲しんでいることでしょう。
最後に、このトスカニーニのCD、2番だけでなく「ポヒョラの娘」、「レミンカイネンの帰郷」のオケのものすごいアンサンブルをぜひ聴いてください。このレベルのオーケストラが世界に今いくつあるでしょう?オケの技術は進化しているとよく言われますが、名曲化、ポップス化した曲の楽譜に慣れただけなのではないでしょうか?1940年当時、まだ現代音楽だったシベリウスの難しい楽譜をここまで手中に収め、今もって古臭さをまったく感じない水準で演奏したNBC交響楽団のレベルに比べると僕は逆に技術が後退しているのではないかと思います。
それはトスカニーニ、セル、ライナー、チェリビダッケのような独裁型、人事権行使型、恐怖政治型マエストロが完全消滅して、生徒会長型、調整型、みんな仲間だ型ばかりになった結果と思います。組合が強くなって指揮者の政治力も削がれました。JALが潰れたのは組合が強くなって客の満足より従業員待遇の満足を求める、すなわち役所化したことが主因です。今のオケ演奏は本当につまらない。サラリーマン、小役人化したオケなど金を払って聴く価値は皆無です。ルーティーンのきれいごとで終わる演奏ばかりで、そんなものにブラボーを飛ばしてしまう聴衆もまた聴衆で、文化はこうして衰退していくという見本のようなものです。「パワハラ」で楽員から訴訟されるような指揮者の出現を願ってやみません。
(こちらへどうぞ)
クラシック徒然草-シベリウス2番のおすすめCD(その1)-
2012 DEC 24 22:22:36 pm by 東 賢太郎
シベリウス2番の演奏でこのカヤーヌスによる解釈をさけて通ることはできない。
ロベルト・カヤーヌス(Robert Kajanus、1856-1933、写真)はシベリウスが現れなけれなければフィンランドの代表的作曲家だったであろう人だ。シベリウスが大作クレルヴォ交響曲を書いたのは、1890年のベルリン留学中にこのカヤーヌスがベルリン・フィルを振った自作の交響詩アイノを聴いて触発されたからである。
しかしそのカヤーヌスは、逆に9歳年下のシベリウスがヘルシンキ音楽院を卒業した1889年に作曲した弦楽四重奏曲イ短調を聴いて、自分がもはや国の第一人者ではないことを認めていたのだ。シベリウスの才能も凄いが、音大を出たばかりの若僧に負けを認めたカヤーヌスの眼力も凄かったことは後のシベリウスの作品群が見事に証明している。
カヤーヌスはその後ヘルシンキ楽友協会(フィルハーモニー)を設立し、その指揮者としてシベリウスの音楽を国外に広めることになる。後にシベリウスは代表作の一つ「ポヒョラの娘」をこのカヤーヌスに献呈している。
さて第2交響曲だが、初演の2年前、1900年にパリ万博(写真)が開かれた。当時フィン
ランドは未だロシアの統治下にあったが、ヨーロッパに高まるナショナリズムの後押しを得て「一民族」 として万博にパビリオンを建てて参加することになった。カヤーヌスとヘルシンキ・フィルもパリに招かれて演奏の場を得ることとなり、シベリウスも指揮の機会はなかったが副指揮者としてパリに同行した。演奏されたのは交響曲1番、フィンランディア、トゥオネラの白鳥、レミンカイネンの帰郷などだが、注目してほしいのはフィンランディアが政治的影響を恐れて 「ラ・パトリー(祖国)」 という名で演奏されていることだ。
このわずか2年後の1902年に初演された第2交響曲がこのようなナショナリズムの空気と無縁だったとはとうてい考えにくいだろう。
その2番の初演から28年の歳月を経た1930年、フィンランド政府と英国のEMI-Columbia社がシベリウスの1番と2番の交響曲の録音を企画した。このときシベリウスが指揮者として推したのが、2番の作曲中も多くの手紙をやり取りしていたカヤーヌスであった。右の写真が、そうして生まれたSPレコードから転写した、カヤーヌス盤のCDだ。
いわば作曲家による免許皆伝の演奏であり、このCDが2番のあらゆる演奏のレファレンスになることは疑いないだろう。
しかし問題がある。クラシックは作曲家の意図が音で聴けるケースはまれで、楽譜だけが手掛かりというのがほとんどだ。ところがその楽譜の「読み方」も時代とともに変わる。だから曲を覚えてからあらためて自演を聴くと驚くということがあるのだ。
たとえばこれだ。イーゴル・ストラヴィンスキーがN響で自作「火の鳥」の全曲を振った貴重な映像だ。指揮がシロウトくさいのはご愛嬌だが、問題はフィナーレの7拍子の弦のキザミだ。どうしてだ?と絶句してしまう。センセイ、あのスコア、そういうおつもりだったのですか?と頭が錯綜するばかりだ。
こっちは天才ピエール・ブーレーズがニューヨーク・フィルを振ったもの。フィナーレは同じ曲とは思えない。しかしながら、全編がすばらしいニュアンスと光輝に満ちた逸品である。大変申しわけないが、センセイ、こっちの解釈の方がぜんぜんいいですと言いたいのだが・・・・。
カヤーヌスのシベリウスはどうか。彼はプロの指揮者だから技術的な問題はない。しかし楽譜とじっくり比べると、やはりうーんという部分がけっこうあるのだ。
面白いことに、楽曲解釈の問題以前にこういう事実がある。カヤーヌスが「2番には愛国的意味あいがある」と言ったところ、シベリウスは「政治的なメッセージ性はない」 とそれを真っ向から否定している。僕は前述のとおりでカヤーヌスが正しいと思うので、失礼ながらシベリウスは真実を語っていないのではと思っている。
理由はわからない。フィンランディアと同じで、かわいい息子であるこの曲が国粋主義的とレッテルを貼られて政治に巻き込まれるのを嫌ったのだろうか。晩年、アイノラ山荘で暮らしたシベリウス(写真右)は世界中でラジオ放送された自分の曲はすべて熱心に聴いていたという。自作をとりあげてくれる演奏家にも好意的で、ストラヴィンスキーはカラヤンの春の祭典を酷評したが、シベリウスは自作の解釈者としてカラヤンもオーマンディーもほめている。フィンランド人ばかりが演奏して自国でだけ聴かれるという事態を恐れたということもあるかもしれない。
しかし、ほめられたのが2番かどうかは知らないが、カラヤンもオーマンディーも2番を録音しており、お互いにぜんぜん解釈が違う上に、免許皆伝のカヤーヌスと似ても似つかないのである。困ったものだ。
この2番という曲、非常に自己主張と説得力が強い。有無を言わさず聴き手をねじ伏せる名プレゼンテーションなのだ。だから、よほど技術に難でもない限り、誰がどういう風に演奏しても一応は 「ブラボー!」 となる。無神経な演奏をすると魅力が吹っ飛んでしまう4番や7番とはわけが違うのだ。わかりやすく言えば、これは 「フィンランドの忠臣蔵」 みたいなものであって、大根役者でさえなければ、大石内蔵助を誰が演じようと必ず泣かせてくれるのだ。ちなみに僕が一番好きなのは長谷川一夫のこれだ。
クラシックの同曲異演を聴くというのは、忠臣蔵をいろいろ見比べるのとなんら変わりはない。次回、本家本元のカヤーヌス盤をベースに僕の好きな2番のCDをご紹介する。
(続きはこちら)
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シベリウス交響曲第2番ニ長調 作品43
2012 DEC 20 12:12:56 pm by 東 賢太郎
先日、新潟へ行った帰りの朝、北国の暗く厚い雲と不意に舞ってきたみぞれに、シベリウスのタピオラという音楽がふと頭をよぎりました。
氷のように冷たく救いようのない厳しい音楽です。でも厳寒のフィンランドの冬の原野はそういうものなのでしょう。ハンガリーと同様フン族に起源をもちながら、ロシアとスウェ
ーデンに挟まれ蹂躙されてきた歴史を持つフィンランドは、今でも文化、言語などにおいて欧州において独特な個性を保つ国だと思います。ですからフィンランド人の愛国心は強く、シベリウスの代表作のひとつ「フィンランディア」を聴けばだれもがそれに納得するでしょう。ハンガリー、フィンランド、エストニアはモンゴルの血が入っていると言われ蒙古斑が出る人もいるという話を聞いたことがあります。欧州人としては認めたくないことかもしれませんが、ハンガリーは姓名を姓→名と名乗るなどあながち嘘でもない気がします。
日露戦争で憎きロシアのバルチック艦隊を撃破してくれた東郷元帥を称え、フィンランドでは「東郷ビール」(右)が売られたという話があります。異説もあるようですし、「芸者チョコレート」も売られたそうなので一概に信用はできませんが、親日的な国であることは確かと思います。
さて、シベリウスです。「人間万事塞翁が馬」という諺がこれほどあてはまる作曲家も少ないでしょう。バイオリニストを志した彼ですがあがり症で挫折。ウィーン・フィルの入団試
験も落ちました。運命とは皮肉なもので、そのおかげで人類は至宝といえる交響曲を7曲も手にすることができたわけです。しかし晩年の写真(右)の禁欲的な印象からはうかがえませんが、若いころは酒もバクチもやり、ピストルを2丁買って決闘までしようとした熱血漢でした。当時彼が熱中した「幻想交響曲」のベルリオーズもかくやと思われる人間像は伝記を読んでいて意外なものでした。そこまでして得た奥さんアイノは格別の美人で、彼は晩年を送った山荘にアイノラという名前を付けているのです。
この2番は彼の書いた交響曲のうち最も有名でわかりやすいものです。有名イコール最高傑作でないのはドヴォルザークの新世界と同じで、孤高のシベリウス・ワールドを代表するのは4番、7番、交響詩タピオラあたりでしょう。しかし4番をいきなりお薦めするのはかえってクラシック嫌いをつくりそうで気がひけるため、順当な第2番ニ長調でいきます。
皆さんが落ち込んだり気がめいった時に「効く」のがこの2番です。ベートーベン5番でもいいですが、本当にガックリきたときあれはちょっとつらい。歓喜の上げ潮が強すぎて、音楽においていかれてしまいます。その点、この2番は音楽が何度も何度も暗く落ち込んで、最後は聴き手と一緒になって暗闇の中で延々と泣いてくれます。この「落ち込み目線」がいいんです。ところがそれが最後の最後に至ってパーっと天の雲間から陽光が差し込んだようにあたりがまばゆく輝きだし、スコア最後の3ページは神の降臨とはかくなるものかとキリスト教徒でない僕でも手を合わせて拝みたくなる神々しさで曲を閉じます。目頭は熱く、憂さは晴れているのです。
この感動は一度味わったら二度と忘れられない素晴らしい体験で、ベートーベンやブラームスからは得られない種のものです。唯一比較できるのはブルックナーでしょう。シベリウスは25歳のときにウイーンでハンス・リヒターの指揮するブルックナーの交響曲3番を聴き「現存する一番偉大な作曲家」とまで評しています。ブルックナーは原始霧と言われる弦のトレモロの「ブルックナー開始」が有名ですが、シベリウスでは5番に顕著な弦のごわごわ、ざわざわした調性の明確でない細かい動きに似たものを感じます。霧なのか森の木の葉のざわめきなのか氷原の乾いた吹雪なのかはわかりませんが、両者とも大自然から得た心象風景を音化していることは共通しているといえましょう。
しかし、ブルックナーの場合は自然の背景に神を感知する感性が常にあり、オーケストラは教会のオルガンをイメージさせる巨大なものです。一方、シベリウスの場合は、特に3番以降はアイノラ山荘で感知した自然の息吹そのものを純粋に音として凝縮、結晶化したような他に類例のない音楽になっており、オーケストラはほぼベートーベン並の2管編成にとどまっているのです。作曲の視点と方向性という点ではブルックナーよりも「夜の音楽」を書いているときのバルトークに近いように思えます。2番は自然より神やメッセージ性を感じさせる点、1番と同じくロマン派の影響を残している点で3番以降とは一線を画しており、やはり過渡期的作品です。
第1楽章は弦5部で動機風の音型で始まり(右上)、
これを伴奏としてオーボエとクラリネットが第1主題を出します。弦のピチカートを経て管に息の長い第2主題(右下)が出ます。冒頭の動機は各所で伴奏に回り全体の統一性を高める役を負
います。僕が好きなのはスコア練習番号Mの部分で夢見るような弦の上昇旋律(チャイコフスキーの影響を感じます)とそれに続くホルン、トランペットの素晴らしいファンファーレで(前にファゴットで出た副主題)、ここにすでに神性を感じます。ソナタ形式ではありますが冒頭動機、副主題、第1,2主題から派生した主題が絡んで展開部を成し、再現部も型どおりではありません。
第2楽章アンダンテは交響詩か幻想曲という風情の音楽で、イタリア滞在中に感化を受けたドンファン伝説の影響があると言われます。主題は2つ、ファゴットによる第1主題と弦による第2主題。どちらも一度聴いたら忘れない印象的なもので、この楽章全体に寂寞とした悲愴感、なにか希望をあきらめて得た精神の均衡のような悲しい安心感をもたらします。第1番にはない深化したシベリウスの個性がうかがえる楽章です。演奏はなかなか満足なものがない難しい楽章です。
第3楽章はスケルツォ。弦の急速な主題に木管の主題が乗って展開します。一旦静まって、オーボエに第1楽章冒頭主題から出た牧歌風旋律が出ます。ここは本当に美しいですね。この楽章が切れ目なく徐々に盛り上がって第4楽章につながる手法はベートーベン5番と同じです。第4楽章アレグロ・モデラート第1主題(下の楽譜)は僕には讃美歌風に聞こ
えます。3本のトロンボーンとティンパニが「運命動機」で伴奏します。トランペットのファンファーレが輝かしく応答します。やがて弦に山
型の不安な音型が繰り返され木管に哀調を帯びた第2主題が出ます。
この嬰へ短調の主題は3連譜を含みますが、そのタタタターンも運命動機です。これが嬰へ長調に転調してフルートに第1主題が回帰し、弦に第2主題が回帰します。再現部なのですがこの同じ旋律の短調→長調という転調がやがて来る大団円の「予習」になっているのは心憎い伏線です。ここからチェロがあいまいな調性で聴き手をもう一度暗い森の中へ連れて行きます。第1主題とファンファーレ動機の交差をチェロの不安定な動きが弦全体に広がって支えます。オケ全体が高揚して第1主題が輝かしく奏されます。
そして再度、ニ短調で山型不安音型の執拗な繰り返しが延々と続きます。これに第2主
題が弦で乗っかり(右)、どんどんテンションが上がって「泣き」が強くなります。どこか演歌歌手が苦悩に満ちた表情を浮かべ、喉を枯らして絶唱している感じがあります。そしてそれが頂点に達すると、いよいよこのシンフォニーの主調であるニ長調に転調する瞬間がやってくるのです。冒頭に書きました、
パーっと天の雲間から陽光が差し込んだようにあたりがまばゆく輝きだし
とはここのことです。苦しみも悩みものりこえ、生きる喜びが体に満ちあふれます。ファンファーレ動機がそれを受けとめ、チェロとコントラバスのピチカートで音楽が一旦静まります。すると低弦とファゴットに第1主題が現れ、トランペットとトロンボーンが第1主題から導かれた感動的な賛歌を高らかに響きわたらせるのですが、僕はこの「賛歌が出るまでの4小節」にこそ、
神の降臨とはかくなるものかとキリスト教徒でない僕でも手を合わせて拝みたくなる神々しさ
を感じるのです。この4小節は、仮になかったとしても充分に感動的なエンディングになっていたと思います。いや、ふつうの作曲家であれば入れなかったのではないでしょうか。和声はDdurがGdurに変わるだけ。何の変哲もないものです。しかし、このトニック→サブドミナントという移行が人間の「希望」という感性を刺激する効果について僕は多数の例を検証し、事実である確信を持っています。その「希望効果」が最も見事に効果的に使われた実例として、この部分をご記憶いただければと思います。
この4小節を書けたか書けなかったか?作曲家の名と作品が人類史に永遠に刻まれるか否かはそういう極めてマージナルなところで決まっている。僕はそう思います。
東京芸術劇場で聴いたレイフ・セーゲルスタムが読売日本交響楽団を指揮した演奏のこの部分の神々しさは一生忘れ難いもので、音楽の魔力の凄さに打ちのめされたことを覚えています。しかし、その魔力はシベリウスの書いたスコアに封じ込められているのです。
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ドヴォルザーク 交響曲第9番ホ短調 「新世界より」 作品95 (その2)
2012 NOV 26 20:20:44 pm by 東 賢太郎
この曲、ドヴォルザークの書いたもっとも有名な曲であることは間違いない。しかし最も優れた曲かというとちょっと疑問がある。
これが天下の名曲とされるのもやや不可解である。いい曲だし、一時「はしか」のように取りつかれた経験のあるクラシック好きは僕を含めて少なくないだろう。
これは僕が中学時代に初めてスコアを買った曲だ。分解好きの少年にはいろいろ調べてみたくなる刺激的な音が満載だった。だからこれが教科書になった。しかし今になってみて、いい教科書であったかというと、そうでもない。かなり異形の曲だ。
ワルター、クレンペラー、ベーム、カイルベルト、カラヤンなどドイツの保守本流指揮者が振っている。トスカニーニも名演がある。しかしフルトヴェングラー、クナッパーツブッシュはない。「売れる曲」だから音楽産業の影響があったかもしれない。
これがドイツ人に好んで演奏され、日本で名曲と崇め奉られるまでに至ったのは文化史的な背景があると思っている。今回はそれを俯瞰するため、「交響曲」なるものの存在につき理解を深めるべくこの曲を題材にしてみたい。
シンフォニアというのはイタリアオペラの序曲に端を発する。しかし、それを「交響曲」(シンフォニー)という異なるものに発展させたのは「交響曲の父」といわれるハイドン(右)などドイツ語圏の人たちである。ヘーゲルの弁証法(正反合)を思わせる「ソナタ」という形式論理を基本にできている非常に理屈っぽい音楽である。以下、19-20世紀に西欧各国で交響曲がどう作曲されてきたかを見る。
まず、音楽の老舗かつ先進国であったイタリアでは、田舎者のドイツ人が考えたソナタや交響曲などは一貫してほぼ無視だ。「そなたは美しい」のほうばかりに気がいったのかどうかは知らないが、音楽史を通じて常に主流は歌、オペラであった。ドイツ語圏の歌というと讃美歌、民謡、軍歌、ヨロレイヒー、ホイサッサみたいなイメージでおよそ女性が口説けそうな風情のものは浮かんでこない。
美しい歌(メロディー)は音楽の基本だ。それで負けるなら「形から入る」で対抗するしかない。だからドイツは徹底的にそれをやった。ヘーゲルの弁証法の確立とほぼ期を一にして。カソリック(坊主なんでもありで腐敗)、プロテスタント(原典に返れで禁欲的)という世界史で習った図式を思い起こしてほしい。この精神もバックボーンになったに違いない。そしてドイツは、音楽における宗教改革にも成功したのである。
交響曲、ソナタというものはその精華にほかならない。
あのフランスでさえも、オペラ作りは実に後進国であり、一方の交響曲でもめぼしいものは少ない。フランス=文化の中心という世界観は、作曲においてはまったく当てはまらないのである。そしてイギリスはオペラか交響曲かなど論外で、そもそも作曲家が数えるほどしかいない(ビートルズは例外としよう)。アメリカは作曲という仕事のハビタブルゾーンぎりぎりにある未開の辺境地であった。
おもしろいことに、クラシック音楽の消費地としては今の順番がほぼ逆になる。まず音楽後進国が産業革命をおこした。音楽にうつつをぬかしていてはカネ儲けはできないのである。そして成金は文化にあこがれる。極東の日本でも「文明開化」などといって、文明人の証(あかし)としての音楽が輸入された。今でも「エビ・オペラ現象」といって、国民所得が増えた国では海老の輸入と海外オペラ引越し公演数が増えるという統計もあるようだ。
余談だが日本人は洋食のときにご飯をフォークの背にのせて食べる。僕もそれが西洋のエチケットと親に習った。しかし西洋に住んでみるとそんな習慣はない。そもそもああいうご飯など出てこないから習慣が発生する理由もないのだ。あれは明治時代に誰かが何となく思い込んだか刷り込まれたのが定着したのだろう。「カステラ」や「メリケン粉」という発音みたいに。
音楽はドイツ系の人が明治人に教えこんだに違いない。だから「交響曲の父」とか「楽聖」とか、クラシックはドイツ人が作ったかのように音楽の教科書に書かれている。「フォークの背」現象だ。オペラ、特にイタオペはなんとなく宝塚っぽい「色物」、セクシーで低次元の音楽という誤ったイメージがある。僕も頭では理解していても完全に脱し切れていない根深い偏見である。実はワーグナーのほうがよほどスケベで色物なところがあるのだが、そんなことをまじめに言おうものなら数多いる「ワグネリアン」にたたきのめされてしまうだろう。

「フランス料理、そんなものはない。あれはイタリアの田舎料理じゃ。ドイツ料理、そんなものはない。あれは家畜のえさじゃ。」 とあるイタリア人は得意げに笑った。しかし音楽の状況を見るとあながちジョークでもない気がする。イタリア人のロッシーニ(右)は40曲近いオペラの作曲でひと財産つくると37歳でさっさとリタイアして余生は趣味の料理に専念してしまった。音楽と料理はなにか人間の深いところでつながっているかもしれない。
その田舎者が作った交響曲を懸命に真似して作ったのがもっと田舎だったロシア、東欧、北欧だ。チャイコフスキー(右)は感性が欧風趣味で晩年には素敵なバレエも作ったが、ロシア民謡を主題にした若いころの交響曲第2番や3番などはローカル色丸出しのフレーズや恥ずかしいドラの一打ちなんかが出てきて、聴いてるこっちが赤面する場面もある。交響曲は6つ書いた。
繊細で内向的なシベリウス(右)はさすがにドラは打たない。しかし愛国心が嵩じると、交響曲第2番のおしまいの部分のように延々と森進一ばりの苦悩の表情をたたえた「演歌」のノリになってしまう。あれはロシアのいじめに耐えぬいたフィンランドの魂の声なのだが、そういうものが弁証法である交響曲から聴こえてくるというのはとても異質なことだ。交響曲は7つ書いた。
そしてドヴォルザーク(右)のメロディーはそのものがボヘミアの演歌だ。「新世界」はそれに黒人霊歌風の泥臭さが加味され、一部のメロディーは田舎を超えてしばしば「土俗的」と表現される。第3楽章の中間部、ミソソーラソレド―レミソソー・・・などベートーベンやブラームスには絶対に出てこない性質の土臭いフシである。
彼は交響曲を9つ書いた。その最後、ニューヨークの国民音楽学校の校長時代に異郷アメリカで書いたのが「新世界より」だ。ロンドンに呼ばれたハイドンには英国が新世界だったろうが、ちょうど100年たってアメリカがそれになったのだ。ハイドンも英国の聴衆の好みを反映して曲を書いたが、ドヴォルザークはどうだったのだろう。「ボヘミアに宛てた絵葉書」みたいな側面もあるが、米国人むけの側面があるとすれば彼としては結構ド派手な管弦楽法ではないかと思う。
交響曲は楽章が4つ、第1・4楽章がソナタ形式であり、ソナタ形式とは序奏(あってもなくてもいいが)、提示部(主題が二つ現われる、第一主題は男性的、第二は女性的)、展開部(二つの主題がくんずほぐれつする、意味深だ)、再現部(もう一度提示部)、結尾(コーダ、大団円)というのが定番である。古典派ではほぼこのルール通りだがベートーベンの3番(エロイカ)あたりから異形が始まり、6番(田園)は5楽章になり、9番(いわゆる第九)で第4楽章が完全なルール違反になる。
だからロマン派も後期に作曲された「新世界」で何が起きてもまったく不思議ではないのだが、彼はベートーベンのような型破りの性格ではない。むしろ、やはり後期ロマン派なのに古典派を模範としてソナタ形式にこだわったブラームスを敬愛したほどの保守派だった。つまりフレームワークを守って9曲も交響曲を書いてしまうという生真面目な姿勢があっただけに、妙なことが気になるのだ。
まず第1楽章は提示部に主題が3つ出てくる。ホルンが吹く1つ目はいいとして次の2つは何なのだろう?展開部で1つ目と絡み合うのは3つ目なのでたぶんそれが第2主題だ。じゃあ2つ目はなんだ?ト短調で悲しげ。女性が2人だがこっちはくんずほぐれつには一切参加しない。謎である。
この楽章、アダージョの序奏が提示部アレグロ・モルトに入ると最後まで一度も速度記号が現れない(ギアチェンジなし)。3つ目は(たぶん第2主題なのでだろう)ほとんどの指揮者が減速する。でもそうは書いてない。でも減速したほうが、明らかにいい。だから作曲家は「当然自然体でそうなるよね」ということだったんだろう。ここの阿吽の呼吸など、テンポの取り方はこの楽章の演奏で大変に重要なポイントである。
このフルート吹きにはおいしい主題は何故か第2フルートが吹く(普通は第1だ)。謎である。第1に借金でもふみたおされたのだろうか。まあ音域的に低いので機械的にそうしたと考えてもいいかもしれない。しかしドードラソードーミソッソッソー、実に田舎臭い。アメリカというあだ名の、新世界同様にアメリカで書いた弦楽四重奏曲があるが、あのドラエモンの「おーれーはジャイアーン」に聴こえる主題と甲乙つけがたいダサさである。
しかしこっちはト長調(G)のあとドーミソッソッソーにEm→Bmという実にいい和音(それがコントラバスの絶妙なピッチカートで瞬時に認識される)がついていて悲しげになるためダサく聴こえない。前回書いた第2楽章と同様、和声感覚が非常に洗練されているので土俗性が中和され、むしろちょうどいい親しみやすさに変身するのだ。
第1楽章をお聴きいただきたい。郡山市立郡山第二中学校のオーケストラ。これはお見事というしかない。グスターヴォ・ドゥダメルを生んだベネズエラの児童オーケストラが有名だが、これは日本が誇れる。せっかくの腕前なんだからスコア通りやったらもっと感動できたが。
(続きはこちら)
ドヴォルザーク 交響曲第9番ホ短調 「新世界より」 作品95 (その3)
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クラシック徒然草-ユージン・オーマンディーの右手-
2012 OCT 20 0:00:33 am by 東 賢太郎
「チャイコフスキーの交響曲第5番、バルトークの管弦楽のための協奏曲、ガーシュインのパリのアメリカ人とラプソディー・イン・ブルー、コダーイのハーリヤーノシュ、シベリウスの交響曲第2番、サンサーンスの交響曲第3番、メンデルスゾーン・チャイコフスキーのバイオリン協奏曲」
以上の名曲を僕はオーマンディー/フィラデルフィア管弦楽団のレコードによって初めて聴き、耳に刻み込みました。高校時代のことです。10年のちにそのフィラデルフィアに留学し、2年間この名門オケを定期会員として聴くということになり、不思議なご縁を感じざるをえません。そのオケに42年君臨したのが、ユージン・オーマンディーさんです。
はじめは名前も知らず、誰のユージンだ?ぐらいに思っていました。あとになって、友人だったかどうかはともかく、シベリウス、ラフマニノフ、ショスタコーヴィチ、バルトークなど大作曲家との交流があったことを知りました。また、「ファンタジア」や「オーケストラの少女」で有名な大指揮者ストコフスキーの後任であり、ホロヴィッツ、ルービンシュタイン、ゼルキン、アラウ、ロストロポーヴィチ、スターン、オイストラフなど音楽史を飾るソリストと競演した、20世紀を代表する大指揮者のひとりです (写真はSony Classical Originalsより、左・オーマンディー、右・ショスタコーヴィチ)。
僕がフィラデルフィア管弦楽団の定期会員だった1982-84年はリッカルド・ムーティーに常任指揮者のポストを譲ったあとで、すでにご高齢だったオーマンディーさんは定期に数度しか現れませんでした。もう一回指揮予定があったのですが、たしかベートーベンの田園とシベリウスの5番だったか、ドタキャンになりました。残念でなりませんでした。しかし、その理由は、その1回だけ実現した演奏会の終演後に知ることとなりました。
その演奏会、プログラムは前半がチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番、後半が交響曲第5番。あいだにインターミッション(休憩)が入ります。前半も後半もオケが鳴りきった立派な演奏で、このコンビがチャイコフスキーを長年オハコにしてきた様子がよくわかりました。ただ、休憩が終わっても後半がなかなか始まらず、30分以上遅れてしまったことがどこか気になっていました。
証券マンの図々しさで、僕はいろいろな演奏会で終演後の楽屋に侵入しています。この時ももちろんです。係員の女性に止められましたが、
「どうしてもマエストロに会いたいのです。日本で彼のレコードで5番を覚えたので。」
などと随分身勝手なことをいうと、そこはアメリカ人の懐の深さで 「そうですか、それはいい機会ですね。ではどうぞ (OK,come in ! ) 」 となりました。このとき、歩きながら彼女が開演が遅れた理由をこっそり教えてくれました。
「でも先生も困ったもんですわ。今日はコンチェルトが終わると、それで終わりと勘違いして家に帰っちゃうんですもの」
なるほどそうだったんですか。でも先生、後半の5番の指揮は完ぺきでしたね。すべてのフレージングやポルタメントが、そうこれこれ、とうなずくほど僕の耳にこびりついている、まさにあなたのものでした。チェロの前の最前列から見させていただいたかくしゃくとした指揮姿、忘れることはありません。
おそらくこれが最後からン回目ぐらいの指揮だったでしょう。先生が亡くなったのはその2年後の1985年でした。

楽屋で先生は奥さんとご一緒で、突然の闖入者も意に介さず上機嫌。オー、よく来たなという感じでした。「僕は日本が大好きなんだよ。みんな優しいし、ごはんもおいしいしね。」 とお茶目で元気いっぱい。僕と握手した時間の5倍は僕の家内の手をしっかり握っていました。そのかたわらから僕は「先生のレコードで・・・・」、 これはあまり聞こえておられなかったようです。サインをもらって満足してしまいました。ああ、もっと話を聞いておけばよかった・・・・。
先生の右手はコロッとしていて肉厚で、西洋人としては小さめでした。今でも感触をはっきりと覚えています。
この写真を見ると、すごい、俺はシベリウスやラフマニノフと握手したんだ!
いや、AKB握手会になってしまいました。
(こちらをどうぞ)














